サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は第三話の前半部ですね。大まかな流れとしては原作とはそう変わりません。では、原作にはいないイレギュラーである先生の役回りは?

それにつきましては本文をご覧ください。では、どうぞ。


NO.11 オレは隊長失格!?

「オンキリキリバサラウンバッタ…オンキリキリバサラウンバッタ…オンキリキリバサラウンバッタ…」

 

築地。今回魔操機兵が現れたこの地にて呪が響く。唱えているのは黒之巣会の死天王の一人、蒼き刹那。先日、天海に帝国華撃団打倒の『秘策』を進言した人物だ。そして、刹那が今唱えている呪は天海が芝公園の帝都タワーの麓で唱えていたものと同じだった。そしてこれもまたその時と同じく、その呪に従い巨大な楔のようなものが地中深くへと埋め込まれていく。

 

「フフフフフ…」

 

目的を遂行し、満足げな笑いを浮かべる刹那。そこに、

 

「そこまでだ黒之巣会!」

 

大神の声が響き渡り、そして六機の光武が姿を現した。

 

『帝国華撃団、参上!』

「フンッ…現れおったな、帝都の犬どもめ」

 

出逢い頭の挨拶とばかりに侮辱すると、刹那は楽し気に笑い出す。

 

「フハハハハハハ…だが遅かったようだな」

「何ッ!?」

「六破星降魔陣、第二の封印はこの蒼き刹那が既に解き放ったわ! 我が下僕どもよ、奴らを生かして返すな!」

 

魔操機兵に命令すると、刹那が自身の霊子甲冑…『蒼角』へと乗り込む。それとほぼ同時に、あやめから通信が入った。

 

『大神くん、あの機体は黒之巣会幹部、刹那のものよ。奴を倒せばこの騒ぎは収まるわ。すぐに向かって!』

「了解!」

「よっしゃあ、あたいの初出撃だ! 気合入れていくぜ!」

 

カンナの気合と共に、築地での黒之巣会との戦闘は幕を開けたのだった。

 

 

 

「流石に築地なだけあって水運が入り組んでいるな…」

 

地形を確認した大神が呟いた。川やその支流、運河が多いため移動には制限がかかる。前回の戦場である芝公園と比較してもその違いは明らかだった。

 

「まあ、進軍ルートは大きく分けて二つやな」

「ええ。正面か、左手か…。そのどちらかですわね」

「そうですね」

 

紅蘭、すみれ、さくらが各々の意見を述べた。確かに、三人の言う通り進軍ルートは正面と左手の二つしかない。

 

「戦力を分けるか、それとも一点突破か…」

「少尉、どうしますか?」

 

カンナの意見に頷いたマリアが大神へと尋ねた。

 

「そうだな…」

 

少し考える大神。だが、決断にそう時間はかからなかった。

 

「よし、戦力を分けよう。どちらを行っても距離的にはそう変わらないように見えるし、集中しても身動きが取れなくなったら意味がない。…戦力の分散は避けたいのは正直なところだけどね」

「わかりました」

「正面は俺とすみれくんとマリア。左手はさくらくんとカンナと紅蘭。正面は前衛が俺、中衛がすみれくん、後衛がマリア。左手はさくらくんとカンナが二人で前衛を担当し、紅蘭が後衛」

『了解!』

「よし、では全機進撃を開始せよ!」

 

大神の命令で各機が散開する。そしてその指示通り、帝国華撃団は二手に分かれて進撃を開始したのだった。

 

 

 

正面ルート。

 

「そこぉ!」

 

マリアの射撃が脇侍を射抜く。銃弾の衝撃で半壊状態になった脇侍が何とか戦闘行動を継続しようとするが、

 

「甘いですわね!」

 

すみれが脇から近づくと薙刀で胴を貫いた。活動を停止した脇侍が爆発四散する。

 

「ふぅ…」

 

すみれが一息ついたが、それ以上の猶予は与えるつもりはないのだろう。ワラワラと違う脇侍が集まってきた。

 

「全く、次から次へと…」

 

すみれが半ばうんざりしたような表情で毒づく。

 

「私はカンナさんみたいな体力馬鹿じゃありませんのよ!?」

 

そう、八つ当たり気味に文句を言いながら薙ぎ払った脇侍が空中に吹き飛ぶ。その脇侍をマリアが撃ち抜き、先ほどの脇侍と同じく爆発四散した。

 

「集中しなさい、すみれ!」

「わかってますわよ!」

 

マリアの厳しい指摘にすみれがイラつきながら返す。直後、

 

「危ない!」

 

大神の声が響き渡るのと同時に激しい金属音が鳴り響いた。

 

「え!?」

「何ですの!?」

 

マリアとすみれが振り返る。大神はマリアのすぐ側にいた。そしてその場で、二刀を頭上で交差させて脇侍の攻撃を受け止めていたのだ。

 

「脇侍!?」

「いつの間に!?」

「はあっ!」

 

大神がその脇侍の胴体部に蹴りを入れて距離を作る。そしてそのまま襲い掛かると、×字に斬り捨てた。

 

「ふぅ…」

 

