fgo八周年……色々と楽しませてもらいました。
毎年恒例の福袋に……まさかのデスティニーオーダー召喚実装!!
実質、二回分福袋を引けることになった……運営、本当にありがとう!!
今年の福袋は、持っていなかったスーパーバニヤンを引いた。けど正直……そんなに好きじゃなくて複雑な気分。
だが!! それを差し引いても……デスティニー召喚でまさかのドラコーを引き当ててしまった!!
運命でビーストを引き寄せてしまう……これは凶兆か? それとも……。
周年記念はまさかのトネリコ……というか水着モルガン。
去年のアルクェイドに勝るとも劣らぬ逸材。今年の水着イベントも波乱の予感だし……運営は我々からどれだけの諭吉を吸い上げる気なのだろう?
個人的にカマソッソが実装されなかったことは残念だったが……それはまたの機会に取っておくとしましょう。
さて、ようやく本編の話。
『鋼の錬金術師』のクロスオーバー、今話で堂々完結です。
今回もかなりの長文になってしまい、思わずまた一話増やそうかなどと魔が差しましたが……何とか四話構成で完結出来ました。
鋼の錬金術師、エドワード・エルリック最後の物語。
どうか結末まで、お楽しみください……。
錬金術。
物質に存在する法則と流れを理解し、分解、再構築する技術。物質を自在に創り変えるその光景を何も知らないものが見れば、まさに『魔法』のように見えるだろう。
だが、錬金術にはいくつもの原則が存在する。中でも特に重要になってくるのが——『等価交換』の概念だ。
何かを得ようとするのならば、それと同等の代価が必要になる。逆に言えば対価さえ支払えば、大抵のものが手に入るとも解釈できるが。
しかし、どんな対価を支払おうとも、決して取り戻せないものもある。
どれだけ偉大な錬金術師であろうと『死んだ人間』を蘇らせることは出来ない。錬金術の世界でそれは『人体錬成』とされ、倫理的にも法律的にも厳しく戒められていた。
だがとある国、あるいは世界で。
その人体錬成を——僅か十一歳と十歳の兄弟が試みた。
病気で死んでしまった母を蘇らせる。
もう一度母に会いたいという無垢な願いが、決して触れてはならない『禁忌』へと兄弟を駆り立てたのだ。
そうして、人体錬成を行なった報いとして。
兄は左足を。
弟は肉体の全てを失った。
禁忌を犯した代償を、兄弟は痛みと共に思い知ったのである。
その後、兄は肉体を失った弟を救うべく、咄嗟に『魂の錬成』を試みた。自身の右腕をさらなる代価とし、すぐ側にあった鎧へと弟の魂を定着させたのだ。
それからというもの、兄弟は失ったものを取り戻すべく長い旅に出た。
苦難の連続だった。とても言葉だけでは語り尽くせぬほどの苦心、苦痛、苦悩が兄弟の前に幾度として立ち塞がる。
結果だけを語るのであれば、兄は右腕と左足を失ったままの身体で生きていくこととなる。鋼の義手義足を見れば常にあの日のこと——『罪』を犯した愚かな自分を思い返している。
一方で、弟は何とか肉体を取り戻すことができた。身体を取り戻した代償に、兄と離れ離れになってしまったが——数年後には再開し、兄と共に『こちら側』の世界で生きていくこととなる。
その後も二人は様々な苦労を乗り越えていき、やがては大人になって、それぞれ家庭を築くようにもなった。
やがては孫が生まれるほどの歳となり、その天命を全うしようとしたところで、弟はもう一度——その魂を鎧へと定着させる。
兄を『こちら側』の世界で一人っきりにしないため。
ただそのためだけに、彼は再び——世の中の流れに逆らっていく。
そして——。
「——やった……成功だ!!」
薄暗い部屋の中、無事に意識を覚醒させた鎧姿の錬金術師が子供のようにはしゃいでいる。
少年時代に鎧姿であった時期が長かったためか、その精神年齢も没する直前の老人ではなく、少年期のものに近かった。
馴染みの鎧に精神が引っ張られてた結果だろう。少年らしい口調と佇まいで身体の調子を確かめていく。
「うわ、懐かしいな~! この感覚~! 感覚ないけど……」
基本的に、鎧の身体は何も感じない。
痛みも熱さも寒さも。空腹も眠気も、死に対する恐怖もかなり希薄だ。朽ちることを知らない鋼の肉体。それを便利だと、羨ましがるものもいるだろう。
だがそれでも、人間として本来あるべき肉体を取り戻したいと、当時の兄弟は必死になって元の身体を求めた。
しかしそうして取り戻した肉体を再び捨て、今度は鎧の身体となることを自らで選んだのだ。
「兄さん……今のボクを見てなんて言うかな?」
鎧姿となった錬金術師はこの身体で兄に再会することに、少しばかり不安を抱く。
せっかく取り戻した肉体から、またしても鎧の姿へとなってしまった自分に、兄はきっといい顔をしないだろう。
「怒るかな……もしかしたら、兄弟の縁を切るだなんて言われるかもしれない……」
それだけ、弟のやったことは必死に肉体を取り戻そうとしていた兄弟の心情に反するものだ。
いったい何のためにあれだけの苦難を乗り越え、悲しみに耐えてきたというのか。
「けどそれでも……ボクは兄さんの側にいたい! せめて最後の……そのときまで!!」
だが兄に何と言われようとも、彼はこの選択に後悔はない。たとえ兄から拒絶されようとも、側にいてあげたい。
兄がその命を終えるその瞬間まで、一緒にこの世界を生き抜いていたい。
それが——弟である彼の心からの望みであった。
「よーし!! そうと決まれば、さっそく会いに行かないと!! みんなにも協力してもらって……」
そうと決まればと、彼は即座に行動を起こそうとする。
今のご時世、こんな鎧姿で出歩けばすぐに騒ぎになってしまうだろうと、彼はみんな——自分の家族の助けを借りようと思っていた。
子供たちや孫が、死んだ筈の自分がこんな鎧姿で戻ってきたら腰を抜かしてしまうと思ったが、そこは話せば分かってくれるだろう。
割と気楽に考えながら、家族の姿を探そうとする。
「あれ……?」
だが、ここで周囲をキョロキョロと見渡しながら、鎧姿の彼は首を傾げる。
「……ここ……どこだろう?」
そう、魂の定着が無事成功したことに夢中ですっかり気付くのが遅れてしまった。
彼が目覚めた場所。そこには家族どころか人の気配もない。
鎧の自分がどこかも分からない。薄暗い倉庫の中で放置されていたことに、今更ながらに気づいたのであった。
×
「ホムンクルス……だと!?」
古城の大広間にて。老いても尚、錬金術師としての実力が健在なエドワード・エルリックが目を見開く。
自らをホムンクルス——『フラスコの中の小人』と名乗る、不気味な黒い靄のような存在を前に、信じ難いと言葉を詰まらせている。
「ホムンクルス……人造人間というやつか?」
「初めて見た。本当にフラスコの中にいるのね……」
魔女であるアデルやアニエスも、ホムンクルスがどういう存在なのかを理解した上で驚いている。
何も理解出来ないで『?』と、クエスチョンマークを浮かべている鬼太郎たち日本妖怪をよそに、魔女たちはホムンクルスに関する知識を必死に思い出していた。
ホムンクルス。
それは錬金術によって作り出される『人工生命体』のことを指す。キメラのように既に生きている動物を掛け合わせるのではない。一から新しい命を作り出そうとした結果誕生する——『人造人間』だ。
その存在自体『人体錬成』という錬金術の禁忌に触れる恐れがあるが、ホムンクルスは人間とはまるで違う生命体だ。
彼らはフラスコの中でしか生きられない矮小な存在だというが、生まれながらにあらゆる知識を身に付けているという。
錬金術によって生み出されたためか、特に錬金術に関する知識を多く内包しているとのこと。
その知識量は——自分を生み出した創造主を遥かに凌ぐ。
「なるほど……俺の知っているものとはだいぶ違うが……確かにホムンクルスと呼ばれるのに相応しい姿だな」
ホムンクルスというワード自体に動揺していたエドワードだが、すぐに冷静さを取り戻す。どうやら、彼は過去にも『ホムンクルス』と呼ばれる存在と邂逅したことがあるようだ。
