サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。

前回の続き、今回は帝劇の勤務初日のお話、後編になります。各人の思惑が絡みつつ、先生と帝劇の面々との交流が始まるところをお楽しみいただければと思います。

早いもので、もう一年が終わりですね。ということで、今回が本年最後の投稿になります。
新サクラ大戦に触発されて見切り発車気味に始めたこの作品ですが、完結できるように頑張りますので来年も引き続きご愛顧いただければと思います。
読者の皆様には今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

では、どうぞ。


NO.04 帝劇初日 後編

午前の時間も過ぎ、時間は正午になった。

 

「さて…」

 

帝劇前の掃除を終えて事務局に報告したところで、ソーンバルケはその時間を迎えていた。

 

「かすみさん、今日は何処にします?」

「そうねぇ…」

 

昼休みということで例外なくかすみと由里も昼休憩ということになり、昼食の相談をしている。そこに椿も駆け付けた。

 

「お待たせしました」

「あら、椿」

「いつもより大分早いわね」

「えへへ、今日は思ったよりも早くお仕事が終わったので」

「そう」

「いいことじゃない。慣れてきたってことかしら?」

「だといいんですけどね」

 

その後もワイワイガヤガヤとおしゃべりに花を咲かせる三人。

 

(女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ…)

 

三人を尻目にそんなことを思いながら、取りあえずこの場を出ようとソーンバルケが歩き出す。と、

 

「ソーン」

 

背後から呼び止める声がし、ソーンバルケが足を止めて振り返った。

 

「何かな?」

「ちょいちょい」

 

由里がニコニコしながら手招きしている。

 

(……)

 

正直、余りいい予感のしないソーンバルケではあったが、ここで無視してこの場を去るような失礼な真似をするような男ではない。何を言われるものかと半ば警戒しながら、ソーンバルケは三人のところへと戻っていった。

 

「何かな?」

 

三人の近くまで戻ってきたソーンバルケが先ほどと同じことを言って尋ねた。

 

「ねえねえ、ソーンはお昼どうするの?」

「さて…」

 

そう言われ、ソーンバルケは困ったような表情を浮かべた。

 

「どうするかと思っていたところだ」

「それって、どういう意味ですか?」

 

由里に追随する形で、今度はかすみが尋ねてきた。

 

「…まあ、誤魔化したところで意味もないのでハッキリ言うが、宛てもなければ金もないのでな。言葉通りどうしようかと思っていた」

「え!? お金がない!?」

 

椿がビックリして素っ頓狂な声を上げた。

 

「そうなんですか?」

「ああ。…まあ、ちょっとした事情があって」

 

ソーンバルケが言葉を濁す。己の身に起こったことを馬鹿正直に話したところで理解してもらえるとは思えないし、第一彼女たちには関係のないことである。知る必要もないことをわざわざ教えるのも意味がないことだと思ったからこその判断だった。と、

 

「椿!」

 

不意に、かすみの口調が鋭いものになる。

 

「失礼でしょう!?」

「あ、す、すみません!」

 

かすみに窘められ、椿が慌てて頭を下げた。

 

「いや、気にしないでくれ」

 

恐縮しきりの椿の姿に申し訳なくなり、ソーンバルケがヒラヒラと手を振った。

 

「金がないのは事実だからな。とりあえず米田…おっと、支配人と呼ばなければならないかな? のところへ行って、相談でもしようかと思っていたところだ」

「ふーん…そっか…」

 

由里が頷く。そして直後、ニヤッと笑って目がキラーンと光った(ようにソーンバルケには見えた)。

 

「それじゃあさ、今日は私たちが御馳走してあげようか?」

「何?」

 

思わぬ申し出にソーンバルケが怪訝な表情になる。

 

「…何を企んでいる」

 

そして、次に出てきたのがこの言葉だった。こんな言葉が出てくるほどに、ソーンバルケは由里の人間性が掴めてきてはいるのだった。

 

