ぶっちゃけ、本当に普通の総集編の筈なのに……何故かとても面白かった!!
映画館の音響で聞く結束バンドのライブシーンもそうですが……大スクリーンで見るぼっちちゃんの奇行もとても見ごたえがあって、笑いを堪えるのに必死でしたわ!!
興行収入もいい感じみたいですし……映画の売上を糧に、是非とも二期を制作して欲しいです!!
今回で『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』とのクロスオーバーが完結します。
今回は『ゲゲゲの謎』の設定、世界観を盛り込んだりと。かなり詰め込んだ内容になってしまいました。
全体的に見ても過去最長のクロスだったでしょう……正直文字数多すぎて、書くのがちょっとしんどかった。
読者の皆様も、読むのに一苦労だと思いますが……どうか最後までお楽しみいただければと思います。
「…………」
東京の街にて、謎の自動車暴走事故に遭遇した——その翌日の夕方。
ヴァイオレット・エヴァーガーデンは一人自動車の後部座席に座り、車窓越しに流れていく景色を漠然と眺めていた。
「着いたよ、お客さん……けど、本当にここで良かったのかい?」
彼女が乗車していたのは現地のタクシーであった。タクシードライバーはヴァイオレットに目的地まで到着したことを伝えたが、本当にここで良かったのかと不安そうに尋ねる。
「はい、間違いありません。申し訳ありませんが、少しの間ここで待っていてもらえませんか?」
ヴァイオレットはドライバーの不安を解消するため、ここで間違いないとタクシーを降りていく。だがこの後もすぐに乗るからと、ここで待っているようにとお願いしていた。
この時間帯、本来なら通訳の仕事をしている筈であったのだが、ヴァイオレットは少し無理を言って早めに上がらせてもらっていた。
全てはヴァイオレット一人で、この場所を訪れるためだ。きっとベネディクトが同伴していたら止められていた施設——。
「止まりなさい。名前と目的を……」
そのエリアの入口——正門に近づくや、そこを警備していたアメリカ兵に呼び止められるヴァイオレット。彼女は彼らに敵意がないことを示しながら、既に先方にも伝えてある自身の目的を告げていく。
「——ヴァイオレット・エヴァーガーデンです。ディートフリート・ブーゲンビリア大佐との面会を希望いたします」
「……まさか、本当に日本にまで来るとはな……」
とある喫茶店を訪れたその男は不機嫌さを隠そうともせず、自分をこんなところまで呼び出した女・ヴァイオレット・エヴァーガーデンへと険しい視線を向ける。
「お久しぶりです、ディートフリート大佐」
男のあからさま嫌悪に対し、ヴァイオレットはその男——ディートフリート・ブーゲンビリアに敬礼、最大限の敬意を持って応える。
「敬礼は不要だ。お前はもう軍属でもなければ、俺もお前の主人じゃない……何をしに来た?」
挨拶もそこそこに、ディートフリートはヴァイオレットに単刀直入で本題に入るように命じる。無駄話をするつもりもないとばかりに、テーブルに座ってもコーヒー以外は何も注文しようとしない。
「こちらの基地に配属されているというお話を聞きました。わざわざ日本まで来たのに、挨拶に行かないのは失礼かと思いましたので……」
もっとも、ヴァイオレットとしても特別重大な要件があるわけでもない。
彼女は彼に挨拶をするため、そのためだけにわざわざタクシーで一時間以上の時間を掛けてまで、東京からここ——神奈川県横須賀まで訪れていた。
そう、日本に点在する米軍基地の一つ——『米海軍横須賀海軍基地』である。
日本国内に駐在するアメリカ軍——中でも海軍にとって、本拠地と言われるほどに重要な軍事拠点だ。
その規模は米軍が国外に構える基地としては最大と言われ、基地の敷地内は軍人やその家族が快適に暮らせるようにと。病院や銀行、スーパーマーケット、飲食店などの生活利便施設。映画館や図書館、運動場などの娯楽施設なども充実している。
基地内が一つの街として機能しているそこは、実実的にアメリカ国内と言ってもいいだろう。
「そうか、ならもう挨拶は済んだだろ。とっとと帰れ」
そのような重要拠点で、ディートフリートは大佐という地位を与えられた士官だ。本来なら軍人として、男として淑女には紳士に対応しなければならない立場だろう。
しかし彼は心底からうんざりした様子で、ヴァイオレット・エヴァーガーデンという人間に対して不機嫌を貫く。
「お前に挨拶に来られて、俺が喜ぶとでも思ったのか? そんなことに無駄な労力を使うな……」
ディートフリートは端正な顔立ちを歪め、碧い宝石のような瞳でヴァイオレットを睨みつける。粗暴な言葉で彼女のことを冷たくあしらうが、僅かだか言葉の端に配慮のようなものが感じられる。
別件で日本に来たついでとはいえ、わざわざ自分のところにまで来るなど時間がもったいないと忠告してくれているようにも聞こえるのだ。
ヴァイオレットという人間を嫌っていながらも、どこか彼女への気遣いが見られる——それがディートフリートという男の態度だった。
「申し訳ありませんでした。では、私はこれで……」
そんなディートフリートの対応、彼がこれ以上自分との面会を望んでいないことを理解するや、ヴァイオレットはその場から大人しく立ち去ろうと席を立つ。
「…………」
「どうした、まだ何かあるのか?」
だが、不意にヴァイオレットの足が止まった。何か用事でもあるのかと、ディートフリートは律儀に声を掛けるのだが——。
「大佐殿、お尋ねしたいのですが……日本では、人ではなく自動車が暴動を起こすようなものなのでしょうか?」
「…………お前は何を言っているんだ?」
「なるほど……それはまた、奇妙な偶然もあったものだな」
「……?」
ディートフリートはヴァイオレットが遭遇したという自動車暴走事故の詳細を聞き出し、その話にどこか心当たりがあるように頷く。
というのも、ヴァイオレットが遭遇したという謎の事故。それは在日米軍人であるディートフリートにとっても、あながち他人事でもなかったりする。
「確かに、数ヶ月前からそういった原因不明の事故が多発しているという報告が上がってきたのは事実だ。一時はテロの疑いもあって、米軍にも警戒を促すよう指示があったほどだ……」
米軍は諸外国の侵略などから日本を守るため、『安保条約』によって日本に駐留し、その戦力を維持するために訓練を続けている。
その訓練はあくまで外部からの侵略などを想定したものだが、日本政府の要請さえあれば、国内で起きた問題に出動することも可能ではある。
つまり——『万が一のときはいつでも動けるようにしておけ』。そういう連絡が米軍の方にもあったということだ。
それはオリンピックという国際的なイベントを控えていたからこその、警戒警報だったともいえるが。
「結局、俺たちが介入するような事態にはならず……そういった事故も自然消滅したという話だが……」
もっとも米軍が警戒態勢に入ったところで、彼らにお呼びが掛かることはなく。オリンピックも無事に終わり、頻発していた謎の事故も一度は収束したかに思われていた。
「お前が遭遇したその事故とやらが、それまでに起こっていたものと同様のものかまでは知らん。だが、全くの無関係とも思えんな……」
「…………」
だが、ヴァイオレットの話によれば謎の自動車事故——原因不明の事故がまたも起こり始めているという。
その事実にディートフリートは軍人として思案を巡らせ、そんな彼をヴァイオレットは静かに見つめている。
「ああ…………これは俺の部下が話していた……与太話の類だが……」
「…………大佐殿?」
ふと、何かを思い出したようにディートフリートが言葉を発しようとし、躊躇する。
そのらしくない態度に、ヴァイオレットは不思議そうに首を傾げる。彼はいったい何を言い淀んでいるのだろうか。
「なんでも、地元の……特に年寄り連中が言っていたらしい。あれは『ヨウカイ』とやらの仕業なんだとか……」
「ヨウカイ……ヨウカイとはなんなのでしょうか?」
ディートフリートが口にした、とある日本語。
それは日本語に精通したヴァイオレットですらも、初めて聞く単語だった。その言葉をどのように訳せばいいのかと、ヨウカイなるものの定義をディートフリートに尋ねる。
「俺たちでいうところの怪物、悪魔、妖精……あるいは亡霊といったところか? そういう『人ではないものの総称』をこの国では『妖怪』などと呼んで畏れているらしい」
ディートフリートは自分なりに妖怪という存在がどういったものなのか噛み砕いて解釈し、それをヴァイオレットに伝える。
ざっくりとした説明ではあるもののそれで理解出来たのか。ヴァイオレットは驚いたように目を見開く。
「そのようなものが……この国では実在するのですか?」
「まさか!! 言っただろう、たんなる与太話だ……そんなものが本当にいてたまるかよ」
ヴァイオレットの驚きは、素直に妖怪なるものの存在を鵜呑みにしかけたからこその驚愕だった。しかし、その存在はそれを口にしたディートフリート本人が否定する。
「妖怪だかなんだか知らないが……そんなあやふやな、目に見えないものに怯えて軍人が務まるものかよ。俺たち軍人は……もっとも恐ろしいものを相手に、戦っていかなければならないんだからな……」
ディートフリートのような軍人が戦わなければならない相手——それは『人間』だ。
国と国との争い、戦争は人間同士でするもの。彼はこの国に駐在する米軍人の一人として、有事の際は国や仲間を守るため、戦場に赴かなくてはならない。
戦場で襲ってくる敵を迎え撃ち——そして、殺す。
そんな悍ましい所業に比べれば、見えもしないものにいちいち怯えるなど馬鹿らしいと、ディートフリートは妖怪の存在を信じはしなかった。