自分の知っているものとは全くの別物であることに驚いたようだが、それが伝承どおりの姿——『フラスコの中の小人』であることに納得を示す。
「だがこれで謎が解けたよ。キメラの作り方も、賢者の石の製法も。全部お前がこいつに吹き込んだんだな!」
「うっ……!!」
それと同時に理解する。
眼前の錬金術師——トゥーレ協会という、間違ったところから錬金術の知識を得ていた筈の男が、どうしてキメラや賢者の石の正しい錬成方法を知っていたのか。
そう、ホムンクルスだ。フラスコの小人から、それらの製造方法を学んだのだろう。
ホムンクルスが生まれながらに持っている知識は、人間のそれを遥かに凌駕するというからそれも納得である。
「お、おい! ホムンクルス!! 貴様……これはいったいどういうことだ!?」
自身の知識が借り物でしかないことに後ろめたさを感じてか、錬金術師の男は動揺しながらもホムンクルスへと詰め寄っていく。
「こ、この石が……不完品というのは本当なのか!? この賢者の石が……に、偽物だと貴様は知っていたのか!?」
彼が憤慨するように問い詰めていたのは、自身の指にはめられている賢者の石の真偽である。
彼自身はそれが『本物』だと信じて疑っていなかったが、それをエドワードから『偽物』だと指摘され、内心かなり困惑していたようだ。
『なんだ、お前……? まさかあの程度のものを……本当に賢者の石だと思っていたのか?』
するとホムンクルスは男を馬鹿にするよう、さらっとそれが偽物であることを告げる。
『たかが数十人程度の人間を材料にしたくらいで……本物の石が出来上がるとでも?』
「お前っ……!」
その発言に、彼らとの会話に蚊帳の外だった鬼太郎がその表情に怒りを見せる。その言動からも分かるように、このホムンクルスという存在は人間の命を何とも思っていない。
ただの材料扱い。こいつにとって人間の命なんて——ただの『数字』でしかないのだろう。
「き、貴様!! 誰が……誰がお前を作ってやったと思ってるんだ!! 生みの親であるこの私に対して……よくもそんな出鱈目を!!」
人間の命をなんとも思っていないのは錬金術師の男も同じだったが、彼は自分が騙されたという事実に激怒する。
彼は自分がホムンクルスを作った——『創造主』という立場を笠に着て、その無礼を咎めていく。
『……ふん、何が生みの親だ。ただの偶然で私を生み出しただけだろうに……調子にのるなよ』
これにホムンクルスはつまらなそうに吐き捨てる。
確かにホムンクルスは人工生命体であり、それを生み出したのは紛れもなく錬金術師の男だ。
彼は過去にホムンクルスを作ったとされる伝説的な錬金術師・パラケルススという男の著書に書かれていた通りの方法で、ホムンクルスの製造に成功した。
もっとも、それは幾つもの偶然が重なり合ったことで出来た事故のようなもの。もう一度、同じように作れと言われれば不可能だろう、全く再現性のない奇跡だった。
『お前程度の錬金術師が、私の誕生に関われたのだ。それだけでも有り難いことだと思え』
「き、き、き……貴様ぁあああああ!!」
故に、ホムンクルスには生みの親に対しての感謝や敬意など微塵もない。所詮ただの人間に過ぎないと、馬鹿にした発言で男を見下していく。
そんなホムンクルスの態度に、錬金術師は顔を真っ赤に怒り狂う。もはや許しておけんとばかりに、フラスコを叩き割ろうとその手を伸ばした。
ホムンクルスがどれだけの知恵者であろうと、フラスコさえ割れてしまえばそれで終わり。
フラスコの中でしか生きられないその命は、呆気なく終わりを迎える筈であった。
ところが——。
「………………」
「お、おい……貴様、何を……?」
その行動を妨害したのは、ホムンクルスのフラスコを大事そうに抱え込んでいた——弟子の一人だ。彼は師匠の意向に逆らい、フラスコを男から遠ざけて守護していく。
いや、そもそな話。何故彼は『ホムンクルスのフラスコを師の許しもなく持ち出した』のだろう。この場にホムンクルスが現れたときから、それを疑問に思うべきだった。
「…………」
「…………」
「…………」
さらには他の弟子たち、ローブを纏った連中が次々と錬金術師の男の前に立ち塞がる。
「こ、これは……どういうことだ……?」
相変わらず何も喋らない彼らを前に、ここに来て男は明確に何かがおかしいと感じ取ったようだ。
『ようやく気付いたか? だが……もう手遅れだよ!』
だが今更異変に気付いたところで手遅れだと、ホムンクルスは歯を剥き出しに嗜虐的な笑みを浮かべる。
「——うぅぅううううううううううう!!』
『——があああああああああああああ!!』
次の瞬間、その場に集っていたローブ姿の弟子たちが一斉に呻き声を上げる。その口から人間のものではない絶叫を叫びながら、彼らの顔や身体が——ドロドロと溶け出したのだ。
「なっ!? なにが起きて……!!」
「ひぃええええええ!?」
これに猫娘と、彼女にボコボコにされていたねずみ男が何事かと声を上げる。
先ほどまで人間としか思えなかった面々が、全く別の『何か』へと変わっていくのだ。妖怪であろうとその光景には驚きしかない。
そうして、溶けた人間の中から——全身が真っ黒い人型の怪物が姿を現す。
その顔には目だけしかなく、表情が全く読めない。腕や胴体に簡易的だが、錬成陣のような紋様が描かれている。
「これは……ゴーレム!!」
「ゴーレムだと? 命を吹き込まれた、泥人形か……!?」
その異形の正体がなんなのかを察したエドワードがその名を叫び、アデルもそれが何者なのか瞬時に自身の知識と照らし合わせる。
ゴーレム。
ホムンクルスやキメラ同様、錬金術によって生み出される怪物。人間の命令通りに動く人形であり、その全身は泥によって構築されていた。
一口にゴーレムと言っても様々なバリエーションが存在するが、基本的には人型だ。中には一定の知能を持ち、ある程度の会話が可能なものもいるというが、そこに『魂』はない。
人間になろうとしてなりきれなかった、哀れな人形。数日、長くても数年で自然消滅してしまう未完成な命。
そんなゴーレムという存在が人間に化けていた。これはいったいどういうことか。
『——お前の弟子たちは全て、とっくにゴーレムに置き換わっていたんだよ!!』
「ば、バカな!? い、いつの間に……こんな!?」
嘲笑するようにホムンクルスがその答え合わせをする。
錬金術師の男は何も知らなかったのか、自分の弟子たちが全て『ゴーレムになっていた』という事実にただただ混乱する。
元々、弟子と言っても彼らは錬金術師に金で雇われていたチンピラだ。錬金術がどうの、その力で世界がどうなどと。正直大して興味を持ってもいなかった。
だが、錬金術師が偶然生み出してしまったホムンクルス。ヤツによってもたらされる様々の知識を目の当たりにすることで、彼らにも『野心』のようなものが芽生えてしまう。
あるものは、金の錬成という即物的な欲望に突き動かされ。
あるものは、賢者の石の魅せる奇跡に惹かれ。
あるものは、不老不死などという甘い誘惑に釣られて。
そんな浅はかな望みを何とか叶えようと、師である雇い主の目を盗んで誰もがホムンクルスに接触していたのだ。
そうした人間たちの欲望を、ホムンクルスは瞬時に見抜く。
そして、言葉巧みに彼らを誘導——『その望みを叶えてやろう』などと甘言を駆使し、彼らに『とある構築式』を描かせた。
それこそが、ゴーレムの製造だった。
しかもそれは人間の命をエネルギー、媒介としてゴーレムを作るという錬成陣。
彼らはその錬成陣が自分の望みを叶えるものだと騙され、何も知らず——『自らの命』を糧にゴーレムを生み出してしまっていた。
そうやって一人、また一人と。ホムンクルスは誰にも気付かれることなく、自らの手駒となるゴーレムを増やしていった。
『全く……本当に人間とは愚かなものだな。自分たちに都合の良い言葉を鵜呑みにして、取り返しのつかない失敗に手を染めていく』
そうした人間たちを、総じて愚かと吐き捨てるホムンクルス。自分に騙されて自ら破滅していく彼らの様を、実に滑稽だと嘲りの笑みをさらに深めていき。
