ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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更新、だいぶ遅れてしまって申し訳ありませんでした!!
今年のお盆は、本当に仕事が忙しくて……なかなか執筆に時間を割くことが出来ず……。

とりあえず、今回で『リトルナイトメア』とのクロスは完結です。
基本は原作通りですので……その結末を、どうか最後までお楽しみください。


それはそれとして……fgo9周年おめでとうございます!!

今年は福袋が『水着沖田オルタ』『徴姉妹』。
ディスティニーオーダー召喚が『水着伊吹童子』『アルクェイド』。
その両方で2枚抜きと……恐ろしいほど好調でした!!

水着エレちゃんは不発でしたが、本命は『水着徐福』と『シエル』!!
水着イベント前に小説の更新もできたので、心置きなくガチャを回していきたいと思います!!




リトルナイトメア 其の③

「——走れ!! 絶対に……立ち止まるでないぞ!!」

「——っ!!」

 

 目玉おやじが叫び、彼の呼び掛けに黄色いレインコートの女の子も全力疾走で木造建築の廊下を駆け抜けていく。

 

 現在、二人の逃走者はゲスト——大量の追跡者に追われている真っ只中であった。

 

 

『——ウォオオオオオオオオオオオオ!!』

『——フゥフゥフゥウウウウウウウウ!!』

『——アアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

 それはもはや人間どころか、まともな生き物にすら見えなくなったゲストたちの『群れ』だ。食欲に支配された肉の塊が、目玉おやじたちを捕食せんと一斉に襲い掛かってきたのだ。

 既にまともに立ち上がることも出来ないほど、醜く肥え太った彼らは四つん這いになって床を這いずり回る。

 何十と折り重なる肉塊たちは津波の如く、建物そのものを揺り動かしながら怒涛の勢いで迫ってくる。

 

「はぁはぁ!! い、行き止まり!?」

 

 あの波に呑み込まれたら掴まって食べられる暇もなく、引き潰されて終わるだろう。

 そうならないようにと、息を切らせながらも必死に走り続ける目玉おやじたちであったが——その行き着く先は行き止まり。

 

「ま、まだじゃ!! あそこから向こう岸に……跳ぶぞ!!」

 

 いや、完全に活路が途切れたわけではない。

 目の前にあったのは『崖っぷち』であり、確かに地続きとなる道こそなかったが向こう岸——反対側のエリアに飛び移ることが出来そうな距離であった。

 

 無論、しくじれば奈落の底まで真っ逆さま。一瞬でも躊躇えば命取りとなるだろう状況の中、目玉おやじは意を決し——崖っぷちから勢いよく跳躍する。

 

 

「——っ!! と、とと……!」

 

 

 届くかどうかギリギリの距離、タイミングであったが、どうにか向こう岸まで無事に着地する目玉おやじ。

 

「…………!!」

 

 ところが、レインコートの女の子も同じように飛び移ろうとしたのだが、タイミングが狂ってしまったのか僅かに距離が足りなかった。

 このままでは、女の子が地の底まで落っこちてしまうだろう。

 

 

「——手をっ!!」

 

 

 そんな彼女を救うべく、目玉おやじは躊躇うことなく手を差し伸べた。差し伸べられたその手を取ることで、彼女は危ういところを間一髪で救われる。

 

「待っておれ……今、引き上げるからな!!」

 

 目玉おやじの手を掴むことで、女の子が宙ぶらりんの状態になった。

 大きさが同じくらいの女の子を引っ張り上げるのは、目玉おやじもかなり難儀することだ。下手をすれば重さに耐えることが出来ず、二人揃って落っこちてしまうかもしれない。

 

 もっとも、自分が落ちてしまうかもしれないからといって、そこで手を離すような目玉おやじではない。

 悪戦苦闘しながらも、なんとか彼女の身を引っ張り上げ——二人とも無事に生還することが出来た。

 

 

『——オオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 

 

 その間、目玉おやじたちを追いかけたまま勢いを止めることも、軽やかに宙を跳ぶこともできなかったゲストの一人が、絶叫を上げながら真っ逆さまに落ちていく。

 落下していくそのゲストの末路がいかようなものか。誰にも分からないほど地の底は深く、奈落はどこまでも深淵であった。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……ここまで来れば……もう安心じゃろ……」

「…………」

 

 そうして、どうにかゲストたちの魔の手から逃れた目玉おやじと女の子がその場に腰を下ろして一呼吸入れていく。

 彼らが飛び移ったエリアには、ゲストどころか他に人らしきものの気配もなく、安心して体を休めることが出来た。

 

『ア、アアアアアアアアアアアア……』

 

 向こう岸ではゲストたちが物欲しそうな顔で目玉おやじたちを凝視し続けるも、もはや彼らでは手も足も出せない。

 

「よく頑張って走った……偉いぞ、お嬢ちゃん!!」

 

 未練がましく見てくるゲストたちを尻目に、ようやく息を整えた目玉おやじは女の子の苦労を労い、握り拳を彼女に向かって突き出していた。

 命の危機を乗り越えたばかりの高揚感。それにここまで共に苦難の道を乗り越えてきたこともあってか、目玉おやじは女の子に『友情』のようなものを感じ始めていた。

 

「…………」

 

 そんな目玉おやじの気持ちに同調するよう、彼女の方からも拳を突き出してくれた。

 

「よ、よーし……このまま、共に目的を果たそうぞ!!」

「……!!」

 

 自分よりだいぶ歳も離れているであろう娘っ子相手に少し男臭かったかもと、照れくさそうな目玉おやじであった。

 だが、相手がしっかりと拳で応えてくれたことにますます彼女への信頼度を高めていく。

 

 

 二人なら、自分たちであればきっと大丈夫。

 このモウの闇を最後まで駆け抜けることが出来るだろうと、目玉おやじが確かな確信を得た瞬間であった。

 

 

 

×

 

 

 

「静かじゃ……いや、あまりにも、静か過ぎる……?」

 

 そうして、互いの絆を確かめ合ったことで意気揚々と先に進もうとする目玉おやじであったが、そのエリア——辿り着いたその場所が、それまでとは何か雰囲気が違うことに不思議と嫌な予感を覚える。

 そのエリアも、和式の木造建築で基本的にゲストたちがいた食堂と同じような造りになっているようだ。だがゲストたちの狂騒に包まれていた食堂と打って変わって、そこには人っ子一人いない。

 

 死んだような静けさが、逆に空恐ろしさものを感じさせる。

 

「少し……先の様子を見てこよう。その間、お嬢ちゃんは少し休んでいてくれ」

 

 ふと、目玉おやじはここで偵察に出ることにした。

 ここまで来た以上、焦っても仕方ない。石橋を叩いて渡るくらいの慎重さが必要だと、目玉おやじは一人で偵察することで何かあったときのためのリスクを減らす。

 自分が偵察に出ている間、女の子も体を休めることが出来るだろうと、当然のように彼女の身を気遣うことを忘れてもいない。

 

 

 

「おや……? あれは……」

 