脇侍を斬り捨てて一息つくと大神が周囲を確認する。

 

「少尉、今の脇侍は…」

「二人の死角から回り込んだらしい。ただ、すみれくんとマリアの位置からは確かに死角だったが、俺の位置からは確認できた。だからこっちで対処しただけだ」

「そうでしたか…。すみません、少尉」

「いや、いい」

 

マリアの謝罪に大神がそう答える。

 

「それより二人とも、機体の損耗は?」

「大したことありませんわ。数が多くて鬱陶しいだけです」

「ええ…ッ!」

 

すみれに倣って返答した直後、マリアの表情が険しくなった。そして瞬時に構えると大神に向かって銃を撃つ。

 

『!』

 

驚愕した二人を置き去りに弾丸は大神へと向かい、そしてその脇をすり抜けて後方へと向かった。直後、一体の脇侍がその銃弾を浴びて爆発四散する。

 

「今のは…」

 

振り返った大神が目にしたのは、残骸と化した脇侍のなれの果てだった。

 

「先ほどの借りは返しましたよ」

 

そう言って軽く微笑むマリア。

 

「ああ。助かったよ、マリア」

「全く…美味しいところをもっていきますこと」

「そういう問題じゃないでしょう?」

「ふん」

 

面白くなさそうにプイっとそっぽを向くすみれに対して目を鋭くするマリア。大神はそんな二人を見ながらも、それでも意識は二人ではなくそのうちの一人に言っていた。

 

(マリア…)

 

表情を曇らせる。確かにマリアは自他ともに厳しいところがあるが、それでもここまで刺々しくはなかったように思っていた。それに、先ほど自分を助けてくれた銃撃も、よく見てみれば何発かは着弾点が散っているのだ。華撃団として共に戦闘を行ったのは片手で足りるほどしかないが、それでもこれまでのマリアの射撃の腕前からすると信じられなかった。

 

(何が君を苦しめているんだい…?)

 

それを確信しながらも、そのことを明かしてくれないことに、大神は無力さと悲しさを感じているのであった。

 

 

 

左翼ルート。

 

「おらあっ!」

 

カンナの正拳が脇侍の装甲を貫き、

 

「はああああっ!」

 

さくらが袈裟斬りで脇侍を斬り捨てる。

 

「ほいっ!」

 

そして、二人の手が回らない機体に関してはバックアップの紅蘭が牽制役を務めていた。紅蘭の攻撃で足を止める、あるいは動きが止まった脇侍をカンナとさくらが潰していく。カンナやさくらには及ばないにしても、紅蘭自体も脇侍を倒すことはあるので手が足りないことはなかった。とはいえ、

 

「全く、次から次へと!」

 

言葉通り次から次へと湧いてくる脇侍の集団にカンナがぼやきながらも排除していく。

 

「どこぞのサボテン女みたいにしぶとい連中だな!」

「さ…サボテン?」

 

この時点では何のことかわからずに思わずさくらが首を傾げた。そのため動きが止まってしまったさくらに紅蘭が通信を入れる。

 

「さくらはん、今は戦いに集中やで!」

「! そ、そうだった!」

 

紅蘭の檄にハッとすると、改めてさくらが脇侍を斬り捨てる。紅蘭が通信を入れる前に攻撃して脇侍たちにダメージを与えてくれていたため、何も問題なく新手の脇侍も倒すことができた。

 

「ふうっ…」

「お見事! いや~、やるね~」

 

ヒュウっと口笛を吹いてカンナがさくらを褒め称える。

 

「え…? あ、ありがとうございます」

 

まさかそんなことを言われるとは思わなかったさくらが、おっかなびっくりといった感じでカンナに礼を言った。

 

「へっ」

 

カンナが楽しそうに微笑むとさくらと紅蘭に視線を向ける。

 

「あたいはまだ二人の実力のほどを知らないから少し心配だったけど、これなら十分背中を任せられそうだ。頼りにしてるぜ、二人とも。これからもよろしくな」

「は、はい!」

「おおきに」

 

少しとは言え在籍の期間が華撃団の先輩にあたるカンナに認められたさくらと紅蘭が共に顔を綻ぼせる。だが、それも一瞬のこと。

 

「ほな、先行こか。今は取り敢えず落ち着いたけど、いつ新手が出てくるかわからんし、それに大神はんたちの方も気がかりやしな」

「そうね」

 

さくらは紅蘭の意見に同意する。

 

「なーに、だいじょぶだろ。あっちにはすみれはともかく、マリアと隊長がいるんだぜ。そう簡単にどうにかなりゃしねえよ」

「まあ、ウチもそうやと思うけどね」

「でも、油断は大敵です。それに、早く合流するに越したことはありませんから」

「ま、それもそうか。んじゃ先を急ぐか」

『了解!』

 

それ以降も脇侍を蹴散らしながら合流を果たすべく、三人は進軍を止めることなく順調に進んでいったのだった。

 

 

 

「追い詰めたぞ、刹那とやら!」

 

正面、左翼のルートを進軍した両部隊は無事に合流を果たし、そして揃ったところで刹那と対峙していた。が、

 

