ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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お久しぶりです。
更新に一か月以上掛かってしまった理由が三つほどあります。

①推理ものを書く難しさ。
 今回は『名探偵コナン』とのクロスオーバーということで、推理風にチャレンジしているのですが、これがなかなか難しい。
 正直、自分で書いていてこれは無理があるのではとか……読むだけでは分からない、推理作家さんの凄さと、苦労さをしみじみと実感しています。

②単純に仕事が忙しい。
 まだ十二月になっていませんが……例年以上に仕事が忙しくて、なかなか執筆時間が取れません。
 十二月になったらこれより忙しくなるのかと、今から気が滅入っております……。

③ロマサガが楽し過ぎる!!
 すいません、理由の大半が『ロマンシングサガ2 リベンジオブザセブン』に嵌ってしまったという、作者のどうしようもなさからくるものです!!
 今回のフルリメイクで初めてロマサガ2に触れましたが……ヤバいくらいに楽しい!!
遊びやすく改善されているのもありますが、原典の時点でだいぶ完成度が高いのでしょう、何十年と愛される理由を今更ながらに実感しております!!


と、色々と忙しいということもありまして、とりあえず今年はコナンとのクロスを終わらせることを目標にしたいと思っています。
コナンのクロス自体は、次話で確実に完結させる予定ですので、よろしくお願いします。



名探偵コナン 其の③

「亡くなったのは鹿取家の別荘に招かれていた客人・フリーターの原戸大作さん。鑑識によると死亡推定時刻は午後8時から午後9時までの間だそうです、目暮警部」

 

 事件発生から数時間。もうすぐ深夜を過ぎようという時刻にも関わらず、警察は急いで駆け付けてくれた。

 被害者の身元情報を読み上げたのは、今回の事件を担当する刑事の一人・高木刑事だ。

 警視庁強行犯捜査三係に所属する巡査部長。まだ二十代後半と、刑事としては若手だが幾つかの事件を単独で解決した実績もある。

 だがやはり経験不足な面も目立つためか、彼はあくまで捜査を補助するものの一人に過ぎない。

 

「随分と派手にやったもんだ……死因は失血死かね?」

 

 今回の事件で現場の陣頭指揮を取るのは、高木刑事の直属の上司・同じ強行犯捜査三係に所属する目暮警部である。

 恰幅の良い体型に太い口髭、屋内でも脱がない帽子がトレードマーク。刑事としての正義感が強く、面倒見も良いため部下たちからの信頼も厚い。

 目暮は仏さん——殺害された男性の凄惨な遺体にまだ見ぬ犯人への怒りを激らせながらも、少しでも事件解決のための情報を集めようと冷静に問い掛ける。

 

「鑑識によると、死因は心臓への一突……それ以外の傷は死後に付けられたものだそうです」

 

 目暮の問いに、鑑識の調査で分かっていることを高木が正確に伝える。

 被害者である原戸大作の遺体は、鋭利な刃物のようなもので何度も刺突されるという無残なものであった。

 しかし直接の死因となったのはその刺し傷の一つ、心臓に向かって深々と突き刺さった一突であり、それ以外は死んだ後に付けられたものだという。

 

 死んだ後も刃物を突き立てるという、その行為に犯人の被害者に対する底知れぬ『憎しみ』のようなものが感じられる。

 いったい、犯人はどのような思いで被害者を殺害するにいたったのだろう。

 

「なるほど……それで、その殺人の現場にまたまた偶然居合わせたのが……」

 

 そうした犯人の行動や動機に関して思案を巡らせながらも、目暮は呆れたように今回の事件に『偶然』居合わせた顔見知りへと視線を送る。

 

「はい!! この名探偵・毛利小五郎であります、目暮警部殿!!」

「はははっ……またキミかね……」

 

 そこには目暮警部を歓迎するかのような笑顔を浮かべる、毛利小五郎の姿があり、目暮の口から乾いた笑い声が溢れる。

 

 その昔、毛利小五郎は刑事であった。しかも目暮警部の直属の部下であり、二人は数多くの難事件を追い——その悉くを迷宮入りにしてきたという、不名誉な実績がある。

 

 その後、小五郎はとある事件をきっかけに刑事を辞めて探偵になっていた。

 本来、探偵と刑事が事件においてそう何度も顔を合わせることなどないのだが、どういうわけか小五郎がいるところで必ずといって良いほどに事件が起き、そこに目暮警部がやって来るというのがいつの間にか定番の流れのようになった気がする。

 

「それで……今度はどういった理由でこんなところにいるのかね?」

 

 そのことに目暮は深いため息を吐きつつ、一応ここにいる理由くらいは聞いておこうと小五郎に話を振っていく。

 

「ちょっ……ちょっと待って下さい!! 今……毛利小五郎って……!?」

 

 すると目暮の発言が聞こえていたのか。事件の目撃者の一人——霧谷影人が話に入ってきた。

 

「毛利って……まさか、あの名探偵のっ!?」

「そう言えば……テレビで見たことある顔ね……」

「…………」

 

 現場には霧谷以外にも事件の関係者——俊吾、征子の鹿取親子。使用人である、犬塚尊や和泉綾。

 そして、小五郎の依頼人でもある藤宮明日香の姿もあった。

 

「藤宮さん……こうなった以上、もう正直に話しても構いませんね?」

「……はい」

 

 本当なら、小五郎が探偵であることは秘密であった。しかしこうして殺人事件が起きしまった以上、このまま黙っているというわけにもいくまい。

 うっかり口を滑らせてしまったというのもあるが、小五郎が何者かを話すことでは今回の事件と『二年前の事件』。その二つについて、堂々と捜査することが出来るだろうと考える。

 

「実は私は二年前に起きた事件……明日香さんの恋人が殺された殺人事件の調査を彼女に依頼された探偵でしてな」

「に、二年前……それって!?」

「明日香!! お前……まだあの男のことをっ!!」

 

 探偵である小五郎がここへ来た理由、それを聞いて真っ先に反応を示したのが——霧谷と俊吾の二人であった。

 二年前の事件といえば、明日香の恋人であった乾優弥が殺された事件だ。彼女が名探偵にその事件の調査を依頼したと知り、彼らは明らかに動揺を見せる。

 

