ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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ようやく『ぐだぐだ内閣・もしも織田信長が総理大臣になったら』完結になります。

今回は本当に長々と話が続いてしまいました。
書き始めは、まさかここまで長期で続くとは思っていませんでした。
流石にこれほどの規模になる話は今回限りだと思います。次回からは普通のクロスオーバーへと戻っていきますので……今後ともよろしくお願いします。

少し前から、活動報告の方に『ゲスト妖怪募集』『歴代ゲゲゲに関して』の項目を新たに作成し、あらすじのところにもURLの方を貼り付けておきました。

『クロスオーバー作品募集』の項目ともども、気軽に活用していただければと思います


ぐだぐだ内閣・もしも織田信長が総理大臣になったら 其の⑤

 江戸時代——長き戦乱の世を終え、ようやく訪れた太平の世。

 徳川家康が征夷大将軍に任命され、江戸に幕府が開かれたことで始まった武家政権。

 

 将軍職を徳川家の人間が世襲制によって受け継ぎ、それに他の武家が従う。

 実質的な力関係においても朝廷を上回り、完全に天皇・公家の動きをも制御下においた。

 

 天災による飢饉、百姓一揆といった反抗運動、宗教的迫害による内乱などといった問題がなかったわけではないが、徳川家による支配制度は『概ね』平和だったと言えよう。

 この徳川の世はおよそ260年続いた。これほど長い期間、一つの政治機構が実権を握った例は世界史上でも稀であり、徳川の治世は海外の研究家からも高く評価されている。

 

 

『——たったの、260年か……』

 

 

 だが、そんな徳川家の260年『しか』続かなかった治世に、不満を溢すものがいた。

 

『徳川でも駄目だったか……』

 

 その男は、今まさに行われている大政奉還——徳川幕府の終わりを影から見守りながら、自らが手掛けたシステムの終焉に嘆いていた。

 

『私や家康たちであれだけ苦心して組み上げた仕組みも……こうなれば無価値だな……』

 

 男は——過去に南光坊天海と名乗っていた。

 徳川幕府の始まりを、家康や秀忠、家光といった歴代将軍と共に作り上げてきた張本人である。

 

『他に目的』があって家康の懐に潜り込んだ天海ではあるが、彼とて人間だ。自分で手掛けた徳川幕府というものに、それなりに思い入れもある。

 もしも徳川の下、人々が平和な世を謳歌するのであれば——それはそれで満足していたかもしれない。

 

 だが徳川幕府は終わった。

 どれだけ堅牢な政治機構とて、数百年と続けば必ず綻びが出る——ということなのだろう。

 

 長きに渡る徳川の世が終わったことで、次に誰が政権を握るべきか。次なる覇権を巡っての戦乱が再び巻き起こるだろう。

 もっとも、それで誰かが天下を取っても。そのものが倒れればその次のものがと。その繰り返しであることは既に歴史が証明している。

 

『やはり信長様でなければ……真に太平の世は訪れぬか……』

 

 そのような繰り返しの歴史に、南光坊天海はほとほとうんざりしていた。

 故に天海——いや、明智光秀はかつて抱いた野望。自らが目指した『真の理想郷』を完成させようと、織田信長その人の復活を願う。

 

『必ずあの方を蘇らせてみせよう……たとえ何百年かかろうと……』

 

 信長さえいれば、かの第六天魔王が不滅の存在となって君臨すれば——きっと全てが上手くいくと。

 

 その理想を実現させるためなら、どれだけ時間が掛かっても構わない。

 己の全てを賭してでも、必ずやり遂げてみせようと。光秀はそのための準備をたった一人で進めていくこととなる。

 

 

 

 そして、時は流れ。

 信長を復活させるための条件が全て整ったことにより、明智光秀は織田信長が頂点に君臨する政権——つまりは『偉人内閣』を作り上げたのであった。

 

 

 

 

 

 月明かりの下、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った山中の広場にて。そこに集結していた妖怪たち、新選組らから戸惑いの声が上がる。

 

「はっ……? あ、明智って……えっ? あの明智光秀!?」

「天海じゃなかったのかよ!? てか、なんで明智光秀なんだ!?」

 

 反魂の術を操り、偉人たちを蘇らせて偉人内閣を立ち上げた黒幕——それが天海であったことには一応の納得があった。

 怪しげな術を用い、徳川幕府を裏から操っていたとされる南光坊天海であれば、数百年のときを生き延び、地獄から死者を呼び戻す反魂すらも可能なのだろうという説得力があった。

 

 しかし、その天海という名ですら仮初のものでしかなく、男は真名を『明智光秀』と名乗った。

 何故そこで明智光秀なのかと、誰もが困惑を隠しきれない。

 

「天海僧正の正体が『秀吉公との戦いに破れて逃げ延びた明智光秀だった』……という俗説はあった筈だけど……」

 

 だが龍馬は、天海の言葉に冷静に思案を巡らせる。

 天海が明智光秀だったという話、それ自体は決して初耳ではない。まことしやかに語られる伝説として確かに存在していると。

 

 

 明智光秀——日本人どころか、妖怪たちですらも一度は聞いたことのある有名な戦国武将だ。

 彼は戦国の覇王たる織田信長に仕え、そして裏切った『大謀反人』として、歴史に名を刻まれている。信長が少数の護衛のみで本能寺に宿泊していたのを機に、その首を討ち取ろうと大軍を率いて取り囲んだのである。

 

 これぞ所謂『本能寺の変』である。

 本能寺を取り囲んだ際に放った台詞——『敵は本能寺にあり!!』はあまりにも有名だが。

 

「——サルの話はするなぁあああああああ!!」

 

 そのとき、龍馬の言葉の何が地雷だったのか。明智光秀が激しい怒りを露わにする。

 それまではところどころに驚きを交えつつも、冷静な物腰を維持していた光秀が周囲の目も憚らずに激昂したのである。

 

「ああ、なるほど……。呼び出された偉人たちの中に、太閤殿下の姿がなかった理由が分かりましたよ……」

 

