ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

108 / 150
この間『ばらかもん』のドラマを拝見しましたが、登場人物が『鋼の錬金術師』の漫画を読んでいたことに思わず笑ってしまった!
同じガンガン系列で連載していたからこそ可能なクロスオーバー?
ドラマ自体も結構面白かったので、今後も視聴を続けていくつもりです。
他にも、今期のドラマは『VIVANT』を観ています。まだまだ謎の多いストーリーですが、こちらも毎週の楽しみになってます。

もうすぐfgoも八周年。果たして今年はどんなお祭りになるか……今から楽しみで夜しか眠れない!!
周年記念ピックアップサーヴァントは……カマソッソを期待する!!

肝心の本編ですが……今回はかなり長めな文章量になってます。
今回のお話をきっちり四話構成で完結させたく、三話目である今回にかなりの尺をとった結果です。
その甲斐もあって、今話でかなり話が進みましたが……説明が多い回でもあるので、ちょっと話が分かりにくいかもしれません。

なので後書きの方にキャラ紹介を含め、アニメ一期の世界観設定を含めた今作の独自解釈など。可能な限り補足説明を書いておきたいと思います。

もしも疑問点などがありましたら、感想欄になどコメントを頂ければと思います。



鋼の錬金術師 シャンバラへの帰還 其の③

 これは、今から五十年ほど昔の話だ。

 ヨーロッパのとある街に、一人の錬金術師がいた。

 

「ゴホッ……ゴホッ!! ふぅ……」

 

 既に六十代の老体。その身体が病に侵されていることもあってか、咳も止まらずに苦しそうな表情を浮かべていた。

 本来なら、ベッドで横になっていなければならないような体調だった。実際、子供たちや孫。彼の家族は老人の身を気遣い、すぐにでも病院に入院してくれと頼み込んでいた。

 少しでも長生きして欲しいというのが、家族である彼らの心からの願いだった。

 

「あと少し……もう少しだけでいい……もってくれよ、私の命……」

 

 しかし老人は自身の不調など顧みず、私室にこもり錬金術の研究に没頭する。

 既に自分の命が長くないことを察していたし、その『死』の運命が逃れられないものであることも理解していた。

 

 だが、たった一つの心残りのため、老骨に鞭を打ちながら彼は自分自身に言い聞かせていく。

 

「私が……『ボク』が死んだら、兄さんは一人になってしまう……!」

 

 そう、彼は自分が死んでしまった後。最愛の『兄』がこの世界で独りぼっちになってしまうことを恐れていたのだ。

 勿論、兄にだって家族はいる。若い頃はずっと一緒だった自分たちも、今ではそれぞれ家庭を築き、離れて暮らすようになった。

 

 きっと自分が死んでも、兄の側には多くの人たちがいるだろう。

 そういう意味であれば、ここで自分が死んだところで兄の生活そのものに、それほど大きな変化はなかったかもしれない。

 

 しかしそれでも、自分がこのまま死んでしまうと——兄は『こちら側』の世界で一人になってしまう。

 もう誰とも『向こう側』の想い出を語り合うことが、出来なくなってしまうのだ。

 

「そんなことは……させない! せめて……兄さんが生きている間は……側にいてあげたい!!」

 

 そんな孤独を、弟として兄に味わって欲しくない。

 たったそれだけのためだが、彼は自身の命を燃やし尽くす勢いで——とある研究の完成を急ぐ。

 

 

 

「——よし。これで……理論上は問題ない筈だ……ゴホッ! ゴホッ!!」

 

 そうして、まさに命の灯火が消えかけようとしていたその間際に、彼の研究は完成する。

 

 その研究とは——『魂の定着』。

 朽ちかけの肉体を捨て、その魂を別の頑丈な物質に移し替えようというものだった。

 

 随分と途方もない話に思われるかもしれないが、彼にとっては既に『経験済みのこと』である。

 奇しくも——『かつて自分が魂を宿していたものと同じデザインの鎧』まで用意し、いざ実践に挑もうと試みる。

 

「あとは……錬金術を発動するために必要なエネルギーだけど……」

 

 最後の難関として、立ちはだかったのは——『錬金術を行使するために必要なエネルギー』である。

『こちら側』では、錬金術師である自分たちにも錬金術を使用することが出来ない。それは錬成に必要なエネルギーを『門』から供給することが叶わないからである。

 

 どれだけ卓越した錬金術師といえども、エネルギーがなければ錬金術など机上の空論だ。

 自身の研究を真に完成させるためにも、どこからかエネルギーを自力調達しなければならないのだ。

 

「やはり……こうするしかないのか……」

 

 様々な考えを思案した彼だが、結局のところ——行使できる手段は一つしかなかった。

 そのために必要な手順として、彼は懐からナイフを取り出し——僅かに躊躇しながらも、それで自らの頸動脈を掻っ切った。

 

「ぐっ!! ぐっ……」

 

 全身から力が抜け落ち、膝から床へと崩れ落ちる老人。

 自らの命を断つという、一見すると常軌を逸した行動かもしれないが——彼の顔には笑みが浮かべられていた。

 

「これで……これできっと……兄さんと、一緒に……」

 

 最後の最後、力尽きる瞬間まで彼は兄のことを想いながら——『パンッ!!』と、神に祈るように両手を合わせた。

 刹那、床一面に描かれた図形——錬成陣が僅かに光を放つ。

 

 

 

 その瞬間、確かに『代価』は支払われた。彼が望む形で、正しく錬金術が発動したのである。

 

 

 

 結論だけを述べるのならば——彼の錬金術は失敗に終わった。

 魂を移し替える筈の鎧には何の変化もなく、ただ老人の物言わぬ骸だけがその場に残された。

 

 傍から見れば『自殺』としか思えない老人の最後に、その遺体を発見した家族は戦慄する。

 そのあまりの最後に、表向きはあくまで『病死』とし、周囲にもその詳しい死因については固く口を閉ざした。

 

 それは遠く離れて暮らす、彼の実の兄に対しても例外ではなく。兄は今日に至るまで、弟は病死したと信じて疑っていない。

 

 

 果たして、彼の最後の錬成が本当に失敗したのか?

 

 

 それはきっと——後の世になって証明されることだろう。

 

 

 

×

 

 

 

「——ここにも、何もなしか……」

「——また空振り? これでいくつ目かしら、はぁ~……」

 

 西洋にて。

 ドイツ国内の古城を調査する鬼太郎たちであったが、現時点では特に怪しいものは見当たらない。それなりに時間を掛け、結構な数を見て回ったのだが、合成獣・キメラが存在した痕跡や、行方不明になった人間たちの手掛かりらしきものも見つけられずにいる。

 

「ふむ……アニエスよ、向こうの方はどうじゃ? 砂かけババアたちから、何か連絡はあったかのう?」

「ちょっと待って…………駄目ね。あっちも、特に何もなかったみたい……」

 

 ふと、目玉おやじがアニエスに問いを投げ掛ける。

 彼女は手にした魔法石の通信魔法でどこかと連絡を取ったが、通話相手から受け取った返答も芳しいものではなかったのか、その表情を曇らせていく。

 

 

 現在、鬼太郎たちは二手に分かれて古城の調査を進めていた。調べなければならない古城の数が思いの外膨大だったため、手分けした方が効率がいいと判断したのだ。

 

 一方は鬼太郎、目玉おやじ、猫娘、アニエス。

 もう一方は砂かけババア、子泣き爺、一反木綿、ぬりかべ。

 

 お互い連絡用の魔法石を持ち、何かあればどちらか一方に連絡を取る手筈となっている。

 ちなみに、この魔法石はアデルが用意してくれたものであり、たとえ魔女でなくても簡単に通信魔法が使えるようになっていた。

 だが今のところ鬼太郎たちにも、砂かけババアたちの方にもこれといって目立った発見はなく、ただ時間だけが過ぎ去っていく。

 

 

「アデルお姉様には、こっちの事情を伝えておいたけど……」

 

 一応、もう少しすれば日本からアデルが戻ってくるとのことだが、彼女が加わっても何も見つからないようであれば、古城探索の方針も見直さなくてはならなかっただろう。

 

 

