サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
前話の前書きでも書きましたが、この作品も中々のとんでもクロスなので、長い目且つ生温かい目で見てください。
さて今回はソーンバルケがさくらを助けてからのその後になります。どういう感じになっているかは本文を読んでご確認ください。
では、どうぞ。
(さて…)
大帝国劇場内、食堂。今は人っ子一人いないこの場所に、椅子に腰を下ろしている一人の人物がいた。
出された湯呑みを手に取ると、そこに入った日本茶を軽く嗜む。
(味わったことのない味だな…)
最初はその味に少々戸惑ったものの、決して悪くはないのでゆっくりとそれを嗜みながら静かに湯呑みをテーブルに置いた。
(しかし、妙なことになったものだ)
成り行きとはいえこうしていることに、その人物…ソーンバルケは内心で苦笑したのだった。
「立てるか?」
ソーンバルケが甲冑を斬り捨てた直後、さくらのところまで戻ってくるとそう言って手を差し出した。
「あ、は、はい…」
素直にコクリと頷くとさくらがソーンバルケの手を取る。そしてそのまま立ち上がった。が、
「ッ!」
足首から走る痛みに顔を顰め、すぐにまたへたり込んでしまった。
「ふむ…」
その様子を見たソーンバルケが腕を組む。
「無理をすれば立てるかもしれないが、その様子では無理はしない方がよさそうだな」
「はい…」
さくらが大人しく頷いたのを確認した後、ソーンバルケは少しその場から離れた。そして戻ってきたときには、その手にさくらの荷物を持っていた。
「これは、お前のだろう?」
「はい。すみません、何だか」
「気にするな。大したことじゃない。それよりこれからどうするんだ?」
「え?」
「いや、この手荷物を見れば何処かへ向かう途中なのは容易に想像できるが、その様子では動くこともままならないだろう。お前の目的地が何処かは知らないが、そこまで辿り着けるのか?」
「あ! そうだった!」
ソーンバルケの戦いぶりに思わずポーっと見とれていたさくらだったが、そう指摘されて慌てて己の目的と、向かうべきところを思い出す。急いでもう一度立ち上がろうとしたが、
「痛ッ!」
又も激痛に悩まされ、顔を歪めた。
「ふむ…」
そんなさくらの様子を目の当たりにしたソーンバルケがまた腕を組んだ。
「その様子では、まだ立ち上がることはできても、歩くことはやはり無理のようだな」
「でも、行かないと!」
さくらが表情を真剣なもの…ともすれば焦りのようなものすら感じさせながらそう訴えた。
(ふむ、どうやら事情があるようだな)
さくらのその姿から敏感にそれを感じ取ったソーンバルケが口を開いた。
「目的地の地図か何かはあるのか?」
「え?」
「どうなんだ?」
「あ、あります、けど…」
さくらがソーンバルケの意思を測りかね、戸惑いながらも頷いた。
「そうか。では、そこまで付き添ってやろう」
「え!?」
まさかのソーンバルケの申し出に、さくらが目を丸くして驚いていた。
「? そう驚くこともないだろう?」
対してソーンバルケは小首を傾げながら不思議そうな顔をしていた。
「その様子では動くこともままならないのは誰にでもわかる。だったら手を貸すのが普通と思うが?」
「で、でも、何か用事があるんじゃ?」
申し訳なさそうにさくらがソーンバルケに尋ねた。それを聞いたソーンバルケが苦笑しながら後頭部をポリポリと掻く。
「生憎、そんなものはなくてな」
「そうなんですか?」
「ああ。それに、これも何かの縁だし乗り掛かった船だ。とりあえず一段落つくまではお前に付き合うさ」
「でも…」
「第一、その足でどうやって目的地へ向かうつもりだ?」
「あう…」
痛いところを突かれ、さくらが口を噤んでしまった。
「まあ、そういうことだ」
苦笑はそのままに、ソーンバルケはさくらのすぐ側までやってきた。そしてさくらに背を向けると、そのまま腰を下ろす。
「え?」
その行動の意味がわからず、さくらは固まって頻りに視線を忙しなく動かしていた。と、
「どうした? 早く乗れ」
何時まで経っても背に重みがかからないことを不思議に思ったのだろう、ソーンバルケが軽く後ろを振り返るとさくらにそう促した。
