まだ始まったばかりで具体的なことは何とも言えませんが、スタートダッシュはいい感じだったのではないでしょうか? 毎日のログインを欠かさずに、それとなく楽しんでいきたいと思います。
『FFⅦリバース』も発売日が決まったみたいですし。
そろそろPS5を手に入れるために動くべきでしょうか……。
だいぶ時間が掛かってしまいましたが、『おおかみこどもの雨と雪』今話で完結であります。
前回の其の②を投稿してからの感想が少なく、なんかちょっと不安になってしまいますが……とりあえず、書きたいことはちゃんと書けたかと。
ゲスト妖怪である雷獣も、今作における主役の一人ですので。彼の結末なども、しっかりと見届けてもらえればと……。
「——う……ここは…………はっ!?」
ニホンオオカミの血を受け継いだ少年・おおかみこどもの雨は、目覚めると同時に身体を起こそうとする。
自分がいつどこで気を失っていたのか記憶が曖昧だが、気絶している間に外敵にでも囲まれたら命が危ういと。野生で生きる獣としての防衛本能から、すぐに周囲の状況を把握しようとした。
「——大丈夫よ、雨。そんなに警戒しなくても……」
「——!!」
だが、そんな雨に心配しないでと優しく声を掛けるものがいる。雨が目覚めるまで、ずっと傍に寄り添って看病をしていた彼の母親——花である。
「母さん……」
「久しぶりね、雨……」
母親との久方ぶりの再会に、雨はおおかみの姿のまま彼女と対峙する。
おおかみと人間の血を引く雨は、その気になれば姉である雪のように人間の姿になることも出来る筈だ。しかし、野生の世界でおおかみとして生きる決意を固めているためか、その姿をずっとおおかみのまま維持している。
「どうして、母さんがボクを? ここは……?」
一応、おおかみのままでも人間の言葉を話すことが出来るようだ。雨はどうして花が自分の側にいてくれているのか疑問を口にし、ふと周囲に目を向けた。
「ここは……」
「ええ……家の中よ。あなたがずっと暮らしてきた……あの家の中……」
雨が目を覚ましたのは、雨が家族と一緒に何年と過ごしてきた実家——山の近くにポツンと立つあの一軒家であった。
そこの大広間に敷かれた布団の上に寝かされ、雨は手当てを受けていたのだ。
「覚えてない? 家の庭先であなたは倒れたのよ」
「そうか。ボクは……戻って来てしまっていたのか……」
花は雨が自らの意思でこの家までやって来て、そのまま庭で倒れてしまったことを話す。その話に雨は少し驚きながらも、どこか納得したように頷く。
雨がおおかみとして生きると決意した日からおよそ二年ほど。偶にこの家を視界に入れることはあっても、母親に会おうとはしなかった。
だが、どうしようもない怪我——雷獣との戦いで負った傷だらけの身体を休めようと、知らず知らずのうちにこの家まで来てしまったらしい。
帰巣本能というやつだ。この家を『安心して休める場所』と認識しているからこその行動だろう。
未だに母親との、家族との繋がりが自分の中にあるということだ。それが嬉しく思うべきか、野生で生きるものとしてその甘えを恥じるべきか。
雨の心境としては、かなり複雑なものである。
「雨……目、覚ましたんだ……」
「雪……」
さらに、自分が起きたところに雪までもが顔を出す。
母親と違って碌に別れの挨拶すら交わさなかった実の姉を前に、雨も雪も何を言えばいいのかと互いに気まずそうだ。
「——花さん、息子さんの様子は……」
「——おおっ! 無事に目を覚ましたようじゃな!!」
だが瞬間、家族以外の人物が姿を現したところで雨の中の警戒心が一気に跳ね上がる。
「グルゥウウウ……!」
無知らぬ人物を相手に、雨は敵意をむき出しに唸り声を上げる。
「大丈夫よ、雨!! この人たちは敵じゃない……あなたの敵じゃないの!」
そうやって殺気立つ雨に寄り添いながら、彼を必死に宥める花。彼らは敵ではないと——ゲゲゲの鬼太郎たちに害意はないことを伝えていく。
「グウゥ……」
それでも、雨は中々警戒心を解かない。おおかみとは元来、臆病な生き物ともいう。初対面の相手を無警戒に信じろという方が無茶な注文だろう。
すると警戒心が剝き出しな雨に、目玉おやじがそれとなく話を振る。
「雨くん。キミはこの辺り一帯の山を取り仕切っていた狐の妖怪……野狐の弟子と聞いたが、それは確かかな?」
「!! 先生のことを……知っているのか!?」
目玉おやじの口から出たその名前に、雨が驚きのあまり僅かに敵意を引っ込めた。
野狐——おおかみである雨に、野生動物としての心得を教えてくれた先生である。
一見すると普通の狐のようにも見えるが、一応は妖怪だという。しかしその野狐も、雷獣との戦いでその肉体が滅び、今は魂だけの存在となってこの現世を漂っている筈だ。
「山に住む妖怪たちが、わしらに助けを求めて来たんじゃよ。あの雷獣をなんとかして欲しいとのう……」
「そうか……彼らが……」
どうやら、鬼太郎と目玉おやじは野狐を慕っていた山の妖怪たちから救援を受け、わざわざこの地へ駆け付けてきてくれたようだ。
その経緯を聞いたことで、雨の鬼太郎たちに対する警戒心が徐々にだが解けていく。
「そうだ……雷獣! 奴を……止めないと!」
しかし、そこで雷獣の存在を思い出し、雨は傷だけの身体を無理にでも動かそうとする。
「雨!? 駄目よ、まだ動いちゃ!!」
「雨!? アンタ、何をやって……!」