「——お~い、お前ら!!」

 

 

 しかし、鬼太郎たちが手詰まるを感じていたそのタイミングで、あの男が駆けつけてくる。

 

「ねずみ男……」

「ちょっと! 今までどこほっつき歩いてたのよ!!」

 

 いつの間にかいなくなっていた彼の——ねずみ男の登場に鬼太郎が眉を顰め、猫娘が怒りを露わにする。今までどこへ行っていたのかと、彼の身勝手な行動を咎めていく。

 

「そ、それどころじゃねぇんだよ! いた!! いたんだよ!!」

「いた? いたって……何が?」

 

 ところがねずみ男は反省の弁を述べるまでもなく、血相を変えた様子で鬼太郎たちに『いた!!』という事実を告げる。

 もっとも、それだけでは何のことだかさっぱりと鬼太郎は聞き返していたが。

 

「化け物だよ! 化け物!! ほら……あの写真にあった、なんつったっけ……合成獣?」

「キメラがいたの!? どこに!?」

 

 ねずみ男の証言に、アニエスが前のめりになる。

 当初、鬼太郎たちが探していたのはキメラの死体だが、それはドイツ政府が既に回収してしまったとのことだった。

 しかし、ねずみ男は別の個体——それも『生きている』キメラを目撃したというのだ。

 

「こっちだよ! 向こうの方にデッケェ城の跡があってな……そこをうろついてたのを見たんだよ!!」

「……本当に見たわけ? 適当なこと言ってるんじゃないでしょうね……」

 

 ねずみ男は、自分が目撃したというキメラのいる場所まで鬼太郎たちを慌てて案内しようとする。当然だがそんなねずみ男に対し、猫娘が真っ先に疑いの目を向けた。

 彼の日頃の行いを考えれば、その反応も仕方がないが。

 

「まあ、とりあえず行ってみよう。何か手掛かりでもあればそれで……」

「そうですね、父さん」

 

 しかし、ここで足踏みしていてもしょうがないと。目玉おやじはねずみ男の案内に従うことにし、鬼太郎も同意する。

 とりあえず、今は現状に何かしらの変化が起こることを期待するしかなかった。

 

 

 

 そうして、鬼太郎たちは一際大きな『古城』へとやってくる。

 そこはまだ一行が調べていなかったポイント。他の古城は建物としての原型を留めていないものも多かったのだが、そこは曲がりなりにも城としての体裁が保たれていた。

 しかし人の気配は勿論、キメラのような何かしらの生物が蠢いている気配も感じられない。誰もいない廃墟の静けさが鬼太郎たちを歓迎する。

 

「なによ……やっぱり何もないじゃない!」

 

 パッと見た感じ、何もない古城を前に猫娘はご立腹だ。やはりねずみ男の言葉は信用できないと、彼に非難の目を向けるが。

 

「ん……! 鬼太郎、これを見てみろ!!」

「どうかしましたか、父さん? これは……何かの足跡?」

 

 しかし、ここで目玉おやじがあることに気付く。父親の言葉に鬼太郎が地面へと目を向けると——そこには明らかに『足跡』のようなものが残されていた。

 人間のものではない。獣の、それもかなり巨大な『何か』が身体を引き摺りながら、そこを通過したという痕跡だった。

 

「これは……まさかキメラの!?」

 

 アニエスの目から見ても、それはキメラのような怪物が通った痕跡である可能性が高いと目を見張る。

 

「なっ!? だから言っただろ!?」

「ぐっ……!」

 

 キメラの存在を証明するかもしれない証拠にねずみ男が得意げになり、猫娘が若干屈辱的に押し黙る。流石の猫娘もそれらしい証拠がある以上、ねずみ男の証言を全否定するわけにはいかない。

 少なくとも、ここにキメラのような怪物が潜んでいるのは間違いなさそうだ。

 

「ほらほら! 早くしないと逃げられちまう!! こっちだ、こっち!!」

 

 怪物の存在を証明できたことで、ねずみ男は我が意を得たとばかりにその場を仕切り始める。足跡が続く先、古城の入り口へと率先して鬼太郎たちを導いていく。

 

「やけに積極的だな……」

「どうせ、あとで報酬とか要求する魂胆でしょ……ふんっ!」

 

 ねずみ男の張り切り様に、鬼太郎は怪訝そうに眉を顰める。猫娘はねずみ男の謎の行動力が下心あってのことだろうと、気にいらなさそうに鼻を鳴らす。

 キメラを見つけた手柄と引き換えに、後でどんな報酬を要求してくるか分かったものではない。

 

「他のみんなにも連絡は入れておくけど……とりあえず、先に進んでみましょう」

 

 だがそれはそれとして、ここまで来て何もしないわけにはいかない。

 

 アニエスは魔法石で別動隊である砂かけババアたちに自分たちの現状を報告しつつ、ねずみ男の後に続いて古城へと入っていく。

 

 

 

×

 

 

 

 古城の内部へと侵入を果たした一行は真っ暗な狭い通路を、ねずみ男が手にする松明の明かりを頼りに慎重に進んでいく。

 

「猫娘、足元に気を付けた方がいい」

「だ、大丈夫よ、これくらい! 夜目は効くほうだし……」

 

 先頭を歩くねずみ男に続く鬼太郎は、自然な調子で後ろを歩く猫娘に足元を気を付けるようにと気遣いを見せる。

 それは猫娘としては嬉しいことだが、猫の妖怪である彼女にとってこの程度の暗闇は特に問題ではなかった。

 

「マコヤ・ユ・ミマーカ!!」

 

 さらにはアニエスが魔法で空中に光球を作り出す。これで最低限の光源は確保したと、一行は少しづつ歩調の速度を早めていく。

 

「…………これって」

「? どうかしたのか、アニエス」

 

 そんな中、一番後方を歩いていたアニエスが何かに気付き、周囲に注意深く視線を向ける。鬼太郎も彼女と同じように周りを見渡してみるが、これといっておかしいところは見当たらない。

 鬼太郎の目から特に何の変哲もない古城、ただの廃墟にしか見えないが。

 

「人が管理してないにしては、少し綺麗すぎるわ。埃の積もり具合とか……明らかに人の手が入ってる」

「……なんじゃと?」

 

 だがアニエスの気付いたことに、目玉おやじが僅かに驚きを見せる。

 

 それは古城の内部が——ある程度、整理されているという点だった。

 似たような古城で暮らしている、アニエスだからこそ分かる些細な違和感だが、確かによく見れば床などにあまり埃が溜まっていない。

 それに他の古城を調査した際に見られた蜘蛛の巣や、建物を侵食する苔など。そういう、荒れている形跡が極端に少ないのだ。

 

 これは明らかに人の手によって手入れがされている。そしてそんな建物の内部を、平然とキメラが出入りしているという事実。

 

「鬼太郎、注意して進みましょう。この城に『何か』がいるのは……ほぼ間違いなさそうよ」

「ああ、分かった……」

 

 それはアニエスが警戒心を抱くのに十分な不自然さだった。鬼太郎も内心で警戒レベルを上げ、何が起きても対処できるようにと意識を研ぎ澄ませていく。

 

 

 

 

 

「——ここは……?」

 

 そして、何事もなく通路を抜けた先で、一行は一際大きな空間へと辿り着いた。辺りが暗くてよく見えないが、足元の感触から察するに地面は砂場になっているようだ。

 

「とりあえず、明かりを……!?」

 

 ひとまずは視界が安定しない暗闇をどうにかしようと、アニエスは魔法で出現させた光球の光を強めようとする。

 だが、彼女が明かりを強くするよりも先に——周囲一帯に光が灯った。

 

 それは壁中に設置されていた蝋燭に、一斉に火が付いたことで室内が明るく照らされたのだ。

 そうして、露わになった空間内にて——。

 

 

「——これはこれは……まさかと思っていたが……本当に侵入者とはな……」

「——っ!?」

 

 

 何者かの声が響く。

 嘲るように投げ掛けられたその言葉に、鬼太郎たちが視線を正面へと向ける。

 

「しかも……ハッ! まさか……本物の魔女がわざわざ来てくれるとは……!」

 

