サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。前回の続き、今回は花組修行編ですね。

大筋は原作と変わらず、先生がほんのりアクセントになってるぐらいです。

では、どうぞ。


NO.25 それぞれの役割

「それにしても…あんな化け物がまだ生き残っていたとは…」

 

支配人室を辞した大神は、自室にて自分の考えを整理していた。

 

「降魔…六年前、米田中将ら陸軍対降魔部隊によって地の底に封じられた降魔たちが、今、あの葵叉丹の手によってよみがえったのか…。光武がはやく直らないと、帝都は大変なことになるぞ」

 

深刻な表情で俯いている大神の耳に、ノックの音が聞こえた。その音が、大神を思考の世界から現実へと引きずり戻す。

 

「はい、ちょっと待って…」

 

大神は自室のドアの前まで歩くとドアを開けた。そこには、

 

「紅蘭…」

 

紅蘭の姿があった。予期せぬ人物の来訪に驚くが、その表情にまた驚いていた。

 

「大神はん…夜分遅くにすんまへん」

 

大神を訪ねてきた紅蘭の表情は、今まで見てきたことがないほど真剣なものだったからだ。

 

「…どうしたんだ、紅蘭?」

 

大神が尋ねる。その紅蘭の雰囲気から、尋常な用件ではないことはすぐに察知できた。

 

「ちょっと話しときたいことがあるんや。入って…ええやろか?」

「…わかった。じゃあ、中に入って」

 

簡単に終わる話ではないと理解したのだろう。大神は紅蘭を自室へと招き入れた。その様子を、

 

「あら?」

 

すみれが見てしまっていたとは大神も紅蘭も気づいていなかった。

 

「…紅蘭? こんな時間に、少尉と何の話をするつもりなのかしら…」

 

 

 

「…ところで紅蘭、いったい何の話だい?」

 

紅蘭を招き入れた大神が紅蘭に椅子をすすめ、自身はベッドに腰掛けると早速本題に入る。

 

「結論から言うと…光武を直せる見込みがかなり低そうなんや」

「何だって?」

 

米田・あやめの危惧した通りの状況になる。それを覚悟していた二人はまだ心構えがあったが、そんなことは思ってもいなかった大神にとってはそれは寝耳に水で、看過できるような問題ではなかった。

 

「ウチの見たとこ、光武はもう霊子エンジンもダメになっとる。修理はかなりムズかしいで…。それに正直なとこ、光武を直したとしても…今度の敵に勝てるとは思えんのや」

「…となると、光武以上の兵器が必要…だな」

 

大神が厳しい表情で呟く。しかし、紅蘭の持ってきた良くない報せはこれで終わりではない。

 

「そやけど、それもそう簡単にはいかんで。ただでさえ、この帝国華撃団は金食い虫なんや。霊子甲冑の開発、整備、維持…どれだけ金がかかっとるか、ウチにもわからへん」

「……」

「そこにきて光武が全滅…おまけに、新しい敵のせいで帝都の経済もガタガタや。こんなときに、新しい光武を造っとる余裕はないやろうな…」

「資金か…」

 

大神の表情がさらに厳しくなる。そういった問題となると、一軍人である自分は門外漢だ。どうにかしたくてもどうしようもできないのが本音になる。とは言え、この問題をクリアせねばどうしようもない。

 

(どうすればいいんだ…)

 

苦悩する大神の耳朶を、不意に小さな物音が打った。

 

「…ん?」

 

集中していたからだろうか、その物音に気づいた大神が顔を上げる。

 

「どないしたん、大神はん? 怖い顔して…」

「いや…」

 

紅蘭に返事を返してからもう一度耳を澄ませるが、そのときにはもう先ほどの物音は聞こえてこなかった。

 

「今、何か物音がしなかったか?」

「いいや、聞こえんかったで。大神はん、気のせいちゃうか?」

 

紅蘭に尋ねてみたものの、紅蘭の返事は大神に賛同するものではなかった。

 

「そうか…」

 

確かに何か物音が聞こえたような気がしたんだが…と訝しがりながらも、今は直接関係のないことなのでとりあえず放っておくことにした。

 

「話したかったのはそれだけや」

「そうか。わかった」

 

用件は済んだとばかりに紅蘭が立ち上がると、大神も立ち上がった。そして、自分の自室から出る紅蘭を大神が見送る。

 

「大神はん、これからどないします?」

 

別れ際に、紅蘭が大神に尋ねた。

 