「企むだなんて…嫌だなぁ♪」

 

だが由里もさるもの。気にした様子もなく含み笑いを浮かべ続ける。

 

「ただ、ちょーっとお話をね」

「話といっても…私にはお前たちに披露や提供するような話題はないのだが」

「そんなことはないよ。仮にそうだとしても、私たちからは聞きたいことも色々あるし。ね?」

「そうね♪」

「わ、私も、色々聞きたいかな…」

 

かすみと椿も予想外に興味を示すというか話に乗ってきて、ソーンバルケは面食らっていた。そしてこのまま彼女たちに御馳走してもらうと、さっきの輪の中に自分が放り込まれることになるのは容易に想像できるわけである。

 

(…歓迎はできない状況だな)

 

素直にそう、ソーンバルケは感じていた。歓迎ができないというより断固として拒否すべき状況である。目の前の女性陣には申し訳ないが、彼女たちに包囲されては自分の精神が耐えられそうには思えなかった。

 

「悪いが…「そういえば、支配人は今日は夕方近くまでお出かけって言ってたわよ」」

 

拒否しようとしたところで由里に先回りされ、選択肢を潰されてしまった。そのことに苦虫を噛み潰したような表情になってソーンバルケが恨めし気に由里を睨む。

 

「性格が悪いぞ」

「え~? 何のことぉ?」

 

ニコニコしながら悪びれる様子もなくそう伝える由里に、ここまで来れば逆に大したものだなとソーンバルケは内心で脱帽していた。助けを求めるようにかすみと椿に目を走らせてみるソーンバルケだったが、かすみは楽しそうに笑い、椿は申し訳なさそうにしつつも期待した目を向けている。

 

(これではどうしようもない…)

 

選択肢を潰されて退路を断たれ、ソーンバルケは遂に白旗を上げた。

 

「…わかった。それではお言葉に甘えるとしようか」

「そうこなくっちゃ♪」

 

ソーンバルケからお望みの回答を引き出した由里が片目を瞑ってパチンと指を鳴らす。両脇のかすみと椿もホッとしたような表情になっていた。が、

 

「そうと決まれば」

「早く行きましょう♪」

 

次の瞬間その二人に左右から挟まれ、ソーンバルケは強引に連行されたのであった。

 

「あ、ずるーい!」

 

三人から遅れる形となった由里が慌てて後を追う。こうして、ソーンバルケにとっては姦しい昼食の時間が始まったのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

額に滲み出る汗を拭いながらソーンバルケが立ち上がった。そして、固まってしまった全身を解すかのように伸びをすると、コキコキと首を鳴らす。

昼食後のソーンバルケの仕事は劇場内の補修作業だった。この大帝国劇場は最先端技術で作られた建造物であるが、当然経年と共に、また運用・使用と共に劣化していく。そしてまだその劣化が小さい、目立たないうちに先回りしてその拡大を防ぐのも重要な仕事の一つだった。一つ一つは大したことはないものの意外とそういった箇所が多く、随分と時間がかかる作業だった。そしてつい先ほど、最後の補修個所である中庭の石畳の損傷の修繕を終えたところだったのである。

 

(やれやれ…妙に疲れたな…)

 

作業の内容と比べて妙に感じる疲労感に思わずソーンバルケが溜め息をついた。もっとも、その原因はわかっている。

 

(全く…女というものはよくまああれだけ次から次へと喋ることが出てくるものだ…)

 

この疲労感の大半の原因となっているかすみ・由里・椿の三人の顔を思い出す。昼休みに御馳走になった代わりに連行されたレストランで、ソーンバルケは三人からしこたま色々と聞かれたのだ。勿論、重要なところはぼかすような言い方をしたり回答を拒否したりして口を割らなかったが、その食い下がりが中々のものであり、またそう言ったことに関係のない日常の話題でも飽きることなく次から次へと話が出てきて、それに当然ソーンバルケも巻き込まれることになったため、全く休んだ気も食事をした気にもなれなかったのであった。

そんなわけで、ソーンバルケは想定以上の疲労を感じていた。これは判断を誤ったかなと、初日にしてそんなことを考えていたところでソーンバルケは自分を見ている視線に気がついた。そして、その視線から感じる気はこれまでの面々のものとはまた違った思惑を感じさせるものだった。

 

(…何者だ?)

