サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
猪戦はサラッと流します。おまけの方もちょっとした補足要素なのでまあ軽く読んでいただければと思います。
では、どうぞ。
「グハハハハハ…」
銀座。降魔が暴れまわっているその中心地に、周囲の降魔とはまた違う姿形の人影があった。
「焼けぇい! 焼き尽くせぇい! この世の全てを灰にしてしまえ!」
呵々大笑しながら周囲の降魔にそう指示を出すのは猪。明治神宮で叉丹と一緒に現れた三騎士の一人である。どうやら花組との戦いの先鋒は彼になるようだった。そして、神武の初陣の相手も。
「そこまでだ!」
そこに待ったがかかった。そして、
『帝国華撃団、参上!』
花組が姿を現す。
「来たな…叉丹様に楯突く命知らずな愚か者たち!」
花組を確認した猪がニヤリと笑みを浮かべた。そして、己の魔操機兵に乗り込む。
「貴様らの力、見せてもらおう!」
そして、魔操機兵を起動させた。
「望むところだ!」
その挑発を大神も正面から受け止める。
「ヘッ、以前のあたいらと同じだと思うなよ!」
「その通りだ、行くぞ、みんな!」
『了解!』
号令一下、花組が降魔との本格的な戦い、そして神武の初陣に臨んだ。
「さて…」
地形を確認した大神が呟く。猪までのルートは大まかに言って二か所。どちらも距離的な違いはなく、方向が違うだけのものだ。
『ルートは二つ。隊長、どちらにしますか?』
マリアが通信を開いて聞いてきた。
「そうだな…」
『距離的にはどっちを選んでも全く変わらんね』
『二手に分けるという手もありますわね』
「いや、今回はそれはよそう。これだけのパワーだからこの神武が降魔に引けを取るとは思わないが、それでも油断は禁物だ。せめて今回の戦いで、無数にいるこの雑魚たちとどのぐらい渡り合えるようになっているか確認しないと、今後の運用の参考にならない」
『それじゃあ、一点突破で?』
「ああ、少し進軍が窮屈になるが仕方ない。戦力が薄くなって各個撃破されるよりは余程ましなはずだ。杞憂になるとは思うけど」
『わかりました』
「よし、作戦開始! 前衛は俺とさくらくん、中衛はすみれくんとアイリスに紅蘭、後衛はマリアとカンナで頼む」
『え、あたい最後尾かよ?』
カンナが不満そうな表情を見せた。
「ああ、後ろから敵が襲ってくるかもしれないからな。そうなると、支援タイプのマリアじゃ少々分が悪い。その点、四つに組んでも渡り合えるカンナならその心配もなくなる」
『いや…言ってることはわかるんだけどさ…』
カンナは不満そうである。まあ、前衛を主戦場としているカンナにとっては殿は勝手も違うだろうし戸惑いもあるだろう。
「わかった。それじゃあ、俺が後衛に回ろう。前衛はカンナとさくらくんで頼む」
『え!? いいのかよ!?』
大神の決断にカンナは驚きを隠せなかった。自分としてはありがたいし嬉しいが、それでもすんなりこんな展開になるとは思ってもいなかったのだ。
「ああ。その代わり、しっかり仕事してくれよ」
『おう、まかしとけ!』
『よかったね、カンナ』
『へへ…』
アイリスの神武を軽く撫でると、カンナと大神は場所を交代した。
「よし、それでは作戦開始!」
『了解!』
大神の指示に従い、花組は動き出す。その中で、
『隊長』
マリアが秘匿で通信を開いてきた。
「どうした、マリア?」
何の用だろうと怪訝に思った大神が返事をする。
『よろしかったのですか?』
多くを語らないマリアらしい一言だったが、それでも大神には何を指しているのかすぐに理解できた。
「カンナのことかい?」
『はい』
マリアが頷く。
「仕方ないさ」
それに対し、大神は言葉通り仕方ないといった口調で返答する他はなかった。
「本当は俺が先頭に立ちたかったよ。隊長が部下を盾にするような真似なんてしたくないしね。ただ、カンナの言い分もわかる。それに…」
『? それに、何です?』
「…いや、あのままにしてたら絶対すみれくんが途中で口を挟んでくるだろう? そうなったら、いつものように拗れるから。戦闘前にそんな状況を招きたくないじゃないか」
『成る程…』
その場面が容易に想像できるマリアがクスッと微笑んだ。
