サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます、前回の続き。今回はタイトル通り、聖魔城内にて叉丹・殺女との決着のお話です。

どういう決着になるかは、本文をご確認いただければと思います。

では、どうぞ。


NO.34 二つの決着

「ふふ、それじゃあいくわよ、ソーン」

「応」

 

ヴァーグ・カティを構えるソーンバルケ。が、

 

「でも、その前に」

「?」

 

水を差すような殺女の言動にソーンバルケが表情を顰めた。が、殺女はそんなソーンバルケの怪訝な表情を気にする様子もない。

 

「誰にも邪魔はさせないわ」

 

ニヤリとそう微笑むと、殺女がパチンと指を鳴らした。と、次の瞬間、ソーンバルケと殺女がその場から姿を消したのだった。

 

「!? 消えた!?」

「大神さん!」

 

二人が影も形もなく消えてしまったことにぎょっとした表情になった大神がさくらとともに周囲を見回す。だが、ソーンバルケの姿も殺女の姿もどこにも見つけることはできない。と、

 

「何をしている」

 

誰かに声を掛けられた大神とさくらが緊張感に表情を固まらせながら振り返った。そこには、叉丹の姿があった。

 

「葵…叉丹」

 

大神がその名を呼ぶ。

 

「殺女があの男と遊んでいる間は、俺が貴様らの相手になってやる」

 

そして叉丹の身体が消えうせ、その直後に神威に火が灯ったのだった。

 

 

 

「…ここは?」

 

一方その頃、ソーンバルケは一変した周囲の光景に戸惑っていた。先ほどまでは薄暗い聖魔城の中にいたはずなのに、今はボヤっとした明かりの下にいる。そして右を見ても左を見ても、その先には何もなかった。360度地平の彼方まで何もない、真っ白の空間であった。と、

 

「ようこそ」

 

不意に誰かに声を掛けられたソーンバルケが振り返る。そこには予想通り、殺女の姿があった。

 

「どうかしら、気に入ってもらえて?」

 

そして、不敵な笑みを浮かべながらソーンバルケにそう尋ねる。

 

「…ここは?」

 

それに対してソーンバルケは返答せず、代わりに自分が最初に呟いたものと同じ言葉を呟いたのだった。

 

「ちょっとした異空間よ」

 

それに対しての殺女の返答がこれである。

 

「異空間だと?」

「そう」

 

殺女が頷いた。

 

「私たちの勝負を、誰にも邪魔されないためにあなたを招待したのよ」

 

そして、殺女が神威に乗り込んだ。程なく、神威の目に火が灯る。

 

「さあ、今度こそ本当に始めましょう」

「承知」

 

そして、ここでも戦いが始まろうとしていた。ソーンバルケと大神、さくら。お互いに知る由はないが、互いに別々の場所で命を懸けた戦いが始まろうとしていたのであった。

 

 

 

「ふふ、行くわよ」

 

楽しそうに微笑んだ殺女が大上段に構えた。そして、

 

「はあっ!」

 

まずはご挨拶代わりとばかりにその刃を振り下ろす。ソーンバルケはその軌道を見切り、わずかにバックステップして最小限の動きでそれをかわした。そのまま、返す刀で撫で斬り、そして突きと繰り出すが、そのどちらもソーンバルケは見切り、体を捌いてかわしていた。

 

「……」

 

最後の突きをかわした直後、ソーンバルケも小手調べとばかりに斬りかかった。が、殺女はその刃を悠々と受け止め、そして強引に振り払った。

 

「っ!」

 

その勢いに少し体勢を崩しながらも、ソーンバルケは踏ん張って転倒するようなことはなかった。すぐさま、殺女に向き直る。

 

「さすがね」

 

楽しそうな微笑みを崩すことなく殺女が称賛する。

 

「お前こそ」

「ふふ、ありがとう。それじゃあ…」

「ん?」

「お互いに準備運動は終わりにしましょうか」

「そうだな」

「ふふふ、いいわぁ…」

 

恍惚の表情を浮かべてうっとりとした殺女だったがそれも一瞬。すぐに降魔の表情になるとソーンバルケに斬り込んできたのだった。

 

「ほら! ほら! ほら!」

 

上・左・右と斬り込んでくる。しかしソーンバルケはそのすべてをヴァーグ・カティで受け止め、その刃がソーンバルケの身体を捉えることはなかった。

 

「どうした? こんなものか?」

「冗談!」

 

殺女がさらに一段階ギアを上げて打ち込みを加速させる。それに対してソーンバルケはことごとく捌いていた。但し、

 

(…っ!)