 その怒り狂いように、偉人内閣の面子に何故、サル——もとい『豊臣秀吉』がいなかったのか。龍馬はその理由を理解する。

 

 

 本能寺の変にて、信長を殺したとされる光秀だが、彼は織田信長を討ち取った証拠である『首』を確保することが出来なかった。

 信長の首は本能寺の包囲から抜け出した森蘭丸が、他でもない信長の命で秘密裏に持ち出したという説もあるが、はっきりとしたことは分かっていない。

 いずれにせよ信長の首を確保できない以上、光秀は『信長を討った』という確かな確証を得ることが出来ず、人心を掌握することが出来なかった。

 

 その隙を——豊臣秀吉に突かれたのだ。

 本能寺の変から僅か十日後。『信長の仇討ち』を掲げた秀吉の軍が、浮き足立つ光秀の軍と激突し、これを打ち負かしたのである。

 この『山崎の戦い』に敗れた光秀の軍は瓦解。光秀自身も鼠のように逃げ回ることとなり、その逃亡中、彼は落武者狩りにあい、謀反人に相応しい無様な最後を遂げた。

 

 というのが、一般的な見解だ。

 実際にそのような最後を迎えていれば、自分を負かした豊臣秀吉への憎しみを抱いていてもおかしくはないだろう。

 

 しかし、ここで『天海=明智光秀説』が浮上する。

 秀吉との戦いに敗れて逃亡した光秀が、実は生き延び——そのまま出家し、僧となったという説だ。これは徳川幕府が成立し、実際に天海が幕府にて実権を握るようになってから、まことしやかに囁かれるようになった話である。

 一見すると全く関わり合いのない天海と光秀を同一人物と考えるのは無理があるかもしれないが、天海も造営に関わったとされる建物や、その周辺の土地に『桔梗紋』——明智家の家紋が刻まれているという。

 

 

「……でも、それっておかしくない?」

 

 だが、そういった天海=明智光秀説が確かなものだったとしても、光秀の話にはおかしいところがあると猫娘が指摘する。

 

「アンタが明智光秀なら、なんで信長を蘇らせようだなんて……信長を殺したのはアンタじゃない!?」

 

 そう、仮に天海が本物の明智光秀だったとしても、彼がわざわざ織田信長を蘇らせて総理大臣になど担ぎ上げるのはおかしい。

 

 なにせ——織田信長を死に追い込んだのは、他でもない明智光秀だ。

 

 信長に仕えていた光秀がそこまでの暴挙に出た理由。それは彼が信長のことを殺したいほど憎んでいた、ということではないのだろうか。

 

「……ああ、そうだとも。確かに私は信長公を殺した……だって仕方ないじゃないか」

「し、仕方ないって……」

 

 この指摘に光秀はあっさりと、自分が主君を殺したのだと認める。それがどことなく子供が拗ねたような口調であることに猫娘は唖然となった。

 

「あ奴のせいで、信長公は信長公ではなくなってしまったのだから……」

「あ奴……?」

「そうだ!! 忌々しいあ奴!! あ奴が現れてから、信長公は変わってしまった!!」

 

 光秀は自分が織田信長を殺した原因が『あ奴』——豊臣秀吉にあるという。

 

「信長公は私の救い!! 私の光!! 私の全てだった!!」

 

 そもそも、明智光秀は織田信長のことを憎んでなどいない。

 それどころか、かの存在を自身の全てだと臆面もなく言い切るほど、数百年経った今でも心酔している。

 

「信長公には何もかも捧げてきた!! 私の全てをっ!! なのに、何故私ではなく、あ奴に笑いかけるのです!?」

 

 だがその信仰にも等しい忠誠心が、信長が自分ではない『他のもの』に目を掛けることを許さなかった。

 誰よりも信長を慕っていたという自負があったからこそ、『自分以外』のものを褒め、笑いかけるなどあってはならないと。

 

 評価される同僚の秀吉に対する嫉妬——それが彼を凶行へと突き動かす。

 

「信長公は私だけのものだったのに……私が、私だけが信長公の理解者だった!! 私だけが、信長公の理解者でなければならない!! 私以外のものに、楽しげに天下を語るなど許される筈がない!!」

 

 自分は信長の理解者、自分だけが信長を理解している。

 それ以外の人間が信長に理解され、信長を理解するなどあり得ない。

 

 そんな信長公など、自分の信奉する織田信長ではないのだと——。

 

 

「——だから、殺したのだ」

 

 

 故に殺した。

 織田信長が自分を見てくれないというのなら、いっそこの手で——。

 

 

 

「狂ってる……」

「いやはや……こいつは相当……」

「重症ですね、これは……」

 

 光秀が語った、信長に反旗を翻した動機の告白に鬼太郎は理解出来ないと頭を振るう。

 光秀から狂犬呼ばわりされていた新選組の面々も、彼の信長への執着っぷりの方がどうかしているとドン引きだ。

 

「あのような奴に、日の本を治められる筈がない!! 事実、あ奴は何もかもを失い、惨めな最後を迎えたではないか!!」

 

 光秀の秀吉に対する怒りは留まるところを知らない。

 彼は自分を打ち負かした秀吉が、信長の後を継ぐような形で天下人になったその後の人生、その治世を強く否定する。

 

 秀吉は確かに天下人として広く名が知られた偉人だが、その最後は原因不明の病で苦しんだ上での病死だったとされている。

 そして彼の死をきっかけに豊臣政権は呆気なく崩壊し、再び戦乱の世へと逆戻り。一代で滅んだ短命政権、豊臣秀吉個人に依存した組織構造は、後年においてそこまで高く評価されていない。

 

「あ奴がいなくなった後……私は家康に接触し、奴と共に徳川幕府を作り上げた」

「……!?」

 

 憎き秀吉がこの世を去った後、自らの死を偽装していた光秀がとうとう動き出した。

 天海として徳川家康に近づき、彼の治世に協力し始めたのである。

 

