サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。幕間回を一度挟んで本筋に戻ります。いよいよ先生が(一応)花組に正式加入しました。今後どのようになるかはこれからご期待いただければと思います。

さて、今回から第五話に入ります。あの二人の主役回ですね。お話し的にも先生が絡めやすい展開のお話です。果たして先生はあの二人の仲を取り持てるのでしょうか?

では、どうぞ。


NO.16 呉越同舟

八月某日、黒之巣会本部。

 

「刹那に続いて羅刹までも敗れおった…」

 

黒之巣会の首領、天海が憎々しげな表情になってそう吐き捨てる。

 

「死天王も残るは二人…ふがいなきことよ」

「も、申し訳ございません」

「……」

 

残った死天王の片割れである紅のミロクが恐怖におののきながら許しを請う。が、もう一方の黒き叉丹は不敵な笑みを浮かべるだけで何も答えようとはしなかった。

 

「だが、我、目的はただ一つ!「六破星降魔陣」の成就! 犠牲など恐れてはならぬ!」

「はい」

「天よ裂けよ、地よ砕けよ! 幾万の涙の大河、幾億の血の海が我らが力となるであろう! 行け、ミロク! 叉丹!」

「はっ!」

「……」

 

天海の命令にミロクは答えるものの叉丹は先ほどと変わらず沈黙を貫く。そして、二人は闇へと消えていった。それから二十四時間後、帝都の某所。

 

「くう…やはり、打ち込むことはできぬか…」

 

これまで帝都各所に打ち込んできた楔を目の前にしてミロクが歯噛みをした。今度の目的地はこの場所なのだが、ある原因によってそれを打ち込むことはできないようだった。その原因へと、ミロクは忌々しそうな視線を向ける。

 

「たかが廃屋と思うたが、この霊力侮れぬ…」

 

視線を向けた先にあるもの…そこには今ミロク自身が言ったように、黒之巣会自体を排除するかのように鎮座している廃屋が建っていた。

 

「…やむを得ぬな。まずはこの地を…あの廃屋を封ずることが先決じゃ」

 

そう呟き、ミロクは攻め方を変えることにしたのだった。そこから三十六時間後、帝劇にて。舞台では今回の公演である、『西遊記』が行われていた。

 

「やいやいやいやいやい! 古今東西の、あ、妖怪変化どもぉ! この三蔵法師の一番弟子、孫悟空様に刃向かうたぁ、いい度胸だぁ。まとめて極楽浄土に送ってやるから、あ、感謝しろぃ!」

「ハッ! 身の程知らずの石猿め! この美と愛の化身、妖鬼夫人が直々に地獄に送って差し上げてよ! オホホのホー!」

 

舞台上の掛け合いで観客は大盛り上がりである。見得を切った大仰なセリフ回しだが、それもまたアクセントの一つとなって好評を博していた。

 

「すみれはん、毎度ながらハマっとるわ」

 

袖から舞台を眺めていた紅蘭がうんうんと頷く。

 

「確かにな」

 

その感想を聞き、ソーンバルケも賛同した。紆余曲折の末正式に花組に加入したとあって、ソーンバルケも見学していたのだ。もちろん実際に舞台に立つことはなく、今まで通りメインの仕事は裏方やサポートなのではあるが。

 

「カンナの孫悟空といい、すみれくんの妖鬼夫人といい、イメージにぴったりだな」

 

これ以上ない配役に、大神も満足げに頷く。

 

「でも、すみれは後で絶対『なんでわたくしが悪役ですの!?』って言うんだろーね」

「ふふ、きっとそうね」

「ああ。想像に難くないな」

 

簡単に想像できるその姿に、アイリス、さくら、ソーンバルケが互いにクスクスと笑う。と、舞台ではその間も演目は進んでいた。

 

「かくごしやがれ! この、この、ヘ、ヘビオンナ!」

「なんの! この、大バカ猿!」

 

クライマックスと言ってもいい大立ち回りのシーンが始まった。が、

 

「あっ!?」

 

勢い余ってしまったのか、カンナがすみれの衣装の端を踏んでしまった。となると当然、

 

「ひえ~~~~っ…ドタッ…」

 

すみれがすっ転ぶことになり、その場に勢いよく倒れ込んだ。ご丁寧に自分で擬音まで表現する有様である。

 

(余裕のある真似を…)

 

ソーンバルケはすみれの言動に呆れたがそれよりも、

 

「あ! やってもうたわ…」

「ヤバ…」

 

紅蘭とアイリスが危惧したときには、

 

「何なさるんですのっ!? ちゃんとお芝居してくださらないこと!?」

 

壇上で小競り合いが始まってしまったのだった。

 

「なんだと!? そっちこそちゃんとやれよ! このくされババァ!」

「何ですって! このバカザル! マヌケ! 勝負ですわ!」

「おーおー、上等だ! かかってこい!」

 

ある意味予定調和の展開に観客は大盛り上がり。しかし、劇としては当然これ以上続けるわけにもいかず、緞帳が下りることになったのであった。

 

 

 

 

 

「やれやれ…舞台はめちゃくちゃになってしまったね」

 

楽屋。大神が疲労感に包まれながらそう呟いた。あの後、関係者一同楽屋に場所を移して反省会的なものを行っていた。しかし…

 

「……」

「……」

 

すみれとカンナは無言で睨み合っている。二人の全身には無数のひっかき傷や青たん、痣などがあった。この状況を見ても、あの後激しくやりあったのは想像に難くない。

 

(…女は怖いな)

 

