詳しい感想などは改めて活動報告などで個別に書きますが……待ち望んだ甲斐はあったぞ!!
いずれはゲゲゲの謎に絡んだストーリーや設定なども、この小説で書いていきたいと思ってます。
そして、今回のクロスオーバーは『聖剣伝説レジェンドオブマナ』でございます。
1999年に発売された、聖剣伝説シリーズの外伝作品。独特の世界観や、ゲームシステムが現代でも色褪せない名作です。
2021年にはリマスター版まで発売されており、まだ未プレイな方はそちらの方で遊んでもらえるときっとより良いゲーム体験が出来るかと思います。
え? アニメ版?
ま、まあ……詳しく試聴出来なかったのであんまり言うつもりはないのですが……あまり好評ではなかったとか。
ただ読む前の注意点。
タイトルには分かりやすく聖剣伝説とのクロスであることを表記していますが……聖剣の類は一切出てきません。また、プレイヤーの分身である主人公も出てきません。
あくまで一部のキャラだけが出演する、いわゆるキャラだけ参戦に近い形となっています。
そして今回はその中でも『たゆたう歌声』というサブイベントを中心に、話を組み立てています。
いったいどういう話になるのか、色々と予想しながら楽しんでいってください!
「——よ~し……大漁! 大漁!!」
「——うひゃ!? こいつはとびっきり活きがいいぜ!!」
夜明け前の沖合、一隻の船が波に激しく揺られながらも漁業に精を出していた。漁の成果は絶好調、生簀の中を元気に泳ぎ回る活きのいい魚たちに、漁師たちは皆笑顔を浮かべている。
彼らは、
境港は鳥取県の西部、日本海に面する江戸時代から港町として栄えてきた場所である。日本国内でも有数な水産拠点として多種多様、良質で新鮮な海の幸が大漁に水揚げされる。
毎年、夏のこの時期になると、その海の恵みに感謝を捧げるお祭りが町を上げて行われる。その祭りを盛り上げるためにと、今日も一段と張り切って漁に励む海の男たち。
「そういえば……そろそろ、あの子! 庄司さんところの姪っ子が遊びにくる頃じゃねぇか?」
「ああ、まなちゃんな!! 確か今年で中三だったか? 受験で忙しいだろうけど、あの子ならきっと来てくれるだろうさ!!」
ふと、仕事の合間の世間話で漁師たちはとある話題を口にする。この時期にいつも境港に来る少女——犬山まなのことだ。
彼女はこの境港で暮らす犬山
彼女の明るくて人懐っこい性格もあってか、境港市に住む人々も彼女の来訪を毎年の風物詩のように楽しみにするようになっている。
「そういえば、庄司のやつが言ってたんだけどよ……」
だがその表情に僅かな陰りを帯びせつつ、眼鏡を掛けた一人の男性、この船の持ち主・通称キノピーが何かを思い出したように口を開く。
「あの子……記憶がなくなったとか、色々と大変らしいんだよ」
「なに……? 記憶がないって……そりゃどういうことだよ!?」
「境港のこと、何にも覚えてないってことか!?」
キノピーの言葉に、どういうことかと前のめりに反応する他の漁師たち。
「いや……俺も詳しいことはわかんねぇんだけど。なんでも、ここ二年間の想い出……特に妖怪に関することとか、さっぱり覚えてないらしいんだ」
キノピーも、あくまで人伝の話なので詳細は分からない。しかし聞いた話によると、まなはこの二年間の記憶が一部欠落しており、特に『妖怪』たちと関わった事柄を全く覚えていないというのだ。
「よ、妖怪……ってことは、鬼太郎くんたちのことを忘れちまったってのか?」
「そいつはまた……難儀なことだな……」
その話に、漁師たちがなんとも言えぬ表情で互いの顔を見合わせる。
全国的に妖怪の被害を受けることが多くなった昨今、ここ境港の人々も妖怪というものを広く認知していた。だが彼らにとって妖怪とは恐れるだけの存在ではない。人間に危害を加える恐ろしい妖怪もいれば、そんな連中から守ってくれる良い妖怪だっている。
それこそが、ゲゲゲの鬼太郎とその仲間たちである。犬山まなと仲が良いという彼らに、境港の人々も幾度となく助けられた。
そんな彼らの活躍に感謝を讃える、また『とある妖怪』への鎮魂の意味も込め、境港市では妖怪の銅像を飾るようになった。
今ではその銅像のある通りがちょっとした観光名所になっており、境港の人々も妖怪というものに親しみを持つようになっていた。
「だから……あの子の前であんまり妖怪の話はするなよ。あの銅像とかも……あの子がいる間は隠しておいた方がいいかもしれん」
「そうか……そうかもしれねぇな……」
だからこそ、まなの記憶喪失に自分たちのことが含まれていないとはいえ、それを人ごとだと割り切ることが出来ないでいる。出来ることなら、まなに鬼太郎たちのことを思い出してもらいたいものだが。
もっとも、境港の人々にまなの記憶を取り戻させる手立てがあるわけでもなし。彼らに出来ることは、まながこの境港で気まずい思いをしないで済むよう、出来るだけ妖怪の話題を避けることくらいか。
いずれにせよ、自分たちに出来ることが大してないことに、境港の人たちはどこか歯痒い思いを抱いていた。
「よし……そろそろ戻るか!!」
そのように、いずれは境港を訪れるだろうまなのことを気に掛けつつ、とりあえず今は目の前の仕事を片付けようと。そろそろ漁を終え、陸に戻ろうと漁師たちが網などを片付けていく。
今日の漁模様もいたって良好。漁港へと胸を張って帰還できる成果を手見上げに、陸地に向けて船を発進させようとする。
そのときであった。
どこからともなく、美しい歌声が聞こえてきたのは——。
「〜〜♪ 〜〜♪♪」
「ん……? なんだ……歌?」
「…………綺麗な歌声だな……」