 その人物——ローブを纏った男は、階段が設置されている台座の上から鬼太郎たちを見下ろしていた。さらにはアニエスの魔法を目撃していたのか、少し興奮した様子で声を大きくしていく。

 

「くっくっく! まさか、逃げ出したキメラの存在を頼りに私の元に辿り着くとは! どうやら、私の錬金術の理論は間違ってはいなかったようだな!!」

「あなた……いったい何者なの?」

 

 興奮する相手側とは裏腹に、アニエスは戸惑ったように眉を顰める。

 

 眼前の男に、当然ながらアニエスは見覚えがない。

 しかも、その男は魔女や妖怪ですらない。鬼太郎の妖怪アンテナがまるで反応を示さないことからも、ただの人間であることが一目瞭然だったのだ。

 

 しかし、男は自らが錬金術でキメラを創造したことを自慢するかのように暴露し、そして宣言するかのように声高々に叫んでいった。

 

 

 

「——私は真の錬金術師さ!! トゥーレ協会の悲願を叶えるため……シャンバラへの門を開かんと立ち上がった、選ばれし民の末裔である!!」

 

 

 

「トゥーレ協会……って、なに?」

「???」

「???」

 

 聞き覚えのない組織名に猫娘がキョトンと目を丸くする。

 随分と大仰に自らの立場を語る自称・錬金術師を名乗る男だが、その素性について全く知識がない日本妖怪たちには、彼が何を言っているかさっぱりだ。

 

「どこかで聞いたことがあるわね。確か、昔ドイツにあったっていう……人間たちの秘密結社、じゃなかったかしら?」

 

 だが西洋の魔女であるアニエスにとっては、一応聞き覚えがある名前のようだ。

 うろ覚えの知識をなんとか引っ張り出し、何も知らない鬼太郎たちにその協会とやらについて語っていく。

 

 

『トゥーレ協会』。

 それは今から百年ほど前、ドイツの都市・ミュンヘンにて結成された秘密結社の名前である。人間たちの集まりでありながらも、魔術や神秘について研究をしていた集団。

 

 所謂——オカルト団体というやつだ。

 

 既に当時の人間たちにとっても、魔女や魔術など眉唾な話。科学技術が大きく発展した人々の社会で、トゥーレ協会はさぞ奇異な視線を集めていたことだろう。

 だが、彼らは大真面目に神秘を研究し——その力で『ドイツという国家を戦争に勝利させよう』としていた。

 

 トゥーレ協会は政治的な側面、特に国民社会主義ドイツ労働者党——即ち『ナチス』と深い関わりを持っていたとされる。

 ナチスから資金提供を受け、魔法や魔術の研究をしていたという噂もあった。そのため、一応は魔女であるアニエスたちもその歴史をある程度習わされるというが。

 

 

「けど、彼らの魔術は結局何の役にも立たなかったって……最後には政府のお偉いさん? に解散を命じられたとか……」

 

 少なくとも、アニエスたち魔女が知る限りでトゥーレ協会は魔術にも、魔法にもたどり着けなかった。

 所詮はただのオカルト集団として、戦争の影響で拡大していくナチスという政党に取り込まれ、組織としてのトゥーレ協会は瓦解したとのことだ。

 

「……そう、そのとおりだ!! トゥーレ協会は……我々アーリア人の目指す理想郷は!! 愚鈍な政治屋共のせいで本来の在り方を失った!!」

「えっ……アーリア? はっ……え……?」

 

 すると、アニエスの説明に男は癇癪を起こすようにいきなり声を荒げた。その感情の起伏の激しさに、鬼太郎がどうリアクションしていいか困ってしまう。

 

「あまつさえ!! 長年協会のために研究を続けてきた我が一族を……奴らは詐欺師として追放したのだ!! こんな屈辱が他にあるか!?」

「そ、そうなの……色々と苦労してるのね……」

 

 さらにムキになって叫ぶ男の言葉に、猫娘が適当な相槌を打つ。

 別に男の苦労話に興味があるわけではなかったが、相手の口から何か情報を得られるならばと。ここは素直に聞き役に徹していく。

 

「本当に、惨めな日々だった……ありもしない魔術に傾倒するオカルト一族! 国家を騙して戦争へと焚き付けた詐欺師の家系! それが……我が一族に押された烙印だ!!」

 

 案の定、男は聞いてもいないのに自らの境遇をつらつらと語っていく。

 

 自分がトゥーレ協会に所属していた構成員の子孫であること。先祖が協会を追放されたことで、彼の一族は相当酷い目に遭ってきたと。

 詐欺師、オカルト一家と蔑まされ続けること幾星霜。周囲の蔑みは彼の代まで続き、劣等感に苛まれる日々が男の性根を捻じ曲げてしまったのだろうか。

 

 

「——だが、それも過去の話よ!! 我が一族に着せられた汚名を!! 虐げられてきた屈辱の歴史を私が正す!! 長年に渡る研究の末に辿り着いた、この魔術……いや、錬金術の力でな!!」

 

 

 男は意気揚々と叫びながら、その腕を鬼太郎たちの目の前で掲げてみせる。

 

 瞬間——男の指にはめられていた、血のように『赤い石』が眩い光を放った。赤い閃光が稲妻のように迸り、鬼太郎たちの立っていた砂場から何かが迫り上がってくる。

 

「なっ!? これは……!!」

「て、鉄の檻……!? 閉じ込められた!?」

 

 砂場から姿を現したのは——鋼鉄製の檻であった。

 足元の砂から『錬成された』鉄の檻が、鬼太郎たちを瞬く間に閉じ込めたのである。

 

「これって……錬金術!? いや、けど……」

 

 その事象を前にアニエスが目を見開く。

 相手が錬金術師を名乗った以上、錬金術を行使してくることくらい予想できただろう。しかし彼女は男が発動させた『錬金術そのもの』に対し、腑に落ちない表情をしている。

 

「はっはっは!! 見たか!? これが本物の錬金術だ!! もう誰にも……私を詐欺師などと言わせはせんぞ!!」

 

 一方で、男は自らが発動した錬金術にご満悦な表情を見せる。まるで新しい玩具ではしゃぐ子供のように、大人げなくも喜びを露わにしていた。

 

 

 

「鬼太郎……」

「はい、父さん……」

 

 鬼太郎たちは、初めて目の当たりにする錬金術に驚いていた。エドワードから話を聞いていたとはいえ、実際にそれを目撃するのとでは印象もだいぶ変わってくる。

 

 だが、それ以上に驚いたのが——。

 

「ねずみ男……何しれっと避難してんのよ……」

「へっ! さてね……どうしてだろうね?」

 

 一人、檻が錬成される直前にその効果範囲外へと、ねずみ男が退避していたことである。

 猫娘が苛立ち混じりに吐き捨てていることから分かるように、たまたま運が良かったから逃げられたわけではない。

 

 あらかじめ、檻が出現することを知っていたからこそ、その前に動くことが出来たのだ。

 つまりだ、例によって例の如く——。

 

 

「——アンタ!! 私たちのこと、あいつに喋ったわね!?」

 

 

 そう、なんとねずみ男は鬼太郎たちを裏切っていたのだ。

 きっとキメラを目撃したと証言したのも、彼らをここへ誘き寄せるための方便。如何なる経緯かは不明だが、いつの間にか錬金術師の男と手を組み、鬼太郎たちを罠に嵌めるため行動を起こしていた。

 

 まあ……正直いつものことではあるが。

 

「悪く思うなよ、鬼太郎!! こっちも脅されて、仕方なくやったことなんだからよ~!!」

 

 本人も反省した様子がなく、いけしゃしゃと言ってのける。完全に開き直った態度で、そのまま錬金術師の男に全力でゴマを擦っていく。

 

「いや~……それにしても素晴らしいお力です!! その力があれば、世界征服なんてのも夢ではないのでは!?」

「ふはははっ!! そうだろ、そうだろ! 貴様、なかなか見どころがある……なんなら弟子にしてやってもいいぞ!?」

 

 ねずみ男の分かりやすい世辞に男はすっかり上機嫌だ。ずっと蔑まれてきた経歴からか、おだてられることに慣れていないのだろう。

 

