サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。

今回から原作第三話です。通称マリア回ですので、メインどころは当然マリアになります。もっとも、タイトルでおわかりでしょうが今回の話に限っては彼女の相方がメインになりますが。

花組もようやく勢揃いし、ここからがある意味また本番です。今後とも一層精進していきますので、何卒ご贔屓に。

では、どうぞ。


NO.10 六人目の戦士

白銀の銀世界

絶え間ない雑踏の音

爆発し炎上する周囲の光景

そして…凶弾に倒れるその姿

 

『! 隊長ーっ!』

 

口の中がカラカラに渇くような緊張感の中、呼吸も荒いのに銃を放り捨て、走り寄る。そして

 

「! はあっ!」

 

目が覚めた、そこは自室の中。

 

「はあっ…はあっ…はあっ…」

 

帝国華撃団花組所属、マリア=タチバナは荒い呼吸を繰り返す。そして、今見ていたものが夢だと理解すると、やりきれないように額を抑えた。

 

「また…あのときの…」

 

マリアの記憶に、消したくても決して拭いきれない苦い思い出がよみがえる。マリアは知らず知らず、いつも肌身離さずに身に着けているロケットを握り締めていた。

 

「……」

 

その後マリアは、結局一睡もしないまま夜を明かしたのであった。

 

 

 

 

 

「おのれ! またしても華撃団めに邪魔をされるとは!」

 

帝都地下、某所。黒之巣会の総帥である天海は怒りに身を震わせていた。叉丹の襲撃を退けただけでなく、帝都タワーの襲撃まで蹴散らされたとあって、恨み骨髄といったところである。と、

 

「天海様…私に華撃団を葬り去る妙案がございます」

 

一人の人物が一歩前に進み出た。見た目は小さな可愛らしい男の子にしか見えないその人物は『蒼き刹那』。黒之巣会の幹部の一人である。見た目こそ先述のように小さな可愛らしい男の子といった感じだったが、その纏っている雰囲気、そして長く鋭く伸びた手の爪、更に禍々しささえ感じさせる凶悪な笑みは、彼が只者ではないことを雄弁に物語っていた。

 

「ほう…妙案とな?」

 

刹那の『妙案』という一言に天海が興味を向けた。御意と前置きし披露し始める。

 

「華撃団の強さは隊長である大神一郎とタチバナ=マリアの統率力にあります。つまり、この二人さえいなくなれば…」

「しかし、そのようなこと簡単にはできぬぞ…」

 

同じ幹部の一人、『紅のミロク』がそう釘を刺す。帝都タワーの戦いの後、抹殺の檄を上げた紅一点の女幹部である。だが、刹那は心配ご無用とばかりにニヤリと笑った。

 

「タチバナ=マリアに関する面白い情報を掴みました。それを使えば恐らく…」

「ほう…よし、刹那よ。この度はお前に任せよう。見事、華撃団を打破してみせい!」

「ははっ! お任せあれ!」

 

恭しく礼をすると、天海の姿は闇へと消えていった。

 

「くくく…人には誰しも触れられたくない忌まわしき過去がある…。さて、タチバナ=マリアよ、どう出るかな?」

 

心底楽しげに含み笑いを浮かべると、刹那もまた闇に溶けるかのように消えていったのだった。

 

 

 

 

 

帝都タワーの襲撃からおよそ一ヶ月。その間、襲撃らしい襲撃も特になく帝劇はいつもの日常に戻っていた。そんなある日、劇場内に終演を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

『これにて帝国華撃団花組公演、「シンデレラ」を終了させていただきます。本日の御来場、誠にありがとうございました。皆様のまたのお越しを、心よりお待ち申し上げております』

「やれやれ、やっとモギリから解放されるな…」

 

由里の終演のアナウンスを聞いた大神がふぅと一息ついた。モギリは開演するまでが忙しいのは当然なのだが、開演後も途中から入場してくるお客さんが皆無というわけではない。何らかの事情で開演に間に合わなかったお客さんが、途中からの観劇を求めてくるのはむしろ当然だった。それに対処するために開演中もモギリは動けないのだ。

ボヤきながら、大神が凝った身体を解すかのように軽くストレッチをしてコキコキと鳴らす。

 

「さてと、とりあえずどこかに行くか」

 

そして、それが一息ついたところで軽く息を吐くと、大神は玄関前から移動したのだった。だが、移動をし始めてすぐに見知った顔を見つける。

 

「あれ? マリアじゃないか」

 

関係者以外立ち入り禁止区域に入ってすぐのところにマリアが佇んでいるのを見つけた。

 

「おーい、マリア!」

 

声をかける。だが、マリアはピクリとも動かない。

 

「あれ? 聞こえてないのかな? お~い、マリア!」

 

不思議に思った大神がもう一度、今度は少し大きめの声でマリアに声をかけた。すると珍しいことにその声に驚いたのだろうか、ビクッと身体を震わせて、

 

「あ…少尉…」

 

恐る恐る大神へと振り返ったのだった。

 

「どうしたんだい、マリア? ボーっとするなんて、マリアらしくないぞ」

 

大神が心底不思議に思ってそう尋ねた。今大神が言ったように、マリアが心ここにあらずといった感じでボーっとしている姿を見るのは初めてだったからだ。だが、

 

「……」

 

マリアは何も答えない。

 

(? おかしいな…)

 

その様子にますます大神が怪訝になる。と、

 

「少尉…つかぬことをおうかがいしますが…」

 

物憂げな表情、様子のままマリアが口を開いた。

 

「あ、ああ…何だい?」

 

マリアの様子に不信を拭えないながらも大神が尋ね返した。

 

「少尉は…昔の夢をよくご覧になりますか?」

「え?」

 

何を聞かれるかと構えていた大神だったが、その内容に些か拍子抜けしていた。だが、すぐに己を取り戻して答える。

 

「そうだな…よく見るよ。士官学校の頃の夢や、ここにはじめて来たときの夢。…でも、どうしたんだ? そんなこと聞くなんて」

「いえ…何でもないんです。失礼します」

 

大神の回答を聞いたマリアは何を答えるでもなく一礼するとその場を去って行った。

 

「お、おい、マリア…」

 

手を伸ばして呼び止めるもののその姿は立ち止まることなく、そのまま消えていってしまった。

 

「…どうしたんだろう。いつものマリアらしくないな」

 

今自分が言ったように、到底いつものマリアからは考えられないその態度に大神が心配する。そこに、

 

「お疲れさま。大神さん」

 

かすみが声をかけてきた。

 

「どうかしたのか?」

 

その後ろには、ソーンバルケの姿もある。

 

「ああ、かすみくん…ソーン…お疲れさま」

 

「今のは…マリアか?」

 

