2023年の夏アニメもちらほらと始まりました。今季はとりあえず『ダークギャザリング』というホラー作品に注目していきたいと思っていますが、他にも面白い作品があれば目を通していきたい。
オススメなどあれば、リクエスト欄などで紹介して頂けるとありがたいです。
とりあえず、『鋼の錬金術師』其の②です。
今回は最初から四話構成として話を区切っていきたいと思いますので、どうかお付き合いください。
その日、午前中から東京では雨が降っていた。
暗雲が立ち込める空を病室の窓から見上げながら、御歳百十五歳のエドワード・エルリックはここではないどこかへと思いを馳せる。
——随分と遠い所まで来てしまったな……。
——だがそれも……ここまでだ……。
エドワードは自身の人生を思い返す。
今はもう帰ることの出来ない、故郷で過ごしてきた幸せな日々。
失ったものを取り戻そうと、弟と共に各地を旅した冒険の数々。
自分のために犠牲となった弟を取り戻そうと、その代償を払う過程でエドワードは『こちら側』へとやって来た。
『こちら側』へ来た後も、エドワードはなんとか『向こう側』への帰り道を模索し続けた。
しかし『向こう側』との『門』を開き、錬金術などの技術を戦争に利用しようとするものが現れる。
そんな連中から世界を守るためにも、そして二度と誰も『門』なんてものを求めないよう、それを破壊する決意を固める。
たとえ、それで二度と『向こう側』に帰ることが出来なくとも。
それが大切な人たちとの今生の別れになろうとも、それでもやらなくてはならないと若りし日のエドワードは決断したのだ。
——アルには……悪いことをしたな……。
その決断自体に、今でも後悔はない。
しかし、自身の『業』に弟を巻き込んでしまったのは、今でも少し悔いが残る選択だったかもしれない。兄としての本音を言えば、弟には『向こう側』で愛しい人々と共に生きていて欲しかった。
けれど——。
『一緒にいたかったんだ、兄さんと。兄さんと同じものを見て、同じように成長したい』
『二人でいれば、そこがどこでも……ボクたちはまた旅が出来る』
たとえ元いた場所に帰れずとも、二人で一緒にいたいと。
アルフォンス・エルリックは『向こう側』の世界よりも、エドワードと共に『こちら側』の世界で生きることを望んでくれたのだ。
——あいつのおかげで……俺はやっていけたところもあったんだろうな……。
実際、エドワードもアルフォンスがいてくれたおかげで、この世界で生き抜く覚悟が決まったと言えよう。もしも弟がいなければ、ひょっとしたらどこかの時点で生きることを諦めていたかもしれない。
自分たちの青春時代は、まさに世界を巻き込んだ戦争がいたるところで激化した時代でもあった。
世界を取り巻く情勢に翻弄されながらも、二人だからこそ兄弟は逞しく生き抜くことが出来たのだ。
そうして生きていく中で、エドもアルも大人になり、愛する人と出会い結婚する。
お互いに家庭を持つようになり、徐々に離れて暮らすようになった。
さらには孫まで産まれた頃になって、エドワードは——『アルフォンスが病気で他界した』という知らせを受ける。
最愛の弟の死には、大人になっていたエドワードもショックを隠し切れず——ほんの一瞬とはいえ、『後を追おうか』などという考えまで浮かんだほどだ。
しかしそれでも、弟の死後もエドワードはこの世界を必死に生き続け——。
今この日本にて、最後の余生を過ごすことになる。
——彼は……鬼太郎くんは……私の話を真に受けてくれただろうか……。
過去の思い返しもそこそこに、エドワードは今の状況に思案を巡らせる。
この地で最後を過ごす覚悟を決めたエドワードの目に止まったのが——例のニュース。謎の怪物・キメラらしきものの死体が、ドイツの片田舎で発見されたという新聞記事だった。
エドワードはその存在が本物かどうか。もしもそれが本物ならば、誰がどのようにして合成獣など造り出す技術を持ち込んだのか。それを見定めた上で止めなければならないと感じた。
それが現代まで生き続けた、一人の錬金術師としての責務だと思ったからだ。
——本当なら……自分で確かめに行きたかったが……。
エドワードはそのキメラが本物かどうかの確認に、ゲゲゲの鬼太郎という少年の手を借りることにした。
しかし本来なら、錬金術と何も関係がない彼に頼むべきではなかったと、申し訳ない気持ちがあった。
——流石に……もう体力が持たないだろうな……。
しかしエドワードもいい加減、もう歳だ。
他の同年代よりは動けるという自負はあったが、百十五歳の老体に長旅は堪えるものがある。日本からドイツまで行き、そこからさらに現地調査をするなど、おそらく身体が保たないだろう。
やはり鬼太郎からの報告を待つしかないという現状に、エドワードが歯痒い思いを抱いていた。
「……ん?」
すると、そんな彼の元に来客を告げるノック音が響く。
「——失礼する」
エドワードの返事を待たずして、病室に入って来たのは銀髪の美女——魔女・アデルであった。
「……キミは?」
見知らぬ女性の突然の来訪に、エドワードも困惑した表情を浮かべている。
「私は魔女・アデル……鬼太郎の知り合いだ」
