ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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皆さん、あけましておめでとうございます。
自分にとって、ようやく正月が訪れたといった感じです。

というのも……去年の暮れから、年明けまでの間。
自分……ずっとコロナで寝込んでいました。
ここに来て始めて、コロナに感染して……自分でもびっくらこいてます。

とりあえず体調も戻りかけてきて、ようやく書きかけていた本作を仕上げることが出来ました。
ですが今回の『名探偵コナン』とのクロスは、正直色々と上手くいかなかったと反省しています。
事件のトリックや解決策、伏線の貼り方や推理パートなど。自分で書いてて結構穴だらけだなと。
とりあえず、物語として形になるように仕上げたつもりですが……推理ものとしてのお約束をいくつか破っているように感じてます。
真面目に推理して下さる読者には申し訳ないような展開ですが……とりあえず、これで今回の話を完結とさせていただきます。

もしも次に推理ものをやることになったら、ちゃんと詳細を詰めてから書くことにいたしますので……今回は、どうかこれでよろしくお願いいたします。



名探偵コナン 其の④

「蘭くん!! 犯人が分かったというのは本当なのかね!?」

「は、はい……お父さんは、そう言っていましたけど……」

 

 二人もの人間が殺害されることになってしまった、鹿取家の洋館の別荘にて。事件の捜査を担当していた目暮警部が、毛利蘭に事件の犯人が判明した事の真偽について問いただしていた。

 とはいえ、彼女も父親である小五郎から『謎が解けた』と告げられ、すぐに関係者全員を集めるように言われたため、詳細は何も聞かされていない。

 

「いったい、何を始めようっていうのよ……」

「は、犯人って……それは……」

「…………」

 

 集められた関係者の面々も名探偵と呼ばれた毛利小五郎の推理を前に期待半分、不安半分といった様子で廊下でおろおろと佇んでいる。

 

 息子を失ったショックから立ち直れていない、鹿取征子。

 大口真神を奉じる巫女の家系、藤宮明日香。

 長年鹿取家に仕え続けてきた老人、犬塚尊。

 友人二人が殺されたことで次は自分の番ではと何かに怯える、霧谷影人。

 そして、メイドである和泉綾。

 

 この五人こそ、今回の事件の関係者。

 もしも犯人が人間だというのならば、この中に二人もの人間を手に掛けた殺人犯が紛れ込んでいるということだが。

 

「みんな、お待たせ!!」

 

 そうして皆が待機していたところへ、江戸川コナンが元気よくやって来た。

 

「準備が出来たから入ってきてくれって……小五郎のおじさんが!!」

「コナンくん……また毛利くんの手伝いかね?」

 

 コナンの呼び掛けに目暮警部は眉を顰める。

 小五郎は捜査中などに現場をチョロチョロと動き回るコナンを厳しく叱りつけるのだが、推理を披露する段階になると彼を助手のように扱い、色々と雑用を頼むことが多い。

 正直なところ、コナンのような子供をこのような事件自体に関わらせるべきではないと思ってはいるのだが、彼のちょっとした閃きのおかげで解決した事件も多いため、今更強く咎めるのも気が引ける。

 

「それで……毛利くんはその部屋で、いったい何を見せようというのだね?」

 

 とりあえずコナンのことについてはまた後で考えるとして、目暮は小五郎の真意を問う。

 小五郎が自分たちを呼び出したのは、俊吾が殺害された事件現場とは異なる別室だった。事件現場を荒らさないようにという配慮だろうが、いったいそこで何をするつもりなのか目暮には検討もつかない。

 果たしてその部屋の中で何が待ち構えているのかと、目暮はドアノブに手を掛ける。

 

 

『——グルウウウウウウ!!』

 

 

 と、部屋に足を踏み入れようとしたそのときだ。部屋の中から、何かの唸り声のような音が廊下にまで響いてきた。

 

「い、今のは……ま、まさかっ!?」

「…………?」

 

 その雄叫びらしき音響に、目暮の脳裏にまさかと事件に関わっているかもしれない——大口真神の存在がちらつく。

 ただ他の面々は、驚きながらもその遠吠えにどこか違和感を覚えた。

 

「も、毛利くん!! 大丈夫かね!! いったい何が……こ、これはっ!?」

 

 目暮は僅かに躊躇しつつ勢いよく部屋の扉を開ける。部屋の中は電気が切られ、カーテンも閉じられて真っ暗であったが。

 

 そんな暗闇の中においても——その『巨大な化け物』が鮮明に映し出される。

 その偉容、その貫禄。まさに怪物と呼ぶのに相応しい巨大な獣が、部屋の中央に堂々と佇んでいたのだ。

 

 

「お、おおっ!! …………ん?」

 

 

 その存在感を前に目暮の口から驚嘆の声が上がる。

 もっとも、その驚きも——すぐに拍子抜けしたものへと変わっていく。

 

 

「これは……映像? 投影機……プロジェクターというやつかね?」

 

 

 そう、気づくのに数秒かかったものの、目暮はその巨大な獣の正体が『投影機』——所謂プロジェクターによって映し出された、ただの虚像であることを見抜いた。

 映し出されたその映像も、よくよく見れば大口真神などではなく、犬のような怪物が暴れている何かしらの映画のワンシーンだということが分かるだろう。

 

 

『——いかがでしたかな、皆さん? これが……大口真神の正体ですよ』

 

 

 目暮を始め、皆がその映像に肩透かしを食らったタイミングを見計らい、部屋の奥から毛利小五郎が話し始めた。

 椅子に眠るように座り込んでいる名探偵。そのすぐ側には、何故か背中を向けている江戸川コナンの姿が見えていた。

 

「毛利くん……これはいったい、何の冗談だね? まさか……こんな子供騙しの映像が本当に大口真神の正体だとでも言う気かね?」

 

 目暮は小五郎の意図を理解しかねていた。

 彼は皆が目撃した大口真神の影の正体が、プロジェクターによって映し出された映像だと主張するつもりのようだ。

 しかしそれならすぐに気付くだろう。実際、目暮はすぐにあれがただの映像だと理解したのだから、その理屈には無理があるのではと訝しがる。

 

『そのまさかですよ。これこそ……この村の人々が恐れる大口真神の真実なのです』

 

 しかし、目暮の呆れたような指摘を気にした様子もなく、小五郎は自らの推理を続けていく。

 

『そのプロジェクターは、俊吾さんの所持品からお借りしたものの一つです。彼は大層な映画好きで、普段からそのようなプロジェクターを使って映画を鑑賞していた……そうですね、犬塚さん?』

「え、ええ……確かに俊吾様はかなりの映画好きで……複数のプロジェクターを所持しておりましたが……」

「けど、本当にそんなことが……?」

 

 小五郎の質問に使用人である犬塚が答える。確かに鹿取俊吾が映画鑑賞を趣味としていたことは、彼のことをある程度知っている人間なら誰もが知るところ。

 もっとも、だからといってあれがプロジェクターによる映像だったと、実際にそれを目撃した面々からすれば俄かには信じ難いことである。

 

『では、それが霧深い闇の中であればどうでしょうか? 視界が不明瞭な中でそれが映像だと、即座に気づける人がどれだけいるでしょう?』

「……!!」

 

 だが小五郎はとある条件下であれば、それが虚像だと見破るのは難しいと。その指摘に何かを察した人々の表情がハッとなった。

 

 皆が自身の推理に耳を傾け始めたのを感じた毛利小五郎——いや、彼の姿と声を借りた江戸川コナンが、いよいよ今回の事件の謎を紐解いていく。

 

 

 

×

 

 

 

『まずは第一の事件……原戸さんが殺害された事件から説明しましょう』

 

 コナンは順番に、まずは原戸大作が『大口真神によって殺されたかのように見えた事件』から解説を始めていく。

 

『犯人は原戸さんをあらかじめ殺害し、その遺体を地面に横たわらせた。そして遺体の上に重なるような形で、プロジェクターで巨大な犬の影を投影して見せたのです』

「ちょっ……ちょっと待っとくれ、毛利くん!!」

 

 だが、すらすらと述べられていく推理の途中で目暮が話の腰を折る。

 

「原戸さんの遺体は屋外にあったんだぞ? プロジェクターというのは、部屋の壁とか大きな幕……スクリーンとかに投影するものじゃないのかね?」

 

 目暮はそもそもな話、プロジェクターを外で使用するという観点から疑問を抱いようだが。

 

「目暮警部……おそらくですが、屋外用のモバイルプロジェクターを使用したのではないでしょうか?」

「な、なに……? モバイルプロジェクター? そ、そんなものがあるのかね?」

 

 そういった機械の扱いに疎い目暮の疑問に、部下である高木が答えを出す。

 そう、一昔前ならいざ知らず。今は屋外の使用を前提とした小型のモバイルプロジェクターというものが市販でも手に入る世の中なのだ。

 バッテリー内蔵型であれば電源を必要とすらしない。今の時代、屋内でも屋外でも自由に映像を映し出すことが可能であった。

 

