ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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4月から『ゲゲゲの鬼太郎 私の愛した歴代ゲゲゲ』と称したセレクションエピソードが放送されます。
個人的にも嬉しい話なのですが……新規番組、作れなかったのかとも思ってしまった。

今回の話……ぐだぐだ系列の偉人たちが大量に登場します。
正直大半は賑やかし要員で、今作の話と直接絡まない面々がほとんどです。
ただ中には後々の伏線のため、今から暗躍しているような偉人もいますので、いずれその時が来たとき『アレ』はそうだったんだなと、思い出して見返してもらえれば幸いです。


本編を読む前に発表する……これが、ぐだぐだ偉人内閣最強メンバーである!!


総理大臣・織田信長!!  官房長官・坂本龍馬!!
経済産業大臣・森長可!! 防衛大臣・柴田勝家!!
総務大臣・武田信玄!!  法務大臣・上杉謙信!!
外務大臣・高杉晋作!!  文部科学大臣・吉田松陰!!
財務大臣・茶々!!


…………異論は認める。



ぐだぐだ内閣・もしも織田信長が総理大臣になったら 其の③

「さて……皆、集まったようじゃな……」

「…………」

 

 軍服を纏った少女・織田信長の重苦しくも可愛らしい声が室内に響き渡る。彼女は部屋の最奥、重厚感溢れる大きなソファーにその小さな体をうずめていた。

 彼女の隣には内閣官房長官を務める坂本龍馬が立っている。彼は帽子を深くかぶり直し、信長の表情や部屋の中に居並ぶものたち——他の偉人内閣の面々の様子を伺う。

 

「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」

 

 そう、ここに集められた錚々たるメンバーこそ、偉人内閣の重鎮たち。

 この国に窮地を救うため『何者』かの手により、反魂の術にて地獄より復活した——日本の歴史にその名を刻んだ英雄たちである。

 

「——では、これより閣議を始める」

 

 その偉人たちの中心人物として、内閣総理大臣・織田信長がこの国の未来を担う閣議の音頭を取っていく。

 

 

 

「まずは権六、勝蔵。先日の槍働き、誠に大義であった……」

 

 閣議の始め、信長は先の戦の功労者——柴田勝家と森長可の労をねぎらった。

 彼らは地獄からの追手・秦広王率いる獄卒たちを見事に退け、その武力をテレビ越しに全日本国民に見せつけた。

 これには偉人内閣の存在に懐疑的だった人々も、彼らの存在と実力が本物であることを思い知っただろう。

 

「勿体無きお言葉……!! この権六、信長様の命であれば地獄の鬼でも、神や仏であろうと切り捨ててご覧に入れましょうぞ!!」

 

 信長からの称賛に防衛大臣・権六こと柴田勝家は膝を折り、臣下の礼を取った。

 戦場で『鬼柴田』と恐れられる彼だが、兜を脱いだ素顔はまさに老人。立派な髭を蓄えた顔付きは、笑えば好々爺といった感じの柔らかを持ち合わせていた。

 

「ひゃっはっはっはっは!! 任せとけや、大殿!! 大殿の言うことが聞けねぇ奴は、俺が全員ぶっ殺してやっからよ!!」

 

 片や、経済産業大臣・勝蔵こと森長可は頭すら下げずに笑い声を上げている。

 その笑みには、戦場で鬼ども嗤いながら惨殺していたときと全く同種の『狂気』が内包されていた。とても主である信長に向けるような笑み、態度とは思えないが。

 

「お前もわしの言うことなんぞ、碌に聞かんじゃろうが……」

 

 そんな森長可の無礼な態度に、信長はどこか諦めを含んだため息を吐く。

 森長可という武将の傍若無人ぶりは今に始まったことではない。戦場での命令無視、関所破り、役人殺しなどなど。

 幾度となく行われてきた問題行為に対し、信長は『鬼武蔵なら仕方ない』と苦笑いを浮かべながら全てを許したという。

 

 それだけ、森長可——森家の人間を重用していたということだ。

 信長の信頼に応えるよう、長可やその弟である森蘭丸も、命懸けで彼女に仕え続けたのである。

 

 

 

「さて……早速じゃが、我が国の復興状況について……総務大臣!!」

 

 柴田勝家や森長可への称賛もほどほどに、信長は次なる議題——『日本の復興状況』について総務大臣の説明を求める。

 さきほどの会見でも語ったように、偉人内閣では先の大戦からの『戦災復興』が重大な政策の一つとして掲げられていた。

 故に、それを任せられるものにはそれ相応の責任感が求められそうなものだが——。

 

「…………」

 

 それを指揮する筈の総務大臣は信長の呼び掛けに即座に答えることなく、ソファーに深く腰掛けながらマイペースにタバコなどふかしている。

 

「ええい!! 貴様に聞いとるんじゃぞ、信玄入道!!」

 

 これに信長が急かすように再度呼び掛ける。すると総務大臣はタバコの火を携帯灰皿で揉み消しながら、やれやれといった具合にようやく重い腰を上げる。

 

「そう急かすな。一服くらいさせろって……」

 

 そして信長への愚痴を堂々と溢しながら、総務大臣・信玄(しんげん)入道(にゅうどう)こと——武田(たけだ)信玄(しんげん)が口を開いていく。

 

 

 武田信玄は、織田信長に勝るとも劣らぬ知名度を誇る、戦国武将の一人だ。

 甲斐の虎の異名で恐れられ、戦国最強と謳われた騎馬軍団で数多くの戦を勝利へと導いてきた。また『風林火山(ふうりんかざん)』という、軍を動かす際に理想的な動きとされる孫子の一節を旗に掲げたことでも有名であり、信長ですら信玄が存命の間は武田家との直接的な対決を避けるほどだった。

 為政者としても優れていたとされ、諜報や外交は勿論。領国経営でも新田開発や灌漑(かんがい)事業、治水事業を積極的に進め、領内の暮らしをより豊かなものへと改革していったという。

 信玄が総務大臣という立場に置かれたのも、その優れた内政手腕を買われてのことだろう。

 

「概ね予定通りだ。追加人員が必要な場所には自衛隊を投入するよう、防衛大臣とも協議済み。一ヶ月……いや、二週間もあれば初動期も終わり、復興計画を次の段階に進められるだろう」

 

 実際、復興全体の指揮を取る武田信玄の指示は的確。ちびノブたちや自衛隊による数に頼った人海戦術といえど、破格のスピードで全国各地の復興を澱みなく進められているとのこと。

 

「そうかそうか、流石は信玄入道といったところ……ところで話は変わるんじゃが、お主ちょっと現代に染まりすぎではないかのう? なにその格好? どこの歌舞伎町から来おった?」

 

 信玄の働きは流石と褒め称える信長——だが、それ以上に気になっていたのか、彼女は武田信玄の『格好』について言及していた。

 

 武田信玄といえば、真っ赤な甲冑や白い毛の付いた兜での姿が広く知れ渡っており、そんな無骨な出立に合わせるよう、本人も生粋の武人というイメージが一般的だ。

 ところが総務大臣としてソファーに腰掛ける彼は、洒落たスーツに赤いコートを羽織るという、服装が現代人のそれになっていたのだ。

 本人の顔立ちが非常に整っている若い姿であること、タバコを吸う仕草からも色気を感じるところから、まるでどこぞのホストのようである。

 唯一、手にしている『軍配』が辛うじて信玄らしさを主張していると言えなくもないが。

 

「別になんだっていいだろう……お前こそ、なんなんだそのふざけた格好は?」

 

 もっとも、信玄は信長の軍服姿にこそ呆れたようにため息を吐く。

 確かに信玄のスーツ姿は戦国時代の彼のイメージからかけ離れたものだが、信長のそれは現代でも明らかに浮いた衣装であることに間違いない。

 

「ああん!? この格好のどこがおかしい!? 某第三帝国の軍服をモチーフにわし自らがデザインしたものを、超有名ファッションデザイナーに作らせた一点物じゃぞ!!」

「…………なんでそんなもの参考にしたんだ?」

 

 だが、信長は自身の美的感覚に微塵も疑いを持っていないようで。どうしてどこぞの第三帝国を参考にしたのかという信玄の疑問もそっちのけで、プンスカと怒りを露わにしていく。

  

「——晴信も、信長も戦国武将としての自覚が足りていませんね。揃いも揃ってそのような浮ついた格好で、この国の行く末を決める閣議に挑むなど……」

 

 すると、そんな二人の会話にやれやれと割って入る、凛々しい女性の声が響き渡る。

 声の主の女性は、頑丈さよりも動きやすさを重視した軽装の鎧、手に長槍を握りしめた戦装束に身を包み、頭部を白頭巾で覆っていた。

 頭巾の隙間から見える長髪は神々しいほどに白く、その美貌に浮かぶ笑みもどこか人間離れしているように見える。

 

「その点!! 私は生前も愛用したこの戦装束で!! 戦場に挑むような心構えでこの場に臨んでいますからね!!」

 

 実際、陽気に話しているように見えている今も、口元は笑っているが目の奥は笑っているように見えない。その瞳の奥に人ではない『何か』が潜んでいるようで、見るものによっては気味が悪いと感じるだろう。

 

「なんたって私!! 戦国最強、上杉謙信ですから!! 法務大臣として、どんな極悪人だろうと皆殺しにして差し上げましょう!!」

 

 もっとも当の本人はそんなこと気にも留めず、彼女——上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)は法務大臣として、ちょっと間違った方向にやる気を漲らせている。

 

 

 上杉謙信もまた、信長や信玄と同様に戦国を代表する武将の一人だ。

 自らを『毘沙門天の化身』と称したかの者は、その神がかった無双っぷりで数多の戦で圧倒的な勝利を収めてきた。生涯、七十戦にも及ぶ戦のうち、そのほとんどに勝利してきたという戦績は、まさに戦国最強と呼んでも過言ではないだろう。

 上杉謙信といえば、武田信玄との宿敵関係でも有名だ。甲斐の虎と呼ばれた信玄に対し、謙信は越後の龍と呼ばれ、竜虎相搏つ両者の争い『川中島の戦い』は十二年間で五回にも及び繰り広げられ、最終的には決着が付くことはなく、お互いが戦場外で病死するという結果にて幕切れとなった。

 

「晴信も山賊狩りに行きますか? 現代では闇バイトなどと名を変えているようですが……義に反する不届きものであることに変わりはありません!!」

 

