サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
では、どうぞ。
「あ…く…ぐおっ…あああっ…」
花組に敗れたサタンは、断末魔と呼ぶにはあまりにも静かな言葉を吐きながら倒れていく。
「ああっ…ミカ…エル…か…」
その最中で、自分に最も近しいものであり、そして最も遠いものである存在の名を呼んだ。すると、その呼びかけに応じるかのようにミカエルがサタンの前に現れる。
「還りましょう…サタン。…大いなる父が、貴方を待っています」
「…この私を…許すというのか? ミカエル…」
「神の時は無限…神の愛も無限…。あなたの罪がどれほど重くとも、それを許しましょう」
「ミカエル…」
「あなたは一人ではありません。さあ…」
そしてミカエルがサタンに手を差し伸べる。が、
「ぬおぉ! 黙れ!」
その差し伸べられた手を見たサタンの表情が一変した。
「私は断じて後悔はせん! 父に背いたことも地獄に堕ちたことも! 所詮、神の国の愛などは欺瞞! 人間どもになど…わかりはしない! だから殺戮を繰り返し、憎しみを繰り返し、命の大地を破壊し! 今日だけのことしか考えないのだ! そこに愛などは生まれぬ! 神の国などはない! 絶望と暗黒に震える生き方こそ人間どもにはお似合いなのだ! ふふふ…ははははは…」
そのサタンの言葉を、ミカエルは黙って聞いていた。少しだけ悲しそうな表情で。
「俺は…ここに消滅する…だが、人間どもがいるかぎり、かならず復活する!」
「サタン! いけない!」
「天の栄光などいらぬ! オレは剣に生き! そして、剣に死すのだ!」
そして高笑いを上げながら、サタンはその言葉通り消滅していったのだった。
「サタン…」
その姿を、その最期を、寂しげな表情で見送ったミカエル。だが、いつまでもそうはしてはいられない。
「帝国華撃団のみなさん…」
花組に振り返った。
「よく、がんばりました。でも…戦いはこれで終わったわけではありません。あなたたちの本当の戦いは…これからなのです…」
「はい…」
花組を代表して、大神が答えた。その姿に、ミカエルが満足げに頷く。
「では、みなさん。これでお別れです」
「そんな…」
その言葉に、大神が表情を曇らせた。そんな大神に、
「コラ!」
ミカエルが額に人差し指を当てて窘める。それは、大神一郎と藤枝あやめ…在りし日の二人の姿だった。
「何て顔してるの! 男の子でしょ…シャンとしなさい!」
「…はいっ!」
一瞬だけ逡巡したものの、大神は力強くそう答えた。
「よろしい」
その回答にミカエル…あやめがいつものように微笑んでみせたのだった。
「じゃ…またね…大神くん」
そして、ミカエル…あやめは天に還ったのだった。
「いいんですか、大神さん?」
二人の様子を見ていたさくらがおずおずと口を開きそう尋ねる。
「いいさ。俺にはみんながいる。大切なみんながね」
「大神さん…」
その答えに複雑ではありながら嬉しさを見せるさくら。と、彼女たちの背後で瓦礫の崩れる音がした。
「!」
生き残った降魔でもいるのかと厳しい表情で振り返る。しかし、
「よう!」
瓦礫の下から姿を現したのは米田の姿だった。
『米田長官!』
「はっはっはっ、わしもまだまだくたばりゃせんて」
いつもの豪快な笑いを上げる米田。そして米田はどこに持っていたのか一升瓶を取り出した。
「さ、約束通り宴会じゃ! 大宴会じゃ!」
『おーっ!』
飛び上がって喜ぶ花組の面々。しかし、
「と、その前に」
さくらが急に真顔になった。そして、ずいっと大神に詰め寄る。
「大神さん、大切ってこの中の誰のことなんですか?」
そしてある意味、大神にとっては一番聞かれたくない、そして答えられない質問をされたのだった。
「いっ!?」
「誰を選ぶんです!?」
「あ、あの…いや…」
