サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
隊長たちが初詣デートを楽しんでいる間、先生はどうしてたか…。そこにスポットライトを当てています。
では、どうぞ。
花組が天海の企みを阻止して帝都に平和が戻ってから三か月後。時は太正十三年の元旦を迎えていた。そう、正月である。
六破星降魔陣によって甚大な被害を被った帝都も少しずつ復興の兆しが見えていた。そして、大帝国劇場。
『あけましておめでとうございまーす!』
花組は支配人の米田、副支配人のあやめと共に楽屋にて新年の挨拶を交わしていた。
「大神さん! おめでとうございます! 今年も良い年でありますように!」
「あけましておめでとう、さくらくん。今年もお互いがんばっていい年にしようね」
早速さくらが大神に新年の挨拶をしてきた。大神もそれに応えるように新年の挨拶を交わす。
「はい! がんばります! あのう…」
「何だい?」
「いえ! 何でもありません! 昨年中は色々とお世話になりました。今年もよろしくお願いします!」
「あら…さくらさん。珍しく礼儀にかなったごあいさつですこと」
そこに、すみれが横から口を挟む。
「ありがとうございます。今年こそ、すみれさんのようなレディになれるよう頑張ります」
「あ~ら、おほほほ…」
正直な意見か皮肉かわからない返答をしたさくらに、すみれが額面通りに捉えたのか相好を崩す。
「あなたずいぶんセンスがおよろしくなったわ! ま、わたくしを見習って社交界にデビューできるよう精進することね」
機嫌がよくなったすみれが、そのままくるりと大神に振り返った。そして、自分の衣装を見せつけるかのように腕を開く。
「ところで大神さん。どうかしらこの服? やはりちょっと、地味かしら?」
(…どこが地味なんだ?)
金持ちの感覚はわからないなと内心で冷や汗をかきながら、大神がはははと苦笑した。あるいは上野公園で甘酒で酔っぱらった過去のあるすみれである。正月ということも相まって早速雰囲気に酔っているのかもしれない。
「ふふ…本当でしたら京都から特別に取り寄せた西陣織で仕立てた、超高級なお振り袖をご披露するはずでしたのに。残念ですわ…」
「はいはい、相変わらずよう似合うてはるで。すみれはん」
紅蘭がどーでもいいとばかりに適当にあしらう。
「あら…ずいぶんとトゲのある言い方ですこと!」
「あははは、気のせいや。なあ、大神はん!」
その口ぶりにムッとしたすみれだったが、真面目に相手にしてられないと悟ったのか、紅蘭が大神に御鉢を回した。
「ええっ?」
突然御鉢を回されて困惑した大神だったが、そこはもう一年近くこの環境で揉まれてきた猛者である。対処の仕方もそれなりに心得ていた。
「そうだね。すみれくん、よく似合ってるよ」
「そやろ? すみれはん、なに着てもお似合いや!」
「あ~ら、おほほほ! わたくしの美しさに今さら気がついたんですの?」
フォローされたすみれは打って変わって上機嫌になる。それを目の当たりにした大神と紅蘭はアイコンタクトで互いの健闘を称え合った。
「隊長…今年もよろしくお願いします」
「やあ、マリア。今年もよろしく頼むよ」
「よろしゅう! 中国の正月はまだ先やさかいおめでとうは早いねんけどな」
「そうなのか。でも、とりあえずおめでとうを言っておくよ。今年もよろしくな」
「お兄ちゃん、あけましておめでとう!」
「やあ、アイリス。あけましておめでとう」
「アイリス、今年で十一になるよ! もう少しすると結婚できるよね?」
「い、いや…ははは。まだ早いよ、まだ…」
「そお?」
続いてマリア、紅蘭、アイリスが大神に新年の挨拶をする。アイリスの発言に新年早々冷や汗をかくものの、概ねつつがなく挨拶の交換は終わった。そのまま、大神がカンナの許に向かう。
「カンナ、あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「隊長らしくなったな。なんだか、うれしいよ! 今年は、いい年になるね」
