サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
いよいよ、物語も終盤に向かいます。華撃団と先生の織り成す物語に、もう暫くお付き合いください。
では、どうぞ。
「おお、何という力だ! 素晴らしい力! 我らの理想が再び復活するのだ!」
六破星降魔陣の発動によって得た力に天海はこれ以上ないほどの悦に浸っていた。そしてそれに呼応するかのように帝都各地で天変地異が起こり、帝都が崩壊していく。
「ハハハハハハッ…」
崩壊した帝都の姿に天海が高笑いを上げる。実に楽しそうだ。自分の目的が達成され、望み通りの結果になったのだから当然かもしれないが。
「我は黒之巣会総帥、天海! 帝都に生きとし生ける者どもよ、見たか我が力を!」
そして高らかに帝都に向けて宣言する。手法は依然、刹那がマリアを挑発した時と同じものだった。空一面に天海の姿が映し出されている。
「我が力をもってすればこの汚れた帝都から西洋の血を洗い流し、かつての徳川幕府を復活させることなど造作もない!」
降ってわいたような突然の宣告。だが、それだけで終わるはずもない。
「帝都のあわれな市民に告ぐ! お前たちに残された時間はあと、一時間だ! すなわち、午前四時までに政府は解散し、我々に降伏せよ!」
こういうパターンにおいては当然の要求をしてきた。ここまででも到底看過できるものではないが、続けざまに天海は華撃団にとっては絶対に飲めない要求をしてくる。
「その証として、帝都銀行の保有金百億と米田中将の生命を差し出すのだ! 約束が守られぬときは、帝都壊滅の瞬間がおとずれる! ウワーッハッハッハッハッハッ…」
そして自分の言いたいことだけ言うと、天海の映像はそのままかき消すように消えていったのだった。
天海の宣告があってからそう時を置かずして、日本政府の首脳たちが内閣府に集結していた。無論、今回の件の善後策を練るためである。
「こ、こんな脅しに…ふんっ、ばかばかしい。断固無視すべきだ!」
「帝都市民の生命が最優先だ! いかがなさいますか? 総理!」
喧々諤々の議論が交わされたが、とどのつまりこの二つにすべての意見は集約される。
「あと一時間ある…望みは捨てぬ…」
総理大臣は重々しくそう口を開くと、傍らにいる花小路へと視線を向けた。
「花小路伯爵。米田中将の例の…帝国華撃団はどうなのかね?」
「はい。ただいま、連絡をいたしました」
「そうか…」
花小路の回答を聞き、総理大臣が身を乗り出す。
「何としても食い止めたい。…いや、食い止めねば。この日本を、再び幕藩体制になどしてはいけないのだ!」
その意見に花小路も黙って頷いた。そして、盟友へと思いをはせる。
(米田くん、花組の皆、頼んだぞ…)
祈ることしかできぬ我が身を嘆きながら、しかし思いを託すことしかできず、花小路はやり切れないように一つ溜め息をついたのだった。
「あやめさん! さくらくんの容態はどうですか!?」
大帝国劇場。六破星降魔陣の被害を受け、あちこちにその傷跡が刻まれたこの場所にて、大神があやめに尋ねた。対するあやめの表情は優れない。
(……)
その表情で決して芳しくない状態であることがわかり、ソーンバルケの表情も曇った。
「あれからすぐに医務室に運んだのだけど…まだ意識を取り戻さないわ」
「そうですか…それにしても、何が原因で意識を失ったんだろう…」
「わからないわ…」
言葉通り原因がわからず、あやめが首を左右に振った。
「とにかく大神くん、中に入ってちょうだい」
「は、はい」
「ああ、ソーン。あなたもお願い」
「? 私が?」
ソーンバルケが自分を指さしてあやめに尋ねた。
「ええ」
「しかし、私は医者ではないのだが」
「わかってるわ。別に治療をしてくれって言ってるわけじゃないの。何か気づいたら教えてほしいのよ」
「???」
ソーンバルケが内心で首を捻る。今言ったように自分が医者でないのに呼ばれたことも不思議だったが、何より気づいたことがあれば…の点に引っかかったのだ。
(霊力のある他の花組の面々の方が、そういうのは余程わかりそうだが…)
だが逆に、霊力があるがゆえに見過ごしてしまうこともあるのかもしれない。そこの点を危惧しての人選なのかもなと考え、ソーンバルケはわかったと了承の意を返したのだった。
「さくらくんは医療ポッドの中ですか…」
医務室に入った大神が遠目からポッドの中に横たわっているさくらの姿を見つけ、表情を曇らせる。
「…意識はないわ。倒れてからずっとこの状態なの」
「……」
ハッキリとした容態もわからないのに安易なことが言えるわけもなく、ソーンバルケも口を噤んでいた。と、大神がさくらの入っているポッドへと向かう。
「さくらくん! 俺だ、大神だ!」
(!)