 

決して余裕をもっての捌きではない。隙を見せないために表面上に出さないようにはしていたが、内心ではかなりヒヤヒヤだった。何故なら一撃の重みが違うからだ。何せ、こちらは生身だが向こうは霊子甲冑の中。加えてそう大きさは変わらないとはいえ、それでも霊子甲冑に搭乗しているためソーンバルケの1.5倍くらいの大きさがあるのである。その質量で攻撃されている以上、一撃の重みは想像以上に致命傷になるのは容易に推察できた。そのうえ、向こうは霊子甲冑の中にいるということで、ダメージを与えるのも簡単ではない。つまり、開始の時点で不利な土俵での勝負なのである。だがそれでも、

 

(負けるわけにはいかん)

 

ソーンバルケはいささかも気後れしていなかった。全身の神経を集中させ、僅かも気を逸らすことなく殺女の攻撃を捌いていく。それは、自分が負けたら残った二人にお鉢を回すことになるからだ。

 

(あいつらには殺せん。業を背負うのは、私だけでいい)

 

所詮、テリウスで数多くの者を斬ってきたこの身。それが今一つ増えるだけのことだ。甘いかもしれないが、あの連中に生命を奪うような真似はさせたくなかった。それに、

 

(約束もあるしな)

 

身中に忍ばせてある鋼鉄の重みを感じながら己の身のこなしとヴァーグ・カティを併用して殺女の攻撃を捌く。

 

「ほらほら、どうしたのよ!?」

 

そうしている間にも、殺女の攻撃は激しさを増していった。

 

「さっきから防御で手一杯じゃないの! 攻撃する気はないの!?」

「笑わせるな」

 

静かに微笑むと、ソーンバルケが何撃か目の殺女の攻撃を受け止めた。そして、

 

「はあっ!」

 

その攻撃を鍔迫り合いで弾き飛ばすとそのまま攻撃に転じ、神威に一撃を刻んだ。

 

「ぐっ!」

 

初めてと言っていい有効打撃に殺女が顔を歪ませる。そして、憎々し気な表情でソーンバルケに敵意の目を剥けた。

 

「どうした? この程度か?」

 

そんな殺女を挑発するかのようにソーンバルケが嘲笑を浴びせた。

 

「何なら、少し手加減してやってもいいぞ」

「! ふざけたことを!」

「そういうセリフは、それなりに結果を残してから言うのだな」

「! 貴様ぁ!」

 

挑発に乗った殺女が襲い掛かってきた。その殺女に、再びソーンバルケが向き合ったのだった。刃と刃の鎬を削る無骨な衝撃音が鳴り響く。

 

「このっ!」

 

殺女の袈裟斬りがソーンバルケに襲い掛かる。

 

「ふっ!」

 

相変わらずの見切りでその斬撃を最小限の動きでかわし、

 

「はあっ!」

 

今度はお返しとばかりにソーンバルケが横薙ぎを払った。

 

「ふん!」

 

だがその刃は殺女の刃に止められて届くことはなく、無造作に払いのけた。直後、すぐさま突きがソーンバルケを襲った。

 

「!」

 

その突きをヴァーグ・カティで受け流し、体を入れ替えて後ろから斬りかかる。が、殺女はそれを読んでいたのか前方に大きく跳ねてその攻撃をかわした。そしてすぐにソーンバルケに向き直る。

 

「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」

「ふん」

 

緊張感の中、少しでも体力を戻すために呼吸を整えるソーンバルケと面白くなさそうにソーンバルケを見据える殺女。今は互角だが、少しずつ霊子甲冑の差が出てき始めていた。防御面でも勿論だが、それは体力面においてもそうである。霊子甲冑の中で機械類を操作する殺女は当然、肉体的な疲労については大分軽減される。その代わりとして、霊子甲冑の計器類や挙動に注意を払わなければならないが、肉体的な自身の損耗についてはそれほどではない。

一方で、生身で戦っているソーンバルケは当然己の肉体を駆使しての戦いであるため、消耗はダイレクトに自分に跳ね返る。また精神的にも、霊子甲冑に搭乗しているために自身の致命傷は負いにくい殺女とは違い、生身で剥き出しのソーンバルケにとっては一撃が致命傷になる可能性が高い。そのため、そんな事態になることを防ぐために神経を張り巡らせねばならず、精神面での損耗具合も殺女より高かった。つまり、肉体的にも精神的にも追い詰められるのはソーンバルケの方なのである。

 

(このままでは不味いな…)

 

冷静に状況を分析したソーンバルケがそう判断を下す。それがわかっているのかいないのか、殺女は動いてこなかった。こちらの様子をジッと観察しているのかもしれないが、蛇が蛙を目の前にしたときのように獲物をいたぶっているのかもしれない。どちらとも取れるために、その静寂が不気味でしかなかった。と、神威の駆動音が一段階大きくなる。

 

(来るか)

 

再度構えて神威を迎え撃つ。そしてまた斬り・突き・払いの応酬がある程度繰り広げられ、お互いに距離をとった。その直後、

 

「あらぁ?」

 

殺女が楽しそうな口調で口を開いたのだった。その声色に、ソーンバルケが内心で臍を噛む。それは、

 

「もしかして、もうお疲れ?」

 

嫌な予感が当たってしまったからだった。

 

(見抜かれたか…)

 

内心で臍を噛みつつも、表面にはそんなものはおくびにも出さない。ただ黙って、額に滲んだ汗を拭った。そして、不敵に笑う。

 

(こいつはただのハッタリだが、さて…)

 

上手いこと引っかかってくれるか? と願いながら呼吸を整えることに注力した。一方、

 

(笑った…?)

 

殺女は殺女でソーンバルケが見せた今の笑顔が気になった。藤枝あやめとして帝劇でそれなりの期間苦楽を共にしただけに、その人となりはある程度は知っている。故にこんな状況下で、しかも自分が不利な状態なのに笑うような人物ではないのはわかっていた。では、何故今笑ったのか…。

 

(まさか、誘っている…?)