船の上というあまりにも不自然な場所まで響いてくるその歌声に対し、不気味さよりもうっとりと聞き惚れるキノピーたち。それだけ荘厳で幻想的、これまで聞いたこともないほどに可憐な歌声だったのだろう。
暫しの間、時間も忘れてその歌に聞き入る漁師たちだったが——。
「!! な、なんだぁあああ!?」
「!? ふ、船がっ!?」
突如、なんの前兆もなく彼らの乗る船が大きく揺れた。まるで爆弾でも爆発したような衝撃の後、凄まじいうねりの荒波が襲い掛かってきたのだ。
「な、なんでこんなっ……!?」
「嘘だろ、おい!?」
いきなりのことに、この海に慣れ親しんでいる筈の漁師たちですら咄嗟に反応が遅れてしまう。海の天気は気まぐれに変わるものだが、これはあまりにも急激すぎる変貌だった。
そんな目まぐるしい変化になんとか対応しようと、右往左往する漁師たちであったが——。
「——うわぁあああああああああ!?」
次の瞬間、見上げるほど大きな波にさらわれ、キノピーを始めとする漁師たち全員が海の中へと呑み込まれていく。
「…………!」
彼らが海の中へと消えていく頃には、あの美しい歌声もピタリと止んでいた。
×
「今年も暑いわね……」
「そうだな……」
ゲゲゲの森のゲゲゲハウスにて、猫娘や鬼太郎が一足早い夏の訪れを肌で感じ取っていた。
年々、徐々にだが暑さを増していく近年。少なくとも昔はもう少し涼しかったと、人間以上に長生きな妖怪たちは過去をそのように懐かしむ。
この気温の上昇には地球温暖化やら、人間社会の都市化やら自然変動やら。専門家に語らせればそれこそ分厚い論文が出来上がるほど、複雑な問題が色々と絡んでくるのだろう。
だが、大多数の人間にとっても、妖怪にとっても暑さの原因などは特に問題ではない。ただただ毎日がうだるようだと、何もする気力が湧かずに脱力するだけだ。
「ほら、鬼太郎。かき氷、出来たわよ」
「ああ、ありがとう……猫娘」
そんな酷暑の中、少しでも涼もうと妖怪たちは知恵を振り絞る。
生憎とゲゲゲハウスに扇風機や冷房などという無粋なものはないが、猫娘は持参したレトロなかき氷機でかき氷を作り、それを鬼太郎にも振る舞っていく。
ヒンヤリと氷が口の中で溶け、シロップの甘さと共にじんわりと冷たいものが身体に染み渡っていく。
「う~む……そういえば、そろそろ夏休みとかいう時期に入る頃合いじゃが……まなちゃんは、今年も境港に行くのかのう……」
そのように夏の訪れに浸っていたためか、目玉おやじが人間たちの間でそろそろ『夏休み』が始まる頃だと何気ない呟きを溢す。ちなみに彼は氷風呂で暑さを凌いでいるようだが、流石に身体が冷えすぎるためかぶるぶると震えている。
そして夏休みといえば、鬼太郎たちの友人である少女——犬山まなが里帰りに境港へと赴く時期である。
「…………何も、なければいいんだが……」
「心配ね……私、こっそりついて行こうかしら?」
複雑そうな表情をしながらも、まなのことを心配する鬼太郎たち。
境港といえば、まなと祭りを楽しんだ思い出深い土地だが、それと同じくらい妖怪騒動で何かと苦労させられた苦い記憶が多い土地でもある。
今年もまた何か起きるのではないだろうかと、そんな心配からこっそりとまなの後をついて行こうかと猫娘などは思案に耽っていたが。
「ん……着信? 純子さんから?」
すると、そんなことを考えていた猫娘の携帯に着信があった。スマホのディスプレイには今し方話に出てきた犬山まなの母親——犬山純子の名前が表示されている。
まなとは関係が断たれてしまったものの、猫娘はその母親である純子としっかりと連絡先を交換していた。いつもはメールなどで定期的にまなの様子を報告してもらっているのだが、電話というのはなかなか珍しい。
「もしもし……?」
「…………」
嫌な予感をしながらも電話に出る猫娘。
鬼太郎も、これは何かあるなと思いながら無意識にかき氷を口に含んでいき、キーンと頭が痛くなる感覚に反射的に妖怪アンテナがピンと立っていく。
「!! 分かりました……すぐに鬼太郎と向かってみます!」
それは僅か一分ほどの通話であったが、それだけでことの重大さが伝わったのだろう。猫娘が鬼太郎に視線を向けながら、純子の話に頷いていく。
「何かあったようじゃが……もしや?」
猫娘の様子に氷風呂から上がった目玉おやじが何事かと要件を尋ねるが、話の流れからなんとなくそれが何なのか察しがついているようであった。
「ええ……さっき庄司さんから連絡があったって……」
「——!!」
案の定、猫娘の口から庄司と——境港に住んでいるまなの伯父の名が出てくる。
二度あることは三度ある。やはり今年も妖怪騒動には事欠かない境港なのであった。
「——もっと南の方を捜索してみろ!!」
「——人手を回せ!! 俺の船もすぐに出る!!」
「——また妖怪の仕業かしら……」
早朝、境港市の港に慌ただしく人々が集まっていた。
普段から港を出入りする漁師たちが慌てて船を出し、彼らを送り出していくその家族たちも不安そうに表情を曇らせている。
「キノピー……どうか無事でいてくれ」
「あなた……」
集まっている人の中に、一組の夫婦の姿があった。夫であろう中年男性がキノピー、いなくなってしまった友人の安否を気遣い、そんな夫に妻である中年女性が寄り添っていく。
「庄司さん!!」
すると、ここで空からカラスのブランコに乗って鬼太郎と猫娘がやって来た。純子から境港で騒ぎがあったという連絡を受け、急いで駆けつけて来たのだろう。
「おお、鬼太郎さん!! 猫娘さんも!!」
「お久しぶりです……わざわざ来てもらって……」
ゲゲゲの森のある東京都から、境港のある鳥取県まで駆けつけくれた鬼太郎たちに夫婦が頭を下げる。
