新曲も二曲、新たにリリースされるとのこと。
さらに公式スピンオフも鋭意製作中とのこと。まだまだ、ぼっちの人気はとどまるところを知らない!!
これは……二期も期待していいってことですよね!?
今回の話、正直二話構成にしようかと迷ったのですが……区切りがよかったの一旦ここで切ります。
余裕はあるのでしっかり三話で終わるので、次回で完結です。
今回は戦闘描写がほとんどなく、若干鬼太郎たちが空気気味。なので、鬼太郎たちの『縦軸のお話』をさりげなく盛り込んでいます。
他の話を読んでいないと少しわかりにくいところがあるかもしれませんが……あくまでおまけ要素ですので、よろしくお願いします。
「なんだか、雲行きが怪しくなってきたわね……どうする、鬼太郎?」
「どうすると言われてもな……」
下北沢のライブハウス『STARRY』にて。猫娘とゲゲゲの鬼太郎は予想外の事態に頭を悩ませていた。
吹消婆の『手相返しの術』により、性格が『陰キャ』から『陽キャ』へと変貌を遂げたバンドマン・後藤ひとり。
彼女の性格を戻してもらおうと、吹消婆の元を訪れたのだが——これは『後藤ひとり自身が望んだこと』だと、拒否されてしまった。
やむを得ず、そのままの状態で少し様子を見ようと。とりあえず現状を受け入れようとしたひとりの友達——結束バンドの面々。
しかし性格が変わった影響なのか、ライブに向けてバンド練習をしたところ——ひとりのギターに変化が生じていた。
演奏にギタリストとしての個性がなくなったと、ベーシストの山田リョウが静かに怒りを滲ませ、その場から退席。それを追いかける形で、ドラマーの伊地知虹夏もライブハウスを後にする。
気まずい沈黙の中、残っていたギターボーカルの喜多郁代。そして問題の後藤ひとりも、家に帰ると店を出ていってしまった。
「この件に関してこれ以上、わしらに出来ることはなさそうじゃのう……」
その光景を目の当たりにしながら、目玉おやじは何も出来ないと悩ましげに腕を組む。
吹消婆も言っていたが、性格をどうするかは後藤ひとり自身の問題。性格が変わったことで発生した問題も、あくまで人間関係のいざこざに過ぎない。
ましてや鬼太郎たちは音楽に関して全くの素人なのだから、その演奏方針に口出しなど出来る筈もない。
薄暗いライブハウスで、妖怪たちが揃って項垂れていく。
「——なあ、そろそろ店閉めたいんだけど?」
と、ここでひとりの女性がぶっきらぼうな口調で鬼太郎たちに話しかける。
ライブハウスの店員なのだろう、いつまでも居残っている鬼太郎たちにそろそろ出ていってくれないかと文句を口にしてきた。
「おっと! これは失礼した。ええっと……?」
つっけんどんな物言いだったが言っていることはもっともだったため、目玉おやじは素直に謝りながらその女性に目を向ける。
スラっとした美人。どこか不機嫌そうに顔を歪め、口調も粗暴で不良のようだが、どうにも見覚えのある顔立ちだ。
「伊地知……伊地知星歌だ。一応……この店の店長やってる」
目玉おやじの何か言いたげな視線に気づいたのか、その店員——店長だというその女性が自ら名乗った。
「伊地知? それじゃあ貴方は虹夏さんの……お姉さんでしょうか?」
聞き覚えのある苗字、似ている顔立ちから鬼太郎は彼女が『依頼の手紙を送ってきた少女』虹夏の姉だと察する。高校生である虹夏よりだいぶ年上のようだが、流石に母親という歳には見えない。
そう、彼女の名は
虹夏より干支一周分ほど歳が離れており、今年で二十……いや三十歳。ちなみに彼氏はいない。
「ここでお前らがつべこべ言ってたって仕方ねぇよ」
どこかで話を聞いていたのか、星歌は結束バンドの問題に対し妖怪たちに出来ることがないとはっきりと物申す。