「そう……ですね……」
ディートフリートの言葉をヴァイオレットも肯定する。
彼女自身も戦場で人間を相手にすることの恐ろしさ、悍ましさ——そして、罪深さを十分に理解しているつもりだ。
それ故、彼女は妖怪というものがどう恐ろしいのかいまいち理解しきれておらず、その存在を根本から信じることが出来ないでいた。
「まあ……なんにせよ、気をつけることだ」
そこで話は終わりだとばかりに、ディートフリートは席を立つ。
ヴァイオレットのことを嫌っているであろう彼が、ここまで話に付き合ってくれただけでもありがたいと。ヴァイオレットも彼を呼び止めるようなことはしなかったが。
「仮に妖怪なんてものがいたとして、お前が遅れをとるとは思っていない……」
去り際、ディートフリートは冗談めいたことを口にしながら、一応はヴァイオレットに用心するように忠告する。
「——この国でお前に何かあれば、ギルが黙っちゃいない。国家間の友好関係をお前一人のために破綻させてたまるか」
それこそ、冗談としか思えないようなことを口にしながらも——その目はまったく笑っていなかった。
×
ヴァイオレットたちに許されている日本の滞在期間は——五日間。
大会中、基本的に彼女も通訳の仕事で忙しく。ハンフリー・ゴードンから受けた——『水木という元日本軍人』の捜索は、夜になってからでなければ進めることが出来なかった。
幸いなことに、ハンフリーが出場する車椅子バスケットは大会の最終日にて行われる。都合上、彼は閉会式が終わればすぐにでも帰りの飛行機に乗らなければならないのだが、日程的にはまだ猶予があった。
なんとか大会期間中に依頼主が本懐を遂げればと、通訳の仕事に勤しむ傍、ヴァイオレットは目的の人物を捜索し続ける。
だが捜索は手詰まりのまま、時間だけが無情にも過ぎ去っていく。二日、三日、四日と。あっという間に期日は間近まで迫り。
ついに、大会は最終日を迎えてしまう——。
「ヴァイオレットさん、ここまでお付き合いしてください……本当にありがとうございました……」
大会最終日の午後。ハンフリーは心底申し訳なさそうに、自分の依頼に奔走してくれたヴァイオレットに深々と頭を下げる。彼が出場する車椅子バスケはもう間もなくだ。選手として本番までチーム間でのミーティングなどがあり、彼もこれ以上は自由に動けない。
彼自身が水木と再会するという願いは、残念ながら叶うことなく終わってしまった。
「ハンフリー様……まだ時間は残っています。私も今日の午後は空いています。ですから、まだ……」
そんな依頼主に、ヴァイオレットはまだ諦めないようにと声を掛ける。
たとえ直接会えなくとも、手紙なら届けることが出来る筈だ。そのために自分がいるのだと、最後まで彼女は水木を捜すと訴えかける。
「いいえ、もういいんです……ヴァイオレットさんも、残りの時間くらいは自由に過ごして下さい」
しかし手紙を渡すことすら諦めてしまったのか、ハンフリーもこれ以上はいいと首を横に振る。
最終日の自由時間くらい、ゆっくり過ごすしてくれと。がっくりとした様子で、競技場へと向かってしまった。
「…………」
一人取り残されたヴァイオレットは、その日の業務が全て完了していたこともあり——すぐにでも街中へ繰り出そうとしていた。
ハンフリーの言葉を、彼女はそのまま受け取るつもりはなかった。もういいと言いながらも、今だに諦めきれない依頼主の本当の気持ち。その想いを汲み取って掬い上げる。
それこそが、自動手記人形である自分の勤めであると。ヴァイオレット・エヴァーガーデンは最後まで足掻くことをやめはしない。
「おーい!! ヴィー!!」
「ベネディクト……」
そんな彼女の心意気に応えるよう、ベネディクト・ブルーが駆けつけてくる。
ヴァイオレットの同僚にして兄貴分を気取る彼は、得意げな顔で朗報となるその情報を持ってきてくれた。
「——見つけたぜ、水木ってやつの居場所をなっ!!」
「——っ!!」
「血液銀行……そこに水木様が勤めていると。それは確かなのですか、ベネディクト?」
「おう、まず間違いない思うぜ!!」
二人はさっそくタクシーへと乗り込み、水木が働いているであろう職場——『血液銀行』を目指す。
既に競技に集中しなければならないハンフリーは同伴できなかったが、手紙なら届けることが出来るだろうと、ひとまず安堵するヴァイオレット。
「それにしても、よく捜し出せましたね。流石です、ベネディクト」
「なに、これくらい大したことないって!!」
目的地に向かう最中、ヴァイオレットはベネディクトの功績を素直に褒め称える。彼女の称賛にベネディクトは口では大したことないと言いつつ、どこか自慢げな顔になっていた。
そもそも、ベネディクト・ブルーには日本でやるべき業務というものがない。
ヴァイオレットを心配し『護衛』という名目でついてきた彼は、本来なら比較的自由に動ける立場である。そのため来日二日目辺りから、仕事中のヴァイオレットに危険がないことを再確認した彼は、彼女の頼みもあって昼間も水木捜索のため情報収集に勤しむようになったのだ。
日本語が拙いながらも、ベネディクトはその足で根気良く聞き込みを続け、ときには英語に達者な日本人や、日本に慣れ親しんだ在日アメリカ人などと渡りをつけ、水木という人間の居場所を捜し続け——そして特定してみせた。
「ホッジンズ社長の目に、狂いはなかったというわけですね……」
初めて訪れた日本という場所で、遺憾なく発揮されたベネディクトのコミュニケーション能力に、ヴァイオレットはお世辞抜きに感服する。
彼を次期副社長に推しているクラウディア・ホッジンズの人を見る目は確かだったと、それが証明されたような気がして自然とヴァイオレットの口元にも笑みが浮かぶ。
「ところで、日本の血液銀行というと……米国赤十字社の支援を受けて設立されたという?」
それはそれとして、ヴァイオレットは水木が勤めているとされる血液銀行の話を振る。
彼女が血液銀行と聞いて真っ先に思い浮かべたのは『赤十字社』——世界を股にかけて活動する、人道的支援団体のこと。
米国にも赤十字が運営する血液バンクが存在し、戦後の日本にもそのノウハウを活かした施設が開設されたと聞いた覚えがあった。
「いや……水木ってやつが勤めてる血液銀行は、赤十字とは違う民間の企業だ。血を金で買い取って、それをさらに高値で売るんだとよ」
しかしベネディクトが調べたところ、水木の勤める血液銀行は赤十字の『献血用血液の無償提供を呼び掛ける』それとは異なるもの。
その実態は『金銭によって血を売買する』という、民間の商業企業だというのだ。
「それは……問題にはならないのですか? そのような方法で集まった血液が、本当に必要とされる方の元に届くとは思えないのですが……」
その話を聞いただけでも、ヴァイオレットは眉を顰める。
赤十字が無償での献血を呼び掛けるその横で、金銭で血液を売買する民間企業。どちらに血を提供するかと問われたとき、多くの人はきっと利益が生じる後者を選んでしまうだろう。
そんな状況下では、命を救うための輸血が正しい形で行われていないのではと懸念を抱いてしまう。
「実際、問題になってんだよ。金のない連中が、金欲しさに血を売りまくって……その血は金を持ってる奴らに優先的に配られるってよ……」
実際、血液銀行を取り巻く血液事業はとても健全とは言い難いものだと、ベネディクトが愚痴っぽく呟く。
血を売りにくるのは、そのほとんどが生活困窮者。日々の生活費を稼ごうと日常的に血液を売りにいき、そのせいで健康を害した彼らの血は輸血後の肝炎リスクなどを高める。
さらに輸血を受けられる患者も、血を買えるほどの金を持っている人間だけとのことだ。
「…………」
そんな、明らかに貧困差が浮き彫りになった日本の血液事情にヴァイオレットも表情を曇らせていくばかりであった。
「
それはそれとして、さっそく水木との面会を果たそうと血液銀行へと赴く二人であったが、実際に会社の窓口に問い合わせたところ——意外な事実が判明し、ベネディクトが焦ったよう大声で叫ぶ。
「失礼……水木という方が勤めていたのは事実なのですね?」
動揺するベネディクトに変わり、ヴァイオレットが冷静に尋ね直す。彼女の問い掛けに受付嬢は、手元の資料を確認しながら再度答えてくれた。
「ええ、その方でしたら一年ほど前に退職なさっています。既に弊社には属しておりません」
「彼のその後の行き先は? 何かご存知でしょうか?」
「流石にそこまでは……退職と同時にお引越しもされたという話なので……住所の方もちょっと……」
水木という従業員は、確かに血液銀行に所属していたという。受付嬢に似顔絵を見せたところ、彼で間違いないと確認も取れた。
だがその当人が、既に血液銀行を退職していたというのだ。
「おいおい、ここまで来て空振りかよ!? くそっ!!」
「これは、困りましたね……」
ベネディクトは自分が入手した情報が古いものであったことに頭を抱え、ヴァイオレットも手掛かりがなくなってしまったことに気を落とす。
一応、血液銀行の方に手紙を預けるという方法もあるが、会社の方が水木のその後を把握していないという。
帰国までのタイムリミットが迫る中、ここからどうすべきかと考え込むヴァイオレットたちはその場から動けないでいた。
「——どうした、何事かね?」
すると、そんなヴァイオレットたちに一人の男性が声を掛けてきた。
「社長、やはりこのままで……我が社に未来はないかと……」
「そうか……いずれはこのときが来るとは思っていたが……」
それは、ヴァイオレットたちが血液銀行へとやって来る、少し前のことだ。社長と呼ばれた恰幅の良い老人と、その部下である課長が個室にて密談を交わしていた。
