サクラ大戦 剣聖の新たな道   作: ノーリ

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おはようございます。

前回の続き。今回も前半はオリジナル展開です。そして、最後の部分ではようやく皆さんお待ちかねのあの人物が登場です。
まあ、今回は顔見せのようなものなので、本格的に物語に絡むのは次回以降ですが。

とにもかくにも、ようやくこの物語も本編が始まったといったところでしょうか。今後の展開は乞うご期待で。

では、どうぞ。


NO.06 触媒と剣聖

不思議な運命の悪戯でテリウス最強の剣聖が太正の帝都に舞い降りて一ヶ月が経った。

ソーンバルケは相変わらず帝劇の雑用として過ごす日々を送っている。これも相変わらず、すみれとマリアとの関係はあまり良くないものの、それ以外の面々との関係は良好なものを保っていた。

そんなある日。

 

 

 

 

 

「……」

 

花小路邸ロビー。そこに設えられたソファーに座っている人物がいた。言わずもがなのソーンバルケである。今、ここに厄介になっているためにソーンバルケが花小路邸にいても何らおかしいところはないのだが、一点だけおかしな部分があった。それは今の時間である。現在、午前十一時を回ったところだったのだ。

今日は休日というわけでもなく、そのため本来ならば帝劇に出勤していなくてはならない時間なのであるが、にもかかわらずソーンバルケは花小路邸のロビーにあるソファーに腰を下ろしていた。何故かというと…

 

 

 

(ん…)

 

足音が聞こえてきたのを耳にして、ソーンバルケがゆっくりとソファーから立ち上がった。

 

(来たか)

 

そして、足音の主を待つ。程なく姿を現したのは、この屋敷の主人である花小路だった。

 

「やあ、すまないね、待たせて」

 

帽子をとると軽く頭を下げ、花小路はソーンバルケに謝罪した。

 

「いや、構わない」

 

それに対し、ソーンバルケが手をヒラヒラ振ってそう答える。

 

「待つのも仕事の内だ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「何、気にするな」

「すまないね。では、行こうか」

「ああ」

 

花小路を先導するかのようにその前に立つと、ソーンバルケが歩き始めた。そして、この大きな屋敷を出て行く。今日ソーンバルケが帝劇に出勤していないのはこの通り、花小路に付き合うためだった。

ここに案内された初日に交わした契約通り、今日は花小路がソーンバルケを借りたいと帝劇に伝えていたため、こうして帝劇に出勤することはなかったのである。二人は門を出ると、その場に立ち止まった。

 

「で、何処へ行くのだ?」

 

ソーンバルケが振り返ると花小路に尋ねる。

 

「その辺のことは移動中に話すことにしよう。そろそろ迎えの車が来る頃だが…」

 

花小路がそう述べた直後、まるでタイミングを見計らったかのように花小路邸に向かってくる蒸気自動車があった。そのまま、蒸気自動車は花小路邸の正門前まで滑るように進んでくる。そしてドアが開き、中から現れたのは…

 

「おはようございます、伯爵」

「うむ、おはよう」

 

現れたその人物が花小路と挨拶をかわす。その顔は、ソーンバルケの記憶にもあるものだった。

 

「お前は…」

 

ソーンバルケの呟きに気付いたその人物が視線をソーンバルケへと移すと、ニッコリと微笑んだ。

 

「お久しぶりね」

「…ああ」

 

軽く頷いてソーンバルケが返答する。

 

「会ったのはあの時だけだったが、やはり関係者だったのだな」

「ええ」

「何だ、もう知己はあったのかね、あやめくん」

「はい」

 

ゆっくりと頷く。

 

「そうか。ではまあ、今更ではあると思うが一応紹介しておこう。ソーン、こちらは藤枝あやめくん。帝劇の副支配人だ」

「ほう」

 

その肩書にソーンバルケは思わず驚いていた。

 

「まさかそんなお偉いさんだったとはな」

「ふふふ、そんなことはないわ。私は只のお飾りよ」

「何を言うかね。君がいなくては帝劇は回らんだろう。寧ろ、どちらかといえば米田くんの方がお飾りではないか?」

「まあ、御挨拶ですこと。本人に申し伝えておきますわ」

「いやいや、それは勘弁してくれ」

 