 

真っ先に頭に浮かんだのはそれだった。ガス欠に見せかけて誘い、そして勝負を決める。

 

(…ありえない話じゃないわ)

 

その技量の高さは知っているだけに疑心暗鬼になり、殺女は容易に攻め込もうとはしなかった。だが、それはソーンバルケのハッタリである。ガス欠…とまではいかないが、現状かなり損耗しているのは間違いのないところであった。ジリジリとした緊張感の中、それでも心理戦に勝利したソーンバルケは殺女の動向に注意を払いながらではあるが体力の回復に努めることができたのである。とは言え、

 

(このまま長期戦になれば、いずれ知れることか)

 

今のがハッタリであることと、そして消耗の具合でいえばこちらの方が大きいということは覆しようもない事実のため、楽観視などはいささかもしていなかったが。そして、

 

(であれば、早期に決着をつけるより他に勝つ道はなし)

 

その結論に至ったのもまた当然のことであった。と、

 

「はあああああっ!」

 

痺れを切らせたのか、それとも出方を窺うためか殺女が再び突っ込んできた。

 

(早いぞ)

 

悪態をつきながらも迎え撃たないわけにもいかず、ソーンバルケは再び殺女と斬り結んだ。しかし、

 

(ぐっ!)

 

蓄積している疲労がその身体を襲う。体力の回復には努めていたものの、やはり蓄積した疲労がそう簡単に緩和されるわけもなく、一度目の斬り合いのときに比べれば肉体に感じる疲労感は大きかった。そして、

 

「んん?」

 

殺女がそう呟いたのをソーンバルケは聞き逃さなかった。直後、神威の出力が上がって押し込みの強さが更に上昇する。

 

「ぐっ!」

「ふふ…そういうこと…」

 

何とかその圧に踏ん張ったものの、ソーンバルケのその様子で現状を理解してしまったのか殺女が楽しそうな笑みを浮かべた。そして、

 

「はあっ!」

 

その腹に蹴りを入れる。ヴァーグ・カティで刀を受け止めているために防御などできず、仕方なく飛び退ってその攻撃をかわそうと試みた。しかし、

 

「ぐおっ!」

 

避けきることはできずにソーンバルケは後ろに吹っ飛んだ。後退したことである程度衝撃は緩和できたものの、それでもやはり機械の突が腹部に刺さったダメージは大きく、腹部には鈍い痛みが残った。

 

「ぐっ! がはっ!」

 

痛みを感じながらもそのまま伸びているわけにもいかず、新鮮な酸素を求めて大きく息を吸い込む。肺にまで衝撃が浸透しているせいかその呼吸すら危なかったが、どうにか立て直した。

 

(ぐぅ…)

 

内臓への衝撃にソーンバルケが顔を歪める。骨には異状なく、また後方に飛び退ったおかげで内臓破裂とかの重篤な状況ではないものの、ダメージは着実にソーンバルケの身体を侵食していた。だがソーンバルケは自身のその状況にはそれ以上頓着せず、そのまま顔を上げると殺女に目を剥ける。

 

「ふふふ…」

 

対する殺女は笑っていた。追撃をかければ必ず勝てる…とは言わないものの、それでも自分に有利な状況に持っていけるのはソーンバルケの現状がわかったのならば理解できるはずだった。なのに、それをしない。

 

「成る程ねぇ…」

 

その代わりに、殺女の瞳に獰猛さが増した。それは先述の通り、獲物…蛙を見つけた蛇を思わせるものだった。

 

「大分お疲れのようね」

「…何のことだ?」

「しらばっくれてもダーメ♪」

 

殺女のセリフに険が増しつつも、口調自体は実に楽しそうにそうソーンバルケに宣告したのだった。

 

「疲弊しているんでしょう?」

「さてな…。そうだとして、正直にそんなことを話すと思うか?」

「まあ、それはそうよねぇ…。だから」

 

そこで殺女が言葉を区切った。そして、

 

「だから、確かめてあげるわ!」

 

そう言った直後、獰猛な笑みはそのままに再びソーンバルケに突っ込んできたのであった。そして、猛攻をお見舞いする。

 

(ぐっ!)

 

内心で歯噛みしながら、ソーンバルケはその猛攻を凌いだ。攻撃に回れるだけの隙はあったのだが余力がなかったため、防戦に徹していたのだ。

 

「ふふふ…」

 

一方的にいたぶるその状況に、殺女の笑みが更に獰猛さを増す。

 

「不便ねえ、生身だと。体力の消費は早いし、装甲は脆いし」

「同感だ」

 

ハッタリが見破られてしまった以上は強がることもせずにソーンバルケが殺女の意見に同意した。そうしながらも当然攻防は続いているわけで。と言っても、攻戦一方と防戦一方の両対象な状態ではあるのだが。だが、

 

「っ!」

 

ソーンバルケは何とかその猛攻を防ぎ切った。それに対し、

 

「お見事」

 

殺女が挑発するような、それでいて素直に称賛するような口調でパチパチパチと拍手をした。

 

「お褒めにあずかり、光栄だ」

 

それに対し、皮肉とも嫌味ともつかない返答をソーンバルケが返した。

 

「でも、そろそろ終わりにしようかしら」

「何?」

「だって、まだあの坊やたちが残っているもの。…もっとも、向こうは向こうで叉丹様がもう決着をつけてるかもしれないけどね」

「……」

「あら、ショック?」

「いや…」

 

