サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。前回の続き、今回から原作でいうところの第六話です。

遂にと言うか、とうとうと言うか、いよいよと言うか真打ちの彼女の主役回です。とは言え、大筋は変わりませんのでまったりと読んでいただければと思います。

では、とりあえず今回のお話、どうぞ。


NO.19 彼女の怖いモノ

「ぬかりはないであろうな? …ミロクよ」

「はっ…お任せください。奴らの本拠地はすでに…」

 

帝都地下某所、黒之巣会の本拠地にて。首領である天海の言葉にミロクが深々と頭を垂れていた。ソーンバルケが危惧しながらもどうすることもできなかった嫌な予感が現実のものとして帝劇を襲おうとしていた。深川でミロクがさくらに放った光線。それによって光武に潜んでいた使い魔がミロクに華撃団の本拠地を教えたのだ。

 

「残る地脈ポイントはあと一箇所! いよいよ我が『六破星降魔陣』の完成の時が来た!」

 

天海はその瞬間を待ち望んでいるのだろう。いつにもまして立ち居振る舞いに熱が入っている。

 

「天地開闢以来の大いなる裁きが帝都を打ち滅ぼすのだ! 神国、日本の未来は堕落した西洋化にあらず! 我再び、徳川幕府復活のために甦った。行け! すべての西洋文化を打ち払え!」

「はい…」

「全ては天海様のお言葉通り…」

「うむ…」

 

幹部を二人倒されたが、陣の完成まであと一息ということもあるのだろう。天海は総力戦ともとれる指令を出した。叉丹、ミロクの二人はその意に従い、そして天海と共に闇へと消えたのであった。

 

 

 

 

 

そんなことになっているとは露知らず、大帝国劇場。

 

「ふう…」

 

いつものモギリを終えた大神が一息つく。

 

「花組の夏公演『西遊記』も今日で終わりだな…」

「そうだな」

 

独り言だったのだが、予想外に返事が返ってきたことに慌てて大神が振り返ると、そこにはソーンバルケの姿があった。

 

「ソーン」

 

大神の呼びかけにソーンバルケが軽く手を上げる。大神もそれに倣うかのように手を上げて応えた。

 

「深川の一件以来、すみれくんとカンナの演技も息があったようになったし…」

「お前が苦労した甲斐もあったというものだ」

「よしてくれよ」

 

件の一件を思い出し、大神が苦笑した。

 

「今日は千秋楽だけあってお客さんの姿も多かったな」

「ああ。おかげでモギリも大変だったがな」

「違いない」

 

大神が再び苦笑する。それにつられ、ソーンバルケも苦笑した。わかってはいても慣れないのだろう。

 

「あ~あ、疲れた」

 

大神がぐーっと背伸びをすると腕を回しながら首をコキコキと鳴らす。

 

「さて…これからどうしようかな…」

「好きにすればいいと思うが…千秋楽だったのだし、花組の様子を見に行ったらどうだ?」

 

これからの予定について悩んでいる大神に対してソーンバルケがそんなことを言った矢先、奥からパタパタとさくらが小走りにやってくるのが目についた。

 

「ほう、丁度いい」

「え?」

 

何のことだろうとばかりに首を傾げた大神に、ソーンバルケがクイッを首を捻ってその方向を指し示す。振り向いた大神はこっちに向かってきているさくらに気付いた。

 

「あ、さくらくん」

「ホラ、行ってこい」

「ああ、うん」

「モテる男は忙しいな」

「よしてくれって…」

 

苦笑すると、大神はさくらの方へ向かって歩いて行った。

 

「さて…」

 

大神を送り出した形になったソーンバルケは、では自分はどうしようかと考える。本日の仕事はこれにて終了のため、すぐに帰ってもいいのだが…

 

(それはそれで、少し味気ないか…)

 

こんなことを考えるとはなと自嘲しながら、ソーンバルケもその場を後にした。そして、帝劇の各所に足を運ぶ。

途中、楽屋ですみれの愚痴に突き合わされたり、衣裳部屋で女物の衣装を身体に当てているマリアに遭遇したり、カンナに付き合って迷子の親探しを手伝ったりなどしたが、ソーンバルケは主要な場所をすべて見回った。

そう、『見回って』いたのである。前回のミロクの光線。浴びたさくらには何も異常がなかったようだが、どうにも嫌な胸騒ぎがする。そのため、自分の懸念が杞憂であることを祈りながら帝劇を見回っていたのだ。…ただ実際は、もう手遅れだったりはするのだが。そんなことはわかるはずもないソーンバルケが地下と一階の見回りを終え、二階へとその足を運ぼうとしたところだった。

 

「ソーン」

 

後ろからよく聞き知った声に話しかけられる。振り返ると、そこにはかすみ・由里・椿の三人の姿があった。

 

「お前たちか」

「何よ、その言い草は」

 

余りにと言えば余りのソーンバルケに言い草に、由里が腰に手を当ててぷくっと頬を膨らませた。

 

「すまん、すまん」

 

その由里の様子に苦笑しながらソーンバルケは彼女たちに正対した。

 

「で、何か用か?」

「ええ、勿論」

 

三人を代表して由里がずいっと一歩前に出てくる。

 

「ねえソーン、今日の業後、あたしたちに付き合わない?」

「何?」

 

由里の発言の意味が分からず、ソーンバルケが眉を顰める。

 

「どういうことだ?」

「実は…仕事終わりに三人で煉瓦亭へ食事に行こうと思ってるんです」

 

かすみが由里の言葉を捕捉する。

 

「それで、良かったらソーンさんも一緒にどうか…と」

「私が?」

「はい! ぜひご一緒してください!」

 