「徳川というシステムはよく出来ていた。あ奴が盛大に失敗した後継者問題に関しても見事に解決してみせた!!」

 

 秀吉への意趣返しという意味合いもあったのだろう。

 豊臣政権が犯した失敗、後継者問題を始めとしたいくつもの課題をクリアできるよう、綿密に作り上げた長期政権——それこそが徳川幕府。

 秀吉ですらも終ぞ叶えることの出来なかった繁栄、太平の世を『天海』として実現してみせた光秀の言葉には、どこか誇らしさすら感じられる。

 

「だがその徳川の世も、終わりを迎えた……他でもないキミの手によってね、坂本龍馬くん!!」

「——っ!!」

 

 しかしそうして作り上げた徳川幕府も、数百年後に崩壊することとなった。

 他でもない、坂本龍馬の手によって。

 

「キミのおかげで改めて思い知ったとも、やはり徳川でも駄目だ!! この国を導くに足るのは、信長公ただお一人だけなのだと!!」

「…………」

 

 まさかここで幕府を終わらせることになった自身の行いについて言及されるとは思ってなかったのか、龍馬は気まずい思いで光秀の言葉に耳を傾けるしかなかった。

 

「そうとも!! 信長公なら千年!! いや!! 未来永劫続くであろう……真の理想郷を築き上げてくださる!!」

 

 興奮冷めやらぬといった光秀は、信長であれば自分ですらも実現できなかった理想国家を真に実現してくれると、そう心から信じているのだろう。

 その狂信、盲信に対し——。

 

 

「——やれやれ、それでこんなことまで仕出かすとか……貴様も筋金入りじゃのう……」

 

 

 他でもない『彼女』自身が物申す。

 

 

「——あ、貴方様は!?」

「——!?」

 

 その場にて響き渡った声に光秀は勿論、鬼太郎たちですらもまさかという顔で振り返る。

 

「——総理……いや、織田信長公……」

 

 そう、そこにいたのは総理大臣——現日本政権の頂点に君臨する女傑。

 業火をその瞳に宿した第六天魔王・織田信長が、突如として姿を現したのである。

 

 

 

×

 

 

 

「おいおい!! なんだって、こんなとこに総理がいるわけ?」

「さあ……総理って意外と暇なんですかね?」

 

 織田信長の登場に斎藤一が分かりやすく困惑していた。一方で、沖田総司などは信長のことが個人的に好きではないのか、辛辣な口調で総理という地位を弄る。

 

「土方くん……坂本くんから何か聞いてるかい?」

「…………」

 

 山南敬助などは冷静にこれも坂本龍馬の仕込みなのかと、副長である土方歳三に何か聞いていないか尋ねる。

 だが何も答えないところから察するに、土方も何も聞かされていないのだろう。

 

「どうして総理が……」

 

 坂本龍馬も信長の登場は予想外の出来事だったのだろう、何故彼女がここにと疑問を口にする。

 

「この娘が、戦国の風雲児……」

「第六天魔王……織田信長……!!」

 

 妖怪である目玉おやじや猫娘ですらも、初めて間近で見る織田信長という存在を前に緊張感を滲ませている。

 

 地獄の軍勢を返り討ちにした手腕を見事だと思っていたが、それ以上に彼女がその瞳に宿す『業火』に目を惹かれる。

 妖怪の中にだって、これほど燃え滾るような瞳をしているものなどそうはいない。

 いったいどのような人生、どのような修羅場を潜り抜ければ、そんな地獄のような灼熱を瞳に宿すことが出来るのだろう。

 

「…………!!」

 

 強豪妖怪との戦いを潜り抜けてきた鬼太郎でさえ、信長の業火を目の当たりに自然と身震いする。

 

 

 

「ははっ……はっはっは!! 流石は信長公!! 私如きの暗躍など、とうの昔にお見通しというわけですか!!」

 

 皆が皆、信長という存在を前に緊張感を漂わせる中、ただ一人——明智光秀だけはその顔に歓喜の色を滲ませる。

 彼にとっても、織田信長がこの場に現れたことは想定外の出来事。だからこそ、自分の予想を上回る動きを見せた彼女に、流石だという感情が抑えきれないでいる。

 

「信長様!! この明智光秀!! 偉人内閣などというものを設立したのも、全ては御身をこの現世に迎え入れるため!! この日の本を治めるにたるは、信長公以外にありえません!!」

 

 昂る気持ちの赴くままに、光秀は信長へと自身の野望——彼女を頂点に据えた偉人内閣こそが、疲弊した日本を救うのだと熱弁をふるう。

 

「しかし、この場に集まったものどもは……公の偉大さを理解出来ず、その支配に逆らおうという愚か者たちです!! 今こそ!! 信長公のお力でこやつらに誅を下すべきかと!!」

 

 だが、そのために邪魔な存在——逆らう愚か者たちの排除が必要だと。

 この場に集まっていた敵対者相手に、信長が直に力を振るうべきだと進言する。

 

「まずいな……流石に信長公を相手にするのはっ……!!」

 

 これに龍馬が焦りの表情を浮かべた。

 ただでさえ、反魂の術者である光秀を相手にするだけでも厄介だというのに。そこに信長が参戦するともなれば、鬼太郎が味方してくれていようと分が悪い戦いになるだろう。

 

「…………」

 

 ところが、光秀の進言に信長はピクリとも動かない。

 その瞳に宿した業火も急速に熱を失っていき、入れ替わるようにその瞳に宿るのは——呆れ、憐れみといった感情だった。

 

 

「——はぁ、つまらん……つまらんのう、キンカン」

 

 

 

「の、信長公……?」

 

 信長から『つまらん』と、キンカンという昔のあだ名で呼ばれる光秀の表情が困惑に彩られていく。

 彼は信長が何に対してつまらないと、どうして失望の念を抱かれているのか理解出来ず、信じられないようなものを見る目で信長を見返す。

 

「いや、計画自体は良い。此度の貴様の企み……なかなか面白い趣向ではあった」

 

