なんだか、久しぶりにゲームをプレイしているという感覚を味わっている気がする。この気持ちはあれだ、子供の頃に『キングダムハーツ』を楽しんでいた感覚に似てるわ。
なかなか時間を取れなくてストーリーの方もまだクリアしてないけど、ゆっくり楽しみながら進めていこうと思います。
さて、久しぶりに本編の更新。
次回予告にもあった通り、今回は前回の続きとして『聖剣伝説レジェンドオブマナ』のクロスオーバーを境港で展開していきます。
ただ今回のシナリオ、実のところ原作ゲームでも実装されなかった、いわゆる没イベントが元ネタです。
アルティマニアなどに書かれていた裏設定などを元に話を構築していたのですが……どうやら令和になって配信された(そして一年でサービス終了した)聖剣伝説のアプリ版で、セイレーン編としてこの没ネタがイベント実装されていたようです。
そちらの方も参考に話を展開していきますので、最後までお楽しみください。
『はぁ……退屈…………』
静けさが広がる夜の海。
闇夜に浮かぶ月を眺めながら憂い気味に溜息を吐く少女が一人、海面を漂っていた。
少女は——西洋妖怪・マーメイドのフラメシュである。
日本でいうところの人魚である彼女たちの一族は、海底に一大都市を築いて暮らしている。そこは深海の底という何者にも侵略し難い土地であり、西洋妖怪の帝王と名高い、あのバックベアードですら迂闊に手を出せないような立地となっていた。
そのおかげでここ数百年以上は外部からの侵略もほとんどなく、長年都市に暮らす住民たち皆が平和を謳歌してきた。
だがその反面、平和で閉鎖的な都市内では保守的な考えを持つものがほとんどであり、外との関わりそのものを持とうとしない。
マーメイドの一族そのものが『陸に上がること』『水から離れること』をタブーとしてきたこともあり、誰もが自分たちの平穏だけを考え、海の底に引きこもっているだけの毎日。
『ほんと、退屈! なんでみんな……あんな生活に耐えられるのよ!!』
年若いマーメイドであるフラメシュは、そんな変わり映えのない日々に嫌気が差していた。一族の掟やらを盲目的に信じる同胞たちへの不満から、日々を悶々と過ごしていた。
そうやって溜まったストレスを解消するためにと、フラメシュは頻繁に海面へと上がっては外の世界へと遊びに来ていた。
流石に陸上に上がって人に見つかるような不用心な真似こそしなかったが、海面から空を眺めたり、時たま通り過ぎる人間たちの船をこっそりと覗き見たりと。それだけでも十分に娯楽として楽しめていた。
『あーあ……なにか面白いことないかしら……?』
しかし、最近はそれすらもマンネリ気味だ。何か面白い遊びでもないものかと、その日は漠然と星空を見つめていた。
そんな彼女の耳元に——その『歌声』が聞こえてくる。
『……えっ? なに……この声……?』
今までに聞いたこともないような、とても綺麗で澄んだ歌声だった。フラメシュは咄嗟に身構えつつ、反射的に歌声の聴こえてきた方角へと目を向ける。
『~~♪ ~~♪♪』
そこには、美しい歌声を響かせながら夜空を優雅に飛び回る一羽の——いや、一人の女性がいた。
周囲に誰もいないと思っているのだろう、人目を憚ることなく歌う彼女の顔にはこの上なく幸せそうな笑みが浮かんでいる。
彼女はセイレーンのエレ。
ギリシャ神話に登場する怪物。人間の船乗りたちからは船を沈める魔性の歌声を持つと、忌み嫌われる存在である。
静まりかえる夜の海で響くその歌声は、聞きようによっては確かに不気味で恐ろしいものに感じるかもしれない。
『なんて…………綺麗…………』
だが、フラメシュは彼女の歌う姿に一瞬で心を奪われた。
その歌声の美しさは勿論、その美しい花のような羽根を羽ばたかせ、自由に夜空を飛び回るその姿にこそ心を惹かれた。
一族の掟に従い、海の底に引きこもって暮らす毎日を窮屈に思っていた彼女にとって、何者にも縛られることなく空を飛び回るエレは——まさに自身の理想、憧れを形にした姿そのものだったと言えよう。
『ね……ねぇ!! あなた……あなたは誰!?』
『!! えっ……? に、人間!? 違う……あなた、マーメイド?』
気が付けば、フラメシュは歌うエレに声を掛けていた。
声を掛けられたエレの方も驚いて歌うのを止めてしまったが、相手が溺れた人間などではなくマーメイドであったことにとりあえずホッと胸を撫で下ろす。
『わ、私は……エレ。セイレーンのエレよ……あなたは?』
『私はフラメシュ……マーメイドのフラメシュよ!!』
そうして夜空の下、誰もいない海の上で二人の少女は出会う。
その出会いがいったいどのような結末をもたらすか——そのときの彼女たちには知る由もなかった。
×
鳥取県・境港にて。
毎年、この地にて開催される夏祭りはまだ始まってもいない。今は開催まで着々と準備を進めている時期であり、お祭り目当てに港を訪れるであろう観光客もまばらであった。
「——乾杯!!」
だが、それはそれとして境港のとある商店街ではかなりの盛り上がりを見せていた。
地元住人たちが食べ物を持ち寄り、盛大に酒を酌み交わす宴席。そんな地元の人間たちの飲み会にしれっと混じっていたのが——。