 ふと、そうして偵察に出ようとする目玉おやじだったが、そこで何者かの視線を感じて振り返る。

 

「————」

「————」

 

 視線の先には——トンガリ帽子を被った奇妙な小人たちが数匹、こちらの様子を伺うように物陰から見つめていた。

 

「お主らは……ちょうど良い! 少しの間、この子の面倒を見てやってくれぬか?」

 

 その小人たちに向かって、目玉おやじは自分が不在の間、女の子の面倒を見てくれないかと頼んでいた。

 

 その小人たちが何者なのか、今だに目玉おやじにも分からないままだ。

 しかし、彼らに自分たちへの敵意はないだろうと。これまでの道中、何かと助けてもらったこともあってか、目玉おやじは彼らを味方と判断する。

 

「——!?」

「——?」

 

 すると目玉おやじに呼び掛けにビックリしたのか、小人たちの何匹かが物陰の奥に隠れてしまう。

 しかし残ったものもいるようで、警戒心を和らげるように一匹の小人がそろりそろりと近づいてくる。

 

「ふふふ……では、行ってくるぞ!!」

 

 近づいてくる小人に、目玉おやじは微笑みを浮かべる。

 考えてみればこのモウに来て初めてかもしれない、このような穏やかな気持ちになれたのは。自分を待っている間、女の子と小人が子供のように遊んで心を癒してくれるならば御の字だ。

 

 目玉おやじはホッと一安心しながらも、すぐに表情を引き締め直して偵察へと赴いていく。

 

 

 

 

 

「…………!!」

 

 目玉おやじが離れたそのタイミングで、再びシックスを強烈な飢餓感が襲う。

 

 彼女は何か食べるものはないかと、空腹に鳴るお腹を抑えながら周囲を見渡していた。

 だが、ゲストたちが狂ったように肉を貪っていた食堂とは違い、その場所にこれといって食せるものは見当たらない。

 このまま何も食べなければ死んでしまうと、焦燥感に駆られるシックスがさらに苦しむ様子を見せている。

 

「————」

 

 そんなシックスのため、こちらへゆっくりと近づいていたトンガリ帽子の小人——ノームが手にソーセージを持ってきてくれた。

 

 このモウの中に隠れ潜むノームたちは、基本的に臆病の性格をしている。

 過去に怖い目に遭ったのか、決して他者に気を許さず、姿を見せてもすぐに逃げてしまうものが大半だ。

 

 だが、中には他者に好意的な個体もおり、そんな心優しいノームがシックスと友達になりたそうに彼女へと近づいてくる。

 きっと好意を示すプレゼントなのだろう、手に持ったソーセージを恐る恐ると差し入れてくれた

 

 ノームのその好意に対し、シックスは——。

 

「…………!!」

 

 言葉ではなく、行動を持って返答する。

 

 

 

 

 

「待たせたの……」

 

 数分後、偵察を終えた目玉おやじが戻ってきた。

 

「この先にエレベーターがあった……そこから別のフロアに行けそうな感じではあったが……」

 

 偵察出来た範囲でこれといって変わったものはなかったが、とりあえずエレベーターを見つけたことを報告する。

 

「…………」

 

 その報告に、レインコートの女の子は覚悟が決まったように力強く頷く。

 目玉おやじが偵察に出ていた間に十分に体を休めることが出来たのだろう、すでに準備万端とばかりに彼の帰りを待っていたようだ。

 

「よし、では…………ん?」

 

 そんな女の子のやる気に満ちた態度に感心したとばかりに目玉おやじも頷き、いざ先へ進もうと意気込みを入れていくが——。

 

 ふいに、床に転がっているソーセージと——小人が被っていたと思われるトンガリ帽子に目がいった。  

 ソーセージは、きっと食堂から小人たちが拝借してきたのだろう。それに関して疑問を浮かべる必要はない。

 だが、そのソーセージに誰かが口をつけた形跡はなく。それと一緒に落ちていたトンガリ帽子のすぐ側の床には——びっしりと『血』がこびりついていた。

 

 その血の持ち主の姿など影も形もなかったが、床にこびりついた血の跡が、そこで起きた惨状を物語っている。

 

 

 ——まさか……。

 

 

 その光景を前に、目玉おやじの脳裏に再び嫌な想像が浮かび上がる。それは『ねずみの遺体』が食い荒らされていたものを目撃したときにも浮かび上がった想像だ。

 あのときは、気のせいだと自分自身に言い聞かせて、それ以上深く考えようとはしなかったが——似たようなことが二度も続けば気のせいでは済まされない。

 

 ——いや……何を馬鹿なことを考えておるんじゃ、わしは……。

 

 ところが、目玉おやじは自身の嫌な想像を一笑に付す。

 

 ここまでの道中、いくつもの危機を共に乗り越えてきたこともあってか、目玉おやじのレインコートの女の子への信頼は揺るがないものとなっていた。

 きっと彼女がそのようなことをするわけがない、出来るわけがないと。その信頼が目玉おやじの想像が妄想に過ぎないと否定させてしまう。

 

 実際、確固たる証拠があるわけでもないのだ。

 今はとにかく先を急ぐべきだと、眼前の血の跡から目を背けていく。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 そんな人知れず悩む目玉おやじの背中を、レインコートの彼女はフードの奥で『口元に付いた血』を拭いながら黙って見つめていた。

 

 

 

×

 

 

 

「この先がエレベーターになって……と、止まるんじゃ!?」

 

 偵察の際にも確認してきたエレベーターの方へと向かい、早速乗り込もうとした目玉おやじであったが、すぐに立ち止まり女の子にも静かにするよう指示を出す。

 物陰からこっそり覗き込めば、そのエレベーターに誰かが先に乗り込もうとしているではないか。

 

『————』

 

 スラリと背の高い、和服に身を包んだ女性——魔女レディだ。

 これまで姿を見かけることのなかった、このモウを支配する女主人がついにその姿を現したのだ。彼女は隠れ潜む目玉おやじたちに気付いた様子もなく、エレベーターへと乗り込んでいってしまった。

 

「ついにここまで……ならば、この先にきっと鬼太郎が……」

 

 長い長い探索の末、ついに魔女の元まで辿り着いた。

 彼女がここにいるということは、息子である鬼太郎もきっとこの近くに捕まっているだろうと、目玉おやじの直感が訴えていた。

 

「……覚悟はいいか、お嬢ちゃん?」

「……!!」

 

 逸る気持ちをどうにか抑えつつ、改めて女の子に覚悟が出来たかと呼び掛ける。

 そしてレディに気が付かれないよう、少し時間を置いてからエレベーターへと乗り込み、彼女が降りたであろう階層へと足を踏み入れていく。

 

 

 

「ほぉ……これは……また随分と趣が変わりおったな……」

 

 そうして、到着したエリアにて目玉おやじが周囲の景観の変わりように息を吐く。

 

 つい先ほどまでいた食堂の、日本の木造建築のような造りから一変、そのエリア全体が西洋屋敷のような造りへと様変わりしていた。カーペットやソファー、タンスやクローゼット、意味深な絵画や調度品の数々などが西洋のもので彩られている。