『確かに、高確率であり得る話ですね』
「そういうことさ。そうなるぐらいなら、さっさと収めた方がいいと判断しただけのことだよ。…ただまあ、この神武の性能があの降魔に通じるか。最低でもそこだけは確認したかったんだけど」
こうなったら仕方ない、そう、大神は続けた。
「俺の懸念が杞憂であることを祈るのみだ」
『了解』
そこでマリアの通信が切れる。そして、降魔との本格的な戦闘が始まった。そしてそれは、大神の懸念を杞憂とするものだった。
「やったわ! これも特訓の成果と神武のおかげね!」
「うおおおぉぉぉ! すっげえパワーだ! 特訓のかいがあったぜ!」
さくら、カンナの前衛組が当たるを幸いとばかりにこともなげに降魔たちを屠っていき、
「おーっほっほっほっ! このわたくしに勝てると思って!?」
「どや、ウチの自信作、神武のパワーは!? 逃げるなら今のうちやで!?」
すみれと紅蘭もご機嫌に蹴散らしていく。それはマリアも同じだった。
「凄い性能だわ…あの特訓がなければ、とても制御できなかった…」
他の隊員たちが討ちもらした敵を倒しながらも、驚きを隠せなかった。
(みんな、問題はなさそうだな…)
隊員たちの活躍ぶりに、自分の懸念が杞憂だったことに大神がホッと胸を撫で下ろす。唯一、アイリスは役割が役割なだけに積極的に攻撃に回ることはなかったものの、霊力の大きさでいえば花組一である。そのアイリスが他の隊員たちに劣るとは考えられなかった。
(以前の戦いが嘘のように好調だ。これならいける!)
この戦いの状況に強く確信を持つ大神。それは、司令室でも同じだった。
「中々やるじゃねえか、なあ、あやめくん?」
「ええ。特訓の成果が出ているようですね」
「おお。それに、すみれと紅蘭の努力の結果もな」
「はい」
相好を崩して会話をする米田とあやめ。その様子には前回の降魔との戦いのときのような緊迫感が見られなかった。
「大したものだな…」
その傍らで、ソーンバルケも思わず呟いている。
「あん?」
「ガワが変わっただけだが、あそこまで変わるものか…」
前回とは一変した花組の戦いぶりに、ソーンバルケの口からは感嘆の感想しか出てこなかった。その様子に、米田とあやめがしてやったりといった表情で微笑む。
「ま、外側の強化はもちろんだが、何より内側の強化が大きいやな」
「ええ。あの子たちの努力の賜ね」
「確かにな。…それだけに、残念だが」
「あん?」
ソーンバルケのその一言の意図がわからず、米田が眉を顰める。
「どういうこと?」
それはあやめも同じだったのだろう。同様に首を捻った。
「いや…私もあれに乗れればな、と思っただけだ」
『ああ…』
ソーンバルケの言いたいことを理解した米田とあやめが複雑な表情で声を絞り出した。
「まあ、そりゃあ、なぁ…」
「私たちも、それが叶えばとは思うけど…」
どう言葉を掛ければいいかわからず、語尾を濁らせるような感想に終始することになった。
「いや、わかっている」
それに対し、ソーンバルケはどうしようもないといった表情で頭を振った。
「どうしようもできないものはどうしようもできない。それはわかっているのだが、それでも女子供が生命をかけて戦っているのに、何もできぬ自分の歯痒さに苛立ちもするのさ」
複雑な表情で戦況を見つめるソーンバルケに、それ以上米田もあやめも何も伝えることはできなかったのだった。そうこうしているうちに、降魔たちはほぼ全て花組の手で片付いていた。残りは指揮官である猪ただ一人。
「何とか片付いたな」
確認できる降魔の最後の一体を斬り捨てて大神が一息ついた。
「はい。ですが、最後に一体…」
「ああ、わかっている」
マリアの言葉に猪の搭乗した魔操機兵、火輪不動を睨みつけながら大神が頷いた。
「できれば、ヤツがどういった攻撃をするタイプで、その攻撃範囲などがどれほどか確認したかったけど…」
そんな暇は残念ながらなかった。動かないうえに、一番奥にいるのだから会敵と同時に戦闘となる。偵察などできるわけもない。
「でも大神さん、そんなこと言ってられませんよ」
「ああ。毎度芸がないけど仕方ないな。全員で突っ込むぞ。とは言え、ヤツが何を仕掛けてくるかわからない。総員、十分に注意せよ!」
