原作が作者の小説の師匠(勝手にそう思っているだけ)成田良悟先生。
作画はガンガンで『Red Raven』という作品を連載していた藤本新太先生。
転生は転生でも、逆転生モノ。
舞台が現代日本ということもあり、本小説とのクロス候補という意味でもアニメを楽しんで視聴していきたいと思います。
そして、今回のクロスはーーはまじあき先生原作、一大ムーブメントを引き起こし、今尚人気継続中の『ぼっち・ざ・ろっく!』です。
原作の4コマ漫画も面白いですが、この作品はアニメの出来具合が凄い。アニメ監督のコメントにもありましたが『アニメだからこそできるような演出や表現』まさにそれが最大限発揮されていた作品だと感じました。
果たしてそのような神アニメ、それを小説としてどこまで落とし込めるか。鬼太郎とのクロスという形で挑戦していきたいと思います。
ただ一つだけ読む前に注意点。
今回は話の都合上、ぼっちが二年生に進級していたりと。一部原作での内容を含んでおります。
アニメのみ視聴勢の方にはネタバレになってしまう部分がありますので、予めご了承ください。
「…………はぁ~…………」
すっかり日も暮れた時刻、人混みから外れた裏路地を一人の少女がため息を吐きながら歩いていた。
高校生といった年頃の女の子。伸びっぱなしの髪はほとんど手入れがされておらず、服装も上はピンクのジャージに下は制服のスカートと。年頃の女子なら気にかけるようなオシャレを、全く気にしない身だしなみ。
よくよく見ると顔の造形がそれなりに整っているのに、そういったずぼらな面が色々と台無しにしている。
「今日も人とたくさん話して、疲れたな…………」
さらに本人から漂う暗く澱んだオーラ、仕事に疲れたOLのような空気が少女の残念ぶりに拍車を掛けてる。暗い夜道ということもあり、どことなく幽霊感すら漂う彼女から、偶々すれ違った通行人がささっと距離を置いていく。
「うう……私ってば……本当に駄目なバンドマン……」
どうやら、彼女はバンドマン——ギターをやっているようだ。
ギターケースを背負った姿が随分と様になっているが、その佇まいは『自信』とは程遠い。ケースの重みで今にも押し潰されてしまいそうなほど、儚げな姿であった。
少女の名は——後藤ひとり。
現在、高校二年生である彼女は学外——『
まだまだ知名度も低いアマチュアバンドだが、ライブでのチケットノルマは全て完売。
物販の売り上げもそこそこ、固定のファンも付いていたりと。同年代のバンドグループからしてみても、結構順調に評判を伸ばし続けている。
このままの勢いで一気にメジャーデビュー!!
みんなからチヤホヤされる大人気バンドに!!
高校中退、バンド活動一本で生活できるようになりたい!!
というのが、ひとりの密かな願望でもある。
しかし、バンド活動そのものは順調でありながらも、後藤ひとりの心労は日々積もっていくばかりだ。それは、彼女が——極度のコミュ症、超が付くほどの『人見知り』だからである。
それも他人と話をするどころか、目を合わせることすらも困難なほどの対人恐怖症。それなのに、チヤホヤされたいという理由からギターを始めるほどには自己顕示欲が強い。
そんな彼女が目標のためとはいえ、頻繁に外でバンド活動に従事している。必然多くの人と関わることにもなり、それが小さくないストレスとして蓄積し続けている。
それでも、ひとりはバンド活動を根気よく続けていけている。それは彼女の周囲の人々、特に『バンドメンバー』たちがフォローしてくれる部分が大きい。
「今日も、みんなには助けられたな……」
バンドメンバーの皆がいるからこそ、ひとりは頑張ることが出来ていた。そもそも、仲間たちが強引にでも引っ張ってくれるからこそ、彼女は今もここにいられるのだ。
もしも、今の仲間たちと出会っていなければ——最悪、引きこもりにでもなっていたかもしれない。
ひとりにとって今のメンバーとの邂逅は、まさに運命を変えた出会いと言っても過言ではない。
「みんなには……いつも迷惑を掛けてばかり……」
だからこそ。
その仲間たちに感謝しているからこそ、自分の性格のせいで皆に迷惑を掛けている現状に、ひとりはいたたまれない気持ちに陥ってしまう。
今日のライブハウスでのバイトでも、ひとりがコミュ症であるが故に起こしてしまったミスをカバーしてもらった。ありがたいことなのだが、自分がもう少ししっかりしていればする必要のなかったミスだと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「……どうやったら……私も、みんなみたいになれるんだろう?」
その失敗を未だに引きずっているのか、ひとりはネガティブな気持ちに落ち込み——『みんなみたいになれたら』という、もしもに想像を膨らませてしまう。
それは意味のない仮定なのだが、考えずにはいられなかった。もしもみんなみたいに——。
いつも元気で明るく、優しくて面倒見が良く——。
どんなときでもマイペース、自分に正直に生きられ——。
みんなから、愛されるようになれたらと——。
バンドメンバー、それぞれの顔を思い浮かべていく。
「——そこの、お嬢ちゃん……ちょっと寄っていかないかい?」
「ひぃっ!? え……わ、わたし……!?」
だが、ひとりがそんな風に妄想に耽っていると——唐突に、横合いから声を掛けられた。
いきなりのことでビクッと震え上がるひとり。反射的に振り返ってしまうと——道の脇には見るからに怪しい『占い師の格好をしたお婆さん』が座り込んでいた。
「どうだい、ちょっと占っていかないかい? 安くしとくよ」
「あっ……い、いえ……わた、わた……あわわわ……」
老婆はひとりを客として呼び込もうとするが、知らない人の勧誘にひとりはおろおろと狼狽えることしか出来ない。気のせいか、汗をかいている顔が溶け出しているようにも見える。
「落ち着け、お嬢ちゃん。なにも取って食おうってんじゃないんだから……」
これに怪しい老婆の方が若干引き気味に、ひとりに冷静になるよう言い聞かせる。
「お嬢ちゃんは、自分に自信が持てないんじゃろう? その性格のせいで友達に……バンド仲間に迷惑を掛けていると、申し訳ない気持ちでいっぱいなんじゃろう?」
そして占い師らしく、ひとりの悩みをズバリ言い当てていく。
「ど、ど、ど……どうして、それを? まさか……わ、私の心を読んで!? え、え、エスパー!?」
これにびっくり仰天、驚きのあまり心臓が爆発しそうな衝撃を受ける後藤ひとり。心を見透かすかのようなお婆さんの言動に、彼女はいったい何者なのかと恐れ慄く。
「……どうしても何も、さっきから全部口に出しておったぞ?」
もっとも、老婆がひとりの悩みを言い当てたのは——単にひとりがぶつぶつ呟きながら歩いていたからだ。頭の中で考えていたと思っていた悩み事を、ひとりは全部声に出していたのである。
その呟きに耳を傾ければ、ひとりがどういった悩みを抱いているかなど、初対面の人間にも丸わかりである。
「え……? あっ……そ、そうですか……は、ははは…………」
ひとりは恥ずかしさから顔を真っ赤に染める。
穴があったら入りたいとは、まさにこういう場面で使われる言葉なのだろう。乾いた笑みで恥ずかしさを誤魔化すしかないでいる。
「まあ、座わりなさい。サービスじゃ、軽く見てやろう、お前さんの運勢をのう……」
だがそんなひとりの心境にも構わず、老婆は尚も彼女に自身の占いを受けるように勧めてくる。
——え……? な、なにこれ……?