 室内を照らす照明は申し訳程度で、二人は薄暗い廊下を恐る恐ると進んでいく。

 

 

「……ん? これは……鏡か? どうして……割られたままで放置されておるんじゃ?」

 

 

 歩きながら目玉おやじが気になったのは、壁に立てかけられていた『鏡』と思しきものが全て割られていたことだ。

 

 これでは鏡としての機能を果たすことが出来ず、姿を映し出すことも出来ないだろう。それなのに何故か廃棄されることなく、壁に立てかけられたままの割れた鏡たち。

 よくよく観察してみれば周囲一体にある鏡、その全てがそのような形で放置されていたのだ。いったい、これは何を暗示しているのだろうかと。

 

「……しぃっ! ……何か、聞こえてこないか……?」

 

 しかし、そのことに関して深く考え込む暇もなく、目玉おやじたちの耳元に何者かの『鼻歌』が聞こえてきた。

 

 

『————♪』

 

 

 鼻歌の主は相当にご機嫌なのだろう、軽快な音階を奏でていた。

 

 

 ——魔女……レディ!?

 

 

 その鼻歌が誰のものなのか、確認するまでもなく分かっていたことだが、目玉おやじはゆっくりと鼻歌が聞こえてくる方へと近づき、そこに誰がいるかを確認する。

 案の定、そこにいたのは魔女レディ。彼女は鼻歌を歌いながら、大層機嫌良さそうに自身の髪をとかしていた。

 

 ——やはり、この部屋の鏡も割られておるな……。

 

 そこは彼女の私室らしきプライベートな空間だ。廊下よりも照明の光が多少強くなったため、室内の様子がよく見える。

 割れた鏡台の前に立つレディ。部屋の隅には大きなクローゼットが置かれており、その周囲に大量の衣服が綺麗に折り畳まれ積まれており、さらには着物で着飾られたマネキンが整然と並べられていた。

 

 魔女とはいえ、レディとて女性だ。その部屋の様子から身嗜みに気を遣っていることが窺い知れるが、それなのに『鏡が割られている』のはどういうことだろう。

 ものを映さなくなった鏡の前で髪などとかしても、お洒落をした自身の姿など見ることも出来ないだろうに。

 

 ——鏡が苦手なのか? 

 

 ふと、身近な鏡を全て叩き割っているレディという人物に、目玉おやじは彼女が『鏡を苦手としている』可能性を考える。

 

 妖怪の中には『鏡に映されることで正体を晒す』といった弱点を抱えるものもいる。

 レディという魔女にとって、鏡がそういった弱点になってしまうのかもしれない。もっとも、現段階でそれも憶測に過ぎない。

 

「……もう少し、様子を見るしかあるまい……部屋の奥に行ってみよう……」

 

 とりあえず、そのことを頭の片隅に置きながらも、目玉おやじはレインコートの女の子にそっと耳打ちし、レディの背後をこっそりと通り抜けてさらに奥の部屋へと進んでいく。

 

 元凶であるレディは目の前だが、無策に戦いを挑んだところで目玉おやじたちだけで勝ち目などない。 

 まずは相手のことを知るための情報収集。レディのことをもっと探ろうと、さらに彼女の懐へと潜り込んでいく。

 

 

 

「何か……奴の正体、あるいは弱点に繋がるようなものが見つかれば良いのじゃが……」

 

 息を潜めながら目玉おやじたちが侵入を果たしたのは、レディの寝室と思われる場所だった。

 部屋の中央にはベッドが一つ、ここにも意味深な絵画が何枚か飾られている。しかしそれ以外にこれといって変わったものはない。寝室なだけあって清潔で簡素な部屋である。

 

「う~む……やはりそうそう、上手い話などあるまい。どうしたものか……」

 

 一通り、部屋の中を見て回ったが特に収穫もなく目玉おやじは途方に暮れる。

 

 こうしている今も、すぐ隣の部屋からレディの鼻歌が聞こえてくる。鼻歌が続いている間はレディもまだ髪をとかしているのだろうが、鼻歌が途切れれば、その瞬間にもこちらの部屋に戻ってくるかもしれない。

 いつ戻ってくるかも分からないレディに対するプレッシャー、目玉おやじの心に焦りが込み上げてくる。

 

「……ん? どうかしたのか、お嬢ちゃん?」

「…………」

 

 しかし、そうしたプレッシャーなどまるで感じた様子もなく。レインコートの女の子は、その部屋の棚の上に置かれていた『壺』を一人で動かそうとしていた。

 目玉のような気味の悪い紋様が入ったその壺は、女の子が無理に動かそうとしたためか、不安定な棚の上から今にも落っこちそうになっていた。

 

「お、おい……よせ……!!」

 

 案の定、次の瞬間にも壺はバランスを崩し——『ガシャーン!!』と盛大な音を立てながら砕け散ってしまう。

 

 

『————ッ!!』

 

 

 刹那、絶え間なく聞こえていたレディの鼻歌がピタリと止まる。彼女の息を呑む声まで聞こえたため、間違いなく今ので『侵入者』である自分たちの存在に勘付かれたであろう。

 

「まずい!! 早く隠れるんじゃ!!」

 

 慌てて女の子と共にベッドの下に隠れる目玉おやじだが、魔女レディは今までの追跡者のように甘くはない筈だ。

 きっとそんな隠れ場所、すぐにでも見つかって追い詰められてしまうだろうと、目玉おやじは冷や汗を流すが——。

 

 

 

「…………………? 来ない……?」

 

 

 

 おかしなことに、レディが隣の部屋から駆け付けてくる様子が一向にない。それどころか彼女の気配そのものが、何処かへ消え去ってしまったようなのだ。

 

「……罠か? しかし……いったい、何のために?」

 

 一瞬、罠かもしれないと訝しんだ目玉おやじだが、わざわざそんなことをする意味は何だろうと首を傾げる。

 とりあえずベッドの下から出て室内を見渡すが、やはりどれだけ待ってもレディが姿を見せる様子はない。

 

「やはり来ないか……おやっ?」

 

 不可解ではあるが正直助かったと、ホッと胸を撫でおろす目玉おやじ。

 すると、そこで視線が『とあるもの』へと向けられる。それは先ほど、レインコートの女の子が割ってしまった壺の中に入っていたと思われる『鍵』であった。

 

「もしや……これを取ろうとしたのか?」

「…………」

 

 どうやら女の子はその鍵を取ろうとし、誤って壺を割ってしまったようだ。

 目玉おやじは見落としていたが、この部屋に来るまでの間に『鍵付きの扉』があったことに女の子は気付いていた。

 もしかしたらその鍵が、その扉を開けるために必要になってくるかもしれない。

 

「うむ……とりあえず、持っていこう……」

 

 目玉おやじはその鍵を拝借、周囲を警戒しながらも来た道を引き返していくことになった。

 

 

 

 

 

「——あった!! この扉か……」

 