「俊吾さん、霧谷さん……あなた方、二年前の事件でも目撃者として現場に居合わせていたという話ですが……果たしてこれは偶然なんでしょうか?」

「な、なんだと……!?」

 

 故に、小五郎はその二人に対して一つの疑問を投げ掛けた。

 

 そう、当時のことを記した調査資料によれば、彼ら二人は事件の『目撃者』として事件現場に居合わせていたという。

 そして今回も『犬の影が霧の中で人間を爪で刺し殺す』などという、類似性のあり過ぎる殺害現場に居合わせているのだ。

 これを偶然として片づけるには、あまりに出来すぎている。何かしら『作為的』なものを感じると言わざるを得ない。

 

「あなたたちは、自分たちに向けられる疑いの目を避けるため、無害な目撃者を装うためにそのような状況を作った……違いますかな?」

「な、何を!! だって、あれは……けど……」

「おい……!!」

 

 小五郎は目撃者となった二人が、なんらかの手段で容疑者から外れるようためにそのような小細工を弄したと、自らの推理を披露する。

 実際のところ、それは推理でもなんでもない。小五郎の言い掛かりに近い推測ではあったのが、霧谷が青い顔になり、そんな彼を黙らせようと俊吾が慌てて声を荒げたところを見るに、決して的外れな考えというわけでもなさそうだ。

 

「け、けどお父さん……コナンくんもその場にいたんだよ? コナンくんも……その、見たんだよね? 霧の中に浮かび上がった……大口真神の影を……」

 

 だが、その現場に居合わせたのは彼らだけではない。彼が——コナンもそこにいたという事実が毛利蘭を不安にさせていた。

 

 毛利家で世話をすることになった江戸川コナンは、小学生でありながらも大人顔負けの頭脳、発想力で事件解決の糸口を導くことがこれまでも多々あった。

 そんなコナンが、はっきりと霧の中に浮かぶ犬の影を——『大口真神と思しきもの』を見たというのだ。

 その証言は、彼が子供だからといって蔑ろにしていいものではない。

 

「ふん!! きっと見間違いか何かだろう!!」

 

 もっとも、小五郎はコナンを見た目通り子供として扱っている。他の同年代の子よりは賢いのかもしれないが、所詮は子供の言うことだとコナンの言葉を決して鵜呑みにはしない。

 

「まあ……コナンくんたちの見たものがなんにせよ。皆さんのアリバイを聞く必要はありそうですな……」

 

 それは目暮警部も同じ気持ちだったのか。あるいは大口真神なるもののような存在に事件をかき乱されるのを嫌がったのか。

 まずはセオリー通りに事件関係者のアリバイを聞こうと。その場にいた全員を屋内、別荘の中へと誘導していく。

 

 

 

「ねぇねぇ……高木刑事!」

「ん? なんだい、コナンくん?」

 

 皆が目暮警部や小五郎の指示通りに別荘へと入っていく中、コナンは一人こっそりと高木刑事に声を掛けていた。

 

「さっき渡した例の証拠品……鑑識の結果はどうだったって、小五郎のおじさんが……」

 

 コナンは事件発生の際、事件現場に残されていた『証拠品』を確保し、それを警察に提出していた。

 ただ、コナンは自分が見つけたものに関しては小五郎も含めて誰にも教えず、高木刑事にだけ知らせておいた。その上で、証拠品を渡した高木にはあくまで『小五郎の指示』ということにしてある。

 

 小学生に過ぎないコナンの言葉でも、小五郎の指示ということにしておけば警察も真面目に対応してくれる。それに高木はコナンが子供だからといって侮ることなく、話を聞いてくれる誠実な刑事でもある。

 

「ああ、鑑識が調べたところ……遺体の傷口と一致したって……あれが今回の犯行で使われたのは間違いないだろうね……」

「そうか、やっぱり……」

 

 そうして、彼からもたらされた情報が予想通りのものだったのか。コナンは何か納得するよう、しきりに頷いていく。

 

「けど、コナンくん……毛利さんはどうしてこのことを黙ってるんだい?」

 

 すると、そんなコナンに今度は高木から質問が投げ掛けられた。

 というのも、コナンは高木刑事に証拠品の鑑定を『秘密裏』に行うようお願いしていた。表向きは小五郎の指示だと言っておいたが、当然当人は何も知らないまま。

 

「小五郎のおじさんに言われたんだ! 犯人を油断させるためなんだって!」

 

 その上で、あくまで小五郎の指示だとコナンはいけしゃしゃあと言ってのける。

 

 

 

 ——悪い、おっちゃん。今は何も知らない体でいてくれ……。

 

 一応、心の中で小五郎に謝りながらも、コナンは犯人の動きについて思案を巡らせていた。

 

 コナンが証拠品——今回の事件が『人間の仕業である』ことを証明する『それ』の存在を皆に知らせないでいるのは、犯人への牽制のため。

 あの『証拠品』を落としてしまったことは、きっと犯人側も気づいている筈。なのに、警察や名探偵からそのことに関して言及がないともなれば、心中穏やかではいられまい。

 

「何故?」「どうして?」という疑問から取り調べを行う小五郎たちにその意識が向くことだろう。その間に、コナンは自分が怪しいと推理した人物をそれとなく観察していく。

 

「おい、霧谷……まさかとは思うが、お前……」

「し、知らないよ! ボクは何も……」

 

 案の定、コナンがもっとも注目していた二人——鹿取と霧谷の二人が、小五郎や目暮の視線を避けたところで何事かを囁き合っていた。

 

 ——あの反応を見る限り……二年前の事件があいつらの仕業であることは間違いないだろう。

 

 コナンの中で既に今回の事件、そして二年前の事件の『カラクリ』の一部が見え始めていた。

 自身の推理が合っていれば——二年前に藤宮明日香の恋人・乾優弥の殺害を企てたのは鹿取と霧谷、そして亡くなった原戸大作であると考えていいだろう。

 

 ——だが……今回の殺人は彼らにとって予想外のもの……。

 

 ——じゃあ、誰だ……誰が、原戸さんを殺した!?