——ま、まさか……新手の詐欺!?
——私から、お金を搾り取ろうとしてる!?
このやりとりの間にも、ひとりの頭の中ではネガティブな妄想が膨れ上がっていく。
何故、自分の運勢なんかを占おうとするのか。もしやこの老婆、言葉巧みに自分に占いを受けさせ——それを口実に高額な鑑定料をせしめようとしている、恐ろしい詐欺師ではないかと疑いを持ち始めたのだ。
『——おやおや、たちの悪い悪霊が憑いてるね……このままだと、地獄に堕ちるわよ!!』
『——この壺を買いなさい、買わないと……地獄に堕ちるわよ!!』
『——あん? あたしのいうことが信じられないってのかい? あーた、地獄に堕ちるわよ!!』
脳内で老婆が畳み掛けるよう、ひとりを脅し付けてくる。
もしも実際にそんな風に迫られでもしたら、ひとりには抗う術がない。
——こ、断らないと……!!
——う、占いなんて……やりませんって……はっきり否定しないと!!
そうなる前に、相手がこちらに迫ってくる前に、ひとりは老婆の誘いを断ろうと決心する。
決意を胸に明確に『NO!!』と返事をしようと、口を開いていく——。
「——あっは、はい……」
だが、己の意思に反して口から出たのは『YES!!』の返事だった。
断ることも、逃げることも出来ない。それこそが真のコミュ症というもの。
結局押し切られる形で、ひとりは老婆の占いを受けるべく相手の対面に腰掛けていく。
「あたしゃ手相占いが得意でねぇ……とりあえず、左手から見せてもらおうかな」
「あっは、はい……お、お願いします……」
ひとりは占い師のお婆さんに言われるまま、左手の手のひらを差し出す。
老婆は『手相占い』を得意としているらしく、そこから後藤ひとりという人間の在り方を読み取っていく。
「……なるほど。人と接するのは苦手だけど……チヤホヤはされたいと。随分と承認欲求が強いんだねぇ、あんた……」
「うっ……て、手相を見るだけで……そんなことも、わ……分かるん、ですか?」
老婆は軽く手相を眺めるだけで、ひとりの内面をズバズバと言い当ててしまう。自身の恥ずかしい願望まで見透かされ、ひとりは驚きと共に恥ずかしさが込み上げてくる。
正直、占いなどあまり当てにしていなかったが、そこまで的を得たことを言われてしまうと『信じてみようかな』という思いが強くなっていく。
瞬く間に老婆の話術にひとりは引き込まれていき、老婆も占いを続けながらさらに話を広げていく。
「勿論さ、手相を見ればその人間がどんな人生を過ごしているかが分かるんだ……そして、これから先の『未来』なんかも見えてくるんだよ」
老婆の話によると、手相にはその人間の『現状』と『未来』が垣間見えるとのことだ。
その人が日々の生活で何を感じ、何を学んでいるかという『現状』。
『未来』に向かってどのような努力をしているか、その時々の行動で移ろいゆくものだと。
手相とは——まさにその人が、今この瞬間をどのように生きているかが反映される証だと言えよう。
「ふむふむ……なるほど、なるほど……はは~! これはこれは……」
「え……? あっ、あの……な、何か?」
ふと、流れるように占いを続けていた老婆だったが、ひとりの右手を見始めたところから動きが止まる。手相占いにおいて右手は——『行動や努力によって得た後天的な運勢』が表れるとされ、特に重要視されるポイントだ。
その大事な右手を見ながら、老婆は驚いたように声を上げたかと思いきや、一人納得したようにうんうんとも頷いていく。
占い師の独り言にひとりは気が気でない。いったい何をそんなに唸る必要があるのかと、老婆の次なる言葉をおどおどと待つ。
「お嬢ちゃんの夢だけどね……」
「あっは、はい……」
たっぷりと時間を掛けた上で老婆は口を開く。
老婆が話そうとしたのはひとりの『未来』、彼女の個人的な願望である『人気者になってみんなからチヤホヤされたい』という夢が叶うかどうかについてだった。
「今一緒にいる子たち……今のバンドメンバーとなら、その夢を叶えることも出来るだろうさ」
「ほ、本当ですか!?」
占い師はあっさりと、ひとりの願望が叶うとその夢を肯定してくれた。その発言にひとりにしては珍しく、前のめりになって喜びを露わにする。
自分の夢が叶う——それも今のバンド仲間と一緒であればこそ、それが実現するというのだ。
「へへ……うへへ……」
今のメンバーが好きだからこそ、尚更歓喜しかない。老婆の言葉が本当か嘘かと疑問を持つよりも先に、あまりの嬉しさから頬をだらしなく綻ばせていく。
「ただ……そこに行き着くまでは苦労するだろうね……少なくとも、今以上にたくさんの人と関わることになるだろうさ」
「えっ……そ、そんな……!」
しかし、世の中そんなに甘くない。夢は叶うかもしれないが——当然、そこに至るまでには相当な努力が必要になる。
バンドマンとしての音楽活動は勿論、ひとりの場合、他者とのコミュニケーションという点で今以上の苦労を強いられるというのだ。
今でさえ結構いっぱいいっぱいだというのに、さらに多くの人と関わっていかなければならないと。ひとりはそれによって生まれる精神的苦痛。また皆に迷惑を掛けてしまうという罪悪感に気落ちする。
しかし、こればかりは『占い』ではどうにもならない。ひとりがひとりである限り、根本的な解決策などありはしないのだから。
「お嬢ちゃん、もしもお嬢ちゃんが心から望むのなら……お嬢ちゃんの引っ込み思案なその性格、何とかしてあげられるかもしれないよ?」
「え、えっ……?」
ところが、ここで老婆が不可思議な提案をする。
ひとりの夢を叶える上での障害となっている、後藤ひとりという人間の性格面の問題を——解決してみせようと言ってきたのだ。
「ほ、本当ですか!? 本当に……こんな私を……?」
老婆の提案に、ひとりは『そんなことが可能なのかと?』と疑いを抱く前に身を乗り出していた。
ひとりにとって自身の性格は、どうにかしたくてもどうにもできない、物心ついたときから抱えている『コンプレックス』だ。
もしも、万が一にでもこの『劣等感』を払拭できるというのであれば——その提案を受けない理由はないだろう。
「……さっきも話したけど、手相を見ればその人間がどんな人生を過ごしているかが分かるんだ。手相はその人の生き方が直接反映されるものだからね……」
ひとりがその気になったと判断するや、老婆は再び彼女の手相を見ていく。手相を見ればその人間の生き方が分かると、先ほども語った蘊蓄を解説。
「逆に言えば……手相の方を直接弄れば、望み通りの自分に変わることが出来る……そうは思わないかい?」
「えっ……!?」