ソーンバルケも大神の後に続いたが、さくらの姿を視認できる距離に来たところであることに気付き、慌ててその姿から視線を外した。
(まさか…全裸とは)
気を失っている状態とは言え、流石に年頃の娘の一糸纏わぬ姿をまじまじと見つめるわけにはいかず、ソーンバルケは視線を外すしかできなかった。そしてそのまま、その視線を大神へと移す。
(邪な感情はないと思うのだが、それでも年頃の娘が全裸で横たわっているのに、それに委細構わず近寄るとは…。大物なのか何なのか、よくわからんな)
呆れつつも感心しながら大神の様子を見ていたソーンバルケがあやめへと振り返る。
「容態は?」
「……」
あやめが無言で首を左右に振った。
「今言ったけど、さっき倒れてからずっとこの状態よ」
「脈や呼吸はあるのか?」
「ええ」
「ならば、少なくとも生命活動は維持しているということだな」
「……」
ソーンバルケのその言い回しにあやめは引っかかるものを感じた。確かにソーンバルケの言ってることは間違ってないのだが、穿った見方をすればそれはただ単に生きているだけ…このまま寝たきりや植物状態である可能性もないとは言い切れない。そう言っているようにも聞こえたのだ。
とは言え、目を覚まさない原因がわからない以上反論することもできず、あやめは黙ることしかできなかった。
「さくらくん…声を出してくれ、返事をしてくれよ…。目を開いて、こっちを見てくれ…」
その間も、大神は何とかさくらの意識を取り戻そうとポッドの外から声をかけるが、その努力もむなしくさくらの状況に変化はない。
「ダメよ、意識がないんだから。例えここに爆弾が落ちたとしても中には何も聞こえないわ」
「そんな…」
無慈悲ともいえるあやめの宣告に大神は悲壮感ありありの表情になって肩を落としていた。そんな中、ソーンバルケはなるべくさくらの肢体を見ないように注意しながら、その『気』の状態を探ってみる。そして、
(…何と言うか、まるで落ち着きがないように感じるな。今にもどこかに溢れ出しそうだ)
この表現が正しいかどうかはともかく、それがソーンバルケが直感で感じたことだった。
「身体には傷一つないのに、どうして目覚めないんでしょう?」
救いを求めるかのように大神があやめに尋ねる。
「わからないわ…。ただ、さくらの気の流れが異常に高まっているのよ」
(…私の感じた感覚とは少し違うようだが、やはりか)
あやめの返答を聞き、ソーンバルケが内心で頷いていた。
「意識がないのに? どういうことですか…?」
「これはあくまで私の推測だけど、さくらはさっきの衝撃で『トランス状態』になってしまったのかも…」
「トランス状態? 何ですか、それは?」
聞きなれない単語に大神が首を捻った。
「一種の催眠状態のようなものよ」
「催眠状態!?」
「ええ」
あやめがゆっくりと頷く。
「封印の解放で生まれた霊的エネルギーの直撃を受けて…彼女の意識は極めて不安定な状態にあると思われるわ。さくらが自らの意志で目を覚まさない限り、私たちにはどうしようもないの」
「そんな…バカな!」
大神がギリッと唇をかみしめ、悔しそうな表情になってダンと床を叩いた。対照的にソーンバルケはやっぱりなといった感想でさくらの様子を(なるべくその肢体に目を向けないようにして)見ていた。そこへ、他の花組の隊員たちが入ってくる。
「さくらはん! 大丈夫か!?」
「お兄ちゃん! さくらは? サクラは大丈夫なの!?」
「少尉、さくらさんの容態はどうなんですの?」
「あ、ああ…」
皆にどう説明したらいいものかといった感じで大神は逡巡している。それを見ていたソーンバルケは口を挟んでもいいのだがと思ったが、やはりここは隊長の口から伝えるべきだろうと考えなおし、大神の動向を見守ることにした。そして大神は迷った挙句、
「さくらくんは…トランス状態にあるそうだ」
と、正直にさくらの今の状態を伝えることにしたのだった。
「ええっ!?」
「…なんてこと」
「さくらさん…」
トランス状態の意味がわかるのだろう紅蘭・マリア・すみれの三人は二の句が継げないようだった。その反面、
