ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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ふぃ~……ようやく、書き終わりました。
長かった妖怪ラリー、今回で無事完結します。
中々カオスなお話になりましたが、これが作者なりの鬼太郎6期妖怪ラリーでございます。

ちなみに、今回のお話の主役である鈴鹿御前の『父親』の正体に関して。
型月公式でも語られていない部分を作者なりに解釈し、話の最後らへんに説明を組み込んでいます。公式で正式な発表があった際など、色々と相違点が生まれるかもしれませんが、その辺りはどうかご容赦を。

それから……ついに映画『ゲゲゲの謎』の公開が迫ってきました。
公開初日で観に行くつもり。この映画の内容次第で、書くことになるかもしれないクロスオーバー作品のストックなどもあるかと思うので……今から楽しみです!


レースクイーン鈴鹿御前・灼熱のサマーレース 其の④

『はぁはぁ……』

 

 平安時代。一人の美しい女性が暗い洞窟の中で息を切らしていた。相当な力を消費したのだろう、今にも息絶え絶えといった様子だ。

 

 彼女の名は鈴鹿御前。

 父である天竺第四天魔王より、日の本の国を魔国にすべきとの命を受けて地上へと舞い降りた天魔の姫である。

 

 とはいえ、それも過去の話。坂上田村麻呂という人間との運命的な出会いが彼女を変えた。

 愛する人のため、この国に住まう人々を悪鬼たちの魔の手から護らんと。鈴鹿御前は多くの鬼たちを坂上田村麻呂と共に討伐してきた。

 

 悪路の高丸や、大武丸。悪路王や——大嶽丸。

 

 ところが、最後の大嶽丸だけは他の鬼どもと別格だった。たとえ二人がかりでも、まともにやって勝ち目はない。

 かの鬼を倒すため、鈴鹿御前は大嶽丸の花嫁となる道を選んだ。妻として大嶽丸の懐へと入り込み、彼に呪詛を掛け続けることでその身を弱体化させようと目論んだのだ。

 

『やった……』

 

 その期間——およそ三年。

 それだけの年月を費やし、ようやく鈴鹿御前は本懐を遂げた。大嶽丸の岩よりも硬かった皮膚を柔らかくし、見事暗殺に成功したのだ。

 

『これでやっと帰れる……』

 

 だが、鈴鹿御前自身も相当に体力や妖力を消費した。途方もない疲労感をその身に残しつつ、ゆっくりと身体を起こす。目的を果たした今、もうこんなところに用はない。

 今は一刻も早く彼の——愛しい人の元に帰りたかった。鈴鹿御前は希望を胸に、暗い洞窟の中を外に向かって進んでいく。

 

『——!?』

 

 ところが、鈴鹿御前が歩き出したところで、外から何者かの足音が響いてくる。日の当たる外の世界から、洞窟の闇の中へと一人の男がやってきた。

 誰あろう、坂上田村麻呂その人である。鈴鹿御前と確かな絆を結んだ筈の男が——憔悴しきった表情で彼女の前へと姿を現したのだ。

 

 彼は虚な目で鈴鹿御前に問う。

『何故?』『どうして裏切った?』『信じていたのに、どうして?』と。

 

 鈴鹿御前は坂上田村麻呂にも何も語ることなく大嶽丸の元へと下った。そして大嶽丸の元で、鬼の仲間として人々を害し、国を荒らし回ったのだ。

 全ては大嶽丸の目を欺くためであったが、そんな彼女の姿に坂上田村麻呂は悲嘆し、気を病んでしまった。

 愛するものに裏切られたという絶望が、彼を引き返すことの出来ない奈落の底へと突き落としてしまったのだ。

 

『————』

 

 そんな坂上田村麻呂の姿に、鈴鹿御前は己の過ちを悟った。

 全ては彼のためにと思ってやったこと。だが結果的に、それが彼をここまで追い込んでしまったのだ。

 

 こうなってしまっては救いはないと。鈴鹿御前は『鬼の仲間』として、坂上田村麻呂の手によって裁かれることを選んだ。

 自分が『悪』として滅ぼされれば、少しは彼の気休めになるだろうと考えたのだ。

 

 かくして、鈴鹿御前は坂上田村麻呂の手によって討ち取られた。

 全ては愛する人のため、最後まで彼女は誰も恨みはしなかった。

 

 

 

 その後、数百年という長い時間を掛けて鈴鹿御前は現代に蘇った。

 既に坂上田村麻呂は人間として天寿を全うした。愛した人のいないこの国で彼女が何を感じ、何を思ったのか——。

 

 恋に生きる花の女子高生——JKへと華麗に転身!!

 刑部姫といった女性妖怪同士でコミュニティを形成したり、ヘルズキッチンなるお料理教室に通っては花嫁修行に没頭したりと。何気に現世を満喫していたりする。

 

 そんな中——過去に倒した悪鬼・悪路王の復活に鈴鹿御前は動いた。かの鬼を封じるためにと、策略を駆使して妖怪ラリーの開催にまで漕ぎ着ける。

 彼女がそこまでして悪路王を倒さんとするわけ。それはかつて愛した坂上田村麻呂への想いがそうさせているのか。あるいは他に何か理由でもあるのか。

 

 

 いずれにせよ、それは鈴鹿御前の胸の内だけに留められることである。

 

 

 

×

 

 

 

『——いよいよレースも終盤!! 勝利の女神は……いったい、誰に微笑むのでしょうか!?』

 

 妖怪ラリーの裏側で悪路王を無力化する策謀を張り巡らせつつ、何食わぬ顔で実況席へと戻ってきた刑部姫。鬼たちの意識を引くという目的もあってか、実況者として大いにレースを盛り上げていく。

 

「——うぉおおおお!! 悪路王様!!」

「——我らが鬼に勝利と栄光をっ!!」

 

『ふぅ……』

 

 目論見通り、鬼ヶ島の鬼どもはそのほとんどがレースに熱中しており、いつの間にかいなくなっている人間たちに全く気付いていない。

 これで人質の心配はなくなったと、実況席の隅っこで猫娘がほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

『——さあ、見えてきました!! 第四のチェックポイントにして、最後の難関!!』

 

 そうして、とうとう妖怪ラリー最後の関門が挑戦者たちを迎え入れる。

 

『最後の難所は——峡谷エリアです!!』

 

 刑部姫が最後の関門として叫んだのは峡谷——切り立った崖に囲まれた深い谷のエリアである。

 

 先の水辺エリアのどこか夏っぽさを感じさせる地形とは異なり、そこはどこまで行っても切り立った崖しか見えない不毛な土地だ。

 その崖からは常に小石がパラパラと落ちてくるのが見えていたりと、いつどこから土砂などが崩れてきてもおかしくない不穏な空気を放っている。

 

『このエリアではルートが複数に分かれております。どのルートをどのように進むかは……選手たち自身が判断しなければなりません!』

 

 刑部姫曰く、このエリアは道が複数——右側、左側、中央の三つに分かれているとのこと。どのルートを進むかは選手たちの判断に委ねられる。

 ルート選択次第では、大きく順位変動する可能性もあるだろう。まさに最後の関門に相応しい難所である。

 

 一位から四位まで、ほとんど並走状態であった各選手がその分かれ道の前で一旦は動きを止める。

 

 日本代表——鈴鹿御前&ゲゲゲの鬼太郎。

 インド代表——アシュヴァッターマン。

 イギリス代表——フランちゃん&バベッジ。

 アメリカ&ドイツ代表——ロボ&ヘシアン。

 

 どのルートを進むか、皆が一様に悩んでいる様子であったが——。

 

「——ハッ!! おもしれぇ!! どんな障害でもかかってきやがれってんだ!!」

 

 真っ先にルートを選択したのは——アシュヴァッターマン。

 ほとんど迷うような素振りを見せず、右側に寄ったルートを選択。愛車のバイク『スダルシャンチャクラ』を爆走させていく。

 

『グルゥウ!!』

『————』

 

 アシュヴァッターマンの動きに釣られるように狼王ロボも動く。ヘシアンと共に前を走るアシュヴァッターマンを追いかける形で、彼らも右側のルートを駆け抜けていく。

 

「ええっと……よし、こっち!!」

「本当に……こっちの道であってるのか?」

 

 次に鈴鹿御前が手にしていた紙切れを見ながら左側のルートを選択。いったい何を根拠にそちらのルートを選んだのか、鬼太郎などは不審がっていたが鈴鹿御前に迷いはない。

 

『よし、いくぞ、フランよ』

「うー……りょうかいです!!」

 

 すると、そんな鈴鹿御前の様子を観察していたバベッジがすぐに彼女の後を追いかける。フランもバベッジの判断を信用し、左側のルートを選択した。

 

 

 奇しくも、2:2で左右に分かれることになった選手たち。果たしてこの選択がどのようなドラマを生むのだろうか。

 

 

 

「——しめしめ……予定通り、鈴鹿っちは最短ルートを選んだわ! これで勝ったも同然ね!!」

 

 実況席。マイクの電源を切って外に自身の言葉が漏れないよう、注意を払いながら刑部姫がほくそ笑む。彼女は鈴鹿御前が左側のルートを選んだことにホッと一安心、その顔は既に勝利を確信していた。

 それもその筈、その道は大会運営側である刑部姫があらかじめ用意していた『正解』のルートだ。鈴鹿御前が何のトラブルもなく渓谷エリアを抜けられるようにと、安全に進める道筋を紙に書いて渡しておいたのだ。