「身に余る光栄でございます!! ところで……金の錬成なんかも出来るんでしょうかね?」

 

 ねずみ男は脅されて仕方がないと言いつつ、その顔に欲深い笑みを浮かべている。『金の錬成』——それだけで、どうしてねずみ男が寝返ったのか察しがついてしまう。

 

「あとで覚えておきなさいよ!!」

「はぁ~……ねずみ男、お前ってやつは……」

 

 これに猫娘が化け猫の表情で激怒し、鬼太郎も盛大にため息を吐く。

 今回の騒動が解決した後、ねずみ男がどのようなお叱りを受けることになるか——どうか彼らの反応からお察し下さい。

 

 

 

 

 

「——おかしい……」

 

 しかし、そんなねずみ男の裏切りなどお構いなしに、アニエスは深刻そうな表情で錬金術によって錬成された『鉄檻』へと目を向ける。

 

「アニエス、どうしたんじゃ?」

 

 アニエスが何に対して戸惑っているのか、目玉おやじにも分からない。錬金術に関して素人の日本妖怪では、それも無理からぬことだろう。

 

「どうして、ただの砂からこんなにも頑丈な鉄檻が錬成出来るの? 質量保存の法則にも、自然摂理の法則にも反してる? 等価交換の原則は? 錬成陣……構築式もなしにどうやって? ううん……そもそも、魔力のない人間に錬金術は使えない筈なのに……」

 

 だが姉のアデルほどではないものの、アニエスとて魔女の端くれ。錬金術に関して基本的なことは理解しているつもりだ。

 

 だからこそ、気付いてしまった。男が使用した錬金術が明らかに『おかしい』と。本来あるべき錬金術の法則を無視した錬成を、男が成立させてしまっているという奇妙な事実に。

 もっと言えば、そもそも人間に錬金術は『使えない』。錬金術を成立させるには高純度のエネルギーが必要不可欠。

 魔女なら魔力をエネルギーに変換して錬金術を行使できるが、人間にはその魔力自体がない筈だ。

 

 いったい、男は何を『対価』に錬金術を成立させたのか。アニエスにはそれが理解出来なかった。

 

「ほう? 流石は魔女だ。目の付けどころが他の有象無象とは違うな……くっくっくっ!」

 

 アニエスの戸惑った反応に、男はさらに気分を良くする。

 魔女相手に知識面においても優位に立てたという優越感からか、彼はふんぞり返るように悠々と語っていく。

 

「いいだろう!! 冥土の土産に教えてやるぞ! 私の錬金術……その研究成果である『こいつ』のことを!!」

 

 そう叫びながら男が見せ付けたのは——先ほどもチラッと見えた、指にはめられた赤い宝石である。

 その宝石こそが、男がほとんど対価も支払わずに錬成を行使したカラクリなのだろう。

 

 

 その石の名を、男はもったいぶりながらも口にしていく。

 

 

「この石こそが、錬金術の秘宝!! 数多の錬金術師が追い求めて止まなかった、幻の錬成増幅器……!!」

 

 

 

「——そう、賢者の石である!!」

 

 

 

×

 

 

 

「賢者の石……?」

「随分と大仰な名前ね。ただの宝石ってわけじゃなさそうだけど……」

 

 もったいぶって語られたその石の名称に、鬼太郎も猫娘も首を傾げる。

 名前からして凄いものだと何となく分かるが、それが具体的にどれほど価値のあるものなのか。鬼太郎たちでは理解が追いつかない。

 

「そんな……賢者の石って……嘘でしょ!?」

 

 その石の価値を知るものがいるとすれば、やはりアニエスだろう。

 魔女である彼女だからこそ、それが目の前に存在しているという事実を受け入れられないでいた。

 

 

 それは、錬金術の世界で最高峰とされる至高のアイテム。

 金を無限に作り出す。薬として飲めば不老不死を得られる。持ち主に万物の知識を与えるなど。様々な逸話に事欠かない、朽ちることを知らない究極の物質。

 しかし、その本来の用途は錬金術の力を高める——『錬成増幅器』だとされている。

 あらゆる錬成に必要となる対価を一切支払うことなく、錬金術が行使できるようになるという。

 

 無限の錬成。

 その奇跡を叶えてしまう代物を——錬金術師は『賢者の石』と呼び、いつの時代も追い求めてきた。

 

 

「た、確かに……それが賢者の石なら、さっきの錬成にも説明が付く……」

 

 石の存在に動揺を見せつつ、アニエスは冷静に思考を巡らせる。

 それが本物の石だというのであれば、先ほどの男の等価交換を無視した錬成にも説明が付いてしまう。賢者の石を用いればきっと魔力も、才能も必要とすらしない。

 誰であれ、何の対価もなく錬金術を行使できるようになるのだろう。しかし——。

 

「けど!! 賢者の石なんて、魔女たちの間でも誰も作ることが出来なかったのよ!? それを人間が……魔力を持たないものが作り出すなんて……そんなのっ!」

 

 アニエスは人間という種を見下しているわけではないが、それでも魔女として認め難いものがあるのだろう。

 自分たちに作れない伝説の代物を、本来なら錬金術を発動すらさせられない人間が作り出すなどと。

 

「ふん、負け惜しみか? まあ、そう言いたくなる気持ちも分かるさ……」

 

 そんなアニエスに、人間の錬金術師である男は物理的にも高いところから見下した笑みを浮かべる。

 魔女でも不可能とされた賢者の石の錬成。その偉業を成した根幹——核心部分について男は語っていく。

 

「だが皮肉かな……その魔力という、非効率なエネルギーこそが! お前たち魔女がいつまで経っても賢者の石に届かない敗因だったのだよ!!」

「!? 魔力が……非効率?」

 

 男の言葉に、アニエスは信じられないと目を見張る。

 魔女にとって『魔力』は錬金術のみならず、魔法の使用にも必須となる力の源だ。その魔力が、自分たちが当たり前のように消費していたエネルギーが『非効率』なものなどと、考えたこともなかった。

 

「そう!! 魔力などという不確かなもの、錬金術には不要だったのだよ! 錬金術に最も適したエネルギーは……いつだって私たちの手の届くところにあったのだ!!」

 

 だが男はさらに語る。錬金術に最も適したエネルギーは魔力などではないと。

 それは電気でも、熱でも、核エネルギーでもない。

 

 人間——人類という種が当たり前のように日々消費し続けている、最も身近にあるエネルギー。

 

 

 それは——。

 

 

「——人間だよ!! 人間の命そのものが……錬金術にもっとも適したエネルギーだったのだ!!」

「——な、なに? お前……何を言って……」

 

 

 男の発言に、それまでほとんど動揺を見せてこなかった鬼太郎の思考が止まる。正直、錬金術についてあれこれ語られても、あまり実感が湧かなかっただろう。

 

 だが、その言葉の意味は正しく理解出来る。出来るからこそ——それを決して許してはいけないという、憤りのようなものが込み上げてくる。

 

「ま、まさか……失踪した人々を、お前は……!?」

 

 目玉おやじも、男の言葉の意味を理解することで『いなくなった人間たち』がどのような最後を迎えたのか、その結末に行き着いた。

 

「ああ、そうさ!! 連中には全員、もれなく石の材料になってもらったよ! はははっ!!」

 

 一方で男は悪びれた様子もなく、高笑いを上げる始末だ。失われた人命に対し、何一つ後ろめたさを覚えていないことがその態度からも分かるだろう。

 

「アンタ!! そんなことが……許されるとでも思ってんの!?」

「うげぇっ!? マジかよ……」

 

 男の歪んだ考えに猫娘も激昂。金目当てに錬金術師に擦り寄ったねずみ男ですら、その所業にドン引きしている。

 

「あん? 何をそんなに怒っている?」

 

 もっとも、鬼太郎たちがどうして怒りや戸惑いを露わにしているのかも理解出来ず、男は妖怪である彼らにとある事実を突きつける。

 

「そもそも、人間の命に高純度のエネルギーが宿っているのは、お前たち妖怪も本能的に理解している筈だ。だからこそ……お前らは人間の血を啜り、その肉を喰らうのだろう?」

「……!?」

 

