『だがしかし』の作者の最新作。現在、少年サンデーにて連載中の作品。
つい先日、単行本の一巻が発売したばかりの漫画ですが、たまたま立ち読みした時に一気に世界観に引き込まれ、今回のクロスオーバーを思いつきました。
ネットで一話と二話が無料配信中。知らない方はこの機会に是非読んでみてください。
一応注意点として。
今回のクロスオーバー先の性質上、戦闘描写は一切ありません。あくまで『よふかし』を楽しむ作品だと思いますので、どうかよろしくお願いします。
誰かが言った。
人の血は。
夜が、一番うまいと――。
「――父さん。妖怪ポストに手紙が入ってましたよ」
その日、鬼太郎は目玉おやじと親子二人っきり、ゲゲゲハウスで寛いでいた。
いつもなら、ここに仲間である猫娘やねずみ男、砂かけババア、子泣き爺、一反木綿、ぬりかべ。その内の誰か一人くらいはいそうなものだが、今日はたまたま誰も来ていなかった。
「うむ、手紙には何と書いてあるんじゃ、鬼太郎?」
茶碗風呂で汗を流しながら、目玉おやじが手紙の内容について尋ねる。
目玉おやじはその名前のとおり、目玉に体がくっついた、とっても不思議な見た目をしている。鬼太郎の実の父親であり、とっても息子想い。鬼太郎も小さな父親を尊敬し、親子仲はとても良好である。
鬼太郎は手紙の中身を開封する。手紙には以下のようなことが書かれていた。
『拝啓 鬼太郎様。
妖怪の悩み事を解決してくれるとネットの掲示板で貴方のことを知りました。
友達がおかしな妖怪? と関係を持って、ちょっと困っています。
どうか一度、会って話だけでも聞いては頂けませんか?
〇〇日の午後6時。小森団地の喫茶店でお待ちしています』
「ふむ、本当に単純な悩み事の相談……といった感じじゃな」
手紙の中身だけを見るなら、特に緊迫した様子は感じられない。『悪い妖怪を退治してくれ!』やら『妖怪に命を狙われてる、助けて!!』といった物騒な依頼をある程度こなしてきた鬼太郎たちからすると、やや拍子抜けした内容である。
「約束の日は……今日ですね。父さんどうしましょう?」
手紙にある約束の日付が、ちょうど今日であったことで鬼太郎は父親に依頼を受けるべきか問う。特に急ぎの用事というわけでもなさそうだし、もし大したことがないようなら、また後日にしてもよいのではないかと。
「いや、とりあえず話だけでも聞いてみよう。鬼太郎、今すぐ出かける準備じゃ!」
「わかりました、父さん」
しかし、目玉おやじは入浴を終え、鬼太郎にも直ぐに支度をするように言う。
鬼太郎は父の言葉に素直に頷き、手紙の送り主に会うべく、カラスたちに乗って小森団地の喫茶店へと向かった。
×
「君が……朝井アキラかい?」
「は、はい……そうです」
夕暮れ時。鬼太郎は妖怪ポストに手紙を送った差出人、朝井アキラという少女と喫茶店で対面していた。
アキラは去年鬼太郎が知り合った人間の友達・犬山まなと同い年の中学二年生。やや緊張気味ながらも、礼儀正しい姿勢で彼女は鬼太郎にしっかりと頭を下げる。
そして挨拶もそこそこに、鬼太郎に依頼の内容について話していく。
「わたし、この辺りの小森団地に住んでるんですけど……最近友達が学校にも行かず、夜遅くまでずっとよふかしをしているんです」
「うむ……子供がよふかしとはいかんな!」
アキラの話に鬼太郎の髪の毛に隠れていた目玉おやじがひょっこりと顔を出し、説教臭い口調でうなる。
「よふかしなんぞ、大人になれば嫌でもすることになるんじゃ。そうならないためにも、子供のうちから規則正しい生活をしっかりと体に覚えさせるべきじゃろう」
「ですよね!?」
すると、目玉おやじの言葉に我が意を得たとばかりに、アキラは興奮気味に椅子から身を乗り出す。
「やっぱり学生がよふかしなんてするものじゃないですよね!? 学生は学生らしく、学校に行くべきですよね!?」
「う、うむ……そのとおりじゃ」
