サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
いよいよクライマックスに入っていきます。もう少し、お付き合いください。
では、どうぞ。
「遅くなった!」
大帝国劇場、作戦司令室。息せき切らせてソーンバルケが駆け込んできた。その後に、
「司令、副司令!」
「お疲れ様です!」
「遅くなりました!」
「かすみ! 由里! 椿!」
さっきまでソーンバルケと一緒にのんびりショッピングをしていた三人が続き、その姿に思わずそこに待っていたあやめが驚きの声を上げていた。
「あなたたち、どうして!?」
「少し私に付き合ってもらってな」
「何だよ、デートか?」
米田が茶化すようにニヤついた顔をソーンバルケに向ける。その言葉に、かすみたち三人は心なしか顔を赤らめる。が、
「茶化すな」
心外だとばかりにムッとした様子のソーンバルケに、三人は少しだけ不満そうなガッカリしたような様子を見せたのだった。その状況に気付いた米田たちだったが、そこは口を差し挟まないでおく。
「それより、状況は?」
「ええ」
あやめが頷くと、あるものをモニターに映した。そこは明治神宮。今まさに、大神たちが初詣に行っている場所である。そしてその大神たちを、見たこともない異形が取り囲んでいる様子だった。
「うっ…」
「いやぁ…何あれ…」
「気持ち悪い…」
その姿に、かすみたちが嫌悪感を露にする。ソーンバルケは何も言わないが、表情は三人と同じように嫌悪感を滲ませていた。
(ラグズ…いや、それはラグズに失礼か。化身したどのラグズにも似ても似つかん。それに実際に見ているわけではないが、憎悪と敵意はここからでも感じる。やつらが『降魔』か?)
かつての米田の話を思い出し、そしてこの異形の姿にその思いを深める。
「とにかく出撃するぞ! おめえらも手伝え!」
「はい!」
「了解!」
「わかりました!」
かすみたちは一瞬で表情を引き締めると敬礼し、すぐさま作戦司令室を出ていったのだった。
「ソーン、おめえは待機だ。といっても、ここで留守番してろってわけじゃねえ」
「翔鯨丸の発進準備が済み次第、我々は現場に向かうわ。あなたもついてきてちょうだい」
「わかった」
頷いたソーンバルケが直後に米田たちに尋ねる。
「あれが、降魔か?」
「ああ」
「ええ」
ほぼ同時に米田とあやめが頷く。
「そうか…」
当たるとは思っていたが、それでも外れていてくれればというソーンバルケの予想は見事に裏切られた。
「…ったく、俺が生きてるうちにまた出てくるとはな」
「しかし、何者が…」
「そいつはおいおいわかるだろうよ」
苦虫を噛み潰している表情の米田と苦悶に顔を顰めているあやめ。そしてその降魔の様子をジッと見つめるソーンバルケ。三者三様のその姿は、翔鯨丸の発進準備が整うまで続いたのだった。
「また会えましたね、帝国華撃団の諸君」
「貴様は…!」
ソーンバルケたちが指令室に到着する少し前、明治神宮。そこには大神たち花組の姿と、
「我が名は、葵叉丹」
そして黒之巣会壊滅後に姿をくらませていた叉丹の姿があった。
「黒之巣会め! まだ生き残っていたのか!?」
自然、大神の表情が険を帯びる。が、
「黒之巣会…? バカバカしい」
叉丹は侮蔑するようにそう吐き捨てた。
「天海ごときではあの程度が限界さ。しょせん、徳川に飼われていた坊主」
「なに…!」
思いもよらぬ叉丹の告白に大神が絶句する。そんな大神を見据え、叉丹が凶悪な笑みを浮かべた。
「だが、この葵叉丹は違うぞ! 容赦などせぬ! 貴様みたいに、女にうつつを抜かしてるようなくだらん男に、私を止めることは無理だ」
「なんだと!」