椿がいつものように元気一杯にそうお願いをする。

 

「しかし…」

 

目の前の三人の顔を一瞥すると、ソーンバルケは難しそうな表情になった。

 

「何よ? 何か問題でも?」

 

歯切れの悪いソーンバルケの返答に由里がムッとした表情になって口を尖らせる。

 

「いや…せっかく女三人で行くのだから、女同士でしかできない話もあるだろう? そこに私が割って入るのもどうかと思ってな」

「ふふふ、そこは心配いりませんよ」

 

かすみがニコニコ笑ってソーンバルケの発言を否定した。

 

「何故だ?」

「だって、しょっちゅう三人で集まってますもの。女同士の話ならそこで飽きるほどしてますから」

「成る程」

 

理由にこれ以上ないほど納得したソーンバルケが確かに…と

 

「そうです。逆に言うと、女ばっかりで飽きてもいるんですよ」

「だから、貴方を特別ゲストとして招こうってわけ」

 

椿と由里の発言に微妙な哀愁を感じたソーンバルケは、地雷を踏むのを覚悟で踏み込んでみることにした。

 

「…なあ」

「何よ」

「お前たち、揃いも揃って男はいないのか?」

『……』

 

その言葉に、一瞬三人の挙動が停止する。が、すぐに再起動を果たすと三人揃ってニッコリと笑ってソーンバルケとの距離を詰めた。

 

『何か?』

「…いや、もういい」

 

笑顔の裏に修羅が見え隠れし、ソーンバルケはそれ以上余計な口を挟まなかった。これ以上踏み込めば大変なことになると肌で感じたからだ。

 

(不憫な…)

 

どういう理由でその状態なのかは知らないが、この現状にいる三人にソーンバルケは内心で涙を禁じ得なかった。

 

(さて、どうするか…)

 

目の前の三人を見ながら考え込む。向こうからのお誘いではあるので邪魔になるわけではないだろう。だが、気後れするのも事実であった。

 

(それこそあまり経験もないが、女だらけの中にいたことも何回かあるからな…)

 

テリウスの大戦の時、従軍中に故意過失に関わらずそんな状況下に置かれたことは何度かある。そのときにそのことを特段意識するようなことはなかったが、やはり多少なりとも居心地の悪さは否めなかった。

 

(とはいえ…)

 

目の前の三人はなぜか妙に期待を込めている顔つきをしている。余程三人だけというシチュエーションに飽きたのだろうか。と、そんなことを考えているときだった。

 

「ソーン♪」

 

頭上から呼ばれて顔を上げる。かすみたちも同じく視線を向けると、そこには階段の踊り場にいるアイリスの姿があった。

 

「アイリス?」

「きゃは♪」

 

そのままトテトテと走って近寄ってくると、アイリスはソーンバルケのすぐ側までやってきた。

 

「どうかしたのか?」

「うん。あのね、アイリス、ソーンをお迎えに来たの」

「迎え?」

 

発言の意味がピンと来ず、ソーンバルケが首を捻る。

 

「迎え…とは?」

「うんとねー、これから今回の舞台の打ち上げをやるんだって。だから、ソーンも参加して?」

「これから?」

「うん」

「…そうか」

 

アイリスの発言を聞いてソーンバルケが困ったような表情になる。まだ正式に返事はしてないとはいえ、もう先約が入っている。それを反故にするのは何とも心苦しい。

 

(しかし…)

 

ニコニコと楽しそうに笑っているアイリスを見ていると、無下に断るのも躊躇われる。どうしたものかと悩んでいると、

 

「…しょうがないですね」

 

諦めたようにそう呟いたのはかすみだった。

 

「かすみ?」

「どうぞ。事情が事情ですから」

「…そうね」

 

由里も苦笑しながら仕方ないとばかりに肩をすくめた。

 

「今回は縁がなかったということで」

「むぅ…残念だけど仕方ないですね」

 

椿も肩を落としている。どうにも申し訳ない気がしないでもなかったが、さりとてこの身が一つである以上、どうしようもできないことだった。それに、

 

(どちらにしろ女に囲まれるのは違いないのだが、こちらは恐らく大神がいるぶん、まだましだからな)

 

そんな打算がないわけでもなく、ソーンバルケは三人に悪いとは思いながらもその申し出をありがたく頂戴することにした。

 

「すまん」

「いいですよ」

「でも、これは貸しだからね」

「そうです。そのうち絶対に付き合ってもらいますからね!」

「…善処はしよう」

「ダ・メ!」

「そんな曖昧な返答じゃ引き下がれません!」

「楽しみにしてますから」

 

三人にそう詰め寄られ、ソーンバルケは困ったように頭を掻いた。何故そこまで私なぞに入れ込むのかと思わないでもなかったが、今回は引いてもらう以上、どこかで埋め合わせる必要があるのもまた事実。

 

「…承知した」

 

言質を取った三人は満足そうに微笑みながら、それではとその場を後にしたのだった。

 

「やれやれ…」

 

仕方のない連中だとばかりにソーンバルケが苦笑する。と、

 

「どうしたの?」

 

アイリスがきょとんとした表情になって首を傾げていた。さっきまでのやり取りを知らないアイリスには、何のことなのかわからなくて当然なのだが。

 

「いや、お前には関係のないことだ」

「ふぅん」

「で、私はどこに行けばいい?」

「あ、そうだった。こっち来て」

 

アイリスが自分の使命を思い出し、ソーンバルケの手を取って引っ張って階段を昇り始める。それに引きずられるように、ソーンバルケも階段へと足を向けたのだった。

 

 