 そんな光秀に何がどう駄目なのか、信長は今回の企てについて感想を語っていく。

 

「偉人内閣とかいう、ネーミングセンスに関しては一言物申したいところだが……まあ、それはええじゃろう。戦国や幕末だけではない、平安や鎌倉、室町辺りの連中を蘇らせれば、もっと面白いことになったであろうが……それも過ぎたことじゃ……」

 

 信長は光秀のやったこと、その全てを否定しているわけではない。

 

「スケールもそこそこデカいし……わしも割と好きな絵面じゃ。わしらの生きた時代から随分と様変わりしておったが……今の世がどのようになっているのかを知れたのは、わしとしても感慨深いものがあった……」

 

 口調こそ淡白なものであったが、その言葉の端々からそれなりに光秀を評価していることが伺える。

 

「で、では何故!? 何故そのようなことを仰るのですか!?」

 

 だからこそ、そこまで評価してくれている主君が、どうして自分を否定するような言葉を吐き出すのかと光秀は疑問を浮かべる。

 

 察しの悪い明智光秀に対し、織田信長は主君として冷徹に告げていく。

 

 

「——どうして、そこで『わし』なんじゃ?」

 

 

 つまるところ、信長が光秀を『つまらない』と評価したのはその一点に集約される。

 

「そこまで段取りを整えておいて、何故わしに頼る? 自分が総理になってこの国を支配してやろうと、何故そういった気概になれん? そういうのは自分でやらんか、自分で。そこがお前のダメなとこじゃぞ」

 

 結局のところ信長を信奉するあまり、光秀には『自分が先導に立って世の中を変える』といった発想がない。

 それは天海として、江戸幕府の運営に関わっていたときもそうだ。臣下として主君を立てたり、人の影に隠れて暗躍することは出来ても、自らが矢面に立つことはしない。

 

 それが、明智光秀という男の限界なのだと——信長はとうの昔に理解していたのだ。

 

「そこがお前とあ奴……秀吉との差じゃ」

「……っ!!」

 

 そういった度胸、根性のなさを、よりにもよってあれほど嫌悪していた相手——豊臣秀吉と比べられたことで、光秀の顔面が屈辱に染まる。

 

「あ奴はわしが死んだ後、わしの無き世を……己の世を見ていた。己が照らす天下を描いていた」

 

 どうして信長が豊臣秀吉に目を掛けていたのか。それは彼が曲がりなりにも『己自身』で世を治めようという気概があったからだ。

 自分が天下を統べると。信長に仕えていた頃から、彼は『野望』という名の牙を密かに研ぎ澄ませていた。

 それを見抜いていたからこそ、信長も秀吉を面白い奴と様々な無理難題を押し付け、それに見事に応えることで、やがては天下人となった——それこそが豊臣秀吉という男なのだ。

 

「わしには分かるぞ、キンカン。お前は怖かったんじゃろ、わし無き世が……」

 

 それに引き換え光秀はいつだって信長頼り、彼女に縋ることしか知らない男だ。

 

「わしを殺してはみたものの、怖くなったんじゃろ……その先の世が……」

 

 それは一時の感情に身を委ね、信長を死へと追いやってしまった後になっても変わらなかった。

 寧ろ、信長がいなくなってしまったことで何をどうすればいいか分からず、現実から逃げるように僧として出家する道を選んだ。

 その後、天海として歴史に名を残すことにもなったが、やはり信長を求める姿勢に変わりはなく。

 結局、数百年経った今になって信長を地獄から蘇らせ、彼女を推すために偉人内閣など設立したのである。

 

「これ以上、貴様の拗らせに付き合うてやる義理もない……」

 

 だが、そんな自分への執着こそが何より興醒めだと、信長は光秀を突き放すように吐き捨てる。

 

 

 

「それじゃあ、信長公は……ボクたちの味方と考えてよろしいのでしょうか?」

 

 信長と光秀との会話に割り込む隙間がなく、成り行きを見届けていた龍馬がそこでようやく声を掛けた。話の流れから、信長が光秀に協力する気がないことは察せられたが。

 

「うん? まあ、そうじゃな……お前らの味方をしてやる義理もないが。これ以上、キンカンの企みに付き合わされるのもいい気はせん……」

 

 そこで信長は龍馬たちの存在に今気づいたといった様子で、彼の言葉に返事をする。

 これ以上、光秀の希望を叶えてやる必要もないと。それの意味するところを理解した上で信長は——総理大臣として宣言するのであった。

 

 

「——偉人内閣は今日で解散じゃ」

 

 

 

×

 

 

 

「…………そうですか、信長公ですら……この私を否定するのですね……!!」

 

 信長の解散宣言。それは明智光秀のこれまでの苦労を否定するものであり、彼にとって到底受け入れられるものではなかった。

 たとえ相手が信長であろうと。寧ろ、自分だけが理解者だと理想の信長を求めていた彼にとって、その理想とかけ離れた行動・言動を取る信長など決して認められるものではなく。

 

「いいでしょう!! 公まで私の信長公をお認めにならないのであれば、私がっ!! 私こそが、真の信長公となって見せましょうぞ!!」

「ええ……ちょっと、何言ってるのか分からないんですけど!!」

「とうとう壊れたか?」

 

 鬼気迫る表情で支離滅裂なことを口にし始める光秀に、沖田や斉藤からツッコミが入る。自分が信長公になるなど、とても真っ当な思考回路を持つ人間の口から出る発言とは思えない。

 

「いや……こやつ、既に正気では……」

 

 だがそうではないと、目玉おやじは光秀が既にまともではないことを見抜く。

 

「人間の精神が……何百年という時間に耐え切れるわけがなかったんじゃ……」

 

 光秀がいかなる呪法でこの現代まで生き延びたかは知らないが、数百年という時間は人間にとってあまりに長すぎる。

 途方もない月日の流れが、彼自身も自覚がないままその精神を擦り減らしていったのだ。

 それでも、表面上冷静さを繕えていたのは、織田信長という拠り所があったから。信長公に全てを任せれば何もかもが上手くいくと、そう思っていたからこそ平静でいられた。

 