彼らが話しているのは自分たちの会社——血液銀行の行く末である。
民間企業である血液銀行は、設立当初こそ社会情勢の不安定さから職を持てない人間などから血液を買取り、それを高値で売り捌くことで多大な利益を得ていた。
社会的弱者から血という名の命を搾取し、その命によって富を築いていたのだ。
しかし高度経済成長の波に乗り始めた今の日本で、進んで血液を売りに来るものなど少数派だ。加えて、売血による輸血を受けたことで逆に病気になったと、健康被害を訴えるものが売血の追放運動を各地で起こし始めた。
そうした国民の声についに政府が重い腰を上げ、『赤十字社による献血の普及を推進する』と正式に閣議決定。各地で献血の受け入れ体制が急速に広まっていくこととなったのだ。
もはや、売血による血液事業は風前の灯と言っていいだろう。今の血液銀行に全盛期のような勢いはない。
「せめて『M』が!! Mの製造方法さえ突き止めることができれば……まだ逆転の目はあるというのにっ!!」
しかし課長は今だに諦め切れないのか、なんとかして会社を存在させようと売血とは違う事業——『M』による業績回復を狙う。
『M』とは——『血液製剤M』の略称である。
特殊な秘薬であるこのMを投与された人間は凄まじい力を発揮し、飲まず食わずで何日と働き続けることが出来るという。日本が過去の戦争——日清・日露戦争に勝利できたのも、敗戦後の何もない焼け跡から復興出来たのも。全ては、このMを投与された人々の働きによるものだという。
血液銀行はそのMの販売に関わり、その利益の恩恵を受けていた時期があった。しかし——。
「だが、Mの製造を担っていた龍賀一族は、八年前の原因不明の事故で集落ごと滅んだ……彼ら以外に、Mの製造方法を知るものなどこの世にはいまい……」
課長の未練がましい言葉に、社長は『Mの製造方法が既に失われたもの』だと冷静に指摘する。
Mは龍賀製薬という会社で精製されていた。さらにMの大元となる原液は、龍賀製薬を取り仕切る龍賀一族によって独占されていたのだ。Mに関する重要事項は一族の血筋以外、婿養子である龍賀製薬の社長ですら何も知らされていなかったという。
その龍賀一族が——八年前に村ごと滅んだ。
いったい何があったのかは分からない。しかし肝心なのは——それにより、Mの製造方法が永遠に失われたという事実だ。
もはや、Mは本当の意味で幻の秘薬となってしまったのだ。
「ときに……水木くんの様子はどうだ? あれから何か動きを見せたかね?」
もしも、Mをこの世に復活させることが出来るものがいるのなら——それは、龍賀一族の滅びに立ち会っていたかもしれない人物。
そう、今はもう血液銀行を辞めた彼——水木以外にいないと、社長は彼のことを課長に尋ねる。
「相変わらずですよ……これといって怪しい動きはなく、誰かと連絡を取り合っている様子もありません」
社長に問われ、課長は手元にあった『報告書』と共に、水木という人間のここ最近の動きを報告する。もっとも、水木はただの一般人だ。今の職業や住まい、家族構成といったありきたり調査結果しか記載されていない。
「彼が記憶を失ったと聞いたとき、初めは嘘だと思っていたが……この調子では、それも本当だったか……」
社長は報告書に目を通しながら、水木の記憶喪失。
八年前、彼が龍賀一族の村——哭倉村を訪れていた間の記憶が空白であるという事実に、ようやく納得を見せる。
正直なところ、社長は水木の記憶喪失を『虚偽』だと思っていた。全てのものが滅んだその村で、唯一生き残った水木という男。彼はきっと何かを見て、そして何かを知った筈なのだ。
その知り得たことの中に——もしかしたら、『M』の製造方法があるかもしれないと。あるいはその製法を独占し、利益を自分のものにしようとしているのではないかと、水木のことを疑ってもいた。
故に、水木が血液銀行を辞めると言い出した頃から、人を雇って彼の動向を密かに探っていたのである。
「まあいい、これ以上彼にこだわる意味もないだろう。彼の監視を解くように伝えておきたまえ」
「かしこまりました……」
だが、会社を辞めて一年以上経った今になっても、水木は何も行動を起こそうとしなかった。もしも彼がMに関連して何かしようとするなら、何らかの動きがあってもいい筈だろうに。
どうやら、彼は本当に何も覚えていないらしい。社長はそのことを残念に思いながらも、これ以上は水木に監視をつけても意味はないと、彼の調査を打ち切るよう課長に指示を出していく。
「さて、私はそろそろ帰るよ……」
「お見送りします、社長」
そうして、密談が終わったところで社長は今日の業務は終わったと帰宅の途につく。それを律儀に見送ろうと、課長が会社の出口まで社長と共に歩いていくのだが——。
「……ん?」
そこで社長たちは出くわしたのだ。何やら見慣れない外国人が受付で話し込んでいるのを——。
「どうした、何事かね?」
なんとなく気になった社長はその外国人——特に人目を惹く容姿をしたヴァイオレット・エヴァーガーデンへと声を掛けていた。
「それが、この方たちが水木さん……うちの元従業員に会いたいと仰っているのですが……」
社長の問い掛けに受付嬢が答える。
その二人の外国人は、先ほどまで社長たちが話題に上げていた水木に用があるというのだ。その事実に、社長の中にある疑念が生まれる。
——水木くんだと!! まさか……彼は海外の人間とMをっ!?
それは水木が国外の人間と提携し、『M』を売り捌こうとしているという可能性だ。そしてこの外国人こそが、水木と海外企業とを繋ぎ合わせる連絡員なのではないかと。
——もしそうなら、もう一度Mをっ!!
そんな、もしかしてという疑惑と期待に社長の瞳の奥に野心が宿る。
やはり水木は全てを覚えていた。ならば今からでも彼を取り込むことで、再びMの利権に絡むことが出来るのではないかと。
「いったい、彼に何の用かな……」
とりあえず、自身の考えを悟られぬようにと、それとなく社長は彼らの目的を探る。自分の問いに果たしてどのような小賢しい返答で煙に巻こうとするのかと、疑心暗鬼で身構える社長。
「手紙を……届けたいのです」
そのようなことを考えている社長をよそに、ヴァイオレットは自身の目的——水木に渡すべき手紙のことを口にした。
「手紙……それはいったい、どのような手紙かね?」
ヴァイオレットの返答に、社長は『きっとその手紙にこそMに関するやり取りが記載されている』と考える。そして、どうにかしてその中身を見ることが出来ないかと思案し始めた。
だが——。
「——水木様に感謝を伝えたいと願っている方からの、想いのこもった手紙です」
ヴァイオレット・エヴァーガーデンはその手紙に綴られているのは感謝の気持ち——ハンフリー・ゴードンの想いだけであることを告げる。
その想いを伝えたいと願う、ヴァイオレットの瞳を真正面に見据え——。
「…………そうか。それは、きちんと本人に届けてあげなければいけないな……」
社長の野心で濁っていた瞳が、晴れ晴れとしたものへと変わっていく。
「君、少しそこで待っていなさい」
「……?」
社長はヴァイオレットに待つように伝えて、すぐにでも社長室から例の資料——水木に関する報告書を持参してきた。
「お嬢さん、日本語は読めるかな?」
「はい、問題ありませんが……」
親切にも、ヴァイオレットが日本語を読めるかどうかを確認した上で——社長はそれを彼女へと渡していく。
「ならこれを持っていきなさい。この資料に、水木くんの近況が書かれているからね……」
「しゃ、社長!?」
社長と似たような疑念を抱いていたのか、無防備にも水木の資料を渡してしまうことに課長が悲鳴のような声を上げる。
彼女たちに水木が握っているかもしれない、Mに関わる秘密を奪われたらどうするんだと言わんばかりに。
——何と真っ直ぐな瞳なのだろう……。
だが、何も問題ない。
彼女の真っ直ぐな瞳と、その真摯な言葉を聞けば分かることだ。彼女は本当に手紙を、そこに詰まった想いをただ届けたいだけなのだと。
——眩しいな、私も若い頃はこうだったろうに……。
そんな彼女の真っ直ぐな在り様に、社長は自身の若い頃を思い返す。自分にも、誰かのためにと必死に働いていた時期があっただろうに。
——いったいいつから、権力やら利権やらに固執するようになってしまったのか……。
彼女の真っ直ぐさを通じて、昔の自分と過去の自分を比較し、人知れず自己嫌悪に陥る社長。
「よろしいのですか? そのようなものをいただいて……」
「いいんだよ、私たちには……もう必要のないものだからね」
突然のことで彼女も戸惑っていたようだが、社長は『Mとの決別』という意味も込めて、彼女に水木の資料を全て差し出していく。
「ありがとうございます……急ぎましょう、ベネディクト」
そんな社長の好意に、彼女は深々と頭を下げて感謝を伝えてくれた。そして、連れの男性と共に急ぎ血液銀行を後にしていく。
「我が社の終焉は避けられぬもの……ならばせめて、最後まで責任を持たなければな……」
そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、社長は今後の身の振り方を考える。
きっと血液銀行という会社に未来はない。どうせ避けられない終わりなら、少しでも被害を最小限に。
それこそ、自分以外の従業員が余計な重荷を背負わないようにと。社長は全ての業を背負う覚悟で——血液銀行の廃業へと着手していくこととなる。
×
「この資料によれば、水木様の住所は……これなら間に合いそうです。これでハンフリー様のお手紙を届けることが出来ます」