「バンド続けてくんなら、音楽性の違いがどうのでメンバーと喧嘩になることもあるんだ。このくらい、自力で乗り越えていけるようにならないとな……」
結束バンドの直面している問題は、普通にバンドをやっていればどんなグループでもぶちあたる問題だという。
以前と演奏が違う、音楽の嗜好が変わった。お金の貸し借り、男の取り合い、薬物にハマったなどなど。
そういったバンド間の問題に、外野が口を出してもしょうがないとのことだ。
「随分と冷たい言い方ね……お姉さんとして、妹さんのことが心配じゃないのかしら?」
星歌の言いように猫娘が眉を吊り上げた。
確かに彼女の言う通りだろうが、結束バンドは星歌の妹が所属するバンド。身内として、もう少し親身になってやってもいいのではないかと、思わず責めるような口調になってしまう。
「いえいえ、分かりずらいと思いますけど……これでも結構心配しているんですよ?」
しかし星歌の乱暴な言葉遣いに、店員である音響エンジニアのお姉さん——PAさんがフォローを入れる。
「さっきから虹夏ちゃんたちのことが気になって、全然仕事に身が入ってませんでしたから……本当、身内に甘いんですから」
「う、うるせぇ! それ以上余計なこと喋ったらクビにすっからな!!」
PAさんの揶揄うような言葉に、星歌は照れくささを隠すように声を荒げる。どうやら表に出さないようにしているだけで、内心ではかなり心配しているらしい。
それでも迂闊に口を出すべきではないと、保護者として見守るに徹しているのだろう。
「……ごめんなさい、少し言い過ぎたわ」
星歌の本音をその態度から察し、猫娘は言葉が過ぎたことを素直に謝罪する。きっと星歌のように当事者たちに近しいところにいる人間でも首を突っ込めない、繊細な問題なのだろう。
尚更、素人の自分たちが口を出すべきではないと妖怪たちは痛感する。
「とりあえず、今日のところはお暇しよう……」
「そうですね、父さん」
これといった解決策が浮かばなかったこともあり、今日のところは店を出ようと目玉おやじが声を掛ける。父親の言葉に頷き、ライブハウスを後にしようとするゲゲゲの鬼太郎。
「——あの……すみません」
だがその際、一人の女性がSTARRYに入店してきた。
カランコロンと今時には珍しく、その女性も鬼太郎のように下駄を履いている。肩に流した三つ編みの髪にリボンを付けた、少女チックな髪型。その一方で、ワンピースの上にスカジャンを羽織っているなど、なかなか個性的なファッションを着こなしている女性。
「あん……? なんだ、廣井じゃねぇか……またシャワーでも借りにきたのかよ、金取るぞ」
その女性に対し、店長の星歌が眉を顰めた。
その表情や、言葉からしてその人物を全く歓迎していないことが容易に想像できる。
「……どなたです?」
「店長さんの大学の後輩で……一応、彼女もバンドマンです」
鬼太郎はその女性が何者かとPAのお姉さんに尋ねる。親切にもPAのお姉さんは簡潔に彼女が何者かを鬼太郎たちに説明してくれた。
その女性の名は——
『新宿
二十代後半ということもあり、ライブ活動を始めて一年足らずでしかない『結束バンド』よりも数多くの修羅場を潜ってきた。インディーズバンドではあるものの、定期ライブでの客入りは余裕で五百人を突破するほど。
後藤ひとりからも、先輩バンドマンとして『きくりお姉さん』と呼ばれ慕われている。結束バンドとの交流も深く、STARRYを出入りすることも珍しくはない。
「ていうか……お前、素面か? 珍しいな……いつもどうしようもないほど、グデングデンに酔っ払ってんのに……」
しかし、星歌は廣井がまともな状態——『酒に酔っていない』ことが珍しいと、心底不思議そうな顔をしている。普通の人間の感性からすれば、何を当たり前のこと言っているのだと思われるだろう。
