ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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『ゲゲゲの謎・真生版』公開当日に観に行ってきました!!
R15+ということもあって血飛沫の描写が増えたりもそうでしたが、色々とブラッシュアップされててとても見やすかった!
基本的な内容は変わってなく、もう何度も観た筈なのですが……それでも最後まで飽きることなく、それどころかずっと食い入るように見ていられました。
やっぱゲゲゲの謎は面白いな。前回の通常版を映画館で観れなかった人こそ、是非とも劇場で脳を焼かれてほしい!!

『名探偵コナン』とのクロスオーバー。
一ヶ月以上掛かってしまいましたが……なんとか納得のいく形で書けました。
とりあえず今回の話で事件関係者は揃います。ここから新しい人間が出てきて事件をかき乱す、ということはないかと思います。それとなく、トリックに繋がる情報なども開示している……筈です。

ただし、警察や妖怪関連の人物に関してはまだ出てきてない人たちがいます。
とりあえず、次回あたりには鬼太郎にも出番を与えたいところですが……どうなるかは未定ですかね。


名探偵コナン 其の②

「——さあ皆様、到達いたしました」

 

 犬塚(いぬづか)(たける)(使用人・66歳)は運転する車を敷地内の駐車場に停車させながら、同乗するものたちに目的地に辿り着いたことを告げる。

 

「この地の名士である鹿取家の別荘……皆様の滞在場所にもなります」

「ほ、ほう〜、これはこれは……なかなかに立派なもんですな……」

 

 眼前に聳え立つそれは『鹿取家』——この村の名士が所有する別荘とのこと。その立派な様相、大きさを前に名探偵の毛利小五郎が屋敷を見上げながら感嘆の声を上げる。

 だがその声音からは、どこか落ち着きがない様子がありありと見て取れた。

 

「り、立派なお屋敷だね……ねぇ、コナンくん!!」

「う、うん……そうだね、蘭姉ちゃん……」

 

 それは毛利蘭や、江戸川コナンも同様だ。彼らは無理にでも平静さを装うとしているようだが、その佇まいからは隠しきれない動揺が伝わってくる。

 

 原因は言わずとも察せられた。ここに来るまでの道中、霧の中にて遭遇した巨大な犬の影——大口真神のせいだろう。

 普段であれば妖怪などといった『目に見えないもの』を信用しない一行であったが、実際に目撃した『あの影』からは、真に迫るような迫力が感じられた。

 少なくとも現時点であれを見間違い、あるいは何らかのトリックなどと理屈を付けて説明することが出来ずに困惑するしかないでいる。

 

「それでは、お部屋までご案内しますので……」

 

 一方でたいした動揺もなく、犬塚は一行を屋敷の中へ案内しようとする。もとより大口真神を神様として信仰している彼からすれば、あのくらいは当然。

 そんな彼の冷静な態度が、小五郎たちの困惑をより一層強めているわけなのだが。

 

「——あら、犬塚。戻っていたのね」

 

 そんなときだ。

 屋敷から一人の中年女性がこちらへと歩み寄ってくる。彼女はどこか神経質そうに、目元の小皺を寄せながら尊大な態度で犬塚に声を掛ける。

 

「これは奥様。はい、たった今戻りました。お客様をご案内したらすぐに仕事に戻りますので……」

 

 犬塚はその女性に畏まった様子で頭を下げ、その際に小五郎へとこっそりと耳打ちする。

 

「毛利様……こちら俊吾さんの母親、鹿取征子様です」

「ああ、こちらが……」

 

 鹿取(かとり)征子(せいこ)(鹿取家当主の妻・49歳)。

 小五郎は今回調査する事件の資料に目を通しており、そこに彼女の名前も書かれていた。

  

「奥様、こちら明日香様のお知り合いです。三日後の式にも出席していただく予定で……」

「そうですか、わざわざこんな田舎くんだりまでご苦労なことです」

 

 犬塚は小五郎たちを、今回の式で鹿取家へと嫁入りすることになった藤宮(ふじみや)明日香(あすか)(宮司・23歳)の知り合いとして紹介しようとする。

 しかし、征子はその紹介を途中で遮る。口調そのものは丁寧だが、言葉の端々に『棘』のようなものが感じられた。

 

「それよりも犬塚……あの人は? まだこちらに来ていないのですか?」

「旦那様でしたらまだお仕事で……式の当日には顔を出すと仰られていましたが……」

 

 客人である小五郎たちを置き去りに、征子は『あの人』——彼女の夫・鹿取(かとり)誠一郎(せいいちろう)(鹿取家当主・54歳)の所在を尋ねていく。

 既に言伝を預かっていたのか、その問いに犬塚は淀みなく答えていた。

 

 鹿取家はこの村の名士ではあるが、普段は都市部の方で生活をしている。

 今回は式のため、家族一同がこの別荘へと集まる予定ではあったが、誠一郎は仕事が忙しいので後から来るとのこと。

 

「あら、そうですか。てっきり来ないものかと思っていましたよ」

 

 結婚という、息子の晴れ舞台に夫が遅れる。そんな話を聞けば不機嫌になってもいいものだろうが、征子は全く動じていない。

 寧ろ、ちゃんと来る気があることに驚いた様子で——口元を皮肉げに歪めながら、小五郎たちに聞かせるかのよう、これ見よがしに言ってのける。

 

「あの人……俊吾とあの娘との結婚に最後まで反対していましたから。きっと怖いのでしょう……あの娘に手を出して神罰が下るんじゃないか、ってね……おっほほほっ!!」

 

 

 

「な、なんなんですか……今のっ!? あんな言い方って……!!」

 