無謀にも立ち上がろうとする雨を、花や雪が制止しようとした。
一通りの手当ては終わっているが、傷が治癒したわけではないのだ。まだ安静にしていなければならない容体、家族として雨の身を気遣うのは当然のことだろう。
「雷獣は……ボクが止める!! 母さんは雪を連れて避難しててくれ!!」
だが家族の心配をよそに、雨は雷獣の元へ向かおうとよろよろと瀕死の身体を引きずり歩き出す。万が一に備え、家族である花たちにはここから避難してくれとまで告げてくる。
「よすんじゃ、雨くん!! 今のキミに……雷獣を止めることなど出来んぞ!」
「ああ……ここはボクたちに任せてくれないか?」
そんな雨を見るに見かね、目玉おやじや鬼太郎が彼を止めようと声を掛ける。
それは雨の怪我を気遣ってのことだが、それ以前に実力的な意味でも『雨では雷獣には敵わない』だろうという判断があった。
鬼太郎も一度戦ってみたからこそ分かるが、雷獣は妖怪の中でも相当に凶暴で強力だ。
特にその身体を常に帯電している、あの電気が厄介だ。並の妖怪ではまともに近づくことも出来ず、あの電撃にやられてしまうだろう。
見たところ、雨の怪我も雷獣の電撃によるもの。このまま再び挑んでも、先の戦いの二の舞にしかならない。
「それでも……行かなくちゃ!! ここでボクが逃げたら……誰もボクを認めなくなる!!」
「!!」
しかし、雨には引けない——引くわけにはいかない明確な理由があった。
雨はこの辺り一帯の山々の秩序を保っていた妖怪・野狐の直弟子であり、彼から後継者と名指しされた存在だ。しかし、野狐が後継に選んだからといって、他の妖怪や動物たちが無条件で雨を認めるわけではない。
それは山の妖怪たちが雨ではなく、わざわざ遠方にいるゲゲゲの鬼太郎に助けを求めたところからも分かるだろう。
野狐が倒されてまだ時間が経っていないというのもあるが、未だに雨は山の住人たちから『野狐の後継者』だと認識されていないのだ。
「先生に託されたものを守るためにも……ボクがやらないといけないんだ……!」
だからこそ、尚更逃げるわけにはいかない。
山に住まうものたち全てに、自分の存在を認めさせるためにも——雷獣との戦いで、次代の山の主としての威を示さなければならないのだと。
「っ……!」
次の瞬間にも、覚悟を決めた顔つきで雨は駆け出していく。
「雨!? 待って! 行かないで!!」
花の制止も虚しく、雨は傷だらけの身体に鞭を打って走り出した。家を飛び出し、負傷しているとは思えないほどの速度で、あっという間にその姿が夜の山中へと消えてしまう。
その後をすぐにでも追いかけたい花だったが、人間の花に夜の山は危険すぎる。
「お母さん、私が行く!! 私が雨を……連れ戻してくる!!」
するとそんな雨の後を追うべく、雪がその姿をおおかみへと変える。
人間として生きると誓った雪ではあったが、今は緊急時だ。無茶をする弟を止めようと、彼女までもが山の中へと走り出してしまう。
「雪!? 待って……二人とも待ちなさいっ!!」
「いかん! 落ち着くんじゃ、花さん!!」
我が子が山中へと消えていく光景を前に、いても立ってもいられなくなったのか。花は自身の危険も顧みずに二人を追いかけようとする。
しかし、それは危ないと目玉おやじが止めに入る。少なくとも、人間である花を一人で夜の山に入れるわけには行かない。
「——お~い! 鬼太郎しゃん!!」
と、ここで夜の闇を切り裂くよう、白い布切れが山の上からヒラヒラと飛来してきた。
「一反木綿! 雷獣の住処が分かったのか?」
その布切れ——もとい、一反木綿に鬼太郎が声を掛ける。
今回の件、一反木綿は鬼太郎と共にこの地へとやって来ていた。そして先の遭遇戦のすぐ後、鬼太郎は一反木綿に雷獣の後を追うように頼んでいたのだ。
雷獣と戦うにせよ、話し合うにせよ。まずは相手の居所を突き止めなければならなかった。
「ばっちしばい!! 雷獣のやつ、山の頂上に陣取ってそこを寝床にしとるね! あそこなら周囲の被害は考えなくてもよかとよ~!」
そうして、一反木綿が突き止めた雷獣の寝床は——山の頂上。
周囲には生き物どころか、木々すらもほとんど生えていない荒れ果てた場所とのことだ。
そこは、本来であれば『雷岩』が鎮座している場所であった。朱の盆によって破壊された雷岩は粉々に砕け散ってしまってもうないが、それでも雷獣はそこを寝床として選んだ。
封印から解かれた今でも、そこを安息の地と認識しているのか。腹を満たす度にその地へと戻り、空腹が訪れるまではそこで眠り続けている。
「分かった……父さん!」
「うむ……」
雷獣の居場所が判明したところで、鬼太郎と目玉おやじが互いに頷き合う。
果たして、ここからどう動くべきかと。
「…………」
雨や雪——そして二人の母親である花のことを考え、慎重に思案を巡らせていく。
×
「雨!! 待ちなさいって……!!」
「ついて来るな、雪!! 母さんのところに戻ってるんだ!!」
月明かりくらいしか頼るもののない森の中においても、二人のおおかみこどもは互いの位置を把握していた。
山中を疾走する雨の後をピッタリと追いかける雪。本来であれば常に野生の中で生き続けた雨に、人間社会で暮らしてきた雪が追い縋るなど、経験的にも体力的にも困難なことだったろう。
だが、今の雨は雷獣に負わされた怪我で満身創痍だ。寧ろ、そんな状態で動ける雨の精神力を称えるべきか。それでも限界はあり、雨はいつまでも雪を引き離せないでいる。