 しかし、他でもない信長からそれを否定されてしまえば——後に残るのは不安から来る『虚無感』だけ。

 

「そ、そうだ……!! 私が、私こそが……信長公を!! もっとも信長公を理解し、信長公を殺し……信長公をお救いできるのだ!!」

 

 狂った笑みを浮かべるその顔からは、既に冷静さと呼べるほどのものも残されていなかった。

 

 

 

「憐れじゃな、光秀……」

 

 その亡霊のような生き方を憐れむ信長。せめて自分の手で介錯してやろうと、どこからともなく火縄銃を取り出す。

 

「——おっと!! そうはいきませんぞ!!」

 

 しかし銃口が向けられるより早く、光秀は信長に向かって右手を翳す。瞬間、見えない何かに縛られるよう、信長の動きが封じられてしまった。

 

「むっ……!」

「お忘れかなっ!? 御身を現世へと呼び戻したのはこの私!! いかに信長公といえども、反魂の理から逃れることは出来ませぬぞ!!」

 

 そう、反魂の術者である光秀は、地獄から呼び出した偉人たちを自由に縛ることが出来るのだ。

 

「暫くの間、大人しくして頂きましょう!! その間に……不愉快な連中を片付けておかなければなりませんからね!!」

 

 その気になれば地獄へと強制送還することも出来るだろうが、まだ信長には現世に留まっていてほしいようだ。

 彼女の動きを封じている間に、他の邪魔者を排除しようと——その視線が龍馬や鬼太郎たちへと向けられる。

 

「——はっ!!」

「——遅い!!」

 

 ここで、光秀が仕掛けるよりも先に——既にこちら側からも動いているものがいた。

 新選組においても、切り込み隊長的な役割をこなす斎藤一と沖田総司。二人が光秀の首を刈り取ろうと独特の歩法、目にも止まらぬ速度で一気に間合いを詰めようとする。

 

 

『——ウォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 ところが、まるで二人の奇襲から光秀を守るかのよう——真っ黒な何かが天から舞い降りてくる。

 

「なっ……!?」

「お竜さん!!」

 

 その巨大なものの正体は——真っ黒い大蛇。坂本龍馬の妻とされていた女性・お竜であった。

 

「ふん……やっと戻ってきたか、国喰い」

 

 鬼太郎に怯まされ、公園の池へと沈んだと思われていた彼女だが、その復帰を当然だとばかりに光秀は彼女に向かって声を荒げた。

 

「まつろわぬ神よ!! 貴様の主はこの私……この鉾がその証である!!」

 

 光秀は大蛇に向かって命令を下しながら、いつの間にか左手に握られていた——『鉾』を見せつける。

 

「その鉾は……お竜さんを貫いていた!?」

 

 それは龍馬にとっても、見覚えのある鉾であった。

 高千穂峰に封じられていたお竜の身を刺し貫き、その地へと縫い付けてきた『鉾』だ。過去にお竜の束縛を解いた龍馬が、無造作に投げ捨てていたものだが——。

 

「天逆鉾……天より落ちては、魔なる大蛇を彼の地へと縫い付けた鉾……キミが投げ捨てたこれを見つけ出すのにも、それなりに苦労したよ」

 

 まさしく、それはお竜を高千穂の地に縛り付けていた『天逆鉾』。今も高千穂峰の頂上に突き刺さっているというレプリカではない、本物の天逆鉾だという。

 

「見てのとおり、半分に折れてしまっているため、本来の用途として使うことは出来ないが……」

 

 だがその天逆鉾も、下半分がポッキリと折れてしまっている。

 これは龍馬によって引っこ抜かれた後、火山の噴火によって折れてしまい、紛失したものをなんとか見つけ出して回収したからである。

 

「国喰いよ!! 私の反魂の術によって、坂本龍馬をこの現世に蘇ることが出来た!! 故に私が倒れるようなことがあれば、坂本龍馬もこの現世から消え去り、地獄へと還ることになるだろう!!」

『————!!』

 

 光秀は天逆鉾を天高く掲げながら、大蛇たるお竜へと語りかけた。

 すると光秀の言葉に耳を傾けるよう、大蛇は彼を——正確にはその視線を天逆鉾へと向ける。

 どうやら鉾の力は、一度刺し貫いたことのあるお竜という大蛇の意識を制御出来るらしい。しかしそれと同じよう、大蛇は坂本龍馬の方にも目を向けている。

 

 龍馬と天逆鉾を持った光秀、そのどちらに意識を向けるか迷っているようであったが——。

 

「だが、この場には私を害そうとする連中が集まっている!! 私に万が一のことがあれば……坂本龍馬は消え去るだろう!!」

『——龍馬が……消える……?』

 

 光秀の言葉、龍馬が消えるという事実にお竜は反応を示す。

 

「それが嫌なら……そこにいる邪魔な妖怪を……ゲゲゲの鬼太郎を始末するがいい!!」

「……っ!!」

 

 その事実を都合よく利用し、光秀はお竜を鬼太郎へとけしかける。

 光秀にとってゲゲゲの鬼太郎は一番の邪魔者だ。彼を排除する手段として、お竜を利用したいのである。

 

「ちょうど妖力が不足しているのだろう? そいつで空腹を満たすがいい!!』

『グゥゥウウウッ……腹が……減った……』

 

 さらに、お竜が空腹であることを思い出させるように囁く。それによりお竜自身、空腹を訴えてから何も食べていないことに気付いてしまったのか。

 

『——喰わせろ……喰わせろぉおおおお!!』

「——くっ!?」

 

 空腹から逃れるためか、あるいは坂本龍馬を現世に繋ぎ止めたいという想いが強かったのか。光秀に唆されるまま、お竜が再び鬼太郎へと襲い掛かったのである。

 

 

 

「お竜さん!!」

 

 暴走を始めたお竜を止めようとその名を呼ぶ龍馬だが、彼の声が届いていないのか。

 

