サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。ご無沙汰しております。久しぶりの投稿になります。何とか間に合わせることができました。

今回はアイリス回の戦闘パートです。そしてもう一つ。それが何なのかは本文を読んでご確認ください。

では、どうぞ。


NO.15 終幕と開幕

同日夜、大帝国劇場。

 

「バカ野郎!」

 

支配人室に米田の怒号が響き渡る。側にはマリアが厳しい表情で立っていた。二人の視線の先には、しょぼくれた大神と不満顔のアイリスの姿がある。

 

「オメエがついていながら、このザマは何だ、大神!」

「申し訳ありません…」

 

平身低頭、大神は謝罪しながら頭を下げることしかできない。それとは対照的に、アイリスは不満タラタラといった態度で頬を膨らませてそっぽを向いていた。

 

 

 

「あちゃあ…大神はん、えらく絞られてるみたいや…」

 

同時刻、廊下にて支配人室のドアに耳をつけ、紅蘭が中の様子を窺っていた。そこには紅蘭だけでなく、すみれとカンナの姿もあった。

 

「活動写真館を一つぶっ潰したんだ、無理もないぜ」

「ちょっと! 静かにしていただけません!? これでは何も聞こえませんわ!」

「バカ!」

 

カンナが慌ててすみれの口を塞いだ。

 

「すみれはん、アンタが一番声が大きいで。人に指摘すんならまず自分を省みいや」

「わかったか?」

 

紅蘭とカンナに凄まれて、今一つ納得できないながらもすみれがコクコクと頷いた。

 

「よし」

 

カンナがすみれの口を塞いでいた手を外す。そして三人は、再び中の様子を探ることに集中しだしたのだった。

 

 

 

「自分の監督不行き届きでした」

 

支配人室にて、何度目になるかわからない叩頭をする大神。申し開きのしようがないため頭を下げるしかない。

 

「一歩間違えば、大惨事になっていたところよ。よく考えなさい!」

 

マリアが今回の大惨事を引き起こした張本人であるアイリスを叱責する。しかし、

 

「ふんっ、アイリス悪くないもん」

 

アイリスは反省する素振りすら見せることなくそう反抗したのだった。

 

「アイリス…自分のしたこと、わかっているの?」

「いやだもん。アイリス悪いことしてないもん」

「あなたの力は、むやみに使ったら危険なことになるの」

 

堂々巡りである。このままでは埒が明かないとでも思ったのか、米田が口を挟んできた。

 

「まあ、気持ちはわかるがマリアの姉ちゃんもそうキツく言わねえで…怒鳴るとお肌に悪いぜ」

「そうはいきません」

 

だが、マリアを懐柔することはできなかった。

 

「アイリスには、それなりの処分が必要かと思います」

「いえ」

 

マリアの発言を聞いた大神が、間髪入れずに一歩前に進み出た。

 

「…今回のことは、全て自分の責任です。処罰なら、自分が受けます」

「隊長! あなたがそうやって甘やかすから、こんなことになるんです!」

 

大神の発言も、マリアを宥める結果にはならなかった。それどころか、更に火に油を注ぐような状況になってしまっていた。

 

「しかし…アイリスはまだ子供じゃないか」

 

そんな状況を打破しようとしてか大神が更に発言する。しかし、今度はこの一言でアイリスに火が点いてしまった。

 

「アイリス、子供じゃないもん!」

 

ムッとしたどころかあからさまに不機嫌な顔になって怒ると、アイリスはそのまま走って支配人室を出ていってしまった。

 

「アイリス!」

 

大神が慌てて後を追って支配人室を出ると、そこには額や鼻や腰などを抑えて痛みに顔を顰めている紅蘭、カンナ、すみれの姿があった。

 

「き、君たち、立ち聞きしていたのか!」

「す、すんまへん…」

 

代表して…というわけでもないのだろうが、紅蘭が頭を下げた。

 

「アイリスなら…自分の部屋の方に…」

「走って…去って行きましたわ…」

「そ、そうか」

 

盗み聞きしていた三人に思うところがないわけではないが、それよりもまずはアイリスを追いかけるべきだと判断した大神がアイリスの部屋へと向かった。

 

 

 

「あ、大神さん」

 

アイリスを追ってきた大神は、花組の隊員たちそれぞれの部屋の前の廊下でさくらと顔を合わせた。

 

「さくらくん…アイリスを見なかったかい?」

「ものすごい勢いで自分の部屋に駆け込んでいきました」

 

さくらも事の顛末は聞いているのだろう、その表情は曇っている。

 

「そうか、わかったよ」

 

そのまま、大神はさくらと別れてアイリスの部屋の前に立った。

 

(アイリス…部屋に入れてくれるだろうか?)

 

一縷の望みを抱きながら、大神はアイリスの部屋をノックした。

 

「アイリス、大神だけど開けてくれるかい?」

 

しかし、反応はない。だが、室内から気配は感じ取ることができた。

 

「アイリス」

 

それ故、もう一度呼びかける。しかし、

 

『イヤ! アイリス悪くないもん!』

 

返ってきたのはにべもない反応だった。半ば予想出来た反応とは言え、このままにしておくわけにもいかない。

 

(困ったな…これでは話を聞いてもらえない)

 

どうしたものかと思案していると、そこに援軍(?)が現れた。

 

「隊長、あたいたちに任しときなって!」

「え?」

 

振り返ると、そこにはさっきの三人…紅蘭、カンナ、すみれの姿があった。

 

「大神はん、押してダメなら引いてみいっちゅう諺があるやろ? 真正面からぶつかるだけが正攻法とちゃいまっせ! うちに任しときや!」

「慌てなさんな、あたいが先だ。いいかい、アイリスは早く大きくなりたいんだろ? 誰よりも大きいあたいの言葉なら、アイリスも聞いてくれるさ」

「…全くこれだから、単細胞は悲しいですわね。誰が好き好んで、あなたみたいに頭の中まで筋肉になりたいなんて思うんですの?」

「何だと?」

「アイリスが憧れているのは、大人の女性の魅力ですわよ。つまり、この私のような女性ですわね」

「止めときいや、二人とも。そんなんしてる場合じゃないやろ?」

 

相変わらずの相性の悪さでカンナとすみれが睨み合い、それを取りまとめるかのように紅蘭が制した。

 

(そうか、確かにここは俺よりも同性である三人に頼んだ方が得策かもしれない)

 