今更ながら、テリウスでも幾度となく感じたそのことを思い出し、ソーンバルケは首を竦めるのだった。

 

「あ、大神さん、ソーンさん」

 

そんな中、さくらが大神とソーンバルケに近寄ってくる。

 

「あの二人、ステージが終わってからずっとあの調子で…」

「一触即発といった感じだな」

「ええ。ですから、どうにかしてください!」

「どうにかって言われても…」

 

どうしろっていうのさ…というのが正直なところの大神の感想である。助けを求めるようにソーンバルケに視線を向けたが、

 

「……」

 

ソーンバルケも無言で肩を竦め、お手上げの意を示すしかなかった。

 

(そうだよなぁ…)

 

どうにもできないよなぁ…と思いながら、大神は二人に話しかける。が、

 

「なんですの、少尉? わたくし非常にイラついてますの!」

「うるせえぞ、隊長! 今、頭にきてんだ! 話しかけないでくれ!」

 

と、二人にけんもほろろに扱われてどうすることもできず、助けを求めるかのように再度ソーンバルケを見上げた。すると、

 

「放っておけ」

 

と、一言言ったのだった。そんなことをしている間に、

 

「怒ってる理由はどこぞのサル女ですけど!」

「なんだとぉ! このマネキン女ぁ!」

「なんですって~!」

「ったく、このザマス女のせいで赤っ恥かいちまったぜ!」

「それはわたくしのセリフですわ! この筋肉女!」

「なんだと、このイヤミ女!」

「だいたい、あなたの野生まるだしの演技がいけないんですわ! おかげで、わたくしのカンペキな演技がメチャクチャですわ!」

「ヘッ、笑わせるんじゃねーよ! おめえ、服をふまれてコケるの、これで何回目だ? よっぽど、顔面で着地するのがお気に入りのようだな!」

「キーッ! なんですってぇ!?」

「おもしれえ! さっきの続きをやるか!?」

 

一度消化しかけたのに、またぶり返してきたのか二人がヒートアップしていく。

 

「あ~あ、いつまでやってるのかなぁ?」

 

さすがにアイリスでさえも呆れ始めていた。

 

「二人とも、もうやめときゃええのに」

 

紅蘭も呆れ顔だ。そんな中、

 

「大神さん、ソーンさん、何とかしてもらえませんか?」

 

さくらだけが事態を招集しようと頑張っていた。そんなこと言われても…と、再びどうしようか大神が逡巡していたときだった。

 

「よし、この際だ。好きなだけやりあえ」

 

ソーンバルケのそんな声が聞こえ、大神がビックリして顔を上げたのだった。

 

「そ、ソーンさん、なんてこと言うんですか!?」

 

当然ながらさくらはソーンバルケを非難するが、

 

「収まらないなら気の済むまでやらせた方が早く終わる。第一、中途半端で止めてもあいつらは納得しないし消化不良だろう」

 

と、ソーンバルケは意にも介しなかった。と、そのソーンバルケの意見に賛同する賛同者が現れた。

 

「いや、うちもソーンはんと同意見や。機械かてときにはガス抜きが必要やろ。すみれはんもカンナはんも、たまにはガンガンやりあったらええねん」

 

紅蘭がうんうんと頷いた。

 

「紅蘭まで…」

「…確かに、そう言われればそうかもしれないな」

「お、大神さんも…」

「アイリスも、この前街でガス抜きしたよ~!」

「あれは破壊活動って言うのよ! アイリス、もう二度と街を壊しちゃダメなんだからね!」

「はあ~い」

 

便乗したアイリスだったが以前のことを非難されてシュンとなってしまった。と、ソーンバルケが大神をクイックイッと手招きする。

 

「? 何だい?」

 

大神が顔を近づけると、

 

(ああは言ったが、万一の時は割って入るぞ)

 

と、声を潜めて指示を出した。

 

(私がカンナを抑えるから、お前はすみれを頼む)

(成る程…わかったよ)

 

万一の時に備えた二人の打ち合わせは終了したが、その万一の時は訪れなかった。マリアが登場したからである。

 

「みんな、やめなさい! こんなところで大騒ぎして、どうするつもり!?」

「あ…マリアさん」

「すみれもカンナもいい加減にしなさい! いつまでケンカしてるの!」

 

貫禄…とでもいうべきなのだろうか。一色即発のムードは変わっていないが、それでもマリアの一喝で取っ組み合いそうになった二人がお互いの手を離すと、フン! とばかりにそっぽを向いた。

 

「全く…」

 

予断は許さないが、それでもどうにか騒ぎが収まったことでマリアがふうっと疲れたように一つ溜め息をついた。そして、大神に視線を向ける。

 

「隊長からも、何か言ってやってください」

「あ…そ…その…みんな、ケンカはやめよう」

 

促されたものの特に気の利いたことが言えるわけもなく、そう窘めるしかなかった。しかし、無難かつ威厳のないその回答に他の面々は納得するわけもなく。

 

「何やそれ!? そんなん、アイリスかて言えるわ!」

「アイリス、ケンカはきらいだよ!」

「ほれみい、言えるやろ」

 

紅蘭の容赦のないツッコミと、胸を張るアイリスの姿に大神はショボーンと肩を落とすしかなかった。そんな大神を責めるわけにもいかず、今度は矛先をソーンバルケへと向ける。

 

「…あなたも、見てたのなら止めてくれてもいいじゃない」

「すまないな。私はむしろ、気が済むまでやらせるつもりだったからな。止める気は全くなかった」

「全くもう…」

 