『本当にどうしようもない生き物だが、せめてその命は有効活用してやろうではないか……なぁ?』
「な、なにをっ!?」
さらにはその目をギョロリと——生みの親である錬金術師へと向ける。
『うぉおおおおおおおおお!!』
『あああああああああああ!!』
瞬間、ホムンクルスによって作られたゴーレムたちが一斉に錬金術師へと群がっていく。不意を突かれた突然の出来事に、手にした紅い石で身を守ることも叶わず、あっという間に拘束されてしまう。
「いったい、なにをするつもりじゃ!?」
目の前の出来事に、鬼太郎の頭の上から目玉おやじが何事かと目を剥く。彼の視点からすれば、その光景は仲間割れをしているようにしか見えないだろう。
もっとも、ホムンクルスに人間を仲間など思う感性はない。
『お前のバカさ加減にも、いい加減うんざりしていたところだ。私から知識を得ていた対価をそろそろ払ってもらうとしよう。等価交換というやつさ』
「やめ……た、助け……っ!」
ホムンクルスは皮肉げなことを口にしながら、錬金術師の男に『対価』を支払わせることにした。
実際、錬金術師はこれまでホムンクルスの知識をいいように使い、散々好き放題してきたのだ。
その報いを、今受けるときが来た。
「ひっ……ひぎゃっ——」
「よせっ!!」
あっという間だった。
エドワードがその凶行に制止の声を叫ぶよりも早く。群がっていたゴーレムたちが錬金術師を圧迫し、押し潰し——その息の根を止めていく。
結局、彼は自身の理想を成し遂げることも、その名を歴史に刻むこともなく。自らが生み出した『罪』によってその身を滅ぼしていく。
『くっくっく……さあて、ここからが本番だ!』
錬金術師の男をあっさりと始末したホムンクルスは、そのままゴーレムたちに次の命令を下していく。
ホムンクルスの指示に従い、何体かのゴーレムが円陣を組む。円の中心にはただの肉塊と化した錬金術師の成れの果てと——彼が所有していた賢者の石の不完全品『紅い石』がある。
次の瞬間、その紅い石が怪しい光を輝き始める。さらにはゴーレムの身体に刻み込まれていた錬成陣も連鎖反応を起こし、何かしらの錬金術が発動しようとしたのだ。
「あの錬成陣はっ!? 不味い……止めろ!!」
刻まれた錬成陣から、エドワードはそれがどのような術式なのかをある程度察したのか。今すぐにでもその錬金術を止めるようにと周囲に呼び掛ける。
「指鉄砲!」
「はっ!!」
「ダイナガ・ミ・トーチ!!」
エドワードの叫びに呼応し、他の面々がその錬成を止めるべく動いた。鬼太郎が指鉄砲を放ち、アデルが魔法銃の引き金を引き、アニエスが魔法を詠唱する。
『——うおおおおおおお~』
だがそれらの攻撃を、どこからか湧いて出てきた他のゴーレムたちが自らを盾に食い止める。わらわらと集まってくる泥人形たちにその行く手を遮られ、迂闊に近づくことも出来ない。
『この窮屈な身体を脱ぎ捨てて……いざ、新たな肉体を得ん!!』
エドワードたちが手をこまねいている間にも、ホムンクルスはその錬成を最終段階へと移行する。
刹那、何を思ってか自分を守護していたゴーレムに自身のフラスコを投げ入れさせ——その身を錬成の中心点へ。
『ぐっ……くっくっく……!!』
次の瞬間にも、割れたフラスコから剥き出しになって消滅しかけるホムンクルスだが、すぐに黒い泥が彼を包み込んでいく。
円陣を組んでいたゴーレムたちが折れ重なるように倒れ込み、ホムンクルスを外気から守ったのだ。
ホムンクルス、数体のゴーレム。
錬金術師の死体、紅い石と。あらゆる要素が混ざり合い——全てが一つに収束する。
「いったい、なにが……!?」
「みんな! 伏せろ!!」
その際、錬成反応の余波が周囲を襲い、誰もが咄嗟に身を固くして衝撃に備える。
「——わわわ……のわあああああ!?」
尚、その際の衝撃でねずみ男が思いっきり吹き飛ばされる。
特に誰からも助けられることはなかったが、この辺は自業自得なので捨て置いておく。
そうして、錬成が収まる頃——その中心点に『それ』は立っていた。
『——くっくっく……はっはっはっは!!』
黒い人型。その身体はゴーレムのものなのだろうが、それまでの個体とは明らかに違う。
その全身にはギョロリと開いた『眼』が無数に浮かび上がっており、歯を剥き出しにした口元が大きく歪み、愉悦に高笑いを上げる。
「その声……!」
「まさか……ホムンクルスか!?」
その笑い声から、それが何者なのかを察する一同。
ホムンクルス。フラスコの中でしか生きられない小人が、ゴーレムの身体を依代にこの世に再誕した。
自由な身体を得たことでより驚異度を増した怪物が、解き放たれたのだ。
×
『——ふはははっ、成功だ! もうあんなフラスコの中で生きる必要はない!! 私は自由だ、はっはっは!!』
新しいゴーレムの身体にご満悦なホムンクルスが嬉々として叫ぶ。
ずっとフラスコの中に閉じ込められていた身としては、自由に動かせる手足があるだけでも歓喜すべきことなのだろう。何度も何度も手を動かし、それが確かに自分のものであると動作確認をしていく。
「…………」
「…………」
「人間の命を糧に、ゴーレムの身体を錬成。紅い石を核に……その内部に自身の魂を移した、といったところか……」
そんなホムンクルスを前に一同は何が起きたか分からずに唖然としていたが、エドワードだけは冷静に先ほどの錬成で何が行われたかを考察する。
『ほう……? 見事だ、錬金術師よ。貴様の推察通りさ』
すると自身の錬成を見抜いたエドワードに、ホムンクルスは素直に感嘆の息を漏らす。
それは人という種を見下しているホムンクルスが、生まれて初めて垣間見せる人間への称賛だったかも知れない。
『お前のような男が私の生みの親であれば……別の手段で肉体を得ることも考えてやったんだがな……』
もしも、エドワードのような人間が自分の創造主であったのならば、愚かな錬金術師を使い捨てることもなかったという。
もっとも、別の手段での肉体の獲得。それがどのようなものかは分からないが、碌な手段でないことは確かだろう。
「それで……? 自由になれたお前さんは、その身体で何をしようと?」
エドワードはそのまま、ホムンクルスの目的を尋ねる。
自由な身体を得たいという、フラスコの中の小人の心情は一応理解できる。だが、その先——自由を得たその身体で何をするかまでは流石に読み切れない。
果たして、このホムンクルスを名乗る生命体の——『最終的な目的』は何か。
『——知れたことよ。私はこの世の全てを知りたい!!』
エドワードの問い掛けにホムンクルスはシンプルに答える。
『この世の全てを知り、身に付けた知識を実践で試してみたい。それは知恵を持つものとして、当然の欲求ではないかね?』
「…………」
エドワードは何も答えられない。
一人の錬金術師、科学者としてホムンクルスの主張に同意できる部分があるからか。問題があるとすれば——そうして得た知識で何を為すかということだろう。
『私は生まれながらに多くの知識を有していたが……それでもまるで足りない! この世の真理に到達するには……より多くの知識が必要なのだ!!』
ホムンクルスは、生まれながらにあらゆる知識を内包している。だがそれでもまだ不完全だと。彼はより多くの知識を。
この世の『真理』へと到達する、そのための手段を口にしていく。
『——そのためにも、私は『門』を開く! 『向こう側』の世界にこそ、私の求めるものがある筈なのだ!!』
「……門? 向こう側?」
「…………?」
ホムンクルスの発言に鬼太郎やアデルたちが首を傾げる。彼らの知識では相手が何を言っているのか、その真意を理解することは出来ない。
「——!!」
だが『門』と聞いた瞬間、エドワードの目がカッと見開かれる。彼は鬼気迫る表情で、ホムンクルスを睨み付け——。
「そうか……なら!!」
間髪入れずに、手を合わせて錬金術を発動。地面から武器として『槍』を錬成し、躊躇うことなくホムンクルスに向かって投擲した。
『……ふん!!』