改まった挨拶が気恥ずかしいのか、カンナが鼻の頭を掻いてそんなことを言った。と、それが聞こえてしまったのか、
「えらそうに…」
すみれがカンナに聞こえるようにそう呟いた。
「何だと! このイヤミ女!」
「声が大きすぎますことよ。デカブツさん!」
「やるか! この腐れヘビ女!」
「おいおい…正月そうそう、やめてくれよ」
大神が顔を引きつらせる。だが正月ということもあるのだろうか、すみれはカンナを相手にしていなかった。…もっとも、たきつけたのがすみれなのだからそもそもの原因を作っておきながらその態度はどうなのよって話でもあるのだが。
新年早々勘弁してくれよ…と、大神が祈るような気持ちでいる中、
「大神くん…去年はごくろうさまでした。今年もがんばって…」
副司令であるあやめが労いの言葉と新年の挨拶を兼ねて大神に話しかけてきた。
「は、はい…」
あやめからの嬉しい言葉に大神がニヤける。
「大神はん、あんた…正月からデレデレやんか!」
目敏くそれを見つけた紅蘭が大神に突っ込んだ。
「ははは…」
相好を崩したまま大神が否とも応とも答えずに無難にやり過ごした。
(しかし…平和とともに迎えるお正月はホントにいいものだなあ…)
楽屋のまったりとした雰囲気に大神が心底そう思う。花組がこうやって正月を和気藹々と迎えている頃、ただ一人別行動している花組の隊員がいた。
「ふぅ…」
帝都某所。疲れたように溜め息をついているのは花小路である。天海の企みは何とか防いだものの、帝都に残された傷跡はまだまだ根深い。その戦後処理に奔走するのは政治屋である彼らなのだ。そしてこんな非常時だからこそ、彼らには大晦日も正月もなかった。夜通しの喧々諤々の会議が、今ようやく終了したのである。
「大分お疲れのようだな」
そんな花小路を迎えたのが、唯一別働の花組の隊員だった。
「ソーンか。すまないね、待たせて」
「何の」
彼…ソーンバルケが気にするなとばかりにヒラヒラと手を振った。
「待たされている間はゆっくりしていたからな」
「すまんな。本来なら正月から借り出すような真似はしたくなかったのだが…」
言葉通り実に申し訳なさそうに花小路が詫びた。正月ぐらいはゆっくりさせてやりたかったというのが本音である。しかし…
「何分、家の者も正月ということでほぼ全員暇を取っていてね」
「だから、そう気に病むな。それに、要請があればお前に従うことになっていただろう? その責務を果たしただけのことだ」
「そういってもらえると助かるよ」
疲れたように苦笑する花小路の肩を、労うようにポンポンとソーンバルケが叩いた。
「この後は?」
肩を並べて歩きながらソーンバルケが花小路に尋ねる。
「とりあえず急を要するものは片付いたよ。流石に他の連中も新年を迎えて少しはゆっくりしたいのだろう。再開は三が日の後ということになった」
「ふむ。予定通りか」
「うむ」
車に乗り込んだ花小路が頷く。その隣にソーンバルケも乗り込み、二人が乗り込んだのを確認すると車はゆっくりと動き出した。
「ということで、君の仕事もとりあえずここまでで構わんよ」
「そうか」
「重ね重ねすまなかったな」
「もう言うな。お偉方の苦労はそれなりにわかっているつもりだ」
「ほう?」
これはいいことを聞いたとばかりに花小路が興味津々の顔になる。
「どういうことかな?」
「気にするな。話すつもりもないしな」
「ふむ…」
それ以上何も喋りそうにない様子のソーンバルケに諦めた花小路がそこで話を切った。ソーンバルケの頭に浮かんだのは、テリウスでの各国の王の顔だった。国の筆頭となれば色々な柵があるのだ。
(懐かしいな…)
必然的にソーンバルケはそんなことを考えていた。次に会うのはあの世になるだろうが、そのあの世へはいつの旅立ちになることやら…自分の数奇な境遇にソーンバルケは思わず自嘲したのだった。
「とにかく、君には今回世話になったな」
「そうか。ならば一つ、我儘を聞いてくれるか」
「ほう?」