 

 しかし、仮にコナンの考えがあっていたとしても、今回の事件に二人が直接関わっていないことはその表情からも推し量れる。

 

 ならばいったい、『誰が』原戸大作を殺したのか。

 そして、コナンも目撃した『霧の中に浮かぶ大口真神の正体』はいったい何だったのか。

 

 その二つの謎を解明しない限り、この事件の真実に到達することは出来ないだろう。

 

 

 

×

 

 

 

「もう、どうしていつもいつもこうなるのよ、はぁ……」

 

 事件発生から数時間後。警察の取り調べがある程度終わり、皆がそれぞれの部屋で待機するよう指示される中、毛利蘭は一人別荘の廊下を歩いていた。

 彼女は名探偵の娘として、こういった事件に巻き込まれることが多く。もう何度目になるか分からない殺人案件に暗い気分でため息を溢す。

 

「コナンくんも、またあちこち歩き回っているし……」

 

 さらに彼女の手を焼かしているのは、その殺人現場を好奇心に任せて調べまわるコナンの存在である。彼にはこうした事件が起きるたび、小五郎や警察の中に混じって現場を探り回る悪癖があるのだ。

 

 まるでどこぞの自信家な高校生探偵のようだと、蘭の脳裏に幼馴染の男の子の顔が浮かび上がるも、すぐにその妄想を振り払い、コナンを連れ戻すべくその姿を探し続ける。

 

「コナンくん!! どこ!? 早く部屋に戻って休みなさ……あら?」

 

 彼の保護者として、すぐにでも彼を連れ戻さなければならないと思って声を張り上げるのだが——その際、別荘のテラスに一人で佇む彼女・藤宮明日香の姿を見つけてしまった。

 

「明日香さん? どうしたんですか……こんなところで……」

「蘭さん……いえ、何をというわけではないのですが……」

 

 蘭が思わず声を掛けると、明日香は一瞬だけビクッと肩を揺らす。だが、相手が蘭であったことにホッと胸を撫で下ろしつつも、その表情を曇らせていた。

 

「この度は、本当に申し訳ありませんでした……このようなことに巻き込んでしまって……」

「そんな……気にしないで下さい!! 明日香さんが悪いわけじゃないんですから!!」

 

 明日香は自分の依頼のせいで、今回の殺人事件に蘭たちを巻き込んでしまったと謝罪を口にする。勿論、彼女が殺人犯でない限りこうなることは予想出来なかった筈だ。

 明日香が罪悪感を抱く道理などなく、蘭も彼女が悪いわけではないと必死に言い聞かせる。

 

「けど……もしこれも大口真神様の仕業であるのなら……やっぱり悪いのは全部、私ということになります。私が巫女としての役目をしっかりと果たさないから……こんなことに……」

 

 だが、明日香は今回の事件でも二年前の事件でも、同じ大口真神らしき影が目撃されたことを気にしていた。

 仮にそれらが本物で、一連の殺人が大口真神による神罰だというのならば。大口真神に仕える身でありながら、恋愛などにうつつを抜かした自分のせいだと、責任感で押し潰されそうになっていたのだ。

 

「そ、そんな……大口真神なんて、妖怪なんているわけが……いるわけ……」

 

 そんな落ち込む明日香を元気づけようと、蘭はそもそも大口真神などいるわけがないとその存在自体を否定しようとする。

 しかし、ここ最近の情勢から『妖怪などいない』とはっきりと断言することが出来ず、その言葉はとても弱々しいものだった。

 

 

「——妖怪はいますよ。大口真神もね……」

 

 

 実際、蘭が必死に否定したい事実を平然と肯定する声が——暗闇の向こうから響いてくる。

 

「だ、誰っ!?」

「……っ!?」

 

 何の前触れもなく聞こえてきた声に、驚きながらも蘭は咄嗟に明日香を庇い後ろに下がらせる。

 蘭自身も空手の構えを取りながら、闇夜の向こうから響いてくる——『下駄の音』に警戒心を高めていく。

 

「ですが、今回の事件に大口真神は関与していません……それなのに、人間たちは自らの罪をかの神に擦りつけようとしている」

「こ、子供……あなたは、もしかして……!?」

 

 暗闇の奥から姿を現したのは——縞々模様のちゃんちゃんこに下駄を履くという、あまりにも特徴的な見た目をした男の子であった。

 明日香はその姿を一瞥しただけで、少年が何者なのか理解したのか息を呑む。

 

 戸惑う彼女たちに、少年は自らの名を堂々と告げていた。

 

「——初めまして、ゲゲゲの鬼太郎です」

 

 

 

「げ、ゲゲゲの鬼太郎って……うそ、本物っ!?」

 

 蘭はその少年——ゲゲゲの鬼太郎を前に動揺を隠しきれなかった。

 妖怪の存在を信じない、信じたくない蘭にとっても、その名がどういう意味を伴っているかは分かる。テレビやネットを人並みに活用していれば、意識せずとも一度は聞くだろう名前だ。

 所謂、人間に危害を加える『悪い妖怪』というわけではないのだが、彼が目の前にいること、それ自体が妖怪というものの存在を証明するに他ならない。

 彼女が得意とする空手を以てしても、恐怖心を拭いさることが出来ないのだろう。完全に腰が引けてしまっている。

 

「……祖母から話を聞いています。初めまして、ゲゲゲの鬼太郎さん……」

 

 一方で、妖怪である鬼太郎を前にしながらも明日香は動揺を上手く押し殺す。礼儀正しく頭を下げながら、彼のことを亡くなった祖母から聞いていたことを伝える。

 

「ええ、貴方のおばあさん……神奈子さんには以前からお話を伺っていました……」

 

 鬼太郎の方も、既に明日香の祖母である神奈子と面識があったと。生前、彼女に託されていた『依頼内容』に関して口を開いていく。

 

 

 

「ボクは生前、神奈子さんから『大口真神様が荒ぶっているので、どうにか話をつけてくれないか』と頼まれました。神奈子さんでは立場上、恐れ多くて意見することも難しいといわれましたので……」

「えっ……大口真神って……本物の……ってこと……?」

「そ、祖母がそんなことを……」

 

 鬼太郎の口から語られた話に蘭や明日香が目を丸くした。

 