当然ながらそんなことを明言できるわけもなく大神が言葉を濁した。そんな大神に、わたしよね、わたしだよね、と、花組の全員が群がる。
「ま、待ってくれ、ちょっと! あっ、ああー!」
そして大神の悲鳴が聖魔城に消えたのだった。
「やれやれ…」
その、見慣れたと言っていい光景に米田が呆れながら肩を竦める。と、
「いいのか?」
不意にあらぬ方向から声を掛けられた。振り返ると、そこにはいつの間にいたのかソーンバルケの姿があった。
「ソーンか。無事で何よりだ」
「お前こそ。…それより、重ねて聞くがいいのか?」
「あぁん?」
眉を顰めた米田に、ソーンバルケがちょいちょいとある方向を指さす。そこには、未だに花組の面々にもみくちゃにされている大神の姿があった。
「ハッ、いいんだよ」
呵々大笑といった表情で一升瓶を開けると、豪快にラッパ飲みを始める米田。そして一息ついたところで、ふーっと大きく息を吐いて口元を袖口で拭った。
「酒のつまみには丁度いいやな!」
「おいおい…」
その場にどかっと座り込んで一升瓶を地面に置いた米田がニヤニヤしながらその様を眺める。その様子に呆れながらも、ソーンバルケも積極的には介入するつもりはない。我ながら悪趣味だなと思いながら、米田と肩を並べて戯れる大神たちを見ていたのだった。
こうして帝国華撃団は、大きな犠牲を払いながらもこの戦いに勝利し、帝都を守り切ったのだった。
聖魔城の戦いから少し時がたち、帝都は復興の只中にあった。あれ以来、今のところ帝都には大きな事件が起こることもなく時を刻んでいる。そんな中、帝国華撃団は開店休業状態にあった。倒すべき敵がいなくなったのだから仕方のないことではあるが。
その一方で帝国歌劇団…花組の舞台公演については連日満員御礼。花組の面々も舞台に忙しい日々を送っている。米田も三人娘も相変わらずな日々に戻り、帝都は平和な日々を取り戻していた。そして再び、春。天下太平こともなく。
上野公園。さくらの花が二つの出逢いを重ねたこの場所にて、花組が花見に興じていた。
「はっはっはっ、お前ら! 今日はタップリ楽しめよ!」
『はいっ!』
上機嫌な米田に花組が声を揃える。一人…藤枝あやめが欠けてしまってはいるが、それ以外の全員による宴だった。そんな中、やはり話題の中心になるのは大神である。
「はい、お兄ちゃん! あーん」
アイリスが箸で卵焼きを摘まむと大神の口元に差し出す。
「いっ!?」
その行為に固まってしまう大神。勿論アイリスの気遣いは嬉しい。とても嬉しいのだが、
「ほー」
「へー」
ニヤニヤしながらカンナと紅蘭がその様子を見ている。
「相変わらずモテるねぇ、隊長」
「よ、この女殺し! 憎いで、大神はん!」
「い、いや…」
返答に詰まる大神。直後、その背中に鋭い痛みが走った。
「いててててて!」
「…ホント、楽しそうですね、大神さん?」
ムッとした表情になっているさくらが大神の背中を抓る。いつぞやのあやめと初めて逢ったときのリプレイを見ているようだった。と、
「さくら、やめてよ。お兄ちゃんが痛がってるでしょ?」
「あらアイリス、大丈夫よ。大神さんは頑丈だもの」
「ダメ! お兄ちゃんはアイリスの恋人なんだから、そんなことしないで!」
「…あらあら」
大神の背中から手を放したさくら。ホッとしたのも束の間、ニコニコ微笑んでいるさくらの後ろに修羅が見え、大神はそのまま固まってしまった。
「全く…」
その様子を、すみれが呆れながら眺めている。
「本当に大人げないですわね。お子様と張り合うなんて」
「…まあ、いいじゃない」
マリアが一つ溜め息をついてから甘酒を口に運んだ。
「ああいったじゃれあいも、平和だからこそよ」
「そうですけどねぇ…」
さくらたちに呆れた視線を向けながら手を伸ばしたすみれがコップを手に取った。
「あ!」