「この帝都を根こそぎ破壊し、人間どもを恐怖のどん底へ突き落してやる!」
「貴様の目的はなんだ!?」
看過できぬことを言われたとあって、大神が激しい怒りを叉丹にぶつける。だが、叉丹は柳に風とばかりにその大神からの怒りを受け流した。そして、涼しい表情になる。
「目的? くくくくくく…」
直後、嘲るように笑い出した。そして、
「俺は、人間どもが幸せな顔をしているのが嫌いなのさ! 苦しみ、恐怖して泣き叫ぶ姿が俺にはたまらなくうれしいんだ」
ドン引きもいいところな身勝手な理由である。そして当然、花組がそれを良しとするわけがない。
「そんなこと…絶対許さない!」
さくらの表情が憤怒に彩られた。だが、叉丹にそれが届くわけもない。
「俺は、お前たちが愛する人や物のすべてをぶち壊してやる!」
「なに!」
「ふふふふ…来たれ! 帝都の下層に息づく、抑圧されし魔の者よ! 我こそは、魔の解放者なり! いでよ! 降魔!」
叉丹が呼ぶ。それと同時にその異形…『降魔』が姿を現した。
「これは…!?」
いきなりの降魔の襲来に、流石のマリアも驚きと動揺を隠せない。
「な、何やの!? こいつら」
「気をつけて! みんな!」
花組が一塊になって警戒態勢をとる。そこへ、
『なんとか間に合ったようね!』
あやめからの通信が入ったのだった。
「あっ! 翔鯨丸!」
「あやめさん!」
「翔鯨丸や! 助かったで!」
「よぉし! メッタクソにしたるぜ!」
「よし、みんな行くぞ! 敵を光武で迎え撃つ!」
「みんな、行くよ!」
翔鯨丸から落下してきた光武に乗りこむと、花組は戦闘準備に入ったのだった。同時刻、翔鯨丸内部ではあやめとかすみたち三人、そしてソーンバルケの姿があった。
「ソーン、あなたは少し待機していてくれない?」
花組の光武を射出した後、あやめがソーンバルケにそう水を向けた。
「何故だ?」
そうする理由がわからず、ソーンバルケが尋ねる。猫の手も借りたいから私まで借り出したのではないのか。そう考えたソーンバルケに対し、
「少し様子を見たいのよ。もしかしたら、こちらで攻撃をする可能性もあるし。そうなると、あなたまで巻き込みかねないから」
そう答えたのだった。
「そうか」
そう言われては従わないわけにはいかず、頷くとソーンバルケは花組の健闘を祈りつつ待機するしかなかったのだった。そんな中、花組たちと降魔の戦いが始まる。その様子を、あやめは厳しい表情で見ていたが、ソーンバルケには気付いてしまった点があった。あやめの視線が一瞬だけ驚きというか、懐かしさというか、そういったものを含んだように見えたのだ。
(何だ…?)
どうにもその視線が気になったソーンバルケがあやめがそういった視線になったと思われたときの視線の先へと目を移す。そこには鳥居の上で仁王立ちしている叉丹の姿があったのだった。
『帝国華撃団、参上!』
戦場にて構える花組の総員。と、
「ハハハハハハハ! 虫けらにしては威勢がいいな!」
聞きなれぬ声が聞こえてきたのだった。その発生源…鳥居の上に目を向けると、そこには叉丹の他に見知らぬ人影が三つほどあったのだった。
「我が名は猪! 三騎士の一人だ! また会おう! もっとも貴様らが生きていればの話だがな!」
「俺の名は鹿。三騎士の一人だ。もしも生き延びることができたら、次はこの俺が相手をしてやる!」
「アタシは三騎士の一人、蝶。このアタシに会えるなんて、幸せなヤツらね。オホホホホホホ。死ぬ前にこのアタシに会えたことを神に感謝するのね」
そして叉丹以外の猪、鹿、蝶と名乗る三つの人影は次々に戦場から姿を消したのであった。
「貴様らごとき、私が手を下すまでもない。その者たちが充分なもてなしをしてくれるだろう。では、失礼…」