自分を貫かんと迫ってくるその槍に対抗し、ホムンクルスは即座に地面から壁を出現させた。体内にある紅い石を利用したためだろう、全くのノーモーションで錬金術を発動させる。
エドワードはアデルの魔法石を借り、手を合わせることで初めて錬金術を成立させられている。
だが、ホムンクルスは錬金術を発動するための予備動作すら必要としていない。
真っ向から錬金術で対抗するには少し分が悪いかもしれないが、それでも——エドワード・エルリックには引けない理由があった。
「——お前を……門の『向こう側』に行かせるわけにはいかない!! ここで……食い止める!!」
エドワードはホムンクルスの目的を阻止しようと、老いた身体に鞭を打つ。
老人ながらもその表情からは並々ならぬ気迫、凄みが感じられる。どうあっても、ホムンクルスに『門』とやらを潜らせたくはないらしい。
「援護する、エドワード殿!」
「お姉様!!」
魔女であるアデルとアニエスもエドワードの後に続く。
錬金術に関して知識を深め合ったアデルにも、エドワードが何をそこまで必死になっているかは分からないが、彼女たちにとってもホムンクルスは放置出来ない相手だ。
「鬼太郎!!」
「はい、父さん!!」
当然ながら鬼太郎たちも。人間の命を平然と使い潰すような怪物を見過ごすなど出来なかった。
『——ふむ……錬成陣無しでの錬成といい。門という言葉に反応したことといい……』
そんな臨戦態勢に入ったエドワードたちに取り囲まれながらも、ホムンクルスは冷静に思案を巡らせる。
『なるほど! 貴様、さては……向こう側の住人だな? 門を……『真理』を見たな!?』
「…………」
エドワードの錬金術や、その言葉の端々。ホムンクルスは生まれながらに保有している知識で彼が『何者』なのか当たりを付けたようだ。
それにエドワードは何も答えない。しかし、その沈黙が何よりホムンクルスの推論を裏付けてしまっている。
『くっくっく……なるほど、なるほど! やはり私の考えに間違いはないようだ!!』
笑みを浮かべながら、自身の考えに間違いがないことを再確認。ホムンクルスは改めて自らの目的のために動き出そうとする。
『だが……今はお前たちと遊んでいる暇はない』
だが瞬間、口元から笑みを消したホムンクルスが真剣な声音で呟きを漏らす。戦う姿勢を見せた一行から平然と背を向け、投げやり気味な口調で命令を飛ばす。
『ゴーレムども、そいつらの相手をしてやれ』
『——おおおおおおお!!』
その命令に忠実に動き出したのは泥人形のゴーレムたちだ。いったい今までどこに潜んでいたのかと言いたくなるほど、次から次へとウヨウヨと湧いてくる。
『——グルルルルウウウ……』
さらには古城の奥から数体の合成獣・キメラまで姿を現した。キメラとゴーレムの混合勢力が、一行の前に立ち塞がる。
『ふっ……』
そうやって集まってきたゴーレムやキメラたちを盾に、ホムンクルスは大広間を悠然と後にする。
外に通じているであろう通路から、古城の外部へと立ち去ってしまったのだ。
「——奴を行かせるな!! 奴は……外にエネルギーを補充しに行くつもりだ!!」
ホムンクルスが何故その場から立ち去ったのか、その狙いを見抜いたエドワードが必死に叫ぶ。
今のホムンクルスは——『紅い石を核にゴーレムの肉体を維持している状態』だと、エドワードはその在り方を正しく理解していた。
だがゴーレムとは、長くても数年でその身体が崩れ去る不完全な存在。身体の崩壊を防ぐためにも、紅い石からエネルギーを供給し続けなければならない。
ならば、その紅い石が『何』をエネルギーにしているかを考えれば——ホムンクルスの次なる行動が自ずと見えてくる。
「まさか……! 生きている人間から、直接っ!?」
「!!」
アデルもその意味に気付いたらしく、彼女の言葉に鬼太郎が目を見開く。
賢者の石——いや、紛い物の紅い石を作るためですらも、既に何十人という犠牲が出ているというのに、そこからさらに『人間の命』を直接エネルギーに変換しようというのだ。
やはりあれは放置していい相手ではないと、すぐにでもホムンクルスの後を追うべきと駆け出そうとする。
だが——。
「こいつら……!!」
「邪魔しないで! ヒロヨ・ユキノツ!!」
慌てて追いかけようとする一行の眼前にゴーレム、キメラが群れを成して集っている。
猫娘が鉤爪でゴーレムを一刀両断に、アニエスが魔法の光線でキメラを撃ち抜いたりと。一体ずつであれば対処も簡単だっただろう。
『——おおおおおおおお!!』
『——ガァアアアアア!!』
だがいかんせん、数が多過ぎる。圧倒的な物量を前に、誰もが思うように先に進めないでいる。
「くっ……! このままでは……」
これにエドワードも焦りを見せた。
こうしている間にもホムンクルスが人里にでも降りれば、さらなる犠牲者が出てしまう。何とかしてここを突破し、急ぎ追いつかなければならないと。
「——お~い!!」
そのときだ。ここで頼れる援軍が彼らの元へとやって来る。
「——それっ!! 火炎砂じゃ!!」
「——おぎゃおぎゃ!!」
颯爽と、その場に駆け付けると同時に攻撃を仕掛けたのは——砂かけババアと小泣き爺である。
砂かけババアが無生物のゴーレムに火炎砂を振りかけ、子泣き爺が石となってキメラを押し潰す。
「遅れて済まんばってん! 鬼太郎しゃん!!」
「一反木綿! いいところに!!」
そして、二人をここまで連れて来た一反木綿が鬼太郎の元へ。古城探索に別行動を取っていた面々と合流したことで、鬼太郎の表情も自然と明るくなる。
「話は後だ……すぐに奴を追いかける!!」
だが合流した彼らに詳しい事情を話す間もなく、鬼太郎は緊張した面持ちで一反木綿の背に飛び乗る。一刻も早くホムンクルスに追いつくために、今は一反木綿の機動力に頼るしかない。
「乗って下さい、エドワードさん!!」
「——!!」
その際、鬼太郎はエドワードにも一緒に来るように手を伸ばした。少し前までなら、老体である彼に無理をさせまいと。この場で大人しくするように言い含めていたかもしれない。
だが彼の錬金術師としての知識と腕前は本物だ。決して足手纏いにはならない。それどころか、彼がいてくれれば心強いと素直に力を貸して欲しいとさえ思う。
「ああ!!」
エドワードも望むところだとばかりに、鬼太郎の手を取り一反木綿の背に乗っていく。
「我々も行くぞ、アニエス!!」
「はい!!」
さらにはアデルが魔法の羽を展開し、アニエスが箒に跨る。地面を滑空するように飛翔し、ゴーレムやキメラの群れの中へと突っ込んでいく。
「道を開けるわ! みんな、鬼太郎たちを援護して!!」
「ぬりかべ~!!」
鬼太郎たちの邪魔をさせないようにと、猫娘がその場に残って敵の注意を引き付けていく。さらには地中からぬりかべも姿を現し、通路を塞いでいる敵を強引に押し退けた。
「みんな、ここは任せる!!」
そうして仲間たちの手を借り、鬼太郎たちも古城の出口へと通じる通路を突き進んでいく。
×
『早くエネルギーを補充しなければ……このままでは……』
古城の外。
既に夕日が暮れかけている中を、ホムンクルスが人里に向かって歩を進めていた。エドワードたちの前では常に余裕そうな表情を浮かべていたが、内心ではそれなりに焦りも抱いている。
エドワードの予想通り。現状、ホムンクルスのゴーレムの肉体を支えているのは身体の核となっている紅い石のエネルギー。人間の命を糧にその身体を維持している状態なのだ。
当然ながら、エネルギーが切れればその身体を維持出来なくなり——ホムンクルスは消滅する。
故に今は一刻も早くエネルギーの補充に努めなくてはと、人が密集しているポイントを目指し進んでいた。
「——ホムンクルス!!」
『——!』
だがその進軍を阻止しようと、後方からエドワード・エルリックがホムンクルスに追いついてくる。
「なんね~、あの真っ黒い人は!?」
「ホムンクルス、この騒動の元凶だよ」
エドワードをここまで乗せて飛んできた一反木綿がその存在を初めて目の当たりにし、鬼太郎が奴こそが今回の黒幕であると油断なく身構える。
「ここまでよ! ホムンクルス!!