「ねーねー、カンナ。『トランスじょうたい』って…何?」
「あ…えーと…」
言葉の意味のわからないアイリスとカンナは今一つ現状認識ができていないようだった。
「眠ってしまって、目を覚まさないことよ」
そんな二人にマリアが説明する。
「…みんな、さくらのことも心配だけど作戦会議が始まるわ」
「そうね。じゃ、みんな作戦室に行きましょう」
「……」
マリアとあやめに促されて作戦会議室へと向かう花組。医務室を出る手前、大神は一度足を止めると振り返り、さくらの入った医療ポッドを目にすると、ゆっくりと皆の後を追ったのだった。
(もう全員揃ってるな。…さくらくんを除いて)
作戦室に到着した大神が室内を見渡した。さくらの席は当然空白になっており、そしてソーンバルケはいつも通り少し離れて立っていた。
「俺の生命が欲しいだと!?」
天海の要求の片方である米田。その米田は怒気を孕ませながらその要求に対して息巻いていた。
「よおし、いいだろう! 天海! 刺し違えてやるぜ!」
そして今言ったことを実行に移すかのように席を立つ。
「長官!」
マリアが米田を制する。が、
「どけ!」
米田は意に介さない。
「奴らがせっかく死に場所を作ってくれたんだ!」
「いいえ、どきません!」
だがそこに、大神が立ちはだかる。
「長官一人を行かせるわけには行きません!」
「なにぃ!?」
「天海のところへ行くのは長官ではなく、自分たち…帝国華撃団・花組です! それに、自分たちは死に場所を求めて行くわけではありません。天海を倒すために…帝都を護るために…花組は出動するんです!」
「大神…」
大神の発言に気勢を削がれつつも成長を感じ、米田は少しだけ嬉しくなった。
「警察は…陸海軍はどうしたんですの?」
すみれがもっともな質問をする。が、
「忘れたの? 軍や警察の武器では黒之巣会に対抗できないわ。民衆を非難させるだけで限界のはずよ」
そうだった、とばかりにすみれがギリッと唇を噛んだ。それが伝染したかのように作戦室は紛糾する。
「アカン…今度ばかりはお手上げかもしらんな。敵さん多すぎるわ…」
「多いって言ったって…どれぐらいなんだ?」
「帝都の拠点・七カ所から一斉に敵が湧き出しておるんですわ。数はそれぞれ千を超えてます」
「…少なくとも、合計七千以上になるのか…」
「くそっ! とても全部を相手にしてられねえな…」
「さくらもいないし…どうすればいいの、お兄ちゃん!」
「みんな、あきらめてはダメだ!」
戦力が一人欠け、戦力差は絶望的。悪い想像が膨らみかけた花組を、隊長たる大神が雄弁をもって諭す。
「今こうしている間にも苦しんでいる人がいるんだ!」
花組の隊員全員がその大神の言葉に耳を傾ける。
「確かに状況は苦しい。今までで最大のピンチだろう。でも…思い出すんだ、今までのことを。ピンチは今まで何度もあった。でも、俺たちはそれをはねのけてきたじゃないか。ときには失敗をやらかして大騒ぎすることもあったけど…。俺たちは、必ず勝ってきた。みんなで力を合わせれば、必ず勝てるんだ!」
「…そうやった」
大神の檄に一番最初に反応したのが、この状況に一番悲壮感が漂っていた紅蘭だった。
「ウチらがあきらめたら、希望の灯は消えてしまうんや!」
「隊長の言う通りだ。こうなりゃグズグズしてられねえ、最後の決戦だ!」
覚悟を決めたのか、カンナもそれに呼応する。が、それを制する冷静さも持つのが花組。
「これだから単細胞は困りますわ。いくら花組でも、七千もの敵を一度に相手にできるものですか」
「残念だけど、すみれの言う通りよ。兵力の差がありすぎるわ」
すみれの指摘に、あやめが表情を曇らせながらも同意する。
「このまま四時になったら、みんな死んじゃうよ!? ねえお兄ちゃん! お兄ちゃんなら絶対何とかしてくれるよね!」
(アイリス…)
幼いアイリスの曇った表情に、大神の胸も痛む。
(天海が予告した帝都崩壊の時刻は午前四時。あと一時間余りだ。考えるんだ大神、どうすれば…どうすればいいんだ!?)