「えっ!?」
さくらにとっては予想外のソーンバルケの申し出に、ギョッとして表情を固まらせてしまう。
「何だ、その反応は?」
ソーンバルケとしても、予想外のさくらの反応に怪訝な表情になっていた。
「安心しろ、服はちゃんと洗っているし、風呂にもしっかり入っている。妙に臭うようなことはないはずだ」
「そ、そういうことじゃなくって!」
さくらが真っ赤になって反論した。
「では何だ?」
ソーンバルケが怪訝な表情のまま尋ねる。
「だ、だって、殿方の背に乗るなんて、その…」
真っ赤なままチラチラとソーンバルケの顔と背中に交互に視線を向けながら、尻すぼみになってさくらがそう反論した。
「何だ、そんなことか」
対してソーンバルケは呆れ交じりの口調でそう呟いた。
「仕方ないだろう? 肩を貸してもいいが、その様子では移動に時間がかかる。なら、こうするのが一番いいと思っただけだ。それとも、抱きかかえられて運ばれる方がお望みか?」
「えっ!?」
「それなら、そうするが」
「い、いえ、結構です!」
さくらが慌てて首をブンブン振って拒否する。抱きかかえられて運ばれるなんて真似をされた日には、恥ずかしさで顔から火が出てしまいそうだからだ。現に今、それを想像するだけで顔が真っ赤になってしまうのを感じていた。
(やだ、私ったら…)
その光景を想像したことで、さくらの赤い顔が更に真っ赤になった。対して、ソーンバルケは特別に反応も見せずに再びさくらに背を向ける。
「わかっただろう? ということで、さっさと乗れ」
「あ…う…」
「早くしろ。何処にどんな用事があるのかは知らないが、こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎているのだぞ」
「は、はい」
正直、未だに戸惑いはあるものの、確かにこうしている間にも時間は無情に過ぎていく。こんなところであまり時間を浪費するわけにもいかなかった。
「そ、それじゃあ、失礼しますね」
「ああ」
小刻みに震えながらさくらはソーンバルケの背に身を預けた。その大きな、そして暖かい背中に、不意にさくらは父である一馬のことを思い出していた。
(お父様…)
目を閉じ、その温もりに少しだけ浸るさくら。ソーンバルケはさくらがそんなことを考えているなどとはもちろんわかるわけもなく、そのまま力強く立ち上がった。そして、さくらの荷物を手に持つ。
「その剣はどうする?」
振り返り、ソーンバルケがさくらに尋ねた。
「いえ、これは私が」
「そうか」
それ以上は何も言わず、さくらを背に乗せたままソーンバルケが歩き出した。
「では行くか。道案内は頼むぞ」
「はい」
こうして、奇妙な二人…真宮寺さくらとソーンバルケは二人の出逢いの場所である公園…上野公園を後にしたのだった。
「……」
目の前のテーブルに手を置き、暇を持て余すようにトントンとソーンバルケが指でテーブルを叩いた。
成り行きでさくらを助け、怪我したさくらをそのまま放置してはおけず、乗り掛かった船だとソーンバルケがさくらの道案内に従って着いたのがこの劇場だった。
大帝国劇場というこの劇場に着いたさくらは礼を言ってソーンバルケの背から降りると、ソーンバルケに肩を貸してもらいながら劇場の中に入った。その入り口に偶然いた少女に事情を説明すると、傷の手当てをするために劇場の中へと通される。
役目を終えたソーンバルケはこれにて失礼しようとしたが、強烈にさくらに引き留められたのである。助けてもらったのにお礼もしないで帰すわけにはいかないと、待っていてくれと言われたのだ。その勢いに、正直少しひいたソーンバルケだったが、宛てなどあるわけもないのでまあいいかとその申し出を受けることにした。そしてこの食堂に通され、振舞われたお茶を飲みながらその時を待っているのである。
(ずいぶん時間がかかるな…)
さくらの姿が見えなくなってからもう結構な時間が経つ。行く宛ても知り合いもいない以上、時間だけはたっぷりとあるからいくら待たされても気にはしないが、それでも先が見えないのは少し勘弁してほしかった。と、
(ん?)