三人の和やかな笑い声が起こり、そして花小路の紹介が続く。

 

「あやめくん、彼がソーンだ。君もよく知っているだろう?」

「ええ」

 

そして彼女…帝国歌劇団の副支配人である藤枝あやめが手を差し出してきた。

 

「改めて。帝国歌劇団副支配人、藤枝あやめです」

「私の名はソーンバルケ。宜しく頼む」

「ええ。支配人からよくお話は伺ってるわ」

「どうせ碌なことではあるまい?」

「そんなことはないわよ」

 

少し顔を顰めるソーンバルケに、あやめがクスクスと笑った。

 

「さて、そろそろ出るとするか」

「そうですね」

 

花小路が促すとあやめがそれに賛意を示す。そして二人とも自動車へと乗り込んだ。

 

(まだあまり慣れないな、この乗り物は…)

 

自動車に関する率直な感想を思い浮かべながら、ソーンバルケも二人の後に続いて乗り込んだ。そうして、三人を乗せた自動車は目的地へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

「着いたわ」

 

目的地に到着したあやめがソーンバルケにそう告げると、即座に車から降りた。次に花小路が同じように降り、一番最後に降りたソーンバルケが目にしたのは、これまた今までで一度も見たことのないような建造物だった。

 

「これは…」

 

どう表現したらいいものかわからず、その先が続かない。その建物からは時たま悲鳴のようなものが聞こえるが、大丈夫なのかと思っていた。と、

 

「花やしきは初めて?」

 

あやめがソーンバルケを覗き込むように尋ねる。

 

「花やしき…と言うのはここの名称か?」

 

ソーンバルケは目の前の建造物を指さしながらそう尋ねた。あやめが言った通り、三人は今浅草の花やしきに来ていた。もっとも、花小路とあやめにとっては『花やしき遊園地』ではなく、『花やしき支部』ということになるのだが。

 

「ええ」

 

あやめが頷く。と同時に、あることがわかっていた。

 

「その分だと、花やしきのことは知らないみたいね?」

「ああ」

 

ソーンバルケが頷く。あやめは自分の予想が当たっていたのがわかった。それはつまり、ソーンバルケは花やしきを知らないということ。花やしきを知らないというのであれば、ここの表向きの姿だけでなく裏向きの姿も知らないということだ。と、

 

「ここは一体、何をする場所だ?」

 

ソーンバルケが疑問を隠しきれないといった表情であやめに尋ねる。

 

「娯楽施設よ」

「娯楽施設?」

「ええ」

 

あやめのその返答に、ますますソーンバルケは訳が分からないといった表情になった。

 

「遊びに来た…というわけか?」

「だったらいいんだけどね」

 

またあやめがクスクスと笑う。が、今回はすぐに真顔に戻った。

 

「歴とした用事があるのよ」

「用事?」

「ええ」

「そういうことだ」

 

花小路もあやめを援護するかのように後を継いだ。その口ぶりから察するに、二人にはここに何をしにきたのかはお互いに了承済みなのだろう。

 

(何をしに来た…いや、私に何をさせるつもりやら)

 

わざわざ帝劇を休ませてまで付き合わせたということは、自分に対して何らかの目的があってのことだろう。ソーンバルケはそう考えていた。

 

「さ、行きましょう」

 

あやめに促され、ソーンバルケは二人の後を追うように歩き出す。果たしてこの先には何が待ち構えているのやらと、不安とも心配とも表せない心持ちでソーンバルケは歩いたのだった。

 

 

 

 

 

「あやめはん!」

 

花やしきの一室にて通された三人が少し待っていると、その部屋の扉が開いて元気な声が聞こえてきた。ソーンバルケが振り向くと、そこには眼鏡をかけた三つ編み姿の少女の姿があった。

何者だ? とも一瞬思ったが、どうせすぐ紹介されるだろうと思って余計な口を差し挟むのは控えた。と、

 

「紅蘭」

 

あやめが微笑んでその少女の名と思しきものを呼ぶ。テテテと駆け寄ってきたその少女は、あやめの前まで来ると呼吸を整えた。

 

「お待たせしてすんません」

「構わないわ」

「伯爵もお元気そうで」

「君もな」

 

楽しそうに談笑する三人。と、

 

「ソーン」

 