するとそこから、手相を『弄る』などという現実離れした方向へと話を持っていく。
手相がその人の生き方を反映するものなのであれば——逆に手相の方を弄れば、望むような生き方・性格に変わることが出来るという。
理屈では確かにその通りかもしれないが、現実的に手相を弄るなど何をどうすればいいというのか。
戸惑いを隠しきれないひとりであったが、そんな彼女の手のひらに向かい——老婆は「ふぅ~!」と息を吹きかける。
「——っ!?」
刹那。
後藤ひとりという少女の中で——『何か』が組み変わっていくこととなる。
×
「——友達の様子がおかしい?」
「…………?」
その日、ゲゲゲの鬼太郎は猫娘と共に暗い地下室へと足を踏み入れていた。
それだけ聞くといかがわしく聞こえてくるが、その店はどこにでもあるようなライブハウスである。
ライブハウスは防音上の理由から地下に作られることが多く、その店『STARRY』も下北沢に店を構える、小規模なライブハウス——『小箱』と呼ばれるタイプの店舗であった。
下北沢は東京都世田谷区の北東部に位置する、下北沢駅周辺のことを指す通称である。
ライブハウスのみならず、多くの小劇場が立ち並ぶ——『演劇の街』としても有名だ。そして音楽や演劇以外にも、アートや古着などのサブカルチャーも充実。
商店街や飲食店も個性的なものが多く、新宿や渋谷といったさらに大きな繁華街とも地理的に近いため、住まいとしても密かに人気を集めている。
「は、はい……そうなんです……」
そんな下北沢の街から、鬼太郎に助けを求めるものからの手紙が届いた。
今回の依頼主である少女——
しかし今は悩みを抱えているためか、その表情に不安の色が滲み出ていた。
「私たちのバンド仲間のぼっちちゃん……後藤ひとり、て言うんですけど、その子が……その、色々とおかしいんです」
「うん。元から変だけど、今は輪を掛けて変になってる」
その説明に同意するように頷いてきたのは、虹夏の同級生・山田リョウである。
ミステリアスな雰囲気漂う彼女は、男性よりも女性にモテそうな中性的な佇まいを感じさせ、その顔は無表情で何を考えているか読み取るのが難しい。
「ふむ……そのぼっちちゃんと言うのは?」
開口一番で二人の相談内容に耳を傾けながらも、ここで目玉おやじが顔を出し『ぼっちちゃん』という言葉の意味を問う。
特に追求するところではないかもしれないが、気になってしまったのでとりあえず聞いておく。
「ひとりのあだ名。私が名付けた……ひとり、ひとりぼっち……ぼっちちゃん」
「ひ、酷いあだ名……その子、友達なのよね?」
どうやら、ぼっちちゃんというのが普段仲間内で使われている、後藤ひとりへの呼び名であるらしい。リョウが名付け親だという、その呼び方に彼女たちの友情を疑う猫娘。
確かに、あんまりといえばあんまりなあだ名だろう。
だがそのような呼び名を付けたくなるほどに、後藤ひとりという少女は——『ひとりぼっち』だったのだ。
虹夏やリョウがひとりと出会ったのは、一年前。
彼女たちのバンドグループ『結束バンド』の初ライブ当日、出演予定だったメンバーがいきなりいなくなってしまったことで、急遽虹夏が引っ張ってきたピンチヒッターだった。
その頃から、ひとりはコミュ症であるが故の『奇行』に走ることがあり、虹夏たちを困惑させてきたという。
人と目を合わせようとしない。言葉がしどろもどろ。ことあるごとに妄想の中へのめり込んだり。
さらには身体が溶けたり、異音を発したり、表情が福笑いのように崩れたりもするという。
「……ん? そのぼっちって子は……人間なのよね?」
何だか人としておかしいところに気付き、猫娘は再度問い掛ける。
「え……何を言ってるんです? 当たり前じゃないですか!!」
「…………」
しかし、その疑問にさも当然のように虹夏は笑いながら答えた。なんだか納得しないが、とりあえず今は後藤ひとりの体質より性格の話に戻る。
後藤ひとりは虹夏が声を掛けてくれるまで、今までの人生で友達が一人もいなかったという。
中学時代の三年間をずっとギターの練習に費やし、気が付けば卒業していたともいう。
そんな悲哀を感じさせるエピソードに、こと欠かない人物の持ち主——それが後藤ひとりなのだ。
まさに『ぼっちちゃん』というあだ名が相応しい。本人も、初めてのあだ名に大層喜んでいたという。
そんな後藤ひとりが、ある日突然おかしくなってしまった。
具体的に言うと——ものすごく明るく、自分の意見をはっきり口にする様になり、他者と問題なくコミュニケーションが取れるようになったというのだ。
「それは……いいことではないんですか?」
ここで鬼太郎が疑問を投げた。何にせよ本人の性格が改善されたとなれば、それは喜ばしいことではないだろうか。
「いやいや、ありえないですよ!! あのぼっちちゃんが……いきなりあんな風に変わってしまうなんて!! 絶対、変な悪霊が取り憑いていると思うんです!!」
だがその変わり様が信じられないと、虹夏が全力で首を振る。
ひとりとまだ会ったこともない鬼太郎たちではいまいち実感を持てないだろうが、あのひとりが『明るい性格』になるというのが、よっぽど信じられないことなのだ。
だからこそ、変な悪霊にでも取り憑かれているのではないかと——藁にもすがる思いで鬼太郎に手紙を出したという。
「ふむ……なるほど、事情は分かった。……して、そのひとりちゃんという子は、今どこにおるんじゃ?」
虹夏の話を聞き終えた目玉おやじ。色々と疑問を感じながらも、とりあえずそのひとりという子に会ってみようと。彼女が今どこにいるかを尋ねていく。
「ぼっちちゃんなら、今喜多ちゃんが連れてきて——」
「——先輩!!」
と、まさにそのタイミングだった。店の入り口から元気いっぱいの少女が駆け込んできた。
「おお! 喜多ちゃんいいところに……って、あれ? ぼっちちゃんは?」
その少女に声を掛ける虹夏だが、その子は後藤ひとりではなかった。
彼女の名は——
本来の後藤ひとりが『陰キャ』と言われる人物像であるならば、この喜多郁代という少女はその正反対『陽キャ』と呼ばれる位置にいる。明るく社交的で学校の友達も多く、さらには運動部の部活で助っ人を頼まれるなど、運動神経も抜群。
人と接することが大好きで接客業も完璧にこなし、SNSでの個人アカウントでの登録者数も一万人を越えているという。
容姿も愛らしくて性格も良い。まさに天が二物を与えたような逸材。
しかしそんな完全無欠な陽キャガールの郁代も、ひとりという少女の変貌ぶりに戸惑いを隠しきれていない様子。
「それが……道に迷ってる外国人の方を交番まで連れて行って上げると。私も付き添うって言ったんですけど……一人で大丈夫だって……」