『その通りです。それに映像を投影するのにわざわざスクリーンを用意する必要もありません』

 

 加えて、コナンはスクリーンなどの特別な映写幕も必要ないと言う。ではいったい、巨大な犬の影を『なに』に投影したというのか

 

 その答えは——この村特有の『現象』にあった。

 

『——霧ですよ、警部殿。この村で発生する霧に対して、映像を投影して見せたのです』

「な、なに? 霧に映像を映し出す? それは……どういうことかね?」

 

 コナンの言葉に今一つピンと来ていないのか、目暮は不思議そうに首を傾げる。きっと言葉だけでは伝わりにくいところがあるのだろう。

 

『論より証拠、実際にご覧になっていただきましょう。皆さん、窓の外をご覧下さい』

「窓の外……?」

「…………?」

 

 故にまずは実演して見せようとコナンが皆に声を掛ける。その呼び掛けに目暮を始めとした一同が、二階の窓やベランダから外を覗き込んでいく。

 

「おお、霧が出てきたが……」

 

 すると突如、別荘全体が濃い霧によって覆われていった。随分とタイミングが良いように思われるが——。

 

『実はこの霧、発生をある程度予測が出来るとのことですが……そうですね、皆さん?』

「え、ええ……誠一郎様が作られた観測所がありまして……それがアプリ機能と連動するようになっております」

 

 犬塚が答えたように、実のところこの村の人間はこの『霧の発生』というものを予め予見できるという。

 数年前から、鹿取家の当主である鹿取誠一郎が設置したという観測所が霧の発生タイミング、その濃度を監視し、それを特殊な防災アプリで報せてくれるとのことだ。

 村の外で活動する企業家でありながら、村のために力を尽くしている——鹿取誠一郎という男性は実に誠実な性格をしているようだ。

 

 もっとも、そんな村のためを思って導入したシステムが、殺人事件の一助となってしまったのは皮肉なことだろう。

 

『それでは、先ほどお願いした通りに……』

「分かりました、毛利さん」

 

 コナンは小五郎の声を用いて電話を掛け、外にいた警官に指示を出した。この推理を始める前にコナンが『小五郎の指示』ということにして警官に根回しをしていたのだ。

 警官はそれが名探偵の指示だと信じ、言われた通りに濃霧の中で作業を進めていく。

 

「何をしているのか、霧のせいでここからでも見えんな……」

 

 勝手に部下たちを使われている目暮はきっと怒っても良い立場だろう。しかし小五郎のことを信用しているのか、黙って事の成り行きを見守る。

 だが霧が濃いせいか、外で警官が何をしているか詳細が見えず、目暮の疑問をますます深まるばかりだ。

 

「準備出来ました、毛利さん!!」

 

 暫くして、霧の中から警官が声を張り上げた。その声のおかげで警官がいる場所が分かり、皆の視線がそちらの方へと集中する。

 

 

『————————』

 

 

 すると次の瞬間、霧の中に巨大な映像が出てくる。

 先ほど部屋で見せられた半端なものとは違う。それこそ——『巨大な犬の影』そのものとしか表現できないものが、霧の中に浮かび上がったのである。

 

「おおっ……!?」

「なんと、確かにこれなら……」

 

 眼前に姿を現した『大口真神の正体』に一同が息を呑む。

 

『どうやら上手くいったようですね……皆さんは、ミストスクリーンというものをご存じでしたかな?』

 

 ミストスクリーン。

 人工的に霧を発生させ、その霧をスクリーンに見立てて映像を投影する技術だ。主に舞台演出などといったエンターテイメントの分野で活躍する技術であり、あまり一般的とは言い難いだろう。

 正直なところ、コナン自身も本当にそれが上手くいくかどうかは実際にやってみるまで確証を得ることが出来なかった。

 勿論、知識としてこういうことが可能だということは知っていたため、そこまで不安を抱いてはいなかったが。

 

『本来であれば霧を発生させるための装置を必要としますが、この濃度の霧であれば十分にスクリーンとしての役目を果たします。まっ……この村だからこそ、出来る芸当と言っていいでしょう』

「うむ……確かにこれを暗闇の中で浮かび上がらせれば、すぐに映像だと気づくのは難しいかもしれんな……」

 

 目暮も、実際にそれが可能なものだと目の前で証明されたことで、それまで半信半疑だった推理に頷き始めていく。

 

「……ん、なんだ?」

 

 そのときだ。そのままその映像を見ていると、佇んでいただけの巨大な犬の影が途端に妙な動きをし始めたことに気づく。

 巨大な犬の影が何もないところで前足を振り上げ、そして振り下ろす。

 その動作を何度も何度も繰り返し始めたのだ。一定の規則性が感じられる動きだが、それだけでは何をしているか分からないだろう。

 

 しかし——。

 

『いかがですか? これが犯行の決定的瞬間です』

「犯行の瞬間…………?」

 

 含みのある言葉に、何を言っているのだと目暮は訝しむ。コナンは今回の事件で犯人が使った犯行方法を具体的な形にすべく、さらに推理を突き詰めていく。

 

『高木刑事、例のものを……」

「あ……は、はい!!」

 

 そのためにまずはと、高木刑事に『例のもの』を出すように告げ、高木もそれに応えていく。

 

「なんだね、それは……ナイフ?」

「これはコナンくんが最初の事件の際、現場で回収した……犯行に使われたと思しき凶器です」

 

 高木刑事が取り出したもの、それは証拠品としてビニール袋に入れられていた『ナイフ』であった。

 それこそ、コナンがこの事件が人間の手によるもの——大口真神など存在しない、全ては犯人のトリックだと見破るきっかけになったものである。

 

「既に鑑識にも調べてもらいましたが、遺体の傷口とも一致しました」

『重要なのはもう一つ……そのナイフが刃先から根元まで黒一色で染められていることです』

 

 当然、それが犯行に使用されたものだということは高木が鑑識にも確認済みである。

 その上で、そのナイフの特色が今回の犯行に重要な意味があることをコナンが説明していく。

 

『仕掛けはこうです。犯人はまず被害者である原戸さんは別荘の外に呼び出した。おそらく……手紙か何かで『お前たちの秘密をバラす』とでも脅されたのでしょう」

「秘密? 秘密とはいったいなんのことだね?」

 

 その際、それとなく触れた被害者の『秘密』という部分に目暮が反応を示す。

 

『それは後で説明しますよ。とにかく、呼び出された原戸さんの隙を突く形で犯人は彼を刺殺……その場に遺体を横たわらせた』

 

 しかし、目暮の疑問に今はまだ語るべきときではないと、まずは犯行の一連の流れを解説する。

 

『その後プロジェクターを設置し、自身の全身を黒い外套で包む。夜の闇と同化することで周囲の景観に溶け込んだのです。ナイフが真っ黒なのも同じ理由ですよ』

 

 所謂『保護色』というやつだ。

 犯人は自らを、凶器のナイフを『黒』に染めることで、景観に溶け込むカメレオンのように闇夜に紛れ込んだのである。

 

『あとは霧が出るのを待ち……そのタイミングで今度は霧谷さんを現場へと呼び出した。原戸さんと同じような方法でね……』

「——っ!!」

 

 さらに犯人は、最初の目撃者として霧谷を選んだ。

 名指しされたことで明らかな動揺を見せたところを見るに、コナンの説明に間違いはないようだ。彼にも原戸同様、バラされては困る『秘密』があるということだろう。

 

『そして、彼の悲鳴で駆けつけた他の目撃者の前で『大口真神が足を振り上げ、振り下ろす』その動作に合わせる形で、遺体に向かってナイフを突き立てたのです』

「な、なるほどっ!! 確かにそれならば、大口真神が遺体に爪を突き立てているように見えたかもしれん!!」

 

 ようやくコナンの言わんとしたことを察したのか、目暮が納得を示す。

 コナンの推理によりさらに犯行時、何が行われていたのかその詳細が解明されていく。

 

『ナイフを振り下ろすタイミングに多少のズレがあったとしても、大口真神という巨大な影を前にした衝撃の中で、そのズレに勘づくものは少ないでしょう』

『そうして、ひとしきり遺体を傷つけたあとで、プロジェクターを回収してその場を離れれば……あたかも大口真神という超常の存在が霧と共に幻のように掻き消えたと、そう思わせることが出来た……しかし、そこで犯人にとって予想外の出来事が起こってしまった』

「予想外の出来事?」

 

 ただ犯行の企み、その全てが最初から最後まで想定通りになるとは限らない。そのときも『とあるアクシデント』が犯人の動揺を誘い、綻びを生じさせてしまったのだ。

 

『コナンですよ。あいつが大口真神の影に向かって、サッカボールを蹴ったんです。当然、ただの映像に過ぎない大口真神には当たりませんでしたが……それが闇の奥に潜んでいた犯人に向かって飛んでいった』