ソーンバルケが首を左右に振った。

 

「信じているからな」

「そう。…まあ、実際どうなっているかは戻ればわかる話よ。ということで」

 

殺女が刀を構えた。

 

「そろそろ終わりにさせてもらうわ」

「そうか。ならば、やってみろ」

「言われずと…っ!」

 

そこまで言ったところで殺女の表情が固まった。そして険を増す。何故なら、ソーンバルケの闘気が高まるのを感じたからだ。

 

(これは…)

 

覚えがある。カンナとの手合わせであのとき一度見せたあの剣技。そのときと同じ闘気の高まりと解放だった。

 

「……」

 

自然、今までの余裕の表情は消えて厳しい表情になる。このままいけば自分の勝利はほぼ間違いない。だが、ことによってはひっくり返されかねない。

 

(逆に言えば、ここさえ凌げれば)

 

私の勝ち。そう考えた殺女がジリジリと距離を詰め始めた。それに対し、

 

「……」

 

ソーンバルケは心を落ち着かせていく。呼吸を深く繰り返し、体力の回復に努め、そうしながらも殺女の一挙手一投足をしっかりと観察していた。そして再び、ソーンバルケがヴァーグ・カティを構える。二人の剣士が醸し出す緊迫した空気が辺りを包んだ。

 

(開祖よ…)

 

その中でソーンバルケが思いを馳せたのは自分の遠い祖先にあたるであろうあの人物。三雄とよばれたうちの一角、獅子王ソーンであった。

 

(一瞬だけでいい。この一時だけ、あなたの力も)

 

会ったこともない遥か遠い祖先にそう祈りを捧げるとそのときを待つ。そして、

 

「はあっ!」

 

緊張感に焦れたのか、先に動いたのは殺女だった。ソーンバルケに攻撃の隙を与えるかと、突っ込んでくる。そして、体力を消費しているソーンバルケはそれをかわす余裕はなかった。

 

「っ!」

 

その剣撃を受け止める。しかし、殺女の攻撃がそれで終わるわけはない。

 

「そらそらそら!」

 

強力で、尚且つ素早い薙ぎ、突き、払いの数々がソーンバルケを襲う。そして、それに対してソーンバルケは防戦一方だった。今までと同じ光景である。

 

(チイッ!)

 

殺女の息を持つかせぬ攻撃にソーンバルケは内心で歯噛みをしていた。防御面もそうだが、攻撃面でもやはり霊子甲冑があるなしの差は大きい。何せ肉体面の負荷がダイレクトに身体に伝わるのだ。その名の通り甲冑に守られている連中とは、それこそまず防御面で大きな隔たりがあった。だが、

 

(今更だな。それに、そんなことを言っても始まらん)

 

それもまた純然たる事実だった。霊子甲冑がないことなどわかりきっていたこと。それを承知でついてきたのだから泣き言などおこがましい話だ。おこがましい話ではあるのだがそれでも、せっかく体力の回復に努めていたのがこれでは元の木阿弥。歯噛みするのも仕方のないことだった。と、疲労がいつもの身のこなしまで奪ったのか、ソーンバルケが下がった瞬間に足を滑らせてバランスを崩した。

 

「しまっ!」

「もらった!」

 

それぞれ対極のことを口にしながらソーンバルケが殺女の凶刃を防ごうと慌てて構える。が、一足遅かった。

 

「死ね!」

 

殺女の突きがソーンバルケを襲い、その胸を穿ったのだ。

 

「ぐあっ!」

 

その突きの威力に吹き飛ばされたソーンバルケが派手に吹き飛ぶ。そして、ピクリとも動かなくなった。

 

「ふふ…」

 

殺女が笑う。一時はどうなるかと思ったが天秤は自分に傾いたようだった。

 

「とどめを刺しておかないとね」

 

しかし殺女は油断する様子はなくソーンバルケの生命を刈り取るためにゆっくりと近づいていく。突きが入ったものの、肉を抉る感覚はなかった。また咄嗟に飛び退ったのだろう。であれば、致命傷には至っていないはず。ならばとどめを刺すべきだ。とは言え、あの衝撃では簡単には起き上がってこないだろう。そう判断した殺女は余裕綽々と言った様子になってソーンバルケへと近づいた。しかし、

 

「!」

 

ある程度殺女が近づいたときだった。急にソーンバルケが起き上がり、自分に向かって走り出してきたのだ。

 

「えっ!?」

 

予想外の展開に驚いた殺女が慌てて刀を構える。しかし、そのときにはもうその場にいたはずのソーンバルケの姿は消えていた。

 

「! 何処へ!?」

 

すぐに周囲を見渡す。しかし、どこにもその姿はない。だがその直後、神威が右側にガクンと沈んだ。

 

「!」

 

何が起こったのかと確認しようとしたのだが、そのときには左側にも沈んでいた。両側に均等に沈んでいたため目線が下がっただけと言えなくもない。そして、その原因もすぐにわかった。何と、神威の両足が近くの地面に転がっていたのだ。両足が切断されたため全高が低くなり、その結果沈んで目線が低くなったのである。そしてバランスを崩した神威はぐらりと傾いて地面に倒れていく。

 

「っ! このっ!」

 

何とか立て直そうとするも移動手段を失った神威にそんな真似ができるわけもなく、そして、

 

(あ…)

 