「——いいね! いい飲みっぷりだ!! ペンギンのくせに行ける口だねぇ……あんたら!!」
「——くせには余計でやんす!! そっちも人間にしてはなかなかやるじゃねぇか!!」
ペンギンである。
人語を介し、衣服に袖を通したペンギンたちが、人間たちに混じって宴会の席で酒を飲んでいたのである。
彼らは自称・海賊を名乗るペンギンたちだ。
江戸時代に財宝を積んだまま、この境港の海域に沈んだとされる北前船。ペンギンたちは海賊として、沈没船の財宝を目当てに日本までやって来たという。そして、この海域で漁をしている境港の漁師たちを捕らえ、財宝を引き揚げる手伝いをするようにと脅しつけて来たのだ。
そんな海賊たちの脅しに漁師たちは当然のように反発し、あわや血が流れるのではないかという騒ぎにまで発展し掛ける。
「それにしても……クラーケンには手を焼かされたぜ!!」
「ああ、シュリーゲル……強敵でしたね!!」
だが、そのいざこざの最中に出現した海の怪物・クラーケン。
船を沈めようと襲い掛かって来たその怪物を前に、海賊と漁師たちは互いの立場や見栄捨てて共闘。心強い『助っ人』がいたこともあり、無事にクラーケン撃退という偉業を達成する。
そういった共闘を得たことにより、種族という垣根を越えて両者は意気投合。こうして、互いに酒盛りをするほどに仲良くなってしまったのである。
「結局……お宝に関しては無駄骨に終わったな……はぁ……」
「悪いな、バーンズさん!! 北前船がどこに沈んでるかなんて、俺たちにも分からねぇんだよ! はっはっは!!」
ちなみに当初の目的——お宝の回収に関してはペンギンたちのお頭を務めている、セイウチのバーンズから諦めるようなため息が溢れる。
そもそもお宝の在処など、境港の住人たちですらも預かり知らぬこと。というか、知っていればとっくの昔に引き揚げていたことだろう。わざわざ日本までの遠征が無駄足になったと項垂れるバーンズ。
「そう落ち込むなって!! 今はこの出会いに乾杯だ!! ほら、もっと飲め飲め!!」
「お前、相当酒癖悪いな……」
そうやって落ち込むバーンズを、すっかり彼らに心を許した鳥取県を愛する男・犬山庄司が励ますように盃を傾けてくる。既にだいぶ酔っ払っている彼の絡み酒に、ちょっと困ったようにバーンズは顔を顰める。
セイウチにアルハラをする人間という構図は、なかなかにシュールなものであった。
「……とりあえず問題はなさそうじゃな」
「……そうですね、父さん」
そんな人間とそうでないものたちの宴会に、目玉おやじとゲゲゲの鬼太郎も同席していた。
彼らも今回の騒動、クラーケンを倒すために力を尽くした助っ人だ。この宴席にも呼ばれ、境港の人たちから感謝の言葉を受け取っていた。
しかし鬼太郎はそこで気を緩めることなく、海賊・バーンズ一家らが何か悪さを企んでいないかと様子を見ることにしたのだ。
和解したように見えても、財宝のことを諦めきれずに魔が差してしまう可能性も0ではないと考えたのだろう。
もっとも、鬼太郎たちの心配は杞憂であり、海賊たちが境港で悪さをする素振りなど一向になく。皆和気藹々と、楽しそうに酒を飲みまくってはぐでんぐでんに酔っ払っている。
「単純な生き物よね、男ってやつは……」
その光景には、鬼太郎に同伴していた猫娘も呆れるように肩をすくめる。
困難を共に乗り越えて、一緒に酒を飲めば意気投合。勿論、いがみ合うよりは健全な関係なのだが、つい先刻まで敵対していたもの同士とは思えないはしゃぎっぷりである。
基本、お酒を飲まない鬼太郎や猫娘には、酔っ払いたちが何をそこまで楽しそうにしているのかちょっとよく分からない。
こちらの気も知らないではしゃぎ回る飲兵衛たちに、自然と猫娘の眉間に皺が寄ってくる。
「あら、鬼太郎さん……猫娘さんも!」
すると、そんな鬼太郎たちの元に犬山庄司の妻——リエが歩み寄ってきた。
「ごめんなさいね、酔っ払いばかりで。疲れちゃったでしょ?」
「い、いえ……」
飲兵衛ばかりの席で彼女はシラフだ。慣れたように酔っ払いたちの相手をし、鬼太郎たちに気遣いの言葉まで掛けてくれる。
「ほら、あなた! もうそこまでにしときなさい! それ以上は明日に響くわよ!!」
「も、もうちょっといいじゃねぇかよ、リエ……」
「いいから!!」
それどころか、飲んだくれる夫に対していい加減にしろとストップまで掛ける。これにまだ飲めると抵抗する庄司だが、そんな夫をリエは強気に黙らせていく。
屈強な漁師たちを相手に一歩も引かないその姿勢。伊達に境港に嫁いで来ていない、流石の貫禄といったところか。
「そういえば、鬼太郎さん。あの歌声の子、エレさんと仰ったかしら? その方はこちらに来てないのかしら?」
そうして庄司の相手をしていたリエだったが、ふと鬼太郎たちにとあることを尋ねる。
それはエレ——先の事件で境港を騒がせた、セイレーンの女性の所在である。
境港に騒動を持ち込んで来たのは海賊たちも同じだが、彼女も今回の事件で色々と問題を起こしてしまっている。
「エレさんなら……今も海岸の洞窟に引きこもっておるよ。皆が気にしないと言っても、やはり後ろめたさはあるのじゃろう……」