ソーンバルケがマリアの去って行った方を見ながら呟く。少しとは言え、マリアが立ち去るシーンを目の当たりにしたのだろう。

 

「大神さん、今マリアさんとお話してたんですか?」

「うん。…でも、何だか話も上の空って感じでマリアらしくなかったよ」

「ほう、あの女傑がな。珍しいこともあるものだ…」

 

ソーンバルケも驚きを隠せない。ソーンバルケの見立てではこの帝劇の人間で一番隙がなく、そして一番場数を踏んでいるだろうと思われるのがマリアだからだ。そんなマリアが心ここにあらずといった状態でいるとはどうにも考えにくいのだ。だが、それはかすみにとっても同意見だったようで、

 

「大神さん、さっき由里から聞いたんですけど…」

「由里君から?」

「ええ。今日の舞台でマリアさんがセリフを間違えたんですって」

「えっ!?」

 

かすみのその一言に大神は驚きを隠せない。人間なのだから誰だってミスや間違いは起こすが、それでもマリアがそんな初歩的なミスを犯すとは思えなかったのだ。とは言え、これも勝手な先入観の産んだ産物ではあるのだが。

 

「あのマリアさんがそんなミスするなんて、信じられませんよね?」

「そうだね…」

 

難しい表情でお互いの顔を突き合わせている大神とかすみだったが、

 

「そんなことはないだろう」

 

二人を真っ向から否定するかのようにソーンバルケがそう言ったのだった。

 

「え?」

「ソーン?」

 

予想外の意見に驚き、大神とかすみがソーンバルケを見上げる。

 

「…人間なら誰だってトチるときぐらいあるだろう。別に珍しい話でもない」

「でも…マリアさんですよ?」

 

かすみがまだ納得できないといった表情をしている。が、

 

「いやいや…」

 

ソーンバルケは首を左右に振ってかすみを否定した。

 

「誰だろうと、そしてどんな些細なことであろうと、やらかすときはやらかす。それが人間というものだ。その頻度というか程度が人によって差があるだけのことにすぎない。それは、相手が誰であろうと関係のないことだ」

「そう…かもしれませんけど…」

 

かすみはまだ納得のいっていない様子だった。大した信頼度だなと内心で苦笑しながらも、これ以上ここでこの件について意見を交わしていても堂々巡りになるし答えは出ないと思われるのでここで切り上げる。

 

「でも…だとしたらどうしたんだろう? マリアがセリフを間違えたぐらいで落ち込むわけないし…」

「さて…な」

 

何の心当たりもないので適切な返答もできず、ソーンバルケはそう答えを濁すしかなかった。

 

「気になります? 大神さん、ソーンさんも」

「そりゃあね」

「まあな」

 

かすみの問いかけに大神とソーンバルケが頷いた。

 

「だがあいつのことだ、普通に聞いたところでは答えまい」

「そうだね」

「そうですね。…でもこんなとき、カンナさんがいてくれたら」

「カンナ?」

「誰だ、それは?」

 

聞き慣れない名前に大神が首を捻った。だがそれは、ソーンバルケも同じことだった。

 

「あ…お二人はカンナさんにお会いしたことがないんでしたね。桐島カンナさんといって、マリアさんと同期の、花組で一番古いメンバーなんですよ」

「へぇ…」

「ほぉ…」

 

現時点では名前だけとはいえ、新たな団員の登場に大神とソーンバルケは思わず言葉を漏らした。

 

「カンナさんはマリアさんと付き合いが長いですから、付き合いが長い分、きっと力になってくれると思うんですけどね」

「そうか。それは頼もしいな」

「確かに。だが、何故今ここにいない? それに、戻りは何時頃になる?」

 

カンナに期待を寄せる大神だったが、ソーンバルケはそのカンナに対する疑問をかすみに問い質した。

 

「カンナさん、今は故郷に戻ってるんです」

「故郷?」

「ええ、沖縄です。そこで修行しているはずです」

「修行?」

「何のだい?」

「空手です。カンナさん、琉球空手の使い手なんですよ」

「へえ、それはそれは。ますます頼もしそうだな」

 

大神がうんうんと頷いた。

 

「それで、戻りは?」

 

ソーンバルケがもう一度その件についてかすみに尋ねた。

 

「詳細な日時はわかりませんが、そろそろ戻ってくるのではないかと」

「そうか」

 

そこでお客さんからかすみに、次回公演のチケットを求める声がかかった。

 

「それじゃ大神さん、ソーンさん、失礼しますね」

 

軽く一礼すると、かすみはその客を先導して事務局へと向かったのだった。

 

「成る程な、旧友の帰還か」

 

かすみを見送った後で、ソーンバルケがそう呟く。

 

「うん。その…カンナだったっけ。その人に協力してもらえばマリアの様子がおかしいことの理由がわかるかもしれない」

「確かにな」

 

大神の意見にソーンバルケが同意した。が、

 

「だが、実際問題として今はその人物はいないのだ。かすみはそろそろ戻ると言っていたが、予定がズレ込むこともある。それを考えれば、こちらはこちらで動いた方がいいかもしれんな」

 

と、前言をある意味否定するかのような現実的な提案をしたのだった。

 

「うん、そうだね」

 

それは大神も考えていたのか、素直に肯定する。

 

「ああ。…ということで、この件はお前に任せる」

「うん…うん?」

 

思わず同意した大神だったが、言葉の意味を理解して慌ててソーンバルケに振り返った。

 

「ちょっと待ってくれソーン、協力してくれないのかい?」

「してやりたいのは山々だがな」

 

そこでソーンバルケがフッと息を吐く。

 

「どうも私はあいつにはあまりよく思われていないのでな。私が動いても逆効果だろう。ということで、全面的にお前に任せたい」

「…それ、建前じゃないのかい? 実際のところは、面倒ごとにはかかわりたくないってところじゃないか?」

 

ジト目で睨む大神に、

 

「…否定はせんさ」

 

ソーンバルケは苦笑しながら答えたのだった。

 

「だが、あいつに睨まれているのも嘘ではないのでな。そこを考えれば、まだしがらみの少ないお前の方がましなのは間違いないだろう?」

「それは、まあ…」

 

返答に詰まるものの、確かにそれはその通りであるので大神も頷いたのだった。そんな大神の肩を、ソーンバルケがポンと叩いた。

 

「頼むぞ、御大将」

 

そうして無責任に丸投げすると、ソーンバルケもまたどこかへと行ってしまったのだった。

 

「やれやれ…」

 

苦虫を嚙み潰したような顔になりながらポリポリと大神が後頭部を掻く。が、そうしていても状況が進展するわけではない。

 

「仕方ない」

 

一つ溜め息をつくと、大神はマリアを探し求めて歩き出したのだった。

 

 

 

「さて…そうは言ったものの、肝心のマリアはどこにいるのか…」

 