「……しっかし、何だってそんなこと調べてんだよ、あの社長? 退職した社員のその後なんて……そこまで深く突っ込むことなのか?」
血液銀行を出たヴァイオレットとベネディクトは、そこの社長から渡された資料を元に水木の現住所へとタクシーで向かっていた。
ヴァイオレットは、社長が託してくれた資料のおかげで水木に会えると。その親切を素直にありがたがっていたが、ベネディクトは『会社を辞めた一社員の動向を社長が調べていた』という事実を訝しむ。
日本語でベネディクトは読めなかったが、その資料には水木の近況が事細かに書かれているという。
見方によっては、まるで水木を監視していたかのような内容。そこまで調べて何をするつもりだったのか、ちょっと気になってしまう。
「職業は日雇いを転々と……経済状況は良くはないようですが……今すぐどうにかなるということでもなし……」
もっとも、ヴァイオレットは特に気にした様子もなく、一人静かにその資料へと目を通していく。
とはいえ、水木は基本的には普通の日本人男性だ。ヴァイオレットも書かれている内容にこれといっておかしいところも感じられなかったため、淡々と資料を読み進めていくだけなのだが——。
「父親と母親は既に他界。既婚歴はなし…………子供が一人?」
ふと、気になる箇所を見つけてヴァイオレットの手が止まる。
それは水木の家族構成。既に両親共に病で亡くしており、親族ともほとんど縁が切れていた。独身で妻がいるわけでもないようだが——書類上、彼には息子が一人いた。
「実の子供ではない……私と同じ養子でしょうか?」
ヴァイオレット自身がエヴァーガーデン家の養子であったため、その子供に親近感を抱く。
いったいどんな子なのかと、少年の写真が添付されたページを開き、そこに書かれていた『彼の名前』に目を通していく。
「…………それにしても、車全然進まねぇな……渋滞か?」
ふと、ヴァイオレットが資料を読み進めていく横で、ベネディクトが少し苛立ち気味に視線を前方へと向ける。彼らはタクシーで目的地に向かっているわけだが、そのタクシーが先ほどから全く動いてないのである。
見れば他の車もほとんど動いていない。まさかここに来てトラブルかと、頭を悩ませるベネディクトであったが——。
刹那——渋滞を起こしていたと思われる前方の大通りにて、凄まじい爆発が起こった。
「…………はぁっ!? おいおい、またかよ!? よりによってこんなときに……!!」
その爆発に、一瞬遅れてベネディクトが素っ頓狂な声を上げる。
その爆発は——彼らが一日目に遭遇した謎の自動車事故、それと全く同種のものだったのだ。
ヴァイオレットたちが日本に滞在中、何度かこのような事故は起きている。幸いなことに事故に巻き込まれたのは初日の一回だけであり、それ以外は彼女らとは関係ないところで起きていた。
東京という都市の広さを考えれば、寧ろこのような事故に遭遇する確率の方が珍しいのだが——まさかここに来て、このような状況に鉢合わせすることになるとは。
「どうする、ヴァイオレット!? もう、マジで時間がねぇぞ!!」
とりあえずタクシーから降りつつ、この事態にどう対処するかをヴァイオレットに問う。勿論、ベネディクトとしては初日のときのようにヴァイオレットを事故に巻き込むつもりはない。
事故から遠ざかることを前提にした上で、これからどうするかを聞いていたのだが。
「あれは……もしや?」
しかし、ヴァイオレットの視線は事故が発生していると思われる、前方へと釘付けになっていた。
前方からは、悲鳴を上げながらこちらへ逃げてくる人の波が押し寄せてきている。しかし、その人波に逆らうように——『一人の少年』が真っ直ぐ事故現場へと向かっている姿を、ヴァイオレットの視界が捉える。
「…………っ!!」
ヴァイオレットはその少年と、手元の写真とを見比べ——すぐにでもその場から駆け出していた。
「——ぐはっはっは!! どうした、鬼太郎!? 幽霊族とやらの力はこんなものか!!」
「——くっ……もう止めるんだ、片車輪!!」
原因不明の自動車事故に人間たちが為す術もなく逃げ出していく中、騒ぎの中心地では妖怪・片車輪——その暴挙を阻止しようとする、幽霊族の少年・鬼太郎が対峙していた。
片車輪は鬼太郎にしてやられた屈辱を返すためにと、連日に渡って人間社会で暴れ回っていた。その話を鬼太郎はねずみ男経由で知り、何とか片車輪を止めようとずっとその足跡を辿っていた。
そしてこの日、両者はついに再び相対することとなった。
「ほれほれ!! 早くこの俺を止めんと、被害が広がる一方だぞ? はっはっは!!」
現状、戦況を優位に進めていたのは片車輪であった。
以前の戦いでは完全に鬼太郎を甘くみており、そのせいで不覚を取ったと反省したのか。今回は最初から全力で——自身の能力を惜しみなく発揮し、鬼太郎を手玉に取る。
片車輪の能力——それは『回転するものに取り憑き、それを自在に操る』というもの。その能力で片車輪は車のタイヤに憑依し、それに付随して自動車を自由自在に暴走させる。
制限時速など無視した暴走自動車は、さらには炎まで纏って鬼太郎に向かって突っ込んでくる。
「っ……リモコン下駄!!」
それでも、鬼太郎であればそれくらいは対処出来た。向かってくる自動車の突撃を何とか回避しながら、リモコン下駄を放って車体を破壊。暴走車を走行不能へと追い込んでいく。
「何のっ……まだまだっ!!」
だが壊れたら壊れたで、片車輪はすぐにでもその自動車から離れ、次の自動車へと乗り移っていく。高度経済成長を遂げた今の日本において、車など街中にゴロゴロ転がっている。
これではいくら鬼太郎が片車輪を止めるために奮闘しようと、ただ自動車を破壊しているだけで終わってしまう。片車輪という妖怪、そのものを何とかしなければ周囲への被害が広がる一方である。
「鬼太郎よ、闇雲に攻撃しても駄目じゃ!! 奴の本体を止めねば……!!」
それは彼も——鬼太郎の保護者として付いてきた、目玉おやじも把握しているようだ。彼は片車輪の本体を仕留めなければと、鬼太郎に助言する。
そう、片車輪には車輪や自動車に憑依する前の本体——『片車輪という妖怪そのものの姿』がある筈なのだ。物体と物体、自動車から自動車へと乗り移る、僅かな間のみ露出する本体。
その本体を何とかしなければ、片車輪という妖怪を本当の意味で止めることはできないという。
「けど……いったい、どうすれば!?」
しかし、今の鬼太郎では片車輪の猛攻を耐え凌ぐので精一杯。とてもではないが、その本体を見つけ出して仕留めるなどという器用な真似、出来るわけもなかった。
「ふはははは!! さあさあ、もっと激しく行くぞ!!」
それを承知しているのか。片車輪の攻撃はますます勢いを増し、鬼太郎を追い詰めていく。
次から次へと自動車へと乗り移り、使い捨て感覚で鬼太郎へと突っ込ませていく。まるで神風特攻のようである。
「くっ……霊毛ちゃんちゃんこ!!」
とにかく、今はこの場を凌ぎ切るしかないと。鬼太郎は腕に霊毛ちゃんちゃんこを巻き、突っ込んでくる自動車を迎え撃とうと腰を低くして構えた。
「…………えっ?」
だがそのときだ。
ふと、夕日の光を遮るように上空から何者かの影が差す。鬼太郎が視線を上へと向けると——そこには舞うように宙を跳ぶ、美しい女性の姿があった。
キラキラと輝きを放つ金色の髪に、海のような深みを伴った青い瞳。
ワンピースドレスを華麗に着こなし、胸元にはエメラルドのブローチが煌びやかに輝いている。
日本人ではない。西洋人の女性が、ふわりと鬼太郎と片車輪が向かい合うその中間地点へと舞い降りたのだ。
「なっ……何だ、貴様は!?」
突然の乱入者に驚きから片車輪の動きが止まる。それがただの人間であれば構わずに突っ込んでいただろうが、彼女は明らかに『ただの人間』ではなかった。
このような混沌とした状況下で悲鳴一つ上げない胆力。人間離れした神秘的な美しさ。明らかに異質な空気を纏った彼女に思わず何者かと問うたのだが——。
「…………」
無反応。片車輪の言葉に女性は全く反応を示さない。無視しているわけではない——彼女には片車輪の声も聞こえてなければ、その姿すら正しく認識していなかった。
そう、幽霊族の鬼太郎などとは違い、片車輪の姿は普通の人間——妖怪の存在を信じない、見えないものを見ようとしない現代人には視認することも出来ない。
きっと彼女の目に片車輪という妖怪は、自動車がひとりでに動いているようにしか見えていないのだろう。
つまり、それは——彼女が正真正銘、ただの人間だということを意味する。
「ちっ……たかが人間如きが!! 妖怪同士の戦いに首を突っ込んでくるでないわ!!」
只者でないと思っていた相手が、所詮はただの人間に過ぎなかった。少し驚かされたこともあってか、片車輪は怒りのままに身の程知らずの人間を排除しようと自動車を突撃させる。
「いけない! 逃げてください!!」
これに焦ったのが鬼太郎だ。
これは妖怪同士の争い。無関係な人間を巻き込むわけにはいかないと、彼女に逃げるようにと必死に叫ぶ。
しかし女性が自力で逃げられるような、鬼太郎の救援が間に合うようなタイミングでもなく。片車輪によってさらなる人間の犠牲者が出るところ——。
「——!!」
だが、突撃してくる自動車に特に慌てることもなく、彼女は軽く地面を蹴って宙を待う。優雅にして華麗な跳躍だ。そのまま羽根のように軽やかに、彼女は車のボンネットへと着地する。
「な、なに……!?」
まさか飛び乗ってくるとは思いもしなかったのだろう。片車輪が驚きを露わにするが、そういったリアクションすらも彼女には見えてはいないのだ。
妖怪を戸惑わせているとも露知らず、彼女はその手に持っていた——『鉄パイプ』を力強く握る。