「資金の問題となれば、俺一人で解決できる問題じゃない。上に相談しなければ」

「わかりました。ほんなら、花組のみんなは作戦室に集めときますよって」

「ああ、頼む」

 

軽く一礼すると、紅蘭はその場を去っていった。

 

「さて…」

 

紅蘭を見送った後、大神が腕を組んで考える。こういった問題では上と相談するのは避けられない。そして、ここでの上…上官というと米田とあやめになる。資金の話で頼りになりそうな方はと言えば…。

 

「あやめさんに相談に行こう」

 

やはりあやめの方が話は早そうに思え、大神はあやめの自室へと向かった。と言っても、あやめの自室は大神の自室の隣なのですぐに着くのだが。

 

「大神ですけど…あやめさん、よろしいですか?」

 

ドアをノックして声をかける。

 

「あら、大神くん? どうぞ、開いてるわよ」

「では、失礼します」

 

あやめの了承を得た大神はゆっくりとドアを開けてあやめの自室へと入った。まだ勤務中なのか、あやめは軍服のまま自室に滞在していた。

 

「どうしたの?」

 

いつもと変わらぬ様子であやめが尋ねるが、大神が知っているということは当然あやめも知っているのだろう。あまり話題にしたいような話ではないが、避けて通れる話でもない。

 

「夜分遅く失礼します」

 

躊躇したい気持ちがなかったわけだもなかったが、大神も肚を決めた。

 

「あやめさん、実はご相談したいことが…」

「…光武のことね」

「はい…」

 

大神の表情で感じ取ったのか、それとも先ほど支配人室の一件が頭にあったからかはわからないが、あやめは臆することなくその答えを口にした。話が早くて助かりはするが、それでもあまり気分のいい話ではないので大神の表情は冴えないが、後回しにできる内容でもないため素直に頷く。

 

「お恥ずかしい話ですが、どこから手を付けていいのやら…」

「まあ仕方ないわ。今回は問題が大きすぎるもの」

 

あやめの表情もすぐれない。それだけ、問題は大きいということなのだろう。

 

「新しい霊子甲冑の調達ということになると…これは国家レベルの問題だわ」

「はい…」

 

わかってはいたつもりだが、こうして他者に諭されることでその問題の大きさが改めて浮き彫りにされる。

 

「光武については米田中将にお話ししておきます。何かお考えがあるようだから」

「考え…ですか?」

 

大神が鸚鵡返しになって尋ね返した。

 

「ええ」

「そうですか…。わかりました、お願いします」

 

大神が頭を下げる。どのみち、こうなってしまった以上はもうどうしようもない。上がそう言っているのだから上の判断に従うしかないだろう。

 

「わかったわ。ただ大神くん…一つ忠告させてくれるかしら?」

「はい」

 

今一度大神が佇まいを直してあやめに向かい合う。

 

「以前にも言ったことだけど、隊長にとって一番大事なことは決断に迷わないことよ」

「…はい」

「もう一つは、隊員に余計な心配をさせないこと」

「……」

 

ジッと、大神があやめの話を聞く。

 

「光武を失って不安を感じているのは、あの子たちも同じよ。つとめて明るくはふるまっていても…ね」

「……」

「あなたがしっかりしなければ、あの子たちに余計な心配をさせることになるわ。後は自分でお考えなさい…しっかりね、大神くん」

「はい。…では、失礼します」

「ええ」

 

立ち上がると、大神は一礼をしてゆっくりとあやめの自室を出ていったのだった。

 

「ふぅ…」

 

あやめの自室を出た大神が安堵の息をつく。どうなるかはわからないが、とりあえず資金の問題は自分の手を離れた。後は上に頑張ってもらうしかない。

 

(決断に迷わないことと、余計な心配を指せないこと…か)

 

先ほどあやめに諭された件について大神が心中で呟くと、自分に気合を入れるために両手でピシャリと自分の頬を打った。

 

「…みんなもそろそろ作戦室に集まったころだろう。行くか」

 

そして皆が待つ作戦司令室へ、大神は歩みを向けたのであった。

 

 

 

「みんな、そろったようだな」

 

作戦司令室。大神は自席に座っている花組の面々を見渡した。

 

「ああ。あたいたちはそろってるんだけど…」

「ソーンはんが」

「ソーン?」

 

そう言われてもう一度作戦司令室を見渡したが、確かにソーンバルケの姿はない。

 

「一足違いで、帰られてしまったそうなんです」

「そうか」

 