「これはボクがやらないといけないことなんだ!! 雪には……関係ないことだから……」
その状況に業を煮やしたのか。雨は足を止め、面と向かって雪に帰るようにと伝える。
これはこの山の新たな主となる、雨が一人でやらなければならない『通過儀礼』のようなものだ。人間社会で生きていける雪には関わり合いのないことだと、雨は実の姉を追い返そうとする。
「アンタね……!! そうやって……何でもかんでもすぐに一人で抱え込んで!!」
しかし、そんな雨の言い分に雪は感情を爆発させた。
「あのときもそう!! 私に挨拶もなしに勝手にいなくなって……私がどんな気持ちだったか、アンタに分かるの!?」
「ゆ、雪……? こんなときに何を……!?」
雪の怒りように雨は目を丸くしていたが、それは彼女がずっと弟に対して溜め込んできた不満である。
雨はとある嵐の日、山の様子を見に行き——そのまま二度と『人間』に戻ることなく、『おおかみ』として生きることを選んだ。
母親とは別れの挨拶を済ませたようで、花は息子の独り立ちにどこか清々しい顔をしていた。だが雪はその日は学校にいたため、雨と碌に言葉を交わすことなく、生き方を分つこととなってしまったのだ。
雪は人間として、雨はおおかみとして。
「おおかみとして生きる……それはアンタが決めたことよ! 私だって文句はないわ!」
雪は、雨がおおかみとしての生を選んだことに怒っているわけではない。雨が自分の意思でその道を決めたのなら、雪にその生き方を咎める資格はない。
「アンタがどうしても行かなきゃならないっていうなら……私ももう止めない」
きっとおおかみでいるためにも、雨にとって雷獣と戦うことは、譲ることの出来ないことなのだ。
妖怪や動物たちに自身の威を示さなければ立つ背がない。ここで逃げたら後を託してくれた先生とやらに顔向けできない。
そういった様々な責任感やしがらみを、今の雨は背負っているのだろう。
「けど、そんな状態のアンタを……一人っきりに出来るわけないじゃない!!」
だが今の雨は万全な状態ではない。それでいて相手は自分たちよりも大きく、強い生き物だ。あんな怪物を相手に雨が一人で立ち向かうなど無謀もいいところである。
「私も行くわ! あの雷獣とかいう怪物に困ってんのは……アンタたちだけじゃないんだから!」
それに、あの雷獣には妖怪や動物たちだけではなく、人間社会も被害を受けているのだ。
あれを放置して置けないと考えるのは雪も一緒である。ならば一人ではなく二人で。元より、おおかみとは群れで狩りをする生き物なのだから。
「……分かってるのか? 本当に危険なんだぞ……?」
雨は雪の真剣な表情を見て、彼女に引く気がないことを悟る。
伊達に十年もの間、共に暮らして来ただけのことはある。互いの気持ちや思いを察せられるのは、やはり姉弟と言ったところか。
「馬鹿にしないでよね! これでも、子供の頃はアンタよりずっとおおかみらしく生きてきたんだから!!」
雨の覚悟を問う言葉に対し、雪は不敵な笑みを浮かべる。
今ではすっかり人間の女の子をやっている雪だが、幼少期の頃はずっとおおかみとして野を駆け回っていた彼女だ。
たとえ成長しようと、おおかみとしての在り方、感覚まで忘れたわけではない。
「…………分かったよ。行こう、一緒に……」
雪の力強い言葉に説得は無理だと判断したのだろう。雨は雪の同行を認め、共に夜の山中を駆け抜ける。
山の頂上に潜んでいるであろう、雷獣の元まで二人揃って走り出していく。
『…………』
雷岩のあった跡地で、妖怪・雷獣は静かに眠りに付いていた。
電気をたらふく食い溜めたことで平静を得ることが出来た彼は、今だけは空腹に悩まされることなく穏やかな眠りの中にいられる。
眠っている間もその身体は帯電し続けており、そんな雷獣の存在に怯え、山に住まう他の妖怪や動物たちは誰も近寄って来ない。
誰にも安眠を邪魔されることなく——雷獣は夢を見ていた。
『——雷獣、お前は孤独だ』
それは昔、この地であった実際の出来事——彼自身の記憶であった。
夢の中、雷獣に語り掛けていたのは一人のお坊さん。雷獣を雷岩に封じ込めた徳の高い僧であった。
どうしてかは分からないが、雷獣は夢の中で僧の言葉を思い返している。
『——お前はそこにいるだけで周囲に危害を及ぼす怪物だ。人間も妖怪も、お前を化け物として排除するしかないだろう』
『——グウゥウウ……』
突き放すような僧の言葉に、夢の中の雷獣は反感を抱くように唸り声を上げるが、既に抵抗するだけの気力はない。
封印される直前の雷獣に対し、尚も僧侶は言葉を投げ掛けていく。
『——眠れ、雷獣よ。この雷岩で眠り続けることだけが、お前にとって唯一の救いだ』
僧の冷酷な響きを多分に含んだ言葉だが、そこには孤独に生きるしかない怪物に対する憐れみのような感情も含まれていた。
『…………』
実際、その僧の言う通りだったと。夢から覚めた雷獣は周囲を見渡す。
雷獣の電撃は元から荒地だった周囲一帯を、さらに不毛な土地へと変えてしまう。草木が一本もない風景。そんな地にまともに生物など寄り付く筈もなく。
おかげで誰にも安眠を邪魔されることはないが、それと同時に誰からも雷獣は必要とされない。
今この瞬間——雷獣は確かに誰よりも『孤独』を感じていた。
『……ん?』
ところが、そんな雷獣の孤独な世界に無粋な乱入者が姿を現す。
「——雷獣!!」