「大人しく元いた場所……フラスコの中へ還るがいい!!」
さらにはアニエスやアデルも追いつき、皆で相手を取り囲んでいく。逃げ場をなくしたホムンクルスに対し、降伏勧告のつもりでアデルがフラスコの中に戻れと告げていた。
『——還れだと……!? この私に……またあんな窮屈な場所に戻れというのか!?』
だが、それがホムンクルスの怒りに火を付けてしまったのか。こちらをギロリと睨みつけ、強烈な敵意を向けてくる。
『私の望みを……自由を妨げるものは誰であろうと許さん! 貴様らこそ、ここで朽ち果てるがいい!!』
逃げ腰だったさっきまでとは一転、途端に牙を剥いてくる。ノーモーションでの錬金術の発動。地面から棘やら拳やらが飛び出し、エドワードたちに襲い掛かる。
「これは……くっ!?」
「小癪なっ!!」
その攻撃の苛烈さに、鬼太郎やアデルも守勢に回るしかないでいる。
いかにエネルギー不足といえども、本気を出せばこの通り。現状のホムンクルスでも、十分に鬼太郎たちを圧倒出来るだけの力を秘めているようだ。
「怯むな! 奴にも限界がある筈だ!! それまで耐え切れば……」
しかしこの攻撃さえ耐え忍んでしまえば、いずれはエネルギーが切れてホムンクルスが自滅するだろうとエドワードが皆を鼓舞する。
『ぐっ……』
実際、時間の経過と共にホムンクルスは苦渋の顔を浮かべ、錬金術の勢いも弱まっていく。
まさか本当にこのまま耐え切るだけで勝てるのかと、意外にも呆気ない幕切れにその場の空気が安堵に包まれかけようとした——。
『——ふっ、その通りだ。だからこそ……こうして貴様らの足を止めているんだよ!!』
その油断を、ホムンクルスは見落とさない。
口元にしてやったりの笑みを浮かべ、さらに錬金術を発動。
『私の本命は……こちらだ!!』
「えっ……?」
刹那、彼女の——魔女・アニエスの足元が迫り上がってくる。アニエスの立っていた地面が拳へと変化し、そのまま彼女の身体を掴み取り、その動きを封じてしまう。
「アニエス!?」
「お前……いったい何を!?」
アデルが妹の危機に焦りを見せる。まさかの事態に危機感を抱くのは鬼太郎も同様だったが、何故ここでアニエスがという疑問も浮かぶ。
しかしこのタイミングでこそ、アニエスを狙う明確な理由がホムンクルスにはあったのだ。
『——錬金術に……紅い石を維持するのに必要なエネルギーは人間の命だけではない。魔女の魔力でも……代用は出来るのさ!!』
「!! しまっ……」
ホムンクルスの言う通りだと。そこまで考えが至らなかったことに、エドワードがその顔に動揺を浮かべる。
そう、エドワードが錬金術の使用にアデルの魔法石の『魔力』を利用しているように。同じ錬金術由来の紅い石のエネルギーも、魔力によって代用が可能なのだ。
錬金術において魔力は非効率なエネルギーかもしれないが、代用品としてであれば何の問題もない。
ましてや、アニエスはバックベアードに目を付けられるほど、その身に膨大な魔力を秘めた魔女だ。
今のホムンクルスにとって、彼女は人間の命以上に——格好の『エネルギー源』だと言えよう。
『わざわざ追ってきてくれるとはな。いちいち人間どもからエネルギーを回収する手間が省けたよ……くっくっく!!』
「は、離しなさい……このっ!!」
ホムンクルスも、当初は人間からエネルギーを回収することを目論んでいただろうが、魔女であるアデルやアニエスが追ってきたことで狙いを切り替えたのだ。
冷静さを失ったように怒って見せたのも、力が弱まっているように見せたのも——全てが演技。ホムンクルスの知恵はやはり侮れないものがある。
「アニエス!!」
「待っていろ! 今助けを……」
拘束されたアニエスを救出しようと、鬼太郎やアデルがすぐにでも助け舟を出そうとする。
『ゴーレム! そいつらを近づけさせるな!!』
『——うおおおおお!!』
だがそうはさせまいと、ここでホムンクルスがゴーレムを呼び出した。
たった三、四体。土壇場まで温存していた戦力なのだろう、思わぬ伏兵に鬼太郎たちの足が止まってしまう。
『さあ、魔女よ! お前の魔力を……その命ごと貰い受けるぞ!!』
その隙にと、ホムンクルスは捕まえたアニエスへと近づき、その命を——魔力を奪い取ろうと手を伸ばしていた。
「いかん! 逃げるんじゃ、アニエス!!」
「やらせるかっ!!」
迫るアニエスの危機に目玉おやじが逃げろと叫ぶが、彼女だけではどうにもならず。またエドワードの錬金術も、ホムンクルスの錬金術によって相殺されてしまう。
これでは誰も——アニエスを助け出すことが出来ない。
「かっ……!! ぐっ……かはっ!?」
ホムンクルスの伸ばされた手から赤い錬成反応が輝く。直接触れずとも、ある程度近づくことでエネルギーを吸収できるのか。
魔力や命を奪われる苦しみに、アニエスが呼吸困難に陥るように自身の首元を抑える。
『くっくっく……はっはっは!!』
これでかなりのエネルギーが確保できると。ホムンクルスはアニエスが苦しみ悶えるのも構わず高笑いを上げていく。
今まさに、アニエスの命の灯火が掻き消されようとされ——。
「——危ないっ!!」
『——な、なにぃいい!?』
その直後だ。ガシャンガシャンと、金属音を鳴らしながら何かが勢いよく接近してきた。『それ』は猛然と突っ込んでくるや、ホムンクルスに向かって思いっきり体当たりをぶちかます。
予期せぬ方角からの衝撃にホムンクルスも咄嗟に対応が出来ず、その身体が景気良く吹っ飛ばされてしまう。
「かはっ!! はぁはぁ……あ、アナタは!?」
思わぬ救援のおかげで九死に一生を得たアニエスが呼吸を整え直し——突然現れたその人物に何者なのかと疑問の目を向けた。
それは——誰もが初めて目の当たりにする、『鎧姿』の人物だった。
間近で見る全身鎧はかなりの巨体で、助けられた筈のアニエスにも警戒心を抱かせてしまうほどだった。
「あ、怪しいものじゃありません!! ボクは……ええっと……その……」
だが鎧の彼は厳つい見た目に似合わぬ少年のような口ぶりで、アニエスの問い掛けに答えようとする。しかし、自分がここにいる経緯をどのように説明するか。
鎧に『魂』を定着させた錬金術師は大いに悩んでしまう。
×
「——参ったな……本当にここ何処だろう? 全然分かんないや」
数分ほど前、鎧姿の錬金術師は古城の廊下を一人で歩いていた。
薄暗い倉庫のような場所で目覚めるや、ひとしきり兄のことを考えて暫く。自分がどこかも分からない場所にいることに気付き、さてどうしたものかと建物の内部を探索することにした。
いったいここがどこなのか。ここの住人にでも聞ければとも考えていたが、今のところ誰とも遭遇することがない。
「なんだろう。なんか……下の階が騒がしいみたいだけど……」
彼が歩いていたのは古城の二階だ。そのとき、一階の方では猫娘たち日本妖怪がゴーレムやキメラを相手に戦っており、その騒ぎが上の階にいる彼のところにまで伝わっていた。
「様子を見に行ったほうがいいのかな……けどな……」
騒動の場所まで行こうかとも思ったが、訳も分からず争いにでも巻き込まれたらどうしようかと、ちょっとした不安が彼の足を鈍らせる。
それでも少しづつ、一階まで下りれる階段まで近づいてはいたのだが——。
「!! 今のは……錬成反応!? いったい、誰が……」
その階段に辿り着くよりも先に、彼は二階の窓から外の景色を目にしてしまった。
一瞬だが閃光のように眩しい輝き。錬金術師である彼は、それが錬成反応であることを瞬時に理解する。
いったい誰が錬金術を行使しているのかと。ほとんど反射的に二階の窓から飛び降りる。
肉体のない鎧の身体は何事もなく地面へと着地し、錬成反応のした方を目指して走り出す。
疲労を感じない鎧の全力疾走で、あっという間に目的地へと辿り着く。
そこで彼は——『女の子が得体の知れない何かに苦しめられている』場面に遭遇してしまう。
「——危ない!!」
考えるよりも先に身体が動いていた。その女の子を助けるべく、躊躇うことなく黒い何かに向かって全身鎧の突進をかます。
『な、なにぃいい!?』
黒い人型の何かが驚愕しながら吹き飛んでいったが、正直そっちよりも今は女の子の容体だ。
「かはっ!! はぁはぁ……あ、アナタは!?」
どうやら命に別状がなく一安心だが、その子から自分が『なんなのか』を問われたところで彼は固まってしまう。
「ボクは……ええっと……その……」
自分が何者なのか。
ここにいる経緯や事情、目的などなど。説明しなければならないことが色々とあり、それをどこからどのように話せば信用してもらえるのだろうかと。
悶々と、一人思考の渦に呑まれかけてしまうところであった。