そこで天啓のように浮かんできたのはある意味オーソドックだったが、実に理にかなった。そして危険とは常に背中合わせの着想だった。
「そうだ、敵の本拠を突くんだ! ザコにはかまわず、天海を一気にしとめるんだ! この帝都の魔法陣は恐らく天海のしわざだ。ならば、天海を討てば…」
「なるほど、帝都の魔法陣は消滅しますね!」
「敵の急所をついて一撃必殺、だな! 空手と同じ戦法だぜ!」
「確かに、その作戦しかありませんわね」
「わーい! やっぱりお兄ちゃんってすごーい!」
隊員たちも一様に賛意を示す。もっとも、必要以上にはしゃいだり明るくなったりやる気になっているのはこの作戦の裏に潜むもの…すなわち、一歩間違えば自分や自分たちの死に繋がるという事実から目を背けているだけとも考えることもできるが。
(いかんな…)
喜ぶ隊員たちをそんな目で見ていたソーンバルケが、誰にも気づかれないようにフルフルと首を左右に振った。年恰好は全盛期のものとはいえ、一度死んだ身としてはどうしてもそういった老成した考え…穿った見方をしてしまう。
(羨ましいものだな…)
純粋に…少なくともソーンバルケにはそう見える士気の高まりにそう感じざるを得なかった。
「しかし…安心するのは早い。敵の本拠をつきとめるという難題が残っている…」
発案したもののその点を危惧した大神だったが、
「任しとき! こんなときのために蒸気演算機があるんやないか!」
紅蘭のメガネがきらーんと光った。
「天海かどうかは限定できへんけど、帝都に漂う妖力を感知して、地図に投影することはできるで!」
「おお、頼もしいな、紅蘭!」
力強く答えた紅蘭に大神が喝采を送る。
「よし、やってみよう!」
「はい! みんな、演算室に集合よ!」
マリアの号令に花組は我先にと立ち上がると、一目散に演算室を目指していった。その後ろ姿を見送る視線が二対。
「ふふふ…俺たちの出る幕なし、だな。あやめくん」
「ええ…頼もしくなりましたね、彼も」
「ああ、ヤツももうすぐ一人前だな…ずいぶんイイ面になったじゃねえか」
「本当に」
満足げな表情で大神と隊員たちをの出ていった先を見つめる米田とあやめ。その視線は父親や母親のような温かい眼差しだった。そして、
「…あなたは行かないの? ソーン」
一人、この部屋に残っていたソーンバルケにあやめがそう尋ねる。
「そう急ぐこともないだろう。その演算機とやらの結果はいずれわかる。盛り上がっているところに水を差すのも悪いしな」
「水を差すって?」
「…私のようなどっちつかずの半端ものが混ざっていては…な」
そこで軽く微笑んだソーンバルケだが、その微笑みが何故か寂しそうに見え、あやめの胸がチクリと痛んだ。
「半端ものって…そんな」
「言葉の綾だ。気にするな。それに、私も少し見てきたいものがある」
そこで腕組みをやめると、ソーンバルケは先ほどの花組たちと同じようにドアに向かって歩き出した。
「おい、何処行くんだよ?」
米田が尋ねる。
「さくらのところへ」
その質問にそれだけ答えると、ソーンバルケはそのまま作戦室を後にしたのだった。
「いやー、ひっさしぶりにこの部屋に入ったぜ。いつ見てもすげえ機械だなぁ」
演算室に到着した花組一行。カンナが周囲をキョロキョロ見渡している。
「よっしゃ。さっそく帝都の妖力を光点で地図に投影してみるで」
ここは自分の『庭』だからか、生き生きとしだす紅蘭。だが、すぐにその表情は曇ってしまう。
「ただ…蒸気演算機はあくまで「妖力」の場所と強さしか感知でけへん」
それは、これが理由だった。つまり、
「どれが天海かは特定できん、ちゅうわけや」
「おそらく、一番大きな光点が天海に間違いないだろう。とりあえず、見てみよう」
しょげてる紅蘭を慮ってか、大神がそう促した。
「了解や。ほな、いくで!」
