三月は……本当にずっと『ユニコーンオーバーロード』をひたすらプレイしていました。ここまでゲームに沼ったのは本当に久しぶりで、マジで一日中、テレビから離れられない日が続きました。
ヴァニラウェアも罪な作品を作りおった……こんなん、遊ばないわけにはいかんやろ!!
幸い、100時間くらいやってようやく落ち着いて来たので、こうして久しぶりに小説を投稿することが出来ました。
一応、今回がこの話のクライマックスということもあり、結構なボリュームになってしまったかと思いますが……とりあえず納得のいく形にはなったと思います。
どうか最後までお楽しみください。
『——エレってさ……なんだって、いっつも弱腰なわけ?』
『——な、なに? どうしたのよ、フラメシュ、急にそんな……?』
ある日の夜、静かに波がさざめく浜辺にて二人の少女が向かい合っていた。
片方は水面から、地上で羽根を休めているセイレーンに羨望と苛立ちが混じった視線を。
片方は砂浜から、水面に浮かぶマーメイドに親しみと困惑が混じった視線を向けている。
ふとしたきっかけ、夜空に浮かぶ満天の星空に感傷的にでもなったのか。その日、これまでずっと胸の奥に溜め込んできた不満、想いをそれぞれが口にしていく。
『どこにでも飛んで行ける羽根があって、そんなに綺麗な歌声を響かせることが出来るに、いっつもウジウジ!! もっと自分に自信を持ちなさいよ!!』
フラメシュは空を自由に飛べる羽根を、美しい歌声を持ったセイレーンという種族に憧れを抱いていた。だが憧れを向けられている当人、エレはそれを誇ろうともせず、それどころか自身の魔性の歌声が人々に被害をもたらすと忌避している。
さらには迫害から逃れようと各地を転々とする日々。憧れの相手がそんなでは、フラメシュでなくても苛立ちをぶつけたくなるだろう。
『私なんて、そんな大したこと……フラメシュこそ!! 安心して暮らせる故郷があるのに、なんで私なんかと一緒にいてくれるのよ!』
反対にセイレーンであるエレは、フラメシュが深海の底という何者にも侵されない安全な住処を持ちながら、自身の流浪の旅に付き合ってくれていることに感謝と、ちょっとした妬みのような感情を抱いていた。
フラメシュがその気になれば、いつでも帰るべき場所に帰ることが出来るというのに、彼女はそれを自らの意思で放棄している。温厚なエレでも『何故』と問い詰めたくなってしまう。
『そんなの……そんなのエレと一緒にいたいからに決まってるじゃない!!』
『……!!』
そんなエレの問い掛けに、フラメシュは少々恥ずかしげながらも真っ向から答えた。
結局のところ、フラメシュがエレと共にいる理由など『ただ一緒にいたいから』でしかないのだ。誰も好き好んで嫌いな相手のために、ついてこようなどとは思わない。
好きだからこそ側にいたい、共にいる理由などただそれだけ十分なのだ。
『私も……フラメシュのこと好きだよ。フラメシュがいてくれるから……ここまで来れた。本当、感謝してるの……』
エレは、フラメシュという存在に心を救われていた。
故郷を追われ、セイレーンの同胞とも逸れたエレは一人、当てのない旅に追われていた。先の見えない旅路は、きっと独りぼっちであれば心が耐えきれず、生きる気力そのものを失っていたかもしれない。
フラメシュという相手が、愛すべき友がいるからこそ、自分はここまでやって来れたのだと正直に告げる。
『…………』
『…………』
胸の内に秘めていた相手への感謝や想いをはっきりと口にしてしまったためか、二人の間に若干気まずい空気が流れる。
『ふふふ……』
『ははは……』
だがそんな照れくさい空気も、どちらともなく自然とこぼれ落ちた笑みによって、すぐに温かな空気へと変わっていく。正直なところ、お互いがお互いを大切にしている気持ちなど、今更言葉になどせずともお見通しである。
友情、親愛、愛情。
長い旅路にて育まれた絆は、たとえ何があろうと二人の仲を引き裂くことなど出来はしないのだ。
『いつか見つかるといいわね……誰にも邪魔されず、誰にも迷惑を掛けずにエレが歌を歌える居場所……』
『うん……そのときはフラメシュも一緒だよ。じゃないと……私が寂しいから……』
二人は穏やかな声音で、この長い旅路の終わりについて想いを馳せる。
エレにとっての旅の終わり、それは自らの安住の地を見つけ出すことである。そして出来ることなら、そこにフラメシュがいて欲しいという気持ちを正直に吐露していく。
もっともセイレーンとマーメイドという種族的な違いもある。二人が揃って快適に過ごせるような環境、そう簡単に見つかりはしないだろう。
だがそれでも、きっとどこかにあるだろうそんな理想郷を夢見て、少女たちはこれからも世界をさすらい続ける。
そんな夢見る時間が、終わりに近づいているとも知らずに——。
×
「——エレっ!? どうして……なんでこんなっ!?」
「——ああああ、ああああああああああああああ!!」
フラメシュの変わり果てていく姿を前に、エレの悲痛な叫びが木霊する。
不死皇帝の配下にして、彼の妻である魔女・テセニーゼの魔法の檻は頑丈で、エレがどれだけ暴れようと傷ひとつ付かない。それどころか、暴れれば暴れるほど、逆にエレ自身の体が傷ついていくだけだ。
それでも、エレは今すぐにでもフラメシュの元へと駆け寄りたく、檻の中で必死にもがき続ける。
全身に炎を——『煉獄の妖女』となったフラメシュに。
文字通り、近づくもの全てを灰にする地獄の業火を身に纏った彼女を止めようと——。
『煉獄ノ妖女……コレコソ皇帝陛下ガ望マレタ……死!!』
『グアアアアアアアアアアアアア!?』
だがフラメシュを取り押さえようと彼女を取り囲んでいた、不死皇帝の騎士団・亡霊騎士たちの絶叫が迸る。フラメシュの纏う炎に触れた瞬間、燃え移った獄炎が亡霊たちを焼き尽くす。
その炎の勢いは凄まじく、感情などほとんど感じさせない亡霊たちですら、悍ましいほどの悲鳴を上げ、その身を一瞬で燃え滓へと変えてしまったのだ。
『ふはははははは、素晴らしい!! これぞ我が待ち望んだ炎!! 腐り果てたこの身を燃やしてくれる、まさに救済の業火よ!!』
もっとも、自身の配下が燃やされる光景を目の当たりにしながらも不死皇帝は上機嫌だ。
自らの死を望む彼にとって、煉獄の妖女の炎こそ救いそのもの。その救いを前に彼の興奮は過去一番に高まっている。
「……この炎の勢いは……いかん! 船が持たんぞ!!」
その一方で、不死皇帝の側ではテセニーゼが焦燥感を露わにする。
フラメシュの炎は瞬く間に彼女が足場としている幽霊船にまで燃え広がっていき、次の瞬間にも船が崩壊を始めていく。
海のど真ん中で火だるまとなり、燃え崩れていく幽霊船。船に取り残された亡霊騎士たちの断末魔が響き渡る。
「きゃっ……!!」