その異様な存在感に注目し過ぎていたため、誰もが彼女の手に握られていたその凶器の存在に気付けずにいた。彼女はそれを思いっきり振りかぶり、何の躊躇もなく車のボンネット——エンジンルームへと突き立てる。
そのまま、彼女は揺れる自動車にしがみつきながら鉄パイプに力を込め、エンジンルームからその中身を抉り出そうとしてくる。
「うぉおおおおおお!? お、おのれぇええええ!!」
これに驚きを隠せないのが片車輪だ。
仮初の体などいくら傷つけられようと大した痛手にはならないが、まさか人間がこんなえげつないやり方で自動車を壊そうとしてくるとは思ってもいなかった。片車輪はすぐにでもその自動車から離れ、別の自動車へと乗り移ることで退避を試みる。
その際、タイヤを全力で回転させ、自身の特性から一気に炎を燃え上がらせる。炎は瞬く間に車体全体を覆い尽くし——瞬間、自動車が爆発した。
炎が車の燃料タンクに引火した結果だ。これまでの爆破事故も、こうして引き起こされたものだ。
「っ……!? そ、そんな……」
爆風に我が身を守りながらも、鬼太郎の表情は蒼白となる。
決して巻き込むまいと思っていた筈の人間に、またも犠牲者を出してしまった。しかも自身の手が届く距離でありながらも、助けることが出来なかったのだ。
「ふ……はははっ!! 驚かせおって……人間風情がでしゃばらなければ、痛い目に遭わずに済んだものを…………」
一方で、新しい自動車に乗り移った片車輪は勝ち誇ったように高笑いを上げる。
これが自分の邪魔をしたものの末路だと言わんばかりに、その人間の愚かしさを鬼太郎に見せつけるかのよう——。
だが——。
「…………」
彼女は、その場に立っていた。
爆風で吹き飛ばされたであろう体をゆっくりと起こし、炎上する自動車を背景に静かに佇んでいた。衣服はボロボロ、ところどころに火傷や擦り傷など細かい怪我を負いながらも、五体満足で肉体そのものは無事だ。
気のせいか、破れた衣服の下から生身ではない——銀色に輝く機械らしき両腕が露出しているようにも見えた。
「————」
「————」
今度こそ、鬼太郎と片車輪の両者が揃って絶句する。
あんな爆発に巻き込まれれば、普通の人間は死んでいてもおかしくない筈だ。よしんば命が助かったとしても、決して動けないほどの重傷でなければ有り得ない。
「…………」
なのに、彼女は痛みや恐怖に悲鳴一つ上げない。まるで感情などどこかに置き忘れてきたロボットのように、その無機質な瞳が——片車輪を見つめる。
「——ひぃっ!?」
自分のことが見えていないだろうその眼光に、片車輪は心底から震え上がった。
人間が妖怪を恐れるのは、それが理解出来ない存在だからだ。自分たちの人智を超えた、説明が出来ないものだからこそ、人々はそれに恐怖を抱き、畏れ敬うことでその恐ろしさから逃れようとしてきた。
それと同じように、片車輪は目の前の人間が理解出来なかった。
脆弱な人間と見下していた筈のそれが、どうして今も立っていられるのか。何故平然としていられるのか。まるで訳が分からない。
それは片車輪が人間という種に対して、妖怪として誕生して以来、初めて抱く『恐怖』だったのかもしれない。
「う、ううう……うぉおおおおおおおお!!」
そんな押し寄せてくる感情の洪水に耐え切ることが出来ず、それ以上彼女という存在を直視することが出来ず。
結果、片車輪は『撤退』という、妖怪としてあまりに屈辱的な選択肢を選んでしまう。
「…………逃げた?」
自動車が自分から逃げるよう走り去っていったことに、ヴァイオレットは首を傾げる。
彼女は暴走する自動車に誰も人が乗っていないことを確認した上で、ここへ来る途中の工事現場から拝借した、鉄パイプで車のエンジンルームを破壊しようと試みた。本人としては、それが車を止めるための最適解と思ったからこその行動だ。
しかし、その自動車は突如謎の炎を纏い、それが燃料タンクに引火したことで爆発事故を引き起こした。
ヴァイオレットは車が爆発する寸前、とっさに後方へと跳ぶことで爆風の直撃を回避していた。
そうでなければ、いかに彼女といえどもタダでは済まなかっただろう。無論、それが出来る彼女の反射神経もおかしいと言えばおかしいのだが。
「……あ、貴女はいったい……」
その異常性を、その場にいた少年も正しく認識していたのだろう。ヴァイオレットに声を掛ける彼の声は若干だが震えていた。
そんな怯えているかもしれない相手を安心させようと、ヴァイオレットはその少年と目線を合わせながら丁寧な口調で話しかけていく。
「貴方は、鬼太郎様ですね?」
「ど……どうして、ボクの名前を?」
少年・鬼太郎はヴァイオレットが自分の名前を知っていることに驚く。
勿論、ヴァイオレットもその少年とは初対面だ。血液銀行の社長から渡された水木の資料を見ていなければ、彼の名前すらも知らないでいただろう。
どうしてその少年がこのような危険な場所にいて、暴走する自動車相手に立ち向かうようなことをしていたのか。そういった疑問もあったが、まずはヴァイオレットが鬼太郎に自身の目的を伝えていく。
「私はヴァイオレット・エヴァーガーデンと申します。水木様にお手紙をお届けに参りました……水木様はどちらにいらっしゃいますか?」
「み、水木さんに……ですか……」
それは水木の息子である鬼太郎がここにいるのだから、その近くに水木がいて当たり前だろうと思っての問い掛けだった。
しかし水木の名を聞くや、鬼太郎は気まずそうに口を閉ざしてしまった。自分は何か不味いことを聞いてしまったのかと、ヴァイオレットも困ってしまう。
「ヴィー!!」
すると、ここでベネディクトが駆けつけてくる。
「お前、ほんといい加減にしろよな!! いつもいつも無茶ばっかしやがって……!!」
またも危険な事故現場に先行して突撃したヴァイオレットに、ベネディクトは怒り心頭であった。実際に危険な爆発に巻き込まれた手前、ヴァイオレットも申し訳ない気持ちにはなっていた。
「すみません、ベネディクト。ですが……こちらに水木様のご子息がいらっしゃいましたので……」
しかし、水木と関係のある鬼太郎の姿が見えた以上、ヴァイオレットが駆けつけないわけにはいかない。いや、たとえ相手が見ず知らずの人間だったとしても、彼女はそれを助けるため死地に飛び込んでいただろう。
いずれにせよ、ヴァイオレットに避難などという選択肢はなかったのである。
「——鬼太郎よ、まだ終わってはおらんぞ!!」
と、ヴァイオレットがベネディクトに怒られていたそのとき、鬼太郎の頭からひょっこりと——『小さな何か』が顔を出す。
「……っ!?」
「な、なんだぁ!? め、目玉がなんか喋ってやがる!?」
それは——頭部が目玉になっている小人だ。
明らかに既存の生物とは異なる何かが、人間の言語を介しているではないか。これにはヴァイオレットもベネディクトも驚きを隠せない。
このような存在、少なくとも二人の常識の範疇ではあり得ないものだ。
「このまま片車輪を放置すれば、より多くの人間たちに被害が出よう!! 人間と妖怪との間に無用な対立が生まれるかもしれんのじゃ」
「それは、確かにそうだとは思いますが……」
驚くヴァイオレットたちをよそに、目玉の小人は鬼太郎と切羽詰まったように言葉を交わしていた。日本語の分からないベネディクトには、彼らが何を話しているのか理解出来なかったであろう。
「…………妖怪?」
しかしヴァイオレットは、目玉の小人が口にした単語に聞き覚えがあった。
『——人ではないものの総称を、この国では『妖怪』などと呼んで畏れているらしい』
それは、数日前に言葉を交わしたディートフリート大佐との会話だ。
彼が言っていた、この国に古くから根付くとされる『人ならざるものたち』。話した当人も、それを聞かされたヴァイオレットも眉唾物とその存在を信じてはいなかったが。
「貴方がそうなのでしょうか? 貴方たちが……妖怪と呼ばれる存在なのでしょうか?」
眼前の目玉の小人を直に見れば否が応でも、その存在を認めざるを得ないと。ヴァイオレットはすぐにでもそれを受け入れ、対応できる柔軟な思考を持ち合わせていた。
「もしや、あの自動車の暴走も……妖怪なるものが関わっているのでしょうか?」
ともなれば、例の謎の自動車事故が多発する原因も妖怪の仕業ではないかと、目の前の小さな相手に問いを投げ掛ける。
「お嬢さん、キミは……」
そんな彼女の真正面からの問い掛けに、今度は目玉の小人——目玉おやじの方が戸惑いを見せる。
彼女は、少なくとも片車輪の声が聞こえていなかったし、その姿も見えていなかった筈だ。見えないものを見ようとしない、妖怪を信じない現代人が自分たちの存在を受け入れるのは、日本人であろうと抵抗感がある筈だ。
にもかかわらず、その外国人の彼女はすんなりと妖怪の存在を受け入れ——その上で、鬼太郎たちに向かって真摯に呼び掛けてくれていた。
「——私に、何かお手伝い出来ることはありませんか?」
×
「——はぁはぁ……なんだ……なんなんだ、あの人間はっ!!」
ヴァイオレットから逃げるために自動車を走らせていた片車輪だったが、すぐにでも思いとどまり首都の高速道路付近にて踏み止まった。
自分がヴァイオレットに、人間に恐怖したなど妖怪としての存在意義に関わる問題だ。鬼太郎にしてやられた以上の屈辱、妖怪として人間を下に見ている片車輪にとって到底容認出来ることではない。
「おのれぇぇぇええ……!! この屈辱……貴様ら人間どもの血肉で償わせてやるぞ!!」
もっとも、その恐怖を払拭するためにヴァイオレットとは関係ない人間に八つ当たりしようとするあたり、片車輪という妖怪の矮小さが浮き彫りになってしまっている。