だが、廣井きくりという女性が酒に酔っていないこと自体が割と珍事でもある。
というのも彼女。かなりの酒豪であり、昼夜問わず常に酔っ払っていることが常態化しているのだ。大事なライブ前も当然のように酒をあおり、演奏も泥酔した状態で行うという。
その影響なのか、ライブでのパフォーマンスも過激。客に酒を吹きかけたり、機材をぶっ壊したり、観客の顔を足で踏み付けたりと。
音楽のジャンルが『サイケデリックロック』と客層を選ぶジャンルでもあるため、SICKHACKのファンはそのほとんどが廣井の『教育』を受けた、熱狂的で洗練されたファンばかりだという。
いつまで経ってもメジャーデビュー出来ないのも、あまりにコアなファン向けで評価が両極端に分かれるからだという。
「先輩……私、ようやく気付いたんです……」
そんな廣井きくりが、先輩——星歌に向かってしおらしくも、何かを伝えようと言葉を絞り出していく。
酔っているときは気が強くなる彼女だが、素面だと意外に内気なのか。
それでも、はっきりと——普段の彼女からは想像も出来ない『爆弾発言』を口にした。
「自分がどれだけお酒に依存した駄目人間だったのか……そのせいで、どれだけ多くの人に迷惑を掛けてきたか……だから、私っ!!」
「——金輪際、お酒なんて一滴も飲みませんから!!」
『——お酒なんて、一滴も飲みませんから』
『——飲みませんから』
『——飲みませんから』
「——なっ!!!?」
「——え、ええええええええ!!!?」
その発言に、星歌とPAさんの二人が雷に打たれたような衝撃を受ける。
信じられない、信じたくないと。まるで廣井の正気を疑うよう、星歌など必死になって彼女の身体を揺さぶっていく。
「どうしたんだ、廣井!? なんか悪いもんでも拾い食いしたか!?」
「……なんでそこで拾い食いなんて発想になるんです? 別に、そこまでひもじい思いはしてませんよ?」
気が動転して割と失礼なことを口にする星歌だったが、廣井の方は酔っていないため冷静な突っ込みを入れる余裕さえあった。
いったい何が起きているのか。彼女のことを知っているものであればあるほど、そのような疑問を抱かずにはいられないだろう。
「先ほども言ったとおりです。私、ようやく気付いたんです。私の人生にもうお酒なんて必要ないって……お酒がなくても生きていける自分に、生まれ変わることが出来たんです!!」
「むっ? 生まれ変わるじゃと……?」
廣井が口にしたフレーズに、目玉おやじがもしやと口を挟む。
「すまんがお嬢さん……ちょっといいかな?」
「はい? ……って、目玉? 目玉が喋ってる!?」
いきなり目玉おやじのような存在に声を掛けられて驚く廣井だが、そこを華麗にスルーして質問を続ける。
「もしやと思うが……最近、どこかで占ってもらったりしなかったかのう? そう、たとえば……手相占いなど……」
「!!」
目玉おやじが何を聞きたいのかを察し、鬼太郎もハッとなった。
「えっ? ええ……確かに占ってもらいました。占い師のお婆さんに……」
予想通り、廣井きくりは手相占いを受けていたようだ。
無論、その相手は吹消婆——手相返しの術が使える彼女をおいて他にあるまい。
×
「あの後藤って子だけじゃなかったみたいね、手相占いで性格を変えられてたのは……」
「うむ……吹消婆のやつ、いったい何を考えておるのか?」
STARRYを後にした鬼太郎たちだったが、そのままゲゲゲの森には戻らず。その足で商店街——吹消婆の店を訪ねようとしていた。
廣井きくりの話を詳しく聞いたところ、彼女も後藤ひとりのように手相占いを受けて性格を変えてもらったようだ。彼女の場合『お酒に頼らずとも自信を保てる自分に』とのこと。