そう、彼らこそ犬山まなの伯父——犬山庄司と、その妻のリエである。鬼太郎たちともそれなりに面識のある彼らが、深刻な事態を想定して純子を通じて助けを求めて来たのだ。
「いったい、何があったって言うのよ?」
その焦りを察してか、挨拶も抜きに猫娘は何があったのかを単刀直入に問う。
「漁船が……戻って来ない?」
「ええ……いつまで経ってもキノピーの船だけ港に戻って来なくて……皆心配してるんですよ」
「キノピー、キノピー……ああ、あのメガネの……」
庄司曰く、港に帰還してくる筈の漁船が一隻。時間になってもまだ帰って来ないと言うのだ。
その船の持ち主であるキノピーと、庄司は親しい友人だ。本名は分からないが大まかな容姿と、その呼び名だけは鬼太郎たちも認知はしている。
「厳密には……まだ妖怪の仕業だと決まったわけじゃないんだが……」
勿論、船がただ戻って来ないと言うだけであれば、通常の海難事故である可能性もある。わざわざ鬼太郎に助けを求めるのは筋違いかもしれない。だが——。
「ただ、一昨年の件もあるからな……妖怪の仕業じゃないかって、みんなして浮き足立ってるんですよ」
「うむ、海座頭じゃな。流石に奴が復活するには早すぎると思うが……」
以前にも似たようなことがあったと、庄司が一昨年のことを口に出す。鬼太郎と一緒に来ている目玉おやじも、確かにそんなことがあったとその事件を思い返している。
海座頭の狙いは、その船に積まれている財宝だった。現代に蘇った彼は、過去に沈めたその船から財宝を回収するため、境港の漁師たちを
琵琶の音色で水を操るという、なかなかの強敵ではあったが、鬼太郎の活躍もあってその肉体は既に滅んでいる。
それが一昨年の話だ。魂さえ残ればいずれは復活する妖怪という存在だが、何か特別な事情がない限りは短期間ですぐに復活するようなことはない。
少なくとも、今回の一件に海座頭が絡んでいるとは考えずらい。
「来週には……まなが遊びに来るんでね。それまでには……心配事を全部片付けて起きたいんだ……」
「!! そうですね……それがいいかもしれません」
だが万が一ということもある。これが妖怪の仕業であることを考え、早いうちに手を打っておこうと鬼太郎に声を掛けたのだ。
なにせ来週になれば彼女——まなが境港を訪れる予定になっているとのこと。
彼女が妖怪に関することを忘れているのは、当然庄司たちの耳にも入っているだろう。出来るだけあの子を荒事から遠ざけようとする庄司の心遣いを察し、それに鬼太郎も同意する。
もしも、これが妖怪による事件であれば早急に解決しなければと。改めて気を引き締める鬼太郎たちであったが——。
「——おーい!! キノピーたちが見つかったってよ!! あっちの浜辺の方だ!!」
「——っ!?」
いざ、消息不明になった面々を探そうと思い立ったその直後、彼らが見つかったという知らせが届けられる。
その一報に安堵するよりも呆気に取られる感じで、鬼太郎たちが互いの顔を見合わせていく。
「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った……」
「お、俺の船が……また沈んじまった……」
行方不明になっていた船の乗組員たち、全員がその砂浜に打ち上げられていた。
よほど大変な目に遭ったのだろう、皆がグッタリとしているがこれといって命に別状はなさそうだ。約一名、大事な持ち船が沈んでしまったと、意気消沈しているのはキノピーだ。
彼は一昨年にも海座頭の手によって船を沈められており、今回の船は最近になって新調したばかりの新造船だった。せっかくの船がまたしても海の底へと沈んでしまったことに、この世の絶望みたいな顔をしている。
「キノピー……! この野郎、心配させやがって!!」
「お、おお、庄司……」
だが、キノピー自身の無事を誰よりも喜んでいる庄司が彼に駆け寄っていく。命さえ無事であればまたやり直せると、とりあえずはホッと胸を撫で下ろす一同。
「皆さん、ご無事のようで何よりです……ですが、これはいったい?」
その砂浜にゲゲゲの鬼太郎たちも赴く。彼も境港の人々が無事であったことに喜んでいたが、この不可解な状況に疑問を抱かざるを得ないでいる。
何故、彼らは無事だったのか。
船が沈んだというのであれば、その船の残骸なども共に打ち上げられていておかしくはないのだが、そういったものも一切見られない。
漁師たちだけが全員無事で、その誰にも目立った外傷がないというのは、あまりにも出来過ぎているように思える。
「それが……俺たちにもよく分からないんだ……」
「確かにあのとき……俺たちは船と一緒に沈んで……このまま溺れる! って……思ったんだけど……」
どうやら漁師たちにも、何故自分たちがこのような形で助かったのか思い当たる節がないらしい。
「う~む……何とも不可解な……ところで、船が沈んだ原因は分かりますかな?」
彼らの話に目玉おやじも腕を組みながら考え込む。残念ながら、現時点で答えなど出よう筈もなかったが肝心な問題。そもそも、どうして船が沈んでしまったのかその理由を問う。
なんらかの自然災害、または船の機材トラブルなどであれば、それこそ鬼太郎たちが手を貸す理由もなくなり、このまま帰っても問題なかっただろう。
しかし残念ながら、そうもいかない理由が漁師たちの口から語られる。
「歌だよ……歌が聞こえてきたんだ」
「歌……?」
漁師たちの話によると、船の上に突然綺麗な歌声が響いてきたというのだ。
思わず聞き惚れるほどに美しい歌声に、夢中で聞き入っていたその最中——突然、船が不調をきたしたり、海が荒れたりといった事象が起こり、瞬く間に海に沈んでしまったという。
「歌……歌で船を沈める? はて……そのような妖怪がおっただろうかのう?」