まさかソーンバルケの口からそんな言葉が出てくるとは思わず、花小路は今度は楽しそうな表情になった。
「君の口からそんな言葉が出るとはね、ソーン」
「…どんな人物評をしているのか知らないが、私とてたまには我儘を言うことぐらいはあるさ」
「成る程、もっともな話だ。で、何を所望かな」
「別に所望するものなどないさ。ただ、このまま行ってほしいところがある」
「どこかね?」
「大帝国劇場」
ソーンバルケの返答を聞いた花小路はわかったと頷くと、運転手に大帝国劇場へ向かうように指示したのだった。
大帝国劇場近く。
「ここでいい」
少し大帝国劇場から離れた場所まで送られたソーンバルケが、そう花小路に伝えた。
「いいのかね?」
「ああ」
「ふむ、わかった」
頷くと、花小路が運転手に停車するように指示を出す。花小路の指示に従い、運転手はすぐ側の路肩に車を止めた。
「すまないな、助かった」
「何の」
ソーンバルケは車を降りると中に乗っている花小路に視線を向ける。
「では」
「うむ。しっかりやりたまえよ」
「そんなもんじゃない」
「わかっておるよ」
そう納得しながらも、花小路はらしくもなく含み笑いを浮かべてそのまま去っていったのだった。
「やれやれ…」
何を勘違いしているのやらと疲れたような溜め息をつくと、ソーンバルケは踵を返す。そして大帝国劇場…ではなく、そこにほど近い公園へと足を向けたのだった。
「あ」
「来ましたね」
「おっそい!」
公園内の指定の場所に向かったソーンバルケ。そこに待っていたのはかすみ、由里、椿の三人だった。
「そう言うな」
ソーンバルケが苦笑しながら彼女たちと合流する。
「仕方ないだろう。仕事なんだから」
「ええ、わかってます」
「けど、待たされたのも事実なんだからね?」
「そうですよぉ」
「それは確かに申し訳ないが…ちなみに、どのぐらい待たせた?」
「えっとねえ…」
「十分ぐらいですよ」
「ちょっと、かすみさん!」
由里が口を開く前にかすみがそう言った。それを聞いた由里が慌ててかすみに食って掛かる。
「ダメじゃないですか、正直に言っちゃあ!」
「あら、どうして?」
「こういう時はサバを読んで、大きな貸しにしておくんですよ! そうすれば、それをネタにして色々とオイシイ思いできたのに…もう」
「あはは…」
由里のあけすけな物言いに椿が苦笑する。が、苦笑していたのは何も椿だけではない。
「気持ちはわかるが、そういうのは対象者の前で堂々と言うのはどうかと思うぞ?」
苦笑に呆れも入ったソーンバルケが由里にそう忠告する。
「いーわよ別に。どうせもうバレちゃったんだし」
面白くなさそうにぷくっと頬を膨らますと、ふんっと由里はそっぽを向いてしまった。
「困ったものだ」
お手上げとばかりにソーンバルケはかすみと椿に視線を向けたが、二人もどうしていいものかわからずただ苦笑しているだけだった。
「ま、いい。では行こうか」
「ええ」
「そーね」
「はい」
ソーンバルケの言葉に三人が頷く。そして四人は一塊になると動き出したのだった。
「しかし、良かったのか?」
目的地へと向かう道すがら、ソーンバルケが振り返って三人に尋ねる。
「何が?」
代表して由里が聞き返した。
「いや、今日は新年一日目だろう?」
「そうね。それで?」
「そんな日に、何も私と出かけなくても…」
「あら、ご迷惑でした?」
ちょっと心外な様子でかすみがソーンバルケに尋ねる。
「誤解するな、そういうわけではない」
慌ててソーンバルケが否定する。
「ただ、他に何か予定があったのではなかったのかと思っただけだ」
「予定なら、今こうしてるじゃないですか」
椿がニコッと微笑みながらそう答える。
「ん?」
「こうやって、皆でお出かけするのが予定です」
「いや…」
そういうことではないのだが…と反論しようとしたソーンバルケだったがやめた。この調子では永遠に会話がかみ合うことはないだろうと悟ったのである。
(まあ、いい)