いきなり出足を挫かれてしまった感じだが、かと言って今更呼び戻している暇もない。

 

「しょうがない。ソーンにはここで決めた方針を後日伝えよう」

「そうですね。それがいいかと」

 

マリアの賛同を得たところで大神も自席に着く。

 

「それでは、始めましょうか」

 

大神が席に着いたところで、口火を切ったのはマリアだった。

 

「あの化け物…降魔の対策についてですね」

「まず、隊長の意見を聞かせてくれよ。あの化け物に対抗するには…どうすればいいと思う?」

「…俺が考えた案は二つ。全員の再訓練と、強力な武器だ」

 

徐に大神が口を開く。それに真っ先に反応したのが紅蘭だった。

 

「大神はん、その問題は…」

「わかってるよ、紅蘭。武器については先ほどあやめさんに相談した。あやめさんから米田長官へ具申してくれるそうだ」

「そうでっか」

 

少しだけ紅蘭の表情が和らぐ。それとは対照的に、何かをジッと考えている隊員がいた。すみれである。だが意見を出す様子はなく、引き続き会議の進捗に耳を傾ける。

 

「それじゃあ、あたいたちにできるのは再訓練の方か」

「ああ。光武は乗る人間の力がそのまま戦闘力となる。今の花組の戦力を強化するには隊員自身が強くなるしかない!」

「初心忘れるべからず…ですね」

「原点に帰る…か。いいね」

 

その意見に積極的に賛同したのはさくらとカンナだった。

 

「それならあたいは、むかし空手の修行のためにこもった山にもう一度行ってみたいね!」

「あたしもお世話になった先生の元で、もう一度自分の剣を見つめ直してみたいな…」

「よぉし! では、各人…」

「わたくし、イヤですわよ。特訓なんて」

 

締めようとしたところで、すみれが反対の意見を述べた。

 

「今どきダサすぎるよね~」

 

そしてその意見にアイリスが追随する。

 

「…え?」

 

思わず、大神が間の抜けた声を上げた。

 

「アイリス、特訓なんかより新しい光武を造った方がいいと思うよ」

「そうですわ。どうせ素手で戦って勝てる相手じゃないのですし」

「それについてはさっきも言ったけど、もう上申してある」

「そうだぜ。それに結局、最後に生き残るのは精神を極限まで鍛え上げた人間だと思わないか?」

「そうお思いになるのでしたら、あなたは山にこもって空手の修行をするなり、ジャングルの王者にでもなるなり好きになさいな」

「なんだとォ!」

「二人とも、落ち着けよ!」

 

険悪な雰囲気になりそうなところで大神が割って入った。それが効いたのか、表面上はすみれとカンナの諍いは収まる。

 

「…隊長、どうなさいますか?」

 

二人が大人しくなったところで、マリアが大神に最終判断を仰いだ。

 

「…わかった。各人、好きにするといい」

「お、大神さん!?」

 

大神の決断にさくらが驚いたような表情を見せたが、大神は気にすることもなく先を続ける。

 

「いま、俺たちが何をしなければならないか…各人がわかっていると思う。降魔と戦うために、それぞれ最良だと思う方法で行動してくれ!」

「それでは、わたくしたちは好きにさせてもらいますわ」

「じゃあ、アイリスたっぷりお昼寝できるね」

「…おおきに、大神はん」

 

すみれ、アイリス、紅蘭の三人がそう返す。その口ぶりから、この三人はそれぞれに思うところがあるようだった。もっとも、アイリスは額面通り昼寝をするのだろうが。会議の方針が決まると解散し、そして翌日から早速各人が来たるべき日に備えて思い思いの日々を過ごす。

 

 

 

 

 

「やれやれ、腕が鈍ったかな?」

「ふふ…今日のところは私の勝ちのようですね」

「なあに、まだまだ!」

 

「う~ん、今一歩やな…」

 

「うわ~い! こんなに買っちゃったぁ!」

「ほほほ…次はドレスですわ! 帰ったらお茶にしましょう」

「その後で…アイリスはお昼寝だよ!」

 

「やってみせる! あたいなら出来るはずだ! 今度こそ親父を超えてみせる!」

 

「剣の道、すなわち心の道…剣は心により輝き極まる…速やかに…軽やかに…」

 

それぞれの成すべきことを成し遂げるため、花は一時離散する。そして触媒を中心に再び集合するまで、実に三週間のときを必要としたのだった。

 

 

 

 

 