殺女が意識を失う前に見たのは自分に迫るソーンバルケの姿だった。

 

 

 

「ぐっ…」

 

殺女の神威を己の秘剣である『流星』でどうにか沈黙させたソーンバルケがヴァーグ・カティを鞘に納めた直後にそのまま地面に倒れ伏す。体力の回復には努めていたものの殺女の猛攻を凌ぎ切るために消費した体力はそう簡単には全快するわけもない。そして、攻撃をまともに食らったら一撃で致命傷になる緊張感と、更には最初の攻撃と先ほどの攻撃のダメージが身体に残っていたこともあって薄氷を踏む様なギリギリの攻撃だったのだ。今の状態では『流星』は放てて一撃しか無理だったからである。凌ぎ切られる…あるいはかわされたら間違いなく自分の負けであった。そして何とか神威を沈黙させたものの、この状態になってもまだソーンバルケに勝ちはないのである。それは、

 

(くそ…身体が…)

 

無理をしたせいで身体の自由が利かないからであった。ずっとこのままということはないが、それでもすぐに動けるようにはならなかった。そして殺女の神威は沈黙させたものの、搭乗者である殺女自身には何一つダメージは与えられていない。運よく中で気絶でもしてくれればいいのだが、そうでなければ、

 

(私の負けか…)

 

自分が再び意識を取り戻し、そして動けるようになるのか、それとも殺女が神威から出てきて自分にとどめを刺すのか。それはまさしく神のみぞ知る展開となっていた。そしてこの空間を暫く静寂が支配することになる。どちらが大神とさくらの、そして叉丹の前に戻ることになるか。この時点ではそれは誰にもわからなかった。

 

 

 

 

 

ソーンバルケと殺女が異空間にて一騎打ちをしているのとときを同じくして、大神とさくらは叉丹と対峙していた。

 

「葵…叉丹」

 

大神がその名を呼び、そして神武の刀を抜いた。

 

「俺たち帝撃が正義の鉄槌をくだしてやる!」

「面白い」

 

叉丹がその言葉通り楽しそうに笑った。

 

「間もなく世界は滅ぶ! 貴様らの生命も闘いも死も全て無に還る!」

 

その言葉通り、霊子砲のチャージ状態を表す石時計はあと僅かで全てが灯るところまで来ていた。

 

「ハハハハ…」

 

叉丹が笑いながら大神たちの許へとワープしてきた。

 

「見よ! これこそ我が神機…神の脅威…神威!」

 

そしてその、殺女が乗っているものとカラーリングのみ違う同型機…『神威』に叉丹が乗り込んだ。

 

「貴様ら虫けらを粉々にふみつぶしてくれるわ!」

 

一際低くなったドスの利いた声が叉丹から発せられる。だが、今更そんなものに大神もさくらも怯むはずもない。

 

「望むところだ!」

「勝ってみせる、必ず!」

「できるかな?」

 

大神とさくらが見栄を切った直後、周囲を明かりが包んだ。そしてそれが消え去った後、叉丹の周囲に数体の降魔がその姿を現していたのであった。

 

「今更そんな連中で俺たちを止められると思うな! いくぞ、さくらくん!」

「ええ!」

 

さくらも刀を抜くと大神と共に突っ込んだ。言葉通りここまで来た大神とさくらの敵ではなく、降魔たちが次々と無に還る。まずは周囲の降魔を潰してからじっくり叉丹を攻めようという腹積もりなのだろう。しかし、それは叉丹にとっては読み通りの行動だった。

 

(愚か者め)

 

神威の中でニヤリと笑うと、叉丹は神威のエネルギーを解き放った。

 

「終わりにしてやる。昏き闇より来たれ、地獄よりの御使いよ! すべてを無に還せ!」

 

叉丹が必殺技『獣之数字』を放つ。それは大神とさくらだけでなく、叉丹にとっては味方であるはずの降魔をも巻き込んで発動したのだった。

 

「ぐわっ!」

「きゃあっ!」

 

もろにその衝撃を食らった大神とさくらが吹き飛ぶ。そして、巻き添えを食らった降魔たちもまた断末魔の悲鳴を上げながら塵となって消えていった。

 

(味方まで巻き込むなんて!)

 

朦朧とする意識の中、その光景を目の当たりにした大神は叉丹に対して大きな嫌悪感を抱いた。降魔は敵のために同情などする気はないが、それでも叉丹にとっては味方であるのは間違いないはずである。その味方を巻き込んでの攻撃に、大神は嫌悪感しか感じなかった。とてもではないが自分には花組の皆を巻き込んでの攻撃などできない。

 

「仲間まで…」

 

それはさくらも同じようだった。叉丹の攻撃のダメージは拭えていないが、それでもその暴挙は許せなかったのだろう。怒りに燃えた目でキッと叉丹を睨む。だが、

 

「ふん」

 

叉丹は面白くなさそうに鼻を鳴らすだけだった。

 

「仲間だと? 下らん」

「何ィ!?」

「何ですって!?」

 

叉丹のその一言に大神とさくらの表情が怒りに燃えた。

 

「あいつらは単なる使い捨てのコマにすぎん。笑わせるな」

「偉そうに…」

 

大神が口元を拭って立ち上がる。その唇の端からは少し血が滲んでいたのだ。

 