廣井が酒を飲むのは、ライブの緊張や内気な自分をカモフラージュするため。素面では自信を保てない、陰キャで弱気な自分を酔っ払うことで誤魔化していたというのだ。
もっとも、そのせいでだいぶ酒癖が悪くなり、ライブの度にバンドメンバーを怒らせたり、路上で酔い潰れて警察の厄介になったり。酒がないと不安で不安でしょうがないと、もはや日常生活に支障をきたすレベルへと陥っていた。
そんな自分をどうにかしたいという思いが、廣井の内側にもあったのだろう。
偶々路上で出会った吹消婆にその悩みを見透かされ——ならば、お酒の力など借りなくても生きていけようにと、手相を組み替えてもらったのだ。
「とりあえず、もう一度吹消婆に会ってみましょう……彼女の真意を確かめなくては」
勿論、ひとりのとき同様あくまで本人の同意あってのことだ。しかし同意があったからと言って数十、数百人規模で人間の性格を変えているというのであれば、色々と問題も起きよう。
どれだけの人間の手相を弄ってきたのか、その真意がどこにあるのか。諸々の事情を確かめるため、ゲゲゲの鬼太郎は吹消婆の元へと急ぐ。
「……明かりが付いてる?」
そうして、一行は再び吹消婆のたい焼き屋の前までやってきた。
先ほど訪れたときは店じまいと言っていたので、留守である可能性も考えた。だが店には明かりが付いており、店内にも何者かの気配がある。
「……もっと……さんの……共を……」
「……るいが……よそを…………」
耳を澄ませば話し声が聞こえてくる。どうやら誰かと何かを言い争っているようだ。話の内容までは聞こえてこないが、少し険悪なムードが外にいる鬼太郎たちにも伝わってくる。
「いったい、誰と……?」
取り込み中ということもあって割って入ることは避けたが、一応は誰と話をしているかを確認すべく。鬼太郎はこっそりと窓から店内の様子を窺う。
「——聞いてんのかよ、吹消婆!!」
刹那、店内から男のものらしき怒鳴り声が響いてくる。
その叫び声と同時に——鬼太郎はその人物が何者なのか、そのビジュアルを視界に捉えた。
「あれは……!!」
「鬼太郎!? どうしたってのよ!?」
その見覚えのある人物に、鬼太郎は慌てて駆け出す。
まだ店内を見ていない猫娘が戸惑いを露わにするが、彼女への説明を後回しに鬼太郎は入り口のドアを蹴破る勢いで店内へと飛び込んでいく。
「なっ!! なんだぁ!?」
鬼太郎の乱入に、その『妖怪』は分かりやすいほどに狼狽する。大きな体、大きな両腕いっぱいにたい焼きを抱え込みながら、こちらを振り返った。
その『真っ赤な顔』を前に、やはり見間違えではなかったと。鬼太郎が厳しい表情で身構えていく。
「——どうしてお前がここにいるんだ……朱の盆」
「朱の盆じゃと!?」
「あ、アンタ……こんなところで何してんのよ!!」
因縁深きぬらりひょん——その配下である朱の盆との遭遇に、目玉おやじや猫娘も険しい顔付きになる。
彼がぬらりひょんの意思を継ぎ、人間たち相手に悪さを働こうとしているのは以前の騒動で知っていたが、まさかこんなところで出くわすとは思ってもいなかった。
朱の盆がこの店にいる。それも吹消婆と密会しているという事実に嫌な予感を覚える。
まさか吹消婆も、朱の盆の意思に賛同するもの——人間を害そうとしている妖怪なのかと、鬼太郎たちの間に緊張感が漂う。
「なんじゃ、誰かと思えば鬼太郎か……わざわざ戻ってくるとは、忘れ物でもしたのか?」
「……?」
しかし、疑いを掛けられる立場の吹消婆は全く狼狽えていない。まるで後めたさなどないとばかりに冷静な対応、これには鬼太郎の方が少々面食らってしまう。
「どういうことだ……なんでこんなところに鬼太郎が!? まさか吹消婆……この俺様を騙しやがったのか!?」