リエの質問に目玉おやじが答えた。
一応、エレの起こした問題についても既に解決済みだ。彼女がキノピーの船を沈めてしまったことも、クラーケンを呼び寄せてしまったことも、境港の住人たちは全て水に流している。
だが、本人の心に未だ引っ掛かりのようなものが残っているのだろう。宴席ではしゃぐような真似など出来るわけもなく、仮初の住処である街外れの洞窟で今も静かに羽根を休めているとのことだ。
「そう……夫があの子のおかげ助かったって言ってから、一言お礼が言いたかったのだけど……」
「…………」
これにリエが残念そうに呟き、鬼太郎も難しい顔で黙り込んでしまう。
今回の一件、結果論ではあるものの、エレのおかげでなんとかなった部分も大きい。海賊たちが狼藉を働いた際、彼女がその魔性の歌声で彼らの注意を引いてくれなければ、漁師たちも鬼太郎たちも酷い目に遭わされていたかもしれないのだ。
クラーケンという脅威の出現も、結果としては皆が団結するきっかけになった。
そういう意味でエレは事件解決の功労者でもあるわけで、リエとしては一言くらいお礼を言いたいわけだが。そのお礼を素直に受け取れるほど、エレの人間たちに対する罪悪感は決して小さくはないと。
なかなか、ままならないものである。
「……ん?」
と、エレの話で鬼太郎たちが複雑な表情をしているその横で、ふと猫娘が何かに気付く。
「ほれ、もう一杯!!」
「おっと……いや~、どうもすいませんね!!」
それは酒宴の席の中、境港の人々やペンギンたちの中に紛れ込んだ——明らかな異物の存在。そいつは当たり前のように酔っ払いたちの輪の中に入り込み、勧められるがままに酒をかっくらっていた。
その『男』の存在を目にした瞬間、猫娘が呆れ果てたようにこめかみを抑える。
「ねずみ男……アンタってやつは……」
「またタダ飯……タダ酒をたかりに来たのか……」
そう、そこにいたのはボロっちい布切れを纏った、見るからに小汚い男——ねずみ男であった。
何故ねずみ男がこんなところに、などと聞かなくても鬼太郎たちには分かっていた。
去年もそうだったが、この男はこの時期になると境港にやって来る。そして祭りの空気にしれっと乗じて、タダ飯やタダ酒にありつくのである。
「おう、鬼太郎!! またまた境港で事件を解決したんだってな!! 惜しかったね~、その場に俺様がいれば、華麗な活躍劇を見せられたんだがよ~!!」
本人は境港の事件を聞いて駆けつけてきたと言っているが、そんなものただの口実であることが見え見えである。
鬼太郎たちとしても境港の人々の迷惑になるからと、今すぐにでもこの場から彼を摘み出したいところ。
「よっ! 流石は日本一の妖怪研究家!!」
「違う、世界一だ!! はっはっは!!」
だが当の境港の人々が、寛大にもねずみ男を飲み仲間として受け入れてしまう。酔っ払い同士の謎の結束力を遺憾なく発揮し、ねずみ男を囲いながらさらにわいわいと盛り上がっていく。
「…………まあ、ほどほどにしとくんだぞ……」
鬼太郎もそんな楽しげな空気をぶち壊してまで、ねずみ男を無理やり摘み出すのは流石に気が重かったりするので、軽い注意くらいで済ませておく。
「けどな、安心するのはまだ早いぜ! 例年通りなら、ここでもう一悶着あるってもんだ!!」
しかし、酔いが回ってきたせいか。ねずみ男は勢いのまま余計なことを口にしてしまい——。
「…………」
「…………」
「…………」
「ん……どうした? なんで黙ったんだ?」
案の定、彼の発言にピタリと。陽気に笑い声を上げていた飲兵衛たちが一斉に口を閉ざしてしまう。海賊たちなど、何故境港の人々がそのような反応をしたのか分からず首を傾げているが、彼らの不安も当然である。
そう、境港で起こる事件は——基本的に『二度』立て続けに起きるものだ。
別にそういった決まりがあるわけではないのだが、去年もそして一昨年も。大なり小なりの差はあれど、二年連続で妖怪絡みの事件がこの境港を中心に渦巻いていた。
境港の住人たちも、その法則性を理解しているのだろう。『今年は何も起きないでくれ!』と密かに祈る一方で『多分何かあるんだろうなと……』ある種、諦めの境地に達している。
鬼太郎たちもそれを察しているからこそ、この地から離れらないでいるのだ。
きっとまだ何かあると、嫌な予感が皆の背筋を走っていく。
実際、鬼太郎たちの予感は的中していた。
確かに今この瞬間にも、境港にとある脅威が迫りつつある。そういう意味で言えば、ねずみ男が境港に駆けつけてきたのは無駄足ではなく、鬼太郎が未だこの町に留まり続けることを選択したのは決して間違いではなかった。
しかし、迫りくるその脅威の規模は——鬼太郎たちの想像の遥か上を行くものであった。
かつてないほどに巨大な災厄。
それがもう間もなく、境港の地に降り掛かろうとしていたのである。
×
「はぁ……なんであっしだけ船に残って見張りなんて……」
通常の漁船に混じって境港に停泊している巨大な船。堂々と海賊旗が掲げられたその船こそ、バーンズ一家の誇る『海賊船バルド』である。