『…………なんだ、またキミか……』
雷獣に向かって吠え猛る一匹のニホンオオカミ——雨だ。
人も妖も。誰も彼もが雷獣を前に逃げ出す中、雨だけは何度も何度も逃げずに雷獣へと立ち向かっている。
そんな雨の敵意を、雷獣はうざったく感じてはいたが——少なくとも、何度も懲りずに立ち向かってくる相手に雷獣の中の『孤独感』が拭い去られていく。
たとえ敵意だろうと、他者と関われることが今の雷獣には新鮮なものに感じられた。
「雨!! 一人で突っ走るなって言ったばかりでしょう!?」
『…………誰だ、キミは?』
だが今回は雨だけではない。彼の隣には同じニホンオオカミである——雪の存在があった。
雷獣は初めて認識するもう一匹のおおかみと、雨が二人で並んでいる光景を前に——苛立ったようにため息を溢す。
『ふぅ……そうか、キミにも仲間がいたんだね……ボクと違って……!』
雷獣は雨というおおかみに、同種族の仲間がいることに少なからずショックを受けているようだった。
ずっと一匹だけで立ち向かってくる雨に対し、もしかしたら自分と同じような孤独を抱えているのではと、どこか期待のようなものを抱いていたのかもしれない。
しかし雨にも仲間が、家族がいた。やはり孤独なのは自分だけかと、改めて自身が『独りぼっちの生物』であることを思い知らされる。
『全く羨ましい……妬ましいよ!!』
その気持ちが嫉妬、憤怒となり雷獣の身体から放たれる電撃がより激しさを増していく。
理不尽だが、雷獣は二匹のニホンオオカミへと自らの孤独を怒りへと変えてぶつけていく。
×
「!! 避けろ、雪っ!!」
「……っ!?」
雷獣との戦いにおいて、雨や雪に出来ることは——『ただひたすら攻撃を回避する』ことしかない。
ニホンオオカミの血を引く二人は、幼少期の頃から他の動物に負けないほどの潜在能力を秘めていた。彼らがその気になれば猿や猪、あるいは熊といった猛獣すらも簡単に追い払うことが出来ただろう。
ただ母親の花から——『動物たち相手に偉そうにしないで』とお願いされていたため、二人がむやみやたらと山の動物たち相手に喧嘩をふっかけるようなことはなかったが。
しかし、今目の前にいる相手は動物ではなく妖怪。それもかなり強力な個体——雷獣だ。
その図体だけでも熊を越え、さらにはその身体を纏う電撃がいかなるものの接近をも拒む。
雨や雪が爪や牙をどれだけ研ぎ澄ませようと、それらを雷獣の身に突き立てることすらままならないのが現実だ。
もっとも、それは雷獣に挑むと決めたときから分かっていたことである。
故に今はチャンスを窺うしかないと。電撃を避けることに専念し、二人はなんとか反撃の機会を試みていた。
『——クァアアアア!!』
しかし今宵の雷獣は、雨や雪を怒りのまま『外敵』として排除するためか。それまでの受け身な対応とは異なり、その能力をフルに活用して攻勢に出てくる。
けたたましい唸り声と共に落雷が豪雨のように降り注ぎ、それを避けるために雨と雪が必死の形相で走り続ける。
「くっ……これは!? これが……雷獣の本気!?」
これまで何度も雷獣と対峙してきた雨にとっても初めての猛攻。足を止めればその瞬間にも雷の直撃を受けてしまうと、なんとか紙一重で電撃を躱し続ける。
『——遅い……遅いよ!!』
だがそんな雨と雪の必死さを嘲笑うように、次の瞬間——雷獣は稲妻の如き速度で体当たりを仕掛けてくる。
まさに電光石火。おおかみたちの俊敏さを持ってしても、その一撃を完全に回避し切ることは困難だ。
「ぐわっ!?」
「きゃっ!? この……っ!」
雨と雪に出来たのは、なんとか身体を捻って直撃を免れることだった。だが直撃を避けても衝撃の余波が、二人のおおかみこどもを容赦なく吹き飛ばしていく。
弾かれた二人の身体が地面に激しく打ち付けられる。それでも、雪はすぐにでも起き上がり態勢を整えることが出来ていたが。
「うぅ……くっ……」
「雨っ!? しっかり……早く立ち上がって!!」
元より負傷していた雨の肉体がそこで悲鳴を上げる。既に彼の身体は限界寸前だったようで、咄嗟に身体を起こすことが出来ないでいる。
『グゥウウ……ガァッ!!』
そうして、倒れた雨に向かって雷獣がトドメを刺そうとにじり寄ってくる。このままでは雨がと、雪は肝を冷やす——。
「——こっちだ雷獣!!」
そのときだ。暗闇の中に雷鳴が迸る。
『——ッ!?』
「……!?」
通常の落雷ではあり得ない——『地面から上空に向かって雷が立ち昇る』という光景に皆の視線がそちらへと集中する。
視線の先——そこに一人の少年、ゲゲゲの鬼太郎が立っていた。
「——体内電気」
鬼太郎は全身から電撃——『体内電気』を放出していた。
それで電気を糧とする雷獣を『釣ろう』という狙いだろう、鬼太郎はさらに激しく身体中から電撃を絞り出していく。
『——……!! ああ、アアアアアア!!』
目論見通り、雷獣は二人のおおかみこどもからその意識を鬼太郎へと切り替えていく。
電気という貴重な食糧を前に、満ち足りていた満腹感が徐々に空腹感へと転じてしまったのだろうか。飢えた獣の如き勢いで、脇目も降らずに鬼太郎へと襲い掛かる。
「よし! いいぞ、鬼太郎! そのまま奴を引きつけるんじゃ!!」
「はい、父さん!! 霊毛ちゃんちゃんこ!!」
その作戦を閃いた目玉おやじが狙い通りだと、鬼太郎に雷獣の動きを誘導するように指示していく。