「…三週間ぶりに戻ってきたな」

 

大帝国劇場前にて、大神が感慨深そうに劇場を見上げながらそう呟いていた。再訓練を終え、懐かしき帝劇に戻ってきたのだ。言葉にすればほんの一言だが、三週間というのは実に長く感じられた期間だった。

 

「久々の大帝国劇場ですね」

「ああ」

 

同行して共に訓練に勤しんでいたマリアに対して頷くと、大神とマリアは歩調を揃えて正面玄関へと向かった。そこに、見知った人物の姿を見つける。

 

「ソーン!」

 

大神がその名を呼ぶとその人物…ソーンバルケへと走って近寄った。

 

「ん?」

 

正面玄関前を掃除していたソーンバルケが顔を上げると、そこには走って近寄ってくる大神とマリアの姿があった。

 

「これはこれは…」

 

予想していなかった巡り合わせに、ソーンバルケの表情も思わず驚く。が、それも一瞬のことですぐに柔和な表情に戻った。

 

「久しぶりだね」

「ああ」

 

互いに拳をグッと突き出すと、それを合わせた。

 

「変わりないようね」

「お前もな」

 

そして、マリアと言葉を交わす。

 

「それにしても、今日が戻りだったとは知らなかったぞ」

 

少し呆れたようにソーンバルケがそう呟いた。

 

「そんなことは…ちゃんと連絡は入れてたけど」

「ええ」

 

訝しげな表情になって大神とマリアが答える。

 

「ふむ? では、私のところにその情報が来てなかっただけか?」

「ええー…」

 

大神がどう反応したらいいものかといった感じで絶句する。その姿が面白かったのか、ソーンバルケがいつものようにふっと微笑んだ。

 

「嫌われたものだ」

「そんなこと…」

「冗談だ。気にするな」

 

そうは言ったものの、本当に冗談かどうか判断できず、大神とマリアは困った表情になっていた。それを察したのか、ソーンバルケが先を続ける。

 

「まあ、そんなことは今はいいか。それより、他の連中はもう戻っているから顔を見に行ってきたらどうだ?」

「そ、そうだね。それじゃあマリア」

「あ、はい」

「じゃ」

「ああ」

 

大神とマリアが軽く頭を下げるとその場を去っていった。その後ろ姿を見送って見えなくなった後、ソーンバルケは再び掃除を再開したのだった。

 

 

 

「ただいま!」

 

帝劇に足を踏み入れた大神が開口一番、帰参の挨拶をする。

 

「お帰り、二人とも! さくらもさっき帰ってきたところだよ」

「元気そうね、カンナ」

 

訓練前と変わらぬカンナの姿にマリアがホッとしたような嬉しそうな顔を見せる。やはりこの辺は同期の仲良しだけあるのだろう。

 

「大神さん! マリアさん! お帰りなさい」

 

そして話題に上ったさくらも二人を出迎えてくれたのだった。

 

「ただいま、さくらくん」

 

久しぶりの再会に大神が表情を綻ばせる。

 

「二人とも、特訓の甲斐はあったかい?」

「はいっ! 舞台のけいこばっかりで剣の腕が鈍ってたのか、コテンパンにされちゃいました」

「あたいはバッチリさ! 何しろ念願の牛殺しを達成できたからね…!」

「う、牛殺しぃ…!?」

「それは、すごいわね…」

 

カンナの特訓の成果に大神とマリアがポカンとした表情になっている。もっとも、すごいというのは素直な感想だがそれは半分で、もう半分は呆れたといった感情であるのだが。

 

「へへ…やっと親父に一歩近づいたよ!」

 

誇らしげにカンナがそう言ったため、大神とマリアはこれ以上の言及を避けたのだった。

 

「そ、そうか。それは何より。…ところで、他のみんなはどうしてるのかな?」

「アイリスは遊び疲れて自分の部屋でお昼寝しています」

「そ、そう…」

 

何とも言いようがなく、大神はそうお茶を濁すしかなかった。マリアも視線を鋭くし、呆れたといった表情を崩さない。

 

「紅蘭は部屋でまた何か作ってるみたいです。さっきも爆発音が聞こえましたから」

「すみれはサロンにいたよ。あいつときたら特訓もせずに毎日、出歩いていたらしいぜ」

「やれやれ…」

 

呆れ顔が疲れたような表情に変わる。紅蘭はまだしも、すみれとアイリスは自分の言ったことを有言実行していたようだった。それがいい意味ならば文句はないのだが、そうでないのだからこんな顔に変わるのも仕方はない。

