サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
では、どうぞ。
聖魔城…大和が復活し、帝都は再び壊滅的な被害を被っていた。先の黒之巣会…天海との戦いの傷跡がやっと癒えようかといった矢先にこの状況である。
「この世の終わりじゃ…終わりじゃ…」
帝都に響き渡るそんな、誰とも知れない老人の声は悲嘆と絶望にくれていた。そして、それを聖魔城より眺めるのは叉丹。満足げな笑みを浮かべ、壊滅的な状況に陥った帝都を見下ろしている。
「欲望…憎悪…嫉妬…あらゆる人間どもの悪徳が霊子砲の力となる」
そしてその傍らには、これも当然のように殺女が侍っていた。
「叉丹様の祈りが終わり、この炎が12の刻をきざむ…その時、暗黒の光が地上に降り注ぎ、世界は崩れ落ちそして、闇に還る! はははは…」
そのタイムリミットを記しているのだろう。聖魔城内にある方陣のような石時計に炎が灯ったのだった。
「浅草…銀座…上野…どこもかしこも…ひどい状況だ」
聖魔城復活のあおりを受けて壊滅的な被害を受けた帝都の各所をモニターで映しながら米田が頭を抱えた。
「残念だが…聖魔城は復活した。帝都壊滅は、もはや秒読みの段階だろう。このままでは、世界の運命も…」
作戦司令室。いつもの椅子に力なく座った米田に対して誰もそれに対する反応がない。それも当然のことだろう。
(止むなし…か)
ソーンバルケもまた出せるような言もあるはずもなく、同じように押し黙っていることしかできなかった。そして、こういう時に口火を切るのはやはり隊長であった。
「みんな、どう思う? 何でもいい、忌憚のない意見を言ってくれ」
その一言がカギとなったかのように、ポツリポツリと隊員たちが口を開き始めた。
「あれが…聖魔城っていうの? あそこにいっぱい、悪いヤツがいるのね…。アイリス、わかる…あそこに悪い人がいて、すごい力を集めてるの」
「天海の六破星降魔陣…そして降魔の復活…魔神器…。これが…聖魔城の復活こそが…葵叉丹の目的だったんですね?」
「ああ、そのようだな」
「聖魔城は、まるで生き物のように力をたくわえているわ! 何とかしないと…」
「まったく…何でも大きければいいってものではありませんわ! あんなのとどうやって戦えというんですの? 無茶ですわ!」
「そうだな、いい考えはないだろうか? みんな」
「うーん…やっぱ、あたいなら正面からぶつかるかな」
大神の尋ねたいい考えに対するカンナの返答は、実にカンナらしいものだった。
「敵がたとえどんなヤツでも…あたいは逃げることを教わらなかったからね…」
「この期におよんでも、まだ正面から突っ込むおつもり? 呆れたおバカさんですこと…」
すみれがいつものように揶揄する。が、
「へ…あたいには、それしか能がねえからな」
驚いたことにカンナはいつものように食って掛かるわけでもなく、普通に流したのだった。
「うだうだ考えているよりは…マシだろ?」
「まったく、あなたって人は…。少尉はカンナさんの作戦、どう思われます?」
苦笑しながらすみれが大神に振り返った。
「一つの手ではあるな」
「だろ? やっぱ、女は度胸だぜ」
部分的なものではあるが、大神の賛同に喜色満面でカンナが頷いた。
「でも、敵の防御は鉄壁のはずよ。危険すぎないかしら?」
「確かに、マリアの言うことにも一理ある。どっちつかずになって申し訳ないが、正面突破はそれなりの損害を覚悟しなければならないな」
「ま、一つの手段さ。他にいい手があるなら、あたいはそれでもいいぜ」
カンナとしても自分の意見を強引に押し通すつもりもなく、一旦引いた。