 

その視線の持ち主は自分の気配を消すつもりもないのだろう。隠すことなくソーンバルケに視線を向けている。ならばこちらも気づかぬふりをする必要もないだろうとソーンバルケは判断し、その視線の方向に目を向けた。

そこにはアイリスと同じようなブロンドで、女性としては高すぎる背丈の女性がいた。

 

(あの女は…)

 

その佇まいに思わず感心する。隙のない見事なものだった。そして、その顔には確かに見覚えがある。と、

 

「…何をしているの」

 

ゆっくり近づいてきながらその女性がソーンバルケに話しかけてきた。

 

「仕事だ」

 

素っ気なく、ソーンバルケがそう返す。

 

「劇場内の補修を頼まれてな。丁度今終わったところだ」

「そう。お疲れさま」

 

女性が労う。しかし言葉こそ労いのものだが、その表情は微塵も崩れていなかった。そして、その鋭い視線が変わらずにソーンバルケを見据えている。まるで、その全てを見透かそうとするかのように。

 

「…労いの言葉を掛けるのならば、もう少し柔らかい雰囲気で掛けてくれてもいいと思うが?」

「悪いわね。私はいつもこんな感じよ」

 

つっけんどんに女性が返答した。気分を害したというより、油断を戒めているような雰囲気である。

 

(何をそんなにしゃちほこばっているのやら…)

 

内心で辟易しながらソーンバルケはそう思わずにはいられなかった。歓迎するかどうかは個人の裁量によるところだからソーンバルケに対してどういった態度をとろうがそれは勝手だが、こんな、あからさまに警戒していますみたいな感情を向けられる覚えはない。

…もっとも、ソーンバルケが全部自分のことをさらけ出しているというわけでもないので、用心深ければこうやって警戒されるのもおかしなことではないが。かといって、四六時中この様子で睨まれてはたまったものではないので、少し状況の改善を試みることにした。

 

「確かお前は…そう…」

「…マリアよ。マリア=タチバナ」

 

ソーンバルケが何を言いたいのか察したその女性…マリアが答える。

 

「ああ、そうだったな」

 

マリアの名前を思い出しソーンバルケが頷いた。

 

「では、マリア」

「何?」

「その、敵意とまではいかなくとも、警戒心を孕んだ視線で私を見るのは止めてくれないか?」

「そんなつもりはないのだけれど」

「いやいや…」

 

即座に否定したマリアに、ソーンバルケが苦笑を浮かべた。

 

「そんなことはないだろう?」

「…そうね。悪かったわ、ごめんなさい」

(ん?)

 

マリアがあっけなく認めて謝罪したことにソーンバルケは驚き、そして同時に引っかかった。

 

(素直過ぎる…。どういうつもりだ)

 

マリアに悟られぬよう気を付けながらも、不審に思うのは止められなかった。 だが、マリアのその美しいが冷たい表情からは何も読み取ることができない。

 

「何?」

 

どころか、逆にそんなことを考えているのを見透かされたかのようにマリアが鋭い視線はそのままに尋ねてきてた。

 

「いや…」

 

そのマリアの様子に内心で冷や汗を掻きつつも、ソーンバルケが左右に首を振る。

 

「何でもない。気にするな」

「…そう」

 

マリアはそう短く答えただけだが、その表情からは納得のいかない様子が見て取れた。これ以上問答しても、今は状況に進展がないと判断したのかもしれない。

 

(もし本当にそう思っているのならば、大した判断力と洞察力だな)

