ウラジミール・イワノフにはこの世界を見るのがどうしようもなく辛くなった。ウォッカをどれほど飲んでも自責の念は事あるごとにイワノフを追い続ける。
こうなったのは自分のせいだ。自分があの時試験発射プログラムを送信したりしなければアルタイ山脈のミサイル基地からたとえオーバーライドされたとしても天の槍を地上へ堕とす事は無かったはずなのに。ウォッカをまた一杯飲んでテレビをつける。もうテレビの前で起こっていることもイワノフの頭には何も入ってこない。連日のようにロシア内務省のスペツナズが出撃し、核攻撃で衰えたロシアの治安を何とか維持している有様だ。クレムリンの宮殿にはT-90が、街道にはBTR、街角にはロシア軍の軽歩兵小隊。最早世紀末と許容しても良いほどにロシアは混乱に満ちていた。いくら国内が混乱していようとも、誰もイワノフの存在を気に留める者はいない。自分の為だけに今日を生きているような有様だったのだ。
イワノフはふとこの事件の原点へと立ち返る。あの日何があったかそれだけは鮮明に覚えている。あの日宇宙ステーションへ交信を行ったあの時、自分は試験発射プログラムを確かにピョートル・ヴェルキーへと送った。そこでオーバーライドを引き起こされたのだ。そしてピョートル・ヴェルキーのニュークリア・ロッドが世界中へと着弾した。
”いや、違う”
一つだけ例外があった。アメリカ、ロシア、ヨーロッパ圏が核攻撃に曝されていながらただ一つ逃れた国が存在した。それは日本だった。日本に限ってロッドの直撃を起こさなかった。ロッドは空中で高高度核爆発を誘発し、EMPが起こったもののそれ以上の被害は何一つとしてなかった。
イワノフは何かに取りつかれたかのようにパソコンを乱暴に開き、血走った目でモニターを凝視する。ロシア軍の監視衛星の記録映像にそれがはっきりと映し出されていた。ロッドが大気圏に突入する直前に高高度核爆発を引き起こしている。間違いは無い。しかしそこで妙なモノが映しだされていた。
それは宇宙服にしてはあまりに重武装で、しかし軽快な機動でロッドを次々と破壊していく。
「これは…?」
何とも言えないような光景にイワノフの脳がほんの少しだけ本来の機能を取り戻していく。それは科学者ゆえの知的好奇心からくるものかまたは自責の念からか。
ともかく言える事は現時点であり得ないものが映っていることに他ならない。そしてそれは数年前にアメリカの陸軍大学で発表された論文の中に記されていたものと極めて似ていた。
しかしその当時は米ロの将校が笑いながらその論文を目の前で破り捨てたのだ。ナンセンスだ。子供のおもちゃならば売れるだろう。君はSF小説のほうが性に合っているよと嘲笑した。
”まさか…これは”
もしそれが真実ならば我々はとんでもない存在を敵に回したかもしれない。イワノフの額に冷たい汗が流れ落ちた。
日本
一夏は目の前で起こっている事を少しずつ頭の中で整理し始める。地下の射撃場を除けばいたって普通の家だ。一夏はこの男に関心を抱き始めていた。というのも先ほど自分を救出してくれたにしては普通の一軒家に住んでいるし、米軍かと思って彼の腕を見るがそこにパッチは無い。いったいこの人はどんな人物なのか。ただでさえ入手しづらい軍用品を数多く揃え、日本では所持が禁止されている自動小銃まで手にしている。
「あの、あなたはいったい何者でしょうか?」
「生き遅れのご年配さ。気にしなくていい」
そう言って彼はフッと小さな笑みを浮かべる。ヘルメットを取った素顔は欧米の顔立ちだった。歳は彼が生き遅れと形容してはいるがせいぜい30代後半の男と見て間違いない。
「名前は?」
「ジョン・タイラーとでも呼んでくれ。一応だがアメリカ人だ」
そうしてジョンは煙草へと火をつける。米軍ではないにしろ並みの人間ではない事はこの方面に疎い一夏でもはっきりと理解できた。
「こんな装備、一体何処から手に入れたんです?服装から見てもあなたは……」
そう言いかけた直後、タイラーは即座に一夏へと詰め寄った。
「詮索をしようと言うのならば。やめておけ」
語気を強めてタイラーは言う。一夏もこれ以上の詮索はしなかった。彼が、タイラーが何者であるか。それは恐らく自分の知ってはいけない領域だったのだろう。落胆して一夏は目を落とすとそこには自分と同じくらいのサイズの戦闘服が几帳面に折りたたまれているではないか。
「だが僕も君の素性をとやかく聞いたりはしない。それと、もう君は元の世界には戻れないだろうな」
それは自分にとっては死に等しいものだった。家族にも、自分が好きだった人とも別れてこの薄汚れた世界へと身を投じなければならないことがどうしようもなく辛かった。しかし自分は現に命を狙われたのだ。そして自分はこれからも狙われ続けるだろう。ならば自分はどちらの世界がいいだろう。
何とか4話まで行ったか…しばらくはデモリッションの更新が続くと思います。