 なんでも藤宮神奈子は亡くなる前、鬼太郎に『大口真神の怒りを鎮めて欲しい』と依頼を出していたという。

 というのも、二年前の事件の際、大口真神は『自分が人間を殺した』などと不名誉な噂を流されてしまったことで、その身が貶められたと。

 人間たちに対し、激しい怒りを抱くようになってしまったというのだ。

 

「大口真神は人々から神として崇められることで、その性質を神聖なものとして保ってきました。ですが……その信仰心が薄れ、人間たちがその存在をぞんざいに扱えば、瞬く間に人を喰い殺す魔性へと堕ちてしまう……」

 

 大口真神という存在は昔から神使として扱われ、人々から敬われてきた。

 その甲斐もあり、かのオオカミは神聖な存在として実際に人々に厄除けの加護など授けることが出来ていたという。

 だがその信仰が殺人事件で揺らぎ、人々の恐怖や嫌悪感によって上書きされようとしている。

 

 神は人々の祈りがあってこそ、その力を聖なるものとして保ち続けることが出来る。

 一度その祈りが途絶え、人々が不当にその神格を貶めようものなら、大口真神は人を喰い殺す恐ろしい怪物に身をやつしてしまうというのだ。

 

「とりあえず、二年前の事件のときは……ボクや仲間たちが大口真神を宥め、巫女である神奈子さんの祈りもあってか……なんとか怒りを収めてくれました」

「祖母が……そうだったんですね……」

 

 二年前の事件のとき、鬼太郎は大口真神の元を直接赴いて説得したとのこと。さらに藤宮神奈子が、かの神への祈りを真摯に捧げ続けることでその怒りが鎮まったという。

 明日香もそれは初耳だったのか、祖母が自分の知らないところで大口真神に仕えるものとしての使命を果たしていたことに驚いていた。

 

「ですが……ここ最近は、その祈りが不十分だと随分とご立腹なようで……」

「も、もしかして……私のせい? 私が祖母の代わりを果たせていないから……!?」

 

 だが、そうしてせっかく収まった怒りが、ここ最近になって再熱し始めていると鬼太郎は語る。その話に明日香はその原因が自分にあるのではと考える。

 

 神奈子が亡くなってからというもの、明日香は彼女の代わりとなって大口真神への祈りを捧げてきた。

 しかし、ここ数日は鹿取家への嫁入り前ということもあってか、実家の神社の方にも碌に帰れていなかったりする。

 もしやそれが原因で大口真神が荒ぶっているのではないかと、明日香の顔に焦りが浮かび始める。

 

 

 

「そういえば……!?」

 

 その話を隣で聞いていて、蘭の脳裏にも浮かぶものがあった。

 

 蘭たちが村の入り口付近で出会した——『巨大な犬の影』だ。

 あの影の唸り声を上げる姿に、大口真神の存在を信じている犬塚などが『随分と荒ぶっておられました』と証言していた。

 もしもあの大口真神が本物で、あの遠吠えが怒りを表していたのであれば。もしかしたら襲われていたかもしれなかったと、蘭の顔色が真っ青になっていく。

 

 

 

「その上で……今回の事件です。正直、今度ばかりはボクたちも大口真神を説得しきれないかもしれません。早急に何とかしなければ、本当に取り返しの付かないことになりかねませんよ?」

 

 さらに起きてしまった今回の事件。またしても大口真神の影が目撃されたと、どこからその情報を聞いたのか、鬼太郎も渋い表情になっていた。

 

 幸い、事件が起きたのはつい先ほどだ。

 人々の間で再び『神罰』だの『祟り』だのと騒ぎ立てられる前——大口真神の逆鱗に触れる前に、この騒動を決着に導かなければならないと鬼太郎が警告する。

 

「そ、早急にって言われても……何をどうすれば……」

 

 だが鬼太郎の警告に怯えた表情をしながらも、蘭が具体的にどうすれば良いか分からずに困惑してしまっている。このような状況下で、果たして自分たちに出来ることがあるのかと。

 

「まずは犯人を見つけ出し……大口真神の無実を晴らすことです。そうすれば、人間たちが大口真神を犯人だと、不埒な噂を流すこともないでしょう」

 

 鬼太郎は具体的な解決策を提示する。

 まずは今回の事件の黒幕、事件の真相を突き止めることで、罪の所在を明らかにすることが大事だとのこと。

 

「そして……明日香さん。貴方が巫女としての役目を果たすことです。これは他の誰でもない、貴方でなければ……大口真神の怒りを鎮めることはできないでしょう」

 

 その上で、一刻も早く大口真神への祈りを捧げ、その怒りを鎮める必要があるともいうのだ。

 これは長年、大口真神に仕え続けていた藤宮家の人間——その末裔である明日香でなければ出来ない役目だ。

 

「ボクの方でも大口真神の説得は続けてみますが……急いでくださいね、あまり時間もなさそうですから……」

 

 鬼太郎も出来ることをすると言ってはくれるが、やはり全ては藤宮明日香に掛かっている。

 釘を刺すように忠告するや、その姿を闇の中へ溶け込ませるように立ち去っていった。

 

 

 

 

 

「……あっ!! 蘭姉ちゃんと、明日香さん? こんなところで何してるの?」

「こ、コナンくん……」

 

 それから暫く、その場から動けないでいる蘭たちだったが、そこに何とも呑気そうな声音でコナンが駆け寄ってきた。

 

「おじさんたちから部屋に戻って休んでろって言われたでしょ? いつまでもこんなところにいちゃ駄目だよ!?」

「え……ええ、そうね……早く……休まないと……」

 

 コナンは、蘭たちがこんなところで不用心に佇んでいたことを注意した。

 それはコナンを探していた蘭からすると何とも釈然としない指摘であったが、正直言い返す気にもなれない。

 彼女は先ほどまで自分が話をしていた相手が、本当にそこに実在していたのかと呆然と暗闇の向こうを見つめ続ける。

 

「………? どうしたの、何かあった?」

「な、なんでもないの!! なんでも、ないから……」

 

 そんな蘭の態度にコナンが不思議そうに首を傾げるが、蘭は笑って誤魔化した。

『実は鬼太郎と話していた』などと言ったところで、きっと彼は信じないだろう。それに小学生に過ぎないコナンに協力を求めたところで出来ることはないだろうとも思った。

 