寧ろ朱の盆の方が動揺し、吹消婆へと怒ったように詰め寄っていく。
「騙したとは人聞きが悪いのう……そもそも、わしはお前さんの仲間になったつもりはないぞ?」
だがやはりというか、吹消婆は朱の盆の怒号にも一切動じない。
彼女は朱の盆と鬼太郎。その双方の誤解を解くよう、自身の立場を明確にするために口を開いていく。
「確かに、わしはお前さん……朱の盆の誘いを受けて副業の手相占いを始めた。その過程で手相返しの術を用いて、何人か人間たちの性格も変えてきた」
「!!」
吹消婆曰く、彼女がここ最近になって手相占いを頻繁に行なっていたのは、朱の盆の誘いがあったからだという。人間社会の混乱を望んだ彼が、吹消婆の『手相返しの術』に目を付け、その力で多くの人間たちを苦しめようと思って声を掛けたというのだ。
力自慢な朱の盆にしては珍しく搦手な作戦。きっとぬらりひょんのやり方を、見様見真似でやってみたのだろう。
「じゃが……わしにとってそれはあくまで商売じゃ。お前さんが何を期待しているかは知らんが……過度な期待を持たれても困る」
「むぐっ!?」
もっとも、ぬらりひょんのように上手くはいかない。頼み方を間違えたのか、頼む相手からして間違えたのか。朱の盆の目論見はあっさりと外れ、吹消婆はそれほど多くの人間の性格は変えなかった。
本当に心の底から変化を望んだ人間だけ、それも片手で数える程度の人数だという。
「分かったら、とっとと帰っとくれ。その売れ残り……たい焼きは手切れ金代わりにくれてやるわい」
おまけに、これ以上は占いをする気も起きなくなったと。外にいた鬼太郎が聞いていた二人の言い争いは、既に互いの協力関係が決裂していることを意味していた。
吹消婆は本業であるたい焼きの売れ残りを朱の盆へと押し付け、とっとと出ていくようにと冷たく突き放す。
「ち、ちくしょう~! 覚えてろよ!!」
これに朱の盆は捨て台詞を吐き捨てるしかなかった。もしかしたら力尽くで吹消婆を従えることも考えていたかもしれないが、鬼太郎が出張ってきた以上それも難しい。
結局大した悪事を為さぬまま、たい焼きを大量に抱えて店の裏口から走り去っていく朱の盆。
「……吹消婆」
鬼太郎は、そんな朱の盆の後を追わなかった。
ここで彼を逃せば、きっとまたどこかで人間に仇をなそうと悪事を企むだろう。しかし、だからといって追いかけてまでトドメを刺そうなどとも思えない。
かつて、ぬらりひょんが言っていた——『私が去っても志を継ぐ者は現れる』と。
実際、朱の盆がそうであるように、彼を倒したところで別のものが取って代わるだけだろう。
敵対するものを、ただ排除するなどしていても根本的な解決には至らない。きっとこれは一朝一夕でどうにかできるような問題ではない。
故に今は吹消婆の件が先決だと。ゲゲゲの鬼太郎は彼女を真正面に見据え、改めて問いを投げ掛けた。
「本当に……後藤ひとりさんを元に戻すことは出来ないのか?」
「む……」
既に鬼太郎が気に掛けていたことは、先ほど吹消婆が語ってくれた。
その言葉を信用するのであれば、彼女は自分の能力——手相返しの術を悪用し、人間社会に混乱をもたらすつもりなどないのだろう。
だが、廣井きくりという女性の酒癖を改善した件はともかく、後藤ひとりの件に関しては良くない流れが起こっている。
出来ることなら元に戻した方が結束バンドのためになると感じ、もう一度鬼太郎の方から吹消婆の説得を試みる。
「何かあったようじゃが……わしの答えは変わらんぞ」
しかし、たとえどのような事情があろうとも吹消婆が首を縦に振ることはない。
「あの子が自分の意思で戻りたいと望まぬ限り……わしから出来ることはない」