いつものカンナとすみれのいがみ合いを目の当たりにして一抹の不安は拭えないものの、異性では気の付かないところもあるかもしれないのもまた事実。そこで大神は取り敢えずアイリスの説得を三人に任せることにした。だが、その最中で三人ともアイリスの逆鱗に触れてしまったのか、ことごとくアイリスの霊力の暴走に巻き込まれてしまい、芳しくない結果に終わったのであった。

 

 

 

「ふぅ…」

 

三人に引き取ってもらった後、アイリスの自室前で大神が一息ついた。事態は何も進展していない。どころか、三人の干渉によって後退してしまった可能性もある。とは言え、三人は良かれと思ってやったことだし責めるわけにはいかない。そして大神は再び、一人でアイリスと対峙することになった。

 

(隊長の俺が諦めるわけにはいかない。もう一度声をかけてみよう)

 

改めてそう決心すると、再びドアをノックしようとする。そこへ、

 

「大神くん、ちょっと待って」

 

その行為を制し、あやめが姿を現したのだった。

 

「あやめさん…」

「大神くん、随分と困っているようね」

 

そう尋ねるあやめの顔も曇っている。今回の件に関してはあやめも随分と苦慮しているのだろうことが、その表情から推察できた。

 

「はい…どうしたらアイリスに話を聞いてもらえるのでしょう?」

「…難しい問題ね」

 

あやめは軽く目を閉じるとこれまでの経緯を反芻し、自分に言い聞かせるように口を開く。

 

「すみれたちはアイリスのことを子供として見ているの。でも、マリアは逆に大人として接しようとしているわ…大神くんはどう思う?」

「俺は…」

 

あやめの質問に言葉を詰まらせ考え、大神はアイリスのことを考え始めた。子ども扱いすると怒るが、今日浅草で見せたその姿はまさしく子供そのものだった。そして、自分の起こしたことについては悪くないと言い張るあの態度もとても大人のものではない。

こう考えれば子供なのだろうが、面倒なのは本人は決してそれを良しとせず、大人として扱わないと拗ねてしまうことだった。現に今そうなっている。

 

(子供が子供であることは、何らおかしなことじゃないのにな…)

 

だが、それはこちらの…言ってしまえばアイリスの事情を斟酌していない勝手な言い分である。アイリスの背景、そしてなぜそこまで大人であることにこだわるのか…それがわかればまた変わってくるかもしれない。故に、

 

「俺は…みんなの考えが正しいとは思えません」

 

大神はそう答えるしかなかった。実際にはこれも言いたかった回答ではなく、『わかりません』と答えたかったのだが、それでは今回の当事者としてあまりにも無責任な気がしたからだ。それにマリアのアイリスに対する接し方も、すみれたちのアイリスに対する接し方も違うような気がしたからだ。じゃあ何が違うのかと言われれば、ハッキリとは説明できるわけではないのだが。

 

「……」

 

大神が悩んで出した答えに、あやめは何も言わなかった。が、直後、

 

「…そこまでわかっているなら、もう私から言うことは何もないわ。後は大神くんの行動次第よ、しっかりね」

 

あやめの回答だった。はぐらかされたようにも、正解であるようにも思えるその回答を聞いた大神が軽く叩頭する。そしてあやめはその場を去って行ったのだった。

 

「あやめさん…」

 

未だ解けぬ問題に頭を悩ませ、大神の呟きは夜の闇に溶けたのだった。

 

 

 

深夜。

 

大帝国劇場前の階段に一人膝を抱えて佇むアイリスの姿があった。物憂げな表情で何かを待っているようにも見える。と、

 

「あ!」

 

何かに気付いたアイリスが顔を綻ばせた。視線の先にはタキシードに身を包み、手を振りながら走って近づいてくる大神の姿があった。

階段から立ち上がったアイリスは、その時にはもう大人になっていた。そして、

 

「お兄ちゃーん!」

 

駆けだす。それを合図とするかのように、色を亡くした街は光を取り戻し、二人が触れあった時には漆黒の夜の街から青空の下に広がる草原になっていた。アイリスは大神の胸の中に飛び込み、その胸に顔を埋める。

 

「お兄ちゃんって、温かい…」

 

そう呟くと、アイリスはゆっくりと離れて顔を見上げた。その先には、自分を見下ろす大神の顔があった。目の合った二人は自然と顔を近づけていき、そして…

 

 

 

「夢…だったんだ」

 

早朝、目を覚ましたアイリスが呟く。その前に広がっているのは、いつもの自分の部屋だった。無論、大神の姿はない。そして自分の姿もまた、大きく美しく成長したあの姿ではなく、子供の姿のままだった。

 

「お兄ちゃん…アイリス早く…早く大人になりたいよ…」

 

その呟きは皮肉にも昨晩の大神の呟きと同じように、誰に知られるでもなくその場に溶けたのだった。

 

 

 

一夜明け、帝劇。

 

「もう朝か…」

 

目を覚ました大神がベッドから体を起こす。昨日のことは当然まだ引っかかっており、着替えながらもアイリスのことは頭にあった。

 

「アイリスは落ち着いたかな…」

 

半々かなと考えながら着替えを済ませると自室を出る。と、

 

「大神」

 

大神は誰かに声をかけられた。

 

「ソーン…」

 

振り向くとそこには、ここでの相棒であるソーンバルケの姿があった。

 

「昨日のことは聞いている」

「そうか…」

「行くのか?」

「うん」

「そうか。では、頼む」

「ああ、わかってる」

 

短いやり取り。しかしこの短いやり取りですべてを察することのできる二人はそこで別れた。そしてソーンバルケは一階へと向かい、それを見送った大神はアイリスの部屋へと再び足を運んだのだった。

 

 

 

「ふぅ…」

 

アイリスの自室前。いつもはそんなことは微塵も思わないのだが、今日はこのドアがいつも以上に分厚くなっているように大神には感じられていた。だが、いつまでもここでこうしているわけにもいかず、覚悟を決めた大神はアイリスの部屋のドアをノックする。

 

「アイリス…俺だよ」

『!』

 

返事はない、だが気配は感じ取ることができた。アイリスは室内にいる。それも、寝ていたりするわけではないようだった。

 

「話を聞いてくれないか?」

『……』

 

相変わらず返事は返ってこない。だが、このままここで時間を無下にするわけにもいかない。

 

「アイリス、今度の日曜日空いてるかい? デートのやり直しをしよう」

 

そう呼び掛ける。が、

 

『イヤ!』

 

間髪入れずに否定の返答が部屋の中から返ってきたのだった。

 

「…どうして?」

 

根はまだまだ深いなとガッカリしながら、それでも簡単に諦めるわけにもいかず大神が理由を尋ねた。と、

 

『だって…アイリスお兄ちゃんと出かけても、腕も組めないし…アイリスが子供だから、楽しくなさそうなんだもん』

 

寂しそうな声で返答が返ってきた。

 

「そんなことはないよ、アイリス」

 

諦めずにアイリスの説得を続ける大神。が、

 

『ウソだもん!』

 

と、これまた頑なにアイリスが拒絶したのだった。

 

「ウソじゃないよ、アイリス」

 

大神が諭すように語り掛ける。すると少し間を置いてアイリスが出てきた。いつものようにジャンポールを胸に抱きながらも、しかしいつもとは違った悲愴感というか真剣さが表情に出ている。

 

(? どうしたんだろう…?)

