ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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 速報っ!! 『ゲゲゲの謎・真生版』公開決定!! しかも、R15+!!
 このニュースを聞いたとき……スタッフよ、正気か? と思ったぞ!!
 観に行く、当然観に行きますけど……正直、どんな内容になるのか不穏すぎて、怖いっ!!
 映画を観るとき、仕事終わりの夜とかに行くときもありますけど……今回は午前中に行って来よう……夜帰るのが怖くなっても困るので……。

 さて、今回のクロスですが……次回予告にもあった通り『名探偵コナン』となっております。
 もはや説明不要の国民的作品ですが……コナン君の世界観にゲゲゲの鬼太郎を持ってくることに、多少の葛藤があったのも事実。
 基本的にコナンにおいて妖怪など存在せず、妖怪らしき事件も全て理屈や論理で解明できるものとして位置づけられています。
 ただ、とあるアニメオリジナルに『女の子の幽霊』らしきものが出てきて、明らかに説明不足のまま終わるというエピソードがありました。
 それにコナン君と同じ世界観の『まじっく快斗』でも、普通に魔女とか出てきますんで。
 このくらいなら大丈夫かな、という塩梅で話を進めていくので、純粋に読み物として楽しんでもらえたらと思います。


名探偵コナン 其の①

『次のニュースです。先月富山県で発生した停電事故に関して、富山県知事は妖怪の仕業であることを正式に発表しました。これにより——』

 

『先の妖怪戦争の被害における復興は都市部が順調である一方、地方では崩壊した建物の撤去もままならず、復興の格差が浮き彫りになって——』

 

『総理代理は「妖対法の行使は慎重に行っていきたい」とコメントしており、改めて妖怪に対して友好的な姿勢を示し——』

 

『臨時内閣が解散すれば妖怪戦争後、初の選挙と言うことになります。妖怪たちへの見解や対応の違いが、選挙の争点となることは間違いなく——』

 

「……………………」

 

 とある住宅地に建つ一軒家。

 広々としたリビングの大きなソファーに小さな身体を預けながら、その少年はテレビから流れてくるニュースに耳を傾けていた。

 

 メガネを掛けた利発そうな少年だが、その表情はまさに『不機嫌』そのものであった。

 それは実に子供らしい、拗ねたような表情ではあるのだが、年の頃は小学校に上がったばかりの『ピカピカの一年生』といったところ。

 そんな幼い少年が、退屈なニュース番組を見るためにソファーでじっとしており、その内容を隅々まで理解していることに若干の違和感を覚える。

 

 見た目の年齢と、その仕草にギャップを感じる。

 果たして彼は『本当に少年なのか?』と。どこか穿った見方をすると、そのような疑問が浮かび上がるかもしれない。

 

「——まだ苛立ってるの? いい加減、現実を認めたら?」

 

 するとその男の子に向かって、一人の女の子が皮肉混じりに声を掛ける。

 少年と同じく小学生くらいの女の子なのだが、男の子以上に大人びた印象を受ける。服装も可愛らしさ、愛らしさを前面に押し出したものではなく、落ち着いた色合いのインナーに白衣を羽織るという。

 どことなく『研究者』というイメージを抱かせる佇まいだ。

 

「バーロー!! 何が妖怪だよ……どいつもこいつも!! いったい、いつから日本はそんなものが出没するような、ファンタジーな国家になったんだよ!!」

 

 そんな少女の言葉に、少年は子供らしくムキになって反論する。

 彼を苛立たせていたのは、ニュースから当たり前のように流れてくる『妖怪』という単語だ。妖怪が実在し、その存在を当たり前のように認識している人々に、彼は子供らしからぬ怒りを抱いていた。

 

「俺は探偵だぞ。目の前で起きる事象を論理的に考え、推理して答えを導き出す。そこに妖怪なんてものが入り込む余地なんかねぇんだ……あってたまるかよ!!」

 

 そう、自らを『探偵』と称する少年にとって理屈や論理で説明できないものなどあってはならない。

 妖怪などという超常的なものに人が起こす事件、その真相の究明を邪魔されてはならないと。とても子供とは思えない理由で、彼は妖怪というものの存在を認めることが出来ないでいるのだ。

 

「あら……それを言うなら、私やあなただってファンタジーな存在だと思わない?」

 

 しかし少年の怒りに動じた様子もなく、少女はこともなげに言ってのける。

 

「身体が縮んでしまった私たちが、小学生として生活してるだなんて……それこそ、何も知らない人たちからすれば十分にファンタジーだと思うけど?」

「オメェがそれを言うのかよ。自分で作った薬だろうが……灰原」

 

 少女の言葉に少年は呆れたようにため息を吐く。

 

 

 

 そう、一見すると小学生にしか見えない二人だが——彼らの実年齢は見た目より十歳ほど上、本来であれば『高校生』ほどの年齢なのである。

 勿論、高校生とて法律的には未成年。世間一般的に子供と言われてもいい年なのだが、背丈だけで言えば十分に大人と言えた。

 

 だが、彼らは『とある薬』を服用したことで『体が縮んで』でしまっており、元に戻ることも出来ずに小学生としての生活を余儀なくされているのである。

 

「とっても神秘的な秘薬でしょ? 意図してそうなったわけじゃないけど……」

 

 そして、そんなファンタジーのような薬——『APTX(アポトキシン)4869』の開発者こそ、宮野(みやの)志保(しほ)