たとえ今のひとりに、周囲がどのような感情を抱こうとも関係ない。あくまでも後藤ひとりの意思を尊重すると、その点に関しては頑なに譲ろうとしない。
「あの子は自分で気付く必要があるんじゃよ……どんな自分であれ、そこが自分の居場所じゃとな……」
それは手相返しの術を行使する過程でひとりの内面に触れたからこそ、彼女の気持ちを鑑みようという吹消婆の老婆心が働いたが故の心境だった。
まるで孫を見守る祖母のように、吹消婆はひとりの行く末を信じて見守っていく。
×
「——おかわり! なんだぜ!!」
その頃、既に自身の家へと帰宅していた後藤ひとり。彼女は自分を暖かく迎え入れてくれる家族と一家団欒、食卓を囲んでいた。風呂上がりでもあったため、服装はパジャマに星型のサングラスも外している。
しかし性格がパリピに陽気であることに変わりはなく、茶碗一杯のご飯を綺麗に平らげ、元気いっぱいにおかわりまで要求する。
本来のひとりも、流石に家族相手に人見知りは発動しない。だがひとりの家族にとって、今の彼女は明らかにおかしい状態だ。
「ひ、ひとりちゃん? そんな……無理して明るく振る舞う必要なんてないのよ?」
ひとりの母・後藤
お茶碗にご飯をよそいながら、娘に無理をする必要はないと諭そうとする。母親として常にひとりのことを優しくも厳しく見守ってくれる彼女だが、やはり娘の変貌には戸惑いを隠しきれない。
いつも明るいその表情から、珍しく不安の色が見え隠れしている。
「そ、そうだぞ、ひとり!! お父さんたちの前で、変にはっちゃける必要はないんだからな!!」
ひとりの父・後藤
家庭内ヒエラルキーが最下位の彼だが、そこは一家の大黒柱らしくはっきりと物申していく。もっとも会社では窓際族。家庭でも家事全般を割とやらされている感の彼では、父親としての威厳もあまり出し切れていなかった。
「無理なんかしてないぜ!!」
そういった両親の心配をよそに、ひとりは陽キャな自分を貫いていく。
手相返しの術で性格を変えてもらった彼女にとって、今の状態こそが自然体なのだから、本当に無理などはしていない。
「そ、そうか……」
「…………霊媒師さん、呼ばないとね……」
だが、やはり家族からすれば異常事態に変わりはない。
詳しい事情を知らないままの彼らは、知り合いの霊媒師にでも頼もうかと。ひとりに憑いているかもしれない悪霊退治にまで思考を巡らしていく。
「ごちそうさま……」
そんな中、食事を終えたひとりの妹・後藤ふたりが食卓から離れていく。
ひとりと歳の離れた妹も今年で六歳。本来のひとりのように人見知りでもなければ、不安に駆られて奇行に走ることもない。日々を元気いっぱいに生きる、誰よりも明るい女の子だった。
「へい、ふたり!! この後一緒に遊ばないか? 元気のないふたりに、お姉ちゃんがとびっきりのソロライブに招待しちゃうんだぜ!!」
しかし今のふたりからは、いつもの明るさを全く感じられない。
妹の様子を心配したひとりが、ふたりを元気付けようと声を掛ける。姉妹仲は良い方なので、ひとりが遊ぼうと声を掛ければ喜んで駆け寄ってくる筈だが。
「——嫌だ!」
「……へっ?」
ところが——ふたりの口から出たのは、明確に姉を拒絶する言葉だった。
「お姉ちゃん……いつものお姉ちゃんじゃない!! ふたりのお姉ちゃんは……そんな変な話し方しないもん!!」
「ふたり!?」
ふたりの過ぎた言葉に、美智代が母として咎めるように注意する。
しかし大人である両親とは違い、まだ子供のふたりには姉の変貌ぶりを受け入れることが出来なかったのだ。
「お姉ちゃんは……お姉ちゃんはいつもイジイジしてて、お化けみたいに暗くて……」
「うん……うん?」
「学校にお友だちもいなくて、いつも一人で押入れの中でギターを弾いてて……」
