ちなみに自分は……普通に仕事してました。二連休はともかく、三連休……五連休など夢のまた夢さ……フッ!
今年のFGOコラボイベント、『螺旋証明世界リリムハーロット 喝采なき薔薇』。
本編に絡んだような、久しぶりのビックイベントでしたね。
まさかドラコーが、新クラス・ビーストを引っさげてやって来るとは……。
残念ながら自分はドラコーを当てることができませんでしたが、いずれは他のビーストも実装されることでしょう。
自分はカマソッソのビースト実装に期待して、石を貯めていこうかと思います!
今回で『ぼっち・ざ・ろっく!』のクロスオーバーは堂々完結です!
想定より少し長くなりましたが、きっちり3話構成で纏めることが出来て一安心。
今回は戦闘描写がほとんどなく、鬼太郎たちの要素も少なめ。
ですが妖怪の出番が必要だったりと、確かにクロスオーバーだったと思えるような話になればと書かせていただきました。
結果的に割とシリアスな話にもなっていますが、最後はちゃんと笑って終われるようになっておりますので、どうか気楽にお楽しみ下さい。
「みんな、おはようなんだぜ!!」
「あ、おはよう、後藤さん! 今日も元気なんだね……」
その日、いつもと変わらず後藤ひとりは高校生として学校に登校していた。
神奈川県にある後藤ひとりの家から、彼女が現在通っている下北沢の秀華高校まで電車で片道二時間ほど掛かる。何故それほどの時間を掛けてまで、わざわざ県外の高校を選んだかというと——なんてこともない。
ただ地元が嫌だったから。中学時代の黒歴史を知っている人と同じ高校に通いたくないという、なんともぼっちらしい理由からであった。
学校選びにまで陰キャな性格が反映された、後藤ひとり。だが、そうまでして通い始めた高校生活でも友達といえる人はほとんどいなかった。
相も変わらず寂しい高校生活を送っていたのだ、つい最近までは——。
「ねぇねぇ、後藤さんのバンドって……やっぱ下北沢でも有名なの?」
「去年の文化祭の演奏ほんと凄かったよね! 今年もやるの!?」
朝のHR前、クラスメイトとの女子たちがひとりに積極的に話し掛けてくれている。
これまでのひとりからすればあり得なかったことであり、たとえ声を掛けられたとしても気の利いた返しが出来ず、場を白けさせるだけで会話など途切れていただろう。
「勿論だぜ!! 路上ライブなんかも定期的にやってるし、よかったら観に来て欲しいんだぜ!!」
しかし、今のひとりは他者との会話を当然のものとし、笑顔で受け答えしている。言動に多少おかしなところはあるものの、それまでの陰キャなひとりに比べればよっぽどまともで話しやすいと。
後藤ひとりのイメチェン、性格の変化は大抵のクラスメイトたちからは概ね好評だったりする。
「はぁ~……ひとりちゃん、楽しそうだな……」
そんなクラスメイトたちと笑顔で言葉を交わすひとりに、喜多郁代が複雑そうな視線を向けてため息を吐く。
一年生の頃は別々のクラスだった郁代とひとりだが、二年生へと進級するにあたり同じクラスになることが出来た。バンドメンバーとして、純粋に友達として郁代はそれを嬉しく思っていた。
もっとも郁代が他のクラスメイトとの仲立ちをしたところで、ひとりのコミュ症が改善されるようなことはなく。それどころか、郁代が知らず知らずに放っていたリア充オーラにダメージが加速。
休み時間など授業が始まるギリギリの時間まで教室の外に避難している等、ひとりは日々心労を募らせていた。
そんなひとりが、今はクラスメイトと普通に馴染めている。
それは歓迎すべきことなのだろうが、何故か素直に喜べていない自分自身に郁代は落ち込み気味であった。
「よっ! なに辛気臭そうな顔してんだよ、喜多~」
「あっ、さっつー! ううん、ちょっとね……」
と、そんな郁代に一人の女子が歩み寄ってくる。
気さくに話しかけてくれる彼女はクラスメイトのさっつー・
佐々木は郁代とは中学校からの付き合いで、だいぶ気心の知れた間柄である。
竹を割ったようなさっぱりとした性格で、ひとりの奇行を前にしても取り乱すことなく、自然に接してくれていた数少ないクラスメイトだ。
「今日の後藤もやっぱ変な感じのままだな~、なんかあったのか?」
ひとりがパリピと化した現在も、それを面白いと感じている余裕を見せながら、それとなく郁代に何かあったのかを尋ねてくる。
「う~ん……なんていうか……」
郁代はその問い掛けに、なんと答えるべきか頭を悩ませる。
妖怪のお婆さんの手相占いで性格を変えられてしまったと、正直に話したところで信じられるかどうか。今のご時世なら、その説明でも納得はしそうだが。
「そっか~。色々大変なんだな、バンドマンって~」
もっとも、郁代が言い淀んでいるとそれ以上は特に追求してくることなく。佐々木は事情を察したように己の質問を引っ込めてくれる。
「そ、そうなのよ! バンドマンは大変なのよ! ははは……」
こういうとき、しつこく迫ってこない彼女の性格はありがたい。バンドマンだからという言葉で何とか誤魔化し、郁代は苦笑いでその場を乗り切る。
「ひとりのやつもクラスに馴染んでるようだし、良い傾向っちゃ、良い傾向だよな~」
「そ、そうよね……これで良かったのよね……」
佐々木はクラスメイトと自然な調子で話すひとりへと視線を向け、郁代もその視線につられて改めてひとりへと目を向ける。
「うちのバンドは週末にはBBQ!! ライブの打ち上げはリムジンで乾杯なんだぜ!!」
「はははっ、なにそれ!? 後藤さんも冗談言うんだね!!」
今のひとりは普通に人と話せて、ああやって冗談まで言い合い、自然に笑顔を浮かべることが出来ている。
それは、この年代の女の子であれば当たり前のことなのだ。だからひとりにとっても、これは喜ばしいことだと。郁代は自分自身をそう納得させていく。
「——けど、私は前の後藤の方が好きだったかもな……」
「えっ……?」
だが、何気なく放たれた佐々木の言葉に郁代はハッと顔を上げる。佐々木は視線をひとりに向けたまま、軽い調子で自身の正直な気持ちを吐露していた。
「前の後藤の方が、なんかロックでバンドマンらしかったし~。見ていて飽きないし、面白かったんだよね~」
「…………」
大抵のクラスメイトが現状をいい流れとして受け入れている中、佐々木は極めて個人的な意見から『前のひとりの方が良かった』と堂々と口にしてみせる。
「喜多はどうよ~?」
「!!」
さらにはさりげなく、佐々木は郁代個人の意見を聞いてくる。
「喜多は今の後藤と、前の後藤……どっちの方が好きだった?」
「…………」
まるで食べ物の好き嫌いを聞いてくるような気軽さではあったが、その質問に郁代は口を噤んでしまう。
——どっちのひとりちゃんが良かったって……。
郁代は一人、胸のうちに問い掛ける。
結束バンドのみんなには『ひとりちゃんが変わったとしても——』などと、いかにも理解があるように振る舞っていた郁代。
だがその実、彼女自身が誰よりも今のひとりより、前のひとりの方が良かったなどと心の奥底では思っていたりする。
——そりゃ、ひとりちゃんに……ちょっとめんどくさいところがあるのは確かよ?