 

 そう、他の誰でもないコナンだ。コナンが咄嗟に繰り出したサッカーボールの一撃が、霧と闇夜に紛れていた犯人に襲い掛かった。

 

『犯人も、まさかサッカーボールなど飛んでくるとは思わなかったでしょうな……なんとかプロジェクターだけは回収して逃げおおせたようですが……そのときに凶器のナイフを取りこぼしてしまったんでしょう』

 

 それが最初の綻びだった。

 そうしたミスがきっかけとなり、犯人は次なる犯行の際にもさらにミスを重ねていくことなるのだった。

 

 

 

×

 

 

 

『さて……ここで第二の事件についても説明させてもらいましょう』

 

 とりあえず第一の事件についての解説を終え、コナンは続け様に第二の事件——鹿取俊吾が殺害された件について触れていこうとする。

 

「はっ!? 毛利くん!! 今キミが話してくれた手口では、俊吾さんが殺された事件の説明が出来ないんじゃないか!?」

 

 ここで、またもや目暮からの疑問が投げ掛けられる。

 大口真神の影が目撃されたという類似点から、俊吾が殺された事件も原戸の事件と同一の犯人だと推定される。

 しかし、鹿取俊吾は先ほどのトリックが活用できないであろう室内で殺されていた。ならばそこにどのようなカラクリがあったというのだろう。

 

『いえ、警部殿。俊吾さんの犯行は第一の事件よりも単純で簡単なものです』

 

 もっとも、そこまで身構える必要はないと。俊吾の事件自体はずっと単純な犯行だと、前振りを入れた上でコナンは推理を始めていく。

 

『第一の事件での取り調べが終わったあと、すぐにでも自室へと引きこもった俊吾さんは……原戸さんが何者かに殺されたことで、今度は自分が狙われる番だと思ったでしょう』

 

 まずは皆が各自解散となった流れの中、俊吾はすぐに一人で部屋の中にこもった。

 誰も入ってくるなと、使用人たちにも強く厳命していたことから、彼がまだ見ぬ犯人に警戒心を抱いていたことは確かだろう。

 

『ですが……彼の部屋は密室というわけではありません。確かに鍵は掛かっていましたが、予備の鍵が保管されている以上、誰でも立ち入ることが出来た状態にあった』

「そ、そうですね……この家の人間であれば、鍵がどこにあるかは分かるかと思いますが……」

 

 もっとも、俊吾の部屋自体が密室というわけではない。事件発生の際、閉じられていた鍵を開けるために犬塚がどこからか鍵を持参して来た。

 つまり、その鍵の保管場所さえ知っていれば誰でも俊吾の部屋に入ることが出来ていたのだ。

 

『まず、犯人は俊吾さんが口にするであろう飲食物に睡眠薬を仕込んだ』

「睡眠薬?」

『ええ、飲み物……おそらくはお酒でしょう。鑑識の方にも調べてもらうようにお願いしてあります』

 

 コナンは部屋の中に空の酒瓶が転がっていたことを思い出しながら、犯人が取ったであろう手口を推理していく。

 

『そして俊吾さんが寝静まったのを見計らい、鍵を使って彼の部屋へ侵入。眠っている彼をナイフで殺害……勿論、第一の犯行で使われたものとは別の凶器でね』

 

 先の犯行とは違い、わざわざ殺害の瞬間見せる必要もないため、普通のナイフで無抵抗の被害者を刺すだけで事足りるだろう。

 

『その後、適当に室内を荒らし……カーテンを閉めながらも窓を全開にし、そしてある仕掛けを施して部屋を後にする』

「仕掛け?」

 

 部屋を荒らすのは、あたかも大口真神が暴れたかのように見せかけるため。

 窓を全開にしたのは、外で発生するであろう霧を少しでも室内に取り込むため。

 

 そして、とある仕掛けとは——。

 

『プロジェクターですよ。部屋に入って来たものが真っ先に大口真神の影を目にすることが出来るよう、位置を調整し……入って来た瞬間に、隠し持っていたリモコンでプロジェクターを作動……そして停止させる』

 

 そう、一番大事なプロジェクターの操作だ。

 俊吾の事件でも、目撃者たちに都合よく大口真神の映像を目撃させるようにしなければならない。

 そのため、現場に小五郎たちが飛び込んでくるタイミングを見計らい、映像を流す必要があった。その一方で、あまりに長々と映像を垂れ流し続ければ、それが虚像だとバレてしまう。

 映像を手頃な時間に操作するためにも、突入時に犯人自身がそこにいてリモコンで操作をしなければならなかった。

 

『私たちが俊吾さんの部屋に駆け付けるきっかけになったあの雄たけび……あれも犯人による仕込みです。食堂に俊吾さん以外の人間が全て集まったところで、あらかじめ用意してた音声データをスマホから再生し、大口真神が襲って来たかのように思わせた」

 

 そのためにも、犯人は食堂であの恐ろしい唸り声——加工された音声を流し、一同を俊吾の部屋の前まで誘導したのであった。

 

 

 

「ふむ……それで、毛利くん? 結局のところ……この事件の犯人は誰なんだね!?」

 

 二つの事件の推理を聞かされた目暮は、ここに来てズバリ結論を求めた。

 今回の事件で、二人もの人間の命を奪った殺人犯は誰なのか。結局のところ、それが分からなければここまでの推理もほとんど意味を成さない。

 

『ええ、勿論……犯人の見当もついていますよ』

 

 コナンはあえて説明するのを避けてきた今回と、そして『前回』の事件の黒幕に関する真相を明かすことにした。

 

『プロジェクターといった機材もそうですが、先ほど検証で使用した映像データも……全て鹿取俊吾さんの部屋の中から拝借したものです』

「……映像データ? いや、それより……そんなものが俊吾さんの部屋にあったということはっ!?」

 

 その際、はっきりさせなければならないこと——それは先ほどの映像データが、鹿取俊吾の部屋に残されていたものだということだ。

 既に大口真神の映像のトリックにプロジェクターが使われた時点で、予想が付いていたものもいただろう。

 

 

『——そう、二年前に乾優弥さんを殺害したのは……鹿取俊吾さんです』

「「「————!!」」」

 

 

 それは皆が薄々と頭の片隅で思っていたことであり、それをコナンははっきりと言葉にする。

 

「そ、そんな……俊吾がそんなことを……っ!!」

「動機は……やはり、明日香さんを巡って……ということでしょうか?」

 

 その推理を征子は実の母親として否定しようするが、使用人である犬塚は俊吾の動機まで冷静に分析してみせる。

 

『ええ、おそらくは……明日香さんに好意を抱いていた俊吾さんにとって、優弥さんの存在は邪魔者でしかなかったでしょうから……』

「…………」

 

 好きな女性を他の男に取られたくなかった。そんないかにもな動機に、明日香の表情が曇っていく。

 結局のところ大口真神が関わっていようがいまいが、事件のきっかけが自分であったことに変わりなかったのだと。その事実は明日香の心を激しく抉ったであろう。

 

『……今回の一連の犯行も、全ては二年前の事件が発端となって起きてしまったことなのです』

 

 コナンも明日香を傷つけるようで心苦しいが、それが真実である以上は語らねばならないと。

 二年前の事件がどのような経緯で行われ、それが今回の事件とどのような関係があるかを暴いていく。

 

 

 

×

 

 

 

『二年前の事件……俊吾さんは事件を神罰によるものと思わせるため、大口真神の映像を使ったトリックを企てました。犯行方法は第一の事件と全く同じもの……いえ、寧ろそのときに取られた犯行手順が、今回の事件でもそのまま利用された……そう考えるのが自然でしょう』

 

 コナンは二年前の事件の概要を推理し始めた。とはいえ、犯行手口の基本的な流れは今回起きた第一の事件と同じもの。

 いや、どちらかというと二年前の事件こそが大元であり、今回の事件はそれを真似た『模倣犯』によるものだというのだ。

 

『違うのは、アリバイ工作のために彼自身は目撃者となったこと……そして、実行犯として原戸さんが雇われたことでしょうか』

「なんだって!?」

 

 ただ相違点として、俊吾は殺害を企てた『首謀者』でありながら、あくまで目撃者に徹した。

 そして霧に、闇に、大口真神の虚像に紛れて乾優弥を殺害し、その遺体に向かって何度も何度もナイフを振り下ろした『実行犯』は別の人間なのだと。

 

 共犯者の存在として、第一の事件で殺害された被害者——原戸大作の名を出した。

 

『そう考えれば、二年前の事件で大口真神が目撃されたときに原戸さんの姿がなかったことに説明が付きます』

 

 そう、乾優弥の大学の友人たちも目撃者となった『優弥が大口真神に襲われた瞬間』に目撃者として居合わせていなかった原戸であれば。

 今回の第一の事件でも使われたトリック——『大口真神の映像が足を振り下ろすタイミングでナイフを振り下ろす』という仕掛けを実行に移すことが出来るのだ。

 