「うーむ…何の考えなしに攻め込んでも、こっちが被害受けるだけやしな」
「なにかいい手はないかしら?」
「帝都中の兵器を集めて…いや、それでも無理やろな…」
「なにかとっておきの発明は、ないのかい?」
一縷の望みをかけて大神が紅蘭に聞いてみる。が、
「そないなこと言われてもなぁ…ウチの発明かて、そうポイポイと出てくるわけでもないで」
返ってきたのは当然といえば当然の返答だった。
「そうか…紅蘭の発明には期待してたのにな」
「すんまへんな、期待に答えられんで…」
仕方のないことである。そもそも、個人の発明でどうにかなれば苦労はしない。それがわかっているゆえに大神も意見を素直に引っ込めたのだった。
(八方塞がりか…)
その様子を眺めながらソーンバルケが内心で溜め息をつく。無論、自分にもこの状況を打開できるような名案などあるわけもないため、大神たちを批判することなどできないのだが。
(だが、それでも…)
行かなければならない。待っているのだ、あそこには。かつての戦友が。ソーンバルケがその思いを新たにしていると、
「…みんな、聞いてくれ」
米田が重々しく口を開いたのだった。
「実は、打つ手がたった一つだけあるのだ」
その一言に驚きながら、花組が米田の話の続きに耳を傾ける。
「我々がもっとも恐れることは霊子砲の発動だ」
「霊子砲?」
「うむ」
思わず呟いてしまったソーンバルケのその呟きに、米田が頷く。
「マリアがさっきちょこっと言及したが、聖魔城は復活したばかりで霊子砲もまだエネルギーを集めている段階のはずだ」
「はい」
「だから、今のうちに聖魔城内に突入し、まだ準備のできていない霊子砲を破壊する! これで勝機は見えるはずだ。だが…」
「それしか…なさそうですね」
米田が語尾を濁したが、大神はその先を斟酌した。米田が何を言いたいのか、よくわかっていたからだ。故に、大神がそこを補完したのだった。
「うむ。だが、聖魔城は降魔の本拠地だ! どのくらいの敵の数がいるのか見当もつかん。しかも…霊子砲は聖魔城の中心部に位置しているはず…。悪念で増幅された降魔の力は、今までの比ではないのだぞ! この作戦でいったところで…お前たちの生命さえ…保証はできない!」
ある意味、死の宣告ではある。が、
「…もちろん、承知の上です」
少し間を置いて大神がそう言い切ったのだった。それに追随するかのように他の隊員たちも口を開く。
「…私たち、いつだって命がけでしたわ。…長官」
「……」
「ここは一番の大勝負! このわたくしが、逃げるわけにはまいりませんわ!」
「何がこようとぶち砕くまでだ! この…拳でよ!」
「そやそや! 大船に乗ったつもりでまかせとき!」
「絶対、負けないもん!」
「帝国華撃団は舞台と平和に命をかけているんです!」
「お、お前たち…」
このときの米田の心に去来したのはどんな思いだったのだろうか。頼もしさだったのか、悲しみだったのか、申し訳なさか、それともまた別の感情か。それは誰にもわかることはなかった。
「それに長官…誰が止めても、俺たちは行きますよ! 帝都は俺たち帝国華撃団・花組が守って見せます!」
「……」
大神の確かな決意を聞いても米田の口は堅く、表情も同じように硬いままだった。
「…長官!」
「…わかった」
そしてとうとう、米田が花組の熱意に根負けしたのであった。
「もう止めん! その手で、帝都の未来を! 勝利をつかみとって来い!」
「よし、みんな行くぞ! 帝国華撃団、出撃!」
『了解!』
大神の命を受け、花組は最後の戦いに赴くのだった。
「この雲のむこう…聖魔城にあやめさんがいる…」