 

「——卑怯っス! セコイっス! 八百長っスよ!!」

 

 これにクレームを入れるのがインドの神様・ガネーシャ。

 一応は協力者枠としてここにいるが、刑部姫の行為は運営という立場を利用したあからさまな反則であると、今更ながらに彼女を責め立てる。

 

「ガっちゃん……残念だけど、これが現実なのよ。所詮この世は弱肉強食!! 勝ったものが正義!! どんな手を使っても、勝てばよかろうなのよぉおお!!」

 

 もっとも、ガネーシャの批判など刑部姫はどこ吹く風、完全に開き直った悪い顔で口元を吊り上げる。心なしかどこか楽しそうである。

 

「けど……正解の道を選んだのは、鬼太郎たちだけじゃないみたいね……」

「へっ……?」

 

 だが、企みが上手くいったと調子に乗る刑部姫の鼻っ面をへし折るよう、猫娘が鈴鹿御前や鬼太郎の後を追いかける影があることに気付く。

 

 

 

『——やはり、こちらの道を選んで正解であったようだな』

 

 チャールズ・バベッジ。イギリスを代表する数学者の名を冠した蒸気機関車が、鈴鹿御前が乗り回す『KMR3000ーMH』の後ろをびったりと追走する。

 

『この妖怪ラリーを取り仕切っているのは日本。彼らが運営からのバックアップを受けている可能性は常に考慮に入れるべきであった』

「うー……おしょくあんけん? できレース、ずるはだめ!!」

 

 バベッジの明晰な頭脳は、既に鈴鹿御前が運営側の手助けを受けていることを予測していた。先の溶岩エリアで清姫が日本チームへと襲い掛かっていたときにも、実況席から『予定が違う』といった感じの焦り声も聞こえてきた。

 ならば、彼らの後を付いて行けばこのエリアを無事に突破できると。バベッジは鈴鹿御前のすぐ後ろのポジションを常に維持していく。

 

『だが……これ以上、彼らの勝手を許すのも拙い。邪魔者もいない今こそ、直に決着を付けるのも一つの手だろう』

 

 だが、運営側が他にどんな手札を持っているか分からない中、このままレースを進めるのはどうにも収まりが悪いと。バベッジは、鈴鹿御前たちをここで脱落させる案を視野に入れる。

 どうやらこの渓谷エリアで左側のルートを選んだのは、鈴鹿御前やフランたちだけのようだ。別ルートを進んだのだろう、後ろから悪路王が迫ってくる様子もない。

 

「けっちゃく……ひとあしさきに、きめちゃう?」

 

 バベッジの意見にフランもすっかりやる気になったのか、大剣・プライダルブレイドを取り出して構える。すぐにでも仕掛けられるようにと、彼女の全身からは電撃が迸っていた。

 

「上等じゃない! やろうってんなら相手になるしっ!!」

 

 そんな相手方のやる気を敏感に感じ取り、鈴鹿御前も妖気を漲らせる。大通連と小通連、二振りの刀を神通力で宙に浮かせ、いつどこから攻撃されても対応できるよう迎撃態勢を整えていく。

 

「…………」

『…………』

 

 鈴鹿御前やフランのサポートに回っている、鬼太郎やバベッジにも緊張感が漂ってくる。コースを走りながらも互いに間合いを測りつつ、ぶつかり合うその瞬間、切り込むタイミングを見計らっていく。

 

 

 次の瞬間——。

 

 

「——ヒャハッハッハ!!」

 

 予期せぬ方向——上空から、何者かが敵意を剥き出しに飛び掛かってくる。

 

「覚悟しぃいやあああ!!」

「ヒャッハー!!」

 

 しかも単体ではなく複数。鈴鹿御前とフラン、その双方に向かって彼らは牙を剥いてきたのだ。

 

「うざいっつうの!!」

「くせもの……とりゃあああ!!」

 

 それは完全な不意打ちではあったものの、彼女たちは臨戦態勢で身構えていたため即座に対応ができた。鈴鹿御前は小通連で、フランは雷のエネルギーを放出することで敵を退けていく。

 

「ぐぎゃあああああ!!」

「ぶべぇえええ!?」

 

 撃退された襲撃者が悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。彼らは一様に——額に角を生やしている。

 

「こやつら……鬼ヶ島の鬼どもじゃ!!」

 

 ここで鬼太郎の頭から顔を出した、目玉おやじが襲撃者の正体を看破して叫んだ。

 襲ってきたのは鬼ヶ島に蔓延る『鬼』たち。今の今まで観戦に留まっていた彼らが、レースを妨害するような形で襲撃してきたのだ。

 

「おっと……どこに行こうってんだ、テメェら!!」

「ここを通りたきゃ、通行量を払いなっ!!」

 

 ゾロゾロと小鬼や人型の鬼どもが数十、あるいは数百という規模で渓谷の崖上にずらりと立ち並んでいた。まるで不良が因縁を付けてくるような絡み方だが、彼らの意図は明白。

 

 悪路王の優勝、そのために鈴鹿御前やフランをここで食い止めようというのだろう。

 

『ちょっ……ちょっとアンタたち、何やってんの!? こんなのルール違反よ!!』

『……どの口が言ってるんスか?』

 

 鬼たちの仕掛けてきた場外戦術に実況席から刑部姫がクレームの声を上げるが、彼女がそれを言うのはいまいち説得力に欠けるとガネーシャからツッコミが入る。

 

「ルール違反をしちゃいけない、なんてルールはないぜ!! ヒャハハハ!!」

 

 鬼たちも、刑部姫の言葉になど聞く耳を持たない。どんな手段を用いようが勝てばいい。皮肉にも、そのように考えていたのは鬼たちも一緒だったということだ。

 

 無論、今この瞬間に襲われているのは左側のルートを選んだ面々だけではない。

 

 

 

「あん!? なんだテメェら!?」

『グゥウウ!!』

 

 右側のルートを選択していたアシュヴァッターマンや、狼王ロボたちの元にも鬼たちは刺客を送り込んでいた。

 

「いたぞ、こっちだ!!」

「袋にしちまえっ! ウッシャシャシャ!!」

 

 鈴鹿御前たちを襲撃している鬼たちと、ほとんど同規模の戦力。

 流石にここが鬼ヶ島、鬼たちの本拠地なだけのことはある。これほどの戦力を惜しみなく投入できるのも鬼を——彼らを統べるこの島の支配者・悪路王の特権だと言えよう。

 

 とはいえだ。流石に雑兵如きに討ち取られるほど、妖怪ラリーの参加者たちも容易くはない。

 

「上等だ……!! ぶっ潰れて死に晒せゴラァあああ!!」

 

 向かってくる鬼たちを、アシュヴァッターマンが堂々と正面から殴り飛ばしていく。

 全身が鎧で覆われている彼の身体に、小鬼程度では傷一つ付けられない。向かってくる鬼どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。圧倒的な物量差をものともせず、怒号を上げながら次々と鬼どもを蹂躙していく。

 その半身にシヴァを宿すアシュヴァッターマンは、一度暴れ出すともう手がつけられない。自らの内側から湧き上がる憤怒を、さらに燃え上がらせるように暴れ狂っている。

 

「な、なんなんだこいつは!?」

「ひぃぇえええええ! お、お助けぇええ!!」

 

 これには襲撃してきた鬼たちの方が逆にビビってしまっている。そのあまりの暴れっぷりに恐れをなし、ほうほうのていで逃げ出していく有り様だ。

 

『——オオオォオオオオオオオオオ!!』

『——!!』

 

 すると、その逃げる鬼たちにロボとヘシアンが襲い掛かっていく。

 獣の本能からか、逃げる獲物を追いかけるロボ。首無しの騎士であるヘシアンもその両手の剣を無造作に、無慈悲に鬼たちの背中へと突き立てていく。

 元より憎悪、憎しみからこの世を彷徨い歩くようになったロボたちに手加減などの概念があるわけもない。彼らの復讐の対象は人間だが、自分たちの前に立ち塞がるものは全て怨敵だとばかりに、鬼たちを一匹残らず殺し尽くさんとばかりに蹂躙していく。

 

「い、岩だ!! 岩を落とせ!!」

「生き埋めにしちまえ!!」

 

 アシュヴァッターマンやロボの凄まじい強さに、正攻法では勝ち目がないと悟ったのか。崖上に展開していた鬼たちの一部隊が、岩や土砂などを落としてくる。

 元々、右側のルートは『外れ』の道として、土砂崩れなどが起きやすい作りになっていた。鬼たちが適当な衝撃を加えれば——それだけで、崖崩れなどの災害が発生するような状態だったのだ。

 

「チィッ!!」

『——!!』

 

 これにはアシュヴァッターマンやロボたちも、すぐに回避行動を取ろうと乗機の速度を上げる。流石に地形そのものが襲ってくるような土砂崩れを、真っ向から受け止めるわけにはいかない。

 

「行かせぬ!」

「死ねば諸共じゃ、ボケぇえええ!!」

 

 だが、ここで根性の据わった数匹の鬼たちが道連れ覚悟でその動きを止めようと飛び掛かってきた。アシュヴァッターマンのバイクの後輪や、狼王ロボの後ろ足へと必死にしがみついてくる。

 

「テメェ……離しやがれ!!」

『ガアアアアアア!!』

 