今現在、クラーケンやセイレーンの歌声によって受けた被害を修理するため、境港の人たちの厚意もあって海賊船は港に停泊していた。
大半のクルーが陸地へと上がり、境港の人々と酒盛りを楽しんでいる最中、一羽のペンギンだけが船に残って見張りの任についていた。
マストの見張り台から定期的に海の様子を監視しているそのペンギン、名をデイビットという。
当たり前のことだがペンギンたちにも個別に名前があり、それぞれに海賊になった理由がある。
このデイビットという若者が海賊になったのは——『広い世界をもっと見てみたい』という冒険心。さらには『世界中の海から魔物をなくしたい』という正義感からである。
世界の海から魔物という脅威を排除すれば——今も故郷で自分のことを待ってくれている恋人・ヴァレリが安心して暮らせるという想いが強くあったのだ。
そう、彼には陸地にメスペンギンの想い人がいた。彼女は今も、自分という男が帰ってくるのを待ってくれている筈だ。
「ヴァレリ……あっしは必ず成り上がってやるでやんす!! いずれは海賊たちの親玉になって、お前を迎えに行くからな!!」
その恋人のことを想って、デイビットは不貞腐れそうになった自身の心に喝を入れていく。今はしがない見張りを押し付けられるような立場だが、いずれは海賊たちを率いる立場に成り上がる。
そうなれば胸を張って帰郷し、ヴァレリを迎えに行けるのだ決意を固めていく。
「おう、デイビット!! 見張り番、ご苦労さん!!」
「あっ、ラムティーガーさん!! お疲れ様っす!!」
そうして、デイビットが見張りを続けてそれなりの時間が経った頃、一羽のペンギンが彼の様子を見にきてくれた。
そのペンギン、名をラムティーガーという。彼は海賊船バルドの操舵手を務めているペンギンだ。どんなに荒れ狂う海でも怯まずに船を進める彼の操舵さばきに、尊敬と憧れの念を抱くペンギンたちも少なくはない。
デイビットも、ラムティーガーのことは素直に先輩として敬意を払っていた。実際面倒見がいい性分なのか、境港の人々から振る舞われた料理をデイビットのために持ってきてくれたようだ。
「ほれ、残りもんだが……これでも食っとけ! 交代までの見張りは俺の方でやっておくからよ!!」
「あ、ありがとうございやす!! ありがたく頂かせてもらうでやんす!!」
デイビットは素直に先輩の厚意に甘え、腹が空いていたこともありその場で料理にがっついていく。
「ははっ! 落ち着いて食えって……ん?」
そんな後輩に笑みを浮かべながら、ラムティーガーがデイビットから周囲の見張りを引き継いでいく。だがそのときだ。朗らかだったラムティーガーの空気が、一瞬で剣呑なものへと変わっていく。
「デイビット、望遠鏡を貸せ」
「えっ……?」
「早くしろ!! 今何か……見えなかったか?」
デイビットの名を叫んだラムティーガーは、その手からひったくるように望遠鏡を受け取り、それを海上へと向ける。海の向こう、水平線に何かしらの影が見えた気がしたというのだ。
海には薄らとだが霧が掛かっていた。もしかしたら気のせいかと思いつつ、ラムティーガーは注意深く望遠鏡を覗き込んでいく。
「!! な、なんだあれはっ!?」
だが、気のせいではなかった。
海霧の中、確かに見えたそれは——船であった。目測で正確な大きさこそ分からなかったが、遠目からでもそれがかなり巨大な木造船であることが見て取れる。
「あれは……どこの船ですかね?」
「一隻じゃねぇ……何隻もいやがるぞ!?」
しかも一隻ではない。一体どこに隠れていたのか、一隻、二隻と。霧の中で蠢く船影の数が徐々に増えていっている。
最終的には二十隻以上の船団となり、境港の海一帯を埋め尽くしていく。
「おいおい!! 尋常じゃねぇぞ、これはっ!!」
「は、早くお頭たちに連絡をっ!!」
明らかに異常な事態を前にラムティーガーが声を張り上げ、デイビットが急いでカシラであるバーンズにこのことを伝えようと見張り台から飛び降りていく。
「いったいどこの船だ? なんで境港にあんなに……」
その間、ラムティーガーはその場に残り、それらがどこの船なのか、目的は何なのか。少しでも多くの情報を得ようとさらに船団の観察を続けていく。
「誰も乗ってない……だと?」
船には、人が乗っている気配が感じられなかった。船体そのものもかなり老朽化しているのか、沈まないのがおかしいほど不安定そうに見える。
所謂、幽霊船というやつだ。その禍々しい気配が望遠鏡越しからも伝わってくるようであったが——。
「!! あ、あの旗は!?」
次の瞬間、ラムティーガーがあるものを目にし、戦慄する。
彼が望遠鏡越しに目撃したのは——その船団が掲げている『旗』であった。
海賊たちは象徴として骸骨の旗を掲げているが、その幽霊船も自分たちが何者かを主張する『紋章』の入った旗を掲げていたのだ。
「ま、間違いねぇ……あれは……あの船は!!」
その旗の紋章の意味を悟るや、ラムティーガーはその表情が絶望に青ざめていく。
「な、なんだなんだ!! なんなんだよ、あれは!?」
「またかよ!? やっぱり今年も二回目があった!!」
境港の街中でも混乱が広がっていた。
