サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
では、どうぞ。
「ソーン!」
「ソーンさん!」
膝を着き、荒い呼吸を繰り返すソーンバルケの許に大神とさくらが走り寄った。
「大丈夫か!?」
「しっかりしてください!」
声をかけるものの、暫く返事はなかった。二人は表情を曇らせていたが、ソーンバルケの呼吸がまだ荒いのもわかっていたので呼吸が整うまで待つことにする。そしてようやく、
「…ああ」
落ち着いたのか、返事が返ってきた。その一言に大神とさくらがホッと一息つく。とはいえ、
「ふぅ…」
一息ついた後、ソーンバルケは立ち上がることもできずにその場に腰を下ろす羽目になったが。
「大丈夫なのかい?」
その様子に、思わずさくらと顔を見合わせた大神が心配げな表情になって再度尋ねる。
「ああ」
そう伝え、顔を起こしたソーンバルケがフッと微笑んだ。
「ソーン?」
「ソーンさん?」
どうしたのだろうと思って訝しがる大神とさくら。と、
「人のことより、お前こそ大丈夫なののか? 大神」
軽く微笑んでそう伝えたのだった。
「え?」
「右腕、吹き飛んでいるではないか」
「あ…」
思わず自分の神武の右腕に目を向ける。そこには確かに、あるはずの右腕が今はなかった。
「確かに…」
「霊子甲冑に乗っているとはいえ、それではお前の方が深手だと思うがな」
「そうかもね」
男二人が微笑む。そんな中、
「あの、ソーンさん…」
おずおずとさくらが口を挟んできた。
「ん?」
自分に顔を向けたソーンバルケにさくらは、
「その…あやめさんは…?」
と、尋ねたのだった。
「! そうだった!」
その一言で大神もそのことを思い出して再びソーンバルケに顔を向ける。
「あやめさんは、あやめさんはどうなったんだ、ソーン!?」
その一言にソーンバルケが表情を曇らせて黙り込む。その様子である程度察した大神とさくらだが、それでもその口からハッキリと聞くまではその判断を保留にしていた。しかし、
「…死んだよ」
返ってきたのは二人の予想通りの一言だった。
時間を少し巻き戻して異空間、ソーンバルケと殺女が相打ちになって倒れ伏した後。少しの間、どちらも動けなかった。そんな中、
「う…」
殺女が気が付いた。自分の頭を手で押さえながら顔を起こす。気を失っていたせいで頭が少し重いのだろう、その重さを振り払うために頭を何度か左右に振った。
「ふぅ…」
甲斐あって少し落ち着いたのか軽く息を吐いてコンソールに手を伸ばす。そしてソーンバルケにとどめを刺すべく神威を再起動させようとするが動かない。
「どうしたのよ…!」
起動しない神威に苛立ちながらも再起動させようとするが、その時点で気を失う前のことを思い出した。
(あ…)
両脚を切断されて動けなくなり、そしてソーンバルケの攻撃を受けて沈黙した…沈黙させられたことを。
(そうだったわ…)
歯噛みしながら、ダンとコンソールを叩く殺女。どのみち動いたところで両脚が切断されては移動ができないのだからとどめの刺しようがない。仕方ないと判断し、殺女は神威を降りた。どのみち動けない霊子甲冑では何の役にもたたない。弾避けぐらいにはなるかもしれないが、それでは防御にはなっても攻撃にはならない。攻撃ができなければ勝ちには繋がらない。となれば、降りるしかなかった。
「くっ…」
神威から這い出るように姿を現した殺女。意識は大分しっかりとしてきたものの、まだ身体的なダメージは抜けきれておらず、それを回復させるにはまだ暫しの時間が必要だった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
呼吸を整えて体力の回復に努めようとする。だがそのとき、殺女は自分の目の前に気配を感じた。
(まさか…)
内心で冷や汗をかきながら恐る恐る伏せていた顔を上げると、その鼻先に剣の切っ先が突き付けられる。そしてその向こう側には、自分を見下ろしているソーンバルケの姿があったのだった。
「お目覚めか?」
「ソーン…」
まさか自分より先に意識を取り戻していたとは思わず、殺女は驚きを隠せなかった。
(いいえ、というより)
何故生きているのか、そしてなぜ負けたのかが殺女には理解できなかった。確かにあのとき、自分の突きはソーンバルケの生命を奪ったはず。それなのに、どうして神威は無力化され、自分はこんな形で地に這いつくばり、そしてソーンバルケを見上げているのか…。しかし考えてみれば、不可解な点はある。
(あのとき…)
自分の突きがソーンバルケの生命を奪ったはずのあの一撃。そこに肉を抉った感触はなかったのを思い出す。
(あれは一体…)
疑問に思った殺女はソーンバルケに尋ねてみることにした。