こんな日に何も私と出かけるなどと、物好きだな…と思わないでもないソーンバルケだったが、三人の表情を見るに不満はなさそうなので余計な口出しをするのはやめておいた。
…無論、こんな日を共に過ごす特別な男がいないのかと聞くのも却下である。それに対する回答は、あの時にもらっていたからだ。
(…実に不憫な)
ソーンバルケは内心で三人に対して憐憫の情が募るのを抑えきれなかった。と、
「…ねえ?」
不意に由里がソーンバルケに話しかけてきた。心なしか、その表情は少し不満げに見える。
「何だ?」
「今、何かすっごいあたしたちに対して失礼なことを考えなかった?」
「そんなことはない」
「本当ぉ?」
「無論」
「ふーん…」
胡乱気な目で見る由里に対し、外面は何とか平静を装うものの内心、ソーンバルケは心臓バクバクだった。
(コイツは化け物か? どれだけ勘が鋭いんだ…)
デインの狂王や暁の女神とはまた違う空恐ろしさを感じ、ソーンバルケは内心ヒヤヒヤだった。幸いだったのは、
「ま、いいわ」
と、由里が追撃の手を緩めてくれたことである。
「さーて、それじゃあキリキリ行くわよ!」
「そうだな」
とりあえず難を逃れたことにホッとしてソーンバルケたちは移動する。最初の目的地は神社だった。
と言っても、ソーンバルケは知らないことだが大神たちが向かった明治神宮のような名の知れた大きい神社ではなく、公園から程近くにある小さな神社である。穴場なのか、それとも参拝客はご利益を求めて大きいところ、人の多いところへ向かうからか参拝客はそれほど多くない。
「何はなくとも、まずは初詣よね」
「そうね」
「当然のことです」
うんうんと頷く三人だったが、神社など知るわけもないソーンバルケには何故、何はなくともなのかわからない。そもそも、神社での儀礼や作法も知らないのだから無理もないことだが。
「さ、行きましょう」
「そうそう」
「お参り、お参り」
そんなソーンバルケの内心など知る由もなく、かすみたちはソーンバルケを引き連れて神社へと足を踏み入れたのだった。
「あ、ソーンさん。中央を歩かないでください。中央は神様が通る道なので」
「そうか、わかった」
「ここです。ここの手水屋での水で口と手を清めてからお参りするんですよ」
「成る程…」
「参拝のしきたりは二礼、二拍、一礼って言ってね。まず二回頭を下げて、二階柏手を打つ。それでお祈りして、終わったら一礼して下がるのよ」
「ふむ」
途中、三人に色々教わり、見様見真似で参拝を終えたソーンバルケと先生役のかすみたち三人娘はそのまま御神籤を引きに行った。
「これは?」
勿論、御神籤など知る由もないソーンバルケが御神籤について尋ねる。
「御神籤っていうんです」
「籤…とは、あの籤か?」
「どの籤が頭に浮かんでるかわからないけど、たぶんそれだと思うわよ」
「由里さん、そんな無責任な…」
「だって、ソーンの頭の中なんてわかるわけないもの」
「まあそうですけど…」
悪びれない由里に対して苦笑する椿に、かすみが御神籤の説明をする。
「ここから一枚籤を引くんです。そこに、今年の運勢が書いてありますから」
「成る程、大方は予想通りか」
「まあ、運勢って言ってもその通りになるわけじゃありませんから」
「そうそう。要は運試しよ」
「ということで、早速引いてみましょう」
「わかった」
三人に促されてソーンバルケは御神籤を引いた。続いて三人も引く。
「これを、どうすればいい?」
「ちょっと待ってくださいね」
椿が自分の御神籤と混同しないように自分のものをポケットに入れてからソーンバルケの御神籤を受け取った。
「ここのは紙に直に印刷してあるタイプなので、接着面を剥がせば…。はい、どうぞ」
程なく接着面を剥がした御神籤を椿がソーンバルケに返した。
「中を開いてください。そこに色々と今年の運勢が書いてあるはずです」
「わかった。すまないな」
「いえいえ、このぐらい」
ニッコリと微笑んで返すと椿もいそいそと自分の御神籤を開けた。やはり気になるのだろう。その様子を微笑ましく眺めながら、ソーンバルケも手渡された自分の御神籤を開く。