宛てもない中、取りあえず大神は劇場内の散策を始めた。途中、楽屋ではアイリスに、衣裳部屋ではさくらに、サロンではすみれを見かけたが肝心のマリアの姿はなかった。そして…

 

 

 

「ここにもいないか…」

 

地下。マリアの姿を求めて降りてきたものの、やはりその姿はどこにも見当たらない。

 

「まあ、当然かな」

 

地下には設えられている設備自体が少ないため、可能性としては元々低かった。しかし、万一ということもあるため可能性を潰すという意味では決して悪手というわけでもない。そして、予想通りマリアの姿が見えないために戻ろうとした大神の耳に、不意に水音が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

何の変哲もない水音だったが、妙に気になったそれを確認すべく大神は足を止めて音の発信源の部屋に足を踏み入れる。そこは更衣室だった。そして、その奥にはシャワー室がある。聞こえてきた水音はそのシャワー室からのものだった。どうやら誰かがシャワーを浴びているらしい。

 

「こ、この服は…」

 

一つだけ半開きになっているロッカーに掛けられていた服を手に取り、それをまじまじと見る。それは普段もよく目にするチャイナ服だった。そして、これを着るのは帝劇には一人しかいない。

 

「と、言うことは今は紅蘭がシャワーを…」

 

思わずシャワー室へと大神が首を向ける。それと同時にこの状況を客観的に判断し、非常にまずい状態であることにも気付いたのだった。

 

(ま、マズイ! 早くここから出ないと!)

 

とは思うものの、後ろ髪を引かれるのも事実だったりする。大神も年頃の健全な男子なのだ。こんなシチュエーションなのにさっさと割り切れるほど物分かりがいいわけでも枯れているわけでもない。

 

“部屋を出るぞ!”

“身体が勝手にシャワー室に…”

 

二つの選択肢が脳裏に浮かび、激しくせめぎ合っている。そして、それを体現するかのように大神はその場でウロウロとしていた。が、

 

『いやー、サッパリしたわ』

 

いつの間にか水音が止み、そして紅蘭のそんな声が聞こえてきた。直後、更衣室に戻ってくる紅蘭の気配を感じる。

 

(!!!)

 

大神は慌てて更衣室のドアを開けると、脱兎のごとくそこから立ち去った。勿論、そんな状況であってもドアを閉めるときは細心の注意を払って音を立てるようなことは決してしない。

 

「あ、危なかった…」

 

間一髪で危機を乗り越えた大神が、いつの間にか額に滲んでいた汗を拭っていた。

 

「何とか自分を取り戻すことができて良かった…」

 

心底ホッとして胸を撫で下ろす。一時の気の迷いとはいえ、肝が冷えたのは間違いなかったからだ。と、

 

「あれ、大神はん。こんなところでどないしたん?」

 

不意に後ろから声をかけられ、大神は心臓が止まる程驚いた。驚きに大声を出しそうだったが何とか踏みとどまり振り返る。そこには、紙一重で顔を合わせずに済んだ紅蘭がニコニコしながら立っていた。

 

(う…気まずい…)

 

その無邪気な表情に思わず大神は後ろめたさから顔を伏せたくなる。が、何の脈絡もないのにそんな真似をしたら明らかにおかしいので、努めて平静を装って紅蘭に対応した。

 

「や、やあ、紅蘭。ちょっとマリアを探しててね」

「マリアはん?」

「う、うん」

 

大神がギクシャクしながら頷く。いつの間にか、口の中もカラカラに渇いていた。

 

「マリアはんならさっき見たで」

「え、本当かい? どこで?」

 

思わぬところで手掛かりを手に入れ、驚いた表情で大神が尋ねた。

 

「二階のテラスや。何や、マリアはんにしては珍しいボーっとした雰囲気で遠くを見てたで」

「そうか…」

 

やはりマリアの様子がおかしいことに、大神が怪訝な表情になる。とにもかくにもせっかくの手掛かりなので、ありがたくそれを活用することにした。

 

「わかったよ。ありがとう、紅蘭」

「どういたしまして。あ、それとな大神はん」

「ん? 何だい?」

「これから皆でセットの修理をすんねん。だから、大神はんも時間があったら舞台袖に来てや」

「そうか。わかったよ」

「ほな、頼んだでー」

 

紅蘭を見送り、さっきの件がバレなかったことに感謝しながら大神はテラスへと向かったのだった。

 

 

 

(居た…)

 

テラスから少し離れた場所で、大神はマリアの姿を確認した。確かにさっき紅蘭が言っていたように、心ここにあらずといった感じで遠くを見ているように見受けられる。

 

(やっぱりどう考えてもおかしいよな…)

 

ここに来てからの、時には厳しすぎるほどのマリアの自分への対応を思い出し、大神は改めてそう感じていた。さっきの今ということもあって、話を聞いても中々上手くいくとは思えないが、それでもこんなところで燻っているわけにもいかない。

 

(よし…!)

 

覚悟を決めると、大神はマリアに近づいて声をかけた。

 

「マリア」

「えっ!? あっ!?」

 

突然声をかけられ、ビクッと身体を震わせてマリアが振り返った。その素振りだけでもマリアがおかしいことはわかる。いつものマリアならばここまで無防備に近づかれるようなこともないはずだからだ。

 

「少尉でしたか…」

 

マリアがそう大神を呼ぶ。それは『帝国歌劇団』としての大神ではなく、『帝国華撃団』としての大神の姿だった。

 

「どうしたんだマリア、さっきから様子が変だぞ…」

 

どうにも調子の狂うマリアの様子に、大神もさすがに心配だった。が、

 

「すみません、少尉。御心配をおかけしまして…。でも、私は大丈夫ですから。失礼します」

 

短くそれだけ返答すると一礼し、マリアはその場を立ち去った。まるで逃げるかのように。

 

「…全然大丈夫そうじゃないな、マリア」

 

今の態度やその表情、口調が何よりもそれを雄弁に物語っていた。と同時に、自分はまだ悩みを打ち明けてもらえるほど信頼はないのかと苦悩する。確かにこれまでのところ、マリアとの関係はお世辞にもいいとは言えない。だが、だからと言ってその関係をこのままにしておくわけにはいかない。大神は何と言っても帝国華撃団の隊長なのである。これからの厳しい戦いに勝つため、そして勿論、歌劇団として舞台で輝いてもらうためにも団員たちの信頼を得る必要があった。

 

「このままにしておくわけにはいかないよな…」

 

大神はそう決心すると、今度はマリアの部屋に足を向けたのだった。

 

 

 

「マリア、いるかな?」

 