「あなた…何故生きてるの?」
「ん?」
「死んだはずじゃ…いえ、確かに殺したはず」
「……」
ソーンバルケは右手に持っていたヴァーグ・カティを左手に持ち替え、空いた右手で己の懐に手を伸ばした。そして、あるものを取り出すとそれを差し出す。
「これが、私を護ってくれた」
「! これは!」
殺女が見て驚きを隠せなかったそれは、自分が渡したもの。何かあったらそれで私を殺してくれと手渡したあの自分の銃だった。
「これも、勝負の綾というものか」
「え?」
言っている言葉の意味が分からず、殺女がソーンバルケに尋ねる。。
「あのとき、とどめとして繰り出した攻撃が突きではなく斬りや払いだったら私の生命はなかっただろう。また、突きだったとしても違う箇所に突かれていたら同じようにここに立ってはいなかった。しかし結果はこの通りだ」
「……」
刺突によりひしゃげてしまった自分の銃を見て、殺女は何とも言えない気持ちになった。自分が渡した銃が、巡り巡ってこんな結果を引き起こすとは。
(いえ…それは…)
初めからこうなる運命だったのだろう。何故か殺女はそう思っていた。あのとき銃を渡したのも、そしてあのときとどめの一撃として突きを選択したのも、その突きが丁度銃の位置を穿ったのも、そしてその結果今のこの状況があるというのも。全ては予定調和という名の運命だったのかもしれない。
(つまりは…)
またしても降魔は人に敗れるということなのだろう。拡大解釈も甚だしいかもしれないが、殺女にはそうとしか思えなかった。そして不思議なことに、そんな状況であるにもかかわらず憎しみや怨み、怒りといった感情がわいてくることはなかった。
(どうして…?)
本当に不思議だったが、実際にわいてこないものはどうしようもない。理由もわからなかったが、不思議とどうしてもそう言った感情はわいてこなかった。さっきまでなら間違いなくそんな感情に囚われていただろうに。
(もう、疲れちゃったのかしら…)
自嘲気味にそんなことを考え、確かにそうかもしれないと殺女は思っていた。皮肉なものだが、降魔として目覚めてから今が一番情緒的に落ち着いているような気がしていた。ふ…と微笑むと、殺女はそのまま地に伏し、そして身体を反転させて仰向けの姿勢になった。
「?」
その行為の意味が分からずにソーンバルケが首を捻る。と、
「あなたの勝ちよ」
殺女がそう口を開いた。そして、
「さあ、とどめを刺しなさい」
と、続けたのだった。
「……」
その一言にソーンバルケが表情を曇らせる。先ほどまでは勿論そのつもりだったが、こうまで潔いとどうにも変な感じになる。とはいえ、ここでのんびりしている時間はない。大神とさくらの状態も気になる。妙に躊躇いながらも、ソーンバルケは殺女のすぐ側まで近づいた。そして、ヴァーグ・カティの切っ先を殺女に向ける。
「…すまん」
「いいのよ」
そう答えた殺女の表情は、紛れもなく殺女ではなくあやめだった。その顔にソーンバルケの気持ちが揺らぐが、流すわけにはいかない。何故ならあやめの姿は今もまだ殺女のままだからだ。ということは、ここにいるのはあくまでも殺女であり、あやめではないのだろう。であれば、捨て置くわけにはいかない。そしてこのお鉢も、大神たちに回すわけにはいかなかった。
(約束…だからな)
やりきれない表情でふぅ…と大きく一息つくと、ソーンバルケはヴァーグ・カティの切っ先を殺女の胸に当てた。そして、
「一殺多生、地獄でまた逢おう」
最後にそう告げると、殺女の心臓にヴァーグ・カティを突き立て、その生命を奪ったのだった。
「そう…か…」
殺女…あやめが死んだことを聞き、大神がやりきれない表情で絞り出すようにそれだけ呟いた。さくらは何も言わなかったが、同じようにやりきれない表情をしている。
(すまないな…)
そんな二人を見て、ソーンバルケは内心で謝っていた。あやめが死んだことは伝えたが、どうやって死んだのか…何があったのかは伝えてはいない。死んだことだけ伝えて、どうやって死んだ…殺したのかは伝えるつもりはなかった。それを伝えたところで何がどうなるわけでもないからである。
(いや…それもまた詭弁か)
今思ったことは確かに間違いではないがそれだけではない。あやめの生命を奪ったことを糾弾され、恨まれるのが怖い…その思いも確かにあった。要するに、己可愛さと自己保身で大神たちを騙しているのだ。
(度し難いな…我ながら)
かつての仲間たちが今の自分を見たらどんなことを言うだろう。そんな思いに駆られ、ソーンバルケは自嘲の笑みを浮かべたのだった。
「それより、こちらは?」
殺女の顛末を聞かせたからか、こちらの状況が気になってソーンバルケが大神たちに尋ねた。
「! そうだった!」
