サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。GWの特別投稿の最後です。以降は、前々回の前書きに記載の通り、暫く月一投稿になるかと思いますのでご了承ください。

で、今回はというと前回の続き、本来は大神とアイリスのデート回なのですが、その裏での先生の動向になってます。いわば完璧なオリジナル回ですね。

二人がデートを楽しんでいる間、帝劇では何があったのかを書いてみました。お気に召すかはわかりませんが、どうぞ。


NO.14 デートの裏側で

明けて翌日。

 

「じゃあ行ってくるね、ソーン!」

「ああ」

 

満面の笑顔で大神の手を握りながらそう言うと、もう片方の空いている手をアイリスはブンブンと振っている。その様子に苦笑しながらソーンバルケは大神へと視線を移す。

 

「すまない」

「気にするな」

 

申し訳なさそうに謝罪する大神に、ソーンバルケはヒラヒラと手を振った。

 

「それより、ちゃんと相手を務めてやれ」

「そうだよ、お兄ちゃん!」

「はは、わかってるって。それじゃあしばらく宜しく頼むよ」

「ああ」

「行ってきまーす!」

「気をつけてな」

「はーい♪ さ、お兄ちゃん、行こ?」

「そうだね」

 

こうしてアイリスと大神は連れ立って帝劇を離れたのだった。いつもとは違う服でおめかししたアイリスは実に楽しそうだった。

 

(良いものだな…)

 

子供はああいう風に無邪気でいるのが一番微笑ましいと素直に思う。もっとも、子供扱いされることを何よりも嫌うアイリス故に、そんなことは面と向かっては言わないが。

 

「さて…」

 

二人を見送り、ソーンバルケは踵を返した。今は休演中ではあるが、だからと言ってやるべきことがないわけではないのだ。

 

「まずは…」

 

昨日のことを思い出し、ソーンバルケは舞台裏の大道具部屋へと足を向けたのだった。

 

 

 

「さくら」

「あ、ソーンさん」

 

大道具部屋で既に大掃除に取り掛かっているさくらを見つけ、ソーンが声をかけた。振り返ったさくらがニッコリと微笑む。

 

「すまん、遅れたか?」

「いえ、今始めたばかりですから。大丈夫ですよ」

「そうか。では、早速始めるか」

「はい」

 

頷いたさくらの指示を受け、ソーンバルケは早速大掃除に加わったのだった。

 

「アイリスたちはもう行ったんですか?」

 

手を動かしながらさくらが尋ねる。

 

「ああ。余程楽しみだったのだろうな、急かされながら大神が手を引っ張られていた」

「ふふふ、そうですか」

 

その光景が容易に想像ついたのだろう、さくらがクスクスと笑う。が、

 

「しかし、昨日も言ったが残念だったな。本当は大神の方が良かったのだろう?」

 

ソーンバルケのその一言に、さくらの動きが止まってしまったのだった。

 

「! そ、そんなこと…」

「ふふふ、照れるな照れるな」

「て、照れてません!」

 

ソーンバルケのからかうような口調に、さくらが再起動するとプイっと顔を背ける。

 

「ククク…」

「もう…」

 

そんなさくらの様子に含み笑いを浮かべるソーンバルケに、さくらがぷくっと頬を膨らませたのだった。

 

「そんなことはいいですから、早く終わらせましょう」

「ああ、そうだな」

 

その後は他愛もない話を交わしながら、さくらとソーンバルケはテキパキと掃除を済ませていき、予想よりも短い時間で大掃除が終わったのだった。

 

 

 

「お疲れさまでした」

「ああ、お互いにな」

「ふふっ」

 

大道具部屋を出て連れ立って歩きながらさくらとソーンバルケはそんな会話を交わす。と、

 

「ソーンさん、この後何か予定はあるんですか?」

 

不意に、さくらがそんなことを聞いてきた。

 

「いや、特にはないが」

 

そんなさくらに対し、ソーンバルケはそう答える。今日は急を要する仕事はない。そのためそう答えたのだが、

 

「それじゃあ、もう少し私にお付き合いしてくれませんか?」

 

と、予想外のことを言ってきたのだった。

 

「ふむ?」

 

腕を組んでさくらの顔を覗き込みながら少し考えるソーンバルケ。顔を覗き込まれたさくらはというと、様子が変わるわけもなくニコニコしながらソーンバルケの返事を待っていた。

 

(何を考えていることやら)

 

一瞬、そんなことを考えてしまったソーンバルケだが、相手がさくらだということを思い出し、警戒するのも無駄だということをすぐに悟った。

 

(やれやれ…性分とは言え我ながら度し難いものだな)

 

内心でそんなことを考えながら自嘲すると、ソーンバルケはさくらのお誘いに付き合うことにした。

 

「わかった。何をする気か知らないが、もう少しお相手願おうか」

「そうこなくっちゃ♪ さ、ついてきてください」

 

嬉しそうな表情そのままに頷くと、さくらはソーンバルケを先導するかのように歩き出したのだった。

 

(さてさて…)

 

何を企んでいるのやらと思いながら、ソーンバルケはさくらの後を追って歩き出したのだった。

 

 

 

「さ、どうぞ♪」

「ああ」

「いただきます♪」

 

サロン。この場に今、三人の人物がいた。ソーンバルケとさくら、そして椿である。三人はテーブルを囲むように椅子に座り、さくらに勧められるままに目の前のものに手を伸ばしていた。それは日本茶と幾つかのお菓子だった。

大掃除の後、さくらはソーンバルケをお茶に誘ったのである。お茶請けのお菓子を適当に見繕い、お茶自体は勿論さくらが淹れたものであった。そのまま食堂で…というのでもよかったのだろうが、それでは味気ないと思ったのか、それでもたまには趣向を変えてと思ったのか、今回はサロンで楽しむことにしたのだった。その移動途中に椿と鉢合わせ、羨ましがる椿を加えて合流したという顛末である。

 

「わ、美味しい!」

 

手にした饅頭を頬張った椿が顔を綻ばせた。

 

「喜んでもらえたようで良かった」

 

