原作者は『銀の匙』『アルスラーン戦記』『百姓貴族』でも知られる荒川弘先生。
ガンガンで連載されていた看板タイトルで、2023年の今になってもアプリゲームになったりと、幅広い人気がある作品でしょう。
ただ、本作を読む前に注意していただきたいのが。
今作はあくまで『2003年に放送された一期』を元にしたクロスであるということ。
ハガレンはアニメが一期と二期の二つに分けられており、そのどちらでも爆発的なヒットを記録しました。
二期は原作準拠の『王道ファンタジー』といったところ。
その一方で、一期はかなり暗めの『ダークファンタジー』を地で行く作風として知られています。
賛否両論ありますが、自分は一期の方を好きです。
この作品を毎週のように楽しみにしていた頃が本当に懐かしい……。
あまりにも好き過ぎてアニメのDVDも、劇場版や特別版のDVDも全て揃えました。
そのため、本作のクロスはアニメ一期完結編でもある劇場版『シャンバラを征く者』の明確な続きを意識して書いています。
ただ、原作やゲームに由来する敵キャラなども一部登場します。
色々とあとがきで説明を入れますので、どうか最後までお楽しみに。
「——ふっふっ! いよいよだぁ……これでやっと!」
暗闇の中、ローブを纏った怪しげな男が愉悦に満ちた表情を浮かべていた。
「…………」「…………」「…………」
周囲には似たようなローブを纏ったものたちが、男に付き従うように立っている。人間のようだが、その表情からは全く生気というものが感じられない。
「さあっ!! 始めるぞ……!!」
だが、そんな人形のような従者たちの佇まいなどお構いなしに、その場の支配者たる男が『儀式』の開始を宣言する。
男が何かしらの行動を起こすや——暗闇の中、真っ赤に血のような閃光が迸る。
「——や、やめてくれ!! 死にたくない、死にたくねぇよ!!」
「——いやぁあああ!! た、助けてぇえ!?」
「——ひっ……ひぃやああああ!?」
刹那——真っ暗な中、人間の悲鳴がいたるところから響いてくる。
いったい、どれだけの人々がその暗闇の奥に詰め込まれていたのか。しかしそれこそ、彼らの断末魔などさして気にした様子もなく、男は自らの欲望を叶えるために儀式を最後まで完遂する。
「————」
そうして、一際眩しい光が暗闇の中で輝きを放つや、くぐもった悲鳴を最後に人々の叫び声がピタリと止んだ。
もうそこには誰もいない。文字通り——皆が消えていなくなったのである。
「おお……おおおっ!?」
もっとも、『犠牲』になった命など端から眼中にない。ローブの男は眼前に舞い降りた『奇跡』を前に、その瞳を夢見る少年のように輝かせていく。
「はっ……はっはっは!! 素晴らしい!! 美しいぞっ!!」
闇の中、男の手のひらへと静かに舞い降りてきたのは——血のように紅い輝きを放つ『石』であった。
それをただの『石ころ』として見るか、莫大な富を生み出す『宝石』として見るか。それはそれを手にする人間によって違ってくるだろう。
少なくとも、男はその石を宝石として——あるいは、それ以上に価値あるものとして輝かせる方法を知っていた。
「これだ……これこそ我が一族の悲願!! 私の理論は……何一つ間違ってはいなかった!!」
この石さえあれば他に何もいらないと言わんばかりに、男は歓喜にその身を震わせていた。
「見ているがいい……我らを詐欺師と貶めた有象無象の凡愚どもめ!! この力を持って……私が世界を手中に収める!!」
そして手にした石を天高々と掲げ、世界に向かって宣戦布告するように叫んでいく。
「——この……賢者の石の力でなっ!! ふっふっふ……ふはっはっはっは!!」
手にした紅い石がもたらす、万能感に酔いしれるように——。
『——くっくっく……本当に愚かだねぇ、人間ってやつは……』
そうやって、陶酔感に浸る男を——『黒いなにか』が見下す。
暗闇よりも、さらに濃い闇を纏ったそれは歯を剥き出しに、目に嘲りを宿し——『フラスコの中』から人という生き物そのものを嘲笑っていく。
×
「住所は……ここで間違いないと思うけど……」
「でもここ……病院よね?」
その日、鬼太郎は猫娘と共にとある大病院を訪れていた。
手紙に書かれていた住所がここであったためにこの場所を訪れたのだが、かなり大きな病院であったため、もしかしたら来るところを間違えたのかと少し戸惑う。
だが念のため、この病院に手紙の差出人がいることを確認するべく、『面会受付』と書かれた表札を頼りに職員に声を掛けた。
「済みません……ええっと……こちらにエドワード・エルリックさんと言う方はいらっしゃいますか?」
「ああ、はいはい! エドワードさんですね!」
鬼太郎の口から出た、明らかに日本人ではない名前に病院関係者は特に驚いた様子もなく、慣れた態度で面会証を手渡してくれる。
「エドワードさんでしたら最上階の特別個室に入院していらっしゃいます。面会時間は三十分以内でお願いしますね!」
「え……は、はい……」
どうやら、エドワードという人物はこの病院の入院患者であるらしい。
何か重い病気なのだろうか。手紙にはその辺りのプライバシーが記載されていなかったため、鬼太郎も思わず目をぱちくりさせる。
色々と疑問はあったが、まずは本人に会おうと。案内板に従い、彼がいるという最上階の病室へと足を進めていく。