「鬼太郎くんの? ふむ……」
とりあえず、アデルは最低限の礼儀として自身の名前と、ゲゲゲの鬼太郎の関係者であることを告げる。それによりエドワードもある程度の警戒心を解き、アデル相手に正面から向かい合っていく。
「お前がエドワード・エルリックか……なるほど、確かに只者ではなさそうだ……」
第一印象。魔女であるアデルの目から見ても、エドワードという老人は確かに年月の重さ、深みを感じさせる相手だった。
「だが、それでお前の言葉を鵜吞みにするかどうかは別の問題だ。貴様が本物の錬金術師だというのであれば……私の質問に答えてもらおうか」
しかしその時点において、アデルはエドワードという人間を本物の錬金術師だと信用してはいなかった。いかに貫禄がある老人であろうとも、人間如きに錬金術のなんたるかを理解出来るとは思えないと。
自分が誇り高き魔女であるという自負もあってか、不躾であることを承知の上でアデルはエドワードへと問いを投げ掛けていく。
「——まず聞こう。錬金術とはなんだ?」
最初は軽く小手調べだとばかりに、『錬金術とは何か?』と率直に問うた。
この程度の問いに答えられないようではたかが知れているだろうと、アデルの態度にも高圧的なものが宿っている。
「なるほど……」
エドワードは相手の口ぶりから、自分が『試されている』と理解したのか。無礼と言ってもいいアデルの態度に激昂することなく、口元に微笑みすら浮かべながら彼女の問いに答える。
「一般的に錬金術は『金を作る』あるいは『物体を生成する』技術だと思われがちだが、それは一側面に過ぎない。卑金属を貴金属へと昇華させる過程を人間に適用すれば、病気の治療や不老長寿の研究にも繋がる。しかし、錬金術の本質は人間や世界の成り立ちを突き止めることで、そのものを更に上の段階へと導く。つまりは、魂の霊的完成を達することであり——」
その後も、さらに自らの自論を含めて錬金術のなんたるかを説いていく、エドワード・エルリック。
「ほう……」
エドワードの説明に思わず感心したように息を吐く、魔女・アデル。
しかしこの程度は序の口だ。ここからが本番とばかりに、アデルはさらに深い内容へと突っ込んでいく。
「——錬金術における最も根本的な原理を述べよ」
「錬金術は基本的に『等価交換』で成り立っている。例えば壊れたラジオを直す場合、欠けた破片が全て揃っていなければ元には戻らない。ネジ一本でも足りなければ、その錬成は不完全に終わるだろう。『十』を作るのに『十』の材料が必要になってくる。『無』から『有』を作り出すことは出来ない。錬金術を使用するには必ず、同等になる代価を支払わなければならない」
「——錬金術を行使するにあたり重要になってくる三つの段階について答えよ」
「理解・分解・再構築の三つ。その物体がどのような構成で作られているかを正しく『理解』し、物体を作り変えるために一度『分解』。そうして、バラバラになった物質を『再構築』して繋ぎ合わせる。基本的に、この三つの段階を経ることで錬金術として完了する」
「——錬金術を構築するもの……構築式に必要なものは何か答えよ」
「錬成陣。錬金術を発動するために必要になってくる図形式だ。描かれる図形や文字列の構築式は術者によって個性は出るが、その形の基本は円形である。円の形をしているのは力と時間の循環を示しているためである」
「…………」
一才の迷いもなくスラスラと答えを口にするエドワードに、アデルの方が思わず口ごもってしまう。
エドワードの解答は、その全てが正しいという訳ではない。
例えば『錬成陣』という単語。確かに錬金術を発動するのに図形式や文字列は必要不可欠な要素ではあるが、魔女たちの間でそれは『魔法陣』と呼称されている。
人間として錬金術を扱うものとしての認識か、魔女であるアデルとの相違点がところどころに見られた。
もっとも、そういった些細な違いこそあれど、エドワードの言葉に論理的な矛盾は感じられない。アデルは一人の知恵者として、相手の言葉に耳を傾けている自分を自覚せざるを得なかった。
「——これが何を意味するか、理解出来るか?」
だがまだ認める訳にはいかないという意地からか、アデルはエドワードに一枚の図形が書かれた紙を差し出す。
「錬成陣ですね……いえ、貴女たち魔女からすれば、魔法陣と呼ぶべきものでしょうか?」
エドワードはそれが錬成陣であることを一目で理解した上で、魔女であるアデルの顔を立てて魔法陣と呼ぶ。
「ふっ……それだけか?」
ここでアデルが口元に薄く笑みを浮かべた。
相手の気付いたことがそれだけならば、話はここで終わりだとばかりに大人げなくも勝ち誇る。
「おや……? この部分、いくつか間違っていますね。ここと……この部分……」
「——!」
しかしエドワードは冷静に、アデルの描いた錬成陣に誤りがあることを指摘する。
それはアデルが『わざと』間違えた箇所だ。あえて間違った陣を描き、それにエドワードが気付くかどうかを試したのだ。もしもその間違いに気付かないようであれば、彼の知識などやはり見せ掛けに過ぎないのだろうと。
だがエドワードはその間違いを正しく修正した上で、さらに効率的な構築式を別の紙に描いて見せる。