 アシュヴァッターマンも、ロボもしがみついてくる鬼たちをすぐに振り払う。彼らの力を持ってすれば、鬼たちを退けることなど容易いこと。

 

 

 だが——そうやって鬼たちに気を取られていた、その僅かな時間が彼らの命運を分ける。

 

 

 降り注ぐ土砂は、目前まで迫ってきていた。

 どれだけ速度を上げても、もう回避できるようなタイミングではなかったのだ。

 

「——!!」

『——!!』

 

 刹那、怒号や憎悪の声を上げる間もなく両選手の姿が土砂の中へと消えていく。

 

 

 インド代表——アシュヴァッターマン。

 アメリカ&ドイツ代表——ロボ&ヘシアン。

 

 

 共に安否不明により、妖怪ラリーから一時的にフェードアウト。

 

 

 

×

 

 

 

「ああ!! もう、しつこいっての!!」

「うー、だるいー! あつい……いいかげん、どっかいけ!!」

 

 右側のルートで選手たちが土砂崩れに飲み込まれていた頃、左側のルートでも乱戦は続いていた。鈴鹿御前やフランたちに、襲撃者たる鬼どもが絶え間なく襲い掛かり続けている。

 流石に、これだけの数を馬鹿正直に相手してはいられないと。すぐにでもこの渓谷を抜けようと、両者共に乗機を最速で走らせていく。

 

「逃すな、追え!!」

「轢き殺すぞ! 馬鹿やろう、この野郎め!!」

「パラリラパラリラ~!!」

 

 ところが、鬼たちはどこからかバイクなど持ち出してきては彼女たちを追いかけ始めた。下品な爆音を響かせながらバイクを走らせるその姿は、まさに古い時代の暴走族そのものである。

 

「——髪の毛針!!」

 

「ぐええええ!!」

「ふぎゃ!?」

 

 追いすがってくる鬼たちに対し、バイクのサイドカーから安全対策で被っていたヘルメットを脱ぎ捨てた鬼太郎が髪の毛針を放ち、タイヤなどをパンクさせていく。

 それにより無様に転げ回る鬼たち、鬼太郎の攻撃は確かに効果があった。

 

「ヒャッハー!! その程度か、ゲゲゲの鬼太郎!!」

「大人しくやられちまいなっ!!」

「ぶんぶん、ぶぶぶん!!」

 

「し、しつこい……!!」

 

 だが、やはり数が多すぎる。倒しても倒しても次から次へと湧いてくる鬼どもに、鬼太郎もウンザリとした表情になっていく。

 

「こりゃ……キリがない!! どこかで連中を引き離さんことには、どうしようもないぞ!!」

 

 目玉おやじも、これには参ったとばかりに頭を抱えている。

 どこまでも付いてくる鬼たち。どこかで彼らの追跡をまかないと、いずれはジリ貧になってこちらが先に力尽きてしまう。

 なんとかしなければと、鬼太郎たちの表情に焦りが見え始める。

 

 

 

「……バベッジ、バベッジ!!」

『どうした、フラン? 何か妙案でも?』

 

 ふと、この状況にフランが乗機でもあるバベッジに声を掛けていた。バベッジはこの危機を脱する解決策があるのかと、彼女の言葉に耳を傾けていく。

 

『!! フランよ、お前がそう決めたのなら我に不満はないが……本当にそれでよいのか?』

「うん!! もうじゅうぶん……けっこうおもしろかったし!」

 

 すると、バベッジはフランの発言に驚いたようなリアクションを取る。フランが何を言ったかは知らないが、それは彼にとっても予想外のことだったのだろう。

 

『……よかろう。我も最後まで付き合うぞ!』

 

 少し迷う素振りこそあったものの、バベッジはフランの言葉——彼女の決断を尊重することにした。

 

 

『——ロコモーティブフォーム解除!!』

 

 

 次の瞬間、走るのを止めたバベッジがロコモーティブフォーム——蒸気機関車形態から、通常の二足歩行形態へと変形。フランもバベッジから飛び降り、地に足を付けて剣を構え始めた。

 

「ちょっと、アンタたち……!?」

「いったい、何をする気だ?」

 

 足を止めたイギリスチームに、先を走る鈴鹿御前や鬼太郎が困惑した表情になる。二人は彼らが何かを企んでいるのかと、思わず警戒心を露わにするが——。

 

 

『——我が鉄槌、受けてみよ!!』

 

 

 バベッジは、自らのボディに収蔵していた武器・機械仕掛けのステッキを取り出す。

 それは一見すると、棍棒のような得物。だが、その先端はトンネルボーリングマシン・トンネル掘削作業の際に用いられる機械を連想させるという物騒な代物だ。

 その得物の先端をドリルのように高速回転させ——何を思ったか、バベッジはそれを崖に向かって突き立てる。

 

 

 瞬間、地響きが起きる。

 まさにトンネル掘削を思わせる強烈な一撃に、崖崩れが発生——前に進むしかない一方通行の道を、大量の土砂が埋め尽くしてしまう。

 

 

 分断された通路。

 行き止まりで、これ以上進めなくなったフランたちは足を止めるしかないが——その一方で、既に先を走っていた鈴鹿御前と鬼太郎たちは、向こう側まで渡り切って事なきを得ていた。

 

 はたから見ると鈴鹿御前たちだけが得をした、イギリスチームの盛大な自爆のようにも見える結果だ。

 

『ふむ、計算通りだ。これで奴らはこれ以上、先に進むことが出来なくなった』

「ばっちり!! さすがはバベッジだ……えらい!!」

 

 しかしこれも計算の内だと、バベッジは焦りを見せることなく得物を構え直す。フランもバベッジの行為をよくやったと褒め称えている。

 

「ちょっ……どういうつもりよ、アンタたち!?」

「ど、どうして!?」

 

 これに誰よりも驚いていたのは鈴鹿御前と鬼太郎だ。相手の行動の意図が理解出来ず、思わず崩れた土砂の方へと駆け寄りフランたちに声を掛ける。

 

「ここはまかせて、さきにいけ……いちどはいってみたい、せりふ?」

「えっ? な、なにを……」

 

 すると、辿々しい口調に少しおどけたよう言葉選びで、フランは鬼太郎たちを先に行かせようとする。本来、日本チームと敵対するフランが何故そのようなことを口にするのか。

 それが理解出来ないで戸惑っている鬼太郎に——フランは何気なく、自らの境遇を口にしていた。

 

 

「フラン……ヴィクターって、ひとがつくりたかった、かいぶつ……フランのきょうだい、そこにいる鬼太郎とたたかった」

「——!!」

 

 

 ヴィクター・フランケンシュタイン。

 その名は、本来であれば怪物を創造した人間の科学者のことを指す。しかしその名を語り、悪逆の限りを尽くすものがいた。

 

 創造主たるヴィクター博士を殺し、その名を奪い取った怪物である。

 

 怪物こと——ヴィクター・フランケンシュタインは西洋妖怪の一員、バックベアードの配下として幾度となく鬼太郎たち日本妖怪と争ったことがある。

 もっとも、実際にヴィクターは倒したのは鬼太郎ではない。彼は主であるバックベアードの暴走に巻き込まれる形で、その肉体を消滅させてしまった。

 

 そのヴィクターとフランは、性別こそ違うが同系列の機体。作り手の違いもあるが、兄妹機といっていい関係性を持っている。

 そういった縁もあり、彼女は自身の先行機ともいえる『兄』と戦った鬼太郎たちに興味を持っていたという。

 

「けど……いかりとかうらみとか、そういうのはない。というかフラン……そういうのよくわからない……」

「…………」

 

 けれど、フランに鬼太郎たちを憎むような理由はない。元より、この世に誕生したばかりの彼女に、誰かを強く憎悪するなどの強い感情が生まれることはない。

 

「だから、とりあえずはあってみたかった……あって、たたかってみて、じぶんがどうかんじるか、しりたかった」

 

 だからこそ、そういった感情がどのようなものか学びたくて、知りたくて。フランは鬼太郎が参加するという妖怪ラリーに出てみたかったというのだ。

 

「いろいろとわかった。これはそのおれい……ってやつ? おにたいじ、フランにまかせておけ!!」

『あの悪路王とやらが優勝すれば……それこそ、取り返しのつかない事態になろう。不本意ではあるが、お前たちの企みに手を貸そう』

 

 そのおかげで今日はいい経験をさせてもらったと、フランはそのお礼も兼ねてここで鬼たちを足止めするという。

 バベッジも元よりフランの付き添いなのだから、彼女の意思に従うだけ。ちなみにバベッジは鈴鹿御前たちが企んでいるであろう『何か』を察しているようで、彼女たちの作戦とやらにあえて乗ってくれている。

 

「……サンキュー、フラン!! あとでかき氷、奢ってあげるからね!!」

「ありがとう……!」

 

 そういった、フランの気持ちを汲み取った鈴鹿御前。あとでかき氷でもご馳走すると、フランと共に夏を満喫することを約束。

 鬼太郎としては、彼女の兄とやらのことを考えると少し複雑な気持ちだったが、素直にフランへの感謝を口にする。

 

 その場をフランたちに任せて、日本代表は先を急ぐ。

 

 

 

『——さて、ここからは加減する必要もない。本気で暴れても問題ない……ヴィクターの娘よ』

「——おうさ!! らいとにんぐ!! れでぃ、ごー!!」

 