マストの鳥籠に吊り下げられていたエレも、その船の崩壊に巻き込まれた。檻から抜けられない彼女、このままでは船と共に海の藻屑と化す運命だっただろう。
「ふん……」
「えっ?」
だが船が沈むその刹那、テセニーゼはエレを捕らえていた魔法の籠、その束縛を解いた。まさか解放されるとは思っていなかったのか、呆気に取られながらも自由の身となったエレが自力で脱出する。
「ど、どうして……?」
羽根で空を羽ばたきながら、魔法で宙に逃れていたテセニーゼに何故と疑問をぶつけた。
「……マーメイドがああなった以上……もうお前に用はない……」
テセニーゼとしては、フラメシュが煉獄の妖女と化した時点で目的を果たしているのだ。エレを人質にする必要がなくなったと、彼女を解放することに何の抵抗感もないようだ。
きっと不死皇帝が望みどおりの『死』を得られれば、この境港の地からも大人しく去っていく。ゲゲゲの鬼太郎や人間たちからすればそれで御の字なのだろう。
「はっ……フラメシュ!! フラメシュはっ!?」
だがその望みのために、何よりも大切な友人が犠牲となることにエレは耐えられなかった。沈んでいく船へと目を向け、フラメシュが今どうなっているかを確認しようとする。
フラメシュは、崩壊する幽霊船と共に海の中へと沈んだ。本来であれば溺れることなどを心配するところだが、マーメイドにとっては海中こそが何よりの安全地帯だ。
彼女の身を焦がす炎も海に飲み込まれて消えてくれるかもと、もしかしたらという期待もあったのだが——。
「——ああああああああああああああ!!」
刹那、驚くべきことに海水が『蒸発』し始めた。
全ての生命の母ともされる海ですらも、煉獄の炎に触れた瞬間、そこに棲まう命ごと焼き尽くされてしまったのだ。
蒸発した海水は一瞬で、周囲一帯に雲の如く水蒸気を立ち昇らせる。炎に触れられた場所だけが干上がる海は、まるで神話にあったとされる『真っ二つに割れた海』とやらを彷彿とさせる。
その割れた水底、干上がった大地の上にて、燃え盛るフラメシュが苦痛に身をよじらせていた。
「ふはははははっ!! 見ろ、テセニーゼよ!! 海水が蒸発している!! 素晴らしい、素晴らしいぞ!!」
そんなフラメシュの苦しむ姿を上空から見下ろしながら、不死皇帝は高笑いを続ける。
海の中ですらも平然と燃え、全てを焼き尽くしてしまう、その炎の威力に興奮を隠しきれない様子だ。この炎ならきっと、不滅の肉体を持った自分すらも殺せるだろうと、その声音は期待感に満ちていた。
「……笑っている場合ではないぞ……不死皇帝……」
しかし喜んでばかりもいられないと、笑う不死皇帝に妻であるテセニーゼが苦言を呈する。
「予想以上に火の回りが早い……このままではそう長くないうちに炎が……奴自身の身を焼き尽くしてしまうだろう……」
「っ!! そ、そんな……!!」
そう、全てを焼き尽くす煉獄の炎だが、それも長くは続かない。
マーメイドの内側から燃え上がるこの炎は、当然の如く発火元であるフラメシュがいなくなれば消えてしまう。
炎は周囲のもの全て——『マーメイド自身』も含めた、全てを焼き尽くしてしまうのだ。
いずれにせよ、目覚めた煉獄の妖女に待っている運命は燃え尽きることによる『消滅』なのだと。不死皇帝とテセニーゼの会話を聞いていたエレが、その表情を絶望に染めていく。
『おっと……そうであったな。ならばその前に、早々にこの身を終わらせるとしよう……』
テセニーゼの言葉を聞き入れた不死皇帝は笑うの止め、ゆっくりとフラメシュへと近づいていく。流石に千年以上も続いた自身の命を終わらせることに、思うところはあるのだろう慎重だ。
だがそれ以上に、この苦しみから解放されたいという思いが強いのか。一度も制止することなく、煉獄の妖女の前へとその身を晒す。
『さあ、煉獄の妖女よ!! その業火を我にも……どうかこの身に、滅びをもたらしておくれ!!』
「ああ、ああああああああああああああああ!!」
無防備な姿を見せた不死皇帝に対し、変わらず苦悶の表情を浮かべ続けるフラメシュだが、瞬間的にその顔を『敵意』一色へと染め上げる。
僅かに残った彼女の理性が、眼前の相手を敵——自分やエレを苦しめる相手だと認識させたのか。躊躇うことなく自身の抱える炎を、不死皇帝に向かって解き放っていく。
『おお!! これが……これが煉獄の炎!! 熱い、熱いぞ……ふははははははっ!!』
その業火を無抵抗のまま受けいれる不死皇帝。全身を火だるまにされながらも、彼はまさに有頂天、気分は最高潮に達していた。
だが、そんな最高な気分でいられたのも——束の間でしかなかった。
『ば、バカな!?』
不死皇帝の顔に困惑の表情が浮かび上がる。
炎は、確かに不死皇帝の肉体へと燃え広がった。全身に焼けるような熱さが走り、実際に煉獄の炎は不死皇帝の肉体を一部焼き払っていた。
だが、それだけだ。
燃やされた体はすぐに再生を始め、また燃やされる——その繰り返しを続けているだけ。いくら待っても、不死皇帝の肉体そのものが消失するようなことはなかったのである。
『——全てを焼き尽くす煉獄の妖女の炎を以ってしても、我が肉体は滅びぬというのか!?』
亡霊騎士を、幽霊船を、海ですら燃やし尽くす煉獄の妖女の炎は、この世に顕現し得る炎の中では間違いなく最高峰のものだろう。
しかしそんな獄炎を以ってしても、不死皇帝の肉体を焼き尽くすには足りなかったのだ。その事実に愕然とするしかない。
「……ダメか……やはり煉獄の炎でも……」
テセニーゼの方は、少し残念そうに呟きながらも比較的落ち着いていた。
どうやら彼女にとって『煉獄の妖女の炎が不死皇帝を滅ぼす』というのは、希望的観測に過ぎなかったようだ。炎が不死皇帝を焼き尽くせなかったことに対し、そこまでの落胆はなかった。
『っ!! 何が煉獄だ、ちっぽけな炎め!! もうよい、貴様など用済みだ!! ここで……消え去ってしまえ!!』
だが不死皇帝は、自身を殺すことの出来ない炎に向かって怒り狂うように叫んだ。
せっかく得られると思っていた『死』という名の希望が、幻でしかなかった。不死皇帝が激怒するのも当然であり、その怒りがフラメシュへと向けられるのも必然の流れ。
自身の目的を果たせないマーメイドを役立たず断じ、不死皇帝はフラメシュを捻り潰そうと巨大な左手を振りかぶる。
「フラメシュっ……あつっ!?」
友の危機にエレが慌てて駆けつけようとするが、触れずとも伝わってくる炎の熱さに反射的に動きが止まってしまう。それは生物として当然の防衛本能であり、誰もエレを責めることなど出来ない。
だが不死皇帝は炎などお構いなしに、フラメシュを叩き潰そうとその巨腕を振り下ろす。
「——リモコン下駄!!」
『——むぐっ!?』
だが突如、上空より飛来する物体が不死皇帝の巨腕を弾き、その魔の手からフラメシュを守った。それは空中を自在に飛翔する下駄であり、役目を終えるや下駄は高速で持ち主の元へと戻っていく。