 

舌を巻きながら、ソーンバルケはそう思わざるを得なかった。と、マリアがここに来てはじめて揺らいだ。少しだけ申し訳なさそうになる。

 

「その…」

「ん?」

 

雰囲気が変わったことにまた怪訝に思いながら、ソーンバルケはマリアに答えた。

 

「先日はあんなことがあったから…。なあなあで終わってしまったけれど、一度しっかり話をしようと思って」

「…ああ」

 

マリアに指摘されてようやく思い出したのか、ソーンバルケが得心した表情になった。そして同時に、マリアが申し訳なさそうにしている理由がわかった。

 

「…まあ、気にするな」

 

ソーンバルケがそうマリアに告げる。

 

「誰にでも思い違いはある。それに、あれは私にも落ち度はなかったわけでもないしな」

「そう?」

「ああ」

「そう言ってくれるとありがたいのだけれど…」

 

マリアはまだ納得のいっていない様子だった。その姿に、真面目なことだとソーンバルケが苦笑するが、かと言って本人が納得していないのならばどうしようもない。こちらとしては気にしないように言及したので、これ以上は何もできなかった。

 

「そう言えば、お前は何故ここに?」

 

不意に、この場にマリアが何故いるのかが気になったソーンバルケがマリアにそのことを問い質す。

 

「次の演目の稽古中なのだけれど、今は休憩時間なの。それで、少し稽古場から外していたらあなたの姿が見えてね」

「そうか」

 

マリアの説明を受けたソーンバルケが頷いた。

 

「ならば、次からはもう少し柔らかい視線を向けてくれるとありがたいのだが」

「…善処するわ」

「そうしてくれ」

 

それだけ告げるとソーンバルケは道具を持ち、その場を後にした。マリアはその後ろ姿を見送っていたが、ソーンバルケの姿が見えなくなった直後、再び雰囲気を一変させる。

 

「……」

 

その表情は最初のもの。まるで、獲物を狙う鷹のような鋭い眼差しになってじっと見据えていた。その視線の先は、この場にはもういなくなったソーンバルケの背中だった。

 

(司令は何を考えているのかしら…)

 

内心で臍を噛みながら、マリアは米田に苦言を呈していた。『華撃団』という部隊の特性上、部外者を内部に入れるのは厳禁…とまでは言わないものの、極力避けなければいけない事項のはず。部外者を入れらばそれだけ、『華撃団』の正体が露見する確率が高くなるからだ。なのに、米田はソーンバルケをここに雇い入れた。

 

(確かに腕が立つのは認めるけど…)

 

先日のことを思い出し、マリアは素直にそう思っていた。あの時のことを思い出せば、ソーンバルケが腕が立つのは十分理解できる。だが、それだけではこの『華撃団』は務まらない。それは何より、司令である米田が一番わかっているはずである。

 

(いくら腕が立っても、『華撃団』の戦力として計算できないのであれば余計なものを背負い込むだけだというのに)

 

しかし、米田がその辺りのことをわかっていないはずはない。だとすれば、それだけのリスクを冒してここに組み込むだけの人材なのだということなのだろうか。

 

(それだけの霊力の持ち主には見えないし感じられないのだけれど…)

 

同じ団員であるさくらたちからは確かに感じられる、華撃団にとって必須の要素である霊力。しかし、ソーンバルケからはその気配が片鱗も感じられなかった。それがまた、マリアを不審がらせている要素であった。

 

(あまり考えたくはないけど…)

 

もし何らかの意図を持ってソーンバルケが華撃団に接触してきたというのなら…。その可能性も言下に否定することはできない。最悪の状況を考えて手を打っておくのはリスクマネジメントの観点から寧ろ当然と言えた。

 

(一度、司令に掛け合っておかないといけないわね。それと、副司令にも)

 

厳しい表情は崩すこともなくそう判断すると、マリアも中庭を離れた。夕刻を迎えた中庭に、肌寒い風が吹きつけたのだった。

 