 

「みんなー、ソーン連れてきたよー!」

 

アイリスに引きずられるように連れてこられたのはサロンである。

 

「ご苦労様、アイリス」

 

そんなアイリスにさくらがいの一番にねぎらいの言葉をかけた。

 

「打ち上げと聞いてきたが」

「ええ」

 

マリアが頷いた。

 

「だから、色々と人手が必要でね。ぜひあなたにも手伝ってもらおうかと」

「要するに、ただの人足か」

「そう言わないで。別に手伝いだけやってもらおうってわけじゃないんだから」

「ふむ…」

 

マリアの言葉にどうするかと考え込むと、後ろからガッと肩を掴まれる

 

「?」

 

何かと思って振り返ると、そこには大神の姿があった。

 

「頼むソーン、手伝ってくれ」

「…何と言うか、随分切実に見えるが」

「色々やらなくちゃいけなくてね。人手は多いに越したことはないんだよ」

「成る程」

 

大神の実に切実な願いに、ソーンバルケも嘆息する他はない。

 

「仕方ないな。それでは、私は何をすればいい」

「じゃあ…」

 

マリアが全員の顔をグルリと見まわす。そして、

 

「カンナを手伝ってちょうだい」

 

と、指示を出した。

 

「承知」

「よっしゃ。じゃあソーン、あたいと一緒に来てくれ」

「ああ」

 

サロンを出ていくカンナを追う。その後ろ姿を見送った後、他の面々も動き出したのだった。

 

 

 

「さて…」

 

カンナに連れてこられて着いたのは地下の倉庫だった。

 

「こんなところに何の用だ?」

「ああ、これさ」

 

そう言って、カンナがそこにあったあるものをポンポンと叩く。それは

 

「…テーブル?」

 

何の変哲もないテーブルだった。ただ、大きさ長さもかなりのもので、造りもしっかりしているように見えるため、大分重そうだった。

 

「ああ」

 

ソーンバルケの呟きにカンナが頷く。

 

「こいつを会場になる楽屋まで運びたいんだ。手伝ってくれ」

「成る程。これは確かに手が必要だな」

「そういうこった」

 

そういうと、カンナは倉庫のドアを開け放ち、テーブルの端を持った。自然、ソーンバルケはカンナの対面上の端の部分に手をかける。

 

「いいか?」

「ああ」

「よぉし。せーの!」

「フッ!」

 

カンナの掛け声に合わせてソーンバルケがテーブルを持ち上げた。と同時に、両腕にずしりと重みがかかる。

 

(! これは…)

 

腕にかかるテーブルの重量は、ソーンバルケの想像していた以上のものだった。

 

(成る程。これは人手がいるわけだ)

「んじゃ、楽屋までよろしくな」

「…ああ」

 

正直返事を返すのも億劫なのだが無視するわけにもいかず、ソーンバルケは短く返事をするとゆっくりと歩き出したのだった。

 

 

 

「ふぅ…」

 

楽屋にてソーンバルケが両膝に手をついて大きく息を吐く。少し時間はかかったものの、無事にソーンバルケとカンナは楽屋までテーブルを運ぶことができた。

 

「お疲れ」

 

そんなソーンバルケにカンナが声をかける。

 

「ああ…」

「何だよ、だらしねえな。あの程度で疲れたのかい?」

 

膝に手をつき、額に汗を滲ませているソーンバルケをカンナが揶揄する。

 

「放っておいてくれ。お前と一緒にするな」

「へっ、この点においてはあたいの方が上みたいだな」

「そうだな。それは認めよう」

「よっしゃよっしゃ。あんたとやりあうときは持久戦に持ち込めばいいわけか」

 

思わぬところでソーンバルケ打倒のヒントを得たカンナは上機嫌になってその場を後にした。

 

(そう単純なものでもないのだがな…)

 

カンナの発言に対して素直にソーンバルケはそう思う。だが、今そんなことを言ったところで負け惜しみにし聞こえないので口を閉ざした。そうこうしているうちに、ようやく身体の状態が戻ってくる。

 

「ふぅ…」

 

最後に大きく息を吐くと、ソーンバルケは背筋を伸ばした。そうこうしているうちにテーブルに皿や料理が並び、打ち上げの用意ができてきていた。

 

「大分準備も整ってきたみたいだな」

「ああ」

 

何気ない一言だったのだが返事が返ってくるとは思わず、振り返るとそこには大神とマリアの姿があった。

 

「残作業は?」

「どうだい? マリア?」

「いえ、他にはもう。…しいて言うなら、さくらの帰りが遅いことぐらいでしょうか」

「? どこかへ行っているのか?」

「ええ 飲み物なんかの買い出しに行ってるんだけど…」

「ふむ…」

 

マリアの話を聞き、ソーンバルケが楽屋の窓から外を見上げる。いつの間にか空を黒い雲が覆い始めていた。

 

「では、私が途中まで迎えに行こう」

「え? いいのかい?」

「ああ」

 

驚いた大神にソーンバルケが頷いた。

 

「あいつだけ一人仲間外れと言うわけにもいくまい。それに、外はこの空模様だ。万が一を考え、迎えは必要だろう」

「そうか…それじゃあ、俺たちもソーンたちが待っていた方がいいかな?」

「そこは任せるが…しかし、それではせっかくの料理が覚めてしまうぞ。心遣いはありがたいが、先に始めていても罰は当たるまいよ」

「隊長、どうしますか?」

「そうだな…」

「ま、そこのところはお前たちに任せるさ。私はさくらを迎えに行ってくる」

 

判断を任せると、ソーンバルケは楽屋を後にした。空は相変わらず分厚い黒雲が一面を覆っている。

 