「蘭さん……」

「は、はいっ!?」

 

 明日香も同じ気持ちだったのか、コナン相手には何も言わないでいる。ただ部屋に戻る際、彼女は蘭に対してこっそりと耳打ちした。

 

「明日……一緒に俊吾さんを説得してくれないでしょうか? 私が……しっかりと藤宮家の役目を果たせるように……」

「そ、そうですね……私でよければ、力になりますから……」

 

 自分と同じものを見聞きした蘭に、明日香は真剣な表情で協力を求める。その頼みに蘭は戸惑いながらも頷き、協力を惜しまないことを約束した。

 

 この事件の真相、犯人を突き止めて『大口真神の無罪を証明する』という点に関しては、きっと彼女たちに出来ることはないだろう。

 だが『大口真神に祈りを捧げる』というのは、藤宮明日香にしか出来ないことであり、なんならすぐにでも実行に移せそうだ。

 

 彼女を妻に迎えようとしている俊吾は、明日香に神職を続けさせる気はない様子だったが、鬼太郎の話を真に受けるのならそうも言ってはいられない。

 

 明日香はそれが己の使命だと、大口真神に仕えるものとしての覚悟が出来たのか。

 その瞳には、揺らぐことのない決意が秘められていた。

 

 

 

 もっとも、結論から言うのであれば——彼女たちが俊吾を説得する必要も、その機会が訪れることも永遠になくなるのだが。

 

 

 

×

 

 

 

「おはようございます。皆さん、よく眠れ……はしなかったようですな、その様子だと……」

「うわぁ~~……ね、眠い……」

「…………」

 

 毛利小五郎は朝の挨拶をしながら、皆が集まっていた食堂へと足を踏み入れた。

 彼と同室の蘭はなかなか寝付けなかったのか目を擦っており、コナンは難しい顔でずっと何事かを考え込んでいる。

 

 翌日の朝——といっても、事件の取り調べを終えた時点で日を跨いでおり、皆かなり遅くに就寝に入ったためか。

 食堂に集まった面々、そのほとんどが眠気眼を擦っており、どこか疲れたようにため息を吐いている。

 

「眠れるわけないでしょう……全く、あの男……どこまで人様に迷惑を掛ければ……」

 

 食堂のテーブルに座る鹿取征子は、不機嫌さを隠そうともせず悪態を付いていた。

 その態度から原戸の死を悼んでいる様子はかけらもなく、面倒ごとを持ち込むだけ持ち込んで死んだ彼を非難するように吐き捨てている。

 

「そ、そんな言い方……しなくても……」

 

 その態度に一応の友人である霧谷がボソリと呟くも、正面切って文句を言う度胸はない様子。

 それに彼自身も、友人の死を悲しんでいるというよりは、何かに怯えるようにずっとおどおどしていた。

 

「蘭さん、例の件ですが……朝のうちに俊吾さんに話そうかと……」

「そうですね。私も、なるべく早い方がいいと……」

 

 そして明日香だが、彼女は小五郎と共にやってきた蘭に駆け寄り、何事かをひそひそと話し合っていた。

 

 ——蘭のやつ、いつの間に明日香さんと仲良くなったんだ? 

 

 女性二人の内緒話に、コナンはやきもきした気持ちで蘭へと視線を向ける。コナンとしてではない、工藤新一として彼女のことが色々と気になるようだ。

 

「毛利様、コーヒーでもいかがでしょうか?」

「ああ、こりゃどうも……ありがとうございます」

 

 食堂にはメイドである綾の姿もあった。

 彼女は小五郎たちにとりあえずのモーニングコーヒーを勧め、小五郎も礼を言いながらテーブルへと着席していく。

 

 

 

「——ところで犬塚。俊吾はまだ起きてこないのですか?」

 

 そうして、時間が経つにつれて事件関係者たちが集っていく中、いまだに姿を見せない鹿取俊吾について母親である征子が使用人である犬塚に尋ねる。

 

「はい、征子様。俊吾様は昨日の取り調べが終わってから……ずっとお部屋にこもりきりで……」

 

 すると征子の問いに、犬塚が少し困ったように返答する。

 というのも、俊吾は犬塚を始めとした使用人たちに『ボクが許可しない限りは誰も入ってくるな!!』と強い口調で命じていたらしく、その命令に従う形で誰も彼の私室には近付いていないというのだ。

 

「それにしても限度がありますね……誰か、部屋まで様子を見に……」

 

 とはいえ、流石に時間的にもそろそろ起きてこなければなるまい。母親として息子の生活態度が極端に乱れても困ると、使用人の誰かに様子を見にいくよう言い付けようとした——。

 

 

 

『——オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 

「な、ななな……なんだぁあああ!?」

「い、今のはっ!?」

 

 そのときだった。

 聞くものの心胆を寒からしめるような、凄まじい唸り声が部屋中に響き渡ったのは。

 

「こ、この唸り声は……大口真神様の!?」

「そんな……もう!?」

 

 その唸り声の主が何者なのか、その存在を信じている犬塚などはすぐにその名を口にする。

 明日香も、瞬時にそれが大口真神の雄叫びだと思ったのか、その顔に焦りを浮かべた。

 

「……今のは、俊吾様のお部屋からではありませんでしたか?」

 

 誰もがその雄叫びに驚いている中、冷静にその雄叫びがどこから聞こえてきたのか、メイドの綾がボソッと呟く。

 

「——!!」

「——!!」

 

 瞬間、小五郎とコナンの二人が勢いよく走り出し、食堂の扉を突き飛ばすような勢いで飛び出していく。

 

「ちょっ……!! お父さん、コナンくんまで!?」

「蘭さん、私たちもっ!!」

「も、毛利様!!」

 

 慌てて飛び出していく二人を追いかける形で蘭や明日香、犬塚といった面々も食堂を飛び出し。

 

「まさか……俊吾!?」

「奥様!?」

 

 息子の危機かもしれないと征子が血相を変え、使用人として綾もその後へと続いていく。

 

「ま、待ってくれ!? 一人にしないでくれよ!!」

 

 そして一人になるのを恐れてか、最後には霧谷も食堂を後にした。

 