最後に叉丹がそう言い残し、三騎士に遅れて姿を消した。残ったのは叉丹が呼び出した降魔たちのみ。
『今までの敵とは違うわ! 気を付けて!』
「了解!」
あやめからの通信を受けた大神が目の前の降魔を睨みつけた。
「皆、行くぞ!」
『了解!』
「油断はするな! まだこいつらがどれほどの強さなのかわからないんだからな! いつも通りに行く! マリア、紅蘭、やつらの牽制を! アイリスは下がって、他の皆で当たるぞ!」
「了解!」
「任しとき!」
「よし、作戦開始!」
「はああああっ!」
「ほいっ!」
大神の合図と同時にマリアと紅蘭が降魔に発砲する。が、
「! そんな!?」
「ほとんど無傷やて!?」
攻撃をくらった降魔に碌な損傷が見られず、マリアと紅蘭は驚きを隠せない。天海の天照と同等か、それ以上の耐久力である。
「だったら!」
カンナが飛び掛かって自慢の拳打を見舞った。流石にそれは効いたのか降魔は悲鳴を上げたが、少しよろめいただけで致命傷には程遠い。
「それなら!」
「私たちが!」
ならば刃物とばかりにさくらとすみれが斬りかかったが、それもカンナの攻撃と同じく少々皮膚を切り裂いただけでとてもではないが致命傷にまでは至らない傷口だった。その結果に驚きを隠せない三人に追い打ちをかけるかのように降魔が攻撃を仕掛けてきた。
「っ!」
「くっ!」
「ちっ!」
慌ててそれを何とかかわすとさくらたちは距離をとる。
『ダメです、大神さん!』
『なんて固いんですの!』
『どういう構造してやがんだよ、こいつら!?』
さくらたちから入ってくる報告に大神の表情が歪んだ。
(戦力に差がありすぎるのか!? どうする!?)
大神が苦悶の表情を浮かべる。それは、はるか頭上の翔鯨丸でも同じだった。
「そんな…」
「うっそー!?」
「光武の攻撃が、まるで効かないなんて…」
操縦や管制を行いながら状況を確認しているかすみたち風組の三人が驚きの声を上げていた。それは彼女たちのように声を上げることはなかったが、ソーンバルケも同じ思いだった。
(藤枝女史が私に待ったをかけたのは間違いではなかったということか…)
正直、実際に立ち会ってみなければどうなるかはわからないが、眼下の状況を考えればあやめが待ったをかけたのは正解だったと言わざるを得ない。内心で感心しつつも、それでこの状況が好転するわけでもない。そのため、ソーンバルケはあやめに判断を仰いだ。
「どうする?」
「そうね…」
ソーンバルケの一言にハッとなったかすみたちもあやめの判断を待ってその様子を注視する。しかし、眼下にて苦戦している大神たちの様子に、あやめが判断を下すのは大した時間を取らなかった。
「大神少尉」
肚が決まったのか、あやめが大神に通信を入れる。
『あやめさん!?』
「翔鯨丸で砲撃します。危険だから、鳥居の奥まで退避!」
「大神ぃ! 全員退避しねえと砲撃ができねえぞ! さっさと逃げろ!」
かすみたちからの報告に対処していた米田も静観していられなくなったのか、続けざまに大神に通信を入れた。
『了解! 全員、鳥居の奥に退避だ!』
『了解!』
司令と副司令からの命令で、花組は降魔に後ろを見せないようにお互いの背後を固めながらじりじりと後退しだした。降魔の攻撃をいなし、アイリスに回復してもらいつつ全員鳥居の奥へと退避していく。そして暫く後、どうにか全員が鳥居の奥へと退避することに成功した。
『あやめさん、退避完了しました! 砲撃を開始してください!』
「よくやったわ、大神少尉! 翔鯨丸、砲撃用意!」
あやめが答えると、そのままかすみたちに指示を出す。
「了解! 翔鯨丸、砲撃準備!」
「弾薬装填、完了!」
「仰角修正、照準合わせ!」
「撃てぇぃ!」
