サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます、前回の続き。今回は遂にあのときです。

では、どうぞ。


NO.30 殺女

「ふんっ! 使えぬ奴め…」

 

鹿の敗北を見届けた叉丹がそう呟く。だがその顔色は変わることはない。まるで、鹿の敗北は織り込み済みだったかのようだった。それが証拠に、

 

「そろそろ、あやつを目覚めさせるとするか…」

 

表情を変えることなくそんなことを言っていたからである。そして帝劇。

 

「どうも、胸騒ぎがしやがる…」

 

苛立たしげな表情でそう呟いたのは米田だった。

 

「イヤな夜だぜ…」

 

自分が口に出した言い知れぬ不安を打ち消すためだろうか、倉庫へ足を向けた。勿論目的は、魔神器の無事を確認するためである。と、そこには意外な人物の姿があった。

 

「……」

 

あやめである。苦悶の表情を浮かべて、倉庫の中にいた。

 

「?」

「う…くっ…叉丹…様…」

 

予想外の人物の姿に米田が首を傾げる。それで注意力が少し散漫になったからだろうか、あやめの呟きにこのときの米田は気付かなかった。

 

(あやめくん? 確か、自室にいるはずじゃあ…)

 

どうにもこんなタイミングでこの場所で出くわすとは思っていなかったため少し驚いたが、無視をするわけにもいかないので米田が声を掛けた。

 

「あやめくん、ここでいったい何をして…?」

 

米田が事情を尋ねようとした直後、あやめは更に苦悶の表情になった。

 

「あやめっ! どうしたんだっ!?」

 

様子が尋常でないあやめの側に近づき、米田がその身体をガクガクと揺する。と、

 

「くっ…さ、さ…たん…様…」

 

米田は今度こそその言葉を聞いてしまった。そして、思わず固まってしまう。と、その直後にあやめが魔神器を手に取るとその場から逃走してしまったのだった。

 

「あ、あやめっ! しまった、魔神器が!」

 

慌てて米田が後を追いかける。帝劇内でそんなことが起こっているのと同刻、

 

「ふふふ…」

 

赤い月の下に、叉丹が華撃団の前に姿を現したのだった。

 

「あれは!」

 

さくらが驚きの声を上げる。が、何もそれは叉丹の姿に驚いたからではない。…いや、叉丹の姿にも驚いたが、その他にも驚く要素があったからだ。その証拠に、

 

「ああっ!」

 

マリアも同じように声を上げていた。叉丹の隣にはあやめの姿があったからである。当然、帝劇から持ち出した魔神器を手にして。

 

「あ、あやめさん…」

「ふふ…ははは…」

 

呆然とするさくらを侮蔑するかのように叉丹が笑いだす。

 

「魔神器は譲り受けたり…」

「魔神器!?」

 

大神とソーンバルケを除く花組にとっては初めて耳にする単語だったが、叉丹はそんなことは意に介さない。

 

「さあ、あやめ。こちらへ…」

「は、はい…」

 

フラフラとした覚束ない手つきだがあやめがその手に持つ魔神器を叉丹に渡そうとする。そこに、

 

「だ、だめだっ!」

 

大神の声が響いた。と同時に、尋常ならざる気配を感じ取ったソーンバルケが人知れず花組に合流する。

 

(! あれは!?)

 

そこで見たあやめの姿に、ソーンバルケも驚きを隠せなかった。だが、本当に驚くことになるのはこれからなのだが。

 

「大神くん! 私を…私を撃って!」

 

己の歩む先などこの時点ではわからないあやめが大神に自分を撃つように命じた。しかし、大神にそれができるわけはない。

 

「早く! 早く撃ちなさい! これは命令よ、大神くん!」

 

重ねてあやめが命令する。しかしやはり、大神にその選択肢があるわけはなかった。苦しい表情を浮かべるも、微動だにできずにその場に立ちすくむ。

 

「大神さん、撃たないで!」

「……」

 

さくらにも制され、大神はやはり銃を撃つことはできなかった。…いや、正直に言えばさくらに止められたことを免罪符にして、撃たなくていい理由を見つけたと言った方が正しいかもしれない。とにもかくにも、大神は結局あやめを撃つことはできなかった。

 