その話に、目玉おやじがますます首を傾げる。
船を沈める妖怪はそれなりにいるが、歌でとなるとトンと心当たりがない。少なくとも日本妖怪に詳しい目玉おやじでも、即座に答えが出せないでいる。
「綺麗な歌声? ……あっ!?」
「どうした、リエ? 何か心当たりでもあるのか?」
だが、ここで思いもよらないところから手掛かりとなる話が浮上する。
情報提供者は——庄司の妻であるリエだ。夫に思い当たる節でもあるのかと問われたことで、彼女は遠慮気味ながらも自身が知っていることを口にし始めた。
「え、ええ……この間、近所のお母さんたちから聞いた話なんですが……」
それは、町の噂話などに詳しい主婦たちだからこその情報であった。
他愛ない世間話の中にあった——夜な夜な聞こえてくるという『美しい歌声』の怪談。
曰くここ最近、夜になるとどこからか歌声が聞こえてくるというのだ。
近隣住民に聞こえるような音量で、それも夜中に歌を歌うなど非常識かもしれないが、それに対して苦情を訴えるような気にもならないほど、綺麗で澄んだ歌声だという。
近頃では、その歌声を子守唄代わりに聞いているものもいるとか。今のところ特に問題視などはされていなかった。
「ふむ、歌声か……これは調べてみる必要がありそうじゃな……」
「そうですね、父さん」
その歌声が、今回の事件に絡んでいるのであれば無視は出来ない。
船が沈められた原因究明のためにも、さっそく鬼太郎たちが調査を始めていく。
×
「ここか、猫娘? 例の歌声が……この洞窟から響いてくるって?」
そうして、夕方ごろまで聞き込み調査を続けていた鬼太郎たちは、とうとう歌声が聞こえてくる場所そ——の発信源を突き止めた。
それは町外れの海岸。観光客どころか、地元住人も近寄らないだろう穴場に海蝕洞、小さな洞窟があったのだ。
「ええ……町の猫たちの話によると、ここから歌声が聞こえてくるって……」
そんな場所を突き止められたのも、猫娘の手柄である。彼女が境港市周辺の野良猫たちに聞き込みをしたところ、猫たちが揃ってこの辺りから夜な夜な歌声が聞こえてくると証言したらしい。
猫は夜行性であり、おまけにその聴覚は犬の二倍、人間の約八倍はあると言われている。そのおかげで人間などよりも、より正確に歌声の発信源を特定できたのだ。
「こんなところから……いったい、何があるって言うんでしょうか?」
「ここに俺の船を沈めた犯人がっ!!」
「おっかない妖怪でなきゃいいんだが……」
「…………」
ここに歌声の主がいるということで庄司やキノピー、他の漁師たちもここまで付いてきていた。既にその歌声の相手が妖怪であることを想定し、それに鬼太郎がどのように対処するか見届けに来たのだろう。
「ここから先、どんな危険があるか分かりません。あとはボクたちに任せて、皆さんはここで待っていてもらえると……」
ただ鬼太郎は、彼らが洞窟の中まで来ることを良しとしなかった。
もしも歌声の相手が凶暴な妖怪で、やむを得ず戦闘になってしまった場合。狭い洞窟内では皆を巻き込んでしまうと危惧したからだ。
とりあえず、庄司たちにはここで待機してもらおうと声を掛けた——その直後。
「……っ!? 下がって!!」
鬼太郎の妖怪アンテナが、何者かの接近を感じ取る。慌てて皆を下がらせると、次の瞬間にも洞窟近くの海から凄まじい水柱が立ち昇ってくる。
「——その洞窟に近づかないで!!」
その水柱と共に姿を現したのは——少女だった。
勿論、ただの女の子ではない。上半身は人間そのものであったが——下半身は魚類のそれであった。それがどのような存在であるかを、鬼太郎どころか庄司たちですらも知識として知っている。
「——に、人魚!?」
そう、それは俗に『人魚』と呼ばれる妖怪。
海の中を自由自在に泳ぎ回る、半人半魚の怪異。しかし、眼前のそれは鬼太郎たちが認識している人魚とは、少々異なる存在であるようだ。
「私はフラメシュ!! マーメイドのフラメシュよ!!」
彼女は自らを、マーメイドと名乗った。
それは西洋における人魚の呼び方である。つまりこの少女は——。
「マーメイドって……西洋妖怪!?」
「まさか……バックベアードの!?」
西洋妖怪。
日本の妖怪ではない西洋の相手に、思わずバックベアード——今は亡き西洋妖怪の帝王の名を口走ってしまう。
「……あなた、ゲゲゲの鬼太郎でしょう? そのバックベアードを倒した……日本妖怪!!」
するとマーメイド、フラメシュと名乗った彼女が露骨にその表情を歪めた。容姿そのものは美しい彼女がキッと、敵意満々に鬼太郎を睨み付けてくる。
「待ってくれ! まずは話を……キミがあの歌声の主なのか?」
そんな敵意を向けてくる相手にも、鬼太郎は落ち着いて話をしようと呼び掛ける。まずは彼女が例の歌声の持ち主であることを確認しようと、問いを投げかけるのだが——。
「だったら何よ!? 知ってるのよ、あなた……人間の味方なんでしょ!? そいつらに頼まれて……私を追い出しに来たんでしょ!?」
取り付くしまもなく、フラメシュは鬼太郎の問い掛けそのものを突っぱねる。
どうやら、人間という生き物に対して嫌悪感があるようで、その味方をする存在として鬼太郎のことを快く思っていないようだ。
「そんなこと……させないんだから!!」
敵意を抱いたまま、フラメシュは鬼太郎たちを追い払おうと妖力を行使し始めた。
マーメイドである彼女は水を操ることができるらしく、その妖力に当てられた海水が津波のように勢いよく流れていく。
「きゃっ!?」
「うおおおおおお!?」
「猫娘!? 庄司さん!!」