 十八歳という若さで『とある組織』に所属していた、天才的な科学者なのである。

 

 宮野志保は現在——小学生・灰原(はいばら)(あい)として、ここ米花町に居を構える阿笠邸・阿笠(あがさ)博士の世話になっていた。

 

「まっ……あなたの気持ちも分からなくもないわ」

 

 彼女は自分と同じ薬を飲んで縮んでしまった少年の気持ちを理解しつつ、いつまでも彼ら——妖怪の存在を認められないでいる、その頭の硬さに物申していく。

 

「なんでか知らないけど……米花町に妖怪なんて影も形もないから。でも事実は事実なんだから。いつまでもそんな凝り固まった考えじゃ、世の中の流れに取り残されるだけよ?」

 

 彼らの住む米花町は、どういうわけか妖怪の被害というものがほとんどない。実際に妖怪を間近で見たことがないのだから、その存在に疑いを持っても仕方がないだろう。

 もっとも、今や彼らの存在は当たり前のようにニュースを通じて報じられる。世間的にもそれが当然のように認識されているのだから、今更頭ごなしに否定していては何も始まらないだろう。

 

「オメェこそ、なんでそんなに平然としてんだよ!! お前、科学者だろ!? 妖怪なんて、非科学的なもん、オメェは認められんのかよ!?」

 

 しかし、なかなかどうして少年も頑固である。

 彼は聡明な科学者である灰原哀という女性が、妖怪の存在を違和感なく受け入れていることがどうにも気に入らないようで、やや喧嘩腰に噛み付いてきた。

 

「そうね……これは、別に言う必要がないと思って今まで黙ってたことなんだけど……」

 

 すると哀は少し思案を巡らし、自分がどうして『妖怪の存在にそこまで戸惑わずにいられるのか?』その理由を述べていくこととなる。

 

 

 

「妖怪……そう呼ばれるものの存在は、私が組織にいた頃から噂されていたわ。実際に彼らを研究、調査して利用しよう……なんて話も持ち上がったくらいだし……」

「!? おいおい、初耳だぞ!! なんで今まで言わなかったんだよ!?」

 

 哀の口から語られた事実に少年は驚きを隠せない。

 ここで言う『組織』とは、灰原哀・宮野志保が科学者として在籍していた、謎大き組織のことである。

 

 通称——『黒ずくめの組織』。

 

 彼らは国家間を股にかける、国際的な犯罪組織だ。

 黒い衣装を身に纏った構成員たち。その中でも特に優秀なものには『ジン』、『ウォッカ』などといった酒の名前がコードネームとして与えられる。

 かくいう宮野志保も、かつては『シェリー』というコードネームを与えられ、組織のために働かされていたわけだが。

 

「言ったところで信じてもらえないと思ってたからね。それに、私の管轄でもなかったし……正直、興味も湧かなかったから……」

 

 彼女は組織というものに所属しながら、その組織に対する忠誠心など持ち合わせておらず。伝え聞いた妖怪の話に関しても、自分から深く調べようとはしなかった。

 

「ただ、その妖怪の研究を担っていたアジトの一つが壊滅させられたって話を聞いたときは、流石に驚いたわ」

「——!!」

 

 だがそんな彼女でも、組織が『実際に妖怪の被害を受けた』という話には驚いたという。少年も、自分の追う組織に痛手を与えた妖怪という存在に改めて衝撃を受ける。

 

「たいして大きなアジトではなかったらしいけど……組織に手を出されたんだもの。すぐにでも報復を唱える幹部もいたらしいけど……最終的には『連中とは関わらない』という結論で落ち着いたわ」

 

 黒ずくめの組織は巨大で、自分たちに逆らうものに決して容赦などしない。敵対者は勿論、裏切り者である哀も、常に追われる身だ。

 ところが、妖怪たちに対しては組織も比較的冷静な判断を下した。

 

「勿論、組織が本気になれば妖怪たちにも対抗できたでしょうけど……はっきり言って、そこまでするメリットがなかったのよ。実際、研究の方も上手くいってなかったらしいし……」

 

 それは、妖怪と関わっても決して利益にならないと考えたからである。

 組織のボス・あの方と呼ばれているものの『最終的な目的』こそ不明だが、その目的達成のために必ずしも妖怪たちを研究する必要もないということだ。

 妖怪というものたちの全貌も分かっていなかったのだろう。戦力も、勢力も不透明な相手を敵にまわすリスクを彼らは冒すことが出来ず。

 

 結果として『不干渉』という、組織にしては曖昧な決定を下すしかなかったのであった。

 

「気を付けなさいよ、工藤くん。組織も迂闊には手を出せない……そういう存在が闇の中に潜んでいるってことをね……」

 

 哀は組織の恐ろしさを骨身に染みて理解している。だからこそ、その組織も干渉を控えるような妖怪という存在に、ある種の恐れを抱いていた。

 

 少年にも、妖怪相手に決して無理をしないようにと忠告をするのだった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 灰原哀と話を終えた少年は阿笠亭から、小学生・江戸川(えどがわ)コナンとして世話になっている家に向かって帰宅の途に付いていた。

 難しい顔をしながらもランドセルを背負うその姿は、どこからどう見ても小学生であり、彼が世間を湧かせた高校生探偵——工藤(くどう)新一(しんいち)なのだと気付くものは皆無だろう。