「くっ…くそっ…」

 

とはいえ、これが本当に正しい選択かと問われればそうとは言い切ることもできず、大神は歯噛みをすることしかできない。そんな大神に、

 

「自分を…偽らない大神くんでいてね」

 

あやめが寂しげな微笑みを浮かべてそう伝えた。まるで遺言のように。

 

「…できない」

 

色々葛藤はあったものの、それが大神の素直な気持ちだった。

 

「大神さん…」

「大神くん…」

 

そんな大神の心情を推し量るかのようなさくらとあやめの呟きは中に消えた。

 

「ふふふ…」

 

そんな、この場の一同を嘲笑うかのように叉丹が静かに笑う。

 

「己にかけた封印も最強とは皮肉なものだ…」

「……」

「さあ…思い出せ、あやめよ…。失楽の園の記憶を…」

(あの男…一体何を…)

 

全く持って嫌な予感しかしないがどうすることもできず、ソーンバルケは静かに状況を見ていることしかできなかった。と、叉丹は徐にあやめの顎を持ち上げ、そして口づけをした。直後、あやめの身体がビクンと震え、そして目のハイライトが消えた。そして、その身体が青い光に包まれる。その光が収まったとき、そこにはあやめの姿はなかった。しかしその代わりに、あやめによく似た降魔の姿があったのだった。

 

「ふふふ…最強の降魔にして我にもっとも近しく…また、頼りとする者…殺女(あやめ)よ、よくぞ目覚めた!」

「はい…我らは常に対なるもの。前世での契りにしたがい、今度こそお側に…」

「フ…」

「今宵の邂逅こそ永遠…我らの征く所、あまねく魔の楽園が広がりましょうぞ…」

「フフフ…」

「さ、これこそが我らの求める鍵。魔神器をお納めください」

 

そしてあやめ…いや、かつてあやめであったもの、殺女が叉丹へと魔神器を手渡す。

 

「ああ!」

「あ、あやめさんっ! それを渡しちゃダメだ!」

 

大神が制止するもそれが叶うわけもなく、魔神器は叉丹の手に渡ってしまった。

 

「ふはははは…」

 

魔神器を手にした叉丹が愉悦の笑いを漏らす。

 

「貴様らに待ち受けているのは苦悩…絶望…」

「そして…破滅…」

「そ、そんな…ま、待ってくれ! あやめさん!」

 

大神が必死に呼び掛ける。が、

 

「お前らのあやめはもう死んだのだ…あの赤い月と共に!」

 

殺女から返ってきた答えはどこまでも無情なものだった。そして、叉丹と共に飛び立った。が、

 

「フフ…」

 

意味ありげに薄く笑った殺女が突然身を翻して花組へと突っ込む。そして、いきなりソーンバルケにその拳を振り下ろした。

 

「……」

 

しかし、ソーンバルケは微動だにせず、ヴァーグ・カティの鞘を使って殺女のその拳打を受け止めた。

 

「あら」

 

楽しそうな表情で舌なめずりをしながら、殺女がソーンバルケに手を伸ばす。

 

「お見事♪」

「…何の真似だ?」

「ご挨拶よ、ただのね」

 

そしてその頬をゆっくりと撫でた後、殺女はソーンバルケから距離をとった。

 

「ふふふ、楽しみだわ。あなたを殺すときが」

「……」

「ははははははは…」

 

そして高笑いを残し、殺女は今度こそ叉丹を追いかけて消えていったのであった。

 

 

 

「黒き雨よ、魔の風よ、邪念の海よ…」

 

東京湾。花組の前から姿を消した叉丹と殺女は東京湾を一望できるとある場所にいた。

 

「今こそ封印を解き、我に力を与えよ!」

 

叉丹の呼びかけに応えるかのように東京湾は大荒れだった。その様に、叉丹はこれ以上ないほどの愉悦の笑みを浮かべる。

 

「いよいよ復活するのだ…聖魔城が!」

「ふふふふ…」

 

殺女もその様を満足そうな表情で見ている。東京湾がそんな状況になっている最中、大帝国劇場の作戦司令室では花組が全員集合していた。但し、その雰囲気はまさしくお通夜と言っていいほど暗く、沈んだものであったが。

 

「あやめさん…」

 