そのことに思い至り、大神は叉丹がいたところに視線を向ける。だが、そこにはもう何もなかった。
「倒したのか?」
「だと思うんですけど…」
それだけ言うと、さくらが不安そうに大神を覗き込んだ。
「ああ」
それに対し、大神も頷く。
「ソーンがヤツの片腕を吹き飛ばしてくれたおかげでね、その隙をついて俺とさくらくんで斬り捨てた」
「その直後、爆発・炎上したのですから」
さくらも同意した。
「確かに」
二人の言葉に、ソーンバルケも同意する。
「最後の力を振り絞って…というほどカラッポでもないが、大分疲れた。あれでどうにかなってくれればいいのだが…」
そう思った瞬間、そうはならないのだろうなとソーンバルケは思っていた。こういう楽観視はことごとく裏切られるのが世の常であり、そしてこれまでの経験則だ。そして、その悪い予感はまたしても当たってしまうのだった。
「馬鹿な…」
不意にどこからともなくそんな声が聞こえた。ハッとした三人が声のした方向に顔を向ける。そこには、どのように脱出したのかはわからないが叉丹の姿があった。ただし、流石に爆発の影響からか無傷とはいかず、かなり満身創痍の状態だったが。
「この私が…貴様らごときに…認めん! 認めんぞ!」
「…往生際の悪い男だ」
疲れたようにふぅと溜め息をつくと、ソーンバルケが立ち上がった。体力の消費が激しいためか、いつものようにしっかりとした足取りではなく、相変わらず覚束ないものであったが。そうしている間にも、叉丹はヨロヨロとした足取りである場所へ向かう。それは、聖魔城の中心部だった。
「何を…する気だ?」
「フフフ…この城のエネルギー全てを解き放つ! 世界に…恐怖の雨を降らせてくれるわ!」
叉丹が最後の悪あがきをし始める。
「さらばだ、帝国華撃団! やはり…貴様らの負けだ!」
「やめろおっ!」
「貴様ら人間の…罪をつぐなえぇぇぇい!」
どうしてこう、極端な連中は極端なのかとそんな感想をソーンバルケは抱きつつもその暴挙を止めるべく、大神とさくらと共に叉丹の許へと向かった。そしてその異常は、聖魔城外のミカサにも伝わっていた。
「長官! 霊子砲のエネルギーが急速に高まってます!」
「何!?」
米田がそのかすみからの報告に驚いた直後、震動がミカサを襲った。
「第三主砲、大破! 主砲、全滅しました!」
「メインエンジン、オーバーヒートしてます!」
椿、由里からの報告もまた絶望的なものであった。そして、
「戦闘続行不能! このままでは霊子砲が…!」
かすみのその報告を聞いた米田が覚悟を決めた。
「よし、お前たちは脱出しろ!」
「長官!?」
「長官は? …どうなさるのです?」
「オレか?」
この状況で米田が含み笑いを漏らした。
「オレには…まだ武器はある。最後の…切り札がな…」
「! …まさか!」
その言葉に、かすみは何か気が付いたようだった。しかし、
「脱出せよ!」
米田はそれ以上、多くを語らなかった。
「長官!」
「脱出だ!」
「は…はい!」
覚悟を決めた米田の一喝にそれ以上口を差し挟むことはできず、かすみたちは米田の指示通りにミカサを退艦した。そうしている間にも降魔からの攻撃は止むことなく、ミカサへの震動は止まらない。
「ふふ…」
退艦するかすみたちを見送り、米田が再び含み笑いを漏らした。
「わしに、軍人としてのいい死に場所をくれたな。あやめくん! 感謝する!」
そして一人残った米田はミカサの舵を取ったのだった。
「全機関、出力全開! 目標、聖魔城!」
そのまま、ミカサの進路を聖魔城に定める。
「人間をなめるなよ! 突撃ぃぃぃーっ!」
直後、叉丹が発射させた霊子砲が火を噴いた。しかし偶然か、その射線軸上には聖魔城へ突撃するミカサの姿。
「させるかーっ!」
真正面から霊子砲の砲撃を受け、各部を損壊させながらもミカサは推進をやめない。そして、
「これで終わりだーっ!」
ミカサは勢いを失うことなく、そのまま聖魔城へ己の身を着弾させたのだった。その衝撃は当然、内部の大神、さくら、そしてソーンバルケの三人にも届くことになる。
「ミカサが…米田長官が…やったのか?」
目の前に広がった光景にすぐ何が起こったのか理解した大神。
「俺たちは…勝ったのか…?」
状況が呑み込めずに半信半疑で自問する大神。だが、やはりそうは問屋が卸さない。聖魔城に震動が走った。
「な、何だ!?」
驚く大神と、やはりこんなことになるのかと諦観しながら状況の変化に身を任せるソーンバルケ。が、そんな、言ってみれば醒めた反応しかしないソーンバルケもさすがにこの後の展開は予想だにしなかった。
「我…甦りたり…」
そこに、叉丹の声が響く。だが、現したその姿は先ほどまでのものではなかった。
(!? 何だ、あの姿は!?)