紅蘭が表情を引き締め、演算機の分析結果をモニターに表示する。そこにはいくつかの光点が表示されていた。そして大神の読み通り、そこにはひときわ大きな光点が一つ。
「むむむ…」
「お兄ちゃん!」
紅蘭がうなっている横でアイリスがいきなり声を上げた。
「ど、どうしたアイリス! 何かわかったのか!?」
突然、しかもまさか声を上げるとは思わなかったアイリスの発言に大神が驚きの声を上げる。と、
「アイリス、背が届かなくてよく見えなかった! お兄ちゃん、抱っこして!」
返ってきたのはまさかの返答だった。
「え? …あ、ああ」
拍子抜けした大神だったが、確かにアイリスの言う通りでもある。大神はゆっくりとアイリスを抱えた。
「ほら、よいしょっと! 見えるか、アイリス?」
「うん! お兄ちゃん、ありがとう!」
モニターが見えたことに加え、大神に抱っこされたことで上機嫌のアイリス。が、それを快く思わない者も当然いるわけで。
「まあ、このガキんちょは! 図々しいったらありませんわ!」
すみれが憤懣やるかたないといった表情でアイリスを睨んだ。そんなすみれに、アイリスは目の下を引っ張ると舌を出す。
「べ~~~だ!」
そして、あっかんべーをすみれに向けたのだった。
「まあまあ、すみれくん…」
「ふん!」
大神がすみれを宥める。すみれは面白くなさそうにプイッとそっぽを向いてしまったが、そんな反応をされながらも、ここにさくらくんがいなくて本当に良かったとも思っていた大神だった。恐らくさくらがいたらすみれよりも機嫌が悪くなっていたであろうことは想像に難くないからだ。と、
「隊長…どう思われました? ひときわ大きな光点が映っていましたが…」
マリアがモニターの映像結果について大神に意見を求めた。
「そうだな…」
大神が考える。だが、アイリスを抱きかかえながらなので傍から見たら格好がつかないが、そこはまあご愛敬。そしてしばし考え、
「あの光点の大きさ…妖力が比例するとなれば、やはりあそこに天海がいると考えるのは妥当だろう。ただ、懸念もある」
「それは?」
「規則的に並んでいた魔方陣の光点の中で、あれだけが何の関係もないところに浮かんでいた。それを考えると、ヤツらの罠である確率も高い」
「確かに…」
大神の意見にマリアも思うところがあるのだろうか、考え込んでしまった。
「でも、あんな強い妖力を放っておくわけにもいきませんわ」
反対…というわけでもないのだろうが、すみれが自分の意見を述べた。
「それに時間がないんや。ある程度、キメ打ちでいかんとしょうがないで」
「一番強い奴をつぶせば間違いねえよ! 喧嘩と同じだろ?」
「アイリスもそう思うよ」
すみれの意見に紅蘭、カンナ、アイリスも賛同する。
「隊長…」
皆の意見を受け、マリアが大神を仰ぎ見た。判断は委ねる…というのだろう。
「そうだな…」
大神が再考した。だが、隊員たちがそのつもりな上に何より時間がない。正直、ここでこうしている時間も惜しかった。
(未だに引っかかるところはあるが…仕方ない)
決心すると、アイリスをゆっくりと下ろす。
「よし、わかった。あの強い光点を天海と想定しよう。帝国華撃団・花組、出動! 目指すは天海の本拠地だ!」
『了解!』
大神の指令に花組が答える。そのまま花組は光武に乗りこむと轟雷号へと搭乗し、目標地点へと向かったのだった。
花組が演算室で方針を固めていたのと同じ頃、ソーンバルケの姿は医務室にあった。そこには当人であるソーンバルケと、そして医療ポッドに入ったまま眠っているさくらの姿しかない。
「……」
ソーンバルケはここに来る前にあらかじめ用意してあった一枚のシーツをさくらが入っているポッドにかぶせる。こうすれば一糸纏わぬその肢体を不躾にジロジロと見てしまうことはない。