「——初めまして、ゲゲゲの鬼太郎さん。私がエドワード・エルリックです。わざわざお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「…………」
「…………」
そうして、面会することになったエドワード・エルリックという人物を前に鬼太郎や猫娘ですら珍しく戸惑っていた。
柔和な微笑むで鬼太郎を出迎えてくれたその老人は、確かに日本人ではなかった。金髪金眼の外国人。鬼太郎たちではどこの国の出身かなど詳しくは分からないが、確かに西洋圏の人種だということは窺える。
全体的に穏やかな雰囲気こそ纏ってはいるが、その顔には年齢相応の『シワ』が刻まれていた。
エドワード・エルリックという人間が過ごしてきた年月の重さが、そのシワからヒシヒシと伝わってくるようである。
「本当は私の方から出向くのが礼儀なのでしょうが……この歳になって身体のあちこちにガタが来てしまいまして。一年ほど前から、こちらの病院でお世話になっているんですよ……いやぁ~、お恥ずかしい!」
エドワードは流暢な日本語、しっかりとした発音で自身の事情を笑いながら話してくれる。
長袖の病院服に袖を通し、ベッドに腰掛けてこそいるが、重病患者という風にも見えない。しかし本人が言う通り、かなりの高齢には達しているようだ。
「あの……失礼ながら……今おいくつなんでしょうか?」
鬼太郎が遠慮がちながらも、相手の年齢が気になってしまい思わず尋ねる。その問いに、エドワードは笑みを絶やさずに答えてくれる。
「今年で百十五歳になります」
「ひゃっ!? ひゃくじゅうご……」
その返答には猫娘も驚きに声を詰まらせた。
百十五歳。
妖怪であれば百歳を越えるものなどザラだろうが、人間でその域にまで達するものはかなり限られる。平均寿命が更新され続ける高齢化社会の今の日本でも、百十五歳などそれこそ指折りで数えるほどしかいない。
一世紀もの時を過ごしてきたともなれば、その貫禄にも納得がいく。しかもエドワードという男性に頭がボケたような様子もなく、会話の受け答えなどもしっかりしている。
妖怪として若い鬼太郎や猫娘にとって、目の前の人物は心身共に歳上の相手だ。
いったい彼のような人間が自分たち妖怪に何の用だろうと。襟を正す気持ちで改めて彼の話に向き合っていく。
「私は新聞の切り抜き記事を集めるのが趣味でしてね……」
挨拶が済んだところで、エドワードが言葉を紡ぎ始めた。
彼が指し示した部屋の壁には彼が『趣味』とやらで集めた、新聞記事の切り抜きがびっしりと貼られていた。今の病室に来て一年と言っていたし、もはや私室同様、ここでプライベートな時間を過ごしているようだ。
『核実験』『冷戦』『神隠し』『妖怪戦争』『宗教戦争』『宇宙開発』『妖対法』
『彗星落下』『集団失踪』『武力侵攻』『反政府軍との内戦』『戦後復興』
記事のジャンルは様々だが、戦争や紛争といったニュースが多く。また昨今の情勢を鑑みてか、妖怪などの怪異を扱った時事ニュースなどの割合も多く含まれている。
「それで……最近になって気になるニュースが……」
エドワードは切り抜き記事の一つを剥がし、それを鬼太郎へと手渡す。
「これは……」
「なになに? 謎の怪物の死体……じゃと?」
渡された新聞記事に目を通していく鬼太郎。このタイミングで目玉おやじもひょっこりと顔を出し、そこに書かれていた内容を声に出して読んでいく。
『——ドイツの片田舎で発見!? 謎の怪物の死体!?』
それはヨーロッパ——ドイツで『怪物の死体が地元住民によって発見された』といった内容の記事であった。海外のニュースということで小さな扱われ方であったが、そこには怪物とやらの死体の写真まで掲載されている。
「新聞では分かりにくいと思いますが……これが、その怪物の全体像を拡大したものです」
補足説明するよう、エドワードはその記事の中にある『謎の怪物』とやらの写真。ネットに流れていた画像をコピーしたものを差し出す。
「これって、ライオン? にしちゃ……大きいわね。それにこの胴体……別の動物のもの? 尻尾も……まるで蛇みたいな……」
猫娘もその写真を覗き込み、そこに写っているものの『歪さ』に気付いたようだ。
その写真に写っていた怪物は、一見するとライオンのようにも見える。しかしライオンにしては大きく、胴体の色合いが明らかに普通のものとは異なり、よくよく見れば『鱗』らしきものが生えていることが分かる。
尻尾もネコ科のそれではなく、トカゲや蛇といった爬虫類のものに近い。
多くの動物の特徴を併せ持ったその姿は、日本妖怪で言うところの『鵺』に近いものがある。しかし、海外に鵺などいる筈もない。
いったい、これはどういうことかと首を傾げる鬼太郎たち。
「これは合成獣……キメラと呼ばれる怪物である可能性が高いです」
すると、戸惑う鬼太郎たちにエドワードは明確な答えを提示した。彼はその生物の名称を、やけに自信ありげに断言する。
「キメラですか……? それはどういう怪物……いえ、それより……どうしてエドワードさんがそれを知って……」
当然ながら、聞き慣れない怪物の名前に鬼太郎は聞き返す。
キメラとはいったいなんなのか。何故そのようなものの名前が、エドワードの口から躊躇うことなく出されたのかと。
エドワード・エルリック曰く。キメラとは様々な動物の長所を掛け合わせた——人為的な『合成』によって生み出される『獣』とのことだ。