 

「隊長、彼女たちの様子でも見てきたらどうです?」

 

マリアが大神にそう促した。アイリスのときは表情が厳しかったマリアだが、不思議と今はその表情は戻っている。本来ならば大神と同じように呆れるなり怒るなりしていてもよさそうなものだが、そこは当人たちと大神より長い付き合いの間柄。何かを感じたのだろう。

 

「そうだな…そうするか…」

 

対照的に大神の表情は今一つ晴れない。それはこの返答の様子からも手に取るようにわかった。

 

「では、私はこれで」

 

マリアが一礼して去っていった。久しぶりの帝劇ということもあって思うところもあるだろうし、疲れたからゆっくりしたいというのもあるのだろう。

 

「あたしも失礼します」

「あたいも。じゃあな、隊長」

「ああ」

 

久々の再会を果たしてさくらとカンナも満足したのか、二人もマリアに追随するようにその場を去っていったのだった。

 

「さて…」

 

一人になった大神が歩き出す。まずは支配人…司令の米田へ帰還の挨拶をするために支配人室へと足を向けた。

 

 

 

「大神一郎、ただいま戻りました!」

 

支配人室前までやってきた大神は威儀を正すと支配人室のドアをノックした。

 

『おう、大神か! まあ、入れ』

「はっ! 失礼します」

 

三週間前と変わらぬ様子の米田に大神が内心でホッとしながらドアを開けた。

 

「お久しぶりです、支配人! ただいま、特訓より戻りました!」

 

敬礼をして帰参報告をする大神。その様子に、米田が楽しそうににいっと笑った。

 

「お…ちっとは引き締まった顔つきになったようだな。結構結構」

「米田支配人。…降魔のほうは、その後どうなりました?」

 

変わらぬその姿にホッとしつつも、留守にしていた際に懸念していたことをまず大神は尋ねてみた。

 

「おう、運のいいことにやつら、ここしばらくは姿を現さねえ」

「そうですか…」

 

開口一番のその返答に大神は正直ホッとしていた。

 

「きっとやつらも、遅い正月休みを今頃とってるんじゃねえか? ワハハハハ…」

「…だといいんですけどね」

 

米田が本気でこんなことを言っているわけではないのは大神も重々承知しているが、どんな理由が向こうにあったにせよ、自分たちが帝劇を留守にしている間に攻めてこなかったのは僥倖と言えた。

 

「花組のみんなはどうしてます?」

 

次に、大神がこれも降魔と同じぐらい気にしていた件について尋ねた。マリアとは特訓中ずっと一緒だったが、他のみんなとは三週間ぶりの再会なのである。同じように訓練に勤しんでいたさくらとカンナは先ほど会ってその様子を確認したからいいが、残りの三人…特に、好きにさせてもらうと言っていたすみれとアイリスがこの期間どうしていたのかは非常に気になるところでもあった。

 

「ほう…オメエも隊員のことをちゃんと心配してるんだな」

「当然です」

 

揶揄するような米田の言葉に、大神が真顔で頷いた。

 

「まあ、その辺は自分で確認すりゃいいさ。とにかく無事に帰ってこれてなによりだった。様子見がてら、みんなにも顔を見せてやれ」

「そうですね…。わかりました」

 

残っていた花組のみんなのことについて何となくはぐらかされたように感じないでもない大神だったが、米田の言うことももっともだと納得した。

 

「俺は、今からちょいとひと眠りするからよ。起こすんじゃねーぞ」

「…わかりました。では、失礼します」

 

一礼すると、大神は支配人室を退出した。

 

 

 

(やれやれ…支配人は相変わらずみたいだな)

 

先ほどまでの様子を思い出し、大神がふうっと一息ついた。だがもちろん、あの態度が本心からのものとは限らない。自分たちがいない三週間、本当は何かがあったがそれを悟らせないためにあえて普段と変わらない振る舞いをしている…そんな事情があったかもしれないのだ。その辺りは、推し量るしかないにしても。

 

(とりあえず、まだ顔を見てないみんなのところへ向かおう)

 

大神はそう決心すると、ゆっくりと歩を進めて帝劇の廊下を歩きだしたのだった。

 

 

 

まず足を向けたのは紅蘭のところである。すみれとアイリスはハッキリとあの調子だったからあまり期待はできないが、紅蘭は訓練以外に何か目的がありそうな様子に見受けられたのだ。

 