 そして、目玉おやじたちは鍵付きの扉の前までやって来た。

 ここにくるまでの間、やはりレディが姿を現すことはなかった。既に自分たちの存在を認識はしているだろうに、何故彼女は正面から堂々と姿を見せようとしないのか。

 

 とりあえず、いつ現れるかもしれないレディのことを念頭に入れつつ、目玉おやじは目の前の扉に鍵を差し込んでいく。

 ガチャリと、解錠された扉が重苦しい音を上げながらゆっくりと開いていく。扉の奥には『闇』が広がっており、その先がどのようになっているか視認するのは困難であった。

 

「お嬢ちゃん、明かりを頼む……」

「…………」

 

 目玉おやじは傍の女の子に声を掛け、彼女に明かりを灯してもらうように頼む。彼女が持っているのはライターの光だけだが、それだけが僅かな希望となって暗闇の中を照らしてくれる。

 

「ここは物置のようじゃな……随分と埃っぽい……」

 

 そうして判明した扉の先は、使われなくなったものが放置される『倉庫』のようであった。

 埃を被った家具や衣装、着物で着飾ったマネキンも傷んだまま放置されている。さらには鏡も、全て割られた状態で打ち捨てられていた。

 

 こんな、わざわざ鍵の掛かった倉庫の中の鏡まで割ってしまう、その用意周到さにレディの執念めいたものを感じる。

 まるで鏡など、そこに映し出されるものなど見たくもないと、そう主張しているかのようである。

 

「…………どこかにまともな鏡があれば……」

 

 自然と、目玉おやじの中に『まともな鏡が残っていないか?』という考えが浮かび上がる。

 別にこれといった確信があるわけでもなかったが『ものを映し出せる状態の鏡』があれば、この状況を打開出来るのではないかと、そう思ったのだ。

 

 だからこそ、倉庫の奥へと鏡を探しに足を踏み入れようとするのだが——。

 

 

「——なにっ!?」

 

 

 次の瞬間、部屋の扉がひとりでに閉じる。咄嗟に振り返った目玉おやじの視線が、暗闇の中に浮かび上がる人影を捉える。

 

 

「——れ、レディっ!!」

『…………』

 

 

 それまで一向に姿を見せようとしなかった魔女レディ。彼女が暗闇から浮かび上がるように出現したのだ。

 

 

 

「に、逃げるんじゃ!!」

「っ!!」

 

 

 刹那、目玉おやじとレインコートの女の子が猛然と走り出す。

 もはや隠れてやり過ごせるようなタイミングでもないし、真っ向から戦えるわけでもない。今はとにかく逃げるしかないと、魔女レディの魔の手から遠ざかろうと全速力で駆け抜けていく。

 

 

『——オオォォオオオオオオ!!』

 

 

 逃げる目玉おやじたちを、レディは浮遊しながら亡霊のような呻き声を上げて追いかけてくる。

 

 魔女である彼女は、その気になれば魔法のようなもので相手の動きを封じられる筈だ。実際、鬼太郎も彼女の不可視の魔法で動きを封じ込められ、成す術もなく無力化されてしまった。

 

 しかし、背後から追走してくる彼女はその魔法を行使する素振りを見せない。

 どうやらレディの魔法も万能ではないらしい。対象にある程度近づかなければ力を行使できないのか、目玉おやじたちとの距離を狭めようと迫ってくる。

 

「っ……!? あれは……!?」

 

 そんな、すぐ後ろまで迫ってくるレディとの距離を測るため、目玉おやじは逃げる際にもう一度だけ彼女の方を振り返った。

 その際、一瞬だがチラリと垣間見えたレディの『顔』に目玉おやじがハッとなる。

 

 

 そう、それまで目玉おやじは彼女の顔を間近で見る機会がほぼなかった。

 一番最初、このモウを訪れたときもほとんど不意打ちに近く、あっという間に気絶させられた。この階層を訪れた際も、常に彼女の視界に入るまいと身を潜ませていた。

 

 だからこそ、正面から見据えた彼女の顔が——『仮面』によって覆われていたことに驚く。

 

 その真っ白い仮面には表情というものが全くなく、レディがどのような感情を抱いているかを決して他者に悟らせないようになっていたのだ。

 

 ——素顔を見られたくないのか……? だとすれば……!!

 

 ふと、危機的状況でありながらも目玉おやじの頭の中で『何か』のピースが埋まっていくような感覚があった。

 

 

 割られた鏡。

 侵入者の存在に気づきながらも、姿を隠した理由。

 何故、いつも暗闇の中から現れるのか。

 表情の一切を包み込む、白い仮面。

 

 

 それらのピースが埋まっていく過程で——やはり、ここは割れていない『鏡』が必要になってくるだろうと、そのような結論に至る目玉おやじ。

 

「しかし……これではっ!?」

 

 とはいえ、その肝心の鏡が全て割られているようでは話にならない。

 そもそも現在進行形で追われている今の状況で、割れていない鏡など悠長に探す暇もない。とにかく、今はこの窮地を乗り切ることに全精力を傾けていくしかなく。

 

 

「——滑り込めっ!!」

 

 

 そうして走り続け、あと一歩というところまで追い詰められた、そのときだった。目玉おやじたちが逃げ込む倉庫の奥、突き当たりの壁に僅かな『隙間』が見えた。

 そこに向かって勢いよく滑り込むことで、どうにかレディの魔の手から逃れていく。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ…………やはり、追ってこないか……」

 

 隙間を潜り抜けた先の隣室には、微かだが明かりが灯っていた。だからなのか、再びレディの気配が遠のいていき、姿が見えなくなった。

 やはり、明かりがある場所では人前に出たくないようだ。自身の考えが間違っていないことを確信した目玉おやじの顔が、どこか活力に満ちていく。

 

「大丈夫じゃ!! わしの考えが間違ってなければ……ヤツを、レディを倒せるかもしれん!!」

「……っ!!」

 

 彼はここまで一緒に逃げ延びてきた女の子にも、あの魔女を——レディを『倒せる』かもしれないと声を掛ける。

 決して気休めなどではない。確かな勝算があってのことだということは、その力強い言葉から察せられるだろう。

 そして、そのために必要なものがあると。それを探しに、さらに倉庫の奥底へと進んでいく。ここまで来た以上、もはや退路はない。

 

 

 やるかやられるか、正真正銘——魔女レディとの最後の戦いが始まる。

 

 

 

×

 

 

 

「これもダメ……これも……やはり全て割られているかっ!!」

 

 倉庫のさらに奥。出来るだけ暗いところを避けながら目玉おやじは『割れていない鏡』を探していた。

 

 だが下の階層でならチラホラと見かけた鏡の類も、魔女レディが住処とするこのエリアにはほとんどない。あるのは全て表面部分を粉々に割られて使えなくなった鏡だけ。

 目玉おやじが見つけたかもしれない突破口も、これでは試すこともままならない。

 

「いや……まだじゃ! まだ……もっと奥の方に……残っているかもしれん!!」

 