肩を落とす大神と悪びれる様子のないソーンバルケに再び溜め息をつく。

 

「とにかく、みんなも何度言わせるの。もう、やめなさい」

「マリア…」

「そ、それよりマリアさん、何かあたしたちに用があったんじゃありませんか?」

 

自分が責められているかのように肩を落とす大神を見かねたのだろうか、さくらが口を挟んできた。

 

「ああ、そうそう。みんな、米田長官がお呼びよ」

「米田長官が?」

 

突然の呼び出しに驚きつつも、その一言に隊長の顔に戻って大神の表情が引き締まった。『支配人』の敬称ではなく、『長官』ということはつまりそういうことなのだろう。

 

「何やろ、突然?」

「さあ…私も詳しくは聞いていないの。ともかく、みんな地下作戦室に集合よ」

「はいっ!」

 

さくらが返事を返すのとほぼ同時にカンナとすみれが動き出した。

 

「あたいは部屋で着替えてからいくよ」

「わたくしもですわ…でも、あなたにはそのボロ服のほうがお似合いなんじゃなくって?」

「何だとぉ~!?」

 

また収拾がつかなくなりそうな雲行きになったため再度注意しようとするマリアだったが、今回は先んじる者がいた。

 

「痛っ!」

 

不意にすみれの顔に何かが当たり、怯んだのである。そしてその何かは、すみれの側の床に落ちたのだろう、乾いた音を立てた。

 

「もう…何ですの?」

 

忌々し気にそれが何かと見てみると、そこには一銭硬貨が落ちていた。そして、

 

「一言多い」

 

脇からそう聞こえてきた。その声の主は言わずもがな、ソーンバルケである。

 

「…フン!」

 

すみれが面白くなさそうにそっぽを向くが、ソーンバルケの行動が抑止力となったのかそれ以上憎まれ口をたたくことはしなかった。

 

「…さ、解散よ」

 

マリアがパンパンと手を叩いた。それを合図にするかのように、三々五々、花組は楽屋を後にした。ソーンバルケもそれに倣って楽屋を後にしようとしたところで、

 

「ソーン」

 

不意に、大神に声をかけられた。

 

「ん? どうした、大神」

「その…助かったよ」

「ん?」

 

今一つ発言の意味が分からずに、ソーンバルケが立ち止まる。

 

「どういう意味だ?」

「いや…あのままだとまた収拾がつかなくなったかもしれないからね」

「そうだな」

 

呆れたような疲れたような表情になると、ソーンバルケは頭をガシガシと掻く。

 

「プライドが高いのは重々承知しているが、あの鼻っ柱の強さはどうにかならないものか…」

「まあ…そうだね」

 

気持ちはよくわかるが、かと言ってどうすることもできるわけもなく、大神は疲れたように溜め息をつくことしかできなかった。が、

 

(だがまあ…)

(けどなぁ…)

((あれでこそ、すみれ(くん)だしなぁ…)

 

男二人、奇しくも同じことを考えていたのはまた別の話である。と、直後にソーンバルケが大神の肩にポンと手を置いた。

 

「?」

 

何だろうと思って大神がソーンバルケを見上げる。と、

 

「しっかり頼むぞ、隊長殿」

 

それだけ言い残してソーンバルケもまた楽屋を去っていった。その後ろ姿を見ながら、みんな好き勝手言ってくれるよなぁと再び溜め息をついた大神だった。

 

 

 

「さて…」

 

一人楽屋に取り残される形になった大神。このまま真っ直ぐ作戦室まで行ってもいいのだが…。

 

(…様子を見てくるか)

 

そう考える。誰の様子を見に行くかというと勿論、先ほどまでこの楽屋でも派手なケンカを繰り広げていたすみれとカンナである。できることなら見て見ぬふりをしたいところではあるのだが、そうもいかないのが隊長の辛いところだ。

 

「ふぅ…」

 

心が折れそうになるが、こんなことで挫けるわけにはいかない。両手でピシャリと自分の頬を叩くと、ゆっくりと二人の自室へと向かったのだった。

 

 

 

(さて、まずは…)

 

大神がドアをノックする。先に足を運んだのはカンナの部屋であった。

 

『誰だよ』

 

部屋の中からノックに応える声がする。だがそれはいつものカンナの快活な感じとは打って変わった、沈むような声色のものだった。

 

「あの…大神だけど…」

『隊長か…何か用か?』

 

大神に一応返答するものの、カンナの様子は変わるところがない。実にらしくなく、淡々と静かに受け答えしていた。

 

「いや…ちょっと寄っただけなんだけど」

『…どうぞ。開いてるぜ』

「じゃあ…」

 

その言葉に押されるようにドアを開けると、大神は中に入った。

 

「よお、隊長。作戦室に行かなくていいのかい?」

 

当然ながらカンナが出迎える。また、着替えるの言葉通りいつもの服装ではなかった。ただ、戦闘服に着替えているとは思わなかったが。

 

(…まあ、これから作戦室に行くんだから、当然と言えば当然か)

 

その恰好を見ながらも大神はカンナの様子に目を走らせた。やはりまだ少しいつもとは違う気がするが、それでも大分いつもの調子を取り戻しているように見える。切り替えが早いというか、引きずらないのは元来の性格も大きく影響しているのだろう。

 

「…あたいに何か用かい?」

 

そんな大神の心中を見透かした…というわけでもないのだろうが、中に入ってきても何も喋ろうとしない大神にカンナが尋ねた。

 

「いや…カンナのことが気になってね…」

 