不意に人の気配を感じ、ソーンバルケがその方向に視線を向ける。そこには、いつの間にその場にいたのか金髪のかわいらしい少女の姿があった。
(子供か)
ソーンバルケがそう思った直後、少女が面白くなさそうなムッとした表情になった。だが、何故そのような表情をするのかわからず、ソーンバルケが内心で小首を傾げる。と、その少女がトトトとソーンバルケに近づいてきた。
「何かな? お嬢ちゃん」
暇を持て余していたこともあり、ソーンバルケが少女に尋ねる。
「お兄ちゃん、だあれ?」
そんなソーンバルケに、少女が質問で返した。
「質問に質問で返すのはよくないな」
「そうなの?」
キョトンとした顔で少女が小首を傾げる。そんな姿もまた愛らしく、少女の魅力の賜物か胸に抱えた熊のぬいぐるみも同じように小首を傾げているようにも見えた。
(これはまた、かわいらしい少女だ)
あの自称美の守護者がいたら歓喜しそうな整った顔立ちだなと、思わずそんなことを思ってしまうほど、目の前の少女は可愛かった。このまま成長すれば、誰もが息を呑んだり振り返ったりするほどの美しさの持ち主へと成長するだろう。
「相手の名を知りたくば、まず自分から名乗るものだ」
「そうなの?」
「少なくとも、私はそう思っているが」
「ふーん…」
わかったようなわかっていないような表情で少女がそう呟いた。
「えっと、て…」
そこで、少女がピタッと止まってしまう。
「て?」
「う、ううん。何でもない! アイリス! アイリスっていうの!」
少女が慌てて首を左右に振ると、自分の名を名乗った。
「そうか」
少女の名を知り、ソーンバルケが頷いた。つい先ほど言葉に詰まったことに引っかかりを感じたが、この様子では突っ込んでも口は割らないだろうと判断し、そこへの言及はしないことにする。
「私の名はソーンバルケ」
そして、ソーンバルケはアイリスに名乗った。
「そーん…ばるけ?」
「ああ。長かったり言いにくかったら、ソーンでいい」
そう付け足す。実際、数は少ないながらも親しくなった戦友の一部からはソーンと呼ばれていたからそう呼ばれることに抵抗はなかった。もっとも、テリウスの歴史に名を残した偉大なる遠き祖先と同じ名になってしまうのは少々気が引けたが、だからと言ってバルケと呼ばれるのは是非にでも遠慮したいので仕方ない。
「うん。それじゃあ、ソーンって呼ぶね」
アイリスは満面の笑みを浮かべると、そのままソーンバルケに話しかけてくる。
「ねえねえ、ソーンは何でここにいるの?」
「ここに人を送ってきてな。何か礼がしたいから待っててくれと言われた」
「そうなんだ」
「ああ」
ソーンバルケが頷いた。と同時に、廊下を誰かがこちらに走ってくるのが目に入ってきた。
「それじゃあ、それまでは時間があるの?」
「まあ、そうなる」
「そうなんだ。それじゃあ、アイリスとお話ししよ?」
「ん?」
「いや?」
「いや、そんなことはないが。それは無理そうだぞ」
「? どうして?」
不思議そうな表情になって小首を傾げるアイリスに、ソーンバルケがチョンチョンとアイリスの後ろを指さした。
「???」
不思議に思って振り返ると、そこにはこちらに走ってくる、アイリスが良く見知った顔の人物がいた。
「いたいた、アイリス」
「かすみ」
小走りに駆け寄ってくるその人物の名前を呼び、アイリスが小首を傾げた。
「どうしたの?」
「マリアさんが探してたわ」
「マリアが?」
アイリスにかすみと呼ばれたその女性が頷いた。そうしながらもその彼女…かすみがチラチラと自分を窺っているのにソーンバルケは気付いたが、素知らぬ振りで湯呑みのお茶をまたゆっくりと嗜む。
「何だろ?」
アイリスが小首を傾げたまま不思議そうな顔になった。
「多分、次の公演の衣装についてだと思うわ。見つけたら、衣装部屋に来るように伝えてって言われたから」
「そう。わかった」
頷くと、アイリスはクルリと後ろを向いた。自然、再びソーンバルケと顔を合わせることになる。
「ごめんね、ソーン」
「気にするな。それより、用ができたなら早く行くといい」
「うん。それじゃあね」
「ああ」
微笑むと、アイリスが軽く手を振って食堂を後にした。かすみもソーンバルケに軽く一礼すると、そのまま食堂を後にした。
(……)
日本茶を嗜みながら、ソーンバルケはアイリスに思いを馳せた。
(アイリスといったか。あの少女から、不思議な力を感じたな…)