『ウォオオオオオオオオオオオオ!!』

「っ……!! 髪の毛針!! リモコン下駄!!」

「ニャアアア!!」

 

 お竜は一心不乱に鬼太郎へと襲い掛かり、鬼太郎も迎撃行動に移るしかなく、彼を援護しようと猫娘も加勢せざるを得なかった。

 

「さて、これで邪魔者は……入らない!!」

「ちぃ……!!」

「またっ……この金縛りかよ!?」

 

 妖怪という不確定要素を遠ざけるや、光秀は再び反魂の術者としての権限を持って信長を含めた偉人たちの動きを制限する。

 どれだけ優れた偉人であろうと、術者である光秀を相手に正面から相手することは出来ない。ひとたび彼がその気になれば、たちまち動きを封じられてしまうのだ。

 

「まずは、新選組!! 貴様らから……消え去るがいい!!」

 

 そうして、動きを止めている間にも光秀は呪文を唱えながら手のひらに力を込め——それを一気に解き放つ。

 

 先ほども永倉新八・新選組の隊長を一人地獄へと送り還してしまったように、蘇らせた偉人たちをこの現世から退去させてしまおうという魂胆だ。

 実際、その力の矛先を向けられた新選組総長・山南敬助の肉体が光を帯びながら消え去ってしまう。

 

「済まない、沖田くん……また、先に逝かせてもらうよ……」

山南(サンナン)さん!!」

 

 消え去る間際、山南は沖田に向かって詫びを口にしていた。

 

 沖田と山南は一緒になって近所の子供たちと遊んであげたりと、新選組の中でも特に親しかった。もしかしたら、山南は沖田のことを妹のように思っていたかもしれない。

 沖田も、山南のことを『サンナンさん』と愛称で呼ぶほど慕っており、彼の切腹の立ち合い——介錯人を務めた際も、その死を酷く惜しんでいたという。

 

「…………!!」

 

 今回も、山南が消え去る瞬間を目の当たりにしたことで、沖田の表情に確かな揺らぎがあった。

 すぐに刀を取り出し、人を斬ることに躊躇いを感じさせないような沖田でも、親しい人が消えるのはきっと辛いことなのだろう。

 

「ぼさっとすんじゃねぇ!! 何も考えずに、進め!! 斬れ!! 進め!! 斬れ!!」

 

 そんな沖田とは対照的に、新選組副長である土方歳三の表情には全く変化がない。

 戦いが始まってからずっと鬼気迫る表情で、動きにくい自身の体を揺り動かしながら、周囲の隊士たち——新選組に扮した、ちびノブたちへと号令を掛けていく。

 

「の、ノブ〜!!」

「ノッブたちだけでも……やってやるノブ!!」

 

 土方の指示に戸惑いを見せつつも、自分たちの役目を全うしようとちびノブたちが一斉に光秀へと殺到していく。

 彼らは反魂で呼び出された偉人ではないため、動きが封じられることもなく刀を振るうことができるのだが——。

 

「雑兵が……引っ込んでいろ!!」

 

 集団で斬りかかってくるちびノブたち相手に、光秀は煩わしいとばかりに天逆鉾を振るう。信長を模したちびノブたちも、光秀にとっては敬意の対象外なのかそこに躊躇いなどなく。

 

「ノッブ!?」

「や、やられた〜〜、ノブ……」

 

 呆気なくやられる、ちびノブたち。

 次から次へと蹴散らされてしまい、数十匹はいたちびノブたちが一匹残らず殲滅されてしまう。

 

「ああ、貴重な労働力が……」

「今更ですが、なんで新選組に属していたんでしょう……あのちびノブたち……」

 

 一応は新選組の一員であったちびノブたちの犠牲を斎藤は嘆いてきたが、そもそもの疑問として彼らがなんだったのか沖田は首を傾げる。

 

『——ハアアアアアアアアアアアアアア!!』

「っ……お竜さん……」

 

 ちびノブたちが倒されている間も、お竜は未だに鬼太郎とぶつかり合っていた。龍馬は彼女の説得に行きたかったが、身動き取れない状態であるためそれも不可能。

 このままでは光秀の思惑通り、信長以外の全員が地獄へ送り還されてしまうと焦燥感に駆られる。

 

「…………」

 

 だが龍馬が焦りを見せる一方で、信長は不自然なほど冷静であった。

 諦めている、というわけでないことはその瞳を見れば分かる。業火のように燃える瞳が光秀——正確には、その後方の暗闇を射抜くように見つめており。

 

 

「——そこじゃ、やれ」

 

 

 その暗闇に潜む『何者』かへ、指示を出すように呟く。

 それを合図に——。

 

 

「——天!! 誅!!」

「——い、以蔵さん!?」

 

 

 突如、光秀の背後から編笠を被った剣客——岡田以蔵が音もなく姿を現す。

 

 

「——なにっ……!? ぐああああああああああああ!?」

 

 

 暗殺者としての岡田以蔵の気配遮断はほとんど完璧であり、斬られるその瞬間まで光秀は以蔵の存在に気付けずにいた。

 結果、完全に不意を突いた以蔵の凶刃が見事に光秀の左腕を切り落とし、その手に握りしめていた天逆鉾が地面へと転がり落ちる。

 

「っ……よし!! 動けるっ!!」

「…………!!」

 

 光秀が怯んだことで、拘束が解かれて動けるようになった一行。

 

「お竜さん!!」

 

 体が動くようになってすぐに、坂本龍馬は鬼太郎たちと戦いを続けるお竜の元へと駆け出す。

 

 

 

『——!! りょ、龍馬……吾は……お竜さんは……』

 

 近づいてくる龍馬の呼び掛けにお竜が反応を示し、その動きを止める。

 光秀が天逆鉾を手放したからか、あるいは龍馬の呼びかけがお竜の意識を強く刺激したのか。

 

『…………ああ、お腹……空いたな……』

 