中でも一番ショックを受けているのは当然大神だった。無理もないことではあるのだが。

 

「……」

「大神さん…」

 

そんな大神を気遣いつつ、さくらがおずおずと口を開く。

 

「きっと何かの間違いですよ。あやめさんが敵だったなんて…。そんなの…ウソに決まってます!」

「わっ、わたくしをだましていたなんて許せないことですわ…」

「すみれくん…」

「まったく…わたくしもなめられたものですわ」

「夢なら…早くさめてほしいものです…。こんなことって…」

「あやめはん…ウチ、どうしたらええんや?」

「さっきのあやめお姉ちゃん、とっても恐かった! どうかしたのかな?」

「あの副司令が…信じられないぜ! これが夢なら、さめてくれよ…」

「まさかこんなことになるとはな…」

 

各々言いたいことはあるものの、全員に共通しているのはあやめがああなってしまったことに関してまだ気持ちの整理ができていないことだった。動揺は大きく、そしてそれは隠せない。

 

「みんなも辛いだろうけれど、またいつ降魔が襲ってくるか解らないわ。少し休まなくては…」

 

こういう時に口火を切るのはやはりマリアだった。

 

「せやな…」

 

紅蘭が力なくその意見に追随し、それに引きずられるように花組の面々は指令室を後にした。残ったのは米田、大神、そしてソーンバルケの男三人である。

 

 

 

「今のあの娘たちには支えてやるヤツが必要だ…」

 

隊員たちを見送った後、疲れた様子で椅子に深く身を委ね、一度軍帽を外して深くかぶり直し、表情を隠しながら米田がそう呟いた。

 

「大神、オメエのことだぜ…」

 

そして大きく息を吐きながら、大神へと視線を向ける。

 

「……」

 

それに対し、大神は何も答えなかった。…いや、答えることができなかった。

 

「みんなの様子を、見てやってくれねえか…」

「…わかりました」

 

やがて、ようやくそれだけ絞り出して大神は返答とした。

 

「全員の話を聞いたら、わしのところへ来てくれ…」

「はい。では…」

 

ゆっくりと頷いた大神が、同じようにゆっくりと頷く。そして、

 

「ソーン…」

 

少し離れたところに立っているソーンバルケに声を掛けた。

 

「一緒に来てくれないか?」

 

そしてそう誘う。大神としてはこれからの役目はできることなら一人よりも二人で果たしたかったのだ。が、

 

「いや…」

 

ソーンバルケはゆっくりと首を左右に振った。

 

「すまないが…」

「どうしてだい?」

「少し、米田に話がある」

「? 俺に?」

「ああ」

 

自分を名指しされるとは思っていなかった米田が驚いて自分を指さす。それに対し、ソーンバルケはいつものように静かに答えた。

 

「それに、隊員の心のケアは隊長殿の仕事だろう?」

「…全く、都合のいいことを言ってくれるよ」

 

揶揄するようなソーンバルケの発言に力なく微笑むと、大神はふぅ…と一つ大きなため息をついた。

 

「わかった、行ってくるよ」

「すまないな」

「いや、気にしないでくれ。長官に話があるんだったら、それはそれで仕方ないから」

「ああ」

「それじゃあ」

 

軽く手を挙げると、大神は作戦司令室を後にしたのだった。

 

 

 

「さて…」

 

作戦司令室を後にした大神が、地下の廊下を歩きながら呟く。

 

「まずは誰のところに行こうか…」

 

考えたものの、特定の個人の顔は浮かんでこない。

 

(仕方ない、適当に劇場内をうろつくか。そうすればその内誰かと顔を合わせるだろう…)

 

そう行動指針を決めると、大神はとりあえず大帝国劇場内を適当にぶらつくことにしたのだった。

 

 

 

手近なところから攻めていこうと地下を一回りした大神だったが、地下では結局どこにも誰の姿も見ることができなかった。そのため、次に一階を見て回ることにした。そして舞台や楽屋、事務局などを巡り、ようやく一人目の隊員の姿を見つけた。

 

(カンナ…)

 

食堂の入口から悟られぬように中を窺った大神の目に、カンナの姿が映った。こんな状況下ではあるが、カンナはある意味いつも通りテーブルについて食事をしていた。

 