椿のその反応にさくらもニッコリと微笑む。そしてそのまま、その視線をソーンバルケへと向けた。

 

「ソーンさんは…どうですか? お口に合いますか?」

「ん? ああ」

 

煎餅を齧りながらソーンバルケが頷いた。

 

「こういった菓子の類は余り嗜まないのだが、たまに食べる分にはこういうのも悪くないな」

「そうですか。お口に合ったようで何よりです」

 

ソーンバルケの感想を聞いたさくらがホッと胸を撫で下ろす。と、

 

「ほら、さくらさんも」

 

そう、椿が促してきたのだった。

 

「そうだな。もてなされるのはありがたいが、主人にもちゃんと楽しんでもらいたいな」

「そうそう」

「ふふ、わかりました」

 

さくらも自分が用意したお菓子に手を伸ばすと椿やソーンバルケと同じようにそれを食べ始める。こうして、妙な面子のお茶会が始まったのだった。

 

 

 

「あら」

 

三人でのお茶会が始まってから暫く後、不意にサロンの入り口からそんな声が聞こえてきた。

 

「あ、すみれさん」

 

その声に気付いたさくらが顔を向けると軽く頭を下げた。そこにはさくらが言った通り、サロンを覗き込んでいるすみれの姿があったのだ。

 

「どうかしたんですか?」

 

不意に現れたすみれにキョトンとした表情で椿も首を傾げている。

 

「いえ。少しサロンでゆっくりしたいと思ったのですけれど…。そうもいかないみたいですわね」

 

居並ぶ三人に視線を走らせると、少しガッカリしたような表情にすみれがなった。

 

「仕方ありませんわ。部屋に戻ります」

 

そう言って踵を返そうとしたすみれだったが、

 

「あの、すみれさん。良かったら一緒にお茶しませんか?」

「は?」

 

予想外のさくらの一言に、固まりながらすみれが尋ね返してきた。

 

「あ、いいですね♪」

 

椿もさくらの意見に追随して頷く。そしてちょいちょいと手招きした。

 

「ささ、どうぞどうぞこちらに」

「いえ…」

 

勝手に決めるさくらと椿に辟易としつつ、チラッとすみれはもう一人の当事者であるソーンバルケへと顔を向けた。素知らぬ顔でお茶を飲んでいたが思わず目が合ってしまう。

 

(ッ!)

 

以前、溺れかけたところを助けてもらって以降、ちゃんと向き合うこともなかったためどう反応したらいいものかわからず、思わずすみれがぷいっと顔を背けた。その様子に苦笑したソーンバルケがゆっくりと席を立つ。

 

「ソーンさん?」

「どうしたんですか?」

 

不意に席を立ったソーンバルケに、すみれを勧誘していたさくらと椿が振り返った。

 

「いや、私はここでお暇しようかと思ってな」

「え、そんな」

「もう少し付き合ってくださいよ~」

「そうしたいのはやまやまなのだがな」

 

苦笑はそのままに、ソーンバルケはチラリとすみれに視線を向ける。

 

「あそこのお姫様はどうも私とは一緒になりたくないらしい。ならば、仕方ないだろう」

「! ちょっと!」

 

そう指摘されたすみれが条件反射のようにソーンバルケを睨んだ。

 

「何だ?」

「勝手なこと仰らないでくださいます!?」

「そうは言われてもな…」

 

困ったような表情になってソーンバルケがポリポリと頬を掻いた。

 

「相変わらずの様子だからそう判断したのだが…。現に今、目が合ったら面白くなさそうな表情をして顔を背けただろう?」

「! あ、あれは、そういう意味じゃありません!」

「? ではどういう意味だ?」

「それは…」

 

ソーンバルケから指摘を受けたことについて、何と説明していいか本人にもわからず口篭もる。しかし、黙ってしまったらまずいと思ったのだろうか、とにかく口を開くことにした。

 

「と、とにかく! そんなことは私は考えていません! 妙な勘繰りは止めていただきたいですわ!」

 

そしてすみれはずかずかとサロンに入ってくると、これが証拠だと言わんばかりにソーンバルケの隣にどっかりと腰を下ろしたのであった。

 

「……」

 

どうしたものかとばかりにソーンバルケがさくらと椿に顔を向ける。さくらは苦笑しながら首を左右に振り、椿は椅子に再度座り直すように促した。二人の意図を察したソーンバルケが再び椅子に座る。と、それを待っていたかのように、

 

「えっと…それじゃあ私、すみれさん用にお紅茶でも用意してきますね」

「あ、じゃあついでにお菓子ももう少し持ってきましょうか」

 

そそくさ…と言う表現がピッタリくるような感じでさくらと椿がサロンを後にしたのだった。もっともさくらは言葉通りの退出かもしれないが、椿はどちらかというと二人きりにした方が面白そうだからという意図があったというのは否めないだろうが。

 

「え、ちょっとお二人とも!?」

 

誘っておいてそれはないだろうと思ったすみれが腰を浮かせたが、そのときにはさくらも椿もサロンを後にしていた。

 

「クックックッ…」

 

その様子がおかしかったのか、思わずソーンバルケが含み笑いを漏らした。だが、人が二人になって静かになったサロンでその声が響かないわけはなく、すみれがキッとソーンバルケを睨み付ける。

 

「何ですの!?」

 

そして、いかにも面白くなさそうな口調でそう尋ねたのだった。

 

「いや、失敬失敬」

 

対してソーンバルケは含み笑いを収めてすみれに謝罪した。

 

「ただ、さっさと出ていくあの二人と慌てるすみれの対比が面白くてな」

「こちらは何も面白くありませんわよ」

 

全く二人とも…と、ブツブツ文句を言いながらすみれが椅子に腰を下ろした。

 

「しかし…良かったのか?」

 

すみれが椅子に腰を下ろしたタイミングで、ソーンバルケがそう、すみれに尋ねた。

 

「? 何のことですの?」

 

質問の意図がわからずにすみれが尋ね返す。

 

