「悪いね。シオン」
「いえ、別に構いませんよ。冒頭の十二人だから空き部屋もまだまだありますし」
ガラードワースの非常勤講師が決まったフラーレル先輩とシエラさんであったが、まだ非常勤講師用の自分の部屋がまだ無いという状況により、しばらくは二人をノエルと分担して部屋に泊めることとなった。フラーレル先輩はこっち、ノエルはシエラさんと男女バランスも大丈夫である。
「あっ、寝るとき気を付けた方が良いよ。未だにシエラの寝相が悪くてかなりの頻度で人の布団に入ってたり、夜這いしに来るから」
ごめん、9割9分大丈夫じゃなかった。
「そこは……ノエルに期待してます」
「ふふっ、かなり彼女を信頼しているんだね」
そう言って、フラーレル先輩はからかうような笑顔で部屋に持ってきた自分の荷物をドスッと置く。といっても、フラーレルさんの場合荷物のほとんどは参考書とかだけなんだけど。
「そりゃまあ、信頼してますよ。ノエルは僕の一番頼りになる後輩なんですから。いつも彼女には何かと世話になってるし………」
「うんうん、青春だねぇ。学園生活に一輪の色恋ってのも悪くはないぞ。六花だけにな」
そう言ってくだらない冗談を挟みながら荷物をセットして、フラーレル先輩はさらにノエルとの関係の話題に切り込みをいれてくる。
「色恋って!別にノエルとはそんなんじゃ!」
「あれ?違うのか?」
「ノエルとはあくまで先輩後輩の関係です!決してそんな恋人みたいな関係じゃ無いですよ!それにそんな関係になったら、ノエルに迷惑がかかるじゃないですか……」
「迷惑?どうしてそう思う?」
「そりゃ、僕はライブラリー出身で、ノエルはEPに仕える伝統的な家系の出身じゃないですか。そういう関係になるだけで、両者の所属関係で色々と問題が起こるに違いありませんよ。ノエルには僕のせいで迷惑かけたくないし、ノエルもまだ若いからアーネストさんやエリオット君みたいなEPの御曹司といつか結婚すれば何事なく平和なんですよ!」
あれっ?何でこんなに感情的なんだろう?フラーレル先輩が久しぶりの再会でしつこい所為?自分でもなんでこんなに必死なのか分からない。
「とにかく、言いたいことはノエルとはそういう関係じゃ無いということですから!じゃあ、風呂が湧いたのでお先に失礼しますね!」
そう言い残して、浴室の中へと逃げるように駆け込んでドアに鍵をかけた。一応、防音仕様なのでお互いの声は聞こえない筈だ。
ノエルとはそういう関係じゃ……………
………………
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……………………………………………………
「やれやれ……シオンは色恋沙汰に鈍感なのか、積極的なのやら。さっきのノエルさんとの関係についての話なんて、それこそまさしくロミオとジュリエットの関係みたいじゃないか」
そう言ってフラーレルはさっきのシェイクスピアの栞の話に絡め合わせた皮肉のような独り言を誰もいないシオンのリビングで呟く。
(前にメスメル家の今の当主がライブラリーに来ていたらしいが、その時にノエルさんの婿にはシオンがふさわしいと言っていたことはシオンに話すべきだろうか……。カーリー様も何かとシオンと彼女との関係には公認かつ心配していたからな。思春期って一番複雑な時だからな……今はまだ黙っておこうか)
シオンが知らない秘密を今は敢えて黙ることにしたフラーレルは引き続き荷物のセッティングを行うが、突如手の動きが止まり、窓の方を見る。
「……やれやれ」
ゆっくりと立ち上がり、その場に偶然あった筆記用具から一本の鉛筆を持ち、窓を開ける。
「そーらよ」
そして、窓から10m近く離れた木の裏に向けて鉛筆を棒飛ばしの要領でおもいっきり投げた。
すると………
「グハッ!?」
鉛筆は太い木の中心を弾丸のように貫き、そのまま木の裏にいた黒装束の怪しい男の右肩までもいとも簡単に貫いたのだ。
「グッ!!な、何でバレて……」
「貴方が私達をずっと見張っている気配なんてバレバレなんですよ」
「っ!?い、いつの間に!」