ギリシャ神話に登場するキマイラと呼ばれる怪物の名が由来となるそれは、イメージとしては『獅子』の頭部に『山羊』の背中、『蛇』の尻尾。この三つの動物の身体的特徴を持つとされている。
もっとも、キメラに関しては掛け合わせる動物によって全く違った怪物が誕生するとのこと。
決まった形が設定されているわけでもない。動物同士を合成させることにこそ——『合成獣』と呼ばれる所以がある。
「そう、キメラとは……複数の動物を『錬金術』によって掛け合わせることで生み出される怪物なんです。自然的に発生することはまずありえません」
「れ、れんきんじゅつ……そ、それはいったい?」
「…………?」
澱みない言葉遣いで合成獣について説明するエドワードだったが、その過程でさらに聴き慣れないであろう単語を自然と口にしていく。
やはりというか、それに関する知識も鬼太郎たちは持ち合わせていない。
錬金術——狭義では『卑金属を貴金属へと変換』。つまり、鉄や銅といった金属から、金や銀といった貴重な金属を生み出そうとする技術だとか。
広義的にはもっと広い意味合いがあるのだが——簡単に言えば『不完全な物質からより完全な物質』を生み出すことを目的とした学問だ。
西欧では十八世紀頃まで、正式な学問として研究されてきた。その研究の過程で様々な科学薬品や実験器具を開発。現代でも通じるような、基礎的な元素や自然科学の法則を発見など。
錬金術が近代科学の礎を築いたといっても過言ではないだろう。
「まあ……錬金術は近代になると徐々に衰退して……消えてしまいましたが……」
しかし科学技術がより高度なものになるにつれ、錬金術はオカルトな分野として敬遠されるようになっていったと、エドワードは自虐的な笑みを浮かべる。
皮肉にも、近代科学が確立されていくにつれ、錬金術の理論など机上の空論でしかないことが証明されてしまったのだ。
今や錬金術など、怪しげな黒魔術などと同様。ファンタジーにおける空想でしかないというのが、現代学者たちの一般的な見解である。
だが——。
「この際なので言ってしまいますが……実は私も若い頃、その錬金術に傾倒していた時期がありましてね」
「……えっ?」
そんな錬金術を、エドワードは若い頃から研究していたというのだ。
それがオカルトだと口にした上で、彼は自らを——『錬金術師』だと名乗った。
「この写真……キメラのこの部分を見てください。これは錬成痕です」
「れ、れんせい……こん?」
「錬金術を使用した痕跡です。大なり小なり錬金術を使用すれば、必ずこういった痕が残るものなんです」
そして、錬金術師としての視点から、エドワードは写真に写っているキメラの死体。そこに錬金術を使用した痕跡が残っているというのだ。
もっとも、その部分を指摘されても素人目線でその痕とやらを判別することは出来ない。
エドワード・エルリックという人間の言葉が正しいかどうか、鬼太郎たちではそれを推し量ることが出来ないでいる。
「……おかしなことを言っていると思われても仕方がないでしょう。ですが……私には貴方たちを頼る以外になかったんです」
エドワードには、自分がおかしなことを言っていると思われてしまう自覚があるようだ。錬金術の存在を当たり前のように話す自分に、鬼太郎たちが懐疑的な眼差しを向けても仕方がないと。
しかしその上で、彼はこのキメラの正体を鬼太郎に確かめて欲しいと手紙を送った。
「古い友人は……皆先に逝ってしまいました。孫たちを、『こちら側』の事情に巻き込むわけにもいきません……」
エドワード自身が百十五歳と高齢なこともあり、直接現地に行くような体力は正直もうない。また、こういったことを頼めそうな家族や友人たちも、ほとんどが既に亡くなっているとのこと。
孫といった親類縁者はいるが、彼らにこのようなことは頼めないという。
「せめて、このキメラの存在が本物かどうか。それを確かめるだけでも、引き受けては貰えないでしょうか?」
そこで鬼太郎の存在を知り、彼に依頼することを思い立ったらしい。
無理にとは言わない。しかし出来ることならと、エドワード・エルリックはその頭を深々と下げていた。
「どうしましょう、父さん?」
「そうじゃな。嘘を付いている感じではなかったが……しかし……」
エドワードとの面会時間も終わり、鬼太郎たちは病院の廊下で今後のことを話し合う。
キメラと呼ばれる怪物の死体が見つかったのはドイツ——海外だ。
海外に出向くこと自体は、特に問題ではない。これまでも、日本以外から手紙で依頼を受けたことはある。少し遠いかもしれないが、それくらいであれば鬼太郎たちも躊躇いはしなかっただろう。
問題は——エドワード・エルリックという人間の言葉を真に受けていいかどうかという点だ。
彼が話してくれたことを、どこまで信用していいのか。人為的に生み出される合成獣やら、金を作り出す錬金術やら。
大雑把な観点からすれば、妖怪などといった怪異と同じような扱われ方なのだろうが、鬼太郎たちからすればまるで畑違いな話である。
「まあ、あの歳だし。普通にボケちゃってる可能性も……あるわけよね」
猫娘も、失礼ながらエドワードという人間の年齢を鑑みて、彼が妄言や狂言を口にしている場合を視野に入れる。本人に嘘を付いている自覚がなくとも、それらの話が全て彼自身の『空想』という可能性もあるのだ。