だが——説明などせずとも、『彼』を一目で理解出来るものがその場にはいた。
「——アルフォンス?」
「——え……?」
錬金術師エドワード・エルリックは、ホムンクルスのことなどすっかり忘れ、眼前の鎧の人物に見入っていた。彼にとってはその鎧のデザイン、立ち振る舞い、口調や仕草など。
その全て懐かしく、鮮明にあの頃の——懸命に身体を取り戻そうとしていた日々の『弟』を思い起こさせるのに十分すぎるものであった。
「ええっと、どちら様で…………」
一方の鎧の彼は、目の前の人物が誰だか分からず戸惑いを見せる。
だがそれも一瞬で、すぐに目の前の老人が——会いたいと願っていた自分の『兄』であることに気付く。
「まさか……兄さん。兄さんなの!?」
歓喜するように声を震わせ——次の瞬間にも、その身体を強く抱きしめていた。
「——兄さん、兄さん!! 会いたかった!! 会いたかったよ、兄さん!!」
そう、何を隠そう鋼の錬金術師——エドワード・エルリックこそが。鎧の錬金術師——アルフォンス・エルリックの実の兄。
アルフォンスが肉体が朽ち果てようとも、最後まで側にいて上げたいと願っていた相手なのだ。
弟の想いが時を越えて成就し、二人は感動の再会を果たすこととなった。
筈なのだが——。
「ちょっ! ちょっと待て! 痛い……いたたた!! そんな強く抱きしめんなって!!」
全身鎧のアルフォンスに全力で抱きしめられ、老体であるエドワードの身体が悲鳴を上げる。何だか身体からバキバキと音が鳴ったり、腰がちょっぴり変な方向に曲がってしまったりと。
「ああ、ごめん……嬉しくなっちゃって、つい……」
兄が痛がっていることに気付き、咄嗟に抱擁からエドワードを解放するアルフォンス。
感極まってしまったせいで、自分が鎧の身体であることを失念していたと。素直に反省しながら、兄と弟は久しぶりの再会に互いに言葉を交わしていく。
「全く……こちとら百歳越えの老人だぞ!! もう少し加減しろっての……」
「百歳!? ええっと……ボクが死んじゃったのは六十代だから…………あれからもう四十年以上も経ってるの!?」
「死んだって……まさか、お前……魂を鎧に移し替えたのかよ!?」
その短いやり取りの間にも、エドワードはアルフォンスに起こったことを理解する。
「……?」
「……いったい、何が?」
だが兄弟同士の会話に、鬼太郎やアデルといった部外者は口を挟めずにキョトンとしている。
彼らには何が起きているかも分からないだろう。もっとも、そんな周囲の困惑などお構いなしのエルリック兄弟。
今この瞬間だけは——兄弟で通じ合うものさえあれば、それで十分だった。
「そっか……どおりでちょっと老けてると思ったよ。身長もだいぶ縮んじゃってるみたいだし……」
「そ、そりゃ……この歳になれば色々と変わって……って! 誰が豆粒ドちびか!!」
そうした会話の中、弟はさり気なく兄の身長を弄り——それにエドワードがプンスカと激怒。
鋼の右腕で容赦なく弟の頭部にツッコミを入れ——アルフォンスの兜が宙を舞う。
「うわっとと!? もう……兄さんはいくつになっても変わらないな……ははは!!」
「——!? 中身が……ない!?」
アルフォンスは何事もなく吹っ飛んだ兜を笑いながらキャッチするが、それを間近で目撃していたアニエスが目を見張る。
アルフォンスの兜の下に——彼の顔はない。
中身のない空っぽの鎧。西洋妖怪にも首無しの騎士などは存在するが、それとはまるで違うアルフォンスの存在に息を呑んでいる。
『つぅ……まさか、魂の定着だと? 人間如きにそんなことが……!?』
これには吹き飛ばされていたホムンクルスも驚いていた。
その身体をゆっくりと起こしながら、自分の邪魔をしたアルフォンスに向かって驚愕と憎悪のこもった目を向けてくる。
「兄さん……この黒っぽい人は? 事情も分からず全力でタックルしちゃったけど、不味かったかな?」
アルフォンスはそんなホムンクルスの殺気をさらりと流しながら、自分が何か失礼なことをしてしまったのではと不安そうに兄に尋ねる。
「こいつは……ホムンクルスだよ」
しかし心配無用と、エドワードは状況を手短に伝えた。
「俺たちの知ってるそれとは別物だが……こいつも、俺たち錬金術師が生み出した罪の形だ」
それは——過去にも同じような『罪』を犯したことのある、エドワードの実感が込められた言葉であり。
「こいつは門を開いて、『向こう側』の世界に行こうとしてる。そのために、大勢の人たちの命を犠牲にするつもりだ……」
「!! そっか、それなら……」
同じ『罪』を背負ったアルフォンスを納得させるのに、十分すぎる言葉であった。
「——放っておくことは出来ないね!」
「——ああ、当然だ!!」
「アデル!!」
「……っ!」
ホムンクルスと対峙する兄弟は拳を構えつつ、エドワードがアデルの名を叫ぶ。
「アルフォンスも錬金術師だ! こいつにも魔法石を!!」
「しょ、承知した……!!」
一連の出来事にポカンとしていたアデルだったが、彼の叫び声で我に返る。エドワードの意図を理解するや懐から魔法石を取り出し、アルフォンスに向かってそれを投げ渡していく。
「兄さん……これって?」
投げ渡された魔法石を反射的にキャッチしながらも、アルフォンスはそれが何なのかと問う。
「錬金術を使うのに必要なエネルギー源さ。安心しろ……人の命なんて入ってないからな!!」
「!! 凄いや……流石は兄さんだ!!」
錬金術に必要なエネルギー。本来であれば、それは人間の命でしかないことをアルフォンスも分かっていた。
だがその石に溜め込まれた魔力を用いれば、誰かの命を糧にすることなく錬金術を行使できるのだという。
兄の理論を信じたアルフォンスは、兄同様に魔法石を手のひらに乗せながら——『パンッ!!』と手を合わせる。
瞬間、アルフォンスの意思に呼応して錬金術が発動。
青い輝きと共に、未だアニエスを拘束していた巨大な拳が分解され、彼女が束縛から解放される。
「大丈夫? 怪我はない?」
「え、ええ……錬金陣無しで……」
アルフォンスはアニエスへ気遣いの言葉を掛ける。それに素直に頷くアニエスだったが、彼女もアルフォンスが錬成陣無しで錬金術を行使できたことに驚きだ。
兄弟揃って、錬金術師として卓越した技量を秘めている。魔女として錬金術の心得があるアデルもアニエスも、錬金術においては彼らに遠く及ばないことを認めるしかなかった。
「行くぞ、アル!!」
「分かったよ、兄さん!!」
そうして、戦う力を手に入れた兄弟が二人でホムンクルスへと立ち向かっていく。
それ以上は言葉もいらない。
阿吽の呼吸で放たれる錬金術の輝きが、二人の戦うという決意を形へと昇華していく。
『くっ……舐めるなよ!!』
兄弟の錬金術に対し、ホムンクルスも錬金術で対抗する。赤い光と共に発動するノーモーションの錬成。その錬成速度は、確かにこの中では一番早く繰り出されていたことだろう。
だが、二人になったエルリック兄弟に死角なし。兄は何も躊躇うことなく全力で錬金術を相手にぶつけ、弟が兄の邪魔をさせないようにとそのカバーに入る。
もはや錬金術において、兄弟がホムンクルスに遅れを取る理由などなかったのである。
「——髪の毛針!!」
「——はっ!!」
さらには、鬼太郎やアデルまでもがホムンクルスに向かって攻撃を繰り出していく。
既にホムンクルスの取り巻きであったゴーレムたちは全て退けた。残るはホムンクルス一人。奴を倒せば全ての戦いに決着が付く。
『おのれぇえええ……おのれええええええええ!!』
もはや、ホムンクルスに冷静さを装っている余裕などなかった。演技でもない、本気の焦りを曝け出しながら、無我夢中で錬金術を行使し続けるしかないのだ。
そうして、ホムンクルスは文字通り——己の全てを絞り尽くしてしまい。
刹那、『パキン!』と、なにかが割れるような音が木霊する。
『——な、なんだと……!?』
異変はすぐにでもホムンクルスを襲う。錬金術の発動が全て途中で停止し、絶え間なく煌めいていた赤い光もその輝きを失う。
ホムンクルスの核となっていた『紅い石』が、内部に溜め込んでいたエネルギーを全て使い果たして砕け散ったのだ。
『——うおお!? うぉおおおおおおお!?』
もはや自身の身体の維持もままならず、ゴーレムの仮初の泥の肉体も崩れ落ちていく。
「——これで終わりだ……ホムンクルス!!」
「——はぁあああああああ!!」
瞬間、エドワードとアルフォンスが駆け出す。
錬金術によって生まれた怪物・ホムンクルス。錬金術師の罪が形となった存在に錬金術師としてケジメを付けるべく。
兄と弟。鋼と鎧の拳が——全く同じタイミングでホムンクルスへと叩き込まれる。
『——がああああああああ!!』