「——っ!? そ、それは……そのパターンは考えたこともなかったが……」
これにはアデルも思わず唸った。それは彼女が唯一の正解式だと思っていたものよりも、さらに効率的な錬成陣だったのだ。
自身を上回る知識量から導き出されたエドワードの構築式に、試している筈のアデルが敗北感を味わうことになってしまう。
「……な、ならばこれはどうだ!! この構築式をお前ならどう描く!?」
「ほうほう……これは懐かしい。この陣であればここをこうして……」
それでも負けじと、アデルはエドワードへの問い掛けを続けていく。
そこにはエドワードを試すという当初の目的も確かにあったが、それ以上に『この男の意見をもっと聞いてみたい』という一人の魔女、あるいは研究者としての好奇心が多分に含まれていた。
エドワードも、久方ぶりに他者と突っ込んだところまで錬金術の話が出来て楽しいのか。
二人は暫しの間、時間が過ぎるのも忘れて錬金術への見解をぶつけ合い、互いに知識を高め合っていった。
×
「ここが西洋……ヨーロッパか……」
「なんとも壮観な光景じゃな……」
エドワードとアデルが日本で問答を繰り広げていた頃。遠く離れた欧州の大地にゲゲゲの鬼太郎たちが降り立つ。
普段はなかなか来ることのない異国の、それもヨーロッパの地平線まで見える牧草地の風景を前に、鬼太郎や目玉おやじですら感慨深げな声を溢している。
「それにしても……」
一緒にいる猫娘もだ。
彼女は鬼太郎の隣で——自分たちが立っている場所から見えるその景色に息を吐く。
「——アニエスたちの住んでるこの城が……もうドイツ内だったなんてね……」
そう、彼らが立っている場所は——ドイツ領内に存在する『古城』の屋上であった。
鏡爺の鏡世界から直接アニエスの元を訪れたために気付かなかっただろうが、鬼太郎たちは知らず知らずのうちに今回の目的地である、ドイツ国内への入国を果たしていたのだ。勿論、妖怪なのでパスポートは必要ない。
「ドイツは使われなくなって放置されている古城が多くてね。その内の一つを、私たちが拠点として利用させてもらってるのよ」
アニエス曰く、ドイツには古城が多く建造された歴史があるとのこと。主に他国からの侵略、外敵から身を守るため。中世の時代に建てられた城塞が現代でも数多く残っているという。
ドイツ国内に存在する古城の数は、およそ三千ほど。もっとも、これは人間たちが『管理』できる範囲での話だ。管理できずに放棄・廃墟と認定されたものを含めれば、およそ二万にも及ぶ古城がドイツ全土に点在していた。
この古城の推定総数は現在進行形で増え続けている。最新の調査や研究が進めば進むほど、新しく古城と認定される廃墟が次々と発見されていくからである。
鬼太郎たちが今いるこの古城も、人間たちが管理を諦めたものの一つだ。
アニエスとアデルは、そこを自分たちの拠点として利用させてもらっているとのこと。当然、定住申請を行なっていないが妖怪なので問題はない。
「——ほほう、ここが西洋か。まさか、こんな形で足を踏み入れることになるとは……」
「——美味い酒はあるのか?」
と、鬼太郎たちがヨーロッパの風景に目を奪われていた間にも、鏡爺が呼びに行った日本からの援軍が到着したようである。
「おお、砂かけババア!! 子泣き爺!! よく来てくれた!!」
まず姿を見せた砂かけババアと子泣き爺に、目玉おやじが歓迎の意を表す。
長いこと老人をやっている二人にとっても、西洋に来る機会など滅多にないのだろう。心なしか浮き足立っているようにも見える。
「——ハァ~! 西洋にも可愛い子がいっぱいおるといいとね!!」
「——ぬりかべ~」
次に、一反木綿とぬりかべ。
ゲゲゲの森一番の飛翔速度を誇る起動力の要に、鉄壁の防御力を誇る守りの要だ。どちらとも普段と変わらぬ調子で西洋の地へと降り立った。
「——いや! 絶景絶景!! 空気も澄んでて晴れ渡ってるし、絶好の観光日和だね!!」
「…………なんでアンタまで来てんのよ、ねずみ男……」
さらにはここでねずみ男の登場だが、彼の顔を見るや猫娘が眉間に皺を寄せる。
戦力としてほとんど期待されていない彼が、どうして西洋までやって来たのか心底からうざったそうである。
「へっ、別にいいじゃねぇかよ!! それを言うなら、なんでわざわざ他の連中に声を掛けたって話だよ!!」
猫娘の喧嘩腰の対応に、ねずみ男もすぐさま憎まれ口を叩きながら反論を口にしていく。
「聞いたぜ? キメラだかなんだか知らねぇが、怪物の死体が本物か偽物かを確かめるだけの仕事なんだろ? なんだってわざわざ、俺たちを呼びつけるかね……」
「いや、だからアンタは呼んでないって……」
実際のところねずみ男はお呼びでないのだが、彼の言っていることはもっともだったりする。
今回、エドワード・エルリックから頼まれたのは——『ドイツで発見された怪物の死体が本物のキメラかどうか』それを確認するだけと、それ自体単純な話だ。
発見された場所もアニエスが案内してくれると言うし、何なら真偽を確かめるのもアニエスの助けを借りれれば十分だろう。
わざわざ、日本妖怪からいつもの面子を呼び寄せる意味があったかは疑問が残る判断だ。