アキラはよほどその友達に学校に来てもらいたいのか。その凄まじい剣幕に目玉おやじの方が若干たじろいでしまう。
「……それで朝井さん。手紙にあった『妖怪』というのは?」
鬼太郎は興奮するアキラを冷静に宥めながら、例の件――手紙に書かれていた『妖怪』の部分について触れる。
そう、友達が不登校になり、よふかしをするようになったというだけなら、それは人間の問題。わざわざ鬼太郎に頼む必要もないし、彼も介入するつもりはない。
だがそこに『妖怪』が絡めば話は別。鬼太郎はアキラが自分に依頼を寄こすようになった原因について言及していく。
「そうなんです。私の友達……夜守コウって言うんですけど……彼は、その妖怪の人と一緒に毎晩よふかしをしてるみたいなんです」
彼――ということはその友達・夜守コウは男の子なのだろう。
妖怪と一緒によふかし。なんとも奇妙な状況に、目玉おやじはアキラが自分たちに手紙を出した理由に納得する。そのような相談、親や学校の先生に持ち掛けたところで、まともには取り合ってくれないだろう。
「なるほど……………それで? その妖怪とは、どんなやつなんじゃ?」
目玉おやじは手始めに、その妖怪について詳しく尋ねる。
妖怪にも良い妖怪、悪い妖怪。人間に害の有る無しがあると、同じ妖怪である鬼太郎たちは考える。
無害な妖怪であるのなら、人間を巻き込まないよう少し注意するくらいで済むだろうが、もしも悪意を持って人間に害を及ぼすようなやつであれば――最悪、肉体を滅ぼして魂だけの状態にする必要があるかもしれない。
魂だけにしてしまえば、肉体が再生するまでの間、妖怪は悪さをすることができなくなるからだ。
すると、目玉おやじの質問に対し、アキラは考えながらその妖怪について語っていく。
「多分、悪い妖怪じゃないと思うんです。ちょっと変わったところもありますけど……危険はないと思うんです」
どうやらアキラもその妖怪とは面識があるらしい。自信なさげながらも、その妖怪のことを擁護しながら語る彼女は少し楽しそうな様子だった。
「わたしは……別にあの人のことそんなに嫌いじゃないです。けど、やっぱり夜守とは一緒に学校に行きたいから……よふかしは止めてもらいたい……かなって思ってます」
「う~む……」
彼女の話を聞き終え、目玉おやじが腕を組んで頭を悩ませる。
アキラとしても、今すぐその妖怪をどうにかして欲しいという訳ではないようだ。ただほんの少し、その妖怪と付き合いのある夜守コウのことを心配して、自分たちに相談を持ち掛けたという感じだ。
「とりあえず……その妖怪に会ってみましょう、父さん」
「うむ、そうじゃな」
鬼太郎たちはさしあたり、その妖怪と会うことにした。
実際にあって、相手の妖怪が何を考えて夜守という少年と一緒によふかしをするようになったのか。その真意を問いただすつもりで。
「――ああ、そうだ。そういえば……その妖怪の名前、まだ聞いてなかったね?」
そしてその後の詳細を話し合い、話がいい感じでまとまりかけたところで、鬼太郎はその妖怪の名前を聞いていなかったことを今更ながらに思い出す。
もしも、その妖怪が自分たちの知り合いなら話も早いだろうと淡い期待を込め、鬼太郎は改めてアキラに尋ねる。
しかし、朝井アキラの口から囁かれるその妖怪の『種族名』に、鬼太郎の表情が一瞬で険しいものになる。
「名前は……七草ナズナさんって言います」
まるで人間のような名前を告げた後、彼女はその妖怪が『どういったものか』一言で分かるような言葉を口にした。
「彼女――自称『吸血鬼』なんです」
×
「そろそろ約束の時間じゃな、鬼太郎」
「そうですね、父さん」
喫茶店で一度アキラと別れた鬼太郎たち。彼らはよふかしをしているという少年・夜守コウと吸血鬼・七草ナズナに会うため、彼らがいつも徘徊しているという真夜中の団地に来ていた。
時刻は現在、午後の11時55分。もうすぐ、日付を跨ごうとしている今日と明日の境界線の合間に立ち、鬼太郎は周囲を見渡す。