 そういったライバル関係からか、謙信は信玄のことを晴信——法号として有名な信玄ではない、気軽に本名で呼び、一緒に『狩り』にでも行こうと誘っている。

 ちなみに、史実において上杉謙信は男性とされているが、その美しい容姿から女性説がまことしやかに囁かれており、現世に蘇った彼女は確かに見目麗しい女性であったが——その口から発せられる言葉がなかなかに物騒である。

 

「謙信……お前、それ絶対に法務大臣の仕事間違ってるぞ……」

「うむ、貴様は余計なことはせず……大人しく椅子に座ってハンコでも押して……あっ、今の発言は記録に残さんでくれ! 本能寺の如く敦盛ファイヤーしてしまうからのう!!」

 

 謙信の発言に信玄や、信長ですらもどこか彼女を持て余すように表情を顰める。

 特に織田信長は戦国時代においても、謙信との激突を避けるためにひたすらご機嫌伺いの手紙を送ったという話がある。

 

 武田信玄と上杉謙信。

 生前に戦うことを回避し続けた両者の存在に、魔王と恐れられた信長もちょっぴり肩身が狭そうであった。

 

 

 

「——こほん……諸外国の動きはどうじゃ? 外務大臣」

 

 議題が代わり、気を取り直しながら咳払いする信長は日本を取り巻く国際情勢について外務大臣の意見を問うた。

 妖怪との戦争が大きな話題となる昨今の日本だが、昔も今も人間が本来戦わなければならない相手は——同じ人間だ。

 直接的な武力衝突こそないとはいえ、諸外国の動向は常に把握しておかなければならない最優先事項の一つである。

 

「——まあ……予想通りというか、ボクたちの存在にだいぶ戸惑ってるみたいだよ? なかなか面白い感じに混乱してくれてるし……はっはっは!!」

 

 しかしそんな重大案件でありながら、信長の問いにほとんど気負うこともなく、外務大臣を務めることになった『若者』が楽しそうな笑みを浮かべながら報告を上げる。

 

 その若者は胸が大きく開いた和服、その上に白い軍服を羽織ったりと、信長以上に奇抜な格好だ。後ろで束ねた長い髪も真っ赤に染め、一部に白と黒のメッシュを入れたりと、若気の至りといった感じに自身を派手に着飾っている。

 しまいには三味線など持ち込み、時よりそれをベベンと鳴らしながら、会話に合いの手を入れたりしている。

 その青年自身が醸し出す、どこか人を食ったような態度を含め、とてもこのような場にいるような若造とは思えないが——。

 

「——晋作、信長公の御前です。面白いとはなんですか、面白いとは……もっとも真面目に報告しなさい」

 

 そんな外務大臣の態度や言動を、いかにも生真面目そうな丸眼鏡の男性が嗜めた。

 青いシャツに白いスーツ、少しばかり派手な紋様の入ったコートが現代人のそれだが、腰に帯刀している日本刀が、彼が確かに過去の人間であることを主張しているようだ。

 

「いいじゃないですか、松陰先生!!」

 

 生真面目な男性の言葉に対し、晋作と呼ばれた青年は注意されながらも嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「どうせボクも貴方も、一度は死んだ身だ!! せいぜい面白おかしく世をかき乱し、もう一度その名を歴史に刻みつけてやろうじゃないですか!!」

「……それが汚名にならなければいいですがね……」

 

 青年は自分たちが地獄から蘇った現状を平然と受け入れ、外務大臣という仕事を嬉々としてこなしていた。

 そんな青年に松陰先生と呼ばれた男性はやれやれと肩をすくめ、皮肉混じりな呟きを溢していく。

 

 

 外務大臣を務めることになった青年——名を高杉(たかすぎ)晋作(しんさく)という。

 彼は幕末に活躍した長州藩の志士の中でも、とりわけ『異端児』としてその名を歴史に刻み付けた男だ。倒幕を掲げていた長州藩士においても特に過激で破天荒であり、数々の問題行動から幾度となく座敷牢にぶち込まれたりもされている。

 彼の逸話で特に有名なのが『奇兵隊(きへいたい)の設立』であろう。当時、戦といえば武士が中心になって戦うことが当たり前であったが、晋作はその常識をぶち壊し、農民や町民といった身分のものからも有志を募った。

 結成された奇兵隊は、戊辰戦争の終結まで活躍した。しかし、隊を結成した当人である晋作はその活躍を最後まで見届けることなく、肺結核にて二十七歳という若さで亡くなっている。

 

 彼が亡くなる際に残した、辞世の句——『おもしろき、こともなき世を、おもしろく』。

 これこそ、高杉晋作という人間を端的に表した名句と言えよう。

 

 

「まあいいでしょう……せいぜい松下村塾の門下生として、恥じない働きをなさい」

 

 そして、そんな高杉晋作という人間の思想に大きく影響を与えた人物がいる。

 それこそ、彼が先生と慕う人間——文部科学大臣、丸眼鏡の男・吉田(よしだ)松陰(しょういん)である。

 

 吉田松陰は長州の思想家にして教育者だ。彼が開いた私塾『松下村塾(しょうかそんじゅく)』には高杉晋作を始め、後の世に総理大臣として活躍する伊藤博文や山縣(やまがた)有朋(ありとも)。塾生ではないものの、直弟子に維新三傑の(かつら)小五郎(こごろう)といった、数々の著名人が名を連ねている。

 松下村塾では武士や町民といった身分に関係なく、多くの若者たちを塾生として分け隔てなく迎え入れた。彼の指導を受けたものたちが一丸となって倒幕を果たし、明治維新を成したと言っても過言ではないだろう。

 しかし当の本人は維新が成されるよりも早くに、幕府政策批判者に対する弾圧『安政の大獄』により、二十九歳という若さで処刑されこの世を去った。

 明治期になると松下村塾の門下生たちが松陰を祀る神社を建立。彼は現代においても、学問の神として多くの参拝者から畏敬の念を集めている。

 

 高杉晋作も、吉田松陰も。明治維新に多大な影響力を残しながらも、志半ばで倒れた師弟。

 彼らが今という時代にどのような影響を残すか、それは後の世が証明することであろう。

 

 

 

「——最後の議題、今後の経済対策についてじゃが……これに関してはわしの方で……」

 

 そういった戦国の名将、維新の英傑たちを交えながら閣議は進んでいき、信長は最後の議題として『経済対策』について語ろうとした。

 偉人内閣にとって、戦災復興と並んで重要視されている政策だ。よほど大事なのか、その政策に関しては信長も誰かに話を振ろうとはせず、自らの考えを述べようと口を開きかける。

 

「——はいはい!! はぁーーい!!」

 

 ところがその信長の言葉を遮るように一人の女の子、信長よりもさらにこじんまりとした少女が元気よく手を上げ出した。

 日輪のように輝かしい金の装飾が施された鎧兜に、煌びやかに派手な和風ドレスで身を包んだ少女。彼女は魔王と恐れられた信長を相手に、全く怖がる様子もなく無邪気に声を上げる。

 

「伯母上!! 伯母上!! 経済なんちゃらに関しては、この財務大臣……茶々に任せるといいし!!」

 

 それもその筈、彼女にとって信長を親戚のおばさん。伯母上と呼び慕っていることからも分かるように、彼女は織田信長の実の姪なのである。

 

 

 少女の名は茶々(ちゃちゃ)、本名・浅井茶々。淀殿(よどどの)、あるいは(よど)(かた)とも呼ばれている。

 茶々は信長の妹であるお市と、彼女の嫁ぎ先である近江国の領主・浅井(あさい)長政(ながまさ)との間に生まれた三姉妹の長女である。

 彼女はその生涯において三度の落城を経験し、その度に父や兄、母や義父といった大切な人々を亡くしており、彼女自身も三度目の落城の際に息子と共に命を落とした。

 戦乱渦巻く乱世においても、一際壮絶な人生を経験したと言える悲運な女性だが——地獄より蘇った彼女は何故か幼子の姿で、暗い過去などなかったかのよう、天真爛漫に振る舞っている。

 

 

「お、お茶々よ……信長様のお言葉を遮っては……」

 

 彼女の振る舞いに、防衛大臣の柴田勝家が口を挟もうとする。

 勝家はお市の再婚相手、茶々にとっては義理の父に当たる。親子仲が悪かったわけではないだろうが、流石に義娘と同じ大臣という立場で若干気まずそうではある。

 

「構わん、権六。その……なんだ、言うだけで言うてみい、茶々……」

 

 居心地が悪いのは信長も同じ。彼女は茶々の父である浅井長政を自害に追い込んだ張本人——つまりは実父の仇でもある。

 長政の死後、信長はお市や茶々たちを手厚く保護したことからも、彼女に相当気を遣っていることが窺える。

 

「うーんとね、国民がお金なくて困ってるなら……お金をたくさん刷って、いっぱい配ればいいと思うのよ!!」

 

 もっとも、信長や勝家の気まずい空気感などまるで気にした様子もなく、茶々は財務大臣としての意見を述べてみせる。

 

「……茶々よ、そんなことしても銭の価値が下がるだけじゃ……根本的な解決にはならんぞ」

 

 しかしその思いつきとしか言いようがない茶々の発言を、信長は真っ当な考えから否定する。

 実際、通貨を大量に発行し過ぎればその分だけお金の価値が下がり、モノの価値ばかりが上がり、国民が物価高に苦しむことになってしまう。所謂『インフレ』というやつだ。

 

「ええー!? でも、殿下だったら絶対そういうことするし!!」

「そりゃ……猿ならそれくらい派手なこと、しでかしそうじゃがのう……」

 

 茶々は自分の意見が否定されたことに頬を膨らませながら、『殿下』を引き合いに自身の思いつきを推していく。

 殿下が誰のことかを瞬時に理解した信長が、ため息を吐きながらも彼女に同意する。

 

 ここでいう殿下、猿とは天下人・豊臣秀吉のことであろう。

 茶々は秀吉の側室だ。二人の間には三十歳以上の差があり、おまけに秀吉は茶々にとって信長と共に長政を自害に追い込んだ上、兄や義父、そして母までも死地へと追い込んだ男である。

 

「なんで殿下がいないんだろう? まっ、いたらいたらで、絶対大変なことになってたから、結果オーライかも!!」

 

 しかし、秀吉を殿下と呼び慕う彼女に暗い感情は垣間見えず、寧ろ復活した偉人たちの中に彼の姿がないことを残念がっている。一方で、秀吉が現代に及ぼす影響を気にし、彼の不在にホッと安堵の息を吐く。

 

「銭を配るんなら財源になるもんが必要じゃぞ……増税でもするか? まっ、そんなことしようもんなら、国民から総スカンじゃろうけど!!」

 