あやめの号令と共に、翔鯨丸の艦砲射撃が始まった。そしてある程度の砲弾の雨が降り注ぎ、それは降魔に確かなダメージを与えたのだった。
「砲撃完了。敵はまだ生きてるけど、かなり弱っているはずよ。大神少尉! 今なら勝てるわ、敵を殲滅してください!」
『了解!』
大神の力強い返答を聞いてあやめが頷くと、ソーンバルケに振り返った。
「ソーン、あなたもお願い」
「わかった」
「かすみ、この近辺で着陸できるところに緊急着陸」
「了解!」
「無理そうなら着陸はしなくていい。ある程度の高さまで降下してくれたら、後は飛び降りる」
「おいおい…」
なんて無茶言いやがるとでも言いたげに米田が呆れた表情になった。由里や椿たちも同様だったが、ソーンバルケはふざけている様子など片鱗も見せない。元々、冗談など言う性格でもないので当然と言えば当然なのだが。
「大丈夫なの?」
あやめも驚きを隠せぬ様子でそう尋ねた。
「あくまである程度ならの話だ。行けるかどうかは私が判断する」
「大丈夫なのかよ?」
「己の力量はわきまえているつもりだ。それに、着陸場所を探してウロウロしているうちに戦闘が終わってしまっては元も子もあるまい」
「まあ…そりゃあ…確かになぁ…」
「信じていいののね?」
「ああ」
「わかったわ。かすみ、ソーンの指示に従って」
「は、はい!」
戸惑いながらもかすみが返答を返した。一方その頃、明治神宮では花組と降魔たちの第二ラウンドが始まっていた。
「せいっ!」
カンナの体重の乗った正拳突きが降魔にヒットすると、降魔は先ほどとは違って派手に吹き飛んだ。
「ギ…ギギ…」
そして立ち上がるものの、その挙動は明らかに遅い。
「行けるぜ!」
「ああ!」
その手ごたえにカンナが振り返ると、大神も力強く頷いた。
「皆、今見た通りだ! この状態ならいつも通り戦えば勝てるはず! だが決して無理はするなよ! 行くぞ!」
『了解!』
カンナの攻撃の結果に勇気づけられた他の隊員たちも大神の指揮のもと降魔に襲い掛かる。いつものように攻撃を重ねていき、四体いる降魔のうち、三体までは何とか倒すことができた。
「あと一体!」
残る一体にターゲットを絞る花組。と、降魔がその殺気を感じたのか、それとも身の危険を感じたのかはわからないが、その身体に生えた翼で飛び立とうとした。
「隊長!」
「くっ!」
逃がすものかとばかりに大神が駆け出した矢先、降魔の身体に幾筋もの線が走る。そして直後、その線の通りに降魔がバラバラになった。
「え?」
驚いて見上げたその先。そこには、ヴァーグ・カティを鞘に納めたソーンバルケの姿があった。
「ソーン!」
「すまん、遅くなった」
謝罪すると、ソーンバルケが大神たちに近づこうとする。そのときだった、大神たちの乗る光武から妙な音が聞こえてきたのは。
「な、何だ、光武がおかしい!」
「! アカン…」
光武に何が起きたのか、何が起こっているのか。それに最初に気が付いたのはやはり紅蘭だった。
「紅蘭?」
「みんな、脱出するんや! もう…もう光武は限界なんや!」
「何だって!?」
「早く!」
驚きつつも、紅蘭の誘導に従いそれぞれが光武を降りる。直後、その妙な音は聞こえなくなってしまったが、それと同時に光武も完全に動かなくなってしまった。
「光武が…壊れてしまったわね…」
「ああ…長い付き合いだったけど、もうこいつは使えないな」
「クスン…機体も武装もとうに限界超えとったのに。このコたちホンマよう働いたで。なあ…ゆっくり、お休み…ウチの『光武』…」
ほぼ半壊状態の光武を前にしてマリアとカンナが悲嘆にくれ、紅蘭が涙をにじませた。
「…それにしても、あの化け物の攻撃で装甲がボロボロですわ。一体、何なんですの?」