「やはり一雨きそうだな…」

 

雨具の用意は必要だなと判断すると、ソーンバルケはその足を外に向けたのだった。

 

 

 

 

 

「さくら!」

「え?」

 

不意に自分の名前を呼ばれ、さくらが驚いて声のした方に振り返る。そこには、身体の所々が雨に濡れたソーンバルケの姿があった。

 

「ソーンさん!?」

 

その姿、そしてここにソーンバルケがいることに驚くさくら。だが、当のソーンバルケはと言うとそんなことを気にする様子もなく、

 

「こんなところにいたとはな…」

 

と呟きながら、さくらに近寄ってきた。さくらがいたのはとある建物の軒先だった。そこで買い出しの荷物を持ちながら表情を曇らせていたのである。

 

「無事に合流できて良かったぞ」

「なんでここに?」

 

自分と同じように軒先に入ってきたソーンバルケにさくらが尋ねた。

 

「決まっているだろう、お前を迎えに来た」

「え? あたしを…ですか?」

「ああ」

 

ソーンバルケが頷く。が、直後にその顔が悪戯っぽく歪んだ。

 

「もっとも、お前にとっては私よりは大神の方が良かったかもしれないがな」

「なッ! な、何を言ってるんですか!」

「フフ、そう怒るな。それに、そんなに顔を真っ赤にして怒っても説得力はないぞ?」

「こ、これは…ソーンさんが変なことを言うから怒ってるんです!」

 

そしてさくらはソーンバルケからぷいっと顔を背けてしまった。だが、その頬は相変わらず桜色だったが。それがわかるため、ソーンバルケはまた笑う。勿論、今度はさくらに突っ込まれないように声を押し殺して…だが。その後、

 

「ほら」

 

ソーンバルケが持ってきた傘を差しだした。さくらはチラッとそれを見た後、無言で傘を受け取る。

 

(やれやれ…)

 

簡単にはお姫様の機嫌が直ってくれないことに、ソーンバルケは苦笑したのだった。そしてそのまま空を見上げる。灰色の空は変わることなく。それは降りしきる雨の勢いも同じだった。

 

「まだ暫くは続きそうだな」

「そーですね」

 

さくらはまだご機嫌ナナメのようだ。そこまで引きずらなくても…と思わないでもないソーンバルケだったが、余程先ほどの一言が癇に障ったのだろう。

 

(あるいは、図星か?)

 

その可能性が一番高いかもなとソーンバルケは邪推する。だからこそ、ここまで引っ張っているのかもしれない。とはいえ、いつまでもここでこうしているわけにもいかないのもまた事実。雨の止む気配がまだ見えない以上、少々強引な手段を使わなければいけない。

 

「とりあえず、半分もらうぞ」

「あっ」

 

さっきからかわれたことで意識的にソーンバルケを無視していたからか、さくらは持っていた買い出しの荷物をいとも簡単にソーンバルケに奪われてしまっていた。

 

「行くぞ」

「えっ?」

「今言っただろう? この様子ではまだ暫く止みそうにない。それを考えれば、どこかで覚悟は決めねばな。それに他の連中も待っているし、何よりこのままではお前が参加できなくなる」

「ソーンさん…」

 

そう案じてくれるソーンにさくらは嬉しく、そして申し訳なく思った。少し意地を張りすぎたかもしれないとさくらは反省し、今回は素直にソーンバルケの言うことに従おうと思い直したのだ。

 

「いいな?」

「はい」

「結構。今はまだ雨だけだが、もう少ししたら雷も来るかもしれないからな。そうならないうちに帝劇に戻るぞ」

「か、雷…」

 

『雷』の一言にさくらの顔が青くなったが、背を向けていたソーンバルケはそれに気づくことはなかった。

 

「行くぞ」

「あっ、ま、待ってください!」

 

雨の中、傘をさして走り出したソーンバルケのその後を、さくらは慌てて追ったのだった。

 

 

 

 

 

「ふう…」

 

大帝国劇場。雨の中を帰参したソーンバルケが一息つく。

 

「あはは…やっぱり、結構濡れちゃいましたね」

 

さくらが自分とソーンバルケの姿を見て苦笑した。その言葉通り、二人の身体は所々濡れていた。

 

「まあ、仕方ない。こちらは片手に荷物を持っていたんだ。傘をさしていたとはいえ、結構な雨量だったからな。それを考えればある程度被害を被ってしまうのはどうしようもない」

「ですね」

「それより、これが原因で風邪をひいては元も子もないからな。身体を拭いてから楽屋へ向かうとしよう」

「はい」

 

さくらは自室へと向かい、ソーンバルケは事務局へと向かう。まだ業務中だが事務局にはかすみや由里の姿はない。勝手知ったるなんとやらでカウンターの中へ入っていくと、奥にある棚の引き出しを次々に開けていった。すると、その中の一つにタオルが何枚か入っていた。

 

「ダメ元で来てみたが、ありがたいことだ」

 

そこからタオルを一枚取り出すと、ソーンバルケは己の身体や衣服を拭き始める。平然とこんなことをしてはいるが、やっていることは立派な備品の私的流用だ。バレたらかすみたちに詰められるのは必至だったが、ソーンバルケはそれを気にする様子もなかった。謝れというならいくらでも謝るし、最悪買い取ればいいとも思っていた。給金は手にしてはいるが特に使い道のないソーンバルケにとっては金を払っても痛くはないからである。

 

「ふぅ…」

 