 しかし、そこで諦めないのが目玉おやじだ。

 まだ倉庫内の全てを見て回ったわけではない。使われなくなって久しいであろうこの倉庫内であれば、きっと割られていない鏡の一つや二つくらいある筈だと。

 

「…………」

 

 レインコートの女の子も目玉おやじの判断を信じるかのよう、黙って彼に付き従っていく。

 

 

 

「むっ!? ここは……」

 

 倉庫の中を探索していく内、少しばかり広いスペースへと辿り着いた。

 

 目の前に広がるのは、ダンスホールのような空間。そこにも着物で着飾ったマネキン人形たちが、さながらダンスのレッスンを受ける受講生のように集まっている。

 ほとんど明かりらしくものもなく真っ暗で、それでいて遮蔽物もなく隠れられるようなスペースもほとんどない。

 

 ここでレディの襲撃に遭えば——もはや逃げ場などないだろう。

 

「向こう側で一気に走るぞ……ついて来れるな?」

「……!!」

 

 だが危険を承知の上で、目玉おやじはここを通ることを決心する。

 このホールを抜けなければ、倉庫の奥に行くことは出来ない。まだ鏡が見つかっていない以上、危険を冒してでもさらに深淵へと進む必要があるからだ。

 

「いくぞ……それっ!!」

 

 一度深呼吸した後、目玉おやじと女の子は一気にホールを突っ切っていく。幸い、そこを駆け抜ける際にレディが現れるようなことはなかった。

 

「ここ……板が外れそうじゃ!! 手を貸してくれ!!」

 

 反対側の壁際は、一見すると行き止まりで道が塞がっているようだったが、それも木の板で補強されたものであった。

 既にはずれかかっていた古びた板をなんとか力任せに引っこ抜き、目玉おやじたちは倉庫の『最奥』へと進んでいく。

 

「どうやら、これ以上……先はないようじゃが……」

 

 そうして行き着いたそこは、今までのどんなところよりも暗く、どんよりとした小部屋であった。埃のたまり具合から見ても、長い間誰も入っていないのが窺い知れる。

 

 

 もしもここに何もなければ、もう諦めるしかなかっただろう。

 しかし、天は目玉おやじたちを見放しはしなかった。

 

 

「!! あった……あったぞ、鏡じゃ!!」

 

 

 ついに目当てのものを探し出しだ。少々埃を被ってはいたが、それは割られていない、綺麗な状態を保った『鏡』であった。

 レディの手から壊されることなく逃れた。現状、これだけが唯一残された最後の希望だ。

 

「よし……とりあえず、これを持って……」

 

 さっそく、見つけ出したそれを慎重に持ち上げていく。鏡は目玉おやじが両手で抱え込んでようやく持ち運べるような大きさであった。

 それをずっと抱え込んだまま、追跡者から逃げたり障害物を越えたりするのは、流石に困難だっただろう。

 

「っ!! 来たか……」

 

 だが奇遇にも、目玉おやじたちがホールに戻ってきたところで——魔女レディが待ち構えていた。

 

 

『————』

 

 

 彼女はホールの中央、こちらに背中を見せながら何をするでもなく静かに佇んでいる。

 

「…………」

「…………」

 

 どうやら決着をつけるときが来たようだと。目玉おやじとレインコートの女の子が、息を殺したままゆっくりとレディへと近づいていく。

 

 

 すると次の瞬間、部屋の中が深淵によって覆われていき——瞬きの間に、レディの姿が掻き消えた。

 

 

「っ!? ま、まずい……奴はどこに……!!」

 

 せっかく手に入れた鏡も、相手の姿を捕捉できなければ何の意味もない。暗闇の中、どうにかしてレディの姿を見つけ出そうと周囲を見渡していく。

 

 ふと、目玉おやじの視界が明かりを捉えた。

 

 広いホールの中、まるで舞台で役者にスポットライトを浴びせるかのように、その部分だけ照明が照らされているではないか。

 

「むっ……ひとまずあそこに……!!」

 

 それがどういった意図によるものかは不明だが、ひとまずそこへ逃げ込むしかないだろう。目玉おやじと女の子がその明かりに向かって駆け込んでいく。

 

『————』

 

 そんな誘蛾灯に誘われる虫のように、明かりへと近づく目玉おやじたちの背後——闇の奥からレディが忍び寄ってきていた。

 

 彼女はそっと腕を上げ、何らかの魔法を行使しようとしていた。

 きっと動きを封じ込める類の魔法だろう。その魔法が効力を発揮すれば、もはや目玉おやじたちに成す術などない。

 

 

「——そこじゃっ!!」

 

 

 だが、レディが魔法の力を行使する直前——目玉おやじが彼女の気配に勘づき、手に持っていた『鏡』を向ける。

 

『——!!』

 

 レディが息を呑んだ。全ての鏡を叩き割っていたと思っていた彼女にとって、その鏡の存在は完全なイレギュラーだっただろう。

 

 不思議なことに、鏡は光を放ちながらレディの姿を鮮明に照らし出していく。光に照らされたレディは明らかに苦悶の声を上げ、その体が後方へと退けられていく。

 

「ぐぐぐ……!!」

 

 一方で、鏡を持った目玉おやじにも相当な負荷が掛かる。それでも鏡を離すまいと、なんとか踏ん張る目玉おやじだったが。

 

 

『——ギャアアアアア!!』

「うおっ!?」

 

 

 刹那、レディは悲鳴を上げながら、その体が後方へと激しく吹き飛ばされていく。それと同時に目玉おやじの小さな体も弾き飛ばされ、鏡を落としてしまった。

 後方へと退けられたレディは、鏡から逃れるように一旦は暗闇の中へと身を隠し始める。

 

「お、おお……まさか、これほどとは……か、鏡は無事かっ!?」

 

 この結果に、鏡がレディの弱点だと思っていた目玉おやじも驚く。

 とりあえず落としてしまった鏡を素早く拾い上げ、再びそれを暗闇に向けながら彼は叫ぶ。

 

 

「そんなに……自分の姿が映されるのが嫌か!? 魔女レディよ!!」

 

 

 古来より鏡には魔除け、あるいは『魔の正体を照らし出す力がある』と信じられてきた。

 

 中国や日本でいうところの『照魔鏡(しょうまきょう)』は、鏡に映りこんだ妖の正体や妖術を看破するとされ、かの大妖怪・九尾の狐——『妲己』あるいは『玉藻前』の正体を暴き、その真の姿を曝け出したという。

 西洋においても、吸血鬼や悪魔といった怪物たちが鏡にその姿を映さないのは、自らの正体が看破されるのを恐れているという説もある。

 

 レディが何故、鏡に対してこれほどまでの拒絶反応を示すのか。結局のところその理由は定かではないが、鏡が彼女にとって破滅を招く要因になることは確かなようである。

 

 

「さあ……いつでも来るがいい!!」

『————!!』

 

 

 鏡という武器を手にしたことで、ようやく魔女と同じ領域に立つこととなった目玉おやじ。どちらが先に相手に致命的なダメージを与えるか、それが勝敗を分けることになるであろう。