 

そのアイリスの様子に訝しがる大神だったが、すぐにそれはわかることになった。

 

「だったら…キスして…」

 

アイリスが大神に、そう迫ってきたのだ。

 

「き、キス!?」

 

大神がアイリスの発言内容にしどろもどろになっている。ここだけ見るとどちらが大人で子供かわからないが、大神が狼狽えるのも仕方のないことであった。だがアイリスはそんな大神にお構いなく、

 

「早く!」

 

と、キスをせがんだのだった。そして、そのまま目を閉じてしまう。

 

(ど、どど、どうすればいいんだ!?)

 

突然の展開に引き続き狼狽している大神。アイリスの要望を受け入れるわけにも拒否するわけにもいかず、オタオタしている。と、

 

「ああっ!」

 

目を閉じていたアイリスが急に叫び声をあげて目を開いた。

 

「! ど、どど、どうした、アイリス!」

 

状況に変化があったことにこれ幸いとアイリスに尋ねる大神。だが、覗き込んだその顔はとても悲しそうな顔をしていた。

 

「お兄ちゃん…迷惑に思ってる…」

「えっ?」

「愛してなんていない、キスしたいとも思ってない! アイリス、お兄ちゃんの心読めるもの! アイリスのこと、お兄ちゃんはやっぱり子供だと思ってるよ!」

「あ、アイリス…」

「大嫌い!」

 

目に涙を湛え、悲しみの表情のままアイリスはその場を走って立ち去ってしまった。

 

「……」

 

突然且つ予想外の展開に大神は後を追うこともできずに呆然とその場に佇む。その直後、帝劇を轟音と振動が襲った。

 

「な、何だ!?」

「大神さーん!」

 

続けざまに起こった異常事態に大神が慌てていると、さくらが息を切らせながら走ってきた。

 

「さくらくん! これは一体!?」

「大変です! アイリスが光武に乗って外に出てしまったんです!」

「な、何だって!?」

 

さっきの振動と轟音の正体はそれかと悟りながら、予想以上の悪い方向に自体が進行していることに大神は驚きを隠せない。

 

「今のアイリスが街に出ていったら大変なことになる! とにかく指令室に行こう!」

「はい!」

 

二人お互い顔を見合わせて頷くと、アイリスを止めるために指令室へと走ったのだった。

 

 

 

アイリスが光武に乗り込んで飛び出す少し前、つまり大神と別れた直後、ソーンバルケは事務局へとやってきていた。今日の仕事について尋ねるためである。

 

「おはようございます、ソーンさん」

「おはよ」

「おはようございます」

「ああ」

 

いつものようにかすみ、由里、椿から挨拶を受ける。今は休演中ということもあって椿も売り子としての仕事はなく、かすみや由里のサポートに回っていた。

 

「今日は何をすればいい?」

「そうですね…あ、中庭の雑草が伸びてきているので、とりあえずそちらの草むしりをお願いできますか?」

「ん、わかった」

 

かすみの指示にソーンバルケが頷く。

 

「よろしくね♪」

「暑くなりそうですので、暑さ対策や水分補給はしっかりした方がいいですよ」

「わかった」

 

由里と椿の意見に対して頷くが、直後にニヤリと笑い、

 

「が、そこまで言うのなら手伝ってほしいのだが?」

 

と、助力を願い出る。が、

 

「あ、パス」

「あはは、私もちょっと…」

 

にべもなく由里と椿に断られた。

 

「そうか…」

 

その返答を聞き、クックッとソーンバルケが含み笑いを漏らす。ソーンバルケとしても本気で二人に手伝ってもらおうとは思っていない。ちょっとした言葉遊びのようなものである。

 

「もう…」

 

その様子に、一人かすみがしょうがないなぁ…とばかりに苦笑していた。その時であった、アイリスの暴走による轟音と振動がソーンバルケたちを襲ったのは。

 

「! な、何!?」

「地震!?」

「きゃあっ!」

 

オロオロしながら慌てふためく三人を尻目に、ソーンバルケは冷静に周囲の状況を分析する。

 

(地震という割には揺れは先ほどの一回だけ。後にも先にも他に揺れはない。それに揺れも轟音も驚くほど近くからのものだった。ならば単純な地震のようなものではないだろう)

 

そう分析したソーンバルケだったが、直後に窓の外に見えた光景には固まってしまった。今まで何度か見たあの機体…恐らく大神たちが操縦しているあれがそのまま何処かに移動するのが見えたからである。それも、消えて現れてを繰り返しながら、もの凄い速さで去って行ったのだった。

 

(これは…)

 

何があったのかはわからないが見過ごすわけにもいかず、ソーンバルケはすぐに事務局を後にしたのだった。

 

「あ、ソーンさん!」

「ちょっと!」」

「どうしたんですか!?」

 

かすみたち三人の呼ぶ声が聞こえるがその声に足を止めることもなく、ソーンバルケはその場を離れたのだった。

 

 

 

「マズいことになった」

 

指令室。アイリスを除いて集合した華撃団の前で、米田がこれ以上ないほど表情を曇らせる。

 

「まさかアイリスが、光武で街に出ていくとは…」

「花やしきから運んできたばかりの、新しい機体に乗って出ていってしまったのよ」

 

あやめが状況を補足する。

 

「長官、アイリスは一体何処へ?」

 

マリアがアイリスの位置を米田に尋ねる。

 

「浅草の方へ向かっているらしい。これを見てくれ」

 

そう言ってモニターに映し出された映像は、黄色の光武が外を動き回っている姿だった。

 

「あ、アイリス!?」

「初めてで光武をあそこまで動かしとる! な、なんちゅう力や!」

 

そのスムーズな動きに、紅蘭も驚きを隠せない。メカニックであるから尚更、今映像に出ているアイリスの動きが信じられなかった。無論、アイリスの霊力の高さは十分承知していたが、それを差し引いても今目の前の映像が信じられないのである。