ある程度拭ったところでようやく人心地付き、ソーンバルケは大きく息を吐いた。そして、そのタオルを適当なところにかけておくと、買い出しの品をもって階段のところで廊下に背を預けて待ち人を待つ。と、少し間をおいて上からパタパタと足音が聞こえてきた。

 

「お待たせしました!」

 

そして、さくらが階段を下りてくる。一度着替えたのか、それともソーンバルケと同じように身体を拭いただけかはわからないが、その姿はいつもと変わらぬ状態に戻っていた。

 

「行くか」

「はい」

 

ソーンバルケが壁から身体を起こして歩き出すと、さくらもその隣に立って歩を合わせた。随分と時間がかかってしまったが、ようやく二人は楽屋へ戻ってきたのだった。

 

「すっかり遅くなっちゃいましたね」

「まあな。だが仕方ないことだ、責められることもないだろうよ」

「ふふふ、そうですね」

 

さくらがクスクス笑いながらドアをノックする。

 

「あの、さくらです。遅くなりました」

 

そして様子を窺うように声をかける。しかし、楽屋から返答はない。

 

(ん? まさかもう終わってしまったわけではないだろうが…)

 

どういうことだとソーンバルケが内心で首を捻った直後、稲光が帝劇を照らして直後に近辺に落ちた。

 

「ヒッ!」

 

その音と光にさくらは一瞬で顔を真っ青にし、その場にへたり込んでしまう。そして、歯の根をガチガチ言わせながら傍で見ててもわかるほどに震えだした。その顔は、これ以上ないほどの恐怖に彩られている。

 

「?」

 

何故さくらがこんな状態なのかわからずにソーンバルケが首を捻ると、その悲鳴を聞いたのだろうか、大神たちが楽屋から出てきた。

 

「ソーン」

 

大神の呼びかけにソーンバルケが軽く手を上げて応じる。そして大神の目は同時に、へたり込んでいるさくらの姿も捉えていた。

 

「どうしたんだい、一体?」

「わからん」

 

ソーンバルケが首を左右に振る。答えたくともさくらがどうしたのか本当にわからない以上、答えようがない。

 

「さくらさん! どうなさったの!?」

 

真っ先にさくらを慮ったのはすみれだった。

 

「かんにんや。あんたがこないに怖がるとは、思ってもみいひんかったん」

 

紅蘭もさくらの様子を見てしょげかえっている。その言葉の内容にどういう意味だとソーンバルケは違和感を感じた。

 

(まるで、脅かすような真似をしていたように聞こえるが…)

 

しかし、さくらが室内に入る前に向こうから出てきたのでどうも言葉の辻褄が合わないような気がする…そんなことをぼーっと考えていたソーンバルケだったが、

 

「か、雷様に…おヘソ取られちゃう!」

 

へたり込みながらそう叫んださくらに、流石にぎょっとして再び視線を向けた。

 

「はぁ?」

「さくら、あなた…本気で言ってるの?」

 

心配していの一番に声をかけたすみれだったがこの反応には予想外だったのか、思わず呆れた声が出てしまった。それはマリアも同じだったようで、すみれほどではないにせよ多分に呆れた口調が混じっている。

 

(雷様におヘソ取られちゃう…?)

 

ソーンバルケもすみれとマリアと同じ気持ちではあった。ではあったが、さくらが本気で怯えている様を目の当たりにすると何も言えなくなってしまう。他人が聞いたら呆れるような理由であっても、さくらにとっては大真面目なものなのだろう。と、館内放送で呼び出しがかかった。

 

『大神少尉、大神少尉、米田長官がお呼びです。指令室までお越しください』

「くそっ、よりによってこんなときに!」

 

あまりと言えばあまりなタイミングの悪さに大神が舌打ちする。だが、呼び出しがかかった以上出向かないわけにもいかない。

 

「隊長、米田長官がお呼びです。地下指令室へ行ってください」

「し、しかし、さくらくんを放ってはいけない!」

「隊長! 私たちに任せてください!」

 

一度は食い下がった大神だが、マリアに念を押され、仕方なくこの場は預けることにした。

 

「すまない。後は頼む」

「はい」

 

マリアが頷いたのを確認し、後ろ髪を引かれるのを感じながら大神はその場を後にした。

 

「それにしても…雷様が怖いなんて、よく『光武』で戦えますこと!」

 

蜘蛛で大騒ぎしていたお前が言うなとは思わないでもないソーンバルケだったが、余計な口を挟んで話が拗れても面倒なので何も言わないでおくことにする。

 

「アイリスだって雷様こわいもん!」

「さくらは…よっぽど幼い頃に怖い思いをしてるんだな」

「……」

 

未だに震えているさくらにそれ以上誰も何も言えず、妙な空気が流れたまましばらく時間が過ぎたのだった。

 

 

 

「大神、参りました!」

 

地下の指令室へと到着した大神が敬礼をして報告した。

 

「来たか、大神!」

 

待ち構えていた米田はどこか高揚しているように見える。だがそれも、その理由を知ってしまえば無理からぬことだった。

 

「われわれの蒸気演算機がついに黒之巣会の目的を解明したぞ!」

「何ですって! いったいどうやって!?」

 

その予想外の内容に、大神も驚きを隠しえない。

 

「つまり、奴らの襲撃の後には必ず奇妙な機械が残されていることがわかったの」

 

米田の発言をあやめが補足した。

 

「機械…?」

「うむ…これだ」

 

そして米田がモニターに映したもの。それは今まで黒之巣会の連中が戦いの前に戦場に必ず埋めてきたあの『楔』だった。

 