集合住宅地である団地にはいくつもマンション建ち並んでおり、部屋の灯りのほとんどが消灯している。
大半の人間が寝静まっているのだろう。ベンチには一人二人と、酔いつぶれたサラリーマンたちが気持ちよさそうに横になってはいるが、夜の繁華街などと違い、周辺はほどよく暗い静寂に包まれていた。
「それにしても、吸血鬼とはのう……これはちと厄介な依頼かもしれんぞ」
待ち人を待つ間、目玉おやじは鬼太郎の頭の上で深く考え込んでいる。
吸血鬼――その言葉の意味するところを。
ここ日本において、吸血鬼という妖怪はマイナーな存在。
吸血鬼という種族が最もメジャーなのは西洋――すなわち西洋妖怪である。
そして、今の鬼太郎たちにとって、その事実は警戒に値すべき事柄であった。
「やはり……その吸血鬼もバックベアードの復活に何か関与しているんでしょうか?」
実はここ最近、鬼太郎と仲間たちは吸血鬼に関係する事件に幾度となく巻き込まれていた。
魔女の友人・アニエスの話によれば、彼ら吸血鬼は西洋妖怪の幹部であるカミーラという女吸血鬼に『世界中から人間の生き血を集めろ』と命令を受けているらしい。
その目的は一つ。鬼太郎が去年退けた西洋妖怪の帝王・バックベアードの復活だ。
人間の生き血がどのようにして彼の者の復活に関係しているのか、鬼太郎たちには分からない。
しかし、実際に吸血鬼たちが世界中で活発な行動を見せていることは確からしく、その吸血鬼が今回の件に関与していると聞き、鬼太郎たちは警戒を強めていた。
「わからん。わからんが……決して油断はするでないぞ、鬼太郎よ!」
「わかりました、父さん」
とりあえず、その七草ナズナという吸血鬼に関しては、実際にあって見るまではわからない。目玉おやじは鬼太郎に何があっても対処できるよう、心構えのアドバイスを送る。
「――鬼太郎さん!」
そうこう考えているうち、団地の広場に設置されていた時計が午前零時を指し示す。それに合わせるかのように、少し離れたところから制服姿の朝井アキラがこちらへと手を振る。
彼女は真夜中にも関わらず目をぱっちりとさせており、隣に立つ同年代の少年を引っ張るようにこちらに歩み寄ってきた。
「ほら、夜守。鬼太郎さんだよ。こんな時間にわざわざ来てもらったんだから、挨拶くらいしなよ」
「うわー! 鬼太郎、生鬼太郎だ! ていうか……本当に呼んだんだ。冗談かと思ってたよ」
きっと、その少年が先ほどの話に出てきた夜守コウなのだろう。ここに来るまでの間にアキラから鬼太郎のことを聞かされていたのか、彼は感嘆の声を漏らしていた。
二十一世紀。ここ最近まで現代人は妖怪の存在を否定し、彼らの存在を信じない傾向が強くあった。
しかし今年の初め頃。オメガトークという動画サイトから、妖怪を認知する妖怪チャンネル動画が爆発的に広まっていき、人々が彼らの存在を徐々に認知するようになってきた。
妖怪を捜して見つけたという動画から、一緒に遊んだという動画まで配信されたりもした。
そんな動画が数多く配信される中、人間たちの間でゲゲゲの鬼太郎の活躍が生配信され、本人の知らないところで彼の認知度が一気に高まるという事件が発生。
それにより鬼太郎は一躍人気者に、一時期は依頼の手紙に混じってファンレターが届くほどだった。
あれから暫く経った後、妖怪動画が下火になり、鬼太郎の人気もガクッと下がった。だが、それでも動画はネット上に残っており、今でも多くの人々が鬼太郎の姿を映像越しに見ている。
夜守もその動画サイトで鬼太郎の存在を知ったのだろう。有名人を生で見るような視線を鬼太郎へと向けている。
「ほら、夜守。今日は鬼太郎さんとわたしも七草さんのところに行くから。今日こそ、あのふしだらな化け物に言ってやるんだから」
緊張で固まる夜守に、やや厳しめの口調でアキラが早くナズナの家に行こうと彼を急かす。
「……ふしだらな化物」