確かに本来の後藤ひとりは、人見知りでコミュ症で。放っておけば、いつまでもネガティブな妄想で自分の世界に閉じこもってしまう引きこもりだ。
妄想の中で何を考えているのやら、コロコロと変わるその表情の変化を最初は面白いと思っていたが、慣れてしまうとちょっと面倒くさいという気持ちの方が大きかったりする。
それに比べて、今のひとりは他者とのコミュニケーションが問題なく取れている。今のままの方が、本人やクラスメイトたちのためになっているのかもしれない。
——けど、今の私が結束バンドでいられるのは……あのときのひとりちゃんが勇気を振り絞ってくれたから……。
だが、そんな陰キャなひとりこそが、喜多郁代を結束バンドに繋ぎ止めてくれた恩人なのだ。
一度は『ギターなんて弾けない』と、逃げ出した自分を引き留めてくれたのは、紛れもなくコミュ症の後藤ひとり。
彼女が人見知りながらも郁代のことを必死に呼び止めてくれたからこそ、今も自分は拙いながらもギタリストとして頑張っていけている。
——それに私が憧れたのは……私が凄いって思ったのは……あのときのひとりちゃんの演奏なのよ。
それに郁代がギタリストとして心惹かれたのは、後藤ひとりの——薄暗い学校の階段下、一人で寂しくギターを奏でていた彼女の演奏なのだ。
あのときの感動は今でも忘れられない。ライブでみんなと演奏を合わせるのとは違う。ソロでの輝き、魅力がひとりのギターから確かに伝わってきた。
——けど、今のひとりちゃんは……。
だが、その輝きが今のひとりのギターからは感じられない。
憧れの先輩でもある、山田リョウが言っていたとおり。ライブとしての一体感は良くなったかもしれないが、ひとりの『個性』というものが際立たなくなってしまったのを郁代も感じていた。
バンド全体のことを思うのなら、やはりひとりは元に戻った方がいいと考えられる。
——けど、だからって……私たちのわがままを、ひとりちゃんに押し付けたらダメなのよね……。
しかしそういった自分の考えや思いを、郁代は口に出せないでいる。たとえ結束バンドのメンバー全員が、郁代と同じ意見であろうともだ。
性格を変えたいと思ったのは、今の自分を変えたいと強く願ったのは——後藤ひとり本人なのだ。
「へい、郁代!! あとで軽くセッションしようぜ!! みんなが私たちの演奏を聴きたいってさ!!」
「聴きたい! 聴きたい!! 喜多ちゃん、お願い!!」
「う、うん……」
願いを叶えてもらったことで、今のひとりはとっても活き活きとしている。
きっと、こんな何でもない日常を送れて後藤ひとりも幸せなのだろう。
そんなささやかな彼女の幸福を壊すことは出来ないと、郁代は己の本心を笑顔の裏にひた隠していく。
×
そうして幸せ一杯、青春全開の学校生活を過ごしその放課後——バンド活動の時間がやって来た。
「ええっと……それじゃあ、軽く合わせてみよっか?」
「オッケーなんだぜ」
「…………」
「…………」
ライブハウス『STARRY』にて。防音対策がしっかりと取られたリハーサルスタジオで、結束バンドのメンバー四人が揃っていた。
しかし昨日の件を引きずっているのか、ベースの山田リョウは一行に口を開こうとせず、視線をひとりに向けようともしない。
ひとりも、陽気に振る舞ってこそいるが先日に比べるとだいぶ大人しくなっている。重苦しい空気を敏感に感じ取ってか、郁代もすっかり黙り込んでしまっていた。
「ほらほら、みんな!! もっと元気出して!! せっかくなんだから……楽しくやっていこうよ!!」
そんなギスギスしたメンバーたちに対し、ドラムの伊地知虹夏が率先して明るい空気を作っていこうと声を掛ける。
「うん、わかってる……」
「虹夏先輩……はい!!」
虹夏に促されることでリョウは顔を上げ、郁代もぎこちないながらも笑みを浮かべていく。バンドリーダーを務めているだけあって、虹夏には場の空気を和ませる人の良さのようなものがあった。
伊達に『ドラムはバンド内の潤滑油としての役割がある』と自称してはいない。確かに虹夏は結束バンドに欠かすことの出来ない、ムードメーカーである。
そうした虹夏のおかげもあり、結束バンドはその日の練習を何とか演奏という形まで持っていく。
「……もう一回、最初から……」
だがやはりと言うべきか、以前にも指摘された演奏の問題点——ひとりのギターの『個性が死んでいる』という点については、改善される兆しが見受けられない。
それどころか、練習を重ねれば重ねるほどバンドとしての一体感が高まっていき、ギターの個性など埋没してしまっているような気さえする。
寧ろ、普通に演奏を聴くだけなら『これでいいのではないか?』と思わせるほどの完成度に到達している。
しかし、ひとりの実力を知っているものであればあるほど、今の彼女の演奏には違和感しか感じ取れない。
「…………?」
手相返しの術によって性格を変えられた影響が如実に表れてしまっていると、ひとり本人も何がどうなっているのかと首を傾げていた。
「ふぅ~……それじゃあ、今日はここまでにしよっか?」
そうして何度か音を合わせてみたものの、最後まで納得のいく演奏になることはなく。時間も時間だったため、今日のところは練習を終えた。
「……先帰るわ」
「あっ、待ってください、リョウ先輩! 私も一緒に……」
その日も、リョウは真っ先に帰り支度を済ませてさっさと引き上げてしまう。やはり今のひとりとは話す気もないのか、そんなリョウに今日は郁代が付き添っていく。
「…………ごめんね、ぼっちちゃん」
リョウたちの背中を見送りながら、ひとりと二人っきりになった虹夏が謝罪の言葉を口にしていた。
「リョウが酷いこと言っちゃって……リョウには昨日怒っといたから! だからぼっちちゃんも……あんまり気にしないでね?」
先日の過ぎた言葉に対し、おそらく昨日のうちに虹夏とリョウとの間で話し合いが行われたのだろう。その甲斐もあってか、少なくともリョウが昨日のような暴言を吐くことはなかった。
ただその態度からも分かるよう、リョウはまだ今のひとりを受け入れることが出来ないでいるようだ。こればかりはリョウの気持ちの問題であり、もう暫く時間が必要だろうと虹夏も余計なことは言わないでいた。
そう、時間さえあれば何とかなる。少なくとも虹夏本人は現状をそのように考えていた。
「……虹夏ちゃん」
「ん? どうかしたの、ぼっちちゃん?」
しかし、ここでひとりが虹夏に向かって真摯な問いを投げ掛けてくる。といっても、例の星型のサングラスを掛けているせいで、その瞳の奥の真意を窺うことは出来ないのだが。
しかしその声音の響きからは、ひとりの真剣な様子が確かに伝わってきた。
「——虹夏ちゃんは前の私と、今の私……どっちが良かったんだぜ?」
「……えっ?」
ひとり自身の口から飛び出たまさかの問い掛けに虹夏は思わず呆気に取られる。しかし、すぐに慌てたように声を荒げた。
「そ、そんなの……ぼっちちゃんはぼっちちゃんだよ!! どっちがどっちなんて……関係ないって!!」
手相返しの術で陽気にキャラチェンジしたとはいえ、彼女は紛れもなく後藤ひとりだ。以前と性格が変わろうとも、本質の部分では何も変わっていないと、吹消婆はそのように保証してくれたのだ。
ならば『前』と『今』を比べるなんてことはすべきではない。
どちらも後藤ひとりなのだから、そこに明確な違いを付けるべきではない——と、本来ならそれが理解のある解答というものかもしれない。