 

「すぐに浅草へ出動してアイリスを連れ戻すんだ。頼んだぞ、みんな!」

「はい!」

 

米田の指示に大神が返事を返し、いつものように号令をかけようとした時だった。突然警報が鳴り響く。

 

「な、なんですの?」

「長官!」

 

鳴り響いた突然の警報にすみれが戸惑っていると、状況を把握したあやめが米田へと振り返った。

 

「あやめくん! どうした、突然!」

「黒之巣会です! 浅草に黒之巣会の魔操機兵が出現したとの通報です!」

「な、何ですって!?」

「ちくしょう! 何だってこんな時に!」

 

アイリスが飛び出したのを見計らったかのようなこの襲撃タイミングは、ハッキリ言って最悪のタイミングであった。

 

「こうなっては、アイリスの向かっている先が浅草なのがせめてもの救いね。アイリスを保護しつつ、黒之巣会を倒すわよ」

「そうだな」

「よし、浅草へ出撃だ。頼んだぞ、大神!」

「はい! 帝国華撃団、出動! 目標地点、浅草!」

『了解!』

 

先ほどかけ損ねた号令をかけ、華撃団は出動へと向かう。大神も当然出動しようとするが、

 

「待って、大神くん」

 

その足を、あやめが止めた。

 

「あやめさん…」

「大神くん、アイリスが出ていった原因、あなたならわかるわね?」

「……」

 

無言のまま、大神は一度頷いた。

 

「ねえ、大神くん。アイリスのいいところって、どんなところだと思う?」

「え…?」

「明るくて無邪気で、好きなことを好きと言える純粋な素直さ…そんな子供らしさが、アイリスのいいところなんじゃないかしら」

「……」

「だから、ムリに背伸びして大人ぶる必要なんてない…。大神くん、アイリスにそう言ってあげて。それを教えられるのは大神くん、あなただけよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

大神はあやめに対して敬礼を返すと、そのまま光武へ向かって走っていったのだった。

 

 

 

 

 

浅草、浅草寺。

 

「はっはっはっ…燃えろ! 燃えろ!」

 

怒号と喧騒が響き渡り、魔操機兵たちが周囲を破壊している中で、一人の大男が笑いながらその光景を見ていた。その名を羅刹。

先日の戦いで敗死した刹那の弟である。小柄な小男で、ともすれば子供と表現してもいいような刹那とは真逆の、筋骨隆々の大男だった。その上、こちらの方が弟で小さい方が兄なのだから何ともよくわからない兄弟である。

 

「オンキリキリバサラウンバッタ…オンキリキリバサラウンバッタ…オンキリキリバサラウンバッタ…」

 

芝公園で天海が、築地で刹那が唱えていたものと同じ呪を羅刹が唱える。すると、これまた同じようにここでも吸い込まれるように地中深くへと楔が撃ち込まれていったのだった。

 

「ふふふ…」

 

己の任務を遂行し、ニヤリと笑う羅刹。と、その眼前にいきなり黄色の光武が出現した。

 

「な!?」

「えぇーい!」

 

突然の光武の出現に驚く羅刹。だが、その光武の操者であるアイリスは今、己の感情の赴くままに好き勝手をしているにすぎない。羅刹の魔操機兵…兄、刹那の蒼角と同型機である『銀角』に一撃を食らわせると、現れたときと同じようにすぐに目の前から消えてしまった。

 

「な、何奴! どこから現れたのだ!?」

 

羅刹がテンパっている中アイリスは瞬間移動を繰り返し、もう手の届かない距離まで飛んでいた。そのアイリスの眼前に、

 

『帝国華撃団、参上!』

 

大神たちが現れたのだった。

 

「!」

 

本来なら味方である帝劇の面々。しかし、今のアイリスにとっては大嫌いな皆の姿であった。

 

『ようやったでアイリス。何もせえへんから、こっち来いや』

 

紅蘭がアイリスへと通信を入れる。

 

『アイリスちゃーん、おりこうさんね。さあ、こちらへいらっしゃい』

『よしよし、いい子だからこっちへおいで』

 

すみれとカンナもそれに追随する。それに従った…と言うわけでもないのだろうが、アイリスの光武は他の光武たちの中央に現れた。あるいは暴走した霊力の制御が利かなかったのかもしれない。だが、どちらにせよ紅蘭たちにとっては好都合だった。三人でアイリスの光武を抑え込む。

 

「つかまえましたわ! おとなしくしなさい」

「もう逃げられへんで!」

「ほら、いい子にするんだ!」

 

ここぞとばかりに三人がアイリスを拘束しようとする。しかし、今のアイリスにはそんなことは逆効果にしかならなかった。

 

「みんな…みんな…ウソつきだ!」

 

アイリスの霊力が暴走し、先ほどの羅刹のときと同じようにすみれたちの光武にダメージを負わせる。

 

「あ…私の美しい機体が…な、なんてこと…」

 

すみれが呆然としている間に包囲網の一角をするりと抜けたアイリスがまた瞬間移動を駆使して大神たちから離れた。

 

「隊長! どうしますか!?」

「いかん…よし! みんなは敵を防いでくれ! 俺がアイリスを止める!」

「せやかて、ウチらにも攻撃してくるんやで!」

「危険すぎます!」

「だが、このままではアイリスも街の人々もただではすまない…やるしかない」

 

大神がそう覚悟して一歩を踏み出す。それに敏感に反応したアイリスが再度瞬間移動を繰り返してその場から離れていった。

 

「待つんだ、アイリス!」

 

離れていくアイリスを追いかけ、大神の光武が走り出した。

 

「大神さん! あたしも行きます!」

 

居ても立ってもいられなかったのか、さくらが大神の後を追う。こうして計三機の光武は戦線を離脱することになったのだった。

 

 

 

「アイリス、待つんだ!」

 

浅草寺からアイリスを追いかけてきた大神は、ようやくその姿を捉えたところで声をかけた。奇しくもその場所は、大神たちがデートした場所である仲見世通りであった。だが、あのときとは二人の関係性も大分変わってしまっている。

 

「いや! 来ないで!」

 

アイリスは相変わらず臍を曲げている。感情の赴くままに霊力を放出しているのだからそろそろ底が見えてもよさそうだが、そんな気配はまるで見えなかった。さすがに純粋な霊力では花組でもトップと言われているだけのことはある。そのままアイリスは感情に身を任せて霊力を暴走させ、近場にあった噴水を破壊してしまったのだ。

 

「くっ!」

 

身をもってアイリスの霊力の高さを今一度再認識させられ、大神が歯噛みをした。そしてこの追いかけっこにはまだ終わりが見えてきそうにもない。

 