いずれにせよ、片車輪を放置することが出来ないのはもう間違いないだろう。
「——そこまでにしてもらうぞ、片車輪!!」
それを理解しているからこそ——鬼太郎も片車輪を追いかけて来た。
鬼太郎とて無益な争いを望んでいる訳ではないが、これ以上の暴挙は放置できないと。ここで必ず食い止めると、その気概を持って片車輪の眼前に立ち塞がっていた。
「鬼太郎……貴様では俺を止めることなど出来んぞ!!」
しかし、そんな鬼太郎の覚悟を片車輪は意にも介さない。もはやお前など敵ではないと。タイヤの回転数を上げ、その身を激しく燃え上がらせていく。
「そうはいかないぞ……髪の毛針!!」
しかし、鬼太郎とて無策のままここに立っているわけではない。片車輪を確かに止められるという確信を持って、彼は髪の毛を針にして飛ばしていく。
「むむっ……!?」
鬼太郎の髪の毛針は、片車輪の取り憑いている自動車——そのタイヤに命中。瞬間、鋭い針に貫かれたタイヤがバーストする。
そう、自動車そのものを操っているように見える片車輪だが、彼が取り憑くのは『回転する物体』だ。
憑依の対象であるタイヤを破壊できれば、わざわざ自動車そのものを壊す必要もない。タイヤだけを破裂させることで、被害を最小限に抑えることが出来るのだ。
「ふんっ……それがどうした!? 代わりの体なら、いくらでも……」
だがそれがどうしたと言わんばかりに、片車輪はタイヤが破損した自動車などすぐに乗り捨てる。
実際、周囲を見渡せば自動車などいくらでもあるのだから、その程度は何も問題はなかった——筈であった。
「ふっふっふ……むぐおっ!?」
ところが、新しく乗り移った自動車を動かそうとした、その直後に車体が激しく揺れる。
「ちぃっ!! こいつは使い物にならん!!」
見れば、その自動車のタイヤが既にパンクしていたのだ。不良品を摑まされたと激昂しながら、すぐにでも次の自動車へと乗り換えていく片車輪だが——。
「今度こそ……な、なんだとっ!?」
そうして乗り移った方の自動車のタイヤもパンクしていた。
「いったい、何が……っ!?」
立て続けにタイヤがパンクしているなど、流石に都合が良すぎると。ここで違和感を覚えた片車輪が周囲へと意識を向ける。
そこで、片車輪はその視界の端に二人の人間の姿を捉えた
瞬間、『パンッ!!』という甲高い発砲音と共に——自動車のタイヤが次々とバーストしていく。
「なあ……これって後で問題にならないか? 絶対社長に……おっさんに怒られる展開だろ、これっ!!」
「緊急時です。それに、これを日本国内に持ち込んでいる時点で既に問題だと思われます」
二人の男女、ベネディクトとヴァイオレットはじゃれつくように言葉を交わしながらも——片車輪を無力化する作業に集中していた。
ベネディクトが手にしている得物は、引き金を引くだけで鉛の弾を発射できる装置——即ち『拳銃』である。
アメリカであれば、一般人が所持携帯していてもおかしくはないそれは、この時代の日本においても完全に御法度な代物だ。
しかし、どういうルートを使ったかは定かではないが、ベネディクトはそれをヴァイオレットを守るため、彼女の護衛のためにと秘密裏に持ち込んでいたのである。
「にしても……まさか、こんな使い方をすることになるとは思ってもみなかったけどな……」
もっとも、ベネディクト本人としてもあくまでも用心のため。実際に使用するとは思っていなかったと愚痴を溢しながら、両手に装備した二丁の拳銃を器用に操り、次々と自動車のタイヤを撃ち抜いていく。
その狙いと正確さは、鬼太郎の髪の毛針以上の速度で片車輪の憑依する自動車を無力化していた。
だが、ベネディクトには片車輪の姿が見えていない筈。ならばどうやって狙いを付けているのかというと——。
「——お嬢さん、二時の方角じゃ!! 片車輪のやつがそちらに移動したぞ!!」
「——了解しました。ベネディクト、二時の方角です」
ヴァイオレットの肩に乗っている、目玉おやじだ。
彼が片車輪がどの自動車に乗り移っているかを目視し、それをヴァイオレットへと伝えていた。そんな目玉おやじの指示を翻訳して、ベネディクトに伝えるのがヴァイオレットの役目となっている。
「了解っと……」
いかにも気怠げな返事をしながらも、ベネディクトはヴァイオレットの指示通り、その方角にあった自動車のタイヤを躊躇いなく撃ち抜く。
そうすることで、片車輪が自動車に憑依出来る余地をなくしていっているのだ。
「ば、馬鹿な……こ、こんなことが……」
もはや、言葉も出てこないとばかりに片車輪は唖然となる。
鬼太郎に加え、ベネディクトの援護射撃もあり、片車輪は自身の能力を発揮する場を奪われてしまった。周囲にはもう、片車輪が乗り移れそうなものもなく、最後に残った一台の大型トラックだけが残された最後の砦である。
「降参しろ、片車輪。もうこれ以上は……」
ここで、鬼太郎が最後の警告を発する。
もはや完全に勝敗は決したと、片車輪に敗北を認めて大人しくするように告げる。片車輪がこれ以上、人間社会で暴れるのを止めると誓うのであれば、鬼太郎も矛を収めるつもりであった。
「ふ、ふざけるな!! 貴様なんぞに……貴様らなんぞに屈するなど、妖怪としての誇りが許さぬわ!!」
しかし、片車輪は断固として鬼太郎の呼び掛けを拒否する。
人間や、人間に味方する鬼太郎相手に敗北を認めるなど、妖怪としての在りようが絶対に許さないと。
結局、片車輪が鬼太郎と分かりあうことはなく。最後の足掻き——鬼太郎を轢き潰そうとトラックを最大速度で突貫させる。
「——
だが、どれだけ巨大な乗り物を操ろうとも、その主軸となる『回転する輪』を潰されれば、片車輪の能力は無意味と化す。
ベネディクトの正確無比な射撃がトラックのタイヤを撃ち抜き、その回転を強制的に停止させてしまう。
『——ちくしょうぉおおお!!』
今度こそ、行き場を失った片車輪はその本体——『片車輪という妖怪そのもの』の姿を露出させる。
それは『鬼の顔を浮かび上がらせながら燃える、小さな炎の塊』であった。
「…………」
鬼太郎は片車輪の本体を前にして、僅かに躊躇いを見せる。
しかしこれ以上はもう放置できないと覚悟を決めたのか、指先に妖力を集中させ——片車輪へと狙いを定めた。
「——指鉄砲!!」
刹那、鬼太郎の指先から青白い輝きが放たれる。
それは、彼ら幽霊族が妖気を収束させることで放つ妖気弾——指鉄砲であった。
鬼太郎も実戦で初めて使用するその技を持って、片車輪という妖怪の本体を狙い撃つ。
『——ぐぉおおおおおおおおおお!?』
鬼太郎の放った指鉄砲は、見事に片車輪を撃ち貫く。
己の最後に断末魔を上げる片車輪。炎そのものの本体は完全に消滅、その魂が何処へと飛び去っていった。
×
「水木様……こちら、水木様のお宅で間違いなかったでしょうか?」
「あ、ああ……ええっと? キミはいったい……?」
既に陽も沈み切った宵の口、水木は玄関先で見知らぬ外国人の来訪に戸惑いを見せていた。
ここは水木の住むアパートだ。昼間の仕事を終えた彼が一人寂しく夕食を取っていたときに、その訪問客はやって来た。
水木はそれが見知らぬ外国人の女性であることにまず驚き、その外国人が日本語に堪能であったことに驚き、自分の名前を知っていることにさらに驚く。
もっとも、それ以上に驚きなのが——。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデンと申します。ここが水木様のアパートだと、鬼太郎様に案内して貰い……」
「き、鬼太郎っ!? キミ、鬼太郎に会ったのか!? あいつは今どこに……!?」
その女性——ヴァイオレット・エヴァーガーデンの口から、鬼太郎の名前が出たことである。
数ヶ月前に自分の元から去ってしまった我が子同然の少年が、今どこで何をしているのか。血相を変えてヴァイオレットへと詰め寄る水木。
「……鬼太郎様には、危ないところを助けて頂きました」
グイグイと詰め寄ってくる水木に、ヴァイオレットは僅かに思案を巡らせた後、そのような答えを返す。
実際は『ヴァイオレットが鬼太郎を手助けした』と言っても過言ではないのだが、彼女だけでは騒動の原因——片車輪の存在を認知することが出来ず、さらに被害が広まっていたことだろう。
結局のところ、ヴァイオレットは片車輪とかいう妖怪の姿を視認することが出来ず、最後は鬼太郎がトドメを刺した。だが敵を倒したことを、鬼太郎は誇るどころか複雑そうな顔で気分を落ち込ませていた。
妖怪同士の争いがどういうものかまでは、ヴァイオレットの預かり知らぬことであったが、鬼太郎のあの表情を見れば戦いが彼の本意でないことは明白。
年端もいかない少年に辛い役目を押し付けることになってしまったことに罪悪感を覚えながらも、ヴァイオレットは騒動が落ち着いたことに安堵し——当初の目的を果たすため、水木の元を訪れていた。
「そうか、鬼太郎は元気そうだったか。それならいいんだ……あいつが、無事でいてくれるなら……」
「…………」
まずは水木を落ち着かせるため、ヴァイオレットは自分が出会った鬼太郎の様子について簡潔に伝えていく。戦いによって危険な目に遭ってはいたが、彼自身にこれといって大きな怪我はなかった。
ヴァイオレット自身、いまだに水木と鬼太郎の関係性。何故二人が離れて暮らしているかなど。彼らの事情を全て把握しているわけではなかったが、鬼太郎が無事であることはしっかりと伝えられた筈だ。
「……ところで、ヴァイオレットさんでしたか? キミは俺にいったい何のようで?」
水木も話を聞かされているうちに落ち着きを取り戻し、今一度ヴァイオレットと向き合う。
「お手紙をお届けに上がりました。水木様から、ハンフリー・ゴードン様へのお手紙です」