翔鯨丸内部。窓の外から空を眺めながら大神が一人呟いた。空の色は昨日と変わらない澄んだ青色なのに、帝都の状況は一日で一変してしまっていた。そして自分たちは、その状況を打破するために今こうしてここにいるのである。そして、目指す先には目当ての人物もいるはずだった。
「俺は…本当にあやめさんと戦えるのか?」
誰に問うでもなく自問自答して呟いた。だが、
「いや」
不意にその自問自答に答える声がすぐ側から聞こえ、大神が思わずビクッと身体を震わせた。そしてゆっくり振り返るとそこには、ソーンバルケの姿があったのだった。
「ソーン…」
自分の名前を読んだ大神に、ソーンバルケが片手を上げてゆっくりと近づいていく。
「奴と戦うのはお前たちではない」
大神の隣に立ち、同じように窓の外に目を向けながらソーンバルケがそう口を開いた。
「え?」
「あいつは…私が相手をする」
「えっ? どうしてだい?」
まさかそんなことを言われるとは思わず、大神が思わず尋ね返した。
「…お前たちは知らぬことだが、指名を受けてな」
「そんな…いつ?」
「前回の戦いのときだ。あいつに召喚されて…な」
「そう…なのか」
それを聞いた大神がギュッと拳を握り締めた。それは、ソーンバルケにその役回りを任せてしまうことに対する申し訳なさなのか、それとも何故自分がその役割じゃなかったのかという無念さなのかはわからないが。
(それに…)
大神がすぐ側でそんなことを自問自答しているとは思ってもいないソーンバルケが、在りし日のことを思い出す。
(それに…約束もあるしな)
以前、あやめの自室で言葉を交わしたときのことを思い出していた。と、
「あ、でも…」
何かに気付いたのだろうか、急に大神が口を開いた。
「ん?」
「でもソーン、どうするんだい?」
「どうする…とは?」
今一つ言葉の意味が要領を得ず、ソーンバルケが尋ね返す。
「霊子甲冑のことだよ。神武がないのに…」
「その件か…」
痛いところを突かれたなと思いながらも、ソーンバルケは誤魔化しはしなかった。というより、誤魔化しようもないから仕方ないかもしれないが。
「どうしようもあるまい」
「そんな…それじゃあ、ソーンは生身で」
「そうなる」
「危険だよ! さっき長官も仰ってたけど、降魔がどれだけ強化されているかもわからないのに! ソーンの実力は十二分に認めているけど、それでもあまりにも危険すぎる!」
もっともな意見である。が、
「危険は重々承知の上」
ソーンバルケも引く気は更々なかった。
「だが、私がやらねばならない」
「でも…」
「心配するな。お前たちの邪魔になるつもりはない。それに、これが最後になるのだろう?」
「ああ」
「ならば、一度ぐらいは役目を果たさせてくれ。異端ではあるが私とて、花組の一員なのだろう?」
「うん。それは勿論」
「では、頼む。その上でもし、私があいつの前に行くまでに不覚をとることがあったら、そのときは遠慮なく切り捨ててくれて構わない」
「そんな…」
大神の表情が曇った。そんなことを急に言われても了承できるわけがない。
「無論、私とて無理をするつもりはない。目的の場所につくまでは油断するつもりもない。が、物事には絶対もまたない。それはお前も良くわかっていると思うが」
「……」
あやめが殺女として聖魔城にいる今、その言葉は痛いほど大神の身に沁みていた。
(少し、苛めすぎたか…)
そんな、固まってしまっている大神の姿に、ソーンバルケは申し訳なく思った。しかし、現実に起こりうることになるかもしれない以上、釘を刺しておくのは当然だと思ったからだ。それに、自分は当然のことしか言っていない。それでもこうやって悩んでいるのは大神の人間性の賜というやつだろう。と、
(ん…?)