 

 

「も、毛利さん……?」

「皆さん……いったい、何が……!?」

 

 一行がドタバタと廊下を走っていると、二人の制服警官が何事かと駆けつけてきた。

 

 彼らは、外部犯である可能性も視野に入れて外の見張りに配備されていた警官たちだ。

 彼らは小五郎たちがどうしてそんなに慌てているのか、まるで分かっていないようであった。

 

「何がって……今の雄叫びが聞こえなかったのか、お前ら!?」

 

 そんな警官たちに小五郎が今の唸り声——大口真神の雄叫びが聞こえなかったのかと叫びように問いただす。

 

「雄叫び……? いえ、我々は何も……」

「え、ええ……外の方は何の異常も……」

 

 ところが、小五郎の言葉に警官たちは首を傾げるばかり。

 外にいる彼らは何も聞いておらず、それどころか異変らしい異変もないというのだ。

 

「おじさん、早くっ!!」

「と、とにかく!! すぐに目暮警部殿に……!!」

「わ、分かりました……!!」

 

 警官たちの言動を訝しむ小五郎だったが、説明している時間も惜しいとばかりにコナンが彼を急かす。

 とりあえず、小五郎は警官たちに目暮警部に連絡するよう指示を出し、自身はコナンと共に二階にある俊吾の部屋まで急行する。

 

「俊吾さん!! 何かあったんですか、俊吾さん!?」

 

 部屋の前にたどり着くや、小五郎は扉をドンドンと叩く。

 しかし鍵が掛かっているのか。呼び掛けに対して返事どころか、物音ひとつ返ってこない。

 

「こうなったら、扉をぶち壊して……」

「も、毛利様……鍵はこちらです!!」

 

 痺れを切らした小五郎が扉を壊そうと構えたが、そこへ別荘の鍵束を持参してきた犬塚が駆け寄ってくる。

 おかげで扉を壊さずには済んだ。しかしどれが部屋の鍵が分からず、早くしなければという焦りからか、扉を開けるまでに少しばかり時間をくってしまう。

 

「お父さん!? いったい何が……?」

「本当に大口真神様が……」

「ちょっと、何もたもたしてるの……早く開けなさい!!」

「…………」

 

 その間に蘭や明日香、征子や綾といった面々も部屋の前までやってきた。

 皆、部屋の中に『何か』が待ち構えているだろうと、各々が覚悟を決めて扉が開かれる瞬間を待っている。

 

 

「——開いたっ!!」

 

 

 そして、ついに小五郎が部屋の扉を開ける。勢いよく開かれた扉、その先に待っていたもの——。

 

 

「ーーき……キャアアアアアアアアアアアア!?」

 

 

 それを目にした瞬間、毛利蘭が悲鳴を上げる。

 一同の視界に飛び込んできたのは、荒らされた室内。部屋中の家具や機器、酒瓶などが散乱する有り様に加え、いたるところに黒い染み——人間の血痕らしきものが付着している。

 

 

『————』

 

 

 そして、何人かは予想していただろう、部屋の中央には——無惨に惨殺された、鹿取俊吾の遺体が転がっていた。

 

「しゅ、俊吾…………はっ!?」

 

 その遺体を目にしてショックを受けただろう、母親の征子が青い顔になりながらも横たわる息子に駆け寄ろうとしたが——。

 

 

『————————』

 

 

 それを許さぬとばかりに、部屋の中央に鎮座する『巨大な影』があった。

 室内は真っ黒で、何故か部屋中を侵食するよう『霧』が立ち込めている中——その犬の影は、俊吾の死体を見下すようにそこに鎮座している。

 

 

「——まさか……お、大口真神……様……?」

 

 

 その影に向かって犬塚が呟きを溢すと、まるでそれに応えるかのよう——。

 

 

 

『——オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 

 大口真神と思しき影が、再び雄叫びを上げる。

 まるでそこに立ち会った全ての人間に、己の存在を知らしめるかのように——。

 

 

 

×

 

 

 

「なんと……こうも立て続けに事件が起きるとはな……」

「ええ……まさか、こんなことになるなんて……」

 

 村の駐在所で一晩体を休めていた目暮警部と高木刑事の二人が、再び事件現場となってしまった鹿取家の別荘へとやってくる。

 彼らは、またも起きてしまった殺人事件を未然に防げなかったことを悔いつつ、目の前の惨状から目を背けず、真実を追求しようと分かる限りの情報をかき集めていた。

 

「被害者は……鹿取家の御曹司、鹿取俊吾さん。昨日の事件では容疑者の一人に数えられていましたが……」

「それが、一転して被害者か……」

 

 高木は亡くなった鹿取俊吾の身元情報を読み上げるが、原戸のときとは違い、その声音にはどこか陰鬱としたものが混じっていた。

 無理もない。つい数時間前まで俊吾と顔を突き合わせ、ごく当たり前のように彼と言葉を交わしていたのだ。

 そんな相手が死んでしまった。刑事である自分たちがもっとしっかりしていれば、その死を未然に防げていたのではないかと、そのような考えがどうしても脳裏を過ってしまう。

 

「少なくとも死後、四時間以上は経っているそうです。凶器はまだ見つかっていません」

 

 すぐに俊吾の死体を調べることになった鑑識によれば、死因は出血死。鋭利な刃物のようなもので全身を滅多刺しにされているとのこと。

 その死に様が、昨日の夜に殺された原戸と全く同じであることは死体を見れば一目瞭然だ。

 

「殺害方法の類似点に、外部からの侵入が不可能なこの状況……同一犯、それも内部犯と見てまず間違いないだろう……そうだな、毛利くん?」

「え、ええ……それはそうでしょうが……」

 

 遺体が見つかった状況、そして屋敷の外に見張りを置いていたという事実から、外部犯という可能性は潰えた。

 目暮はこれが内部犯——この別荘内の誰かが殺人犯で間違いないと。遺体の第一発見者でもある小五郎にも確認を取るよう念押しする。

 

 ただ、そこで小五郎は言い淀む。いつもであれば自信満々に己の推理を披露したりする場面なのだろうが、どうにも歯切れが悪い。

 