「アハハハハ…」

 

刹那は取り乱すこともなく、華撃団を嘲るかのように笑う。

 

「それで追い詰めたつもりか!」

「何ッ!?」

 

大神が視線を鋭くした直後、戦場に予想だにしない変化が起こった。何と、すぐ側の廃屋から子供が飛び出してきたのである。

 

「! 大神さん、逃げ遅れた男の子が!」

「ヤバイで大神はん!」

「どうする? 隊長!」

 

さくら、紅蘭、カンナが通信を開いたのと刹那がその男の子に狙いを定めて振りかぶったのはほぼ同時だった。そして、

 

「やめろぉぉ!」

 

彼女たちに答える前に大神は飛び出し、刹那の前に立ちはだかった。そのことに刹那はニヤリと笑い、そして、

 

「もらった!」

 

男の子に向けるべきその攻撃を大神に向かって叩きつけたのだった。

 

「ぐああああっ!」

 

無防備な状態で刹那の攻撃を受けて大破する大神の光武。その光景に、マリアの表情が苦しそうに歪み、己を抑えるかのように顔を手で覆っていたのは誰も知らない。

 

「戦場で他に気を取られるとは、何と愚かな!」

 

刹那は再び嘲るように笑うと大神の光武を片手で掴む。そしてそれをさくらたちに向かって投げつけたのだった。

 

「大神さん!」

「おっと!」

 

さくらとカンナで何とか受け止める。その隙に刹那は用意していたのだろうか、近くに係留してあった小舟で逃亡したのであった。

 

「ま、待て…」

 

薄れゆく意識の中で大神が右手を刹那に向かって伸ばすが、当然刹那は待つこともなくそのまま消えていった。そして、大神の意識もそこでプッツリと切れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「う…」

 

意識を覚ました大神の目に飛び込んできたのは、よく知っている光景だった。

 

「こ、ここは…?」

「大神さん!」

 

まだ少しフラフラする頭を手で抑えながら上半身を起こす。声のした方向にゆっくり顔を向けると、そこにはホッとした様子でこちらを覗き込んでいるさくらの姿があった。

…いや、さくらだけではなく、すみれ、カンナ、紅蘭、アイリスの姿もある。皆さくらと同じように心配そうに、しかし大神が気がついてホッとした様子だった。

 

「よかった…」

 

心底ホッとした様子でさくらが大きく息を吐く。そして、

 

「大神さん、大丈夫ですか?」

 

と、窺うように尋ねてきたのだった。

 

「あ、ああ…」

 

まだ少し前後不覚状態ではあるが、それでも意識はハッキリとしているため軽く頭を左右に振って大神は返答を返した。

 

「…そうだ、あの子はどうなったんだ?」

 

意識を失う前の最後に覚えていることを思い出した大神がさくらたちにそう尋ねた。と、それを聞いたさくらが顔を綻ばせた。

 

「無事、助け出されたようです。親御さんが何度もお礼に来てたみたいですね」

「そうか…」

 

あの後の顛末がわかり、しかも大事に至らずに済んだこともわかって大神が心底ホッとしたように息を吐いた。

 

「私、正直言って少尉のことを見直しましたわ!」

「いや、覚悟はあっても中々できることじゃないね。ほれたぜ、隊長」

「うん、お兄ちゃんえらい! アイリスも大好き!」

「大神はん、アンタホンマよくやったで!」

 

すみれをはじめ、カンナ、アイリス、紅蘭が大神の行動を手放しで称賛する。

 

「い、いやぁ…それほどでも…」

 

手放しの称賛にくすぐったいのか面映ゆいのか、大神が照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。そしてあの子供の顛末がわかったところで、今度は自分の状況を花組の皆に尋ねる。

 

「俺、どうなったんだ?」

 

その大神の問いに答えたのはすみれだった。

 

「身体を随分と強く打ったようですわ」

「そうか…」

 

すみれの説明に刹那にやられたことを思い出し、大神が臍を噛んだ。

 

「大神はん…あんた、医務室のポッドの中で三日も寝取ったんやで」

「三日!?」

 

予想外の日数意識を失っていたことに大神が目を剥く。

 

「大神さん…痛むんですか?」

 

さくらが今度は心配そうな表情になって大神を覗き込んできた。さくらに心配された大神が、身体の各部をグルグル回したりペタペタと触ったりして自分の状態を確認する。が、別に異常を感じるようなところはなかった。

 

(少し頭が痛むかな? …まあ、これぐらいなら)

「いや、大したことはない。もう大丈夫だよ」

 

そう判断して答える。と、アイリスが険しい表情になって一歩身を乗り出した。

 

「アイリス、すっごく心配したんだから! お兄ちゃん!」

「そうか…。ごめんな、アイリス。心配かけて」

 

言い訳のしようがないため、謝るしかない大神である。

 

「でもよかったなあ大神はん、大したことあらへんで。ウチも人までは直せんからなあ」

「……」

 