「さくらくん、まずはアイリスを捕まえよう。話はそれからだ」

 

ならばと、まずはその追いかけっこをやめるべく大神がさくらに指示を出した。

 

「はい!」

 

さくらが返事を返すのとほぼ同時に、

 

「みんな…みんな、ウソつきだ!」

 

と、アイリスはまた瞬間移動して大神やさくらと距離をとったのだった。その後暫く、不毛な追いかけっこが続くことになる。

 

「アイリス、止まるんだ!」

「いやああああぁーっ!」

「アイリス、止まりなさい!」

「やだ!」

 

そんな問答が延々と続いていく。押さえこんでも瞬間移動で逃れてしまい、また捉えるべく動かなくてはならない。実に不毛というか先の見えない追いかけっこだった。

 

「くそ!」

 

膠着状況が続くこの状態に次第に大神も焦りを感じてくる。こうしている間にも、残りの華撃団の皆は黒之巣会と戦っているのだ。

恐らく指揮を執っているのはマリアだからそうそう心配することはないが、それでも万一のことが絶対に起きないとは言い切れない。一刻も早く戻りたいのが正直なところではあるが、目の前の状況は遅々として進まないことに焦らないわけはなかった。と、

 

『大神くん』

 

その大神の心理を見透かしたかのように、あやめからの通信が入ってきた。

 

「あやめさん」

『今、アイリスは興奮しているわ。子供扱いされていることがよっぽどショックだったのね。早く暴走を止めなければ、街だけでなくアイリスの心まで壊れてしまうわ』

「はい」

『だからと言って無理に押さえつけようとしても逆効果よ。アイリスはみんなにウソをつかれたことで人間不信になってるわ』

 

その一言に自分も思うところはあるのだろう、大神の表情が曇った。

 

「俺は…俺はどうしたらいいんですか?」

 

そしてその解決策を求めるように大神はあやめに縋った。すると、あやめの表情が和らいで軽く微笑む。

 

『大丈夫よ、いつもの自分を偽らない大神くんならば…ね。しっかりね、隊長さん』

「はい!」

 

そこで通信が終わる。肝心の解決策については、やはり上手くはぐらかされてしまった感が否めないが、そこは自分の力で見つけるしかないのだろう。

 

「よし、さくらくん! アイリスに隣接して押さえこんでくれ! 二人で挟み込もう!」

「はい!」

 

そのため、少し今までとは違った方法でアプローチをかけてみることにする。無論、これが正解になるかどうかはわからないが、このままいつまでもここでこうして手をこまねいているわけにもいかない。

だが、敵(?)もさるもの。ふんだんに瞬間移動を繰り返すため、中々アイリスを捉えることはできなかった。片方が押さえたということは何度かできたが、二人で挟み込むとなると中々難しいのである。

 

「くそぉ…」

 

進展しない事態に大神の焦りは募る。とは言え、打開策と言えるような打開策はない。

 

(やっぱり地道にやるしかないのか…)

 

諦め、何度か目のアイリス捕縛への行動を取ろうとしたそのときだった。

 

 

 

「もう! しつこいなぁ!」

 

眼前ににじり寄ってくる大神とさくらに辟易としながらもアイリスの怒りはまだ収まることを知らない。

 

「みんなウソつきだ! アイリス、ウソつきはだいっきらい!」

 

とは言え攻撃することなどできるわけもなく、こうやって瞬間移動を繰り返して逃げることしかできない。アイリス自身もこんなことをしていてもどうしようもないということはわかってはいるのだが、こうなるともう引っ込みがつかないという側面もあり、アイリスも易々と捕まってたまるかという気持ちになっていた。

 

「むううううーっ!」

 

ブンむくれながらも何度目になるかわからない瞬間移動をしようとしたそのときだった。急に至近距離で轟音が響き渡った。

 

「えっ!?」

 

土煙も舞い上がり状況がわからないことに不安になったアイリスだったが、直後に大きく光武が傾いた。驚いて足元を見てみると、いつの間にかその場所が抉れたようになって窪んでいたのだ。

 

「う…わわ…わー!」

 

予想外の出来事にパニックになったアイリスが霊力を使うことも忘れてバランスを崩してあたふたしている。

 

「今だ!」

 

事の次第はわからないものの、とにかくアイリスが戸惑っているのはチャンスには間違いない。

 

「行くぞ、さくらくん!」

『はい!』

 

さくらも戸惑ってはいるが、確かにこれはまたとないチャンスである。大神と連れ立って光武を移動させ、とうとう二機でアイリスの光武を挟み込むことに成功したのだった。

 

「よし!」

『大神さん、早く! 今ハッチを開けます!』

 

さくらからの通信が大神に入った直後、アイリスの光武のハッチが開く。そしてアイリスがようやく姿を現した。

 

「アイリス!」

「いや!」

 

さくらの叱責に拒絶するアイリス。と、

 

「アイリス、聞いてくれ!」

 

大神がそこに割り込んできた。

 

「確かに俺はウソをついていた。俺は今のきみを一人の女性として考えることはできない」

「! やっぱり…アイリスが子供だから…」

 

大神の告白にアイリスの表情が曇った。しかし、大神の告白はここでは終わらない。

 

「でも俺は、きみと出かけることが楽しかった。一緒にいて本当に楽しかった」

「! お、お兄ちゃん…」

 

アイリスの表情が少し変化する。

 

「将来のことなんか誰にもわからない…だから、今はこれだけじゃダメかな」

「お兄ちゃん…ウソじゃない…」

 

それがわかったのだろう、変化したアイリスの表情が更に変化して晴れやかになり、光武から飛び出して大神に抱き着いたのだった。

 

「お兄ちゃん…」

 

久しぶりの大神の温もりに、アイリスの顔が綻ぶ。それは肉体的な接触の意味もあろうが、精神的な接触の意味でも嬉しいものだった。と、大神はそのままアイリスを軽く上に持ち上げ、そして、お望み通りにキスをした。ただし、額にであるが。

 

「お兄ちゃん!」

 

だがそれでも今のアイリスには十分だったのだろう。歓喜の表情を見せながら再度アイリスが大神に抱き着いた。こうして、アイリスの暴走は何とか幕を閉じたのだった。

 

 

 

「さくらくん…」

 

アイリスと共にマリアたちの許へ戻る道すがら、大神がさくらへと通信を開く。

 

『はい』

「さっきのあれ、何だと思う?」

『……』

 