 嘲るような笑い声を上げて立ち去っていった征子に対し、蘭が表情を険しくしていく。

 表向きとはいえ式を祝いに来た客人に対して挨拶もせず、義理とはいえ娘になる相手に対して陰湿な陰口。

 誰の目から見ても、今回の式を祝う気がないことは明らか。嫌な姑というイメージをそのまま具現化したような相手に、お人好しな蘭ですらも気を悪くしていく。

 

「申し訳ありません。奥様はこの村の出身ではなく……大口真神様のことも、その神社の宮司である明日香さんのことも、快く思っていないようなので……」

 

 主人の態度を使用人である犬塚が代わりに謝罪する。

 どうやら、征子という女性は他所から鹿取家に嫁いだらしく。この村に古くから根付く大口真神への信仰や、その神に仕える立場である巫女の明日香にも、決していい感情を抱いていないようであった。

 

「その……先ほど奥さんが言っていた、神罰というのは?」

 

 ふと、小五郎は征子が嫌味ったらしく口にした『神罰』という言葉に引っ掛かるものを感じて問いただす。

 小五郎の問い掛けに若干言葉を詰まらせつつ、犬塚は正直に答えていく。

 

「村人たちの間で噂になっている話です……乾さんが殺されたのは、明日香さんとお付き合いしていたことで……大口真神様の怒りに触れたのだと……」

 

 それは二年前、何者かの手によって殺された(いぬい)優弥(ゆうや)(故人・22歳)の殺害動機である。

 

 彼は藤宮明日香と結婚を前提に付き合っていた。交際している事実は特に隠していなかったため、その親密さは周囲の人間たちも知るところであった。

 故に、そんな仲睦まじい姿に神様——大口真神が激怒したのだと。いつからかそんな噂が流れるようになったのだ。

 

『巫女』という人たちは古来、『神様の所有物』として扱われてきた。彼女たちは神様に仕え、神様の伴侶として振る舞わなければならない。

 そのため、神社のアルバイトなどで採用されるお手伝いの巫女さんなども、基本的に若い未婚女性でなければならないとされている。

 

 無論、代々神職を担う家系などであればその限りではないし、結婚したとしても巫女ではなく『神社職員』として、神社で働き続ける女性もいるだろう。

 

 しかし神様のことを第一に考え、奉仕しなければならないという考え方も根強く。その考えに反したために『乾優弥に神罰が下った』と、そのように解釈されるようになったというのだ。

 

 

 

 ——……そうか!! だから明日香さん、あんなことを……。

 

 その話を黙って聞いていたコナンは、明日香が事務所を訪れた際に呟いた言葉を思い返す。

 彼女は『彼が死んだのは、私のせいだと……』と、優弥の死に責任を感じていた。つまり優弥を殺害したのが大口真神なら、そうさせてしまった原因が自分にあると思っているのだ。

 

 もしも、今回の事件を人の仕業と証明できなければ。

 明日香は『自分が神様を蔑ろにしてしまった』ために、恋人に『神罰』が下ったのだと。そのように納得してしまうのだろう。

 

 ——そんなこと、あるわけがない!!

 

 ——人が神罰なんてもので、殺されてたまるかよ!!

 

 そんな明日香の内心を汲み取った上で、コナンはそのような考えを心中で否定する。

 

 この世に神罰など存在しない。優弥が殺されたことにも、きっと人間が関わっている筈だと。

 自分自身に言い聞かせるよう、大口真神の存在を強く否定していくコナンであった。

 

 

 

×

 

 

 

「こちらが皆様のお部屋になります。手狭のようでしたら、もう一つ部屋を用意させますが……」

「いやいや、十分ですよ!!」 

 

 鹿取家の奥方との不穏な遭遇を挟みつつ、犬塚は小五郎たちを別荘内の一室へと案内した。彼らが通されたのは二階にある客間の一つだ。

 まだ部屋に余裕があるらしいが、その部屋一つでも小五郎と蘭、そしてコナンの三人が泊まっても問題ない広さであった。

 

「犬塚さん……そちらのお客様たちが例の……?」

「ああ、和泉さん……ええ、その通りですよ」

 

 ふいに、使用人らしき若い女性が犬塚に声を掛けてきた。犬塚は和かに応じながら、小五郎たちに彼女のことを紹介する。

 

「毛利さん、こちらはメイドの和泉さんです。何か要望があれば遠慮なく彼女に仰ってください」

「ようこそいらっしゃいました。和泉と申します……」

 

 クラシカルなメイド服を纏っていたのは、和泉(いずみ)(あや)(使用人・20歳)。彼女は無愛想ながらも丁寧なお辞儀で小五郎たちを歓迎してくれる。

 

「彼女には、小五郎様が探偵であることを伝えてありますので……」

「えっ……? それは、大丈夫なんすか? 秘密裏に調査を進める筈だったんじゃ……」

 

 犬塚は綾が小五郎の身分が探偵であること、彼が二年前の事件を調査しにきたことを教えてあるというが、その話に小五郎が首を傾げる。

 事件関係者に犯人がいるかもしれないと、調査は内密に進めるという話だった筈だが。

 

「大丈夫ですよ。もとより、彼女は事件とは無関係ですから」

 

 しかし、その心配は杞憂だと犬塚は言う。

 実際、綾が鹿取家に雇われたのは一年前で、二年前の事件が起きるときに彼女は村にはいなかったされる。そのため事件の資料にも、彼女の名前は記されていなかった。

 

「彼女は優秀な使用人です。きっと力になってくれますよ」

「過分な評価恐れ入ります……」

 