 イギリス代表——フランちゃん&バベッジ。

 自らの意思で棄権、鬼たちとの仁義なき戦いへと突入していく。

 

 

 

 

 

「——見えた!! これで……このエリアも終わりっ!!」

 

 紆余曲折ありながらも、鈴鹿御前と鬼太郎は渓谷エリアの終わりへと差し掛かった。そこはルートの合流地点、分岐した道が一つに重なる交差点となっている。

 左側のルートからは、誰よりも先に鈴鹿御前が合流地点へと到達し——。

 

「——やれやれ……死ぬかと思ったぜ、こんちくしょうが!!」

 

 右側のルートからは、鈴鹿御前と同じくバイクを走らせる男——インド代表・アシュヴァッターマンが姿を現した。

 

 そう、土砂に飲み込まれてリタイアしたかに思われた彼だが、埋もれた土の中から自力で脱出できたようだ。全身鎧のところどころが欠けてこそいるものの、身体そのものはほとんど無傷である。

 

「……アンタ一人? あのでっかいワンちゃんの方はどうしたのよ?」

 

 姿を見せたのが彼だけということもあり、鈴鹿御前はもう一組の選手——ロボ&ヘシアンがどうなったかを尋ねていた。

 妖怪ラリーで優勝を争い合う相手ではあるが、別に恨みなどがあるわけではない。知らないところでリタイア。肉体が消滅なんてことになっていたら、それはそれで目覚めも悪いというものだが。

 

「ああ、あのオオカミなら……鬼ども相手に派手に暴れてやがるぜ!! 相当頭にきたみたいでな、俺にまで飛び掛かって来やがる勢いだったぜ……」

 

 アシュヴァッターマンの話によれば、ロボたちも無事だったようだ。

 しかし、鬼たちのやらかした蛮行がロボの逆鱗に触れたのか。狼王は鬼どもを完全に敵と認識し、全てを殺戮するかという勢いで暴れ狂っているという。

 

『——ぎゃああああああ!?』

『——おたすけぇええええ!!』

 

 耳を澄ませば、遠くの方から鬼たちの悲鳴が聞こえてくる。その暴虐っぷりにはアシュヴァッターマンですらも巻き添いを避け、その場から離れるほどだった。

 

 

 というのも、アシュヴァッターマンは常に怒った乱暴者のように見えるが、決して粗野な男ではない。彼はあくまで世の中の『理不尽』に対して意を唱える存在であり、『怒り』はするが『憎む』ことだけはしないと自分自身に誓っている。

 反面、ロボはその全てに『憎悪』をぶつける怪物だ。人間への憎しみだけが彼を突き動かす原動力。

 憎まないことを心情とするアシュヴァッターマンとは少し相性が悪い相手であり、自然と距離を置きたくなってしまうのだろう。

 

 

「ここからは俺とお前さんとの一騎打ちってことになる……テメェらの事情は聞いてるが、勝負である以上は手加減しねぇぜ!!」

「!! ふ~ん……いいじゃん!! かかって来いっての!!」

 

 いずれにせよ、この場まで辿り着いた選手はアシュヴァッターマンと鈴鹿御前たちだけ。

 同じインド出身者としてガネーシャ同様、アシュヴァッターマンも鈴鹿御前たちの事情を把握しているようだが、彼は勝負事には手を抜かないと好戦的にバイクのエンジンを吹かせくる。

 そんなアシュヴァッターマンの純粋な闘気に、鈴鹿御前も笑みで応えた。

 

 全ての関門、四つのチェックポイントを通過した今、あとはゴールまでの単純な速さ比べだ。

 これ以上は余計な小細工も必要ないと、両選手共に前だけを見て突っ走っていく。

 

 

 だが——二人ともレースに夢中になり過ぎて、肝心なことを忘れてしまっている。

 渓谷エリアに突入してからというもの、影も形も見せないでいたためか、完全に失念してしまっていた。

 

 

『奴』の存在を——。

 もう一組の日本代表が——今どこを走っているかを知らないでいる。

 

 

「……ん? なんじゃ……地震か?」」

 

 ふと、目玉おやじが車体が激しく揺れていることを感じ取った。鬼太郎の頭の上からでも、大地が鳴動していることがはっきりと分かるほどの揺れだ。

 また崖崩れでも起ころうとしているのかと、今し方通り過ぎた後方——渓谷エリアの方へと目を向ける一同。

 次の瞬間——。

 

 

「——おらぁああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 けたたましい雄叫びと共に、崖そのものをぶち破りながら——巨大なマシンと、それに乗る大鬼が飛び出してきた。

 悪路王と、その乗機『極悪号マークII』である。

 

「あ、悪路王!?」

「バカな……いつの間にこんなところにまで……!?」

 

 鬼太郎と目玉おやじが驚愕を露わにする。

 一番遅く、それでいてここまで追い抜いてくる気配すら見せなかった悪路王がいきなり飛び出してきたのだ。

 いったい、何故と彼らが戸惑うのも無理からぬことであった。

 

 

 

 

 

 時間を少しばかり遡る。

 渓谷エリアで鈴鹿御前を始めとした選手たちが、右や左と分かれ道を選択した——そのだいぶ後に悪路王も、その道へと差し掛かった。

 

「悪路王様! 道が三つに別れております!!」

「どの道を進めばよろしいんでしょうか!?」

 

 目の前に広がる選択肢に、極悪号マークIIの運転手を務めるモヒカンとスキンヘッドの鬼が悪路王の意向を伺う。選択肢次第ではレースの勝敗を分けるだろうと、慎重に選ぶ必要があったわけだが。

 

「——真っ直ぐだ!! 何があろうと真っ直ぐ進め!!」

 

 悪路王は迷うことなく真ん中の道。誰も通らなかった『中央』のルートを選択した。

 

 その道——実は『大外れ』。

 幾度も道を曲がりに曲がり、最終的には行き止まりに辿り着いてしまうという意地悪なルートであった。その道を選んだ時点で勝敗は決したと。その様子を見届けていた刑部姫が実況席からほくそ笑み、それ以降は悪路王に目を向けていなかったわけだが。

 

「むむっ! 曲がり道です!! 揺れますのでお気を付けをっ!!」

 

 そのルートをコース通りに進み、曲がり角に差し掛かったところで——。

 

「——真っ直ぐだ」

「——へっ?」

 

 あろうことか、悪路王はそれを無視して真っ直ぐ——ただひたすら、真っ直ぐ進めと部下たちに指示を出したのだ。

 当然、目の前には崖が立ち塞がっているのだが、そんなもの関係ないとばかりに。

 

「ぬん!! 道とは、自らの力で切り開くものだ……フッ!!」

 

 悪路王は眼前の崖を力づくでぶち壊し、強引に自分で道を作り出してしまった。そうやって立ちはだかる崖を、障害を全て取り除きながら渓谷エリアを颯爽と駆け抜けていく。

 悪路王の強大な馬鹿力があればこそ成り立つ、呆れるほど単純な最短ルートだ。

 

 それにより凄まじい追い上げを見せる悪路王が、ついに——鈴鹿御前たちへと追いついてきてしまったのだ。

 

「グハッハッハッハッハ!! ようやく追いついたぞ!! さあ、観念して儂の嫁になるがいい……鈴鹿御前!!」

「っ!! マジうざいっての……!!」

 

 そうして至近距離まで接近してきた悪路王が、鈴鹿御前へと改めてプロボーズしてくる。

 鈴鹿御前は心底からウザそうに悪路王の告白を拒否するが、このレースに敗北すれば彼女の嫁入りが決まってしまう。

 

 

 そんな絶望的な未来が、今まさに実現しようとしているのだ。

 

 

 

×

 

 

 

『な、なんてこったい!! まさか、まさかこんな展開になるとは……この刑部姫の目を持ってしても見破れ——』

『言ってる場合スか!?』

 

 実況席の刑部姫が頭を抱えながらもちょっとしたジョークを口走りかけるが、ガネーシャがそれどころではないと口を挟む。

 最後のチェックポイントを乗り越えて安堵したのも束の間、ついに悪路王に追いつかれてしまった鈴鹿御前たち。ここまで来ればゴールまで目と鼻の先だが、悪路王との距離もほとんどゼロ距離に近い。

 

「くっ……指鉄砲!!」

「ちょっ……マジやばなんですけど!!」

 

 この窮地をなんとか乗り越えようと、鬼太郎が指鉄砲を放って悪路王を攻撃。その間に鈴鹿御前がバイクの速度を上げ、一気に相手を引き離そうとする。一度でも大きく距離を空けられれば、あとはそのまま逃げの一手でゴールまで走り切ることが出来る筈。

 所詮、鈍重な悪路王の極悪号マークIIでは、鈴鹿御前のバイクを相手に純粋な速度勝負では追いつけないのだから。

 

「逃さんぞ……どりゃああああ!!」

 

 だがそれは悪路王も承知済み。この機を逃さんとばかりに、悪路王は金棒で地面を抉り取り、その破片を弾丸のように飛ばしてくる。

 その破片の一撃が、不運なことに鈴鹿御前のバイクに直撃してしまった。

 

「っ……!!」

「鈴鹿御前……これも愛のためだ!! 許せ!!」

 