「いや、売り言葉に買い言葉的にここに座ったが、もし本当に邪魔なら私は出ていくが」

「その必要はありませんわ」

 

即座にすみれがそう言ってソーンバルケの申し出を拒否した。

 

「私、いつまでも小さいことを気にするようなみみっちい女ではありませんの」

「ほう、そうか」

「ええ。ですから貴方たちに…いえ、正確には貴方にお付き合いしてあげますわ。感謝なさい」

 

ソーンバルケとやり取りする中で大分普段の調子を取り戻したのか、すみれがいつものような甲高い笑い声を上げた。その様子に苦笑するソーンバルケだったが、せっかく上機嫌なのだから変に突っついて機嫌を損ねるのも馬鹿な話だと思ってそれ以上は何も言わなかった。

程なく、さくらと椿が追加のお茶とお菓子を持って戻ってきた。そして新たに一名加わった奇妙なお茶会は再開したのだった。

 

 

 

「そういえば、アイリスは何処にいるか知ってらして?」

 

お茶会が再開して程なく、紅茶を飲んで一息ついたところですみれがそんなことを三人に尋ねてきた。

 

「アイリスなら、大神さんとお出かけしましたよ」

 

さくらが答える。デートと言う要素が引っかかってるからか、まだ少し釈然としない様子ではあるが、それでも昨日そのことを初めて耳にした時よりは大分落ち着いた様子ではあった。もっとも、未だに引きずっていたらそれはそれで困ったものではあるのだが。

 

「そうですの?」

 

初耳だったのか、さくらの返答にすみれがフーンといった感じで答えた。

 

「ええ。大神さんとデートなんですって」

「まぁ! 子供のくせに何て生意気な…!」

 

デートと言うところに引っかかったのか、それとも相手が大神というところに引っかかったのかはわからないが、ムッとした表情になるすみれ。そんなすみれに、慌ててさくらがフォローに入る。

 

「まあまあ、落ち着てください、すみれさん」

「さくらさん、何を勘違いしていらっしゃるの? 私は十分に落ち着いていますわ」

(そうは見えないけどなぁ…)

 

お茶を飲みながらすみれの様子を窺った椿がそんなことを思っていた。すみれが何処に引っかかっているのかは本人しかわからないところではあるのだが、間違いなくどこかに引っかかっているのはわかったからである。

 

「しょうがありませんよ。だって今日は、アイリスのお誕生日らしいですから」

 

それ故に、さくらに加勢するかのように、アイリスのデートの顛末を椿が補完した。

 

「誕生日?」

「ええ」

 

椿が頷く。

 

「だから、大神さんも付き合ってあげたんですって。一年に一度なんですから、多少の我儘ぐらいいいじゃないですか」

「そういうことであれば、まあ…」

 

事情を知ったすみれが矛を収める。ただ、それでもさくらと同じようにどこかしら腑に落ちない様子であるのは変わっていなかったが。

 

(しょうがないなぁ…)

 

普段が普段だけど、すみれさんもわりかし子供っぽいところあるよねと、椿が内心で苦笑した。もっとも、そんなことは口が裂けても本人の前では言えないが。

 

「アイリスに何か用事でもあったのか?」

 

三人のやり取りを傍観していたソーンバルケが不意にすみれにそう尋ねた。

 

「別に、用事なんてありませんわよ」

 

面白くなさそうな雰囲気はそのままにすみれが仏頂面でそう答える。

 

「ただ、今日は朝から顔を見なかったから不思議に思っただけですわ」

「そうか」

「ええ。…それがデートだなんて、まったくあのマセガキは……」

 

口に出して言ってしまったからまた沸々と怒りが湧いてきたのだろうか、すみれは腕を組んでぶんむくれてしまった。

 

(…いいとこのお嬢様とは思えん口の悪さだな)

 

横目ですみれを見ながら、呆れ半分でそんなことを考えるソーンバルケ。勿論、口に出して言ったりしたら面倒なことになりそうな気がするので言わないが。その代わり、少し別の方面から突っついてみることにした。

 

「面白くなさそうな顔をしているが、それは何が面白くないのだ?」

「は?」

 

いきなりのソーンバルケのその発言の意味がわからず、すみれが思わず聞き返した。だがそれは、さくらと椿も同じだったようで、二人ともキョトンとした表情をしている。

 

「えと…」

「どういう意味ですか?」

 

すみれの想いを補完する…と言うわけでもないだろうが、さくらと椿がそう聞いてきた。ソーンバルケは楽しそうに少し微笑むと、

 

「デートに行ったことが面白くないのか、それともその相手が大神だから面白くないのか、どっちなのだ?」

 

と、質問の真意をわかりやすく説明した。と、改めてそう聞かれたすみれが言葉を詰まらせてほんの僅かだが頬を染める。

 

「ど、どちらでもいいじゃありませんか!? 大きなお世話ですわよ!」

 

そう非難すると、すみれはまたプイっとソーンバルケから顔を背けてしまった。

 

「それは失礼」

 

そんな非難はどこ吹く風とばかりにソーンバルケがお茶を啜る。そうしながら、さくらと椿に向けて軽くウインクした。そんな、ソーンバルケらしくないお茶目な行動にビックリしたさくらと椿だったが、すぐにクスクスと笑いだす。

 

「! ちょっとお二人とも、何が可笑しいんですの!?」

「す、すみません」

「ごめんなさい」

 

目敏くそのことを見つけたすみれがさくらと椿に食って掛かる。二人はほぼ同時に頭を下げてすみれに謝罪したが、頭を下げながらお互いに顔を見合わせると、すみれには気付かれないように二人して舌を出していた。

 

「全く…」

 

そんな二人に気付くわけもなくすみれが再び腕組みをして面白くなさそうな表情をした。その三人の様子にソーンバルケがまた含み笑いを漏らし、それにすみれが噛みつく。そんな慌ただしくも賑やかな時間はこの後も暫く続いたのであった。

 

 

 

「さて…」

 

廊下にてソーンバルケが一息ついた。さくらやすみれたちとの慌ただしいお茶会が終了し、彼女たちと別れてやることがなくなったのだ。

 

(考えてみれば、今は休演中というのもあるが今日は特に急を要するような仕事や頼まれごとはなかったな。さくらの掃除の手伝いは終わってしまったし…)

 

暇を持て余す形になり、さてどうしたものかと思ったソーンバルケだったが、ここでこうしていても仕方ないので取りあえず移動することにした。

 

(見回りついでに色々見て回るか…)

 

立入禁止区域はまだあるものの、それ以外については当然自由に動き回れるので、暇潰しを兼ねてソーンバルケは歩き出した。

 

 

 

「やからな…」

「ええー!? それホントにー!?」

「ホンマやて!」

(ん?)