紅蘭がさっき言っていたが、セットの修理をするということで舞台袖にもう向かっているかもしれない。もしそうだとしたら空振りになってしまうが、確かめてからでも遅くはないだろう。大神はふうっと一つ息をつくと、コンコンとマリアの部屋のドアをノックした。

 

『はい』

 

部屋の中からマリアの声が聞こえる。ただ、その声色はやはりいつもと微妙に違うように感じられた。

 

「あの…大神だけど…」

『…少尉…何か御用ですか?』

 

空振りにならなかったことに感謝しつつ声をかけた大神だったが、マリアの受け答えはいつも以上に冷たいものに感じられた。その冷たさに一瞬怯みそうになる大神だったが、ここで引いてはダメだと心を奮い立たせる。

 

「ちょっと話したいことがあるんだけど」

『……』

 

少し間を置き、

 

『どうぞ…鍵は開いてますから』

 

室内から了承の返答が聞こえてきたのだった。

 

「じゃあ、お邪魔するよ」

 

拒否されなかったことに内心でホッとしながら、大神はマリアの私室に足を踏み入れた。

 

「……」

 

当然ながらマリアが迎える。…のだが、無言とあって威圧感が半端じゃなかった。何せ目つきは鋭いし立ち居振る舞いに隙はないし、何より大神よりも長身なのである。蛇に睨まれた蛙…とまではいかなくとも、大神としてはそれに近い心持ちであった。

 

(俺も決して背丈は低い方じゃないんだけど、せめてソーンぐらいあればなぁ…)

 

ここでの相棒を思い浮かべながら大神はマリアに向き直ったのだった。パッとその室内を見てみると、作りは大神の部屋とそう変わりはない。無駄なものが少ないだけ、一番大神の部屋に近いともいえた。

 

「はは…マリアの部屋にはじめて入ったよ」

 

掴み…と言うわけでもないのだろうけど、そう言って愛想笑いを浮かべる。と、

 

「何の御用です? 少尉」

 

マリアがすぐさま本題を切り出してきた。だが、その表情は冴えない。先ほど感じた威圧感が嘘だったんじゃないかと思えるほど、今のマリアは覇気がないというか弱々しかった。

改めてやっぱりおかしいと感じた大神は、単刀直入にマリアに尋ねることにする。

 

「マリア…今日はどうしたんだい? いつものマリアらしくないぞ」

「……」

 

マリアからの返答はない。

 

「何か悩みでもあるのか? もし良かったら…」

 

口に出した勢いのままにそのまま続けようとした大神だったが、マリアの表情を見て口を噤んでしまった。その顔はどう見ても話を聞いてほしいというものではなく、黙っていてほしい、放っておいてほしいという強い意志が読み取れたからである。

 

(機会じゃないということか…)

 

少なくとも今は。そう考え直した大神はそれ以上言及するのをやめた。

 

「…いや、言わなくてもいい」

「え?」

 

まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、予想外の大神の言葉にマリアは拍子抜けしたようだった。

 

「誰だって悩みはある。でもそれを克服するのは結局は自分の力でしかない。だから…マリアが望まないなら無理に言う必要もないんだ。俺もこれ以上は聞かないようにする」

「少尉…お心遣い感謝します」

 

マリアが嬉しそうなのはホッとしたからだけではないだろう。今言ったように、自分の心中を慮って配慮してくれた大神のその心遣いにも感謝しているのだろう。

 

「すみません、少尉。今から舞台のセットの修理をやることになってるんです」

「ああ、そうか。紅蘭から聞いたよ」

「ええ。ですから、せっかく来ていただいたのに申し訳ないんですが…」

「そうか…わかった。それじゃあ俺も行くから」

 

二人は連れ立って部屋から出た。

 

「少尉、わざわざありがとうございました。ではこれで」

「ああ」

 

大神が一礼したマリアを見送る。

 

「ふぅ…」

 

その姿が見えなくなると、大神は一息ついた。

 

(最初に想定していた展開とはずいぶん違っちゃったけど…)

 

本来はマリアの悩み…いきなりそこまではいかなくとも、様子がおかしな原因のせめてその一因だけでも探ろうと思っていたのだが、マリアの表情を見ていたらそんなことはできなくなってしまっていた。

無論、頑なな心情も読み取れはしたのだがそれ以上に、何処か苦しさを感じられたからだ。そこで大神はマリアが悩んでいるのと同時に苦しんでいるのも何となくだが理解していしまい、それがために何も聞けなくなってしまったのだった。

 

「まあいいや。少なくとも、一歩前進だ」

 

その歩幅はとても小さく狭いものかもしれないが、それでも前進したのは間違いない。後は状況の変化かマリアの心情の変化を取り敢えず待つことにして、大神もセットの修理を手伝うために舞台袖へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

「おっ」

 

舞台袖に大神が到着すると、そこには大神を除いた花組のメンバーたちが既に勢揃いしていた。

 

「あっ! 大神はん、ええところにきたわ」

 

一番最初に大神に気付いた紅蘭が破顔して大神を手招きした。

 

「どうしたんだい?」

 

大神が尋ねる。と、

 

「実は、ここのセットが倒れそうなんですの。お二人で支えていてくださいません?」

 

すみれはチラッとソーンバルケに目線を向け、すぐに大神に向き直ってそう頼んだ。

 

「みんなで修理しようと思って…ねえ、マリアさん?」

 

さくらがマリアに水を向ける。が、

 

「え、そ、そうだったわね…」

 

マリアはやはりいつもの歯切れがなかった。

 

「ねーねーマリア、何か元気ないよー。どうしたの?」

 

アイリスがマリアの様子のおかしいことを目ざとく見つけてそう尋ねた。が、

 

「そ、そんなことないわよ。さあ、修理を続けましょう」

 

そう言って、露骨に話をはぐらかしたのだった。

 

(まだ少し時間がかかるかな…)

 

そんなマリアの様子に大神がそう考えながら、すみれに指示されたセットのところへ行く。

 

「…芳しくなかったのか?」

 

マリアの様子にこれといった変化が見られなかったため、ソーンバルケが大神に尋ねた。

 

「ああ」

 

チラッと、大神が少しだけマリアに視線を向けた。

 

「まだ暫く時間はかかりそうだよ」

「そうか。だが、糸口ぐらいは見つけたのか?」

「…どうだろうね?」

 

何とも…といった感じで大神が首を左右に振った直後、セットから嫌な物音が立った。直後、すみれが支えるように指示したセットが崩れて倒れ込んでくる。

 

「いっ!?」

「なッ!?」

「大神さん! ソーンさん!」

 

さくらの悲鳴が響き渡る中、大神とソーンバルケは反射的に二人で倒れ込んできたセットを受け止めた。

 

「ぐおおおおおおっ…お、重い!」

「くっ!」

 

咄嗟に受け止めた二人の身体にセットの負荷がかかる。二人で支えているから労力は半分とは言え、それでもかなりの重量がその身体を襲っていた。

 