不意にソーンバルケはあやめに名前を呼ばれて手招きされた。その手招きに従い、ゆっくりと三人に近づく。

 

「紹介するわ」

 

そして予想通り、あやめが現れた少女の紹介を行う。

 

「彼女の名前は李紅蘭。帝撃の一員よ」

「李紅蘭です。よろしゅう」

「ああ」

 

紅蘭が差し出した手を握り、返礼とばかりにソーンバルケも名乗った。

 

「宜しく頼む。ソーンバルケだ」

「ソーン…バルケ? …なんや、えらい珍しい名前ですな?」

「よく言われる」

 

言葉通りよく言われるセリフのため、ソーンバルケは苦笑して答えた。

 

「呼びにくかったらソーンでいい。…というより、殆どの連中がそう呼ぶがな」

「そうですか。ほな、うちもそれで」

「ああ」

「ほうほう、しかし…」

 

握手を解いた後、紅蘭が顎に手を添えてソーンバルケの全身を上から下まで確認するように見た。取りようによっては不躾にもとれるそれは、その通り品定めしているかのようだった。

 

「何かな?」

 

余り気分のいい視線ではないのだが、かと言ってどうしようもなく不快というわけでもないのでソーンバルケが紅蘭に尋ねる。と、紅蘭がにまあっと笑った。心なしか、その眼鏡もキラーンと光ったようにソーンバルケには思えた。

 

「噂では耳にしてたけど、確かに中々の色男やね」

 

不気味な含み笑いを浮かべながら、紅蘭はあやめに振り返った。

 

「こんな色男が入ったんなら、みんな浮ついてるんちゃうの? あやめはん」

「だといいんだけどね…」

 

だが、あやめから返ってきたのは紅蘭が望んでいるものとは違う返答だった。その返答に、紅蘭が表情を一変させ怪訝なものになる。

 

「なんやの? そんなこともないん?」

「まあ、皆喜んではいるわよ。ただ、例外もいるってこと」

「例外って? 誰なん?」

 

そこであやめがチラリとソーンバルケに視線を送る。このまま言ってしまってもいいのだが、一応本人の許可もないのにベラベラ喋るのもどうかと思ったのだろう。が、ソーンバルケは当然のように気にする様子もなく、静かにコクリと頷いた。

 

「…すみれとマリアがちょっと…ね」

「そうなん?」

「ああ」

 

振り返って尋ねてきた紅蘭に、ソーンバルケが頷いて答えた。

 

「あの二人は余り私のことをお気に召してはくれないようでな」

「ふーん…何かやったん?」

「別に何も」

 

ちょこちょことした諍いはあるが、そう嫌われるようなことはした覚えは少なくともソーンバルケにはない。もっとも、物事の受け取り方は人によって違うので、ソーンバルケは大したことはないと思っていることでも、件の二人にとっては看過できない何かがあったかもしれないが。先日のお茶会の後にあったマリアとすみれの密談(?)を知らないソーンバルケにとっては、そう思うのも無理からぬことであった。

 

「しかし…」

 

話題が切れたところで今度はソーンバルケが口を開いた。そして、先ほどのお返しとばかりに今度は紅蘭の全身に視線を這わせる。

 

「なんや?」

 

ソーンバルケが自分をジロジロ見ていることに気付き、紅蘭が首を捻った。

 

「いや…さっき、帝劇の一員だと言ったな?」

 

一旦紅蘭から視線を外すと、ソーンバルケはあやめに視線を向けた。

 

「ええ」

「と言うことは、彼女も役者ということか?」

「なんやの?」

 

話の雲行きが嫌な感じになりそうな気がした紅蘭が、不機嫌そうにソーンバルケを睨む。

 

「うちじゃ女優として相応しくないとでも言うんかい!」

「いや、そういう意味では…」

「ほな、どういう意味やねん!」

「こ、紅蘭、落ち着いて!」

 

慌ててあやめが紅蘭を宥める。

 

「せやけど、あやめはん!」

「いいから落ち着きなさい。ソーンは何も言ってないでしょう?」

「せやけど…」

 

今度はガックリと肩を落としてしまった。喜怒哀楽の激しい娘だなと、半ば傍観者のように見ていたら急に誰かに脇腹を小突かれた。

 

「?」

 

振り返ると、そこには顔を顰めた様子の花小路の姿があった。

 