 

 

 錬金術師曰く、妖怪は人間というエネルギーを消費して生きている怪物だという。

 勿論、鬼太郎たちは人間を食い物になどしていないが——凶悪な妖怪などは、人間からごく当たり前のようにエネルギーを摂取しているという。

 

「あの穢らわしい、吸血鬼共! 連中が何故人間の血を吸うか知っているか? それは人間の血液から、純度の高いエネルギーを摂取するためなのだよ!!」

 

 男が例として挙げたのが——西洋を代表する怪物・吸血鬼。

 人間の生き血を啜って生きる彼らは、その血液に純度の高いエネルギーが宿っていることを知っているとのことだ。

 

「……っ! そ、そうだったね。だからカミーラは……あのときに……」

 

 それに関しては、アニエスにも思い当たる節があった。

 

 バックベアード軍団の幹部であった女吸血鬼のカミーラ。彼女はゲゲゲの鬼太郎に倒されたバックベアード復活のため、世界中の人間から生き血を集めていた時期があった。

 よくよく考えれば、何故人間の血など集める必要があったのか疑問が浮かぶが、生粋の吸血鬼であるカミーラには分かっていたのだ。

 

 人間の血——身体中に命を巡らしているそれに、多量のエネルギーが含まれているということを。

 

「もっとも、血だけでは限界がある。血肉を含めた人間の生命そのものを糧とすることで……この賢者の石は完成する!!」

 

 ただ血液だけが必要なら、わざわざ人間の命を奪う必要はない。

 人間の肉や生き肝などを喰らうことで力を高める妖怪がいる以上、やはり血肉や生命そのものを糧とする方が、エネルギー効率が良いという結論に錬金術師は達した。

 

 故に、彼は『人間そのもの』を材料にして錬金術を発動。そこから高純度のエネルギー体である『賢者の石』を完成させてしまったのだ。

 

「見てみろ……この美しい色合いを……生命の輝きを感じられるだろう?」

 

 男は自身の研究成果、指輪としてはめられた賢者の石をうっとり恍惚な表情で眺める。

 赤は錬金術において、完全を表す色と言われている。至高の物質である賢者の石が『真っ赤』であることは必然。

 

 その血は——犠牲者の命によって彩られているのだから。

 

 

 

「……よく分かった。これ以上……お前を放置してはいけないということが!!」

 

 ここで、ゲゲゲの鬼太郎の堪忍袋の緒が切れる。

 

 今回の件、決して妖怪が関わっているわけではなかったが、だからといってこれを人間同士の問題と片付けることは出来ない。

 男の所業は明らかに人道からも、この世の理からも逸脱している。男が錬金術でより多くの人命をエネルギーとして消費し、キメラのような怪物を大量に作り出せば。

 ただでさえ混沌としかけている今の世界に、さらなる混乱を呼び込むことになってしまいかねない。

 

 それは鬼太郎たちの望むところではない。

 この錬金術師の所業を止めなければと、自分たちを囲っている鉄檻を破壊しようと妖力を高めていく。

 

 

「——随分と、興味深い話をしているじゃないか……ん?」

「——っ!?」

 

 

 だがそのとき、その空間内に何者かの声が響き渡った。

 その場にいた全員が、声の聞こえてきた方角を振り返る。すると鬼太郎たちが通って来た通路の奥から——年老いた一人の男性と、その付き添いのように後ろを歩く若い女性が姿を現した。

 

「……なんだお前たちは? こいつらの仲間か?」

 

 その侵入者を相手に錬金術師が不快そうに顔を歪める。

 一方で魔女であるアニエスはその女性の顔を見るなり、その表情を明るくしていく。

 

「アデルお姉様!!」

「アニエス、遅くなって済まんな……」

 

 そう、古城へ姿を現したのはアニエスの姉であるアデル。彼女とはいずれ合流するとの報告を聞いていたため、一行にそれほど驚きはない。

 驚くべきは——彼女と共に来ていた男性の方だ。

 

 

「エドワードさん!? どうして貴方がここに……?」

「…………」

 

 

 そう、エドワード・エルリック。

 鬼太郎たちにキメラの真偽を確かめるように依頼してきた老人が、遠く日本の地よりこのドイツの古城へと降り立った。

 

 

 

×

 

 

 

「済まないね、鬼太郎くん。どうしても……私自身の目で色々と確かめたくなってしまって……アデルさんに無理を言って連れて来てもらったんだ」

 

 姿を現したエドワードは、鬼太郎たちと顔を合わせるや真っ先に頭を下げた。

 わざわざ彼らに調査を依頼しておきながら、結局は自分で出向いて来てしまった。これもアデルの転移魔法があればこそだが、余計な手間を掛けてしまったことに変わりはないと謝罪を口にしていく。

 

「き、気持ちは分かりますが……貴方は……」

 

 だが鬼太郎は、エドワードの謝罪よりも彼の身体を心配する。

 今の彼は病院服ではなく、外出用の私服を着こなし、実に堂々とした恰好をしていた。地にしっかりと足をつけているその姿にも、年齢による衰えなどは感じられない。

 しかし、いくらしっかりしているように見えても、エドワードが百歳越えの老人であることに変わりはない。

 何が起こるか分からないのだから、すぐにでもこの場から避難するべきではと、彼の身を気遣っていく。

 

「話はある程度聞かせてもらった。その男が……キメラを作った錬金術師とのことだが、ふむ……」

 

 だが鬼太郎の心配をよそに、エドワードはその場に留まる。どうやら、通路の方で鬼太郎たちと眼前の男との話に聞き耳を立てていたらしい。

 値踏みするような視線を、眼前の男——自称・錬金術師へと向けていく。

 

「なんだ貴様は……?」

 

 そんなエドワードの視線に、相手は不快感を隠そうともせず表情を歪める。

 いきなり出てきた老人に不躾な視線を向けられ、かなり気分を害したようだ。もっとも男の機嫌などお構いなしに、エドワードが質問を投げ掛けていく。

 

「賢者の石と言ったな……その指輪の石を……」

「あん……?」

 

 エドワードも錬金術師であるからには、当然賢者の石に関する知識を有しているだろう。男が人間の命を材料にしていたというくだりも、しっかりと聞いていたようだ。

 

「お前は……その石を生み出すのに……いったいどれだけ人間の命を使った?」

 

 それは、聞きようによっては男の罪を糾弾するような問い掛けだったが、エドワードの声に憤りのようなものはない。

 あくまで冷静に、具体的な人数を事実確認するようなニュアンスであった。

 

「うん? そうだなぁ……石を作る過程で色々と実験もしたからなぁ~……まあ、三桁には届いていない。せいぜい五十人くらいだろう……はっはっは!」

「!! アンタねっ……フシャアアアアア!!」

 

 すると男はエドワードの質問に、愉悦感を滲ませるように答える。

 石一つを作るのにおよそ五十人というが、実験の失敗などの分を含めれば——おそらく、その倍以上の人々がこの男の歪んだ欲望の犠牲者となっている筈だ。

 そんな残酷なことをニヤニヤと笑みを浮かべて答える男に、猫娘が化け猫の唸り声を上げる。

 

「……もういい! それ以上はっ!!」

 

 鬼太郎としても、それ以上は男の話を黙って聞いていることが出来なかった。これ以上、その口から語られる悪魔の所業に怒りを抑えきれない。

 

 

 ところが——。

 

 

「——それだけか?」

「……えっ?」

 

 

 得意げになって語る男の話に水を差すよう、エドワードは平坦な声音で尋ねる。

 

「お前が石の材料にした人間の数は……たったそれだけかと聞いている」

「なっ!? 何を言ってるんじゃ、エドワードさん!?」 

 

 エドワードの口から放たれたまさかの発言に、目玉おやじが驚きに声を荒げる。彼の口から、まさか数十人単位の犠牲が『たったそれだけ』などと聞かされるとは思ってもいなかった。

 しかし、エドワードは歴然たる事実として——賢者の石の生成にしては『少なすぎる』対価だと、相手の理論の穴を指摘していく。

 

 

「賢者の石を作るのに、その程度の犠牲では足りないな。街一つ……いや、都市一つ分は対価にしなければ……賢者の石には届かない」

「——!!」

 