 信長は仮に茶々の意見を採用するにしても、それを行うための財源が必要であると説く。

 一番単純な方法は増税だが、そんなことをしても反感を買うだけだ、一応は国民に気を遣っている。

 

「…………よく分かんねぇけど……財源がありゃいいのか? なら俺に任せとけよ、大殿っ!!」

「ほう……なんぞ考えでもあるのか、勝蔵?」

 

 すると意外な人物から声が上がった。鬼武蔵こと、森長可である。

 戦場内外で血生臭い逸話に事欠かない彼だが、意外にも自身の領国経営は優秀で、特に商業に力を入れ多大な利益をもたらしたという。

 彼が経済産業大臣という役職に抜擢されたのもそういった経歴があったからであり、信長も彼の口からどのような経済政策が出るか、興味深げに身を乗り出していた。

 

「金がねぇなら、持ってるやつからぶんどればいいんじゃね?」

「…………」

 

 しかし、長可の口から飛び出したのは——『まさに鬼武蔵!!』といった脳筋発言。あまりにストレート過ぎる表現に、信長ですら咄嗟に言葉を返すことが出来ない。

 

「わざわざ金のねぇ奴らから無理に取ろうとしなくても、金を持ってるやつは持ってんだから……そいつらに国の借金を背負わせた方が効率的じゃねぇ?」

 

 ただ、よくよく聞けば長可の発言は至極真っ当なものだ。

 詰まるところ、財産に余裕がある財界や大企業に国の借金——国債を引き受けてもらおうと言っているのだ。

 これは国債を発行する上で基本的なルールで何もおかしいことではない。寧ろ、これまでの日本政府が行なってきた『中央銀行に国債を引き受けさせる』といった禁じ手に比べて、遥かに真っ当な手段である。

  

「ふむ……まあ、悪くない考えじゃが……断られたらどうするつもりじゃ?」

 

 長可の過激な発言のせいで一瞬呆けてしまったが、信長もそれが有効打であることを理解する。もっとも、それを行うには国債の引き受け先が同意してくれることが大前提だ。

 長年、政府から恩恵を受け続けて肥え太った富裕層が、大人しくそのような要請に従うかは甚だ疑問であるが——。

 

「——えっ? 断るとかあんの? じゃ殺すわ!!」

「………………」

 

 端から断らせるつもりなどない。森長可は愛槍の人間無骨をぶん回しながら、笑顔でそんなこと言ってのける。

 インテリっぽい発言にほんの一瞬見直しかけたが、やはりどこまでいっても鬼武蔵は鬼武蔵である。

 

「なに、心配すんなって大殿!! たとえ何人ぶっ殺すことになっても、絶対に連中から金を引き出してみせるからよ!! ひゃっはっはっは!!」

「流石、森くん!! 殿下すら手に負えなかった男!! これで勝つる!!」

 

 長可は物騒なことを平然と口にしながら自信満々の大笑い。

 茶々も彼と一緒に可愛らしい高笑いを上げていく。

 

「……まあいいわ、とりあえずやりたいようにやってみせい……」

 

 森長可も、茶々も。信長にとってあまり強く叱りつけることの出来ない、身内のような存在だ。

 一抹の不安を感じながらも、とりあえず経済対策に関しては二人に任せるのであった。

 

 

 

「——と、まあ……こんなところじゃろう。それじゃあ、そろそろ解散で……」

 

 そうして、議題も尽きたところで信長は閣議を終えようと。最後に何かないかと、一同を見渡していく。

 

「——総理、一つ宜しいでしょうか?」

 

 すると、それまで一言も口を挟まず、閣議を見守っていた筈の男性が意見を述べ始めた。

 

「奄美幹事長……」

 

 思わぬ人物の介入に、坂本龍馬がそのものの名前と役職を呟く。

 奄美というその幹事長は、閣議に参加している面子の中で唯一蘇った偉人ではない、現代を生きる人間の筈である。

 彼が偉人たちをどう思っているのか、サングラス越しの表情からは窺い知ることが出来ない。その声音からも本心を悟らせぬよう、奄美は信長にとある案件についてあくまで冷静に尋ねていく。

 

「この国に蔓延る人ならざるものども、妖怪たちに対し……総理はどのよう対応を取るおつもりでしょうか?」

「————!!」

 

 奄美の問い掛けに、信長以外の偉人たちも一斉に反応を示す。

 つい先日も鬼の大群を撃退した偉人内閣だが、彼らはあくまで地獄の住人たち。自分たちをあの世へ連れ戻そうとするのなら、再び撃退すればいいだけのこと。

 しかし奄美がここで触れたのは、地上の妖怪たち。現在進行形でこの国に住まう彼らに対し、偉人内閣としてどのような対応を取るべきか問われているのだ。

 友好か、無視か。あるいは敵対か。対応を間違えれば——最悪、再び戦争が勃発してもおかしくない案件であろう。

 

「あー……その件に関しましては……」

 

 だがそれなら既に答えが出ていると、問われた信長よりも先に官房長官として坂本龍馬が答える。

 

「ボクの方で鬼太郎くんと話をしてきました。彼の方からも、他の妖怪たちが問題を起こさないよう、釘を刺してくれるそうですので……わざわざこちらから刺激する必要はないかと」

「私は総理にお伺いしているのですが……」

 

 龍馬は鬼太郎と接触し、彼との話し合いが無事に終わっていることを明かした。

 だが総理の意見を聞きたかったのか、龍馬が割って入ってきたことに奄美は僅かだが不快感のようなものを滲ませる。

 

「流石ですね、坂本くんは仕事が早い。どこぞの馬鹿弟子とは大違いです」

「誰だろう、馬鹿弟子って……久坂(くさか)か? まさか、ボクのことじゃないだろう……」

 

 一方で、吉田松陰などは龍馬の働きを手放しで賞賛。同じ時代を生きた人間として、坂本龍馬のことを高く評価しているのがその言葉からも読み取れる。

 そして、高杉晋作は自分が馬鹿弟子であるという自覚がないようだ。

 

「……向かってくるなら蹴散らすまでじゃ。向かってこんのなら、放っておけ……」

 

 少し遅れて、信長も総理として自らの考えを口にする。

 彼女も、率先して妖怪たちと事を構えるつもりはないらしい。かと言って、積極的に交流を持とうとも思っていない。

 基本は『無視』しつつ、害を及ぼすようならその都度『討伐』すればいいという考えを示す。

 

「そうですか……総理がそう仰るのであれば……」

 

 信長の意見が聞けて満足したのか、奄美幹事長も大人しく引き下がる。

 それ以降、彼が閣議の場で口を開くことはなかった。

 

 

 

×

 

 

 

「やあ、やあ!! 坂本くん!! 官房長官のお仕事、お疲れさん!!」

「高杉さん……」

 

 閣議が終わり、大臣たちがそれぞれの仕事へと戻っていく中。廊下を歩いていた坂本龍馬の元に外務大臣・高杉晋作が陽気に声を掛けてきた。

 

 二人は生前においても面識があり、何度か酒を酌み交わしたこともある間柄だ。

 とある席で、晋作は龍馬に一丁のピストルを送っており、龍馬はそのピストルのおかげで『寺田屋事件』の暗殺から逃れ、命拾いしたという逸話もあった。

 

「それで……実際に会ってみてどうだった? ゲゲゲの鬼太郎は……面白いやつだったかい?」

 

 晋作は余計な前置きもなしに、龍馬が会ってきたという妖怪・ゲゲゲの鬼太郎に興味があるのか、彼がどんな人物なのかを尋ねた。

 

「そうだね……面白いかどうかは分からないけど、責任感のある子だ。きっと色んなものを一人で背負い込んでしまうタイプなんだろうね……」

 

 龍馬はその質問に、自分の感じた印象を率直に伝える。

 初対面の龍馬から見ても、鬼太郎は子供ながらに責任感が強い。強過ぎるあまりに多くのものを一人で背負い込み、人知れず苦悩する少年だと感じ取った。

 そんな鬼太郎のことを一人の大人として心配しているのだろう、その顔に憂いを帯びている。

 

「ふ〜ん、そうなんだ……ボクも機会があったら一度くらい会ってみようかな?」

 

 その話に晋作は何を思っただろう。少なくとも会ってみたいとは感じたようだが、今すぐどうこうするつもりはなさそうだった。

 

「それで……? その鬼太郎といったいどんな話をしてきたんだい? まさか……ただ仲良くしようで終わったわけじゃないだろう?」

「…………さあ、どうだろうね?」

 

 晋作は龍馬へと顔を寄せ、声を潜ませながらさらに突っ込んだことを聞いてくる。その問いに龍馬はとりあえず笑顔で誤魔化しつつ、内心では少しドキリとなった。

 閣議の場において、龍馬は鬼太郎と話をつけてきたことを報告したが——当然、『倒閣』についての話には一切触れていない。

 部外者である鬼太郎たちには、自分たち偉人内閣を終わらせることを頼んでいたが、同じ党内の誰にもその件についてまだ話を通していないのである。

 

 皆が皆、政権を通常の状態に戻すことを望んでいるわけではない。

 下手に倒閣の話題なんて持ち出せば——最悪、裏切り者として排除されかねない。

 

「相変わらず胡散臭い笑顔だね……そんなんで本当に連中の信用を得られたのかい?」

 

 そんな龍馬の企みを推し測るかのよう、晋作は彼の笑顔に裏があると弄ってくる。

 生前から、晋作は龍馬のことを胡散臭い奴と揶揄ってきた。晋作は龍馬と友好関係を築きつつも、彼との間に常に一本の線を引いている。奇抜で破天荒な男と見られがちだが、意外にも慎重派な男なのである。

 

「まあいいさ……キミが何を企んでいようと、ボクには関係ない。せいぜいキミも、面白おかしく今の状況を楽しみたまえ!!」

 

 だがそれでも、晋作はあくまで自身の欲求を優先すべく、もう用は済んだとばかりにその場から立ち去ろうとする。

 

「……高杉さん!! 高杉さんは、正直どう思っているんだい? 今の状況を……ボクたちが、何故地獄から蘇って……いったい誰の思惑で、偉人内閣なんてものを運営させられているのか……」

 

 だが今度は龍馬の方から、晋作を呼び止め彼に突っ込んだ問いを投げ掛ける。

 龍馬自身はずっと違和感を抱きながらも、偉人内閣で官房長官など勤めている。それは自分以外の他の面々もそうなのではないだろうかと。

 返答次第によっては、晋作にも『倒閣』の話を持ちかけていたかもしれない。

 