「少しは考えて発言したまえ」

「いや…その…」

 

確かに思わず言ってしまった一言ではあるが、それでもここまで大事になるとは思わず、ソーンバルケは困惑を隠しきれなかった。

 

「わかっとるよ」

 

そんなソーンバルケの心中を推し量るように花小路がそう続ける。

 

「君に悪気なんてものはないのはよくわかっている。それでも、自分の発言でこうなることもあるのだ。勉強だと思って糧にしたまえ」

「ああ」

 

ここまで言われてはこれ以上どうすることもできず、ソーンバルケは観念するしかなかった。

 

「すまない、確かに不躾だったかもしれない」

「別にもうええけど…」

 

口ではそう言うものの、紅蘭の表情にはまだ幾許か不満そうな色があった。そんな二人の仲を取り持つようにあやめが割って入る。

 

「そ、それより、紅蘭がどうかしたの? ソーン」

「いや…その格好がな」

『格好?』

 

ソーンバルケを除く三人が紅蘭の姿に目を向けた。今の紅蘭はツナギの上に白衣という、確かに見慣れない姿をしていた。

 

「役者というよりはどちらかといえば研究者のように見えてな。だから『役者か?』と聞いただけなのだが…」

「ああ、そういうこと…」

 

先ほどのソーンバルケの一言の真意がわかったあやめがホッと胸を撫で下ろした。

 

「なんや、それならそう言ってくれたらよかったのに…」

 

紅蘭が恨みがましい表情でブツブツとそんな文句を言っている。勝手に早とちりしたのはお前だろうとソーンバルケが口を挟みそうになったが、さっきの今ということで余計なことは言わなかった。

 

「その見解は正しいわ」

 

あやめがソーンバルケの見解を肯定した。

 

「彼女は役者だけど、超一流の技術者でもあるのよ。だから、貴方の見立ては間違いないわ」

(見立ても何もな…)

 

ソーンバルケが紅蘭の姿に目を移す。白衣の下のツナギは所々汚れており、こういった格好のまま人前に姿を現すということはこの格好は作業用の格好なのだろうということは簡単に予測がつく。そして、こういった格好を気にせずに人前に出てくるのは研究とかに没頭している連中が多かった。自分の頭に浮かんだ、特に魔法関係の知り合いを何人か思い浮かべ、ソーンバルケはそんなことを思っていた。

 

「技術…というと、舞台装置か何かか?」

「まあそうね」

 

お茶を濁したようなあやめの返答に少し引っかかったソーンバルケだが、さっきの件もあったことでこれ以上余計なことは言わなかった。

 

「今まで帝劇にいなかったのはこっちでの作業にかかりきりだったからなの。ただ、もうすぐそれの目処がつきそうで、近々帝劇に戻ってくることになると思うわ」

「そうか」

「ま、そういうことや。これから宜しく頼むで?」

「ああ、こちらこそ」

 

鼻の頭を擦ってニカッと微笑む紅蘭にソーンバルケは好感情を抱いた。さっきのことがあったのにもうそんな素振りもないその様はいっそ呆れるぐらいだったが、裏を返せば細かいことを気にしないともいえる。ベグニオンの元老院連中とは全く逆のその人柄に、ソーンバルケは好感を抱いていた。

 

「…で、だ」

 

話が一段落ついたところで、ソーンバルケが再び口を開いた。

 

「どうかしたかね?」

 

改めて口を開いたソーンバルケに花小路が尋ねる。

 

「そろそろ私をここに引っ張ってきた理由を教えてもらいたいのだが…まさか、この紅蘭との顔合わせのためだけにここに呼んだというわけではあるまい」

「流石に良くわかってるわね。その通りよ」

 

あやめがニッコリと微笑んで頷く。そして、

 

「貴方の身体を診断させてほしいの」

 

と、今回ソーンバルケをこの花やしきに連れてきた真意を打ち明けたのだった。

 

「私の身体を診断?」

「ええ。健康診断と思ってもらえればいいわ」

「健康診断?」

 

意味がわからずに鸚鵡返しのように尋ね返す。

 

「ええ。支配人のトップダウンで貴方に帝劇で働いてもらうことが決まったけど、健康状態を確かめなくてはね。もし何かあったら大変だし、本人が気付いていない持病があるかもしれないし」