誰かがこちらを見ているのに気づいた。そしてその気配をよく感じとると、それは主に自分よりも大神に意識が向けられているのもわかったのだった。
(成る程…)
それで大体のことを悟ったソーンバルケが大神に顔を向ける。
「そういうことだ。先ほども言ったが無理はしない。その代わり、今回は私も同行させてもらう。わがままを言っているのはわかっているつもりだが、それでも頼む」
「わかったよ…」
大神が渋々といった感じで口を開いた。さんざん頭を捻ったようだが結局、名案らしい名案は浮かばなかったのだろう。本当に苦渋の表情である。
「すまないな。では、これで」
そんな、無理を聞かせる形になってしまった大神に対して謝罪すると、ソーンバルケはその場を後にしたのだった。そして自分が離れた後で、先ほど感じた気配が大神の許へと向かったのを感じ取っていた。
(悪いことをしてしまったか?)
誰が気配の持ち主だったか、そこまではソーンバルケにはわからなかったが恐らく、大神と話がしたかったのだろう。しかし自分がいたからそれも憚られたのだろう。
(すまなかったな)
誰かもわからぬその気配の人物に内心で謝罪すると、ソーンバルケはその場を後にしたのだった。
「翔鯨丸、警戒空域に突入! 右舷前方に聖魔城を確認! 高度は二〇〇〇を維持!」
翔鯨丸、ブリッジ。カンナの声が響き渡った。その報告の通り、カンナが翔鯨丸の操舵を務めている。
(あんな真似もできるのか…)
カンナの意外な才能にソーンバルケが驚きつつも、今はそのことが頼もしかった。と、
「みんな、いよいよ突入だ! おそらく、葵叉丹は最後の、そして最強の敵だろう」
大神の訓示がブリッジ内に響き渡る。
「でも、俺たちは絶対に帝都を、世界を護る! そして…必ずここに返ってくるんだ!」
「了解!」
「よし、花組出撃せよ! 進路、聖魔城!」
「了解! 目標、聖魔城! 面舵、一杯!」
大神からの指示を受け、カンナが翔鯨丸の舵を切った。
「何としても城門を突破するんだ! 主砲準備急げ! 第一斉射、砲撃用意!」
「主砲準備完了!」
「よし! 目標、聖魔城城門! 撃てーーーっ!」
矢継ぎ早に指示が飛び、翔鯨丸の主砲が聖魔城の城門に着弾した。しかし、
「うっそぉ…」
呆然とした感想を述べたのはアイリスである。それもそのはず、聖魔城の城門は傷一つついていなかったからだ。
「アカン…ビクともせぇへん」
「万事休す…ですわね」
自嘲に似た呟きがすみれの口からもれた。戦いに挑もうとも、その場にすら立てないのではどうしようもない。が、この程度では諦めないのが我らが大神一郎である。
「あきらめるな! 一撃でダメなら何度でも撃ちこむまでだ! 続けて第二斉射! 主砲の準備急げ!」
指示通りに第二斉射の準備が始まる。その様子を、
「…最高の舞台が始まりそうね」
聖魔城の殺女が楽しそうに眺めていた。
「フフフ…翔鯨丸の火力では、城門さえ破壊できないわ」
楽しそうに笑う殺女の後ろで、石時計に新たな火が灯ったのだった。同じころ、
「私はね…」
大帝国劇場にて、司令の米田が写真立てに飾られている一枚の写真に向かって語り掛けていた。そこには、花組が全員集合したスナップ写真が飾られている。
「少女たちを戦場に送り、この椅子に座っていただけの…ダメ軍人だ…」
いつになく真面目で、そして静かな語り口調である。
「だが、きみたちを誰よりも愛し。そして、きみたちの命を尊いと思っていた…。しかし、あやめくん! 断じて…この世界を魔の手に委ねるわけにはいかん!」