「なに、何事も用心じゃよ。一応、ここは西洋妖怪の縄張りじゃろうしな……」
この疑問に、仲間たちの手を借りようと判断した目玉おやじが意見を口にする。
そう、ここは日本ではなく西洋。鬼太郎たちにとって未知の土地だ。どのようなトラブルがあっても対処できるようにと、念の為に仲間たちに声を掛けたのである。
「そうね……確かにバックベアードが倒されてから西洋の情勢は不安定だけど……」
すると、目玉おやじの考えにアニエスが難しい顔をする。
実際に西洋を活動拠点とする彼女が言うに、今の西洋妖怪たちの勢力図はかなり複雑な状況とのことだ。
バックベアードという強大な支配者に加え、その軍団の幹部たちまでもが先の『第二次妖怪大戦争』にて倒されてしまった。
これにより、バックベアード軍団は完全にその機能を停止。軍団の傘下に収まっていたものたちもほとんどが野に降るしかなく、その分抑えの効かなくなった連中が各地で小さな騒動を起こしているという。
さらには空白となった『帝王』の座を虎視眈々と狙い、裏で息を潜めていたものたちまで怪しい動きを見せる始末。
西洋のいたるところで燻る戦火。
下手をすれば、再び妖怪が——人間を巻き込むほどの『大戦』を引き起こしかねない。
「けど、正直勢力争いどころじゃないってのもあるわね。バックベアードが……あいつが世界中に撒き散らした、置き土産のせいでね……」
「!!」
もっとも、先の大戦による被害が西洋にも直接的な影響を与えたのか。西洋妖怪たちの動きもどことなく鈍いとのことだ。
そう、ぬらりひょんの策略によって消滅しかけたバックベアードが、最後の足掻きとして自らを『バックベアード爆弾』と化し、体液を世界中に隕石のように降らせた一件だ。
日本も当然ながら、西洋を含めて全世界がだいぶ被害を被ったらしく。今はその被害から立ち直るのにどこも手一杯とのこと。
「だから……このタイミングで鬼太郎たちにちょっかいを掛けよう、なんて輩はいないと思うけど……」
故に偶々日本からやってきた鬼太郎相手に、好き好んで戦いを申し込もうという輩は少なくとも今の西洋にはいないだろう、というのがアニエスの見解だ。
もう少し時間が経てば分からないだろうが、とりあえずこちらから喧嘩をふっかけない限りは問題ないとのこと。
「なら、早く用件を済ませよう……」
余計な争いを望まない鬼太郎としても、それは好都合だと。
この地の妖怪たちを悪戯に刺激しないようにと、速やかに依頼を終わらせてこの地を立ち去るつもりだった。
ところが、ここでちょっとしたアクシデントに見舞われる。
「——怪物の死体が……とっくに処分された!?」
猫娘が素っ頓狂な声を上げる。
アニエスたちが拠点としていた古城から数時間ほど掛け、鬼太郎たち一行はとある農村へとやって来た。エドワードが見つけた新聞記事によると、その地区に怪物の死体があったとされ、数日前までは多くの人間たちが取材や観光気分でその死体を見物しに集まっていたらしい。
しかし——。
「ええ。数日前には政府関係者が来たとかで……もうここには何も残っていないらしいわ」
地元住人の聞き込みを担当したアニエスによると、キメラの死体は既にドイツ政府のものたちが回収。噂によると、どこぞの研究機関への引き渡しがとっくに終わってしまったというのだ。
「迂闊じゃった。考えてみれば当然のことだろうに、そこまで頭が回らんかったわ……」
これには目玉おやじも、己の迂闊さを認めるしかなかった。
例のニュースは、報道されて既にそれなりの時間が経過していたのだ。いかに物珍しい怪物の死体とはいえ、いつまでもそれが放置されている訳もない。
寧ろ、何も知らない人間たちからすれば貴重の検体だ。それがどのようなものなのか、調べたくもなるだろう。
「肝心のものがないのでは、調べようがないぞ……」
「どうする? 諦めて観光でもして帰るか?」
肩透かしを食らい、日本妖怪たちはすっかり困り果てていた。
わざわざ西洋まで来たのに無駄足だったと、砂かけババアが鎮痛な面持ちになる。その一方で子泣き爺などはすっかり観光へと気分を切り替えている。
「どうすっとね、鬼太郎しゃん?」
「ぬ、ぬりかべ~……」
一反木綿もぬりかべも、ここからどうするかなど全く考えていない。これからどうするべきかと、鬼太郎の判断を仰ぐ。
「父さん、エドワードさんに何と報告すべきか……」
「う~む……こればかりはわしらでも、どうしようもない……」
だが鬼太郎も、目玉おやじもこれには頭を悩ませるしかない。
せっかくここまで来たのにエドワードの依頼を果たすことが出来ず、このままおめおめと日本に帰るしかないのかと気持ちが沈んでいく。
「…………ちょっといいかしら。少し気になる話が……」
「アニエス?」
ふと、ここでアニエスが鬼太郎たちへと声を潜ませる。
彼女は不安げに表情を曇らせつつ、先ほどの聞き込みで偶々耳にしたという——『気になる話題』について皆に語っていく。
×
「——行方不明?」
アニエスの話に鬼太郎が首を傾げる。
現在、一行は人気のない森の中に移動しており、そこでアニエスが聞き込みにて知った情報を皆で共有することになった。