「悪いけど、そういう話には興味ないな……」

 

 もっとも、龍馬の言わんとすることを察した上で、晋作はどこか他人事のように素っ気なく答える。

 

「確かに……自分が何かしらの影響を受けてるって自覚はあるよ? そうじゃなきゃ、ボクが大人しく政権運営なんてやってないだろう。ボクって、どちらかというと政権を乱す側だし……」

 

 高杉晋作は倒幕勢力の先頭に立って戦い続けた男である。

 彼自身そちらの方が性に合っているのか、自分が政権を担うという立場に違和感は抱いているようだ。

 

「けど、それはそれは、これはこれ!! 深く考えたところで時間の無駄さ!! それに、そんなこと考えてる暇もなくってね……アレを完成させるまでは、おちおち死んでもいられないよ!!」

「アレって……キミと松陰先生が主流になって進めているっていう、例の計画のやつかい?」

 

 しかし、それに関して深く考えてもどつぼに嵌るだけ。晋作はあえてその問題について追及せず、自身が推し進めている『とある計画』に注力しているとのこと。

 その計画については龍馬も耳にしていたのか。晋作と彼の師である吉田松陰の動向にさりげなく探りを入れる。

 

「おっと……耳が早いね。言っとくけど、信長公の許可は貰ってるからね? いや〜!! あの魔王様も、なかなか話が分かるね!!」

 

 龍馬の探りに、晋作は特に後ろ暗いことはないと笑みを溢す。実際、総理である信長も知っている計画とのこと。

 

「アレが完成すれば、どんなが化け物が襲撃して来ようと返り討ちに出来るだろうさ!! まあ、流石にもう少しばかり時間が掛かりそうだけど……」

 

 いったい何を『建造』しているかは不明だが、『それ』によっぽどの自信があるのだろう。

 今から完成が楽しみだと、晋作はほくそ笑みながらそれが活躍する未来を夢想していく。

 

 

 

「ただ……疑問に思わないわけじゃないさ。どうして『俺』なんだろうってね……」

「——!!」

 

 だが不意に、笑みを消した高杉晋作は真面目な口調で坂本龍馬へと自身の本音を一部打ち明ける。

 

「そりゃ、交渉をうやむやにするのは得意さ。幕府の連中に賠償金を押し付けたこともあったし……けど、俺より優れた外交屋なんて腐るほどいるだろう? それなのに、なんで俺が外務大臣なんだよ」

 

 高杉晋作は自分という人間を客観的に評価した上で、自身が『選ばれた』ことに疑問を覚える。

 晋作は確かに外交屋として優れた手腕を発揮したが、彼以上に交渉上手、外交上手な偉人など他にもいるだろうにと。

 

「俺なんか所詮、何も成さず……志半ばに死んだ男だってのによ……」

「それは、ボクも同じだよ……高杉さん」

 

 己の生涯を半ば自虐的に語る晋作に、龍馬もまた同意するよう頷く。

 

 坂本龍馬と高杉晋作。幕末という時代を代表する偉人として、現代でもかなりの人気を誇る両者だが、彼らが歴史に成した功績がそれほど大きいものだったのかと問われると、少しばかり疑問が残る。

 高杉晋作は倒幕派として幕府を散々に苦しめたものの、いざこれからというときに病でこの世を去り、道半ばにして倒れた。

 坂本龍馬も、大政奉還などの立役者として知られるが、近年の研究で実はそこまで大したことをしてないんじゃないかと、彼の功績そのものを疑うような新説が浮上してきている。

 

 いずれにせよ、『政治を担うのならもっと他に適任者がいるのでは?』というのが二人の本音である。

 

「さっきのちっこい娘……茶々って子が言ってたように、秀吉公でも呼んでくればいい。だいたい、徳川の連中が一人もいないってのはどうなんだ? 連中の中には善政を敷いてたやつだっていただろうに……」

 

 それこそ、閣議の場で茶々が発言していたよう豊臣秀吉というビッグネームが残っている。

 他にも徳川家康を始めとした、徳川歴代将軍。彼らの中には自分たちより有能で、大平の世を築き上げた実績から呼び出されてもおかしくない面々が揃っているだろうに。

 

 そんな優秀な面子を押し除けてまで、何故自分たちが選ばれたのか。

 もしかしたら、そこに自分たちをこの地上へと繋ぎ止めている『何者』かの思惑が働いているのかもしれない。

 

「なるほど……ありがとう、色々と参考になったよ。やはり高杉さんはまごうことなき、麒麟児ぜよ!!」

「おいおい、褒めたって何も出ないぞ……ていうか、やっぱり何か企んでるんじゃないか!! 全く、油断ならない男だよ……キミは!!」

 

 と、晋作の考えを聞かされたことで龍馬の中でも考えが纏まったのか、思わず土佐弁——自分の素が出てしまうほどの感謝を口にする。

 そんな龍馬の微笑みに、やはり彼が何かを企んでいることを改めて察した上で、晋作は振り返りもせずにその場から立ち去っていく。

 

 

 

 

 

「お〜い、龍馬!! 閣議とやらは終わったのか?」

 

 高杉晋作が立ち去るのとすれ違うようなタイミングで、謎の美女——お竜が龍馬の元へと戻ってくる。

 空中をふわふわと漂う浮遊霊のような彼女。いつもであれば龍馬にべっとり背後霊のように引っ付いているのだが、閣議のときや誰かとの密談のときなどには席を外してくれるよう、龍馬が頼んだことでその間は別行動を取るようになっていた。

 

「ごめんね、お竜さん!! ご飯にもでしようっか? さっきお腹空いたって言ってたでしょ?」

 

 自身のわがままを聞いてくれたことに謝罪を口にする龍馬は、彼女がつい先ほどまで「腹が減った……」などと言っていたことを思い返し、お詫びのつもりで食事にでもと彼女を誘う。

 

「ああ……今はいいや……」

 

 しかしせっかくのお誘いにも関わらず、お竜は龍馬とのお食事デートに乗る気がない様子。

 彼女は少しばかり膨れたように見えるお腹をさすりながら、小さな声でそっけなく呟く。

 

 

「……さっきカエル食ってきたばかりだから……あんま腹減ってないんだよな……」

 

 

 

×

 

 

 

「——遅かったか……!!」

「——また、やられたわねっ……!!」

 

 ゲゲゲの鬼太郎と猫娘は、眼前の惨状を前に頭を抱えていた。

 二人が訪れていた場所は、東京の街中にひっそりと建っている集合住宅——妖怪アパートだ。

 妖怪たちが静かに隠れ暮らしているその場所は、基本的には揉め事など起こらない程度には治安も良い環境なのだが——。

 

「鬼太郎、来てくれたのかい……」

「痛ってて……くそ!! あの化け物……!!

「うぅぅ……うぅぅ……」

 

 そこには妖怪アパートの住人——和服美人のろくろ首。傘の付喪神である唐傘。舌が異様に長いあかなめ、といった妖怪たちが満身創痍に倒れ伏すような光景が広がっていた。

 

「済まん……鬼太郎、わしも応戦したんじゃが……」

 

 疲弊している妖怪の中には、妖怪アパートで大家を務める砂かけババアの姿もあった。

 鬼太郎の仲間として戦いにも長けた彼女ほどの妖怪を以ってしても、このアパートを襲撃してきた犯人——黒い大蛇を撃退するのは困難だったということなのだろう。

 

 そう、数日前にもゲゲゲの森を襲撃してきた正体不明のあの大蛇は、あれから何度も妖怪たちを襲うために姿を現した。

 その場所はゲゲゲの森に限らず、妖怪がいる場所ならどこにでも出現し——妖怪を『捕食』するのである。

 

「大丈夫か、砂かけババアよ……被害の方は?」

「うむ……この間、入居したばかりの新人が一人喰われてしもうた……建物の方も、ご覧の有り様じゃよ」

 

 鬼太郎と一緒に来ていた目玉おやじは砂かけババアの心配をしつつ、今回の被害を尋ねる。

 鬼太郎たちが報せを受けて駆けつけてくるまでの間、妖怪が一人犠牲になってしまったらしい。アパートの方も損害が酷く、ところどころに破壊された跡が残っている。

 肝心の大蛇は妖怪を喰らったことで目的を果たしたのか、鬼太郎たちが来る前にはその場から姿を眩ましていた。

 

「やはり今回も、妖怪だけが餌食にされたようじゃが……」

「人間は食べないということでしょうか……? けど、何でそんなことが……」

 

 妖怪が食べられてしまうことは、鬼太郎たちとしても由々しき問題ではあった。ただ、不幸中の幸いというべきか。あの大蛇は人間に対しては牙を剥くことがないらしく、人間社会において大蛇の存在は全く騒がれていない。

 とりあえず、妖怪と人間との間で無益な争いが起きることはなさそうだと、最悪の事態は避けることはできそうだったが、だからといって手放しで喜んでいられる状況でもない。

 

「何とか先回り出来れば……被害を食い止めることもできるかもしれないけど……」

「けど、鬼太郎以外じゃ……あれの足止めをするのも難しいわよ?」

 

 鬼太郎があの大蛇と接触したのは、ゲゲゲの森での一夜が最初で最後だ。あれ以来、まともに戦うことも出来ず、神出鬼没な大蛇の動向に振り回されて空回りに終わっている。

 猫娘は鬼太郎でなくてはあの大蛇を止めることは出来ないだろうと考えるが、他の面々では彼が駆けつけるまで食い止めるのも困難であると。

 なかなか思うようにいかず、悶々と頭を悩ませる一同。

 

 

「——ちょっ……ちょっと、ちょっと!! 何があったの、これ!?」

 

 

 などと、鬼太郎たちが大蛇の対応で苦悩していたところ、妖怪アパートの玄関先で悲鳴にも近い女性の声が木霊する。

 

「夏美……」

「な、夏美!? こ、これは……その……」

「ハッ!! ハッ!!」

 

 その人間を前にろくろ首や唐傘、あかなめといった面々が気まずそうに言葉を詰まらせる。

 

 眼鏡を掛けたその若い女性は、妖怪アパートのオーナーである夏美(なつみ)という人間だ。

 妖怪アパートの大家は砂かけババアではあるが、アパートの持ち主はあくまで彼女だ。人間でありながら、妖怪たちのために住処を提供してくれている彼女に住人たちは感謝してもしきれない恩を感じている。

 

「夏美さん……実はのう……」

 

 だからこそ、彼女に嘘は付けない。大家として砂かけババアは心苦しそうに、彼女に此度の騒動についての事情を説明していく。

 