思わず目を見開く。先ほどまでの姿とは様相が異なり、何より人の体躯を優に超えるほどに大きくなっていたからだ。
「我は罪、我は闇。永久なる不滅の王にして古の蛇。全能なる父に背いた原始の反逆。我の名は…サタン!」
「あ…あれが葵叉丹の正体?」
(サタンだと…?)
大神が驚いている側で、この世界の知識に未だ偏りのあるソーンバルケがその名を聞いてもピンとこないだろう。だが、とにかくヤバめの者が甦ったのだけは理解できた。
「ッ!」
ヴァーグ・カティを鞘から抜く。先ほどまでより身体は少しはマシになったとはいえ、完調には程遠い。だがそれでも、やるしかない。
(ここで負けてはヤツらが浮かばれん)
とはいえ、黒竜王や暁の女神に匹敵するかもしれない相手に対してどこまでやれるか…それもまた、正直な感想だった。
(だが、やらねばな)
ここで引いたら、それこそ彼女たちに会わせる顔がない。
(玉砕覚悟で行けば、隙ぐらいは作れるか?)
無責任な話だが、その後は霊子甲冑組にお任せかな…そんなことを考えているとサタンが宣言する。
「来たれ…裁きの時は来た…この世界を始まりの闇にもどす…天よ泣け…地よ震えよ…今日こそが大いなる暗黒の始まりの日!」
本当に極端なヤツはどうしてこう極端なんだとゲンナリしながらそのご神託を醒めた思いで聞いていたソーンバルケ。しかし、大神にとってはやはり衝撃なのだろう。
「こ、これがサタン…! このまま、こいつに世界は滅ぼされてしまうのか…」
そんな呆然自失となった大神に喝を入れたのはさくらだった。
「こんなことでくじけちゃだめよ! それじゃ、悪魔に魂を売ったことになる!」
その言葉に、呑まれかけていた大神も己を取り戻した。そして、その面構えが再び引き締まる。
「ああ…そうだな! オレたちはあんなヤツに決して屈しない! どんなに絶望的な状況でも、オレたちは絶対あきらめない! そして、必ず勝つ! …オレたちの背には世界中の人々の生命がかかってるんだ!」
(言うじゃないか)
先ほどまでの様子からは考えられない啖呵に、ソーンバルケが軽く微笑んだ。
(それなら、私も足掻いてみせるかな!)
玉砕を覚悟したがそんな気にもなる。しかし残念なことに、身体がついてこない。体力の消費は想像以上だったのだ。
(くそ!)
忌々しげに舌打ちをするソーンバルケだったがそれで状況が好転するわけはなく、叉丹…サタンの宣言は続く。
「今日こそが我が望みの成就する日!」
「くっ!」
「来たれ! 来たれ! 来たれ! 来たれ!」
サタンが何かを呼び続ける。だがその裏で、花組もサタンも預かり知らぬところで状況が動いていた。死んだ…ソーンバルケがとどめを刺した殺女に光が宿ったのである。そして、
「光…あれ…」
再びその姿を花組の…ソーンバルケの前に現したのだった。
「お立ちなさい…」
「!? あやめ…さん…?」
「! 藤枝…女史?」
突如自分たちの前に現れた殺女…あやめのその姿に、大神とソーンバルケは茫然としていた。
「いいえ、私は天使長…大天使ミカエル…限りない罪科の道に堕ちたサタンと共に歩み、そして、導く者…サタンが甦る時…私もまた甦る…」
「大天使…ミカエル?」
(超展開すぎるだろう…)
正直、ついていけないのだがさりとてここでそんな口を挟むのは野暮というもの。そのため、ソーンバルケは成り行きを見守ることにした。
「私は、この者の肉体に封じられていたのです」
「藤枝女史の身体に?」
「ええ」
そしてあやめ…ミカエルが大神へと視線を向けた。
「さあ、お立ちなさい。世界を救いたいのなら…あなた自身の足で!」
「しかし…」
大神の表情は優れない。ギリッと唇を噛んでその表情に無念さを滲ませる。
「自分は…大切な仲間を…失ってしまいました…」
「正義を貫くのは大変なことです」
そんな大神を諭すようにミカエルが語り掛ける。
「ときには、多くの屍を乗り越え進まねばなりません。しかし、挫けぬ勇気が。そして何より、人々を愛する結びつきが…最後に勝利するのです。どんな困難にあっても…希望の光は、人間の心の中にあるのです…。行きなさい…そして、正義を示すのです! あなたたちに大いなる父の祝福がありますように」
「!!」