身体の部分にシーツをかぶせ、ソーンバルケはさくらの顔に目をやった。
「変化はなし…か」
そして、さくらの様子にそう呟く。まあ、ここを辞したのが少し前なのだから変化がないのは当たり前といえば当たり前なのだが。それでももしかしたらと思っていたソーンバルケの思惑は残念ながら外れていた。
(しかし…)
一方でソーンバルケはそんなことも思っていた。それは何か、先ほど感じたさくらの気の流れが変化しているの感じ取ったのだ。先ほどは身体から溢れそうに暴れていたが、今は大分落ち着いているように感じ取れる。そして、気のせいかもしれないがそれに呼応するかのようにさくらの表情が安らいでいるようにも見えた。
「どんな夢を見ているのかな…」
その寝顔に、ソーンバルケが軽く微笑んだ。
「ゆっくり寝ているのを起こすのは忍びないが、早く目を覚ましてくれ。皆がお前を待っているぞ」
そう語りかける。その声が聞こえたのだろうか、シーツで隠されたために見えなかったが、さくらの手がわずかにピクリと動いたのだった。
「すみれくん、この辺りだな!」
帝都某所。先ほど演算室のモニターで見たひときわ光点の大きな場所。花組はそこへと集結していた。
「ええ! この辺りの妖気の高まり…間違いありませんわ!」
すみれが確信をもって頷く。しかし、その目の前には大きな建物があるだけだった。
「行き止まりだぜ!?」
カンナが不審げに表情を曇らせる。と、
「ふはははははははは! ごくろうだな、華撃団!」
そこに人影が現れる。しかし、その人影は天海ではなく叉丹だった。
「あの男は、黒之巣会の…!」
「っちゅうことは、やっぱりこの辺に天海がおんねんな!」
親玉でないにしろ、幹部が姿を現したことに花組の士気が高まる。
「貴様ごときにかまっているひまはない! 親玉の天海はどこだ!」
大神が刀の切っ先を叉丹に向けて叫ぶ。が、
「親玉…!? フフフ…」
叉丹はそれに答えるはずもなく、薄く笑うのみだった。
「上野公園でわたくしにコテンパンにされたのを、懲りてらっしゃらないようね」
「隊長! この男を倒して、天海の居場所を吐かせましょう!」
中々に過激なことを言うすみれとマリアだったが、
「それはどうかな!?」
叉丹は気にする様子もなかった。どころか、その余裕綽々な様子も一向に変わらない。そんなときに、あやめから通信が入った。
『…大…くん? これは…ワナ…退…』
通信状態が悪いためかしっかりと傍受することはできなかったが、この内容でも十分に要点はわかるものだった。
「あやめさん!? ワナ!? まずい、総員攻撃態勢で後方へ退避しろ!」
大神が即座に退却の指令を出す。だが、
「フフフ…逃さん!」
叉丹が逃すはずもなかった。花組の退路には既に、雲霞のごとく脇侍の姿があったからである。
「クッ! こういうことか!」
自分たちの後方に広がる絶望的な状況に大神が唇を噛んだ。
「やられちゃうよ~」
「こうなったらヤケクソや!」
「やれるところまでやってやらー!」
花組の隊員たちも渋面を作るが、圧倒的戦力差を前にしても心が折れていないことだけは救いだった。だが、分が悪いのは如何ともしがたいのも変わらぬ事実である。
「くそっ! 敵の数が多すぎる!」
「隊長…どうするんだ!?」
「採る策は一つだ。みんな、生命をムダにするな! この大軍とまともにぶつかっても勝負にならない。とりあえず守備陣形をしけ! あとは脱出の機会を待とう!」
「了解、隊長! あたいたちは、こんなところで死ぬわけにはいかねえもんな!」
「そやけど…この大軍を相手にどれだけもつやろか…。このままやと、遅かれ早かれ全滅や…絶体絶命やな」
カンナと紅蘭の対照的な意見に大神も何も言えない。どっちの肩を持っても間違っているような気がしたからだ。
(いかん! 隊長の俺がこんな弱気でいちゃあ!)