(気のせいじゃなければいいんだけど…)

 

そんなことを考えながら大神は紅蘭の部屋のドアをノックした。

 

『はーい』

 

中から紅蘭の返事が返ってくる。紅蘭の自室なのだから当然のことなのだが、その声にホッとした大神は、

 

「大神だけど…開けてもらえるかな?」

 

と、呼びかけたのだった。

 

『…大神はんか! 久しぶりやなー。開いとるさかい、遠慮せんと、中に入ってや!』

「じゃあ、おじゃまします」

 

家主の許可が下りたため、室内に足を踏み入れる。そこには、三週間前までと全く同じ空間が広がっていた。

 

(変わってないな、ここは…)

 

相変わらず女性の部屋とは思えない雑然とした室内の様子に内心で苦笑しながら大神はそんな感想を思い浮かべた。

 

「久しぶりやね、大神はん!」

 

少し汚れた顔で出迎えた紅蘭の姿も、以前と何も変わっていなかった。

 

「ああ」

「さて、つもる話は後でゆっくりするとして…大神はん、ウチに用やないの?」

「うん。紅蘭に会いたかったんだ。三週間ぶりだからね」

「ホンマやね…ウチも、大神はんに会いたかったんや。それに…正直、ちょっと不安やったし…」

「不安?」

 

思ってもみなかった一言に、大神が思わず首を傾げた。

 

「そうや…もし、大神はんたちがおらんときにあの化けモンが現れたら…どうしようかと思ってな」

「うん」

「ソーンはんは残ってくれてたけど、ソーンはんは光武に乗ろうことはできんし、大体乗ろうにももう光武はおしゃかやからね。ウチらだけでは完全にお手上げやった。ほんま、ヒヤヒヤでしたで」

「そうか…すまない、紅蘭」

「ううん、ええんよ! 無事に帰ってきてくれれば、それでええんや! 米田はんに頼まれてた仕事も終わったとこやったし、ちょうど、ええタイミングや!」

「米田支配人に…頼まれた仕事?」

「あ…しまった! まだこれは内緒やったわ!」

 

言ってしまった後に思い出したのか、しまったとばかりに紅蘭が表情を歪めた。

 

「…?」

 

が、大神にはその紅蘭の発言があまりよく聞こえなかったのか、不思議そうな表情で首を傾げる。

 

「な、何でもないで。さ、仕事しよ、仕事!」

 

それに気づいた紅蘭が誤魔化すように大仰に声を張った。

 

「…それじゃ俺、他の人にもあいさつしたいし、もう行くよ」

 

引っかかるところがなかったわけではないのだがどうすることもできず、大神自身もさして気にしなかったのでそこで話を切り上げることにした。紅蘭が今言ったように、自身にも紅蘭にも仕事はあるのだ。

 

「うん。…ほんならな、大神はん」

「ああ。紅蘭、がんばってくれよ。霊子甲冑のことについては、とにかくきみが頼りなんだ」

「はいな! 大神はんもがんばってな!」

「うん。それじゃあ」

 

それを最後に軽く一礼すると、大神は紅蘭の部屋から退出したのだった。変わりのない紅蘭の様子を確認して安心した大神は、次にアイリスのところへと向かう。

 

「紅蘭もそうだけど、アイリスも久しぶりだな…。元気だろうか?」

 

そんな独り言をつぶやきながらアイリスの部屋をノックする大神。しかし、

 

『はい、どなた?』

 

室内から聞こえてきた、予想外の声色に思わず大神は固まってしまったのだった。

 

「あれ? あやめさんの声?」

 

室内から聞こえてきたアイリス…ではなく、あやめの声に大神が一瞬虚を突かれる。その声が室内まで聞こえてしまったのだろう、

 

『大神くんね。開いてるから、どうぞ』

 

と、追い打ちをかけるようにあやめの声が聞こえてきたのだった。どういうことだろうと思った大神だが、すぐに本人に直接聞けばいいかと思い直し、そのまま室内へと足を踏み入れた。

 

「あやめさん! お久しぶりです」

「お久しぶり、大神くん。しばらく見ないうちに、ずいぶんたくましくなったようね」

「ありがとうございます!」

 

あやめに褒められ、大神は嬉しくなって頭を下げた。

 

「ところで大神くん、どうしてここへ?」

「はい。久しぶりにアイリスに会いにきたんですが…まだ寝てるようですね」

 

あやめ越しにアイリスの姿がチラッと見えてしまっていた。アイリスはベッドでぐっすりと寝息を立てている。

 