 犬塚は綾の使用人としての働きを高く評価しているのか。彼女が小五郎の力になることを期待しているようであった。

 

 

「——おや〜? 犬塚、その人たちはどこのどちら様かな?」

 

 

 そうして話し込んでいると、小五郎たちのいる部屋に一人の男が無作法に踏み込んできた。

 端正な顔立ち、物腰は柔らかそうに見えるが、どうにも人を食った斜に構えたような態度が見受けられる若者だ。

 その若者に対し、二人の使用人が一瞬だけ眉を顰めつつも丁寧にお辞儀をしていく。

 

「俊吾様……ええ、明日香様のご友人でして……お二人の結婚を祝いにわざわざお越しくださいました」

「…………」

 

 一応言葉での敬意を示しているが、犬塚も綾もその表情は硬い。

 もっとも、使用人である彼らの態度など眼中にないとばかりに、若者は客人である小五郎たちを値踏みするかのよう、じろじろと無遠慮な視線を送ってくる。

 

「へぇ〜、明日香の奴に友人ね。いつもお役目がどうとか言って、カビ臭い神社に篭ってるもんだから、知り合いなんていないと思ってたよ〜」

「アンタは……」

 

 それはあからさまに明日香や、彼女の実家である神社のことを馬鹿にするかのような発言だ。その物言いに小五郎は顔を顰めつつ、表面上は礼儀を取り繕う。

 一応相手が何者なのかと問い掛けるが、その言動や態度で何となく察しが付いた。

 

「ボクは鹿取俊吾。明日香の夫となり、いずれはこの鹿取家を継ぐ男さ!!」

 

 案の定、その若者こそ藤宮明日香の婚約相手——鹿取(かとり)俊吾(しゅんご)(鹿取家次期当主・25歳)であった。

 

 ——こいつはまた……絵に描いたような金持ちのボンクラ息子って、感じだな……。

 

 コナンは第一印象から、俊吾という人間をそのように評する。

 人を見た目で判断するのは良くないことかもしれないが、この男に限って言えばその感想がピタリと嵌っていたようだ。

 その顔には慢心、自惚れ、自意識過剰といった感情が浮き彫りになっている。

 

「明日香のやつもボクと結婚すれば、あんな神社の後を継ぐ必要もなくなる。くだらないお役目なんてものに縛られなくなるさ!!」

 

 おまけに、式もまだなのにすっかり夫気取り。俊吾は彼女の今後についても好き勝手なことを言い始める始末だ。

 

「お言葉ですが、結婚した後も明日香様は神職に専念すると……そのような約束になっていた筈では?」

 

 するとその言葉に反論するよう、犬塚がそれとなく口を挟んだ。

 

 元々、この結婚は明日香が心から望んだものではない。

 彼女にずっと付き纏うように言い寄っていた俊吾は明日香を自分のものにしようと、神社に人を使って嫌がらせまでしていた。

 そういった嫌がらせから、祖母である藤宮(ふじみや)神奈子(かなこ)(故人・66歳)から引き継いだ大切な神社を守るため、明日香はやむを得ず俊吾の求婚に応じることとしたのだ。

 だからこそ、そうまでして守りたい神社だからこそ、結婚しても『神職は続ける』といった条件を付けていた。

 実際、俊吾も一度はそれで納得した筈だが——。

 

「そんなもの人を雇ってやらせればいいんだよ!! わざわざ明日香が自分でやる必要なんてないだ!!」

 

 明日香の気持ちなど知ったことかとばかりに、俊吾は約束を反故にするつもりのようだ。神社は存続させてくれるようだが、それこそ金で人を雇うという安易な方法で解決しようとしている。

 

「——で、でも……本当に大丈夫なのか? あの娘に手を出して……た、祟られたりしないか?」

 

 すると、そんな俊吾の発言に眼鏡を掛けた、いかにも気弱そうな男性が怯えた様子で心配事を口にしていく。

 その男性・霧谷(きりたに)影人(かげひと)(プログラマー・25歳)は俊吾と違い、神社に祀られている神様——大口真神の神罰を恐れているようだ。

 

「——おいおい、霧谷!! まさかマジで神罰なんてもんが下ると思ってんのかよ!?」

 

 一方で、無駄にデカい声量の筋肉質な男性・原戸(はらと)大作(だいさく)(フリーター・25歳)は霧谷の心配事を馬鹿にするように笑い飛ばす。

 この二人、今回の式に俊吾の友人枠として参列するとのこと。彼らは揃って同年代のようだが、大口真神に対する見解には温度差が感じられる。

 

「原戸の言う通りさ!! 本当にそんなもんがいるなら、今頃ボクたちは……おっと……」

 

 俊吾も、大口真神など馬鹿らしいと吐き捨てる。村の出身者といえども、やはり若者たちの間では大口真神の信仰がそこまで浸透していないことが良く分かる反応だ。

 

 ——……今、なにか言いかけた?