その一撃で、ホムンクルスの身体が完全に砕け散る。
結局、最後は愚かと断じていた人間の手によって。
ホムンクルスは本来あるべき場所へと回帰——この世界から消滅したのであった。
×
「——お爺ちゃん、入るね……」
日本。
エドワード・エルリックが入院している病室に、今日も見舞い客として彼の玄孫であるウィンリィ・エルリックが訪れていた。余命が短いとされる高祖父との面会に、若干だが緊張した面持ち。
それでも、最後まで彼の側にいて上げたいという想いから、彼女はこの病室まで足を運んでいく。
「誰か……来てる?」
だが普段であれば自分以外、あまり人が訪れる機会のない部屋の中から話し声が聞こえてくる。先客がいることに誰だろうと疑問を浮かべつつ、とりあえず病室の中へと足を踏み入れる。
すると——。
「——まさか、自分から魂を鎧に定着させるだなんて……無茶するよ、全く!!」
「——兄さんこそ!! そんな歳になってまで戦いの場に出てくるなんて……元気にも程があるよ!!」
ベッドに腰かけるエドワードと、椅子にちょこんと行儀よく腰掛ける全身鎧の何者か。二人の人物が楽しそうに話し込んでいる光景が視界に飛び込んできた。
「よ、鎧!? だ、誰!?」
見たこともない全身鎧の出で立ちに、ウィンリィは驚きで声を上げてしまう。しかし、驚いたのはウィンリィだけではなかった。
「え……ええ!? ウィンリィ!? なんでウィンリィがこんなところに!?」
「……???」
鎧の人物はこちらを振り返るや、ウィンリィの顔を見てビックリ仰天。まるで少年のように幼いリアクションにウィンリィもますます混乱する。
「落ち着けって……アル。その子は確かにウィンリィだけど……『向こう側』のウィンリィじゃないんだよ」
鎧の人物のリアクションを予想していたのか、エドワードは楽しそうな顔で不思議なことを口にしながら、ウィンリィのことを紹介していく。
「この子は俺の玄孫! ほら、ウィンリィ!!」
「う、ウィンリィ・エルリックです。は、初めまして……」
高祖父に促されるまま挨拶をするウィンリィ。すると、その自己紹介に鎧の人物がますます驚きに包まれていく。
「玄孫!? 凄いや、兄さん!! まさか玄孫までいるなんて……あれ? でもウィンリィって……名付け親はもしかして……」
「に、兄さん……!?」
鎧の彼は玄孫の存在に驚きつつ、ウィンリィという名前から名付け親が誰なのかを察する。
ウィンリィの方も、鎧の彼がさっきから口にしている『兄さん』という台詞に驚きながらも、自身の名前の由来を思い出していた。
「ああ……この子はウィンリィだ。生まれた時から、何故かそう思ったんだよ……」
そう、ウィンリィ・エルリックの名付け親は、確かにエドワードだと彼女も聞いた覚えがあった。
彼女が生まれた際、その顔を見た瞬間に彼がその名を閃いたのだという。ウィンリィ自身、どうしてそのような名前を付けられたのかまでは知らなかったが、その名の由来を鎧の彼がカミングアウトする。
「そっか……やっぱり兄さんも、ウィンリィのことが忘れられなかったんだね! なんたって……ボクたちの初恋の相手だし!!」
「いや……まあ、それは否定しないけど……」
エドワードもその話を否定はせず、照れくさそうに頬を赤く染める。
初恋の相手。そうであれば、エドワードが時折ウィンリィを見てどこか懐かしむような顔をするのも納得ができる。
だがそれが真実だとして、それを知っている鎧の彼はいったい何者だろうかと改めて疑問が浮かぶ。
「ああ、ごめんね! 挨拶が遅れちゃって……」
すると、彼も自分が自己紹介をしていないことに気付いたのか。
「初めまして! 兄さん……エドワード・エルリックの弟、アルフォンス・エルリックです!! いつも兄がお世話になってます!!」
と、元気よく丁寧に挨拶をしてくれる。
「え……ええ!? え、エドお爺ちゃんの……弟さん!? け、けど……アルフォンスさんは、ずっと昔に亡くなったって……」
その衝撃的な挨拶に、ワンテンポ遅れてリアクションを取るウィンリィ。
ずっと昔に亡くなったという、エドワードの実の弟であるアルフォンス・エルリック。それがどうしてここに、それもそのような鎧姿でいるのだろうと、ますます疑問が深まっていく。
「ははは……まあ、当然の反応だよね……」
「そうだな……それが当たり前の反応だよ……」
そんなウィンリィの当然のリアクションに、エドワードもアルフォンスも楽しそうにうんうんと頷く。
すると何を思ってか。エドワードは真剣な面持ちになって、ウィンリィにとある提案をしてくる。
「そうだな……せっかくだし、ウィンリィも俺たちの話を聞いていってくれないか?」
「え……?」
突然の提案に目を丸くするウィンリィだったが、エドワードも伊達や酔狂でこんなことを言っているわけではない。
至って真剣な様子で、玄孫である彼女に己の願いを口にしていく。
「ウィンリィに知っておいて欲しいんだ……俺たちがどんな道を歩んで……ここまで辿り着いたのかを……」
「!! う、うん……分かったよ、お爺ちゃん……」
高祖父の、まるで『遺言』を思わせるような発言に何かを感じ取ったのか。ウィンリィは病室に留まり、兄弟の話に耳を傾けていく。
そこから、エドワードとアルフォンスは自分たちのことを話し始めた。
エドワードが子供たちや孫らに聞かせるような、いつもの『錬金術師の愉快な冒険譚』ではない。エドワードとアルフォンスという人間の等身大の物語。
脚色も、誇張もない。あるがままの事実、その全てを語っていく。
兄弟の話にウィンリィはときには笑顔を、ときには驚きを、ときには感動を。そして——ときには涙を流しながらも、それを全て真実として聞き入れていく。
たとえどれだけ信じ難い話であろうとも、ウィンリィには彼らを疑うという考えすら浮かばなかった。
彼らは時間を忘れて語り合った。
病院の面会時間などとっくに過ぎていたが、余命少ないエドワードに気を遣ったのか、病院関係者は何も言ってこない。
誰にも邪魔されることなく、時間が許す限り三人で一晩中語り明かしたのだ。
「あっ……」
だが唐突に、終わりのときは訪れる。
「ごめん、兄さん……ボクは……ここまでみたいだ……」
「あ、アルフォンスさん!?」
アルフォンスを襲った異変。魂の定着とやらが不完全だったのか、鎧の身体がガタガタと震える。その意識が消えかけていることを本能的に感じ取り、アルフォンスは申し訳なさそうに兄に謝る。
「……大丈夫だよ、アル」
しかし、エドワードに弟が消えてしまうという悲壮感はなかった。
「ありがとな、俺のために……もう一度会えて……本当に嬉しかったよ」
本来であれば、ずっと昔に別れを済ませた間柄だ。こうして、もう一度会えて話が出来ただけでも奇跡のようなものなのだと。
そんな奇跡をくれたアルフォンスの覚悟に、エドワードは最大限の感謝を伝える。
「ボクも……兄さんと話せて……嬉しかった……よ————」
アルフォンスも、最後まで寄り添うことは出来なかったが兄と話せて良かったと。
どこか満ち足りたような声音で——その魂があるべき場所へと還っていく。
アルフォンス・エルリックの魂が消え去り、鎧は物言わぬ鉄塊と化した。
病室に静かに佇むその鎧を寂しそうに見つめながらも、エドワードは口元に穏やかな笑みを浮かべている。
「ウィンリィ……」
「なに……エドお爺ちゃん……?」
二人っきりになった病室で、エドワードがウィンリィの名を静かに呼んだ。
「俺も……ちょっと話し過ぎて疲れたよ……少し、休んでもいいかな?」
このまま眠りたいということだろう。既に夜も明け、朝日が昇り始めている。当然といえば当然のお願いだが、何故かその頼みを聞くウィンリィの表情は寂しそうだった。
「……うん、ゆっくり休んで……お爺ちゃん……」
それでも、高祖父がゆっくり眠れるようにと口を閉じる。しかし病室から退出することはなく、エドワードが眠りに落ちるのをしっかりと見届けていく。
「——ありがとな……ウィンリィ。最後まで……側にいてくれて…………」
玄孫であるウィンリィの名を呟きながら、エドワードはそのまま眠りについた。
ウィンリィも、眠るエドワードを静かに見つめていく。
「——お休み……お爺ちゃん。ゆっくり……休んでね……」
こうして——エドワード・エルリックは深い穏やかな眠りの中へと。
その眠りから、二度と目覚めることもなかった。
エドワード・エルリック——死去。
御歳百十五歳。
ギネス記録にも乗るような高齢である彼の死はニュースでも報道され、それなりに世間を騒がせた。だが本当の意味で彼の死に心を痛めているのは、彼の親類縁者くらいか。
彼の葬儀は身内だけでおごそかに行われ、その葬式の場で多くの親族が涙を流したという。
