安全そうな場所に移動すると、ボロボロになった本官さんには休息をとってもらい、その間バカボンは周囲を警戒しながら素振りの練習を行う。
「モンスター」
「王子、長らくお待たせしました」
「本官さん、大丈夫なの?」
「もうバッチリ戦える程度には回復しておりますぞ!」
「よし、行こう」
バカボン達は森の中の街道を進む。
思えば、バカボンはろくに経験値を得られなかった。
ゲームなら経験値はパーティ全員に入るけど、これは全員が戦闘に参加している前提であって、バカボンが身構える前に本官さんがぶっ放して戦闘終了してしまうために、バカボンが戦いを経験する暇もなく、いまだにレベルは1のままだった。
そこで本官さんがまだ本調子でない今、バカボンは自身が前衛に立って戦う決意を固めたのである。
(ここまで助けてくれた本官さんのためにも、自分の経験値のためにもしっかりと戦わなきゃ)
ところが、である。
「王子、見えてきましたよ。今度こそ勇者の泉です」
バカボンが目を凝らしてみると、はるか遠方に「勇者の泉」と書かれた看板が掲げられた小屋が見えた。
さっそく、バックパックから地図を取り出し確認する。
「場所も確かにこのあたりで間違いなさそうだ。本官さん、よく見つけられるね」
「観察力、そして視力。警官として当然のスキルでございます」
毒の沼を発ってからただの一度もモンスターが現れなかったことに、安堵するやら落胆するやら、複雑な感情が渦巻くバカボンが動揺を隠しながら感心してみせる。だがその時!
本官さんが全力で駆け出した。あまりの速さに制服を置き去りにして。
「待ってろよギャルぅぅぅぅ!」
「確かに観察力も視力もすごいし頼れるけど、警官として何かが足りないような気がするなあ……」とぼやきながら、小走りに追いかけるバカボンだった。
受付に座っているのは毛虫だった。
「いらっしゃいませ……うわあっ!表に怪しい男でやんす!」
本官さんが小屋に入ろうとすると、受付の毛虫があわてて奥に逃げ込んでしまった。
「警察を呼ぶベシ」
「ヒャクトウバンでやんす!」
カエルが電話で警察を呼ぼうとしているが、ドラクエごっこ中なので電話は使えない。
「待て、怪しいものではない!本官は警察官であるぞ!」
「貴様のような警官がいるわけないベシ」
本官さんは必死に主張するが、全裸でピストル片手に押し入ろうとする男を見て怪しまない人間はいないだろう。
カエルや毛虫だろうとそれは同じだった。
「待って、この人は本当に警官なんだ(信じられないだろうけど)」
やっと追いついたバカボンが本官さんに制服を渡して説得に当たる。
「あっ、王子様でやんす」
「しからば信じるベシ」
ほっと胸を撫でおろす本官さん、だが説教は免れなかった。
「王子様に恥をかかせるとは何事でやんすか!国家の威信にも関わる不祥事でやんすよ!」
「おっしゃる通りです」
延々とケムンパスに叱られすっかりしょげる本官さん。
「あの、本官さん、あんまり気にしなくていいから」
「面目ございません」
泉の洞窟は温泉宿に改装されており、マップ自体はゲームと同じだが宝箱はからっぽで敵にあうことはなさそうだ。
「それより温泉を楽しもうよ」
「そうだ、ギャルが待ってるーっ!」
再びハイテンションで駆け出す本官さんにあきれるバカボン。
「……やっぱり、反省はしてほしいかなあ」
勇者の泉で身体を清めるバカボンと本官さん。
バカボンは満足げであったが、本官さんは浮かない顔をしている。
「ギャル……ピチピチギャル……」
この泉に二人しかいないことを嘆いていた。
「あのー……もしかしてあれのことなんじゃ」
バカボンが指さした先にいるのは湯の中にくつろぐスライムである。
普通に美女がいてくれれば言うことはないのだが、赤塚作品のヒロイン不足は深刻なので仕方がない。
「いや、そりゃあピチピチ……?……はしているが……ギャル……」
話が聞こえていたのか、スライムが寄ってきた。
「ちょっとちょっと、私これでもうら若き乙女なのよっ」
「え」
そもそもスライムに雌雄があったのか、と驚く本官さん。
本官さんの望むピチピチギャルではなかったものの、世間話が好きという雌スライムと意気投合してひと時の歓談を楽しんだ。
もちろんただ遊んでいるだけではない。
その真意は油断を誘い魔王軍の情報を得ることである。
「こうしてゆっくりお話しできる相手がいて本当に楽しいわ」
「いやいや、こちらこそ」
「あなたたちが来る前に来た男はすぐに帰っちゃった。誰かを待っている様子だったけど、なんだったのかしら」
「あれ?……もしかしてローレシアの王子のことなんじゃ……」
「あっ。言われてみれば、そうだったかも……あら、そういえばあなたはサマルトリアの王子かしら?」
本官さんがあわててバカボンの発言を遮ろうとするが遅かった。
「そうだよ。よく知ってるね」
「まあ、こんなところでお会いできるなんて今日はなんて素晴らしい日なのかしら。ああ、だけど、そろそろお暇しなくちゃいけないの。またいずれお会いしたいですわね、ではごきげんよう」
スラ子(バカボンが勝手に命名した)はヌルヌルとした擬音と共に去っていった。
「王子、奴は油断しておりますぞ。今なら確実に先制攻撃できます」
「えースライムにそこまでしなくても」
「しかし奴も魔王軍の一員、王子の居場所が知られたら……」
「モンスターが押し寄せてくるだろうね。いいさ、来るなら来いだよ」
「頼もしいお言葉ですなあ」
「なんてったって、ぼくには本官さんがついてるからね」
「……」
やっぱりバカボンはバカボンなのだ。
「あのー、本官の警護はここまでの予定でございましたが」
(あーっ!そうだった!それならスラ子を逃がしたのはまずかったぞ)
「待って、もう少しだけお願い!」
「ううむ……承知いたしました。それではローレシアまで引き続き警護させて頂きます」
(また叱られるなあ、トホホ)
「わーい、ありがとう本官さん!」
「いえ、これも仕事ですから」
本官さんは護衛任務を解いて引き返す予定だったのだが、いまだにレベル1のバカボンを置いてはいけず、上司にこってり絞られる覚悟でこのまま同行を続けることにした。
そもそもレベルが上がらないのは本官さんがいるからであり、バカボンもそこはわかってはいるのだが、今は経験値稼ぎより生き残ることが先決。
当面は二人で協力して進むことにした。
「本官さん、ドラキーが!」
「おまかせください!」
しかししょせんはバカボンである。
一時の決意はどこへやら、モンスターを見つけるだけであとは本官さんに任せれば楽々大金が手に入ってしまう環境に簡単に堕落してしまったのである。
だがお気楽な旅はここまで。
バカボンの予想通り、ローレシア城への道を半分過ぎた頃からモンスターが一気に増えてきた。
最終的には殆ど1マス進むごとに敵が現れ、また一度に現れる敵の数も増えていった。
予想をはるかに越えた苦境に、潜在意識下で高みの見物を決めかけていたバカボンも戦闘に参加せざるをえなくなっていく。
結果として死んでしまうことはなく、経験値も所持金も極めて効率よく増えてレベルと自信はうなぎのぼりとなった。