ニコニコした表情で大神をいたわる紅蘭だったが、大神の表情は無表情だった。何故かというと、紅蘭に改造されかけたからである。といっても、それは夢だったのだが。

先ほどまで意識を失っている間、大神は悪夢を見ていたのだ。黒之巣会に捕縛され、天海に改造されそうになったのだが、それを実際に行う役割を担っていたのが紅蘭だったのである。そのため、ただの夢だとわかっていても紅蘭に対する視線は自然と厳しいもの…恨みがましいものになっていたのだった。

 

(改造しようとしたくせに…)

 

自然、その想いが意識せずとも表情に現れ、少しの間紅蘭をじっと見つめる形になってしまう。と、当然紅蘭もそのことに気付くことになる。

 

「ん? なんや、ウチの顔ジーッと見て。何ぞついとる?」

「いや、何でもないよ」

 

まさか今考えていることを紅蘭に馬鹿正直に話すわけにもいかず、そう伝えて大神は話を濁した。と、横からさくらが手を差し出してきた。

 

「大神さん、この薬を飲んでください」

「はい、お兄ちゃん。お薬だよ」

 

アイリスにもそう言われて差し出した大神の手に、薬が渡される。

 

(何かの痛み止めかな…?)

 

さくらたちがおかしなものを渡してくるなどと思うわけもないため、大神は何の躊躇もなくその薬を飲んだ。が、すぐに顔を顰めることになる。

 

「うわ…何だこれ!? に、苦すぎる!」

 

まずはその味に顔を顰める。が、本当の衝撃はその直後にやってきた。

 

「紅蘭…そのお薬、本当に大丈夫なんですの?」

 

大神の様子に顔を顰めたすみれが紅蘭へと振り返った。そしてその一言に、大神の血の気が引く。

 

「えっ!? こ、紅蘭が作ったのか、この薬!?」

「こんなこともあろうかと、ウチが開発しといた特効薬や。心配あらへん」

 

だが、紅蘭はそんなすみれと大神の心配をよそにあっけらかんとそう説明するのであった。直後、大神の視界が急激に暗くなり始める。

 

「あ…あれ…? 急に…から…だが…」

「あれ? お兄ちゃん?」

 

アイリスが覗き込んできたが、大神は糸の切れた人形のように再びベッドに崩れていったのであった。

 

「ふふふ、そうや。効き目はバツグン。傷もみるみる塞がるで。その代わり、猛烈に眠くなるという副作用もあるけどな」

 

なんか物騒なことを言ってるなと頭の隅で思いながらも抗えず、大神は急激に意識を深淵へと落としていった。

 

「おやすみ、大神はん。後はマリアはんに任せればええやろ。…あれ?」

 

振り返った紅蘭が首を傾げた。それもそのはず、今話題の俎上に出したマリアの姿がなかったからだ。

 

「マリアはん、どこにおるん?」

「それが…」

「とにかく外に出ましょう。少尉が目を覚ましてしまいますわよ」

「そうですね。…じゃあ大神さん、お休みなさい」

 

さくらが事情を説明しようとしたが、すみれにそう促され、マリアを除いた花組の面子は大神の自室を退出することにしたのだった。

 

 

 

「さて…」

 

大神が意識を取り戻し、花組の面々とを喜ばせたのとほぼ同時刻、ソーンバルケは地下から一階へと上がってきた。私用で地下へと足を運び、それが終わったので戻ってきていたのだ。

大神が昏睡状態というのはソーンバルケも聞いているため、現在は雑務を一人で担っている形になっている。そのため、ここ数日はあまり休憩らしい休憩も取れていなかった。だがそれより、大神が昏睡状態ということのほうが気になっていた。

 

(あいつらは過労だと言っていたが…)

 

ソーンバルケの脳内に、三人娘や花組の面々の姿が思い浮かぶ。だがその様子に、いつものものとは違う微妙なズレを感じていた。それも一人二人ではなく全員から。

 

(上手く誤魔化しているつもりかもしれないが、あれでは怪しんでくださいと言っているようなものだ)

 

まだまだ小娘だなとククッを内心で笑いながら、ソーンバルケは廊下を歩く。さて、その大神の様子でも見に行ってくるかと思ったところで、中庭に珍しい人影を見つけた。

 

「あれは…」

 

ソーンバルケの視線の先にいたのはマリアである。が、マリア自体は珍しいわけではない。珍しいのはその行動だった。腕を組み、少し俯き加減で同じ場所を行ったりきたり、ウロウロしているのだ。行動自体はハッキリ言って不審以外のなにものでもなかった。

 

「ふ…」

 

面白いものを見たことで自然と笑みが浮かぶと、ソーンバルケは方向転換して中庭へと足を向けたのだった。

 

 

 

「何をしている?」

「ッ!?」

 

いきなり声をかけられ、マリアは驚きのあまり固まってしまった。だが、そんな中でも悲鳴を上げなかったのは流石である。しかし、それ以上に

 

(いつの間に…)

 

という思いの方が大きかった。気配を感じられなかったことの方がマリアにとっては大きな問題だったのだ。だが、そんなことは微塵も感じさせないように声のした方向に振り向く。そこには当然のようにソーンバルケの姿があった。

 

「何?」

 