「うひゃあ、すごいすごい! 二人ともごっつう力持ちやな! うち、感心したで」

「い、いいから早く何とかしてくれ!」

「あ、ああ、頼む」

 

ソーンバルケも表情を歪めて助力を仰いだ。始めて見るソーンバルケのそんな表情に、もう少しこのままでもいいかも…と数名の隊員が思ったのは秘密である。

 

「す、すぐにロープで引っ張りますから!」

 

さくらが慌ててセットに引っ掛けるロープを取りに行った。

 

「お兄ちゃん、ソーンも大丈夫? 汗びっしょりだよ?」

 

アイリスが心配そうな表情で大神とソーンバルケを覗き込む。だが、それに応えるほどの余裕は今の二人にはなかった。

 

「あら、結構頑張るじゃありません?」

「ホンマですなあ。二人ともファイト! ここが踏ん張りどころや!」

「頑張ってください二人とも、すぐに引っ張り上げますから!」

 

ロープの調達から戻ってきたさくらが慌ててセットにロープをひっかけた。後は引っ張るだけといったところで、不意に大神とソーンバルケにかかっていた圧が和らいだ。

 

「ん?」

「えっ!?」

 

突然のことに訳が分からずにいると、

 

「あ~あ、だらしがないねぇ、この程度のことで」

 

不意に、揶揄するようなそんな声が二人の後ろから聞こえてきた。大神とソーンバルケが振り返ると、そこには堂々たる偉丈夫と見間違うようながっしりとした精悍な身体つきの女性の姿があった。

女性はそのまま大神たちを一顧だにせず、さくらと紅蘭に視線を向ける。

 

「ほら、そこの眼鏡のあんたたち。早くロープで引っ張り上げなよ」

「は、はあ」

「わ、わかりました」

 

突然の展開に驚きながらもさくらと紅蘭は言われるがままにセットを引っ張って元に戻した。

 

「き、君は…」

 

驚きながら大神が突然現れたその女性に尋ねる。が、

 

「まったく…何を騒いでいるかと思えば」

 

と、彼女は半ば呆れながら肩を竦めていた。

 

「え?」

「だ、誰や、アンタ?」

 

先ほど御指名を受けたさくらと紅蘭もキョトンとした表情だ。が、

 

「カンナぁ、おみやげは?」

 

甘えるような声色で、アイリスがその女性に尋ねたのだった。

 

「すまねえな、アイリス。荷物が全部流されちまってさ」

(カンナ…そうか、この女が…)

 

先ほどのロビーでのかすみとの会話を思い出し、ソーンバルケは突然現れた目の前の人物が花組の最後の一人であることを認識したのだった。女性…カンナは申し訳なさそうにポリポリと後頭部を掻くと許しを請うように顔の前で手を合わせた。

 

「カンナさん、無事でしたの!?」

(カンナ…この人が?)

 

すみれの呼び掛けで、一拍置いて大神も目の前の女性がカンナだと気付いた。

 

「いや、沖縄からの帰りの船が沈没してね。泳いできたんだよ」

(お、泳いで?)

 

大神はその発言に驚きを隠せなかった。船が沈没した位置にもよるが、それでも帝都まで泳いで帰ってくるとは…思わず大神は生唾を飲み込んでいた。一方でソーンバルケは、沖縄と帝都の位置関係がわからないため軽く首を捻るぐらいのものでしかなかったが。

 

「相変わらずだね」

 

マリアが苦笑する。心なしか彼女が纏っている雰囲気もいつもより大分穏やかに見えた。やはり同期の桜というのは伊達じゃないらしい。と、カンナは舞台上の面々を見渡した。

 

「どうやら新入りがひの、ふの…三…四人か。んで、さっきからギャーギャー喚いていたのがあんたかい。名前は?」

「大神一郎だ」

「そうかい。んで、奥のあんたは?」

「私の名はソーンバルケ」

「ソーン…バルケ? 珍しい名前だね」

「ああ。大体の人間はソーンと略称で呼ぶがな」

「じゃあ、あたいもそう呼ばさせてもらうぜ。構わねえよな」

「ああ」

「カンナ、新人のさくらと紅蘭よ」

 

大神とソーンバルケとの挨拶が一息ついたところでマリアが割って入り、カンナにさくらと紅蘭を紹介した。

 

「よっ!」

 

シュタッとカンナが軽く手を挙げる。それに呼応するかのようにさくらと紅蘭が相次いで自己紹介した。

 

「真宮寺さくらです。よろしくお願いします!」

「うち、李紅蘭や。よろしゅうな…って、なああんた、えらいええ男に見えるけど?」

「へへ…ありがとよ。でもあたいはオ・ン・ナ…だぜ?」

 

カンナが恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。そこへいつの間にかやってきたのが米田が声をかける。

 

「カンナ…よく帰ってきてくれた」

「米田支配人、この人は」

 

うむ、とばかりに米田が頷く。

 

「桐島カンナ…琉球空手、桐島流継承者。これで花組、全員集合だ!」

「よう支配人! 久しぶり」

 

久々の再会にカンナも破顔してまた軽く手を挙げた。

 

(桐島カンナ…彼女が花組最後のメンバーなのか)

 

大神がそんなことを思っている背後で、ソーンバルケは腕を組んでジッと何かを考えていたのだった。

 

 

 

「…ってえわけで、何とか自然石割りはできるようになったんだけどね」

 

サロン。花組が全員揃ったことで自然と話し合うような雰囲気になり、舞台から場所を移して花組は近況報告を含めた情報交換を行っていた。話の中心になるのは、やはりカンナである。

 

「さすがに船が沈み始めたときは肝を冷やしたよ」

 

よく考えればとんでもない発言なのだが、生来の性格がそうさせるのか、あまり大事に聞こえないのがカンナの特徴であった。それがいいか悪いかは別にして。

 

「まあ、誰もあなたのことは心配していませんでしたから…」

 

すみれがフッと息を吐きながらそんなことを言う。が、

 

「でも、一番心配してたのすみれだよねーっ!」

 

アイリスに余計なことを言われて固まってしまった。

 

「な、何を言うの! このガキャ!」

「べーっ!」

「あはははは! 相変わらずだな、みんな。安心したぜ!」

 

変わらぬ花組の姿にカンナが呵々大笑する。

 

「空手の修行に沖縄まで…はぁ…えらい遠くまで行ってはったんやなぁ…」

 

一方で、カンナの話に紅蘭は目を丸くしていた。

 

「へへ、まあね。あたいの生まれ故郷だし、修行するには沖縄が一番さ! …あれ? ところでマリアは?」

 

そこでカンナは、自分の親友が今この場にいないことに気がついた。

 