そう宣言した米田はそれまでの静かな雰囲気が一変し、その顔と目に生気と闘志が宿った。そして、その覚悟を示すかのように最後の切り札を切った。大帝国劇場がその姿を次々に形を変えていく。そして、その変容した姿は何かを象っていた。そしてその変容が終わったとき、大帝国劇場は巨大な空中戦艦の一部としてその姿を変えていたのである。
「甲板上の市民の避難、完了しました」
「最終安全装置、解除。発進準備、完了」
管制を担当しているのはかすみ・由里・椿の三人だった。いつもの服装ではなく、揃いの制服に身を通している。彼女たちもまた帝国華撃団に連なる者、この姿もまた当然の姿だった。
「よし、メインエンジン始動! 帝都全域に緊急警報を発令」
司令として指揮を執る米田がそう命を下す。
「空中戦艦ミカサ、発進!」
号令一下、その姿を現した本当の最後の切り札、ミカサが帝都の空に飛び立ったのだった。
「うわあ…」
その威容に、大神始め花組の面々もただただ呆然とするだけで二の句が継げない。が、それも無理からぬことだった。何しろ、翔鯨丸の何十倍はあろうかという巨大さなのだ。流石のソーンバルケでさえも、この威容には言葉もなかった。と同時に、
(…もう少し、早く出してくれればいいものを)
と思わないでもなかったが、それは言わずが花というやつである。それに、出し渋っていたのではなくて出せなかっただけかもしれないのだ。その辺りの詳しい事情を知らない以上は勝手な憶測など言えるわけもなかった。
「空中戦艦ミカサが、本当に完成していたなんて…」
マリアの呟いたその一言で、あれはミカサというのかとソーンバルケはその名を知った。一方、そのミカサでは聖魔城の防備を破るための砲撃の準備が着々と進んでいる。
「93サンチ砲、装填。発射!」
米田の指示により93サンチ砲が聖魔城へ向けて発射された。そして着弾した砲弾は、翔鯨丸の攻撃ではビクともしなかった聖魔城の正門をいとも簡単に破壊したのだった。
「すごい…何て破壊力や!」
「見て! 聖魔城の城門が跡形もないわ!」
「米田長官!」
予想外の、しかしこれ以上ない心強い援軍に大神が思わずミカサへと通信を入れた。と、
『おまえたちに言い忘れとったことがある…』
返ってきたのはそんな返答だった。思わず何を言われるのかと身構える花組。しかし、
『帰ったら、大宴会だ! 早く戻って来いよ!』
米田の口から出てきたのは深刻なセリフではなく、ハッパをかける激励のようなセリフだった。
「了解!」
大神が力強く答える側で、実に米田らしいなとソーンバルケも苦笑したのであった。だが、それも一瞬。すぐに聖魔城へとその眼差しを向ける。
(そこに…いるな?)
ソーンバルケの視線が厳しくなったのとほぼ同時に、大神がカンナに着陸指示を出したのだった。
「頼んだぞ…お前たち…」
その後ろ姿を見送りながら、米田にはもう祈ることしかできなかった。だが、状況はそれだけをすることを許してはくれない。
「聖魔城より降魔、急速接近中。その数、およそ二千!」
「迎撃用意! 全砲門開け! 花組が霊子砲にたどり着くまで降魔をこちらに引きつけろ!」
由里の報告に即座に米田が指示を出した。
「了解!」
米田の指示にかすみたちが即座に迎撃態勢に入ったのだった。
「断じて霊子砲を撃たせるわけにはいかん! 化け物どもめ…人間をなめるなよ!」
米田が覚悟を決めたころ、聖魔城では、
「さすがはミカサというべきかしら?」
城門を突破されたがそれを気にした様子もなく、殺女が楽しそうな笑みを浮かべていたのだった。
「米田がいよいよ奥の手を出してきました」
そしてそのまま、現状を叉丹に報告する。
「しょせん悪あがき」
「では、こちらも…」