「なんだね……まさかキミまで、大口真神の仕業だとか言い出すわけじゃないだろうね?」

「そ、そういうわけではありませんが……しかし、あれは……」

 

 その理由を目暮はそれとなく察し、呆れ気味にため息を吐く。

 

 そう、目暮たちが再び捜査に入る前にも、小五郎を始めとした目撃者たち皆が口走ったのだ。遺体のすぐ側に、それを見下ろすような形で——『大口真神の影』があったと。

 そういったものを真っ先に否定するだろう小五郎ですら、実際にそれを目撃してしまったことでだいぶ混乱している。

 

「だが……その大口真神とやらは、その後すぐに消えてしまったのだろう? それに……そんなものがいたという痕跡など、どこにも残ってないんだぞ?」

 

 しかし、目暮自身はそれを目撃していないため、小五郎の言葉とはいえ懐疑的だ。

 実際、一同が目撃したという巨大な影は、その後すぐにその場から霞の如く消えてしまったとのこと。

 そして、先の事件にも言えることだが、そんな巨大な『何か』がいたというのなら、痕跡の一つでも残っていないと不自然だとのこと。

 確かに部屋が荒らされた痕跡などはあるが、それも人為的なものだと考えられる。それだけで大口真神が関与しているなど、警察関係者からすれば到底認められることではないだろう。

 

 

「——アンタの……せいよ……」

 

 

 もっとも、それはあくまで事件を一歩引いて見た立場だからこそ言えること。

 実際にそれらを目撃した人——事件の当事者たちにとっては、目の前で起きたことが現実なのだ。

 

「アンタがっ!! あの子と結婚なんてしようとしなければ……化け物なんかに殺されることはなかったのに!!」

 

 今回の犠牲者である鹿取俊吾の母として、征子がヒステリックに叫びながら藤宮明日香へと詰め寄る。

『彼女に近づく男は大口真神の神罰によって殺される』——そんな与太話を信じているように見えなかった征子も、いざ大切な一人息子を失った途端、大口真神の巫女である明日香を責め立てる。

 今になって大口真神の存在を認める気にでもなったのか、それとも息子を失った憤りを彼女にぶつけたいだけなのか。

 

「…………っ!!」

「お、奥様!! 落ち着いてください!!」

 

 征子の八つ当たりのような罵倒を、明日香は耐え忍ぶように黙って受け入れる。

 その一方で、怒り狂う征子を犬塚が必死に宥めようとする。彼にも使用人としての立場があるが、それ以上に個人的に明日香を庇いたいという気持ちもあるのだろう。

 

「ふ、ふふふ……つ、次はきっとボクの番だ……でなきゃ……ふへへ……!!」

 

 また霧谷影人。

 一応、原戸と俊吾の友人である彼だが、今回の事件に何か思い当たる節でもあるのか。引きつった表情で薄気味悪い笑みを浮かべながら、何事かをぶつぶつと呟いている。

 

 

 

「皆さん、落ち着いてください!! 大口真神なんてものは迷信です!!」

 

 そんな、事件関係者の多くがパニックになりかけているのを見かねてか、今度は高木刑事がはっきりと断言するように叫ぶ。

 大口真神などいるわけがない、これはあくまで人間の犯した犯罪であると。冷静に捜査を進めなければならない警察としては、正しい主張だろう。

 

「けど、鬼太郎くんは確かに……でも、あれは大口真神のせいじゃないって……」

 

 しかし、もはや言葉だけではとても収拾がつかないと、蘭も自身の混乱を自覚していた。

 特に彼女は妖怪の少年——ゲゲゲの鬼太郎とも遭遇を果たしたのだ。妖怪の存在が確かだと目の前で突きつけられた一方で、それが人間の仕業だと大口真神の言い分を聞かされてしまう。

 もう、何がどうなっているのか訳が分からない。

 

「コナンくん……コナンくんはどう思う?」

 

 自身の考えがまとまらない中、蘭は側にいるであろう江戸川コナンへと話を振った。

 小学生に頼るようで年長者として情けないとは思ったが、それほどまでに狼狽しているということだろう。

 

「……あれ? コナンくん……?」

 

 ところが、そうして頼ろうとした少年の姿がそこになかった。

 

 

 

 

 

 ——まさか、ここまで強引にことを進めるなんてな……油断したぜ!!

 

 コナンは別荘内の廊下を歩き回りながら、犯人の予想外の動きについて思案を巡らせていた。

 

 最初の事件で事件現場から回収した例の『証拠物件』。あれがこちらの手にある限り、犯人も慎重になるだろうとコナンは予想していた。

 

 ところがその予想に反し、犯人は標的の殺害を敢行——いや、強行したのだ。

 多少強引な形でも良かったのだろう、急拵えながらも『大口真神の影』を皆に目撃させるという状況こそ作り出したものの、先の事件のときに比べれば随分と『穴』があった。

 

 他のものはあの『巨大な影』の存在に動揺していて気付いていなかっただろうが、あれが『トリック』だと確信していたコナンからすれば、それが一目瞭然だった。

 きっと犯人にとって『大口真神の仕業に見せかける』という要素以上に、被害者を殺害することこそが何より優先すべき目的なのだろう。

 

 ——けど……どうして?

 

 ——俺の推理が正しければ……犯人はあの人だけど?

 

 だがコナンはこの事件の黒幕——犯人が誰かまで推理しながらも、どうにもスッキリしないと頭を悩ませる。

 

 最初の殺人の時点においては、流石に誰が犯人かまではコナンにも分からなかった。

 だが二回目の殺人の際に犯人が『ボロ』を出してくれたおかげで、ついに今回の事件を起こした下手人の正体へと辿り着くことが出来た。

 

 しかし、だからこそ。コナンにはその人物が——何故そうまでして『被害者を殺害しなければならなかったのか』それが分からないのだ。

 そう、コナンが犯人だと推理したその人物には、原戸や俊吾を殺すだけの『明確な動機』がない筈なのである。

 もしかしたらコナンが知らないだけで、殺害に至るほどの理由があるのかもしれないが——。

 

「待てよ……確か、あの資料に……!!」

 

 ふと、何かを思い出すようにコナンは急いで駆け出す。

 向かう先は自分たちのために用意された客室だ。小五郎の荷物の中から、二年前の事件を調べるためと依頼主から渡されていた調査資料を取り出す。

 