大神の質問にさくらは何も答えられず、沈黙で返答した。『あれ』というのは勿論、アイリスの足元を抉ったあの出来事のことである。

 

『わかりません…』

 

そしてタップリ沈黙した後にさくらが返した返答がこれだった。

 

「そうか」

『はい。大神さんは?』

「俺も全くわからない。気がついたらあそこで轟音が響き渡り、そして土埃が晴れたときにはアイリスの光武の足元が抉れて、アイリスが体勢を崩していた」

『ええ。ですから、何とか挟み込むわけができたんですけど』

「そうだね。どうあれあれによってアイリスの動きが止まったのは確かだ。それでアイリスを押さえ込むことができたのは紛れもない事実だけど…」

 

そこでまた二人は口を噤んでしまう。結果だけ見れば最上なのだが、そうなった一番の理由であるあの現象の説明がつかないことが未だにしっくりこなかった。ただし、二人とも口に出さなかったが同じことを思い浮かべていた。

 

(あんなことができるのは…)

(まさか…)

 

大神とさくらの脳裏には、自分たちのよく知っている剣聖の後ろ姿が浮かんできたのだった。

 

 

 

「さあ、アイリス行くぞ!」

「うん!」

 

疑念を抱きつつもそれを表に出すわけにはいかず、無事にマリアたちと合流した大神はそれを振り払うかのように号令をかけた。アイリスはそんな大神の心中など知ることもなく、無邪気に答える。

 

「アイリス…良かった…」

「まったくこの子は、心配させて…」

「初陣だ。がんばれよ、アイリス!」

「よっしゃ! これで花組勢揃いや!」

「改めていくぞ!」

『帝国華撃団、参上!』

 

紅蘭が述べた通り、遂に全員が揃った帝国華撃団がいつもの口上を上げる。

 

「隊長、敵の幹部は雷門の向こうの浅草寺にいます。一気に叩きましょう」

「そう簡単にはいかんようや。途中にある雷門が閉められとるで」

 

見ると、確かに雷門は固く閉じられている。

 

「…仕方ない、気は引けるが門を破壊して進もう」

「いや、光武の力じゃ無理やで。雷門は以前消失した苦い経験からシルスウス鋼で再建しとるんや。光武の攻撃だろうが、翔鯨丸の砲撃だろうが受け付けへんで」

「何!? それでは絶対に中に入れないのか!?」

「慌てなさんなって。雷門を開くための装置が内側にあるはずや」

 

その紅蘭の指示に索敵をかけると、確かに雷門内部にそれと思しき装置を発見することができた。数体の脇侍が護っているが、辿り着ければ制圧自体は問題なさそうだ。問題なのは…

 

「どうやって行けば…光武ではあの塀を飛び越せない!」

 

大神が苦悩するが、救いの女神はすぐ側にいた。

 

「それじゃ、アイリスの出番だね」

 

踊るように光武を操るアイリスが、見せつけるかのように瞬間移動を行う。

 

「そうか。よしアイリス、やってくれるかい?」

「うん、任せて♪」

 

ご機嫌になったアイリスは拒否するわけもなく了承したのだった。

 

「よし、作戦は決まった! 全機、アイリス機を援護しつつ敵魔操機兵を破壊していくんだ」

『了解!』

 

大神の指示で華撃団は瞬時にその態勢になる。脇侍たちの攻撃をかわし、受け、そしてこちらからも確実に攻撃を仕掛けながら行く手を阻む脇侍たちは倒していき、開閉装置へと進んでいった。

 

「…ったく、毎度のこととはいえ数が多いな」

 

カンナが毒づく。能力の特性上、インファイターなカンナは前衛で四方から群がってくる魔操機兵の相手をしなくてはいけないのだ。負担はやはり大きいのだろう。

 

「ぼやかんときや。そんなん言うてもしゃあないやろ?」

「そうだけどよ」

「あら? でしたら変わって差し上げましょうか?」

「へっ、冗談言うな。おめえじゃ無理だよ」

「ふん。ならもう少ししっかりしてほしいですわね」

「言われなくても、っと!」

 

斬りかかってきた脇侍にカンナが正拳突きをお見舞いし、その脇侍は吹っ飛んで大破した。

 

「まったく…」

 

その様子を聞いていたマリアが顔を顰める。

 

「仕方ないわね、あの三人は」

 

後方から牽制と攻撃を仕掛けながらボヤいた。いつものこととはいえ、中だるみしているように感じられなくもないのだ。

 

「あの三人っていうよりは、すみれさんとカンナさんでしょうけど…」

 

さくらも苦笑しながら感想を述べる。恒例行事ともいえるあの二人の掛け合いだが、余人にはあまり聞かせられないものでもあるのは間違いない。

 

「いいさ、ちゃんと任務は遂行してるんだ。少々のことは目を瞑るよ」

 

ある意味花組らしい空気感になってきたことにホッとしながら大神はアイリスに振り返る。アイリスは戦闘の間隙を縫うかのように着実に開閉装置に向かっていた。

何せ、霊力の高さにより移動はテレポート…瞬間移動なのだ。包囲や捕捉が困難なのは当然で、それは先ほど自分が身をもって経験していた。敵に回すと厄介だが、味方ならばこれほど心強いこともない。

 

(頼むぞ、アイリス)

 

開閉装置を操作してもらうため、大神はアイリスの盾として刀を振るっていた。だが、

 

「集まらなければ何も出来ぬ虫ケラどもめ」

 

羅刹がその華撃団の快進撃を見逃すはずはなかった。

 

「貴様らに倒された兄者の無念、この羅刹が晴らしてくれるわ! 黒之巣会の恐怖、とくと味わうがよい!」

 

憤懣やるかたないという表情で羅刹がギリギリと歯軋りをしていたが、直後にこんなことを大神に聞いてきた。

 

「さて、大神よ…冥土に送ってやる前にお前に一つ聞きたいことがある」

「何ッ!」

「今のお前にとって、一番大事な隊員は誰だ!」

「なッ!?」

 

羅刹からの予想外の質問に大神が固まり、それと連動するかのように花組の隊員たちの動きも一瞬止まる。が、すぐに復帰した。その表情は羅刹の今の質問に対する大神の答えなんて興味ないわと平静を装っていたが、その実、誰もがどんな返答を返すのかを耳を大きくしていたのだった。

 

(う…)

 

その辺りの微妙に変わった空気感を敏感に察知した大神が内心で冷や汗を掻く。

 

(何でそんなことを聞いてくるんだ、アイツは!)