鬼太郎も狙い通り雷獣を引き付けられたことで、とりあえず一旦体内電気を解除。霊毛ちゃんちゃんこを腕に巻き、雷獣から放たれる電撃を弾き殴りながら戦闘を続けていく。
「——雨!! 雪!!」
「——お、お母さん!? どうして、こんなところにまで……」
その間、負傷した雨や雪に二人の母親——花が駆け寄っていく。雪はどうして彼女がこんな危険なところまで来たのかと驚いたように目を剥いた。
「どうしたもこうしたもあるかいな!! お前さんらを心配して……ここまで来たに決まっとうとね!!」
すると、驚く雪に何故か一反木綿が怒ったように答える。
「こんな美人なママさんをこないに心配させて……反省せないかんばいよ!!」
鬼太郎と一緒に花をここまで送り届けて来たのは彼だ。綺麗な女性である花に鼻の下を伸ばしながらも、子どもたちの無謀を母親の代わりに叱っていく。
それは一反木綿が——『花がここに来るため、どれだけ必死に鬼太郎に頼み込んだか』を知ればこその説教である。
花は雷獣の元に自分たちだけで行こうとしていた鬼太郎たちに、もの凄い形相で迫り願い出てたのだ。
『——私も連れて行ってください!! お願いします!!』
勿論、鬼太郎たちも危険だからと花の同行を断ったのだが、それでも彼女は引き下がらなかった。
母親として、子供たちだけに危険を押し付けるわけにはいかないと。
最終的には、そんな親としての覚悟に目玉おやじが同意したため、花はここまで来ることが出来た。
すぐそこで雷獣が暴れ狂っている状況は、ただの人間である花にとって恐怖以外のなにものでもないだろう。
「大丈夫よ、雨……」
だがそんな雷獣への怯えなどおくびにも出さず、花は倒れている雨に寄り添っていく。持参して来た救急箱を取り出し、彼の傷ついた身体を慎重に手当てしていく。
「大丈夫……大丈夫だからね……」
「あっ……」
その際、花は雨の背中を優しく撫でた。
その手触りに、呟かれるその言葉に雨の脳裏に幼少期の想い出が蘇る。
『だいじょぶして……』
『だいじょうぶ、だいじょうぶ……』
それは雨がまだ幼児だった頃、よく母親に言ってもらっていた『おまじない』の言葉である。
臆病で甘えん坊だった雨は、不安になるたびに母親から『大丈夫』と言ってもらい、背中を撫でてもらわないとすぐに泣き出してしまう、泣き虫な男の子だった。
独り立ちしたことで、もう母親に甘えることなど二度とないと思っていたが——不覚にもこの瞬間、雨は母の温もりからあの頃のような安らぎを感じてしまっている。
「…………」
どれだけ成長しようとも、おおかみとして生きようと。やはり花は母親で、自分は彼女の子供なのだと雨はじんわりと実感する。
「……ありがとう、母さん。おかげで……元気が出て来たよ」
しかし、そんな母親の優しさに甘えることなく、雨は立ち上がった。
もう昔のようにはいかない。雨はこの山の主として、威厳ある姿を妖怪や動物たちに見せつけなければならないのだから。
「雨……」
怪我を押して立ち上がる息子を不安げに見つめる花だったが、その立ち姿から彼の決意が伝わって来たのか。
「お願い。必ず……無事に帰ってきて!!」
決して多くは望まず。
ただただ子供たちの無事を祈るばかりであった。
「指鉄砲っ!!」
『ガアアアアアアアアアアアア!!』
雨たちが態勢を整えている間にも、鬼太郎と雷獣の戦いは続いていく。
鬼太郎は雷獣の電撃を避けたり、防いだり、適度に攻撃を加えることで注意を引き付けていく。その巧みな手腕に意識を割かれ、雷獣も絶えず鬼太郎を狙い続ける。
だが流石の鬼太郎も凶暴な雷獣を相手になかなか決定打を与えることが出来ず、雷獣も百戦錬磨の鬼太郎にかなり苦戦を強いられている。
互いに決め手にかける状態のまま戦いが続いていたが——ここで事態が急変する。
『ぐっ!! グガ……ガ、ガガッ……!?』
唐突に、雷獣が苦しそうな呻き声を上げ始める。
それは雷獣の力の源である——『電気』が枯渇し始めてきた兆候だ。雷獣の身体はなにもしなくとも電気を垂れ流し続けるが、戦いで力を消費すればするほど、さらに多くの電気を消耗し続ける。
鬼太郎との激しい戦いの影響だろう。かつてない勢いで電力を消費してしまい、空腹と飢えから苦しみに悶え始める。
『グガ……ガアアアア!!』
普段であれば、ここから電気を求めて人里に向かって山を降りていたところだ。
「よし……今じゃ、鬼太郎!!」
「はい!! もう一度、体内電気で!!」
だが雷獣を逃がすまいと、ここで再び鬼太郎が体内電気を最大出力で放っていく。鬼太郎の全身から迸る稲妻に、ほとんど理性を失いかけている雷獣の意識が集中する。
『ああ……アアアアアア!!』
もはやそれが『誘い』であると考えるだけの余裕もなく、雷獣は本能のままに鬼太郎へと飛び掛かった。
「くっ……よし!」
飛び掛かってくる雷獣を——鬼太郎は正面から迎え討つ。
牙や爪を身体に突き立たせないよう、器用に身体をズラしながらもわざと相手に組み付かせ、雷獣との密着状態を作り出した。
『グガアアアア!!』
その状態から雷獣は大口を開ける。このまま一気に鬼太郎の体内から電気を吸い上げようという試みだろう。
だが——電気を吸い上げて自らの力に出来るのは、何も雷獣だけの専売特許ではない。
「——勝負だ、雷獣!!」
『——っ!?』
そう言い放つや、鬼太郎も雷獣の体内から電気を搾り取ろうと力を振り絞り始めた。