それが何なのか気づいたマリアが当てて止めようとするが一足遅かった。くいっと一気に呷ったそれはコップではなくお猪口であり、そしてそこに入っていたのは。
「…ヒック」
すみれの顔が一瞬で赤みを増してしゃっくりを始めた。その様子に、マリアが顔を顰めて額を抑える。すみれが口にしたそれは、甘酒だったのだ。勿論、先ほどまでマリアが飲んでいたものとはまた別のものだが。と、すみれがたーんと勢いよくお猪口を地面にたたきつける。
「全く…お子ちゃまたちの分際で…」
「す、すみれ?」
様子を窺うように恐る恐るマリアがすみれを覗き込む。その目はとっくに座っていた。そして、その場を立ち上がろうとする
「ここはこのわたくしが大人の女ってものを…」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
慌ててマリアがそのすみれを止める。が、火のついた…もとい、悪酔いしたすみれはいつも以上にタチが悪かった。
「何ですの、マリアさ…あら?」
「な、何?」
「…あなた、いつから三つ子になったんですの?」
「はぁ!?」
「…ま、そんなのどうでもいいですわ。その手をお放し!」
「ちょ、ちょっと…」
未だ火花を散らせているさくらとアイリスのところに割り入ろうとするのがまるわかりのすみれを必死で止めるマリア。そんな、ある意味いつも通りの花組の光景を肴に、ソーンバルケは静かに杯を傾けている。
(学習しない連中だな…)
そんなことを考えながら、夜桜と月を楽しんでいた。そんなソーンバルケをもてなすのは、花組の面々ではなくあの三人。
「ハーイ! 楽しんでる!?」
「ああ」
一番最初に声をかけてきた由里に手を挙げてソーンバルケが答える。三人の中で一番社交的というのもあるのだろうが、それ以上に多少とはいえ一番関係性が深いからというのもあるだろう。
「そっかそっか♪」
由里は嬉しそうな表情になってソーンバルケの隣に腰を下ろすと、ポンポンとその肩を叩いた。そんな由里に対してフッと軽く微笑むと、ソーンバルケは大神たちに視線を戻す。と、
「何よー♪」
由里がいかにも楽しそうな表情になって口元を抑えた。そして、ニマニマと笑っている。
「?」
「大神さんが羨ましいの?」
「…何をバカなことを言っている」
その由里の指摘に、ソーンバルケが呆れた表情で溜め息をついた。
「あんなものが羨ましいわけないだろう?」
「やだなぁ、冗談だって」
カラカラと笑いながら由里もくいっと甘酒を呷った。
(酔ってるのか?)
そう思わないでもなかったが、そんな素振りは見えない。それに、由里ならこれぐらいは平常運転ともいえる。その証拠に、すみれとは違って目が座っていなかった。
(やれやれ…)
成長しないのはこちらも一緒かと、決して本人を目の前にしては言えないことを思いながらソーンバルケが静かに愉しむ。と、
「お疲れ様でした」
由里とは反対側の隣に椿が腰を下ろす。
「ああ」
「あの…良かったらこれどうぞ」
「ん?」
ソーンバルケが視線を移すと、煎餅を差し出している椿の姿があった。
「……」
少しの間ジッとそれを見ていたが、徐にそれに手を伸ばす。
「これは?」
そして、その煎餅を一枚手に取ると尋ねた。
「あ、私の実家の売り物です」
「ほう?」
「椿の実家、お煎餅屋さんなのよ」
由里が補足した。
「初耳だな」
「あんまり話に挙げませんでしたからね。良かったらどうぞ」
「ああ、いただこう」
そして口へ持っていくと、その自慢の一品を食す。
「ど、どうですか…?」
おずおずと、椿が感想を尋ねてきた。
「いや、普通に美味いが」
「本当ですか!?」
その感想に、椿が目を輝かせた。
「あ、ああ」
まさかそんなに食いつくとは思っていなかったため、ソーンバルケが少し引いてしまう。しかし、椿はお構いなしだった。
「よしっ!」
「良かったわね、椿」
「はいっ!」
(???)