「え、ぼっちちゃんが……知らない人を道案内?」
「…………」
郁代が話したその事情に、虹夏とリョウの二人は信じられない面持ちであった。
あのひとりが、あのぼっちちゃんが言葉が通じるかも分からない外人の道案内を買って出るなど。それこそ、天地がひっくり返ってもあり得ないことである。
「やっぱりおかしいよ、ぼっちちゃん……」
「うん、ぼっちおかしい」
「ひとりちゃん……何があったんだろう……」
ますます不安と心配を積み重ねていく、虹夏を始めとしたバンドメンバーたち。しかし、そんな友人たちの心配をよそに——。
「——お待たせ!!」
元気いっぱい、ライブハウスのドアを勢いよく開きながら——件の人物がやって来た。
後藤ひとり——超が付くほどの人見知り、病的なまでのコミュ症。
人と目を合わせることすら困難な対人恐怖症で、隙あらば自身の世界に閉じこもってしまう、引きこもり一歩手前の残念美少女。
「——私が来た! ……だぜ!!」
「うっ!?」
「うわっ……」
「……っ!!」
だが実際に姿を現したその少女は、陰キャとも程遠い——自身に満ち溢れた、笑顔の輝く女の子だった。
普段との変わりように、改めてバンドメンバーたちが驚愕していく。
「な……なんだって!?」
「な、なんなの……これは!?」
「よもや……これほどとは!?」
ついでに鬼太郎たちも、その少女の登場には度肝を抜かれた。
それほどまでに、それほどまでに——。
『——く、クソダセェ……!!』
彼女は壊滅的なまでに——ファッションセンスがダサかった。
「——へいへい!! どうしたんだぜ、みんな!! そんなに驚いちゃって!? あっ、今日の私のファッション……ちょっとおしゃれすぎちまったかだぜ!?」
後藤ひとりと思われる少女が、押し黙る一同にテンション高めに声を掛けてくる。
もう言動からして色々とおかしいのだが、その格好が尚更後藤ひとりという少女の現在の奇抜ぶりをアピールしていた。
本来、ひとりはおしゃれに無頓着でいつもジャージで過ごしていることが多い。だがそんな彼女が、今は『超ダサい私服』に袖を通している。
下は、ボロボロのダメージジーンズ、それはまだいい。
だが上のTシャツの正面には意味不明なアルファベットの羅列、それと全身のところどころにチャックの意匠が施されている。さらに彼女の胴体や腕には鎖やシルバーが巻かれており、全身から厨二病感が止めどなく溢れ出している。
極め付けは、星型のサングラス。パーティの余興で掛けても滑りそうなデザインのそれを、当たり前のように装着している。
「うわ~……」
このあまりのファッションセンスのなさに、年頃の女の子たちである結束バンドの面々が当然引き気味に。
ファッションになど全く気を遣わない、いつも同じ服を着ているようなゲゲゲの鬼太郎でさえ「うっ!」と言葉を詰まらせていた。
しかし問題なのは、そのダサいダサい服を——ひとりが、恥ずかしげもなく着ていることだ。
まるで自分こそが次代のファッションリーダーだと言わんばかりに、その姿でいることになんの疑問も抱いていない。
それほどまでに、今の彼女は自身に満ち満ちているのだ。
前もって聞いていた、彼女本来の人物像とはかけ離れた姿だ。
そのクソダサいファッションセンスを除いても——確かに、今の彼女は『おかしい』というのがよくよく伝わってくる。
「——もうやめて、ぼっちちゃん!!」
そんなダサい彼女を見かねてか、伊地智虹夏が堪らず叫び出していた。
「無理して粋がる必要なんてないから!! そんな痛々しいぼっちちゃん、これ以上見ていられないよ!! 正気に戻って!!」
彼女はひとりが無理してそのような振る舞い、そしてクソダサい服を着ていると思い込みたいのだ。
無理なんかしなくていい。いつもの内気で人見知りなひとりに戻ってほしいと、懇願するようにその身体を揺さぶっていく。
「無理なんてしてないぜ!! 今の私は最高に輝いている、スーパーでウルトラな後藤ひとりなんだぜ!!」
しかし虹夏の悲痛な叫びは届かず。ひとりは今の自分の姿こそが一番輝いていると、凄まじいほどの自己肯定感で己を貫き通す。
……どうでもいいことだが、いちいち語尾に『だぜ!!』と付けてくるのが妙に腹立つ。
「お婆さんから手相占いをしてもらった日から、絶好調なんだぜ!! みんな、次のライブも私と一緒に盛り上げていこうぜ!!」
「……うん? 手相占いじゃと……?」
どうやら、後藤ひとりがこうなってしまった背景には——手相占いとやらが関係しているらしい。彼女自身の口から出たその発言に、目玉おやじが反応を示す。
「どうかしましたか、父さん? 何か思い当たる節でも……」
父親の反応に、鬼太郎は心当たりがあるかを尋ねていく。
「お婆さん……手相占い……それに、性格が変わると……」
目玉おやじはひとりが口にした、いくつかのワードを頼りに自身の記憶を手繰り寄せる。
そして、心当たりを思い出したのか——今回の事件に関わっているであろう、その妖怪の名を口にしていく。
「これはもしかしたら……吹消婆の仕業かもしれんぞ!」
×
古くは江戸時代から、蝋燭や提灯の火を消してしまう妖怪と伝えられてきた。妖怪は闇を好むものが多いため、光を放つ火を苦手にしているとされ、それを吹き消す存在として吹消婆のような妖怪が成り立ったのだろう。
実際、吹消婆は火を消すのが大好きな妖怪である。しかし現代では昔ほどボヤ騒ぎが多くなく、たとえ火事が起きても人間の消防団が颯爽と現れ消してしまうため、なかなか活躍の機会に恵まれなくなってしまった。
大好きな火を消せなくなって幾星霜、吹消婆は火以外のものを吹き消すことで自身の鬱憤を晴らすようになったという。
それこそが——手相を吹き消す『手相返しの術』という妖術の獲得に繋がったというのだ。
「いやいや! なんで火を消すお婆さん妖怪が、手相なんて吹き消すようになっちゃったんです?」
「それはボクに訊かれても……」
その吹消婆の謎の能力開花に対し、虹夏が不思議そうに首を傾げる。火を消す妖怪とされる老婆が、何をどのようにして『手相を吹き消す』などという能力を得てしまったのだろう。
この質問に鬼太郎は明確な答えを出せないでいる。確かによくよく考えるとおかしい話かもしれないが、妖怪なんてだいたいそんなもんである。
人に理解されない、訳の分からない能力で人を驚かす。それこそ——妖怪の本懐なのかもしれない。
「わしも詳しいことは知らんが、奴は手相返しの術で手相を吹き消し……その人間の性格を変えてしまうというんじゃ」