 

 だが、コナンは住人たちの大口真神への信仰心よりも、俊吾が何かを言いかけたことに引っ掛かるものを感じた。慌てて口を噤んだことから、それが良からぬことであることは明白だが。

 

「まあいいさ……ボクはこれから自室で映画鑑賞してるから、邪魔はしないでくれよ!!」

 

 しかし、それについて言及する暇もなく、俊吾は自室へと引きこもっていく。

 

「そ、それじゃ……ボクたちも……」

「ふん……せいぜい、派手な披露宴にしてくれよ!!」

 

 霧谷も、原戸も。

 特に誰かとコミュニケーションを取るでもなく、各々割り振られた客室へと引っ込んでいく。

 

 

 

×

 

 

 

「まったく!! あれがこれから式に挑もうって奴の態度かよ!! これだから、近頃の若いもんはよ……」

 

 案内された部屋にて、荷物を下ろしながら小五郎は先ほど出くわした若者たちへの愚痴を溢す。

 結婚という人生の晴れ舞台を控えながらも、相手の女性に付きそうでもなく趣味に没頭するちゃらんぽらんな若造。その結婚を本当に祝う気があるのかも怪しい友人たち。

 どちらとも、小五郎の価値観からすればまったくもってあり得ないことであり、これが今時の若者なのかと中年らしい小言を洩らしていく。

 

「ねぇ、お父さん……さっきの人たちも、二年前の事件に関係してるの?」

 

 そんな憤慨する小五郎と同じ気持ちなのだろう。いつもなら父親の過ぎた言動を娘として嗜める蘭であったが、今回に限っては特に何も言わない。

 一方で、先ほどあった人物たちが二年前の事件に関わっているのかと、それとなく小五郎に問い掛けていた。

 

「ああ、あの使用人のお嬢ちゃん以外は、全員が関係者だな……」

 

 娘の疑問に小五郎は改めて捜査資料に目を通しながら、事件の概要を簡潔に説明していく。

 

 

 

 二年前。その日、乾優弥は大学の友人たちと村の夜道を歩いていた。

 

 元々、優弥はこの土地の人間ではない。彼は大学で民俗学を専攻する学生であり、この村で信仰されている大口真神の伝承を調べるため、同じ学部の仲間と共に頻繁に村を訪れていた。

 大口真神のことを調査するその過程で、巫女である明日香とも知り合い、お付き合いをするほどに親しくなったという。

 そんな二人の仲を、大学の仲間たちは揶揄いながらも祝福していた。その日も、一行は二人の仲を祝うような気持ちで夜遅くまで飲みに出歩き、滞在先の宿に帰ろうと歩いていた。

 

『あれ? 財布がない……さっきの店に忘れてきたみたいだ。ゴメン、先行ってて!!』

 

 そうして帰り道を歩いていた際、ふと優弥は自分の財布がないことに気付いた。

 きっとお店に置いてきてしまったのだろうと、友人たちには先に帰るように言い、一人道を引き返した。

 すぐに戻ってくるだろうと、そのときは友人たちもそれほど深刻には考えていなかったのだが。

 

 それから一時間経っても、乾優弥は戻って来なかった。流石におかしいと、友人たちは優弥のことを探し始めたのだが——。

 

『——う、うぁあああああ!! 誰か、誰か来てくれ!!』

 

 まさにそのタイミングで、どこからか男性の悲鳴が聞こえてきた。

 少々わざとらしい叫び声だったかもしれない。だが焦っていた大学生たちは何の疑問もなく、その悲鳴に導かれるように駆け出していた。

 

『あ、あれを……あれを見てくれぇえ!!』

『…………』

 

 そこには眼鏡を掛けた男性——霧谷影人。そして鹿取家の御曹司——鹿取俊吾の姿があった。

 霧谷は恐怖に怯えるような表情で、霧の向こう側を指差していた。

 

 そう、その日はその地域特有の『霧』が濃く出ていた。

 街灯なんてものもほとんどなく、真っ暗な闇の中でさらに霧まで出ていたのだ。そこに何があるかなど、朧げなものしか見えなかっただろう。

 

 しかし、彼らは確かに見た。霧の向こう側で蠢く——巨大な『犬の影』らしきものを。

 

『お、大口真神……!? そ、そんな……まさか、本物!?』

 

 民俗学を専攻する大学生たちは、それが『大口真神』——自分たちが調べている、この村で祀られている神様の名を自然と口にしていた。

 

『————』

 

 そんな人間たちの反応に対し、巨大な犬の影が動く。

 前足を大きく振り上げ、自分の足元——そこに転がっていた『人間』に向かって振り下ろすような動作をしたのだ。

 

 そこにいた人間こそが——乾優弥だった。

 

 大口真神の前足が、爪がその体に突き立てられる。

 優弥の体がドスンと揺れ、血飛沫が舞う。優弥からは呻き声も聞こえて来ない。既に息絶えているのか、それでも大口真神は優弥に向かって執拗に前足を振り下ろし続ける。

 

『ゆ、優弥!?』

『は、はわわわわわ!?』

 

 突然の事態に大学生たちは動けない。その巨大な影の暴虐に怯えるしかなく、優弥を助けようと駆け寄ることすら出来ない。

 

『あっ……!! き、消えた……?』

 

 やがて、大口真神の姿は霧と共に掻き消えた。あまりに現実離れした光景だったこともあり、全ては幻だったのではと呆然とする一同。

 しかし、それが現実にあった出来事だと知らしめるかのよう、乾優弥の遺体だけは確かなものとしてそこに残った。

 

 全身を、まるで鋭利な刃物で滅多刺しにされたかのような。

 誰の目から見ても、死んでいるのだと分かる無惨な惨殺死体として。

 

 

 

「そ、そんな……じゃあ、やっぱり……さっき見た、あれは本物の!?」

 

 小五郎から事件の概要を聞き終えた蘭は、青い顔で口元を抑える。

 彼女も、村に来る道中で巨大な犬の影ーー大口真神と思しき影と遭遇したばかりだ。実際に殺人が起きた事件でもその影が目撃されたというのであれば、自分たちもそれに襲われる可能性があるのではないかと、恐怖を覚えるのも無理からぬことであろう。

 

「いや……少なくとも、その遺体に関しては人間の仕業だと思われる痕跡がいくつか残ってたんだとよ」

 