 

 そう、彼こそが数々の難事件を解決してきた高校生探偵。

 今でこそ江戸川コナンと名乗ってはいるが、少し前までは日本警察の希望の星とまで呼ばれ、メディアでも大々的に報じられたこともあった。

 

 だが、彼は黒ずくめの組織の怪しげな取引現場を目撃してしまい、勘付かれた男に背後から殴られた。

 そして瀕死の重傷の中、証拠隠滅の殺害目的で毒薬として『APTX4869』を飲まされてしまう。

 

 幸か不幸か。APTX4869はただの毒薬などではなく、人によって『その肉体を幼児化させる』という効力を秘めており、新一は死亡することなく、何とか生き延び——子供となってしまったのだ。

 

 現在、工藤新一は江戸川コナンとして生活しながら、黒ずくめの組織を追っている。

 彼らの犯罪を暴き、組織を壊滅させ、そして元の姿に戻る——それが、江戸川コナンとしての最終目的である。

 

 

「上等じゃねぇか……組織も、妖怪なんて名乗ってるお前らの正体も……全部俺が暴いてやるぜっ!!」

 

 

 そんな宿敵・組織ですら手を出せずにいる相手——『妖怪』などと世間で騒がれている連中に対して、闘志を昂らせるようにコナンは叫ぶ。

 やはり探偵としての性か、いまだに妖怪という存在が何らかのトリック、あるいはそう名乗る何かしらの『人為的な組織』なのだと思っている。

 

 彼は妖怪などという、曖昧なものなど信じない。

 この世の全てが論理、推理などの理屈で説明が出来るものだと信じている。

 

 そう、どれだけまやかしで覆い隠そうとも——真実はいつもひとつ。

 今日も探偵として彼は——たったひとつの真実を追い求め続けていく。

 

 

 

×

 

 

 

「ただいま〜〜!!」

 

 と、心中で妖怪などと名乗るものたちへの決意表明をしつつ、いかにも小学生らしい呑気な声音でコナンは帰宅を告げる。

 

「お帰り、コナンくん!! 遅かったのね……どこか寄ってきたの?」

 

 コナンを出迎えたのは、その家で共に暮らす高校生の女子・毛利(もうり)(らん)だ。

 

 彼女は工藤新一と同じ高校に通う同級生であり、幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染だ。

 現在、新一が江戸川コナンとして暮らしている関係上、工藤新一は表向き『行方不明』ということになっている。

 コナンは蘭は心配させまいと、姿こそなかなか見せることが出来ないが、新一として何度も電話を掛けることで己の無事を伝えていた。

 

 毛利蘭は、工藤新一の帰還を一途に待ち続けている。

 彼女のためにも、コナンは早く新一としての姿を取り戻したいところなのだが、なかなか上手くいっていないのが現状である。

 

「あんまり寄り道しちゃダメよ? 今は、ほら……色々と物騒みたいだし……」

 

 蘭にとってコナンという少年は、弟のような存在だ。彼女は『何が』とは口にしなかったが、昨今の情勢を気にしてか、コナンに帰りが遅くならないようと言い聞かせる。

 

 蘭は美人で性格も良く、空手という特技もあってか、凶器を持った犯人くらいならあっという間に無力化できるほどの戦闘力を秘めている。

 しかし女の子らしくお化けが苦手という可愛らしい面もあり、妖怪なるものたちへの不安を募らせているのだろう。ここ最近は、特にコナンにも注意するよう呼び掛けることが多くなった。

 

「う、うん……分かってるよ、蘭姉ちゃん……」

 

 そんな蘭の心配を茶化すことなく、新一はコナンとして素直に頷く。

 

 ここ最近、何となくコナンと蘭の間には『妖怪』という言葉を直接的には使わない、暗黙のルールのようなものが流れていた。

 信じる信じないかは別として、悪戯に蘭を怖がらせないようにと。コナンも自分から妖怪の話題を口にしようとはしなかった。

 

「——つまり、なんですか!? 貴方はこの毛利小五郎に……妖怪退治をしろと、そう仰るつもりですか!?」

「——!?」

 

 しかしその日、その暗黙の了解を破る叫び声が事務所内に響き渡ることとなる。

 

 

 

「……生憎ですが、私は探偵でしてな。そういう依頼なら、拝み屋や霊媒師といった人たちを頼ってもらいたいものですなぁ〜」

 

 素っ頓狂な叫び声を上げた後、明らかに白けるように相手の依頼を突っぱねる、ちょび髭の男。

 毛利蘭の父親・毛利小五郎(こごろう)。この毛利探偵事務所の所長であり、ここ最近有名になった名探偵——人呼んで『眠りの小五郎』である。

 

 もっとも、彼自身の推理力はそこまでではない。彼がこれまで難事件を解決してこれたのは、全てコナン・新一が影から手を貸し、小五郎を『代役』として推理ショーをこなしてきたからである。

 その甲斐もあってか、名探偵と持て囃されるようになった小五郎の元には様々な難事件が転がり込むようになった。

 そうして持ち込まれてくる事件の中に、黒ずくめの組織の秘密に近づけるような案件でもあれば上々なのだが、なかなかどうして上手くいかないものである。

 

 今回もまた組織とは関わりのない、それでいて不可思議な事件へと一行は巻き込まれていく。

 