「……ハンフリー・ゴードン?」
そこでようやく、ヴァイオレットは自身の本来の要件を伝える。
ただ、水木は依頼主・ハンフリーの名前を聞かされてもピンと来るものがなかったのか、頭に疑問符を浮かべる。
「——そうか……あのときのアメリカ軍人。そういえば、そんな名前だったな……」
ヴァイオレットからハンフリーについての話を聞かされたことで、水木はようやく彼のことを思い出したようだ。
というのも、ハンフリーにとって水木は自身の生死に関わった重要な人物であったが、水木にとってはそこまで思い出深い相手ではなかったようだ。
そういえばそんなこともあったなくらいの認識で、これといった葛藤もなく手紙を受け取る。
「日本語に翻訳していますので、読む分には問題ないかと思われますが……」
それでも、それはハンフリーの気持ちを綴った大切な手紙だ。
その内容が日本語として正しく理解されるかという不安もあり、ヴァイオレットは水木に手紙を読んでくれるように促す。
「どれ……」
ヴァイオレットに促されるまま、水木は手紙を開封してその内容に目を通していく。
『水木様へ。
この手紙を読んでいるということは、私は君に直接会って感謝を伝えることは出来なかったがようだ。残念ではあるが、せめて私の気持ちだけでも伝えたく、このような形で手紙を送らせてもらった。
私にとって、君はある意味で命の恩人だといってもいいだろう。君があのとき私の命を奪うことを躊躇ったからこそ、今の私がある。君にとっては何でもないことだったかもしれないが、それでも感謝しているんだ。
あれから、長いときが経った。
君が今何をしているか、どんな仕事に就いているかは分からない。だが私は車椅子バスケットボールの選手として活動している。戦場で負った傷の後遺症で、もう自分の足で歩くことが出来なくなってしまってね。だがそんな現状を、私は一度も悲観したことはないんだ。
車椅子バスケは、自分自身のリハビリのために始めたことだったが、今では多くの人々が私の試合を楽しんで見てくれている。試合で活躍する私の姿に勇気付けられたと、ファンレターを受け取ることもあるんだ。
そういった手紙を受け取るたびに、私は君のことを思い出す。君に助けられた命が人々の役に立っていると。そう思うと、なんだか自分の人生に誇りが持てるような気がするんだ。
今年のパラリンピック、是非君にも見て欲しい。私のような人間でも表舞台に立つことが出来るんだと、それを大々的に世界に報じる舞台だ。
君に救われた命で、私は今日も多くの人々に希望を持たせることが出来る。君にも、その事実を誇りにしてもらいたいと願っています』
「…………俺が、助けた命か……」
正直なところ、ハンフリーという人物に対してそこまで思い入れのなかった水木であったが、その手紙を読むことで伝わってくる彼の想いには感じ入るものがあった。
水木に助けられた。そのおかげで今も多くの人々に希望をもたらすことが出来ると。ハンフリーはハンディキャップなどものともせず、自分の在りように誇りを抱いていることが分かる。
自分が助けた命。それが活躍していることに、水木もちょっぴり誇らしい気持ちになれそうだ。
しかし、その一方で『助けられなかった命』に対して、どうしても考えてしまう自分がいた。軍人時代に交戦して殺めてしまった敵兵士や、助けられなかった味方の兵士。
『——水木様』
『——おじさん』
あるいは、記憶にない筈の人々が水木に向かって語り掛けてくる。
きっと失われた記憶の断片、過去の幻影なのだろうその少年少女が何者なのか、水木はいまだに思い出すことが出来ないでいる。
「……っ!」
「水木様? どうかされましたか?」
思い出せない人々の記憶に苦しむ水木を、ヴァイオレットは気遣ってくれた。彼女には水木が何を苦しんでいるのか、そのあたりの事情はさっぱりだろう。
「大丈夫だ。そのなんだ……せっかくこんな手紙を貰ったんだし!! 返事を書かないとな!!」
水木としても、わざわざ自身の抱えている問題を彼女に話すつもりはなく。とりあえず明るく振る舞いながら、礼儀として返事の手紙をしたためようかと考える。
「はい、ハンフリー様もきっとお喜びになると思います」
ヴァイオレットも、そういった事態を想定していたのか。水木の言葉を翻訳しようと、懐から紙とペンを取り出し、手紙を書く用意をする。
「ああ……それと、これは出来ればでいいんだが……」
「……?」
そんなヴァイオレットに対して、ふと何かを思い立ったのか。水木は少し申し訳なさそうに、自らの要望を口にしていく。
「——もう一通、手紙を届けたい相手がいるんだ……」
「ヴィーのやつ……まだかかるのかよ。予定の飛行機には……流石に間に合いそうにねぇな……」
水木のアパートから少し離れた空き地にて、ベネディクト・ブルーはヴァイオレットが仕事を終えるのを待っていた。
結局、例の騒動に巻き込まれたせいで予定の時間が大幅に遅れてしまった。今から空港に急いでも帰国予定の飛行機には間に合わないだろう。
乗り遅れた飛行機チケットの再手配などの手間を考え、今から頭を痛くするベネディクトだったが——。
「……なあ、坊主! お前……水木ってやつのところに帰らなくてよかったのか?」
ふと、ベネディクトは自身の隣にいた少年——鬼太郎へと声を掛ける。
先ほどの騒動で謎の戦闘力を発揮した少年。ヴァイオレット曰く、彼は水木の養子らしい。理由は不明だが今は水木の下から去り、彼と距離を置いて暮らしているとのこと。
ベネディクトはヴァイオレット以上に、鬼太郎たちの事情などほとんど把握していなかったが、鬼太郎くらいの子供が親元から離れて暮らさなければならない現状に、それでいいのかと疑問を投げる。
「————?」
もっともベネディクトの問い掛けに、英語の分からない鬼太郎は明らかに戸惑いを見せる。
「ああ、何言ってるか分かんねぇか……お互いに……」
それはベネディクトも同様。鬼太郎が日本語で何と言っているのか、通訳がいないとその言葉の意味を正しく理解することが出来ない。
言葉が通じない者同士、なんだか気まずい思いをしながら肩を並べてその場に立ち尽くしていく。
「——お待たせしました、ベネディクト」
数十分後、ようやくヴァイオレットが仕事を終えて戻ってきた。
「おう、ご苦労さん……返事の手紙は貰えたのか?」
まずはベネディクトがヴァイオレットの労をねぎらい、無事目的を果たすことが出来たかを尋ねる。
「はい。この手紙をハンフリー様に届ければ、今回の依頼は完了です。通訳の仕事も終了していますから、あとは帰国するだけですね」
ヴァイオレットの手元には、英語へと翻訳した水木からハンフリーへの手紙が握られていた。既にパラリンピックの方も、閉会式を終えている頃だろう。
この時点で、ヴァイオレットたちがこの国でやるべき仕事は全て終了していた。
「それじゃあ、とっとと帰ろうぜ。ただでさえ予定時間が大幅に過ぎてるんだ……おっさんにも、帰国が遅れることを伝えないとな、はぁ~……」
ベネディクトは、ようやくアメリカに帰国できることに安堵しつつ、帰国が遅れたことや今回の騒動について報告しなければならない相手——社長であるホッジンズのことを考え、憂鬱な気分になってしまう。
きっと自分の監督不行き届き、ヴァイオレットに危険な真似をさせてしまったことに関して小言を言われるんだろうなと、今からため息を吐いていく。
「そうですね。ですが、その前に……」
ヴァイオレットも、帰国の決定に不満はないようで素直に頷く。しかしその前に話すべき相手がいると、その視線を鬼太郎へと向け、言葉も英語から日本語へと切り替える。
「鬼太郎様……この度は本当にありがとうございました。貴方のおかげで、無事にご依頼を果たすことが出来ました」
「いえ、ボクの方こそ……お世話になりました……」
ヴァイオレットのその感謝に、鬼太郎は恐縮しきった様子で頷くしかないでいる。
自分のような子供相手にも敬語を使ってくれるヴァイオレットという外国人に、鬼太郎はどのような対応をとるか判断が付かないようであった。
「いやいや、礼を言うのはわしらの方じゃ。本当に助かった……ありがとうな、お二人とも」
一方で、鬼太郎の保護者である彼——目玉おやじはしっかりとヴァイオレット相手に受け答えをして、きちんとお辞儀までして礼を述べていく。
小さい体でもその精神は立派な大人。親として、鬼太郎に人に感謝するときの正しい姿勢を見せているようだ。
「…………」
もっとも、目玉おやじの存在を未だに受け入れ難いのだろう。ベネディクトなどは何も言葉を発せないでいるが。
「水木さんの様子はどうでしたか? その……お元気そうでしたか?」
ふと、鬼太郎がヴァイオレットに水木の様子について伺っていた。彼と直接顔を合わせるのは気まずいようだが、決して気にならないわけではない。寧ろ水木の体調などが悪くなっていないか、前のめりに聞いてくる。
「同じことを聞かれるのですね……流石は親子です」
「えっ……?」
すると鬼太郎の問い掛けに、ヴァイオレットは何か納得したように薄く微笑む。どうやら、相手のことを心配しているのは鬼太郎だけではないようだ。
ヴァイオレットは懐から——『もう一通』の手紙を取り出し、それを鬼太郎へと差し出した。
「どうぞ、水木様から頼まれた鬼太郎様宛のお手紙です」
「み、水木さんが……ボクに!?」
それは水木に急遽頼まれた、鬼太郎宛ての手紙であった。鬼太郎と面識があるようだったヴァイオレットに、どうか渡してくれと頼んだのだとか。
鬼太郎は受け取った手紙をその場にて開封し、すぐに中身へと目を通していく。
『鬼太郎へ。
元気にしているだろうか?