「なるほど……それが先ほども毛利さんが仰っていた、俊吾さんと原戸さんの秘密……ということですか……」

「だとすれば……今回の事件の犯人はその秘密……彼らが優弥さんを殺害した事実を知った上で、彼らを同じ方法で殺した……ということになるわけだ……」

 

 そこまでの話を聞かされ、高木と目暮は先の推理でもコナンが口にした『秘密』という言葉の真意を理解する。

 確かに殺人という罪を犯し、その秘密を握られていたのならば、脅されて呼び出されればそれに応じるしかなかっただろう。

 

『……そしてもう一人、その秘密を共有していた人物がいます』

 

 さらにここで『もう一人の共犯者』のことを説明しなければと。きっと当人もずっと気が気でなかっただろうと、コナンはその人物の名を口にする。

 

 

『そうですよね……霧谷さん?』

「——っ!!」

 

 

 そう名指しされた瞬間、殺された俊吾と原戸の友人である霧谷影人が分かりやすく動揺を露わにする。

 

「き、霧谷さんがっ!?」

「た、確かに彼も二年前に……」

 

 共犯者として霧谷の名前が出たことに、明日香と犬塚が驚いたように声を上げるが、納得出来る部分もあったのか頷く。

 思い返してみれば、確かに霧谷も二年前の現場に居合わせ、俊吾と一緒に『大口真神の偽りの犯行現場』を目撃していたのだ。

 事件の黒幕である俊吾と一緒だったのだから、彼もまた二人の犯罪に加担していたと考えるべきか。

 

『霧谷さんは、他にも重要な役割を担っていた筈です』

 

 もっとも、それだけではないと。コナンは霧谷のとある『経歴』に注目して、彼が二年前の事件で果たして重要な役割について予想する。

 

『霧谷さん、貴方のプロフィールを拝見しましたが……職業の欄がプログラマーとなっていました』

「だ、だったら何だっていうんですか……!!」

 

 事件の関係者として、資料に記載されていた霧谷の職業はプログラマー。プログラミング言語を用い、様々なシステムやアプリケーションを開発するエンジニア職である。

 無論、それだけでは具体的にどのような仕事をしているか曖昧だが——。

 

『貴方の勤めている会社のホームページを閲覧させていただきましたが……どうやらそこは空間演出用のプロジェクター映像の制作を引き受けている会社だそうですね』

「く、空間演出……? それは映像制作を担っているということかね? ……と、いうことは……つまり!?」

 

 霧谷の勤めている会社名を調べてみると映像の制作、演出などの事業を幅広く手掛けている会社であることが分かった。

 それがどういう意味を持っているか、それを理解したのか目暮がもしやと目を見開く。

 

『そう、大口真神の映像……あれは市販で手に入るようなものではありません。不自然さが極力出ないようにするためにも、それ専用の映像用いる必要があったんでしょう。その映像の制作を貴方は俊吾さんから依頼された……そうではありませんか?』

 

 そう、今回のトリックで使われた大口真神の映像、それを制作したのが他でもない霧谷影人なのだ。 

 映像制作など一般的な知識では困難な作業も、プログラマーとしての知識や技術を用いれば可能だろう。きっと制作に関して金銭の授受などがあっただろう。

 

『なんなら、会社の方に問い合わせても構いませんよ。その映像を作れるだけのノウハウが貴方自身にあるかどうかをね……」

「うっ……そ、それは……!!」

 

 仮にここで霧谷本人が映像など作れないと否定しようと、会社の同僚などに聞けば嘘偽りない答えが返ってくるだろう。

 それに関しては言い逃れ出来ないと観念したのか、霧谷も何も言い返せずにいた。

 

 

 

「そうか!! なら、今回の事件は……二年前の事件に自分が関わっていることを知られたくなかったこの男が、口封じのために二人を殺害した……ということかっ!!」

「ちょっ!? ちょっと待ってくれ……それは違っ……!!」

 

 そうして、二年前の事件のことを考慮に入れた上で、目暮は今回の事件の犯人が霧谷であるという結論へと至り、重要参考人として彼を連行しようとする。ところが、その結論に関しては霧谷も真っ向から否定する。

 

『いいえ、警部殿。少なくとも……今回の事件に霧谷さんは関わっていません』

「な、なんだって!?」

 

 実際、霧谷は映像の制作者ではあるが、少なくとも殺人の実行犯ではないとコナンも彼を擁護した。

 

『仮に彼が犯人であるなら、二年前の映像を使い回して、わざわざこんな大掛かりな犯行を実行する意味がありませんから』

 

 確かに二年前の件に関しては、殺人の共犯者として話を聞く必要はあるだろうが、今回の件で彼が事件に関わっているとは考えにくい。

 

『今回の事件の犯人は……わざわざ俊吾さんの部屋からプロジェクターや大口真神の映像データを持ち出してまで、大口真神の姿を見せつけることにこだわりました。これは犯人なりの、俊吾さんたちへの意趣返し……復讐であったと考えられます』

「復讐……」

 

 コナンは犯人の行動。トリックがバレる危険性を冒してまで、大口真神の映像にこだわった理由から、犯行動機が『復讐』であると考える。

 

 当然、二年前に殺害された乾優弥の復讐、彼の殺害に対する報復であることは明白。

 問題は、誰がそれほどまでに優弥の死を悼んでいるということになるわけだが——。

 

「そ、そんな……それじゃあ……犯人は……」

 

 そうした条件に当て嵌まる相手として、蘭がチラリと彼女——藤宮明日香を一瞥する。

 恋人の復讐という、確固たる理由がある彼女であれば、確かに俊吾たちを殺害しなければならないほどの憎悪を秘めていてもおかしくないと考えるだろう。

 

『しかし、彼女ほど分かりやすい動機があれば、俊吾さんも原戸さんも流石に警戒したでしょう。これほど大掛かりな犯行を、彼らの目を盗んで彼女が実行するのは困難を極める筈です』

 

 だが、もしも明日香が犯人として怪しい動きをすれば、きっと誰かの目に留まっただろう。

 原戸が殺された時点で、俊吾も『もしや明日香が殺したのでは?』と、彼女の動きに目を光らせていた筈。

 

『今回の事件の犯人は、誰からも警戒されないような立場でなければなりません……』

 

 そういった理由もあり、コナンは明日香を犯人候補から外した。

 また同じような理由で、霧谷も犯人ではない。原戸が殺された直後、俊吾が霧谷にも疑いの目を向けていたことから、共犯だった彼に警戒心を持っていただろうことは容易に想像できた。

 

『征子さんの前では、俊吾さんも用心していたでしょうから……彼女にも犯行は難しいでしょう』

「あ、当たり前でしょ!! そもそも私が俊吾を殺すなんてっ!!」

 

 また俊吾の母である征子だが、そもそも彼女に対しては自身の罪がバレないようにと、俊吾もかなり慎重になっていたことだろう。

 それ以前に、母親として自分が俊吾を殺すなどあり得ないと本人も声を荒げる。実際、彼女に実の息子を手に掛けるほどの理由があるとも思えない。

 

「なら、あと残っているのは……犬塚さんだけ……」

「…………」

 

 ならばと、残る容疑者候補で最も犯人としてあり得そうな、犬塚へと皆の視線が注がれる。

 彼は鹿取家に仕える使用人だが、明日香の祖母である神奈子と友人であったし、明日香自身とも親しく接しているように感じる。

 彼女の代わりに、彼女の大切な人を奪った俊吾たち相手に復讐に走ってもおかしくはなさそうだが。

 

『いや、それも違う……』

 

 しかし、コナンは彼も犯人ではないと考える。

 

 犬塚はこの土地の人間として、大口真神を強く信仰しているように見受けられた。そんな人間が大口真神の虚像を使ったトリックを進んで用いるのは、コナンが予想する犯人像とも少し違うように思えたからだ。

 

「……ん? おいおい、それじゃ……もう犯人に該当しそうな人は誰も……」

 

 しかしそうなると、事件関係者のほとんどが容疑者から外れてしまうと目暮は困ったようにかぶりを振る。

 まさかここに来て、外部犯の可能性でも視野に入れるのかと。今までの推理は何だったのか若干呆れたような顔になってしまう。

 

『いるじゃありませんか……もう一人。犯人になり得る立場の人が……』

 

 だがまだ。まだ一人だけ、容疑者とされる人物が残っている。

 そして、最後に残ったその人物こそが——コナンがこの推理の果てに、犯人だと結論づけた人間なのだ。

 

「ま、まさか……」

「だって……そんな……」

 

 名探偵の言わんとしたいことを察し始めた一同は、恐る恐るとその人物へと視線を向けていく。

 彼らの顔には驚愕、困惑といった感情がありありと浮かんでいたが、それも無理からぬことだろう。

 

 今回の事件の犯人が『二年前の事件で殺された乾優弥の復讐』でこんなことを仕出かしたというのならば尚更。

 