彼女の言葉に鬼太郎は首を傾げる。妖怪を化物呼ばわりするのは人間の立場上は仕方ないことだろうが、何故そこに『ふしだら』などという単語が添えられているのだろう。
果たして、七草ナズナという吸血鬼がどのような人物なのか。鬼太郎はやや不安な気持ちが大きくなってきた。
「ん? 朝井さん。君も付いてくるのかい?」
ふと、鬼太郎はアキラの言葉に気が付く。
どうやら、今夜は彼女もよふかしをして自分たちに付いてくるらしい。てっきり、夜守コウを紹介したらそのまま帰ると思っていただけに、鬼太郎は目を丸くする。
「えっ? は、はい。お願いしたのはわたしですし……」
「……学校の方は大丈夫なのか?」
不登校の夜守ならいざ知らず、彼女は明日も学校の筈。あまり遅くなりすぎて、彼女の生活環境が乱れては本末転倒であろう。
しかし、鬼太郎の問いにアキラは特に困った様子もなく毅然として答える。
「大丈夫です。わたしはちゃんと寝ましたから」
聞くところによると、アキラは毎日午後の八時には就寝し、明朝の午前四時には起きて、そのまま朝の散歩をしながら学校へ行っているらしい。
今日も、少し早いかもしれないが睡眠は十分にとったと。話が終わればそのまま学校へ行くつもりで制服をきっちりと着こなしている。
「……わかった。君がそれでいいなら止めはしないよ」
あまり気は進まないものの、鬼太郎は彼女の同伴を認めた。
鬼太郎は夜守コウと朝井アキラ。
二人の少年少女を伴い、七草ナズナの住まいに向かうべく、真夜中の団地を歩いていく。
×
「………静かじゃのう」
「………そうですね」
夜を歩く最中、鬼太郎たちは特に会話もなく、トラブルもなく進んでいた。時折、誰かが意味もなく呟くこともあったが、そこから世間話に発展することもなく、彼らは黙々と目的地へと歩いていく。
他に誰かとすれ違うこともない、どこかの田舎町のように怪異が襲ってくることもない。
この世界には自分たちしかいないのではと、そんな錯覚を覚えるほどに静かな『夜』だ。その静寂に不安を覚えることもなく、寧ろ、沈黙が心地よいものとなりかけていたところ――
「――夜守くん……君は、どうしてよふかしをするようになったんじゃ?」
目玉おやじが夜守コウへ、率直に話を切り出す。
このまま七草ナズナの家に着く前にある程度、彼の事情を知っておく必要があると判断したのだろう。話の取っ掛かりとして、夜守が『よふかしをするようになった理由』について尋ねる。
「……………………多分、ボクは上手くやれていたと思うんです」
目玉おやじの問いに、夜守は少し躊躇いながらも口を開く。
もしも、人間の大人が同じような質問をしていれば、夜守も素直に答えなかったかもしれない。「どうせ説教するつもりだろう」と、ムキになって反発していたかもしれない。
しかし、目玉おやじというファンシーな外見の妖怪に落ち着いた声音で問われ、夜守は自然と口が軽くなる。
彼は自分がよふかしをするようになった理由を歩きながら語り出す。
夜守コウ。彼はどこにでもいる、ありふれたごく普通の中学二年生だった。
勉強もそこそこできる方で、クラスメイトとの関係も良好。
表面上、特にこれといって問題のない生徒だったと、夜守自身もそう思っていた。
きっかけは、本当に些細なことだ。
ある日、良好な関係を築いていたクラスの女子から夜守は『告白』なるものを受ける。
生まれて初めての女子からの告白に、当然夜守は嬉しい気持ちになった。
だが、彼はその告白を断った。
未だに初恋を経験したことのなかった夜守は、好きとか嫌いとか、愛とか恋とか。そういった感情を前にし、どうすればよいのかわからなかったのである。
すると後日――夜守は名前も知らない女子たちに校舎裏に呼び出され、こう問い詰められることになる。
『――夜守くん、なんであの子をフッたの?』
告白をするのも自由なら、告白を受けるかどうか決めるのも夜守の自由な筈。ところが、その女子たちは夜守を一方的に悪者扱いし、彼を責めた。