 

事務局に近づいたところで、その事務局から話声が聞こえてきたのにソーンバルケは気付いた。誰かと思ってひょっこり覗いてみると、そこには楽しそうにお喋りしている紅蘭と由里の姿があった。

 

「あ、ソーンはん」

「あら」

「ああ」

 

ソーンバルケに気付いた紅蘭が声をかけ、由里が手招きする。ソーンバルケはその由里の手招きに従い、ゆっくりと事務局へと足を踏み入れた。

 

「楽しそうだな」

「まあね」

 

由里がニッコリ微笑む。

 

「何しとんの?」

 

紅蘭はというと、ソーンバルケが何をしていたのか気になったようだった。それに対し、ソーンバルケは困ったような表情になり首を左右に振る。

 

「特に何も」

「そうやの?」

「ああ。さっきまでさくらに付き合って大道具部屋の掃除をしていたんだが、それが終わったらやることがなくなってな。頼まれていたことも今日は特にないし」

「へー…ってことは、暇ってことよね?」

 

由里の目がキラリと光った。

 

「まあ、身も蓋もなく言えばな」

「そう。それじゃあちょっと私たちに付き合わない?」

「…お前たちに?」

「ええ」

「そらええな」

 

紅蘭も由里の意見に追随した。ソーンバルケはそんな二人の顔を見比べ、

 

「何をするかにもよるのだが…」

 

と、取りあえず当たり障りのない返答を返したのだった。

 

「特別なことは何もしないわよ?」

 

そんなソーンバルケに、由里がそう返す。

 

「そうやで。只うちらも暇やったからな。暇潰しにお喋りしてるだけや」

「そうそう♪」

 

ねー、と、紅蘭と由里が顔を見合わせて声を揃える。しかし、

 

(…それは先ほど、もう散々付き合ったのだがな)

 

サロンでのさくらたちとのやり取りを思い出し、ソーンバルケが内心でゲンナリする。と同時に、よく飽きないものだとも思う。

勿論、先ほどと今では当事者が違っているのだから飽きるも飽きないもないのだが、それでもよくよく女性というものはお喋りが好きなものなのだなと思わずにはいられなかった。

 

(まあ、ここに限った話でもないか)

 

テリウスでも似たような光景を見てきたことは何度もある。それを考えれば別に不思議なことでもなかった。それに、聞いてるだけならいい暇潰しにはなる。

 

(やることもないしな…)

 

そう考えたソーンバルケは側にあった椅子に腰を下ろした。それを了承の意と受け取った二人はソーンバルケも巻き込んでお喋りを再開する。

 

(よくまあ、話題が尽きないものだ)

 

そんなことに驚きと感心を示しながら、ソーンバルケは二人のお喋りに耳を傾けたのだった。

 

 

 

「しかし…」

 

三人…正確には二人+一人のお喋りが始まってから暫くして、あること気付いたソーンバルケが自分から口を開いた。

 

「ん?」

「何? どうかした?」

 

紅蘭と由里が振り返る。ここまで聞き役に徹していて、自分から話しかけてこなかったソーンバルケの初めての自分からの発言に、二人は驚きながらも興味をそそられたようだった。

 

「いや、お前たち二人が仲が良いのが意外だと思ってな」

 

今までのやり取りを見ていてそう思ったソーンバルケが正直な感想を述べる。確かに花組の連中とかすみたち三人は仲が悪いわけではない、寧ろ良好だろう。それでもこの二人が親しくしているところなど見たことがなかっただけに、ソーンバルケは不思議で仕方がなかった。

 

「そぉ?」

 

心外だとばかりに由里が眉間に皺を寄せる。そんな由里をまあまあとフォローしつつ、

 

「うちら、同期なんよ」

 

と、紅蘭が二人の間柄について説明したのだった。

 

「成る程な、そういう繋がりか」

 

紅蘭の説明に納得したソーンバルケが頷く。

 

「同期というのは確かに特別な存在だからな。例え仕事が違ってもな」

「せやね」

「仕事が違う…かぁ」

 

ソーンバルケの指摘にうんうんと頷いた紅蘭だったが、由里はその一言に何か思うところがあったのか、残念そうに両腕で頬杖を着いて手の上に顔を乗せると、ボヤくように唇を尖らせた。

 

「由里?」

「どないしてん?」

「別に…今更のことだから愚痴ってもしょうがないんだけどさぁ…」

 

不審がるソーンバルケと紅蘭にそう返すと、由里は羨ましそうな視線を紅蘭に向けた。

 

「ただ、あたしも舞台に立ってみたいなぁ…って」

 

そして、わざとらしくはふぅとため息をついたのであった。

 

「あー…そら、申し訳ないなぁ…」

 

どう返したらいいかわからず、紅蘭が苦笑しながらナハハとポリポリと頬を掻いた。彼女自身、演技という面では決して器用ではないし、マリアやすみれのような華や演技力はないと(少なくとも自身は)思っているわけで、そんな自分が舞台に立っているのに多少なりとも引け目を感じているのかもしれない。

 

「紅蘭が悪いわけじゃないから」

 

紅蘭がそう感じてくれているのを引け目に思いながら、それでも不満は解消されるわけでもないのでむーっとした表情で羨ましいなー、羨ましいなーと紅蘭に語り掛ける由里。その様に苦笑していたソーンバルケだったが、不意に顎に手を当てると由里の顔を見ながら何かしら考え込むような真似をし始めた。