そう、『雷獣が鬼太郎から電気を吸い上げる』ことが出来るよう、『鬼太郎の方からも雷獣の電気を吸い上げる』ことが出来るのだ。
お互いがお互いの身体から電気を吸い上げようとする。
「ぐぐ……!」
『グガアアアア!!』
互いの妖力、精神力のぶつかり合い。
その拮抗状態は暫くの間、火花を散らしたが——それも長くは続かなかった。
『!? ガ……ガアアアアアアアアアア!?』
雷獣が悲鳴を上げる。
雨や雪、そして鬼太郎との戦闘で体力や気力といったものまで消費し過ぎてしまったのだろう。肝心なところで力を振り絞ることが出来ず——主導権を一気に鬼太郎に奪われてしまう。
「はあああああ!!」
『グアアアアアアアアアアアア……あ、ああ………』
一度でも拮抗が崩れれば、その勢いを止めることは出来ず。
雷獣は鬼太郎によって、その体内から力の——命の源といっても過言ではない、電気を根こそぎ奪い取られていった。
×
「はぁはぁ……っ!!」
「だ、大丈夫か……鬼太郎!?」
そうして、雷獣との接戦に勝利した鬼太郎だがその顔には苦悶の表情を浮かべており、目玉おやじが息子に気遣いの言葉を掛ける。
雷獣から電気を吸い上げることに成功した鬼太郎だが、彼自身にその電気を栄養源にするような器官はない。
過剰に体内に留まる電気はすぐにでも放出しなければ、鬼太郎自身の身を傷付けることになりかねないのだが。
「ええ……少し、無茶をし過ぎたかもしれません……ですが……」
だが、せっかく吸収した電気をすぐに放出するわけにもいかない理由があった。
『あ、ああ……お、お腹が……お腹が空いたよ……』
雷獣だ。
その身体から全ての電気を吸い取られて尚、彼は未だにその肉体を保っていた。そんな雷獣に力を戻すまいと、鬼太郎は今暫くの間、吸い上げた電気を己の体内に留めておかなければならなかった。
『はぁはぁ……寒い……お腹が空いて……身体が寒いよ……』
「雷獣、お前……」
体内の電気を失った影響か。雷獣の身体は縮み、濃い紫色をしていた皮膚が色素を薄めたように色を失っていた。それは見るものを同情へと誘うような弱々しい姿だ。
変わり果てた雷獣の姿に、鬼太郎も憐れみの目を向ける。
ここで鬼太郎が体内電気以外の一撃を放てば、それで雷獣を討伐することが出来ただろう。だがそんな弱々しい姿の雷獣にトドメを刺すことを、鬼太郎は躊躇してしまっている。
少なくとも、鬼太郎にこれ以上雷獣と戦うという選択肢はなかった。
「——雷獣!」
だが、そこで雷獣を放置するわけにはいかない『義務』を背負ったものが声を張り上げる。
「雨くん……」
鬼太郎が振り返ると、そこにはおおかみこどもの雨がいた。雷獣に負わされた怪我が痛々しい彼だが、しっかりと自分の手足で大地を踏みしめている。
満身創痍とは思えないほどに堂々とした立ち姿だ。雨はそのまま、鬼太郎を押し除けるように雷獣の眼前へと歩み寄っていく。
「雷獣……このまま大人しくすると言うなら、これ以上は何もしない……だが、まだ暴れようというのなら!!」
雨は、新たに山の秩序を預かるものとしての立場から雷獣に問いを投げ掛ける。
雷獣が二度と暴れないと誓うのならそれでいい。だが、もしもそうでないのならば——ケジメを付けさせなければならないと。
「…………」
「…………」
雪や一反木綿といった面々も、固唾を呑んで雷獣の言葉を待っている。果たして、その返答は——。
『——お腹が……空いたよ。寒い……身体が……寒いんだ……』
返答は『否』だ。
いや、もはや雷獣に雨の言葉を理解するだけの正気すら残っていない。ただ幽鬼のように彷徨い、飢えを満たすために電気を求め続けるしかない。
このまま見逃せば、再び力を取り戻し『厄災』となって山や人里に被害をもたらすことは間違いなかった。
「そうか……」
それを正しく理解しているからこそ、雨は決断を下す。
これまでの行いの報いを、あるいはこれ以上の被害を出さないためにもと——雷獣に向かって距離を詰めていく。
『……あ、ああ……』
そんな雨の行動に対し、雷獣も応じるように歩き出した。
互いに負傷したもの同士だが、それでも決着を付けるべきと本能で理解しているのか。示し合わせたかのように二匹の獣が対峙し合う。
「鬼太郎よ、周りを見てみろ」
「……!」
両者の対峙する光景を見つめながら、ふと目玉おやじが声を忍ばせて鬼太郎に耳打ちする。
「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」
いつの間にか、辺り一帯に妖怪や動物たちが集まっていた。騒ぎを聞きつけて様子を見に来たのか、山に住まう住人たちが遠巻きに雨や雷獣の一挙一動に注目していたのだ。
「…………」
衆人環視の中、もはやこの最後の戦いに自分の出る幕はないと、鬼太郎も静かに事の顛末を見守っていく。
「…………」
『…………』
雨と雷獣が互いに距離を測る。雷獣に電気の力がなくなった今、あとは純粋な身体能力、獣としての地力がものをいう。
だがニホンオオカミである雨に対し、電気が枯渇して縮んだとはいえ、雷獣はまだ熊ほどの大きさを有していた。リーチという面で言えば、未だに雷獣の方が有利だ。
体力の消耗具合も、雨と雷獣に大きな差はないように見られる。互いにほとんど力が残っていないことから長期戦は不可能。
故に——勝負は一瞬で決まる。
『——がああああああ!!』
最初に動いたのは雷獣だった。