(ふむ…)
中に書いてある本年の運勢を読んでいくソーンバルケ。目を滑らせていったが、とある部分でその動きが止まった。
「……」
そこに書いている内容に表情がこわばる。が、それも一瞬のことでその後は止まることもなく読み切った。
「これは、どうすればいい?」
内容を読み終えたソーンバルケが三人に尋ねる。
「好きにしていいんですけど、一般的にはいい結果なら持ち帰って、悪い結果ならそこに結んで帰る感じかしら?」
「そうですね」
「で、結果はどうだったの?」
ひったくられても面倒なので、ソーンバルケは自身の御神籤を由里に手渡した。
「どれどれ…?」
興味津々といった感じで由里と、左右からかすみと椿が覗き込む。そこには、『末吉』と書いてあった。
「あー…」
「これは…」
「うーん…」
どう反応したらいいものかといった様子で三人が押し黙ってしまう。
「その様子では、あまりいい結果ではなさそうだな」
内容を読んである程度は理解していたが、三人のその微妙な反応で自分の理解が間違っていなかったことを確信する。
「あー、うん、まあね」
どう反応したらいいものかといった感じで由里が頷いた。
「まあ、可哀相だからこれ以上中身は見ないでおいてあげるわ」
「そうね」
「ですよね」
三人で示し合わせたようにうんと頷くと、由里がソーンバルケの引いた御神籤を返す。
「良くはない結果なので、そこに結んでいったらどうですか?」
「その方がいいと思いますよ」
「そうか。では、そうしよう」
かすみと椿の進言に従い、ソーンバルケは近くにあった同じようにたくさんの御神籤が結ばれているところにそれを結ぶ。
「お前たちはどうだったんだ?」
結び終えたソーンバルケがそう尋ねると、
「へへー…」
由里が嬉しそうにニマニマと笑った。そして、
「じゃん!」
自分が引いた御神籤を開いて見せる。そこには、『吉』の文字が印刷されていた。
「実は私も」
「私もなんですよ」
かすみと椿もそれぞれ自分の御神籤を見せる。そこには、由里と同じように『吉』の文字が書いてあった。
「それは良いのか?」
御神籤の運勢の序列もいまいちわかっていないソーンバルケが三人に尋ねた。
「一応、上から二番目です」
「そうなんですよ」
「そういうこと。ちなみに、ソーンが引いたのは下から二番目ね」
「ちょっと、由里!」
由里の失言(?)に、かすみが慌てて窘めた。
「やめなさいって、そういうこと言うのは」
「あー、ごめん。ちょっと配慮がなさ過ぎたわね」
窘められて反省したのか、由里が珍しく素直に頭を下げた。
「いや、気にするな」
対して、ソーンバルケは言葉通りさして気にもした様子はない。
「今更どうにかなる話でもないしな」
「あー…ホントゴメン」
「だから、気にするな。それに、そう何度も言われた方が引っかかる」
「それもそっか。…ということで、この件はここまでということで」
「もう…相変わらず調子いいんだから」
「あはは…」
これには椿も苦笑いする他はなかった。
「ま、私のことはともかく、お前たちは新年早々いいことがあったようでなによりだ」
「ええ」
「うん」
「はい」
ニコニコ微笑むと、三人はそれぞれ自分のバッグにその御神籤を入れる。
「さて、それじゃあ次に行きましょうか」
音頭を取った由里に、残りの三人は仕方ないなぁ…といった表情になった。が、由里はそんなことに気付いていないのか気にしない。
「ほらかすみさん、椿も」
「はいはい」
「わかりましたよ」
「ソーンもね!」
「ああ」
かすみと椿はお互いの顔を見合わせると苦笑して由里の許に駆け寄った。その後を、ソーンバルケがゆっくりと歩いていく。
きゃいきゃいといつ終わるかもしれぬお喋りをしながら次の目的地へと向かう三人。その後ろからついていくソーンバルケは、保護者同然の気分で導かれるままに三人の先導に従ったのだった。
「ん~♪」
銀座某デパートにあるレストランにて、甘いものを口に運んだ由里がこれ以上ないほどの至福の表情を浮かべた。