 

羅刹への、声にならない怒りを押し殺しながら現状を打破するために頭を巡らせる。しかし、誰を上げても後が怖くなりそうなことは否めなかった。

 

(だったら)

 

肚を決める。どう転ぶかわからないが、決めあぐねる以上これしかない。

 

「一人なんて選べるか! みんな大事な隊員なんだ!」

 

そう、威勢よく啖呵を切った。それを聞いた他の面々は特に変わった反応はしない。それが逆に怖かったのだが。

 

「ほぅ…」

 

しかし、羅刹にそんな大神の心中がわかるはずもなく、また推し量るわけもないのでニヤリと笑う。

 

「ならば誰でもいいというわけか」

「何ッ!?」

「えっ!?」

 

大神が表情を厳しくしたのとさくらが戸惑いの声を上げたのはほぼ同時だった。何故さくらが戸惑いの声を上げたのか。それは視界が急に変わってしまったからだ。そして直後、

 

「きゃあっ!」

 

物凄い衝撃がさくらの光武を襲い、そのまま吹き飛ばされる。

 

「さくらくん!」

「う…」

 

通信から聞こえる大神の声にしっかりしないとと頭を軽く左右に振りながら機体を起こすと、なんと少し離れた場所に羅刹の機体である『銀角』の姿があったのだ。

 

「これって…」

 

まだ少し頭がクラクラするが状況を整理する。どうやったのかはわからないが、さくらは羅刹のすぐ側に召喚されたらしい。しかも雷門は未だ閉じているので、救援が来るまでは一人で持ち堪えるしかなかった。

 

「ふはははは、楽しませてもらうぞ!」

「くっ!」

 

現在の状況を理解したさくらが刀を構えた。

 

(どうやってこんなことをしたのかわからないけど、とにかく大神さんたちが来るまで持ち堪えないと!)

 

さくらはそう決心し、一人羅刹と相対した。その頃、

 

「さくらくん!」

「急ぎましょう、隊長!」

「わかってる。アイリス!」

「うん!」

 

一人さくらだけ羅刹の側に引きずり込まれたことを知った大神たちがペースを上げた。

 

「ったく、あの野郎ふざけた真似しやがって。どうせならアタイをターゲットにしろってんだ」

 

カンナが脇侍を破壊しながらそう毒づく。

 

「ええかもね。カンナはんやったらいい勝負になるんやない?」

「だろ? ボコボコに叩きのめしてやるってのによ」

「向こうだって選ぶ権利はあるってことじゃありません?」

「んだと? そりゃどういう意味だよ」

「あら、少し考えればすぐにわかるじゃありませんか」

「…お前、アタイに喧嘩売ってんのか?」

「だったら「いい加減にしなさい貴方たち!」」

 

話がどんどん脱線しそうになっていったところでマリアが釘を刺した。その怒号にすみれとカンナが言い争いを止める。とは言え、二人ともその表情は決して納得しているものではなかったが。

 

「全く…」

 

疲れたように溜め息をつくマリアを横目に、大神は“俺、やっぱりいらないんじゃないか?”と、再度そんなことを思いながら苦笑していた。そこに、

 

「お兄ちゃーん、着いたよ」

 

アイリスから開閉装置の前に到着したとの通信が入った。

 

「よし、頼むぞアイリス」

「うん」

「アイリス機を除く全機は雷門前に急行!」

『了解!』

「さくらくんも来れるか?」

「後ろは見せられないからすぐにとはいきませんけど、後退しながら雷門へ向かいます!」

 

羅刹とのサシの勝負を強いられているさくらがそう答えた。回答通り、今羅刹と対峙中なために後ろを見せることなどできない。そんな真似をしたら直後に背後に一撃をくらってしまうだろう。それが敗北=死である以上、今通信で回答したように相対しながらじりじりと後退して合流地点に向かう他は手段はなかった。

 

「よーし!」

 

目標地点についたアイリスが開閉装置を確認する。

 

「このスイッチをひねればいいんだね? いっくよー!」

 

アイリスがそう宣言するとスイッチをひねった。直後、閉じていた雷門が音もなく開く。

 

「よし、門が開いたぞ! 総員突撃!」

 

雷門が開いたことを確認し、大神は総員に突撃指令を出した。

 

「うぬう…」

 

逆に、合流を許す形となってしまったことに羅刹は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

「こうなれば我が奥義で、貴様らを血の海に沈めてくれる!」

 

銀角は不気味な駆動音を上げると華撃団に襲い掛かった。

 

「総員散開!」

 

大神の指示に従って華撃団の隊員たちは瞬時にその場から散る。直後、先ほどまで華撃団がいた位置の中心部に羅刹が襲い掛かっていた。空振ったということで華撃団自体の被害はなかったものの、地面が小型の隕石でも落ちたかのようなクレーター状になっていた。

 

「すごいパワーだ…」

 

そのパワーに圧倒され、大神が思わず生唾を飲み込んだ。

 

「前回の刹那の機体とは真逆だな。あっちはスピードを武器にするタイプだったからな」

「そうですね」

 

マリアもその大神の指摘に頷いた。

 

「どうしますか、大神さん?」

 

アイリスの霊力で回復したさくらが大神に善後策を諮る。

 

「あれだけのパワーと真正面からやりあうのは危険すぎる。マリア、紅蘭、すみれくんは中・長距離からの援護を。三人の援護で隙が出てところに、俺とさくらくんとカンナで畳みかけるぞ」

「はい!」

「よっしゃあ!」

 

前線を任されるさくらとカンナが気合を入れる。

 

「ただし決して深追いはするな。一撃を与えたら離脱を繰り返すぐらいの気持ちで当たってくれ。重ねて言うがあのパワーをまともに喰らったら、いくら光武でもただじゃすまない」

「わかりました!」

「任せてくれ!」

 

羅刹…銀角のパワーを目の当たりにしながらも怯む様子もないさくらとカンナの姿に頼もしく思いながら、大神は最後にアイリスへと通信を開いた。

 

「アイリスはみんなが怪我したら回復してやってくれるかい?」

「はーい」

「ありがとう。頼んだよ」

「うん! まっかせて!」

 

自信満々に返答するアイリスをこれまた頼もしく思いながら大神は総員に通信を開いた。

 

「よし、作戦開始!」

『了解!』

「貴様ら一人残らず、粉々にしてくれる!」

 

こうして華撃団と羅刹の戦いが始まったのだった。

 

 

 

「ほいっ!」

 

口火を切ったのは紅蘭。中距離から砲撃を仕掛ける。

 

「うぬぅ!」

 

大多数の直撃を受けて羅刹の表情が歪んだ。兄である刹那の蒼角とは真逆のコンセプトの機体とあって、装甲は厚いがその分回避能力は低い。

 