 

「? ソーンはん、どないしてん?」

 

由里に絡まれ気味になっていることに困った紅蘭がソーンバルケに助けを求めて振り返り、そんなソーンバルケに気付いて尋ねる。すると、

 

「いや…ただ、花組の連中と比較しても容姿は十分見劣りしないと思ってな」

「へっ!? あ、あたし!?」

「ああ」

 

素っ頓狂な声を上げ自分を指さした由里に、ソーンバルケが頷いて答えた。

 

「特別公演や、あるいは通常の公演でもちょっとした端役なら十分務まりそうな気もするが…」

 

お前はどう思う? と、ソーンバルケが実際の舞台女優である紅蘭に評価をお願いしたのだった。

 

「そやね」

 

紅蘭が腕を組むと眼鏡をクイッと上げる。そしてその眼鏡がキラーンと光ったのだった。

 

「ウチもそう思うんよ。由里はんだけじゃなくて、かすみはんや椿はんも同じことが言えると思うんよね」

「では、その気になれば?」

「まあ、その辺りは色々調整も必要かと思うんやけどね。すみれはんみたいに無駄に自信満々でも困るんやけど」

「…とのことだが?」

 

紅蘭からの寸評を由里に聞かせると、由里には珍しくあ…うぅ…と、真っ赤になってモジモジしていた。

 

「どうした?」

 

何で由里がそんな状況になっているのかわからず、ソーンバルケがキョトンとしながら尋ねる。が、

 

「えっと…だって…だって…」

 

相変わらずモジモジしながら要領を得ない由里。人差し指同士をツンツンと合わせながら真っ赤になってソーンバルケを見ている。その様子にははーん…と何かを察した紅蘭がニコニコしながらソーンバルケに顔を向けた。

 

「ソーンはん」

「ん?」

「ちょっと由里はん、具合悪そうなんで連れてきますわ」

「そうか。では、私もお暇するか」

「すんまへんな」

「いや。それよりも由里のことは頼んだぞ」

「はいな♪」

 

ニコニコ笑顔を浮かべながらヒラヒラと手を振る紅蘭と、まだ多少顔の赤い由里を残して、ソーンバルケは事務局を去ったのだった。

 

 

 

「由里はん?」

 

ソーンバルケが去った後、待ってましたとばかりに紅蘭が由里にずずいと詰め寄る。

 

「な、何?」

「そんなに嬉しかったんやね、ソーンはんに褒められたのが」

「! ち、ちが「違うとは言わせへんで? 真っ赤になってあんな腑抜けた状態になって違うなんて、言い訳にもなってへんわ」」

「う、うう…だ、だって、ソーンがいきなりあんなこと言うから…」

 

指摘されてまたぶり返してきたのか、由里の顔が再び赤みを帯びた。その様子に、紅蘭がニヤニヤしながら突っ込む。

 

「良かったやんか、うちらと比べても容姿は見劣りしないって褒めてくれたんやから」

「で、でも、お世辞の可能性だって…」

「あの堅物にそんな気が利くかい」

「あうぅ…」

 

彼女にしては実に珍しく言い負かされた由里は、また暫く赤くなったのだった。

 

 

 

「さて…」

 

事務局を退出したソーンバルケが暇を持て余して手持ち無沙汰状態になっている。まだ昼には少し早い時間とあって、食事をとるのも躊躇われた。

 

(どうしたものかな…)

 

そんなことを考えながら行く先を定めるでもなく歩いていると、前方から物音が聞こえてきた。

 

(ん?)

 

休演日なのに物音がすることに不思議に思ったソーンバルケがその場所まで足を伸ばすと、そこにはまた意外な組み合わせがあった。かすみとマリアだ。

 

「あ、ソーンさん」

 

先にソーンバルケに気付いたかすみがぺこりと頭を下げた。

 

「おはよう」

 

マリアも軽く頭を下げる。刹那の一件が吹っ切れたからか、随分物腰が柔らかくなっていた。とは言え、未だソーンバルケを警戒しているからかその視線はまだ鋭かったが。

 

「ああ」

 

マリアの様子に内心で苦笑しながら、それを表面に出すことはなくソーンバルケは二人に返した。そして、二人の格好に目をやる。

基本、いつもの格好と変わらないが少しだけ余所行きの装いをしているのにソーンバルケは気付いた。

 

「何処かへ行くのか?」

 

ソーンバルケが尋ねると、

 

「ええ」

「少し、買い出しへと」

 

と、マリアとかすみが答えたのだった。

 

「成る程な」

 

その返答に納得のいったソーンバルケが頷く。と、

 

「あの、ソーンさん」

 

おずおずとかすみが口を開いてきた。

 

「何だ?」

「その…違ってたらごめんなさい。もしかしてソーンさんって、今お暇ですか?」

「ああ」

 

かすみの質問にソーンバルケが頷いて答える。

 

「今日は特に仕事もないようなのでな、ゆっくりさせてもらってる」

「そうですか」

「だが、何故だ?」

 

かすみが何故そんな質問をしてくるかわからず、ソーンバルケは軽く首を捻った。と、

 

「でしたら、私たちに付き合ってください」

 

と、ニッコリと微笑みながらそう言ってきたのだった。

 

「かすみ?」

 

何故そんなことを言うのかわからなかったマリアがビックリしてかすみを見る。だが、ソーンバルケは目敏く気付いた。

 

「荷物持ちか?」

「ええ」

 

ニッコリと微笑み、そして悪びれる様子もなくかすみが頷いた。

 

「お察しの通り、これから日用品や備品の買い出しに行くんです。大体は発注だけで後日届けてもらうことになるでしょうけど、少なからず持ち帰ることになりそうなので、お願いできれば…と」

「わかった」

 

かすみの言葉にソーンバルケが頷いた。

 

「すみません。そんなに遅くはならないと思いますので」

「そうか」

「でも、いいの?」

 

マリアが念を押すように尋ねる。

 