自然、視線が鋭くなって声色が冷たくなる。

 

「そう怖い顔をするな」

 

対して、ソーンバルケは苦笑しながらそう返してきた。その態度に、視線と表情の厳しさが増すがそれでも気にした様子はなく、それがまた軽くあしらわれているようでマリアにとっては腹立たしいのだが。

そのままソーンバルケはマリアの近くにあったベンチに腰を下ろす。マリアはと言えば、同じように腰を下ろすわけでもなく、少し離れたところに立ったまま、ソーンバルケをじっと見つめていた。

 

「…何か用なの?」

 

再度、マリアが口を開く。

 

「何、いつも落ち着いているお前がらしくもなくウロウロしていたのでな。気になって様子を見に来た」

「ウロウロ…?」

 

ソーンバルケのその指摘に、マリアが怪訝な表情になる。が、その表情を見たソーンバルケもまた怪訝な表情になった。

 

「気付いていなかったのか?」

「…そう。そうなの…」

 

ソーンバルケの表情からそれが嘘や誇張でもなく本当だと気付かされたマリアが表情を曇らせながら嘆息した。

 

「大神のことか?」

「……」

 

マリアは口を閉ざして何も答えない。だが、その表情が言葉よりも雄弁に物語っていた。

 

「そうか」

 

それがわかり、ソーンバルケも一言そう答える。

 

「過労で倒れていると聞いたが」

「…ええ」

 

マリアが短く頷いた。が、その裏は何となく見当がついているだけに、よくもまあそんなことを言えるものだとソーンバルケが感心する。もっとも、明かさないのは明かせない事情があるからこそだし、相対しているのがマリアだからこそ簡単には実情をわからせないのだろうが。

 

「お前たちが無理をさせ過ぎたのではないか?」

「そうかもしれないわね…」

 

マリアが答える。だが今にしろ先ほどにしろ、その返答は歯切れが悪い。話したくはないという思いも見えるが、それと同様に苦々しい想いを抱いている…そんな感じに見えた。

 

(個人的に何かあったのか?)

 

大神が今回寝込んでいることに何かオーバーラップするような出来事がマリアに昔あったのだろうかと思わないでもなかったが、聞いたところで素直に返答してくれるわけもないのでそんなことはしなかった。ので、少し違う方面から攻めてみることにする。

 

「お前は様子を見に行かないのか?」

「…他の皆がいるから」

「自分は不要だとでも? そんなことはないだろう?」

「余計なお世話よ」

 

そう断じられ、ソーンバルケは内心で肩を竦めるしかなかった。

 

「やれやれ、取り付く島もないな」

「……」

「まあ、いいだろう。私にはお前に強いることなどできないからな」

 

立ち上がりその場を去ろうとする。そしてすれ違い様、

 

「だが、次はもうないかもしれないぞ?」

 

マリアに向かってぼそっとそう呟いたのだった。

 

「!」

 

振り返るマリア。ソーンバルケを見つめるその視線は鋭さを増しつつも、深い悲しみと焦燥の狭間で揺れてもいたのだった。

 

 

 

時は進んで夜、大神の私室。

紅蘭お手製の特効薬にてぐっすりと眠っている大神。だが睡眠である以上、当然のように深い眠りと浅い眠りを繰り返しており、浅い眠りの時には朦朧としている意識の中ではあるが、人の気配を感じられる程度には回復していた。と、

 

(ん…?)

 

大神の耳にドアの開閉音が響く。そして、コツ…コツ…コツ…と、こちらへ向かって歩く音も聞こえてきた。

 

(誰だろう…)

 

それに気付いた大神がゆっくりと目を開ける。顔を向けると、そこには自分を覗き込んでいるマリアの姿があった。

 

「少尉…」

「あ、マリア…」

 

お互いに驚いた顔になる。マリアとしてはこのタイミングで大神が意識を取り戻すとは思っていなかっただろうし、大神としてはマリアが一人でここに来るとは思っていなかったのだろう。

 

「どうしたんだい?」

 

ゆっくりと上体を起こすと、大神はマリアにそう尋ねる。

 

「い、いえ、ちょっと通りがかったものですから…」

 

対するマリアの返答はそういうものだった。まあ確かにそういうこともあるだろうし不自然でもないのだが、どうにも歯切れが悪い。少なくとも大神にはそう見えた。

 

(?)

 

少し引っかかりながらも大神が先を続ける。もっとも、すぐにその違和感の正体は気付くことになるのだが。

 

「そうか…ありがとう」

「いえ、こちらこそ。勝手にお邪魔して、申し訳ありません」

 

マリアが軽く頭を下げる。

 

「いや…すまないな、隊長である俺がこんなことになってしまって」

「……」

 

すると、不意にマリアの視線が鋭いものへと変化した。加えて、剣呑な空気を纏ったようにも見えた。

 

(何だ?)