「そんなものはないと思うがな…」

「ダメダメ、甘く見ちゃ」

 

今一つピンときていない様子のソーンバルケに、ビシッとあやめが指をさした。

 

「自分の身体は意外に自分が一番よくわかっていないものよ」

「そういうものか?」

「そういうもの。さ、用意はできてるから行くわよ」

「お、おい」

 

自分の背後に回られてからグイグイその背中を押されソーンバルケは戸惑ったものの、こうなってしまった以上は言うことを聞かないわけにもいかないだろうなと観念し、あやめに押されるままに部屋を出て行った。

 

「やれやれ、強引なことだ…」

 

その様子に、呆れ半分微笑ましさ半分といった感じで花小路が苦笑する。

 

「相変わらず豪腕やね~」

 

紅蘭は呆れ前回といった感じで呟いていた。

 

「まあ、帝撃の副司令だからな。あのぐらいの押しの強さは必要さ」

「そらもっともやね」

 

花小路に同意した紅蘭だったが、すぐに表情が変わる。その表情には多少なりとも心配そうな色が見えた。

 

「どうかしたかね?」

 

その表情の変化に気付き、心配した花小路が話しかける。

 

「いや…ただ、どうなるかなって思っただけですわ」

 

そして、紅蘭は花小路に振り返った。

 

「現場としては戦力は欲しい。そらわかります。ただ、そうなるとあん人にも生命の危険性を強いることになるのがちょっと…」

「…気持ちはわかるがね」

 

花小路も苦渋の表情で一息ついた。

 

「猫の手も借りたいのもまた事実だからな」

「そらそうですけど」

「それに、何も無理矢理強いするつもりはない。彼の意見は尊重するさ」

「そこは当然ですわな」

「もう一つ言えば、彼にその力があるかどうかもわからん。それを確かめるための今日だからな。もし我々の求めている水準の力がなければ、この話も立ち消えだ」

「そうですな」

 

頷いてはいるものの、紅蘭はやはりまだ納得のいっていない様子だった。が、気持ちはわかるが花小路としてもそれに同意するわけにはいかない。

 

「しっかりしてくれたまえ。花やしきでの任務も大詰めだろう?」

「ふぅ…わかりました」

 

まだ忸怩たる思いは抱えつつも、自分一人の意向ではどうにもならないことは重々承知しているため、紅蘭も腹を決めた。その胸に秘める思いはどうあれど…である。

 

「では行こうか。あまり彼らを待たせるのもなんだしな」

「はいな」

 

そうして、花小路と紅蘭も連れ立って部屋を出た。その後、あやめたち三人が見守る中、ソーンバルケの『健康診断』は着々と進み、夕方近くになるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

明けて翌日。今日は休演日ということでソーンバルケも例外なく休みをもらっていた。と言っても、まだこの世界には慣れていないソーンバルケには休日を過ごすための選択肢はそう多くない。日課となっている剣の鍛錬を行った後に汗を流して花小路邸の自室に戻り、細々とした屋敷の雑用を手伝って時間を潰していた。と、夕方を回ったところで思いがけない来客を迎えることになった。

 

「あの、ソーンさん」

 

花小路邸中庭にある、何の変哲もない一棟の倉。そこへ足を延ばした下働きの娘が倉の中に向かって声をかけた。

 

「ん?」

 

倉の中で荷物の整理を行っていたソーンバルケがその手を止めると、彼女に向き直る。

 

「何かな?」

「お客様です」

「客?」

 

予想外の一言にソーンバルケが思わず尋ね返した。

 

「はい」

 

その娘が頷いた。

 

「私に…か?」

「はい」

「…何かの間違いでは?」

 

目の前の女性のことを疑っているわけではないが、ソーンバルケがそう尋ねる。客も何も、この世界に知り合い自体ほとんどいないのに、わざわざ来訪してくる客など考えられなかったのだ。それでも来客というのが本当なら、その目処はついている。

 

「いえ。間違いなく貴方に用事があると。一階のロビーでお待ちです」

「わかった」

 

彼女の言葉に頷くと、ソーンバルケは倉の整理を中断して指示された場所に向かった。そして、そこにいたのは…

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

上野公園。さくらと初めて会った、ある意味思い出の地。その地に今、ソーンバルケが再び足を踏み入れていた。そして、とある一角へと足を運ぶ。

 

「おう、ご苦労だったな、椿」

「いえ」

 

その一角にいたいつもの帝劇の面々。その中の米田から労をねぎらわれた椿が恐縮したような態度でペコリと頭を下げる。そして頭を下げた椿の後ろには、ソーンバルケの姿があった。

 

「よう、来たな、ソーン」

「ああ」

 

米田に返事を返すソーンバルケ。大体は歓迎のムードだったが、若干名そうでない気配を醸し出している人物も見受けられた。だがそれよりも、

 

(…誰だ?)