前足を勢いよく振り上げ、その巨体で雨を踏み潰すそうと迫ってくる。電気の有無など関係ない。その一撃を食らえば、おおかみの身体などペシャンコになってしまうだろう。
「…………」
だが、雨は死が迫る一撃を前にピクリとも動かない。
雷獣が自身の間合いに近づいてくるのを、ギリギリまで引き付けるつもりだ。その間、雨は雷獣から一瞬も視線を切らず、その瞳には恐怖すら浮かんでいない。
「——っ!!」
そうして、紙一重まで引きつけたところで——雨は雷獣の懐へと飛び込む。
二匹の体格差を考えたとき、半端に距離を取るよりは至近距離まで近づいた方が寧ろ安全と。おおかみの戦闘センスが、雨を雷獣に向かって前進させる。
『くぅわああああ!?』
まさか近づいてくるとは思ってもいなかったのか、雷獣は慌てた様子で接近する雨を払い除けようとする。
しかし、そんなやぶれかぶれで覚悟の決まったおおかみの進撃を退けることなど叶わず。
刹那——雨の牙が、雷獣の喉元へと深く喰らい付いていく。
「はあはあ……」
「雨!?」
「雨!!」
戦いを終えた雨の身体がよろよろとふらつく。
きっと怪我と疲労で限界が来てしまったのだろう。花と雪が彼の身体を支えようと急いで駆け寄ってくるが、彼女たちの助けを借りずとも雨はその場にて踏み止まった。
一人でも生きていけるという意思表示だろうか、とても立派で雄々しい姿だ。
『が……あああ……』
一方で——喉を噛みつかれた次の瞬間にも、雷獣の巨体は地にひれ伏した。雨の最後の一撃がダメ押しとなり、ついに雷獣の身が崩れ落ちたのだ。
妖怪としての身体も限界を迎え、消滅まであと僅かといったところか。
『寒い……寒いよ。お腹が減って……身体が寒いんだ……』
肉体が消滅する最後の瞬間まで、雷獣は空腹を訴えていた。虚な目をしながら『お腹が空いた』『寒い』と呟き続けるその姿は、まさに痩せこけた幼い子供そのものだ。
「…………」
そんな雷獣の姿に、ここに来て初めて花がその存在に感情を揺り動かされる。
それまで、雷獣は花にとって人間社会や山の自然を脅かす脅威でしかなかった。
雨や雪が雷獣と敵対していたこともあり、子供たちの安全を第一に考える母親としては、雷獣の立場や心境にまで気に掛ける余裕がなかったのだ。
しかし、その憐れみを誘うような最後には同情を禁じ得なかった。安易な憐れみなどただの傲慢かもしれないが、せめて最後くらいはその孤独に寄り添いたいと。
花は、ゆっくりと雷獣へと歩み寄っていく。
『お腹が……空いたよ……』
雷獣は自身の『死』を明確に意識しながらも、ただひたすらに空腹を訴え続ける。
今際の際においても、雷獣にあるのは『生きる』という欲求のみ。生きるためにも食わなければならないと、食料である電気を求め続ける。
『ああ……寒い……寒いよ……』
だが、どれだけ空腹を訴えようとも、今の雷獣には電気を取り込むだけの力も残っていない。ピクリとも動かない身体からは徐々に体温が失われていき、視界や嗅覚といった感覚すら曖昧になっていく。
このまま、独りぼっちの生物として自らの世界が閉じようとしていた。
「——ごめんね」
だが、そんな終わりかけの命に対し、真正面から向き合ってくれるものがいた。
花だ。
ただの人間である筈の彼女が、雷獣への謝罪を口にしながらその身体を優しく抱きしめる。皮肉にも、雷獣が力尽きたこの瞬間だからこそ、身体中から電気が失われた今だからこそ可能な抱擁。
『——っ!?』
その行為に、花の身体から伝わってくる温もりに——雷獣の目が見開かれる。
『ああ……母さん……みんな……』
それは雷獣がただの獣だった頃。
家族や仲間たちと当たり前のようにコミュニケーションを取っていた頃に感じていた温もりだ。
仲間と身を寄せ合い、寒さを凌いでいたあの頃。
母親の身体に身を預けながら、穏やかな眠りに包まれていたあの頃。
そういった輝かしい想い出が、走馬灯のように思い出されていく。
『そうか……ボクは……ボクは一人じゃなかったんだ……』
懐かしい過去の記憶と、今も確かに感じ取れる温もりに触れたことで、雷獣の中から拭いきれなかった孤独感が消え去っていく。
雷獣という生き物はその特性上、確かに孤独であることを強いられる存在かもしれない。
だが今だけは、今この瞬間だけは自分が一人ではないと。
花の温もりのおかげで穏やかな気持ちに包まれたまま、肉体という檻からその魂が解放されていく。
「なんか……後味の悪い終わり方ばいね……」
「…………」
雷獣の最後を見届け、一反木綿や雪が複雑そうな表情で顔を曇らせる。
雷獣は倒した。それはこれ以上の被害を出さないためにも必要なことであり、仕方がないことだったと納得することも出来る。
しかし、本当に倒すしかなかったのか。全てが終わった今だからこそ、もっとやり様があったのではないかとついつい考えてしまう。
「母さん……ボクは……」
それは雷獣にトドメを刺した雨自身も同じだ。花が雷獣に同情を寄せたことも、彼の心に迷いを生んでしまっている。
この結末に間違いはなかったのかと、己の行動にどこか自信を持てないでいた。
「雨くん……周りを見てみなさい」
「……?」
そんな気持ちの晴れない雨に目玉おやじが声を掛けた。周囲を見てみろと言われ——そこで雨は初めて自分が大勢のものたちから視線を向けられていることに気付く。
「……や、やったのか?」「おお……おおっ!!」
「クォオオン!!」「ワォオオン!!」