「カンナ…」

 

食堂に足を踏み入れながら大神がカンナに声をかける。

 

「んっ? 少尉か…」

 

顔を上げたカンナが力なく微笑んで大神を迎えた。そんなカンナの様子も珍しいが、カンナの少尉呼びもまた珍しい。通常なら『隊長』と呼ぶはずである。

 

(…それだけ、まだ頭が混乱しているのかな)

 

些細な変化ではあるが、これがただの偶然の産物とは大神には思えなかった。が、勿論そんなことを指摘するつもりは大神にはない。

 

「腹が減っては戦はできぬ…かな?」

 

そんなカンナをささやかながらも励ますためだろうか、大神もちょっと砕けた様子でカンナにそう尋ねる。

 

「へっ、まあね…。クヨクヨしてて、あやめさんが戻ってくるわけじゃねぇだろ?」

「ああ…」

 

わかってはいたことだが、やはりあやめの話題が出るとどうしても雰囲気が沈んでしまう。

 

「心配すんなよ!」

 

それを払拭するためだろうか、カンナの表情が力強く引き締まった。

 

「首根っこ引っぱってでも、あたいが連れ戻してみせるさ!」

 

その発言は非常に頼もしかった。が、それがいわゆるカラ元気だということは大神にもわかる。

 

「カンナ…少し休んだ方がいいよ」

 

だからこそ、大神はカンナにそう諭したのだった。しかし、

 

「隊長…あんたこそ、少し休みなよ」

 

今の自分と同じ気配を悟ったのだろうか、大神もまた、カンナに同じように諭されてしまったのだった。

 

「キミが休むなら…オレも休むことにするさ」

「これ食ったら…な。お願いだから、あたいに構わないでくれよ…」

「…ああ、ゴメン。…もう行くよ」

 

そして、どことなくぎくしゃくした空気は最後まで拭い去れないまま、大神はカンナを残して食堂を後にしたのだった。

 

 

 

 

(さくらくん…)

 

カンナと別れて食堂を後にした後、正面玄関近くの階段から二階に上がった大神が目の当たりにしたのは、テラスに佇んでいるさくらの姿だった。

 

「さくらくん…こんなところにいたのか?」

「大神さん…」

 

いきなり声を掛けられてビックリしたのだろう、小さくビクッと身体を震わせながら、しかしその声で大神だとすぐにわかったさくらがゆっくりと振り返った。

 

「…ちょっと、気持ちが落ち込んでたから…」

「そう…」

 

まだ隊員二人と話しただけだが、それでも花組の士気の低下が顕著に見て取れることに大神が内心で忸怩たる思いに駆られる。が、そんなことは当然おくびにも出すことなく、自然にさくらと肩を並べた。

 

「これじゃ、叉丹の思うつぼですよね。もっと、しっかりしなくちゃ」

「……」

 

言葉は勇ましいがカラ元気なのは手に取るようにわかってしまうため、返す言葉もない。

 

「このぐらいで負けた気持ちになっちゃいけないわ! 勝負はこれからよ!」

「キミは…強くなったな」

 

さくらの言ったことは強がりかもしれない…いや、十中八九強がりだろうが、それでもそう言えるさくらの姿に、大神は思わずそう口に出していた。と、

 

「大神さん、あやめさんのこと…好きだったでしょ?」

「…うん」

 

さくらの言及に一瞬驚いた大神だったが、そう時を置かずに静かに頷いた。

 

「確かに…確かに俺はあやめさんにひかれていた」

「あたしも…あやめさんが好きだった。すごく憧れてた。いつか、あやめさんみたいになりたいって思ってた…」

「さくらくん…」

「でも、今は違う! あたしは、もっと強くなる」

 

さくらの表情が変わった。

 

「ねえ、大神さん! あやめさんを助け出しましょう! あやめさんは叉丹に操られてる! きっと助けられるはずです! 仲間として見殺しにできないわ!」

「大丈夫…大丈夫だ、さくらくん!」

 

そのさくらの思いに応えるかのように大神も応える。

 

「俺はあやめさんを信じる! あやめさんの真の心が悪であるわけがない!」

「そうだ! あやめさんは叉丹に操られているだけです! 助け出しましょう! あやめさんは帝劇にとってかけがえのない人ですもの、ね!」

「そうだ! やつらに花組の団結力を見せてやろう! さくらくん!」

「ありがとう、大神さん」

 

二人で思いを新たにした大神とさくら。その目の端に、何かが舞い散った。

 

「あ…いつの間にか雪が…」

 

さくらも振り返り、テラスから雪の散る帝都に目を移す。

 

(あやめさん…あなたは今、この雪をどこで見ているんですか?)