 

見たことのない顔があることにソーンバルケは興味を惹かれていた。その人物もソーンバルケと同じ思いを抱いているのだろう、恐らく今ソーンバルケが浮かべているのと同じような表情を浮かべていた。

 

「米田支配人、こちらは?」

 

その人物…精悍な面構えをした青年が米田に尋ねた。

 

「おう、今紹介するぜ。その前にソーン、お前も座れ」

「では」

 

米田に促されるままに地面に敷かれた敷物の上に腰を下ろすソーンバルケ。と、すぐさま飲み物が手渡された。

 

「いらっしゃい♪」

「お待ちしてました」

「あ、ああ」

 

由里とかすみの間髪を入れない連携に思わず少しひきながらもそれを受け取る。そしてソーンバルケはこの中で唯一面識のないその青年をジッと見据えた。

 

(…いい目をしているな)

 

それが第一印象だった。鋭く、そして意志の強さを秘めた目をしていた。まるで狼のような目つきである。と同時に、テリウスで出逢った懐かしい顔を思い出していた。

 

(アイク…あの男にもどことなく似ているか)

 

面構えというわけではなく、持っている気配というか、醸し出す雰囲気というか、とにかくそう言ったものが目の前の青年はあのアイクとよく似ているようにソーンバルケは思っていた。と、

 

「紹介するぜ、おめえら」

 

米田がまずは青年に視線を向ける。

 

「大神、こいつはソーン。お前より少し前に入った奴だ。お前の業務の先輩にあたるから、仲良くやれよ」

 

そして、次いで米田はその首をソーンバルケに向ける。

 

「ソーン、こいつは大神。今日新しく入った新入りだ。お前さんの後輩になる。宜しく頼むぜ」

「はじめまして、大神一郎です」

 

青年…大神がソーンバルケに向けて挨拶をすると、右手を差し出してきた。

 

「私の名はソーンバルケ」

 

ソーンバルケはその手を取ると、簡潔ながら同じように自己紹介する。

 

「ソーンバルケ? 珍しい名前ですね」

「よく言われる。だから、大体の連中はソーンと呼ぶ。大神…だったか? 差し支えなければお前も同じように呼ぶといい」

「わかりました。そうさせてもらいます」

「それと、敬語はいらん」

「…わかったよ。これでいいかい?」

「結構」

 

そこで二人の英傑…大神一郎とソーンバルケは握手を解いた。そして、その握った手の感触から、お互いにお互いが相当な実力者だと見抜いたのだった。

 

「さて、挨拶がすんだところで続きといくか。パーッと行くぞ!」

 

米田がパンパンと手を叩いてそう言うと、周囲の雰囲気が和らいだ。そして、皆で思い思いに飲んだり食ったり喋ったりをしている。

 

「……」

 

その様子を目の当たりにしながら、どうしたものかと思っていたソーンバルケだったが、どうしようもないので郷に入っては郷に従えとばかりに、かすみと由里の連係プレーで手に持つことになった飲み物に口を付けた。そのまま、ゆっくりと中の液体を嗜んでいく。

 

「ふぅ…」

 

ある程度身体に流し込んだところで、大きく息を吐く。この帝都に落ちてきた初日に振舞われた日本茶とはまた違い、それから今日の間に飲んだことのあるどの水分よりも珍しい味だった。

 

(これは…)

 

飲めないわけではないが、思わず顔を顰めてしまうような妙な味わいだった。これもこの世界の独特な飲み物かと思っていると、由里が話しかけてきた。

 

「はぁい、ソーン」

「ああ」

「もう、相変わらず素っ気ないなぁ」

 

少し拗ねたように由里が口を曲げた。そんな表情に、思わずソーンバルケがフッと笑う。

 