 

 

 

 

「どうぞー」

 

コンコンと支配人室のドアがノックされ、米田が外に声をかけた。ドアが開き、ソーンバルケが入ってくる。

 

「おう」

「ああ」

 

二人は短い挨拶をかわす。

 

「本日はこれにて失礼させてもらう」

「おう。それと、朝も言ったけど明日からは一々こっちにこなくていいぜ。出勤したら真っ直ぐ事務局へ向かってくれりゃあいい」

「了解した」

「…で、どうだったよ。今日一日働いてみた感想は? 正味のところを聞かせてくんねえか」

 

米田がニマッと笑みを浮かべながらソーンバルケに率直な感想を尋ねた。

 

「…疲れた」

 

なのでソーンバルケも率直に返答する。そしてその返答を聞いた米田が呵々大笑した。

 

「はっはっはっ、そうかい」

「何が可笑しい」

「いや、悪ぃ悪ぃ。ただお前さんのことだ、その疲労ってのは肉体的なもんじゃなくって精神的なもんだろ?」

 

見事に言い当てられ、 ソーンバルケが少し驚いた表情を浮かべた。

 

「これは驚いたな。確かにその通りだが」

「まあ、女ばっかりの中に男が一人だからな。加えて、あいつらの性格も俺は良く知ってるつもりだ。そこから考えりゃ簡単なことさ」

「…わかっていて聞くのは、中々意地が悪いな」

「はっはっはっ、そう言うなって」

「全く…」

 

相変わらず楽しそうに笑う米田に毒気を抜かれ、ソーンバルケが仕方ないといった表情で苦笑した。と、米田がデスクの引き出しを開けて封筒を一枚取り出す。

 

「ほれ」

 

そして、それをヒラヒラと振った。ソーンバルケはつかつかと歩み寄ると、その封筒を受け取る。

 

「これは?」

 

受け取った後、ソーンバルケが米田に尋ねた。

 

「当座の軍資金さ。かすみから聞いたんで、用意した」

「そうか、それはありがたい。これで明日はあいつらに付き合わなくて済む」

「その様子じゃあ、随分と苦労したみてえだな」

「…出来れば、二度と経験はしたくない」

「はっはっはっ、大剣豪もあいつらには形無しか」

 

ソーンバルケの返答とその表情に、再度米田が楽しそうに笑った。

 

「茶化すな」

「おっと、悪ぃ悪ぃ。…で、どうだ?」

 

米田が表情を改めると、ジッとソーンバルケを見据えてそんなことを聞いてきた。

 

「何がだ?」

 

質問の意図がわからず、ソーンバルケが尋ね返す。

 

「単刀直入に聞くぜ。明日以降も続きそうかい?」

「成る程」

 

米田の質問の意図を理解したソーンバルケが、ふむ…と顎に手を当てながら考える。だが、それも僅かな時間だった。

 

「考えるまでもないな。断れば文無し宿無しの状態になってしまう。俗っぽい考えなのは否定しないが、私も清貧を良しとする聖人ではないのでな。…まあ、環境に若干の戸惑いはあるが、ここを退いても行く宛てもなし。暫くご厄介になるとするさ」

「そうかい。ありがとよ、歓迎するぜ」

 

ソーンバルケの返答に安心したように米田が頷いた。

 

「…まあ、お前さんが今戸惑いを感じてる環境面については、近いうちに改善されるかもしれねえけどな」

「? それはどういうことだ?」

 

今発した発言の内容について、ソーンバルケが米田に説明を求めた。が、

 

「おっと、とりあえずそのことは忘れてくれ。まだ本決まりじゃないんでな」

 

と、説明を拒否されてしまった。

 

「ふむ…」

 

気になるところではあるが、確定事項ではない以上はどう転ぶかわからない。だったら知っても知らなくても変わりのないことだとソーンバルケは判断し、これ以上追求することをやめたのだった。