そう言った殺女がある方向に目を向ける。そこには以前花組に敗れ、敗死したはずの猪・鹿・蝶の姿があった。
「さあ、存分に歓迎しておやりなさい。『黄昏の三騎士』…」
殺女がそう指示を出したのとほぼ時を同じくして、石時計がまた一つ時を刻んだのだった。
聖魔城に乗り込んだ花組は先を進む。その中には霊子甲冑に交じって一つだけ生身の人影があった。そう、言わずと知れたソーンバルケである。これまでとは異なるこの光景に、やはり花組も違和感は拭えないようだった。
「しかし…なんやな。やっぱり変な感じやな」
真っ先にそのことに言及したのは紅蘭だった。
「何のこと? 紅蘭」
紅蘭が何を指してそう言っているのかわからず、さくらが尋ね返す。
「そら、ソーンはんのことやで。ウチらの中に一人だけ生身の人間がいるんやもん」
「ああ、そのこと…」
得心がいったようにさくらも頷いた。と、
「全くですわ」
すみれも紅蘭に追随する。
「いつものように大人しく待っていればよろしいのに…」
「それができない理由があるんだろ? ちょっとぐらい察してやれよ」
カンナが珍しく釘を刺す。が、
「ふん、それでこっちの足を引っ張られたらたまったもんじゃないって言ってるんですのよ!」
すみれは相変わらずすみれだった。
「やれやれ…器の小せぇトップスタァもいたもんだ」
「何ですってー!?」
「もー、やめなよ、二人とも」
思わずアイリスが止めに入った。そんな喧々諤々のやり取りが続く中、
「でも…本当によろしかったのですか、隊長?」
秘匿回線でマリアが大神に通信を開いた。
「ソーンのことかい?」
「はい」
大神の指摘にマリアが間髪入れずに頷く。
「いくら本人が志願したとはいえ…」
「わかってるよ。でも、今回ばかりは頑として聞き入れてくれなかったんだ」
「しかし…」
マリアの表情は相変わらず固い。今更ソーンバルケのことをどうこう言うつもりはないのだが、それでも霊子甲冑の集団の中に人がいるのは違和感が拭えない。たとえ神武…霊子甲冑の全高が2m少々とそれほど大きくないものだとしても…だ。
「…本人も覚悟はしてるみたいだ」
そんな中、大神が重々しく呟いた。
「と言うと?」
「邪魔になったら容赦なく切り捨ててくれていいって」
「!」
大神以外ではここで初めてそのことを知ったマリアが、驚いた言葉を失いながらソーンバルケを見た。いつもと変わらぬその様子が、今は死を覚悟しているが故に受け入れた平静のように思えた。
(どうしてそこまで…?)
推し量るも、その回答など出るはずもない。思案に暮れるマリアだったが、それも長くは続かなかった。
「! お客さんがお待ちのようだ」
最初にそれを見つけたのはそのソーンバルケだった。花組が視線を進行方向に向けると、そこには数多くの降魔の姿があった。
「ヘッ、おいでなすったか」
カンナが楽しそうに。しかし、戦意を漲らせながら拳の骨をポキポキと鳴らす。
「いよいよね」
「そやね。…しかし、それにしても凄い数やな」
「ええ。気が滅入るわね」
「ふん、雑魚がいくら集まろうが所詮は雑魚ですわ」
「気持ち悪~い」
それぞれが前方に待ち構えている降魔の大軍に対して思い思いの感想を述べる。と、
「いよいよだ…」
大神から総員に通信が入った。
「俺たちはこの聖魔城に潜入し、霊子砲を破壊する。そして、葵叉丹を倒し、あやめさんを救い出す!」
(……)
その言葉に、ソーンバルケは誰にも悟られないように表情を曇らせたのだった。しかし、それも一瞬で、すぐに曇らせた顔を元に戻したが。
「武者震いがしてきたぜ!」
「神崎すみれ、一世一代の大舞台ですわ」
「気合入れていくで!」
「アイリス、がんばるよ!」