けど——。
「でも、みんなやりにくそうだぜ? 私が変わっちまったせいで……」
他でもない、ひとり本人が以前の自分と『対比』されていると感じていたのか。
前の方が良かった、前より接しやすくなった。
今の方がおかしい、今ならきっと仲良くなれる。
意見そのものは人によって違うが、比べられていることに変わりはない。
そうやって常に前の自分と比較される今のひとりの心境は、いったいどのようなものなのだろうか。
「ぼっちちゃん……」
ひとりの心情を思ってか、虹夏は息が詰まりそうな思いで彼女を見つめる。
陽気になろうが、パリピになろうが、どんなにお気楽そうで何も考えていないように見えていても——やはり彼女は後藤ひとりなのだ。
いくら前向きに明るく振る舞っていても、彼女にだって悩みはある。今この瞬間にも以前の自分との違い、周囲の反応に一番戸惑いを抱いているのは本人なのかもしれない。
「ぼっちちゃん!!」
「に、虹夏ちゃん……?」
その胸の内を聞かされ、虹夏は一切の色眼鏡なしで今の後藤ひとりと向き合っていく。
ここで取り繕っても仕方ないと、虹夏からも自身の心中を明かしていった。
「正直言うとね……確かにやりにくいって気持ちはあったよ? ぼっちちゃん……いきなり変な感じに変わっちゃったから、悪霊に取り憑かれたと思って、鬼太郎くんに助けを求めたくらいだし……」
普段とのギャップから、最初は今のひとりの有り様を認められなかったのは事実。変な悪霊にでも取り憑かれたのではと、鬼太郎に依頼の手紙を送ったくらいなのだから。
実際、妖怪が関わっていることは間違いなかったので全くの無駄足ではなかった。
「けどね……たとえぼっちちゃんが変わってしまったとしても……私にとって、ぼっちちゃんがぼっちちゃんであることに変わりはないよ?」
だが性格の変わった理由。その改変を望んだのがあくまで後藤ひとり自身であると理解すれば、色々と飲み込める部分もあった。
ならばあとは周囲の人間が納得出来るかどうか。自分自身にも言い聞かせるよう、虹夏はひとりへと強く訴えかける。
「ぼっちちゃんは私の友達……キミが私にとっての、ギターヒーローであることに変わりはないんだから!」
「!!」
投げ掛けられたその言葉に、ひとりの目が見開かれる。
ギターヒーロー。
後藤ひとりがSNS上などで名乗っているハンドルネーム。ひとり本人は格好いいと思って名乗っているニックネームだが、動画の視聴者などからは『ネーミングセンスが痛い』などと思われていたりする。
だが、その名前に恥じぬ通りの『ヒーロー』だと。幻想ではない、虹夏は等身大のひとりのことをそのように思っていた。
「いつだって、ぼっちちゃんはそのギターで挫けそうになる私たちに喝を入れてくれる。ぼっちちゃんと一緒なら……私も、私たち結束バンドも、もっともっと上のステージにいけるような気がする。私の本当の夢も……叶えられると思うんだよ!!」
「夢……虹夏ちゃんの……本当の夢……」
その話なら以前も聞いたことがあった。虹夏がこの結束バンドで叶えたい本来の目的——夢。
後藤ひとりがバンドを始めた理由は——『有名になり、みんなからチヤホヤされたい』という、割と俗っぽい願望のためだ。極めて個人的なその夢を叶えるためにも、彼女は今日もギターを手にする。
しかし個人ではなく『結束バンド』の一員としても、ひとりは虹夏の夢を叶えてあげたいと思っている。
虹夏の夢——それは結束バンドを有名にし、拠点としているライブハウス『STARRY』をもっともっと有名にすることにある。
そもそも、STARRYは虹夏の姉である星歌が、妹のために始めたライブハウスだった。伊地知家は何年も前に母親を交通事故で失っており、幼い虹夏はずっと寂しい思いをしてきた。
母親を失ったばかりの辛い幼少期、その悲しみを少しでも慰めてあげようと星歌が虹夏を連れていったのがライブハウスだった。
決して大きなライブハウスではなった。しかし幼かった虹夏にとって、そこに広がっていた景色は何もかもが大きく見えていた。
ギタリストとしてステージの上に立っていた星歌の姿が、星のように眩しく輝いていた。
ライブマンとして夢を追っている星歌の姿が、暗い道を照らしてくれる光に見えた。
その光景を見てからというもの、伊地知虹夏はバンドマンとして夢を追うことを決意した。
そんな虹夏の夢を応援するため、星歌はギタリストを引退。バンドマンに必要不可欠な拠点、ライブハウスを経営することを目指した。
そうして生まれた、伊地知姉妹の夢の出発点——それこそが『STARRY』なのだ。
そのSTARRYで、虹夏が初めて結成したバンドこそが——結束バンド。リョウや郁代、そしてひとりと共に夢に向かって歩き出した。
「けど……今の私の演奏は……以前とは違うって、リョウちゃんからも言われちゃったんだぜ」
しかしその夢にも翳りが出始めている。自分の演奏の変化が皆に迷惑を掛けていると、ひとりが申し訳なさそうに呟く。
「大丈夫だって!! 確かに以前と演奏のスタンスが違うかもしれないけど……そんなの練習次第でもっと良くなるよ!!」
だがそんなひとりの演奏の変化ですらも、虹夏は前向きに捉えてくれた。
「それに、ぼっちちゃんが演奏を寄せてきてるのって……つまるところ、私たちの演奏がまだまだ未熟だってことでしょ? 寧ろ、謝るのは私たちの方なんだから……」
それに、ひとりに比べると未熟さが目立っていたのは虹夏たちの演奏技術の方だ。
自分たちがもっともっと上手であれば、ひとりが自身の演奏を崩してまで無理に寄ってくる必要もないと解釈する。
「だから、私たちがもっともっと頑張って! ぼっちちゃんと肩を並べられるようになれたら、きっと演奏だって元に……ううん!! もっと凄いものになると思うからさ!!」
ピンチはチャンスとも言う。この変化を上手いこと乗り越えることが出来れば、結束バンドは今よりもっと飛躍できると。
虹夏はそれ以上、ひとりが性格の変わった責めを負わないように笑顔でその手を取っていく。
「だからぼっちちゃんが思い詰めることはないんだよ! どんなぼっちちゃんであれ……私は、それを受け入れるから……」
「虹夏ちゃん……うん、ありがとうなんだぜ!!」
虹夏の言葉に、ひとりは元の『明るい調子』を取り戻し、笑顔で頷いていく。
前と今の違いを理解した上で、それをしっかりと受け入れてくれる虹夏の存在。それだけでも『現在の後藤ひとり』にとって、十分な救いとなったことだろう。
「本当に帰るの? もう夜も遅いし……なんならうちに泊まってもいいのに……」
その後、すっかり夜も遅くなってしまったライブハウスの前で、虹夏は帰ろうとするひとりに心配そうな視線を向ける。ここから片道二時間も掛かるひとりの家まで、彼女を一人で帰すことに不安を抱いているようだ。
なんなら家に泊まっていけばいいと、STARRYと同じ建物内の三階。伊地知家の住まいがあるからと、そこにひとりを招待しようとする。
「大丈夫だぜ!!」
しかし、すっかり調子を取り戻したひとりは自信満々にグッと親指を立てる。この時間からでも無事に家まで辿り着けると、にこやかな対応だ。
「そっか……じゃあまた明日ね、ぼっちちゃん!」
ひとりがそこまで言い切るのであれば、これ以上は引き止めるのも野暮だろう。虹夏は何一つ翳りのない笑顔で、帰ろうとするひとりに手を振っていく。