「いえ……そういうわけでは……誤解を与えてしまうような言い方で、申し訳ありません……」

 

 来客用のソファーに座った依頼主の女性は、小五郎が気を悪くした様子に素直に頭を下げた。

 まだ帰宅したばかりでいまいち状況を把握しきれていなかったコナンは、事務所に訪れていた『依頼主たち』を観察すべく、さりげなく視線を向けていく。

 

 ——結構な美人だけど……儚げっていうか、なんか暗い感じだな……。

 

 依頼主の一人は若い女性だった。

 まだ二十代前半といったところだろう。コナンの目から見ても比較的美人なのだが、その表情はどこか落ち込んだ、どんよりとしたものだった。

 笑顔の一つも浮かべれば、たちどころに男たちをその気にさせるだろうに。暗い表情が女性としての魅力を半減させているように感じられる。

 

「明日香さん……お辛いようでしたら、私が代わりに説明いたしますが……」

 

 そんな女性の後方に、まるで従者のように付き従う老人が立っている。

 老齢に達した彼は、彼女・藤宮(ふじみや)明日香(あすか)の顔色を窺い、代わりに話をしようかと気遣いを見せる。

 

「大丈夫です、犬塚さん……私の口から、毛利探偵に全てお話しします……」

 

 そんな老人・犬塚(いぬづか)(たける)の気遣いに、明日香は首を横に振った。

 どんなに辛いことでも、自らの口で説明すべきだと。探偵である毛利小五郎へと、今回の事件の概要を改めて語り始めていく。

 

「今から二年ほど前です。私の住む村で……一人の男性が何者かに殺されました……」

 

 単刀直入に一人の男性の『死』を伝えながら、明日香は懐から一枚の写真を取り出した。

 そこに写っていたのは頼りなさげながらも、はにかんだ笑みを浮かべる一人の若者と——その隣で幸せそうに笑う彼女・明日香自身の姿であった。

 

「私は彼と……優弥さんとお付き合いをしていました。将来的には結婚しようとも考えていましたが……」

「!! そんな……そんな人が……殺されたって……」

 

 恋人関係にあった男性・(いぬい)優弥(ゆうや)の死を語る明日香の瞳に暗いものが宿る。小五郎やコナンと共に話を聞いていた蘭も、ショックを受けたように口元を抑えた。

 同じ女性として、好きな相手がいる乙女として。明日香の辛さを、蘭はわがことのように感じてしまう。

 

「犯人はいまだに見つかっていません……ですが、村人の中にはその殺人を……大口真神の仕業ではないかと噂している人もいるんです」

「オオ……? いったいなんですか。そのオオ……何とかってのは?」

「……?」

 

 明日香は、二年経った今も事件が未解決であること。

 そしてその事件の犯人が妖怪——『大口真神』ではないかという話をした。もっとも小五郎も、コナンもその話に困惑するばかりだ。  

 

 妖怪の仕業というだけで眉唾物なのだが、それ以前にあまりに聞き慣れないものの名に首を傾げる。これが河童や天狗といった、誰もが知っているようなメジャーな妖怪なら、まだ反応も違っていただろう。

 

「大口真神とは、私どもの村で古くから信仰されている神様のことです。別名・おいぬ様とも呼ばれております」

 

 そうして小五郎たちが戸惑っていると、明日香の話に犬塚が補足説明を加えてくれる。

 

 

 大口真神(おおくちまがみ)——『大きな口を持ったオオカミ』という意味合いが込められた、妖怪・神様の名である。

 日本狼が神格化されたものであり、古くから厄除けや盗難除けの神として人々に慕われてきた。その一方で、ときとして人間を喰い殺す妖怪として恐怖の対象とされたこともある。

 昔は日本にも生息していた狼という動物も、ときに人間を襲っていた。だがやはり一方で、狼は畑を荒らすような猪や鹿を食べてくれる益獣としても扱われていた。

 

 そうした、両方の相反する側面が神として敬われつつも、妖怪として恐れられる——大口真神という存在を生み出したのかもしれない。

 

 

「明日香さんの家系は代々、大口真神を祀る神社の宮司を務めてきたのですよ」

 

 そんな大口真神と、藤宮明日香との関係性を犬塚は自然な口調で付け加えていく。それだけその村の人や、明日香にとって大口真神というものが馴染み深い存在であるということか。

 

「しかしですな……先ほども言いましたが、私に妖怪退治など期待されても……」

 

 もっとも、そのような話を自分にされても困ると小五郎が汗を拭う。

 まさかその殺人を犯した、大口真神とやらを退治してくれとでもいうのだろうか。それこそ探偵にするような依頼ではない。

 

「いえ!! 私が毛利さんにお願いしたいのは……二年前の事件が人間の仕業であるという証明です……」

 

 しかし、小五郎の早とちりに明日香は慌てて首を振るう。

 彼女はあくまで——『事件の犯人が人間』であることを想定し、その調査を毛利小五郎に依頼したいとのことだ。

 

「警察の捜査は行き詰まっているようですが……もしも人間の犯人がいるのなら、名探偵である毛利さんにその謎を解明できない筈がありませんから……」

 

 世間的には名探偵と噂される毛利小五郎。事件が真っ当に人の仕業なのであれば、彼の手によって真実に辿り着ける筈だと。

 これは彼の探偵としての能力を信じているからこその依頼だ。

 

「もし、毛利さんに解けないのであれば、私も諦めが付きます……」

 

 だがそれで、もしも名探偵である彼でも人間を犯人として捕まえることが出来ないのであれば。それこそ彼女はそれが妖怪の仕業——大口真神によるものだと、納得してしまうだろう。

 

「彼が死んだのは、私のせいだと……」

 

 納得した上で——それが『自分のせい』だと。誰に聞かせるでもなくボソリと呟く。

 

 

 

 ——自分のせいで死んだ? どういう意味だ?