「この帝都を…この世界を…絶対に守るわ!」
「隊長、命令を!」
「よし、行くぞ、みんな!」
『了解!』
いつもの花組に、ソーンバルケもヴァーグ・カティを抜いた。そして、前哨戦が静かに幕を上げたのだった。
「これで、終わりだ!」
大神の一閃で最後まで残っていた降魔が断末魔の悲鳴を上げた。そして、戦場には花組以外の姿はなくなる。
「みんな、無事か!?」
「はい!」
さくらが返事を返し、全機を確認して大神がホッと一息ついた。自分が指揮をしていたのだから状況はわかってはいるが、それでもこうやって無事が確認できると安心する。
「ソーンは?」
「問題ない」
一人生身でこの場に加わっているソーンバルケを慮った大神だが、それに対してソーンバルケは言葉通り問題ないようだった。もっとも、多少なりとも降魔の返り血を浴びてしまったため、それなりに血化粧を施してしまったようになっているが。
「よし、突入だ。この先は何があるかわからない。今のうちに回復しておくんだ!」
『了解!』
各々、自分で回復したりアイリスに回復させてもらったりして傷を癒していく。ソーンバルケもまた、剣や身体に付いた血を拭って次の戦いに備えた。
(…嫌な感じだ)
そうしながら、ソーンバルケはそんな思いに囚われていた。そして、自分たちの征く手を遮る大きな門に目を向ける。この先に敵が…そして目当ての人物がいる…のだが、
(…まるで、『導きの塔』に攻め込んだあのときのことを思い出す)
自分が関わった、戦争と呼べる規模の戦いの中で最も大きな、そして壮絶なあの戦いを思い出す。あのときの戦いがどうしても今の自分の心中からは離れてくれなかった。
(この嫌な感じ…杞憂であってくれればいいのだが)
だが、こんなことを考えている時点でそうはならないのだろうな…ソーンバルケはそう感じながらも、それでも自分のその直感が外れてくれることを祈っていた。そんな中、
「少尉、強いエネルギーが集まっているのを感じますわ」
回復を終えた花組は体勢を整え終えて門の前に集結していた。
「この扉を開けるスイッチは…あれだな」
カンナが門の近場に開閉スイッチを発見し、それを操作に向かった。そして、門を開ける。門は重々しい音を立てながらゆっくりと口を開いた。その門の中に、花組が駒を進める。そして、カンナ以外の全員が門の中へと入りきったときだった。突如、先ほどまで自分たちのいた場所に何かが現れた。
「これは!?」
大神が驚く。何故ならその現れた何かというのは、
「猪!」
「鹿!」
「蝶!」
自分たちがこの手で倒した三降魔だったからだ。
『今こそ、我ら甦り! 我ら『黄昏の三騎士』!』
そして、花組の芝居を真似たかのような息の合った名乗りを上げたのだった。
「黄昏の三騎士!?」
「あなたたち…死んだはずでは!?」
再び見えるはずのないその姿に花組が目を剝く。
「また会ったな…」
「叉丹様に逆らう哀れな愚か者ども!」
「我らの裁きを受けるがいい!」
「な、何や…こいつら!?」
「気をつけて! この前とは殺気が違うわ!」
以前の三騎士との違いを肌で感じ取ったのか、さくらが注意を促す。が、
「ふざけんじゃねえよ! ガキ相手じゃあるめーし! 何が三騎士だ!」
カンナが啖呵を切ると、何を思ったのか門の開閉装置を攻撃した。そのカンナの攻撃で開閉装置が壊れたのか、門が自動的に閉まってゆく。
「! カンナ!」
大神が駆け寄ったときにはもう、門はその口を閉ざしていた。
「先にいってくれよ、隊長。あたいがこいつらをくいとめている間に!」
「な、何だって!? ダメだ! 一人だけ置いて行けるか!」
カンナの発言に当然大神が何を示す。が、