『了解!』
大神の指示の下。花組は一丸となって猪を目指す。前衛に大神、さくら、カンナ、中衛にすみれ、紅蘭、そして後衛にマリア、アイリスといったいつもの布陣だった。
「来たな…」
その花組を見据えながら、猪が不敵に微笑む。そして、
「くらうがいい! 地獄に燃える悪の炎を!」
初めて攻撃に打ってでたのだった。
「爆炎・萩裂砲陣!」
火輪不動よりその名を模したかのような大きな火柱が立ち上る。そしてそれは意志を持ったかの如く一直線に花組へと向かっていった。
「! 危ない、みんな避けろ!」
その炎の塊に一早く気付いた大神が指示を出す。が、一足遅かった。
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
「っ!」
ほぼ全員が炎の塊を食らって一気に全壊近くまでの状態になる。
「ぐふふふふ…」
その花組の惨状に、猪が不敵な笑みを浮かべた。だが花組にとって幸運で、そして猪にとって不運だったのは、
「あー、ビックリしたぁ」
呑気な声を上げながら無傷のアイリスが姿を見せた。大神の指示を受け、そして自分に迫りくる炎の塊を見たアイリスは咄嗟にテレポートしたのである。咄嗟の判断だったがその判断は正しかった。大神を含む他の全員が逃げ遅れて全壊近くになったが、アイリスは無傷だった。そしてこれが花組にとっては幸運で、猪にとっては不運だったのだ。
「あ、アイリス…」
神武によって丸焦げになることは避けられたものの、蒸し焼き一歩手前の状態の大神がアイリスに通信を開く。
『お兄ちゃん、大丈夫!?』
「あ、ああ」
実際には息も絶え絶えではあるのだが、何とか大神はそう返事を返したのだった。だが、それはアイリス以外の全員が同じで、五十歩百歩の状態であるのは間違いない。
「アイリスは、大丈夫なんだな?」
『うん』
「よかった。アイリス、頼む。皆に回復を」
『任せて!』
アイリスが霊力を集中させる。そして、
「イリス、ジャルダン!」
集中したアイリスの霊力が一気に解放されると、柔らかな光、暖かい風が神武を包む。そして神武はみるみるうちに損傷を修復させたのだった。
「何!?」
猪にとってはそれは計算外だったのか戸惑いを隠せない。その間にも神武の損傷は回復してゆき、そして程なく猪の攻撃を食らう前の状態まで戻ったのだった。
「ふぅ…」
神武が全快し、神武内部の状態も先ほどまでの状態に戻ったことを感じた大神がアイリスに通信を開く。
「ありがとう、アイリス。助かったよ」
『どういたしまして!』
大神に褒められたアイリスはご機嫌である。が、それは何も大神だけではない。
「助かったわ、アイリス」
「感謝しますわよ」
「ありがとな」
「おおきに」
「ありがとう」
「えへへ…」
全員からの賛辞に思わずはにかむアイリスだった。
「さて…」
改めて、大神が彼方の猪に目を向ける。と言っても、彼方というほど遠くにいるわけでもないのだが。
「後はあいつだけか…」
「そうですね」
さくらが頷いた。
「どうします、隊長?」
マリアが大神に指示を仰ぐ。
「あの攻撃がまた来たら一たまりもありません。慎重に進むべきかと」
「どうかな?」
反論…というほどでもないのだろうが、カンナがマリアの発言に疑問を投げかけた。
「大技はそうそう連発できるってもんじゃないって相場は決まってんだ。まして、一度見せちまったら次は対策を取られるのは当然だからな。それを考えると、一気に勝負を決めちまった方がいいと思うけど」
「どちらの意見も一理あるな…。他の皆は?」
「わたしはカンナさんと同意見です」
「わたくしはマリアさんと。何も考えずに突っ込んで返り討ちじゃ、草も生えませんもの」
「ウチはさっさと勝負決めたいね。危険やけど、引き伸ばしたらその分だけ、街への被害も広がるんやから」
「! そうか、街への被害か…」
紅蘭に指摘されて大神が初めてそこに思い至った。避難こそ既に完了しているが、この戦いの舞台は銀座である。家屋や建物は動かすわけにもいかず、当然今までの戦闘による被害は甚大だった。そして、戦闘が長引けば長引くほど、その被害はさらに拡大することとなる。