夜守はそんな女子たちを前に、ただただ謝ることしかできなかった。
「……それから、ボクは学校に行かなくなりました」
その件をきっかけに、夜守は不登校児になった。その女子たちと学校で顔を合わせるのが気まずく、学校を行くことそのものが億劫になってしまって。
そして、昼間学校に行かなくなって動かなくなった分、夜に眠れなくなってしまった。
日々、眠れぬ夜を一人部屋で過ごす少年。暇を持て余した彼は悶々とした日々の中、ついに好奇心の赴くまま外の世界に出た。
真夜中の夜に、一人で――。
「なるほど。その出歩いた先で、君はその吸血鬼に出会ったんじゃな……」
夜守の話を聞き終え、目玉おやじが神妙な顔つきで頷く。
彼がよふかしするようになった経緯、聞く人が聞けば「くだらない」の一言で切って捨てるかもしれない。
だが、夜守自身の口から直接語られたその話は複雑な感情が渦巻いており、彼にとって切実な『何か』が込められているように感じられた。
「そう……そんなことがあったんだ」
現に夜守のよふかしに反対しているアキラも、彼の話を聞いたきり黙り込んでしまう。
「…………」
鬼太郎もだ。彼はそもそも学校に行ったことがなく、また『恋』なるものにも鈍感で、偉そうに夜守に説教を出来るような立場ではない。
「一つ疑問なんじゃが……夜一人で出かけることに、君の御両親は何も言わないのかね?」
そんな中、人生経験豊富な目玉おやじがそんな質問を投げかける。毎日よふかしをする息子に、学校に行かなくなった子供に親は何も言わないのかと、当然といえば当然の疑問。
「――親……ですか?」
すると、夜守はピタリと足を止める。彼は失笑を浮かべながら、感情のこもらない言葉で吐き捨てる。
「さあ、どうなんでしょう? 俺が夜中に出掛けてることすら知らないと思いますよ? 知ったところであの親じゃ…………」
そして、何事もなかったかのように再び歩き出す。
「…………」
「…………」
「…………」
夜守のその反応に皆が押し黙る。どうやら彼と両親との間には、何かしらの溝があるらしい。その話題にそれ以上、触れて欲しくないというオーラがひしひしと伝わってくる。
「あまり深く触れない方がよさそうですね、父さん」
「うむ……やぶへびだったかもしれん」
鬼太郎と目玉おやじはこっそりと話し合い、それ以上夜守の家庭環境には触れないことにする。
鬼太郎たちの目的はあくまで吸血鬼に会うことだ。これが一時の依頼である以上、むやみやたらに首を突っ込むべきではないと判断した。
×
「――着きました、ここです」
それから、黙々と歩くこと数分。鬼太郎たちは吸血鬼の住まいである、とある雑居ビルの前に来ていた。
近所でも何に使われているか知られていない、大きな地震でも起これば真っ先に崩れてしまいそうなほどにボロボロな建物。
ここに吸血鬼・七草ナズナは住んでいるという。
「ちょっと待っててくださいね。今呼び出してみますから――」
そのビルの前で足を止め、夜守は腕時計型のトランシーバーを起動する。通話可能距離、約150メートルの玩具の腕時計。どうやら、それが七草ナズナとの唯一の連絡手段であるらしい。
夜守はナズナが家にいるかどうかを確認する為、コールボタンを押した――その時である。
トランシーバーの『プ――――ッ』という、返信音とほぼ同時に、鬼太郎の妖怪アンテナに反応があった。
鬼太郎の頭頂部の毛髪の一本に妖怪の妖気を感じ取り、アンテナのように逆立つ髪の毛が一本生えている。これが妖怪アンテナであり、これに反応があるということは近くに妖怪が潜んでいるという証拠である。
鬼太郎がその事実に警戒を露わにした、その刹那――
「――よお、今日は随分と賑やかだな……少年少女?」
「――っ!?」
鬼太郎の頭上――ビルの上から真後ろに、その人影が静かに舞い降りてきた。不意打ちで声を掛けてきた相手に、鬼太郎は慌てて飛び退きながら後ろを振り返る。