 

マリアの変化に戸惑いながらも、大神はその視線を真っ正面から受け止めた。

 

「…何故、飛び出したりしたんですか?」

 

どれぐらい待っただろうか。ようやく口を開いたマリアが発してきたのはそんな一言だった。

 

「え?」

「何故あの時飛び出したりしたのかとお聞きしてるんです!」

 

意味がわからず、大神が戸惑いながらも尋ね返す。そんな大神に、マリアの口調は自然きつくなり、まるで詰問のようになっていく。

 

「それは…子供が…」

「少尉、これだけは言わせていただきます!」

 

説明しようとするも、マリアが続けざまに言葉を放った。まるで、その先は言わせないとばかりに。

 

「今回の戦闘での少尉の負傷は、少尉自身の責任です! そればかりか、一民間人に気を奪われたばかりに、敵をみすみす逃がしてしまった。その結果、より多くの市民の生命が危険に晒されることが、貴方にはわからないんですか!?」

「それは違う!」

 

マリアの言いたいように言われていた大神だったが、それでも看過できない発言をされて反論した。それは、この帝劇で初めて見せる大神の激しい一面だった。

 

「俺には、俺にはあの子供を見殺しにすることはできない! 俺たち帝国華撃団の任務は帝都市民の安全を護ることにあるはずだ! 子供一人救えないで、何が帝撃だ! 何が花組だ!」

「わからないんですか、大神少尉!」

 

だがマリアも負けてはいない。それを認めじとこちらも一歩も引く様子はなかった。皮肉ではあるが、大神にとってこれが初めてのマリアとの本音でのぶつかり合いになっていた。

 

「そのような短絡な思考がこのような結果を招いたのですよ! 民間人一人のために花組の隊長が生命を懸けるなんてナンセンスです!」

「マリア! 言い過ぎだぞ!」

 

ここまできたらもうどちらも引けず、収束地点の先が見えない。と、マリアが気持ちを落ち着かせるためだろうか、ふうっと息を吐いた。

 

「…では仮に、子供は助かって少尉が死んだとしましょう」

 

いやなことを言うなと内心で思いながら、大神はマリアの話を遮ることもなく次の言葉を待った。

 

「少尉、貴方はそれで花組隊長としての責任を果たしたと言えますか?」

「マリア…君の言っていることは戦士として、軍人としては正しいのかもしれない。でも、子供を見殺しにすることは、俺にはできない」

「……」

 

マリアは何も言わない。何を考えているのだろうか、その心中は大神には推し量ることはできない。どれだけの時間が経っただろうか、不意にマリアの表情が曇った。

 

「もし少尉が死んでしまったら…」

「え?」

「あの時と…同じなんです」

「?」

 

マリアが何を言っているのかわからず、大神は反応できない。だがそんなマリアも一瞬で、すぐに先ほどまでのマリアに戻っていた。

 

「一時の感情に流されて大局を見失うようでは指揮官は務まりません。大神少尉、貴方は隊長失格です!」

「!」

「申し上げたいことはそれだけです。失礼します!」

 

言いたいことを言い終えたのだろう。振り返るとその後は大神を一顧だにせず、マリアは大神の私室から出て行った。そして、心なしかその歩調はやや早足だった。まるで、一刻も早くこの場から逃れようとするかのように。しかし、そのことに大神が気づくことはなかったが。

 

「……」

 

マリアが去って行った後、その後ろ姿を求めるかのように大神はドアを見つめる。そして、

 

「俺は…間違っていたのか…?」

 

そう呟いたのだった。だが、指摘されたあの時のことを思い出すと、今の自分の発言には否定する意識しか思い浮かばなかった。

 

「いや、そんなことはない! あの時子供を見捨てていたら、俺は一生後悔し続けただろう」

 

正解が何かはわからない。が、これについては間違いなくそう言い切れる自信が大神にはあった。

 

「とにかく、もう一度マリアと話し合ってみよう」

 

まだわずかにぼんやりしている頭を左右に振り払ってそう決心すると、大神は軽く身だしなみを整えて私室を出、マリアの部屋へと向かった。

 

 

 

ほぼ同時刻。帝劇の廊下を懐中電灯を片手に歩いているソーンバルケの姿があった。先述の通り、ここ数日大神が倒れているためソーンバルケが帝劇の雑用を一手に引き受けている。そのため、時刻は夜になっているがこうしてまだ残っているのだった。

 

「ふぅ…」

 

首を左右にコキコキと鳴らしながら廊下を歩く。今日の雑務はこれですべて終わるので、もう一息頑張るかと各所の見回りに励んでいた。と、

 

「ソーン」

 

不意に、横から声をかけられる。

 

「ん?」

 

声のした方向に振り向くと、そこには私服に身を包んでいるあやめの姿があった。

 

「藤枝女史か」

 

その姿を見たソーンバルケが見回りの足を止める。

 

「遅くまで御苦労様」

 

足を止めたソーンバルケに微笑みながらあやめが歩み寄った。そんなあやめに、ソーンバルケがふっと息を吐く。

 

「まあ、仕方ないな。大神が倒れているのではどうしようもない」

「ごめんなさいね」

「お前が謝る必要はないだろう。大神が倒れたのはお前の責任というわけでもないのだし」

「そうだけどね…」

 