「アイリスはどっちでもいいよー」
最後の意見が出そろったところで、大神は肚を決めた。とは言え、紅蘭の意見が出た時点でほぼ肚は決まってはいたのだが。
「よし、これ以上の被害を出すのはマズい。多少の危険は覚悟の上だが突っ込むぞ! 陣形は崩すなよ!」
『了解!』
花組は素早く陣形を組むと歩調を合わせて突撃した。カンナの読み通り、先ほどの攻撃は大技ゆえに連発はできなかったのか再度仕掛けてくることもなく、猪の攻撃は単発のものに終始していた。そして、もう一つ花組にとって幸運だったのは猪が動いてこなかったことである。花組が指針を決めている間や近づく間も先制攻撃を決めようと思えば決められたはず。にもかかわらず、猪は動こうとはせずに花組を待ち構え、待ち受けることに終始していた。いくら猪の火輪不動自体の性能が高くても、神武に乗り換えて一丸となった花組には及ばなかった。そして…
「叉丹様~! お許しをぉ~! ぐわぁぁぁぁぁ…!」
火輪不動もろとも、猪は爆発して消えていったのだった。
「ほな、いくでー!」
そして、紅蘭が今回のカーテンコールを務める。
『勝利のポーズ…決めっ!』
こうして、新生・花組の初陣は勝利で締めくくることができたのだった。
「葵叉丹…」
戦いが終わり勝利の余韻に浸るが、それも少しの間だけ。さくらが呟きながら厳しい表情になって空を見上げた。その先には叉丹が見えるのだろう。
「お前の汚いやり方は絶対に許さない!」
「とりあえず…帝都の平和が守れたわね」
「そうかしら?」
あやめに対して疑問を投げかけるマリア。だがあやめの表情は曇っており、その心中はマリアと変わらない思いでいるのだろう。
「また…戦争が始まるの?」
アイリスが不安げに呟く。そして、残念ながらそれを否定する術は花組の誰も持っていなかった。
「どんなことがあっても、私たちはこの帝都を守らなくちゃいけないのよ!」
「これからが…本当の戦いだな」
厳しい表情でそう言う大神の言葉は、花組の誰もが感じていることだった。
同時刻、帝都地下深く。
「叉丹様、降魔の精鋭ここに集結いたしました!」
猪と共に現れた三騎士の一人、鹿が叉丹へと報告した。
「さあ、ついにお前たちが地上に出るときがきた! 破壊せよ! 破壊しつくせ! すべての破壊だ! ああ…なんと美しい! すべてが死滅し、そして新しい生命が誕生する! 破壊こそは、新生への序曲なのだ!」
『ウォォォォ!』
身の毛もよだつような降魔の雄たけびがそこかしこから上がった。その様に、叉丹は実に満足げな笑みを浮かべる。
「赤き月の夜…そのとき最強の降魔が復活し…我らに、最も頼もしき破壊の力をもたらす! 降魔、鹿!」
「はっ!」
叉丹の傍らに控える鹿が応える。
「お前はそれまで時を稼げ…」
「仰せの通りに…」
「くれぐれも猪の敵討ちなどとよけいなことは考えるなよ?」
「はっ…」
一礼すると下がる鹿。その心中には猪の敵討ちなどとという余計な考えはなかった。しかし、
「叉丹様に、この俺が最強であることを認めさせたい…」
こういった、別な意味での余計な考えが浮かんでいたのだった。
「う…ん…」
悩まし気な声を上げているのはあやめである。といっても、色っぽい艶事の最中というわけではない。視界が真っ暗なことに気付いたあやめがゆっくりと目を開く。そこは、見慣れた帝劇の自室だった。
「気が付いたか」
自室だから油断していたというのもあるのだろうが、予期せぬ他人の声にあやめは思わず大声を上げそうなほどにビックリした。しかし、寸でのところでそれを飲み込むと、
「だ、誰?」
顔を向ける。そこにあったのは、ソーンバルケの姿だった。
「ソーン…?」
「ああ」
ソーンバルケが頷く。
「どうしてここに?」
「覚えていないのか?」
尋ねたあやめに、ソーンバルケが逆に尋ね返してきた。
「え? 何を?」
「…そうか、その様子では覚えていないようだな」
「だから、何が?」
今一つ要領を得ないような会話になり始めているのを感じたあやめが少し語気を強くする。
「帰投直後、お前が気を失って倒れたのだ」
「え?」
その一言に、あやめが驚きの表情を隠せなかった。