 

その光景に、思わず大神がそう思いを馳せたのだった。

 

 

 

サロン。ここに彼女はいるだろうと思って足を運んだ大神の勘は、やはり間違っていなかった。

 

「すみれくん…」

「隊長…」

 

声を掛けられてようやく大神の存在に気付いたのか、すみれが顔を上げた。さっきのカンナと通じるが、すみれの隊長呼びもまた珍しい。それだけ、あやめの件が精神状態に影響しているとも考えられるが。

 

「そう落ち込むなよ…」

 

開口一番、大神が気遣う。が、

 

「落ち込むですって!? そんな…バカバカしい…」

 

すみれから返ってきたのは、ある意味実にすみれらしい一言だった。

 

「あんな女の一人や二人消えたところで、どうってことありませんことよ!」

「…まったく。素直じゃないな、きみは!」

 

すみれの性格はよく知っているだけに、普段なら適当にあしらうところだった。しかし、余裕のなさからか、それとも普段の性格がわかっていてもなおその物言いにイラっと来たからか、らしくもなく大神も声を荒げてしまった。と、

 

「え…」

 

呼吸が止まる。だが、それも一瞬ですみれがキッと大神を睨んだ。

 

「素直じゃない…ですって! 隊長…あなたもみんなと同じことをおっしゃるのね!? どうして…どうしてそんなことが言えるんですの!? 誰よりも…誰よりも一番わたくしたちのことを知っているあなたが!」

「……」

「毎日、毎日…戦って! 殺して、殺して、殺し続けて! わたくしの手は…もう血でべっとり! そんな状況で素直でいられて!? 普通の女の子みたいになれて!? お花が咲いたって喜べて!? わたくしをこんなにしたのは誰? あやめさんじゃない!? あなたたちじゃないの!」

「……」

「それなのに…勝手に敵に寝返って…。一緒に戦っているって思っていたのに…冗談じゃありませんわ!」

「すみれくん…」

 

ここまで心中を曝け出すすみれの姿は非常に珍しく、さしもの大神も驚きと戸惑いを隠せない。

 

「それでもあやめさんのことをいい人だなんて言えるほど、わたくし大人じゃありません!」

「すみれくん!」

 

怒りが爆発し、思いのままに言葉を吐き出すすみれ。これ以上その先は言わせたくはなかった大神は、思わずすみれを抱きしめていた。

 

「あっ…」

 

こういう展開は全く予想していなかったのだろう。すみれが短いが驚きの声を上げた。と、

 

「…すまん」

 

大神が謝罪する。だが、それはすみれも一緒だったのだろうか。

 

「ごめんなさい…隊長…しばらく…このままで…」

「…ああ」

 

すみれの望むまま、二人はその後少しの間こうしたお互いの身体を抱きしめ合っていたのだった。

 

 

 

(ん?)

 

書庫に立ち寄った大神が見つけたのは、意外と言えば意外な人物だった。

 

「紅蘭…」

 

机に突っ伏している紅蘭の姿がそこにあった。眠っているのか、それとも泣いているのだろうか…。

 

「……」

 

どちらにせよ、あまり邪魔したくないシチュエーションではあったが、見かけてしまった以上はそうもいかない。米田には全員の話を聞いてくるように言われているし、何より泣いているのだったら気まずいが、もし寝ていたらこのまま寝かせてしまったら風邪をひきかねない。

 

(仕方ない…)

 

あまり気乗りしないまま、大神は紅蘭へと近づいた。

 

「紅蘭…?」

 

大神がそっと声をかける。と、

 

「あ、大神はん…」

 

紅蘭が顔を上げた。そして、その目には涙が浮かんでいる。良くないシチュエーションで想定していた状況にあたってしまい、大神は内心で臍を噛んだ。が、もうどうしようもない。