 衝撃に揺れる鈴鹿御前が、瞬間的にスピードを緩めてしまう。その一瞬を見逃さず、悪路王は金棒を振りかぶった。

 鈴鹿御前を自らの手中に収めるため、あえて心を鬼にして金棒を一閃——。

 

「あっ……!!」

「いっ……!!」

 

 その一撃に、鈴鹿御前の乗機たるKMR3000ーMHが破壊される。乗り手たる鈴鹿御前も、サポートの鬼太郎も宙に投げ出されて吹っ飛ばされてしまった。

 

『——鬼太郎!?』

『——鈴鹿っち!!』

 

 鬼太郎や鈴鹿御前のまさかの事態に、猫娘と刑部姫の悲鳴が実況席から木霊する。二人の身がどうなってしまったのか、それはクラッシュの際に巻き上がった土煙がその姿を覆い隠してしまう。

 

「ハッハッハッハ!! 心配するな、鈴鹿御前! あとで優勝トロフィーを手にお前を迎えにいくぞ!!」

 

 鈴鹿御前を打ち負かしたことで、すっかり有頂天になった悪路王。たとえ走行不能になろうとも、この程度で鈴鹿御前が倒されるわけがないと彼女の実力は信用しているのだろう。

 決して振り返ることなく、勝利へのロードをひたすらに突き進んでいく。

 

「——チィッ!! 仕方ねぇ……俺が勝つしかねぇだろが!!」

 

 しかしまだ、まだアシュヴァッターマンが残っている。

 先ほどの悪路王と鈴鹿御前との攻防の間に、大きく距離を稼ぐことができた彼がトップを独走している。この距離なら悪路王も迂闊には手を出せまいと、油断こそなかったが安堵しながらバイクを走らせていた。

 

「——鈴鹿御前は……誰にも渡さんっ!!」

 

 ところが、悪路王はその距離からも打てる『奥の手』を隠し持っていた。彼は手にしていた得物・金棒を思いっきりぶん投げ——アシュヴァッターマン目掛け、投擲してきたのである。

 

「!! んだとぉおおおおおお……ぐおおお!?」

 

 まさかの一手に咄嗟の反応が遅れてしまう、アシュヴァッターマン。金棒は彼の乗機たるスダルシャンチャクラのボディを貫き、そのまま盛大にクラッシュさせてしまう。

 

 

 インド代表——アシュヴァッターマン。

 あと一歩のところでリタイア、ここで脱落となる。

 

 

 

 

 

「ガッハッハッッハ!! これで儂の前を走るものはいなくなった……この国も! 鈴鹿御前も! 全て儂のものよ!! ハッハッハッ!!」

 

 ついに悪路王が一位を取ってしまった。もはや他に走れる選手もおらず、このまま悪路王がゴールテープを切れば、彼の優勝が確定してしまう。

 

『ああっ!! なんだってこんなことに……』

『どうするんスか? もう後がないっスよ!?』

 

 この事態に実況どころではなく、あたふたと困惑している刑部姫にガネーシャ。だが、いくらジタバタしようともはや手の打ちようがない。

 最後のコーナーを曲がれば、そこはスタート地点でもあったオニランドのレース会場が見えてくる。

 

「悪路王様!!」

「ここから始まるのだ……我々鬼の新たな歴史がっ!!」

 

 会場の観客席では、鬼たちが大歓声で悪路王を出迎えていた。ゴールまで僅か数百メートル。この場にいる誰もが、悪路王の勝利を信じて疑わなかった。

 

 

 

「——まだ……勝ち誇るのは早いっての!! 悪路王っ!!」

「——な、なんだとぉおおお!?」

 

 

 

 だが、勝利を確信する鬼たちの大歓声を打ち消すように、凛とした女性の声が響き渡る。まさかと悪路王を始めとする鬼たちが振り返ると——そこにキラリと輝く一条の光が。

 

 閃光と共に飛来してくるそれは、まさに悪路王の野望を打ち砕く最後の希望——。

 

 

「——きらめくJK、ここに復活!! 燦々スパーク!! 鈴鹿シャイ——ン!!」

「——ま、眩しい……鈴鹿御前、これはいったい!?」

 

 

 鈴鹿御前であった。

 彼女はレースクイーン姿から装いを新たに、巫女装束のような水着姿に変貌を遂げていた。そして乗機もスーパースポーツバイクから、空を飛ぶ牛車へと変わっている。

 その牛車に乗り込んでいる鬼太郎も、いったい何が起きているのか戸惑っている様子だ。

 

 しかしそれこそ、鈴鹿御前の愛車『KMR3000ーMH』の真の姿。彼女が所有する光輪庭園という乗り物、本来の姿なのである。

 先ほどまで、この牛車は鈴鹿御前の愛刀の一振り・顕明連と組み合わせることでバイクの姿へと形を変えていた。それは鈴鹿御前のバイクに乗りたいという個人的な願望がある一方で、単純に妖力を節約するという意味合いも含まれている。

 光輪庭園は凄まじい速度で飛翔する乗り物だが、その分妖力の消耗が激しいのである。最初からこの姿で妖怪ラリーに参加してしまっていては、すぐに力尽きてレースを最後まで走り切ることなど出来なかっただろう。

 

 最後の最後、この瞬間だからこそ鈴鹿御前は光輪庭園という奥の手を繰り出した。それにより、まさに光のような速さで脅威の追い上げを見せる。

 

「グっ……だ、だが今更遅いわ!! お前が追いつくよりも先に、儂がゴールすれば……」

 

 しかしいくら速かろうと、今の鈴鹿御前と悪路王の間には決定的に距離の差があった。誰がどう見ても、悪路王の方が僅かに早くゴール出来るだろうタイミングだ。

 

 鈴鹿御前の追い上げも、全てが無駄に終わるだろうと悪路王が笑みを浮かべる。

 

 

「——なに、調子こいてやがる……レースはまだ終わってねぇんだよ、コラアアアアアアアアア!!」

 

 

 ところが、ここで更なる脅威が悪路王に牙を剥く。それは鈴鹿御前同様、悪路王によってバイクを粉々に粉砕された男——アシュヴァッターマンである。

 大事な愛車をスクラップにされ、まさに怒髪天を衝くといった勢いで吠えたける彼は、砕けた全身鎧からその素顔を曝け出していた。

 

 炎のように真っ赤な髪に、日に焼けたような赤銅色の肌。

 精悍な顔立ちは歴戦の戦士の風格を漂わせ——そのこめかみに、血管がぶち切れんほどに青筋を浮かべている。

 

「許さねぇ……よくも、よくも俺の相棒をぉおおおおおおおお!!」

 

 今この瞬間、アシュヴァッターマンの怒りは悪路王一人へと向けられていた。その怒りを昇華しようと、彼は破壊された愛車の前輪を持ち上げる。

 

 刹那——その前輪から鋭い『棘』が飛び出し、さらには二倍ほどの大きさにまで巨大化してしまう。

 

 ヴィシュヌ神の武器の名を冠する乗機・スダルシャンチャクラはただのバイクではなかった。それこそがあるべき姿だとばかりに、自らの意思で回転を始め、灼熱の炎すらも纏い始めたのである。

 

 

「——くたばりやがれぇええええええええ!!」

 

 

 そして、高速回転する前輪を、アシュヴァッターマンはなんの躊躇もなく蹴飛ばしていく。

 燃え盛る車輪は爆発するような轟音を響かせながら、真っ直ぐ——悪路王の元へと引き寄せられるように突っ込んでいく。

 

「ヒィっ!? あ、悪路王様!!」

「や、やばい……これはやばいっスよ!!」

 

 アシュヴァッターマンの一撃は、光輪庭園よりもさらに速く極悪号マークIIへと到達するだろうと。運転手たるモヒカンやスキンヘッドの鬼がこれは不味いと狼狽え出す。

 

「甘いわ!! そんなもの、この金棒で打ち返してくれ……」

 

 だが、悪路王にはまだ余裕があった。

 何が飛んでこようと自慢の金棒で弾き返してくれると、バッターのように構えて迫る車輪を迎え撃とうとする。

 

 

「あ、あれ……か、金棒……どこいった!?」

 

 

 ところがここであることに気付き、悪路王の目が点になる。肝心の金棒、これまでありとあらゆる障害を取り除いてきた、悪路王自慢の武器が手の中になかったのだ。

 

 それは先ほど、前を走るアシュヴァッターマンを強引に止めようと、金棒を投げ飛ばしてしまったことで発生したアクシデントである。

 金棒はコース上に転がってしまっており、それを回収し損ねた悪路王が完全な無防備となっていたのだ。

 

「こ、こんな……こんなものっ……!!」

 

 なんとか金棒なしで対応しようとするが——流石に力不足だ。

 

 

「——ふぎゃああああああ!?」

 

 

 灼熱の如く燃える車輪の直撃を受け、悪路王の乗る極悪号マークIIが大爆発。ガソリンにでも引火したのか、瞬く間に大炎上するという災難に見舞われてしまう。

 

 

「いっただき!!」

 

 

 その間——悪路王を追い抜いた鈴鹿御前がトップへと踊り出る。

 もはや誰も彼女の走りを止めるものなどおらず、その勝利を揺るがないものとして鈴鹿御前の表情に眩しいばかりの笑顔が浮かぶ。

 

 

「——イェーイ!! 逆転大勝利!! 夏を制するのは私ってことよ!!」

「——ふぅ……とりあえず、これで一安心か……」

 

 