「ええ……なんでもここ最近になって、行方が知れなくなる人が増えてるんですって。多いところだと……それこそ、村単位で失踪してるとか……」
「なんと、いったい何故そんなことに!?」
アニエスが語っていく話に、目玉おやじも驚きで目を丸くする。
ドイツの村々で人々が次々と『行方不明』になっている事件が多発しているという事実。一件すると自分たちには関係ない、所詮は他人事だと突っぱねることも出来たが——。
「それも……例のキメラが発見される、数週間ほど前から……」
失踪者が増えるタイミングは、キメラの死体が発見される少し前から。特にここ数週間で目立った被害が出ているというのだ。
「無関係……と断ずるには、あまりにもタイミングが良すぎるというか……どうにも引っかかるのよ」
ただの偶然と言ってしまえばそれだけだが、あまりにも時期が重なり過ぎていると。キメラの存在と人々の失踪が、何かしらの形で繋がっている可能性が高いとアニエスは考えた。
「まさか……食べられたとか!?」
僅かな思案の後、猫娘はとある可能性に行き当たりその顔を驚愕に染める。
例の合成獣に襲われた人々が、ヤツの食糧となってしまったかもしれないと。
確かに写真のような怪物に出くわせば最後、ただの人間など成す術もなく喰われてしまってもおかしくないだろう。
「それはないと思うわ。聞いた話だと、誰もキメラに襲われたところは見てないって言うし……」
しかし、その可能性は低いとアニエスが首を振る。
もしもキメラが人間を喰い殺している事実があるのであれば、どこかでそれが目撃され、もっと騒ぎになってもおかしくはない。それにいなくなった人間たちの集落などに、誰かが食い荒らされた痕跡などは見つかっていない。
失踪したものたちは皆、何の前触れもなく忽然と姿が見えなくなったと言う。ある意味、食べられたと考えるより不気味な消え方ではあった。
「誰かに連れて行かれた? けど、いったいなんのために?」
そのことからも、鬼太郎はこの失踪が何者かの意思による『誘拐』だと判断する。
いったい何故そのようなことをしたのか、現時点では検討も付かない。人間側も地元警察を動かして調査をしているだろうが、これといって進展はない様子だ。
「どうする、鬼太郎? 一度日本に戻って依頼主に報告するか?」
「西洋の問題じゃしのう……わしらが首を突っ込んでいいものか……」
ここで砂かけババアと子泣き爺が、鬼太郎に意見を求める。
依頼と無関係とは言い難い案件ではあるが、これはあくまで西洋で起きている事件だ。日本妖怪の鬼太郎たちがこれ以上、この件に首を突っ込んだところで何の得もないだろう。
実際、数年前の鬼太郎であればきっと『関係ない』とでも言い、放置していたかもしれない。
だが——。
「少し調べてみよう……キメラの正体に繋がる、何か手掛かりになるかもしれない」
ここで関係がないと見過ごすことを、鬼太郎は良しとしなかった。
表向きはキメラの真偽と口にしつつ、たとえここが外国であろうといなくなった人間たちの心配をする鬼太郎の心境が伝わってくるようだ。
「鬼太郎……ええ、そうね……」
「うむ! それが良いじゃろう!」
そんな鬼太郎の心情に笑みを浮かべる猫娘と目玉おやじ。
最後まで彼に付き合うつもりで、他の仲間たちもしっかりと頷いていく。
「——どうにも……失踪者はこの辺りの地域に集中してるみたいね、イワチガ・セハーケ!!」
そうして、失踪した人々の手がかりを得るためにと、さらに詳しく聞き込みをしたアニエス。
彼女は魔法で空中に周辺の地図を立体映像のように浮かび上がらせ、鬼太郎たちと共に状況を整理していく。
「私たちが今いるのがここで……失踪した人間たちの住んでいる地域が大体この辺り。やっぱり田舎の農村の方で被害が出てるわね」
「そ、そうなのか……?」
「ふむふむ……?」
ドイツの地理に詳しくない鬼太郎たちでは、アニエスの話に付いていくのがやっとであまりピンと来ていなかったが、確かに都市部の方にはほとんど被害が出ていないのだ。
「いなくなってる人間たちの年代は? 偏りとかあるわけ?」
「それが、そういうのは全く関係ないみたいで……老若男女問わずに、いろんな人たちがいなくなってるみたい」
「人間であれば誰でもよかったと? 随分と見境のない犯行じゃな……」
「はぁ~……可愛い女の子たちが無事だとよかとね!!」
「喉が渇いたのう……酒でも買ってくるか!?」
「子泣き爺……少しは我慢する……」
さらに仲間たちで様々な意見を出し合い、人間たちの失踪にどのような意図や意味があるのか理解を深めていく。
色々と関係ない話に脱線したりもしたが、分かったことを纏めると——。
①ある一定の地域・範囲を中心に失踪者が増えている。
②失踪している人間たちに、住んでいる地域以外の共通点はない。
③行方不明者が増加し始めたのは、キメラの死体が発見される数週間前からである。
「なるほどね……」
概ねこのような感じになる。そして、それらの事実からアニエスは一つの結論に達した。
もしも人間たちが何者かに連れ去られているのなら、彼らをどこに監禁する場所が必要になってくる。
しかし様々な建物が密集する都市部ならともかく、田舎の地域でそのような場所などある程度限られてくる。
