先輩 城ヶ崎美嘉1
「おいっす、後輩くん」
「どうも、先輩」
文芸部のドアを開ければ、いつもと同じ席に座って本を読んでいる後輩の姿があった。
挨拶をして入ると彼は一度だけこちらを見た後、一度だけ頭を下げ。再び読んでいた本へと戻っていった。
そんな挨拶にも慣れ、彼の対角線上に座ってカバンから課題を取り出し、問題を解いていく。
詰まったら飛ばして進めていたのだが、ふと集中が途切れ。頬杖をついて本を読んでいる後輩に目を向ける。
今更だが私はここの部員ってわけじゃない。
けれどいつしか予定のない日はここを訪れるようになっていた。
そんな後輩くんとの出会いだって特別な何かがあったわけでもない……はず。
自慢じゃないけれどカリスマギャルとしてモデルをやっている私はそこそこ有名だと思っている。
少なくとも通っているこの学校ではどんな人だろうと名前ぐらいは聞いたことあるだろう。
けれど何かをキッカケにして会話したこの後輩くんはそんな私のことを知らなかったのだ。
少しムキになって私のことを覚えてもらおうと構い続けて今がある。
まだ私に興味を持たず、先輩と名前でも呼ばないでくれているため、私も名前で呼ばずに後輩くんと呼ぶ。
名前はちゃんと覚えているけれど、呼び方に慣れたせいか今ではこっちの方がしっくりくる。
後輩くんがちゃんと名前を覚えてくれているかは別だけれども。
「ねえ、後輩くん」
「何ですか?」
「少しだけ課題、手伝ってくれない?」
「僕が先輩の問題を解けるわけないじゃないですか」
「実はこれ、一年生の範囲だから大丈夫」
「…………」
「…………」
「…………はぁ」
いつものように折れたのは後輩くんで、栞を挟んで閉じた本を置き、私の正面まで移動してくれる。
私としてはモデルと学業をしっかりと両立させたい。
そしてそのためにもしっかりとやってきているつもりではある。
けれどどうしても撮影の都合上、授業のある日を休まなければならず、そうして細々とした勉強の穴が積み重なってどうしようもなくなる時がくる。
そうした時は先生に聞いたり、友達に聞いたりするのだが、今ではこうして後輩くんに頼ることも増えてきた。
後輩くんは文芸部なのに理系科目が得意らしく、教科書を読めばちょっとした問題なら二年生のも解けるらしい。
いや、実際に解いて教えてもらった時は少し凹んだ。
常に本を読んでいるからか教え方も上手く、下手な先生より分かりやすいのも彼に頼る理由の一つである。
「それでどこが分からないんですか?」
「ここと、この問題」
「こっちはですね」
こうして彼とゆっくり過ごす時間はとても落ち着いて、素の自分でいられる気がする。
別に普段から仮面を被って生活をしているわけでも無いのだが、荒立てないようにと気を使う分ストレスが溜まる。
「先輩、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。大丈夫だって」
だからここは、心休まる場所の一つとなっていた。