目の前に広がる圧倒的物量に正直挫けかけもする大神だったが、それを表に出すわけにはいかない。もう一度隊員たちに檄を飛ばそうとしたその時だった。脇侍の最前列の数体が突然爆発したのだ。
「な、なにごとですの!?」
「あれは!?」
すみれがキョロキョロと辺りを見渡す。それとほぼ同時に、『それ』を見つけたのは大神だった。そして、
『あたしの大事な仲間を傷つけるヤツは…許さない!』
通信から聞こえてきたのは、この場にはいないはずの彼女の声だった。
「翔鯨丸!」
見上げた漆黒の空には翔鯨丸の姿があり、そして、
「さくらくん! 無事だったのか!」
そこから降下してきたのは全員が良く知る桃色の光武だった。
「遅ればせながら、真宮寺さくら参上!」
そして、脇侍たちの前に立ちはだかったのだった。
「おそいのよ! …あなたって人は!」
すみれが文句を言う。が、さくらはそんなことには構ってられないとばかりにとんでもないことを言ってきた。
「隊長! みんな! 黒之巣会の本拠地がわかりました。ここは退いてください!」
「本当?」
マリアが尋ねる。だが、疑うのも無理はなかった。しかし、さくらには迷う様子は見られない。
「説明は後です。一気に戦線を離脱します! あたしの後についてきて!」
「よし! みんな! さくらくんに続け!」
『了解!』
三十六計逃げるにしかずというわけでもないが、さくらのもたらしたその言葉を頼みとすべく、花組は戦線を退いたのだった。
「天海か華撃団か…どちらが勝つもよし…フフフ…」
華撃団が退却した戦場。一人取り残された叉丹はそう呟くと、不気味な笑いを浮かべていた。
「さくらくん!」
翔鯨丸内部。皆より一足先に、大神が艦橋のさくらの許に着いていた。
「よかった…意識を取り戻したんだね!」
「大神さん…ごめんなさい、遅れちゃって」
「とんでもない! きみのおかげで、みんなが生命拾いしたよ…」
「あたし…意識を失っていたそうですね」
再会の喜びから一段落したさくらは落ち着いた口調になって言葉を続けた。
「もう二度と目覚めないかもしれないくらい。それが…大神さんの力になれてここでこうしてお話しできるなんて…」
「さくらくん…」
「お、大神さん…あたし…」
今がどういう状況であるかを考えなければ、実にいい雰囲気である。が、そういう雰囲気は得てして長続きしないのも事実であった。
「あ! さくらだ! みんなー、さくらがいるよ! はやくおいでよ!」
「…見つかっちゃいましたね。もう…せっかくいい雰囲気だったのに」
少しぷくっと膨れているさくらの姿に大神がハハハと苦笑している中、花組の面々は次々に艦橋へとやってきた。
「よかったな、さくら! これでめでたく花組勢揃いだな!」
「さくらはんがあれぐらいでくたばるわけないと思ってたで。ホンマは休んでたんとちゃうか?」
「まったく…いつもいつも心配をかけさせますこと」
「でも…さくら、あなたどうして意識が戻ったの?」
「ええ…あたし、夢を見ていたんです」
さくらが意識を取り戻したときのことについて話し始める。
「夢…?」
「はい」
「その夢っていうのは、どんな夢だったんだい?」
ここで発言する以上は何かしらこの件に関わりのあるはずだと推察した大神が、さくらに先を促した。
「ええ…懐かしいような、暖かいような…不思議な夢でした」
『ここは…』
さくらの夢の中。そこで意識を取り戻したさくらがぼうっとした表情でそう呟いた。と、何かの気配を感じて振り返る。そこにいたのは、幼き日の自分の姿だった。
『大好きな人を守りたいなら立ち向かうことです』
そしてその、幼き日の自分が語り掛けてくる。
『愛する心は…どんな困難にも打ち勝ちます。愛を貫くということは…生命をかけて戦うことです!』
不思議と染み入るようにすうっと心に入ってくる幼き日の自分の言葉。そして、
『敵は、魔を封じ込めた門の上にいます…』
その一言を一期に、さくらはゆっくりと意識を取り戻したのだった。
「魔を封じた…門!?」
「何だと? さくら!? 今、何と言った?」
さくらの話が終わったのとほぼ同時に言葉を発したのはあやめと米田だった。そしてその顔は、二人とも驚愕に彩られている。
「は、はい…魔を封じた門の上…と」
「その驚き様…何か知っているようだな、藤枝女史、米田」
今まで壁のシミとして成り行きを見守っていたソーンバルケがここで初めて口を開いた。
「うむ…」
「……」
ソーンバルケの指摘に、米田が一瞬で渋い顔になった。そして、ゆっくりと口を開く。
「…今をさかのぼること五年前、『降魔戦争』と呼ばれる戦いがあったのだ」
「こうま…せんそう…?」
聞きなれない言葉に大神が首を傾げる。もっとも、ソーンバルケは当然として花組も全員聞いたことのない単語だった。
「うむ。古の恐るべき魔物『降魔』と戦う特殊部隊、帝国陸軍・対降魔部隊…我が僚友、真宮寺一馬と共に陸軍の精鋭を集めて設立した部隊だ…」
(真宮寺?)