「すまないな」

「別にいいけどね。大分あなたのことはわかってきたつもりだし」

「そうか」

「そ。それより、どうかした?」

「ん?」

 

要領を得ない由里の質問に、ソーンバルケが首を傾げる。

 

「何がだ?」

「いや、なんか微妙な顔してたからさ。もしかして、それ口に合わなかった?」

 

そう言って、由里がソーンバルケの持っているコップを指さした。

 

「正直に言えば…な」

 

隠したり誤魔化したりしても仕方ないのでソーンバルケが正直にそう伝える。そして、己の手にあるコップを軽く左右に揺らした。

 

「これはなんだ? 酒か?」

「あー…まあ、お酒と言えばお酒なんだけど…」

「けど…なんだ?」

 

今一つ、これまた要領を得ない由里の返答にソーンバルケが尋ねた。と、

 

「それは『甘酒』っていいまして、酒という名前はついてるんですけど、甘味飲料みたいなものです」

 

要領を得ない由里の返答を補足するかのようにかすみが説明してくれた。

 

「成る程。…だがどちらにしろ、私の口には合わないようだ」

「そうですか…私は好きなんですけど、個人の好みがありますから仕方ないですね」

 

残念そうにかすみが呟いた。

 

「お茶ならあるけど、それの方がいい?」

「そうだな。私にはそちらの方が合ってるようだ」

「そっか。椿」

「あ、はい」

 

由里に促された椿が新しいコップにお茶を注いでソーンバルケに渡した。

 

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

礼を言ってそれを受け取ると、ソーンバルケは口直しとばかりにお茶を飲んだ。そして大きく息を吐く。

 

「ふぅ…」

「落ち着きました?」

「ん? ああ」

「そうですか」

 

ソーンバルケの返答にかすみがニッコリ微笑んだ。と、少し前から気になっていたことを三人に尋ねた。

 

「なあ」

「ん? 何?」

「聞きたいことがあるんだが」

「? 聞きたいこと…ですか?」

「なんです?」

 

かすみ、由里、椿の三人がジッとソーンバルケの言葉に耳を傾ける。と、ソーンバルケは先ほどまで手にしていた、甘酒の入っていたコップを再び手に取るとそれを指さした。

 

「これなんだが…」

「? 甘酒がどうかした?」

「ああ。さっきかすみが、これは酒という名前はついてるが、甘味飲料みたいなものだと言っていたな」

「はい。確かにそう言いました」

「でも、それがどうかしたんですか?」

「ああ」

 

そのままソーンバルケはある方向を指さす。三人が首を捻ってその方向に目を向けると、そこには酔って大神に絡んでいるすみれの姿があった。

 

「あれはなんだ?」

「あー…」

「あれは…」

 

すみれの乱れた姿に由里と椿が苦笑している。

 

「体質…としか言いようがないかもしれませんね」

 

かすみも同じように苦笑しながら、それでも由里や椿とは違って己の推論ではあるがソーンバルケに対する返答を返したのだった。

 

「体質…な」

 

かすみにそう説明されたソーンバルケが、引き続きすみれを観察する。

 

「迷惑な体質だ」

 

言葉通り迷惑そうにしているソーンバルケの表情に、かすみたちは苦笑いするしかなかった。と、

 

「ソーン」

「楽しんでますか?」

 

アイリスとさくらが近づいてきた。

 

「ああ」

 

ソーンバルケはクイッと茶を呷ると一息つき、頭上に咲いている桜を眺める。

 

「花見酒というのも中々風流なものだな。もっとも、呷っているのは酒ではなく茶だがな」

「ふふふ」

 

さくらが楽しそうに微笑んだ。

 

「ねえねえソーン、アイリスが注いであげる」

「そうか、すまないな」

「ううん♪ さ、どうぞ」

 

かすみたちからお茶の入った瓶を借りると、アイリスがソーンバルケのコップにそれを注いだ。軽くクイッと呷ると、そのままアイリスの頭を撫でる。

 

「ありがとう」

「どういたしまして♪」

 

くすぐったそうだが、アイリスは嬉しそうだ。さくらもゆっくりとソーンバルケの側に腰を下ろしていた。

 

「しかしまあ…大変そうだな」

 