「笑わせるな。やつらは貴様たちにとっても敵だろう。偽善者め」

「ああ、そうさ。確かに敵だよ。けど、味方をコマ扱いする下種に言われたくはないな」

「全くですね。あやめさんもこんな性根の腐った男のどこがいいんだか」

「殺女か…。そういえばあいつめ、未だに戻ってこんな。あの男に負けたか?」

 

つまらなそうに叉丹が吐き捨てた。が、

 

「いずれにせよ、状況は確認せねばな。そしてそのためには、貴様たちは邪魔だ!」

 

そう言って、大神たちを睨んだ。

 

「それはこっちのセリフだ! お前を倒し、俺たちはソーンとあやめさんと共に帰る!」

「そうよ! 邪魔をするなら容赦はしないわ!」

「虫けらが…やってみろ!」

「元より承知の上だ!」

 

獣之数字で食らったダメージは癒え切ってはいないもののそんなことを気にした様子もなく、大神とさくらは叉丹へと突っ込んだのだった。

 

 

 

「ぐっ…」

 

さくらと共に叉丹に突撃した大神が少しして距離をとった。

 

(強い!)

 

額に汗を滲ませ、呼吸を整えながら大神がそんな思いを叉丹に抱く。神武に乗っているものの肩で息をしており、疲労は明らかだった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

それはさくらも同じだったようで、回線越しにさくらの呼吸が乱れているのがわかる。

 

「さくらくん、無事か?」

「ええ」

 

さくらが答える。言葉通り確かに無事だが、疲労はやはり大神と同じくかなり蓄積されているようだった。

 

「どうした?」

 

一方で、叉丹は余裕を見せつけるかのように悠然と口を開く。

 

「こんなものか?」

「ふざけるな」

 

大神が再び構えた。

 

「そんなわけないだろう」

「ええ」

 

さくらも同じように構える。

 

「口だけは減らんようだな」

 

叉丹も大神やさくらと同じように構え直す。

 

「だが、それでいい」

 

そして、そう続けた。

 

「何?」

「そうでなくては面白みがない。せっかくのこのことやってきたんだ。少しは楽しませてもらわんとな」

「なんですって!?」

 

自分たちをまるで歯牙にもかけた様子もない叉丹の言い草にさくらが激高した。

 

「抑えろ、さくらくん」

 

そのさくらを、大神が冷静に制する。

 

「大神さん」

「挑発に乗るんじゃない。あれもヤツの手だ」

「わかっています。わかってますけど…」

 

それでも先ほどの言い草が許せないのだろう。ここまでに他の花組の皆が犠牲になっているから当然だ。大神だってその気持ちは痛いほどわかっている。立場がなかったら自分だって激高して襲い掛かっていたかもしれない。だが、それで勝てる相手ではないことがわかっているから抑えているのだ。

 

(しかし…)

 

油断なく叉丹の動向を見張りながら、大神は叉丹に対してまた別の感想も抱いていた。

 

(確かに強いが、それは純粋な力量だけの話じゃない。何と言うかこう…そう、霊子甲冑の扱いだ。それが抜群に上手い)

 

大神は先ほどさくらと共に叉丹に突撃したことを思い出していた。自分たちもここまで霊子甲冑と共に何度も闘いを駆け抜けてきた身。それなりに霊子甲冑の使い方は心得ている。だが、目の前にいる叉丹はそんな自分たちよりはるかに上手く霊子甲冑を使えているような気がした。それが、二対一でありながら劣勢に立たされている一因でもあった。

 

(だが…何故…?)

 

どうしてここまで霊子甲冑を手足のように扱えるのか、それが大神には疑問だった。勿論、敵の首魁であるから実力が高いという単純な理由もあるだろうが、決してそれだけではないとも思っていた。とは言え、ではその理由は何かと言われるとわかるはずもなく、わかったのは自分たちにとって不利な材料が一つ増えているということぐらいである。

そして、大神のこの懸念は実際に当たっているのだが、それを大神がこの時点で知ることはなかった。

 

「さて…」

 

そうこうしているうちに再び叉丹が構え直した。

 

「せっかく私が直々に相手をしているのだ。もう少し楽しませてもらおうか」

「言ってくれる…」

「その発言、後悔させてやるわ」

 

大神とさくらもまた構え直した。そして戦いは第二ラウンドへと突入する。

 

「はああああっ!」

「せいっ!」

 

数的有利を生かし、大神とさくらが左右から同時に責めた。しかし、

 

「フン」

 

叉丹は鼻で笑うと二人の剣撃を受け止め、かわし、そして弾き飛ばしていなす。

 

(くそっ! まただ!)

 

この結果に、攻撃を続けながらも大神が内心で歯噛みをした。というのも、先ほどと全くと言っていいほど同じ結果になっているからである。第一ラウンドも二人がかりで左右から挑んだものの、同じようにあしらわれたのだった。違いと言えば大神とさくらの左右の配置が逆になったことぐらいのものである。

 

「っ! このっ!」

 

その焦りはさくらも当然感じているのか、一向に進展しない状況にさくらの剣筋が徐々に粗くなった。そして、

 

「未熟な」

 

それを見逃す叉丹ではなかった。さくらの何度目かの攻撃を受け止めると、そのまま無造作に神武の腕を掴んで放り投げる。

 

「きゃああああっ!」

「さくらくん!」

 

悲鳴を上げながら吹き飛んださくらの支援に回ろうと、大神がその場から離脱しようとする。が、

 

「余所見している場合か?」

 

直後、さくらと同じように叉丹に吹き飛ばされ、大神もまた叩きつけられたのだった。

 

「ぐっ! がはっ!」

 

身体をしこたま打ち付けてしまったことでむせる大神。打ち付けられた拍子に口の端でも切ったのか口内に少し鉄の味がしたが、喀血するような状態ではないことにホッとする。

 

(まだやれる!)