部屋まで訪ねてきておいてまどろっこしいことを言うのも回りくどいので、カンナの質問に対して大神はストレートにそう答えた。

 

「え…あたいのことが?」

 

予想外の回答だったのか、大神の答えにカンナが少し驚いたような表情になった。

 

「ああ」

 

大神が頷く。

 

「あの舞台の後にケンカだろ? いい加減参っているだろうと思ってね」

「それでここへ?」

「ああ。カンナは大丈夫か?」

「ああ、大丈夫さ。…だけど、うれしいな。心配してくれたんだ」

 

破顔しつつも照れながらカンナが答えた。何せ普段が普段だけに、心配されるのに慣れてないのだろう。その様子に、どうやら大丈夫そうだなと内心で大神がホッとしていた。

 

「当たり前だろう? …それより、そろそろ時間だ。先に作戦室に行ってるよ」

「そうか。あたいもすぐ行くよ。じゃ、また後でな」

「ああ」

 

カンナの様子を確認した大神は、こうしてカンナの自室を後にしたのだった。そしてその足で、すみれの自室へと向かう。

 

(カンナはあれで良し…。あとはすみれくんか)

 

先ほどと同じようにコンコンとドアをノックすると、どなたですの? と、室内から返事が返ってきた。

 

(良かった、まだ作戦室に行く前だったか…)

 

まずはそれにホッとした大神だったが、肝心なのはこの後と気を引き締め直し、あの…大神だけど…と答えたのだった。

 

『…何かご用ですの?』

 

すみれがそう答える。時間を置いたからかその声色も、先ほどのカンナと同じく随分落ち着きが戻っているようにも聞こえた。

 

「いや…ちょっと寄っただけなんだけどね」

『…どうぞ、開いてますわ』

 

その返答に従い、大神はすみれの自室へと足を踏み入れる。少しだけ逡巡したようだったが、それでも大神の来訪を拒否することもなく、すみれは大神を自室に招き入れたのだった。

 

「少尉、作戦室に集合のはずでしょう? 行かなくてよろしいの?」

 

開口一番、そんなことを尋ねるすみれ。その表情や様子を窺う限り、先ほどのケンカを今もまだ引きずっているようには見えなかった。少なくとも大神が見た限りでは。

 

「…わたくしに何かご用ですの?」

 

先ほどのカンナと同じようなことを聞くすみれに少しおかしくなりながらも、

 

「いや…すみれくんのことが気になってね…」

 

と、先ほどカンナにかけたのとまったく同じ言葉を今度はすみれにかけたのだった。

 

「え? わたくしのこと?」

「うん」

 

大神が頷く。

 

「あの舞台の後にケンカだろ? いい加減参っているだろうと思って…」

「それで…ここへ?」

「ああ。すみれくんは大丈夫か?」

「もちろん! でもうれしいですわ、少尉が心配してくださるなんて」

 

さっきとほぼ同じようなやり取りだなと思わないでもないが、かと言って他に適当な会話などタイミング良く思い浮かぶわけもなく、大神はすみれとの会話を続ける。

 

「当たり前だろう? でもその様子じゃ、大丈夫みたいだね。…それじゃ、俺は先に作戦室に行ってるよ」

「わかりましたわ。わたくしもすぐに参ります」

「うん、じゃあ作戦室で」

「はい」

 

すみれの様子も大丈夫そうなことを確認し、大神はすみれの自室を辞した。

 

(カンナもすみれくんも大丈夫そうだな)

 

二人の様子からそう判断した大神はふうと一つ大きな溜め息をついた。どうなることかと思った大神だが、案ずるより産むが安しということだろうか。

 

「…それじゃ、そろそろ俺も作戦室へ向かうか」

 

肩の荷が下りホッとした大神は、先ほどまでと比べても明らかに足取り軽く作戦室を目指したのだった。

 

 

 

 

 

「大神、ただいま参りました!」

 

作戦室。足を踏み入れた大神はそのまま敬礼をする。そこにはもう既に全員が揃っていた。司令である米田、副司令であるあやめ。部下であり仲間でもある花組の面々。そして…

 

(ソーン…)

 

少し前から特例として新しく花組に加入した裏方・雑用としての相棒、ソーンバルケの姿も当然そこにあった。生憎まだ専用の席は用意されていないため、隅の方で立っているが。とは言え、それを気にした様子もない。

 

(まさか、こんなことになるなんてな…)

 

ソーンバルケが花組に正式に加入することになった当初は驚いたなんてものじゃなかった。加えて、その立場の特殊性にもっと驚いた。光武を使っての戦闘には参加できないが、それ以外のことに関しては花組とまったく同じ立場として扱うという。正直なところ、そんな無茶苦茶な…とは当然思ったが、米田としてはそうまでしても手放したくなかったということなのだろう。

 

(そうまでさせる実力ってことなんだな)

 

大神は実際にソーンバルケが剣を振るっているところは見たことがない。が、それを実際に目の当たりにしたさくら曰く、とんでもない腕前だそうだ。であれば、そうなのだろう。

 

(その辺りは、いずれわかることになるか…)

 

そのいずれが近いうちに来るのかそれともまだ先になるのかはわからないが、早めにお目にかかりたいものだと思いながら大神は自席に着いた。

 

「大神少尉、ごくろうさま」

 

米田の脇に立っているあやめが、着席した大神に声をかける。

 

「米田中将からお話があるわ。しっかりね、大神くん」

「はい」

 

頷くと、大神は米田が口を開くのを待った。

 

「全員、揃ったようだな」

 