「さっき、お部屋に戻られたようですけど…」

「なんだ、付き合い悪いね~」

 

さくらの報告に、カンナがガッカリした様子になった。

 

「それと…ソーンだっけ? あいつもいないけど…」

 

マリアがいないことに気付いたカンナが、この場にいないもう一人について言及する。

 

「ソーンはんなら、事務局に呼ばれてたで」

「何かお仕事をお願いされてるんじゃないですか」

「そっか…ちょっと話があったんだけどな」

 

カンナが再びガッカリとした表情になった。だが、それも一瞬のことですぐに表情が戻る。

 

「ま、いいや。そこの少尉さん、ちょっと付き合ってくれよ」

 

カンナが大神に声をかける。先ほど、大神は自分の身分を明かしていたのでカンナは大神が帝国海軍の少尉だということを知っていたのだ。

 

「いいとも。何をするつもりか知らないけど、お付き合いしよう」

「そうこなくっちゃ! 隊長は話が早いねぇ!」

 

カンナは嬉しそうな表情になって人懐っこい笑みを浮かべた。だがそれも一瞬ですぐにその笑みが引っ込む。

 

「あんた、海軍士官学校で首席だったらしいじゃねえか? 海軍仕込みの格闘術…見せてもらおうか?」

「いいっ!?」

「お大事に…少尉…」

 

予想外の申し出に固まる大神は、すみれがぼそっと呟いた一言を聞き逃さなかったのだった。

 

 

 

「じゃあ隊長、手始めに組み手からやってみようか」

 

場所を移して鍛錬室。半ば強引に連れてこられた大神を前にして、カンナはウキウキワクワクといった様子で話しかけてきた。

 

「組み手?」

「ああ。あたいが隊長に技を仕掛けて、隊長がそれを受けるのさ」

「ええっ! 空手は良く知らないし、俺が受けきれるわけないよ!」

 

思わず大神が拒否してしまう。実際、大神の得意分野は刀…それも二刀流である。カンナが言った通り海軍士官学校首席であるため、無手の戦いが全くの不得手ではないだろうが、それでもそのフィールドを主戦場としているカンナと対等に戦えるとは思っていなかった。が、

 

「大丈夫だよ。こっちの技の順番はちゃんと教えておくから」

 

カンナはそう言って自身の考えを引っ込めるつもりはないらしい。その様子に、これはもう相手をしなくちゃ収まらないだろうなと感じ取った大神は肚を決めることにした。

 

「じゃあ、技を言うからちゃんと覚えてくれよ。まず下段蹴り、次に腹に正拳突き、最後に上段回し蹴り」

「下・中・上か…」

 

反芻するように大神が呟く。

 

「いいかい? んじゃ、始めるぜ」

 

そう告げると、カンナが構えた。それに追随するように大神も構える。

 

「じゃあ行くぜ隊長! 受けてみな!」

 

直後、カンナの鋭い下段蹴りが飛んできた。

 

「くっ!」

 

その速さ、鋭さに足を捉えられそうになるが、寸でのところでバックステップして大神はその蹴りをかわした。

 

「やるな隊長! あたいの蹴りをかわすとは大したもんだぜ!」

 

カンナが嬉しそうに楽しそうに破顔する。だが、それも一瞬ですぐにまた鋭さの感じる顔つきに戻った。

 

「それじゃあお次は正拳突きだ。これを止められるかい!」

 

間髪入れずにカンナの鋭く速い拳打が大神の腹めがけて放たれた。

 

「なんのっ!」

 

大神は少し屈むと腕を十字に交差させてそれを受け止める。

 

(クッ! しっかりと防御したのに…!)

 

腕にかかる衝撃は重く、痛い。カンナの格闘家としての技量の高さが垣間見え、大神は改めて気を引き締めた。

 

「正拳突きも受け止めたか…こりゃ、甘く見過ぎたかな?」

 

言葉とは裏腹に、カンナは実に楽しそうだった。久しぶりにワクワクした実戦が経験できてうれしいのかもしれない。とは言え、このまま受けきられたら桐島流空手の継承者としてそれはそれでよろしくはない。だから、

 

「それならあたいの最後の攻撃、受けてみな!」

 

今までの攻撃より少しばかりリミットを外して最後の攻撃を放ったのだった。

 

「!」

 

最後の攻撃の迫力に、大神は一言を発する余裕さえもなく瞬時に腕を上げて側頭部を固めた。直後、カンナの蹴りがガードのために上げたその腕に阻まれる。だがそれも紙一重で、もう少し大神の反応が遅かったら、その意識を刈り取っていただろう。

一方で、全ての攻撃を阻まれたカンナはというと、驚きとも称賛とも取れる表情でヒューっと口笛を吹いた。そして、ゆっくりと大神の腕を捉えていた己の足を降ろす。

 

「やるねえ、隊長! 士官学校の首席というのは、さすがに伊達じゃないな」

 

ニカッと笑うカンナ。琉球空手桐島流の継承者としては、最初に教えていたとはいえ全て捌かれたことに思わないところがないわけではない。だがそれと同じぐらい、自分の予想以上に善戦してくれた大神が嬉しかったのだった。

 

「あたいの技を全て受けられるなんて…隊長、大したもんだよ!」

「ハハハ、ありがとう。お褒めにあずかって光栄だね」

 

緊張感を解いた大神が力なく笑う。全て捌いたとはいえ、ギリギリの紙一重であったのは間違いないのだ。それを考えると今でも肝が冷えた。と、カンナが手を差し出してくる。

 

「隊長、改めてよろしくな。桐島カンナ、隊長の部下としてお役に立ってみせるぜ!」

「ああ、宜しく頼むよ」

 

そう答えると、大神はカンナの差し出した手を握った。こうして二人の組手は終了したのだった。

 

「ふぅ…」

 

カンナが額に少し滲んだ汗を拭う。そして、

 

「そうだ隊長、稽古をやって腹が減ってないか?」

 

不意に、そんな何の脈絡もないことを言ってきたのだった。

 

「もしよかったら、カンナ様特性のスペシャル料理を食わせてやるよ! どうだい、隊長。メシに付き合わねえか?」

「いいねえ、いただくよ! 丁度腹もペコペコだ」

 

そう言って軽く腹を擦ると、大神が了承の意をカンナに示した。

 

「よーし、話は決まりだ。早速厨房に行こうぜ!」

「ああ」

 

そして鍛錬室を連れ立って出て行く大神とカンナ。その姿は上司と部下というより、仲の良い同僚…あるいは昔からの悪友のように見えたのだった。

 

 

 

 

 

「久々の帝劇はどうだい?」

 

食堂。カンナが作ってくれたお手製の料理を食べながら、大神はカンナに質問していた。

 