「そこぉ!」

 

紅蘭の攻撃で身じろいだところに重ねるかのようにマリアが砲撃を加えたが、有効打にはなりそうもなかった。そのことも、銀角のタフさを証明している。

 

「あちゃ~…」

「…刹那とはまた違う意味で厄介な相手ね」

 

自分たちの攻撃が有効打になりそうもない現状に紅蘭とマリアが歯噛みした。

 

「でしたら!」

 

紅蘭機とマリア機の脇を滑るようにすみれの機体がすり抜けていく。そして、片脚の膝を薙ぎつつそのまま通り抜けた。

 

「ぐ!」

 

バランスを崩して倒れようとする銀角を必死に羅刹が立て直す。その様子を悠々と見ながら、すみれは薙刀の柄の部分を地面に打ち鳴らした。

 

「いくら重装甲でも、関節の部分は弱い。人の身体と同じですわ」

 

ふふんと胸を張るすみれ。

 

「おのれ!」

 

羅刹がすみれに挑もうとするが、

 

「おっと!」

「そうはさせないわ!」

 

左右からカンナとさくらが立ちはだかり、拳打と斬撃を羅刹へと見舞った。

 

「ぐおおっ!」

 

さしものタフさを誇る銀角もこの同時攻撃は効いたようで、機体をよろめかせながら二・三歩下がる。

 

「へっ」

「ふぅ」

 

一息ついたカンナとさくらに、

 

「御苦労様」

 

すみれから通信が入った。

 

「露払いには少々華が足りませんけどね」

「へっ、言ってろサボテンが」

「何ですって?」

「テメェは棘でも生やしてる方がお似合いだよ」

「~っ! ちょっとカンナさん!?」

「ま、まあまあ」

 

いつものように始まったすみれとカンナの小競り合いに割って入ろうとするさくらだったが、直後にもの凄い衝撃を横っ腹に受けてすみれ・カンナと共に吹っ飛んだ。

 

「きゃあ!」

「くっ!」

「うわっ!」

 

何が起こったのかと三機が身体を起こすと、さっきまで自分たちのいたところに大きな岩の塊があった。そして、その視線の先には羅刹の姿が。その状況を見て今何が起きたのか、三人は理解した。

 

「岩を投げつけやがったのか」

「何て野蛮な…まるでカンナさんですわ」

「単純な攻撃ですけど、ダメージは大きいですね」

 

中破状態になって立ち上がった三機の許に、

 

「も~、何やってるの!?」

 

アイリスが駆け付けた。そしてまとめて回復させる。羅刹はというと紅蘭とマリアが牽制しつつ、大神が相対しているために追撃へと向かってくるだけの余裕はなかった。

 

「アイリス」

「助かりましたわ」

「ありがとう、アイリス」

「しっかりしてよね、三人とも。全く、本当に子供なんだから」

 

この時ばかりは三人とも『お前が言うな』との意見が一致したが、今はそれに構っている状況ではない。

 

「さて…それじゃあ行くか」

「ええ」

「先ほどのお礼もしないといけませんからね」

 

それぞれ拳・刀・薙刀を構えると、一斉に襲い掛かる。確かに羅刹の操る銀角は突出した機体性能を誇っていたが、非戦闘系の機体であるアイリス機を除いても六機ある華撃団には一人では対処できなかった。

 

「これで、終わりだ!」

 

激闘の末、遂に大神の一撃が銀角を貫く。

 

「おわあああああっ!」

 

羅刹は断末魔の叫びをあげ、そして銀角は眩いばかりの光に包まれて爆発四散した。羅刹は兄の仇をとることはできず、そして兄と同じ運命を辿ることになったのである。

 

「せ~の」

『勝利のポーズ、決めっ!』

 

そして今回の主役であるアイリスが音頭を取って、浅草での激闘が終了したのだった。

 

 

 

 

 

「ふむ…」

 

同時刻、浅草寺境内を確認できる少し離れた高台の場所に一人の男の姿があった。

 

「まだ何か一山あるかと思ったが、特に何もなく終わったか」

 

結構なことだと続けながらその男…ソーンバルケが腕を組んで花組を見ていた。大神とさくらが考えていた通り、アイリスの動きを止めるために暗躍したのはソーンバルケだった。その動きを止めるためにあのときアイリスの足元に衝撃波を放ち、その後も何かあればと思って自主的に備えていたのだがその後は幸か不幸か何事もなく、無事に帝国華撃団は今回の戦いを終えたのだった。

 

(この街を護る戦士たちか…)

 

先日の刹那との戦いで薄々は気付いていたのだが、今回の件でそれを確信したソーンバルケは帝劇の面々に思いを馳せる。隊長の大神以外は皆妙齢の女性というのはどうなのだろうと思っていたが、テリウスで何人もの女傑を見ているからかそこに嫌悪感のようなものは抱いていなかった。

 

(あるいはあいつらでなければならない理由がある…とかかな)

 

それが一番しっくりくるような気がした。そうでなければ他の面子はともかく、まだ子供のアイリスが死と背中合わせの戦場に立つ理由が見当たらないからだ。

 

(まあ、いい)

 

その辺りは聞けばいいだけのことだ。そう、お客さんにな。そう考えたソーンバルケがゆっくりと振り返ると、

 

「出てきたらどうだ?」

 

と、語り掛けた。直後、何処からともなくその場に複数の人影が現れた。

 

「気付いていたのか…」

 

唖然としつつも驚きはせずに、代表してその人影からの中から中央に進み出てきた男が口を開く。

 

「お前は…」

 

その男の姿を見て、ソーンバルケはフッと軽く息を吐いた。

 

「先日の築地ではご苦労だったな」

(! やはり、気付いて…!)

 

ソーンバルケのその告白に男…加山が息を呑む。とは言え、それを表面に出すことはしない。流石は腐っても月組の隊長といったところであろうか。

 

「答えないか…まあいい」

 

口を噤み黙ってしまった加山に少しだけ呆れると、

 

「それで?」

 

と、加山以下の彼ら彼女らに問いかけた。

 

「…わかっているとは思うが、司令がお呼びだ」

「そうか…ようやくタネを明かす気になったか?」

「御同行願おう」

「ああ、喜んで」

 

ソーンバルケの質問に加山は答えなかったがソーンバルケ自身も気にする様子はなく、身を翻して歩き出した加山の後を追った。その周囲を月組の隊員たちが固める。

華撃団の知らないところで起こったもう一つの戦いは、こうしてあっけなく幕を閉じたのだった。


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