 

 それが小声だったためか、たまたま彼女の近くで話を聞いていたコナンだけがその呟きを聞き取れていた。

 コナンはその発言の意味を聞き返そうとしたが——。

 

「なるほど……そういうことでしたら、お任せ下さい!!」

 

 それを遮るように、小五郎が大きく声を張り上げる。

 

「この名探偵、毛利小五郎が動いた以上!! オオクチだか、コクチだか知りませんが……そんなものなど存在しないのだと!! 迷走する世間様に証明してやろうではないですか!!」

 

 小五郎も今の『妖怪』などというものが当然のように蔓延る世間に不満を抱いていたようだ。

 自分がその事件を華麗に紐解くことで、妖怪など存在しないことを証明しようと。その事件の解明へと乗り込んでいくこととなった。

 

 

 

×

 

 

 

 数日後。

 支度を終えた毛利小五郎たちは二年前に殺人事件が起きた村——大口真神の伝説が残るその地へと向かうこととなる。

 

「いや〜、すみませんね!! わざわざ迎えに来てもらって!!」

「いえいえ……なにぶん田舎で、道も入り組んでおりますので……」

 

 村までの道案内として車を出してくれることになったのは、再び毛利探偵事務所を訪れた依頼主・藤宮明日香に付き添っていた老人・犬塚尊であった。

 彼らの村は、一応は東京都に属しているという話だが、かなり田舎の方にあるらしく。電車やバスなどの移動手段では面倒だろうと、犬塚が気を利かせて車を回してくれたのだ。

 

「……お前ら、本当についてくるのか? 事件の調査なら俺だけでもいいんだからな……」

 

 その車に小五郎が乗り込もうとしたところ、彼は同行者に向かって眉を顰める。

 当然というべきか、小五郎の他にも娘である蘭や、居候であるコナンも村までの同行を申し出ていたが、今更ながらにそれに難所を示していた。

 彼の言葉には『仕事の邪魔をするな』という叱りつけるような気持ちと、『怖いなら家に残っていろ』という気遣いが込められていた。

 

「だって、コナンくんがどうしても行きたいって……私も行かないわけには……」

「ボクも行く〜!!」

 

 実際、蘭は本物の妖怪に遭遇するかもしれない可能性に若干怯えた様子だった。

 だが真相を解明するなら自分の力が必要だろうと、コナンは子供のように駄々をこねて強引にでも同行を希望する。

 コナンが行く以上、自分もついて行かなければと。蘭は保護者としての責任感を総動員し、何とか恐怖心を押し殺していく。

 

「全く……ちゃんと大人しくしてるんだぞ!!」

 

 小五郎はそんな子供たちに厳しい言葉を投げ掛けつつ、仕方なしに同行を許可していく。

 

 

 

「毛利様、私どもの方で把握している事件の概要を資料にしておきましたので。到着するまでに目を通していただければと……」

「ああ、こりゃどうも!!」

 

 出発前、犬塚は小五郎に事件の概要を詳細にまとめたレポートを渡していた。

 わざわざ運転手を買って出たのも、その資料に目を通す時間を作るためだろう。その細かい気遣いに小五郎は率直に頭を下げた。

 そんな犬塚の気の回しように、コナンの中で彼に対するちょっとした疑問が浮かび上がる。

 

「ねぇ、お爺さん!! ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「何でしょうか?」

 

 その疑問を解消すべく、コナンは子供らしく無邪気に質問を始めた。子供の問い掛けに犬塚は車を走らせながら、なんでもないことのように答えようとするが。

 

「お爺さんは明日香さんとはどういう関係? 親戚か何かなの? どうして、そこまで親身になってくれるのかな?」

 

 コナンが疑問に思ったのは——彼・犬塚尊の『立ち位置』である。

 

 事件を調べて欲しいというのは、あくまで藤宮明日香の依頼の筈。しかし犬塚はわざわざ明日香と共に事務所まで訪れ、今日もこうして案内役を申し出てくれた。

 赤の他人ならそこまでしないだろう。彼はいったい、どういった立場から明日香という女性にそこまで協力してくれているのだろうか。

 

「…………私は彼女の祖母・藤宮神奈子さんと、古い友人なんですよ。ですが、彼女は一年ほど前に病気で亡くなってしまいまして。それ以来、一人っきりの彼女のことが心配で……色々とお節介を焼かせてもらっているんです」

 

 コナンの問い掛けに複雑そうな顔をしながらも、犬塚はなんとか答えていく。

 

「一人っきりって……明日香さん、ご両親は?」

 

 するとその答えに対して、蘭の方から別の疑問が浮かび上がる。

 普通に考えれば祖母が亡くなっても両親がいるのではないかと、そう思うのが自然だろう。

 

「明日香さんのご両親は、彼女が子供の頃に二人とも交通事故で亡くなりました。彼女は祖母である神奈子さんに女手一つで育てられたんです……」

 