 誰の胸中にも『どうして?』という疑問が宿る。

 

 コナンも最初はそうだった。

 しかしあらゆる可能性を考えた上で、最終的にその人物しか犯人はいないと。コナンはついに、皆の前で『彼女』を名指した。

 

 

『——和泉綾さん……貴女がこの事件の犯人だ!!』

「………………」

 

 

 声高々に自身の罪を暴露された彼女——和泉綾の頬からは一筋の汗が滴り落ちていた。

 

 

 

×

 

 

 

「——ちょっ!! ちょっと待ってください、毛利さん!!」

 

 名探偵の推理に対し、真っ先に声を荒げたのは犯人だと指摘された和泉綾本人ではなく、同じ使用人である犬塚尊であった。

 

「和泉さんが犯人だなんて……彼女には、そんなことをする理由がありません!!」

 

 犬塚はメイドとしての綾の仕事ぶりを高く評価していた。そういう意味で情のようなものがあったのだろうが、それ以上に彼女には俊吾たちを殺す理由がないと抗議していた。

 

「そうですよ!! だって彼女、二年前には村にもいませんでしたし……」

「ええ……彼女が鹿取家で働き始めたのは一年前だから……それはあり得ないんじゃ?」

 

 それは犬塚だけではない、明日香や征子といった他の事件関係者も思っていたことである。

 

 乾優弥が殺されたのは二年前。それに対して、和泉綾が鹿取家に雇われたのは一年前だ。

 そんな彼女が、どうして復讐のためなどに殺人などという重い罪を背負わなければならないのか、当然の疑問であっただろう。

 

『そう、皆がそう考えた筈です。だからこそ……原戸さんも、俊吾さんも……彼女に対して隙を作ってしまった。その心理的油断が……自分たちの首を絞める結果になるとも知らずにね』

「な……何だって?」

 

 しかし、それこそがこの事件の盲点だと。コナンは彼女に表立った動機がないからこそ、警戒していた筈の被害者たちが殺されてしまった要因になったと考える。

 

 

 例えば、第一の事件。

 原戸大作は脅されたことで別荘の外へと呼び出され、そこには綾の姿があっただろう。

 しかし、原戸は綾をあくまで『ただの使用人』としか認識出来ず、関係ない彼女をその場から追い払おうとした筈だ。

 まさか彼女本人が自分を呼び出し、あまつさえその命を狙っていた輩だと露ほども思っておらず。無防備を晒したところで一突、命を奪われたと予想される。

 

 

 第二の事件でも。

 原戸が死んだことで俊吾が一人部屋に引きこもることを予想した綾は、彼が口にしそうな飲食物にあらかじめ睡眠薬の類を混入したと予想される。

 使用人としての立場を利用すればそれも簡単であり、何だったら本人に直接差し入れてもいい。二年前の事件と関係がない彼女からの差し入れであれば、俊吾もそこまで警戒はしなかった筈だ。

 それが言葉通り、自身にとって最後の晩酌になるとも知らずに——。

 

 

「それは、毛利様の勝手な憶測ではありませんか? それだけで私に疑いを掛けるなど……」

 

 そういったコナンの推理に、綾は落ち着いた様子で平然と言い返す。

 

「その通りだよ、毛利くん……それだけの理由で彼女が犯人だと決めつけるのは、流石に無理があるのではないのかね?」

 

 彼女の言い分に目暮も同意した。

 警察である彼の立場からしても、それだけの理由で彼女を拘束・逮捕することなど出来ないと首を振る。

 

『あのとき……食堂内にいた私たちは、大口真神のものと思しき叫び声を聞きました』

 

 だがコナンは、彼女に嫌疑を掛けたのには他にも理由があると。別の側面から彼女の『不自然な言動』について追求していく。

 

『ですが……外を見張っていた警官たちは、誰もそんなものを聞いていないと証言しています。つまりあの遠吠えは、室内にいた事件関係者たちにしか聞こえていなかったものであり、それがどこから響いてきたかなど誰にもわからない筈だった』

 

 それは、食堂でコナンたちが『犯人によって聞かされた大口真神の叫び声』だ。

 コナンの先の推理通りなら、それは犯人である綾が用意し、その場で再生したものだとされているが。

 

『しかし、あのとき貴女ははっきりこう仰った……その叫び声が『俊吾さんの部屋から聞こえていた』と……』

「——っ!!」

 

 だからこそ、その叫び声の発信源が俊吾の部屋にあると呟いた綾の言葉は不自然なものであり、それが犯人である彼女の工作だったとコナンに疑いを持たせた。

 

『私たちにタイミングよく大口真神の映像を目撃させるため、俊吾さんの部屋に直接駆けつけさせるためだったんでしょうが、あれは悪手でしたな……あの発言がなければ、私もこの結論に至るのに少しばかり時間を必要としたでしょう』

「…………」

 

 自分の失言を指摘されて尚、綾は冷静であったが言葉を返すことが出来ずに押し黙ってしまう。

 

「ですが!! 彼女の勤務態度に問題はありませんでした!! 彼女が俊吾様と直接揉めるようなトラブルもなかった筈です!?」

 

 すると黙り込んだ綾を庇うよう、犬塚が再び彼女には動機がないと異議を申し立てる。

 一年という期間、使用人として働き続けた綾だが、彼女と俊吾との間に殺害に至るようなトラブルはなかったと。当然、原戸とは接点すらない筈なのだが。

 

『彼女の動機……それはそこの調査資料の中に書かれていますよ』

「ちょ、調査資料? ですが……そもそもそこに彼女の名前など書かれては……」

 

 しかしその点に関しても、すでにコナンは答えを出していた。その答え合わせを当人たちにさせるため、その部屋のテーブルに用意していた『捜査資料』を手に取るように促す。

 それは二年前の事件を調べて欲しいと依頼主である明日香たちから提供されたもの。だからこそ、一年前に雇われた和泉綾の名前など記載されているわけがない。

 

『注目して欲しいのは……被害者である優弥さんの家族関係についてです』

「……家族関係?」

「彼の家族は……確か……」

 

 だが、コナンは何故か殺害された乾優弥の項目に目を通すよう促した。

 言われるままに目暮警部は資料のページを捲っていき、その一方で犬塚は自身の記憶を思い返している。

 

『資料によると、優弥さんの両親は彼が子供のときに離婚しています。その後、優弥さんは父親に引き取らせていますが……数年前にその父親も亡くなり、それからは……自身で生活費を稼ぎながら、苦心して大学に通っていたようです』

 

 コナンは資料に書かれていたこと、優弥の家族関係について要点を掻い摘んで話す。

 両親が子供のときに離婚、その上で自分を引き取った父親が数年前に亡くなっており、その後は誰にも頼ることなく生きてきたとのこと。

 それだけを聞いても、相当に苦労を重ねてきた彼の人生が垣間見える。

 

『父親と離婚した母親にも迷惑を掛けたくなかったのでしょう……彼女の方にも、引き取られた一人娘がいたようですから』

「娘……? それはつまり、優弥さんの姉……いや、妹ということか?」

 

 一応、父親と離婚していたとはいえ優弥の母親は存命だった筈だが、その母や『娘』に迷惑を掛けまいと経済的な援助などは求めなかったとのこと。

 

 

 つまり——乾優弥には幼い頃に生き別れた、実の妹がいたというのである。

 

 

『ここからは私の推測が多分に混じっていますが……その妹さんこそが、和泉綾さん……貴女なのではないのでしょうか?』

「——!?」

 

 何気ない名探偵の発言に皆が驚きながら、事件と無関係だと思い込んでいたメイドの方を振り返る。

 

 もしも彼女が乾優弥の妹だというのならば、その血の繋がりこそが殺害動機そのもの。

 殺された肉親の恨み——まさに『復讐』を敢行するに、これ以上ない理由となるだろう。

 

 

「…………」

 

 

 名探偵の推理に、綾は否定も肯定もしなかった。その沈黙が逆に真実を雄弁に物語っているような気もするが。

 

『これに関しては、現時点で証拠も何もありません。否定されるというのなら、それでも構わない。その場合、貴女の素性をより詳しく調べることになりますが……いかがですかな、和泉綾さん?』

 

 それでも尚、コナンは彼女の口から直接自らの素性を明かさせようと追求する。

 その気になれば他の証拠を突きつけ、有無を言わさず彼女の罪を暴き立てることも出来た。実際、このままダンマリを決め込むつもりならそうしていただろう。

 

 

「…………流石ですね、名探偵さん」

 

 

 だが、和泉綾は自身の素性を——自分が乾優弥の妹であるという事実を、あっさりと肯定した。

 

「認めるのですか!? 貴女が乾優弥さんの妹で……その復讐のために、今回の事件を企てたということをっ!?」

 