 

 

「——なるほど、そんなことが……妖怪の世界も大変なんだね……」

 

 言葉を尽くして説明したことで、夏美も妖怪たちの間で起きている問題に理解を示してくれたようだ。

 

「まあ、色々大変だろうけど……何にせよ、唐傘たちが無事で良かったよ!!」

「夏美……!!」

 

 建物の被害や、新しい入居者が犠牲になったことなど。不運な災難に見舞われたことは確かだが、夏美にとっては唐傘たちが無事であったことが何よりありがたい話だ。

 夏美は幼少期に唐傘、ろくろ首、あかなめの三人にとても仲良くしてもらっていた。子供の頃の記憶故、少し前までその事実をすっかり忘れていたのだが、大人になって昔のことを思い出した今では、妖怪アパートへ遊びに行くほどに彼らのことを慕っているのだ。

 夏美からその身を案じられていることに、唐傘が涙目になって感激する。

 

「まあ……でも、出来れば……もうちょっと被害を抑えてくれてたら……ありがたかったかな……」

 

 それはそれとして、アパートの被害が甚大だったことに夏美はオーナーとして頭を抱える。

 

「はぁ……こりゃ、せっかくの給付金も、修繕費で消えるな……」

「いやいや、修理費用ならわしの方で……」

 

 夏美は現実的な問題、アパートの修理にお金が掛かることにため息を吐く。それに対して、砂かけババアは費用なら自分が出すと申し出る。

 通常の老朽化などであれば、持ち主である夏美がお金を出すのが道理だ。ただ、今回は妖怪同士の争いによる損害。それならば、砂かけババアが責任を持って費用を捻出すると。

 砂かけババアは株などで手堅く資産運用している。その程度であれば大した出費でもないと考えたのだが。

 

「給付金って……なんのこと?」

 

 ふと、猫娘が夏美の発言——給付金なる響きに疑問符を浮かべる。

 

「あれ? 知りませんでした? まあ、さっきニュースになったばかりですから……」

 

 すると猫娘の疑問に答えるよう、夏美は自身のスマホを取り出し、今し方流れてきたニュース速報を鬼太郎たちに見せる。

 

「なになに……? 政府は先の戦争の被害を鑑みて……」

 

 そのネット記事の内容を目玉おやじが読み上げていく。

 

 それは政府の——偉人内閣からの通達であった。

 坂本龍馬から倒閣に力を貸してくれるよう頼まれていた鬼太郎たちであったが、正直大蛇の対応でそれどころではなかった。

 龍馬の要請にも、あとで正式に断りを入れるつもりだったため、偉人内閣のことには極力触れないようにしていたわけだが。

 

「国民一人当たりに……一律五十万円を支給する…………ん?」

「ご、五十万!?」

 

 だが、その給付金の額——国民一人当たりに配られるという金額に、人間社会にも詳しい猫娘などから驚きの声が上がっていく。

 

 

 

×

 

 

 

 その給付金は、財務大臣である茶々——豊臣秀吉の側室と知られる、淀の方の思いつきによって実行されることとなった。

 彼女は自分の夫にして、太閤殿下と呼ばれた秀吉になぞらえ、その給付金制度を『太閤(たいこう)給付金』と名付け、国民への迅速な金の下げ渡しを敢行した。

 

 通常、給付金といったものの類が国民の手に渡るにはかなりの時間を要する。申請やら、確認作業やらで時間を取られ、何ヶ月も待たされることがほとんどだ。

 五十万もの大金であれば尚のこと、間違いがあってはならないとより慎重になり、対応が遅くなるのが当然だろう。

 

『——とりあえず、先にお金を配って!! 細かいことは後で考えればいいし!!』

 

『——振り込み、なにそれ? なんかめんどくさくない? なんならもう直接渡しちゃえば?』

 

 ところが、そういった手続きなどの煩雑さを嫌った茶々は、国民全員に現金を直接『手渡し』で下げ渡すことを提案したのだ。

 

 天下人の女たるもののスケール感に、官僚たちなどは『無茶だ!!』だの『間違いがあったらどうする!?』などと反発したが、総理である信長ですら『茶々の言う通りにせい……』と、諦めたように言うのだから、やらないなどという選択肢はなかった。

 結果、大量の現金を用意した給付場に大勢の国民がずらりと行列を作るという光景が日本各地で発生することとなる。

 

 当然、そのような給付の仕方にはいくつもの『抜け穴』があった。

 現場に大量の現金を置いておく不用心。他人になりすましての不正受給や、現場の担当者が現金を着服するなど。

 こういった機会に少しでも多くの利益を得ようとする。それが、人間という生き物の欲深さなのかもしれない。

 

「——へっへっへ……こいつを逃す手はねぇわな……!!」

 

 彼——ねずみ男もまた、そのような欲望に突き動かされた不届者の一人である。

 

 

 

「運が回ってきたぜ!! ここ最近はホントについてなかったからな……この給付金を元手に、ここいらで一発逆転っといこうか!!」

 

 最近、ねずみ男の姿を見かけていないと話していた鬼太郎たちだったが、彼は人間社会であこぎな商売に手を出し——案の定、多額の借金を背負うようになっていた。

 今現在も借金取りから逃げ回っている最中であり、明日生きていく金にも困っている身の上であった。

 そこに来て、五十万もの大金が受け取れるともなれば行かない理由はなく。その上で、さらにそれ以上の額を受け取れる方法はないかと画策する。

 

「さあてと……まずは、どんな感じで配ってるんだろうかね……」

 

 手始めに、ねずみ男は国民全員へ平等に配られる五十万を普通に受け取るべく、長蛇の列へ並んでいく。

 

「——皆さん!! きちんと列ごとに並んでください!! 焦らずとも、給付金は国民全員に配られますので!!」

 

 その際には係員が人々を誘導し、きちんと並ぶように呼び掛けていた。

 人々が殺到する現場は、多少の混乱こそ見られたものの、日本人の性質故か大抵の人間が順番を乱すことなく整列している。

 

「…………」

「…………」

 

 さらに周囲には警官や機動隊まで配備されており、暴動でも起きようものならすぐにでも動けるようにと目を光らせている。

 

 ——厳重な警備だね……力づくや、盗んで金をぶんどるのは……流石に無謀か……。

 

 人々の行列の中に混じりながら、ねずみ男は警官たちの動きを盗み見る。

 大量の現金が用意されているためか、警官の間にも剣呑な空気感が漂っている。彼らの警備の目を掻い潜って現金を強奪するのは、流石に無理があると判断するしかない。

 

 ——まっ!! それならそれで、頭を使うだけだがなっ!!

 

 もっとも、その程度でこのチャンスを逃すつもりはないと、ねずみ男は悪知恵を巡らせていく。

 

「——身分証明書を提示して下さい、ノブ!!」

 

 やがて、ねずみ男の順番が回ってくるや、係員である——ちびノブ。あの奇怪な生物の妙にメカメカしいバージョン・メカノッブが身分証明書の提示を求めた。

 

「はいはい……身分証明書ね……これでいいかい?」

 

 流石に何の確認もせずに金を渡すつもりはないらしい。しかしそのくらいは予想していたため、特に慌てることもなく、ねずみ男は車の免許証を提示して己の身分を証明する。

 

「じぃ…………どうぞ!! お受け取り下さいノブ!!」

 

 数秒ほど、免許証を凝視するちびノブだったが、すぐに封筒にずっしりと詰まった給付金——五十万をねずみ男に手渡していく。

 

「へっへっへっ!! 毎度どうもっ!!」

 

 大金を手にしたねずみ男は、ウキウキ気分でその場をスキップしながら立ち去っていく。

 

 

 

「まさかこんな簡単に五十万も貰えるとはな……こりゃ、利用しない手はねぇだろう!!」

 

 そうして、薄暗い裏路地で封筒の中身をしっかりと確認した後、ねずみ男はさらに多くの金を手に入れようと動き出す。

 

「まずは服を着替えて……顔も少し変えたほうがいいか……それから免許証をチョチョイのチョイっと……」

 

 服装をいつものボロ布から、しっかりとしたスーツへと着替える。五十万もあるのだがら、それくらいの身支度は整えられる。

 さらにはサングラスなど軽い変装を施し、証明写真の欄を含めて免許証を何の躊躇もなく改竄していく。

 

「まっ……とりあえず、こんなもんでいいだろう!!」

 

 そうしてねずみ男は別人へと変装し、もう一度列へと並んでいく。

 こんな簡単な偽造、普通なら見破られるのではと不安になろうものだが、ちびノブたちのチェックはかなり杜撰なものであると感じた。

 

「次の方、身分証明を……」

「ホイホイっと、早く五十万ちょうだいな!!」

 

 再び自身の順番が来るや、ねずみ男はさっさと身分証明証を提示してちびノブに五十万を催促する。こんなすっとぼけた表情の謎生物の目を誤魔化すなど容易いと、きっと高を括っていたのだろう。

 

 ところが——。

 

「————」

「あの……早くお金を……」

 

 先ほどはあっさりと渡された給付金だが、ねずみ男の顔を凝視するやちびノブがその動きを止めた。

 次の瞬間、ちびノブのきょとんとした瞳からピカーンと強烈な光が放たれる。

 

 

「——不正受給!! 不正受給!! このもの、既に給付金を受けとっているノッブ!!」

「——いぃいい!?」

 

 

 バレた。

 いかなる手段で判別したかは不明だが、ねずみ男が二重で給付金を受け取ろうとしたことがバレてしまったのだ。

 

「不正受給者に罰則を!! 不正受給者に罰則を与えるノッブ!!」

 

 ちびノブは、不正を働こうとしたねずみ男に制裁を与えるべく。

 それを担当するものたちをその場に呼び寄せるため、彼らの名を声高々に叫んでいく。

 

 

 

「——新選組、出動ノブ!!」

 

 

 新選組(しんせんぐみ)。江戸時代末期の京都にてその勇名を雷鳴の如く轟かせた、剣客集団の名前である。

 彼らは幕府公認で結成された京都の治安維持を目的とした組織であり、今でいう警察に近い役割を果たしていた。

 もっとも、彼らが活躍したのは血風吹き荒ぶ幕末の京都だ。当時の都には倒幕思想に傾倒する志士たちなどが蔓延っており、その過激な行動が市井の人々にまで被害を及ぼしていた。

 そうした無頼な輩から都や人々を守るため、彼ら新選組は日本刀片手に斬り合い、殺し合いの日々を駆け抜け、その名を歴史に刻み付けた。

 