夜通し行われた宴会も終わりを告げ、既にほとんどのものたちが寝床に着いていた。境港の住人たちはそれぞれの自宅へと戻り、ペンギンたちはだらしなく路上で酒瓶を抱き込みながら眠りこけていた。
だが朝日が差し込む頃になって、目を覚ました一部の住人たちが沖合に集まってきている船の存在に気付いてしまい、それをきっかけに境港が大混乱へと陥っていく。
「鬼太郎!! 沖合に……すごい数の船が!!」
「ああ、かなりの妖気だ! あの船全部が……妖怪に関わる何かだ……!!」
その船らの存在に気付き、猫娘や鬼太郎たちも行動を起こしていた。鬼太郎の妖怪アンテナで感じ取れる妖気からも、あれがただの船でないことも把握済みである。
「庄司さん! 念の為……皆さんの避難をお願いします!!」
「わ、分かった! 鬼太郎さんも気を付けてくれ!!」
とりあえず、鬼太郎は庄司に人々の避難を任せる。既に酔いが覚めていた庄司も大人しく鬼太郎の指示に従い、人々を逃すために街中を駆けずり回っていく。
「いったい、あの船団はなんなんでしょうか、父さん!?」
「分からん……分からんが、油断するでないぞ、鬼太郎!!」
一方で、鬼太郎たちはあれに対処するためにと港の方へと走っていく。鬼太郎があの船団について父親の目玉おやじに尋ねるが、彼の知識にもあのような船団の正体に関するものはなかった。
いったい、この境港で何が起ころうとしているのか。
「ん? おう、もう来たのか……ゲゲゲの鬼太郎」
鬼太郎たちが港にたどり着くと、そこには先客として海賊ペンギンたちとカシラであるバーンズの姿があった。
「頭いってぇ……」
「うぷっ……昨日は飲みすぎたでやんす……」
ペンギンたちの中には、昨日のアルコールがまだ残っているのか頭を抑えたり、吐き気を堪えたりと。緊張感に欠けるものが多数いるようだ。
「テメェら……もっとシャキッとしやがれ!! それでも海の男か!!」
そんな彼らをだらしないと叱咤するバーンズ。流石に海賊たちを率いるボスだけあってか、酒に飲まれるような醜態を見せることはなかった。
「バーンズさん、あれはいったい……貴方たちは、あれが何なのか知っているんですか?」
鬼太郎は自分たちよりも先んじて動いていたバーンズに、あの船団が何なのかと問いを投げ掛ける。もしかしたら、あれについて何か知っているかもしれないという期待があった。
「ああ……最悪だぜ。まさかこんな島国で、あれを目にすることになるとはな……ほれ、見てみろ」
するとバーンズは表情を渋面に歪ませながら、鬼太郎の質問に答えを示す。懐から取り出した望遠鏡を鬼太郎へと手渡し、それを覗き込むように言うのだ。
「あれは……旗? 何かの紋章でしょうか?」
言われた通り、鬼太郎は望遠鏡を船団へと向ける。
望遠鏡越しに見えた船団には、人の気配というものがまるでなく、船体もかなりボロボロだ。その様相はさながら幽霊船といったところか。船団は自分たちが何者かを示すため、マストに旗を掲げていた。
その旗には、鬼太郎が見たこともないような紋章が刻まれていた。
それは『竜の頭部らしきものの骸骨』そして、その頭部を握りつぶさんとするかのよう、下から突き上げるように『巨大な掌』が描かれている。
人間の骸骨を掲げる海賊旗などとは明らかに異なったデザインだ。
いったい、その紋章が何を意味するものなのか。
鬼太郎にはさっぱりだったが、海賊たちには理解出来てしまったのか。ペンギンたちは青い顔をし、バーンズも苦虫を噛み潰した顔をしながら、冷静に言葉を紡いでいく。
「あれは……国旗さ」
「国旗?」
「ああ……今はもう存在しない、滅んだ帝国の国章だよ……」
バーンズ曰く、それはもうこの世に存在しないとされる、古の帝国。千年以上も昔に滅んだとされる、人間たちの国で使われていた国旗だという。
「西洋じゃ有名な話なんだが……国が滅んでも、それを治めていた皇帝は生き残った……世にも悍ましい怪物となってな」
「怪物……?」
それは昔々の物語、とある皇帝のお話である。
元々、その皇帝は自身の支配が永遠に続くことを望み、自らが『不老不死』になる術を探していた。
地位と権力を手に入れたものが最終的に望む『永遠の命』という願望。かの中国の偉大な皇帝、始皇帝然り。支配者というやつは、自らの統治が永遠に続くようにと、ありとあらゆる手段も用いて不老不死を成そうとするものなのだろう。
もっとも、そういった人の理を外れる願いなど、叶わないで終わるの通説だ。どれだけ望んでも手が届かないからこそ、人は永遠など欲するのかもしれない。
ところが、その皇帝は不老不死という願いを叶えた——叶えてしまった。人間という枠組みから外れ、怪物として永遠を生きることとなったのだ。
「怪物となった奴は魑魅魍魎どもを従えるようになり、やがては西洋妖怪たちの間で『皇帝』と呼ばれるようになった。『帝王』と謳われた、あのバックベアードと並び立つ存在として恐れられるようになったのさ」
「——!!」
かのバックベアードと並び立つほどの存在。そのように聞かされれば、鬼太郎も身構えざるを得ない。
つまりあの船団は、その皇帝とやらが率いる怪物たちの群れというわけだ。