 

不屈の闘志で立ち上がる大神。さくらも闘志自体は折れていないのか同じように立ち上がる。しかし残念なことに、先ほどまでと違って大神とさくらの間には長い距離があった。そして、その中央には叉丹の神威が仁王立ちしている。

 

「ふははははっ…どうした?」

 

睥睨しながら、叉丹は大神とさくらを嘲笑した。

 

「もう終わりか?」

「くっ…!」

 

歯噛みをする大神。心は折れてはいないのだが、とは言え二度挑んで二度も返り討ちにされた事実は如何ともしがたい。それに加えて、二対一でかかってのこの有り様である。心は折れてはいないが、光明の見えぬ状況に焦りは募った。

 

(どうすれば…)

 

考える。しかし、考えたからといってそうそう名案がホイホイ出てくるのなら苦労はしない。今このときも当然、妙案など浮かんでこなかった。だが、だからといってこのままでいるわけにはいかない。それでは皆、何のために自分たちをここに行かせてくれたのかわからない。それに、霊子砲の問題もある。

 

(どちらにせよ、時間はない)

 

しかし状況が逼迫しても、先述のように名案・妙案など簡単に浮かんでくるわけもない。結局、焦りしか出てこなかった。

 

「ふん」

 

その大神の焦りが手に取るように分かったのか、叉丹がさくらへと向かった。まずはさくらをターゲットに定めたのだろう。

 

「行くぞ、小娘!」

「っ!」

 

さくらが構える。そして、

 

「さくらくん!」

 

そうはさせじと大神が走り出した。だが、さくらへの距離を比較すれば自分とさくらの距離よりも叉丹とさくらの距離の方がはるかに近い。それを考えれば自分がさくらの許に先に辿り着くのは不可能だった。

 

(いや、諦めるな、大神一郎!)

 

自分に喝を入れて神武を急行させる。と、

 

「バカめ」

 

叉丹がニヤリと笑って反転した。

 

「えっ!?」

「なっ!?」

 

そんな行動をとるとは思わなかった大神とさくらは拍子抜けしたような声を上げた。そして、それが隙となってしまう。

 

「まんまとかかりおって!」

「! 大神さん!?」

 

先ほどまでとは逆に大神へと突っ込んだ叉丹を追ってさくらが走り出す。そしてその大神はというと、

 

「ぐっ!?」

 

移動に全力を尽くしていたため反転した叉丹の動きに神武を立て直すことができず、刀を構えることもできない。そして、

 

「もらった!」

 

叉丹の凶刃が大神を襲った。

 

(! やられる!)

 

防衛本能として大神は咄嗟に神武の片腕を上げて防御の姿勢をとってしまった。その結果、致命傷にはならなかったもののその片腕は切断されて吹き飛んだ。

 

「ぐうっ!」

 

大神が悲鳴を上げる。勿論、自分自身の腕が切断されたわけではないので痛みがあるわけではない。しかし、その衝撃は激しく神武が激しく揺さぶられる。そして、その状況を見過ごす叉丹ではなかった。

 

「フッ」

 

ニヤリと獰猛な笑みを浮かべると、残ったもう一方の腕を強引につかむ。そして、

 

「そら!」

 

無造作に大神の神武をさくらの神武に向けて投げつけた。

 

「えっ!?」

「さ、さくらくん、よけろ!」

「お、大神…」

 

さくらがすべて言い終わる前に大神の神武と激突する。

 

「きゃああああっ!」

「うわああああっ!」

 

そして二体の神武は絡まり縺れ合いながら吹き飛び、壁面にしたたかに身体を打ち付けることになった。

 

「う…」

「あ…ああ…」

 

ほぼ同時にうめき声をあげる大神とさくら。幸いにして気を失うことはなかったものの、全身を神武の内部の計器や配管などに打ち付けて鈍い痛みが走る。

 

「無事か…? さくらくん…」

「え…ええ…」

 

互いの力を借りて何とか立ち上がる神武二機。しかし大神の神武には片腕がなく、さくらも今の衝撃で足元がふらついていた。簡単に言えばボロボロの満身創痍な状態である。

 

「フフフ…」

 

そしてそんな二人にとどめを刺すべく、叉丹が歩み寄る。勝者の余裕かその足取りは悠然としており、ゆっくりとしたものであった。まるで嬲り殺しにでもするかのように。

 

「さ、さくらくん、やれるか?」

「はい、当然です」

 

大神の質問にさくらが頷いた。まだ心身に追ったダメージは癒えていないが、それでもそう言い切る辺りは流石といえる。

 

「わたしより、大神さんこそ…」

 

さくらが大神の神武に視線を向けた。右腕を切断されたのは大神にとっては非常に痛かった。大神は二刀流の使い手。一刀流でもなんとかならないわけはないだろうが、確実に戦力は落ちる。

 

「大丈夫だ」

 