黒装束の男が後ろを振り向くと、そこには先ほど投げた鉛筆を回収しに来ましたよと言わんばかりな様子でフラーレルが立っていた。
「で、貴方はどこからの刺客ですか?まぁ、大方どこの誰が命令したかはすでに分かりますが、一応聞いておこうと思いまして……ね」
「……き、聞いてねーよ。こんな強い男が本宮シオンの他にライブラリーにいるなんてよ。お前とあの胸のデカイ女は先生として招かれたただの非戦闘員じゃねーのかよ?」
男はすでにフラーレルが発する殺気みたいな感情に呑まれており、右肩から溢れる血を左手で震えながら止血することしか出来なかった。
「ああ、非戦闘員か。まぁ、今は先生をやったりとあまり戦闘はしないよ。……
フラーレルはそう言って普段から着けていた温厚さの象徴の眼鏡を外して、男にその素顔を見せる。
「ひっ!?う、嘘だろ嘘だろ!?その黒髪、その顔、まさか
「おっ、私の顔に見覚えがあるということはもしかして君は前職は傭兵だったのかな?」
同窓会の再会みたいな感覚でフラーレルが男の右肩に触れると、男の右肩から右手の指先までが壊死したように黒くなり、炭のように崩れていく。
「いいっ!?嫌だ嫌だ嫌だ!!戦場の悪魔がいるなんて聞いてねーよ!?ということはあの女も
男はフラーレルの素性とシエラの素性を確信してしまうと、泣き顔で発狂したように残った左手で閃光弾を使い、逃げるように姿をくらました。その場に残っていたのは彼の右腕だった炭しか残されていなかった。
「……やれやれ、もう動きますか」
そう言って、フラーレルはその炭溜まりを証拠隠滅にと同じ炭素から作られるダイヤモンドへと変えて回収すると、眼鏡を改めて着け直してシオンの部屋へ戻って行った。
「フラーレル先輩?窓を開けて急にどうしたんですか?風呂がちょうど空きましたよ?」
「分かった。すぐ行くよ」
………………
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「どうやら、語り部の魔術師を見張っていたお前の黒猫の監視兵が何者かにやられたらしいな」
「チッ……黙れ、ヴァルダ」
「しかも、帰って来てみれば右手を失い発狂したご様子。どうやら何者かに遭遇したらしいが、あそこまで発狂したらワタシでも記憶は覗けないし、今後まともには生きられないな」
そう言ってヴァルダと呼ばれた女性は男に無機質な同情をする。
「だが、事前の無線連絡で語り部の魔術師の弱点は分かった。それはアイツが大事にしている序列7位のあの小娘だ」
「なるほど、要はその女を利用して語り部の魔術師を殺すというわけか」
「ああ、頼んだぞヴァルダ」
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《番外》
「う~ん!!お風呂はやっぱり気持ちいいねぇ。そう思わない?ノエルちゃん?」
「は、はい!そう、ですね」
(……やっぱり大きい……ですね。レティシア先輩よりも大きいなんて……。どうやったら、あそこまで大きくなるのでしょうか?)ペタン
「う~ん!ノエルちゃんは可愛いねぇ!こんな後輩が身近にいるなんてシオン君は幸せものだよね~!ほら、もっとこっちに来て一緒に湯船で温まろうよ!」ムニュン
(しかも……柔らかいなんて)
「そうだ!いつもシオン君がお世話になってるノエルちゃんには昔のシオン君について教えちゃおっかな~!ノエルちゃんぐらいの年齢は本当に可愛かったんだから!」
「えっ!?い、良いんですか!?」
「うん!別に減るもんじゃないし、未来の義妹になるかもしれない子だからね~!ついでに、私のスタイルの秘密も教えてあげるよ!どうやら、何かお悩みのご様子ですしな~」
「あ、ありがとうございます!シエラさん……いや、シ、シエラお姉さん!」
一見、ガラードワースの所属のシエラとの生活は初対面であるノエルにとって壁のある物だと思われたが、その壁は豆腐のように崩れ、瞬殺と言わんばかりにあっという間に仲良くなったそうだ。
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