 空腹が限界に達したのもあってか。大蛇の変化は解かれ、その姿が人間の女性のものへと変わっていき——そのまま力尽きるよう倒れ伏す。

 

「お竜さん!!」

「…………」

 

 倒れたお竜に龍馬が慌てて駆け寄り、その身を丁寧に抱き起こす。

 

「やれやれ……」

「ようやく大人しくなったわね……」

 

 お竜と激闘を繰り広げていた鬼太郎たちも、彼女が大人しくなってくれたことにやれやれとため息を吐くのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「ぐぅう……ば、馬鹿な……貴様、いったい……!?」

 

 左手をバッサリと切断された明智光秀が、蹲りながら自分を襲撃した刺客へ疑問の目を向ける。

 

 坂本龍馬を始めとした、幕末の偉人たちはお竜が反魂の術を一部乗っ取って蘇らせてしまった、いわばイレギュラーな人員だ。

 それでも、龍馬や新選組の面々を偉人内閣の一部として組み込むことで、その動向をある程度コントロールしていた筈であった。

 

 だが、目の前の偉人——岡田以蔵に関しては完全にその存在を認識すらしていなかった。

 

 そもそも偉人とはいえ、岡田以蔵は『人斬り』だ。一介の暗殺者に出来ることなどたかが知れていると。その存在を認識していたところで、光秀は以蔵に役割など与えなかっただろう。

 

 ではいったい、誰が岡田以蔵にこのような役目を与えたのか。

 

「ご苦労だったのう……ダーオカ。人斬り風情にしては、まあまあの働きじゃ……」

「!! ま、まさか……信長公!?」

 

 その疑問に答えるような形で、織田信長が以蔵に向かって労いの言葉を掛ける。

 岡田以蔵に『ダーオカ』という適当な渾名を付けるワードセンス。まさに光秀を『キンカン』、秀吉を『サル』『ハゲネズミ』と呼んでいた信長独特のものだろう。

 それの意味するところを察した光秀の表情が歪む。つまり——。

 

「の、信長公……いつの間に、以蔵さんと知り合って……?」

 

 お竜を抱きかかえながら、龍馬は唖然とした表情で以蔵と信長を交互に見やる。

 幼馴染である岡田以蔵が、まさか織田信長の配下として動いていたのかと。龍馬ですらもそのような展開は読み切れず、驚きを隠せないでいる。

 

「やることがなくて暇してたようなのでな……密偵のようなものを任せておったんじゃ」

 

 だが信長は特に何でもないことのよう、以蔵に『密偵』としての役割を任せていたことを暴露する。

 

「まあ、仕事をサボったり……勝手な行動を取ることも多くて……正直扱いにくかったわ、このダーオカ……」

 

 ただ、仕事ぶりはあまり褒められたものではなかったらしく。

 その勝手な行動というやつの中には、きっと『私情による龍馬への暗殺未遂』なども含まれているのだろう。

 

「やかましいわ、誰がダーオカじゃ!! それよりも今回の報酬……龍馬の代わりにわしを官房長官にする約束……守ってもらうきに!!」

 

 しかしそうした問題行動を全く反省する様子もなく、以蔵は恥ずかしげもなく今回の働きに見合う報酬として『官房長官の座』を要求する。

 

「うむ、好きにするがよい!! どうせ意味ないし……」

 

 もっとも、既に偉人内閣を解散するつもりの信長にとって、今更そのような役職何の意味もない。

 

「うはははっ!! これで毎日遊んで暮らせるぜよ!!」

「以蔵さん……その、何て説明すればいいか……」

「…………」

「…………」

 

 そうとは知らずに高笑いを上げる以蔵の滑稽な姿に龍馬はおろか、新選組や妖怪たちもかける言葉がなかった。

 

 

 

「さて、終幕のようじゃな……光秀よ」

 

 一人浮かれる以蔵を置き去りに、信長は蹲る光秀へと歩み寄る。

 

「っ……!! まさか……そのような下賎な輩を使ってまで、私の邪魔をするとは……何故!! 何故こんな……」

 

 光秀は苦悶の表情で傷口を抑えながら、自分を出し抜くためとはいえ以蔵などという人斬り如きを起用した信長の采配にやるせない憤りを抱く。

 

「そうまでして……そうまでして、私の信長公を……私が信長公になることをお認めにならないとはっ……!!」

 

 そうまでして自分という存在を、自分が信長公になるという『正しさ』を認めないのかと。

 もはや光秀の言い分に、論理的な思考など皆無であった。

 

「諦めな。この状況でこれ以上、テメェに出来ることはねぇ……」

「馬鹿新八と山南さんの仇……討たせてもらおうかね」

 

 そんな光秀相手に、もはやこれ以上の問答は無用とばかりに土方や斉藤が彼に向かって刀を突きつける。永倉や山南といった仲間の仇討ちもあってか、彼らも殺気立っている。

 

「まだだ……まだ私にはっ…………!!」

 

 それでも、未だに敗北を認めずに何かを仕掛けようとする光秀——。

 

 

「——いえ、終わりですよ」

 

 

 だが、彼が何かを仕掛けるよりも早く。

 いつの間にか背後に回り込んでいた沖田が——背中からその心の臓腑を刺し貫く。

 

「ぐぅっ……!?」

「な、何の躊躇いもなく……!?」

 

 鋭い一撃に貫かれ、苦悶の声を上げる光秀。

 敵とはいえ人間を何の躊躇いもなく刺し殺す、沖田の容赦なさに妖怪たちが息を呑む。

 

「…………」

 

 沖田総司は、人を殺したその瞬間すら顔色一つ変えることなく。そのまま、無造作に光秀の体から刀を引き抜こうとし——。

 

 

 

 

 

「——フハハ……ハッハッハハハハハハ!!」

「——!?」

 

 ところが、明らかに致命傷であろう一撃を受けながらも——明智光秀は笑っていた。

 

「言った筈だ、私は信長公になると……!! 真なる信長公が……この程度で死ぬ筈がないではないか!!」

 