 しかし本来なら側にいてくれるべき両親も、とっくの昔に亡くなっているとのこと。今日まで祖母である神奈子(かなこ)が一人で、孫娘の明日香を大人になるまで立派に育て上げたのだ。

 

 だがその祖母も亡くなってしまい、他に頼れる親戚もいないとのこと。

 天涯孤独の友人の娘。その友人とどれくらい親しかったかは知らないが、色々と面倒を見てやりたくなるのが人情というものだろう。

 

「ところで、その明日香さんは? 今日はご一緒ではないんですかな?」

 

 ふと、資料に目を通しながら小五郎も質問を投げ掛ける。

 先日は一緒だった明日香が今日は来ていない。道案内だけなら犬塚一人で十分ということだろうか。それにしては少し無責任な気もするが。

 

「明日香さんは……屋敷の方に篭っておられます。嫁入り前ですから……本来であれば、そう何度も外出できるような立場ではないので……」

「はっ……?」

「よ、嫁入りって……だって明日香さんは……!?」

 

 すると犬塚の口から予想外の返答が出てきたことに、小五郎や蘭が呆気に取られる。

 彼女は、死んだ恋人・乾優弥の死の真相を毛利小五郎に解明してくれと依頼した。なのにその調査の傍で、他の男性との結婚を控えているとは、いったいどういうことか。

 

「望んだ婚姻ではありません。ですが、彼女にはそうしなければならない……事情があるのです」

 

 すると犬塚は心苦しそうに、明日香が結婚などすることになったのか、その事情を話し始める。

 

 

 

 犬塚の話によると、藤宮明日香の結婚相手は鹿取(かとり)俊吾(しゅんご)という若僧らしい。

 彼は明日香たちの村で幅を効かせる、鹿取家の御曹司。ずっと明日香のことを恋慕しており、隙あらば強引に結婚を迫っていたとのことだ。

 だがそういった強引な求婚を、祖母である神奈子は全て断っていた。

 大事な神社の跡取りをボンクラ息子に嫁がせるわけにはいかないと。俊吾という男の評判が悪かったということもあってか、断固とした態度で拒み続けてきたのだ。

 

「ですが、神奈子さんが亡くなったことで……俊吾さんの求婚を断ることが困難になってしまいまして……」

 

 しかし、その神奈子が病でこの世を去った。それをきっかけに俊吾はより強引に明日香に求婚を迫るようになったという。

 そのアプローチの仕方がまた酷く。ときには彼女が継ぐことになった神社に、金で人を雇ってまで嫌がらせをするようになったとか。

 

「彼女は受け継いできた神社を守るため、俊吾さんの求婚を受け入れることを決断しました……」

「そんな……そんなことって……」

 

 結局、そういった嫌がらせの数々に耐えられず、明日香は俊吾との婚姻を承認することとなったのだ。

 好きな人同士が結ばれるのが当たり前。そう思っているピュアな女子高生である蘭からすれば、とても信じられない話である。

 

「式は三日後を予定しています。皆様のことは『式に参列する新婦の知り合い』ということになっておりますので……くれぐれも、毛利様が『二年前の事件を調査しにきた探偵』だということは、ご内密にお願いします」

「それはまた、随分と急な話ですな……しかし……」

 

 そんなタイミングで村を訪れる小五郎たちのことを『式の参列者』——明日香の知人枠というこことにして、探偵としての身分を隠すつもりでいるようだ。

 そうした方が二年前の事件——それに関わっていた人間たちと接触し、調査がしやすくなるということだろうか。

 だがそれの『意味するところ』を察し、小五郎が言い淀む。つまるところ——。

 

「——それって……その俊吾って人や、その関係者の中に優弥さんを殺した犯人がいるかもしれないってこと?」

「こ、コナンくん!?」

「…………」

 

 子供らしい口調で、子供らしからぬことをズバリと言い放つコナン。蘭はコナンの発言に驚いていたが、小五郎もその可能性を考えていたのだろう、神妙そうな顔つきで黙り込む。

 

「私の口からは何とも……仮にも鹿取家に仕えている身ですので……」

 

 コナンの鋭い指摘を、犬塚は否定も肯定もしなかった。

 彼は友人である神奈子の孫娘・明日香のことを本心から心配している。だがその一方で、鹿取家に雇われている使用人という立場から、その家の人間を必要以上に悪く言うことが出来ないとのことだ。

 

 どうやら犬塚自身も、何とも微妙な立場に立たされているようであった。

 

 

 

 

 

「——そろそろ到着します。皆様、御支度の方は宜しいでしょうか?」

 

 そうして、車を走らせること数時間。ようやく目的地が近づいてきたと、犬塚が小五郎たちに声を掛ける。

 

「ええ、大丈夫です……」

「ほら、蘭姉ちゃん。もうすぐつくって……起きてよ〜」

「う、う〜ん……」

 

 車での移動中、小五郎は助手席で犬塚から渡された資料を読み込んでおり、コナンも後部座からその資料を覗き込んでいた。

 蘭などは寝不足、今回の事件に妖怪が関わっているかもと、緊張のせいか昨日の夜からあまり眠れていなかったらしい。今になって眠気が襲ってきたのか、車の中でずっとうたた寝をしていた。

 とりあえず、目的地が近いということでコナンは蘭を起こそうとしたのだが——。

 

「ん……なんだ?」

 