後藤ひとりの性格の豹変を吹消婆の仕業であると見抜いた目玉おやじも、彼女が何故そのようなことが出来るようになったか、その経緯までは知らないとのこと。
「とりあえず、これが本当に奴の仕業か確認は取らねばなるまい……猫娘、吹消婆の店まではまだ遠いのかのう?」
「ちょっと待って……多分、この辺りの筈だけど……」
とにかく、今はこの件に吹消婆が本当に関与しているのかを確かめるのが先決と。目玉おやじや鬼太郎は結束バンドの主だった面々を連れ、吹消婆の『店』を探していた。
その際、猫娘が地図アプリを起動しながら道案内を続け、一行はとある商店街へと辿り着く。
吹消婆の知り合いだという、砂かけババアや子泣き爺の話によると——その商店街の一角で、吹消婆は本業のたい焼き屋を営んでいるとのことだ。
「……なんでたい焼き?」
「妖怪のお婆さんが経営するたい焼き屋……なんだか、映える感じがします!!」
これに山田リョウや喜多郁代。妖怪が経営するたい焼き屋という謎スポットに対し、それぞれ違った反応を見せていく。
「へいへい!! なんだか美味しそうな匂いが漂ってくるんだぜ!!」
そして後藤ひとりも。相変わらずおかしなテンションだが、皆の後を大人しく付いてきてくれている。
こんな状態になっても、ちゃんとこちらの言うことは聞いてくれるらしい。絡みづらくはあるが、コミュニケーションという観点であれば、本来の状態よりはまともになっている。
「着いた! この店みたいね……」
そうして、シャッター通りとなっている商店街を数分ほど歩いていき、一行は目的のお店——吹消婆が営んでいる、たい焼き屋の前へと辿り着いていた。
こじんまりとした店だ。小さな看板に、申し訳ない程度に『たい焼き』とだけ書かれている。店の外からでは中の様子が確認できないため、さっそく一行は店内に足を踏み入れようとする。
「——なんじゃ、客か? 悪いが今日は店じまいじゃ……また出直して来てくれんかのう」
だが一行が足を踏み入れる先に、店内から一人の老婆がひょっこりと顔を出す。
現時刻は夕方だが、もう店を閉めるようだ。周囲に人気がないことを考えれば納得の閉店時間だが、それにしても少し早いような気もする。
「久しぶりじゃな……吹消婆よ」
「ん? なんだ、誰かと思えば目玉おやじではないか、久しぶりじゃのう!」
店じまいを始める吹消婆へ、まずは目玉おやじが声を掛けた。吹消婆も目玉おやじに気が付いたのか、割と気さくに挨拶を返す。
「へい!! 久しぶりなんだぜ、お婆さん!!」
すると、ここで後藤ひとりが吹消婆に元気溌剌に手を振った。
「おっ! なんだい、お嬢ちゃんも一緒かい! わざわざ友達を連れて、遊びに来てくれたのかい?」
後藤ひとりの存在を吹消婆も正しく認識し、その口元に微笑みを浮かべる。まるで孫が遊びに来たのを歓迎する祖母のように。それだけ見ればたいへん微笑ましい光景である。
「あ、あなただったんですか!? ぼっちちゃんを、おかしくしてしまったのは!!」
しかし、吹消婆とひとりが顔見知りであったことで、例の占い師とやらが誰なのかこれで判明した。結束バンドの中から、伊地知虹夏が責めるように吹消婆へと迫っていく。
「今すぐ、ぼっちちゃんを元に戻してください!! こんなの……こんな、バリバリのパリピキャラでいることを強いるなんて……いくらなんでもあんまりです!!」
「そこまで言うか……」
虹夏の言いようにリョウから冷静なツッコミが入るが、確かに普段のひとりを鑑みれば、この変わりようは異常と言えよう。根暗で引っ込み思案なひとりを、このようなパリピキャラに変貌させるなど。
いったいどのような無茶、無理を通せばこんなことになるのかと。とてつもない暴挙を想像し、虹夏は「キッ!!」と吹消婆を睨みつける。
「はて……元に戻せと? じゃが、そうなることを望んだのは他の誰でもない……お嬢ちゃん自身なのじゃぞ?」
しかし外野からの苦情を軽く受け流し、吹消婆は——この変化こそが、後藤ひとりが望んだものだと口にする。
「どういうことだ、吹消婆?」
これに眉を顰めるゲゲゲの鬼太郎。事情を知らない自分たちにも分かるよう説明を求めた。
鬼太郎に問われたことで、吹消婆は語っていく。
先日、副業の占いで後藤ひとりの手相を見たこと。彼女が自分の性格で思い悩んでいたことを。
ならばと、吹消婆は自分の妖術で実際に手相を弄り、ひとりの性格を改変し——その上で、一度は元に戻したというのだ。
『どうじゃった? 新しく生まれ変わった自分は?』
『…………』
お試しで性格を変えてみせた吹消婆がひとりに感想を求める。最初は彼女も訳が分からず黙っていた。
しかし、どうやらそれが夢や錯覚でないことを、たっぷりと時間を掛けることで実感していく。
『もしも、お嬢ちゃんが心の底から望むのなら……』
それを踏まえ、吹消婆は改めて『どうするか?』を問い掛けていた。
もしもひとりが望まなければ、それ以上は吹消婆も何もしなかっただろう。普通に占いの料金を貰い、それでサヨナラをして終わるところであった。
だが——。
『お、お願いします……どうか私を——!』
ひとりは自らの意思で、今の自分ではない——新しい自分に生まれ変わることを選んだのだ。
ひとりの覚悟を汲み取り、吹消婆も自らの妖術を行使。
後藤ひとりという少女を、どこに出しても恥ずかしくない? 彼女が望むような『陽キャ』へと生まれ変わらせたのであった。
「そ、そんな……ぼっちちゃんが……自分から?」
その話に虹夏がガックリと項垂れる。
ひとりが人と接することを苦手としていたのは知っていたが、まさか妖怪の力を借りてまでコミュ症な自分から逃れたいなどと思っていたとは。
ひとりをそこまで追い込むようなことを自分たちはしていたのかと、割と真剣に思い悩んでいく。
「それに……わしの『手相返しの術』は、何も一から人格を作り変えるわけではないぞ?」
加えて、吹消婆は自身の妖術がそこまで万能でないと語っていく。
「あくまで手相を吹き消し、その位置をずらし組み替えることで、その性格を変えることが出来る。本人が持っていないもの、抱いてもいない感情を表面化することは出来んということじゃな」
手相返しの術の本質は、あくまで本人が生来持っているものを組み替え、その当人が深層で抱いているような感情や願望などを表面化させることにある。
そのため、本人が一切持ち合わせていないような要素を含んだ性格にすることは出来ないというのだ。
逆に言えば——。
「それって……ひとりちゃんの中に『ああなりたい』っていう願望があったってことですか? あれが……ひとりちゃんが思い浮かべる、明るい人間の理想像だとでも!?」
「イェイ!! イェイ!!」