「あれが降魔だそうだ」
「! あれが…!」
ソーンバルケの言葉にさくらの表情が固くなる。ある意味、父親の仇なのだから仕方のないことではあるのだが。
「もし、あんな化け物がまた出てきたら…」
(出てくるのだろうな…)
大神の危惧に、言葉にこそ出さなかったがソーンバルケはそう思っていた。少なくとも、あの鳥居の上にいた連中が健在である限りは今後も出てくるのは間違いないだろう。
(次から次へと…)
問題というものは湧いて出てくるものだなと、腕組みをしてそう考えながらソーンバルケは暫く花組に付き合って光武の残骸を眺めていたのであった。
明けて翌日、一月二日。帝都日報号外。
『新たなる敵出現す』
『明治神宮大混乱』
『帝国華撃団・花組、大苦戦』
『霊子甲冑・光武、損壊か?』
紙面にはこのような言葉が並ぶ。事実なので当然と言えば当然の内容ではあるが、それを当然のことにしてはいけないのもまた事実だった。
「みっともない記事を書かれやがって、このスカポンタン!」
支配人室で米田が机をバンと叩きながら詰問する。当然、その相手は隊長である大神だ。
「申し訳ありません…」
大神が深く謝罪した。色々思うところがないわけではなかったが、事実は事実なのだから仕方ない。米田にどやされて握りこぶしが少しだけ固くなったのも、まあ仕方ないことであった。
「まったく…虎の子の霊子甲冑を全機失って帰ってくるとは…」
「はっ、面目ありません…」
「帝都の市民は黒之巣会に続く新たな脅威におびえているわ…」
現状の説明のため、あやめが口を開く。
「み~んな家に隠れて出てきやしねえから、帝都の経済もガタガタよ。俺ァよ、そのことで昨日から政府のお偉いさん方にイヤミを言われっぱなしだぜ。胃がキリキリ痛んでしょーがねーや」
「それは…お酒の飲みすぎ「なんか言ったか?」…いいえ、何でもありません!」
痛いところを突こうとした大神を黙らせてから、米田はったく、と悪態をついた。そして、
「いいか、大神! 黒之巣会を倒したからって平和ボケしてんじゃねえぞ!」
「はい!」
「これ以上醜態をさらすようなら、おまえは専業モギリに降格だ!」
「せ…専業モギリ!?」
大神にとっては実にありがたくない職務内容に冷や汗が背中を伝った。
「そいつがイヤだったら、とっとと化け物相手の対策でも考えやがれ!」
「は、はい!」
「わかったら、とっとと行け!」
「は、はい! 失礼します!」
『専業モギリ』という脅しが大分効いたのか、大神は即座に敬礼をすると慌てて支配人室を後にしたのであった。
「うふふふ…長官、少しおどかしすぎじゃないですか?」
「正月ボケで腐りきった頭にゃ、ちょうどいいんだよ。それに、治にいて乱を忘れず。平和なときにも、油断しねえこった…」
あやめが米田の言葉に頷くと、表情を引き締めた。
「先の黒之巣会との戦い…つめが甘すぎましたね」
「葵叉丹…天海の奴より、やっかいかもしれねえな…」
「……」
米田の出したその名前に、あやめの表情が曇った。
「ま、あっちはあれでいいだろう。あやめくん、ソーンの奴は来てるな?」
「はい」
「呼んでくれ」
「かしこまりました」
一礼すると、あやめが支配人室を出ていく。無人になった支配人室で米田は椅子に深々と身を寄せると表情を変えた。それは先ほど、あやめが見せたものと酷似しているものだった。
「失礼」
あやめが支配人室から辞して少し後、ソーンバルケがあやめと共に支配人室にやってきた。
「来たな」
その姿を確認すると、米田が座り直してソーンバルケに正対する。
「何か話があるそうだな?」
「おお。ちょっと聞きてえことがな」
「そうか。が、その前に私の方から聞きたいことがあるのだが構わないか?」