「——虹夏ちゃん」
だが別れ際、ひとりは虹夏に声を掛ける。
それは耳を済ましていなければ聞き逃してしまいそうなほど、小さな呟き。
「——ばいばい」
哀愁を含んだ、僅か四文字の台詞であった。
「う、うん? またね……?」
その囁きに不思議な違和感を覚えつつも、もう一度再会の約束を交わして虹夏はひとりを見送っていく。
「…………」
そのまま、後藤ひとりは一人ぼっちで夜道を歩いていく。
元の彼女であれば、薄暗い裏路地をこっそりと一目に付かないよう、自信なさげな足取りで進んでいたことだろう。
だが、今の彼女はもう昔の彼女ではない。人の視線にも、人混みにも屈することなく、自分自身を前面にさらけ出せる。
きっと今ならなんでも出来るという、強い肯定感が彼女の背中を後押しする。
そんな彼女の向かった先は——家族の待つ家ではなかった。
後藤ひとりは、すっかり人気のなくなった『商店街』を歩いていき、目的地であるその店の前まで迷いのない足取りで向かっていく。
「…………」
そうして、辿り着いた場所『たい焼き屋』の前で流石に一度は足を止めた。しかしそこからは躊躇うことなく、明かりの灯った店内へと足を踏む入れていく。
「いらっしゃい……って、お嬢ちゃんか……」
そこで待っていて店主——妖怪・吹消婆と対面する後藤ひとり。
「その表情、決心が付いたようだね……」
ひとりが何かを口にする前から、吹消婆はどうして彼女がここまでやってきたのかを察する。
言葉にしなくても伝わる決意、その表情が雄弁に語っていたのだ。だが、あえてひとりは言葉にしていくことで、自分が『何を望んでいるのか』を吹消婆へと伝えていく。
「——お婆さん……私を、後藤ひとりを元に戻して欲しいんだぜ」
それこそ、陽キャな後藤ひとりが望んだ結末。
彼女の選んだ答えであった。
×
——…………。
——はぁ~……落ち着くな~……。
——ここなら……ずっと静かに過ごせそうな気がする……。
水底のように深くて暗い場所で、ジャージ姿のひとりが一人ぼっちで蹲っていた。
そこは『後藤ひとり』という人間の内面、心の中とでも表現すべき空間だ。そこで本来の性格——陰キャなひとりが、何をするでもなく眠るように膝を抱えてしゃがみ込んでいた。
ここはまさに何者にも侵されない、ひとりだけの世界。寂しくはあるものの、外からの脅威が何もない静かな場所でひとりはかつてない安堵感に包まれていた。
——あとのことは……もう全部、パリピな私に任せよう。
——みんなも……私みたいな人間を相手するより、陽気な私を相手にする方が楽な筈だもん……。
ひとりは自分の心の平穏のためにも、そして自分と関わりを持った他者のためにも。自分という存在がここで大人しくしていることこそ、最善だと本気で考えていた。
外のことを全てもう一人の自分——陽キャな自分に任せてしまおうと。自らの意識を、より深い眠りの中へと誘おうとする。
だが、そんな心の中での引きこもり生活にも終わりの時が訪れる。
「……!!」
陰キャなひとりしかいない筈の空間に、何者かの気配。
ひとりが思わず顔を上げると、すぐ眼前に自分自身の姿があった。もっとも、後藤ひとりと呼ぶにはあまりにも堂々とした顔つき。着ている衣服も、普段のひとりであれば自信がなくて着用できないような、厨二病な衣装。
星型のサングラスが格好よく決まっている。少なくともひとりの価値観からすればそのように見える。
「なんで? ここに……いるん……ですか?」
それが誰かと今更問うまでもなく。ひとりは何故、彼女がそこにいるのか疑問を投げ掛けていた。
「——お前さんを連れ戻しに来たんだぜ。いつまで、こんなところに閉じこもってるつもりなんだぜ?」
陰キャなひとりの問い掛けに、ため息を吐くよう後藤ひとり——陽キャな彼女が答える。
そう、彼女たちはどちらとも『後藤ひとり』だ。
性格の異なる両者が、他に何者も立ち入れない場所にて、二人っきりで向かい合っていく。
「なんで……あなたがいれば何も問題ないんだから……それでいいじゃない……ですか」
陰キャなひとりは陽キャな自分からの呼び掛けに、取り付くしまもなく首を横に振った。
陽キャな彼女がいれば、以前までの自分は必要ない。地味で陰キャで、人見知りでろくに他人と目も合わせられない、まともにコミュニケーションも取れないような自分など、いない方が色々なことが円滑に進むだろうとその意思は頑なだった。
「それがそうもいかないんだぜ。こっちもこっちで……色々と困ったことになってるんぜ。お前さんだって、本当は分かってるんだろ?」
「…………」
しかし、陽キャになったからといって万事が万事上手くいくわけではない。今の後藤ひとりを取り巻く現状は、心の中に引きこもっていた陰キャなひとりにも伝わっていた。
性格が変わったことで戸惑う周囲の人々の反応も。
音楽性が噛み合わなくなったことで生じたバンドメンバーとの軋轢も。
「……べ、別にそれくらい……そんなの、いずれは時間が解決してくれますよ……」
もっとも、それが伝わっているからといって、陰キャなひとりは動こうとはしない。
確かに色々と問題はあるようだが、そんなものいつか時間が解決してくれる。実際、クラスメイトなどはすっかり今のひとりに順応しているし、家族やバンドメンバーだっていずれは陽キャなひとりの扱いに慣れてくるだろう。
虹夏だって言ってくれていた『どんなひとりであれ、受け入れてくれる』と。
「どんな私でもいいなら……あなたでもいいじゃないですか! 私が無理をしてまで……外に出る必要なんかないですよ!!」
だったら、自分でなくてもいい。
陰キャなひとりはより一層、自身の殻の中へと閉じこもっていく。
「辛いんですよ……何もかもが……!!」
「…………」
陽キャな自分と向かい合っているうちに気が昂ってきたのか、陰キャなひとりにしては珍しく声を荒げる。本来の彼女であれば、他人に怒鳴るなんて真似絶対に出来ない。
だが、目の前にいる相手は自分自身だ。
他人には絶対に見せることの出来ない、不満や怒り、醜い自分。その全てを、彼女はもう一人の自分へと曝け出していく。
「怖いんですよ……私なんかが、みんなの中に入っていいのかって考えると……足が震えて動けなくなるんです……」
「自分がどう思われてるかなって思うと……人の視線が気になってしょうがないんです。みんなが何を考えてるのか分からなくて、辛い……」
「将来のこととかも……こんな自分がまともな大人になれるわけがないって……社会の中で生きていける気がしなくて……」
息をつく暇もなく吐き出される、後藤ひとりの本音。
人見知りやらコミュ症といった言葉では片付けることの出来ない、彼女が根本的に抱えているコンプレックス。きっとこの性分は、この先一生治すことなど出来はしないだろう。
「私だって……頑張ったんですよ? 特にこの一年間は……人生の中で一番……頑張った時間だと思うんです……」
後藤ひとりという人間は、物心ついたときからこうだったのだ。それでも自分を変えたいと色々なことに挑戦してみた。ギターを始めたのもそれが理由だし、実際その努力の甲斐もあり、一介のバンドマンとして結束バンドの一員になれた。
結束バンドとして活動を続けてきたこの一年間は、特に激動の日々。ひとりのこれまでの人生で、これほど多くの人と接した一年間は今までなかった。
「でもダメだった……私は相変わらずのコミュ症で……みんなに迷惑ばっかり掛けてる……」