人目につかないよう、それなりの人数を閉じ込めておける建物。それは——。
「——古城か!?」
「——ええ……ワタシも、それしかないと思う」
鬼太郎も同じような考えに至ったようで、アニエスと意見が一致するのを確認し合う。
そう、ドイツ各地に点在する——古城。
アニエスやアデルのような魔女がその一つを拠点にしていたように、『何者か』がどこぞの古城に住み着き、そこに人間たちを連れ去っている可能性が浮かび上がってきた。
「ちょうど、この辺りは放置された古城が集中している地域でもあるしね……」
自身の推論を裏付ける証拠として、アニエスは魔法の地図に古城の分布図をマッピングしていく。
簡易的な表示ではあるが、かなりの数の古城が周辺地域に密集していることが一目で分かるようになっていた。
「この古城のどれかに、連れ去られた人間たちが?」
「まだ確証があるわけじゃないけど……そう考えてもいいと思うわ」
既にアニエスの中にある種の確信があるのか。彼女の判断を信用した鬼太郎も、覚悟を決めたように表情を引き締める。
「分かった……手分けして調べてみよう! みんな……済まないが、もう少しだけ付き合ってくれないか?」
鬼太郎は仲間たちに重ねて願い出る。
「ええ、勿論よ!!」
「ここまで来たからには、最後まで付き合うぞ!!」
当然、仲間たちが今更鬼太郎の頼みを断るわけがなく。ここまで来た以上、最後までこの件を見届けようと、皆も気を引き締めていく。
「それじゃあ……」
そうして、全員で事にあたるため、自然とそれぞれの役割分担を決める流れとなった。
鬼太郎はアニエスに猫娘。砂かけババアや子泣き爺、一反木綿やぬりかべといった面々に順々に声を掛けていくわけだが——。
「ねずみ男、お前も……ねずみ男?」
その過程で、鬼太郎はようやくあることに気付く。
途中まで確かに一緒だったねずみ男の姿が、いつの間にか消えていたのだ。
そういえば、途中から会話にも参加していなかった気がする。
どうやら、かなり早い段階で——ねずみ男は一人、別行動を取っていたようである。
「——へっへっへ! この城なんか怪しいんじゃねぇか? このねずみ男様の直感がビビッと来てるぜ!!」
鬼太郎たちの目を盗んで行動を起こしていたねずみ男が、とある建物の一つへと足を運ぶ。
彼がわざわざ西洋まで引っ付いてきたのは、鬼太郎の力になるためではなかった。
彼は単純に自身の欲求——有り体に言ってしまえば『金目な物』を求めて、わざわざ西洋くんだりまで出向いてきたのだ。
「こういうところに……意外なお宝が眠ってるもんなのさ!!」
そのためにねずみ男が目を付けたのは、今まさに彼の眼前に聳え立っている『古城』だ。その城の中に隠されているかもしれないお宝を狙い、これから忍び込もうという算段だった。
実際のところ、ドイツの古城という『遺跡』にそんな分かりやすく、金銀財宝といったお宝が都合よく眠っている可能性は限りなく低い。もしもそういったものがあれば、とっくの昔に盗掘屋といった連中に持ち去られているだろうからだ。
しかし、歴史的に価値のある遺産や、年代物の骨董品など。一見してお宝と分からないものでも、金にはなるだろう。
何か物珍しいものがあれば、とりあえず片っ端から回収する腹積もりで、ねずみ男は大風呂敷など背負っている。
日本であれば『これから泥棒をします!』と分かりやすいスタイルで、古城内へと侵入を果たす。
だが——。
「早速仕事に……って、なんだなんだ!?」
いざ、ねずみ男が古城へと忍び込もうとした、その瞬間。
無断で城の敷地内に侵入した彼の元に——ローブ姿の何者かが気配もなく姿を現す。
「…………」「…………」「…………」「…………」
あからさまに怪しい格好をした彼らは、まるで生気など感じさせない佇まいでねずみ男を取り囲み、その胡乱な視線を彼へと集中させる。
「な、なんだよ……なんなんだ、お前ら!?」
「………………」
いきなりのことで狼狽するねずみ男だが、それとは対照的にローブ姿のものたちは黙ったままだ。
まるで昆虫のように無機質な視線を向けてくる彼らを相手に、ねずみ男が緊張感に全身を強張らせていく。
「——ええい、なんの騒ぎだ!!」
すると、そんな気まずい空気が漂う場に、声を荒げた人物が乱暴な足取りでやってくる。
先に現れたものらと同じローブを纏った男だが、その表情には分かりやすく『不機嫌』といった感情が浮かべられていた。
状況が好転したわけではないが、感情を読み取れるだけ他の連中よりマシと。ねずみ男がほっと安堵の息を溢す。
「……侵入者です」
「……如何しましょうか、師よ」
どうやら、感情剥き出しのその男の方が彼らの上役らしい。無機質ながらも言葉を紡ぐ弟子たちが、師匠である男に侵入者の処遇を問う。
「なんだ……その浮浪者は? そんな小汚いやつ、石の『材料』にもならんわ! キメラの餌にでもしてしまえ!!」
男はねずみ男を一瞥するや、軽蔑の表情を浮かべる。
ねずみ男の小汚い格好を見て、取るに足らない存在と判断したのだろう。心底面倒そうな、投げやりな態度で彼の『始末』を決めてしまう。
——石の材料? キメラ……?