「——また出やがったな……皆に配る金に手を出そうとする、不逞野郎が……ああん!?」

「——ひぃい……あ、あんたはっ!?」

 

 ねずみ男の不正受給に対し、真っ先に姿を現したのが——新選組といえばで馴染み深い浅葱色のダンダラ模様の羽織を纏う、額に黒い鉢金を装着した白髪で強面の青年であった。

 

「俺は新選組二番隊隊長……永倉新八だ。テメェ……給付金を二度も受け取ろうとは、どういう了見だぁああ!?」

 

 ねずみ男に睨みを効かせながら迫る彼は——新選組二番隊隊長・永倉(ながくら)新八(しんぱち)である。

 永倉は手練れの剣士が数多く所属する新選組においても、そのがむしゃらな戦いぶりから我武者羅新八『ガムジン』などというあだ名で恐れられた猛者であった。

 時代のうねり、激しい戦いの連続で若くして亡くなる隊士が多かった新選組だが、彼は七十七歳という高齢まで生き残り、新選組の活躍を記した著書を後世に残した。

 現代において新選組の名が多くの人に知られているのも、彼が書き残した資料があればこそだろう。

 

「この金は……苦境に喘ぐ国民たちのため、平等に配られる金なんだぞ!! それをテメェは……自身の私服を肥やすために掠め取ろうとしやがった……許されると思ってんのか、ああん!?」

「ひぇええええ!? ど、どうかご勘弁をっ!!」

 

 永倉の怒号、その迫力を前にねずみ男は下手な言い訳も出来ないまま、地べたに頭を擦り付けて許しを請うた。

 新選組は常に死と暴力と隣り合わせで活動してきた組織であり、その苛烈な日々が現在の警察組織とは一線を画すほどの気迫、迫力を彼らに培わせた。

 

「——まあまあ……少し落ち着いてくださいよ、永倉さん」

 

 だが、そんな荒ぶる永倉を宥めるように美少年——いや、若い女性の新選組隊士が笑顔で駆け寄ってくる。

 本来、新選組は女人禁制、男の隊士しかいない筈だ。実際、彼女も男を装っているつもりなのか、永倉とお揃いのダンダラ模様の羽織に加え、男性用の袴を着用している。

 間近で見なければ、男と言われても納得するであろう容姿や立ち振る舞いだ。

 

「沖田、テメェは許せるってのか……こいつの悪行がよぉおお!!」

 

 同僚に止められてなお、永倉はさらにヒートアップし、その怒りの矛先を彼女——沖田総司にまで向けていく。

 

 

 新選組一番隊隊長——沖田(おきた)総司(そうじ)

 手練れの剣士として知られ、美少年であるともされた『彼』は、その見目麗しい容姿から新選組を扱った作品などでしばしば女性として描かれることがあった。

 実際に『彼女』だったのだろう。男所帯の中でどのように生活していたか定かではないが、彼女は人懐っこい笑みで永倉の乱暴な対応を宥めようとする。

 永倉の方も、沖田を女性だからといって特別視するようなことはせず、対等な仲間として彼女にねずみ男の小賢しい悪知恵を許せるのかと、憤慨したまま問いかける。

 

「えっ? 許せませんし、許す必要もないでしょうから……とりあえず、斬首でいいですよね?」

 

 すると沖田、特に怒るでもなく平坦な声のままでねずみ男の打ち首を提案し、平然と刀に手を掛けていく。

 

「……いや、お前……いきなり斬首って、それは流石にまずいだろう……その、時代的に……」

「ひぇ……こわっ……!!」

「可愛い顔して……」

 

 これに、先ほどまで怒り丸出しであった永倉の方が引いてしまっている。

 周囲を見渡せば、行列に並んでいたその他の一般人も沖田の発言にドン引きし、波が引くように彼女から一斉に距離を取ってしまう。

 

「ええ、そうですか? んん……土方さんはどう思います?」

 

 沖田は自分の判断がこの現代においてどれだけ異常か、それを理解出来ないのか不思議そうに首を傾げつつ、もう一人の人物——土方歳三に声を掛ける。

 

 

 土方(ひじかた)歳三(としぞう)——新選組副長、泣く子も黙る『鬼の副長』と恐れられた男だ。

 彼は新選組内において『局中法度(きょくちゅうはっと)』といった厳格な規制を敷き、隊内における風紀の乱れを厳しく取り締まった。

 士道に背いたもの、無断で脱走を企てたもの、許可なく私闘を行ったものなどを容赦なく罰し、新選組の綱紀粛正に努めたのだ。

 

「……………おい」

 

 そんな彼からすれば、一人五十万という決まりを破ってそれ以上の額を受け取ろうとしたねずみ男など万死に値する不届きものであろう。

 その声音に明らかな怒気を滲ませながら、土方歳三なる男がねずみ男へと迫り来る。

 

 新選組の副長たる彼だが、意外にもその服装はダンダラ模様の羽織ではなく西洋風の装い、コートやブーツなどを身に付けている。

 これは土方が『戊辰(ぼしん)戦争』の際に身に付けていたものだ。それまでの刀だけの戦い方では限界があると悟った彼は新選組を『甲陽(こうよう)鎮撫隊(ちんぶたい)』という名に改め、近代的な武装を取り入れた軍隊として組織編成を進めていった。

 彼のこの姿は写真で現代にも残されている。まさにその写真の格好のまま、土方はねずみ男を至近距離から睨みつける。

 

「お前……薩摩か? 長州か?」

「えっ……ええっと……?」

 

 唐突に、本当に唐突に土方がねずみ男に向かって質問を投げ掛けた。

 

「薩摩か、長州かって……聞いてんだよ!!」

 

 薩摩か、長州か。現代文に訳すなら鹿児島県民か、山口県民かと聞いているようなものだ。

 戊辰戦争において、土方歳三が甲陽鎮撫隊を率いて戦った相手は新政府軍——主に薩摩、長州、土佐藩が中心になった部隊だ。

 旧政府軍の会津藩預かりであった新選組にとっては当然敵であるが、それ以上に薩摩藩は共に戦っていた会津藩から、憎き長州藩へと鞍替えした言わば裏切り者である。

 土方個人にとっても、彼らは決して許すことの出来ぬ怨敵として認識されていることだろう。

 

 

「答えねぇってことは……そうなんだろ!!」

「いえ……あの……わ、私にそのようなこと言われましてもっ!!」

 

 もっとも、そんなことは百年以上も昔の話であり、そもそもねずみ男は薩摩藩でも長州藩でもない。そんなこと自分に言われても困ると、怯えて腰砕けになりながらも必死に反論する。

 しかしその言葉に納得した様子もなく、荒ぶるのを止めない鬼の副長。その憤怒に満ちた顔や、支離滅裂な言動から彼が正常な判断能力を失っていると、誰もがそのように思ったことだろう。

 

「落ち着け、土方!! 今の時代に薩摩も長州もねぇだろうが!!」

「土方さん、どうどう!!」

 

 永倉も沖田も、暴走する土方を必死に宥めていく。

 もはやねずみ男をとっちめるより、上司の暴走を食い止める方が優先であった。

 

「隊士たち、そいつを牢屋にでも放り込んどけっ!! 処罰は追って伝える!!」

「ノブッ!!」

 

 とりあえず、違反者への処分は後で下すと。

 一般隊士——何故かダンダラ模様の羽織を纏っている、ちびノブたちに永倉が命令を下したことで、何とか命拾いしたねずみ男であった。

 

 

 

×

 

 

 

『いや〜……随分と大活躍してるみたいだね……活躍し過ぎて、方々から色んなご意見がこっちにまで回ってくるんだけど?』

「……すみません、ご迷惑をお掛けしています……」

 

 自身の執務室にて、官房長官の坂本龍馬はとある人物からの皮肉めいた電話に申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

『野党は当然だけど……与党内でもキミたちに対する否定的な声が大きくなっててね〜。総理の座を降ろされて、ようやく肩の荷が降りたかと思ったのに……こんな調整役みたいなことをやらされる羽目になるとは思わなかったよ〜……』

 

 その電話の相手は——元総理代理だ。

 龍馬は彼に他の政治家——蘇った偉人ではない、現代の政治家たちと自分たちとのパイプ役のようなものを頼んでいた。

 

 信長を含めた大半の偉人内閣の面々は、現代の政治家たちの意見などほとんど聞く耳を持たない。偉人内閣の政権運営に、部外者の意見が介入する余地などほとんどないのだ。

 しかし、龍馬は偉人内閣の倒閣を目指しており、いずれはこの時代の政治家たちに政権を返さなければならないと思っている。

 故に、元総理代理を通して偉人内閣の政策内容の詳細を報告し、自分たちが消え去った後もスムーズに地盤を引き継げるよう、今から手を回しているのだ。

 

『まっ……キミたちの政策、やり方には見習う点も多いことは確かだけどね〜……』

 

 実際、偉人内閣の政策は強引で批判も多いのだが、その一方で有用なものも多く、政権交代の後でもそれらをそのまま引き継いでいいともされている。

 最初は人気取りのばら撒きだと、批判されていた太閤給付金も。迅速に給付を終わらせたことや、財源をかなり強引ながらも調達して見せたことから評価が高まった。

 加えて、偉人内閣が政策の柱として掲げている戦災復興も順調に進んでおり、日本全土にまで広がっていた戦争の爪痕も日を追うごとに塞がってきている。

 

 他にも多数、これまでの政治家が出来ないでいた改革を偉人内閣は大々的に行なっている。

 これは彼らが、実質独裁政権だからこそ出来る芸当だ。通常の国会で議決を得ようとすれば、野党の妨害などで議会は紛糾するだろう。

 また、あまりに早急過ぎる改革は国民の理解を得られず、後々の選挙に悪影響を及ぼしかねないと、真っ当な政治家であれば尻込みしてしまう。

 

 しかし、彼ら偉人内閣——内閣総理大臣たる織田信長は選挙など気にも留めず、己の信じた道を貫き通す。

 自らの判断と決断に絶対の自信を持ち、何かあれば腹を切ると言わんばかりの覚悟で政策を実行に移し続けているのだ。

 

『正直……このままキミたちに国の舵取りを丸投げしてもいいんじゃないかと……そういう意見も出てるんだよね〜……』

「それは……すみません。それでもボクは……ボクたちは、ここにいるわけにはいかないんです……」

 

 その手腕を前に、このまま全てを彼らに任せていいんじゃないかと、そんな無責任なことを言う政治家まで出始めているとのこと。

 しかし、それは出来ないと。あくまで坂本龍馬は、自分たちがあるべき場所に還ることを望んでいた。

 