「ああ。今言ったように今日は特に急ぎの仕事もないしな。それに、本来はこういった役目は大神が主に担うのだろうが、奴がいないのだから仕方ないだろう?」

「ええ」

 

マリアも頷く。マリアとしては、今日大神がアイリスに付き合って出かけているのは知っているため、それは良くわかっていたからだ。

 

「では、お願いしますね」

「よろしく」

「ああ」

 

そうして三人は連れ立つと、帝劇を後にしたのだった。

 

 

 

「ふぅ…」

 

昼下がりの、お昼を少し過ぎた時間帯。とあるカフェの一席に腰を下ろすソーンバルケの姿があった。そして横に置いてあった椅子に、今まで持っていた荷物を乗せる。

 

「疲れました?」

 

その様子を見たかすみがクスクスと笑った。

 

「ああ」

 

そんなかすみに誤魔化すこともなく、ソーンバルケは正直にそう答える。

 

「貴方もこういうことには形無しなのね」

 

マリアもフフッと笑った。

 

「言ってくれる…」

「まあまあ。お詫びと言っては何ですけど、ここはこちらが持ちますから」

 

ソーンバルケを宥めるようにそう言ったかすみだったが、それでもソーンバルケの表情は余り冴えなかった。

 

「? どうしました?」

 

そんなソーンバルケの表情に気付いたかすみが尋ねる。と、

 

「それでも…割に合わない気はするのだが…」

 

と、自身の感じていたことを正直に口にした。その回答にかすみとマリアはビックリした後お互いに顔を見合わせ、そしてまたクスクスと笑ったのだった。

 

「何が可笑しい」

「だって…」

「まさか貴方の口から、そんな言葉が出るとは思わなかったんだもの」

「…人をなんだと思っている」

 

らしくないむくれ顔にまたかすみとマリアがクスクスと笑った。各々注文を済ませるとかすみがトイレに立ち、マリアとソーンバルケの二人になる。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

そして二人になった途端、ピタッと会話が止まってしまっていた。

 

(少しはマシになったと思ったけど…中々性分っていうのは変わらないわね)

 

マリアが内心で溜め息をつく。これが他の花組の面々だったらこんなことにはならないだろう。しかし実際問題、マリアにはまだ少しハードルが高かった。その上、目の前にいるのがソーンバルケとあっては…

 

(警戒するなという方が無理な話かしら)

 

そんなことを考えながら飲み物に口をつける。と、

 

「雰囲気が変わったな」

 

不意にそんなことを言われて、マリアは驚いて咽そうになった。

 

「…え?」

 

何とか呼吸を整えて何もなかったように答えると、ソーンバルケは言葉を続ける。

 

「少し前から纏っていた雰囲気が変わったような気がするのだが…」

「そう?」

「ああ。何と言うか…大分柔らかくなったような気がする」

「…そんなに私、トゲトゲしていた?」

 

ソーンバルケの正直な論評に、マリアは自覚しつつもやはり肩を落とさざるを得なかった。

 

「ああ」

 

そんなマリアに追い打ちをかけるようにソーンバルケが頷き、その回答を聞いたマリアは口元をヒクつかせた。

 

「ハッキリ言ってくれるわね…」

「仕方ないだろう。お前は世辞や嘘の類は嫌いそうだしな。それに、心にもないことを言ったところで納得はしないだろう?」

「それは…そうかもしれないけど…」

 

何もそんなにハッキリ言わなくたって…と、マリアが不満気な表情でブツブツと呟いていた。その様子に気付かないふりをしながら、ソーンバルケはマリアの変化を感じていた。前のままのマリアだったら、こんな雰囲気の話は成立しなかっただろう。それはやはり、先日の刹那の一件で図らずも過去に折り合いをつけたことが大きな原因だろう。心の奥の十字架の重荷を下ろし、マリアはようやく本来の姿を取り戻したのだろう。

 

(もっとも、私への当たりはまだ思うところはあるのだろうがな)

 

枷が外れたとはいえ、マリアにとってソーンバルケはまだ信頼に値する人物ではない。ソーンバルケとしても何もかも洗いざらい話しているわけではないので仕方のないところではあるが、いつまでもこの状況というのも勘弁してほしいのも本音である。

 

{…そろそろある程度腹を括る時期なのかもしれないな}

 

そんなことを考えながらソーンバルケも飲み物に口を付け、

 

「何かあったのか?」

 

マリアにそう尋ねた。無論、ソーンバルケとしてはマリアの身に何があったかは良く知っているのでハッキリ言って性格の悪い発言ではあるが、マリアとしてはソーンバルケがその件を知っているとは思っていないために正直に答えるわけにはいかない。

 

「別に何も…」

 

そう、お茶を濁すしかなかった。マリアとしてはソーンバルケが今後どういう立ち位置になるかまだ分からない以上、余計な情報を渡したくはない。実際のところその杞憂は無駄なものではあるのだが、そんなことはこの時点ではわからないマリアとしてはこう答えるしかなかった。ただ、刹那を倒した時の大神とのことを思い出して少し顔が赤くなる。

 

「顔が赤いな」

 

そして、それに目聡く気付いたソーンバルケに指摘され、マリアは以前のような鋭い一睨みを利かせてソーンバルケを黙らせたのだった。その空気はその後、かすみがトイレから戻ってくるまで続いたのだった。

 

 

 

「ありがとうございました」

「お疲れさま」

「ああ」

 

帝劇に戻ってかすみとマリアと別れたソーンバルケは、またも手持ち無沙汰になる。時間はニ時少し過ぎといったところだ。

 

(さて…)

 

どうしたものかなと思いながらまたぶらぶらと歩くと、今度は食堂から物音が聞こえてきた。

 

「?」

 

今日は休演だから食堂は閉まっているはずだが…と思いながら覗き込むと、そこには一人で飯を食っているカンナの姿があった。と、

 

「あれ、ソーンじゃねえか」

 

食堂を覗き込んでいるソーンバルケの姿に気付いたカンナが軽く手を挙げた。

 

「よう」

「ああ」

 