「美・味・し・い~っ!」
「それは何より」
その姿に苦笑するソーンバルケ。かすみと椿も由里ほどではないが顔をほころばせながら同様に甘いものを食べている。ものじたいは三者三様でかすみはあんみつ、由里はパフェ、椿はケーキだった。
「でも、いいんですか?」
あんみつを食しながらかすみが聞いてきた。
「何がだ?」
「ここ、ご馳走になっちゃって」
「かすみさん!」
由里が慌てて横から口を挟む。
「もう! そんなこと言わなくっていいんですよ!」
「え? どうして?」
「だって、それでソーンの気が変わって奢ってくれなくなったらどうするんですか!」
「由里さん、正直すぎ…」
椿が少しジト目になって由里から距離を置いた。しかし、そんなことで臆するような由里ではない。
「何言ってるのよ! 他人の厚意はありがたく頂戴するもんでしょうが!」
「それはそうですけど…」
椿はまだ納得いかないようだった。が、
「何よ。だったら椿だけ別会計で自腹切る?」
「ご馳走様です、ソーンさん!」
「あらあら…」
「おいおい…」
由里に突っ込まれた結果の椿の変わり身の早さに、かすみとソーンバルケは苦笑を禁じ得なかった。
「人の御厚意はありがたく頂戴しないといけないですよね、由里さん」
「そういうことよ♪」
由里と椿が顔を見合わせるとぐっとサムズアップする。
「重ね重ね、すみません」
そして子の不始末を詫びるかのようにかすみが頭を下げた。それに対して、ソーンバルケは気にするなとばかりにヒラヒラと手を振る。
「給金を貰っていても使うこともないのでな。貯め込むのも悪くはないが、貯め込んでいるだけでは何の役にも立つまい」
「そうそう。お金は使ってこそナンボよね」
「使いすぎは良くないですけど…」
そこで椿がチラッと由里に目をやるが、由里はパフェにご満悦だからか気づいてないようだった。そのことにホッと胸を撫で下ろして椿がケーキの続きにパクつく。
「この二人は、もう…」
「お前も大変だな」
「そうなんですよ…」
もう慣れっことは言え、気苦労は嵩むのかかすみがふぅとため息をついた。が、それも甘いものが中和するのか由里や椿と同じように再びあんみつを口に運び始めて機嫌が直る。そんな三人を肴に、ソーンバルケはお茶を飲む。
「まあ、こちらとしても助かりはしたがな」
「服のこと?」
「ああ」
由里の指摘にソーンバルケが頷くと傍らに置いてある紙袋に目をやった。そこには、ソーンバルケが着る服が数着入っていた。かすみたち三人に見立ててもらったものである。
前回…といっても三か月も前のことになるが、天海との最終決戦で殿に残ったソーンバルケは米田やあやめの援護もあり見事その任務を果たしたもののズタボロになってしまった。幸いにして生命に別条はなかったが、その代わりに着ていた服がボロボロになってしまっていたのである。とりあえず勤務中は支給された制服を着ていればいいから問題はなかったのだが、逆に言えば手持ちが制服しかなかったので四六時中制服姿で過ごすようになってしまった。流石にそれはどうかと帝劇の面々が指摘したので服を新調することにしたのだが、そういったことに頓着してこなかったソーンバルケとしてはどうしたらいいものかとある意味戦いよりも困った問題になったのだった。
そこで、恥を忍んでというわけでもないのだがかすみたちに相談したところ見立ててくれることになったのである。ただ、なるべく早くにその機会を設けるつもりだったが、大帝国劇場の立て直しと、何より市場の正常化にも思いのほか時間がかかってしまったこともあって先送り、先送りになり、ようやくここでその機会が巡ってきたのであった。
ただ、ソーンバルケとしては新年早々自分の用事に突き合わせてせっかくの休みを潰すのも悪いかと思ったので、もう少し後でもよかったのが本当のところである。ここまで来たなら後少しぐらい待っても別に変わらないからだ。が、三人は別に正月で問題ないと言う。それはありがたかったのだがその一方で、