郁代が信じられないと叫ぶ横で、何かしらのリズムを刻み付ける後藤ひとり。郁代としては、ひとりの中にあのような要素があったなど、とてもではないが受け入れ難いことであった。
「うん、そう!!」
しかし吹消婆はあっさりと頷く。
ひとりの手相を組み替えるため、その内面にまで触れた彼女だからこそ、あれも後藤ひとりという人間の一面であると断言する。あの姿こそ、ひとりの中に存在する陽キャのイメージ。
その印象を形とし、表面化した『もう一つの人格』なのだと。
「いずれにせよ、本人が自らの意思で決めたことじゃ。他人がとやかく言う筋合いはないと思うがのう……」
なんにせよ、これは後藤ひとりと吹消婆が互いにきちんと話し合った末に決めた——客側と店側との間で結ばれた正式な『契約』でもある。
あくまで、部外者である他の人間が口を出していい問題ではないと。
穏やかな口調ながらも、明確にバンドメンバーたちを拒絶する吹消婆であった。
×
「まさか、こういう展開になるとはね……」
「これからどうしたもんかのう……」
猫娘と目玉おやじが難しい顔で腕を組んでいる。
「皆さんとしては……どうしたいとお考えですか?」
ゲゲゲの鬼太郎も、依頼主である結束バンドの面々に今後の対応を尋ねていく。
「どうしたいって、言われても……」
「…………」
「…………」
だがその問い掛けに虹夏は言い淀んでしまう。他の面々もすぐには言葉が出てこないのか。薄暗いライブハウスが、さらに暗い雰囲気に覆われてしまう。
あれから一行はライブハウスへと戻り、そこで今後の方針を決めかねていた。
今回の騒動の大元は理解した。吹消婆の手相返しの術により、性格が百八十度変わってしまった、後藤ひとり。
彼女の性格を元に戻して貰えれば解決——それで終わっても良かった筈である。
しかし、性格の改変を望んだのは他の誰でもない、後藤ひとり自身だ。吹消婆の話を信じるのなら、ひとりは全てを承知の上で、今の状況を受け入れたことになる。
吹消婆もひとりの意思を尊重したいと、彼女を元に戻すことを拒んだ。その意思は頑なで、ちょっとやそっとの説得では動いてくれなさそうだった。
「どうしたんだぜ、みんな!? もっとバイブス上げていこうや!! へい、PAさん!! みんなにテキーラ追加!! 私の奢りだぜ!!」
「…………うちの店にそんなものありませんよ?」
すっかり陽キャが板についたひとりの方もずっとこの調子のため、本人の口から『戻りたい』と言わせるのも難しいだろう。
というか、未成年がテキーラなんて頼むなと。店の奥で皆を見守っている、イケイケファッションのPA(音響エンジニア)のお姉さんにツッコミを入れられている。
正直なところ八方塞がり。原因も解決策も分かっているのに手を出せないという、なんとももどかしい状況である。
「け、けどけど! ここにいるひとりちゃんは、紛れもなくひとりちゃんなんですよね!?」
しかし暗い顔ばかりしていられないと、本家本元の陽キャである喜多郁代が皆を元気付けるように声を上げた。
「ひとりちゃんが変わったとしても、私たちがいつも通りに接してあげればいいんじゃないでしょうか?」
郁代の言うとおり、ここにいる彼女は紛れもなく『後藤ひとり』本人である。別の何かと入れ替わっていたりとか、悪霊のようなものに外側から無理矢理操られているとかではないのだ。
たとえ性格が変わろうとも、周囲の人間がその変化を受け入れてやればいいだけではないかと、郁代は皆を前向きに導いていく。
「まっ……それもそうだけど……」
「確かにそうだね。何があろうと、ぼっちちゃんは……ぼっちちゃんなんだから!!」
この考え方が意外にも良い空気を生んだ。リョウも虹夏も、ひとりを本当に友達だと思っているからこそ、彼女がどんな性格でも受け入れるべきだと自分自身を納得させていく。
結束バンドの面々から、徐々に明るい表情が戻ってきた。とりあえず、現状を受け入れるという方向性で話が纏まったようだ。
「それじゃあ……せっかく集まったんだし、次のライブに向けて練習でもしよっか?」
ここで虹夏がバンド練習をしようと提案する。
それは気を紛らわすという意味の『逃げ』でもあるのだが、ライブが近いことに変わりはないため、練習しないわけにもいかなかったりする。
「ぼっちちゃん……一応聞くけど、ギターの弾き方忘れたなんてことないよね?」
だがここで、虹夏はまたも心配そうにひとりへと声を掛けた。
ひとりの性格が豹変したことで、もしかしたらギターの演奏方法を忘れてしまったりなど、何かしらの弊害が生まれているのではと心配したためだ。
「
しかしそれは杞憂であると、ひとりは自身の相棒——ギブソンのレスポール・カスタムの音色を響かせる。
淀みない華麗な演奏、滑らかな指捌き。性格が変わってもその演奏技術は健在のようだ。
「よ、よ~し!! それじゃあ、景気良くやっちゃおっか!! あっ、せっかくなんで鬼太郎くんたちも見てってください! 感想とか聞きたいんで!!」
「え……ええ、分かりました……」
ひとりの変化が未だ慣れないものの、そこは虹夏自身が無理にでもテンションを上げて乗り切っていく。ついでに、その場に留まっていた鬼太郎たちにも、観客としていてくれるようにお願いしていた。
特に断る理由もなく、鬼太郎たちはゲストとして結束バンドの演奏を観ていくこととなる。
「——それじゃあ、改めまして……結束バンド! ドラム担当の虹夏です!!」
そうして、四人のバンドメンバーが本番さながら、壇上のステージに集結する。
バンド前のMCの練習も兼ねているのか、バンドリーダーである虹夏が自身を含めたメンバーの紹介を挟んでいく。
「次!! ベース、山田リョウ!!」
「フッ……」
名前を振られるごとに、メンバーがそれぞれソロ演奏を聴かせていく。
山田リョウはベースでスラップ奏法をドヤ顔で披露、とてもご満悦なご様子だ。
「さらには……ボーカルの喜多ちゃん!!」
「はーい!! よろしくお願いしますね、皆さん!!」
ステージ中央ではボーカル担当の喜多郁代が手を振る。
歌だけでなく軽くギターも弾けるようだが、単独での演奏はまだまだ未熟。それでも、努力の成果が垣間見える良い演奏だ。
「そして……リードギター、後藤ひとり!!」
「ウェイ!! ウェイ!! みんな、今日も超絶盛り上がっていこうぜ!!」
最後には大トリを飾る、後藤ひとり。
いつもの彼女であれば、恥ずかしさのあまり観客に背を向けるのだが——今は堂々と鬼太郎たちに向かってソロ演奏を奏でていく。
「ぼっちちゃん……はっ! そ、それでは聴いてください!!」