 鬼ヶ島オニランド開幕記念イベント・妖怪ラリー。

 各国の代表や悪路王を退け、見事に鈴鹿御前&ゲゲゲの鬼太郎が勝利したのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「はぁーい、どうもどうも!! みんな応援ありがとね、ブイ!!」

 

 妖怪ラリーの優勝を決めた鈴鹿御前は、そのまま凱旋だとばかりに観客に向かって手を振っていく。

 数多の強敵を退け、勝利という栄光を手に入れたのだ。通常であれば、大勢の人々から祝福されて然るべき状況だろう。

 

「気を抜くな、鈴鹿御前……」

 

 だが、彼女と一緒に賞賛を浴びるべき鬼太郎が緊張感を持ってその場で身構える。

 そこにいる観客たちは、その全員が鬼ヶ島の鬼たちである。人間たちを秘密裏に待避させた関係上、その場には敵と呼べる立場のものしかおらず、当たり前のことだが誰一人鈴鹿御前の勝利など祝っていない。

 

「…………」

「…………」

 

 完全なドアウェー、殺気立った鬼たちが今にも襲い掛かって来そうな雰囲気である。

 

 

「——み、認めぬ!! こんな結末……儂は絶対に認めんからな!!」

 

 

 案の定、鈴鹿御前の優勝に誰よりも不満を持っている鬼——悪路王が抗議の声を上げる。

 

 極悪号マークIIが大破し、モヒカンやスキンヘッドという部下も爆発に巻き込まれて倒れたようだが、悪路王自身はほとんど無傷である。

 かの大鬼は投げ捨てていた金棒を回収、万全な状態で鈴鹿御前の前へと立ち塞がり、彼女の優勝をなかったことにしようと抗議の声を上げていく。

 

「こんな……こんな勝負は無効だ!! こんなことで儂に勝った気になるでないわ!!」

「やれやれ、やはりこうなるか……」

 

 そんな悪路王の癇癪を予想の範疇内だと、目玉おやじが首を振りながらため息を吐く。やはり妖怪ラリーでの敗北を素直に認め、鈴鹿御前や日本の支配、オニランドの建設を諦めるような潔い相手ではない。

 結局は野蛮な悪鬼として、物事の全てを力づくで解決しようとする。

 

「まっ!! アンタが素直に大人しく引き下がるとは私も思ってないし~! ていうか、これも計算の内ってやつだし!!」

「な、なにぃぃい?」

 

 勿論、その程度のことは鈴鹿御前も予想通りであった。これは妖怪ラリーが開催される前から想定していた事態であり——既に対策の方もバッチリだ。

 

「アンタをどうにかする包囲網は……とっくに完成してるっての!!」

 

 そもそも、妖怪ラリーで鈴鹿御前が優勝した時点で——とっくに彼女たちの『罠』は完成してしまっている。

 あとは最後の仕上げとばかりに、これまで裏方として動いていた彼女に鈴鹿御前は号令を掛けていく。

 

 

「——それじゃあ、景気良く行くわよ……おっきー!! サポートの方よろしく!!」

 

 

 

「——OK!! 鈴鹿っち!!」

 

 鈴鹿御前の掛け声に、まずは刑部姫が応える。ずっと実況席で高みの見物を決め込んでいた彼女だが、全てはこのときのためと己の力を解放していく。

 

「それでは、久方ぶりに——舞わせていただきます」

 

 力の解放に伴い、彼女の服装が浮ついた水着姿から、正装——姫路城の姫としての姿へと変わり、その場で美しい舞を披露する。

 

「姫路城中、四方を護りし清浄結界。こちら隠り治める高津鳥、八天堂様の仕業なり。即ち——白鷺城の百鬼八天堂様!!」

 

 それは刑部姫が味方を鼓舞するための舞だ。以前もその舞を鬼太郎たちの前で披露し、彼らを手助けしたことがあった。

 だがその舞は、刑部姫のホームグラウンドである『姫城城』でなくては、十分には効力を発揮出来ない。刑部姫の舞と、姫路城の美しさが同調するからこそ、それは最大の効果を発揮する——筈であった。

 

 

 ところが——刑部姫の舞に合わせて大地が震え出す。彼女の舞に呼応し、鬼ヶ島の各地から光の粒子が溢れ出してきたのだ。

 

 

「こ、これは……いったい!?」

「何が起きてるんじゃい!?」

 

 その異変に、鬼ヶ島を住処とする鬼たちは戸惑うしかない。いったい何が起きているか、彼らでは理解出来なかっただろう。

 

 

 だがこれこそ、実況の傍ら妖怪ラリーの裏側で刑部姫がずっと調整を続けていた『仕込み』の成果だ。

 

 妖怪ラリーの選手たちが通った『四つのチェックポイント』。実はその各所には刑部姫の『旗』が立てられていた。それは城化物である彼女が、姫路城以外の場所で十分に活動できるようになるための目印のようなもの。

 今回はその旗を鬼ヶ島の霊脈。重要なポイントに設置することにより、一時的とはいえこの島を自らの領地——『姫路城』であると上書きしていたのである。

 

 そうして姫路城とされたこの地を、妖怪ラリーに参加した選手たちが『走る』ことにより、彼らの妖力・神気といった力がこの地へと刻み込まれていく。

 刑部姫は、そうやって土地そのものに染み込んだ力を光の粒子に変換、汲み取っているのだ。

 

「此度のレース、実に見事なものでした。勝利者には当然、褒美が与えられて然るべきでしょう……てい!!」

「確かに受け取りました……かしこまり!!」

 

 そこから、厳かな口調で刑部姫は集めた力を『城主権限』として、鈴鹿御前へと譲り渡していく。

 

 それは鈴鹿御前が妖怪ラリーの優勝者だからこそだ。この地を沸かしたレース、城主へと捧げられた祭りを盛り上げた功労者として、力を恩賞として渡す。

 もしも、鈴鹿御前が妖怪ラリーを優勝していなければ、褒美を受け取るのに相応しくないと。力の譲渡も不完全なもので終わっただろう。

 

 だが、鈴鹿御前は見事に妖怪ラリーを勝ち抜いた。

 それにより力を授けられたことで——彼女の身体に、かつてないほどの妖力が漲ってくる。

 

 

「——JK力MAX!! 花も乱れる鈴鹿御前!! 華麗に転身ってね!!」

 

 

 すると鈴鹿御前、その力を受け皿とするのに相応しい装いへとその姿を変えていく。

 

「おおっ!? あれなる姿こそ、まさに鈴鹿御前…… 立烏帽子!!」

 

 その鈴鹿御前の姿を目にするや、悪路王から感嘆の声が漏れる。

 それはレースクイーン姿でも、女子高生服でもない。彼女が着飾るのは天女が纏いし、煌びやかな着物のドレス。口調こそ砕けたままだが、その姿はかつての悪路王を討伐した当時のもの。

 

 立烏帽子(たてえぼし)とも呼ばれた、天魔の姫としての艶姿である。

 

「おお……やはり、其方は美しい…………」

 

 まさに在りし日の鈴鹿御前の姿に、恋に落ちた悪路王が惚けるように彼女を一心に見つめている。

 しかし、悪路王の想いを鈴鹿御前が受け取ることはない。彼女は今再び、かの悪鬼を討伐せんがため、自らの妖力を限界まで高めて必殺の一撃をお見舞いする。

 

「草子、枕を紐解けば、音に聞こえし大通連」

 

 その口から紡がれる祝詞と共に彼女が天へと掲げたのは——大通連。

 別の物質に変化するという性質を持った黄金の太刀だが、本来の銘は——文殊智剣大神通(もんじゅちけんだいとうれん)

 

「いらかの如く八雲立ち、群がる悪鬼を雀刺す」

 

 その真名を解放することにより、大通連は無数に『分裂』する。上空で円心円状に展開される剣の数は——およそ五百本。

 本来であれば、大通連は坂上田村麻呂が所有する夫婦剣——『素早丸(そはやまる)』がなければその力を十全に発揮することは出来ない。

 だが、刑部姫の力でブーストされた妖力で、鈴鹿御前はかつてないほどの威力で大通連を振るい、そして解き放てる。

 

 

「——恋愛発破(れんあいはっぱ)天鬼雨(てんきあめ)!!」

 

 

 開放された大通連たちが、五百本もの刀が豪雨の如き勢いで地上へと降り注いでいく。放たれた天鬼雨は悪路王だけに留まらず、地上で殺気立っていた全ての鬼たちにその刃を突き立てる。

 

「うげえええええ!!」

「あびゃびゃ!?」

 

 並の鬼であればたった一本でも刺されば断末魔の悲鳴を上げ、屈強な大鬼でも五本も刺さればもう立ってはいられない。

 

 

「——ぐああああああああああああああああ!!」

 

 

 そして悪路王の肉体を、百近くの大通連が貫いていく。

 鬼ヶ島の支配者としてこの地に君臨していた大鬼が絶叫を上げながら、遂にその屈強な身体を地に沈めたのだ。

 

 

 

「た、倒したのか……!?」

「えげつない技とね~、こんなもんまともに喰らっては駄々では済まんとよ~……」

 

 鈴鹿御前の天鬼雨の被害を受けないよう、既に鬼太郎は一反木綿に乗って上空へと退避していた。場合によっては鬼太郎も加勢するつもりだったが、その必要がないのは火を見るより明らか。