それらは山に住まう妖怪や動物たちだ。雷獣という脅威が過ぎ去ったことに妖怪は純粋に喜びの声を上げ、動物も歓喜の遠吠えを上げている。
「この山の平和を守ったのはキミじゃ。キミはこの山の主として立派に務めを果たした……」
鬼太郎の力を借りたとはいえ、最後の最後に雷獣との一騎討ちを制したのは雨だ。それに雨がたった一人、雷獣に立ち向かい続けたことはこの山に残り続けたものたちなら皆が知っていることだと。
目玉おやじは雨の活躍を讃え、今の彼であればこの山の新たな主として野狐の後継が務まるだろうと言ってくれる。
「皆がキミを見ておる。皆がキミを認めている。その期待に……どうか応えて上げてくれ」
だからこそ、今こそ主としての威厳をここにいるものたちに見せるべきだと。
雨の取るべき行動を、その道筋を示してくれる。
「雨、大丈夫……しっかり生きて!!」
花も目玉おやじの言葉を後押しするよう、息子の行くべき道を肯定した。
きっと大丈夫だ。今の雨ならこの山の主として、皆を立派に導いて生きていくことが出来ると。彼の新たな旅立ちを祝福する。
「母さん……!!」
母親の言葉が雨を憂いから解き放つ。
もう迷いはない。雨は毅然とした態度でその場にいる全てのものたちに、力強い雄叫びで宣言する。
「——オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
自分こそが、この山の新たな主であると。
この地を守り抜いていくと、今は亡き野狐——先生に誓わんとばかりに。
「朝日が……」
夜明けの太陽が、そんなおおかみの姿を照らしていく。
まるで天までもが彼を祝福するかのように、その身を神々しく輝かせていた。
「——それで……そのおおかみの子供たちはそれからどうなったのよ?」
数日後、ゲゲゲの森に帰ってきた鬼太郎に猫娘が事の顛末を尋ねていた。
今回の一件、彼女や砂かけババアといった面々はあの山々から避難してきた妖怪たちの手当てが忙しく、鬼太郎の加勢をすることが出来ずにいた。
大事なときに鬼太郎の力になれなかったことを悔やむように不機嫌な猫娘だったが、とりあえず事件が一件落着となったことにホッと胸を撫で下ろす。
「雨くんは山の新たな主として……雪くんも人間として学校に通っておるようじゃぞ?」
猫娘の質問に目玉おやじが答える。
雷獣が倒された後も、鬼太郎と目玉おやじは花から彼ら家族のことを聞くことになった。おおかみと人間との間に生まれたおおかみこどもたち。一応は『半妖』とされる彼らの今後について、話をしなければならないと思ったのだ。
もっとも、あの一家は既に自らの生き方に折り合いをつけていた。雨も雪もそれぞれの道を歩んでおり、母親もそんな子供たちを誇りとしている。
今更、鬼太郎たちが心配するような問題など、どこにもなかったのである。
「ふ~ん、そりゃ結構なこって……」
「ねずみ男……」
ふと、鬼太郎の家の軒先で無遠慮に寝っ転がっているねずみ男が口を開く。鬼太郎たちの会話に聞き耳を立てていたのか、どこか関心なさそうに装いながらも反応を示した。
「ねずみ男……お前はどう思う?」
「あん?」
そんなねずみ男に、鬼太郎は思わず問い掛けていた。
「あの子たちの選んだ生き方……どっちが正しかったんだろうな……」
雨はおおかみとして、雪は人間としてそれぞれの道を歩んだ。だがどちらの道を行こうとも、彼らは否が応でも自分がもう片方の血を引き継いでいることを意識せざるを得ないだろう。
どちらの道に進むべきだったのか、自分たちの選択が本当に正しかったのかと。
きっとそういった苦悩は、彼らの人生を常に付きまとう問題となるだろう。
「別にどっちでもいいじゃねぇかよ……」
するとねずみ男はいかにも興味なさそうにしながら、どこか達観したように呟きを溢していく。
「そいつがそいつらしく生きられる場所なら、どこだろうとよ……」
「そうか…………」
ねずみ男も半妖だ。普段はこれといった弱音を吐くような男ではないが、それでも周囲との疎外感を感じることがあるのだろう。
人間でも妖怪でもない自分が、そのどちらからも受け入れられない『鼻つまみ者』だと卑屈を口にすることもある。
だが、どんなに打ちのめされようと最後には太々しいほど逞しく自分の生き方を貫いてきた。
ねずみ男のようになるべきとは言わないが、おおかみこどもの二人にも自分らしく生きていけるようにと。
彼らの未来に、鬼太郎は人知れず想いを馳せていく。
次回予告
「鬼ヶ島にて建設予定のオニランド。その地で開催が宣言されることになった妖怪ラリー。
日本の支配権と……鈴鹿御前を誰が嫁にするかを決めるレースだとかなんとか……。
父さん……後者はともかく、前者をなんとしても阻止しなければ!!
次回——ゲゲゲの鬼太郎『レースクイーン鈴鹿御前・灼熱のサマーレース』見えない世界の扉が開く」
前回も予告していた通り、次回から本シリーズも季節を夏へと移行していきます。
そして記念すべき、日本復興編第一回目の夏回は——今年のサバフェス2で参戦したサマバケ鈴鹿の参戦です!
あまりにも、レースクイーン姿が美しすぎたので……通常霊基をすっ飛ばして登場してもらうことになりました!!
そして予告にもある通り、話の雛形は『妖怪ラリー』になります。
世界各国からまだ見ぬ強敵たち(fgoキャラ)が続々参戦しますので、誰が出てくるかも予想しながら次回をお楽しみ下さい!!