「オメエ何しにここへ来たんだ!」
それを咎めるかのようにカンナが怒鳴りつけた。
「あやめさんを助けるんだろ! 叉丹を倒すんだろ!? 世界を守るんだろ!? 甘ったれたことぬかすな! このタコォ!」
「し、しかし…」
カンナに咎められたものの、、大神はまだ決断できなかった。わかっているのだ、カンナの言っていることが正しいのは。しかし、だからと言ってはいそうですかと見捨てることができないのもまた大神だった。故に、
「大神」
その決断を後押しするものが必要だった。
「ソーン…」
「カンナの言う通りだ」
「そんな!」
大神はまだ決断できない。それ故に、もう一押しする必要があった。
「カンナ」
ソーンバルケが外のカンナに門越しに話しかける。
「ソーンか」
「任せていいんだな?」
「ああ」
「わかった。…それと、わかっているな?」
「? 何がだよ」
「以前の私との勝負で、お前は負けた。その借りは返すつもりなのだろう?」
「ああ、勿論さ!」
「そうか。ならばいい」
何の保証にもならない口約束だったが、今はそれだけでも十分だった。欲しかったのは『口実』。足を前に進めるための口実である。
「行くぞ」
門から離れたソーンバルケが、大神の神武の肩にポンと手を乗せた。
「急ぎましょう、隊長」
「マリア…ああ」
「早く」
「…わかった」
マリアにも諭されてようやく覚悟を決めたのか、大神がゆっくりと頷いた。
「すぐに戻るから、それまで持ちこたえてくれ、カンナ!」
「了解!」
そのカンナの言葉を信じ、花組は歩を進めた。同じ頃、
「…不器用だなぁ、あたいって」
一人残ったカンナが自嘲とも寂しさともとれるような表情でそう呟いていた。
「最後のセリフがこれじゃ、浪漫のカケラもありゃしない…」
しかし、それも一瞬だった。自分で決めた道なのだ。
「さあ、きやがれ! まとめて相手してやらあ!」
その表情がいつもの覇気を取り戻す。が、それががいつものものと僅かながらに違和感があったのは気のせいではないだろう。
「ケッ! たった一人で残るたあ、全く泣かせるバカだぜ」
「桐島流空手じゃなあ、相手に背を向けるのはご法度なんだよ!」
「俺がいたぶってやるぜ」
名乗りを上げたのは猪だった。愛機である火輪不動に乗り込んでカンナの神武と対峙する。
「ここから先には、行かせないぜ!」
カンナが猪に突撃して自慢の拳を叩き込んだ。しかし、
「弱い…相手になんねぇぞ!」
猪が不敵な笑みを浮かべた。その言葉通り、火輪不動には全く攻撃が効いた様子はない。そしてお得意の火炎を放出した。
「ぐわっ!」
その猛威に、門に叩きつけられたカンナが悲鳴を上げる。
「今、息の根を止めてやるぜ」
勝利を確信した猪が不敵な笑みのままカンナの神武に近づく。カンナの神武は猪の一撃で半壊に近かったから悠々としているのも仕方なかった。しかし、機体は半壊でもカンナの目は死んではいない。
「おやじ…大神隊長…一発でいい、アタイに力をくれ…最後の力を…」
そして、カンナがゆっくりと呼吸を整える。
「風よ…自由にして自在なる天空の王者よ…今こそわが命を糧として…吠えろ! 猛れ! 空に舞い、天を駆けろ!」
ジッとその機を待つ。そしてその機はすぐにやってきた。
「ウオォォォォォー! これで最後だあ!」
とどめを刺すべく、猪が無防備に近づいきた。カンナの神武が半壊しているということもあって警戒を解いたのだろう。が、それが仇となった。
「見せてやるぜ! 桐島流最終奥義、四方攻相君ーっ!」
カンナの魂が乗り移った神武の一撃が近づいてきた猪に突き刺さる。そして二機は爆発に呑まれ、光の中に消えたのだった。