あやめの表情が曇った。ソーンバルケには明かしてはいないことだが、大神が倒れた理由が理由のため自分がもっとしっかりしていればどうにかできたのではないかと、あやめは今も時折思ったりしているのだ。

 

「だが、聞いたぞ。意識を取り戻したそうだな」

「ええ」

 

昼に由里から聞かされたそのことについて水を向けると、曇っていたあやめの表情がホッとしたものになった。

 

「まだ休養中だけど、早々に復帰はできるはずよ」

「それはありがたい。あいつがいないと雑用が大変なのでな。是非早々と戻ってもらいたいものだ」

「まぁ…」

 

おどけた口調のソーンバルケにあやめがクスクスと笑った。その表情を見て、少しは気が晴れたかなと思い、ソーンバルケが内心でホッとする。

 

「ところで何故ここに?」

 

そして、今更ながらに疑問に思っていた点をソーンバルケが尋ねた。あやめはここの所属ではなかったはずだからだ。なら仕事かと思われるのだが、それでは私服というのは道理が通らない。ならば私用なのだろうか。だが、返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「銀座本部に異動になってね」

「そうなのか?」

 

予想していなかった返答にソーンバルケが僅かに目を丸くして返した。

 

「ええ。それで、さっきまで私物の整理をしていたの。で、ようやくそれが一段落ついたから少し休憩していたところ」

「ならば、部屋に戻るところか?」

「ええ」

「ふむ…。では、部屋まで送ろう」

「あら、いいの?」

 

あやめが驚きつつも、少し嬉しそうな感じでソーンバルケに尋ねてきた。

 

「ああ、一階部分の見回りはほぼ終了したからな。後は二階を残すのみだが、そのついでにお前を送っても誰も文句はないだろう」

「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」

「わかった」

 

ソーンバルケが頷くと、近くの階段を上り始めた。その後ろをあやめがゆっくりと着いていく。と、

 

「ん?」

 

何かを感じたソーンバルケが表情を消すと、階段を上る最中で足を止めた。

 

「どうかした?」

 

突然足の止まったソーンバルケに、あやめが尋ねる。

 

「いや、今何か倒れるような物音がしたのだが…」

「え? 本当?」

 

あやめが首を傾げた。自分にはそんな物音は聞こえなかったからだ。

 

「ああ。私の勘違いでなければ、確かこちらの方から…」

 

ソーンバルケはそのまま階段を上がると左折してすぐのドアを開けた。そこは書庫である。

 

「待って」

 

慌ててあやめが追いかける。そして、ソーンバルケに次いで書庫の中に入ったあやめが見たものは、書庫の床に倒れ伏している大神の姿だった。

 

「! 大神くん!」

 

慌てて大神に駆け寄り膝を着くあやめ。ソーンバルケはというと、一足先に大神の許へ腰を下ろし、額に手を当てたり首筋に手を当てたりしていた。

 

「どう?」

 

覗き込むようにあやめがソーンバルケに尋ねる。

 

「…熱も平熱、脈拍も正常、呼吸にも乱れはない。異常はないと判断しても良いと思うが」

「そう…」

 

そのソーンバルケの判断に、あやめがホッと一息ついた。

 

「ああ。だが、あくまでも素人判断だからな。病み上がりということもあるし、大事をとるなら医者に見せた方がいいと思うが」

「そうね。でも、この時間じゃお医者様はやっていないから…。とりあえず、ここにこのままにはしておけないわ。運ぶの手伝ってくれる?」

「無論。…というより、手伝うのはお前になると思うが」

「え? どういうこと?」

 

意味がわからないといった表情で首を傾げるあやめに、ソーンバルケはそのままクルッと振り返って背を向けた。

 

「大神は私が運ぼう。お前は、大神を私の背に乗せてくれ」

「あ、そういうことね。わかったわ」

 

そういうことなら確かに運ぶのはソーンバルケで、手伝うのはあやめである。だが、今はそんなことはどうでもいい。あやめはテキパキと大神を持ち上げると、ソーンバルケの背に覆い被らせる形で乗せた。意識のない人間を移動させるのは一苦労だったが、そんな泣き言を言っている場合じゃないのである。

 

「よし」

 

大神がしっかり自分の背に乗ったのを背中からの圧で理解したソーンバルケは、そのままゆっくりと立ち上がった。

 

「で、何処へ運ぶ?」

「こっちに」

 

あやめの誘導に従い、ソーンバルケ(と、大神)は図書室を後にしたのだった。

 

 

 

『俺は…』

 

どのくらい意識を失っていたのだろう、大神はようやく意識を取り戻した。だが、その目の前に広がっているのは深淵を示すかのような真っ黒な闇だった。

 

『……』

 

ここは何処だと思いながら辺りを見回す。と、大神の目の前に不意に米田が現れた。そして、

 

『おう、大神! おめえは明日からお払い箱だ!』

 

信じられない一言を大神に向かって言い放つ。

 

『こちらが、新しい隊長さんよ』

 

次にマリアが現れ、その新しい隊長さんとやらを紹介した。その紹介に従って出てきたのが、

 

『今日からアイリスが隊長だよ。だからお兄ちゃんはもういらないの!』

 