その化け物たちの親玉、人間を捨てた皇帝が何と呼ばれるようになったのかを——バーンズはその口から語る。
「——その名も
「——死してなお、現世を彷徨い続ける……死なずの化け物だよ」
そして、バーンズがその名を口にした、刹那——。
『——いかにも』
鬼太郎たちが佇んでいた港に、何者かの声が響き渡った。
×
「——鬼太郎、あれを見てみよ!!」
「——っ!?」
不気味な声が響き渡ったその直後、目玉おやじが叫んだ。
彼の指差した先、鬼太郎たちのすぐ目の前、境港の海上に空間の揺らぎが発生したのだ。それは陽炎のようにゆらゆらと揺らめいたかと思えば、次の瞬間にもその空間が——裂けた。
「な、なんじゃ!? あの手は……!!」
その裂け目から、まずは巨大な『骸骨の手』が飛び出してくる。その手は力ずくで扉をこじ開けるかのよう、空間そのものを押し退けていく。
そうして無理やり大きくなった裂け目から——巨大な何かがゆっくりと姿を現す。
全長およそ十メートルほどの巨体。人型だが下半身は存在せず、上半身だけが白骨化した骸骨のような浮遊霊だ。
真紅のマントを羽織り、頭部には王冠を被っており、背中には栄光の象徴とされる光輪のようなもの背負っている。ところどころに、それが国を治めていた『皇帝』であったものの名残が見られる。
『——ふっはっはははははは!!』
だが、その存在は君主などとは程遠い、禍々しいものであった。
全身が骨だけしかない肉体はところどころが朽ちており、巨大な左手とは対照的に右手の方は完全に喪失している。その相貌は幽鬼そのもの。嗤い声からも不気味な悍ましさを感じさせる。
もはや、それが元々は国を治めていた皇帝——人間であったなどと、とても信じられない有り様である。
『我こそは不死皇帝。不遜にも我が名を呼ばわる……お前たちは何者だ?』
「っ……!!」
不死皇帝はその血のように紅く光る眼光で、海上から自身の名前を呼びつけたバーンズを睨みつける。クラーケン相手にもビビらなかったバーンズだが、不死皇帝が放つ凄まじい威圧感には流石に息を呑んだ。
「ひぃ……ひぃえええええええ……」
「か、カシラ…………」
手下のペンギンたちも、海賊の威厳などかけらもなく震え上がってしまっている。なまじ、不死皇帝の伝説を知っていただけに恐怖心を拭いきることが出来ないでいる。
「ボクだ……お前を呼んだのは……ゲゲゲの鬼太郎だ!!」
「鬼太郎っ!?」
そんな中、果敢にも鬼太郎は自分こそが不躾にも不死皇帝の名前を口にした不届ものだと名乗り出る。あの怪物の意識を自分に向けさせようとする彼の姿勢に猫娘が思わず叫ぶも、鬼太郎は全く臆さずに不死皇帝を睨め上げる。
『貴様か……ふんっ! 畏れを知らぬ哀れな小僧め……』
鬼太郎の勇気ある行動を、不死皇帝は愚かと断じて一笑に付す。鬼太郎という名を聞いても特に動じた様子もない。
「不死皇帝……お前は何をしにこの境港へやって来た!? 本当に……お前があのバックベアードと並び称される、皇帝とやらなのか!?」
鬼太郎は油断なく身構えながら、不死皇帝が何の目的でこの地へ舞い降りたのか。また純粋な興味からか、眼前の怪物があのバックベアードと肩を並べる実力者なのかと問い掛けていた。
『!! バックベアード……懐かしい響きだな……』
すると後者の質問、バックベアードの名を耳にしたことで不死皇帝の纏う空気に変化が生じる。強烈な威圧感こそそのままだが、懐旧の念を抱くかのよう、目を閉じて感慨深げに呟きを溢していく。
『奴とは千年前……西洋妖怪の頂点を決める戦いにて雌雄を決した。結果は奴の勝利で終わったが……あれはどちらが勝ってもおかしくない死闘であった……』
「——!!」
不死皇帝曰く、彼は過去にバックベアードと戦ったことがあると言う。
勝敗自体は不死皇帝の敗北で終わったとのことだが、どちらに軍配が上がってもおかしくない激戦だったことは、不死皇帝自身の妖気の強大さからも察せられる。
決して見栄やハッタリではない。確かに眼前の怪物があのバックベアードと同等の力を持つ怪物であることを、鬼太郎はひしひしと感じ取っていた。
「——へっ、何だそりゃ!! なんだかんだ言ったところで、結局のところ負けてんじゃねぇか!!」
だがそうは思わない、ただ『負けた』という事実に気を大きくするものもいる。
「そう言うのをなっ!! 日本じゃ、負け犬の遠吠えって言うんだぜ!!」
「アンタ、いつからいたのよ……」
ねずみ男だ。いつの間にか港まで駆けつけて来た彼に猫娘が呆れるようにため息を吐くも、それを無視してねずみ男は不死皇帝に向かって威勢よく啖呵を切っていく。
「ここにいる鬼太郎はな!! テメェが無様に敗北を喫したバックベアードの野郎をぶっ倒しってんのさ!! バックベアードなんざに遅れをとったオメェなんか一捻りよ!!」
ねずみ男は、鬼太郎がバックベアードを倒したという事実を笠に着て好き放題言いまくる。まるで鬼太郎がバックベアードを楽勝で捻り潰したかのような言い方である。
「ねずみ男、ちょっと黙っててくれ……」
そんなねずみ男の言いように、鬼太郎はちょっと辟易する。