『分かってるとも……だからこうして、連絡を密に取り合ってるんだし……』

 

 それは元総理代理とて承知済みだ。

 坂本龍馬の主張——『自分たちは過去の人間、この国の未来は今という時代を生きている人間の手によって担われるべき』という言葉に共感したからこそ、こうして裏で連絡を取り合い、協力関係を築いているのだ。

 

 

 

『——そうそう、話は変わるけど……キミたちをこの世に繋ぎ止めている、反魂の術に関してなんだけど……』

「——っ!!」

 

 その協力の一環として、元総理代理は自身の友人でもある——現代の安倍家当主・安倍晴明の言葉を龍馬に伝えていく。

 

『晴明さんの見立てだと、キミたちをこの現世に留めている力の源は……やはり妖力じゃないかって話なんだよ……』

「妖力……ということは、やっぱり妖怪が関わっているということでしょうか?」

 

 地獄から蘇った偉人たちが『反魂の術』によって現世に繋ぎ止められていることは、龍馬も聞き及んでいる。

 しかもそれが『妖力』によるものだと、安倍晴明の調査によってようやく判明したとのこと。それまで暫定的だった妖怪の関与がより確信に近づいたことに、龍馬はその表情を曇らせる。

 

「やはり……彼の手を借りなければならないかもしれません。鬼太郎くんたちと、改めて連絡を取ることは出来ますか?」

 

 龍馬は心苦しいと思いながらも、鬼太郎の協力を仰げないかと元総理代理へと話を切り出す。既に鬼太郎と顔合わせはしているが、まだ向こう側から明確な返答をもらえてないのだ。

 鬼太郎は人間の政治に関与してしまうことを危惧して協力を渋っているが、妖怪が関与していると分かれば重い腰を上げてくれるかもしれない。

 

『それが、彼らの方も大変みたいでね〜……それどころじゃないかもしれないんだよ……』

「? 何かあったんですか?」

 

 だが、鬼太郎の協力を得られるかどうか怪しいと、元総理代理が言いにくそうに言葉を濁す。

 未だ鬼太郎たちの事情を知らない龍馬は、彼らの間で起きているという『とある問題』について、そこで初めて耳にすることとなる。

 

『ボクも詳しくは知らないんだけどね〜……なんでも、巨大な蛇の妖怪が鬼太郎くんたちの仲間を食い荒らしてるって話でね〜……』

 

 元総理代理は世間話のようなノリでそのことを話した。

 鬼太郎たちにとっては深刻な問題だろうが、その蛇とやらの被害が皆無な人間側からすれば、正直他人事としてそこまで緊張感も湧かないのだろう。

 

 

「————————」

 

 

 ところがその話を聞いた瞬間、それまでどんなときでも冷静な態度を崩さなかった龍馬が押し黙ってしまう。

 

『もしもし? ……坂本くん? どうしちゃったの……急に黙り込んで……』

 

 いきなり黙り込んだ龍馬に、元総理代理が心配そうに呼び掛ける。

 

「すみません……少し、考え事を……」

 

 すぐに持ち直したようだが、それでも龍馬の表情は優れない。

 

『……何か心当たりでもあるのかな?』

 

 電話越しでも伝わってくる龍馬の動揺から、元総理代理は彼が蛇の妖怪——大蛇について何か知っているのかと問う。

 

「…………」

 

 龍馬はその問いにすぐには答えなかった。

 その代わり、その視線をチラリと——自身がいる執務室の中央へと向ける。

 

「……? なんだ龍馬、電話とやらは終わったのか?」

 

 視線の先には龍馬といつも一緒にいたがるお竜が、テレビなど視聴しながら来客用のソファーに深く腰掛けていた。

 龍馬の電話相手や、その内容には全く興味がないのか。彼女はどこかつまらなさそうに、龍馬の電話が早く終わるのを待っている様子だ。

 

「うん、もうすぐ終わるから!! 申し訳ありません、今は詳しいことは話せません、ただ……」

 

 龍馬はお竜に向かって笑顔で手を振りつつも、彼女に聞こえないよう声のトーンを落として元総理代理の問い掛けに対する、一つの回答を提示する。

 

 

「——もしかしたら今回の件、ボクが原因の一端を担っていたのかもしれません……」

 

 

 まるで自身の『罪』を告白するような、悲痛な思いをその胸に秘めながら——。

 

 

 

×

 

 

 

「はぁはぁ!! くそったれ!! なんなんだあいつらは……!?」

「ま、撒けたか? ちくしょう……!! なんだってこんなことに……」

「楽な仕事だと……思ってたのによ……ゼェゼェ……」

 

 夜の住宅街。人気のない裏通りを走る男たちは、呼吸を荒くしながら悪態をついていた。

 

 彼らは全身が黒ずくめで、目出し帽などを被って素顔を隠していた。

 その身なり、まさに絵に描いたような銀行強盗といった風体であったが、実際彼らは先ほど『強盗』という犯罪をしでかしたばかりである。

 もっとも、今時の犯罪者は馬鹿正直に銀行など狙わない。昨今は警備も厳しく、ほぼ100%に近い検挙率から銀行強盗などという、割に合わない犯罪などに手を染めはしないのだ。

 

 最近は、直接家に押しかける押し込み強盗などが主流となり始めていた。

 それも、ネットの掲示板などで集められた初対面同士が、顔も見せない指示役に従って金のありそうな家に押しかける。所謂『闇バイト』というやつだ。

 

 こういった事件が多くなっている要因の一つに、景気の低迷などが例として挙げられる。

 経済的な困窮、先の見えない不透明な雇用環境などの不安から逃れたいという思いが、手っ取り早く利益を得たいという安易な気持ちが人を犯罪へと走らせる。

 

 こういった治安の悪さ、犯罪率の増加も偉人内閣の課題の一つとなっていた。当然、そういった事件の原因を解消するためにも、経済対策を進めているわけだが。

 後退した景気が戻るにもそれなりの時間が必要であり、いくら偉人内閣が大々的に改革を進めようとすぐに犯罪率などが低下する訳ではない。

 

 故に、今起きている犯罪を直接的に減らす手段として——『彼ら』が夜の町を見廻るようになった。

 

 

「——はいはい、無駄な逃走劇……ご苦労さん」

「——!?」

 

 今まさに、強盗犯である目出し帽の男たちを追跡していた『彼』がその場に姿を現す。

 

 どこかヘラヘラした笑みを浮かべるその人物は黒いスーツに黒いコートと、一見すると現代人と一寸違わぬ青年であった。

 しかし、その手には日本刀が握られており、それを扱う身のこなしにも迷いというものが一切なかった。

 

「ち、ちくしょう!! もう追いついて来やがった!!」

「クソッタレがっ……ぶっ殺してやる!!」

 

 その青年が持つ日本刀に恐れをなして逃げ回っていた強盗犯たちだったが、いい加減逃げるのに限界を感じていたのか、もうヤケクソとばかりに凶器片手に襲い掛かってくる。

 

「やれやれ……逃げたきゃ、逃げればいいのに……」

 

 青年は逆上する強盗犯たちを前にしながらも、そのヘラヘラとした態度を崩さない。それどころか、向かってくる強盗犯たちへと自ら歩み寄っていく。

 ゆらりとゆらりと、どこか不規則な歩幅——かと思いきや、次の瞬間にも青年は強盗犯の至近距離まで踏み込んでいた。

 

「——はっ?」

「——へっ?」

 

 あまりにもあっさりと間合いに入られてしまったことに、強盗犯はまるで認識が追いつかないでいる。

 

「まっ……逃さんがな!!」

 

 そんな彼らの戸惑いなど気にも留めず——青年は強盗犯たちに向かって一閃、日本刀を躊躇なく振り抜く。

 

「ぐはっ!?」

「げはっ!!」

 

 青年の放つ剣閃に強盗犯たちは短い悲鳴を上げながら、あっさりとその場に倒れ伏した。

 

「ひぃ!? こ、殺され……う、うわああああ!!」

 

 これに強盗犯の中でも短気を起こさずにいた最後の一人も、仲間が殺されたという恐怖から冷静さを失い、一目散に逃げようと走り出す。

 

「——もうやめましょう、これ以上の逃走は無意味です」

 

 だがその逃走は既に先回りしていた、もう一人の人物によって遮られてしまう。

 その人物も日本刀を脇に差し、闇夜と同化するような装束を身に纏っていた。ヘラヘラした青年とは対照的で、眼鏡を掛けた風貌がいかにも真面目そうに映える。

 

「失礼!!」

「こはっ!?」

 

 眼鏡の真面目そうな彼はわざわざ失礼と一言入れつつ、武力を持って強盗犯を無力化していく。

 人気のない裏通りにて、強盗犯三人の屍が並ぶこととなる——。

 

 

 

「それじゃ、あとのことはよろしく頼んだよ〜」

「ノブッ!!」

 

 などと、血生臭いことにはならず。ヘラヘラした青年は捕らえた犯罪者三人の身柄を新選組の格好に扮したちびノブへと引き渡していく。

 いかに犯罪者といえど、裁判もなく切り捨ててしまうのは流石にまずいことは青年も重々承知の上であるため、峰打ちで済ませていたのだ。

 

「お疲れ様、斉藤くん……相変わらず見事な剣筋だったよ」

 

 その青年——斉藤の剣に賞賛の言葉を送る眼鏡の男性も、強盗犯を極力傷付けないよう無力化していた。

 

「そういう山南さんこそ、見事な手並みでしたって!!」

 

 眼鏡の男性——山南という男の手並みを、斉藤と呼ばれた男の方も大したものだと感嘆する。

 一見すると対照的な性格に見える両者だが、親しげに言葉を交わす彼らの間には互いに対する敬意が強く感じられた。

 

 

 ヘラヘラした態度の青年——名を新選組三番隊隊長・斉藤(さいとう)(はじめ)という。

 永倉新八や、沖田総司に並ぶほどの剣士として知られる彼だが、その出自や流派に関しては不明な点が多く、幕府や会津藩が新選組を監視するために派遣した間者ではなかったのかという説もある。

 新選組内でも、隊士の粛清など表沙汰に出来ないような任務を数多く務めたとされており、彼が誰の命令、どのような思惑で動いていたのか、全てを知るのは本人だけだろう。

 新選組という組織がなくなった後も、斎藤はあろうことか敵対していた新政府の下で警察官として働くこととなる。

 その行為を裏切りと、生きていれば憤る新選組隊士も決して少なくないだろう。

 

 