 

「ふぃ、疲れた……けど、これでなんとかなった感じかな?」

 

 鈴鹿御前に力を譲渡した刑部姫も、役割を終えたとばかりに自身の式神・巨大な折り紙の鶴に乗って上空へと退避している。今頃は秘密裏に避難していた人間たちも、船に乗って鬼ヶ島を脱出している頃だろう。

 他の選手たち、各国の代表らも異変を察知して鬼ヶ島から脱出している様子。

 

 現状、鬼ヶ島にいるのは悪路王と、その配下である鬼たちだけ。故に鈴鹿御前が手加減をする必要など全くなく、全力で放たれた彼女の天鬼雨で多くの鬼たちが倒され、もはや地上は死屍累々といった有り様である。

 

「——おのれぇえええええ!! この程度でやられるものかあああああ!!」

 

 だが、悪路王は未だにその肉体を保っていた。深手を負ってはいるようだが、その身体は未だ屈するこことを知らず、何度でも立ち上がってみせる。

 

「しつこっ!? こりゃ……やっぱり正攻法じゃ、無理っぽいね……」

 

 あまりのタフさに、刑部姫が頭を抱える。

 やはり悪路王は鬼ヶ島の主として、凄まじい妖力をその身に秘めているようだ。一度は土地の支配権を奪った刑部姫ではあるが、それも僅かな時間のみ。

 既にこの地の支配権は悪路王へと戻ってしまっており、それにより彼はほぼ無敵の強さを誇っている。

 

 この鬼ヶ島にいる限り悪路王が物理的に倒されることはないだろう、出来てせいぜい——足止めくらいだ。

 

 

「——そっちの準備は出来てるかな……ガっちゃん!!」

 

 

 だがそれで十分だとばかりに、刑部姫はガっちゃん——ガネーシャの名を叫ぶ。

 最後の仕上げを担当する神様に『最後の一押し』を託していく。

 

 

 

「——悪路王とやら、今こそ神罰の時である」

 

 鬼ヶ島の遥か上空、巨大な象の石像が宙に浮遊していた。言うまでもなくガネーシャ神だ。妖怪ラリーが終わり、刑部姫や鈴鹿御前が悪路王を追い詰めていた間にも、かの神はその場に移動していた。

 全ては力を蓄え——悪路王を『封印』するため。どこかだらしなかった雰囲気はすっかり消え失せ、その身に荘厳な空気を纏いながら、神としての権能を発揮しようとしていた。

 

「我こそガネーシャ……我は智慧を、富を、幸運を、繁栄を、商売繁盛を!! あまねく恩恵を人々にもたらす神……」

 

 ガネーシャという神は、あらゆる恩恵を司る万能神である。

 あらゆる成功を、立ち塞がる『障害を除去』することにより、その願いを叶える手助けをしてきたことで、人々から崇拝の念を集めてきた。

 

「此度の我は障害神として貴様の前に立ち塞がろう……その悪しき野望を堰き止めよう」

 

 だが、ガネーシャ神が障害の除去を司る神とされる以前、かの神は障害を与える神——『障害神』としての性質を強く持ち合わせていた。

 

 それは生まれたばかりの頃、母であるパールヴァティーの沐浴を誰にも覗かせないようにと、『門番』として立ち塞がったことに由来する。その強い意志は、父親であるシヴァですらも押し留めたほど。

 もっとも、そのシヴァの逆鱗に触れたせいで首をちょん切られ、代わりに象の首をすげ替えられた訳だが。

 

 いずれにせよ、ガネーシャが本気になれば神ですらもその歩みを止めざるを得ない。鈴鹿御前の猛攻で傷を負った悪路王ではその力に抵抗できるわけもなく。

 

「な、なんだこれは……儂の身体が……いや、鬼ヶ島がっ!?」

 

 さらにガネーシャの力は、悪路王どころか『鬼ヶ島そのもの』に及んでいた。鬼ヶ島の主である悪路王を——島ごと封じ込める。

 

 

 これが、鈴鹿御前の最終的な目的だ。

 たとえ悪路王を倒したところで、その肉体は時間が経てばいずれは復活してしまう。それに鬼ヶ島が残ってしまえば、いずれどこぞの鬼が新しい支配者として君臨し、そこに残る鬼どもを配下にして再び人々を苦しめるだろう。

 

 後顧の憂いを断つためにも、ここで完全に『鬼ヶ島そのものを悪路王と共に封じ込める』。

 そのための妖怪ラリー。鈴鹿御前が悪路王を弱らせ、刑部姫が土地の霊脈を弄って鬼ヶ島自体を疲弊させる。

 ここまで大掛かりな策を敷き、遂にその時を迎えたのであった。

 

 

 

「——おお!! そ、そんな、こんなことが……!!」

 

 自分が封印される。全てはそのための布石だったことを悟った悪路王は、天に浮かぶ鈴鹿御前に向かって叫んだ。

 

「す、鈴鹿御前!! 何故だ……何故儂の想いを受け入れようとしないのだ!?」

 

 彼は最後まで、未練がましく鈴鹿御前に言い寄ろうとする。だがどれだけ情熱的に彼女を求めようと、鈴鹿御前の返事が変わることはない。

 

「何が想いよ!! どんだけ小綺麗なことを言ったところで、アンタのそれは一方通行の独りよがりなのよ!!」

 

 鈴鹿御前の言うように、悪路王の想いはどこまで行っても一方的な『所有欲』に過ぎない。彼女の気持ちを無視してでも自分のものにしようとする時点で、鈴鹿御前の心が悪路王に傾くことなどないのである。

 

「い、一方通行か……く、くっくっく……はっはっは!!」

 

 鈴鹿御前の拒絶の意思が今度こそ届いたのだろうか。悪路王はその表情を絶望に染めながらも——何故か不敵な笑みを浮かべる。

 

「確かに、そうかもしれんな……だがお前の方どうなのだ!?」

「はぁ? アンタ、何を言って……」

 

 そしてその口から、何故か鈴鹿御前に対して疑問を投げかけた。鈴鹿御前は悪路王の発言の意味を理解しかね、その表情を不快そうに歪めるのだが——。

 

「——坂上田村麻呂」

「——!!」

 

 悪路王の口からその名前が出たことで、鈴鹿御前の表情から感情が消えていく。鈴鹿御前のその変化に気付いた様子もなく、悪路王は自身の知りうることを調子こいて口走っていく。

 

「知っているぞ……お前たちの最後!! お前に裏切られたと思い込んだ奴は、絶望のままにお前を手にかけたそうだな!! お前の想いにも気付かずに!!」

 

 坂上田村麻呂。鈴鹿御前と確かな絆を結びながらも、裏切られたと思い込み、彼女を悪鬼の仲間としてその手にかけた。

 鈴鹿御前も、大嶽丸の妻として下った理由を坂上田村麻呂に話さなかった。話さなくても理解してもらえると思っていたのだろうが、結局はそれが彼との悲恋を招いてしまった。

 

 そんな二人のすれ違いを——悪路王は嘲笑う。

 

「お前の、お前たちの想いこそ一方通行ではないのか!? どちらも独りよがりの想いを、一方的にぶつけていただけではなかったのか!!」

 

 既に自身の命運が尽きかけているということもあってか、悪路王は言いたい放題に二人の仲をなじっていく。所詮は振られた男の醜い嫉妬心、聞くに値しない戯言であろう。

 

 だが、そんな愚かな戯言が——。

 

 

「——その薄汚い口を閉じろ、悪路王」

「——っ!!」

 

 

 鈴鹿御前の逆鱗に触れてしまう。

 

「っ……!!」

「ひぇっ~……」

「す、鈴鹿っち……」

 

 これに鈴鹿御前の隣を飛翔する鬼太郎と一反木綿、刑部姫がゾクッと肩を振るわせる。

 彼女の虫ケラでも見るような眼光が悪路王を射抜く。それを向けられているわけでもない、鬼太郎たちでさえも凍りつくような絶対零度の視線だ。

 

「お前如きに、私とあの人との間にあったものを……とやかく言われる筋合いはない」

「——!!」

 

 その視線が注がれることで、悪路王もようやく己の軽率さを悟ったのだろう。しかし、もはや後の祭りだ。

 放っておいても封じられて終わるであろう悪路王へと、再び鈴鹿御前が天に向かって大通連を掲げる。

 

「文殊智剣大神通……」

 

 真名を解放して展開される、五百本の大通連。

 

 

「——斬奸発破(ざんかんはっぱ)・天鬼雨!!」

 

 

 今度はその全てが——悪路王一人に集中して降り注がれていく。

 

 

「——ぎゃあああああああああああああ!!」

 

 

 先ほどとは比べ物にならないほど、苛烈で激しい天鬼雨が炸裂し、悪路王の口から絶叫が迸る。

 軽率な言葉の代償を、痛みを持って思い知ることになった悪路王。全身を滅多刺しにされたまま、その身が『四角』の中に封じ込められていく。

 

 

「むぅ~ん!!」

 

 

 それこそ、ガネーシャの権能による封印であった。悪路王だけには留まらず、最後には鬼ヶ島全体を巨大な四角い物体が包み込んでいく。

 

 そうして、鬼ヶ島を丸ごと飲み込んだ後に、四角型の封印が海の底へと沈んでいく。

 これで向こう数百年。下手をすれば数千年、数万年。鬼ヶ島が浮上してくることはなくなっただろう。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 当初の目論見通り、悪路王を鬼ヶ島ごと封じることに成功した。だが目的を達した鈴鹿御前の顔に笑顔はない。