さくらたちに囲まれたソーンバルケが思わずポツリと呟いた。

 

「大変そうって…何がですか?」

「ん」

 

尋ねたさくらに、ソーンバルケがちょんちょんと指をさす。さくらとアイリスがその先を辿ると、先ほどの管を巻いたすみれに絡まれている大神の姿があった。

 

「助けてやらなくていいのか?」

「知りません」

「アイリス、酔っ払いは嫌いだもん」

 

プイっとそっぽを向くさくらとアイリスに苦笑していると、

 

「しょうがないですねぇ」

 

かすみがやれやれとばかりに腰を上げた。

 

「ま、明日二日酔いにでもなられても困るしね」

「と言うか、本当にどうして甘酒で酔っ払えるんでしょうか」

「知らないわよ」

 

そんな、愚痴とも呆れともつかない感想を口にしながら由里と椿も腰を上げた。三人揃ってすみれたちのところへ向かったので、あちらの心配はもうないだろう。

 

「お前たちはいいのか?」

 

ソーンバルケはさくらとアイリスに交互に視線を向けると、そう尋ねた。

 

「三人行ってるから大丈夫ですよ」

「アイリス、あんなお兄ちゃん嫌いだもん」

 

変わらず面白くなさそうな二人だったが、それでもチラチラと大神たちを伺っていることにソーンバルケは気付いていた。まあ言ってしまえば、かわいらしい女の子の焼きもちといったところだろうか。

 

(難しいものだ…)

 

女心など到底理解できない自分にはどうしようもなく、内心で苦笑しながら二人の好きにさせてやるしかなかった。と、

 

「失礼」

 

そう言いながらやってきたのはマリアだった。

 

「あ、マリアさん」

「マリア」

「さくら、アイリス、楽しんでる?」

「ええ」

「うん、とっても!」

「そう。それは良かったわ」

 

二人に対しては少し微笑んでそう語ったマリアだったが、ソーンバルケには能面のような表情になった。そのまま側に腰を下ろすと、軽く瓶を傾ける。

 

「どう?」

「そうだな…もらおうか」

「……」

 

コップを差し出したソーンバルケに、マリアがゆっくりと注ぐ。そしてある程度コップを満たしたところで、マリアが傾けていた瓶を元に戻した。

 

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

礼を言うソーンバルケ。そうしながらも、

 

(毒など入っていないだろうな)

 

と、そう思ってしまう。もっとも、そんなわかりやすいような真似をこの女傑はしないだろうが。

ゆっくりと注がれたお茶を飲み干すと、また一息ついた。そうしている間にマリアがソーンバルケの斜め後ろに陣取る。見張る、あるいは殺すときの位置取りとしては最高と言っていい場所だった。

 

(やれやれ、嫌われたものだ)

 

マリアの位置取りと、そこに陣取った理由を何となく察したソーンバルケは苦笑いするしかなかった。もっとも、初日のことを考えれば当然かもしれないが。だが今は、さくらとアイリスもソーンバルケの側にいるので妙な真似はしてこないだろう。

 

(とは言え、余り生きた心地はしないがな)

 

内心でクックッと含み笑いをしながら上空を見上げる。満開の桜の花が夜空を彩り実に風流だった。

 

(本当に良いものだな、こういうのも)

 

この世界に来て、あるいは初めて感じるかもしれない安らぎを感じながらソーンバルケはその光景に見惚れる。こうしてまた一人、新たな仲間が帝劇に加わったのだった。




原作でいうところの第一話終了記念ということで、ちょっとしたおまけを。

※注:このおまけは本編とは何の関係もありません
※注:このおまけの続編は決して期待しないでください

上記の注意をご了承の上でご覧ください。










次 回 予 告

あれから、幾年月が流れたでしょう。役立たずの私は一人こちらに残り、今日も皆さんの帰りを待っています。

まだまだ頼りないながらも新たなる息吹も芽生え始め、何とかこちらは持ち堪えていますわ。

ですが、たまにふと昔のことを思い出し、その度に我が身を虚しさと無念さと寂しさが襲います。

後輩の子たちには何の落ち度もありませんけど、私はやはり…

そんなときに

次回 新サクラ大戦第??話 【剣聖の帰還】 太正桜に浪漫の嵐!



その雄姿、忘れるはずはありませんわ
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