それでも、後藤ひとりという人間の根本は何も変わらなかった。それどころか、この性格のせいでバンドメンバーたちの足を引っ張っている。
人と関わるようになればなるほど、自身の情けなさが浮き彫りになるなど、なんと皮肉なことか。
「辛いことばっかりで……なんで、こんな苦しい思いをしながら生きていかなきゃいけないんですか!?」
もう色々と限界だったのだ。そこに来て、たまたま占い師のお婆さん——吹消婆という妖怪に出会った。彼女から『性格を変えることが出来る』という甘い提案をされた。
この十六年間、ずっと自身の性格に悩んでいたひとりにとって、その誘いは救いにすら思えた。
「もう無理だよ……ここから先は……あなたに全部任せるから……」
この機を逃せばもう二度とないかもしれないチャンスに、陰キャなひとりは吹消婆の『手相返しの術』に縋った。
これで後藤ひとりはまともな人間になれる。この先の人生を何の支障もなく送ることが出来るだろう。
周囲の人々もきっと分かってくれると、陰キャなひとりは自分を心の中へずっと閉じ込めておくことを決めたのだ。
「もう……出ていってください……」
もうこれ以上話すことはないと、陰キャなひとりは陽キャなひとりとの話を一方的に打ち切っていく。
「…………」
「…………」
陰キャなひとりから吐き出された激情に、陽キャなひとりは静かに耳を傾けていた。暫くは何も言葉を発しようとしない陽キャなひとりに、陰キャなひとりは気が気でない。
次の瞬間にも——『甘えるな!』『諦めるな!』などと前向きな言葉を叫ばれたらどうしようと。こんなときでも、ネガティブな妄想が止まらないのだ。
すると陽キャなひとりが、ゆっくりと頷きながらその口から優しい言葉を紡いでいく。
「——うん。分かるよ、全部分かる……」
彼女は陰キャなひとりの気持ちを理解出来ると。その感情に寄り添った言葉を投げ掛けてきた。
「わ、分かるって……何が分かるっていうんですか。パリピなあなたに……私の何が……」
だが、そんな言葉一つで陰キャなひとりの心を開くなど出来ない。陽キャなひとりに自分の気持ちなど分かるわけないと、その言葉を突っぱねる。
「分かるよ!!」
「——っ!?」
けれど、そんな拒絶にも負けないくらいの感情を込めて、陽キャなひとりは叫んだ。
「だって……私は……あなたなんだから……」
そして、家族の前以外では決して外そうとしなかった——『星型サングラス』を取る。
露わになった彼女の瞳は——涙で潤んでいた。
怯えた瞳だ。常に陽気に振る舞っている態度からは想像も出来ない、今にも崩れてしまいそうなほどに非力な少女がそこに立っていた。
「苦しいよね……辛いよね。人と関わることが、こんなにも怖いことだって……私も、改めて思い知ったよ……」
「……あ、あなたも、そうだったんですか? 陽キャな私……」
その目と、苦しそうな彼女の呟きに陰キャなひとりは自分の思い違いを察する。
結局のところ——陽キャなひとりだって怖いのだ。
彼女は手相返しの術により、ひとりが深層で抱いていた陽キャへの憧れや願望を表面化させた存在。しかし、生来持っていた陽気な要素を前面に押し出したところで、彼女が『後藤ひとり』であることに変わりはない。
きっと無理矢理に、何とかバリピであることを高いテンションで誤魔化しながら演じていただけに過ぎないのだ。
語尾に『だぜ!!』と取って付けていたのも。
一見するとふざけているように見えた、あの星型サングラスも——全て虚勢。
とどのつまり——何をどうしようと、ひとりが根っこから陽キャになるなんてことは出来なかったのである。
「けど苦しいだけじゃない……それと同じくらい、楽しいこともあった筈だよ?」
しかしその事実を悲観するでもなく、『陽キャになろうとしていたひとり』が、陰キャな彼女へと言葉を重ねていく。
「思い出して……結束バンドのみんなと過ごした、この一年間を思い出してご覧よ?」
ひとりが一番頑張ってきた一年間。
辛いことも当然あったが、それと同じくらいに楽しいこともあった。
結束バンドが四人で行った初めてのライブ。
せっかくのライブなのに、台風のせいで客入りは最悪。その上、観客は結束バンドなど興味なしとばかりにまともに聴いてもらえず。
実際、演奏も途中までバラバラだったが、ひとりのソロギターが皆を鼓舞し、最後には大盛況で初ライブを終えることが出来た。
夏休みには、バンドメンバーで江の島へ遊びに行った。
海で本物のパリピに遭遇したり、長い階段をひたすら登らされたり、鳥に襲われたりと散々な一日だった。
慣れないアウトドアに翌日には全身が筋肉痛を襲ったりもしたが、みんなと遊んだ時間は良い思い出として、ひとりの胸に刻まれている。
文化祭でも、体育館の壇上で結束バンドとしてライブをやった。
学校での自分を知る生徒たちの前で演奏するのはとても緊張して、機材トラブルで頭が真っ白になったり。
ライブそのものはなんとか成功したものの、最後には勢いのままステージからダイブしたが誰も受け止めてくれなくて、文字通りとっても痛い目に遭った。
「…………本当……散々だったな……」
思い返してみれば、なんだか痛い目に遭っている割合の方が多い気がして少し気落ちする。
けど——。
「でも楽しかった……すっごく楽しかった……!」
けれど、楽しかったのも事実だ。それまで友達と呼べる人がいなかったひとりにとって、結束バンドのみんなと過ごした全てが、輝いた時間だった。
それだけは、絶対に確かだと言えるものだ。
「そうだよね、楽しかったよね! これから先も……きっと楽しいことが待ってる! お婆さんも保証してくれたじゃない! 結束バンドのみんなとなら、夢を叶えられるって!!」
陽キャなひとりもその思い出を共有しているのか、眩いばかりの笑顔で手を広げる。
吹消婆も手相占いの際に言ってくれた。もしかしたら占いなんて気休めかもしれないが、それでも今のメンバーとならひとりの夢が叶うと。
その夢を叶える道程で、もっとたくさん楽しいことが待っている筈だと、今からワクワクを抑えきれない。
「けどさ……私のままだと、結束バンド自体が保たなそうなんだ……私のせいで、結束バンドが解散しちゃうかもしれないんだよ」
「……っ!!」
しかし、その夢にも危うい翳りが見え始めていると、その表情を曇らせる陽キャなひとり。陰キャなひとりにとっても、それは聞き捨てならない発言だった。
「虹夏ちゃんは練習次第でどうにでもなるって言ってくれたけど……分かるんだよね。私のこれこそ、本当にどうしようもないことだってことが……」
陽キャなひとりのせいで発生してしまったバンド内の不協和音。これこそ、練習や周囲の努力ではきっとどうにも出来ないことなのだと、誰よりも陽キャなひとりが自覚していた。
ひとり自身の夢のためにも、虹夏の本当の夢を叶えるためにも。
必要なのは自分ではないと、陽キャなひとりは陰キャなひとりを連れ戻すと決心したのだ。
それで自分という存在が埋没しようと構わない。
結束バンドのみんなは——『陰キャなひとりが良い』と、彼女の帰還こそを心待ちにしているのだから。
「——!!」
自分が求められている。
その事実にこそ、陰キャなひとりは顔を上げる。未だに身体が、その足が生まれたての子鹿のように震えている。
それでも時間を掛けて、陰キャなひとりは自らの意思で立ち上がることが出来た。