 

 鏡を警戒し始めたレディは、暗闇の中を縦横無尽に浮遊しながら駆け巡る。その動きに翻弄されまいと、しっかりと目を見張る目玉おやじ。

 ただ、鏡を体全体で支えているためか、その動きは鈍く、どうしても反応が遅くなってしまう。

 

 そんな目玉おやじの動きの隙を付くかのように、彼の背後に回り込んだレディが一気に間合いを詰めてくる。

 

「し、しまっ……ぐっ!?」

 

 至近距離まで近づくことに成功したレディは魔法を行使。目玉おやじの体が宙に浮かされ、彼は体の自由を奪われてしまった。

 

 

「…………!!」

 

 

 だが目玉おやじは一人ではない。ここまでの道中も、そして今も——彼のすぐ側にはレインコートの女の子が一緒にいてくれていた。

 彼女は目玉おやじの代わりに鏡をレディへと突きつける。瞬間、レディという魔を退けるべく再度鏡が光を放ち始める。

 

 

『——ギャアアアアアアア!?』

「——おっと!?」

 

 

 再びレディの体が弾き飛ばされていく。その際の衝撃で魔法も強制的に解除され、束縛から解放された目玉おやじが宙から身を投げ出され、尻餅つきながらもなんとか着地していく。

 

「済まん……助かったぞ!!」

 

 素早く身を起こしながら礼を述べる目玉おやじ。女の子から鏡を受け取り、再びレディの襲撃に備えて身構えていく。

 今度はヘマはしないと、さらに注意深くレディの動きを追っていく。

 

 

『————!!』

 

 

 レディも、さらに速度を上げて目玉おやじの周囲を動き回るが、その挙動には確かな『焦り』が見られた。

 彼女自身も余裕がないのだろう。きっとこれ以上鏡に照らされれば——レディの身にも限界が訪れる筈だ。

 

 

「決着を付けようぞ……この悪夢にっ!!」

 

 

 目玉おやじも次で勝負が決まることを悟ってか、自らを奮い立たせるつもりで声を張り上げる。

 ホール全体が異様な緊張感に包まれていく。

 

 

 

『——オオオ、アアアアアアアア!!』

 

 

 

 刹那、最後の攻勢に出たレディがいくつものフェイントを交えた上で目玉おやじたちへと接近を試みる。

 魔法が行使出来る距離まで接近できれば、今度こそレディの勝ちだ。

 

 

「——そこっ!?」

 

 

 しかし、二度も間合いへの接近を許すほど目玉おやじは甘くない。彼はレディの動きを完全に見切り、彼女がこちらへ突っ込んでくるジャストなタイミングで鏡を翳した。

 鏡の光がレディの姿を照らし出し、彼女を退けんとその身を押し返そうとする。

 

 

『——オオオオオオオ!!』

 

 

 だがここに来て、レディが最後の足掻きを見せる。鏡に照らされることに苦痛を感じながらも、その痛みを無視するかのよう強引に間合いを詰めようとしてきたのだ。

 

「ぐっ!? これは……このままでは……支えきれん!?」

 

 まさかの力押しに、目玉おやじの顔にも焦りが浮かぶ。レディも苦しんでいるようだが、鏡を支える目玉おやじの身にも堪え切れないほどの負荷が掛かっている。

 このままでは鏡を支えきれず、レディが間合いを詰めて魔法を発動させてしまうだろう。

 

 

「…………!!」

「お、お嬢ちゃん……力を貸してくれっ!!」

 

 だが、それがどうした。

  

 一人で支えるのが苦しいのならば二人で。目玉おやじとレインコートの女の子が共に鏡を支えることで、魔女の力押しにも負けない踏ん張りを。

 鏡も二人の気持ちに応えるかのよう、放たれる光がよりいっそう眩く、より強固にレディの魔を退けようと最後の輝きを放ち始めた。

 

 

 

「——おおおっ!?」

 

 

 

 瞬間、これまでとは違う『何か』が致命的に弾ける音がしたかと思えば——光を放っていた『鏡』が粉々に砕け散ってしまった。

 目玉おやじたちにとって唯一、レディに対抗し得る武器だ。それが失われた今、もはやレディに抵抗する術などなく。

 

 

 

『——ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

 

 だが鏡が砕けるのとほぼ同時に、レディの口からもそれまでとは違う、阿鼻叫喚の悲鳴が木霊する。

 女性の、生物の口から発せられたとは思えぬほどに悍ましい叫び声。

 

 

 それを最後に——ついに、魔女レディの体が地に伏せたのだった。

 

 

 

 

 

『ハァハァハァハァ……』

 

 

 凄まじい衝撃によりレディの身が吹き飛ばされ、その華奢な体が床に横たわる。

 

 倒れた拍子に表情を覆っていた仮面も吹き飛ばされていたが、その顔を誰にも見せまいとレディは俯いた姿勢となる。よっぽど己の容姿を誰にも見せたくないのだろう、その強情さには狂気染みたものさえ感じる。

 とはいえ、彼女が虫の息なのは間違いなく。その気になれば彼女がどんな顔をしているか確認するのも、トドメを刺すのだって容易なことであった。

 

「レディよ!! 息子は……鬼太郎はどこじゃ!?」

 

 しかし、そのようなことよりも優先すべきことがあると、倒れ伏すレディに『鬼太郎は何処だ?』と目玉おやじが問いを投げ掛ける。

 彼女にはこのモウのこと、下層で囚われている子供たちや醜く肥え太ったゲストのことなど。

 色々と問い詰めなければならないことが山のようにあったが、やはり鬼太郎を解放するのが目玉おやじとして何よりも重視すべきこと。

 

『————』

 

 レディは既に言葉を喋るような余力も残っていないようだったが、瀕死ながらも上げた片腕の指先が辛うじて鬼太郎の居場所を指し示した。

 

 どうやらその指が指し示す倉庫の奥に、囚われた鬼太郎がいるということだろう。

 

 

「待っておれ、鬼太郎!! 今、行くぞ!!」

 

 

 鬼太郎の居場所が判明した瞬間、目玉おやじは脱兎の如く勢いで駆け出していく。

 何よりも大事な息子の安否が掛かっているのだ。そのときばかりは、他のことに気を回している余裕もなかったのであろう。

 

 

 

 

 

『ハァハァ……』

「………」

 

 目玉おやじがその場から離れている間、動けなくなった魔女レディへとシックスがゆっくりと近づいていく。

 

 レディの体は震えていた。彼女は恐怖を抱いていた。

 彼女が目玉おやじたちの前に中々姿を見せようとしなかったのは——シックスという存在を恐れていたからだ。

 

 シックス——六番目の罪〈暴食〉の名が示すように、彼女は常に飢えている。

 今この瞬間も、腹が空いて腹が空いて仕方がない。

 

 その空腹を満たすためにも、シックスには新鮮な食料が必要だった。

 

 ほら、今も目の前に美味そうな『餌』が転がっている。

 幸い、シックスの行動を咎める『口うるさい大人』もどこかへ行ってしまった。

 