——キメラって……例の死体で見つかったっていう、化け物だよな?
——となると……こいつが、鬼太郎たちの探してる!?
瞬間、相手の言葉の端々から、ねずみ男は素早く状況を整理する。
只者ではない雰囲気。そして『キメラ』という言葉からも分かるよう、このローブを纏った怪しい集団が——今回の事件に絡んでいる『何者か』であることが察せられた。
きっと鬼太郎たちが彼らと出くわせば戦いは必至。すぐにこのことを、鬼太郎に伝えなければなるまい。
——……って、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!!
——餌って……このままじゃ、俺の命が危ねぇぞ!?
しかし、ねずみ男として大事なのは鬼太郎たちがどうこうよりも、自分自身の身の安全である。このまま何もしなければ、自分はキメラとやらの餌にされてしまう流れだ。
自分の命が危うい。そう判断するや、ねずみ男の行動は迅速だった。
「——お待ち下さい!! どうか、どうか私めの話をお聞き下さい!!」
プライドもクソもない、見事なまでの懇願、土下座——命乞いである。
相手に何かされるよりも先に、脱兎の勢いで地べたに頭を擦り付けるねずみ男。さらには男のご機嫌を取ろうと、猫撫で声でおぺんちゃらを使っていく。
「いや~……皆さん、素敵なお召し物を着ていらっしゃる! 古城の雰囲気と相まって、実にノスタルジックでございますな~!! そんな素敵な貴方様に耳寄りの情報がございましてね……聞くだけ聞いていただけないでしょうか、旦那!!」
「な、なんだお前、いきなり……」
清々しいまでのねずみ男の下手っぷりに、リーダー格の男が若干困惑気味に後退していく。きっとここまで分かりやすく、ゴマを擦るような相手と対峙したことがなかったのだろう。
そんな心の動揺を見逃さず、ねずみ男は男に対しそっと耳打ちする。
「実は……貴方様の邪魔をしようとしている輩がこの辺りをうろついていましてね。よければこの私が、その排除に力をお貸ししようかと……」
己の自己保身のために。
聞いてもいないだろうに、鬼太郎たちのことをペラペラと喋っていく。
×
「——なるほど、俄には信じ難いが……確かにその理屈であれば、人間の貴方にも錬金術が行使できるようになるだろう」
「——私も、まさかそのような裏技を思いつく事になるとは、自分でも驚いていますよ……」
日本。
魔女であるアデルと、錬金術たるエドワード・エルリックの会話が未だに続いていた。
既に病院側が取り決めているであろう面会時間などとっくに過ぎていたが、元よりアデルは正式な手順でエドワードに面会を申し込んだわけではないので、どれだけ話が長くなろうと問題はない。
エドワードは、アデルと話をしているのがよっぽど楽しいのか、特に疲れた様子もなく饒舌に話を続けている。
アデルの方も、常に厳しい表情をしている彼女にしては珍しく、その口元に笑みすら浮かべていた。
錬金術という分野について知識を深め合うことに、二人ともこの上ない喜びの中にあった。
あと少し、あと少しと。出来ることならこの時間がもっと続いて欲しいとさえ思っていただろう。
「それならば……むっ、失礼……」
だが、そんな楽しい時間にも終わりのときはやって来る。アデルの懐から眩しい輝きが発せられるや、彼女はエドワードに一言断りを入れ、それを手に取る。
『——アデルお姉様……今、お時間よろしいでしょうか?』
「——どうした、アニエス。何か分かったか?」
アデルが手にしていたのは、青い輝きを放つ魔法石。その石から聞こえてくるのは——妹であるアニエスの声だった。
それは遠く離れたヨーロッパの地、鬼太郎たちと共にキメラの調査をすることになったアニエスからの通信連絡だった。
「ほう……なるほど、これが魔法か……」
魔法石を介した連絡手段を目の当たりにしたエドワードが感心したように呟く。魔女の魔法を間近で見るのは初めてという彼だが、特に動揺した様子はない。
エドワードは姉妹の話を邪魔しては悪かろうと口を閉じつつ、しっかりと聞き耳だけは立てていく。
『実は——』
アニエスからアデルへと連絡があったのは——彼女と鬼太郎たちの次なる行動に新たな指針があったからだった。
例のキメラの死体こそ満足に調べることが出来ずに終わってしまったが、それと関連して発生している人々の失踪事件。
それについて何か手掛かりがないかと。これからドイツ内の古城をいくつか調べるといった内容の話だった。
「分かった。私もすぐに合流する。あまり無茶はしてくれるな……」
『はい、お待ちしてます……お姉様』
「——というわけです。私はこれから妹と鬼太郎たちの元へ行かなければならない。名残惜しいが……貴方との話もここまでだ」
「…………」
アニエスとの通話を終えるや、アデルはエドワードと向き合い、姿勢を正して彼に対し最大限の礼を尽くす。
「エドワード殿……正直、私は貴方のことを疑っていた。人間如きに錬金術の何が分かると……貴方のことを見下していました」