「それ以上はやらせないぞ、不死皇帝!!」
『小僧っ!! 貴様……生きていたのか!?』
そこにいたのは——ゲゲゲの鬼太郎。先刻潰したと思った相手が目の前に現れ、流石の不死皇帝も目を剥いて驚く。
「うひゃ~! これまた、とんでもない奴が出てきたばいね!!」
鬼太郎は、救援に駆けつけてくれた一反木綿の背に乗っていた。初めて目の当たりにする不死皇帝のおどろおどろしい巨体に、一反木綿も及び腰になっている様子。
『愚かな小僧め!! せっかく生き延びた命を無駄にするとは……貴様も、我と同じように死を望むというか!?』
鬼太郎の登場に驚きつつ、不死皇帝は怒りの矛先を彼へと向け直す。むざむざ倒されにきた鬼太郎に——自分と同様に死を望むのかと問う。
そう、不死皇帝と違い、ゲゲゲの鬼太郎は望もうと思えば『死ぬ』ことができる。
妖怪として、幽霊族として不死身に近い再生力を秘めている彼だが、体にダメージを負い続ければ肉体は消滅するし、魂にだって傷がつくかもしれない。
というか実際、一度は死んだこともある身だ
そんな鬼太郎の生き物としての真っ当な有り様を、不死皇帝は羨むように——。
『よかろう!! 我には決してもたらされることのない死を、貴様らに授けてやろうではないか!!』
どうあっても自分が得られないものを持つものへの怒り、嫉妬から狂ったように襲い掛かるのであった。
×
「フラメシュ……フラメシュ!! ああ、私……どうすれば……」
不死皇帝とゲゲゲの鬼太郎がぶつかり合うのをよそに、エレは自身の無力感に打ちひしがれていた。彼女の視線の先には、未だ自身の炎で苦しんでいるフラメシュの痛々しい姿があった。
「——あああ、あああああああああああああああああああ!!」
彼女の纏う炎は、消えるどころかますます勢いを増しながら激しく燃え続ける。
しかし、いずれその炎にも終わりは来る。薪で燃える炎を片付ける最も安全な対処方法——それは薪が真っ白な灰になるまで放置すること。
焚べる薪さえなくなれば、炎は消えてなくなる。
フラメシュという存在も、この世から消えてなくなるのである。
「……もう間もなくだろう……煉獄の妖女といえども……これ以上は持たん……」
そして残された時間が決して長くないことを、魔女であるテセニーゼは無表情な顔で分析する。
彼女は鬼太郎と戦う不死皇帝に手を貸すこともなく、ただ静かに煉獄の妖女と化したフラメシュを見ていた。そんな冷ややかな態度のテセニーゼに、エレが怒りを堪えきれずに噛み付く。
「貴方が!! 貴方たちのせいでフラメシュが!! 何か……何か手はないんですか!?」
他者に対して常に温厚なエレが、目に涙を溜めながら、その視線に憎しみすら感じさせるほどの怒りを伴わせて叫んでいる。
それと同時に、何か手はないのかと縋るようにテセニーゼへと迫った。
マーメイドが煉獄の妖女へと変貌してしまうことを知っていた魔女であれば、逆に元に戻す手段を知っているのではないかと。
それは、エレの願望が含んだ問い掛けに過ぎなかったのだが——。
「………ないことはない……だが、それがお前たちに可能かどうかは……完全に賭けだな……」
「!? ど、どうすれば……私なんでもする!! フラメシュを助けるためなら……なんだってするから!!」
だがテセニーゼは、エレの問い掛けに『ある』と答えた。ああまで変わり果てたフラメシュを元に戻す——救う手段があると言うのだ。
どこまで本当かは分からない。だがもしそんな方法があると言うのなら、それを教えてくれるのが誰であろうと構わない。
フラメシュを救いたい、その一心からエレは叫んでいた。
「——なんでも、と言ったな? ならば……セイレーンよ……お前にあの炎の中に……飛び込む勇気があるか?」
「——えっ……?」
瞬間、テセニーゼはグルリと首ごと視線をエレの方へと向け——彼女の覚悟を問うよう、とんでもないことを口にする。
あの炎の中に飛び込めるかと、自殺行為でしかないことを聞いてくるのだ。
無論、何の理由もなければ、それは無謀な特攻に過ぎない。だがテセニーゼは、『エレであれば』そこに意味が生まれるかもしれないと言う。
「——煉獄の妖女が……最愛の者を焼き尽くす。その悲しみによって……炎は静まると伝説にはある……」
海から陸に上がることで全てを焼き尽くす、煉獄の妖女と化してしまうマーメイドの伝説。海に生きるものが燃えると、それ自体が眉唾物とされがちな話だが、実はその伝説には続きがあった。
炎そのものと化してしまったマーメイドに、彼女を『愛していた者』が悲嘆に暮れる。
だがその者は、自らの身を捧げるよう——煉獄の妖女の炎の中へと、その身を投げ出したという。
その者は、煉獄の炎に跡形もなく焼き尽くされた。だが、かの者の命と引き換えに、マーメイドは元の姿へ戻ったという。
愛しき者を焼き尽くしてしまったという悲しみが、マーメイドの胸の内から炎を失わせたとでもいうのか。
いずれにせよ別離という悲恋で終わるその物語こそ、『煉獄の妖女』の結末として伝承には描かれているのだ。
「……私も検証したわけではない……それどころか、実際に煉獄の妖女を見たのも……今日この瞬間が初めてだ……」
その物語の顛末には、それを語ったテセニーゼ自身も懐疑的であった。そもそも煉獄の妖女という伝説自体、マーメイド本人たちですら忘れ去ってしまうほど、真偽が曖昧なものだった。
実際に煉獄の妖女が顕現したのだから、その伝説の最後も真実なのだろうと思うが、何を持って『愛する者』と定義しているのか、どれほどの愛であればそんな奇跡が起こるというのか。
「……所詮、愛など儚い幻のようなもの……」
それこそ『愛』の形など人によって様々、酷く曖昧なものだと冷めた感想がテセニーゼにはあった。
「それでも……お前は……!?」
故に再度その覚悟を問おうと、念を押すようにテセニーゼはエレに声を掛けようとしたが——。
そのときには、既にエレは動き出していた。
——最愛の者……?
その美しい羽根を羽ばたかせ、悶々と思考しながらもエレは真っ直ぐにフラメシュを見つめている。
既にエレの視界には、もがき苦しむ彼女の姿しか映っておらず——自身が、その『最愛の者』とやらに該当するのか、それだけを考えていた。
——私はフラメシュのこと好きだよ。その気持ちに嘘はないから……。
エレはフラメシュのことが好きではあったし、フラメシュもエレのことを好きでいてくれているという確信があった。
友情、親愛、愛情。それがどのような形であれ、確かに二人は互いに互いを想い合っていた。少なくとも、エレはフラメシュが元に戻れるのならと、躊躇いなくその身を捧げると即断出来るほどに。
——大丈夫、エレだけに……辛いことを押し付けたりしないから!!