ミカエルの激励を受け、大神が迷いを断ち切った。そしてその裏で、とある奇跡が進行していたのだが、そんなことが大神たちにわかるわけはない。しかし、すぐにそれを目の当たりにすることになる。大神たちの周囲に突如五つの煙幕が吹き上がった。そして、その煙幕が収まったとき、そこには死んだはずの花組の皆の姿があったのだった。
「…み、みんな…!」
「皆さん…」
予想だにしない展開に大神とさくらが驚きを隠せない。そんな二人とは対照的に、
「…神というのは、本当に何でもありだから困る」
かつて、その『神』の力を唯一まざまざと目の当たりにしたソーンバルケが苦笑を禁じ得なかった。
「行きましょう、隊長」
「なんだよ! そのボケーッとしたツラァよ!」
「ホーッホホホ…! 今世紀最大のヒロイン神崎すみれ、華麗に復活ですわ!」
「ウチも行くで!」
「お兄ちゃん! アイリスも行くよ!」
そんな三人を導くように、散ったはずの五人が声をかけた。その、失ったはずの仲間たちの声に、大神とさくらが力強く頷く。
「行きましょう! 最後の戦いへ!」
「ああ!」
「応! …と、言いたいところだが」
せっかくの意気なのに、それを挫くようなソーンバルケに怪訝な表情をした花組の面々。しかし、直後にソーンバルケは膝を着いてしまった。
「!? ソーン!?」
慌てて近寄ろうとする大神を、ソーンバルケは手で制する。そして、
「すまん」
苦笑しながそう言うことしかできなかった。
「どうやら、これ以上は身体が動かないようだ。申し訳ないが、仕上げはお前たちに任せる」
「えぇ…」
「そんな顔をするな」
しまらないなあという表情になった大神に、ソーンバルケがまた苦笑した。
「どの道、霊子甲冑のない私が行ったところで足手まといになりかねないかもしれないからな」
「そうかもしれないけど…」
「まあ、身体が動かないのだから仕方ないだろう? 私はここでお前たちの帰りを待つことにする。だから、必ず勝って帰って来い」
「! わかった!」
それがソーンバルケ流の発破だと理解したのか、大神が力強く頷いた。そして隊員たちへと振り返る。
「みんな行くぞ! 俺たちに残された選択肢はただ一つだ! 帝国華撃団、出撃せよ!」
『了解!』
そして、華撃団でもあり同時に歌劇団でもある彼女たちが最後の舞台へ向かう。
「いくでぇ~! 帝都にウチらがおるかぎり!」
「悪の栄えることはなし!」
「乾坤一擲、力の限りィィィ!」
「豪華絢爛、花吹雪~~ぃ!」
「たとえ命が尽きるとも!」
「世界の明日は、我らが守るぅ~!」
舞台役者そのものの見栄を切り、花組は最後の決戦の場へと向かったのだった。
「行ったか…」
花組を見送ったソーンバルケは、一人取り残された聖魔城にて地に腰を下ろしたままふぅ…と一息ついていた。
「全く…らしいと言えばらしい出撃だ」
華撃団としてはあれだが、歌劇団としてならば当然といえるあの姿に、ソーンバルケがクックッと含み笑いを漏らす。これから命がけの勝負に行くというのにあれは少しふざけすぎているような気もしないでもないが、戦いよりも舞台を選んだという意味でとらえれば頷けもした。
(戦場で散らせるには過ぎた生命だと、無意識に自覚してのことか。だとすれば…)
勝負の行く末は八割方決まったかもしれないな…。そんなことを考えながら一度花組たちから意識を切った。そして、
「さて…」
顔をとある方向に向ける。ソーンバルケがここに残ったのは二つ理由があった。一つは今身体が碌に動かないから一緒に行っても役に立たないだろうという言葉通りの理由。そしてもう一つは、
「……」
顔を向けたその先には、ミカエル…あやめが静かにソーンバルケを見ていたのだった。
「オオオォォォ…」
ソーンバルケが殺女と戦った異空間。それとはまた違う異空間に叉丹…サタンの姿があった。そして、
『帝国華撃団、参上!』
そこに花組が集う。最後の決着をつけるために。
「こ…この力…まさか!?」
花組の姿を見たサタンが何故かうろたえる。が、その答えはすぐにわかった。
「そうです、サタン」
あやめ…ミカエルが花組の背後にその姿を現していたからだった。
「ミカエルかっ!?」