周囲を見渡して全員がいるのを確認すると、米田が本題に入り始める。

 

「深川に、旧華族の屋敷がある。もっとも、今は住む人もなく荒れ果てた廃屋となっているが。どうやらその廃屋に、黒之巣会が関係しているらしい」

「深川の廃屋…ですか? なぜそんな場所に、黒之巣会が関係しているのでしょう?」

「わからん…」

 

大神が疑問に思うのも当然のことである。だが、米田はそれに対する答えを持たなかった。厳しい表情をしながら首を左右に振るのみである。

 

「ただ俺は、黒之巣会の行動目的に一つの仮説を立てた。それは…魔術だ」

「魔術…ですか?」

「そうだ」

 

マリアの疑問に米田が今度は首を縦に振って皇帝する。他の面々も須く疑問符の付きそうな表情をしている中、

 

(…ファイアーやサンダーやウインドに代表されるあれとは…また別物なのだろうな。どちらかと言えば、デインの王やキルヴァスの王が心ならずも結んでしまったあれらの盟約や、毛色はずいぶんと異なるがエルランのメダリオンの方が近いか)

 

一人ソーンバルケだけはテリウスの記憶からそんなズレたことを考えたが、すぐに振り払って他の団員たちと同じように米田の仮説に耳を傾けた。

 

「辻占いや陰陽のことですか? この太正の御世に…」

「魔術は時代遅れの考え方ではないのよ、大神くん」

(そうだな…)

 

奇しくもそれと同種のものを実際に何度も目の当たりにしたソーンバルケが口内でそう呟いた。

 

「科学を超えた超自然理論…それが魔術よ。歴史の裏に生きる太古の力…ひょっとしたら黒之巣会は帝都に魔術をかけようとしているのではないかしら? この帝都そのものに…ね」

「そんな…」

 

バカげている。そう思わないでもない大神だったが、それでも米田やあやめが真剣にそう言っているところをみると、とてもではないが一笑に付すことはできなかった。

 

「なぜ深川を調査するんですの?」

 

今度はすみれが質問をする。

 

「市民から通報があったの。先日の夜、廃屋の周辺で怪しい一味が目撃されたわ。一味の中には魔操機兵らしい姿も確認されているそうよ。黒之巣会である可能性が高いわ」

(…何というか、随分迂闊な連中だな)

 

あやめの説明を聞きながら、ソーンバルケはまたそんなことを思わざるを得なかった。市民ということは一般人ということだろう。そんな連中に見つかるとは組織としてどうなんだと思わざるを得ない。

 

(もしや、与しやすい相手なのでは…)

 

一瞬そう思ったソーンバルケだったが、敵の幹部である刹那や羅刹の戦闘力の高さを思い出し、与しやすいのかもしれないがそれでも油断は禁物かと気を引き締めたのだった。

 

「しかし、なぜ深川に?」

「うむ。実は、黒之巣会が今までに出現した地点は、すべて帝都の霊的地点に集中している。そして、その例にもれず深川もそうだ。深川は今でこそ工業地帯だが、昔は神社・仏閣の集中する有名な霊地だったのだ。俺らには取るに足らん場所でも、ヤツらにとって重要な何かが深川にはあるのだろう」

「帝都に魔術をかけるため、黒之巣会は帝都の霊地で何かをしている。そして今回ヤツらがその何かをしているのが深川というわけですか?」

「恐らくな」

 

さくらの疑問に米田が再度首肯した。

 

「成る程、では黒之巣会の目的とは一体何なんでしょう?」

「ヤツらの真の目的は…正直言ってわからん」

(それはそうだろうな)

 

ソーンバルケが内心で頷いた。簡単にそれがわかれば何も苦労はない。相手の行動原理はわかっても、それがどういう形で最終目的に繋がるのか、今の段階ではまだ皆目見当がつかない。

 

(…加山だったか。あの連中も探ってはいるのだろうが…)

 

それでもそう簡単に尻尾は掴ませてはくれんだろうなとソーンバルケは思っていた。例え迂闊な相手でも、いくら何でもそこまで迂闊ではないだろうと思っていたからである。

 

「ちょ、長官~!?」

「おいおい…」

 

しかし大神は少なからず期待していたのだろうか、米田の返答に大仰にガックリとしていた。カンナも呆れたような表情をしている。が、

 

「まあ待て大神。わからなくても推測することはできる」

 

落ち着けとばかりに米田が大神を宥めた。

 

「いいか、黒之巣会は幕藩体制の復活を目指し、帝都破壊をもくろむ組織だ。こうして帝都の特定の地点を攻撃するのも、何か深い意味があるのかもしれない」

「はい」

「だが、それを判断するには今の俺たちはあまりにも情報不足だ。これは敵の動きを探る絶好の機会なのだ」

「成る程…」

 

米田の説明を受けて大神が納得した。敵を知り、己を知らば百戦して危うからず。確かに華撃団は黒之巣会に対して情報不足であり、これは敵の情報を知るいい機会でもあった。

 

(うちにも諜報部隊があればなぁ…)

 

思わずそんなことを考える大神。実はもうその部隊はあり、そして実際に活動もしているのだが、それを知るのはまだずいぶんと先の話である。

 

「偵察は本来花組の任務ではないが、今回は黒之巣会の目的を掴むいい機会でもある」

「私たちが攻勢に転じるためにも敵の目的を掴んでおく必要があるわ」

「それで今回は調査っちゅうわけやな?」

「ええ」

 

紅蘭に対してあやめが頷いて答えた。

 