仮に、テセニーゼの語った物語の結末が嘘であっても、自分の死にフラメシュが炎を鎮めるほどの悲しみを見せてくれなかったとしても——そこに後悔などない。
どうせこのまま放置したところで、フラメシュは一人で燃え尽きてしまうだけなのだ。ならばせめて自分が一緒に、彼女と共に燃え尽きることを覚悟に炎の中へと飛び込もうとする。
「え、えれ……だめ……こないで……はなれて……!!」
そんなエレの想いが通じたのか、意識が朧気ながらもフラメシュはエレを巻き添えにしまいと声を張り上げる。
全身を焼かれる苦痛から、悲鳴しか上げられなかった彼女が言葉を紡いだのだ。それだけの力を振り絞れたのも、ひとえに友を想えばこそ。
「離れない!! 離さないよ!!」
フラメシュの言葉は、確かにエレの元まで届いていた。だからこそ、エレはさらに飛翔速度を上げ、一刻も早くフラメシュの元へと飛んでいく。
たとえ望まれなくとも、拒絶されようとも絶対にフラメシュを一人になどしない。ただそれだけの想いでエレは煉獄の妖女の元へと突っ込んでいく。
そうして、一羽のセイレーンが炎の中へと飛び込んだ。
「——っ!!」
煉獄の炎に触れた瞬間、エレは声にならない悲鳴を上げる。
全身を焼かれる苦痛は想像を絶するものであり、一瞬で意識が飛びかける。だがその痛みにフラメシュも耐えていることを考えれば、泣き言など言ってもいられない。
きっと自分など、数秒もしないうちに燃え尽きてしまうだろうが、せめてその前にフラメシュの元までと——炎の中、彼女へと手を伸ばす。
そして燃え盛る炎の中、ついにエレの手がフラメシュまで届き——その身を強く抱きしめる。
「フラメシュ……!!」
「エ、エレ……!!」
灼熱の業火に晒されながらも、二人は互いの体の温もりを確かに感じ取っていた。
刹那、炎が一際大きな輝きを放つ。
それはまさに星が終わる瞬間、恒星が爆発することで放たれるという最後の輝きを想起させるものだった。
だが次の瞬間にも、煉獄の炎は一気に収束し——爆発することなく、鎮まっていく。
あれだけ煌々と燃え盛っていた炎が、まるで何事もなかったかのように全て消失したのだ。
そして炎の中心点だった場所に——全身に大火傷を負いながらも、原型を留めて抱き合う、二人の少女の姿があったのだ。
「……バカな……まさか本当に……」
その光景に、その解決策を語ったテセニーゼですらも唖然としていた。
まさか本当にあんな伝説が、愛などという曖昧なものが、このような奇跡を起こすなど夢にも思っていなかったのか。
何かの打ちのめされたように、愛など幻と口にした魔女はその場に立ち尽くすしかなかった。
×
『おのれ!! はぁはぁ……調子に乗りおって、小僧めが……!!』
「なんね、あいつ~、ものすごく疲れとるみたいやね……なんかあったんかいな?」
フラメシュたちから距離を置いた海上にて、不死皇帝と一反木綿の背に乗った鬼太郎が激しい熱戦を繰り広げていた。相変わらず、不死皇帝は強大な妖力を誇る怪物ではあったが、その動きは精細さを欠いていた。
本人の苛立ちもあるのだろうが、それ以上にどこか疲れたように息を切らしていたのだ。その異変に不死皇帝と初戦闘である一反木綿が首を傾げる。
「父さん、もしかしてあれは……」
「うむ、おそらく煉獄の妖女とやらの炎を受けた影響じゃろう……」
不死皇帝と交戦済みの鬼太郎もその異変を察知し、目玉おやじがその理由に当たりをつける。
鬼太郎たちはここへ駆けつけるまでの間に、デイビットという海賊ペンギンから『煉獄の妖女』のことを聞かされていた。海から陸に上がることで、煉獄の妖女へと変貌を遂げるマーメイドの伝説。
それにより不死皇帝の狙いがその炎であり、もしかしたら——彼の望みが『死』を得ることかもしれないと予想したのだ。
不老不死を得たものが、最後には自身の死を望み。それは鬼太郎たちもどこかで聞いたことのある話であり、実際その予想は的中していた。
不死皇帝は、自らの死を願って煉獄の妖女を目覚めさせ——そして、失敗したのだろう。
だが、煉獄の炎は不死皇帝の不滅の肉体に決して小さくない痛手を与えた。今の不死皇帝は肉体的にも、精神的にも大きく消耗した状態であり、そのおかげで鬼太郎たちは戦いを有利に進められていたのだ。
『チィッ!! どこまで無駄な抵抗を続けるつもりだ!! 貴様如きが我を倒せるなどと……』
だがそれでも、不死皇帝という怪物をそう簡単に倒すことなど出来ない。
『テセニーゼは何をしておる!? 我が騎士団よ! 我に逆らう愚か者どもを八つ裂きにするのだ!!』
不死皇帝自身、消耗した状態でも鬼太郎と互角に戦える力がある上、配下としてテセニーゼや亡霊騎士たちという戦力まで保有している。
もしもここでその配下たちが参戦し、鬼太郎たちを取り囲むようなことがあれば、きっと彼らに勝ち目などなかっただろう。
ところが、ここで不死皇帝にとって不測の事態が発生する。
『——!? な、何事だ!? なんだあれは……!?』
それは亡霊騎士たちに号令を掛けた、その直後だ。沖合に布陣していた不死皇帝の幽霊船団。何十隻と展開していたその船の方から——突然、爆発音が鳴り響いたのである。
見れば一隻の船から、黒煙が立ち上っているではないか。
『不死皇帝、ゴ報告申シ上ゲマス……』
その異変の理由を報告しにきたのか、黄金色の鎧を纏った亡霊騎士・騎士団長であるトーナが不死皇帝の側へと姿を現す。
空中で膝をつくという何気に器用なことをしつつ、トーナは船の方で起きている異変を不死皇帝へと伝達する。
『現在、我ラノ幽霊艦隊ガ何者カノ襲撃ヲ受ケテオリマス。騎士団デ対応シテイマスガ、戦況ハ芳シクナイカト……』
『何を馬鹿な!! いったいどこの馬の骨か知らんが、お前たちで対処できんのか!?」
その報告に不死皇帝が激怒する。
自分に逆らうものが鬼太郎以外にもいたこともそうだが、そんな連中に自分たちだけで対応できないと、弱音を吐く騎士たちの不甲斐なさにご立腹な様子。
不死皇帝は語気を強め、トーナにすぐにでも船で起きている騒ぎを収めるようにと叱りつける。
『恐レナガラ……ソレハ難シイカト』
しかしトーナは無感情に、事態が自分たちでは手に余ることを伝える。何故なら——。
『——っ!?』
「——な、なんだ……!?」
トーナがさらに言葉を紡ごうとした瞬間、再び船団の方で爆発が起きたのだ。その爆発には不死皇帝どころか、鬼太郎たちですら驚いていた。
何故ならそれは、鬼太郎たちですら予想していなかった事態。『最初』に起きた爆発であれば、鬼太郎にも心当たりがあったが——全く別の船から、黒煙が立ち上っている光景には覚えがなかったのだ。
そう、数十隻と点在している不死皇帝の幽霊船団——その複数箇所でことは起こっていた。
その事実を、焦りを感じさせない声音でトーナは淡々と報告していく。
『——現在、我ラハ『複数』ノ敵勢力カラ、同時ニ攻撃ヲ受ケテイルノデス……』
「——行くよ、皆!! 不死皇帝の相手は鬼太郎がしてくれる!! こいつらは、アタシたちがここで引きつけておくんだから!!」
最初の爆発が起きた船の甲板上では、猫娘率いるゲゲゲの森の妖怪たちが奮闘していた。一反木綿同様、鬼太郎の要請で境港の危機に駆けつけてくれた頼りになる仲間たちだ。
「それっ! 火炎砂じゃ!!」
「オギャ!! オギャ!!」
「ぬりかべ~!!」