 

 エドワードは決して人の命を蔑ろにしているわけではないが、一人の錬金術師として、自らが知りうる事実を淡々と語っていく。

 そう、賢者の石が人間の命を代価にすることなら、既にエドワードも知っていた。だからこそ——相手の錬金術師が材料とした人間の少なさに、率直な疑問を提示したのだ。

 

「もしも、その石がたった数十人の命で作られたのなら……それは賢者の石には程遠い。ただの不完全品……紅い石に過ぎない」

「あ、紅い石……?」

 

『賢者の石』ではなく『紅い石』と。

 随分と安直な呼び方だが、それでも一応それなりの効果はあるらしい。錬成陣を描くことなく、対価を度外視した錬成が出来るだけ、十分に革新的なアイテムであろう。

 だが、完全な物質とされる賢者の石とは程遠い。内蔵されているエネルギーが切れれば、いずれは砕け散ってしまうという。

 

 

 それが紅い石の限界。

 その程度のものしか作れない——未熟な錬金術師の限界だという。

 

 

「な、何を馬鹿な……き、貴様のような爺に、錬金術の何が分かると言うのだ!?」

 

 エドワードの親切な説明を、それでも錬金術師は戯言と突っぱねる。だが明らかに動揺を隠しきれておらず、自信満々だった態度にも翳りが見え始めていた。

 

「ふ、ふざけたことを言う老いぼれめ!! その妄言の対価……その命で払ってもらうぞ、おい!!」

 

 そんな抱き始めた不安を払拭するためにもと、耳障りなことを口にするエドワードを排除しようと、どこかへと何かしらの合図を送る。

 

「…………」

「…………」

 

 男の呼び掛けに姿を現したのは——彼と同じようなローブを纏ったものたち。特に何かを喋るでもなく、幽鬼の様に佇む姿がどこか不気味な集団。

 

「私の弟子たちさ!! 我が叡智のおこぼれにあずかろうと、こうした輩が自然と集まってくるものでね!!」

 

 男はそのものたちを自身の『弟子』だと紹介する。己の錬金術師としての知識が本物だからこそ、これだけの人が集まるのだと自分の人望を自慢するかのようだ。 

 尚、実際は金で雇ったただのチンピラだ。そこに真っ当な師弟関係など存在しない。

 

「そして……これが私の研究成果だ!!」

 

 男は金で雇ったその部下たちに目配せをする。そのアイコンタクトに頷きもしなかったが、一応は師匠である男が望む『モノ』をすぐに用意してきた。

 

 

『——グルゥウウウ……グラアアアアアアア!!』

「キメラッ!?」

 

 

 それは鎖の首輪で繋がれた——合成獣・キメラであった。

 写真で見たものと同じく、ライオンの頭部を基本に様々な動物を掛け合わせた怪物がそこにいた。

 

「どうだ!? この石の力を使えば……こんな化け物をいくらでも作れるのさ!!」

「なるほど、確かに本物のキメラだな……ふむ……」

 

 キメラの存在で相手がビビると思ったのか、男は得意げになって威張り散らす。

 もっとも、今更キメラ程度では驚かないエドワード。彼は冷静に眼前の怪物を観察し、それが確かに合成獣であることを自身の目で確かめる。

 これで『キメラが本物かを確かめる』という当初の目的は達しただろうが、当然これで終わりではない。

 

「ちっ!! 余裕ぶっていられるのも今のうちだ……やれ!!」

 

 余裕なエドワードの態度に苛立ちながら、男はキメラをけしかけるようにと指示を出す。合図と同時に、鎖によって繋がれたキメラが戒めから解き放たれる。

 

 

『——グラアアアアアアア!!』

 

 

 既に調教済みなのか、キメラは創造主の意思に従う形で、猛然とエドワードに向かって襲い掛かっていく。 

 

「いかん!!」

「エドワードさん、逃げてください!!」

 

 鬼太郎たちはエドワードに逃げるように叫んだ。

 すぐにでも彼を庇いに行きたかったが、頑丈な鉄檻が邪魔で即座に行動を起こすことが出来ない。このままでは、エドワードがキメラの餌になってしまうと焦りを見せる。

 

「…………」

 

 もっとも、彼のすぐ側にはアデルがいた。

 彼女はキメラを迎え撃とうと、懐から黙って魔法銃を取り出す。アデルほどの実力者であれば、キメラからエドワードを無傷で守ることが出来ただろう。

 

「大丈夫だ、任せてくれ……」

 

 ところが、アデルの援護をエドワードが手で制した。余計な手出しは無用ということなのか。

 

「…………」

「お、お姉様!?」

 

 普通なら、それでもエドワードを庇うべきだっただろう。だがアデルは銃を持ったまま、その場から一歩下がってしまう。

 姉のまさかの行動に、アニエスも呆気に取られてしまっている。

 

 

 

「…………」

 

 そうして、たった一人で巨大な猛獣を迎え撃つエドワード。彼は自らの右腕を上げ、まるでそれに食いつけとばかりに正面へと突きつける。

 

「馬鹿め! 血迷ったか!? なら望み通り……その腕から食いちぎってやれ!!」

 

 エドワードの行動を理解不可能なものと嘲りながら、男はキメラに命令を下す。

 

 

 次の瞬間——キメラは創造主の命令通り、エドワードの右腕へと喰らいついてしまった。

 

 

「な、なんたることじゃ……!!」

「エドワードさん!?」

 

 最悪な展開に目玉おやじと猫娘が目を覆う。錬金術師といえども、エドワードはただの人間だ。しかも彼のような老人が、あんな凶暴な獣に抵抗など出来る筈もない。

 きっと彼の細腕など、すぐにでも噛みちぎられてしまう。数秒後に訪れるであろう惨劇に対し、顔面蒼白で身構える一行。

 

 

 ところが——。

 

 

『ぐぐぐ……グルゥウウウ……ぐ、グガアア……』

「な、なんだぁ?」

 

 勢いよくエドワードの腕に噛み付いたキメラだったが、いつまで経ってもその右腕を噛みちぎる気配がない。それどころか、時間が経つにつれて猛獣の表情に疲れが見え始めている。

 キメラ自身、何が起きているのか理解出来ていないのか。全身から噴き出すような汗を流しながら、それでも本能のまま何とか右腕に喰らいついていく。

 

「な、何を遊んでいる!? そんな爺の腕……とっとと食いちぎってしまえ!!」

 

 いつまで経ってもエドワードの右腕一つ噛みちぎることの出来ないキメラに、愉悦に満ちていた錬金術師の表情が段々と苛立ちへと変わっていく。

 業を煮やしてさらに強く命令を下すも、その指示が実行に移されることはなかった。

 

『ぐぅうう……ぐぅうう……』

 

 とうとう顎に限界が来たのか。弱々しい呻き声を上げながら、キメラの口がエドワードの右腕から離れていく。

 

「どうした、猫野郎。もうギブアップか……ふっ!!」

 

 キメラに噛みつかれていた間、エドワードの方は顔色一つ変えなかった。

 相手の気が済むまで好きなように噛みつかせ、力尽きたタイミングを見計らい、その腹目掛けて蹴りを叩き込む。

 荒々しい口調と共に繰り出される『左足』のミドルキック。もっとも、老体から繰り出される蹴りなどたかが知れていただろう。

 その程度の一撃では、キメラの強靭な肉体に傷一つ付けられない——筈であった。

 

『——ゴガアアア!?』

 

 だがそんな老人の蹴りに、キメラは弱々しい鳴き声を上げながら、その巨体を地面へと沈ませてしまう。

 

「なっ……!?」

「い、いったい何が……?」

 

 敵である錬金術師は当然ながら、鬼太郎たちからも困惑の声が上がる。

 キメラの巨体にダメージを与えたエドワードの蹴り。確かに彼は高齢とは思えないほどしっかりとした足腰をしているが、年齢的にも限界がある筈だ。

 そもそも、生身の人間がキメラを相手取ること自体が不自然。あの左足、そして右腕。明らかに何かしらの秘密があることは間違いなかった。

 

「服が破れてしまったな……」

 