 これに彼女の罪を暴く側の、目暮の方が驚いていた。

 コナンの推理はあくまで推測に過ぎず、彼女と優弥の血縁関係がはっきりと証明されたわけでも、ましてや彼女の犯行自体が確かなものであると実証されたわけではない。

 こういう場合、容疑者というやつは最後まで『勝手な憶測だ!?』だの『証拠は!?』などと必死になって否定し、最後まで足掻こうとするものだが。

 

「ええ……誤魔化したところで、調べられたら分かることです……最低限の目的を果たしましたし……それに、今の私にはもう……守るものなど何もありませんから……」

「えっ……?」

 

 それでも、綾は自らの犯行を堂々と認めた。

 そこにあったのは既に目的は果たしたという『達成感』と——もう、自分には何も残っていないという、『虚無感』であった。

 

 

 

「私の本名は和泉綾子と言います。和泉は母方の姓ですので……偽証したのは精々自分の名前くらいですね」

 

 和泉綾——改め、和泉綾子は自身が今回の事件で犯行にまで至ったその理由を淡々と語り始める。表面上、そこに怒りや悲しみといった感情を見て取ることは出来ない。

 

「私と兄は幼い頃に両親が離婚したことで離れて暮らすようになりました。兄はどうだったか分かりませんが……正直、私自身は兄のことをほとんどよく覚えていません……」

 

 実際、綾子には優弥が兄であったという意識はあまりなかったとのこと。これだけ大掛かりなトリックを準備し、二人もの人間を殺害しておきながらも随分と淡白な言いようである。

 

「けど……!! 二年前に兄が死んだという報せを受けたのを皮切りに……母が病に倒れて……そのまま帰らぬ人となりました……!!」

 

 ところが話しているうち、彼女の言葉にだんだんと力がこもっていく。

 どうやら兄の死と同時期に、母親が病気で亡くしてしまったようだ。既に父親も亡くなっていたため、綾子には家族と呼べる人が一人もいなくなってしまった。

 先ほどの『守るものがない』という彼女の発言も、つまりはそういうことだろう。

 

「一年前……なんとか母の死から立ち直った私は……兄の死の真相を知るべく……鹿取家に使用人として入り込むことにしました」

 

 それでも、父と母の死は時間を掛けることでなんとか折り合いを付けることが出来た。しかし兄の死は『他殺』、聞けば大口真神なんてものが絡んでいるというではないか。

 そんな得体の知れないものに身内を殺されたなどと、到底受け入れることなど出来ないと。その真相を探るべく、綾子は鹿取家に使用人として潜り込んだのであった。

 

「一年間……メイドの仕事を続けながら、この村を中心に調べて回りました。大口真神の伝承や、それを祀る神社の関係者……そして鹿取家の人間たちのことも……」

「和泉さん……」

「…………」

 

 自らの内情を全て打ち明ける綾子に、彼女の使用人としての働きをずっと見てきた犬塚が、優弥と恋仲だった明日香が悲しそうな目を向ける。

 綾子も犬塚には世話になっただろうし、兄と愛し合っていた明日香に対しても複雑な感情があったことだろう。

 しかし二人の視線から気まずそうに顔を逸らしながら、あくまで綾子を淡々と話し続ける。

 

「そして一ヶ月前……この別荘に盗聴器を仕掛けたことで……ようやく分かったんです!! あの三人が共謀して……兄を殺したという事実にっ!!」

 

 そうして調べ回った末、ついに綾子は真実に辿り着いた。

 二年前の事件、大口真神の仕業のように見せかけて乾優弥を殺したのがあの三人組——鹿取俊吾と原戸大作、そして霧谷影人であるということを。

 彼らがその秘密について内々に話していたことを、仕掛けた盗聴器から知り得たという。

 

「それでこんな事件を……殺されたお兄さんの復讐のために……」

「はい……主犯の鹿取俊吾は勿論、実行犯である原戸も……全て毛利さんの推理通りです」

 

 彼女の話に目暮が複雑そうな表情をする。

 刑事という立場上、殺人など絶対に許してはならないものだが、そこに至るまでの彼女の犯行動機には納得してしまえる部分があった。

 綾子も嘘偽りなく打ち明けられて肩の荷が降りたのか。その後の展開は名探偵の推理通りだと、大人しく警察に身を委ねる様子だ。

 

「予定通りなら……大口真神の映像を制作した霧谷も殺すつもりでしたが……その前に、全て見抜かれてしまいましたね」

「ひぃっ……!?」

 

 だが、最後の一人を取り残してしまったことは残念だったと、霧谷に殺意のこもった目を向ける。

 ここまでの犯行が自分の仕業だとバレなければ、きっと最後は霧谷を殺して復讐を完結するつもりだったのだろう。

 素人目に見ても分かる綾子の殺気に霧谷は怯えるが、それ以上に自分の殺害が未遂で済んだことにほっと胸を撫で下ろす。

 

「霧谷さん。貴方からも詳しい話を聞く必要があるようです……ご同行願いますかな?」

「う……く、くぅううう……」

 

 もっとも、その霧谷にも二年前の事件での共犯容疑が浮上した。目暮が彼からも事情を伺おうと、静かだが有無を言わさぬ迫力で詰め寄る。

 所詮は俊吾たちの腰巾着でしかなかったのか、詰め寄る警察を退ける胆力など霧谷は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

「あの、毛利さん……一つ分からないことがあるんですが……」

 

 そうして、名探偵の推理が終わり無事に事件は解決。だが犯人である綾子に手錠を掛けながら、ふと高木刑事が小五郎に質問を投げ掛けていた。

 

「俊吾さんたちは、どうして犯行用に制作した大口真神の映像を残していたのでしょうか?」

 

 高木が気にしたのは今回の事件、そして二年前の事件でも使用された『大口真神の映像』を俊吾が処分することなく、自身の手元に残していたことだ。

 あの映像、それ自体が二年前の事件が自分たちの仕業であるということを証明しているようなもの。

 またそんなもの残していなければ、今回の事件で意趣返しのような方法で殺害されることもなかっただろうに。

 

『これも私の推察になるが……俊吾さんたちは定期的にその映像を利用し、事件が大口真神の仕業であることを強調しようとしていたんだろう』

 

 高木の疑問に、小五郎を通してコナンは己の考えを口にする。

 二年前の事件後も、俊吾たちがその映像を残していた理由——それは大口真神の悪評を広めるためだと考えられる。

 大口真神の存在を信仰する村人。黙っていても事件が『大口真神の犯行では?』という噂を広めていたかもしれないが、そこへさらなる後押しが欲しかったのだろう。

 きっと霧の濃い日などを狙って、村人が目撃するような形で何度も大口真神の映像を流していたに違いない。

 あたかも、本物の大口真神が荒ぶっているかのよう見せかけるため——。

 

「……あっ!? じゃあ……私たちが昨日見たあれも!?」

『ああ、そういうことだ……』

 

 そこで蘭が思い出したのは、この村に訪れて早々に遭遇した——大口真神のものと思しき影である。

 霧深い中で遭遇したあの影のせいで、コナンの中にも『本物の大口真神がいるのでは?』という疑念が生まれてしまったが、そもそもそれ自体がただの虚像に過ぎなかったのだと。

 そう考えることで、コナンはこの事件のどこにも大口真神などいなかったのだと、そのような結論に至ることが出来た——筈であった。

 

「それはどうでしょうね……」

 

 ところが、そうした理屈を付けて納得しようとするコナンたちに釘を刺すよう、警官に連行されようとしていた綾子が足を止め、皮肉げに忠告する。

 

「皆さんが村を訪れていた頃には、犯行の準備のために私が例の映像を確保していましたから、連中がそれを使用する暇などなかった筈です。勿論、私もそんな仕込みをしたことはありません」

「それと……皆さんを部屋に誘導するために使ったあの鳴き声……あれは私自身が霧の中で遭遇した……あの巨大な犬の影から直に録音したものです」

 

 それは全ての事情を論理や理屈で納得させようとしていた、コナンの考えに疑問の余地を残すような証言であった。堂々とした物言いから、綾子が嘘偽りを述べているようにも思えず。

 

 

「…………」

 

 

 彼女の言葉に対し、コナンも咄嗟に反論を述べる事が出来ず。

 

 

「案外、今もどこかで私たちのことを見ているかもしれませんよ……本物の大口真神がね……」

 

 

 推し黙る名探偵に、どこか勝ち誇ったように綾子が笑みを浮かべて見せていた。

 

 

 

×

 

 

 

「さあ、早く車に乗って……って、またこの霧か……」

 

 事件が解決すればあとは警察の仕事だ。事件の重要参考人として拘束した和泉綾子と霧谷影人を署まで連行しようと、目暮警部が二人をそれぞれパトカーに乗せようとする

 ところがそのタイミングで再び濃い霧が発生、別荘全体を覆い隠してしまった。

 

「すごい霧ですね……これは、少し待ったほうがいいかもしれません」

 

 あまりに霧が濃すぎるため、このまま車を出すのは危険だと高木刑事が待ったを掛ける。霧が晴れるまで少しその場で待機する必要があるだろう。

 