「あん? 何だよ?」
「司令殿、大神に何かしたのか?」
「ん?」
どういう意味だとばかりに米田が首を傾げた。
「藤枝女史に呼ばれてここに来たわけだが、その直前に大神の姿を見かけてな。随分青い顔で足早に去っていったのだが…」
「あー、そうかい」
その様子を思い浮かべたのか、米田がくつくつと笑った。その様子から、また何かろくでもないことをしたのだろうなとソーンバルケはおぼろげながら推論した。と、
「お説教よ。先の戦いの結果に対しての…ね」
あやめが大神の身に何があったのかを説明する。
「ほう?」
意外とまともだった理由に首を傾げる。だが、理由がまともでもその中身がまともとは限らない。
「あの様子では、随分脅したのか?」
「んなことしてねえよ。隊長の責任感ってやつじゃねえのか?」
米田はそんな弁明をするものの、ニヤニヤと笑みを浮かべるその姿から前言を額面通りに受け取るのは難しい。
「あいつも大変だな…」
ボヤいたその呟きに、あやめがクスリと微笑んだ。
「ま、いい。どうせ苦労するのはあいつだ」
「ヒデえな」
「その原因を作ってる御仁に言われたくはないがな」
「ま、そりゃそうか」
そこで三人揃って軽く笑うと、誰からともなく表情が引き締まった。
「それで、聞きたいこととは?」
「おう」
米田がわずかに身を前に乗り出す。
「降魔と戦ったときの手ごたえを知りてえんだ。他の連中も降魔と戦ったが、あいつらは霊子甲冑を使用しての戦闘。お前さんは生身での戦闘。幾分感想も違うかと思ってよ」
「生身で戦った…というのであれば、お前たちの方が先輩だろう?」
「確かにな。けど、あれから何年も経つ。俺たちが相手にした降魔とお前たちが相手にした降魔が全く同じとは限らねえだろ? 姿形は一緒でも、パワーアップしてるかもしれねえ。ホントは以前戦った俺たちが相対すりゃ一番いいんだろうけど、立場上、もうそうもいかねえからな」
「成る程」
「で、どうだ? 正直なところを聞かせてくれ」
「わかった」
頷くと、ソーンバルケが降魔と戦ったときの感想を正直に話し始める。
「手合わせした感想でいえば、正直大したことはなかった」
「ほう?」
「ただし、だからと言ってみくびってかかれる存在ではない」
「その根拠は?」
「まず一つが、翔鯨丸の艦砲射撃で弱った後での戦闘だということ。砲撃前の降魔は花組の連中でもまるで歯が立たなかったほどに強かった。が、砲撃後の降魔に対しては普通に戦えていた。このことから、あの艦砲射撃が大分降魔の能力を削ったことに間違いはない。それを考えれば、私が相手をしたときの降魔は能力が何割かは割り引かれているとみるのが相応だろう」
「成る程」
「もう一つは、あの降魔に戦闘意欲がなかったこと。お前たちも見ていたから知ってはいようが、あの降魔は逃げようとしていた。そこを、言い方は悪いが不意打ちして斬ったにすぎん。戦闘意欲のある者との戦いとない者との戦いではどちらが勝つに容易かは考えるべくもないだろう」
「そうかい」
ソーンバルケの意見を聞いた米田がガシガシと頭を掻く。
「どうにも、厄介さは俺たちがやりあったときと変わらねえようだな」
「はい。寧ろ今回の方が状況的には悪いかと。先ほど、司令が大神くんに仰ってましたが、光武の件を考えれば」
「確かにな…」
そのことを思い出したのか、米田の表情が渋いものになった。
「光武…霊子甲冑か。あれはやはり…?」
そのやり取りが気になったソーンバルケが尋ねると、米田が眉根を顰めながら、ああと答えた。
「おしゃかになったのよ」
「使い物にならんということか?」
「ああ」
「あなたもあのとき現場にいたのだから、見たでしょ、ソーン」
「確かに」