 もはや、人目を憚る必要もない。

 怯えるレディに向かって、シックスはあんぐりとその口を開けて——。

 

 

 

×

 

 

 

「——こ、これは……!?」

 

 倉庫の奥で目玉おやじが目にしたもの——それは『石』となっていた最愛の息子、ゲゲゲの鬼太郎の悲惨な姿であった。

 レディの魔法によるものだろうか、鬼太郎は石化した状態のままで放置されていたのだ。せっかく助けに来たのにこれではと、その場にがっくりと項垂れる目玉おやじであったが——。

 

 

「おっ!? おおっ!!」

 

 

 悲嘆に暮れる目玉おやじの目の前で、鬼太郎が色を取り戻す。

 どういうわけか鬼太郎を蝕んでいた石化が解け、彼が元の姿へと戻っていったのだ。

 

「鬼太郎っ!! しっかりせよ!!」

「う、う~ん……と、父さん……?」

 

 さっそく息子の安否確認をする目玉おやじ。鬼太郎も朧気ながらも意識を取り戻していく。どうやら体にこれといった不調もなさそうである。

 

 

 

「——そうですか。ボクが捕まっている間に……そんなことが……」

 

 ようやく意識がはっきりとしてきた鬼太郎は、目玉おやじからこれまでの経緯を聞かされていた。

 

 鬼太郎が魔女レディの罠に嵌り、囚われていたこと。 

 鬼太郎を助けようと、目玉おやじが危険なモウの中を探索し、様々な悪夢や試練を乗り越えてきたこと。

 

「父さん……本当に……ご迷惑をお掛けしました……」

 

 鬼太郎は真っ先に目玉おやじの苦労を思い、彼に迷惑を掛けたことへの謝罪を口にしていた。

 自分がもっとしっかりしていれば、父親にそんな辛い思いをさせずに済んだのでは、その表情は罪悪感でいっぱいだ。

 

「何を言う!! お前こそ……無事でいてくれて本当に……本当に良かった!!」

 

 しかし、そんな息子の暗い気持ちを目玉おやじは明るく笑い飛ばす。

 苦労などと、とんでもない。全ては愛すべき息子のため、鬼太郎が無事に戻ってきてくれただけで感無量だとばかりに、その目から感涙の涙が零れ落ちていく。 

 

「鬼太郎よ……どうかこのモウの闇を晴らすためにも、力を貸してくれんか……?」

「勿論です!! あとのことはボクに任せて、父さんは休んでいてください!!」

 

 だが感動に浸るのもそこそこに、目玉おやじは復活した鬼太郎にこのモウの中に蔓延る邪悪を払ってくれと頼んでいた。

 

 当然、鬼太郎に断る理由などない。目玉おやじがやむを得ず後回しにして来た問題を解決するため、まずはこのモウの支配者である魔女レデイの身柄を抑えるべく。

 

 瀕死で動けないであろう彼女の元へ、急ぎ駆けつけていく。

 

 

 

 

 

「——なっ……なんじゃ、これはっ!?」

「——これは………」

 

 ところが、レディの元まで戻ってきたところで目玉おやじと鬼太郎は——悍ましい彼女の『末路』を目の当たりにする。

 

 

「顔が……ない……」

 

 

 そこには確かに魔女レディの体が横たわっていた。しかしその身は既に事切れており——彼女の顔面部分が、丸々抉られたかのように欠損していたのだ。

 周囲の床には血の跡、まるで何者かが彼女の顔を潰した——あるいは、食い潰したのかようである。

 

「うっ……!?」

 

 その変死体を前に、鬼太郎ですらも吐き気を堪えるのに思わず口元を抑える。

 皮肉にも、顔面がなくなったおかげでレディがどんな顔をしていたか。それを鬼太郎たちに知られずに済んだのは、彼女にとって不幸中の幸いだったかもしれないが。

 

 

「…………あの子は……あの子は、どこに行った……?」

 

 

 レディのその遺体の惨状に、目玉おやじは彼女——黄色いレインコートの女の子の姿が見えないことに今更ながらに気づく。

 目玉おやじは彼女のことを信じていた。ここまで共に力を合わせ、苦楽を共にして来た彼女に友情を感じていたのも事実だ。

 

 

 しかし、信じると決めていた一方で——疑念を抱いていたことも確かである。

 

 

 レディの死に様。これまでにも見てきた、ねずみなどが何者かに『食い荒らされた』かのような痕跡に、ここまで少しづつ募っていた不信感が徐々に確信めいたものへと変わっていく——。

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な……こんな……こんなことが……」

 

 レインコートの女の子を探して倉庫を飛び出し、危険を承知で目玉おやじたちはゲストたちが蔓延る食堂へとやって来た。

 醜く肥え太ったケダモノたちが跋扈するそこは、鬼太郎といえども多少の危険が伴う場所であった筈だ。

 しかし、酒池肉林に酔いしれるゲストたちの喧騒によって満たされていた食堂が今は物音ひとつしない。

 

 

 

 食堂を埋め尽くしていたゲストたち、全員が死んでいたのだ。

 

 

 

 そう死んでいた。それも双子のコックたちに八つ裂きにされるという、猟奇的な死に方ではない。それはそれで衝撃的な殺され方ではあるだろうが、ゲストたちは皆、血の一滴も流さずに息絶えていたのだ。

 

 その表情は一様に、恐怖と絶望に染まっていた。その形相から、かなり苦しみながら死んでいったのが分かる。

 外傷はない。もしかしたら食事に毒でも盛られていたのかもしれないが——。

 

「なんなんじゃ……いったい、何が起きたというんじゃ!?」

「落ち着いてください、父さん!!」

 

 これまで、幾多の惨状を目の当たりにしながらもどうにか踏ん張って来た目玉おやじだったが、その光景を前についに正気を保てず、パニックに陥り掛ける。

 鬼太郎が側にいて声を掛けてくれなければ、きっと何もかも終わっていたかもしれない。

 

 

 いったい、ここで何があったというのか。

 

 

「……? 父さん、あれは……?」

 

 ふと、比較的冷静だった鬼太郎が食堂の床を這い回る何者かの気配に気づく。

 

「————」

 

 そこにいたのは——トンガリ帽子を被った奇妙な小人たちである。どうやら彼らは無事だったようだ。

 

「お、お主ら……無事であったか!?」

「————!!」

「————!?」

 

 目玉おやじは彼らの無事に喜びながらも声を掛けるが、小人たちはすぐに身を隠してしまった。それまでとは違う、明らかに目玉おやじを明確に恐怖の対象とするかのような怯えよう。

 

 

 それは目玉おやじ、あるいは——彼と一緒だった『女の子』に対する恐怖心かもしれないが。

 

 

「ここで何があったんじゃ……頼む、教えてくれ!!」

 

 

 自分から逃げようとする小人たちに、目玉おやじは精一杯の懇願でここで何が起きたのか、問いを投げ掛ける。

 彼らだけが唯一、この場に残った生存者だ。きっとここで起きたこと、その全てを目撃していた筈である。

 