ベオク、ラグズの違いというようなものではない、自分たちとはまた違った意味での異質な力をソーンバルケはアイリスから感じたように思えてならなかった。正確に言うと、さくらからも同じような力は感じたのだが、さくらよりもハッキリと、しかも強い力をアイリスからは感じたのだ。
(どういうことかはわからないが…)
少なくとも、年相応の無垢な少女というだけではなさそうだ。ソーンバルケはアイリスに対してそんな感想を抱いたのだった。
『入んな』
コンコンというノックの音に答えるように、室内から男の声が聞こえる。
「失礼します」
部屋の主の許可が下りたことでさくらがそう告げると、自分が今ノックしたドアを開けた。そしてそのまま入ってくる。その後ろに、ソーンバルケを引き連れて。
そしてさくらは、ソーンバルケがこの部屋…支配人室に入った後、ドアを閉めて部屋の主の男の近くへと足を運んだのだった。
「支配人、この方が先ほどの…」
「おう。わかってるよ」
椅子に腰かけている老年の男が面白そうな顔をしながらソーンバルケを見ていた。だが、それはソーンバルケも同じこと。
(ふむ…)
失礼にならない程度に目の前の男の様子を観察する。
(成る程、一見するとただの好々爺のように見えなくもないが…)
しかし、ソーンバルケには目の前の男がただの好々爺にはとても思えなかった。
(雰囲気というか佇まいというか、そういうものに違和感がある。自分をただの好々爺に無理やり見せようとしているから、違和感というかズレが生じる。どちらにしても、一筋縄ではいきそうにない御仁だな)
これが、初対面でのその男に対するソーンバルケの感想だった。そして、
(ほぉ…)
男も同じように、ソーンバルケを内心で値踏みしていた。
(さくらの言ってた通り、大した腕の持ち主のようだな。所作や姿勢でわかる。それに、無造作に立っているようでまるで隙がない。さくらは偶然助けられたと言ってたが、こりゃあ…)
ソーンバルケの第一印象でそう判断し、男は口を開いた。
「帝国歌劇団支配人、米田一基だ」
何はともあれまずは御挨拶とばかりに、男が自己紹介した。
「私の名はソーンバルケ」
それに対し、ソーンバルケも簡潔に自己紹介する。と、男…米田がくいっとさくらを指さした。
「大体の話はこのさくらから聞かせてもらってる」
「そうか」
「さくらが危ないところを助けてくれたそうだな。まずは礼を言わせてもらおうか」
そう言って米田が椅子から立つと、軽く身なりを整えた。そして、
「ありがとうよ、助かった」
と、深々と頭を下げたのだった。
「し、支配人!」
自分を助けてくれたからと言って、まさかそこまでするとは思わなかったさくらがビックリしてオタオタし始める。だが、米田は気にすることもなく顔を上げると、そのまま再び椅子に腰を下ろした。
「何の、大したことはしていない。それに先ほどその…」
そのまま、ソーンバルケがさくらに手を向ける。
「彼女、さくらにも言ったが何かの縁だし乗り掛かった船だ」
「はは、そう言ってもらえるとありがたいねぇ」
米田が楽しそうに笑い、それにつられたかのようにソーンバルケも軽く微笑んだ。そして、ソーンバルケは一旦目線を米田から外してさくらへと移す。
「足の具合は、もういいのか?」
「え? あ、は、はい。さっき治療してもらったので」
「それは何より」
頷いたソーンバルケに気遣われて気恥ずかしくも、同時に心配されて嬉しくもなって少し顔を赤らめた。
「剣士にとっては死活問題だからな」
「おう、それそれ」
ソーンバルケの何気ないその一言を聞いた米田が、思い出したようにポンと手を打った。
「どうかしたか?」
その行為を不思議に思ったソーンバルケが米田に尋ねた。と、米田がニヤッと笑う。
「さくらから聞いてるぜ、お前さん、大した剣の腕前だそうじゃねえか」
「さて…」
はぐらかすようにソーンバルケが呟いた。
「大した…というのがどの程度のことを指すかはわからないがな」
「はぐらかすなよ。このさくらだって、剣士としては中々の実力者なんだ。そのさくらが凄腕だって言ってたんだ。相当な実力者なんだろ?」
「……」
チラリとソーンバルケがさくらに目をやると、バツが悪いのかさくらは慌てて目を逸らした。その様子に、ソーンバルケが仕方ないなとばかりにふっと軽く息を吐く。
「上には上がいる。私の腕など、誇れるもんじゃない」
「謙虚だねぇ。うちの連中にも少しは見習わせたいぐらいだ」