「光武は今回は使用できない。紅蘭が整備・調査を行うためだ。あくまで偵察、調査が目的だ。あまり無茶をするなよ」

(それは人員にもよるだろうがな)

 

花組の面々を見渡しながらソーンバルケがそう考えていた。無茶をしそうなメンツもいれば、しそうにないメンツもいる。まさしく人員次第だった。

 

「では長官、深川に出動するのは誰なんですか?」

 

マリアの問いにうむと頷き、米田が指名したのは、

 

「今回の偵察メンバーは大神、すみれ、カンナ、…そしてソーン。以上四名とする」

 

という、ハッキリ言って何でその組み合わせだ。というメンツだった。

 

「ええっ!?」

「あたいと…すみれだってぇ!?」

 

案の定、当人からは悲鳴に近い声が上がった。だが、この事態を招いた張本人である米田はどこ吹く風といった感じで飄々としていた。

 

(…ソーンはんは適任としても)

(すみれさんとカンナさんって…)

(長官はどういうつもりなのかしら…。何かしらの意図はあるのでしょうけど…)

 

指名されなかった、アイリスを除く三人の隊員としても先ほどのことを考えれば心配の種は尽きない。だが、司令官である米田が断を下した以上、それに抗するわけにもいかなかった。勿論、米田が自分たちを悪いようには扱わないという信頼あってのことだが。

 

「承知」

 

そんな三人を安堵させるかのような、ソーンバルケの短くとも力強い一言は心強かった。

 

「了解しました! 大神以下、神崎すみれ、桐島カンナ、そしてソーンバルケの四名は深川廃屋に向かいます!」

 

そして時を置かずして、大神が米田に敬礼を返したのである。

 

「うむ、いい返事だ。大神、頼んだぞ」

「はい!」

「うむ。では四名はさっそく出発してくれ」

「ハッ!」

 

敬礼をしたまま大神が返答する。

 

「気が乗りませんけど…承知いたしましたわ」

「……」

「カンナ!」

「…わかったよ。命令じゃしょうがない、一緒に行ってやるよ」

 

予想通り、先ほどの一件がまだ尾を引いているのだろう。大神とは対照的な返答がすみれとカンナの両名から返ってくる。

 

「あら? イヤイヤ行くなら断ってもよろしいのよ?」

「うるせぇ! おめえは黙ってろ!」

(しかし…このメンバーで大丈夫なのか?)

 

早くも不安を感じる大神。少し離れたところに立っている相棒が、最後の頼みだった。

 

 

 

「では隊長、気をつけて行ってきてください」

 

解散後、マリアが大神にそう声をかけた。

 

「ありがとう。留守中は頼むよ」

「わかりました。じゃあさくら、作戦室に残ってちょうだいね」

「はい、わかりました」

 

マリアの申し出にさくらが頷いた。そして二人は踵を返すと作戦室に戻っていった。

 

(何をするんだろう?)

 

そう不思議に思った大神に、

 

「お兄ちゃん、ソーン、お仕事がんばってねー! アイリスはお昼寝してるから」

「うちは格納庫で光武の整備や。大神はん、もしよかったらちょっと顔を出してくれへん? 光武の整備方針について、大神はんの意見を聞きたいんや。ほな、またな」

 

アイリスと紅蘭が続けざまにそう言い残してその場を去っていった。

 

(昼寝ってことならアイリスのところには寄れないけど、紅蘭のところには深川に向かう前に顔を出してみるか…)

 

光武の整備方針とあらば黙殺するわけにはいかないなと考え、大神は後ろを振り返る。

 

「さて、すみれくん、カンナ、ソーン、俺たちは一階玄関で待ち合わせよう」

 

そこには残りの面子である、深川への偵察に向かう今あげた三人の顔があった。

 

「了解。あ~あ、これで誰かさんがいなけりゃ最高なんだけどなあ」

「全く同感ですわ。少尉と二人っきり…は贅沢にしても、せめて三人なら楽しい出動になるでしょうに」

 

予想通り、ここでも火花を散らすすみれとカンナ。しかし、今回は任務が控えているからだろうか、お互いすぐに矛を引っ込めた。

 

「ふん。じゃあ隊長、あたいは先に行ってるぜ」

「わたくしも行きますわ。待たされるのは大嫌いですから、さっさと来てくださいな」

 

そしてお互いフン! とそっぽを向くと、すみれとカンナはそのまま競うようにその場を去ってしまったのだった。

 

(やれやれ…)

 

あの二人、本当に大丈夫なのかなと一抹の不安が拭えない大神。その大神の肩に、ポンとソーンバルケが手を置いた。

 

「ソーン…」

 

力ない笑顔を向ける大神。

 

「不安か?」

「そりゃあね…」

 

溜め息をつくと、大神は正直な感想を吐露したのだった。

 

「どうなるかはわからないけど、正直好転しそうな予感はないな」

「まあ、確かにな」

 

ソーンバルケも大神のその意見に頷く。だがその後、まあ、あまり気に病むな。とも付け加えた。

 

「え?」

「私も間に入る。それに、あまりに目に余るようだったら少し実力行使も考えているからな」

「はは…お手柔らかに頼むよ」

「それはあいつらに言うのだな」

 

全くだ、と大神が思っている側から、ソーンバルケもその場を後にしたのだった。

 

(頼みの綱はソーンだけか)

 

それでも、自分一人であの二人に対応するということを考えれば全然ましかとまた溜め息をついた直後だった。

 

「こぉら!」

 

背後からいきなり叱責されるような声をかけられて大神が驚いて振り返った。そこにいたのはあやめだった。

 