海水に押し流され、洞窟から遠ざけられていく猫娘と庄司たち。鬼太郎は咄嗟に回避行動を取ることで波から逃れることが出来たが、思わぬ先制攻撃に体勢を崩してしまった。
そこへ、一気に畳み掛けるようにフラメシュがさらなる追撃を仕掛けてくる。
「これならどうよ!?」
彼女は先ほどの津波の影響で大気中に舞った水分をかき集め、いくつもの『泡』を作り出す。その泡がまるで光線のように勢いよく射出され、鬼太郎へと襲い掛かる。
「髪の毛針!!」
鬼太郎はその泡に向かって髪の毛針を放った。鋭い針が泡を破裂させ、なんとか泡攻撃を阻止していく。
「ふ、ふん! やるじゃない……けど!! 私だってまだまだ!!」
「くっ……!!」
自身の攻撃を防がれ、明らかに及び腰になるフラメシュ。だがそれでも負けじと、彼女は鬼太郎に対する敵対心を緩めようとはしない。
これに鬼太郎がどうすべきかと苦悶の表情を浮かべている。彼としては無用な争いは避けたいところなのだが、これ以上一方的に責められるのは不味いと焦りが芽生え始める。
一旦でも相手を落ち着かせるため、ある程度の反撃は仕方がないのかと鬼太郎が気を引き締め直す。
「〜〜♪ 〜〜♪♪」
だが、いざ反撃に転じようかと迷っている中——歌声が響いてきた。聞くものの心を震わせるほどに美しいその歌は、洞窟の奥から聞こえてくる。
「——っ!?」
これにフラメシュというマーメイドも驚いた顔をし、洞窟の方へと振り返っていた。その様子からも、彼女が歌い手でないのは明らかだ。
ではいったい誰なのかと、鬼太郎の視線も洞窟の方へと注がれていく。
「——もう止めて、フラメシュ。それ以上は……」
その何者かは洞窟の出口まで来たところで歌うのを止め、フラメシュに争いを止めるように声を掛けた。
そこに立っていたのは清廉な歌声の持ち主に相応しい、儚げながらも美しい女性であった。
「花……? いや、あれは……羽根か?」
その女性は、基本的な姿は人型だが背中に花のように鮮やかな羽根を生やしており、足は大鷲のような鉤爪になっていた。
人魚であるマーメイドのフラメシュとはまるで異なるタイプの半人——おそらくは『鳥人』といったものの類だろうと、鬼太郎は予想する。
「エレ、どうして出てきたの!? こいつら……あなたをやっつけに来たのよ!?」
フラメシュはその鳥人の女性——エレという彼女に、何故姿を現したのかと叱るように叫ぶ。言葉遣いこそ乱暴だが、エレのことを心から心配している様子がその表情から伝わってくる。
「キミが歌声の主じゃな。キノピーさんの船を沈めたのも……キミなのかな?」
そんな彼女たちのやり取りに目を通しつつ、目玉おやじはエレという女性に声を掛けた。
彼女が今回の事件の犯人——歌声の持ち主なのかと。それはあくまでただの事実確認であり、決して責めたような口調にならないようにという、目玉おやじなりの気遣いが感じられる。
「はい……全て私の責任です。私が……私の歌が、皆さんの船を沈めてしまいました……本当に、申し訳ありませんでした」
だが目玉おやじの問い掛けにエレはその顔に罪悪感を浮かべ、深々と頭を下げた。
「あ、ああ……そ、そうなのか……」
「あ、あんた……いったい、何者だい?」
あまりにも潔すぎる謝罪に、被害者である境港の人々の方が恐縮してしまっている。とりあえず、庄司が代表してまずは彼女が何者なのかを尋ねた。
人間たちの問い掛けに、エレは自分がなんと呼ばれる存在なのか——その種族名を口にしていた。
「私はエレ……セイレーンのエレと申します」
×
セイレーン——ギリシャ神話に登場する、半人半鳥の怪物。
基本的に美しい容姿の女性に、鳥の身体を持つとされる鳥人だが、一説では人魚のような姿をしている者もいるという。半人半魚のマーメイドといった個体も、セイレーンと呼ばれることがあるとのこと。
だが、最大の特徴はその『歌声』にある。
セイレーンと呼ばれる怪物は皆一様に美しい歌声をしており、その歌で船乗りたちを魅了し、船を難破させるというのだ。もしも彼女たちの歌に心奪われれば最後、そのまま沈む船と運命を共にするか、文字どおり彼女たちの『餌』になるかしかない。
美しい容姿、美しい歌声に反し、恐ろしい残虐性を秘めている。セイレーンとはそういう怪物なのだ。
その筈なのだが——。
「……どうぞ、たいしておもてなしも出来ませんが……」
「いえ……お構いなく……」
セイレーンを名乗るエレという女性に誘われるがまま、鬼太郎たちは洞窟の奥——彼女が住み着いている場所を訪れていた。
住処といっても、特に何かがあるわけではない。椅子やテーブルの代わりに岩が適当に配置されており、寝床代わりなのか葉っぱや藁を敷き詰めたものが簡易的に敷かれている。
鬼太郎たちをもてなすために振る舞われたものも、生魚や野草が生のままで出されたりと少々粗末なものであった。
「…………」
「…………」
エレ自身も、少なくとも表面上は礼儀正しく、鬼太郎たちを欺こうという気配もない。
その有り様がとても神話通りの恐ろしい怪物とは思えず、どこか拍子抜けしたように、猫娘や境港の人々も対応に困っていた。
「ふむ……エレさんと言ったか? キミは西洋のもののようじゃが……どうして、このような日本の洞窟に住むようになったのかな?」
そんな中、年長者らしく目玉おやじが一番に話を切り出した。まずはセイレーン、西洋に属するエレが何故このような場所に住居を構えているのか、その理由を聞いたのだ。
「——ふ~ん……それをアンタたちが聞いちゃうんだ? 何も知らないのね!!」
すると目玉おやじのその問いに、気分を害したものがいた。
マーメイドのフラメシュだ。
彼女は洞窟の海辺に腰掛け、機嫌悪そうに腕を組んでそっぽを向いていた。目玉おやじの発言が気に入らなかったのか、かなり喧嘩腰に突っかかってくる。