戦闘服に身を包んだアイリスの姿だった。そしてその後も、次々と自分を責める隊員たちが浮かんでは消えていく。

 

『大神さん、あなたには失望しました』

『あなたは明日から、我が神崎家の下働きですわ!』

『こんなものか。期待して損したよ』

『早いとこ改造しとけばよかったな』

『隊長失格ね』

『隊長失格ですわね』

『必要ないもの!』

『改造しよ!』

『隊長失格だな』

『みんな…みんな…』

 

自分に浴びせられる容赦のない罵倒に大神は反抗する気力も失い言葉も出ない。そして、

 

『少尉…』

 

最後にもう一度マリアが現れた。だが、その目は他の隊員たちのように侮蔑するようなものではなく、悲しみを湛えていた。

 

『あなたは…あなたは…』

『涙…。マリアが…泣いている?』

 

その涙の理由を尋ねようと大神が手を伸ばす。

 

『何故…君は…マリア…』

 

だがその直後、マリアのはるか後方がいきなり強く光った。

 

『うっ!』

 

その眩しさに思わず顔を背け、目の部分を手で覆って光を遮る大神。直後、大神が確認できたのは自分に向かってくる斬撃の剣筋のようなものだった。それはまるで、『流星』のように。

 

『うわああああっ!』

 

その斬撃に呑み込まれた大神は、そのまま再び意識を手放した。そして、

 

 

 

「ハッ!」

 

がばっと勢いよく大神が起き上がった。思わず額に滲んでいた汗を拭う。と、

 

「大神くん?」

 

不意にすぐ側から聞き慣れた声が聞こえ、一瞬ビクッとしながらゆっくりと大神がそちらへと振り返った。そこには、

 

「…あやめさん?」

 

心配そうな顔で大神を覗き込んでいるあやめの姿があった。そして、

 

「気がついたか」

 

同じように自分を見ているソーンバルケの姿があった。もっとも、こちらは心配そうな表情というよりは、怪訝な表情といった方がしっくりくるような様子だったが。

 

「ソーン?」

 

予想だにしない二人との出会いに未だ状況が掴めずに呆然とする大神。と、

 

「しっかりしなさい、大神くん」

 

あやめが困ったような表情になって大神を窘めた。

 

「ここは…」

 

あやめの気遣いを感じつつも、ここが何処なのかを探るべく大神が周囲に視線を這わせた。

 

「藤枝女史の部屋だ」

 

そんな大神に、ソーンバルケが答えた。

 

「え? どうして俺があやめさんの部屋に…?」

「大神くん、あなた書庫で倒れていたのよ。覚えていないの?」

 

補足するようにあやめが付け足した。

 

「医務室まで運べないし、こんな時間だからとりあえずここまで連れてきたの。ソーンに手伝ってもらってね」

「そうですか…」

「どう? まだ気分悪い? 随分うなされてたから私がお薬だけ飲ませたけど…」

「そうだったんですね…」

 

ようやく状況が掴め、恐縮頻りとばかりに頭を掻きながら大神があやめとソーンに頭を下げた。

 

「本当にすみません。なんか、お会いしてからずっとお世話になりっぱなしで…」

「ふふ…いいのよ。あなたや花組の世話を見るのも私の仕事だもの」

「ソーンも、ありがとう」

「気にするな」

 

いつもの様子でソーンバルケもそう返答した。

 

「…もっとも、私は人の心配をしているのが性にあってるらしくてね。昔っから人の世話ばかりしてるわ」

(らしい話だ)

(あやめさんらしい話だな…)

 

付き合いは短いとはいえ、それなりにその人となりがわかっているのだろう。ソーンバルケと大神はあやめの自己評価に同じ感想を抱いていた。

 

「あれ…? そう言えばあやめさん、どうしてここに? それに、あやめさんの部屋って…」

 

本来ならばいるはずのない時間帯にあやめの姿が帝劇にあることに大神が尋ねた。

 

「銀座本部に異動になったのよ。これからは、ここが私の仕事場というわけね。…でもどうしたの大神くん。すごくうなされていたけど…?」

 

自分の状況を説明した後で、あやめが大神を心配そうに覗き込んだ。

 

「……」

 

大神は答えられない。迷っているのだ、正直に自分の心情を吐露していいものかどうかと。

 

「私で良ければ…相談に乗るわよ」

 

それを察したあやめが念を押すようにもう一度尋ねる。

 

「あ、その…」

 

口篭もった大神が一瞬だったが思わずソーンバルケに目を向けた。と、良い意味でも悪い意味でもそれを察したソーンバルケが腰を浮かせる。

 

「どうやら私は外した方がよさそうだな…」

 

そのまま立ち上がると、ソーンバルケはドアへ向かって歩き出した。

 

「ソーン、すまない」

「構わんよ。内々に話したいこともあるだろう。余人には聞かれたくない話もな」

 

入り口で振り返ると、ソーンバルケはあやめに視線を向けた。

 

「後は頼んだ」

「ええ」

 

あやめの返事を受けて軽く微笑むと、ソーンバルケはそのままあやめの部屋を出て行ったのだった。


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