 ふいに、エドワードはキメラに噛みつかれたことでボロボロになった上着を剥ぎ取っていく。

 常に長袖で、しかも手袋によって隠されていた右腕——その全貌が明らかになったのだ。

 

「え、エドワードさん!? その右腕はっ……!?」

「…………」

 

『それ』を目の当たりにした瞬間、その場にいたほとんどのものが息を呑む。アデルは既に知っていたのか驚きこそなかったが、その眉が僅かに揺れ動く。

 

 

 エドワードの上着の下——その右腕は銀色に輝いていた。生身ではない鋼の光沢。そう、彼の右腕は『義手』だったのである。

 勿論、ただの義手であればそこまで驚きはしないだろう。しかしエドワードの義手は素人の目から見ても、明らかに普通のもの——医療用などに用いられるもの以上に、より高度な技術で作られたものだと分かる精巧さであった。

 さらによくよく見れば、僅かに破れた左足のズボンの下からも、同様に銀色の光沢が垣間見えた。左足の方も『義足』だ。

 

 鋼の義手義足がまるで違和感を感じさせないほどに、完全にエドワードの身体の一部と化している。

 

 

「機械鎧と言ってね……こいつとも、もう百年以上の付き合いになるのかな……」

「ひゃ、百年って……」

 

 エドワードは、それらの義肢を『機械鎧(オートメイル)』と呼んだ。確かにその呼び名に相応しい、鎧のように頑丈そうな作りだ。キメラが噛みちぎれなかったのも頷ける。

 だがそれ以上に驚きなのは、その義肢と共に百年もの時間を過ごしているというエドワードの発言だ。

 

 百年——少なくとも十代の頃から、彼はその機械鎧を装着している。

 百年も前に、それだけ精巧な義肢が作られた事実にも驚きだが、それ以上に十代の少年がどうしてそのようなものを必要としたのだろう。

 

「これが……私の罪の証だ」

「罪……」

 

 それについて、エドワードはその場で深く語ろうとはしなかった。だが人知れず呟かれたその言葉に、鬼太郎は彼の玄孫であるウィンリィ・エルリックが語ってくれた話を思い出す。

 

『——天国に行くにも……私は罪を重ねすぎた……』

 

『——咎人である私は、この報いを受けなければならない』

 

 それらはエドワードが、ときより自虐的に呟く言葉だという。

 自分を咎人と称する彼は、いったいどんな人生を送り、どんな罪を背負っているというのだろうか。

 

 

 

「そ、それがどうしたというのだ!? そんな、こけおどしでどうにか出来る状況だと思うなよ!!」

 

 一方の錬金術師。

 彼は機械鎧を見せつけてくるエドワードの迫力に気圧されながらも、それがどうしたと強がりにも声を上げる。

 

『グルゥウウウ……!!』

 

 実際、エドワードから蹴りを入れられ倒れていたキメラが、その巨体をゆっくりとだが起こそうとしている。

 いかに鋼の義足による一撃だろうと、やはり高齢なエドワードではキメラを倒すには至らない。

 

「やれやれ……若い頃のようにはいかないか……」

 

 エドワードは自身の衰えた脚力にため息を吐く。

 若い頃ならば、一撃でキメラを黙らせる自信があったのだろう。今の自分の身体能力ではキメラを倒しきることが出来ないと、その事実を素直に認める。

 

「アデルくん、例のものを……」

「ええ……」

 

 故に——エドワードは機械鎧に頼った体術以外の『力』に頼るべく、アデルに声を掛けた。

 あらかじめ打ち合わせをしておいたのか。その指示にアデルは懐から青い魔法石を一つ取り出し、それをエドワードへと手渡した。

 

 

 魔法石——魔女であるアデルが魔法の構築式を込めることで、誰でも魔法が使えることになる道具だ。魔法によって作られるそれは、言うなればアデルの錬金術によって生み出されたものだと言える。

 魔女である彼女たちであれば、錬金術でそういった道具を作り出すことも可能なのだろう。

 

 だが、人間のエドワードでは錬金術は使えない。仮に使おうというのであれば、この地で外道に手を染めた錬金術師のように——人間の命を消費するしかない。

 勿論、真っ当な倫理観を持つものであればそのような真似は出来ない。それはエドワードも同じ気持ちだ。

 

 

「さて……果たして上手くいくかどうか……?」

 

 だからこそなのか。エドワードはその魔法石を手に持ちながら——両手を『パンッ!!』と合わせ、地面に向かってその手を突いた。

 

 

 刹那——『魔法石』から青い光が迸る。

 エドワードの足場が隆起し、地面からいくつもの『巨大な拳』が出現したのだ。

 

 

『——ゴガアアアアアアア!?』

 

 

 その拳の全てが、キメラに向かって叩き込まれる。

 流石にその大質量から繰り出される一撃には、キメラも悲鳴を上げながら悶絶するしかなかった。

 

 

 

「い、今のは……錬成反応!?」

 

 その光景にアニエスが目を見開く。

 今のは魔法石に込められたアデルの魔法ではない。今の青い光は錬成反応——錬金術が発動する際に起きる発光現象だ。

 人間であるエドワードが今の瞬間、確かに自らの意思で錬金術を行使していたのである。

 

「な、なんだと……馬鹿な!?」

 

 これには錬金術師の男も驚愕しかない。自分のように賢者の石——紅い石を用いたわけでもないのに、錬金術を行使してみせた老人の存在に、今度こそ強がりの笑みさえ浮かべられないでいる。

 

 いったいエドワードが何をしたのか。彼の知識では皆目見当も付かない。

 

「おお! なるほど……なら、これは……」

 

 エドワードはエドワードで、自分が錬金術を使えることに少なからず驚いている様子だ。

 続け様、再び両手を合わせ、そのまま鬼太郎たちを閉じ込めている鉄檻へと手で触れる。

 

「おっ? おおっ!!」

「お、檻が……消えた?」

 

 すると、次の瞬間にも鉄檻が砂のように分解される。これも錬金術によるものなのだろうが、その現象に目玉おやじや鬼太郎も目を丸くするしかない。

 

「——ねずみ男っ!! そこ動くんじゃないわよ!!」

「——ひ、ひぇええええええ!! こ、こっち来んなや!?」

 

 檻から解放されるや、猫娘は真っ先にねずみ男のところへと走っていく。

 当然のように逃げるねずみ男だが、すぐに捕まり彼は裏切りの報いにその顔をたくさんの引っかき傷で血に染めることとなる。

 

 

 

 

 

「アデルくん。キミの魔力が込められた魔法石を媒介に、錬金術を発動する試み……どうやら、成功のようだね」

 

 人間であるエドワードが、どうして錬金術を使用できたのか。

 そのカラクリは、アデルがエドワードに渡した魔法石。その内部に込められた魔力をエネルギーに変換する仕組みを思いついたからである。

 

 この手法は病室でのアデルとの問答時に、エドワードが思い付きで閃いたものだ。

 魔女たちが自身の体内の魔力を消費して錬金術を発動する工程を、魔法石を代用することで人間であるエドワードにも適用するというアイディア。

 

 今のエドワードは、魔法石があれば自在に錬金術を行使できる正真正銘の『錬金術師』だ。

 即興な思い付きではあったが、それが見事に成功。エドワードはこの結果にいい笑顔を浮かべていた。

 

「……確かに、錬成を発動させるのに必要なエネルギーは魔法石の魔力で賄うことは出来るだろうが、あの魔法石に具体的な構築式はこめていない筈……。外付けで錬成陣が必要になると想定していたが……何故エドワード殿は? 手を合わせることが、力の循環を意味している? だがその場合、構築式はどこに? いや……だがしかし…………」

「お、お姉様?」

 

 しかしアデルは、エドワードが『魔法石を用いただけ』で錬金術を行使できたことに、どこか納得がいっていない様子だった。

 彼女としては魔法石以外にも錬成陣など、もっと手間を掛ける必要があったと想定していたのだろう。研究者としてぶつぶつと一人思考の沼にはまっていき、そんな姉の様子をアニエスが心配そうに見つめていた。

 

 

 

「き、キメラが……私の傑作が……そ、そんな……」

 