 しかし、慌てふためく蘭に小五郎は冷静に調査資料に書かれていた情報を読み上げていく。

 調べた限り、その遺体に残された傷は鋭利な刃物——それこそ、大型のナイフなどで付けられるような傷跡だったとのこと。

 それに、大口真神のような巨大な獣の仕業だというのであれば、遺体がもっと派手に損壊していなければおかしいというのだ。

 

「それと事件の日……優弥さんたちが飲んでいた居酒屋に、あの三人……鹿取俊吾と霧谷、それから原戸といった連中もいたらしい」

 

 さらに、事件が発生する前に優弥と大学の友人たちがいた居酒屋に、先ほど小五郎たちとも顔を合わせた三人の若者がいたという。

 彼らが優弥たちと直接絡むようなトラブルはなかったというが、優弥たちが店を出たすぐ後に、俊吾たちも店を後にしたというのが店員の証言だ。

 

「優弥さんは明日香さんと付き合っていた。そのことを妬んだ鹿取俊吾が……明日香さんを取られまいと、優弥さんを殺したって……ってのが、この事件の真相だろうな。俺の探偵としての勘がそう言ってる、間違いない!!」

「か、勘って……お父さん、それは流石に……」

 

 そういった事件の概要から、小五郎は自身の推理を自信満々に披露する。

 もっとも、それは証拠も何もない。小五郎の独断と偏見による勝手な想像に過ぎないと、蘭が呆れたように溜息を吐く。

 

 

 

 ——いや、おっちゃんの言う通りだ……。

 

 ——状況から見ても、あの三人が事件を仕組んだと考えるのが自然な流れだろう。

 

 しかし、コナンも内心では小五郎と同じ意見だった。

 事件直前まで被害者と同じ場所におり、事件現場にも目撃者としてそこに居合わせる。偶然と片付けるにしてはあまりにも出来過ぎた状況だ。

 何かしらの手段でその状況を作り出し、それを他の人間にも目撃させて自分たちのアリバイにしたのだと、そのように推理することも出来る。

 

 ——警察も、彼らを怪しいと踏んだ筈だ……だが、証拠がない。

 

 もっとも、そのくらいのことであれば警察の捜査でも検討されたことだろう。しかし物的証拠がなかったためか、彼らは未だに逮捕されていない。

 さらに問題として、優弥の友人たちも一緒に目撃したという『霧の中に浮かび上がった犬の影』がなんだったのかという疑問が残る。

 

 目撃者たちは、それが大口真神の影だと考えたようだが、それも俊吾たちの『仕込み』である可能性が高い。

 よその地域ならいざ知らず、この村での出来事であればそれが大口真神によるものだと、信じ込ませられるような土台があったからこそ、そのような手段を講じたとも考えられる。

 実際、信心深い村人たちの中にはそれを神罰であると信じ込んでいるものもいる。昨今の情勢と相まって、警察の捜査の撹乱にも一役買ったことだろう。

 

 だが、逆に言えば——『その影の正体がなんだったのか』それを紐解くことで事件の全容を暴くことが出来るかもしれないと。

 

 ——そうさ、あの影だって……きっと犯人たちが大口真神の噂を流すための……。

 

 そう、自分たちが遭遇した『あの影』もきっと犯人たちの仕込み、トリックによるものだろうと、コナンは努めて冷静に思考していく。

 

 

 

×

 

 

 

 コナンたちが別荘に到着した、その日の夕方。

 別荘に招待されたものらが食堂に集まり、夕食を振る舞われていた。鹿取家が由緒正しき家柄を自負するだけあってか、もてなされる夕食もそれなりに豪勢なものばかり。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 しかし、その食事の場に和やかな会話なんてものはなく。皆が静まり返る中、食器のカチャカチャという音だけがもの悲しく響く。

 

「明日香さん。食べにくいからといって、フォークの持ち手を替えるのはマナー違反ですよ」

「は、はい……申し訳ありません……」

 

 その重苦しい空気を生み出していた要因は——鹿取征子だ。

 彼女は嫁入り予定である藤宮明日香を自身の隣へと座らせ、テーブルマナーを厳しく指導していた。その指摘自体は征子の言う通りであり、明日香も大人しく従うしかない。

 しかし、神職の家系で育ってきた彼女に西洋料理のマナーなど預かり知らぬことだろう。しかもそれをわざわざ人前でやるところに、意地の悪さが感じられる。

 

 ちなみに、本来ならそういった嫁と姑の問題を仲裁する立場である、俊吾の姿は食堂にない。

 夕食だと呼ばれはしたのだが、趣味の映画鑑賞を優先しているらしく、一向に自室から出てくる気配がなかった。

 

「……ちっ!! おい、いい加減にしろや、ババア!!」

 

 そんな重苦しい空気に耐えかねたのか。

 俊吾の友人枠で招待されていた男の一人——原戸大作が、椅子を蹴り上げながら乱暴に立ち上がった。

 

「テメェが嫁いびりすんのは自由だがよ……そういうの、客人の前でやんな!! 飯が不味くなるだろうが!!」

「は、原戸くん、落ち着いてくれよ……」

 

 原戸は征子に向かって怒鳴り声を上げた。もっともその言葉から、明日香への気遣いのようなものはない。

 あくまで自分の気分が悪くなるという理由から怒声を浴びせ、そんな原戸の癇癪におっかなびっくりとしながら、一応は友人である霧谷が諌めようとしている。

 

「客人ですって……? よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなことが言えたものね……」

 

 だが、征子は原戸の怒号に全く怯むことなく苛立ち混じりに吐き捨てた。

 

「餌に群がるハイエナに……人の家のことにまで口出ししないでほしいわね……」

「なっ!? だ、誰がハイエナだ、こらっ!!」

 