 

「どうしたんだ、こんなところで? …泣いているのかい?」

「ウチは…ウチには知っての通り、何の力もあらへん」

 

質問の答えになるとは思えない返答を紅蘭が返してきた。

 

「…紅蘭?」

「マリアはんのように銃の名手でもなけりゃ、カンナはんのようなごっつい力もない。しいて言うなら、手先がちょっとばかし器用なくらいや。ホンマ言うと…学校ってとこにも行ったことないんや」

「……」

「でもな、そんなウチをあやめはんは拾うてくれた。日本で勉強もさしてくれた。あやめはんはウチの大事な人なんや…せやのに…何でこないになってしもたんや…」

「紅蘭…」

 

そんな事情があったとは露知らず、そして知ってしまったからこそ今度は何も言えず、大神は黙ってしまった。

 

「なあ…大神はん?」

「…俺が助ける!」

 

紅蘭の痛々しい姿に自然と口をついて出てきたのはその一言だった。

 

「…?」

「あやめさんは俺にとっても大事な人だ。必ず助け出す!」

「…ほんま?」

 

紅蘭が思わず尋ね返した。こんな状況故に、たとえ糸のような細いものであっても、縋れるものに縋りたくなるのは仕方のない話だ。

 

「ホンマ、ホンマ! ホラ紅蘭、笑って、笑って!」

「大神はん…」

 

その不器用な励ましに紅蘭は目元の涙を拭うと、不器用に微笑む。

 

「せやな」

 

そして、まだまだ無理をしているのはわかるが、それでもぎこちないながらの笑顔になった。

 

「笑顔が一番や! 落ち込んでてもしゃあないもんな!」

「そうそう!」

「ありがとう、大神はん。ほんならうち、そろそろ部屋へ戻って寝るわ」

「そうだね、それがいい」

「ほな隊長、おやすみなさい…」

 

紅蘭が一礼すると書庫を去っていった。最後は何とかいつものようになった紅蘭だが、それが無理しているものによるのはよくわかり、見ているだけでも痛々しかった。だが、そんなことはお互いにわかりきっているのであえて言及はしない。わかってても口に出してはいけないこともあるのだ。

 

 

 

「アイリス…起きてるかい?」

 

自室の扉をノックして中にいるはずのアイリスに声をかける。だが、中から返事は返ってこない。

 

(…もしかしたら、もう休んでるのかな?)

 

その可能性は大きいなと思いながら、一応ドアのノブに手をかけて捻ってみた。と、

 

「あれ? カギがかかってない…」

 

すんなりとドアのノブが回転し、そして音もなくドアが開いてしまった。

 

(…弱ったな)

 

その結果に大神は表情を曇らせる。米田に全員の話を聞いて来いと言われた大義名分があるとはいえ、許可もないのに室内に足を踏み入れるのは躊躇われる。しかし、ここでいつまでもこうしているわけにもいかない。

 

(ええい、ままよ!)

 

成り行きに身を任せることにして大神はゆっくりと室内に入った。そこには、ベッドで寝息を立てているアイリスの姿があった。

 

(よかった…)

 

その様子に、まずはホッと一息を着く大神。まあ相手がアイリスということもあり、返事がなかった時点でこんなことにでもなってるんじゃないかとは思っていたのだが。とにかくホッとした大神が、気が引けながらもアイリスの許に近づいていく。

 

「あやめ、おねえちゃん…」

「アイリス…」

 

沈んだ表情で眠るアイリスの口から出た寝言に、大神の表情もまた沈んだのだった。そして、大神はそのままアイリスの部屋をそっと後にした。

 

 

 

「大神だけど…」

「あ…隊長…」

 

アイリスの自室からほど近いマリアの自室前。ノックしたドアの向こう側からマリアの返事が返ってきた。流石にマリアは他の隊員たちほどではないにせよ、やはりその声が沈んでいるのは否めない。

 

「…入ってもいいかい?」

「……」

 

少し間が開き、そしてドアがゆっくりと開かれた。

 

「お邪魔するよ…」

 

ゆっくりと足を踏み入れると、出迎えたのはやはり沈んだ表情をしているマリアの姿だった。

 

「マリア…」

 