正直な感想を口にしただけなのに、なぜそんなに喜ぶのだろうと不思議に思いながらも煎餅を咀嚼していく。と、
「おう、お前さんも相変わらずモテるねぇ」
米田が一升瓶を下げてやってきた。その指摘に、由里と椿が程度の差はあれども顔を赤らめる。
「し、支配人!」
「止めてくださいよぉ…」
「はっはっはっ、照れるな照れるな!」
上機嫌の米田が三人のすぐ近くに腰を下ろした。そして、ニヤリと意地悪く微笑む。
「両手に花で羨ましい限りだぜ?」
「そうか。まあ、大神には負けるがな」
「ほう…それなら、あいつと立場代わってみるかよ?」
「遠慮する」
「はっはっはっ!」
再び呵々大笑すると、手酌で米田が酒を飲んだ。
「程々にしてくださいね、支配人」
そんな米田の側に腰を下ろしたのはかすみ。仕方ないなぁという表情がいかにもかすみらしい。
「バカ野郎! 楽しむときは楽しむのが礼儀ってもんよ!」
「はいはい」
苦笑しながらかすみが米田にお酌をする。
「手酌でもいいですけど、こういうのもいいでしょう?」
「おお、すまねえな!」
満足そうに微笑むと、米田が豪快に酒を飲み干した。こうやって見ていると、かすみがあやめに重なるから不思議だ。
(藤枝女史…か)
思い出したことで少し物思いにふける。もう二度と逢うことはないだろうが、それにしてもあの幕引きは今でも心残りだった。
(今更何を言っても仕方ないのだが…)
しかしあの結果を招いたのは自分自身にも責任がある。その想いが、ソーンバルケにある決意をさせた。そして、
「……」
相変わらず大神たちのドタバタを肴にしているソーンバルケ。そんな中で、大神の表情にわずかに翳りが差していたのをソーンバルケは見逃してはいなかった。
上野公園の花見があって数日後、その日の業務を終えた大神が自室で寛いでいるときだった。不意に自室のドアがノックされる。
「はい」
答えた。と、
『私だ』
返ってきたのはよく聞いた、しかし予想外の声だった。
「ソーン?」
『ああ』
「どうかしたのかい?」
『少し話がある』
「わかった、どうぞ」
『失礼』
一声かけたソーンバルケが大神の自室に入ってきた。
「珍しいね、ソーンが俺のところに来るなんて」
「そうだな。今も言ったが、少し話があってな」
「そうか。…まあ、かけてよ」
「ああ」
大神の勧めに従ってソーンバルケが椅子に腰を下ろす。
「で、何だい?」
大神も自分のベッドに腰を下ろしてソーンバルケに尋ねた。
「ああ。単刀直入に聞こう。大神」
「ん?」
「お前、私に…我々に何か隠していることはないか?」
「え?」
どういうことだという表情になった大神がソーンバルケを見据える。
「私の思い違いであればいいのだが…」
そんな大神に、ソーンバルケが口を開いた。
「最近、時々表情に翳ができていることがあるぞ。他の連中は舞台稽古もあるからあまり気付かないかもしれないが、同じ雑用をしている身としては共にいる時間が長くなるからな。いやでもわかる」
「そうかな? そんなことは…」
「先日の花見の席でもそうだったな。楽しんではいたが、どこか心ここにあらずといった感じだった。そして、ごくたまに表情に翳ができていた」
「……」
「他の連中には気づかれなかったかもしれないが、それはあくまでも今までの話だ。今後ともそうである保証などない。何か溜め込んでいるのなら早めに吐き出せ。できないなら隠し通せ。…もっとも、すべて私の思い違いであればいいのだが」
そこまで言ってから一息区切ると、…で、どうだ? といった表情でソーンバルケは大神に視線を向けた。
「ふぅ…」
少し時間を置き、敵わないなという表情で後頭部をポリポリと掻くと、大神は徐にベッドから立ち上がった。そして自分の机の引き出しを開けると、その中に入っている一枚の紙を取り出し、それを手に取ると戻ってきた。そして、その紙をソーンバルケに手渡す。
「これは?」
「辞令だよ」
そう言われ、その紙を手に取ったソーンバルケがそれに目を通した。三人娘たちの教育の賜で大分文字も読めるようになったとはいえ、まだ辞令は正直ソーンバルケには毒会は難しい。難しいが、そう遠くない未来にここから転属になるということだけは理解できた。
「そういうことか…」
ソーンバルケがその紙…辞令を大神に返す。受け取った大神は先ほどと同じようにそれを引き出しの中にしまったのだった。
「そういうことだよ」
そして再びベッドに腰を下ろすと大きく息を吐いた。
「少し前に、米田支配人…司令から話をいただいてね」