 相手への侮蔑を隠すことなく吐き出された征子の毒舌。当然、怒りなど抑えきれずに原戸はますます激昂するが——。

 

「あら、違ったのかしら? 知ってるんですよ……この娘を口説き落とすために、貴方が俊吾に何を命じられたのかを……」

「っ……!!」

 

 征子が意味ありげに呟くや、その顔に動揺が浮かび上がる。何か後ろめたいことでもあるのだろう、返す言葉もないと黙り込むしかない。

 

「けっ……!! 胸くそ悪い……おい、メイド!! あとで俺の部屋にワイン持ってこい、とびきり上等なやつな!!」

「……かしこまりました」

 

 それ以上は分が悪いと思ったのか。原戸は抑えきれない怒りをそのままぶつけるよう、使用人である和泉綾に向かって乱暴な指示を出す。

 そして食事途中でありながらも席を立ち、そのまま自室の方へと引きこもってしまう。

 綾は建前上は客人である原戸の要望に答えようと、立ち去り際まで彼の背中に頭を下げていたが——。

 

「安物で構いませんよ。あのような輩に、味の違いなど分かるものですか」

「かしこまりました」

 

 わざわざ高級なものを振る舞う必要はないと、征子が辛辣な指示を出すや、メイドもすぐに顔を上げて了承の意を示す。

 使用人である綾からしても、原戸に払う敬意などないようであった。

 

 

 

「さっきのあれ、どういう意味だろうね……ねぇ、蘭姉ちゃん!!」

「えっ……さ、さっきのって?」

 

 夕食を済ませるや、コナンと蘭は大人しく自室へと戻ってきた。その際、コナンは夕食での出来事——征子と原戸とのやり取りに関して、子供らしい無邪気な口調で話題を振ってみた。

 

『——この娘を口説き落とすために、貴方が俊吾に何を命じられたのかを……』

 

 特に気になったのは、征子の発言だ。

 彼女もこの結婚に乗る気でないことはその態度を見れば分かる。それでも息子が明日香を嫁に欲しがっているため、仕方なく彼女に淑女としての教育を叩き込んでいるようだ。

 

 だが、俊吾が明日香との結婚話を進められたのは、彼女が大事にしている神社を『人質』にしたからと言っても過言ではない。

 明日香は俊吾と結婚しなければ、神社が潰されてしまうと仕方なく応じるしかなかった。

 

 犬塚の話によれば、俊吾は金で人を雇い神社への嫌がらせをしていたという。つまりーー。

 

「大方、あの原戸ってやつに、神社への嫌がらせを頼んだんだろうぜ……ヒック!!」

「お父さん……」

 

 メイドに運んでもらったワイン片手に、小五郎は酔っ払いながらそのような推測を口にする。

 実際、資料によれば原戸は無職のフリーターにも関わらず、金に困っている様子はなく。さらには村の若い不良連中をまとめる立場にいるとのこと。

 

 俊吾に金で雇われた原戸が、さらに人に指示を出して明日香の神社に嫌がらせをした——そんなところだろう。

 

 ——それなら、征子さんの態度も当然だな……。

  

 ——にしても、聞けば聞くほど……どうしようもない連中だぜ……。

 

 コナンもそういった人間関係を読み取り、自身の中であの二人——鹿取俊吾と原戸大作への容疑を固めていく。 

 俊吾は明日香を欲し、邪魔者となる乾優弥を殺害するよう金で原戸に依頼した。事実、大口真神の凶行が行われた現場に目撃者として原戸の姿はなかったという。

 アリバイ工作のためだろう、そのために原戸を実行役にしたと考えることも出来る。

 

 片や好きな女性のため、片や金銭のため。

 全くもってどうしようもない連中だが、人を殺す動機としては成立するのかもしれない。

 

 ——となると……やっぱり最大の謎は……。

 

 やはりあとは——『霧の中に浮かび上がった犬の影』。他の目撃者も見たという、大口真神の正体がなんだったのか。

 結局のところ、その謎を解かない限りはどんなに怪しくとも彼らの罪を問うことは出来ない。

 

 この事件は迷宮入り、犯人たちの思惑通り——『大口真神の神罰』という形で片付けられてしまうのだろう。

 

 

 

 

 

「それじゃ……コナンくん、私たちもそろそろ寝る準備しよっか?」

「うん!! あっ……ボク、トイレ行ってくるね!!」

 

 それから適当に過ごしつつ、夜も更けてきたところでそろそろ寝ようという話になった。

 

「がぁぁーっ……ごぉおおーっ……がぁああ……」

 

 ちなみに、ワインを浴びるように飲んだくれた小五郎は高イビキをかきながら、ベッドの上で毛布もかけずに眠りこけている。

 彼自身、ワインが高級なものだと夢中になって飲んでいたようだが——ボトルには見覚えのある安酒のラベルが貼られていた気がする。

 原戸だけでなく、小五郎も客としてはあまり歓迎されていないようだ。表向き、自分たちは明日香の友人ということになっているのだから、征子からすればそれも仕方がない。

 

 鹿取家の人間である征子にも、小五郎が『探偵』であるという事実は伏せている。

 肝心の事件の調査も明日から始めるとのことだし、現時点での小五郎は本当にただの『飲んだくれの親父』にしか見えない。

 これが周囲を油断させる演技だというのならば大したものなのだが、残念ながらこれが素なので、コナンや蘭としては頭を抱えたくなる。

 

「え〜と……トイレ、トイレはと……」

 

 それはそれとして、コナンもそろそろ休もうと。就寝前のトイレに行こうと廊下を出ていた。

 