見つかって挨拶されてしまった以上このまま回れ右というわけにもいかず、ソーンバルケは食堂へと足を踏み入れた。そして、そのままカンナの真正面までやってくると椅子に腰を下ろす。

 

「食事か」

「ああ」

 

飯を食いながらカンナが答えた。

 

「さっきまでちょっと空手の稽古してたから腹が減っちまってな」

「そうか」

 

らしい話だと、ソーンバルケがクスッと微笑んだ。と、

 

「よかったら、一緒にどうだい?」

 

カンナが食事を勧めてくる。が、

 

「…いや、遠慮しておこう」

 

軽く頭を左右に振るとソーンバルケはカンナの申し出を断った。

 

「先ほどまでマリアとかすみと付き合って外へ買い出しに行っていてな。その途中、小腹を満たしたので今は空腹というわけではない」

「そっか。それじゃあ悪いけど、勝手にやらせてもらうぜ」

「好きにするのだな」

「おう」

 

軽く二本指を挙げて応えると、カンナは食事を再開する。そしてその速さと量に、ソーンバルケは圧倒されつつも呆れていた。

 

「よくもまあ…」

 

カンナの食事の様子を見ながら、嘆息してソーンバルケが声を上げる。

 

「? 何だよ?」

 

カンナが首を傾げた。勿論、その間も食事の手は休まることはない。そのことに、ソーンバルケは苦笑するほかなかった。

 

「いや、よくもまあその身体にその量が入るものだと思ってな」

「そうかぁ?」

 

今一つわからないようで、カンナが再び首を傾げる。

 

「あたいにとっちゃあ、このぐらいのメシは普通だぜ」

「だから驚いているのだがな。本当に、よくその身体に入るものだ。…しかし、それだけ食べるのであればお前が一番花組の中でいい体格をしているのもある意味当然か」

「おう! 飯をタップリ食って、それに負けないぐらい運動する。それがあたいの健康の秘訣さ!」

「…羨ましい性格だな」

 

傍から聞いていたら脳筋でしかない回答に呆れつつも、その素直さが今言ったように羨ましくもあってソーンバルケはまた苦笑するしかなかった。と、ようやくカンナが箸を置く。

 

「ふぃー…食った食った…」

 

そして締めとばかりにお茶をグイっとあおると、空になった湯呑みをテーブルに叩きつけるかのようにダンっと勢いよくテーブルに置いたのだった。

 

「美味かったか?」

「おう! 文句なしだぜ!」

 

そしてサムズアップするカンナに、ソーンバルケはまた苦笑したのであった。

 

「ところでよ、ソーン」

 

食事を済ませたカンナがずずいと身を乗りだしてきた。

 

「ん?」

「あんたに頼みがあるんだがよ」

「頼み?」

 

珍しいものだと思いながらソーンバルケが首を捻った。

 

「ああ」

「…内容にもよるが、何だ?」

「そう構えるなよ。大したこっちゃねえ」

 

そしてカンナは、自分に親指を向けた。

 

「近いうちに、あたいと一勝負してくれないか?」

「何?」

 

予想ていなかった申し出に、ソーンバルケの眉がピクリと動いた。

 

「…それはつまり、私と試合ってみたいということか?」

「ああ」

 

ソーンバルケの指摘にカンナが頷く。

 

「色々聞いてるぜ。あんた、相当な実力の持ち主っていうじゃねえか」

「さて、どうかな?」

「茶化すなよ。…それに、立ち居振る舞いを見てりゃあそれが大げさでもないってのはわかるさ。あたいも琉球空手の継承者の端くれだからな」

「ふん?」

 

軽く息を吐くと、ソーンバルケが先を促す。

 

「拳士としちゃあ、強い奴と戦ってみたいっていうのは本能みたいなもんさ。あんただってわかるだろ?」

「さて…な」

「だから茶化すなって。…それとも、あたいじゃあんたのお眼鏡にかなわないかよ?」

 

真剣な面持ちになってそう訴えてくるカンナに、ソーンバルケもはぐらかすのは止めて真面目に対応することにした。真意を測るようにジッとその目を見る。

 

(…いい目をしている)

 

それがカンナの目を見たソーンバルケの感想だった。そして、この目と同じ目の持ち主が何人か頭に浮かんでくる。そしてその連中は須らく、真っ直ぐで眩しい面々であった。

 

(懐かしい顔ぶれだ…)

 

感傷に浸るわけでもないのだが思わずそんなことを思い出してしまい、ソーンバルケはカンナに気付かれないようにクスッと微笑んだ。そして、

 

「いいだろう」

 

そう、返事をしたのだった。

 

「本当か!?」

 

ソーンバルケのその返答に、カンナが食い気味で身を乗り出した。そんなカンナを抑えるように、

 

「ああ」

 

と、ソーンバルケが返答をする。

 

「そこまで言われてはな」

「やったぜ!」

 

嬉しそうにカンナがパンと手を鳴らす。と、それを合図にするかのようにソーンバルケが立ち上がった。

 

「但し」

「あん?」

 

頭上からソーンバルケにそう声をかけれられ見上げたカンナが顔を上げ、そして自分を見抜いているソーンバルケの視線に僅かだがゾクッと身を震わせた。

 

「…挑んできた以上は、私を失望させるなよ」

「あ、ああ」

 

その雰囲気に気圧され、カンナがゴクッと唾を飲み込みながら返事をする。カンナの咽喉は急速にカラカラに渇いていたのだ。

 

「結構。では、時と場所はお前に任せる」

 

それだけ言い残すと、ソーンバルケはそのまま食堂を後にした。そして直後、

 

「ふぃー…」

 

カンナが大きく息を吐き、そのままテーブルに突っ伏したのだった。

 

「…何て気だよ」

 

先ほどのソーンバルケの姿を思い出したカンナが思わずボヤいた。あんな気を感じたのは久しぶりだったからだ。

 

(…こりゃあ、余計なもんに火を点けちまったかな?)