「上野、寛永寺に保管されていた太古の祭器…我々は『クサビ』と呼んでいる」

「かんえいじ…? 寛永寺が黒之巣会と関係が?」

「ええ。寛永寺を設立したのは天海大僧正…。黒之巣会の首領よ」

「天海!」

「これを見て」

 

あやめがそう言って次にモニターに映したもの。それは、帝都の地図だった。

 

「私たちの調査で機械が見つかった地点が赤い点よ。上野・芝・築地・浅草・九段下・深川」

 

あやめが一つ該当地点の地名を呼ぶごとにそこが赤く光る。

 

「これに蒸気演算機が割り出した仮想地点、日比谷公園を加えると…」

 

モニターにあるものが浮かび上がった。それは、十字架に一本横棒を加えたような形…片仮名の『キ』によく似た形の文様だった。

 

「これは!?」

「帝都を包む魔方陣が完成するわ!」

 

蒸気演算機が映し出したその文様とあやめの発言に大神も驚きを隠せない。

 

「そして、この魔方陣が完成すれば…帝都は確実に魔の支配下に落ちる! 魔方陣によってどれほどの被害になるか…想像もつかん。天が裂け、地が割れ、あらゆる災害が奴らの意のままに起こり、帝都は永遠の地獄と化すだろう! これこそが、奴らの仕掛けた魔術だったのだ!」

「な…何てことだ!」

 

ようやく判明した(と思われる)黒之巣会=天海の目的に大神は驚愕せざるを得なかった。敵の最終目的はただの破壊活動なんてものではなく、帝都を根本から転覆させることだったのだ。

 

「天海が四百年前の魔人なのかどうか定かではないけれど…でも、彼らにとって西欧の文化に染まった私たちは帝都を汚す不届きものというわけ」」

 

あやめの表情も険しい。

 

「俺たちの手で築いたこの帝都を魔物どもの好きにさせてたまるか。いいか、奴らの計画はどんなことをしても阻止せねばならん!」

「はいっ!」

 

言われるまでもない。大神の回答は決まっていた。その姿に、米田も一安心だった。そして、自分の目は間違っていなかったとも。

 

「蒸気演算機の予想通り、次の襲撃地点は恐らく日比谷公園だろう。大神以下、花組は第一級戦闘配備のまま待機しておくように!」

「了解しました!」

 

敬礼すると、大神は指令室を足早に出ていった。

 

 

 

「魔方陣によって帝都を破壊するなんて…黒之巣会め…なんてことを考えたんだ!」

 

怒りに駆られている大神だが、その顔は心なしか青ざめている。それはこれからの戦いを考え、そして自分たちが万一敗れてしまったときの被害を考えてしまったからだった。縁起でもないのは確かに縁起でもないが、それでも考えずにはいられないのも正直なところである。

 

「花組を戦闘配備につかせなければ…。でも、ソーンは例外かな」

 

自分でそう言って考える。量子甲冑もなければ(正確には操れない、なのだが)帝劇には通いであるソーンバルケはどうしても他の隊員と運用が変わってきてしまう。こちらが隊長、向こうが部下ということで指揮命令系統はしっかりしているが、どうしても他の隊員とは扱いが違ってしまう。

 

(戦力としては申し分ないんだけど、こういう面では厄介だよな…)

 

大神は頭を掻いた。とは言え、ソーンバルケを責めることはできないし、責めるべき点はない。まあ、何とかするかと考えてところで、次に大神の意識はさくらへと向かっていた。

 

「そういえば、さくらくんはあれからどうしたんだろう…」

 

米田からの呼び出しだったのでマリアたちに任せたものの、あの様子は尋常ではなかった。戦闘配備につかせる前にいったん様子を見てくるかと決心したところで、

 

「大神さん…」

 

と力ない声が聞こえてきた。

 

「あ…さくらくん! ど、どうしたんだ…?」

「ちょっと…いいですか?」

 

さくらの元気がない。先ほどの雷の一件が尾を引いているのだろう。

 

「……」

 

大神は何も言わず、無言で頷いた。廊下で立ち話…と言うのもなんだからか、それとも余人には聞かれたくない話だからか場所を移す。二人はすぐ側の、室内プールに続く更衣室に入っていった。

 

「大神さんにだけ、お話しておきたいんです」

 

幾度かの逡巡を繰り返した後、さくらが重い口を開き始めた。何か口をさしはさめるような雰囲気でもなく、大神はさくらの独白に耳を傾ける。

 

「…さっきの雷のことかい?」

「はい…あたし、子供のころ、お転婆で。喧嘩友達のたけしくんと遊んでたんです。あの日、おばあちゃんが外で遊んじゃダメだというのに、たけしくんを誘って木登りをしていました。すると、突然空が真っ黒になって…」

 

そしてさくらの記憶は、一瞬だけ幼少の時に飛んだ。

 

 

 

『さくら、雷さんが怒ってるぞ! はやくかくれよう…』

『へーきだよ! さくら、雷様なんか恐くないもん!』

 

さくらとたけしの、子供らしい他愛もない会話である。だが直後、周囲が目も眩むばかりの光に覆われ、そして轟音が鳴り響いた。直後、ドカーンと言う凄まじい音とともに落雷がさくらの木登りをしている木を襲った。

 

『たけし! たけし! たけしぃ!』

 

動かなくなってしまったたけしの傍らで、さくらがいつ果てるとも知れないほどに泣きじゃくっていた。

 

 

 

「…たけしくんは、雷様におへそを取られたんです」

「雷に打たれた、ってことだね?」

「……」

 

さくらが神妙な表情になって頷いた。

 

「あたしが、おばあちゃんの言うことを聞かなかったから…」

「それ以来…あたし、雷様が怖くて…いつか、たけしくんのようにおへそを」

「……」

 