「あなたの闇に対抗しうる唯一の力、信頼と愛…人間の心の光。大いなる…天の父の力です!」
「下らぬざれごとを…」
「還りましょう…サタン…大いなる父の御許へ…」
「黙れ! そんなまがい物で…我に勝てると思うのか?」
その返答に、ミカエルは少し悲しげな表情になって顔を伏せた。もはや、これ以上の説得は無駄と悟ったのだろう。そのため、
「花組のみなさん、サタンの弱点は核である天使体の場所…それは…ここです」
不本意ではあるが実力行使に転じたのだった。ミカエルの導きにより彼女の指示した場所…天使体の部分がサタンの身体から浮き上がる。そして、ミカエルに代わって実力行使の実働を為すのが花組…帝国華撃団だった。
「華撃団のみなさん…あとは頼みましたよ…。あなたたちに大いなる父の祝福がありますように」
そしてミカエルは花組に託すとその場から消えたのであった。
「はいっ!」
大神はミカエルに…いや、敬愛する上官であった藤枝あやめに対して答えるとサタンに向かって剣を突き付ける。
「これが最後の戦いだ! 帝国華撃団、出撃!」
『応!』
隊員たちが答える。そして本当に最後の最後の戦いが始まったのだった。
「しかし…見渡す限り何もなしやね。おるのはウチらとサタンだけや」
「手間が省けていいじゃねえか。目標が一つなら迷うこともねえしな」
「雑魚の相手なんかしてられないからね」
「でも、観客が誰もいないというのも張り合いがありませんわね」
「あんな怪物でもいいの? アイリス、いやだよ」
「それはそのとおりね」
(みんな…)
さくら以外の失ったはずの隊員たちのその姿に大神は感無量だった。最終決戦だというのに、実に花組らしいやり取りではないか。そしてこのいつもと変わらぬ花組の光景が、知らず知らずのうちに力を入れていた大神の肩の力を抜いたのだった。
「隊長、命令を」
それを見計らったかのようにマリアが大神に指示を仰ぐ。
「よぉし…」
大神がぴしゃりと自分の頬を叩いて気合を入れた。
「狙いは一つ! そして周りに邪魔はなし! だったらいつも通りの形で挑むまでだ! さくらくん、カンナ、俺の両脇に!」
「はい!」
「おお!」
「すみれくんと紅蘭はさくらくんとカンナの後ろへ!」
「承知!」
「はいな!」
「アイリスは更にその後ろ! マリア、最後尾は任せたぞ!」
「は~い!」
「了解!」
「行くぞみんな、突撃ぃ!」
『おう!』
各隊員の特性を最大限に生かした隊形を組むと、大神は突撃の号令を下した。そして、花組はサタンへと突撃したのである。
「ほいっ!」
紅蘭が適切な距離をとってサタンに攻撃を仕掛ける。それは見事に天使体を捉えた。
「せやけど…神様と戦うことになるとは思わんかったわ」
砲撃の手を緩めることなく、紅蘭が苦笑した。鼻の下を擦りながらボヤいているも楽しそうに笑っているその姿は、容姿のせいもあってまるでいたずらっ子な少年のようだった。
「いや…それを言うたら今更やね」
戦いながら子供の頃のことを思い出す。あの日々を考えれば今のことなど想像もできるわけもない。
「海を越え…異国に着き…勉強して…仕事を任され…ほんで、こんな舞台にたつとはなあ。…これも、あんたらのおかげやで」
そして紅蘭は慈しむように自分の…自分たちの愛機である神武を撫でる。
「もう少しや、最後までウチらに力を貸してや、ウチの可愛い神武たち!」
紅蘭のその願いに呼応するかのように、神武は出力を上げたのだった。
「そこぉ!」
マリアの右腕の銃が火を噴き、寸分違わずサタンの天使体を狙い撃つ。だが、サタンはびくともしない。
「流石にしぶといわね…」
いつものように現状を冷静に分析しながらマリアが呟いた。だが、その顔に悲壮感はない。
「だったら、潰れるまで叩き込むまでよ!」
再び狙いを定めるとマリアはサタンの天使体に砲撃した。そうしていると何故か、あのときを思い出していた。
(あのとき…私が隊長をちゃんと援護できていれば、隊長は死ぬことはなかった)
炎の中、崩れ落ちていく隊長の姿を、マリアは今も鮮明に覚えている。そしてそれは生涯、決して忘れることはないだろう。
(でも、それを悔いたところで何にもならない。過去は変えられずとも、未来なら変えることができる!)