お前が辛い思いをしていないか、ひもじい思いをしていないか。そんなことを考えながら俺は毎日を過ごしている。
お前が人間じゃない、化け物の子供であることは、お前を拾ったあの嵐の夜から分かっていたことだ。それでも、お前を見捨てるという選択肢を選ぶことが俺には出来なかった。
いや、正直に言うと俺はお前を殺そうとした。
お前が化け物の子だと、いずれ人の世に災いをもたらすんだと、お前の命を奪おうとしたんだ。
だが、お前を殺そうとしたあの瞬間、俺の脳裏に浮かび上がるものがあった。
目の前の一面に咲き誇る桜と、着物を羽織った白髪の男。
見覚えがない筈なのに、何故かとても懐かしい光景。
そいつとお前にどんな関係があるのかまでは分からない。だがそいつの、お前に似た後姿を見ていると……何故か俺は、お前のことを生まれる前から知っていたんじゃないかと、そんな荒唐無稽なことまで考えてしまうんだ。
鬼太郎。お前が何を背負っているのか、未だに俺は何も分かっちゃいない、所詮はただの人間だ。
だが俺が人間でお前が化け物、妖怪だとしても、お前が俺の息子であることに変わりはない。
たとえ血が繋がらなくても、お前と俺は親子なんだと、一緒に過ごした八年間が証明してくれている。
無理に帰ってこいとは言わない。
何か困ったこと、一人でどうにもならないことがあったら、いつでも俺を頼ってくれ。
俺はいつでも、お前の味方だ。どんなことがあっても、必ずお前の力になるからな』
「…………水木さん」
「鬼太郎、よかったのう……」
水木からの手紙に、鬼太郎は感極まったように体を震わせる。一緒に手紙を読んでいた目玉おやじも、その目から涙を流していた。
水木のその手紙からは、彼が鬼太郎を本当に大切に想っている気持ちが伝わってきた。
鬼太郎のことを化け物、妖怪だと知っていた上で、それでも彼を大事に育ててきた水木の八年間の想いが滲み出るようだ。
鬼太郎にとって実の父親『父さん』と呼べる人物は、目玉おやじ一人かもしれない。
だが、水木という男も紛れもなく自分の『父』だと、鬼太郎も今ならば胸を張って言えるような気がした。
「——鬼太郎様」
ふいに、手紙の余韻に浸っていた鬼太郎に申し訳なさそうにヴァイオレットが声を掛けてきた。
「私たちは、もうこの国を発たねばなりません。貴方とお会いできるのも、これが最初で最後でしょう」
仕事で日本を訪れたヴァイオレット。また似たような仕事でもない限り、彼女がこの国を訪れることはないだろう。たとえ日本を再度訪れたことがあったとしても、鬼太郎たちと再会できる確率はかなり低い。
「もし……水木様と直接話をされるのが気恥ずかしいのであれば、お手紙でやり取りするというのはどうでしょうか?」
「手紙で……?」
故に、ヴァイオレットは鬼太郎や水木の今後を考え、彼らに一つのアドバイスを送る。
鬼太郎と水木、離れて暮らす彼らがコミュニケーションを取れる手段の一つとして、手紙を送り合うことを提案したのだ。
「言葉にできない気持ちも、手紙ならきっと伝えることが出来る筈ですから……」
それは手紙の代筆屋、プロとして活躍するヴァイオレットだからこその意見だ。多くの手紙を書き、届けてきたからこそ、彼女は手紙という媒体に秘められた力を信じている。
「では……私たちはこれで……」
「
そうして、そろそろ行かなければと。ヴァイオレットはベネディクトと共に鬼太郎に別れを告げていく。
「あ、あのっ!! 貴女……お名前はっ!?」
鬼太郎は、立ち去ろうとするヴァイオレットにせめて何か一言言いたくて、彼女を呼び止めようとする。しかし、そこで彼女の名前を教えてもらっていないことに気づき、言葉を詰まらせてしまう。
「……お客様がお望みなら、どこへでも駆けつけます」
鬼太郎の呼びかけに、ヴァイオレットは少し考えてから自らの名を名乗っていく。
もう二度と会うことがない相手かもしれないが、彼女は丁寧で優雅な所作で——。
今の自分という存在が何者なのか、それを明確に現す自らの名を堂々と口にしていく——。
「——自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」
その後、鬼太郎は『ポスト』を設置することにした。水木と直接会わずとも、手紙で互いの近況を報告し合えるようにしたのである。
すると、いつしか水木以外の人間からも鬼太郎宛の手紙が届くようになった。
どこから話を聞きつけてきたのか、そのポストが鬼太郎という妖怪へのアクセス手段——『妖怪ポスト』だと噂が広まったのだ。
当初、送られてくる手紙の大半は、面白半分な悪戯であった。
だが中には、妖怪である鬼太郎に真剣に救いを求める——『助けて』という想いの込められた手紙があった。鬼太郎は本当に困っている依頼主の元へ訪れては、妖怪絡みの事件を解決していくことになる。
そうしたことを何度か続けていくと、さらに新しい噂——都市伝説が人間たちの間で広まることとなる。
妖怪ポストに手紙を入れると、下駄の音と共に鬼太郎という少年がやって来る。
ゲゲゲの森という場所からやって来る彼を、いつしか人はこう呼ぶようになった。
ゲゲゲの鬼太郎と——。
「ようやく、帰って来れたなっ!!」
「ええ、随分と久しぶりな気がしますね……」
当初の予定と僅かに遅れながらも、ベネディクトとヴァイオレットは無事アメリカの地に戻ってきた。空港へと降り立った二人は、久方ぶりの地元の空気にホッと安堵する。
なんだかんだ言いつつも、やはり慣れ親しんだ空気が一番安心すると。立て続けの騒動で高揚してしまった気分を少しづつ落ち着かせていく。
「——ヴァイオレットちゃん!!」
見れば空港には出迎えが待っていた。
ヴァイオレットの名前を呼びながら大きく手を振っていたのは、C.H社の社長であるクラウディア・ホッジンズだ。
「——ヴァイオレット!!」
彼以外にも、社長秘書のラックス・シビュラや自動手記人形のカトレア・ボードレールも、口々にヴァイオレットの名を叫んでいた。
「おい! ヴィーだけじゃなくて、俺もいるんだよ!!」
ベネディクトは自分の名前が呼ばれなかったことに不満を愚痴りながらも、彼らの元へと駆け足で向かっていく。ヴァイオレットもすぐにベネディクトの後に続こうとするのだが——。
「——ヴァイオレット」
その呼び掛けに彼女の足が止まる。振り返れば、そこに一人の男性が立っていた。
艶やかな黒髪、右目に眼帯を付けている。ヴァイオレットを愛おしそうに見つめる左目は、彼女が大事にしているエメラルドのブローチと同じ色合いで輝いていた。
どことなく、日本で面会したディートフリート・ブーゲンビリア大佐に似た面持ちだ。
「少佐殿……」
その人物を、ヴァイオレットは少佐と呼んだ。
本来、彼の現在の階級は大佐なのだが、それでもヴァイオレットは彼のことを少佐と呼び続ける。
少佐は、彼女にとって特別な響きを持つ呼び名なのだ。
「ヴァイオレット……日本はどうだった? 色々と大変だったと聞くが……」
少佐と呼ばれたその男性は、真っ先にヴァイオレットの身を心配する。
日本で起きた出来事については既に報告を受けていたのか。彼女が危険な目に遭ったことに対し、その瞳を不安そうに揺らしている。
「大丈夫です。私は大丈夫です……少佐」
少佐に心配をかけまいと、ヴァイオレットは大丈夫だと伝える。
少佐を見つめるヴァイオレットの顔は僅かに紅潮しており、その声も緊張から上擦っているように聞こえる。
他では決して見せることのない顔。相手が少佐だからこそ——『愛している』相手にだけ見せる表情だ。
「どんなことがあろうとも、私は必ず貴方の元へ帰ってきます」
「ああ、そうだね……きっとそうなのだろう……」
無論、それは相手の男性——少佐も同じことだ。
彼も他では決して見せない。それこそ——実の兄が相手でも絶対に見せないであろう、優しい瞳でヴァイオレットを見つめる。
「——ずっと傍にいてくれ……たとえ何があろうと、私はキミを放さない」
「——はい……ずっとお傍にいさせてください。私は貴方のものです……ギルベルト少佐」
既に様々な苦難を乗り越えていた二人が、改めて互いの愛を誓いあっていた。
人物紹介
ディートフリート・ブーゲンビリア大佐
ブーゲンビリア家の長男、ギルベルトの実の兄。
原作でも海軍士官ということもあり、今作では在日米軍人として登場。
アニメだとなんだかヴァイオレットに対して結構優しくなってますけど。
原作だと、結構辛辣な態度のまま。ただ彼女のことを『身内』とは認めている。
血液銀行の社長・課長
ゲゲゲの謎の映画冒頭、水木に密命を与えて送り出すお偉いさん。
血液銀行のお偉いさんなんて……ちょっと悪いイメージしか浮かばん。
けどどんな悪党も、龍賀一族に比べれば可愛く見えるから不思議である。
次回予告
「謎の魔女レディの罠に掛かり……ボクは身動きが取れなくなってしまった。
けど、ボクは父さんを信じています。きっと助けに来てくれると……!!
次回——ゲゲゲの鬼太郎 『リトルナイトメア』 見えない世界の扉が開く」
次回はガチガチのホラー。
次回予告のとおり、冒頭から鬼太郎が負けてます。
今後の展開について。
実のところ……次回は別の作品とのクロスを書く予定でした。
ですが、書こうと思っていた作品が『今季の夏アニメ』で放送されるということで、少し見送ることにしました。
アニメから原作を深堀するような裏設定とか出たらつじつま合わせが大変だなと思い、とりあえずアニメ放送が終わるまで様子見するつもりです。
ちなみに、作者が今季の夏に視聴する予定の作品は以下の通りです。
『推しの子・二期』
『天穂のサクナヒメ』
『逃げ上手の若君』
『ラーメン赤猫』
『モノノ怪(再放送)』
これらのうち、三つ以上はクロスを予定している作品ですので皆さんも視聴して見てください。