きっとこれで最後だろうという予感もあってか、アデルはエドワードと本音の部分で話していく。
この部屋に来た当初、アデルはエドワードにかなり失礼な態度を取っていた。それは彼が錬金術師を語る詐欺師、あるいは見知った程度の知識をひけらかす、浅はかな人間だと決めつけていたからに他ならない。
魔女である自分に比べれば人間の知識など大したことはないと、そういった自惚れもあっただろう。
「ですが……貴方は本物です。錬金術に関する知識は、この私を大きく上回っている」
しかし、アデルはエドワードと対話を続けることで思い知った。
目の前の老人は本物の錬金術師であり、こと錬金術の分野に関してならアデルよりも遥かに博識であると。
魔女として人間に知識で負けたという悔しさはあったが、それ以上に彼女は感服した。
これが、一つの道を極めようと研鑽に努めてきた人間の実力かと。
それはアデルという魔女個人が——初めて人間相手に、心の底から尊敬や敬意を抱いた瞬間だったかもしれない。
「どうか後のことはお任せください。例のキメラを作り出したものたちの正体、必ず私たちが暴いて……」
だからこそ、老い先短いであろう彼の願いを聞き届けて上げたいと。
この一件は自分の手で解決してみせると、アデルはエドワードに誓いを立てようと——。
「——アデルさん。もしも可能であるのなら……私も、連れて行ってはくれないでしょうか?」
「なに……?」
だが、そんなアデルの宣言を遮るよう、エドワードは『自分も同行したい』という申し出を口にしていた。
思いがけない提案に呆気に取られるアデルだが、すぐに表情を戻し、少し考えながら言葉を紡いでいく。
「エドワード殿……確かに私の転移魔法を用いれば、一瞬で西洋まで飛ぶことが出来るでしょう。貴方一人くらいであれば、ほとんど誤差もなく共に目的地へと移動することが出来ます」
アデルの得意とする——『転移魔法』。
それを用いれば、エドワードと一緒にここからヨーロッパまでひとっ飛び。彼が不安視していた体力の消耗も、極力減らすことが出来るのは確かだ。
「ですが……失礼を承知で言わせていただく。今の貴方を連れて行ったところで——足手纏いにしかならない」
しかし、アデルはエドワード・エルリックが現場に来たところで出来ることはないと、はっきりと物申していく。
そこにエドワードを馬鹿にする意図は全く含まれていない。彼の身を案じているからこそ、連れていくことは出来ないと苦言を呈したのだ。
「貴方のお歳で戦地になるかもしれない場所へ赴くなど……自殺行為です。どうか、もっとご自愛ください……」
エドワードの百十五歳という年齢。妖怪でもないのだから、当然そこに人間としての限界がある。
そもそも、そんな高齢でこうして普通に話しているだけでも大したものなのだ。これ以上彼が無理をする必要はないと、アデルは真剣にエドワードという老人の身を心配する。
「……今更、惜しむような命ではないよ……」
だが、エドワードはアデルの心配を無用なものだと躊躇なく言い切る。
「これは俺たち錬金術師が蒔いた種だ。だから本当は……俺たちの手で決着をつけなきゃならないんだ……」
「エドワード殿……いや、しかし……」
一人称が『私』から『俺』へと。感情の昂りから口調が若々しいものになっている。しかしどれだけ気持ちが先行しようと、やはり年齢の限界がある筈だ。
アデルはエドワードを説得しようと、なんとか言葉を絞り出そうとする。
「——それに、足手纏いにはならない」
「——っ!?」
ところが難色を示すアデルに対し、エドワードは自身の右手を突き出した。
そして、自分が足手纏いにはならないという——『確固たる証明』をアデルの眼前に晒してみせる。
「——そ、それは!? ……エドワード殿、貴方はいったい……何者なのです?」
『それ』を目にするや、アデルはさらにエドワードという人間に驚愕させられた。
錬金術師としての知識量も大したものだったが、『そんなもの』まで隠し持っているとは思ってもいなかった。
彼がいったい何者なのかと、今更ながらに問いを投げ掛けていく。
「これでも……昔はそれなりの修羅場を潜ってきたつもりです」
アデルの疑問にエドワードは答える。
「アルと……弟と一緒に各地を巡ってね。エルリック兄弟といえば、それなりに知れ渡った名前でしたよ? 私も、随分と厳つい異名で呼ばれていたものでね……」
昔を懐かしみながら、自分たち兄弟が何と呼ばれていたのか。
自分が何と呼ばれていたのか——その『二つ名』を久しぶりに、自ら名乗っていく。
「——鋼の錬金術師と」
人物紹介
キメラ
錬金術関係の怪物、其の①です。
作中でも説明しましたが、2週類以上の動物を錬金術によって掛け合わせた怪物のこと。
物語のとっかかりとして、その死体が出てきましたが、当然生きている個体も出てくる予定です。
まだまだ物語は序盤。
次回から一気に様々な怪物が登場しますので、お楽しみに!