「これは……?」

「犬塚さん……この霧、何かおかしくないですか?」

 

 その際、綾子たちを見送るつもりで別荘の外に出ていた犬塚と明日香の二人がその霧の『異質さ』に首を傾げる。

 それは長い間、この地域の霧深さとずっと付き合ってきた二人だからこそ、気づけた違和感だっただろう。

 

「また霧が出てきたね、コナンくん」

「う、うん……そうだね……」

 

 実際、同じように別荘の外に出ていた蘭やコナンにとってはただの濃い霧だ。滅多に見れない濃霧そのものに驚きながらも、その霧が今までとどう違うかなど分かるわけもない。

 

「おいおい……いつになったら晴れるんだ、これ?」

「どんどん濃くなって……!?」

 

 しかもその霧は一向に晴れることなく、それどころか徐々に濃度を増し続けるばかりだ。

 これに警官たちがざわざわと騒ぎ始め、コナンたちもそこに来てようやく、その霧が今までのものとは明確に違うものだと、肌で感じ始めた。

 

 まさに、その直後だ。

 

 

『——オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

「——っ!!?」

 

 

 凄まじい唸り声が大気を震わせる。

 何度か聞いた覚えのあるその遠吠えに、その場にいた全員が思わず綾子の方を振り返った。

 

「私じゃ……ありませんよ……」

「お、俺でもないぞ!!」

 

 大口真神と思しき遠吠えをトリックに用いた綾子の仕業だと思ったのだろう、しかし警官に拘束されている彼女がそんなこと出来るわけもない。当然、霧谷の仕業でもない。

 

 ではいったい、今の叫び声はいかなる仕掛けなのかと誰もが考えただろう。

 その答えが——地響きと共に霧の奥から姿を現す。

 

 

『——グゥウウウウ……グォオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 足音らしきもの踏み鳴らせながら、霧の奥から姿を現したそれは朧げな影などではない。明確な実体を持った巨大な狼そのものであった。

 先ほど虚像の大口真神を見せられた後だからこそ、それがよりリアルなものだと強制的に分からされてしまう。

 

 

『——貴様らか……我が名を貶め、辱めた……恐れ知らずの人間どもは!!』

 

 

 おまけに、それは確かな意志を持って人間たちに向かって語り掛けてきた。その声音からは確かな『怒り』を感じ取れる。

 自分の名を利用した人間に対して、絶対的な敵意を剥き出しにしながら吠え猛っていたのだ。

 

 

 

「う、うわああああ!?」

「う、撃て!? 撃てぇえええ!!」

「ま、待てっ!?」

 

 突然姿を現した巨大な怪物に、警官たちは悲鳴を上げながら懐の銃を抜いて発砲する。部下たちの勝手な行動を目暮がどうにかして制止しようとするが、一歩遅かった。

 

『…………フンッ!!』

 

 もっとも、その程度の豆鉄砲など何の意味もないとばかりに、巨大な狼がわずわらしそうに巨腕を振るう。

 

「うわああああああ!?」

「お、おい!! 大丈夫かっ!?」

 

 その一撃はパトカーを殴り飛ばし、衝撃の余波で警官たちを吹き飛ばす。一撃で戦闘不能となってしまった警官たちに高木刑事が慌てて駆け寄る。

 とりあえず一命を取り留めたようだが、暫くの間警察という抑止力は機能しないだろう。

 

 ——野郎、この後に及んで!! 下手なトリックをっ!!

 

 その光景を眼前で目撃したコナンであったが、彼はそれがあくまで人為的な何か——トリックの類であると判断した。

 綾子か、霧谷のどちらかがこの混乱に乗じて逃げ出すため、あらかじめ仕組んでいたのだろう。大口真神などいないと、自分自身を納得させた直後だからこそ、尚更そう思い込んでしまう。

 

 故に、この間のようにこちらから反撃すれば早々に逃げ出すだろうと、コナンはボール射出ベルトに手を掛ける。

 ダイヤルを回してサッカーボールを射出、キック力増強シューズの出力を最大にして思いっきり蹴り込む。

 

「——くらいやがれ!!」

 

 コナンの右足から放たれた渾身の一撃は、吸い込まれるかのよう大口真神の顔面へと飛来し——そして、直撃する。

 

 

『————ッ!?』

「よし、当たった!! …………えっ、当たっ……?」

 

 

 自分の一撃で動きを止めた大口真神に、コナンは思わずガッツポーズを取っていたが——すぐにサッカーボールを『当てられた』という事実にキョトンとなる。

 それがただの虚像であれば、ボールなど命中することなくすり抜ける筈だ。それが命中してしまったということはーー。

 

『小僧……貴様、よくもッ!!』

「ま、まさかっ……!?」

 

 眼前のそれが映像などではない、実体をともなった本物であることを意味している。

 自身の理解を超える存在に驚愕するコナンを余所に、大口真神は『人間の小僧が自分にボールをぶつける』などという無礼にますます怒り狂う。

 

 怒りの矛先を完全にコナンへと狙い澄ました巨体が、勢いよく彼の元へと迫ってくる。

 

『人の子が……身の程を知るがいい!!』

 

 そして怒りに身を任せるまま、コナンに向かって前足を振り上げようとする。

 事件のトリックで何度も何度も、死体に向かって前足を振り上げていた大口真神の虚像ではあるが、本物のそれが直撃などすれば人間など紙屑同然に引き裂かれてしまう。

 コナンの小さな肉体なら尚の事、原型など残らぬほど無残な死体へと変わり果ててしまうだろう。

 

 

「——コナンくん!!」

 

 

 そんなことはさせまいと、そこで毛利蘭が動いた。

 

 妖怪やお化けの類が苦手な彼女ではあるが、保護者としてコナンを守らなければと。

 麻酔針の効果で未だに眠りこけている小五郎の代わりに、勇気を振り絞って飛び出し、コナンの小さな体を抱きかかえながら横っ飛びに大口真神の一撃を回避する。

 空手の有段者なだけあって見事な反射神経である。だが、どれだけ空手が強かろうと相手は本物の怪物だ。体格差を見ただけでも、勝負にならないのが分かるだろう。

 

「っ……!!」

「ら、蘭姉ちゃ……蘭っ!?」

 

 それでも、彼女は最後までコナンを守ろうとする姿勢を貫く。

 蘭に庇われる中、コナンは『江戸川コナン』としてではなく、『工藤新一』として彼女の名を叫んでいた。

 

 

「——髪の毛針!!」

『——グォオオ!?』

 

 

 そのとき、コナンたちに大口真神が追撃を加えようとした、まさに間一髪のタイミングで銃弾よりも鋭い一撃が放たれる。

 無数の針のような髪の毛が、荒ぶる大口真神の動きを止めたのである。

 

「あれは……!?」

 

 それが誰の仕業によるものか、大口真神の暴れ様を見ているしか出来なかった藤宮明日香が瞠目する。

 既にその『少年』から、大口真神の怒りを鎮めなければならないと警告を受けていた。

 きっと明日香たちがモタモタしていたから、大口真神が痺れを切らして暴れ始めてしまったのだろう。

 

 だがそれでも、明日香たちを見捨てることなく彼——ゲゲゲの鬼太郎は手助けに来てくれた。

 

『——貴様……ゲゲゲの鬼太郎!! 我の邪魔をする気か!?』

「…………」

 

 既に面識があるのだろう、巨大な獣の顎からも苛立ち気味に彼の名が叫ばれる。

 並の人間なら震え上がるだろう怒気が込められたその雄叫びを前に、鬼太郎は怯むことなくその小さな体で巨大な獣へと立ち塞がる。

 

 

 

「——もうよせ!! 大口真神!!」

 

 対峙する大口真神を相手に、鬼太郎の頭からひょっこりと顔を出した目玉の小人——目玉おやじが呼び掛ける。

 

「人間を直接手に掛ければ、お前は本当の意味で血に飢えた獣に成り果ててしまうぞ!! それで良いのか!?」

 

 彼は大口真神が怒り狂う原因——『人間たちに冤罪を擦りつけられ、それによりその身が神聖なものから、邪悪な魔性へと堕ちてしまう』という、神としての苦悩を承知の上で制止を掛けていた。

 実際、確かに大口真神の神性は人間たちからの風評被害の影響で失われかけてはいるが、そこまで致命的なものではない筈だ。

 寧ろ、ここで人間を直接殺害するようなことをすれば、それこそ大口真神は血に飢えた怪物と認知されてしまう。

 

『黙れッ!! 貴様なんぞに、何が分かる!!』

 

 大口真神もそれは理解しているのだろう。だがそれでも、彼は自らの怒りを鎮めることが出来ずに憤っている。

 

『ただでさえ、昨今の人間どもは神への敬いを忘れた愚か者ばかり!! そのくせ、困ったときだけ我の名に縋ろうと、体よく擦り寄ってくる!!』

 