 

「わかった」

「そうかい。それじゃあ今日はもう帰ってくれて構わねえぜ。明日からもよろしくな」

「ああ。こちらこそ」

 

一礼すると、ソーンバルケはそのまま支配人室を退出したのであった。

 

 

 

 

 

(さて、帰るか)

 

初日にして本日の勤務が終了したソーンバルケが着替えを終えると、いつもの格好に戻って部屋を出た。椿に朝案内されたこの部屋は専用の更衣室ができるまでソーンバルケの着替えに使っていいとのお達しが出ており、勤務中に着用していた制服もここに置かせてもらっていた。

 

「ふぅ…」

 

肩に手を当て、首をコキコキと左右に捻る。勤務中は張り詰めていたからか感じなかったが、終わるとドッと疲れが押し寄せてきていたようだった。少なくともこのような仕草、戦場ではしたことがなかったように思った。

 

(私にとっては、ここの方が余程戦場より大変ということか)

 

自然と頭に浮かんでは消えていった顔を思い出し、内心でククッと笑う。そして曲がり角に差し掛かったところで、

 

「きゃ!」

「おっと」

 

前方不注意でもないのだろうが、思わず誰かとぶつかりそうになった。ソーンバルケは何とか体勢を立て直したから倒れることはなかったが、相手はそうもいかなかったのか倒れて尻餅を着いてしまった。

 

「痛…」

 

見ると、そこにいたのは妙齢の女性であった。さくらやすみれ…あるいは彼女たちよりは年長と思われるマリアやかすみよりももう少し上のように思われる。その女性が顔を顰めながら尻餅を着いていた。

 

「失礼」

 

謝罪すると、ソーンバルケが女性に手を差し出す。

 

「いえ、こちらこそ…」

 

女性が手を伸ばすとソーンバルケの手を握った。ソーンバルケはそのまま力を入れて女性を引き上げる。

 

「怪我は?」

「大丈夫。少し身体を打ったぐらいだから」

「そうか、申し訳ない」

「気にしないで。こちらも不注意だったわけだし」

 

軽く頭を下げたソーンバルケに女性はそう伝えた。

 

「そう言っていただけるとありがたいな」

 

女性の気遣いに、ソーンバルケが軽く笑みを浮かべた。その心情がわかったのだろうか、女性も同じようにニッコリと微笑む。

 

「それじゃあ、私はこれで」

「ああ」

「いずれまた」

 

そう言って軽く頭を下げると、女性はその場を後にした。

 

(いずれまた…か)

 

女性の後ろ姿を見送った後、ソーンバルケが先ほどの一言を思い出していた。何気なく言ったのか、それとも意図を持って言ったのかはわからないが、どちらにせよその意味するところは一つ。

 

(また会う機会があるということ。であれば、この劇場の関係者ということ。もっとも…)

 

ここがただの劇場ではないのはソーンバルケも薄々承知している。であれば、あの女性も何かしら含むところがあるはず。

 

(それが私にとって悪いものではなければいいのだがな…)

 

とっくにこの場から居なくなったその後ろ姿を思い出すと、ソーンバルケは身を翻して帝劇を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

『失礼します』

「おう」

 

部屋の外から聞こえる聞き慣れた声に、米田が砕けた口調で返事をする。ドアが開いて支配人室に入ってきたのは、先ほどソーンバルケと廊下でぶつかった女性だった。

 

「只今花やしき支部から戻りました」

「御苦労さん、あやめくん」

 

米田が女性を労う。彼女の名は藤枝あやめ。帝国歌劇団の副支配人であり、帝国華撃団の副司令でもある、文字通り米田の右腕であった。

 

「どうだ? 『光武』の調整具合は」

 

いの一番に米田がそれを尋ねた。それが現在の『華撃団』における一番の懸案事項だから当然とも言えるが。

 

「一進一退…といったところですか」

 