「そうか」
「軍人…組織人としては勿論拒否はできない。拒否するつもりもないしね。仕方のないことだと割り切ってもいるさ。でも、それを花組のみんなに伝えるのがちょっと…ね」
「そうだな」
大神の言っていることはよくわかるため、ソーンバルケも頷くしかなかった。
「だが、それも仕方のない話かもしれないな」
「え?」
「私たちも初めて顔を合わせたのは桜の花が咲き誇る季節。しかし時は流れ、今は再び桜の花の咲き誇る季節だ。時が流れる以上は多かれ少なかれ必ず変化をもたらす。変化がある以上はそれを受け入れるしかない」
「そう…だね」
そのソーンバルケの言葉に大神が静かに頷いた。
「…いつ伝えるつもりだ?」
そして、ソーンバルケは大神にそう尋ねた。
「近いうちには。今ソーンが言ったように、時は止まってはくれないからね。だったら、早いこと伝えた方がいい」
「そうか」
「心苦しいけどね…」
「仕方のないことだ。それに今お前が自分でも言っただろう? 組織人…軍人である以上は拒否できないと」
「うん」
「まあ、連中に恨まれないようにはしないとな」
「…そこが一番の問題だよ」
額に手を当てて、はあーっと大きく溜め息をつく大神の姿に苦笑したソーンバルケ。本当に仕方のないことではあるのだが、その心労は察するに余りある。
「まあ、上手くいくようには祈ってやる」
「そんな殺生な…」
「身も蓋もなく言ってしまえば他人事だからな。頑張れとしか言いようがない」
「わかってるんだけどね」
気が重い…と続けた大神に、ソーンバルケはまた苦笑するしかなかった。
「さて…」
そんな大神を気遣いつつもどうしようもできないソーンバルケが腰を上げた。
「用件は終わったことだし、私はこれで失礼しよう」
「そうか」
ベッドに座ったまま見送る大神に、ドアノブに手をかけたところでソーンバルケが振り返る。
「…お前が頭を悩ます気持ちはよくわかるがどうしようもできないのだ。さっさと吐いてしまった方が楽になるぞ」
「わかってるよ。わかってるんだけどね…」
「まあ、好きなだけ悩め」
「ハハハ…」
「ではな」
最後は乾いた笑いを上げることしかできなかった大神に、無責任な言葉を投げかけてソーンバルケは大神の自室を辞退したのだった。
(あいつも大変だな…)
大神の自室を辞退したソーンバルケが歩きながらそんなことを考える。確かに辞令とはいえ、あのアクの強い六人を納得させるのは大変だろう。それを考えればああなってしまうのも仕方ない。
(とは言え、私にできることなどないしな。だが…)
自分の問題は自分の問題なので大神に任せるとして、その内容が新たにソーンバルケを悩ますことになり、知らずに渋面を作ることになっていた。
「…何とも間の悪いことだ」
ポツリとそう呟くと、一つ溜め息をつき、ソーンバルケはそのまま足早に歩き出したのだった。
翌日業務後、支配人室。不意にそのドアが鳴った。
「おう、開いてるぜ」
その部屋の主である米田が室外に向かってそう声をかけると、そのドアがゆっくりと開く。そこから中に入ってきたのはソーンバルケだった。
「来たか…」
その姿に、これから何が起こるのかほぼほぼわかっている米田が残念そうな表情になってソーンバルケを迎え入れた。
「失礼する」
「ああ」
そしてそのドアを閉めると、ソーンバルケはゆっくりと米田に歩み寄った。
「…伯爵から話は聞いてるぜ」
自分の前までやってきたソーンバルケに開口一番、米田がそう伝える。
「そうか。なら、話は早いな」
それだけ言うと、ソーンバルケはあるものを米田の机の上に置いた。それはこの劇場で今まで世話になってきたもの…大神と同じデザインの制服だった。
「世話になったな」
そして、一言そう伝える。
「あー…」
その制服と、そしてソーンバルケの顔を交互に見た米田が深く溜め息をついてぼりぼりと後頭部を掻く。そして、
「一応、聞くけどよ」
と、口を開いた。
「何だ?」
「考え直すつもりはねえのか?」
「ない」
「…そうかい」
半ば以上はわかっていた返答だったが、やはり実際に耳にすると残念な思いはまた一入であった。
「そう決めたんならもう仕方ねえさ。けどよ」
「ん?」
「…あいつらが悲しむぜ」
「…そうだな」
今度はソーンバルケが表情を曇らせる。
「それに関しては弁解のしようもないな」
「…だったらよ、せめてけじめとして挨拶ぐらいしていったらどうだ?」
「返す言葉もないな」
そこで一度言葉を区切ると、それ以上ソーンバルケは言葉を続けられなかった。