 そう、大口真神の不満は今に始まったことではない。

 

 古き御世、人間は神々の存在を当たり前のように信仰し、その存在の偉大さに畏れを抱き、深い敬意を持って接していた。

 しかし現代を生きる人間たちにとって、神など昔の人たちが想像した空想。妖怪同様、目に見えないものとしてぞんざいに扱うものも多くなった。

 現在の情勢、妖怪の存在が広く認知されるようになった今だからこそ、それに付随するよう神頼みをする人間が増えたかもしれないが、それも自分たちが苦しいからと都合良く神の名に縋っているに過ぎない。

 

 そんな中で、今回のような殺人事件で濡れ衣を着せられ、その名誉を不当に貶められたのだ。

 大口真神の立場からすれば怒って当然。ずっと溜め込んでいた不満を爆発させるのに十分過ぎる理由である。

 

『今こそ、愚かな人間どもに思い知らせてやらねばならん!! 神を怒らせたらどうなるかをッ!!』

「くっ……!!」

 

 その言い分に納得出来る部分を感じてしまっているのか、鬼太郎も戦いにくそうだ。

 この怒れる獣をただ単純に退治する、そんな終わり方では到底納得できないのだろう。

 

 

「——大口真神っ!!」

 

 

 すると、そんな神の怒りに応えるかのよう——。

 

「お、お前の名を貶めたのは私だ! 私と、この男が……お前の名を語り、その名を地に貶めたっ!!」

「な、ななな……何をっ!?」

 

 和泉綾子が叫んでいた。

 彼女の隣には、大口真神の存在感を前に腰を抜かして動けないでいる、霧谷の姿もある。

 

「どうか罰するなら私とこの男を……それで、貴方の怒りを収めていただきたい!!」

 

 綾子はその体を恐怖で震わせながらも、自分に罰を下せと懇願するように訴えている。

 そして、その神罰に霧谷も巻き込もうとしていた。

 

 

 

 ——和泉さん!! 霧谷さんを巻き込んで……死ぬつもりだ!!

 

 コナンは綾子の目的を瞬時に読み取り、歯噛みする。

 彼女は大口真神の怒りの矛先を自分と霧谷へと向けさせ、殺させるつもりで叫んでいる。最後に殺害する予定だった霧谷を道連れにし、自分自身の生を終わらせようとしているのだ。

 

『ほう……殊勝な心掛けではないか。ならば、望み通りに……引き裂いてくれるわ!!』

 

 綾子の訴えに大口真神も反応した。怒りをぶつけるべき相手を見定めたことで、その一点へと怒気を集中させる。

 

「よせ、大口真神!!」

 

 そんな大口真神の怒りを押し留めようと鬼太郎は奮起するが、やはり踏ん切りが付けられないのか致命的な攻撃が出来ないでいた。

 

「くそっ……!!」

 

 当然、コナンもその暴虐を阻止するために動きたかった。

 綾子の無謀な行為はまさに『自殺』そのもの。コナンにとって、追い詰めた犯人に自害されるなど、探偵にあるまじき失態である。

 しかし現実問題、今のコナンにあのような強大な暴力を食い止める手段などあるわけもなく。

 鬼太郎があの怪物を食い止められるかどうか、それを見届けることしか出来ない自分の立ち位置に悔しさを滲ませる。

 

 

「——お待ちください!! 大口真神様っ!!」

 

 

 だがここに来て、鬼太郎以外で大口真神を諌められる立ち位置にいる彼女——藤宮明日香が叫ぶ。彼女は低頭平身、許しを請うように頭を下げ、大口真神に向かって声を張り上げた。

 

「貴方様のお怒りは正当なもの……しかしどうか、この人の罪をお許しください!! 全ては……貴方様への祈りを蔑ろにした……私たち、藤宮家の責任なのですから!!」

「駄目です、明日香さん!!」

 

 明日香は大口真神の信仰が薄れてしまったこと、それそのものが自分たちの責任であると主張した。神の怒りを率先して買うような彼女の発言に、犬塚が必死に彼女を止めようする。

 

「なんで……どうして止めるの!? なんで……死なせてくれないの!?」

 

 綾子も、自分を庇おうとする明日香に邪魔をするなとばかりに突っかかる。

 もはや家族などおらず、生きる意味など何もない綾子にとって、憎い相手を道連れに死ねるのは、ある意味で救いなのかもしれない。

 

「死なせません……優弥さんも、そんなこと……望んでいない筈ですから……」

「……!!」

 

 けれど、そんな自暴自棄な綾子を見捨てることなく、彼女を生かそうとする明日香。

 きっと彼が——自分が愛した人が生きていれば同じ選択をするだろうと、その意思を継ぎ、綾子を守ると決意。

 藤宮家の人間としても、その役目を全うしようと覚悟を決める。

 

『!! そうか、お前が……今代の巫女か……』

 

 その覚悟の程を感じ取ったのか、大口真神がその動きを止めた。

 そしてゆっくりと明日香へと近づけ、その吐息が掛かるほどの至近距離から彼女のことをじっと見つめる。

 まるで明日香という巫女の器、それを見定めるかのように。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 その光景を、誰もが固唾を呑んで見守っているしかなかった。

 鬼太郎ですら、大口真神が気持ちを落ち着かせてくれることを祈るような気持ちで見つめる。

 

『お前と同じ匂いをした巫女は……我への敬意を決して忘れなかった……』

「!!」

 

 ややあって、大口真神は鼻をひくつかせながら明日香に言い聞かせるよう呟きを溢した。

 明日香と同じ匂いの巫女——十中八九、明日香の祖母・神奈子のことだろう。鬼太郎も、彼女の祈りが大口真神の怒りを鎮めるのに一役買っていると言っていた。

 

『お前も……決して我への敬意を忘れるな。我が再び重い腰を上げるかどうかは……お前の双肩に掛かっていると思え……』

 

 大口真神も、神奈子のような真に心からの祈りこそが重要だと。

 強く釘を刺すような言葉を残し、そのまま踵を返し、霧と共にその場から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

「おいおい……いったい、何があったんだ!!」

「あっ……お父さん……」

 

 そうして、大口真神の姿が影も形もなくなったところで、ようやく眠りから目覚めた毛利小五郎が別荘から顔を出した。

 ずっと眠りこけていた彼からすると、いったいここで何が起きていたのか訳もわからぬ状況だろう。

 

「おい大丈夫か? 気をしっかり持て!!」

「う、うぅううう……」

 

 最初に吹っ飛ばされた警官たちや、彼ら介抱する目暮警部たちも。大口真神の姿こそ目撃したものの、いったいあれがなんだったのか、それを明確に説明出来る立場におらず。

 

「た、助かった……のかな?」

「…………」

 

 蘭とコナンも、嵐が過ぎ去ったことにほっと安堵しながら、どこか釈然としない様子だ。

 全てを知っていたかもしれないゲゲゲの鬼太郎も、いつの間にか姿を眩ましていた。きっと今この場に残った人間たちでは、今しがた起こった現象、その全てを説明しきることは出来ないだろう。

 

 

 結局、この数分間の出来事は公式にはなかったことにされ、全ては『霧が見せた幻』と片付けられることとなる。

 

 

 しかし今回の出来事は、江戸川コナンに——工藤新一という探偵にとっても、決して忘れられない事件としてその記憶に刻まれることとなる。

 

 妖怪、神、怪物。

 まだ完全にそれらの存在を認めたわけではないが、そういった目に見えない何かが裏で暗躍するような事件もあるのだろうと、どこか折り合いを付けるようになる。

 

 

 

 

 そして願わくば、そのような事件には二度と遭遇したくはないと。

 心の片隅で静かに祈るばかりであった。

 

 




人物紹介

 和泉綾→和泉綾子
  今回の事件の犯人。
  事件と無関係と思いきや実は〇〇だったんです!! のパターン。
  一応、それっぽく偽名を使っていたと名前の表記を途中で変更していますが……意味があったのかなと、自分でも首を傾げています。
  最後の最後で唐突感のあるキャラ設定など、正直もうちょっと上手く伏線を貼りたかったです。


次回予告

「父さん、人間たちがまたしても政権を乗っ取られたそうです。
 暫定政権なので仕方がないところもあるのでしょうが……この国の政治は大丈夫なんでしょうか?
 新たに政権を握ったのは……過去の偉人だとか。どうして死んだ筈の彼らが……今回の事件にも、やはり妖怪が絡んでいるのでしょうか?

 次回――ゲゲゲの鬼太郎『ぐだぐだ内閣・もしも〇〇〇〇が総理大臣になったら』
見えない世界の扉が開く」
  

次回は、去年観た結構面白かった映画『もしも徳川家康が総理大臣になったら』。
正確にはそのオマージュです。
〇〇〇〇のところには、徳川家康ではなく別の偉人が入ります。
サブタイトルから色々と察して、楽しみにしていただければと思います。
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