そしてマリアは矢継ぎ早に花組に視線を向けていき、最後に大神を見てからサタンに再び顔を向けた。
「絶対に、死なせない!」
あんな想いは一度だけで十分とばかりにマリアは攻撃の手を緩めることはなかった。
「ええーいっ!」
アイリスの超能力もまた、少しずつとはいえサタンの天使体に確実にダメージを与えている。回復役が主な仕事とはいえ、アイリスに戦闘手段がないわけではない。むしろ、霊力なら花組随一なため、それを攻撃に転じれば期待もできる。ただし、さくらの刀やすみれの薙刀、マリアの銃といった得物の装備はアイリスの機体にはないために、純粋に霊力での攻撃になってしまう。そのため、攻撃力的には低いのだが、逆にそれでもそれなりにダメージを与えられるところがアイリスの霊力の高さを示していた。
「そういえば、この力が全部の始まりだったっけ…」
サタンと戦いながら、アイリスはフランスにいたころを思い出していた。この力のせいで子供らしい時間を送れず、それに傷ついたこともあった。しかしこの力のおかげで得たものもあった。そのため、ここでこうしていることができる。
「パパやママと離れ離れは寂しいけど…」
でも、ここで頑張らないと大好きなパパやママがどうなるかわからない。それこそ、二度と会えなくなるかもしれないのだ。それを考えると、俄然やる気も出てきた。
(それに、悪いことばかりじゃなかったもんね)
周りのみんなを見る。確かにこの力のせいで普通の幼少期は送れなかった。その代わり、この力のおかげで普通では遅れない幼少期を送ることができたのもまた事実だった。その結果が、この周囲の頼れるみんななのだ。
「まさか日本にくるなんて。アイリス、思ってもいなかったよ。…でも、アイリスいやじゃないよ」
それは、頼もしい仲間と、そして…
(お兄ちゃん、大好き!)
一番大切な、大神の力になれることが嬉しいからだった。そしてこの小さな、しかし確かな幸せを守るために、アイリスはうんっとガッツポーズして気合を入れ直したのであった。
「おおおらあああっ!」
カンナの咆哮が響き渡る。そして、
「チェストぉ!」
得意の空手もこれ以上ない技の冴えを見せていた。
「へへへ…いいね、いいね!」
そしてその表情は、紅蘭と同じように輝いている。ここにきて、何故かすこぶる体調も調子もいいのだ。
(あの世から還ってきた分、強くなってんのかね?)
どこの超サ〇ヤ人だと言いたくなるような感想ではあるが、戦闘民族という意味ではカンナもあまり変わらないかもしれない。何より、
「…ゾクゾクするぜ」
目の前のサタンを相手に、気後れするどころか沸々と闘志が湧き出てきて止まらないのだ。これだけの強大な相手に心置きなく戦える、自分の技が試せるというのは武闘家としてはこれ以上ない喜びだった。
(そうさ、世の中にはまだまだ強いヤツがごまんといるんだ。簡単に死んでられねえよな!)
(親父、まだまだアタイはそっちにいけそうにはないぜ。まだこっちでやり残したことがたっぷりあるからな)
カンナは心中で亡き父親にそう詫びると、再びサタンに己の全身全霊をかけて挑んだのだった。
「はいっ!」
すみれの薙刀もまた、的確にサタンの天使体の部分を捉える。
「全く…」
しかし、すみれはお冠で面白くなさそうな表情を浮かべていた。
「まるで反応がないんですから、面白くありませんわね。少しは呻いたりよろめいたりしても良さそうなものですのに」
ブツブツと愚痴を漏らしながら髪をかき上げる。
「脇役は脇役らしく、さっさと退場してくれてもいいんですのよ?」
神…悪魔を相手に好き放題な言い草だが、すみれは気にする様子もなかった。
「スポットライトがふさわしいのはわたくし…いえ、わたくしたちなんです。ですから!」
そしてまた、すみれが神崎風塵流の薙刀術をサタンに叩き込む。
「ですから、さっさと退場なさいな。それに、乙女の生命の代償は高いんですのよ。それもとんでもなく、ね」
まあ、わたくしとその他の皆さんとではまた重さは違いますけれど…そう一応前置きし、しかし、
「でもま、今回は特別に同列に扱ってあげますわ」
コホンと一つ咳払いをして、そしてすみれが妖艶に微笑んだ。
「ですから、キッチリ落とし前はつけていただきますわよ!」
そう語るすみれの表情は、まさしくトップスタァにふさわしいものだった。
「せいっ!」
さくらの剣技もまた、確実にサタンの天使体を捉える。その冴えもまた、ここにきて益々磨きがかかってきた。
「こんなところで負けるわけにはいかないわ!」
その言葉からも並々ならぬ気合がうかがえる。気丈に大神を励ましてきたさくらだったが、それが彼女の素だったわけではない。寧ろ大神以上に、何度も心が折れかけていたのだ。一人ずつ欠けていく仲間たちの姿を見るたびに。しかし、その想いを無駄にするわけにはいかない。その一念で立っていたようなものだった。
(でも…!)
周りを見る。そこにはすみれがいる、カンナがいる、マリアもアイリスも紅蘭もいる。失ったはずの皆が自分の周りにいてそして自分を支えてくれている、自分と共に戦ってくれている。
(そうよ!)