「ちょっと……それってどういう意味?」
その態度に難癖を付けられていると感じてか、猫娘もまた喧嘩腰になってしまう。彼女からすれば、フラメシュの態度は決して褒められたものでもないし、面白くないだろう。
しかし、フラメシュには鬼太郎たちに対して、明確に『怒り』を抱く——それ相応の理由があったりする。
「——フン!! そもそもアンタたちがバックベアードを倒しちゃったせいで、エレは自分の住処を追われちゃったんじゃない!!」
「——っ!?」
フラメシュの衝撃的な発言に鬼太郎たちが目を丸くする。
バックベアード——西洋妖怪の帝王。確かに鬼太郎たちと敵対した西洋妖怪軍団のトップではある。しかし、鬼太郎たちがバックベアードを倒したせいとは、いったいどういうことなのか。
「フラメシュ!! 別に……鬼太郎さんたちが悪いわけじゃないんだから……そんな言い方しなくても……」
エレはフラメシュの言いようにすかさず訂正を入れる。
「……フン!!」
しかし間違ったことを言ってはいないと、フラメシュはますます機嫌を悪くツーンと顔を背けてしまう。
そんなフラメシュに代わって、エレが彼女の発言——その意味を説明する。
西洋——島国である日本とは異なり、地続きである広大な大陸には多くの妖怪たちが、いくつもの勢力に分かれて争い合っていた。
その中でも、バックベアードを首領とする『バックベアード軍団』は数多の強豪妖怪を抱える巨大勢力だ。その強大な力であらゆる妖怪たちを力ずくで従え、権勢を誇っていた。
そうして支配される妖怪たちの中に、エレたちセイレーンもいたという。
セイレーンたちは歌に妖艶な魔力こそ秘めてはいるものの、力そのものはそこまで強い妖怪ではなかった。そのためバックベアードの武力に逆らうことが出来ず、彼に従属することでなんとか安寧を得る道を選んだのだ。
それは支配者たるバックベアードの意向に逆らうことが出来ない一方で、そこには確かに仮初ながら『平和』と呼べる環境があった。
「バックベアード……!」
その話に鬼太郎が厳しい顔つきで、過去にバックベアードと対峙したときの言葉を思い出す。
『——このバックベアードを帝王として崇め、ただ命令に従い奴隷となれ』
『——そうすれば、貴様ら弱者に命を守ってやると言っているのだ』
『——弱者は弱者らしく、強者に従え』
鬼太郎からすると傲慢極まりない主張だ。誰がそんな言い分に従ってやるものかと、彼はバックベアードと真っ向から戦う道を選んだ。
結果としてバックベアードを倒し、軍団の勢力を退けることが出来た。日本は西洋妖怪たちの魔の手から逃れることが出来たのである。
ところが、バックベアードを倒されたことにより、被害を被ったものたちがいる。
バックベアードの支配を受け入れた——彼の奴隷となることで平穏を得ていた、セイレーンのような妖怪たちだ。
バックベアードが倒されたことを聞きつけ、さっそく敵対勢力が自分たちの支配地を拡大しようと。バックベアードの支配下にあった領地を奪いに動いたのだ。
そうして襲われた土地の中に——彼女たち、セイレーンの集落も含まれていた。
疲弊したバックベアード軍団も、自分たちの対面を維持するのに精一杯であり、弱者であるセイレーンたちに助け舟を出そうとはしなかった。
自分たちの手で必死に抵抗するセイレーンたちだったが、最後には侵略者の魔の手から逃げるようにして、故郷を追われたのである。
エレも、仲間と逸れて一人放浪の旅へと。安住の地を求めて彷徨い流離続け——。
その果てに、ここ日本——境港へと辿り着いたというわけだ。
「そ、そんなことが……知らなかった……」
エレの話に鬼太郎は密かに衝撃を受けていた。
自分たちがバックベアードを倒してしまったことで起きた弊害が、まさかそのような形で出ていたとは。フラメシュが鬼太郎たちのせいと吐き捨てたのも、なるほど納得がいく話である。
「いえ……鬼太郎さんたちが悪いわけではありません。あなた方はバックベアードの支配から逃れようと勇敢に立ち向かいました。私たちセイレーンは……戦うことすらせずに服従する道を選んだ、臆病者です……」
しかし、鬼太郎たちが引け目を覚える必要はないと。寧ろエレは自分たちセイレーンの不甲斐なさを恥じていた。
セイレーンたちはバックベアードの支配がもたらす仮初の平和に慣れきってしまっており、自分たちで戦うという牙そのものを失っていたのだ。故郷を追われたのも全ては自分たちの怠惰が招いたことであり、エレに鬼太郎を個人的に恨む気持ちはなかった。
「それに元々……セイレーンとは西洋でも忌み嫌われる種族なんです。船を沈める海の魔女……人間たちの間でも、私たちは迫害の対象なんです」
さらに自虐的に、エレはセイレーンに対する西洋での扱いを口にする。
セイレーンは恐怖の対象として、特に船乗りたちの間では忌み嫌われる存在だ。昔から、彼女たちの歌によって沈められた船は数えきれないほど。そのため、セイレーンの歌声が聞こえてくるや、西洋の人々は『その道のプロ』を派遣し、彼女たちを排除しようと動く。
そのせいで西洋のどこにも居場所がなく、エレは日本にまで逃げてきたということだ。
「……? だったら……歌わなければいいだけなんじゃないのか?」
するとその話を黙って聞いていた境港の人々、実際に船を沈められたキノピーが口を挟んできた。
彼の立場からすれば、セイレーンが歌など歌わなければ全て丸く収まる話である。確かに彼女の歌声は美しいが、それが自身の安全すらも脅かすのは本末転倒。
歌など歌わずに静かに暮らしていけば、少なくとも住処を追われるようなことはないのではないかと。
「………………」