「ええっと……確かこの辺りに……あった!!」

 

 捜査資料のページをめくっていき、コナンは自分が知りたかった情報が記載されているであろう、とある人物の項目に目を通していく。

 最初に読んだときは、大して重要な情報だと思ってはいなかったが——。

 

「…………そうか、そういうことだったのか……」

 

 見方を変えながら、そこに書かれていたことを改めて確認することで、コナンの疑問は解消される。

 

 もしも自分の考えが合っていれば、その人物には確かに被害者を殺さなければならないほどの殺意を抱く理由があったのだ。

 

「…………」

 

 コナンはその人物の心中を思い、正直複雑な感情を抱く。

 しかしどのような理由があろうとも、人が人を殺すことが許されていい訳がない。たとえどのような結末になろうとも、犯した罪の償いはしなければならないのだと。

 

 探偵として、真実を白日の元に晒すことを決意していく。

 

 

 

 

 

「早く!! こっちだよ、おじさん!!」

「なんなんだよ!! たくっ……」

 

 そうして、いざ事件を解決しようとする段階に入るや、コナンは小五郎を空き部屋へと引っ張ってきた。

 

「こんなところに何があるってんだよ……」

 

 小五郎はコナンが『この部屋に事件の手掛かりらしものがある』というから、仕方なくついてきたのだ。

 なんだかんだ言いつつ、コナンのことをただの小学生ではないと認めているのだろう。そこにはもしかしたら本当に何かあるかもしれないという、ある種の期待があった。

 

「よし……」

 

 ところが部屋に招き入れた小五郎の背後へと回り、コナンは自身の腕時計を操作。『照準』を小五郎の首元へと合し、腕時計に搭載されているスイッチを押した。

 すると、腕時計から『極小の針』が発射され、それが小五郎の首元にプスリと刺さった。

 

 

「——あひぃっ!? あひゃあああ……きた、きた……」

 

 

 瞬間、小五郎が奇声を上げながらふらふらとよろめく。そのまま倒れそうになってしまう小五郎の進路方向に椅子を移動させ、上手い具合に彼を座らせた。

 

「お父さん? コナンくん見なかった……って、お父さん……まさか!!」

 

 そのとき、コナンを探していたのかタイミングよく蘭がやってきた。彼女は実の父親が眠るように座り込む姿に、もしやと期待に胸を膨らませる。

 

『ああ、蘭か……コナンに色々と手伝うように指示を出していたところだ……今回の事件を紐解くためのな……』

 

 コナン自身は部屋の隅に身を隠しながら、自分の蝶ネクタイに向かってまるで小五郎のような口調で話し始める。

 すると、蝶ネクタイに埋め込まれた『変声機』がコナンの声を小五郎の声へと変換する。コナンの姿が見えていなければ、まさに小五郎が喋っているかのように見えていることだろう。

 

 これぞコナンが阿笠博士に作ってもらった発明品——『腕時計型麻酔銃』と『蝶ネクタイ型変声機』である。

 

 腕時計に仕込まれた麻酔針により、狙った対象を眠らせることが出来る。犯人確保のためにも使われるアイテムだが、主な用途として小五郎を眠らせるためによく使われるものだ。

 そうして眠らせた小五郎の影に隠れながら、コナンは蝶ネクタイに埋め込まれた変声機によって小五郎の声を使い、彼に代わって事件を解決する。

 

 毎回眠るように、というか本当に眠りながら事件を解決する。

 故に、毛利小五郎は『眠りの小五郎』という異名で呼ばれるようになったのだ。

 

『蘭……警部殿や事件関係者に声を掛けてくれ』

「えっ……そ、それじゃ……犯人が分かったの、お父さん!?」

 

 コナンは小五郎として毛利蘭に声を掛けた。揺るぎない父親の言葉に、蘭はその表情を明るいものへと変えていく。

 ここに来てからというもの、彼女がこの事件が『妖怪の仕業』かもしれないと、ずっと怯えていたのはコナンもある程度察していた。

 昨今の情勢を鑑みればそれも仕方がないことであり、言葉だけでその不安を拭いきれなかったことに、コナンも歯痒い思いを抱いていたものだ。

 

 だが、ここにきてそんな不安を抱く必要などないのだと、堂々と言えるだけの結論に辿り着いたのだ。コナンは蘭を安心させる意味も兼ねて、堂々と言ってのける。

 

 

『そうだ、この事件に最初から妖怪なんてものは絡んじゃいなかった。全ては霧が見せた幻なのだと……俺が今から証明して見せるとも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、コナンが妖怪の——大口真神というものの存在を否定するためにも、その事件を解決に導こうと準備をしていく。

 

 その一方で——。

 

 

『ーーおのれ……許さん、許さんぞ……人間どもめ……』

 

 

 己の名誉を傷つけられたと、怒りに震える巨大な獣が深い霧の中で蠢いていた。

 




人物紹介

 目暮警部
  毎度お馴染み、コナンたちの事件現場担当の警部さん。
  帽子がトレードマークで、それに関する固有のエピソードもあります。
  本名は目暮十三。正義感が強く、部下たちからも慕われている基本はいい人。
  毎回事件現場に居合わせるコナンくんを内心で『死神じみている』とコメントする程度には、正常な感覚はあるようだが?

 高木刑事
  目暮警部の部下の一人。最初はモブキャラから始まって、今では刑事側の主人公的存在。
  本名は高木渉。中の人の発言により、中の人と同姓同名になった。
  先輩である佐藤刑事との恋物語も、コナンという作品らしい特色。
  刑事でありながら、コナンのような小学生にさらっと捜査情報を漏らす……大丈夫? 怒られない?
  

おそらく自分の話の作り方が下手で、上手く伏線とかが貼れていないと思います。
なので、今回の事件のキーワードをいくつかここに記しておきますので、それで色々と推理していただけると助かります。


①霧の中にしか浮かばない影。

②登場人物の趣味、職業。

③一見すると動機がない人物。


とりあえず、この辺りを中心に考えてもらえればと……。
ちなみに、コナンの後のクロス話は……今年やった映画作品からを考えています。
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