しかし、そんなことを口に出すわけもなく、大神が気丈に立ち上がった。さくらに肩を借りて…の話ではあるが。

 

「無様だな」

 

そんな大神を叉丹が嘲笑する。

 

「碌に私に太刀打ちできず、その上で女の肩を借りるとはな」

「何ッ!?」

「まあ、もう飽きた。そろそろ終わらせてやる」

 

叉丹のその言葉に、大神とさくらが構えた。とは言え、大神は一刀であり、さくらもまだ足元が覚束ないという最悪のコンディションであった。

 

(どうにかしないと…)

 

そう思う。しかし、やはり妙案など浮かんでくることはない。そのため自分はどうなってもせめてさくらくんだけは…という思いが浮かんでくるほどだった。それほどに追い詰められていたのである。と、

 

「ん?」

 

何かを感じ取った叉丹が不意にその足を止めた。

 

『?』

 

その行動に不思議に思いながらも油断することなく、叉丹の一挙手一投足に注意を払う大神とさくら。気がそれている様子とは言え油断している様子など微塵も見受けられず、この状態では突っ込んでも返り討ちにあうのが目に見えているためそうせざるを得ないのが複雑だったが。と、

 

「ふ…」

 

叉丹が不意に微笑む。訝し気にその様子を観察していると、

 

「ようやく終わったか」

 

と続けた。その直後、大神たちのいる今の空間がぐにゃりと歪む。

 

「な、何だ!?」

「大神さん!?」

 

予想していなかった事態に大神とさくらが取り乱す。対照的に、叉丹はいささかも取り乱さずに楽しそうに微笑んだ。

 

「殺女め、遊びすぎおって…」

「! あやめさん!?」

「だが、どうやら終わったようだな」

「それって…」

 

花組にとっては最悪の、そして叉丹にとっては当然の結果が三人の頭の中に描かれた。

 

「さあ! さっさと戻って来い!」

 

叉丹がそれを決定づけるかのように呼びかける。と、歪んだ空間がある場所に収束し、そこから人影が浮かび上がった。

 

「大神さん…」

「ヤツの言ってることが本当なら、ここで合流させるわけにはいかない!」

 

ただでさえ、こちらは叉丹一人に劣勢なのだ。この上で殺女まで戻ってきたら大勢は決してしまう。無論大神もソーンバルケが負けるとは思ってもいないが、じゃあソーンバルケが殺女を倒せるのかと考えると、その結論を出すのにも躊躇われた。

 

(ソーンがあやめさんを手に掛けるなんて…)

 

とは言え、もうすぐその結論はわかる。浮かび上がった人影がどちらなのかが。そのため、大神は覚悟を決めた。

 

「さくらくん」

「はい」

「きみの生命、俺にくれるかい?」

「大神さん…ええ、勿論です!」

「ありがとう」

 

こんなことを言ってしまうなんて、そしてこんな返答をさせてしまうなんて、マリアが随分前に言ったように俺は本当に隊長失格だなと自嘲しながら、咎はあの世でいくらでも受けるさと、大神は迷いを捨てた。

 

「このままヤツに突っ込んでも勝ち目はない」

「はい」

「少しでも勝率を上げよう。時間はないが、死角に移動する」

「わかりました」

 

大神の神武に肩を貸しながらさくらと大神が叉丹の死角へとゆっくり移動する。叉丹はそれに対して何の注意も払わなかった。わかっていて、尚どうとでもなると思っているのか、それとも全く気付いていないのか、あるいは待ち人の帰還を最優先で望んでいるからか、その理由はわからない。しかし結果的に、大神たちは難なく叉丹の死角へと回り込むことに成功したのだった。そうこうしているうちに、人影がますますクッキリと浮かび上がってくる。そしてそれに比例するかのように、叉丹の歓喜の笑みもその強さを増していた。

 

「さあ!」

 

叉丹が呼びかける。それを合図として大神とさくらが互いの顔を見合わせて頷くと、死角から叉丹へと突っ込んだ。

 

(狙いは一つ!)

(葵叉丹の生命!)

 

声に出し、それで察知されることも憚られるために内心で雄叫びを上げると大神とさくらが叉丹に向けて突っ込む。とはいえ、神武の駆動音がある以上はせっかくの努力も何の意味もなさないかもしれないが。だが、一足遅かった。浮かび上がってきた人影がこの空間に戻ってきてしまったからだ。しかし、

 

「何ッ!?」

 

直後に発したこの一言に、大神とさくらが瞬時に判断してその速度を上げたのだった。そしてそれが生死を分ける形になる。

 

「貴様ッ!」

 

叉丹が刀を振り上げた直後、その片腕は吹き飛んだ。奇しくも、大神の神武と同じ姿になってしまったのだった。

 

「己ッ!」

 

叉丹がその、切断された手に握られていた刀を拾い上げた直後、

 

「葵叉丹!」

「覚悟!」

 

大神とさくらの斬撃が×の字の形で叉丹の神威に刻まれたのだった。

 

「ぐ! ぐわああああっ!」

 

かつての天海のときと同じように断末魔の悲鳴を上げると、叉丹の神威は光に呑まれて爆発・炎上して消えていった。そして、

 

「…がはっ! ごほっ!」

 

その爆炎から少し離れた場所で膝を着き、己の得物を支えにしていたのは殺女ではなくソーンバルケの姿だった。

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