ところが、そんなキノピーの意見にエレが鎮痛な面持ちで押し黙ってしまう。
「えっ? あれ……俺なんか変なこと言った!?」
「……?」
キノピーは、なにか不味いことを口にしてしまったかと狼狽するが、少なくとも他の人間たちにも彼が失言をしたという認識はない。
「父さん?」
「うむ……?」
鬼太郎や目玉おやじも、エレの沈黙の意味を測りかねていた。
「残酷なことを言うのね……これだから人間はっ!!」
しかし、これにまたしてもフラメシュが不快感を露わにする。先ほどからエレの代わりに怒ってくれているマーメイドの彼女が、セイレーンとはどういう生き物なのか、その根幹を口にする。
「セイレーンはね……歌を歌わないと、生きていけないのよ!」
「……へっ?」
「——!?」
思わぬ言葉にキョトンとなるキノピー。他のものたちも、フラメシュの言葉に驚いたように目を剥いてしまっている。
「歌を歌い続けなければ……やがて羽根が枯れて死んでしまう。セイレーンたちにとって、歌を歌うのは呼吸することも同然なのよ!!」
「そ、そんなっ!?」
それが本当なのかと、皆の視線が当の本人へと集中する。
「…………」
エレはフラメシュの話を肯定するよう、静かに頷くだけであった。
そう、セイレーンたちは何も好き好んで歌で船を沈めていたわけではない。
彼女たちは海の岩礁などを住処とする種族であり、生きるために歌を歌っているに過ぎないのだ。そこを通りかかった人間たちの船が、歌声の魔力に当てられて沈んでしまう。
それが、セイレーンと呼ばれる怪物の真実。神話では恐ろしい化け物のように語られているが、彼女たち自身は決して争いなど望んでいない、平和で温厚な種族なのである。
「全く……ホント、迷惑な話よ!! 勝手に人の住処に入り込んでおいて、勝手に船が沈んで馬鹿みたいに騒いでるんだから!!」
そんなセイレーンの境遇に対し、フラメシュは怒りが収まらないといったふうに悪態を付いている。
フラメシュの憤りは、セイレーンたちを恐ろしい怪物として語り継ぐ人間に、彼女たちの住処である海へと無遠慮に上がり込む人々に対して向けられていた。
「な、なんだと!? こっちだって死活問題なんだよ!! 船を沈められて……どうやって漁をしろって言うんだよ!!」
しかし、流石に船を沈められた張本人としてその発言は見過ごせないキノピー。彼は漁師としての立場から、今回の件で自分たちが迷惑していることを告げる。
「だから何よ!? 船なんて沈めばいいのよ!! 飛べばいいじゃない、鳥みたいに!! 泳げばいいのよ、魚みたいに!!」
だがそんな言い分など知ったことではないと、フラメシュはセイレーンの羽根や、マーメイドである自分の尾ビレを見せつけるように主張する。
「陸で偉そうにしている人間が!! この海まで、自分たちのものにしようっていうの!?」
「——!!」
そう、フラメシュたちの立場から言えば、人の住処に土足に上がり込んでいるのは人間の方なのだ。
彼らには陸地がある。安心して暮らせる地面があるというのに、どうしてわざわざ海上にまで出てくるのか、その方がフラメシュには理解が出来ない。
「この海は……あなたたち人間のものじゃない!!」
そんな傲慢な人々への怒りを最後に、彼女は海の中へと飛び込んでいく。それ以上は話もしたくないと言うことなのか、その場から立ち去ってしまった。
「ごめんなさい……ああ見えて、本当はとても優しい子なんです」
フラメシュが立ち去った後、心底申し訳なさそうにエレが頭を下げる。彼女は友人であるフラメシュが人間たちから悪く思われないようにと、フォローを入れるつもりでとある事実を口にした。
「海に沈んだ皆さんを助けたのは……フラメシュなんですよ」
「……えっ?」
思わぬ言葉に再び驚きを露わにする人間たち。
エレにとって、自分の歌が一隻の漁船を沈めてしまったことは予想外のアクシデントであり、すぐに彼らを助けようとした。しかし、鳥人であるエレでは海の底へと沈んでいくキノピーたちに手を出すことが出来なかった。
そこでマーメイド、人魚のフラメシュが手を貸してくれたのだ。彼女は水を操る力で水中に泡を作り出し、その泡でキノピーたちを砂浜まで移動させたという。
「そ、そうだったのか……」
「…………」
漁師たちは、自分らがほとんど無傷で砂浜まで流れ着いた理由を理解した。まさかあそこまで露骨に人間を嫌っていそうに見えた、マーメイドの女の子が自分たちを助けてくれていたとは思ってもいなかっただろう。
「あの子は……一人で野を彷徨うことになった私の身を案じて、ずっと付いて来てくれてるんです。あの子自身、住む場所には困ってなかったのに……」
エレはさらに言葉を重ねていく。
マーメイドはセイレーン同様、海を住処とする種族。ただ岩礁などに住み着くエレたちとは異なり、彼女たちは深海の底に都市を築き、そこで同胞たちと共同生活を送っているとのこと。
流石のバックベアードも、深海にまで支配の手を伸ばすことは困難であり、マーメイドたちは誰にも脅かされることなく、平穏な日々を送っていたという。
「本来、マーメイドとは排他的な種族だと聞きます。だけど彼女は好奇心旺盛で……こんな私なんかと、友達になってくれたんです……」
しかしその一方で、マーメイドは余所者などを嫌い、基本的に自分たちの住処から出てくることはないとのこと。だがフラメシュは同族の中でも相当な変わり者らしく、自ら外の世界へと飛び出すことを選び——エレと出逢った。
きっとエレにとっても、フラメシュにとっても二人は互いに大切な友達同士なのだろう。
鬼太郎たちにも、ここまでのやり取りから二人の友情が確かなものだと感じ取ることができた。