「あ、あやめさん…」

「何て顔してるの? 大神くん」

「あ…いや…実は…あやめさんも重々承知しているでしょうが、すみれくんとカンナの仲が不安で…あんな調子で、任務がうまくいくんでしょうか」

 

活を入れられたのが気恥ずかしく、それでも心配の種は尽きないため大神が今抱いている心配の種について相談した。

 

「そうね。…でも、隊員間のトラブルを解決してあげるのも隊長の務めじゃなくって?」

 

いつものようにあやめが大神を諭す。

 

「そ、それはそうですけど…あの二人を仲直りさせるなんて自分にできるんでしょうか?」

 

大神としても自身の役割はわかっているつもりだ。わかってはいるつもりなのだが、あれだけ相性が悪い二人の仲裁…仲立ちとなると気後れもしてしまう。あやめは大神の弱音をジッと聞いていたが、でもねと口を開くと、

 

「長官はあなたにそれを期待して、今回のメンバーを決めたんじゃないかしら?」

 

と、尋ねたのだった。

 

「あ…なるほど…そういうことだったんですか」

 

米田の真意を説明され、大神は納得する。まあ、いいように丸め込まれている気がしないでもないのだが、そこには気が付かないふりをしておくことにした。そんな小さなこと(?)を一々気にしていたら、とても花組の隊長は務まらないからだ。

とにもかくにも大神が少なからず前向きになったことがわかったあやめが大神に近づき、そしてその額に人差し指を当てる。

 

「あ…」

「しっかりしなさい、隊長さん」

 

クスクス笑いながらそれだけ言い残すと、あやめも早々にその場を後にしたのだった。

 

「…ありがとうございました」

 

あやめのいなくなった後、大神が去っていったあやめに深々と叩頭する。

 

「とは言うものの…やっぱり大変だよなぁ」

 

先ほどよりは前向きになったとは言え、やはり気が重いのは変わらず、大神は一息つくと、出発前にアイリスを除くみんなの顔を見てくるかと歩き出した。元々紅蘭には出来たら寄ってほしいとも言われていたし…。

…決してあの二人と合流するのが嫌だから先送りしているわけじゃないんだからなと自分に言い訳をしながら、大神は踵を返して歩き出した。

それから少し後、大帝国劇場の一階玄関前には三人の人影があった。すみれ、カンナ、そしてソーンバルケである。

 

「フン…」

「ケッ…」

 

当然ながら互いに目を合わせようとはしないすみれとカンナ。すみれは立ったままそっぽを向いて扇子を仰ぎ、カンナは座って頬杖を着きながら不貞腐れている。そして、

 

(やれやれ…)

 

そんな二人をチラチラと横目で見ながら、ソーンバルケはどうしようもないな…と呆れていた。諭してもいいのだが、こう意固地になってしまってはそれも逆効果になりかねない。

 

(暫くは放っておくか…)

 

状況を打開する目処が立つまではそれが一番の上策かと考えたソーンバルケは、大人しく大神を待つことにした。と、

 

「なあ、ソーン」

 

突然、座っていたカンナが話しかけてきた。

 

「ん? どうした?」

 

話しかけられるとは思ってなかったのでちょっと驚きながらもソーンバルケが答える。と、

 

「ちょっと聞きたいことがあってよ」

 

と、口を開いた。

 

「ん?」

 

ソーンバルケがその一言に眉を顰めながら小首を傾げた。

 

「どうした?」

「ああ、あのさ。前に食堂で言ったこと、覚えててくれるか?」

「ん?」

 

何のことかと一瞬戸惑ったソーンバルケだったが、すぐに思い出してああ…と呟いた。

 

「勝負してくれというやつか?」

「お! 覚えててくれたのか!?」

 

カンナの表情がパアッと明るくなった。

 

「ああ」

「そっかそっか。ならいいや。近いうちに頼むぜ」

「そうだな…」

 

こちらとしては問題はないが他の仕事との兼ね合いもあるし、いつになるかなとソーンバルケが考えていると、

 

「…全く、野蛮ですこと」

 

これ見よがしか、当てつけのようにすみれがそのことをバカにした。

 

「何だとぉ!?」

 

当然、カンナが黙っているわけもない。今の状況であれば尚更である。立ち上がったカンナがツカツカとすみれに詰め寄ったが、すみれもさるもの、慌てる様子もなくフンと鼻を鳴らして扇子で口元を隠した。

 

「口を開けばメシだの勝負だの…仮にも帝劇の一員なのですからもう少し考えてくださらないこと?」

「うるせえぞサボテン! 顔面着地が最近の見せ場のお前に言われたくねえ!」

「~ッ! それはあなたが私の衣装の裾を踏むからでしょうが!」

「おめえの動きがノロクサしてるからだろうが!」

「あなたのような山猿とは違うんですのよ!」

「何を!?」

「何ですの!?」

 

先ほどまでの因縁再燃といったところで、グギギと睨み合う二人。

 

(良くも飽きないものだ…)

 

その様子を呆れながら見ていたソーンバルケだったが、この後には調査任務がある。いつもならまだしも、流石にこの段階までこの状況にしておくわけにはいかなかった。

 

(喧嘩するほど仲がいい…とは言うが)

 

それも時と場合による。ソーンバルケはヴァーグ・カティを抜くと、目にもとまらぬ速さで二人の顔の間を貫いた。

 

「い!」

「う!」

 