そこには――フード付きの黒いコートを纏った女性が立っていた。
小柄な体形、それこそ中学生である夜守たちと変わらぬ身長。肌の色が青白く生気を感じさせない一方で、フードの隙間から見える瞳はどこか悪戯心に満ちており、口元に楽しそうな笑みを浮かべている。
一風変わった雰囲気を纏ってはいるものの、その風貌だけを見るならどこからどう見てもただの人間である。
「わっ! びっくりした~」
「……急に現れないでくださいよ」
夜守とアキラの二人は突然現れた彼女に対し、少しびくりとしながらも淡白な反応で出迎える。
ビルから飛び降りてくる程度では、もう驚きはないのだろう。そんな夜守たちの反応から鬼太郎は理解する。
眼前の、一見すると人間にしか見えない女性。
彼女こそ、夜守と一緒に毎日よふかしをする吸血鬼――七草ナズナなのだと。
「君が……七草ナズナか?」
数秒ほど呼吸を整えてから、念を押すように鬼太郎が彼女に問いかける。眼前の吸血鬼だという女性に、鬼太郎は先ほどからずっと警戒を解いてはいない。
ここ数ヶ月の間に、吸血鬼と戦い苦戦させられた記憶を思い出しているのか、彼は慎重に相手の出方を測る。
「そうだけど? ふ~ん……」
一方のナズナはそんな鬼太郎に対し、リラックスした態度で応じる。値踏みするように彼を見つめ、ふいに何かに気づいたのか彼女は声を弾ませる。
「お前さん……ひょっとしてゲゲゲの鬼太郎か!? 本物――っ!?」
何故かテンション高く叫ぶ、ナズナ。
「ボクのことを……知ってるのか?」
緊張感を保ったまま鬼太郎はナズナと言葉を交わす。そして――
「そりゃ、お前は有名人だからな――」
「あの『バックベアード様』をぶっ倒した日本妖怪の親玉って。一応、あたしら吸血鬼の間じゃあ、噂になってるぜ、お前さんは……フッ」
「――!!」
わざとらしく口元を歪ませるナズナに鬼太郎は抱いていた疑念を確信に近いものに変える。慌てた様子で彼女からさらに距離をとり、臨戦態勢で身構える。
「? ばっ、ばっく……?」
「? べ、べあー……って、熊?」
ナズナの発言や、鬼太郎の行動の意味を理解できず、夜守とアキラが頭にクエスチョンマークを浮かべる。そんな二人を置いてけぼりにして、鬼太郎と目玉おやじは緊張した面持ちでナズナと向き合う。
「君も……やはり、人間の生き血を集めているのか?」
バックベアードを様と呼び、鬼太郎のこと知っていた。
七草ナズナと日本人らしい名前こそ名乗ってはいるが、間違いなく彼女も西洋妖怪の一員。吸血鬼としてバックベアード復活のため、人間の生き血を集めるよう命令を受けている可能性が高い。
もしそうであるならば、西洋妖怪帝王の復活を阻止するためにも、人間たちの被害を最小限に抑えるためにも鬼太郎は彼女をここで止めなければならない。
「さて、どうだろうね……」
ナズナは鬼太郎の問いかけに、はぐらかすように笑みを深める。否定も肯定もしない彼女の態度に、鬼太郎たちはますます疑惑を深める。
そのまま、硬直した状態で両者睨み合うこと数分が経つ。
「あの……とりあえず、家の中に入りませんか?」
「そ、そうだね」
その沈黙に耐え切れなくなってか、夜守がそのようなことを言い出し、アキラも同意するように頷く。すると、ナズナはチラリと視線を夜守たちへと向け、何かを閃いた子供のように悪戯っぽく笑って鬼太郎に提案する。
「そうだな……よし! 鬼太郎、あたしと勝負しないか?」
「勝負……だって?」
目を見開く鬼太郎に、さらにナズナは言う。
「あたしと勝負してお前さんが勝てたら、何でも言う事を聞いてやるよ。あたしの知ってることなら何でも教えてやるし……エッチなお願い事だって聞いてあげちゃうわよ?」
ついでに、わざとらしく色っぽい仕草で鬼太郎を誘惑するナズナ。
勿論、鈍感な鬼太郎がそんな誘惑に応じる訳もなく。
「……君が勝った場合はどうなる?」