「…………」
エドワードの葬式に、勿論ウィンリィも出席していた。
涙が枯れ果てるまで泣き疲れた彼女は、その目を真っ赤に泣き腫らしながらも、気持ちの上ではエドワードの死を受け入れていた。
今はちょうど火葬場でエドワードの遺体が火葬されているところだ。煙突から煙が空へと昇っていく光景を、一人静かに見送っていく。
「ウィンリィさん」
「あっ……鬼太郎さん……」
そんな中、彼女に声を掛けるものがいた。
今回の依頼でエドワードと多少なりとも縁を結んだ、ゲゲゲの鬼太郎である。彼もエドワードの死を悼んでくれていることが、その表情からも察せられる。
「お爺ちゃんから話は聞きました。鬼太郎さんのおかげで、弟のアルフォンスさんとも再会出来たって……」
ウィンリィは今回の依頼の概要も、エドワードから聞かされていた。
今回の依頼を通じて、エドワードは弟と奇跡の再会を果たすことが出来たと。それが彼にとってどれだけ救いになったことか。
穏やかに眠るあの表情を見ればこそ、それが分かるというものだ。
「本当に……色々とありがとうございました……」
だから彼にもお礼をと、ウィンリィは深々と頭を下げていく。
「これは……ボクの独り言なんですが……」
「……?」
だかウィンリィからの礼もそこそこに、鬼太郎は妙な前置きを挟みつつ、彼女へと語り掛けていく。ウィンリィは彼の言葉に返事をせず、その独り言とやらに耳を傾けた。
「人は死ねば……地獄に落ちます。そこで生前の罪を閻魔大王を率いる、十王によって裁判にかけられるんです」
「——っ!!」
鬼太郎が語ったのは死後——『人間の魂』がどうなるかという話だった。
ウィンリィは、エドワードが亡くなった後のことをずっと憂いていた。『咎人である自分は死ねば地獄に落ちる』と、エドワード自身が生前から呟いていたことだ。
今まさに死んだばかりのエドワードの魂がどうなったか、それを鬼太郎は伝えようとしている。
「ただ……変な話なんですが……」
「……?」
ところが、そこで鬼太郎が言いにくそうに言葉を詰まらせ、ウィンリィも何だろうと首を傾げる。
「閻魔大王本人に確認してもらったんですが……エドワード・エルリックという人間の魂は……日本地獄の何処にも、流れ着いていないそうなんです」
「え……?」
閻魔大王本人というところにも驚いたが、それ以上にエドワードの魂がどこにも『ない』という話に耳を疑う。
「念のため、西洋地獄にも確認を取ってもらいましたが……エドワードさんどころか、アルフォンス・エルリックという人の魂も、地獄に送られた記録がないそうなんです」
一応、西洋地獄にも伝手のある鬼太郎はわざわざ頼み込んで調べてもらった。
ところがエドワードも、アルフォンスという人間の魂も。何処の地獄にも、彼らが流されて罰せられたという記録がないのだという。
「彼ら兄弟の魂は……いったい、何処に流れてしまったんでしょうか?」
鬼太郎も本気で分からないと首を傾げている。彼に分からないものを、ウィンリィが知る由もないだろうが。
「もしかしたら……還るべき場所に、還ったのかもしれません……」
だが、彼女はその話に一つの結論へと辿り着く。
エドワードから最後の夜に聞かされた話。彼らが本来いるべきだった——『向こう側』の世界。
もう二度と、戻ることはないだろうと兄弟は諦めていたらしいが。
もしかしたらと——ウィンリィはその魂の行き着く先を想像し、願うように手を合わせる。
たとえ行き着く先がどこであれ、彼らの魂に安らぎがありますようにと——。
『…………ここは、何処だ?』
夢か幻か。
エドワード・エルリックの意識は真っ白い世界の中にあった。
見渡す限りの白一色。そこに若い頃の——激動の時代を駆け抜けた少年時代の姿で、エドワード・エルリックは一人ポツンと立っていたのだ。
『俺は死んだ筈じゃ……それに、右腕と左足が……』
今のエドワードには、自分が確かに死んだという自覚があった。それなのに意識があるという矛盾。
さらに自身の身体に目を向ければ——そこには鋼の義手義足ではない、自分自身の生身の肉体がちゃんとついていたのである。
五体満足、完全に肉体を取り戻している自分という存在にはっきりと違和感を覚える。
『こいつは、いったい……!?』
そういった不可思議な現象に混乱しつつも、ふと何かの気配を感じて後ろを振り返る。
すると、そこには見覚えのあるもの。エドワードにとっては因縁深い——『門』が立ちはだかっていたのである。
これこそ、『向こう側』と『こちら側』を繋ぐ『門』。
理屈は不明だが、この『門』を通り抜けることで、人は理の違う二つの世界を行き来することが出来るのだ。
『は……ははは……なるほどね……』
しかし、そんな門を前にエドワードは冷静に乾いた笑みを浮かべる。
『これが、俺に与えられた地獄か……』
エドワードは知っている、その門の内部に巣くうものを。
きっと自分は、この門の中に引きずり込まれ——あの『黒い赤子』たちに弄ばれるのだろうと、己の末路を理解する。
この門の向こう側にこそ、自分の帰るべき故郷があることは分かっているが、何の前準備もなしにそこを通り抜けられるわけもないのだ。
『当然の結末さ……別に……後悔なんてない』
自分を咎人と称するエドワードは、その結末を素直に受け入れようとする。それこそが自分には似合いの地獄だと。何の抵抗もせず、門の前で立ち尽くす。
やがて、覚悟を決めたエドワードの眼前で門が開かれた。
エドワードの予想が正しければ、子供の笑い声と共に無数の黒い手が伸び、彼の身は無残にも門の中に引きずり込まれる——筈であった。
『——兄さん』
『——エド』
『——!!』
だが彼の予想とは裏腹に、そこは光に溢れていた。
優しく、穏やかに彼の名を呼ぶものたちの声が聞こえてくる。
『まさか……そんな……』
その声の主、自分に向かって手を伸ばしてくる『愛すべきものたち』の姿にエドは信じられないと首を振る。
しかし、エドワードがどれだけ否定しようとも。
二人の少年少女。アルフォンス・エルリックとウィンリィ・ロックベルの二人が、優しく微笑みながらエドワードに手を伸ばしていたのだ。
しかも二人とも生身の姿。
もっとも輝いていたであろう幼少期の姿で、エドワードに微笑みかけていた。
『兄さん、お帰り……』
『エド、お疲れ様……』
二人はここまでの旅路を終えたエドワードに労いの言葉を掛ける。誰よりもエドワードの苦労を知るからこそ、その言葉は温もりに満ちていた。
『……アル!! ……ウィンリィ!!』
気が付けばエドワードも幼少期の姿へと変わり、涙ぐんでいた。
夢でも幻でも構わない。
エドワードは二人の手を取り、彼らと共に光の中へ。
『——ああ、ただいま……!!』
こうして、エドワード・エルリックは長い旅路を終え、愛しい人たちの元へ。
その魂が還るべき場所への帰還を果たしたのである。
人物紹介
ゴーレム
錬金術関係の怪物、其の③。泥人形。
鋼の錬金術師のゲーム作品『赤きエリクシルの悪魔』に登場した敵キャラ。
人間に擬態することもでき、今作における錬金術師の弟子たちは全員、このゴーレムに置き換わっていました。
ゲーム版だと色んなタイプのゴーレムが出てきましたが、本作では基本の人型をモブ敵として採用しています。
真・ホムンクルス
本作におけるホムンクルスの最終形態。
見た目は原作版に登場するお父様。その第三形態?辺りの姿(メタボ)。
原作だとその身体は『賢者の石の集合体』でしたが、今作では『紅い石を核としたゴーレムの肉体』と見た目こそ同じですが、その成り立ちがまるで別物になっています。
鎧の錬金術師 アルフォンス・エルリック
まさか……鎧に魂を定着させていた錬金術師がアルフォンスだったなんて!
……まあ、読者の皆様にはバレバレでしたでしょうが。
やっぱり、アルフォンスといったら鎧だよね!! などと、ファンサービス的な観点から登場させていただきました。
ウィンリィ・ロックベル
一応、最後の最後に出てきたので紹介。
ちなみに一期のアニメ版だと、アルフォンスはウィンリィのことを恋愛対象として好きだったという設定があった気がします。
次回予告
「雷の日に生まれた獣。
誰にも必要とされず、誰も必要としない独りぼっちな怪物。
父さん……本当に、彼は倒すしかない存在なのでしょうか? それとも……。
次回――ゲゲゲの鬼太郎『雷獣の孤独』見えない世界の扉が開く」
次回のクロスオーバー先は……現時点では秘密です。
ですが仮タイトルの方で、登場するゲスト妖怪を紹介させてもらいました。
一応、次回のクロス先は『とあるアニメ映画作品』が原作。
どのようなお話になるか、どうかお楽しみに!!