それがわかっているからこそ、今のさくらには恐れも迷いもなかった。失ったはずの、二度と手に入らないはずのかけがえのないものがまた戻ってきたのだ。その存在が力を与えてくれる。そして何より…
(あの人が…いてくれる)
自分と共に戦ってくれる大神に視線を向け、その存在に全幅の信頼を置いてさくらは再び刀を握った。不思議と大神の存在を意識した途端、その身体に今まで以上の力が漲ってくるような気になっていた。
「負けないわ、絶対!」
改めてそう宣言すると、頼もしい仲間たちと共にさくらは再びサタンへと向かったのだった。
「おのれ!」
再び集う花たちの総攻撃を受け、サタンの顔が憤怒に歪む。花組の攻撃は着実に効いてはいる。効いてはいるのだが、サタンにとどめを刺すにはまだ至らない。そしてサタンも、木偶の坊のようにやられっぱなしなわけではなかった。
「失せろ!」
サタンの攻撃…衝撃波が花組を襲う。
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
「うおおっ!」
「あれぇー!」
「くっ!」
「うわーっ!」
六者六様の叫び声を上げながら吹き飛んだ。そんな中、大神は一人その衝撃波に耐える。
「負けるかあっ!」
雄々しく咆哮すると、サタンを睨みつける。その目からは闘志が欠片も失われてはいない。その姓である大神…狼を思い起こさせるような面構えだった。
「大神さん…」
「みんな、無事か!?」
「は、はいっ!」
「アイリス、回復を!」
「う、うんっ!」
いつもと同じ、しかしいつもよりも凛々しい大神の姿に花組が息を呑む。そして、その姿がまた彼女たちを勇気づける。
「俺たちは負けない! 決して!」
そしてその言葉に、全員が心底同意するのであった。
「いけるか、みんな!?」
アイリスの回復が終わったのを見計らい、大神が振り返る。
「はい!」
「ええ!」
「勿論!」
「うん!」
「よっしゃ!」
「おお!」
花組全員が力強く返事を返す。
「よぉし!」
大神が再び前を向くと、サタンに対峙した。
「もう少しだ! みんな、もう少しだけ俺に力を貸してくれ!」
『はい!』
大神に応える六輪の花たち。
「行くぞ、突撃ぃ!」
『応!』
そして花組は大神を中心に、再びサタンへと突撃していったのであった。
「ぐうっ!」
どれほどの時間が経っただろう。いつ止むともしれぬサタンとの長い戦いはまだ続いていた。隊長を含めると花組の精鋭七人を相手にしながらそれでも一歩も退かないサタンもさすがである。しかし、時が止まっているわけではない。時間は確実に進み続けている。そしてそれは、当然状況に変化をもたらすことになる。とうとうサタンがくぐもった声を上げたのだ。そして、側頭部に生えていた二本の角のうち片方にヒビが入り、砕け落ちたのだった。
「! 角が!」
当然、その変化は花組も目にすることになる。
「ようやく、終わりが見えてきた…っていうことでいいのかしら?」
「ええ、きっとそうですよ!」
すみれの推論に、さくらが力強く頷いた。
「よっしゃあ! 俄然やる気が出てきたぜ!」
「ホンマや!」
「よーし、アイリスもガンバる!」
「隊長、命令を!」
「ああ!」
終わりが見え始めたことで士気が上がる花組。しかし、サタンもこのまま易々とやられるわけにはいかない。
「おのれ!」
ギリッと歯ぎしりすると、サタンは降魔をその場に召喚したのだった。
「援軍を呼んだってことは…」
「いよいよ後がなくなってきた…と考えていいんでしょうか」
「恐らく」
マリアの言葉に大神が頷く。
「こっちも大分ガタがきてるが…ここまでくれば我慢比べだ! みんな、もう少し踏ん張ってくれ!」
『了解!』
「よし、もう一押しだ! 押せーっ!」
『おぉ!』
終わりが見えてきた戦いを終わらせるべく、花組は湧いて出た降魔へと戦いを挑んだのだった。そして…
「グオォォォォ…」
サタンがついに断末魔の声を上げた。角が片方折れ、湧き出た降魔を倒し、そしてサタンの攻撃に耐え、少しずつ少しずつ攻撃を重ねていき、その結果がようやく現れたのだ。
「今だっ!」
そしてこの機を逃さず、大神がとどめの一撃をサタンに打ち込むべく突っ込む。
「檄!」
「帝!」
「国!」
「華!」
「撃!」
「団!」
「いやああああっ!」
六人の乙女たちの力を背に受け、大神がサタンの天使体に最後の一撃を打ち込む。
「お…おお…おおお…うああああああっ!」
そしてサタンは、その力の前に消え失せたのだった。