砂かけババアが火炎砂を振りまいて船を炎上させ、子泣き爺が自らの腕を石化して敵を殴り飛ばす。ぬりかべはその巨体と頑強さを活かし、敵の攻撃を食い止めていく。
猫娘も含めてわずか四人と少数だが、数十体と群がってくる亡霊騎士たち相手に善戦を続けることが出来ていた。
『敵襲、敵襲……!』
『援軍ヲ要請セヨ……他ノ船カラ援軍ヲ……!』
だが、妖怪たちがどれだけ奮戦しようと、敵を全て倒し尽くすことなど出来ない。この船に待機しているだけで数十体、他の船に潜んでいる騎士たちを含めれば、敵の規模は数百体にも及ぶのだ。
いかに猫娘たちといえども、それだけの数が一気に傾れ込んでくるようなら、戦線の維持など出来ず、敵の勢いに呑まれていたことだろう。
『援軍……援軍ハ、マダ来ナイノカ?』
しかし、どれだけ待っても他の船から援軍が来る様子はない。何故いつまで経っても同胞たちの加勢がないのかと、騎士たちも首を傾げるばかりだ。
すると直後、再び爆発が起こる。
それは猫娘たちがいる船とは、全く別の方角——別の船から轟く戦いの合図であった。
「——テメェら、根性見せやがれ!! 海の男が幽霊船如きに遅れをとるんじゃねぇぞ!!」
「——へ、ヘイ!! やってやりやすぜ、カシラ!!」
猫娘たちから少し遅れ、幽霊船の一隻に襲撃を掛けたのは海賊船。セイウチの船長・バーンズが率いるバルド海賊団である。
お頭の号令の下、海賊ペンギンたちが声を震わせながらも、武器を手にして亡霊騎士たちへと戦いを挑んでいる。
当初は不死皇帝のネームバリューにびびっていた彼らだが、鬼太郎たちが不死皇帝と戦う気勢を見せたことで、彼らも奮い立った。
流石に不死皇帝と直接戦うのは無謀だと分かっているようだが、その手下たちであれば自分たちでも相手になれると、海賊としての意地を見せることになったのだ。
「——俺たちもやるそ!! いつもいつも、鬼太郎さんたちばかりに頼ってもいられない!!」
「——ここは俺たちの境港だ!! 俺たちの手で……この町を守るんだ!!」
さらに、海賊たちの中に境港の漁師たち——庄司やキノピーといった面々が混じっている。
彼らも本来であれば、不死皇帝の異形を前に恐れ慄いていた。突如として訪れた危機に、為す術もなく逃げたところで誰も責めたりはしなかっただろう。
だが毎度毎度、妖怪の騒ぎが起こるたびに鬼太郎の手を煩わせてしまっていることを、彼らは密かに恥じていた。
故にこの機会にこそと、庄司を含めて主だった漁師たちが集まり、それぞれが武器を手に立ち上がったのだ。
今こそ、自分たちの手で境港を守るときだと。
海賊たちと共に戦うことで、少なくとも数という面において亡霊騎士たちを圧倒する。
それでも、周囲全ての幽霊船から敵勢力が集まってくれば、数という面でも不利となり戦局を覆されていただろう。
ところが、ここで予想外の勢力が介入してくることで戦いの流れが大きく傾いていく。
『貴様ラ、何者ダ……何故我ラノ、不死皇帝ノ邪魔ヲスル?』
それと対峙していた亡霊騎士の一人が、眼前に立ち塞がる彼らが何者なのかとその素性を問う。騎士らしい正面からの問い掛けに、そのものたちの代表が律儀に答えていく。
「——随分と好き勝手しておるではないか。この辺り一帯が、ワシら烏天狗一族の縄張りだと知っての狼藉かのう……」
そのものは山伏の格好をした老人であり、他の面々も年齢の違いこそあれ、皆が山伏の装いに身を包んでいた。
しかし彼らはただの人間ではなく、背中に黒い翼を生やしており、口も鳥のくちばしになっている。まさに鳥人間といった風貌だ。
そう、彼らはこの地の霊峰・大山に棲まう『
ただ彼ら、特に烏天狗たちの長老などは保守的な性格であり、決してこのような戦い、妖怪や人間の諍いに進んで介入してくるような性分ではない筈だった。
「西洋妖怪、お主たちには色々と借りがあるでな……」
だが、烏天狗と西洋妖怪との間には浅からぬ因縁がある。
それは、かつてこの地に厄災をもたらした悪魔・ベリアル。
バックベアードの配下でもあったその悪魔に自分たちの里を蹂躙され、一族ほぼ全員が一度は全滅させられる、などといった憂き目に遭わされていたのだ。
幸い、鬼太郎の友人である魔女・アニエスのおかげでことなきを得たが、そのときの出来事は烏天狗たちの中で苦い記憶として残っている。
そのベリアルと異なる陣営ではあるが、不死皇帝も西洋妖怪の大物の一人だ。その強大な妖力を警戒し、先手を打ちに来たというところか。
だがそれ以上に、一族のものたちを説得し、彼らに不死皇帝と戦う決心をさせた若者がいた。
「すみません、長老……ボクの我儘に付き合ってもらって……」
「構わぬさ、小次郎。こやつらを放置しておけぬのも事実じゃて……」
烏天狗たちの中でも、比較的若い成年が申し訳なさそうに長老へと頭を下げる。
名を小次郎というその若者こそ、沖合に展開していた不死皇帝の船団を脅威だと説き、皆で打って出るべきだと主張した当人である。
一族として二度と西洋妖怪に遅れを取るわけにはいかないというのが、表立っての彼の言い分であったが——。
「まなさん……たとえ記憶がなくなったとしても、ボクは貴女を……貴女の愛する、この境港を守って見せます!!」
小次郎が西洋妖怪を放置しておけぬ、最大の理由。
何を隠そうこの小次郎、妖怪の身でありながら人間の女の子に恋をしていた。その相手こそが犬山まなであり、彼女の魂の故郷とも呼べる境港を守るため、この戦いへと馳せ参じたのだ。
彼も、犬山まなの記憶から妖怪の——自分との思い出が消え去ってしまったことは人伝に聞いていた。
だがそれでも構わないと。自身の恋を守るため、不死皇帝という脅威に立ち向かうのであった。
そうして、様々な理由や思いから不死皇帝に抗うものたちが、ここに集結した。
一人一人が強大な戦力というわけではなかったが、それが束になることで決して挫けぬ折れぬ矢となり、不死皇帝配下の騎士たちを手こずらせていたのである。
『——おのれぇえええええ!! 羽虫どもめが、どこまでも調子に乗りおって!!』
そういった襲撃者の報告を聞き終え、不死皇帝がさらに怒り狂った咆哮を上げていく。
『もうよい!! 貴様らの手に余るというなら、我自らの手で捻り潰してくれるまでよ!!』
彼は配下たちの不甲斐なさを認めると、自身の手で直接歯向かうものたちを片付けようと、その巨体を船の方へと移動させようとする。
「させるか!!」
『むぐっ……!?』
だがそうはさせまいと、不死皇帝と対峙していた鬼太郎がその隙を突くように攻撃を加えていく。さしもの不死皇帝といえども、鬼太郎の存在を無視して移動することなど出来ないだろう。
どこまでも目障りな鬼太郎に、不死皇帝はその瞳に憎悪を滲ませていく。
『貴様……本気で、本気で我に敵うと思っているのか? 一度は無様に敗北した分際で……我の前に立ちはだかろうというのか!?』
既に鬼太郎と一戦を交えている不死皇帝は、彼の存在を取るに足らない小僧と判断していた。
あのバックベアードを倒したという話だが、それもきっと何かの間違いだろうと、彼のことをそこまで危険視してはいなかった。
だが鬼太郎はその瞳に強い決意を宿し、不死皇帝を前にしながらも堂々と宣言して見せる。
「これ以上、お前に誰も傷つけさせない!! この地での暴挙を、許すわけにはいかないんだ!!」