 

「————」

 

 

 すると、目玉おやじの真摯な呼びかけに応えるよう、一匹の小人がピタリと立ち止まって——目線を上げる。

 その小人に同調するかのよう、他の小人たちも静かにそちらの方へと視線を注いでいく。

 

 

「!! 見てください、父さん……モウの出入り口が……」

 

 

 彼らの視線の先には、モウの正面玄関があった。しかもその出入り口の扉が開き、そこから外からの光が差し込んでいたのだ。

 

 

 

 モウの出入り口から外を覗けば、いつの間にか明け方に差し掛かっていたのか、水平線の向こうから太陽が昇り始めていた。

 鬼太郎たちの視界には、大海原が広がっている。停泊する船もなし、ゲストたちを乗せて来たであろう客船も、既に立ち去った後。

 

「父さん!! ボクたちの乗って来たボートがなくなっています!? これでは……」

 

 そこにはボート——鬼太郎たちがこのモウを訪れる際に乗って来た小舟もなかった。これではこのモウから脱出することも出来ないと、焦りを覚える鬼太郎。

 

「……まさか、あの子が……?」

 

 しかし目玉おやじは別の意味で、ボートがなくなっている事実に嫌な予感を覚える。

 

 もしも、そのボートを乗っていったものがいるとすれば、『彼女』しかいないだろう。あの小さな体でボートを漕ぎ、無事に陸地に辿り着けるかは別にして、何故彼女がそんなことをしたのかと。

 

 目玉おやじの胸のうちに、消えることのないモヤモヤが積もっていく。

 

 

「!? 父さん!! モウが……モウが動いています!?」

 

 

 だが彼らが呆然としている間にも、事態が急変する。

 

 鬼太郎たちのいるモウ・巨大船舶が唸り声を上げるかのように動き始めたのだ。

 その海域に留まるために下ろしていた錨の鎖を引き上げ、その巨大な船体が海中に没しようとしている。主人であるレディを失ったことで船が沈もうとしているのか、モウ自身の意思がそうさせているのか。

 

 いずれにせよ、このまま海中に潜られたら閉じ込められてしまう。早く脱出しなければと、最悪海の中に飛び込むことも考える鬼太郎であったが——。

 

 

「——おーい!! 鬼太郎しゃん!!」

 

 

 そこで思わぬ助け舟がやってくる。

 

「一反木綿!! 来てくれたのか!?」

「もうみずくさか~……こんなところに来るんだったら、おいに声掛けてくれてもよかったとね~!!」

 

 空中を自由自在に飛翔する、一反木綿だ。

 モウへの招待状を受け取った際は留守だったために声を掛けなかったが、一応言伝を書いて置いてはきていた。その言伝を見て、駆けつけて来てくれたということだろう。

 

「済まない……助かったよ!!」

 

 まさに絶好のタイミングでの救援に、心からの感謝を述べる鬼太郎。

 

 

 

「ま、待て……鬼太郎!! モウの中にはまだ子供たちが……せめてあの子たちだけでも助けなければ……!!」

 

 しかしいざ、一反木綿に乗って脱出しようとしたところで目玉おやじからの待ったが掛かる。

 未だ、あのモウの中にはレディ以外にも『何か』が潜んでいる。せめてその何かから、捕まっている子供たちだけでも救わなければと。モウという悪夢の中を垣間見た目玉おやじだからこそ、強くそう願わずにはいられない。

 

「ダメです、間に合いません!!」

 

 しかし鬼太郎は目玉おやじの呼びかけに首を振り、モウから脱出することを選んだ。

 

 鬼太郎としても、モウの中に閉じ込められているという子供たちを助けたいという気持ちはあったが、これ以上ここに留まれば自分たちがモウに囚われてしまう。 

 何より目玉おやじを、愛すべき父親をこれ以上、あの船の悪夢に関わらせるべきではないという直感が、鬼太郎にモウから遠ざかるという選択肢を選ばせていた。

 

 

 

 

 

「ああ……モウが……モウが沈んでいく……」

 

 こうして、一反木綿に飛び乗った鬼太郎たちが無事上空へと退避した。

 眼下ではモウがその巨体を海中へと沈ませ、やがてその船体を完全に晦ましていく。見えなくなっていくモウを、目玉おやじは最後まで悔しそうに見つめていた。 

 

「父さん……」

「いったい、あの船に何があったとね~?」

 

 そんな目玉おやじにどのように声を掛ければと、鬼太郎は上手く言葉が出ずに困惑。一方で駆け付けたばかりの一反木綿などは、何も分かっていないのか呑気に首を傾げていた。

 

 

 結局、モウとは何だったのか

 それを確かめる機会を、鬼太郎たちは永久に逃してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼太郎や……」

「はい、父さん……」

 

 それから、どれだけの時間が経過しただろう。

 モウの沈み行く先を見つめ続けた目玉おやじは、憔悴しきった表情ながらもようやく顔を上げ、鬼太郎に声を掛けた。鬼太郎はただ静かに、父親の言葉に耳を傾けていく。

 

「わしは、お前を助けたかった……お前のためならば、全てを投げ打つ覚悟で、あの悪夢の中を駆け抜けてきたつもりじゃ……」

「はい、感謝しています……父さんのおかげで、ボクは今ここにいます」

 

 目玉おやじにとって、鬼太郎こそが何よりも優先すべきこと。

 その彼を無事に助け出せたことは、無力感に打ちのめされている今の目玉おやじにとって、唯一心の支えといっても過言ではなかっただろう。

 

「じゃが……お前を助けるためとはいえ、わしは……恐ろしい何かを、世に解き放ってしまったのかもしれん……」

「……!!」

 

 だが鬼太郎を助けるために、目玉おやじは取り返しのつかない過ちを犯してしまったのではと。その後悔が彼の心に暗い影を落とす。

 

 

 もっと注意深く、彼女の——レインコートの女の子の『闇』と向き合うべきだった。

 息子の安否ばかりに気を取られずに、彼女への監視の目を緩めていなければ、こんなことにならなかったのではと。

 

 

 結局、あの子の正体に関しても不明なまま。

 モウという牢獄から解き放たれた、あの『小さな悪夢』がこの先に何をするつもりなのか。

 

 

 目玉おやじに出来ることは——せめて彼女が道を踏み外さないようにと、祈るだけであった。

 

 

 




次回予告

「父さん、妖怪が人間の殺人を犯したと疑われているようですが、本人は身の潔白を主張しています。
 たとえ人間たちが自分の罪を妖怪のせいにしても、必ずその罪を暴くものが現れます。
 真実はいつも一つです!! ……これ、ボクのセリフじゃないですよね?
 
 次回——ゲゲゲの鬼太郎 『名探偵コナン』 見えない世界の扉が開く」


 次回は、ついにあの国民的作品とのクロスです!?
 あの世界観に妖怪なんて登場させて大丈夫かと思いましたが、そこは上手い具合に調節していきたいと思います。
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