「——ん? なんだ、坊や一人で……トイレかい?」

 

 すると、そんなコナンに気安く話しかけてくるものがいた。食事のときでさえ顔を見せようとしなかった若造・鹿取俊吾である。

 

 ——なんだよ、よりによってこいつかよ……。

 

 廊下なのだから誰かと遭遇することもあるだろうが、まさかの人物にコナンは思いっきり顰めっ面を浮かべたくなった。

 

「お兄さん!! ご飯も食べずに、ずっと自分の部屋に引きこもってたけど……いったい何をしてたの?」

 

 しかし、これはある意味好都合。コナンは相手の腹のうちを探るためにも、無害を装って子供らしく無邪気に質問を投げ掛ける。

 子供である自分の問い掛けに、大人は油断して口が軽くなることがある。この体になってからの経験則だ。悲しいがこういうときは子供の姿の方が便利だと、つい思ってしまう。

 

「言っただろ、自分の部屋で映画を観てたって!! ボクの部屋は完全防音だからね!! 誰の邪魔もされず、優雅に映画鑑賞に浸れるんだよ!!」

 

 案の定、子供相手だからか俊吾の口がペラペラと軽くなる。

 

「言っとくが……ボクはテレビなんてせせこましい画面で映画なんか観ないぞ!! 映画を見るなら、やっぱり大型のスクリーンじゃないとね!! まっ……キミのような貧乏人の小僧には、そんな環境を整えることも出来ないだろうけどね!!」

 

 趣味の話だからか、余計に饒舌になっている。子供相手に大人気なくも、自分がいかに恵まれた環境にいるかを自慢げに語っていく。

 

 ——誰もそこまで聞いてねぇよ…………んっ? 

 

 俊吾の余計な発言に心中で呆れ顔になるコナン。しかし、コナンは先ほどの発言の中に何か『引っ掛かるもの』を覚えた。

 一見、直接事件には関係なさそうな発言だったが——。

 

「……ねぇ、お兄さん、その大きな——」

 

 もしかしたらと思い、コナンはさらに踏み込んだ質問をしようとする。

 

 

 

「——うわあああああああああああ!?」

 

 

 

「——っ!?」

「——な、なんだっ……!?」

 

 

 だがその直後だ。別荘全体に響き渡るかのよう、男性の悲鳴が木霊する。

 

「——っ!!」

「あっ……お、おいっ!!」

 

 反射的に悲鳴がした場所に向かってコナンが駆け出す。反応が遅れたが、俊吾もコナンのすぐ後へと続いていく。

 

「外……玄関の方からか!?」

 

 駆け出しながらコナンは悲鳴が轟いてきたのが別荘の外、玄関の方だと当たりを付けてそちらへと走っていく。

 そうして、誰よりも早く玄関に辿り着いたコナンは、スリッパを愛用のスニーカーに履き替えてから急いで外へ飛び出す。

 

「うわっ!? 霧が……」

 

 外へ出て早々、まずはその霧の濃さに面を食らう。

 いつの間にか発生していた霧が、別荘全体を覆い尽くすように立ち込めていたのだ。闇夜の深さも相まって、数メートル先の景色も満足に視認することが出来ない。

  

 きっと、あの日の夜——乾優弥が亡くなった日も、こんな夜だったのだろう。

 そして、その日の出来事を再現するかのよう、そこには地面にへたれこむ霧谷影人の姿があった。

 

「う……う、うそだろ? だって、そんなこと……あり得るわけが…………!!」

 

 彼は視線の先、霧の向こう側を引きつった表情で指さしていた。その顔には演技ではない本物の『恐怖』が浮かび上がっていた。

 

「な、なにっ!?」

「ば、バカな……!?」

 

 そこまで駆けつけてきたコナンや、俊吾の口からも否定の言葉がこぼれ落ちていた。だが彼らがどれだけ目の前の事象を否定しようとも、そこにある現実を覆すことは出来ない。

 

『————』

 

 そう、霧の中に浮かび上がる巨大な犬の影。

 その足元に、ピクリとも動かなくなった男性・原戸大作がいるという確かな現実を——。

 

 

 

 ——おいおい、まじかよ……。

 

 霧の中に浮かび上がる巨犬——大口真神と思しき影を前に、コナンも戸惑いを隠せないでいる。目に見えないものを信じない彼だが、それは確かにコナンの視界に映り込んでいた。

 

 それこそ村に来るまでの道中、同じような影と遭遇したときのように——。

 

『————』

 

 やがて、茫然としているコナンたちの前で静かに佇んでいた犬の影が動きを見せる。その前足を、地面に転がっていた原戸大作に向けて振り下ろし始めたのだ。

 

 ドスンと、ドスンと。大口真神の影が爪を突き立てるような動作をするたび、霧の向こう側で原戸の体が揺れ、闇夜に真っ赤な鮮血が舞う。

 

「っ!! 野郎っ……!!」

 

 その凶行を前に普通の人間であれば、困惑や恐怖で身動き一つ取れないでいただろう。

 しかし、コナンは目の前で行われている明らかな殺人行為に対し、それを止めなければという正義感、あるいは使命感が働いたのか。

 

 手慣れた動作で、腰に装着されていたベルトを操作。

 次の瞬間——ベルトのバックル部分から、いきなり『サッカーボール』が飛び出してきた。

 

 これは江戸川コナン——工藤新一が発明家の阿笠博士に作ってもらった『どこでもボール射出ベルト』という犯人撃退用アイテムの一つである。

 その名の通り、簡単操作でいつでもどこでもサッカーボールを射出するという優れものである。勿論、ただサッカーボールを出しただけで凶悪な犯人を捕まえられる訳ではない。

 