 最後、悪路王に言われたことが心に引っかかっているのか、どこか寂しそうな瞳で遠くを見つめている。

 

「鈴鹿御前……」

 

 そんな彼女へ慰めの言葉でも掛けようと思った鬼太郎だが、すぐに思い止まる。彼女自身が言っていたように、安易な気持ちから鈴鹿御前と坂上田村麻呂に関して口を挟むべきではない。

 今はただ、彼女が自分の気持ちに整理を付けられるのを静かに待つ。

 

「私さ……あの人とは互いに一目惚れでね。すぐに夫婦になっちゃったんだ……」

 

 ふと、鈴鹿御前が独り言のように呟き始めた。

 

「別にそのことを後悔してるわけじゃないんだけど……恋人期間を作らなかったのは、ちょっと勿体なかったと思ってたのよ」

 

 鈴鹿御前と坂上田村麻呂は出会ったその日に互いに一目惚れし、そのまま夫婦となった。そのため、鈴鹿御前は彼と恋人で会った期間がなかったと言う。

 夫婦と恋人、似ているようで全く違う男女の関係。きっと夫婦でなければ出来ないこと、恋人でなければ出来ないことがたくさんあるだろう。

 

「だから……今度、誰かを好きになったら、まずは恋人として色んなことがしたいのよ!! そのためにもJK力磨いて!! いつ理想の彼氏と出会ってもいいように、自分自身をもっともっと綺麗にしていきたいってわけ!!」

 

 きっと、鈴鹿御前は坂上田村麻呂のことを忘れたわけではない。彼との想い出は今も彼女の胸の中に、かけがえのないものとして残っている筈だ。

 

 それでも、それはそれとして鈴鹿御前は新しい恋を探す。

 そうすることでしか得られないものがあると信じて、彼女は今日も恋に生きていく。

 

 

 そんな彼女の恋を——静かに応援してくれるものだっている。

 

 

 

 

 

「——チッ! 結局、最後には良いところ全部持ってかれちまったか……まあ、別にかまやしねぇけどな……」

 

 鬼ヶ島より、少し離れた孤島。

 鬼ヶ島の封印に巻き込まれまいと、アシュヴァッターマンがその島まで退避していた。他の代表選手たちも各々で島から脱出し、それぞれの国に戻ることだろう。

 

 鈴鹿御前の優勝という勝負結果に、アシュヴァッターマンは何だかんだ言いつつ、その表情はどこかやりきったという、清々しい顔つきをしていた。

 勝負事であるために手を抜かなかった彼だが、この戦いが悪路王を封印するためのもの。あの鈴鹿御前が勝利することで、初めて成り立つ作戦であることを『とある方』から聞かされていた。

 

 その方との話し合いを思い出しながら、アシュヴァッターマンの口からその名前が呟かれる。

 

「とりあえず、俺に出来ることはやらせてもらいましたよ——パールヴァティー様」

 

 

 

 数日前。

 

『——というわけです。何やらうちの子もお世話になっているみたいですし……どうか協力してあげてくださいね、アシュヴァッターマン』

『はぁ……パールヴァティー様の頼みとあっては、引き受けないわけにはいきませんが……』

 

 パールヴァティーはシヴァの妻にして、ガネーシャの母親——インド神話を代表する女神である。

 

 シヴァの半化身であるアシュヴァッターマンにとっても、彼女は敬意を払う存在。誰の前でも虎のように猛々しいアシュヴァッターマンが、まるで借りてきた猫のように大人しく膝を突いていた。

 彼女は息子であるガネーシャも協力しているからと、アシュヴァッターマンにも妖怪ラリーに参加し、それとなく鈴鹿御前を勝たせてやってほしいというのだ。

 

『しかし、なんだってパールヴァティー様がわざわざ? あんな島国の妖怪退治に、どうして首を突っ込むんですか?』

 

 だが、アシュヴァッターマンはどうしてパールヴァティーが今回の件に絡んでくるのかと疑問を浮かべる。

 日本と神話体系が異なるとはいえ、パールヴァティーは天上の神々の一柱だ。本来、そういった存在が下界、人間たちの世界に必要以上に干渉するのはあまり推奨されるべき行為ではない。

 パールヴァティーほどの女神が、そのことを分かっていないとは思えない。果たして彼女の真意はどこにあるのか。

 

『それは……ここだけの話、あの子って……日本じゃ、天竺第四天魔王の娘さんってことで通ってるでしょ?』

『天竺第四天魔王? ああ、つまりは天帝の……ということは、彼女は帝釈天の……?』

 

 

 天竺——それは昔の日本や中国が、インドのことを指した旧名である。その天竺からやってきた魔王、それが鈴鹿御前の父親である天帝の正体だ。

 ちなみに、天帝とは古代中国の思想においては最高神のことを指す。もっともそれがどのような姿でいるかなど、具体的なことは形にされおらず、その有り様にはいくつも解釈の仕方がある。

 その解釈の中でも——仏教において、天帝とは『帝釈天』のことを指しているとされる。

 

 帝釈天(たいしゃくてん)——それは仏教を守護する神の名前として知られているが。

 その仏教が伝わってきたインドでは、ヒンドゥー教の『とある最高神』と同一視されている存在でもある。

 

 つまるところ——鈴鹿御前の父親である天竺第四天魔王とは、インド神話に名を連ねる神様のことであると、そのように考えることが出来るのだ。

 

 

『まあ、今や鈴鹿御前という存在は、完全に日本の伝承として定着していますからね……今の彼女にインド神としての性質はほぼ皆無でしょう』

 

 もっとも起源がどうであれ、今や鈴鹿御前という存在は完全に日本の伝承として、日本の民たちに認知されている。

 今の彼女からはガネーシャやアシュヴァッターマンのような、インド神話に属するものとしての気質はほとんど失われているだろうとのことだ。

 

『それでも、彼女があの神の娘さんであることに変わりはありません。彼女が日本に定着してしまったのも……あの国を魔国に変えようなどと、父親のトンチンカンな命令に従おうとした結果ですからね……』

『なるほど……そういうことでしたら、俺も依存はありません』

 

 どうやらパールヴァティーは同じインド神話の神として、どういう理由か天竺第四天魔王などと呼ばれた頃の帝釈天が『日の本を魔国にする』などという指令を出したことを恥じているようであった。

 

 今回、鈴鹿御前に手を貸そうとしたのも、そんな身内の恥をすすぐという気持ちがあったから。それならば自分も納得だと、アシュヴァッターマンもパールヴァティーの指令に力強く頷いたものだ。

 

 

 

『まっ! そうじゃなくても……私は個人的に彼女を応援したいと思ってますよ?』

『……?』

 

 もっとも最後の最後。話のまとめとしてパールヴァティーは笑顔で、個人的な願望を口にしていた。それはパールヴァティーがシヴァという夫を深く、深く愛しているが故に出た発言。

 

『彼女は恋に生きる女の子ですから!! 女神としては、どうしても応援したくなってしまうんですよ……ふふふっ!』

『そ、そうですか……』

 

 あくまでも鈴鹿御前の『恋』を守るためだと。あまりにも単純明快、愛や温和の象徴とされるパールヴァティーらしい言葉に、アシュヴァッターマンも呆気に取られるしかないでいた。

 

 

 




人物紹介

 狼王ロボ
  アメリカ代表として、ヘシアンとコンビを組んでいる人間絶対殺す狼。
  出典は『シートン動物記』、実在したともされるハイイロオオカミ。
  今作では人間を憎むあまり、亡霊として妖怪になったという感じの設定。
  尺の都合上、ストーリーにはあまり絡みませんでしたが、キャラとしてはとても強キャラ感がある。

 ヘシアン
  ロボとコンビを組んでいる、ドイツ代表。
  出典は『スリーピー・ホロウ』。アメリカでも結構有名な伝承なのかな?
  首を斬られたとか、首が大砲で吹き飛ばされたとか。
  その首を求めて彷徨う亡霊……何の因果か、それがロボと出会ってしまう。
  
 アシュヴァッターマン
  インドを代表する叙事詩『マハーバーラタ』に登場する最強の戦士。
  その半身にシヴァを宿す、半化身。常に怒っているのが平常運転。
  一見するとチンピラかヤンキーに見えるが、割と話せばわかる理知的な人。
  アシュヴァッターマンはヒンドゥー教では『不死者』の一人とされており、今も世界を彷徨い生き続けているとされている。
  
 パールヴァティー
  シヴァの妻にして、ガネーシャの母親。
  アシュヴァッターマンの回想にだけ登場、最後のまとめ役とさせていただきました。
  

次回予告

「境港に響く美しい歌声。その歌声のせいで船が沈んでしまうとか……。
 父さん、今年は何とかまなが来る前に、妖怪騒ぎを解決しないと!

 次回——ゲゲゲの鬼太郎『たゆたう歌声』見えない世界の扉が開く」


 次回は『とあるゲーム作品』に登場する、あるサブシナリオがメインの回です。
 ネットでタイトルを調べればすぐに出てきますが……とりあえず、クロス先はまだ秘密。

 次回からは6期アニメの恒例に従い、二話連続で境港が舞台となるお話になります。どうかお楽しみに!! 


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