(新年を一緒に迎えてくれる相手がいないのだろうな…)
という、先ほども少し頭に引っかかったことに思い当たり、本当に不憫な…と、内心で涙を隠しきれなかった。勿論、そんなことを馬鹿正直に言えば以前の二の舞になるので口に出すことはしなかったのだが。
ともあれ、そんな経緯もあってこうして三人に服を見立ててもらい、そのせめてものお礼ということで食事をご馳走しているのである。
(まあ、自分たちが欲しいものもあったようだし、それにそれをちゃんと自分の金で購入していたからな。他人に集らないだけマシだ)
三人には今までの恩もあって財布に差し支えない程度だったら何かプレゼントしても良かったのだが、その気もなかったようだった。そこでここの代金を持つということにもつながるのだが。
「ふぅ…」
一息ついてソーンバルケは三人の様子を窺う。相変わらずそれぞれの甘いものに舌鼓を打ちながら楽しそうに和気藹々とお喋りをしていた。
(しかし毎度のことながら、よくもまあ飽きもせずに話題があるものだ…)
どうしてもそこに着眼してしまうソーンバルケ。自分が口数が多い方ではないことは自覚しているが、それを差し引いてもよくもまあ話のネタが尽きないものだとある意味感心していた。その中心にいるのは当然ながら由里である。だが見飽きるほど見てきたこの光景も、
(平穏な日常あればこそ…か)
そこに行きつく。普段の生活を送るためには当然ながら普段の日常があってこそ。つい先日までは、それすら覚束なくなるかもしれなかったのだ。であれば、今もこうしてこの光景を見れるのは感謝すべきなのだろう。目の前の三人に、ソーンバルケは改めてそう教えられるような気がした。と、
「? どうかした?」
由里が首を傾げてソーンバルケに尋ねる。自分たちを見ている視線に気づいたのだろう。
「いや…」
ソーンバルケは軽く首を左右に振る。
「何でもない」
そして、そう答えたのだった。
「そう?」
「ああ」
「ふーん…」
由里はどうにも納得がいかない表情である。とはいえ、ここがこうだからおかしいといった具体的な指摘もできず、それ以上突っ込むこともできなかった。
(変なの…)
どうにも納得できない違和感にモヤモヤしながら、そのモヤモヤを吹き飛ばすように由里はパクっとパフェを口に運んだのだった。
「しかし、新年早々開いていてくれて助かったな」
ゆっくりと周囲を見渡しながらソーンバルケがそんなことを呟く。
「ここのことですか?」
椿が小首を傾げて訪ねてきた。
「ああ」
「そうですね」
かすみも同意して頷く。
「まだ帝都の傷跡は癒えてませんけど、それでも生活していくには日々を取り戻さないといけませんから」
「そうね。もっとも、このデパートはああなる前から年中無休がウリだからね」
「働いてる人の身としては大変なのでしょうけど、利用する身としては本当に助かりますよね、こういうところ」
「ええ。だからこそ、ソーンの服も見立てられたんだし」
「お前たちの腹も満足してくれたようだしな」
「ちょっと、ヤダ!」
健啖なことを揶揄されたとでも思ったのか、三人が頬を赤らめる。
「もう、デリカシーがないんだから!」
「それはすまん」
「絶対に悪いと思ってませんよね…」
「そんなことはないさ」
「ふーん。…それじゃあ、追加しても構わないですか?」
「何?」
かすみの発言に驚いたソーンバルケだったが、そのときにはもうかすみはウエイトレスを呼んでいた。
「あ、かすみさん、あたしもあたしも!」
「私も」
由里が堂々と、椿が控えめながらもかすみの意見に乗ってメニューを開く。まだ食べるのか…と呆れたソーンバルケだったが、止める術は持たないためどうしようもなかった。
(しかし…『女三人寄れば姦しい』とは、本当によく言ったものだ)
飽きもせず喋りながらメニューを見て次の標的を探す三人の姿にソーンバルケは半ば呆れたのだった。そしてそんな正月を過ごしていたソーンバルケと帝劇三人娘に、驚くべき報せが入ってきたのはそれから間もなくのことだった。