果たして、エドワードの言葉がどこまで正しいのか。彼一人の話だけではどうにも動きにくかった。
「——あの……すみません」
と、鬼太郎たちが悩んでいると、徐に一人の女性が彼らに声を掛けてきた。
「はい? 貴女は……?」
鬼太郎が振り返ると——そこに外国人の女性が立っていた。
スラリとした長身の美人だが、その顔にはまだ幼さを残している。おそらくは二十歳くらいだろう。金色の長髪を後ろに纏め、耳にはピアスを付けていた。
「さっきまで、お爺ちゃんと面会されていた方ですよね……?」
彼女もエドワードのような流暢な日本語で、恐る恐ると鬼太郎たちに『祖父』との面会について尋ねてきた。
「お爺ちゃん……ということは、キミは……」
彼女の言葉に目玉おやじが察する。眼前の女性がエドワード・エルリックとどのような関係なのか。
「は、はい……ええっと……」
彼女は目玉おやじの存在に戸惑いを見せつつも、自らの名を名乗っていく。
「——ウィンリィ……ウィンリィ・エルリックです。エドお爺ちゃんの……孫です」
×
「ウィンリィさん……でしたか? エドワードさんのお孫さんということですが……」
場所を外、病院の中庭へと移動した一行。鬼太郎はベンチに腰掛ける眼前の女性——ウィンリィ・エルリックに改めてエドワードとの関係性を尋ねる。
「ええっと……正確には曾曾お爺ちゃんです。日本語だと……玄孫って言うんでしたっけ?」
「や……やしゃご……」
ウィンリィの口からより詳しく自身の立ち位置を語られ、それを聞いた猫娘が言葉を失う。
エドワードからすれば玄孫。ウィンリィからすれば曾曾祖父、あるいは高祖父と呼ぶべき間柄とのことだ。
一般的に実の高祖父がそこまで存命することがないため、あまり聞き慣れないし呼び慣れない言葉だろう。流石は百十五歳。
紛らわしいため、ウィンリィも普段はエドワードのことを普通にお爺ちゃんと呼んでいるらしい。
「うむ、ウィンリィちゃん……他の親族は? ここにいるのは、キミ一人なのかな?」
ふと目玉おやじはウィンリィ以外の親族、他の家族の所在を尋ねた。彼女以外にも孫や曽孫が他に何人かいてもおかしくはない筈だが。
「はい、他のみんなは海外に……私は留学中の身でして、それでお爺ちゃんのお世話をしているんです」
今のところ、日本に住んでいる親族はウィンリィだけのようだ。彼女は留学中で、たまたま近くに住んでいたこともあり、頻繁にエドワードの元へ見舞いに訪れているとのこと。
「あの……鬼太郎さんは、お爺ちゃんにいったいどんな用事で?」
日本に住んでいるだけあって、ウィンリィもゲゲゲの鬼太郎のことは認知しているらしい。妖怪である彼が祖父に何の用だろうと、少しおっかなびっくりと問いを投げ掛けてくる。
「手紙を頂いたんです。彼からこの写真の怪物……錬金術によって生み出されたキメラの正体を確かめて欲しいと……」
少し迷いながらも、鬼太郎はエドワードから依頼された内容をそのままウィンリィに話した。
その際、合成獣や錬金術という言葉をあえて口にする。それを聞いたウィンリィの反応を窺いたかったからだ。
「そうでしたか! そっか、錬金術……お爺ちゃんの方から、鬼太郎さんに話があったんですね……」
するとウィンリィはその表情を明るくし、とりあえずはホッと胸を撫で下ろす。もしかしたら、鬼太郎の方からエドワードに何かあるのかと不安を抱いていたのかもしれない。
錬金術といった言葉自体には、特に言及してこなかった。
「……貴女は知ってたのかしら? お爺さんが、錬金術師とかいうやつだってことは……」
そんなウィンリィの様子から猫娘が質問する。
彼女は祖父の事情をどこまで知り、またどこまで信じているのだろうか。
「あっ、はい……子供の頃、よくお爺ちゃんから聞かされていました。といっても……お爺ちゃんが自分で創作した、お伽話だとずっと思っていましたけど……」
ウィンリィ曰く、エドワードの孫たちの大半は彼が話す『錬金術師の物語』を聞いて育つと言う。
エドワード・エルリックという人間の『壮大な冒険譚』——彼が若き錬金術師として世界を旅したこと、その活躍っぷりを昔話として語り聞かされるのだという。
幼い頃は単純にその物語に胸躍らせていたというが、大人になるにつれ、その話があくまで『創作上の物語』だと理解していくらしい。
しかし、その話のおかげで錬金術がどういったものなのか、基本的な知識が自然と身につく様だ。錬金術と聞いても驚かないのはそのためだろう。
「きっと妖怪もいる世の中ですし、お爺ちゃんのいう錬金術のお話も……本当にあったことなのかもしれませんね……」
「…………」
祖父との仲が良好なのこともあってか、ウィンリィはエドワードの話を真っ向から否定しなかった。
近年になって、妖怪たちが引き起こす面妖な事件が表沙汰になることもあってか、エドワードが過去に話してくれた錬金術師の物語も、ひょっとしたら事実だったのかもと。
少なくとも、ウィンリィという孫娘に高祖父であるエドワードを疑う空気はない。
「ふむ……とりあえず、現地の方に一度行ってみるか、鬼太郎よ」
「そうですね、父さん」
そんなウィンリィの態度が後押しとなり、鬼太郎たちはエドワードの話を一旦は信じることにする。
彼が調べて欲しいといった怪物、キメラの正体だけでも確かめようと現地に赴くことを決めたのだった。