その、今まで見たことのないようなマリアの姿に思わず息を呑んでしまう。が、ここで何もせずに引き下がるわけにはいかない。

 

「疲れているんじゃないのか? 君も休んだ方がいい」

「隊長…。花組の中では私が一番、あやめさんとの付き合いが長かったんです」

 

少し口を噤んだ後、マリアが唐突にポツポツと語りだした。

 

「彼女とは四年前にアメリカで出会いました…。あの頃の私は自暴自棄になっていて、殺し屋稼業に身を置く寸前でした」

「……」

「そんな私を救ってくれたのが、あやめさんでした…。あの頃からあやめさんは、他人のためにばかり戦っていたのかもしれません…。悲しい人です」

「マリア…」

「フフ…いやですね、私。人のことなんか言えないのに、つい昔話なんかしてしまって」

「いや…いいんだ」

「今の話、忘れてください…」

「……」

「今までは…いえ、大神さんが来るまでは…こんなこと話せるの、あやめさんだけだったんです。隊長のおすすめ通り…少し休むことにします」

「そうか。それがいい…」

「はい。そ、それはそうと…」

 

流れ的に話が終わりそうだったのだが、意外にもマリアの方から話を振ってきた。

 

「うん?」

「…昔、私を導いてくれたあやめさんは、善と悪…どっちのあやめさんだったのでしょうね?」

「さあ…」

 

その返答に対する答えを提示できない大神には、情けないことだがただ首を左右に振ることしかできなかった。

 

 

 

(みんな、大分参ってるな…)

 

米田からの指示通り、花組全員の様子を確認しつつ話を聞いた大神の正直な感想がそれだった。まあ、無理もない話であるのだが。

 

(とにかく、長官のところへ行こう…)

 

報告を兼ねて、大神は作戦司令室へと向かったのだった。

 

 

 

「あれ?」

 

作戦司令室。そこにはここにいるはずの米田の姿はなかった。代わりに、

 

「大神か…」

 

ソーンバルケが一人椅子に座って腕組みをしていた。

 

「ソーン…長官は?」

 

今この場で唯一の住人であるソーンバルケに尋ねる。と、

 

「米田なら、支配人室へ戻ったぞ」

 

返ってきたのはその一言だった。

 

「そうなのかい?」

「ああ。もしここにお前が来たら、支配人室に出向くように伝言されてな」

「そうなのか…」

 

空振ったことに少なからずガッカリしながらも、大神は新たな疑問が浮かんできた。そして、ジッとソーンバルケの顔を見る。

 

「? 何だ?」

 

それに気づいたソーンバルケが大神に尋ね返した。

 

「いや…もしかしてそれを伝えるためにわざわざここに?」

「そんなわけないだろう」

 

ソーンバルケが苦笑する。

 

「少し、考えたいことがあったのでな。ここを借りているだけだ」

「そうか…。司令とのお話は済んだのかい?」

「ああ」

 

大神の質問にソーンバルケが頷いた。

 

「どういった話だったのかは…」

「…いずれ、必要な時が来たらな。だが今は」

「そうか…わかったよ」

 

大神は頷くと踵を返した。

 

「支配人室でいいんだね?」

「ああ」

「ん、わかった」

 

それだけ言い残し、大神は作戦司令室を後にした。

 

「……」

 

それを見送った後、残った形になったソーンバルケは再び思索の海へと没入するのであった。

 

 

 

「…誰だ?」

 

コンコンとノックをした支配人室から返ってきた返事は、いつもと違って声に力はなかった。そりゃそうか…と思いながら、

 

「大神です」

 

大神は自分が訪れたことを支配人室の中の米田に伝えた。

 

「おう、そうか。入んな」

「失礼します」

 

ふぅ…と一息ついた後、大神が支配人室へと足を踏み入れた。

 

「おお、大神…花組の様子はどうだった?」

「ええ…」

 

何と報告したらいいものかわからずに言葉を濁す。が、

 

「まあいい、ご苦労だったな…」

 

米田はそんな大神を咎めもしなかった。米田自身も相当参っているのだろう。

 

(長官…)

 

米田のその姿に何とも言えず、大神は黙り続けることしかできなかった。と、

 

「そうだ、おめえに頼みがあるんだ」

 