「ふふ……懐かしいね、こうして話していると……昔のことを思い出すよ」

 

 しかし眼鏡の男性——新選組で総長を務めた男・山南(やまなみ)敬助(けいすけ)はそんな斎藤を前にしながらも、穏やか笑みを浮かべていた。

 山南は血気盛んな隊士が多かった新選組において、穏やかで温厚な人物だったとされる。その人格から隊士たちからは勿論、近所の子供や女性たちからも慕われていたという。

 だが隊士の粛清や権力闘争などで日々苛烈になっていく新選組が、優しい彼の心を徐々に擦り減らしてしまう。

 結果、全てに疲れた山南は新選組からの脱走を図り——連れ戻された後、局中法度に則り『切腹』にてこの世を去ることとなってしまった。

 

「いや……俺も、山南さんとまたこうして仕事が出来る日がくるとは思ってなくてね……」

 

 当然、斉藤も隊士として山南の最後を見届けており、若干気まずそうな空気感を漂わせている。

 実際、彼らがこうして夜の見廻りを担当しているのも、昼間に活動する面々——沖田や、永倉などと顔を合わせづらいというのが理由にあった。

 

 片や、新選組を壊滅へと追いやった新政府側へと鞍替えした——斎藤一。

 片や、新選組を脱走して切腹という悔いを残すような最後を遂げた——山南敬助。

 

 蘇った現代で彼らが他の隊士たちと顔合わせたとき、果たしてどのような再会劇となるか。

 それはまだ、誰にも分からないことであった。

 

 

 

「……!! 誰だ……そこにいるのは!?」

 

 そんなこんなで、さらに夜の見廻りを続けようする二人であったが——突然、斎藤が足を止めて暗闇に向かって声を荒げる。

 どうやら道行く先に何者かが身を潜ませていたらしく、斉藤の剣士としての直感が、その人物が只者でないことを感じ取ったようだ。

 

 よもや自分たちの命を狙う刺客かと疑い、警戒しながら斎藤一は愛刀に手を掛けていく。

 

「————」

 

 すると『その人物』は警戒心を抱く斎藤の眼前へと、素直にその姿を晒した。

 

「貴方は……」

 

 その人物に対し、山南は心底驚いたように目を剥く。

 

「こいつは驚いたね〜……偉人内閣のお偉いさんが、俺たちみたいな使いぱっしりに何のようだってんだい?」

 

 斉藤も、その人物が偉人内閣の一人。自分たちの上役であることに驚きながら、その立場の違いに皮肉げな笑みを浮かべる。

 

 地獄から蘇った偉人という枠組みからすれば、斎藤や山南といった新選組の面々も似たような境遇だが、内閣を任せられるような著名人たちと違い、彼らはあくまで現場の人間に過ぎない。

 政治的な決定権を持つようなことはなく、内閣の方針に従って任務を果たすだけの身である。

 

「まあ、どんな命令だろうと従うだけさ……それが、俺に出来ることならね……」

 

 そんな御上のご意向に従うだけの立場に、斎藤はどこか自虐的な笑みを浮かべながらも、その人物が自分たちに発するであろう命令を待つ。

 

「————」

 

 案の定、その人物は『とある案件』について、新選組である彼らに話を切り出していた。

 

「………………はっ? あんた、それ意味分かって言ってんのか?」

 

 その人物が話した内容に、斎藤はそれが冗談なのかと呆れたように聞き返す。

 しかしその人物の表情から、それが決して冗談の類でないことを察し、斎藤はその人物の言葉をオウム返しで繰り返していく。

 

 

「——坂本龍馬が偉人内閣を裏切ろうとしてる?」

 

 

 その人物が行ったこと、それは『密告』であった。

 坂本龍馬が倒閣——偉人内閣を脅かそうとしている不穏分子だと。それを新選組に密告することで、彼らを秘密裏に動かそうとしていたのだ。

 斎藤はその人物の密告がどのような意図からくるものか、咄嗟に事情を飲み込むことが出来ず返答に困ってしまっている。

 

「坂本くんといえば……新選組に暗殺されたという話もあるそうだけど……」

 

 動揺する斉藤を見かねてか、山南は自分たち新選組と坂本龍馬に関して『とある説』があることを話題にする。

 

 

 曰く、坂本龍馬を暗殺したのが新選組だったのではないかという話だ。

 

 

 坂本龍馬が刺客によって暗殺された事件『近江屋(おうみや)事件』は、歴史ミステリーとして有名であり、その実行犯が誰であったかなど現代でも謎とされている。

 当時の龍馬は薩長同盟や大政奉還の段取りといった大仕事を終えたばかりで、それによって不利益を被ったものたちが、彼に恨みを抱いてその命を付け狙ったとも言われているが。

 その容疑者として幕府や紀州藩、薩摩藩や土佐藩、そして新選組などが候補者として挙げられていた。

 

「いやいや、ボクがやったなんて話もありますけど、冤罪ですって!! 大体、あの頃はそれどころじゃないくらい、自分らも大変だったし……」

 

 ただ新選組が犯人だったという説に関しては、斉藤本人からの否定が入る。

 実際、あの頃の新選組は隊内分裂の危機など。自分たちのことで手一杯であり、とても龍馬の暗殺どころではなかっただろう。

 

「ふむ……それで、どうする斉藤くん? 我々だけで判断出来る話ではないと思うんだが……」

 

 山南自身、坂本が暗殺された頃には既にこの世を去っているため、その話にそこまでの感慨はなく。とりあえず、この密告者の話を聞いてどう動くか、斉藤と共に思案を巡らせていく。

 

「とりあえず、副長には話を通しておきましょう……今の副長に、話が通じるかは疑問ですけど……」

 

 どうやら自分たちだけでは手に余る案件だと判断したのか、斎藤は直属の上司である副長・土方歳三の判断を仰ぐことにした。

 

「あんたも、詳しいことは副長の前でしな……場合によっちゃ、その場で斬られるかもしれんが……そこは覚悟しといてくれよ?」

 

 密告者にも、直接土方と話を付けるようにと言い含める。

 ただ今の土方歳三は、自分たちでも手が余るような猪武者であり、もしも密告者の方に道理がなければ——最悪、斬られてもおかしくないことは伝えておく。

 

「————」

 

 密告者も既にそういった覚悟は決めているのか、斎藤の脅しを含んだ言葉にも力強く頷いていく。

 

「しっかし……まさかあの坂本龍馬がね……」

 

 ふと、斎藤一は感慨深げに一人呟く。

 仮に本当にあの坂本龍馬が偉人内閣の倒閣を目指し、それに自分たち新選組が動くことになるのであれば——。

 

 

「——こいつは池田屋のときのような、大捕物になりそうだわな……」

 

 

 自分たちの名を世に知らしめるきっかけにもなった『池田屋事件』のことを引き合いに出しながら。

 この国の未来を決めることになるかもしれない騒動に、自分たちが関わることになるのだと意を決するのであった。

 

 




人物紹介

 武田信玄
  甲斐の虎の異名を持つ、戦国最強騎馬軍団を率いた武将。
  fgoの第一再臨が完全にホスト。愛馬を車に変えて戦うスタイルがカッコ良くて、天井まで回してしまった……。
  役職は総務大臣。総務大臣の仕事内容とかよく分からなかったけど……響きがかっこいいから総務大臣にした。
 
 上杉謙信
  越後の龍の異名を持つ、自らを毘沙門天の化身と称した軍神。
  fgoでは長尾景虎としての実装が先で、今作でも名前こそ謙信にしていますが、スタイルは景虎での白頭巾姿。
  役職が法務大臣なのは、ルーラー適性があるため。
  
 高杉晋作
  長州の麒麟児、奇兵隊の設立者。作者は彼のことを『るろうに剣心』で知りました。
  見た目からしてチャラチャラとした若者だが、こう見えて意外と慎重派。
  役職が外務大臣なのは、これで結構交渉上手だったという逸話があるから。
  
 吉田松陰
  晋作の師匠、fgo未実装待機列の住人。ぐだぐだは待機列の解消を一刻も早く進めて欲しい。
  一見すると理知的だが、結構過激な思想家で……こやつに文部科学大臣を任せていいのだろうか?
  彼と晋作が進めている計画ーー『令和キ◯計画』が日の目を見ることが、いずれはあると思うの。
 
 茶々
  豊臣秀吉の側室、織田信長の姪。fgoのように今作でも子供時代の姿で登場。
  次のぐだぐだイベントがあるなら……淀殿として、彼女が星5で実装されることでしょう。
  今作ではとある理由から秀吉が出演できないため、彼の代理で財務大臣を務めている。

 永倉新八
  新選組二番隊隊長。強面なチンピラみたいな感じだが、新選組の中では比較的まともな感性の持ち主。
  まとも過ぎて、最後まで新選組として戦い抜くことが出来なかった。
  晩年は北海道で過ごし、新選組の関する著書を執筆し、その人気を後世へと繋いだ。
  
 沖田総司
  新選組一番隊隊長。病でこの世を去ったことから、薄幸の美少年設定が付与された。
  fgoにおける女体化枠。新選組の紅一点って……どこの乙女ゲーヒロイン?
  ぐだぐだにおいて、ノッブと肩を並べる二大看板だが……ある界隈においては、ノッブよりも絶大な人気を誇る。

 土方歳三
  新選組副長。鬼の副長と恐れられし男。
  剣士としては沖田や斉藤に劣るが、その気迫から隊士たちから「負けずとも勝てる気がしない」と言わしめた。
  新選組立ち上げ当初のメンバーとして、唯一最後まで戦い抜きーー北海道の地で果てる。

 斎藤一
  新選組三番隊隊長。主に密偵、暗殺などの裏仕事を担当したとされている。
  るろ剣の斉藤と違い、常にヘラヘラとした不真面目な態度。
  警官として働いていたという話……るろ剣の創作かと思ってたけど、史実とのことで初めて知った時は驚いた。

 山南敬助
  新選組総長。真面目、親切、知性派、眼鏡男子と新選組の中でも特徴的なキャラ付け。
  生真面目すぎたせいで最後まで新選組についていけず、最後は切腹という最後を迎える。
  最初は未実装枠だったが……有識者たちの愛により、実装が実現したお方。

 夏美
  鬼太郎6期・23話『妖怪アパート秘話』にて登場。
  妖怪アパートを引き継いだ、若い女性。地味な印象だが、結構可愛らしい。
  一話限りのゲストキャラだったが、偶に出てきてそれとなく話に加わることもあった。


 次回で完結する予定ですが……ちゃんと四話構成で終われるか正直不安だ……。

 
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