「…ま、いいさ」
そんなソーンバルケを察したのか、米田はそれ以上追及しなかった。
「戻ってきたときは二・三発ぶん殴られることを覚悟しておけよ」
「そうだな。それで済むのだったら安いものか」
「おうよ!」
そして米田がいつものように豪快に笑った。その姿に、ソーンバルケもフッと微笑む。思い起こせば目の前のこの人物にもずいぶん助けられたものだ。
(ずいぶん無理難題も吹っ掛けられたがな)
だがそれを差し引いても、ソーンバルケは米田に対しては感謝しかなかった。紆余曲折色々あったものの、自分が今ここにこうしていられるのは間違いなく米田のおかげである。
言葉には決して出せないが内心で深く感謝していると、米田は机の引き出しを開けた。そして、その中に入っていた一枚の封筒を机の上に投げる。
「?」
いきなりこんなことをして何のつもりだと不思議に思っていると、
「餞別だ。受け取りな」
と、米田がその行動の意図を説明した。
「いや、しかし…」
ソーンバルケが躊躇う。
「そこまでしてもらうわけには…」
「受け取れよ」
しかし、米田も引っ込めることはしなかった。
「何をするにも金は必要だ。それに、お前さんには今まで色々と世話になったからな。ま、このぐらいのことはしてもバチは当たらねえだろうよ」
「しかし…」
ソーンバルケはまだ躊躇っていた。米田はこうは言うものの、それを言えばこちらとて同じこと。右も左もわからないこの世界で、不可抗力とはいえここに拾われたことでどれだけ助かったことか。それを考えれば、やはりこれを受け取るのは躊躇われた。
「…ったく」
そんなソーンバルケに、米田が苦虫を噛み潰したような顔になった。そして、
「んじゃ、こうしようぜ」
そう言って、話の切り口を変えてきた。
「ん?」
「こいつは、手付金だ」
「手付金?」
「おおよ。お前さんにはまた何かあったときにここに戻ってきてもらう。そのときのために取っといてくれや」
「成る程…」
要するに、必ず戻って来いというわけか。そしてこの金は、いわばその約束のようなものか。細部では違うかもしれないが、大まかなところでは間違ってはいないだろう。ソーンバルケは米田の意図をそう理解した。見てみると、米田は楽しそうな表情でニヤニヤとしている。
(…全く、最後まで食えん男だ)
もしこの心の声が聞こえていたらお前には言われたくねえよと笑うだろう。その光景まで容易に想像でき、ソーンバルケが内心でクスッと笑った。そしてそのまま、餞別に手を伸ばす。
「では遠慮なく預かるとしようか」
そしてその餞別を懐に入れたのだった。
「おう」
「長々と世話になったな」
「そりゃ、お互い様だろ?」
「違いない」
そこで男二人は顔を見合わせるとお互いにニッと笑った。
「ところでよ…」
「ん?」
「お前さん、行く当てはあるのか?」
「…いや」
ソーンバルケが首を左右に振る。
「風の向くまま、気の向くままに流れるつもりだ。私の知らないことは山ほどあるようなのでな」
「そうかい。…ま、無事を祈るぜ」
「そちらも。酒は少し控えた方がいいぞ」
「ケッ、大きなお世話だよ!」
その一言に、米田がこんにゃろうめといった表情で反論した。
「まあ、半分は揶揄だが、半分は正直なところだ。もう労わってくれる人間はいないのだからな」
「…ああ」
そのとき、二人の頭に浮かんだのは当然彼女のことだった。話題が話題なだけに少ししんみりとした空気になったが、いつまでもこうしていられるわけでもない。
「では、達者で」
そしてソーンバルケは、これまで一度もやったことのない敬礼をした。もちろん、誰かに教えられたわけではないので花組の見様見真似だったが。
「米田中将閣下と帝国華撃団に益々のご発展をお祈りする」
「ありがとう」
礼には礼をということか、米田も椅子から立ち上がって敬礼をした。
「いつでも帰って来い。俺たちはいつまでもお前を待っているぜ」
「ありがとう。その心遣いに感謝する」
そして二人は敬礼を解くと握手を交わした。その握手が終わると、ソーンバルケは一礼をして支配人室を出ていったのだった。
「また、いずれな…」
その後ろ姿を見送ると米田は再び椅子に座った。そしていつものように手酌で酒を飲み始めたのだった。
「さて…」
大帝国劇場に一礼して顔を上げたソーンバルケが身を翻した。そして、一歩また一歩と大帝国劇場から離れていく。
昨日までは明日もここに来るから何気ない道のりだった。しかし、今日はもう違う。それを裏付けるように、その行く先はこれまでの花小路伯爵邸ではなく、違う場所だった。