「……良かった。もう、大丈夫だね……」
自力で立ち上がる陰キャなひとりの勇姿を見届け、陽キャなひとりは安心したと微笑を浮かべる。
そうして、次の瞬間にも——『陽キャなひとり』と『陰キャなひとり』の立ち位置が入れ替わる。
戻ると決心した陰キャなひとりの意思が徐々に浮上していき、逆にここに留まると決めた陽キャなひとりの意思が沈んでいく。
このまま身を任されば、きっと何もかも元通りになるだろうという流れだ。
「……あなたは……どうなるんですか?」
そんな最中、陰キャなひとりは元に戻る不安よりも、真っ先に沈んでいくもう一人の自分を気に掛けていく。
「大丈夫だよ! 言ったでしょ……私も、あなた。紛れもなく後藤ひとりという人間の一部なんだから……」
その不安に心配無用と、陽キャなひとりは微笑みを浮かべてくれる。
「ずっとここで……あなたのこと見守ってるから……一人じゃないよ、何があっても……」
結局のところ、最初から違いなどなかったのかもしれない。
陰キャであろうとも、陽キャであろうと。そのどちらも、後藤ひとりという少女に過ぎなかったのだ。
だから、この別れに涙など必要ない。
「——行ってらっしゃい! 陰キャで人見知りな私!!」
「——い、行ってきます……陽キャでパリピで……強がりな私……」
いつも傍にいるのだから、笑顔で見送ればいいと。
二つの意思が、本来あるべき場所へと戻っていく。
×
「随分と盛況じゃのう。前に来た時とは大違いじゃ!」
「そうですね、父さん」
「まあ、アマチュアバンドにしては結構な客入りね……」
その日、目玉おやじや鬼太郎、猫娘といった面々がライブハウス・STARRYを訪れていた。以前来た時とは違い、その日は狭い店内に多くの人間がごった返していた。彼らは皆、STARRYで行われるライブイベントを目当てに訪れたお客さんたちである。
鬼太郎たちも、正式な招待を受けてここにいる身だ。ライブチケットを片手に、慣れぬライブハウスの空気感に若干戸惑い気味であった。
「あっ……鬼太郎くん! 目玉おやじさん、猫娘さんも! 今日は来てくれてありがとうございます!!」
そんな鬼太郎たちに、結束バンドのリーダーである伊地知虹夏が声を掛ける。
「いえ、こちらこそ。それより彼女が……後藤ひとりさんが元に戻ったというのは本当なんですか?」
鬼太郎の妖怪ポストに、手紙と共にライブチケットを送ってきたのが虹夏だ。しかし手紙は助けを求める依頼ではなく、その必要がなくなったというお礼の手紙。
後藤ひとりが、すっかり元に戻ったという報告であった。
鬼太郎たちがSTARRYに来たのもその確認のためでもあり、ライブ鑑賞はそのついでに過ぎなかった。
「はい、そうなんです! 色々とご迷惑をお掛けしましたが……ほら、ぼっちちゃん! 鬼太郎くんたちに挨拶しよっ!!」
鬼太郎の疑問に笑顔で答える虹夏。彼女は当の本人、後藤ひとりの名を呼んでいた。
「あっは、はい……こ、この度は……ほ、本当に……ご迷惑をお掛けしまして……」
「……本当に、キミが後藤ひとり……さん?」
虹夏の呼び掛けに、一人の女の子が自信なさげに返答する。
おどおどとした様子で物陰から顔を出す少女。鬼太郎は見た目の容姿から、彼女が後藤ひとりだと判断するが、性格が豹変していた頃とはまるで別人だと己の目を疑う。
「なるほど……キミらがどうしてわしらに助けを求めたのか、なんとなく分かったような気がするぞ」
その雰囲気からはパリピだった頃の面影もなく、本来のひとりと対面したことで目玉おやじは虹夏が『悪霊が取り憑いているかも』と、自分たちに助けを求めてきた理由がなんとなく分かってしまった。
確かに今のひとりは別人、言われなければ本人だと気づかないほどに人格の違いが垣間見える。少なくとも、他人の目からすれば——。
「ぼっちちゃん、鬼太郎くんたちに失礼でしょ! すみません、ライブ前ってこともあって……すごく緊張してるみたいで……」
虹夏は鬼太郎たちへのひとりの態度に少し怒っているようだったが、やはり嬉しそうでもあった。
なんだかんだ言って、ひとりが元に戻って安心しているのだ。その様子なら、問題視されていた演奏面での不安も解消されていることだろう。
「あっ! そろそろ時間なんで……今日は楽しんでってくださいね!」
「あっ……楽しんでって……ください……」
挨拶もそこそこに、虹夏とひとりはそのまま楽屋裏へと移動。ライブ本番に向けて準備を進めていく。
「それにしても……どうしていきなり元に戻ろうと思ったのかのう……」
「ええ、吹消婆も……理由までは教えてくれませんでしたね」
そうして、結束バンドのライブが始まるまでの時間。
鬼太郎たちはワンドリンクのジュースで喉を潤しながら、結束バンドの出番を一番後方の壁際で待つことになる。
待っている間、鬼太郎たちは後藤ひとりが突然『元に戻る』と言い出した理由を話し合う。
ここに来る前にも吹消婆の元を訪れたのだが、彼女もひとりが戻りたいと申し出たからこそ、手相返しの術で手相を元に戻した。
果たして、どういった心境の変化があったというのだろうか。
「けど……あんなんでライブなんて出来るのかしら? あの様子じゃ、ステージの上に立つのも難儀しそうだけど……」
しかし、元に戻ったのはいいがあれで本当にライブなど出来るのかと、猫娘が心配そうに呟く。
後藤ひとりという人間は話に聞いていたとおり、人見知りでコミュ症で。とてもではないが人前に立って演奏が出来るような、度胸のある人間には見えなかった。
こうしている今も、お客さんが客席を埋め尽くす勢いで増えてきている。
これだけの人々に囲まれ、果たしてひとりがどのような演奏を奏でるのだろうか。
『——どーも!! 結束バンドです!!』
そんな猫娘の心配をよそに、とうとう彼女たちの——結束バンドの出番が回ってきた。
ライブ前のMCはフロントマンである喜多郁代が務める。陽キャで話し上手な彼女が軽快なトークで場の空気を程よく温めていく。
『——それから、今日はリードギターの後藤から一言あるそうです!』
だがその際、郁代はひとりへと話を振った。どうやら、ひとりの方から話したいことがあるという。人見知りな彼女が舞台上から何を語ろうというのか。
『あっ! は、はい……』
案の定、ひとりはとても緊張気味だ。
今にも卒倒しそうほど顔色の悪い彼女に、本当に演奏など出来るのかと、鬼太郎たちは不安になってくる。
しかし、それでも精一杯の勇気を総動員し、ひとりは言葉を振り絞っていく。
『わ、私が結束バンドの一員として活動するようになって……一年が経ちました。し、知っているお客さんもいると思いますが……私、後藤ひとりは人見知りで……コミュ症で……自分でも面倒くさい人間だと……思ってます』
彼女は恥ずかしそうに、辿々しくも自身の欠点を述べていった。
「なんだなんだ?」
「ひとりちゃん……?」
初めてのお客さんや、彼女の性格を知る常連のファンですらも、いきなりの告白に面食らう。いったい、彼女は何を伝えるつもりでいるのか。
『けど……結束バンドのみんなは……そんな私を必要としてくれました。他でもない……こんな残念な私が良いと言ってくれたんです』
「……ひとりちゃん」
「…………」
「…………」
結束バンドの面々も、彼女が何を話すつもりだったのか知らされていなかったようだ。若干困惑気味ながらも、彼女の話を遮ることなく耳を傾けていく。