それに対し、あやめの回答は芳しいものではなかった。あやめの表情が浮かないものであるのがそれを裏付ける。

 

「大まかな部分は運用に問題はないのですが、各人用の細部調整で手間取っています。何しろ隊員たちは画一的な能力の持ち主ではないですから」

「ま、仕方ねえやな。いくら腕が立とうと、あれを動かせないんじゃ俺たちの戦場に居場所はねえ。そして、あれを動かせる連中が皆同じような連中だったら楽な話だが、残念ながら無理な話だ」

「ええ。マリアに長刀を持たせるわけにも、香蘭に空手をやらせるわけにも、アイリスに銃を撃たせるわけにもいきませんからね」

「ま、そういうこった。気長にやるしかねえだろうよ」

 

米田が諦め気味にふっと息を吐いてそうボヤく。

 

「とは言え、悠長にしてらんねえのも確かな話だ。さくらの件は目を通してるんだろ?」

「はい。上京当日に脇侍を斬り捨てたとか」

「おう。さくらが悪いわけじゃないが白昼堂々、人の多いところであんな騒ぎだ。いくら箝口令を指示したところで人の口に戸板は立てらんねえよ。現に記事にもなっちまったしな」

「確かに」

「まあ、そこいらは伯爵が頑張ってくれたから何とか鎮静化してはいるが、それだっていつまでもって訳にもいかねえだろ」

「わかっています。一刻も早く実戦に投入できるよう、引き続き調整を行います」

「頼む」

 

その一言に、あやめが米田に頭を下げた。

 

「そう言えば司令」

 

頭を上げたあやめが柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「どうした?」

「その報告に面白い記述がありましたね。何でも、さくらと同じように脇侍を斬り捨てた人間がいるとか」

「おう、それそれ」

 

いつもの調子に戻ったかのように米田がニヤッと笑った。

 

「全くの偶然だったんだけどよ、さくらが襲われた脇侍二体のうち、一体を斬っちまったんだと。で、さくらのやつが興奮気味にそいつを報告してきたもんだから本人に会ってみたのよ」

「そうですか。で、どうでした?」

「ありゃ、掘り出しもんだぜ」

 

米田の笑みが更に楽しげなものになる。

 

「相当な剣腕の持ち主だと一目でわかった。で、詳しいことを聞いてみたら行く宛てもなきゃ金もないって言うからよ。手放すには惜しいと思ってスカウトしたのよ」

「確かに…」

 

先ほど曲がり角で衝突しそうになったソーンバルケのことを思い出し、あやめが深く頷いた。パッと見だったが立ち姿に隙が無く、纏っている雰囲気も常人のそれとはまた一線を画したものだった。まるで抜き身の剣のように。

 

「あん? 会ったのかい?」

 

あやめの返答が引っかかった米田が尋ねる。

 

「はい」

 

あやめが頷いた。

 

「ここに来る途中で、廊下でぶつかりそうになって」

「そうかい。そんじゃくどくど説明する手間も省けたな。…んで、どうだったよ? あやめくんの見立ては」

「すぐにその場を去ってしまったのですが、大方は司令の見立てとは変わりません。…ですが司令」

「ん?」

「華撃団に引き入れたということは、光武を?」

「そうしたいところではあるがな…そうもいかねえだろ」

 

米田が先ほどまでの笑みから一変、難しい表情になった。

 

「まず、光武を操縦できるほどの霊力があるかどうかだ。それがなけりゃ、いくら逆立ちしたってどうしようもならねえ。もし仮に運よく光武を動かせる霊力があったとしても、だ。操縦の訓練だって積ませなきゃいけねえし、他の団員たちとの連携だって組まなきゃ困る。そうすると、実戦に投入できるのはいつのことになるやら…だ」

 

ってことでだ、あやめくんと米田が続ける。

 