大神は口を差し挟まずにじっと聞いていた。とりあえず、言いたいことを全部言わせてから、こちらの意見を言おうと思っていたからだ。

 

「おかしいでしょ? 光武に乗って戦うパイロットが雷様を怖がるなんて…」

「うん…いや、でも正直言ってさくらくんがあそこまで取り乱したのには驚いたよ」

「ああ、あたし恥ずかしくて死んじゃいそう…大神さんに、あんな姿を見られるなんて」

 

言葉通り恥ずかしさからか、それとも己の秘めた過去を話してしまったからかはわからないが真っ赤になってしまったさくら。そんなさくらに、

 

「そんなことはないよ」

 

と、大神が否定した。

 

「きみがあんなに取り乱すなんて、ちょっと驚いたけどね」

「大神さん…」

 

そんな大神に何と返していいのかわからず、さくらは顔を赤らめたままもじもじするだけだった。

 

「ありがとうございます」

 

今できる精いっぱいということでさくらは大神に深々と頭を下げる。直後、まるで見計らったかのように大きな雷が落ちた。帝劇の地下にいてもわかるほどの。

 

「きゃ~っ!」

「な、なんだ!? うあ~~~っ!」

 

絹を裂くような悲鳴を上げるさくらと、それに動揺してしまった大神。二人とももう少し平静だったらわかっただろう。それは雷ではなく、ただの爆発音だということに。その発生源は地下の格納庫。そして、そこにあったのは

 

「おほほほほほ!」

 

甲高く笑うミロクの姿だった。

 

「わらわの放った式神が、こうも役に立とうとはな! 帝国華撃団も本拠地さえわかってしまえば、ただの女子供の集まりに過ぎぬわ! さあ、紅蜂隊よ! このちっぽけな劇場をガレキの山にしておしまい!」

 

ミロクが部下に攻撃の指示を下した。それに従い、直属の紅蜂隊が帝劇を地下から破壊し始める。

 

「くそ、不意打ちか!? 卑怯だぜ、黒之巣会!」

 

異変に気付き、真っ先に光武に搭乗したカンナが発進した。

 

「あの赤い魔操機兵…深川のときの、紅のミロクですわ!」

「でも、お兄ちゃんもさくらもまだ来ないよ!?」

「はぁ…ウチ、さくらはんにひどいことしてもうたな…」

「みんな! とにかく、今は五人で持ち堪えるのよ! 隊長とさくらは必ず来るわ! それまで、私たちだけで大帝国劇場を死守するのよ!」

「了解!」

「深川での決着、つけさせてもらいますわよ!」

「アイリスも頑張るんだから!」

「せっかくの打ち上げをパーにしよって、許さへんで!」

 

すみれ、アイリス、紅蘭、マリアと用意の整ったものから次々と発進していく。皆を力づけるために檄を飛ばしたものの、マリアの表情は厳しかった。

 

「…たった五機では、これだけの敵相手に長くは持ち堪えられないわ。このままでは…みんなやられる。大神隊長…さくら…早く来て」

 

二人の到着を祈るマリア。そして、その彼女たちを少し遠くから見守る影が一つ。

 

「…状況はよくはわからないが、どうやら大神とさくらが出られないようだな」

 

ソーンバルケの姿だった。そしてその腰には、先ほどまでにはなかったヴァーグ・カティを帯びている。

 

「ふむ…ならば」

 

はぐれものとはいえ、少しは隊員らしい働きをしてやるか。そう考え、ソーンバルケは何処かへと向かったのだった。同時刻、

 

「ああ…か、雷様が…怒っている」

 

震え、怯えているさくらが恐怖におののきながら身を竦ませていた。

 

「さくらくん! しっかりしろ!」

 

大神がさくらに駆け寄る。そうしながら、脳裏ではようやく現在の状況判断ができるようになっていた。

 

(この音は雷の音ではない…爆発音だ。まさか、黒之巣会が!?)

 

それに気づいた大神だったが、直後にまた轟音が鳴り響いた。

 

「い、いかん! さくらくん、伏せろっ!」

 

大神がさくらに飛びつくと、その身を抱えその場に伏せた。一拍置き、先ほどまで大神とさくらがいたその場所はガレキによってふさがれてしまったのだった。

 

「し、しまった! 入口がガレキでふさがれてしまった!」

 

とっさの判断が功を奏したとはいえ、袋のネズミとなってしまった大神とさくら。更に悪いことに、さくらのパニック状態は今なお続いていた。

 

「か、雷様に…お、おヘソとられちゃう!」

「さくらくん!」

 

大神が呼びかけるも、さくらの目の焦点が合っていない。

 

(このままでは…何とかさくらくんを落ち着かせなければ…よし!)

 

大神は意を決すると、さくらには悪いとは思ったもののその身を力強く抱きしめた。

 

「お、大神さん!?」

 

流石にさくらもこれは想定外だったのか己を取り戻した。そして、予想外の出来事に固まってしまったからか、その身の震えもいつの間にか止まっていた。

 

「さくらくん…」

「!」

 

予想外の出来事故に、さくらは何も話せない。が、決して嫌がっているわけではないのはその表情が物語っていた。

 

「さくらくん…もう雷様は心配いらないよ」

「ど、どうして?」

「俺が、ずっとこうやって抱いていてあげる。こうやっていれば、雷様にはさくらくんのおヘソは見えないからね」

「クスッ、大神さんったら…」

 