鬼太郎を突き動かすもの、それはエレやフラメシュといった何の罪もない彼女たちを守るためというのもある。
だがそれ以上にこの町を、この境港の地を汚させてはならないという思いが、鬼太郎を強く突き動かしていた。
鬼太郎にとっても、この境港は大事な友人——犬山まなと過ごした大切な場所なのだ。そんな地での狼藉をこれ以上許すわけにはいかないと、握り拳にも自然と力がこもる。
『ほざけ、小僧!! ならば貴様を始末した後に、この町の全て焼き尽くしてくれるわ!!』
そんな鬼太郎に、怒り狂う不死皇帝は残虐なことを口走っていく。
目的さえ果たせていれば、不死皇帝は自身を終わらせることで全てを丸く収めていただろう。だがその願いを果たせないと悟ってか、八つ当たりのように全てを破壊すると喚き散らす。
鬼太郎の敗北はそのまま戦っている仲間たちの、そして境港という町の終焉を意味する。
「お前は……ここで倒す!!」
故に絶対に負けられないと、鬼太郎の瞳に不退転の決意が宿る。
「——指鉄砲!!」
その決意と共に、鬼太郎の指先から青白い光が放たれていく。
『——舐めるな!!』
鬼太郎の放った渾身の指鉄砲を、不死皇帝は正面から受け止める。巨大な左手一本で青白い光の奔流を堪えて見せる威風堂々たる姿は、確かに皇帝としての威厳が伴っていた。
『なかなかの威力だが……この程度で我を倒すなど片腹痛いわ!!』
受け止めた当初、不死皇帝にも余裕があった。
鬼太郎の指鉄砲はかなりの威力ではあるが、このくらいであれば十分に耐え切れると。その攻撃を受け切った後、力尽きた鬼太郎の首を取れば全てに片がつくと、余裕の笑みすら浮かべていた。
「——はあああああああああああああああああ!!」
だが予想外にも、そこからさらに力を振り絞っていく、ゲゲゲの鬼太郎。
指鉄砲の勢いは衰えるどころか、さらに威力が増していき、不死皇帝の巨体を徐々に後退させていく。
『くっ……!? まだまだ……これしきのことでっ!!』
しかしそれでもと、不死皇帝はその一撃を受け止め続ける。不滅の肉体を持つ自分であれば、これくらい堪え切れると考えたのだろう。
だが、次の瞬間——指鉄砲を受け止めていた不死皇帝の左手が、ピシリと音を立てて崩れ始めた。
『ば、バカな!? 我の体が……!? 決して滅びぬ不滅の肉体が……!?』
予想外の事態に狼狽し始める不死皇帝。さらに崩壊は左手だけに留まらず、その全身にまで広がっていくではないか。
しかも、その崩壊には——これまでのように再生する気配がなかった。
朽ちては戻り、また朽ちていくと。ある意味呪いのような再生力を発揮する筈の肉体が、この瞬間だけその効力を発揮しなかったのである。
何故こんなときに限ってと、不死皇帝の脳裏に疑問が過ぎる。
「っ!? 鬼太郎、あれを見てみよ!!」
その異変の答えを、鬼太郎と共に不死皇帝と対峙していた目玉おやじがその瞳に捉える。
見れば、鬼太郎の指鉄砲を耐え抜いている不死皇帝の肉体、その内部から漏れ出るように——『炎』が上がっていたのだ。
その炎の色合いは——まさに先ほどまで、不死皇帝が浴びていた炎と同質のものであった。
『ま、まさか……!? 煉獄の妖女の炎が……!!』
その瞬間、不死皇帝も悟った。
自身の不死性に対しまるで意味がないかに思われた、煉獄の妖女の炎。だがその炎は未だ消えることなく、不死皇帝の体内で燃え上がっていたのだ。
内側で燃える炎と、外側から襲い掛かる指鉄砲の衝撃。その二つが重なり合うことで——ついに、不死皇帝の肉体が急速に崩壊を始めていく。
『おお……おお!? く、崩れる……我が肉体が……まさか……こんなっ!?』
まさかの事態に戸惑い、驚きを隠せないでいる不死皇帝。
だがすぐに——これこそが、自分が望んだ『死』なのだと思い出す。
『——おおおお!! そうだ……我は、私は……この瞬間を待ち望んで…………』
不死皇帝は自身の体から力を抜いた。
瞬間、均衡が崩れたことで鬼太郎の指鉄砲の閃光が、一気に不死皇帝を飲み込んでいく。
自身に終焉をもたらすその閃光が——不死皇帝には、救いの光に見えていたかもしれない。
×
鬼太郎の指鉄砲は、不死皇帝を飲み込んだ瞬間に炸裂し、凄まじい爆発音を周囲一帯に響かせる。その衝撃に船上で戦っていたものたちが、敵味方問わずに動きを止め、上空を仰ぎ見たであろう。
「はぁはぁ……やった……のか?」
「や、やったばい!! 流石は鬼太郎しゃんよ!!」
渾身の一射を放ち、かなりの妖力を消耗して息を切らせる鬼太郎。疲労困憊の鬼太郎に代わり、彼を背に乗せている一反木綿がガッツポーズで勝利を噛み締める。
指鉄砲の直撃を受け、確かに肉体は吹き飛んだ。あれで生き残っているなどということはあるまいと、此度の元凶を打ち倒したことにホッと一息付く一同。
だが——。
『——ふはははははははははは!!』
「な、何じゃと!?」
そう安堵した刹那、その場に笑い声が木霊する。
大気を震わせる禍々しいその声は、間違いなく不死皇帝のものだ。まさかと目玉おやじが目を疑うよう、爆発音が響いた宙空へと目を向ける。
「まさか……これでも駄目なのか……!?」
あれだけの一撃を食らって倒せないというなら、もはや自分たちには手の打ちようがないと、鬼太郎の顔色にも翳りが生じる。
『そうか、これが肉体を失うという感覚か!! これが、魂だけになるということか!! はははははは!!』
もっとも、爆発が収まって煙が晴れたとき、そこに不死皇帝の肉体は存在しなかった。
不死皇帝の肉体は確かに滅んだ。だがそれは、あくまで『肉体』が消滅しただけ。たとえ体を失っても、『魂』さえ無事なら妖怪は何度でも蘇ることができる。
不死皇帝といえども、そのルールに例外はない。
『ふははははは!! 体が軽い!! 痛みが消えたぞ!! 我を苦しめる肉体が……ようやく消え去ったのだ!!』
そこには魂だけの存在となった不死皇帝がおり、驚くべきことに彼は強くその意識を保っていた。
勿論、さしもの不死皇帝といえども魂だけとなっては強大な力を発揮することも出来ない。
だが手も足も出せなくなった無力感よりも、彼は不自由な肉体から解放された喜びに打ち震えるように笑い声を上げていた。
もう自分を縛る肉体はない。常に己を苛んでいた苦しみが消えたと解放感に浸る。
『これで……静かに眠ることが出来る……』
たとえそれが、肉体が復活してしまうまでの、束の間の休息に過ぎないとしても構わないと。不死皇帝は自らの意識を深く眠りの中へ、海中へと己の魂を沈めていく。
その眠りが出来るだけ長く続くよう、祈るような思いを口にしながら——。
『不死皇帝ガ眠リニツイタ……我等モ役目ヲ終エ、共ニ眠リニツコウ……』
不死皇帝の魂が海へと沈む光景を、その場にいた騎士団長のトーナが静かに見届けていく。
彼は最後まで、鬼太郎と不死皇帝との戦いに割って入っても来なかった。手を貸せという命令がなかったからか、あるいは不死皇帝の望む『死』を、鬼太郎がもたらしてくれるという期待があったからか。
いずれにせよ不死皇帝がいない今、トーナを含めた亡霊騎士たちの役目も終わりを迎え、その姿が霞のように消えていく。
「おおっ……!? 見てみい、鬼太郎しゃん!!」
「幽霊船が沈んでいく……」
さらに不死皇帝の撃沈に呼応するよう、沖合に展開していた幽霊船も音を立てて崩れ始めた。