「近いうちにあいつを花やしきでテストしてみてくれねえか。光武が扱えるのか無理なのか、これだけでもハッキリさせておきてえ」

「わかりました。しかし、どうやって花やしきまで連れ出します?」

「そこんとこは伯爵に頼むさ。無理言ってあいつの身元引受人になってもらったから心苦しいが仕方ねえ。上手いこと話をもってってもらう」

「わかりました」

 

あやめが頷く。しかしその表情は晴れたものとは言い難い強張ったものだった。

 

「どうしたよ?」

 

それに気付いた米田が尋ねる。もっとも、米田としてもあやめがどうしてこんな表情をしているのかの見当は何となくついているのだが。

 

「いえ…杞憂ならいいのですが」

「言ってみな」

「はい。タイミングが良すぎませんか?」

「やっぱり、あやめくんもそう思うか」

「はい」

 

米田とあやめの思惑が一致した。それを補足するかのようにあやめが口を開く。

 

「色々問題点はまだありますが、華撃団はようやく実戦に突入できる段階に近づいています。そのタイミングで現れ、しかも行く宛ても資金もない。どうしてもタイミングが良すぎるように思われます」

「確かにな」

「そこは司令も重々懸念していたはず。それなのに帝劇に引き入れたということは、何か確固たる確信があってのことなのでしょうか」

「…まあ、本来はこんなことで判断しちゃいけねえんだけどよ」

 

そこで米田が遠い目つきになった。

 

「あいつの目が…な」

「目?」

 

あやめの問いかけに米田が静かに頷く。

 

「ああ。あいつのあの目が、よく似てたんだよ」

「誰にです?」

「一馬だ」

「……」

 

米田の口から出てきたその名前に、あやめはそれ以上何も言えずに口を噤んだ。その様子に気付いた米田がふっと息を吐く。

 

「だからこそ、さくらの奴も無意識にあんなに入れ込んだのかもしれねえけどな」

「そう…ですか」

 

あやめが先ほどのソーンバルケとの出逢いを思い出す。目線を合わせたのはほんの一瞬だったから気付かなかったが、そう言われれば似ていたかもしれない。厳しさと優しさが共存していたあの目に。

 

「とは言え…だ」

 

米田の言葉に意識を戻されるかのように、あやめが米田に視線を向けた。

 

「裏は取っておかねえとな」

 

そう言いながら、米田は机の引き出しを開けると、そこから取り出したものを机に置いた。そこには、軍服を着た若い男の写真があった。あやめはその写真を手に取って少し眺めた後、米田に再び視線を向ける。

 

「…動かしますか?」

「頼む」

「了解しました」

 

返答と共にあやめから写真を受け取ると、米田はそれを引き出しへとしまった。

 

「もう一人の方の手筈はどうだい?」

 

写真をしまった後、米田があやめに尋ねる。

 

「手配は整っています。近日中に辞令を受け、こちらに着任するはずです」

「そうか。…しかし、天祐ってやつかな。俺らにとっては理想的ともいえる人材が見つかったのは」

「ええ。…もっとも、ここの本当の姿がわかるまでもつかは疑問ですけどね」

「はっはっはっ、違えねえ」

 

楽しそうに笑う米田につられてあやめも笑みをこぼす。と、ノックの音が支配人室に響き渡った。

 

「どうぞー」

 

米田が廊下へ声をかけると支配人室の扉が開く。そして、そこに入ってきたのはマリアだった。

 

「……」

 

いつものように端正な顔立ちを崩さないマリアだったが、長い付き合いである米田とあやめには、その表情から米田たちに不審を抱いているのがわかった。

 

(こりゃ、あいつ絡みのことで直談判にでも来たかな?)

(そうみたいですね)

 

米田とあやめがアイコンタクトをかわした直後、二人の許にやってきたマリアが口を開いた。そうして色々なことが起こり、また各人の思惑も複雑に絡まったソーンバルケの帝劇初日は、こうして幕を下ろしたのだった。

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