「前と変わったかい?」

「そりゃあ変わったよ。新人が四人もいるんだもんな」

「…そうか、そうだよな」

 

カンナの答えに大神がうんうんと頷く。

 

「まあ、隊員も増えて賑やかになったことだし…これから毎日同じ釜の飯を食うんだ。宜しく頼むぜ、隊長」

「わかった。こちらこそよろしくな、カンナ」

「了解! …へへ、何だか照れるなぁ」

 

カンナが少し頬を赤らめながらポリポリと鼻の頭を掻いた。その様子、その仕草に、可愛いところもあるんだなと、ある意味では非常に失礼な感想を大神は抱いたのだった。と、

 

「ああ、そうだ。四人と言えばさ…」

 

今の会話で不意に何かを思い出したカンナがまた口を開く。

 

「ん?」

「あの…ソーンだっけ? あいつだけ何か違うような感じなんだけど…。あたいの思い過ごしかな?」

「いや…」

 

首を左右に振るとお茶を飲んで一息つき、大神はカンナに答えた。

 

「そんなことはないよ。彼だけは現段階でちょっと特殊な立ち位置でね」

「へえ、やっぱりか」

 

大神の返答を聞いたカンナが得心いったように頷いた。

 

「ああ。第一に、彼だけここで共同生活じゃなくて通いだからね。しかも、花小路伯爵の邸宅から」

「へえ…そりゃまた、その扱いだけでも特別扱いされてるのがわかるな」

「うん。…だけど何故それを? 直感で見抜いたのかい?」

「ああ…って言えりゃあカッコいいんだけど、あたいにはそんな力はないからね。実はあやめさんに聞いたのさ」

「あやめさんに?」

「ああ」

 

カンナが再び頷く。

 

「ここについて早々、バッタリ出くわしてね。挨拶済ませてみんなのところに行こうと思ったら呼び止められて、それで簡単な注意を受けたのさ」

「成る程…」

 

カンナの説明に大神が理解した。そこで、ずいとカンナが身を乗り出した。

 

「何者なんだい? あいつ」

「それが…俺もよく知らなくてね」

 

正直な感想を大神が吐露する。

 

「現時点で俺がわかっているのは、俺より少し早く帝劇に加入したこと。その加入は司令の肝入りだったってこと。そして…現時点では『帝国歌劇団』の一員ではあるけど、『帝国華撃団』の一員ではないこと。…ざっとこんなところだな」

 

大神が自分の知る限りのソーンバルケの情報をカンナに伝えた。

 

「成る程…」

 

大神から伝えられたソーンバルケに関する情報を聞いたカンナが、ふーんとばかりに腕を組んだ。

 

「支配人…司令の肝入りってことは、よっぽどなんだろうな。腕は立つのかい?」

「ああ、恐らくね」

 

大神が頷く。

 

「じゃなければ、ここにスカウトするはずないだろう。ここの任務はあくまでも帝都の防衛が第一義なんだ。今はまだここの真の姿に気付いてないとしても、いつまでも誤魔化せるわけじゃない。遅かれ早かれ、いずれわかる時はくる。それを承知で帝劇に入れたってことは、戦力としてみなしてると考えて間違いないだろう」

「隊長はあいつとやりあったことあるのか?」

「いや…」

 

首を左右に振り、否定の意を大神が表した。

 

「まだその機会に恵まれなくてね。そのうち一度は手合わせをしたいとは思っているけど。…ただ、伝聞は聞いてる」

「伝聞?」

 

その言葉の意味が今一つわからず、カンナが首を傾げた。

 

「ああ」

「何だい、それ」

「脇侍を生身で斬り捨てたらしい」

「へぇ…」

 

驚きつつも、興味深そうにカンナが反応した。

 

「ただ、それ自体はさくらくんもやったらしいんだ。けど…」

「けど、何だい?」

「ああ。さくらくんはソーンが脇侍を斬り捨てたところを実際に見たんだが、その剣筋が見えなかったって言うんだ」

「! そいつは…」

 

カンナが息を呑んだ。格闘家であるカンナには、それがどれだけ外れたことかよくわかるのだ。

 

「カンナが知っているかどうかは知らないけど、さくらくんは北辰一刀流の免許皆伝の腕前だ。それだけの剣士でありながら、剣筋が見えなかった…。それがどういう意味なのかはカンナならわかるだろう?」

「ああ」

「だから、腕が立つのは間違いない。ただ、いくら腕が立っても霊力がなければ…光武を動かせなければ、ここでは何の意味もない」

 

そして…と、大神が続けた。

 

「俺の見たところでは、ソーンに光武を動かせるほどの霊力は備わっていないように見えるんだ」

「そうかい」

「ああ。これについては俺の見立て違いだといいんだけど…。ただもし、俺の見立て通りだったら、支配人…司令はソーンをどうするのかっていうのはあるのさ」

「その辺、司令に直接聞いたことはないのかよ?」

 

カンナの問いかけに大神が静かにゆっくりと頷く。

 

「どちらにしろ、ソーンの扱いについては司令の胸三寸さ。意見を言うことはできても、最終的に決めるのは司令だからな」

「確かにね」

「ただ、そんな不安定な立ち位置だからこそこっちも苦労している」

「例えば?」

「軍属を示すことになる、階級で呼び合わないようにしている…とかね」

「成る程」

 

大神がそのことを思い出していた。ソーンバルケはここがただの劇団…劇場ではないことは薄々気づいているかもしれないが、それでもそれが確定するまでは道化のふりをしている必要がある。例えどれだけ白々しくても…だ。だからこそ、米田はこの件がハッキリするまではお互いを階級や立場で呼ぶことを禁じていた。大神のことを隊員たちが『隊長』とか『少尉』と、少なくともソーンバルケの前では呼ばなかったのはそういう理由なのである。

 

「道は狭いと思うんだよな…」

 

虚空を見上げると、大神は残念そうにそう呟く。

 

「え?」

 

首を傾げたカンナに、大神が顔を戻して口を開いた。

 

「ソーンに光武を操れる霊力が備わっているのか。もし備わっていたとして、俺たちの戦いに力を貸してもらえるのか…」

「そういうことか」

 

カンナも腕を組む。確かに、道は狭そうだ。だがそれ以上に、大神の次の発言で凍りついた。

 

「…そしてもし俺たちの本当の姿を明かしてソーンが協力を断った場合、その処遇をどうするのか」

「! お、おい、ちょっと待てよ!」

 

その言葉の意味を理解したカンナが腰を浮かせて大神に食って掛かった。

 

「それって、要するに口封じってことか!?」

 

大神がゆっくりと頷く。

 

「ふ、ふざけんなよ!」

「落ち着け、カンナ」

「落ち着いていられるわけねえだろ!」

「いいから落ち着け!」

「!」

 