「ええ。アイリスは今成長期なの。いくら寝ても寝たりない頃よ…大神くんも覚えがあるでしょう? 大神くん、アイリスにもただいまを言ってあげて」

「しかし…せっかくぐっすり寝ているのに…」

 

起こすのは忍びないと考えた大神があやめの提案に難色を示した。が、あやめはそんな大神に対してクスッと笑う。

 

「何も起こさなくてもいいのよ。寝顔にただいまでもいいじゃない」

「あ、そういうことですか。でしたら」

 

あやめと場所を入れ替わってもらい、大神がアイリスに近づくと膝を曲げて目線を合わせる。

 

「くーっ…くーっ…」

 

アイリスは変わらず、可愛い寝息を立てながら眠っている。

 

「ハハハ…無邪気に寝てるなぁ」

 

その姿に思わず大神の顔も綻ぶ。と、

 

「大神くん、アイリスのこと、気がついてる?」

 

不意に、あやめがそんなことを言ってきた。

 

「え? 何のことですか?」

 

あやめのその発言が何を指してのものかわからず、大神が戸惑いながらあやめに振り返る。

 

「今のアイリスには、眠ることが必要なのよ。心と体の成長のために…ね」

 

それが、あやめの返答だった。

 

「それじゃ、私はこれで。私は部屋にいるから、何かあったらよってちょうだい」

「はい」

 

大神に見送られ、あやめはそのままアイリスの部屋を出ていった。

 

「心と体の成長…か」

 

一人になった後、先ほどのあやめの言葉を大神は自然と反芻する。

 

「確かに、今のアイリスにはどんな特訓よりも大事なことなのかもしれないな…」

 

そう考え、大神も部屋を後にすることにした。これも一種の訓練…修行の一環と考えれば、これ以上邪魔をするのも悪いと思ったからだ。

 

「じゃあね、アイリス…。ゆっくり、お休み」

 

物音を立てないようにゆっくりと立ち上がると、今も眠っているアイリスにそう声をかけ、大神はアイリスの部屋を後にしたのだった。

 

 

 

「さて、残るは…」

 

アイリスの部屋を辞した大神がそう呟いた。マリアは今まで一緒だった。ソーンには玄関前で、さくらとカンナには玄関を入ってすぐのところで会えた。紅蘭とアイリスには帰参の挨拶をした(アイリスは眠っているとはいえ)。後は

 

「すみれくんか」

 

その姿を求め、大神はサロンへと足を伸ばした。入口の手前からサロンの中を覗くと、すみれがいつもの様子で寛いでいるのが見えた。

 

「すみれくん」

「あら少尉、お久しぶりですこと」

「ああ」

 

まずは儀礼的なやり取りを済ませる。その後、

 

「すみれくん…きみはこの三週間、どうしていたんだい?」

 

早速、本題に入った。三週間前の作戦司令室でああは言っていたが、すみれが本当に何もせずに遊び惚けているとは思わなかったし、思えなかったからだ。が、

 

「ほほほほ、お買い物ですわ!」

 

すみれの口から返ってきたのは、大神の思惑を裏切るものだった。

 

「え…」

 

唖然としている大神を尻目に、すみれが続ける。

 

「お洋服、宝石、香水…そして超豪華なディナー! ふ…美をみがくのがわたくしの特訓ですもの」

「っ!」

 

すみれの返答に思わず大神が詰め寄ってその真意を糺そうとしたが、

 

「大神」

 

それを妨げる者がいた。突然呼び止められて驚いた大神が振り返ると、そこにはソーンバルケの姿があった。

 

「ソーン…」

「探したぞ」

 

つかつかとサロンに入ってくるソーンバルケの姿に大神は毒気を抜かれ、すみれは顔を顰めた。

 

「探した…って、何か用かい?」

 

毒気を抜かれてしまったが無視するわけにもいかず、大神がソーンバルケに尋ねる。

 

「かすみと由里がお呼びだ」

「え? かすみくんと由里くんが?」

「ああ。早速伝票整理をお願いしたいらしい」

「いっ!?」

 

その一言に表情がげんなりしたものに激変する大神。その様子を、ソーンバルケはクックッと笑いをかみ殺しながら見ていた。

 

「そんな顔をするな」

「顔…って」

「その件は内緒にしておいてやる。さあ、早く行ってやれ」

「はぁ、わかったよ…」

 