物凄く辛辣な評価だが、後藤ふたりにとって姉であるひとりとはそういう人間だ。そういうヘンテコな姉が——ふたりは大好きなのだ。
だからそうじゃない姉など、姉ではない。少なくとも、幼いふたりにひとりの変わりようをすぐに受け入れろという方が酷な話だろう。
「そんな……そんな明るくて堂々としてるお姉ちゃんなんか……お姉ちゃんじゃないもん!! 行こう、ジミヘン!」
「アン! クゥーン……」
だから、ふたりは目に涙すら浮かべて今のひとりを否定、そのまま自分の部屋へと引きこもってしまう。後藤家の飼い犬であるジミヘンも、ふたりに寄り添っていく。
犬であるジミヘンですらも、今の後藤ひとりを『家族の一員』と認識出来ないでいるのか、少し怯えたように彼女から距離をとっていた。
「こらっ! 待ちなさい、ふたり!!」
「ひ、ひとり……あんまり気にしなくていいからな? ふたりも……ちょっと混乱しているだけだから……」
ふたりの言いようがあんまりだったためか、母親が珍しく少し怒ったような顔でふたりの後を追いかけていく。
父親もひとりが傷つかないようにと、慌ててフォローを入れてくれる。
ひとりの性格が変わって二、三日ほど経過していたが、それに慣れるようなことはなく。未だ陽気なひとりに振り回されていく後藤家の人々。
「——大丈夫!! 全然気にしてないんだぜ!!」
もっとも、パリピなひとりは妹の言葉にもめげず、父親のフォローにも笑顔で応える。
本来のひとりならもっと深く落ち込んでいるだろうが、陽気になったことで神経も図太くなっているため、並大抵のことで塞ぎ込むことはないだろう。
「…………」
だが口では気にしないと言いつつ、周囲の反応が徐々にだが確実に——陽キャな後藤ひとりの心境に変化をもたらしていく。
人物紹介
伊地知星歌
STARRYの店長、虹夏の姉。
不良感が全面に出ていますが、ぬいぐるみを抱いていないと眠れないという中身は乙女。
元々はバンドマンでしたが、ライブハウスを始めるために引退。
それも全ては妹のためだという、コミックス5巻に掲載されている番外編はまさに必見の価値あり。
PAさん
STARRYで働く音響エンジニアのお姉さん。
後藤ひとりがたじろぐほどのイケイケファッション……でも歳には勝てない、多分まだ二十代?
名前はまだない。原作者も彼女に名前を設定するつもりはないとのこと。
廣井きくり
新宿を中心に活動するロックバンド『SICKHACK』のベースボーカル。
主人公であるひとりをバンドマンとして導く、師匠ポジションのような人。
いつも酔っ払っているアル中。今回は吹消婆の力により、アル中じゃなくなっている。
果たして彼女は元に戻れるのか!? ……元に戻らない方が幸せかもしれん。
後藤美智代
後藤ひとりの母親。美人で性格も穏やかで優しいのだが……。
結束バンドの宣伝のために制服を着て高校生に擬態したりと、割とヤバいことを平然としている。
知り合いに霊媒師がいるとか謎に人脈が広い、ひとりと違って友達も多そう。
後藤直樹
後藤ひとりの父親。若い頃は売れないバンドマンだったとか。
ひとりがギターを始めるにあたり、持っていた五十万ものギターをぽんと貸し与えた割と太っ腹な人。
前髪に隠れて素顔が見えない仕様になっており、影が薄いポジション。
後藤ふたり
ひとりの妹。作中だと五歳と明言されていますが、時間軸も進んでるし、多分六歳くらいにはなってる。
純粋であるが故に、ナチュラルに姉をディスる恐ろしい子。
ひとり以上のコミュ力を発揮し、そんなふたりにひとりが嫉妬する場面も……姉の方が器が小さ過ぎる!
ジミヘン
後藤家の飼い犬。ふたりの相棒みたいな感じで家だといつも一緒に遊んでる。
子供と動物の組み合わせって、ネットでもバズりやすいそうですね……。