 ふと、小五郎が周囲を取り巻くその『異変』に眉を顰める。

 

「何だか、随分と霧が濃くなって来ましたが……」

 

 その異変の正体は『霧』だった。先ほどまで見通しの良かった道路に、いつの間にか霧が立ち込めてきたのだ。

 何の前触れもなく、しかもかなりの濃霧に瞬く間に車の視界が遮られていく。

 

「ええ……土地柄なのでしょう。私どもの村周辺には、こうしてよく霧が出るんですよ」

 

 しかし犬塚に慌てた様子はない。どうやらこの辺りに住人にとって、このような霧の発生など日常茶飯時のようだ。

 

「少し濃くなってきましたね……一旦、停めましょう」

 

 霧が濃くなると見るや、犬塚は慣れた様子で自動車を道路脇へと停車させる。

 

「すぐに晴れますので、少々お待ちください」

「はぁ……」

 

 こうした濃霧に襲われたときの対処方法として身に染みているのだろう。危険と判断したときは無理をせずに車を止め、大人しく霧が晴れるのを待つ。

 犬塚の冷静な対応もあってか、小五郎もコナンも突然の濃霧に動揺することなく、大人しく待つことが出来ていた。

 

 

「——ひっ!?」

 

 

 だがそのときだ。

 眠気眼を擦りながら目を覚ました毛利蘭が、息を呑むように悲鳴を上げる。

 

「どうしたの、蘭姉ちゃん?」

「なんだよ、いきなり変な声上げて……」

 

 いったい何事かと、コナンと小五郎の二人が蘭に声を掛ける。彼女は顔面蒼白、その表情を恐怖に引きつらせていた。

 

「い、今……霧の向こう側に……何かが見えて……!?」

 

 彼女は霧の中に『何かの影』が見えたと主張する。その顔色から察するに、単純な人影というわけではないだろう。

 

「どうせ獣か何かだろう? 動物注意の看板もあったしな……」

 

 だが小五郎は田舎の、山に面している道路ということもあってか、それが単なる野生動物だろうと呆れたように言う。

 実際、この辺りにはよく出てくるのか、動物注意の道路標識もあるくらいだ。鹿や猪くらい飛び出してきても、何もおかしくはないだろう。

 

「そうだよ、蘭姉ちゃん!! まさか……それ以外の『何か』が出てくるわけでもないんだから!!」

 

 コナンも、蘭の不安を払拭するという意味で彼女の見たものが『妖怪』などではないと遠回しに指摘する。

 まさか霧の向こうから本物の怪異など出てくる筈もないと、子供のように無邪気に笑い飛ばそうとするのだが——。

 

 

「——!?」

 

 

 だが、出来なかった。彼女の目撃したであろう動物の影を見ようと、蘭と同じ方を振り返ったコナンがその場で凍り付く。

 霧の向こう側に見えたもの——それは確かに動物の『犬』らしきもの影であった。

 

 だがその大きさは、明らかに野犬のそれではない。

 

 シルエットこそ犬のものであったが、熊、あるいはそれ以上の巨体を誇る『何か』が、霧の向こう側で蠢いていたのだ。

 それでも、ただ遠目から影だけを見たなら見間違い、あるいは幻などで納得出来ただろう。

 

 

『——オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 瞬間、凄まじい唸り声が辺り一帯に響き渡る。巨大な犬の口から発せられたそれは、まさに狼の遠吠えそのものであった。

 

「きゃっ!?」

「お、おおっ!?」

「っ……!!」

 

 その雄叫びに本能的な恐怖を感じ、蘭は勿論、コナンや小五郎ですらも身を縮こませてしまう。

 

『————————』

 

 そうして恐怖で動けなくなっているコナンたちを、巨大な犬の影が霧の向こうからじっと見つめてくる。まるで獲物を狙い定める、もしくは品定めするかのように。

 その正体がなんであれ、皆が咄嗟に『喰われる』という危機感を覚えたことだろう。しかし巨大な犬はそれ以上何をするでもなく、踵を返してその場から立ち去っていく。

 

「あっ……霧が……」

 

 巨大な犬が立ち去るのとほぼ同じタイミングだった。周囲を包んでいた霧が晴れ渡り、辺りいったいに正常な空気感が戻ってくる。

 

「はぁはぁ……い、今のは……?」

 

 一気に現実へと引き戻される感覚に緊張が解かれ、誰もが思い出したように荒れた呼吸を整えていく。

 

 

「——ご覧になられましたか? あれが大口真神様です」

 

 

 そんな中、ほとんど動じた様子も見せずに犬塚が平然と語り掛けてくる。

 

「日本最古の歴史書である『日本書紀』曰く……大口真神は霧の中から現れ、道に迷ったヤマトタケルに道を指し示したとされています」

 

 大口真神という狼に関する伝承の一つに、日本の大英雄・ヤマトタケルとのエピソードがある。

 

 東征への旅の最中。山中にて出会した『大鹿の姿で現れた邪神』を退治したヤマトタケル。

 無事に邪神を退けたものの、突然の霧が立ち込めたことで道に迷ってしまったという。

 そんなヤマトタケルの窮地に姿を現したのがーー『白い狼』だった。

 狼は戸惑うヤマトタケルを導き、そのおかげで彼は迷うことなく霧の中を抜け出せたという。

 