『これからも……この性格のせいでバンドメンバーや、ファンの皆さんに……迷惑を掛けると、思います』
自分の弱さを語る彼女は本当に申し訳なさそうに、壇上からお客さんに向かって頭を下げる。
『けど……私は、この結束バンドの一員で良かった思っていますし……皆さんにも私で良かったと……そう思ってもらえるような演奏を……今後もしていきたいと思ってます……』
それでも、今後も迷惑を掛けると自覚しながらも、ひとりは結束バンドの一員であることを辞めはしないと、堂々と宣言していく。
『そ、それじゃあ……聴いてください。今日のために書き下ろした新曲……』
少し暗めの挨拶のせいか。場の空気が微妙なものになりつつも、ひとりはめげずにギターを構えた。
気まずい沈黙を吹き飛ばす勢いで、臆しながらもギターの旋律を奏でていく。
新曲から始まるライブは、後藤ひとりのソロギターから開始された。
彼女のソロ演奏で流れを作り、その流れに乗っかる形で他のメンバーの演奏がスタート。バラバラな四人の音楽が瞬間、一つの音楽となってライブハウスを震撼させていく。
「…………凄いですね」
「うむ……」
その演奏に、鬼太郎たちは呆気に取られた。
彼らは結束バンドの演奏を一度間近で聴いている。彼女たちの演奏は確かに上手だったが、正直なところ『上手い』という以上の表現が出てこない、割と平凡な音楽でしかないと思っていた。
ありきたりなバンドの一つ、山田リョウの言うところの——『個性のないバンド』というやつだ。
だが、今日の演奏は違った。
前回よりも明らかに突っ走ったひとりのギター。それに一歩遅れながらも、徐々に噛み合っていく虹夏のドラムにリョウのベース。ボーカルの郁代も、段々とテンポアップしていく音楽に合わせて、自らの感情を歌い上げていく。
「これがライブ……これが結束バンド。彼女たちの音楽……」
音楽に疎い鬼太郎だが、彼女たちのライブを目の前に胸の内から熱い感情が込み上げてくる。
ただ漠然と音楽を聞いているのとは違う。生で披露される演奏に、それを同じ会場で味わう観客との一体感、臨場感。
これがバンドだ。これがロックだ。
夢中になって音楽を奏でる少女たちの姿に、その視線を釘付けにされていく。
「——ひとりちゃん! 今日も良かったよ~!」
「——ほんと、過去一で最高のライブだった!!」
無事にライブが終わったことでお客さんたちが店を出ていく中、熱心な結束バンドのファンだという二人の女の子がひとりに声を掛ける。
彼女たちは特に後藤ひとりを推しているとのことで、毎回必ずと言っていいほど彼女に差し入れなどを持ってきてくれる。
「あっは、はい……ありがとうございます……」
もっとも、そんな常連のファンが相手でもひとりは人見知りを発揮してしまい、会話もあまり弾まない。
「その、今日はすみませんでした……ライブ前に変なこと言っちゃって……」
おまけに今日のMC。変に自分語りなどしてしまったせいで彼女たちを不快にさせてしまったのではと、心苦しそうに謝罪を口にしていく。
「ううん、そんなことないよ! 寧ろ、ひとりちゃんの想いが聞けて……なんだか嬉しかった!!」
「これからも頑張ってね!! 結束バンドのこと……ずっと応援してますから!!」
しかし、その程度で彼女たちが気を悪くするようなことはなく。
今後も結束バンドとしての後藤ひとりを応援していくと、笑顔で手を振り、満足しきった様子で帰って行った。
「ぼっち……」
「あっ、リョウさん……?」
ふと、常連のファンも帰ったところで、バンドメンバーの山田リョウがひとりを呼び止める。
二人は例の一件——『ひとりが陽キャになった際に起きたトラブル』のとき以降、あまり会話らしい会話をしていなかった。
それはひとりが元に戻った後も続いており、バンド練習の間もやっぱり気まずい空気が二人の間に漂っていた。
「リョウ……」
「リョウ先輩……」
そんな二人の間を、ずっと取り持ってきたのが虹夏と郁代だった。彼女たちがいるからこそ、なんとか今日という日を迎え、ライブも大盛況のままで終えることができた。
音楽に対して人一倍こだわりの強いリョウからしても、今日のライブは満足のいく出来だったのだろう。ならばこの機会にと、マイペースなリョウがひとりに向かって自ら頭を下げていく。
「この間は、酷いこと言ってごめん」
そう、リョウもずっと悔いていたのだ。
自身の失言——『今のぼっちは……死んでるも同然だよ』という言葉がひとりを傷付けてしまったと、ずっと謝りたいと思っていたのだ。
「…………」
その謝罪にひとりがどのように答えるのか。未だにSTARRYに留まっていた鬼太郎たちも固唾を呑んで見守っていく。
ややあって、後藤ひとりが口を開く。
「——大丈夫!! 全然……気にしてないんだぜ!!」
「えっ……?」
「ひ、ひとりちゃん……?」
一瞬、陽キャなひとりのような笑顔と言葉遣いになったことで、リョウや郁代が驚いてひとりの顔を凝視する。
「あっ……ええっと……今のは、陽キャな私の真似をして見ただけで……けど、あの子なら、多分……そう言うと思いますから……」
しかし、そこにいたのはいつもの陰キャなひとりだ。彼女なりに陽キャな自分の振りをして見たということだが、果たして本当に今のがただの『真似』だったのだろうか。
「ぼっちちゃん……あのぼっちちゃんは……消えちゃったの?」
ふと、虹夏は陽キャなひとり。彼女がどうなったのかと不安げに問い掛ける。
虹夏は陽キャな彼女と向かい合って、『受け入れる』という言葉を掛けていた。けれど、最後には彼女自身の意思で陰キャなひとりに戻るという選択をさせてしまった。
もしかしたら、自分の言葉が彼女にそう決心させてしまったのではないかと、虹夏の顔色が罪悪感に揺れている。
「あっ……だ、大丈夫です……消えたりなんかしてませんから……」
しかしそんな心配は無用と、ひとりはぎこちないながらも笑みを浮かべる。
「彼女も、私の一部であることに変わりはありませんから……きっと今も……ここから、私を……私たちを見守ってくれています」
ひとりは自身の胸に手を当てる。
きっと今もそこから、心の中から自分たちを見てくれていると。
彼女に恥じない自分になれるようにと、怖くてもこの先の人生を生きていこうと誓うのであった。
「……まっ!! なんにせよ、ライブは大成功!! ライブハウスの売り上げも好調だったし! 今日の打ち上げは私の奢りだ!!」
と、場の空気がしんみりとなりかけたところで、STARRYの店長である星歌が声を上げる。
紆余曲折あったが、全て元の鞘に収まったと。ライブハウスとしての売り上げが好調だったこともあり、上機嫌に結束バンドの面々を打ち上げへと誘っていく。
「ありがとう、お姉ちゃん!!」
「タダ飯……今月も金欠だったからありがたい……」
「やった! やりましょう!!」
これに結束バンドの面々も大喜び、一気に場の空気が明るくなりわいわいと賑わいを見せる一同。
「へへへ……みんなと打ち上げ。これも、楽しい思い出作りの一環……ですよね……」
勿論、後藤ひとりも素直に喜んでいた。
ライブ後の打ち上げはこれまでも何度か経験した楽しい思い出であり。また一つ、みんなとの輝かしい時間が増えていくのだ。
——こんな感じに……楽しみながら夢を叶えられたら……。
——大丈夫! 占い師のお婆さんも保証してくれたし……みんなとなら、どこまで一緒にいける気がするから!!