その光景を上空から見届ける鬼太郎たち、船の上で戦っていたであろう猫娘たちのことを気に掛けるが、沈み行く船団から一隻の海賊船が離れていくのが見えた。
遠目からだが、その船の上に海賊たちや庄司たち、そして猫娘たち全員が乗っているのを確認。
どうやら、皆も無事に脱出したようだ。そのことに安堵しつつ、鬼太郎は他に気にかけるべき少女——エレとフラメシュの二人へと意識を向ける。
不死皇帝との戦いに夢中で気付くのが遅れてしまったが、途中から伝わってくる炎の熱さが薄れていったような気がした。
もしかしたら、煉獄の妖女の炎が何かしらの理由で消えたのかもしれないと、彼女たちが無事であることを期待する鬼太郎。
「——エレ!! しっかりしてよ……ねぇ!!」
「——っ!?」
だが鬼太郎が振り返った先では、一人の少女が涙目になり、もう一人の少女の身を気遣っていた。
「エレっ!?」
「う、うう……」
そこにはボロボロになりながらも空を飛び、フラメシュを抱き抱えているエレの姿があった。
既にフラメシュの身からも炎は引いていたが、彼女たちの身体はあちこちが火傷だらけであり——その身は、今にも崩れてしまいそうなほど満身創痍であった。
×
「エレ!! なんで……どうしてこんなことにっ……」
「フラメシュ……無事だったんだね、よかった……」
フラフラになりながらも、エレはフラメシュを抱えたまま、浜辺まで舞い降りることが出来た。だが地上に足をつけるや、エレは力尽きて倒れてしまう。
地に伏せるエレにフラメシュが駆け寄ろうとするが、彼女自身も重症であり、地べたを這いずるのが精一杯といった状態だった。
「二人とも、大丈夫か!?」
「いかん!! すぐに手当を……」
そんな瀕死の彼女たちの元へ、すぐに鬼太郎たちも舞い降りてくる。目玉おやじが彼女たちに手当を施すため、怪我の具合を診ようとする。
「——無駄だ……二人とも……そう長くはなかろう……」
だがそんな彼女たちを『手遅れだと』。冷静に冷酷な審判を下すものがその場に舞い降りてくる。
「お前は、不死皇帝の……」
その人物を前に鬼太郎が眉を顰める。
亡霊騎士も、幽霊船も。不死皇帝に与するものがほとんど消え去った中、ただ一人その場に残っていたもの——魔女・テセニーゼである。
主である不死皇帝を倒されながらも、彼女からは鬼太郎に対する敵意など感じられない。
ただ不気味に佇みながら、魔女はエレやフラメシュが手遅れである理由をボソボソと語っていく。
「たとえ炎を消し去ることができても……炎に焼かれた傷までは元には戻らない……」
「っ……!!」
魔女の宣告に鬼太郎たちが息を呑む。
そう、エレの勇気ある想いは確かに奇跡を起こし、フラメシュの身から炎を退けることに成功した。だがそのために炎へと飛び込んでしまったエレの体は、煉獄の炎によって致命的な深傷を負ってしまった。
そして、炎を纏い続けたフラメシュ自身も、既に限界を迎えようとしている。
「遠からず、お前たちの命は尽きる……これはもう、決して覆すことの出来ない……運命だ……」
二人の命がもう間もなく終わると、テセニーゼは審判を下すように告げるのだ。
「そんな……何とかならんのかい!! こんな可愛い子たちが、何故死なんといかんばい!!」
これに抗議の声を上げる、一反木綿。純粋にエレたちの身を案じてのことではあるが、彼が口にするとどうにも下心を感じてしまうのは何故だろう。
「エレ……ごめん、ごめんね……!!」
「謝らないで、フラメシュ……私、何も後悔してないから……」
自分たちの命が長くないと理解するや、フラメシュはエレに懺悔するよう謝罪を口にし続けた。自分のせいでエレまでも、死せる運命へと巻き込んでしまったことを心底から後悔している。
一方で、謝るフラメシュにエレは穏やかな笑みを浮かべ続ける。自身の命を捧げる形となってしまったエレだが、その行動自体に後悔はなかったと彼女は全てを受け入れた。
二人は最後の瞬間まで、決して互いから目を離そうとしない。
「…………」
そんな彼女たちをただ見ていることしか出来ず、鬼太郎は無力感に打ちひしがれるように項垂れる。
「——お前たち……定められた運命に……抗うつもりはあるか?」
「えっ?」
だがここで、彼女たちの終わりに待ったを掛ける言葉が——テセニーゼの口から発せられる。まさかの人物からの申し出に、その場にいた全員の視線が彼女に集中する。
皆の視線を一身に浴びながらも、テセニーゼは揺らぐことなく言葉を紡いでいく。
「——私は転生の魔女テセニーゼ……私と契約を交わす覚悟があるのならば……お前たちの望みを叶えよう……」
同胞から一人前と認められた魔女は、魔女たちの寄り合い——『魔女会』から、二つ名を授けられるのが通例だ。
雨、霧、森、沼など。二つ名はそれぞれ異なっており、その呼び名がその魔女の有り様を示す象徴となる。
テセニーゼに与えられた二つ名は——『転生』。
永遠を生きる不死皇帝に仕えるべく、自らも転生を重ね続けてきた彼女に、魔女会が敬意と憐れみを込めて贈った二つ名である。
「私なら……お前たちを転生させ……死せる運命を覆し……その命を新しく生まれ変わらせることも可能だ……」
そしてテセニーゼは自身のみならず、他者の命すらも転生によって生まれ変わらせることが出来るというのだ。
「どういうつもりだ、魔女……」
「お主、不死皇帝の配下ではないのか? 何故、彼女たちに手を貸す?」
当然、突然の申し出に鬼太郎や目玉おやじからは警戒心を抱かれる。
テセニーゼは不死皇帝の配下。その彼女が何故このタイミングで、煉獄の妖女として利用するだけのフラメシュたちに救いの手を差し伸べようとするのか。
その心情を推し量ることが出来ず、思わず何かの罠かと勘繰ってしまう。
「確かに……私は不死皇帝に仕える魔女……あの者の妻として、その最後を見届ける義務があった……」
「え、ええ~!! あのデッカいのの……奥さん……!?」
そんな鬼太郎たちの反応に、テセニーゼは自分が不死皇帝の配下であり、妻として彼に協力していたことを告げる。
何気に初耳で衝撃的な情報に一反木綿が素っ頓狂な声を上げるが、その点を特に深掘りすることもなく、テセニーゼは語り続ける。
「不死皇帝が眠りについた今、お前たちと敵対する理由もない……ここで魔女としての仕事をこなしても……奴も私を咎めはしまい……」
「仕事だって……?」
どうやら、テセニーゼは不死皇帝に対する情よりも、魔女としての有り様を優先したようだ。仕事という言葉を使ったことからも、その申し出が無償の奉仕でないことが窺い知れる。
「当然……代償は払ってもらう。お前たち二人から……それぞれ大事なものを対価としていただく……」
「対価って……いったい、何を差し出せって言うのよ……!!」
案の定、テセニーゼはエレとフラメシュの二人に、『対価』を支払えと要求してきた。今にも事切れそうな少女たちから、何を奪おうというのか。無遠慮な提案にフラメシュが憤りを露わにする。
テセニーゼは既に貰うべき対価を決めていたのか。エレとフラメシュ、それぞれを指差しながら淡々と告げていく。
「——セイレーンのお前からは『羽根』を……マーメイドのお前からは、その『尾』をいただく……」
セイレーンの羽根——空を自由に飛ぶためにも必要な翼。
マーメイドの尾——海の中を自由に泳ぎ回るために必要な尾ビレ。