「幸いにしてそれに気づいたのは私だけだったからな。身体の状態もわからないのでとにかくここに運び、寝かせていた」
「そうなの…」
状況を理解したあやめがふぅ…と大きく溜め息をつく。
「わたし、どのぐらいこうしていたの?」
「小一時間といったところか」
「そんなに…!」
ソーンバルケの返答を聞いたあやめが、こうしてはいられないとばかりに身体を起こそうとする。が、
「止めておけ」
ソーンバルケがそれを制した。
「まだ本調子でもないだろう」
「でも…」
「無理押ししてまた倒れたらどうする? それに、幸いにも今は何も起こっていない。休めるときに休んでおくのも大事なことだぞ」
「…わかったわ」
諭されたあやめが起こしかけた身を再び沈めて布団に横になった。
「そう、それでいい」
素直に横になったあやめに、ソーンバルケも満足げに頷く。
「お前に万一のことがあったら、他の連中も心配するしな」
「ありがとう」
軽く微笑んだあやめだったが、何故だかその笑みはソーンバルケにはとても弱々しく見えたのだった。
「…そういえば、前にも一度こんなことがあったな」
「ええ」
あやめが頷く。
「そのときは、ただの一過性の体調不良だと思っていたが…」
「ごめんなさい…」
視線を向けたソーンバルケに、あやめが申し訳なさそうに謝罪した。その様子に、病人をこれ以上責めることもできないという気持ちが働き、ソーンバルケはふぅ…と溜め息をつく。
「いつからだ?」
代わりに、そう尋ねた。
「覚えていないの…」
弱々しい口調は変わらず、あやめがそう呟いた。
「ただ、最近になってからということだけはハッキリしているんだけど…」
「持病の類は?」
「ないわ」
そこはハッキリと否定した。
「そうか。であれば、ただの過労と考えるのが常道だが、それでもこうちょくちょく倒れるのはな…」
「そうね、気を付けるわ」
気を付けてどうなるものなのかと思わないでもないソーンバルケだったが、せっかくあやめが前向きな決意をしているのだからと水を差すようなことは言わないことにした。
「…まあ、わかっているのならいい」
そして、これ以上はここにいても静養の邪魔になると判断したソーンバルケが立ち上がる。
「今はゆっくり休め。何かあったらまた知らせにくる」
「ええ。…あ、ソーン」
「ん?」
呼び止められるとは思っていなかったので少々驚いたが、出口に向かおうとしたところでソーンバルケが足を止めて振り返った。
「あの子たちのこと…お願いね」
「ああ」
頷いてあやめの部屋を辞したソーンバルケだったが、ふと今の一言が気になった。
(あの子たちのことをお願い…か。本来なら、それは隊長である大神へ向けられるもののはずだが、まあ大神がいない以上は仕方のないことか。…しかし、今生の別れでもないだろうに)
そう考えてしまってから、その思いを吹き飛ばすように頭を左右に振ると、ソーンバルケは自身の仕事を行うべくその場を後にしたのだった。
「ふぅ…」
自室にて一人残されたあやめが、ソーンバルケを見送った後に大きなため息をついた。全身を倦怠感が覆っている。
(いつからかしら…こうなったの…)
思い出そうとするも思い出せない。本当にいつの間にか、こんな感じの倦怠感や体調不良が自分の身体を襲うようになっていた。それがただの体調不良ならばまだ笑い飛ばせるのだが、そうでないのはあやめ自身が薄々感じていた。気を失っている間、いつも同じ夢を見ているのだ。誰かが自分の前に立ち、そして自分に向かって呼び掛けている。
(あなたは…誰…?)
呼びかけているその誰かに向かって自分からも呼び掛ける。しかし、その誰かはその呼びかけに応えない。が、その顔は笑みを浮かべ、そして自分に向かって手を差し伸べている。そして自分は知っている。その手を取ってしまえば楽になれるのだが、もう二度と戻ることはできなくなると。以前にソーンバルケに介抱されたときに見る夢がより具体的に、距離を縮めてきた…そんな感じがするのだ。
(あなたは…誰…?)
再び問いかける。が、それに対する返答などあるわけもない。ただ見えるのは揺らめく先の微笑み。そして、その先にある深淵の闇のみだった。そんな堂々巡りを繰り返しているうちにあやめの意識は再び堕ちていくのだった。