「あの……少しいいでしょうか? 鬼太郎さんにお尋ねしたいことがあるんですが……」
「えっ……?」
だが、ここでウィンリィが立ち去ろうとする鬼太郎を呼び止める。
彼女は妖怪である鬼太郎に——『とある事実』を確認するため、緊張した面持ちでその質問を投げ掛けていた。
「——人が死んだら地獄へ行くというのは……本当なんでしょうか?」
「…………それは……生憎ですが、ボクの口から話すわけには……」
ウィンリィの口から放たれた思いもよらない問い掛けに、鬼太郎は驚きつつもその口を固く閉ざした。
地獄——死んだものの魂が行き着く先。
確かに日本で死んだものは、人間だろうと妖怪だろうと、まずは『日本地獄』へと落とされる。その後、閻魔大王率いる十王によって生前の行いを裁判にかけられ、罪の有無が問われる。
その裁判の結果次第で、天国行きか地獄行きかなどが決まるわけだが。しかしその事実を、まだ生きている人間に告げるのは色々と不味いだろう。
死後に裁判が待っていると分かってしまえば、人によっては今後の人生そのものを大きく変えてしまいかねない。
地獄のことを既に知っているような人間であればいざしらず、何も知らない一般人に余計な情報を吹き込まない方がいいというのが鬼太郎の考えだ。
「そう……ですか……」
だが、鬼太郎の答えに何となく地獄が実在することを理解してしまったのか。ウィンリィは意気消沈と気持ちを落ち込ませてしまっていた。
「……どうして、そんなことを聞きたいのかしら?」
そこで一度は地獄に落ちたことのある猫娘が、ウィンリィに何故そのような質問をするのかと声を掛けた。彼女はまだ若い。死後のことを考えて絶望するより、生きている今に目を向けるべきではないだろうか。
だが、ウィンリィが危惧していたのは——自分自身の死後や人生などではなかった。
「…………お医者さんの話によると、お爺ちゃん……もう長くはないそうなんです」
「——!!」
重く息を吐くよう、ウィンリィは高祖父の——エドワード・エルリックの命がそれほど長くないことを話した。これには鬼太郎も目を見開いて驚く。
先ほど面会した際には、そんな空気を微塵も感じさせなかった。あの老人がもう時期寿命を迎えるなど、正直想像も付かない。
「勿論、お爺ちゃんも……私たちだって覚悟は出来てるんです。なんたって百十五歳ですから……大往生ですよ、ええ……」
もっとも、彼の年齢を考えればそれも仕方がない。寧ろ、百年以上の時を過ごしてきたのだから、人並み以上に人生を全うしたと言ってもいいだろう。
ウィンリィも、エドワードの『死』そのものは受け入れているようだ。完全に納得しきれているわけではないが、ある程度心の整理は付けていた。
しかし、その死後に地獄での裁きが待っているかもという事実に、ウィンリィは顔を俯かせながら語っていく。
「お爺ちゃん、最近になってよく言うんです……」
『——私は死んだら……きっと地獄に落ちるのだろうな……』
ある日のことだ。
見舞いに来ていたウィンリィの前で、エドワードはポツリとそのような言葉を溢した。
『そ、そんなことないよ!! お爺ちゃんは地獄に落ちるような人じゃない!!』
これにウィンリィが声を荒げた。
エドワードの死自体を否定するような、そんな気休めな発言は出来ない。だが、エドワード・エルリックという人間が死後地獄に落とされるなど、そんな事実はあり得ないとムキになって叫ぶ。
ウィンリィをここまで必死にさせるほど、エドワードは孫たちにとって良き祖父だった。
『お爺ちゃんは、ずっとずっと……色んな人のために頑張ってきたんでしょ!?』
それにエドワード・エルリックという人間には、若い頃から人々のために活動をしてきた実績がある。
本人の口から詳しく聞いたわけではないが、両親や親戚たちはそれとなく知っているようで、それこそ歴史に名を刻んでいてもいいような功績だとか。
流石にウィンリィが生まれるくらいの頃には、そういった活動が出来るような年齢でもなく。彼女も物静かに余生を送るエドワードの姿しか見たことがなかったが。
『ありがとう、ウィンリィ……』
自分を気遣って叫ぶ玄孫の姿に、愛おしいものを見るような眼差しでエドワードは目を細める。
時折、エドワードはウィンリィの顔を見て——どこか遠くを見つめているようだった。
その瞬間、ウィンリィはエドワードが自分ではない『別の誰か』を見ていると感じる。もしかしたら、自分に他の誰かの面影を重ねているのかもしれない。
『けど、天国に行くにも……私は罪を重ねすぎた……』
『——!!』
しかし、続くエドワードの言葉にウィンリィは息を呑む。
『罪』——時々エドワードが自虐的に呟く言葉だ。
多くの人のために活動してきたというエドワードだが、それとは別に彼は『何かしらの罪』を犯してきたという。
その罪とやらの詳細もウィンリィは知らない。もしかしたら彼が語る『錬金術師』としての物語に、何かしら関係しているのではと考えたこともある。
だがエドワードが孫たちに聞かせる話しは、基本的に楽しくて痛快な冒険譚だ。あまり暗い、怖いような話しはしない。
あるいはその物語の根底にこそ、孫たちには話すことが出来ないような『罪』が渦巻いているのかもしれない。
『咎人である私は、この報いを受けなければならない。なのに今、私は幸せの中にいる……ウィンリィ、お前のおかげでね』
『お、お爺ちゃん……』