鬼太郎とて、最初からバックベアードを圧倒できたわけではない。何度も敗北し、仲間たちと協力し合い、幾度の挫折から立ち直ったその先で、辛くも勝利を収めることが出来たのだから。
『…………なに? 貴様のような小僧が……あのバックベアードを倒したと言うのか……?』
だがそんな内情を知らず、不死皇帝は鬼太郎がバックベアードを倒したという事実に着目する。その眼光を鬼太郎へ、訝しむように彼を見下ろしていく。
『奴が倒されたことは知っている。そうでなければ……我がこうして復活することもなかったのだからな……』
「……? それは、どういう……」
不死皇帝が冷静な口調で言葉を紡いでいるが、聞き捨てならない発言に鬼太郎は思わず聞き返す。
そもそも、バックベアードに倒されたという不死皇帝が、何故今になって出て来たのか——そこに意味があった。
『我がバックベアードに敗北した後、我が魂は奴によって封じられた。奴の妖力が封印の要となることで……我は永久の眠りにつかされていたのだ』
「——!?」
『奴が滅びぬ限り、封印は決して解けぬ筈だった。その我がこうして復活した……それこそ、バックベアードが倒されたという何よりの証明……』
そう、バックベアードに敗れたことで、不死皇帝はその魂を固く封じられたという。それもバックベアード自身が手ずから封印を施すという厳重さで、千年もの間ずっと身動きが取れない状態だったのだ。
ところが——バックベアードが倒されたことで封印は力を失い、不死皇帝は自由を得た。
「ボクが……バックベアードを倒したから……?」
その事実に鬼太郎が呆気に取られる。
西洋妖怪の帝王バックベアード。
その思想——『強者が弱者を支配して当然』などと言った考え方は、鬼太郎にとって最後まで相いれなかった。奴とは最終的にもぶつかり合うしかない、和解など不可能だったと今でも思っている。
だが、そのバックベアードを倒してしまった結果、不死皇帝のような怪物が野に放たれてしまうことになるなど考えもしなかったと、これには鬼太郎も戸惑うしかなかった。
『どれ、奴を倒したというその力……見せてみるがいい!!』
「っ!! みんな、下がれ!!」
だが鬼太郎が戸惑いを見せる中、バックベアードを倒したという彼を相手に、不死皇帝は怯むどころか戦意を高揚させる。その戦意に対抗する形で鬼太郎も臨戦態勢で身構え、咄嗟に周囲の皆を下がらせた。
『ばっ!!』
不死皇帝はその巨大な左手を天へと突き出す。
瞬間、大地が震え出したかと思えば地面から何かが飛び出してくる。それは先端が尖った骨だった。無数の骨の棘ともいうべきが凶器が、鬼太郎を足元から串刺しにしようと迫り上がって来たのだ。
「くっ……髪の毛針!!」
相手の先制攻撃に驚きながらも、鬼太郎は足元の骨を跳躍で回避。反撃で空中から髪の毛針を連射する。
『ふんっ!! こんなものか……小僧!!』
だが迫りくる髪の毛針を、不死皇帝は真紅のマントを翻すだけで弾いてしまう。その程度ではビクともしないとばかりに、皇帝としての姿を堂々と見せつけんとする。
『————————』
次に、不死皇帝は何かしらの力を行使するため、その口から怪しげな言の葉を紡いでいく。
「こ、この妖力の高まりはっ!?」
「魔法っ!?」
鬼太郎たちには聞き取れぬ言語であったが、それが所謂『魔法』であることを察する。西洋妖怪でも魔女たちの専売特許とでもいうべき魔法を、この怪物は自在に唱えることが出来るのか。
『くらえっ!!』
瞬間、詠唱によって紡がれた魔法が起動。先の骨の攻撃で抉れた地面から、さらに弾けるように巨大な岩々が跳んでくる。岩の雪崩ともいうべき質量の嵐が鬼太郎へと襲い掛かる。
「霊毛ちゃんちゃんこ!!」
自身へと迫ってくる岩石に対し、鬼太郎は腕にちゃんちゃんこを巻いて殴りつける。その一撃に鬼太郎を押し潰さんと飛んできた岩が粉々に砕け散っていく。
『ほう、少しは出来るようだな……だが!!』
自身の攻撃に的確な対処を見せる鬼太郎に、不死皇帝は感心したように呟く。だが不敵な笑みを浮かべたかと思えば——次の瞬間にも、その姿が一瞬で掻き消える。
「消えたっ!? いったい、どこに……」
あれだけの巨体が瞬時に消え去ったことで動揺を見せる鬼太郎。妖怪アンテナが未だに反応を示すことから近くにいることは明白だが、その位置を正確に捉えることが出来ないでいる。
「——鬼太郎っ!! 後ろっ!!』
「——っ……!?」
だが、ここで後方に待機していた猫娘が叫ぶ。
その言葉に鬼太郎が振り返ると——先ほどまで前方にいた筈の不死皇帝が、自身のすぐ側まで迫ってきているではないか。まさに瞬間移動、一瞬で鬼太郎は背後を取られてしまう。
『——塵芥めが……潰れるがいい!!』
驚く鬼太郎をよそに、不死皇帝は彼を押し潰さんとその左手をまっすぐ伸ばしてくる。単純な力押しの攻撃だが、不死皇帝の巨大さならばそれも有効な一手と言えよう。
「くっ……ぐぐぐ……!!」
「踏ん張るんじゃ、鬼太郎!!」
咄嗟に不死皇帝の巨腕を受け止める鬼太郎。目玉おやじの声援もあり、鬼太郎も一時は持ち堪えるのだが——いかんせん、押し返そうにも質量の差があり過ぎた。