と、急に話を転換させた。

 

「はい、なんでしょうか?」

「…実は、報告書を書きてえんだがよ…おめえ、報告用紙どこにあるか知らねえか?」

「…は? 報告用紙ですか?」

 

予想外の米田の頼みの内容に面食らった大神。

 

「ああ、確かその棚の中にあるはずなんだが…」

「棚の中…ですか?」

「…はぁ…」

 

大神が米田の指示した棚の中を調べていると、不意に米田が溜め息をついた。

 

「長官?」

 

どうしたのだろうと振り返った先にいた米田の表情は、先ほどよりも沈んでいた。

 

「まったく情けねえ…今まで何もかもあやめくんに任せとったからな…」

「……」

 

報告用紙を探していた大神の手も止まってしまう。

 

「女手一つなくなっただけでこの有り様だ…」

「…長官」

「…なあ、大神」

「……」

「…六年前、わしの前に現れて以来…いつしか、わしはあやめくんを実の娘のように思っとったよ。いつかどこかに行っちまうと思っちゃいたが…よりによってなあ…」

「…米田長官」

 

弱気な発言が続く米田に対し、大神の語気が強くなった。

 

「あやめさんは戻ってきます! 必ず…。必ず俺がこの手で取り戻して見せます! …失礼します!」

 

勢いのままに出ていった大神を見送ることになってしまった米田が暫しの間呆然としていたが、やがて静かに微笑む。

 

「大神の野郎…いっぱしの口を聞くようになりやがって…」

 

その気持ちは嬉しかった。しかし…

 

「だがよ…」

 

米田が深々と椅子に座り直すと呟いた。その表情は先ほどとは一変し、暗く沈んでいる。

 

「その決意は…実ることはねえかもな」

 

そう呟く米田の表情は、最後まで暗かった。

 

 

 

「…あやめさん」

 

自室に戻ってきた大神が自分のベッドに腰掛けた。米田をはじめ、誰もが誰も暗い雰囲気を隠せていない。

 

「あやめさん、俺はどうすればいいんでしょう?」

 

語り掛ける。無論、本人はいないのだから明確な答えが返ってくることはない。その代わり、

 

『何が正しいかなんて、きっと誰にもわからないことよ』

 

在りし日のあやめが、自分に語ってくれたことを思い出す。

 

「でも…俺は…どうすればいいんでしょう?」

『大切なのはそれがどんな結果に終わったとしても…後悔しないように常に努力をし続けることよ…』

「後悔しないこと…そうですよね、あやめさん…」

 

それ以上は答えてくれなかったが、それでも大神の頭に浮かんだあやめは、あの優しい微笑みを大神に向けてくれたのであった。一方、東京湾では

 

「ふははは…我が野望の城が甦る。…殺女よ」

 

荒れ狂う東京湾を見据えながら、叉丹は側にいる殺女に声を掛けた。

 

「はい」

「聖魔城復活にはまだいくばくかの時が必要。その間、小娘どもの注意をひけ」

「はっ!」

「その力、見せてもらう」

「お待ちください!」

 

そこに割り込む存在があった。三騎士の最後の一人、蝶である。

 

「この殺女は先日まで眠っていたも同然の者。失敗せぬとも限りません。その任務、ぜひともこの蝶に!」

「ふん…よかろう。好きにしろ…」

「ありがたき幸せ…」

 

投げやりな返事だった叉丹だったが、それでも殺女を差し置いて自分に役目が回ってきたのが嬉しかったのか、蝶が愉悦の微笑みを湛えた。と、

 

「ふふふふ…」

 

殺女が悠然と笑う。まるで蝶を値踏みするかのように。

 

「何を笑う!」

 

それに蝶が嚙みついた。どうも、殺女に対してあるのは単なる対抗心だけではないらしい。

 

「ふふ、いいえ…」

 

が、殺女は気にする様子もなく悠然とした微笑みは絶えることはなかった。

 

「あなたのお手並み拝見といきましょう…」

「ふん…」

 

つまらなそうに吐き捨てると、蝶はその場を後にした。

 

「叉丹様と共に野望を果たすのはこの、あたし…。貴様の好きにはさせない!」

 

そんな捨て台詞を残して。

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