性格を変えてもらった効果は確実に出ているようだ。虹夏はそこに複雑な気持ちを抱きつつも、今はそれどころではないと。
四人揃った——『結束バンド』としての演奏に集中していく。
「へぇ~……結構上手いじゃない?」
「うむ、素晴らしい演奏じゃ! 最近の子は凄いんじゃのう……」
思いがけず始まった結束バンドのライブ。練習に付き合わされる形だったが、思いの他上手な演奏に妖怪たちも聴き入っている。
人並みに動画サイトなどで気に入った音楽を聴いている猫娘は勿論、普段は音楽などあまり聴かない目玉おやじにさえも『上手い』と感じさせるものが、結束バンドの演奏にはあった。
「ええ、とても上手ですね……」
ゲゲゲの鬼太郎も、彼女たちの奏でる音楽に静かに目を閉じていく。
どうやら、音楽を楽しむという感情に人間や妖怪といった違いは関係ないようである。
「————?」
一方で、軽快な音楽を奏でる結束バンドだが、メンバーの何人かがどうにも腑に落ちないような表情になっていく。
演奏の手を止めたりこそしないが、虹夏やリョウなどは何度もアイコンタクトを取り、自分たちが感じた違和感を互いに確かめ合ったり。
ボーカルの郁代も、歌いながらさりげなく自身の後方へと視線を向けたり。
いつもとは違う『何か』に、集中力を妨げられているようだった。
「————♪」
ただ一人、後藤ひとりだけはその違和感に気付いた様子もなく、変わらぬ調子で演奏を続けていく。
「いや~……凄い!! 本当に良い演奏じゃったぞ!!」
そうして、結束バンドの演奏は終わった。本番のような臨場感たっぷりのライブ練習に、感動したように目玉おやじが両手を広げてくれる。
「あ、ありがとうございます……ははは……」
新規のお客さんに喜んでもらえたと、虹夏も笑みを浮かべる。
だが当人たちは、自分たちの演奏にどこか納得しきれていない様子で——その視線をチラチラと、後藤ひとりへと向けていた。
「お疲れ、リョウちゃん!! 今日も最高のライブだったんだぜ!!」
「…………」
しかし、ひとりは他のメンバーが抱いた違和感に気付いた様子もなく、ベーシストの山田リョウに労いの言葉を掛けていた。
馴れ馴れしくもリョウの肩をバンバンと叩くひとり。そんなひとりに対し、リョウは黙り込んでしまっている。彼女は結束バンドのメンバーではあるが、孤高を愛する人間でもある。
休日には一人で廃墟探索をしたり、古着屋や飲食店を巡ったり。気が乗らないときなどは、たとえメンバーから遊びの誘いがあっても断ることがある。
そんなリョウにとって、今のように遠慮なく距離を詰められるのは、なかなか精神的に厳しいものがあっただろう。
「そうそう!! そういえば……」
だがパリピと化したひとりに、孤高を愛する人間の気持ちは分からない。彼女は尚もだる絡みを続けながら、徐に一冊のノートをリョウへと差し出していた。
「この間頼まれてた新しい歌詞、バッチリ書いてきたぜ!! 我ながら、傑作なんだぜ!!」
「……!! 拝読いたす……」
これにはリョウも素早くバンドマンとしての顔つきになり、ひとりが書いてきたという歌詞に目を通していく。
結束バンドでは後藤ひとりが作詞を、山田リョウが作曲を担当していた。
ひとりが歌詞を書くのは、彼女が『青春ソング』を苦手としており、歌詞に入れるNGワードが多いという理由からだった。しかし彼女の感性から紡がれる歌詞は、暗いながらも刺さる人には刺さるとすこぶる好評だったりする。
「あっ、私にも見せてください!! ひとりちゃん、今度はどんな歌詞を書いてきたの!?」
郁代もひとりが書いてきたという歌詞が楽しみなのか、リョウと一緒になってノートを覗き込んでいく。
「…………」
「え……こ、これって!?」
だがノートに書かれている内容——歌詞に目を通した瞬間、リョウと郁代の表情が固まる。
「——どうだぜ!? 今回は爽快な青春ソングにしてみたんだぜ!!」
そう、ノートに書かれていた歌詞は、本来ならひとりが苦手としているNGワードがふんだんに盛り込まれた——まさに青春ソングそのものだったのだ。
歌詞には『友情』『努力』『勝利』。少年漫画にありがちな三要素のエッセンスがところどころに散りばめられている。
さらには『頑張れ』だの、『信じれ』だの、『夢は叶う』だの、現状を無責任に肯定する言葉。
極め付けは『愛してる』『大好き』と好意を伝える甘々な台詞がダイレクトにぶち込まれた。
「……うぐっ!!」
「リョウ先輩!?」
あまりにも前向き過ぎる言葉の数々に、山田リョウの精神がダメージを受ける。
陽キャの郁代ならまだしも、どちらかというと陰キャ側のリョウが直視するにはあまりにもキツ過ぎる歌詞だった。
「どうだぜ!? 最近のトレンドなんかもさりげなく入れてみた……かつてないほどの最高傑作なんだぜ!!」
しかし、ひとりはそれこそが自分が書ける最高の歌詞だと信じて疑わない。
「…………ぼっち」
そんなひとりを前に、リョウは手で頭を押さえながら目を伏せる。
つい今しがた受けた精神的ダメージを引きずりながら、ひとりに向かって——厳しく問いを投げ掛ける。
「——ぼっち……さっきの演奏はなに?」
「——!!」
「——!!」
リョウが真っ先に口にしたのは、歌詞に対する文句ではなく——今日のひとりの演奏についてだった。
ズバリと放たれたリョウの言葉に、同じようにもやもやを抱いていた虹夏や郁代がハッと視線をひとりへと向ける。
「…………へっ?」
「……?」
質問の意味を全く理解しきれていないのか。ひとりは間の抜けた声を出し、鬼太郎たちも首を傾げていく。
「さっきの演奏……ぼっち、だいぶ私たちに寄せてきてたよね? いったい何の真似?」
「な、なんの真似……って、そんなの当たり前なんだぜ! バンドなんだから……みんなで一丸となって一つの音楽を奏でるのは当然のことなんだぜ!!」
リョウの厳しい追求に、陽キャとなって堂々としていたひとりが僅かに怯んでいる。それでも自分の意見をはっきりと口にするあたり、やはり手相返しの効果は発揮されているようだが。
「それにしたって……寄せすぎじゃない? おかげでバンドとしては纏まってたけど……ぼっち自身の個性が完全に死んでた……」
だがリョウの不満は止まらない。
「あんなふうにレベルを抑えた演奏をされるくらいなら……いつもみたいに突っ走ってくれた方が全然良い。その方がライブとしての臨場感も出るし……私たちも、ぼっちの演奏に合わせようって……頑張れる感じがするし……」
「……どういうこと?」
バンド間に緊迫した空気が流れているが、彼女たちが何故揉めているのか、部外者である妖怪たちには分からない。