ボロボロになった光武の姿を思い出す。
「だが、てっきりまた修復できるものだと思っていたが…。その様子では難しいのか?」
「ああ」
「これまでの戦闘の蓄積ダメージもあったのでしょうね。もう、あれは破棄するしかないわ」
「それに、よしんば使えたとしてもいいように手玉に取られたんだ。また同じ結果を繰り返すだけさ」
「ええ。そう考えれば、いい切っ掛けになったかもしれません」
「切っ掛け…とは?」
「新造するのよ、霊子甲冑を」
「新造…」
その言葉に一瞬驚いたソーンバルケだったが、何も不思議なことではないとすぐに思い直した。元々、現用の霊子甲冑は既に大破しておりもう使えない。使えないのであれば新しいものを調達するのは至極当然だった。
「ああ。それに、いつも俺らの援護射撃ができるわけじゃねえ。その辺も考慮に入れてパワーアップしたものを造らなきゃならねえ」
「ええ。でないと、あの降魔たちには太刀打ちできないわ」
「道理だな」
「おう。…とは言え、問題がないわけじゃねえ」
「と言うと?」
「…金だよ」
はあああああっと、これ以上ないほど大きく米田がため息をついた。あやめも困った表情になる。
「帝撃…帝国華撃団っていうのは維持費が膨大でね。その内訳の半分以上は量子甲冑に費やされるの」
「霊子甲冑の開発・整備・維持に莫大な金がかかる。新造…となればとりあえず整備と維持にかかる金は考えなくてもいいが…」
「その代わり、開発費が膨大になるってわけ」
「成る程な」
こういった問題はどこであっても同じだなと、切羽詰まった状況にもかかわらずソーンバルケが内心でクスリと笑ってしまった。
「新造機を開発できるあてはあるのか?」
「開発元ってこと? それなら心配はいらないけど…」
「問題は今言ったように金のことさ」
「ええ。ただ、霊子甲冑なくして降魔とは戦えませんから。そこは何としてもクリアしなければなりません。それに加えて、もう一つの問題も何とかしてもらわないと」
「そうだな」
あやめの言っている言葉の意味が米田にはわかったのだろう、大きく頷いた。だが、ソーンバルケには今一つピーンとこない。
「すまない、もう一つの問題とは?」
「あの子たち自身のパワーアップよ」
簡潔にあやめが説明をする。
「やつらの?」
「ああ。いくらいいものができても、乗り手がヘッポコじゃあ振り回されるのがオチだろ?」
「つまり、新造機に見合うだけの実力を身に着けてほしいの」
「そういうこった」
「成る程」
米田とあやめの説明に、もっともな話だとソーンバルケが頷いた。素人に刀を持たせたところで戦えるわけはない。道具を使って成果を残すのならば、それを使えるだけの腕が必要なのは自明の理だ。
「ならば、そこはやつら自身に頑張ってもらうしかないな」
「そーゆーこった」
「その辺は大神くんに任せておけば問題ないでしょうけどね」
「なあに、下手を打てば本当に専属モギリに降格させるまでよ」
「ま、長官ったら」
あやめと米田が顔を見合わせてクスクスと笑う傍で、ソーンバルケは大神を慮って苦笑せざるを得なかった。
その頃、帝都の地下深くでは今米田が話題の俎上に挙げた葵叉丹の姿があった。その周囲には数多くの降魔が取り囲み、ひれ伏すように地に頭をつけている。
「いよいよお前たちが地上に上がる時がきた…。この世に生きる全ての生命を奪うがいい…。全ての血肉を食らうがいい…」
そう、降魔に告げる叉丹は酷薄な笑みを浮かべていたが、その顔から表情がなくなる。
「だが、そのためには邪魔者を葬らなければならぬ…。すばらしい敵がお前たちを待っているぞ…」
降魔たちはその叉丹の言葉に呼応するかのように気味の悪い唸り声をあげたのだった。まるで、そのときを待つかのように…。