種族の象徴とも呼べるそれらは、確かに二人にとって大切なものだと言えよう。
「それって……つまり……」
それを差し出す、失うということはつまり——。
「羽根と尾が失われたお前たちなど……ただの人間も同然。お前たちは……人間として生まれ変わる……」
そう、テセニーゼは二人の少女に『人間』になって生きていけと言うのだ。それこそが、魔女と契約する上で必要になってくる代償、対価というわけだ。
妖怪である彼女たちが、人間という種に生まれ変わる。それはこの世の摂理に反した、まさに運命を覆す魔法という名の奇跡と言えよう。
一応、エレとフラメシュには、『妖怪のまま朽ち果てる』という選択肢も残っている。妖怪のままで肉体が消滅しても、魂が無事ならいつかは復活することが出来るだろう。
その場合、肉体を取り戻すのに何十年と掛かるだろうが、妖怪にとってその程度大した時間ではない。きっとそうする方が当たり前、自然な流れだっと言えるだろう。
だが——。
「——いいわ!! なってやろうじゃない……人間ってやつに!!」
「——私も……フラメシュと一緒なら……構わないよ」
二人はほとんど迷うことなく、テセニーゼの提案を受け入れた。二人揃って、人間へと生まれ変わる道を選んだのである。
きっと一人だけなら、考慮にすら値しない選択肢だっただろう。
人間に対して特別な感情を抱いているわけでもない彼女たちが、妖怪としての特異性を失ってまで人間になど生まれ変わりたいなどと思わない。
けど二人で一緒なら、人間だろうとなんだろうと構わない。
元々が異なる種族、セイレーンとマーメイドという違いを抱えていたからこそ。二人は同じ種族として生きることが出来る選択肢に、希望を見出したのかもしれない。
「フラメシュ。人間に生まれ変わっても……私と友達になってくれる?」
「当たり前じゃない! たとえ離れ離れになっても……エレのこと、必ず見つけ出して見せるから!!」
最後、エレとフラメシュの二人が今生において最後の言葉を交わす。
彼女たちの表情に悲壮感などなく、その声音はどこまでも互いへの想いに満ち溢れていた。
「……よろしい……契約成立だな……」
「待っ……!?」
二人の覚悟を見届けたテセニーゼは、彼女たちの望みを叶えるべく、自らの代名詞である転生の魔法を行使していく。
鬼太郎が咄嗟に静止しようと手を伸ばし掛けたが——そのときには全てが終わっていた。
「————」
「————」
光に包まれていく、エレとフラメシュの肉体。
彼女たちの体は砂のようにサラサラと崩れ落ちていくが、そこから眩いほどの輝きを持った球体が二つ、飛び出して来た。
きっとそれが、エレとフラメシュの魂なのだろう。
「……行くがよい……新しく生まれてくる命に宿るのだ……」
それを手繰り寄せ、大事そうに手に取ったテセニーゼ。
だがすぐにその魂を解き放ち、空高く舞う二つの魂がそれぞれ別の方角へ飛び去っていった。
「——う~ん!! やっぱ、境港の空気は格別だよね!! ここに来ると……夏っ! って感じがするんだよ!!」
「——そうか、そうか!! まなにそう言ってもらえると、俺たちも頑張った甲斐があったってもんだ!!」
後日。全ての騒動が丸く収まった境港に一人の少女が訪れていた。毎年、親戚である犬山庄司の家に遊びに来る姪っ子——犬山まなである。
妖怪との、鬼太郎たちの記憶を失くしている彼女ではあるが、境港での思い出は失われていない。毎年、夏休みに境港へと遊びに行くことが彼女にとって大事なイベントであることに変わりはなく、一年ぶりの境港を思う存分満喫していた。
「……ねぇ、庄司叔父さん?」
「ん? どうした、まな?」
だがふと、ウキウキ気分で街中を庄司と共に散策していたまなの足が止まった。
「何か……昔と雰囲気が違うような気がするけど、この辺りの通りってこんな感じだったけ?」
彼女が目にした通り——そこは、普段であれば『妖怪の銅像』が何体も飾られている通り道だった。
その通りには、とある妖怪が自らを銅像と化して眠った場所があった。
境港の人たちは、その妖怪が一人でも寂しくないようにと、自作で妖怪の銅像を作るようになったのだ。銅像の数はどんどん増えていき、今ではちょっとした観光名所になっている。
その銅像の中には鬼太郎や猫娘、ゲゲゲの森の妖怪たち——まなと友好を深めたものたちのものもある。
「ああ……こ、この辺りは今工事中でな……あんまり見せられるものがないんだ……すまんな、まな」
「ふ~ん……そうなんだ……」
そのため、まなが来ることになった日から、修理と称して大半の銅像をブルーシートで覆い隠すことにしたのだ。そのせいで景観がおかしいことになっており、それがまなに違和感を抱かせているのだろう。
とりあえず、庄司はその場を笑って誤魔化す。叔父のぎこちない笑みにまなは首を傾げるも、そういうものなんだろうと自分を納得させていく。
「あれ……? この銅像、随分と真新しいね! それに……なんだかすっごく綺麗な子たちだ……」
そんな、ほとんどの銅像が隠されている通り道において、ブルーシートに覆われていない一組の銅像があった。
それはここ最近になって作られたものであり、まなが目にしたとしても問題ないと、特に隠されてはいなかった。
「ああ、それな。それは……この境港を訪れた……とある少女たちの銅像だよ……」
まなが綺麗だといった銅像に、庄司は少しやるせないような気持ちを抱きながらも、それが何の像なのか話していく。
そう、それはこの境港の地を訪れた——セイレーンとマーメイドの少女を模したもの。
エレとフラメシュ、二人の顛末を鬼太郎から聞かされた境港の人たちが、彼女たちのことを思って建てた銅像だった。
互いに想い合った少女たちの絆が永遠であることを願い。
きっといつか、人間へと生まれ変わった彼女たちが、巡り会える日を願って。
境港の人々は、その銅像と共に彼女たちの物語を語り継いでいくだろう。
人物紹介
烏天狗一族
境港と言えば……ということで短いながらも出演していただきました。
アニメ6期でチョイ役ながらも、活躍した由緒正しき妖怪一族。
長老は基本的に保守的だが、なんだかんだで面倒見てくれる結構いい人。
小次郎
烏天狗一族の若者。
おそらく、まなちゃんの『妖怪を惚れさせるオーラ』の一番の犠牲者。
あれだけ分かりやすく惚れてるのに……それに気付かない鈍いまなちゃん。
次回予告
「父さん。ねずみ男のやつが、妖怪ポストなんて廃止して。
ネットの掲示板から依頼を受け付けるようにすればいいなんて言い出しました。
確かに今の時代……手紙なんてもう古いのかもしれません。
けど、手紙でなければ伝わらない思いがあると……それをボクはあの人たちに教わりました。
彼女……名前を何と言ったでしょうか? 確か……。
次回――ゲゲゲの鬼太郎『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン、妖怪ポスト誕生秘話』見えない世界の扉が開く」
というわけで、次回は前々から書きたいと思っていたお話。
『ゲゲゲの謎』が公開されたことで、鬼太郎の過去が明るみになり、ようやくクロス出来る土台が生まれました。
がっつり映画のネタもぶっこんでいくので、まだゲゲゲの謎を視聴していない方は4月に配信が開始されるゲゲゲの謎をチェックしてください!!(宣伝)