毎日のように見舞いに来てくれているウィンリィに礼を言うよう、エドワードは穏やかな微笑みを浮かべる。
自分の命が長くないことは、彼自身も理解している。それでも孤独死などではなく、自分の死を看取ってくれる孫がいることに、彼はこの上ない幸福を感じているようだった。
しかし、それでは道理が合わないと。罪を犯した自分がこんな幸せな終わりでいい筈がないと、心のどこかで罰を受けることを望んでいるのか。
エドワードは自身の死後、地獄で責苦を味わうことを受け入れているようであった。
『出来ることなら、アルと同じ場所に逝きたいが……きっとそれも叶わないだろうな……』
だが、そんな彼にも心残りというものがある。
今はもういない、大切な人の名を呟きながら——もはや叶う筈のない願いを口にしていく。
『——きっとあいつは天国……『俺』は地獄。もう二度と、会うことは叶わないのだろう』
「…………アル?」
ウィンリィの話に黙って耳を傾けていた鬼太郎たちだったが、初めて聞く名前に思わず聞き返していた。
「アルフォンス・エルリック。ずっと昔に亡くなった……お爺ちゃんの実の弟さんです」
ウィンリィは、その人物こそがエドワード・エルリックの心残り。
本当にあの世があったとしても、きっと二度と会うことが出来ないだろうと残念がっている実の弟とのことだ。
「病気で亡くなったとかで。私も直接会ったことはないんですけど……写真だけならここに……」
そう言いながら、ウィンリィが懐から取り出したのは一枚のモノクロ写真であり、そこに二人の男性が写っていた。
どちらも外国人の青年。背丈の違いや多少の歳の差こそあれど、互いによく似た顔立ちをしている。
「そこに写っている背の高い人がアルフォンスさんで……もう片方がお爺ちゃんの若い頃です」
「へぇ~、すごい若いわね! 二十代くらいかしら? お兄さんの方が、ちっちゃいのね……」
ウィンリィの補足説明を聞きながら、猫娘は若りし日のエドワードに思わず息を漏らす。
どことなく面影はあるが、先ほど面会した老人と写真の青年が同一人物だと言われると、やはり年月の重みを強く感じさせる。
それはそれで——『背の低い兄が弟を見上げる』という構図に思わずツッコミが入る。
「はははっ……それ、お爺ちゃんの前では言わない方がいいですよ。お爺ちゃん、小さいって言われると怒っちゃいますから」
すると猫娘の迂闊な発言に対し、ウィンリィは笑いながら注意喚起を促す。
年相応に大人なエドワードだが、彼は身長の低さを弄られると誰であろうと条件反射で怒りを露わにするという。彼の前で『小さい』という言葉はNGワードなのだ。
「この写真……この間、お爺ちゃんが私にくれたんです」
本来、その写真はエドワードが大切に保管していた筈のものであった。
「けど、これ以上は自分が持っていてもしょうがないって……私に持っていて欲しいって……」
しかし自身の死期を悟ってか、最近になってエドワードは終活と称し、身の回りのものを整理するようになった。
その際、エドワードがウィンリィにこの写真を譲ったという。彼女も、何故自分なのかと戸惑ったものだが、どうにも『ウィンリィ』という人間に持っていて欲しいということだった。
ずっと見舞いに来てくれた感謝か、あるいは別に思うところがあるのか。
いずれにせよ、その写真をウィンリィは後生大事にしていくつもりだった。
「エドワード・エルリック……随分と波乱に満ちた人生を送ってきたようじゃな……」
「そう見たいですね……」
そうして、話が終わりウィンリィ・エルリックと別れる鬼太郎たち。目玉おやじは彼女から聞かされたエドワード・エルリックという人間の物語を、噛み締めるように目を閉じる。
玄孫であるウィンリィから話を聞いただけでも、エドワードが波瀾万丈な人生を送ってきたことが窺い知れた。
きっとウィンリィが知っている以上にも、語り尽くせぬ人生を背負って彼はここまで行き着いたのだろう。
「それで……どうするのよ、鬼太郎? エドワードさんの話……引き受ける?」
だが感慨に耽ってばかりもいられないと、猫娘は改めて今回の依頼をどうするか聞いてきた。
その口ぶりから、猫娘の心情としてはエドワードの話を信じてもいいと思い直したことが伝わってくるが。
「そうじゃな。しかし、ドイツ……西洋ともなれば、わしらだけではちと荷が勝ち過ぎるかもしれん……」
猫娘に同意するよう、目玉おやじも頷いていく。
だが依頼を引き受けると決めたからこそ今回の話、自分たちだけで進めるのが難しいと冷静な判断を下す。
怪物の死体があったとされる場所はドイツ。自分たちでは単純に土地勘もなく、さらに現地の人とのコミュニケーションにも不安が残る。
それに実際に怪物が本物だとしても、その死体だけ見たところでそれが合成獣だと、鬼太郎たちでも判別は付かないだろう。
この依頼と真剣に向き合っていくためにも、目玉おやじは『協力者』の手を借りることにする。
「彼女らと連絡を取りたい。そのためにも……」
そのために必要な手順、その第一歩として——目玉おやじはとある日本妖怪の名を口にしていく。
「——鏡爺と連絡を取ってくれ。あやつ経由で話を通すのが一番手っ取り早いじゃろう」
×
鏡爺とは、古い三面鏡を住処とする老人の妖怪である。
彼は鏡の中に『世界』を作り、鏡から鏡へと自由自在に移動する能力を秘めていた。