帰参早々この扱いかと思いつつ、重くなりそうな足を引きずりながら肩を落として大神がサロンから出ていった。

 

(悪く思うなよ…)

 

心中で手を合わせながらソーンバルケが大神へ謝罪の言葉を贈る。と、

 

「ちょっと」

 

それを見計らったかのようにすみれが口を開いた。

 

「何だ?」

 

大神を見送ったソーンバルケが振り返る。と、すみれはいつにも増して厳しい表情をしていた。

 

「十分におわかりかとは思いますが、あの件はご内密に」

「わかっている」

 

そう返答したソーンバルケだったが、直後にクスリと微笑んだ。

 

「…なんですの?」

 

その微笑みが何故か癇に障り、すみれはムッとした表情になった。

 

「いや、失敬失敬」

 

ソーンバルケがすみれを宥めるように両手を上げると、まあまあとばかりに制する。

 

「ただ、あのときのお前の姿を思い出してな。中々に似合っていたものだと思っただけだ」

「なッ…!」

 

揶揄された形になったすみれの顔が心なしか赤くなった。もっとも、それが怒りによるものなのか恥じらいによるものなのかはわからなかったが。

 

「それに、自分のやっていたことをそこまで必死に隠そうとすることもないだろうに」

「お、大きなお世話ですわ!」

 

いつものすみれに戻ってキッとソーンバルケを睨む。そして念押ししてやろうと思ったところで帝劇内に警報が鳴った。

 

「っ、襲撃!?」

「らしいな」

 

表情を戻して頷いたソーンバルケが踵を返してさっさとサロンを後にする。

 

「ーっ、もう!」

 

注意対象がいなくなったことと、間の悪いタイミングでの襲撃にすみれがいつものように癇癪を起こしながらもここでこうしてこのままいるわけにもいかず、その後を追いかけたのだった。

 

 

 

 

 

「大神以下、帝国華撃団・花組、全員集合しました!」

全員が作戦司令室に揃ったのを確認し、大神が敬礼して米田に報告する。

 

「うむ、降魔がこの銀座に現れた。至急、出動してくれたまえ!」

「でも、米田長官…。光武が使えません。どうやって戦うんですか?」

「心配するな。みんな、格納庫に来てくれ」

 

さくらの懸念を払拭するかのように米田が歩き出す。どういうことだろうとばかりに大神たちは首を捻ったが、司令だけを行かせるわけにもいかずに大神たちもその後についていった。例外は、その先に何が待っているのかを知っている紅蘭と、そしてすみれだった。

 

「こ、これは!?」

 

程なく辿り着いた格納庫で目にした光景に大神が息を呑む。そこには、壊滅したはずの光武があったからだ。…いや、光武とよく姿形は似ているが、その細部は明らかに違っている。

 

「新型霊子甲冑、『神武』だ!」

 

米田が胸を張ってその新型霊子甲冑…神武を紹介した。

 

「じんぶ!」

「わーい! カッコいい~!」

「こんなイカしたもんをかくしておきやがって!」

 

驚く大神の横で嬉しそうな表情で呑気な感想を述べているアイリス。しかし、こんな呑気な意見は極端にしても、他の隊員たちも程度の差こそあれ嬉しそうな様子に違いはない。現に、カンナが興奮気味であった。

 

「ただ新しいだけではないぞ。紅蘭、例のアレを見せてやってくれ!」

「はいな! 実験の結果もバッチリですわ!」

 

そう言って紅蘭が皆に見せたもの。それは、小さな回路のようなものだった。

 

「こ、これは!?」

「霊子甲冑の動力の伝達を最大限まで上昇させる装置だ!」

「紅蘭…あなた、これを作るために…」

「紅蘭の特訓は、これを作ることでしたのね」

「へへへ…まぁ、そういうこっちゃ」

 

自分の仕事を披露した紅蘭が、照れ臭そうに鼻の頭を掻く。

 

「…よし、大神! 出撃命令を出せ!」

「はい! 帝国華撃団、出撃せよ! 目標地点、銀座!」

『了解!』

 

さっそく大神をはじめ、花組の全員が神武へと乗り込んだ。

 

「このパワー…光武とは比べ物にならないぞ…これならいける!」

 

そしてすぐに光武との違いを肌で感じる。

 

「霊子甲冑・神武、起動! 帝国華撃団・花組、出撃!」

『了解!』

 

大神の号令一下、神武が勇ましく次々と出撃していく。新生・花組の初陣が始まろうとしていた。

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