子供ほどの身長しかない鬼太郎と、見上げるほどの巨体である不死皇帝では膂力が違う。妖怪としての妖力も不死皇帝が優っているのか。
『——ぬん!!』
「——ぐあっ!?」
不死皇帝がより一層力を込めた瞬間、鬼太郎は不死皇帝の巨大な手によって押し潰されてしまったのだ。
「き、鬼太郎っ!!」
「も、もうだめだ……おしまいだぁ!!」
ペシャンコに潰されてしまったであろう鬼太郎に、猫娘とねずみ男から悲鳴が上がる。
特にねずみ男。あれだけ威勢の良いことを口にしておきながら、鬼太郎が倒されたと見るや顔を真っ青にしてすぐに逃げ支度を整えている。
「やばいでやんす!! ピンチでやんす!!」
「ど、ど、ど……どうすりゃいいってんだよぉおおお!?」
ペンギンたちも同様だ。頼みの鬼太郎がやられたとあっては打つ手がないと頭を抱えている。
『ぐははっはっは!! この程度か、小僧!! これでバックベアードを倒したなどと……笑わせてくれる!!』
鬼太郎を蹴散らした不死皇帝の高笑いが境港全体に木霊する。どこまでも響き渡るその声にこの場以外のものたち、避難を続けているであろう境港の住人たちも鬼太郎の敗北を知ってしまったことだろう。
『バックベアードめ! このような小僧に遅れを取るとは……さては帝王の地位に胡座をかき、日々を安穏と過ごしておったな……愚かな奴め』
不死皇帝は鬼太郎を取るに足らない相手と判断するや、彼に遅れを取ったバックベアードの不甲斐なさを吐き捨てる。かつて自分と互角に戦った相手が小僧一人に遅れを取ったと、その声音には隠しようもない失望の念が宿っていた。
『ふん、まあいい。これで邪魔者はいなくなった……さっさと我の要求を伝えるとしよう』
「要求ですって……!?」
そうして、鬼太郎という邪魔者を排除したことで、不死皇帝が改めて自身の目的——己が要求を通そうとしてくる。
鬼太郎を倒されたことへの怒りから猫娘が化け猫の表情で爪を伸ばすが、流石に鬼太郎抜きでは勝てる気がしないと、威嚇の態勢を維持しながらも不死皇帝の言葉を待つ。
そういえば、まだこの怪物が境港を訪れた理由を聞いていなかった。
わざわざ西洋世界から、このようなところまで何の用件かは知らなかったが、どうせ碌でもないことだと猫娘は当たりを付ける。
なにせ、あのバックベアードと西洋妖怪の頂点を決めるために争ったような奴だ。
おおかた、バックベアードのようにくだらない支配欲、傲慢で身勝手な思想を秘めているのだろうと予想する。
『——聞くが良い!! この地に住まうものどもよ!!』
不死皇帝はその巨体をさらに浮かせ、境港全体を見下ろせるほどの上空から自らの要求を告げてきた。
『——貴様らが頼みにしていたゲゲゲの鬼太郎とやらは我が葬った!! もはや貴様らに我が力に抗う術はない!!』
『——だが安心せよ!! 我はこの地の支配にも……この国の統治とやらにも一切興味はない!!』
「…………えっ?」
だが意外なことに、不死皇帝はこの地の支配などを望みはしなかった。
彼は皇帝としての威圧感を振り撒きながら——自らの要求、心から望むその願望を口にしていく。
『——マーメイド……マーメイドがこの地に流れ着いていることは既に調べがついている!! マーメイドの娘を我へと献上せよ!!』
『——さすればこの地より早々に立ち去ることを約束しようではないか!!』
「…………何を言ってるの?」
要求さえ呑めば大人しく立ち去る。高圧的な物言いではあるものの、そこに嘘がないと猫娘は感じた。
だからこそ、理解に苦しむ。いったい何故、皇帝と呼ばれるほどの怪物が——たった一人のマーメイド。この境港にセイレーンのエレと共に流れ着いた、マーメイドのフラメシュの身柄などを求めるのかが。
そんな疑問に思う猫娘を尻目に、不死皇帝は声高々に宣言していった。
『——もしもこの要求を拒むのであれば、我が幽霊船団がこの町を一夜にして火の海へと変えるだろう!! ふふふ……ふはっはははは!!』
人物紹介
デイビット
名前持ちペンギン。見習い船員の一人であり、陸に残してきた恋人のヴァレリがいる。
原作ゲームだと『砂浜のメモリー』というサブクエで登場。
ヴァレリとのやり取り、子供の頃はよく分からなくてずっと首を傾げてました。
ヴァレリ
本人は未登場ですが、デイビットの恋人であるメスペンギン。
ゲーム中、一定の条件を達成すると……卵から孵った子供と主人公のマイホームに住むようになる。
ラムティーガー
海賊船バルドで操舵手を務めるベテラン船員。
彼に何度も話しかけないと発生しないイベントが存在しますので、ゲーム的には結構重要な立ち位置。
不死皇帝
かつては人間(ゲームだと獣人)だった、不老不死の怪物となった皇帝。
本名は『イルゾワール・エナンシャルク』というらしいが、本編で呼ばれることはまずない。
ゲームの世界観においては、かなり重要な立ち位置のキャラなのだが……シナリオ上はただの中ボス。
今作において、『バックベアードと互いに覇を競い合った』という独自設定をさせていただきました。
何故不死皇帝がマーメイドを求めるのか……その答えは彼の『本当の願い』に関係しています。