 

「これでも……食らえ!!」

 

 

 コナンは履いていたスニーカー側面のダイヤルを回す。するとスニーカーが、稲妻を帯びるような光を放った。

 そのままの状態で、コナンは射出されたサッカーボールを思いっきり蹴り——大口真神に向かって、明らかに小学生の域を超えた強烈なシュートを繰り出した。

 

 元々、工藤新一はサッカーが得意であり、高校生探偵のときからシュートを蹴り放つなどして、逃げる犯人を確保していた。

 しかし、子供になってしまったことでキック力は半減。生半可なシュートでは犯人を捕まえることなど出来ず、逆に返り討ちに遭ってしまう。

 

 そんな、軽減したキック力を補うためのアイテムこそが——この『キック力増強シューズ』である。

 取り付けられたダイヤルを操作することで、シュートの威力を調節。最大威力ともなれば、鉄柵や石柱を破壊するほどのシュートを繰り出すことも可能なのだ。

 

 そのキック力増強シューズの出力を最大限まで引き上げ、コナンは全力でサッカーボールを蹴り抜いた。

 仮にあの大口真神が本物だとしても、シュートの直撃をまともに受ければ流石に動きを止める筈だ。倒せずとも、こちらへと注意を引きつけることが出来るかもしれない。

 

「なっ!! すり抜けた!! いや……?」

 

 ところがだ。コナンが蹴ったサッカーボールは、大口真神の頭部と思しき箇所を『すり抜け』そのまま霧の向こう側へと飛んでいってしまう。

 

「——っ!?」

 

 しかし、全くの無反応という訳ではない。大口真神の影——その奥に隠れた『何者』かの息を呑む声が聞こえた。

 

 刹那、そこにいた『誰か』が慌てて走り去るかのような足音が響いた。

 それからすぐにでも、大口真神の姿も掻き消えた。霧も少しづつ晴れ渡って行き——現場には、血まみれのまま横たわる原戸だけが取り残された。

 

 

 

「警察と救急車を呼ぶんだ!! 急いで!!」

「お……お、おお……」

 

 コナンは原戸がまだ生きている可能性を含め、救急車と警察を呼ぶよう俊吾に指示を出す。動揺しているのか、子供の指示に俊吾は戸惑いながらも大人しく従う。

 

「駄目だ、もう亡くなってる……くそっ!!」

 

 原戸に駆け寄ったコナンであったが、彼は既に事切れていた。自分がいながら、みすみす殺人などという行為を許してしまったことに悔しがるコナン。

 原戸の遺体は鋭利な刃物のようなもので全身を滅多刺しにされており、そのおびただしい傷跡の数から、強い殺意のようなものが感じられる。

 

「……ん? こ、これは……!!」

 

 ふと、コナンの視線が原戸の遺体の側に落ちていたものへと向けられる。

 指紋をつけないよう、手をハンカチで覆いながら——その『証拠物件』を回収するコナン。

 

 

 

 ——…………。

 

 ——そうか……やっぱり、そうだったんだ……。

 

 ——やっぱり、大口真神なんかいなかった……。

 

 

 その証拠物件の意味するところを理解し、コナンの口元に『探偵』としての笑みが浮かぶ。

 

 それまで、少なからずともコナンの中にこの事件が『もしかしたら、本当に妖怪の仕業かもしれない』という思考があった。

 昨今の社会情勢を鑑みればそれは無理からぬことであり、事実としてコナンの知らないところで妖怪が関わるような事件も起きており、影ながらそれを『虚構』によって覆い隠しているものたちもいるのだ。

 

 ーー今回の一連の出来事は、全て人間の手によるものっ……!!

 

 ——卑劣な犯人が仕組んだ……殺人事件だ!!

 

 しかし、今回の事件に関してそれはない。

 全てを大口真神のせいにして自身の罪から逃れようとしている、人間の犯人がいるのだと。

 

 それを確信したコナンにもう迷いはない。

 犯人が人間であるのなら、必ずその罪を暴いてやると。探偵として事件解決への決意を固めていくのであった。

 




事件関係者
 今回のお話、事件関係者には本文中に職業と年齢をカッコ書きで記載しています。

 藤宮明日香
  大口真神を祀る神社の跡取り娘。恋人が殺された事件の真相を小五郎に依頼する。

 藤宮神奈子
  明日香の祖母。女手ひとつで明日香を育てるも、一年前に病死。

 乾優弥
  二年前に殺された明日香の恋人。民俗学を専攻する大学生だった。

 鹿取俊吾
  鹿取家の跡取り息子。明日香と結婚しようと色々と画策する。

 鹿取征子
  俊吾の母親。明日香と俊吾の結婚にあまり乗る気ではない。
 
 鹿取誠一郎
  俊吾の父親。明日香と俊吾の結婚には最後まで反対していた。

 犬塚尊
  鹿取家に仕える執事。個人的な事情により、なにかと明日香の世話を焼く。

 和泉綾
  鹿取家に雇われているメイド。事件とは直接関係ないとされているが……。

 霧谷影人
  一応、俊吾の友人。臆病な性格ながら二度も殺人事件の目撃者になってしまう。

 原戸大作
  一応、俊吾の友人。乱暴な性格。犯人の候補とされていたが……何者かに殺害される。

 今回の殺人事件は以上の人物たちの間で完結します。
 正直トリックとかに関しては『そんな無茶な!!』といった感じの、コナンでも偶にあるぶっ飛んだ回みたいな話になるので、上質なミステリーとかは……あまり期待しない方がいいかも……。
 
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