ナズナがその勝負とやらに勝利した場合に鬼太郎が負うべくリスクに関して冷静に問いかける。
「そうだな、そんときは……」
鬼太郎の言葉にナズナは口をあ~んと開け、吸血鬼の牙を垣間見せながら不敵に笑う。
「あたしは吸血鬼だ……この意味、言わなくても分かるよな?」
「…………」
血を寄こせ、ということだろう。
鬼太郎は吸血鬼に血を吸われた経験がないため、その行為が自分の体にどのような影響を及ぼすか分からない。だが、如何に鬼太郎といえども無防備で血を吸われては、きっと只では済まないだろう。
おそらく、何かしらの不調が彼の体を襲うことになる筈だ。
「わかった……いいだろう」
しかし、鬼太郎はナズナの条件を受け入れ、彼女との勝負とやらに乗ることにした。
バックベアード復活に関して聞かなければならないことがあるし、なによりここで逃げてはきっと夜守たちに迷惑がかかる。
勝負を持ちかけてくる直前、ナズナはチラリと夜守たちに目を向け、笑みを浮かべていた。
もしも、ここで逃げたら最悪――彼らが鬼太郎の代わりに吸血鬼の毒牙にかかり、血を吸われることになるかもしれない。
鬼太郎に『逃げる』という選択肢は初めからなかった。
「とりあえず……場所を変えよう」
戦うと決心した鬼太郎。彼はとりあえず、場所を移すようにナズナに提案する。深夜といえどここで戦えばきっと周りにも被害が出るし、夜守たちを巻き込むことになる。
もっと人目の付かない場所、他の人間を巻き込まないようにと――。
「ああ、そうだな……よし、じゃあついてこい!!」
鬼太郎の提案を、意外なほどあっさりと承諾する吸血鬼・七草ナズナ。
彼女は鬼太郎と心ゆくまで戦える場所。彼を決戦の舞台へと引きずり込むべく率先して足を踏み出す。
自宅のある雑居ビルの中へと――。
「…………えっ?」
一寸遅れて、キョトンとなる鬼太郎。
「ん? どうした鬼太郎? さっさと上がれよ、遠慮することはねぇぞ?」
戸惑う彼に、ナズナはまるで友達でも誘うような感覚で鬼太郎を手招く。
「じゃあ、お邪魔します!」
「……またここに来ることになるとは……」
見れば夜守とアキラも、さも当たり前のようにナズナの後についていき、彼女の家にお邪魔しようとしている。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」
状況について行けず、鬼太郎は念を押すように聞いていた。
「え~っと、君とボクとで……これから勝負、するん……だよね?」
「ああ、勝負だぜ。この――――」
すると鬼太郎の質問に答えながら、ナズナは懐から光輝く円盤のようなものを取り出す。
そして、そうそうお目にかかることのない『これでもかというドヤ顔』で彼女は嬉々として宣言する。
開戦の合図を――。
「今日仕入れてきた――――この最新の格闘ゲームでなっ!!」
「――――――――――――――――――――――――はっ?」
鬼太郎の目が点になっていた。
よふかしのうた 登場人物紹介
夜守コウ
主人公。中学二年生の男子。学校生活に疲れ、現在不登校中。
同級生の可愛い子に告られたり、可愛い幼馴染がいるなど、わりとリア充。
本人は「女が好きじゃない」とのこと。無論「男が好き」というわけではない。
七草ナズナ
ヒロイン。コウに夜ふかしの楽しさを教えた吸血鬼。
美少女だけど、ビールと下ネタが大好きと、中身がオッサン。
けど恋愛話に照れたりと可愛いところがある。
朝井アキラ
コウの幼馴染。彼と同じ団地に住む、同い年の女子。
吸血鬼であるナズナ相手に全く物怖じしない、かなり度胸のある子。
ヒロインのナズナより胸が大きい。
流石に一話で纏めきることはできなかったので、二話構成にします。
次回は――鬼太郎とナズナの壮絶な戦い?から幕は上がる。
次回の鬼太郎とのクロス、どの作品が見たいですか?
-
犬夜叉
-
魔女と百騎兵
-
テニスの王子様