大きな問題が解決した直後ということもあり、ひとりもいつになく強気だった。
今なら何だってできる気がすると、占い師のお婆さんの言っていた『今のバンドメンバーとなら、その夢を叶えることも出来るだろう』という言葉にも勇気付けられていく。
「…………あっ、で、でも…………」
しかし、そこでさらに思い返す。
確かに占い師のお婆さんは夢が叶うと言ってくれたが、その一方で——。
『——そこに行き着くまでは苦労するだろうね……少なくとも、今以上にたくさんの人と関わることになるだろうさ』
とも言っていた。
——ああ……やっぱり、これから色んな人と関わっていかなきゃいけないんだ……。
——いったいどんな人たちなんだろう。変な人とか……やっぱり怖いな……。
自分が変な人間の筆頭であることを棚に上げ、後藤ひとりは再びネガティブな妄想へと陥っていく。
『——ああん? なんだそのレコーディングは、潰すぞ!?』
『——その程度のギターテクで、俺を痺れせられると思ってんのか!?』
『——メジャーデビューなんざ十年早いんだよ!! 殺すぞ!!』
自分の夢の道中に待ち構えるまだ見ぬ強敵たち。そんな彼らから睨まれ、因縁を付けられ、何故かチンピラに絡まれるような図を想像し、ひとりは不安に押し潰されていく。
どれだけ強気になろうと、やっぱり怖いものは怖い。
「——ぴぎゃあああああ!!」
そんな将来への不安から、謎の奇声を発していく後藤ひとり。
「なっ!? ど、どうしたんですか、いきなり!!」
「なんなの!! 何事!?」
いきなりの絶叫に鬼太郎と猫娘が狼狽する。
側から見ると突然叫び出しただけにしか見えないため、慣れないものは驚くだろう。
しかも悲鳴だけでは飽き足らず、ひとりの顔面が崩壊、しまいには肉体がゲル状に溶け出していくのだ。
「なっ!? まさか……手相返しの術の副作用が!?」
「こ、この反応……!?」
目玉おやじが大慌てで目の前の事態に理屈を付けようとする。鬼太郎の妖怪アンテナも、なんだかよく分からない反応を示しパニックに陥っている様子だった。
もっとも、結束バンドの面々からすればいつものことである。
「ああ、ぼっちちゃん……またいつもの発作が……」
「なんだか久しぶりですね! これでこそ、ひとりちゃん!! って感じがします!!」
慣れたように、寧ろどこか嬉しそうに紙やすりなどを取り出し、崩れたひとりの顔を削って造形を整えていく。
「……いやいや!! やっぱりおかしいでしょ、その子の身体!? いったい、何がどうなってるのよ!!」
落ち着いた結束バンドの対応に一旦は納得しかけるも、やはりそれはおかしいと猫娘が疑問の声を上げる。
いったい、後藤ひとりが何者なのかと?
その後も、ちょっとした問題に向き合うことになる——のかもしれない。
いずれにせよ、それはまた別の話。
いつかどこかで語られるかもしれないし、語られないかもしれない。
一方その頃。
後藤ひとりが一つの山場を越えていた頃、全く別のライブハウスで一つの山場を越えようとしている女性がいた。
「大丈夫……もう私は昔の私じゃない! お酒の力を借りなくったって……最後までやり切れるんだから!!」
新宿——『新宿FOLT』というライブハウスを拠点とするロックバンド『SICKHACK』リーダー・廣井きくりである。
彼女もまた、吹消婆の手相返しの術で性格を変えてもらった人間の一人である。
もっとも、性格をまるっと正反対に入れ替えてもらったようなひとりとは異なり、彼女の場合は『お酒に頼らずとも自信を保てるように』と、酒癖の悪さを改善してもらっただけに過ぎない。
特に大規模な変革でもないため、周囲の混乱もそこまで酷くない。いや、あの廣井が『酒を飲まなくなった』という戸惑いが友人たちの間ではあったが、それも概ね好意的に受け止められていた。
バンドメンバーからも、ライブハウスの店長からも、後輩バンドマンたちからも。
ほとんどの人間、本人も含めて、酒を飲まなくなった廣井の変化に諸手を挙げて大喜びした。
これで、やっとまともなライブが出来る。
酔った勢いでライブハウスの機材を壊される心配も、金をせびられることも、ご飯をたかられることもないと。涙を流して喜んだものもいたほどだ。
「ああ、でもやっぱり緊張するな……」
それでも、一応緊張はしているのか。廣井は自身の出番が来るまで、楽屋の方でソワソワしながら待機していた。
「あっ、お菓子……一個だけ貰っとこう!」
また酒を飲まなくなったことで口元が寂しくなったのか。楽屋に置かれていたお菓子にも自然と手が伸びる。
そのお菓子——チョコレートを手に取り『注意書き』を読むことなく、無造作に口の中へと放り込んでしまった。
※洋酒使用
この製品にはアルコールが使用されています。お子様や運転時などはご遠慮ください。
「————!!」
そのお菓子——ウイスキーボンボンを口にした瞬間。飲酒を辞めていた廣井きくりの中で何かが弾けた。
結局のところ、廣井きくりの性格の変化は『お酒を飲まなくても大丈夫』という心情面の変化でしかなく。
性格的にお酒を求めなくなったとはいえ——実際にアルコールを摂取してしまった場合、後は本人の体質。アルコールへの耐性がどれだけあるかにかかっていた。
結果として——。
『——いくゼェえええ、野郎ども!! 今日も盛り上がっていくぜぇえ!!』
「——それでこそ、廣井だぁあああああ!!」
残念ながら、今の彼女にとってはわずか0.2gほどでも、自分を失うのに十分なアルコール摂取量であった。
べろんべろんに酔っ払い、いつもとおりの状態でライブを盛り上げていき。
その発狂ぶりを良しとする、熱狂的な信者たちの大歓声で埋め尽くされていくライブハウス。
「——どうしてこうなる……」
その虚しい呟きが誰のものだったのか。
いずれにせよ、廣井きくりは何も変わらず——今日もライブを自分色に染め上げていく。
人物紹介
佐々木次子
アニメ未登場。二年生に進級したぼっちたちの同級生。
喜多郁代とは中学一年生から、ずっと同じクラスだったとのこと。
ロックバンドは聴かないといいつつ、わざわざ結束バンドのために応援団を結成したりと。
普通にいい感じの人。しかし陽キャなため、その言動が自然とぼっちにダメージを与えている。
ファン1号、2号
結束バンドのファンである女の子二人組。
アニメでも登場しましたが、原作の漫画でもそれなりに活躍の場面があったりする。
どんどん有名になっていく結束バンドに、着実に拗らせファンと化していく。
次回予告
「ある日突然ツノが生えてしまったという、人間の女の子。
いきなりそんなことになって、さぞ苦労されていることでしょう……。
……え? 意外となんとかなってる? 周りの人もそこまで騒いでない?
………父さん。人間とは結構図太い生き物なのかもしれません。
次回ーーゲゲゲの鬼太郎 『ルリドラゴン』 見えない世界の扉が開く」
次回も女子高生が主役の作品!
ほのぼのとした世界観で……ゆる〜い、日常が幕を開ける!