 いずれにせよ、エドワードの錬金術で合成獣は完全に沈黙した。しかも相手が自分と同じ、あるいはそれ以上に見事な錬金術を見せつけてみせたと、未熟な錬金術師ががっくりと項垂れた。

 同じ錬金術師として技量の差を思い知ったのか、呆然とその場から動けないでいる。

 

「おい!」

「……っ!!」

 

 すっかり自信を喪失している相手に対し、エドワードは容赦なく畳み掛けるように質問をぶつける。

 

「お前がどこで錬金術を習ったのか……洗いざらい吐いてもらうぞ」

「そ、それは……」

 

 エドワードは、相手の錬金術の起源がどこから来たものなのかを問い掛けていた。エドワードの質問に、男は気まずそうに視線を逸らしてしまう。

 

「確か……トゥーレ協会がどうとか言っておったが……?」

 

 すると、目玉おやじが先の話を思い出しながらその答えを口にする。

 神秘を研究する秘密結社の関係者。彼がトゥーレ協会の子孫だからこそ、錬金術という不可思議な力を使用できていても不思議ではないと判断するが。

 

「トゥーレ? トゥーレ協会か! 確かに彼らの関係者なら……錬金術の存在を信じていてもおかしくはないだろうが……」

 

 トゥーレの名を、エドワードが懐かしそうに呟く。

 どこかでその組織との接点があったのか、感慨深げに考え込みながらも——すぐにでも首を横に振る。

 

「だが、トゥーレ協会の知識には間違ったものが多い。錬成陣の描き方……構築式の組み立てにあそこまで苦労していた彼らがキメラの製法……ましてや、賢者の石の創造にまで辿り着くなどとは……到底考えられない」

「うっ……く、ぐっ……!」

 

 エドワードはトゥーレ協会の『眉唾』な知識では、錬金術の最奥に辿り着くなど困難だろうという。それは彼自身の経験から裏づけられた、確信が秘められた解答だった。

 エドワードの考えを肯定するかのよう、相手方も何も言えずに黙り込んでしまう。

 

「誰か他に……お前に錬金術の知識を与えたものがいる筈だ。いったいそれが誰なのか……答えろ!」

「そ、それは……」

 

 故に、エドワードは目の前の男がトゥーレ協会の残した資料以外——『誰かから錬金術の知識を得た』という合理的な結論へと辿り着いた。

 図星だったのか。しかしそれだけは口にすまいと、男は固く口を閉ざしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——なんだ。随分と騒がしいと思って来てみれば……中々面白い展開になっているじゃないか……』

「——っ!?」

 

 そのときだ。どこか面白そうな、嘲るような声がその場に響き渡る。

 

「き、貴様っ……!?」

 

 その声に錬金術師の男が振り返る。すると彼のすぐ側にローブを纏った男が、いつの間にか一人ポツンと佇んでいた。

 

「…………」

 

 男の弟子の一人だろう。他の弟子たち同様、彼自身は何も言葉を発していない。

 聞こえてきたのは彼の手元。そのものが大事そうに抱えている——『フラスコの中』から声が響いてくる。

 

『これはこれは……見事な錬金術じゃないか。恐れ入ったよ……』

 

 フラスコの中の『何か』は、エドワードの錬金術を見事なものと褒め称える。もっともその賞賛にも上から目線、見下すような響きが込められている。

 

「お前は……なんだ?」

 

 不気味に響いてくる声音に、珍しく困惑した表情を浮かべるエドワード。彼の知識を持ってしても『それ』がなんなのか、瞬時には判断が付かないようである。

 

 

『初めまして錬金術師……それに、妖怪に魔女のお歴々よ……』

「——っ!!」

 

 

 しかしその得体の知れない何かは、エドワードや鬼太郎たち。アニエスやアデルといった魔女の面々を正しく理解した上でその存在を歓待する。

 その口や目元に嘲りを浮かべながら、『生まれた瞬間から知っていた』——自らを定義する呼び名を名乗っていく。

 

 

『——私の名はホムンクルス。フラスコの中の小人とでも呼んでくれたまえ、くっくっく……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬金術師によって支配されている古城。その城の最奥の倉庫には——『錬金術に関する様々な品々』が揃えられていた。

 もっとも、そのほとんどが眉唾物。真偽も定かではない、不良品によって埋め尽くされている。

 

 間違った知識が記述された古文書や、魔術書。

 四大元素の属性が付与されていると噂された、何の変哲もないアミュレット。

 錬金術の練成に使われていたとされる、ただの古びた大釜。

 

 この城の主人が少しでも錬金術の知識を高めようと、必死になって努力した痕跡が部屋中の至るところに転がっている。

 だが、その大半がただのガラクタだと『フラスコの中の小人』から教えられたことで、錬金術師はこの部屋そのものへの関心を失ってしまった。

 今では掃除で訪れるものもいなくなり、中はすっかり荒れ放題、埃が積もったまま完全に放置されていた。

 

 

「————————!」

 

 

 だが、その倉庫の奥底に仕舞われていた——『全身鎧』の兜に、突如として光が宿る。

 

 その鎧は——『悪魔が宿った』という逸話を持つ代物だ。

 中身がないのにいきなり動き出したという話に、一時は多くのオカルトマニアから人知れず脚光を浴びた経歴もある。

 一説には、持ち主に死をもたらす『呪いの鎧』とも呼ばれ、当時の所有者だった老人が謎の自殺を遂げたこともあり、不気味に思った老人の家族がその鎧を手放したという。

 

 その後、様々な経緯を経て——鎧はこの古城の倉庫まで流れ着いた。

 錬金術師の男は、その鎧が噂通りに動き出すことを期待していたようだが、結局は何も起こらずただのガラクタとして廃棄されていた。

 

 

「………………はっ! はぁはぁ……」

 

 

 その鎧が、何の因果かこのタイミングで動き出す。

 数日前から頻繁に城で行われている、錬金術の練成反応に連鎖反応を起こした結果か。

 

 

 あるいは——血を分けた兄弟が行使した錬金術の錬成反応が届き、奥底に眠っていた意識を浮上させたのか。

 

 

 いずれにせよ、その鎧に『定着していた魂』が——意識を覚醒させると同時に、会いたい人の名を囁いていく。

 

 

 

「——兄さん」

 

 

 

 兄を一人にしたくないという弟の想いが——時代を越えて叶った瞬間である。

 

 




人物紹介

 名もなき錬金術師
  今回の事件の……表向きは一応黒幕。
  作中でも紹介しましたが、トゥーレ協会の子孫という設定。
  独自に錬金術の知識を求め……ある日、偶然『フラスコの怪物』を産み出したことで運命が一変してしまう。
  ポジション的には原作のコーネロ教主みたいな……つまりは嚙ませ犬。

 弟子たち
  名もなき錬金術師の弟子(金で雇ったチンピラ)。
  彼ら全員、人間味が感じられないのにはちゃんとした理由があります……。

 フラスコの中の小人・ホムンクルス
  錬金術関係の怪物、其の②。真の黒幕。
  伝承にある通り、その始まりはフラスコの中から生まれた小さな存在。
  ビジュアルのデザインは原作のお父様と同じですが……完全に別個体です。
  まだ生まれて間もないので、そこまで厄介な存在にはならない予定です。

 動き始めた鎧
  サプライズゲスト其の②。とある錬金術師がその魂を定着させた鎧。
  いったい、中に入っている魂は誰のものなのか!!?
  バレバレでしょうが……何も知らない体でよろしくお願いします。


 補足説明

  今作における錬金術の設定
   アニメ一期において、『こちら側』に来たエドワードたちは錬金術を使えないという風に説明がなされています。ですが、エドたちは『こちら側』で門を錬成し、一度は『向こう側』への帰還を果たしています。今作における『錬金術のエネルギー問題』は、その矛盾点を作者なりに独自解釈したものとなっています。
  ちなみに、魔女であるアデルやアニエスは魔力で問題なく錬金術が使えるという設定。だからエドはアデルの魔法石……『魔力』を借りるという形で錬金術を使えるようにしてみました。

  
 次回で今回の話も完結予定。最後までどうかお楽しみに!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。