 

そんなことを思いながらカンナが頭をガシガシと掻いた。迂闊な真似をしてしまったことに後悔の念はあるが、しかしそれと同時に久しぶりに沸々と血が滾るのも感じていた。

 

(確かめさせてもらうぜ、アンタの力をよ)

 

頭の中に先ほどのソーンバルケの姿を思い浮かべながら、カンナは食事の後片付けに取り掛かったのだった。

 

 

 

(ん?)

 

カンナと別れてからも行く宛てもなく、ソーンバルケは何となしに二階へと上がってきた。そこで、書架から物音がしたのが聞こえてきたのだ。

 

(何だ?)

 

本でも落ちたのかと思いながらソーンバルケが書架を開けると、そこにはあやめの姿があった。

 

「あら、ソーン」

 

書架に入ってきたソーンバルケに、あやめがニッコリと微笑む。

 

「調べものか?」

 

そう尋ねたソーンバルケに、

 

「ええ」

 

と、あやめが答える。

 

「そうか。良かったら手伝うか?」

「あら、いいの?」

「ああ。今日は実に平和でな。特にやることもなく手持ち無沙汰なのでな」

「そうなのね。それじゃあ、お願いしようかしら…と言いたいところだけど、大丈夫よ」

「そうなのか?」

「ええ。何せ、もう終わってしまったから」

「ふふふ、そうか」

 

その顛末に、ソーンバルケもなすすべもなく苦笑するしかなかった。

 

「それは、少し遅かったようだな」

「そうね。でも、普段ソーンは人一倍頑張ってくれてるんだから、何もない日ぐらいゆっくりしてれば?」

「そのつもりだったのだがな…」

「? 何かあったの?」

 

ソーンバルケにしては珍しい、何かを匂わすようなハッキリしない物言いにあやめが首を傾げた。

 

「いや、先々で花組の連中に捕まってな。今まで奴らに付き合っていたから、中々ゆっくりもできなくてな」

「まぁ」

 

その様子が容易に想像できるのだろうか、あやめがクスクスと笑う。

 

「おいおい、笑ってくれるな。こちらとしては大変だったんだぞ」

「ふふ、ごめんなさい。…でも、安心したわ」

「? 何がだ?」

 

あやめのその一言の意味がわからず、ソーンバルケが首を傾げた。

 

「いえ、花組の皆と仲良くしてくれてるのねと思って」

「仲良く…か」

 

その表現に、ソーンバルケが少し首を捻る。

 

「あら、違うの?」

「向こうがどう思ってるかどうかはわからないが、私としては仲良くというのは少しスタンスが違うかな」

「あら。じゃあ、あの子たちをどう思ってるの?」

「…ハッキリ言っていいのか?」

「ええ。是非、聞かせて頂戴」

「では…娘を見る父親のような気持ちでいる。アイリスにいたっては、孫を見る祖父のような気持ちだ」

「そ、それは…」

 

遠慮会釈のないソーンバルケのその一言に、あやめが愛想笑いを浮かべながら冷や汗を掻いていた。

 

「あの子たちにはあまり聞かせない方がいいわよ。ショックを受けるから」

「そんなものか?」

「ええ」

「ならば、そうするとしようか」

「そうして頂戴」

「わかった」

 

ソーンバルケが頷いたのを確認して、あやめがふうと一つ溜め息をついた。

 

「達観しているとは思ってたけど、それはもう達観じゃなくって老成じゃなくって?」

「そうは言われてもな…」

 

ソーンバルケが返答に詰まる。実際そうとしか見れないのだから仕方ない。そういう対象になり得るとすれば…

 

「……」

 

不意に、ソーンバルケはあやめの顔をジッと見つめだした。

 

「何?」

 

いきなり見つめられて少し照れながら、あやめがそう尋ねる。

 

「いや、お前ならばまだそういう対象に見られるかなと思っただけだ」

「あら? それって私が年寄りだとでも言いたいのかしら?」

 

笑顔をヒクつかせながらあやめがソーンバルケに尋ねる。その視線はいつの間にか鋭さを増し、並の人間なら視線の鋭さだけで失神しかねないほどだった。

 

「曲解するな」

 

しかしソーンバルケには通用しない。正確に言えば内心は心臓がバクバクしているが、それを表に出すことはしていないだけなのだが。ともあれ、あやめの機嫌を損ねてしまったのはわかりすぎるほどわかっていたので慌てて弁解に移る。

 

「何かな…お前には普通の人間にはない何かを感じられてな」

「え?」

 

予想外のソーンバルケのその言葉に、あやめが毒気を抜かれたようにキョトンとなった。

 

「いや…」

 

だが、ソーンバルケはすぐに頭を左右に振って今自分が言ったことを否定する。

 

「何でもない、忘れてくれ」

「えっ…と…」

 

そう言われてもはいそうですかなどと返答することもできず、あやめが困った表情になっていた。

 

(どういうこと?)

 

内心であやめが自問自答している様子を横目で見ながら、ソーンバルケはこちらも内心で苦虫を噛み潰していた。

 

(…しまった、余計な一言だったか)

 

後悔先に立たずというが、この時ほどソーンバルケはそう思ったことはなかった。だがこのことは決して適当な出鱈目や口から出まかせではない。初めて会った時から、ソーンバルケはあやめの根底に普通の人間とは少し、しかし確実に違う何かを感じていたのだ。それが何かは今の段階ではわからないが、それ故に他の連中より少しだけあやめに対する興味が深いのである。だからあんなことを言ってしまったが、どうやら今のあやめの様子を見るに、今回の言及は完全に失敗だったようだった。

 

(私もまだまだ未熟だな…)

 

眉間に皺を寄せて思案するあやめの姿に、余計な真似をしてしまったとソーンバルケが内心で溜め息をついた。そこへ不意にマリアが書架に駆け込んできた。

 

「あやめさん、こちらでしたか!」

 

その、いつものマリアからは考えられない尋常ではない様子に、あやめが一気に現実に引き戻される。

 

「マリア、どうしたの?」

「大変です!」

 

そのままマリアはあやめに近づき、そして、

 

「たった今連絡があり、アイリスが浅草で活動写真館を一軒崩壊させたと…」

 

そう、驚愕の報告したのだった。

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