 その後、ヤマトタケルはその狼に『大口真神として御山に留まるように』という勅を下した。

 それ以来、狼は大口真神として。山の悪しき怪異を退け、道に迷う人々を導く神様として崇められるようになったとのことだ。

 

 

「い、犬塚さんは平気なんですか……あ、あんな……」

 

 だがそんな伝説に感銘を受けた様子もなく、お化けなどが苦手な蘭はすっかり怯えきってしまっている。

 霧の中の朧げな影とはいえ、あのような怪物の、あのような雄叫びを聞けば誰だって彼女のように恐怖を覚えるのが普通だろう。

 寧ろ、何故あんなものを目撃して犬塚が平然としているのか。その落ち着きようが信じられないといった様子だ。

 

「稀に見かけることもありますので……しかし、今日は随分と荒ぶっておられましたな」

 

 もっとも犬塚は怯えるどころか、何かがいつもと違うと。些細な違和感に首を傾げる余裕があるくらいだ。

 

「若い人たちはともかく、私や神奈子さんくらいの年寄りは大口真神様を信仰しているものも多いですから」

 

 それは別に彼が特別というわけではない。

 この村の住人で、特に犬塚くらいの年代であればあれが『当たり前』という認識なのか。怯えるどころかありがたいものを見たと、巨大な犬の影が去っていた方角に手を合わせるほどである。

 

「二年前の事件……皆が大口真神様の祟りだと騒ぐ中、神奈子さんだけはそれを否定しました」

 

 ふと、犬塚が思い出すように語る。

 大口真神に仕える立場にあった神社の巫女・藤宮神奈子がこの世を去る前に残した遺言。彼女は病で衰弱する最中においても、ずっと大口真神の無実を信じていた。

 例の事件は人の所業——大口真神の名を語る何者かの仕業であると、証言していたのだ。

 

「大口真神様の汚名を晴らすためにも……今回の事件、何卒毛利様の手で真犯人を暴いていただきたい。どうか宜しくお願い致します」

「は、はぁ……しょ、承知しました……」

 

 そういったこともあり、犬塚としても是非二年前の事件の真相を暴いて欲しいと。名探偵である毛利小五郎に深々と頭を下げる。

 しかし信じてもいない神様・妖怪のために事件を解決するということにいまいち実感が持てないのか。小五郎は心ここにあらずと生返事をするしかなかった。

 

 

 

「まさか……そんなことが本当に……?」

 

 工藤新一は、自分が今は江戸川コナンであるということも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。

 今尚、妖怪の存在を信じない、信じたくない彼にとって先ほどの影との遭遇は衝撃的だった。

 

 あれを見間違い、あるいは何かしらのトリックだと断定するには証拠が足りず。

 理屈も説明できずにその存在を頭ごなしに否定するにしては、確かな存在感があった。

 

 果たして今回の事件を、人の仕業であると解明できるのか。

 いつものように確かな真実へと辿り着けるのかと、一抹の不安を抱いたまま今回も事件へと挑んでいくこととなる。

 




人物紹介
  江戸川コナン・工藤新一
   言わずと知れた、見た目は子供だけど頭脳は大人な名探偵。
   基本、妖怪などという非科学的な存在を認めてはいない。
   そのため、ニュースから流れてくる妖怪の話にも常に懐疑的。
   正体は工藤新一ですが、地の文では基本的にコナンと明記させていただきます。

  灰原哀・宮野志保
   既にコナンの相棒という立ち位置を確立している人気キャラ。
   黒ずくめの組織に所属していた科学者で本名は宮野志保。
   今回は世界観の説明のため冒頭のみの出演です。

  阿笠博士
   工藤新一の隣の家に住む、発明家の老人。
   コナンに様々な便利アイテムを授けるお助けキャラ。 
   今回は未登場。ちなみに彼を始めコナン達が住まう米花町に妖怪は出ません。
   いかに妖怪といえども、あの都市に近づけばたちどころに被害者になってしまうので。
   
  黒ずくめの組織
   コナンが追い続ける謎の組織。ジンやウォッカなどの悪役が所属している。
   組織のボスである『あの方』は、一応名前は明かされたけど……本人は未だに未登場。
   ちなみに冒頭の組織と妖怪とのいざこざの話は、別クロスでやった案件です。

  毛利蘭 
   名探偵コナンにおけるメインヒロイン。
   空手で全国大会を優勝する実力で、刃物や拳銃を持った犯人も倒せちゃう。  
   でも女らしく、妖怪や幽霊などは苦手のようだ。

  毛利小五郎
   人呼んで眠りの小五郎。コナンが裏で頑張っているおかげで名探偵と呼ばれ始める。
   基本はポンコツ。酒やタバコ、ギャンブルに嵌ると中年のダメなところのオンパレード。
   けどやるときはやる男。ごくまれにコナンの推理を上回ることもある。

  大口真神
   今回のゲスト妖怪。どちらかというと神様としての側面が強い、日本狼を神格化したもの。
   果たして彼の神は本当に人を殺したのか? 作中に本物が出てくるのか?
   その辺りをクローズアップしながら、話を進めていきたいと思います。

  その他の事件関係者のオリキャラに関しては、次回まとめて紹介します。
  一応、事件のトリックやら、大口真神との絡みなど。大まかなことは考えていますが。
  詳細は手探り、じっくり四話構成で進めたいのでゆっくり更新なのをご了承下さい。
   
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