「皆さん……皆さんが私のせいで迷惑しているのは重々承知しています。ですがどうか……もう暫くだけ待っていただけないでしょうか?」
そうして、一通りの身の上話が終わったところで、エレが改めて頭を下げた。
「もう二度と、船が出ているときに歌を歌いません。ですからどうか……少しの間だけでも、ここにいさせてもらえませんか?」
セイレーンの歌声は、陸地で聞けば普通に綺麗な歌というだけで済む。故に、今回のように船が出ているときにさえ歌声を響かせなければ、誰も被害を受ける心配はないのだ。
エレとしても、この地に永住するなどと図々しいことを要求するつもりはないらしい。今は一時的に羽根を休ませているだけであり、十分な休息さえ取れれば、次の目的地を目指してまた飛び立つという。
だからそれまでの間だけでも、ここにいさせて欲しいと境港の人々に懇願した。
「ボクからも……お願いします」
これに鬼太郎もエレの肩を持つように頭を下げる。
バックベアードを倒したことで住処を追われたという彼女の境遇に、鬼太郎なりに責任を感じているのだろう。
「ま、まあ……鬼太郎さんがそこまで言うのなら……」
「あ、ああ……俺たちは、それで構わないけど……」
庄司を含めた境港の人間たちも、鬼太郎の頼みとあれば断れないと。
先の一件を水に流し、とりあえずエレにこの地での滞在を認めていくこととなる。
「はぁ……俺の船……」
その日の夜。再び漁に出ていたキノピーが船上で盛大なため息を吐いていた。
今現在、彼が乗っているのは他の漁師たちの船であり、当面の間はその船で漁師としての業務に励むつもりだ。エレのことをとりあえずは許した漁師たちであったが、海の藻屑となったキノピーの船が戻ってくることはない。
彼は失われた愛船に、今も未練がましく思いを馳せていた。それは経済的にもなかなか馬鹿にできない損失であり、そう簡単に踏ん切りも付かないだろう。
「元気出せ、キノピー!! 当分の間は、俺がお前の仕事を手伝ってやるからさ!!」
そんな落ち込むキノピーに、彼の背中を叩きながら庄司が微笑みかける。普段は漁に出ない庄司だが、今夜はキノピーを励ますためだと、彼の手伝いを申し出ていたのだ。
「あ、ああ……よろしく頼むわ!」
心強い友人の助けもあってか、キノピーの顔にもなんとか笑顔が戻ってくる。
もう一度、自前の船を手に入れるためにもたくさん働いて稼ごうと。いざ、張り切って漁業に励んでいく——。
「……? お、おい……あれはなんだ!?」
だが、そこで船員の一人が何かに気付いて声を荒げる。
「どうした……って、なんだあれは!?」
いったい何事かと庄司も振り返るのだが——そこで彼は、巨大な『何か』がこちらへと接近してくるのを目の当たりにした。そのとき、海には薄らと霧が出ていたため、それの接近にギリギリまで気付けずにいたのである。
「あ、あれは……船か!?」
「よ、避けろ!! 今すぐ船を……」
「だ、駄目だ、ぶつかるぞ!! みんな掴まれ!!」
接近してくるものの正体。それは漁船よりも、一回りも二回りも大きな『帆船』であった。庄司たちは、なんとかその船との衝突を避けようと奮闘するのだが——その健闘も虚しく、帆船は漁船に衝突。
「うわああああ!?」
「またかよぉおお!?」
衝突の際、サイズ差から漁船の方が吹っ飛ばされてしまい、庄司たちの身が勢いよく海へと投げ出されてしまう。
キノピーは続け様の災難に対し、涙声で叫んでいた。
「い、いったい何が……はっ!?」
海面に叩きつけられながらも、何が起きているかを把握しようとする庄司。彼は顔を上げ、帆船に掲げられていた『旗』を仰ぎ見る。
「が、髑髏……? まさか、あの船は……!!」
その旗に描かれていた紋様に庄司は息を呑んだ。
彼が目にしたもの——それは帆船にでかでかと描かれていた『ジョリー・ロジャー』と呼称されるマーク。
即ち——『海賊旗』だったのである。
「——か、海賊船……うわっぷ!?」
それが何を意味するのかを理解する庄司であったが、次の瞬間にも全身から力が抜け落ちていく。
海面へと投げ出されたショックなのか、そのまま庄司の意識が急速に遠のいていったのである。
人物紹介
フラメシュ
マーメイド、いわゆる西洋人魚の少女。
世話好きで他人思いなのだが……素直になれないため、冷たい態度を取ってしまう(ツンデレ)。
エレとは無二の親友ではあるものの、その歌声や空を飛ぶ姿に僅かだが嫉妬心もあるとか。
ゲームだとあまりスポットライトを浴びることのない立場で、今回の話でも一応ちょい役。
エレ
歌で船を沈めるギリシャ神話の怪物、セイレーンの女性。
引っ込み思案で大人しい性格であり、物事をネガティヴに考えてしまうタイプ。
自身の歌声が船を沈めてしまうと心を痛め、一時期は歌うことを拒絶するようになった。
今回の話の主役であり、彼女の歌によってさらなる混乱が巻き起こることとなる。
犬山庄司
6期の境港のお話で登場する、まなの伯父。
ときにはスナイパー庄司として、野球ボールで妖怪を怯ませ。
ときにはスーパー鳥取人となって妖怪をぶっ倒す。
一応、今回のお話では普通に常識人として活躍してもらう予定ですので……あんまり期待しないでね!
犬山リエ
庄司の奥さん、まなの伯母。
普通の主婦といった感じだが……大鳥取帝国の際は、物凄い圧を感じた……。
キノピー
庄司の友達の漁師。
本名は本編でも明かされないため、本作でもキノピーで統一していきます。
今回一番の被害者。海座頭のときから、二隻もの船を沈められている。
今回はシンプルな話の構成になってますので、次回で完結予定です。
ですが、境港編は二話連続という法則がありますので……境港を舞台にしたお話はまだまだ続きます。