人間から言わせれば、鏡に何かが映って見えるのは光の反射でしかなく、鏡の中に世界など存在しないと言いたいだろう。
しかし、昔の人間は鏡に自分の姿が映って見える原理など理解することが出来ず。そこに神、あるいは悪魔などといった霊的な何かが宿っていると信じていた。
さらには鏡の向こうにここではない別の場所、異界へと通じる道があると信じ恐れたりもした。
あるいは鏡爺の能力も、そうした人々の迷信が具現化したものなのかもしれない。
いずれにせよ、その鏡世界を介在すれば理屈の上では鏡が存在する、全ての場所へと行き来することができる。
たとえ——それが遠い異国の地であろうともだ。
「——それじゃあ……他の皆にも声を掛けておいてくれ、鏡爺よ!」
「——分かった、任せておけ!!」
鏡の世界を通じ、移動を終えた鬼太郎たち一行。
目玉おやじはここまで道案内をしてくれた鏡爺に、他の仲間たちも連れてくるように要請し、それに快く応じた鏡爺の気配がその鏡から遠のいていく。
「話は通していると言っていましたが……」
「誰もいないわね、どこに行ったのかしら?」
目的地へと辿り着いた鬼太郎と猫娘が周囲へと目を向けるが、そこに待っているであろう人物の姿がなかった。
見事な装飾が施された巨大な鏡が置かれていたその部屋は、大きな西洋風の広間である。
建築様式から日本のものではなく、机やテーブルといった調度品からも、鬼太郎たちが普段暮らしている和風の空間から逸脱していることが察せられる。
しかし、鏡の世界から直接ここまで来た鬼太郎たちは、この建物がどんな外観かを知らない。
果たしてここが本当に『彼女たち』が住んでいる場所なのかと、少しだけ不安になってくる。
「——鬼太郎! 猫娘! 来てくれてたのね!!」
だが不安が脳裏を過ったそのタイミングで、建物の住人が鬼太郎たちの元へやって来た。
「鏡爺さんから話は聞いてるわ! お茶を用意したから……とりあえず、こっちで話しましょう」
既に鏡爺から要件は伺っていると、鬼太郎たちの来客を歓迎する——『魔女の少女』。
こちらを出迎える準備をしてくれていたようで、そんな彼女に鬼太郎が代表して礼を述べていく。
「ああ、ありがとう……アニエス」
そう、ここはアニエスと、彼女の姉である魔女・アデルが拠点としている建物だ。
今回の依頼は事件が西洋で起きたということもあり、西洋妖怪である彼女たちに協力を頼むことにしたのだ。鏡爺を通して連絡する手段は以前にも使用していたため、今回はすんなりとアニエスたちとコンタクトを取ることが出来た。
多少の概要は鏡爺を通して伝わっているだろうが、詳細を話し合うべく、鬼太郎たちはアニエスと向かい合わせでテーブルに腰掛けていく。
「鬼太郎。最近、あの子は……まなはどうしてるかしら……」
だが本題に入る前に、お茶の席でアニエスは鬼太郎たちに日本に住む友人——犬山まなの様子を尋ねていた。
記憶を失い、妖怪である鬼太郎とも距離を置いているあの少女が今どんな生活をしているのか。異国の地で離れて暮らすアニエスにとっても、常に気掛かりとしている案件である。
「記憶の方は相変わらずだけど、大丈夫よ。毎日楽しそうに、懸命に過ごしてるから……」
「…………」
アニエスの問いに、一応は猫娘が前向きな答えを口にする。
まなと距離を置くと苦渋の決断を下した彼女だったが、時々は遠目から様子を見たり、まなの両親といった近しい人と連絡を取り合ったりと、常にまなのことは気に掛けている。
そのため自分たちが関わらずとも、まなが元気に明るく日々を過ごしているということはキチンと把握していた。
もっともそれを口にする猫娘も、隣で聞く鬼太郎の表情も暗い。
「そう、あの子が楽しそうなら……それに越したことはないわね……」
アニエスも、まなが元気でやっているという報告そのものには頷きつつ、その表情には陰りしかない。
皆が皆、犬山まなという人間との離別に未だ踏ん切りが付いていないことが、その空気から察せられる。
しかしこれ以上は気に掛けても仕方ないと、とりあえず話を本題へと戻すことにする。
「それはそうと、話にあった怪物の死体だけど……確かにこっちの方でも結構な騒ぎになってるみたいね」
アニエスは例の怪物の死体が、現地のニュースでもそれなりに大きく取り上げられていることを話した。
実際にそれを目撃したであろう現地の人間が、その怪物を本物だと騒いでいるとのことだ。ますます真実味を帯びてくる話に、鬼太郎たちも改めて気持ちを引き締めていく。
「うむ……それと、エドワード・エルリックさんという方についてじゃが……」
さらにここで、目玉おやじが今回の依頼主である男性、エドワード・エルリックという人物についてアニエスに詳細を語っていく。
彼が自らを錬金術師と名乗っていることに関して、魔女である彼女の意見を伺う。
「錬金術か……ワタシは専門じゃないから詳しくは分からないけど、多分アデルお姉様なら——」
しかし目玉おやじの話にアニエスにはピンときた様子がなく、話題を自身の姉のことへと移していく。
「——今、錬金術と言ったか?」
するとそこへもう一人、この建物の住人が姿を現す。
アニエスの姉である魔女アデルが、険しい表情で鬼太郎たちの腰掛けるテーブルへと歩み寄ってきたのだ。
「アデル、錬金術について詳しいのか?」
錬金術と聞いて顔を顰めるアデルに、何か心当たりがあるのかと鬼太郎が問いを投げ掛ける。