聞き覚えのある名字にソーンバルケがチラリとさくらの様子を窺った。心なしか、さくらの表情は先ほどよりも固さを増したように見えた。
(血縁者か)
さくらの様子から、恐らくそうなのだろうなと理解したソーンバルケは再び米田の話に耳を傾ける。
「我々二人の他に、光武や翔鯨丸の設計者である山崎真之介…」
「……」
『山崎』という名前が出た瞬間、あやめの表情が少しだけ悲しそうに動いた。だがそれも本当にほんの一瞬で、すぐに元の顔に戻る。
「そして、ここにいる藤枝あやめくん。たった四人の特殊部隊だった。そして五年前、大量に発生した降魔との戦い…それが降魔戦争だ。我々、対降魔部隊は太古の呪法をもって…降魔を帝都の地下奥深くに封じ込めたのだ…。取り返すことのできぬ多くの犠牲を払ってな…」
「降魔戦争…そんな事件があったのか…」
初耳の事実に衝撃を受けたのだろう、カンナがそう言った以外は誰も口を開こうとしなかった。
「大神くん…何か聞きたいことがありそうね?」
大神の表情からそのことを敏感に感じ取ったあやめがおずおずと口を開いた。
「はい。まず、帝国陸軍・対降魔部隊って…どんな部隊だったんですか?」
「『光武』もない頃に剣と己の身体をもって魔と戦った戦士たち…」
「え?」
「剣と…」
「己の身体をもって…」
あやめの説明に、花組の視線が一気にソーンバルケに注がれる。実際、ソーンバルケはまさしく剣と己の身体をもって魔操機兵と戦ってきたのだから、こういった状況になるのもある意味仕方がないことではあるのだが。
「…話の腰を折るな。今は私のことはどうでもいいだろう」
「あ、ああ。そうだね。すみません、あやめさん」
大神が頷いてあやめに先を促した。そのため、花組もとりあえず注意を再びあやめに向ける。
「ええ。もうわかっているかと思うけど、対降魔部隊は現在の帝国華撃団の前身となった組織よ」
「やはり、そうですか。では、『太古の呪法』とはいったい何ですか?」
「…我々が使用した呪法とは、強力な封魔の力と引き換えに、術者の生命そのものを犠牲にする恐るべき呪法だった」
「それで犠牲になったのが、真宮寺一馬…か?」
「…そうだ」
ソーンバルケの質問に、米田が吐き出すように何とかそう答えた。
「では、その真宮寺一馬とは…」
「そう…さくらのお父様よ」
そのときを思い出したのだろうか、あやめの表情も曇る。だが、表情が曇ったのは米田とあやめだけではなかった。
「五年前…そう、その時お父様は大ケガを負って…」
「そのまま、還らぬ人となったなった…というわけか」
「うむ。真宮寺一馬…素晴らしい男だったが、気の毒なことをした…」
「いえ…父も本望だったと思います」
「そうだったのか…。さくらくんのお父上はかつて降魔と戦った。そして、さくらくんもまた…。何と言ったらいいのか、不思議な運命だな」
「そうね。きっと、さくらに流れる『破邪の血』が、夢という形で敵の本拠地を知らせてくれたのよ」
「『破邪の血』…?」
(また、聞きなれない単語が出できたな…)
ピクリとソーンバルケが眉を動かしたが、どうせすぐに説明されるだろうと口を挟むのは控えた。
「うむ。古来より真宮寺家が伝える『魔を狩る者』の血統のことだ。…今の日本には、もうわずかしか残っておらん」
「ええ。そして、さくらが感じ取った“魔を封じた門”…。そこは、五年前に魔を封じ込めた封印の地に違いないわ。そしてそれは、黒之巣会の魔方陣の中央を占める…日本橋よ!」
「日本橋!」
これにて、目標地点は定まった。
「そう、日本橋だ」
「今度こそ間違いなさそうだな!」
「いよいよ本番ですわね! 腕がなりますわ!」
「これが、最後の決戦やな!」
「これに勝ったら、もう戦わなくていいんだよね!」
「みんなっ! 準備はいいわね!」
「大神さん! 出動命令をお願いします!」
当然のごとく隊員たちの士気は高まる。そして、大神より最後の出撃命令が下された。
「ああ。みんな、これが最後の決戦だ。だが、生命を無駄にするな。必ず、ここに帰ってくるぞ!」
「はいっ!」
「了解!」
「はーい!」
「がってんや!」
「おまかせください!」
「隊長、必ず…必ず帰ってきましょう!」
「待っていろ、黒之巣会! 待っていろ、天海! 俺たちは一歩も退かない! 悪を蹴散らし、正義を示す…それが帝国華撃団だ!」
翔鯨丸の舵がそこへと向かう。舞台は決戦の地、日本橋へ。これが最後の勝負。