猫娘からしても、今の演奏に何の問題があったのか気付くことが出来ないでいる。
「ぼっちちゃん……本当は、ここにいる誰よりもギターが上手なんですよ……」
すると、猫娘の疑問に伊地知虹夏が声を潜めるように答えていく。
実はこの結束バンド。バンド内で最も高い実力を秘めているのが——何を隠そう、後藤ひとりなのである。
彼女のギターテクニックは既にプロでも通じるレベル。SNS上でも『ギターヒーロー』という名義で演奏動画を上げており、それが凄まじい再生回数を叩き出していた。
これも中学生活の三年間、青春の全てをギターに捧げてきた成果である。
ところが、ずっと一人での演奏を続けてきたため、アイコンタクトもまともに取れないほどに人見知りなため、バンドとして『他者と演奏を合わせる』という基本を苦手としていた。
一人弾きでは無双を誇る後藤ひとりも、バンドではミジンコ以下になってしまうのだ。
もっとも、最近はメンバー同士でしっかりと息が合うようになり、そこまで酷い演奏にはならない。
まだまだ『ギターヒーロー』としての演奏には及ばないものの、着実にバンドマンとしての実力を身に着けてきている。
しかし先ほどの演奏は、それとは別の意味で問題があった。
「さっきの演奏……ぼっちちゃんにしては息が合ってたけど……なんか、無理をして私たちに合わしてる感じだったんです……」
虹夏も感じていたのか。先ほどのライブ——ひとりはわざわざ自分自身のレベルを下げてまで、演奏の歩調をメンバーに合わせているようだった。意識してやったのか、あるいは無意識下だったのか。きっと性格の変化により、そのような演奏になってしまったのだろう。
仲間に合わせることは当然、悪いことではない。だが、そのせいで自分の演奏——後藤ひとりとしての個性が完全に埋没してしまっていた。
結果として綺麗に纏まっていたものの、それでは人並み——結束バンドとしての個性など何もない、ありきたりなバンドで終わってしまうのだ。
生粋のバンドマンである山田リョウには、それが我慢ならなかったのだろう。
「この歌詞もそうだよ。最近のトレンドって……ようは売れ線を意識してるってことでしょ?」
演奏だけに限らず、ひとりが新しく書いてきた歌詞にも。今まで感じられた『ひとりらしさ』がないと、ありきたりなフレーズばかりだと酷評していく。
「私、前にも言ったよね? 個性を捨てたバンドなんて……死んだのと一緒だって」
「——っ!!」
リョウの意味深な言葉に、星型サングラスの奥でひとりが目を見開く。
山田リョウは結束バンドを結成する以前にも、別の人たちとバンドを組んでいた時期があった。彼女はそのバンドの青くさくてもまっすぐな歌詞が好きだったという。
しかし売れるために必死になって、売れ線を意識するあまりに変わってしまったバンド仲間たち。そんなメンバーに嫌気が差し、リョウはそのバンドを抜けてしまった。
それから暫くして、そのバンド自体も解散してしまったという。
今となっては過去の出来事だが、その繰り返しが——この結束バンドでも起ころうとしていた。
「今のぼっちの演奏からは……個性がまるで感じられない。個性を捨てたバンドマンなんて、死んだのと一緒……」
リョウは同じような言葉を繰り返し用いて、自身の不満をぶちまける。
静かではあるものの怒りすら感じられるほど真剣に、今のぼっちを否定するような言葉を吐き捨てていく。
「——今のぼっちは……死んでるも同然だよ」
「————」
そんなリョウの言葉に場が凍り付いた。
「リョウ!!」
あんまりな言いように咄嗟に虹夏が咎めるような叫び声を上げるが、それすらも聞きたくないとリョウは帰り支度を始めてしまう。
「……私、今日はもう帰るから」
そしてこれ以上はこの場にもいたくないと、一人でさっさと帰ってしまった。
「ちょっ!! 待ってよ、リョウってば!!」
そんなリョウを慌てて追いかけていく虹夏。結束バンドの内、二名がその場から退席。ライブハウスにかつてないほどに重い空気が漂っていく。
「ひ、ひとりちゃん……」
その場に残った喜多郁代が、ひとりに気遣いの視線を向ける。
山田リョウの言葉に、陽キャとなっていた後藤ひとりも、流石に堪えるものがあっただろう。
「私が……死んでるも同然…………?」
語尾に『だぜ!!』をつけ忘れるほどに動揺し、暫くの間はそこから動くことが出来ないでいた。
人物紹介
後藤ひとり
『ぼっち・ざ・ろっく!』の主人公。原作者曰く、後藤の体は人間の体ではないらしい。じゃあ何者だよ。
陰キャの人見知りで、人と碌に目を合わせられないほどのコミュ症。
公式でも美少女という設定で、アニメだと描写がカットされているが、スタイルも抜群。
原作だとそのスタイルのせいで、時折虹夏や郁代にドス黒いオーラを向けられてます。
伊地智虹夏
結束バンドのリーダー、ドラム担当。
優しくて包容力があって、家事全般もこなせる。おそらくメンバーの中で一番女子力が高い。
原作では『下北沢の大天使』と名付けられ、視聴者からも天使と呼ばれている。
山田リョウ
ベース担当。変人と呼ぶと喜ぶ変人。
ぼっちと同じく陰キャだが、それを苦ともしないマイペースな子。
金遣いが荒かったり、金を借りて返さなかったりと……割とクズい。
喜多郁代
ギターボーカル。作中を代表する陽キャパリピガール。
ただ彼女の陽キャは、ある程度努力して維持しているような部分もある。
基本的に何でもそつなくこなせるが、特別秀でたものがないという部分に本人はコンプレックスがある模様。
吹消婆
今回のゲスト妖怪。手相返しの術という謎の妖術で手相を吹き飛ばし、その人の運命・性格を変えるとか。
活動報告のリクエスト欄でアイディアを提案されたことで今回の話が生まれました。
作者一人では思い浮かばなかったので、この場を借りて感謝の意を表明いたします。
一応、ゲゲゲの鬼太郎3期『妖怪吹消婆プロレス地獄』の軽いオマージュになっております。
ただこの話を作者は視聴しておらず、ネットで調べても軽い概要くらいしか分からず。
ある程度、分かりやすい描写で簡略化した話になっておりますので、その点はご了承ください。
パリピ後藤ひとり
手相返しの術でパリピキャラと化した後藤ひとり。
今作における主人公として彼女を中心に物語が展開していく予定。
性格のモチーフは『ひとりの想像の中にいるひとり自身』。
アニメでもあった『ナイトプールでサーフィン、クイーンオブウェイ』のところにいるアレです。
何故か星型のサングラスを掛け、常に語尾に『だぜ!!』を付けています。
今回は結束バンドの四人が中心でしたが、次回からは大人組も出てくる予定です。お楽しみに!