自分で言っていて顔から火が出るほど恥ずかしいセリフだが、さくらくんのためならこのぐらいはと羞恥に耐えながら大神がさくらを励ます。唯一の救いは衆目がないことだろうか。そして、恥ずかしさに耐えた甲斐あって、さくらは微笑むことができるほどには落ち着きを取り戻していた。

 

「そう、それでいいんだ。大丈夫、俺がついてるから」

 

ここまで来たら毒を食らわば皿までとの心境なのだろうか、普段は決して口走らないことを大神は再び口にした。だが、その甲斐は十分にあった。落ち着いたさくらから身体を離し、その瞳をジッと覗き込む。

 

「さくらくん…さくらくんは雷が怖いことを気にしているようだけど、そんなこと全然恥ずかしがることはないよ」

「で、でも…」

「もし雷が鳴っても…俺が、そして帝劇のみんながさくらくんを守ってあげるよ」

「大神さん…」

「わかってくれたかい?」

「はい」

 

大神の言葉にさくらが頷いた。

 

「…よし、じゃあこの更衣室を脱出する方法を考えよう」

「はい」

 

大神と、大神のおかげで平静を取り戻したさくらが現状打破のために動き出した。しかし、早々都合よく現状を打破するような状況になるはずはない。

 

「さくらくん、どうだい? 何かあったかい?」

「いえ、今のところ役に立ちそうなものは…」

 

さくらの表情も曇っている。

 

「そうか…」

 

大神の表情も芳しくなかった。だが、それは何も見つからないということだけが原因ではない。

 

(このままだと、二人とも酸欠に…)

 

それも考えられたからだ。何せ密閉された空間である。早めに脱出しなければ酸欠により二人とも死亡という最悪の事態も招きかねなかった。

 

(そんなことはさせない、絶対に!)

 

例えこの身がどうなろうと…大神はそう決心して引き続き探索に勤しむ。が、救いの手は思わぬところから現れた。突然、出口を塞いでいるガレキの一部分が音を立てたからだ。

 

「え?」

「何だ?」

 

さくらと大神も手を止めてガレキに目をやる。と、その謎の音は次第に大きくなった。そして不意に、先ほどまでのものとはまた違う重々しい音とともにガレキの一部から向こう側の光が見えたのだった。

 

「隙間が!?」

「大神さん!」

 

何が起こったかわからずに呆然としている大神にさくらが駆け寄る。と、

 

『誰だ?』

 

その隙間より、良く知る声が聞こえてきた。

 

「その声は…ソーン? ソーンか!?」

『大神か?』

「ああ!」

 

思わぬ援軍の到着に大神が顔をほころばせた。さくらもホッとしたような表情になって一息つく。

 

『お前だけか?』

 

ガレキの向こうのソーンバルケが状況把握のためだろうか、大神に質問してきた。

 

「いや、さくらくんも一緒だ」

『そうか。怪我は?』

「ない。それよりソーン、この事態は?」

『敵だ』

「えっ!?」

 

驚いてさくらが思わず声を上げるが、それは大神も同じこと。

 

「敵!?」

『ああ。ここを狙って現れた。どうやって突き止めたかは知らないが、本拠地を直接狙ってくれるとはやってくれる』

「状況はどうなんですか!?」

 

敵襲ということで矢も楯もたまらず、さくらも叫んでいた。

 

『他の連中が出ている。見ていないのでどうなっているかはわからないが』

「何てことだ…!」

 

あの爆発は敵襲によるものだったのかと、今更ながらに大神が臍を噛んだ。だが、

 

『それより、お前たちそこから出てこれるのか?』

 

その一言に自分たちの現在の状況を思い出し、大神は苦虫を嚙み潰したような表情になる。

 

「いや、今のところは」

『そうか。なら、少し下がっていろ』

「え?」

「大神さん」

 

せっかく見つけてくれたのだから救援を読んで助けてもらおうと思った大神だったが、その前に予想外のことを言われて戸惑ってしまう。しかし、そんな大神の服の端をさくらが握ると、クイックイッと引っ張っていた。

 

「さくらくん?」

「ここは、ソーンさんにお任せしましょう」

「いや、でも…」

「大丈夫ですよ。ソーンさんならきっと何とかしてくれます」

「…わかった」

 

さくらの説得を受けてもまだ今一つ納得できない表情の大神だったが、それでも今までのソーンバルケを見てきてこのタイミングで無駄な真似はしないだろうと思い、大人しく下がった。

 

「ソーンさん、二人とも下がりました!」

 

さくらが外に向かって声をかける。直後、壁となっていたガレキの中でも大きなものから順々に、その真ん中に線が走った。そして、線が走ったそのガレキは次々にその線の部分で真っ二つに分かれていく。

 

「!」

 

大神が驚いている間に壁となったガレキはお互いの支えを失い地面に崩れ落ちた。そして、小さな穴は十分に人が通過できるまでに大きくなる。その先に大神とさくらが見たものは、己の腰の鞘にヴァーグ・カティを納めるソーンバルケの姿だった。

 

「揃って無傷なようで、何よりだ」

「…いやそれより、あれを斬るのかい?」

「? 何か問題でも?」

「問題はないよ。…ただ、呆れてるだけさ」

 

大神の苦笑がそのことを雄弁に物語っていた。

 

「まあ、そんなことはどうでもいい。それより、早く行け」

「! そうだった! さくらくん、行くぞ!」

「はい!」

 

ペコリとソーンバルケに一礼すると、さくらは大神の後を追って走り出した。

 

「さて、後はお手並み拝見と行こうか」

 

狭い屋内では私がチョロチョロしても邪魔でしかないだろうからな。そう結論付け、ソーンバルケは今自分にできることを…大帝国劇場の地下以外の部分の見回りへと向かったのだった。

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