「???」
その言葉の意味がわからなかったソーンバルケだが、何故だか詳しく聞いてはいけないような気がしたのでそれ以上口を差し挟むことはしなかった。
「で、だ」
と、米田がここからが本題とばかりにずいと身を乗り出した。
「何か?」
「ああ。ここからが本題なんだが、お前さん、行く宛てがないって本当か?」
「それも、さくらに?」
「ああ。で、どうなんだ?」
一瞬、正直に話してしまってもいいものだろうかと悩んだソーンバルケだったが、これまでの街並みや光景、文化を見る限り、ここは自分の本来いた世界とは全く異質な場所だということを理解していたので、正直に答えることにした。
「うむ」
ソーンバルケが頷く。そこでまた米田がニヤッと笑った。
(何か良からぬことを企んでいるな…)
ああいう笑い方をする連中は大体良からぬことを企んでいるのはこれまでの経験則からよくわかっていた。ベグニオンの神使のように悪戯程度なら軽重にもよるがまだいいのだが、大概は本当にろくでもないことだから困る。
さて目の前の男はどちらかなと、ソーンバルケは期待半分、不安半分で思っていた。と、
「そうかい。それなら、うちで働いてみないか?」
「何?」
米田から返ってきたのは、ある意味全く予想していなかった一言だった。
「どういう…意味かな?」
「そのまんまさ」
ソーンバルケとしては珍しくキョトンとした表情になって尋ねたが、米田はまるで変わった様子も見せずに当然のようにそう答えた。
「行く宛てがないんだろ? 例えばの話だが、今日の寝床はどうするんだ?」
「雨露さえ凌げればどこでも構わないが」
「メシは?」
「海か山にでも行って、自力で調達しようかと」
ソーンバルケのその返答に、当事者の米田ではなくさくらがビックリしていた。大帝国劇場への道すがら、ソーンバルケとはぽつりぽつりと言葉を交わした。その中で、現在のソーンバルケの状況も聞いていたのだが、まさかここまで綺麗に先が決まっていないとは思っていなかったのだ。だがそれは米田には好都合だったようで、笑みがますます深くなる。
「丁度うちも男手を入れようと思っていてな、そんな時に幸か不幸かお前さんが現れた。さくらを助けてくれたって事情もあるし、さくらもお前さんは信用できそうだって言ってたしな」
「し、支配人!」
余計なことを言ってとばかりにさくらが制止しようとするが、米田はニコニコしながらも言葉を止めない。
「衣食住は保証するし、ちゃんと給料も出すぜ。どうするよ?」
「ふむ…」
顎に手を当てて、ソーンバルケが考え込む。偶然の産物とはいえ、実に魅力的な話ではある。話ではあるのだが、それだけに話が上手すぎる。警戒するなという方が無理のある話だった。何せソーンバルケ…そして、その同胞たちはテリウスでは長きにわたり不当な扱いを受けていたのだ。それ故に、警戒心は当然強くなる。だが、
(ここは、テリウスではない)
ソーンバルケの念頭にはそれがあった。ここまで見聞きしてきたこの世界には、テリウスとは何一つ適合するようなものではなかった。ならば、自分や自分を含める同胞が何者なのか、そして長い月日の間に何をされていたのかは知る由もないだろう。昔より大分まともになったとはいえ、それでも長年の記憶というものは中々消えないものである。しかし、テリウスではないこの地では、ソーンバルケがそのような扱いを受けることはないだろう。もっとも、
(この男…米田の申し出を全くの善意からだと思うほど、私はお人よしではないがな)
そのぐらいは十分にわかっていた。好々爺を演じているようだが、どうしてどうして中々の狸である。先ほどから相も変らずニコニコと笑顔を浮かべているが、腹の中はわかったものじゃないのはこれまでのやり取りで肌に感じていた。この笑顔も、その辺りを看破されているのは織り込み済み故に浮かべていると思っている。だがどちらにしても、一つ確かなのは魅力的な提案であるということだった。
(裏にどんな思惑があろうとな)
内心でクスッと微笑むと、ソーンバルケはその米田の思惑に乗るべく口を開いた。
「わかった。どうせ宛てもない身だ、浮浪者や行き倒れになるぐらいなら喜んで厄介になることにしようか」
「決まりだな」
ソーンバルケの受諾の返事に、米田が楽しそうな笑みはそのままに頷いた。こうして、テリウスで最強の剣聖は時間を超え空間を超え、大帝国劇場の一員となったのであった。