大神の怒号にカンナは不承不承ではあるが席に腰を下ろした。普段は頼りないところも見せることがある大神だが、流石にその迫力は海軍士官学校の首席で、少尉を拝任した逸材である。鬼気迫る気迫といえた。

 

「…勿論、俺だってそんなことに賛成はしないさ。第一、今言ったのは俺の勝手な推論だ。司令がそう思っているとは限らないだろう?」

「そりゃそうだけどよ…」

 

カンナはまだ不満そうである。

 

「いずれにしても、俺たちが今できることは何もないさ。あるとしたら、ソーンに光武を動かせるだけの霊力が備わっていて、俺たちに力を貸してくれることを祈るぐらいさ」

「それしかねえのか…」

 

大神から諭されるも、カンナはまだ納得いかないといった感じでポリポリと頭を掻いている。そんなカンナの気分を和らげようとでもいうのか、大神は軽く微笑んだ。

 

「個人的にもソーンにはここにいてほしいんだよな」

「え?」

「雑用係が減るのは、俺としては困るからね」

 

一瞬、大神が何を言っているのかわからなかったカンナだが、それを理解した瞬間、呵々大笑した。

 

「ハッハッハッ…成る程ねぇ」

「笑うなよ。大変なんだぞ、雑用を一人でこなすのは」

「わりぃわりぃ」

「全く…」

 

口を尖らせながらも、カンナの雰囲気が柔らかくなったのを感じた大神がホッと胸を撫で下ろす。

 

「さて…」

 

そして、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

「もういい時間だ。今日のところはこの辺にしようか」

「ああ、そうだな」

 

カンナも同意して立ち上がる。無論、二人の手には使用済みの食器があった。各自それを厨房にて洗うと、揃って食堂を出る。

 

「悪いな、こんな時間まで付き合わせちまってよ」

「気にすることはないさ。それに、どっちかっていうと話の最後は俺に付き合わせたようなもんだし。それに、カンナが空手のことをどう思っているかや、帝劇にきた馴れ初めなんかも聞けて楽しかったよ」

「へへ、そう言ってくれると嬉しいね。じゃあな、隊長」

「ああ。あ、カンナ!」

「あん?」

 

大神に呼び止められ、カンナが走り出そうとしたところで止まって振り返る。

 

「さっきも言ったけど、ソーンの処遇が決まるまでは俺のことは隊長呼びは禁止な」

「おっとすまねえ。気をつけるよ」

「わかってくれればいい」

「ああ。じゃあな!」

 

カンナは軽く手を挙げると、今度こそその場から走って去ったのだった。カンナを見送った後、大神が表情を引き締める。

 

(ソーン…ソーンバルケか…)

 

その頭を占めるのは、頼りになる相棒でありながらも立ち位置が不安定極まりないあの偉丈夫であった。

 

(いったい彼は…)

 

そして、ソーンバルケに思いを馳せながら大神は私室へと戻ったのだった。その道すがら、大神は予想だにしていない人物と出逢う。

 

「確か…この辺りで…」

(マリア…?)

 

大神が出逢ったのはマリアだった。といっても、向こうは気付いている様子はない。そしてマリアにしては珍しく、困ったような顔をしながらあっちをウロウロこっちをウロウロしていた。

 

(…何かを探しているのか?)

 

その様子、仕草に恐らくそうだろうと思った大神が姿を現して声をかける。

 

「マリア、どうしたんだい?」

「! しょ、少尉…」

 

突然現れた大神にマリアが驚きで立ち止まった。が、

 

「…何でもありません」

 

すぐにいつもの様子に戻ってそれだけ答えると、マリアはその場を立ち去って自室に戻ってしまったのだった。

 

「マリア…」

 

様子のおかしいことと、その原因を相変わらず打ち明けてくれないマリアに残念さと無力感に苛まれながら大神は自室へと戻った。その自室の手前、ドアを開けようとしたところで大神は何か小さなものを蹴飛ばした感触を感じた。

 

「ん? 何か蹴飛ばしたようだが…」

 

それを探して視線を左右に這わせると、少し先に目的のものと思われるものがあった。それは古びたロケットだった。

 

「…これは?」

 

何気なく大神がそれを拾い上げる。と、

 

「少尉、それは!」

「えっ?」

 

大神が振り返ると、そこには急いでこちらに向かってくるマリアの姿があった。

 

「少尉、そのロケット、どこで拾いました」

「え…今ここで拾ったんだけど」

 

少々呆気にとられながらも大神が正直に話す。と、マリアはホッとしたような表情を浮かべた。

 

「そうでしたか。…すみません、探していたんです」

「そうだったのか。それじゃあ、これはお返しするよ」

 

マリアの手に、大神がそのロケットを乗せた。

 

「ありがとうございます」

 

大神からロケットを受け取ると、マリアは再度ホッとした表情になってそれをギュッと握りしめた。

 

「お守りかい?」

 

マリアのその様子に、何とはなしに大神が尋ねた。が、

 

「お守り…お守りですか…。ふふ、そうかもしれませんね」

 

マリアは自嘲するように笑ったのだった。そしてその表情には影が差し、笑み自体も弱々しいものに大神には見受けられた。

 

(マリア…)

 

その姿に、大神の心が痛む。だが、今の大神がマリアにしてやれることは何もない。

 

「…ありがとうございました。失礼します」

 

そんな大神の内心など当然知る由もなく、探し物を見つけたマリアはいつものように折り目正しく頭を下げると、今度こそ自室へと戻っていったのだった。

 

「マリア…」

 

その後ろ姿を見送った直後に力なく呟くと、大神は自室の中に入ったのだった。

 

「あのロケット…」

 

そして、先ほどの回収物に思いを馳せる。

 

「最近、マリアが元気ないことに関係あるのだろうか」

 

自問自答する。だがいくら考えても正解など浮かんでくるわけはない。正解を知っているのは他ならぬマリアだけなのだから。そんな時、不意にマリアが今日言っていたことを思い出した。

 

「そう言えば、昔の夢がどうとか言っていたな。…マリア、今夜君が見るのはどんな夢だろうか」

 

わかることもないことを考えながら、大神はマリアへと思いを馳せたのだった。

 

 

 

 

 

その夜。

 

「! はあっ!」

 

マリアはまた目を覚ます。今日もまた、最近とみに見ることの多くなったあの悪夢によって無理やり意識を覚醒させられていたのだった。

 

「また…あの夢…」

 

マリアはそっと、首にかけているロケットを握り締めた。そして、頭を抱えながら大きく息を吐く。そこに、深夜の静寂を破る警報の音が鳴り響いた。

 

「敵!? いやなことは重なるものね…」

 

石のように重く感じる己の身体を引き摺ると、マリアはベッドから出て作戦指令室へと向かったのであった。

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