突然巻き起こった風圧。そしてその直後、目の前に現れた輝く剣の本身にすみれとカンナはお互い言葉を失う。そして、ほぼ同じタイミングでギギギとぎこちない擬音が流れそうな挙動で二人が振り返った。

 

「いい加減にしておけ」

 

そこにいるソーンバルケは呆れつつも、今まで見せたことのないような鋭い視線を向けている。その雰囲気、佇まいにすみれとカンナは思わず冷や汗をかき、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 

(いつの間に…)

(全然、気づかなかった…)

 

ここまでの接近を許したことも、そして剣を抜く挙動さえ感じなかったことにすみれとカンナは驚きを禁じ得ない。

 

「全く…」

 

二人が大人しくなったのを確認し、ソーンバルケはヴァーグ・カティを鞘に納める。

 

「お前たちが仲が良いのはもう十分わかったが、じゃれ合うのも程々にしろ」

「はぁ!?」

「仲が良い、だってぇ!?」

 

二人してソーンバルケの発言内容に素っ頓狂な声を上げると、

 

「それ、今もそうだろう」

 

と、ニヤリと笑って二人を見た。

 

「同じタイミングで驚くとは、本当に仲が良いな、お前たち」

「な、何を仰ってるんですの!? 目が腐ってるんですの!?」

「こいつとあたいが仲良いわけねえだろ!? 変なもんでも食ったのか!?」

「まあ、そうガミガミ言うな。年頃なんだから仲良しさんが恥ずかしいのもわかるが、おかしなことではない」

「だから!」

「そうじゃねえってのに!」

 

すみれとカンナは一向に話が通じないソーンバルケに困惑しきりである。もっとも、実際はソーンバルケも重々承知の上でわざとこんな振る舞いをしているのだが。

 

(乗ってきたな)

 

ここまでは狙いが当たっていることに満足しながら、ソーンバルケは引き続き惚けた。

 

「とにかく、程々にしておけ。私にとっては犬や猫のような小動物がじゃれついているようにしか感じないが、周りはそうは思っていないようだからな。それに…お前たちも大神の余計な心労を増やしたくはあるまい?」

「それはまあ…」

「そうだけどさぁ…」

 

毒気を抜かれたように語気が弱まった二人が、バツの悪そうな表情をする。

 

「わかったなら、大人しく待っておけ」

「…わかりましたわ」

「…わかったよ」

 

二人が同じ返答を返すと、カンナは戻ってさっきまで自分が座っていたところに着座した。それを確認後、ソーンバルケも先ほどまで自分のいたところに戻る。

 

 

 

(全く…)

 

扇子で顔を隠しながら、すみれは不満げな様子で気取られないようにある方向を見た。そこにいるのはカンナ…ではなく、ソーンバルケである。

 

(このわたくしに刃を突き付けるなんて…)

 

不満は残る。当然だ。そもそもソーンバルケが帝撃に正式加入したことですら、まだ納得はしきれていないのだ。

 

(マリアさん以外の、他のお気楽な人たちはそうじゃないんでしょうけど)

 

以前、ソーンバルケのことで少し話し合ったマリア以外は、ソーンバルケに対しての警戒はもうほぼない。無論、正式加入したということは司令や副司令がしっかりと判断した上でのことだから大丈夫だとは思うが、未だ経歴不祥なのは事実なのだ。疑おうと思えばいくらでも疑えるのである。が、

 

(なんだか、それをするのもバカバカしい気もしますし…)

 

経歴が不詳ならばまずは人柄と思っていたが、短い間とはいえ顔を突き合わせた感想としては、とてもではあるが裏表のありそうな人物には見えない。よっぽど上手く成り済ましている可能性もないわけではないが、現時点ではまだその辺りの見極めはつかなかった。ただ、すみれにはどうしてもいつもの姿が地であるように感じられたのである。

 

(…ま、どちらにしても、このわたくしに刃を突き付けた無礼の詫びは、いずれしてもらいましょうか)

 

そんなことを考えながら、大神の到着を待った。一方で、

 

(全然、わからなかった…)

 

着座したカンナが手で口元を隠しながらソーンバルケに視線を向ける。その脳内では、先ほどの光景がリフレインしていた。

 

(このあたいが、気配にも気づかず、剣筋も見えなかったなんて…)

 

そのことを思い出し、ぞくっと震えた。が、同時に沸々と血が滾るのも感じていた。戦士としての性なのだろう。

 

(面白え!)

 

隠している口元ではニヤつきが止まらず、血の滾りと同時にワクワクも収まらなかった。こんな気分になるのはいつ振りだろう。

 

(隊長との組手も、まあ悪くはなかったんだけど…)

 

あれはこちらの手の内を明かしてからの組手だから、組手というよりはどちらかと言えば演武に近い。それでも相手になっただけ十分大神の実力の高さは窺えるのだが、やはり格闘家…戦士としては何の制約もなく存分に戦ってみたいと思うのは仕方のないことだった。

 

(さっきはあのマネキンのせいでうやむやになっちまったけど、近いうちに絶対手合わせしねえとな!)

 

チラッと、カンナがソーンバルケに視線を向ける。その目は楽しいことを見つけた子供のように、爛々と輝いていた。

 

 

 

(やれやれ…)

 

毛色の違う二種類の視線を感じながら、ソーンバルケは静かに大神の到着を待つ。それから少し後、ようやく大神が現れて四人は一路深川へと向かったのだった。

もうストーリーは決まっていてアンケートの結果は本文に影響しないのですが、よろしければご協力ください。深川の廃屋で先生が同行するのは

  • すみれがいい
  • カンナがいい
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