(花小路か…)
不意に、思い出す。
(思えば、花小路にもずいぶんと世話になったものだ。感謝してもし足りないな。それに加えて、我儘も快く了承してくれたしな)
だがあるいは、体のいい厄介払いかもしれないな。邪推をすればな。そうも思ってしまったソーンバルケは自嘲する。
(我ながら、本当に度し難いものだ)
今更変えられない自分の性分に更に自嘲しながらソーンバルケは歩む。
「さて…」
立ち止まり、顔を上げた。夜の帳の下りた帝都がその目に入ってくる。まだまだ先の戦いの傷跡は癒えないが、それでも着実に復興は進んでいる。
「次にここを目にするときはどうなっていることか…」
更なる発展を遂げていればいいのだがなと思いながら少しの間物思いに耽っていた。と、急に突風が吹いた。
「!」
思わず目を瞑ったソーンバルケ。だがすぐに皮膚から感じる感触でその風が弱まったことを知り、目を開ける。すると、
「ほう…」
ある光景がソーンバルケを出迎えた。強い風によって桜吹雪が目の前を支配していたのである。
(まるで惜別のようだな)
夜に舞う桜の花びらを見ながらそんなことを考えた。その脳裏には勿論この花と同じ名を持つさくらが浮かび上がり、そしてそれを起点としたかのようにすみれ、マリア、アイリス、紅蘭、カンナの姿が次々と浮かんできた。
(感傷に耽ることになるとはな…)
らしくもないと思いながらも、それだけ情が移ったとも言えた。なんだかんだで一年生活を共にしていたのだ。情が生まれても何の不思議もない。それだけに、
(…不義理をする私はどうしようもないな)
最後の挨拶もせずにこんな形で姿を消すことに申し訳なく思う。が、ここでそんなこと思ったところでその想いが彼女たちに届くわけもない。この世界で生きている以上、自分はまだ知るべきこと、知らなければならないことが山ほどある。それを知るために決断したのだ。
「……」
ソーンバルケはもう一度振り返る。その先には、帝劇がある。しかしもう、数多の建物に阻まれ、その姿を臨むことはできないが。
(いずれ必ず戻る。それまで…)
ひと時のお別れだ。そう呟き、ソーンバルケは踵を返した。そして再び歩き出す。その後ろ姿を覆い隠すように桜吹雪が激しく舞ったのだった。
この日、一年前に花に導かれた剣聖がひっそりと花の元を旅立った。そして、再び花と剣聖が交わるのは…それはまた、別の話。
読了、ありがとうございます。作者のノーリです。
これにてこの物語は終了となります。ありがとうございました。
今回の作品はハッキリ言って難産でした。この作品の一番最初の前書きにも書いたかと思いますが、サクラ大戦シリーズの新作が出るということで、そこに便乗して作成した作品です。ですので、大まかなプロットも何もない、まさしく見切り発車という表現がピッタリの作品でした。そのため、(いつも以上に)展開も強引で物語自体もあまりにも原作準拠過ぎたような気がして、読み物としてどうなのかなと書いていて毎度思っていた作品でした。
とはいえ、一度始めた以上は途中で投げ出すわけにもいかず、物語として強引であろうと平易であろうと完了させるべく取り組み、何とか形にすることはできました。その意味でも、本当に色々と反省の多い作品になってしまいました。やはり、ある程度でもいいのでちゃんとしたプロットを立てるのは大切だと再認識させられた作品です。書き手の力量が高ければもっと面白くできたのにとも思い、そういう意味では作品に対して申し訳ない思いでした。もしこの作品の続編を書くときがきたら、ここら辺をしっかり反省して取り組もうと思います。
次回作ですが、少々プライベートが忙しくなるので間を開けます。やはり、ちゃんとしたプロットも必要ですしね。その辺りを考え、充電もしつつ、プライベートが落ち着いてと考えれば、次の作品の投稿は半年後から年明けぐらいになるかと思います。なのでまあ、気長にお待ちただければ。
とは言えそれまでの間は全く何も投稿しないということもなく、今投稿中の不定期作品と、一本短編が浮かんだのでそれを折を見て投稿しようと思っています。宜しければそちらの方も読んでください。また、ちょっとしたお知らせというかお願いを活動報告に載せておきますので、お手間でなければそちらにも目を通していただければと思います。
それではここまでありがとうございました。次の作品でもまた引き続きご愛顧いただけることを。作者のノーリでした。