「詳しいも何も……錬金術はお姉様の分野よ。というか……錬金術って、一応は魔法の一種なのよね」
「そ、そうなの!?」
アニエスの口から何気なく語られた事実に猫娘が驚く。
「ああ、私の魔法道具の生成には錬金術が使われている」
しかし、魔女であるアデルから言わせるとそれが常識とばかりに、彼女は自身の使用する魔法石といった魔法道具にも錬金術が用いられていることを説明する。
そもそも、錬金術とは魔法の一種であり『魔法を使用して物を造り出す』ことを、魔女たちは錬金術と呼んでいた。
一般的に言われている『卑金属を貴金属に変換する術』も、その一例でしかなく。
本来の錬金術はより深く、万物の在り方を研究し、様々な魔法道具を生成することにその真髄があった。
「どういうわけか……我々魔女の技術が一部流出してしまってな。それを人間たちが我が物顔で研究し始めたのが、今も連中の間で語られている錬金術だ……」
その魔女たちの技術が、いつの頃からか人間たちの間にまで教え広まってしまったという。
それが中世を発祥とする錬金術の始まりであるらしく、魔女であるアデルは自分たちの技術が盗まれたと、不愉快そうに顔を歪めている。
「だが本来、錬金術の使用には高純度のエネルギーが必要になってくる。我々魔女は魔力を消費することで錬金術を行使できるが……普通の人間にはその魔力がない」
しかし錬金術の知識を得たところで、人間には致命的に足りないものがあった。
それこそ、錬金術を起動させる『エネルギー』であり、それを使用できなければ錬金術など、所詮は机上の空論でしかないというのだ。
「結果として、人間は真の意味で錬金術を理解することが出来ず……ただのオカルトとしてその存在を忘れ去っていった」
一応は科学技術の発展にこそ貢献したものの、錬金術はただのオカルトとして、人間の学者から白い目で見られるようになった。
中には錬金術を語って大金をせしめるような詐欺師までいたとされ、それがさらに人々の錬金術に対する評価を下げたのである。
「全く! 勝手に人の技術を奪っておきながら、勝手に紛い物扱いするなど……厚顔無恥な連中だ!」
「あ、アデルお姉さま……落ち着いて下さい」
自分たちの技術をいいように扱われ、一人の魔女としてアデルは憤りを隠せないでいる。そんな姉を冷や汗を流しながら宥めていくアニエス。
「それにしても……合成獣のことを知り、錬金術師を名乗る男か……ふむ……」
妹に冷静になるよう言われ、とりあえず落ち着きを取り戻したアデルが考え込む。
彼女は鬼太郎たちに錬金術の存在を語った老人、エドワード・エルリックに興味を抱いた様子だった。
「……アニエス」
「は、はい!」
そうして考えが纏まったのか、アデルはアニエスに具体的な方針を出していく。
「お前は鬼太郎たちと現地に赴き……キメラの死体とやらを見てきてくれ。専門ではないだろうが、魔女であるお前なら、それが本物かどうか見分けが付くだろう」
「分かりましたけど……お姉さまはどうされるのですか?」
アデルの指示に素直に従いつつ、姉はどうするのかとアニエスは聞き返す。
キメラを本物であるかどうかなら、専門家であるアデルの方がすぐに見分けが付くだろうに。彼女はその間、何をするつもりなのかと疑問を抱く。
「私は……そのエドワード・エルリックという男に会って来る」
「えっ……?」
すると、アデルは思いもよらないことを口にし、鬼太郎たちを驚かせる。
「その男が本物か、あるいは錬金術師を語る詐欺師なのか……この目で見極めてくれる!!」
魔女としての誇りからか、錬金術師と聞いて黙ってはいられないようだ。
エドワード・エルリックという人間が『本物』かどうか、化けの皮を剥いでやるとばかりに息巻いている。
「…………お手柔らかに頼むぞい、相手は百十五歳の人間じゃからな……」
もしも『偽物』であれば、タダでは済まさんといったアデルの険しい顔つきに対し。
とりあえず穏便に済ませるよう、目玉おやじがやんわりと言葉を添えていった。
人物紹介
エドワード・エルリック
鋼の錬金術師その人。原作の主人公。
本作におけるエドは普通に年を重ね、現代までお爺ちゃんとして生きているという設定。彼、普通に日本に住んでるんですよ。
特別編のDVD『子供編』では2005年の時点で100歳と示唆されていました。
この鬼太郎の時間軸が2020年なので、普通に115歳になっています。
ありえない年齢かもと思いましたが、現実でもこの歳まで生きている人がいるので何の問題もなし!
エドワード・エルリック……最後の錬成が今始まる!!
ウィンリィ・エルリック
サプライズゲスト其の①。ウィンリィ・ロックベルに瓜二つの女性。
元ネタは子供編に出てきた、エドワードの玄孫らしき女の子。その子の成長した姿です。
一期アニメのウィンリィは本当に報われなくて……。
せめて彼女に救いが欲しく、今回はこのような形で出演してもらいました。
エドワードが玄孫である彼女に、初恋の人の面影を見るほど二人はそっくりさんです。
アルフォンス・エルリック
エドワードの弟。劇場版のラストではエドと共に『こちら側』に来ています。
子供編では彼も生きているようなことを示唆されていましたが、今作では話の流れ上、『エドより先に若い頃、病気で亡くなった』という設定。
この設定にも意味がありますので……どうか続きをお楽しみに。