 そう、自らを信長と称した明智光秀という男は——とっくの昔に人間を辞めていた。

 いや、人であることに耐えられなくなったと言うべきか。既に人間としての脆弱な肉体を捨て去っていたその身から——『大量の泥』が溢れ出す。

 

「なっ……これは、いったい……!?」

「離れろ、沖田ちゃん!!」

 

 まさかの展開に、冷徹な人斬りとしての沖田の表情にすら動揺が浮かぶ。

 何が起きているかはっきりと理解出来なかったが、これが明らかに『ヤバい』事態であると。沖田にすぐにでも離れるよう、斉藤が叫び声を上げる。

 

「……っ!!」

「やらせねぇよ!!」

 

 斎藤の言葉に沖田は後方へと下がる。それと入れ替わるような形で、今度は土方が光秀に向かって袈裟懸けに斬りかかった。

 土方歳三の一撃は、真っ当な人間であれば真っ二つになってもおかしくないほどに強烈なものであったが——。

 

「手応えがねぇ!? なんだ、この体は……!!」

 

 それでも、今の光秀に対しては致命傷にならない。

 突如として光秀の体から溢れ出してきた大量の泥が、土方の剣の威力を完全に殺してしまったのだ。

 

「私が……信長公こそが混迷する世界を照らす光!! 道しるべそのもの!!」

 

 さらに支離滅裂な言動を重ねていく光秀が、溢れ出す大量の泥によって自らも呑み込まれていく。

 

『信長公こそが、この国を……いや、あまねく全てを救う!! 衆生済度(しゅじょうさいど)の神!!』

 

 泥に包み込まれてその姿が見えなくなっても、相変わらず理解不能な光秀の言葉が響いてくる。

 自らを信長公と、神と称する彼がついに本格的に人間の肉体を捨て去り——その姿を『神』に相応しいものへと造り替えていく。

 だがそれを神と呼ぶには、あまりに禍々しいものであった。

 

「なんじゃああああ!? こん化け物はっ!?」

「泥の……巨人!?」

 

 溢れ出す泥が形を成したそれは、まさに『泥の巨人』と呼ぶべき怪物だった。

 以蔵といった人間から見ても、鬼太郎たち妖怪から見ても、それを神と呼ぶのは躊躇われるほど——それほどまでに『邪悪さ』に満ち溢れていた。

 

 黒い、あまりにも黒い泥。

 人の心の闇が具現化したような、そんな悍ましい泥を纏いし怪物。

 

 

『我こそが——第六天魔王波旬!! 織田信長である!!』

 

 

 そのような怪物へと変わり果てた後も、光秀は自らを『神』そして——『魔王』と定義づけるのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「ちょっと……この泥、全然勢いが止まらないわよ!?」

 

 明智光秀が泥の巨人へと変貌を遂げた後も、溢れ出してくる泥の勢いが止まらないと、猫娘から悲鳴のような警告が飛ぶ。

 事実、留まることを知らない泥は周囲一帯を、山の木々や小動物などを濁流の如く呑み込み、さらにその勢いを増しながら広がっていく。

 

「まだだ……まだ終わらん!!」

「ざけんなっ!!」

 

 その泥の勢いに抗おうと土方が鉄砲で巨人の額を撃ち抜いたり、斎藤が自慢の剣術にて斬り掛かっていく。

 

『——フハハハハ!! 無駄無駄無駄!!』

 

 しかし、もはやその程度では止まらぬとばかりに、怪物と化した明智光秀の笑い声が木霊する。

 

『いまや真なる信長公となった私に、貴様ら如きが何をしようと通じるものか!!』

 

 嬉々として語る光秀の言うとおり。いかなる銃撃も斬撃も、泥の塊となったその体が全ての攻撃を無力化してしまっている。

 

「これならどうだ!? 体内電気!!」

『無駄だと……行っているだろう!!』

 

 それは鬼太郎の攻撃とて例外ではなく、本物の雷と見紛う電撃ですらまるで効果がない。

 

 

『——纏めて消し飛ぶがいい!!』

 

 

 さらにはお返しだとばかりに、今度は泥の巨人から攻勢に出る。

 巨人の目が怪しく光り輝いたかと思えば、次の瞬間にも——その眼球から極太の黒いレーザーが照射されたのだ。

 

「——うおおおおおおおおおお!?」

「——マジかよ……くそっ!!」

 

 間合いを詰めていたせいか、至近距離から放たれたレーザーを避けきることが出来ずに直撃を食らい、土方と斎藤の肉体が消しとばされてしまった。

 

「土方さん!! 斎藤さん!! くぅううううう!?」

 

 二人の側にいた沖田も、持ち前の俊敏さで直撃こそ防げたものの、衝撃の余波でその身が激しく宙を舞ってしまう。

 

「っ……無事か、猫娘!!」

「え、ええ……なんとか……」

 

 一方で鬼太郎は、猫娘を庇いながら霊毛ちゃんちゃんこを広げることでどうにか敵の攻撃を凌ぐことが出来た。

 だがこれで新選組は壊滅状態、鬼太郎たちは圧倒的な戦力不足へと追い込まれていく。

 

『第六天魔王たる私にひれ伏すがいい!!』

 

 そこをさらに畳み掛けるよう、光秀は泥の体をさらに広げていく。溢れ出す泥が、あらゆるものを呑み込まんと津波のように迫ってくる。

 

「……っ!!」

 

 あの泥の中に呑み込まれたらどうなってしまうのか。きっとただでは済まないだろうと理解しながらも、それを防ぐ術が今の鬼太郎たちにはなかった。

 

 

「——鬼太郎しゃん!!」

 

 

 だが、寸前のところで空より白い物体が高速で飛来し、泥に呑み込まれる直前の鬼太郎たちを拾い上げてその窮地を救う。

 

「一反木綿!! 来てくれたのか!!」

 

 自分たちの危機に駆けつけてくれた仲間の、一反木綿の活躍に鬼太郎が笑みを浮かべる。一反木綿が来てくれたことで、なんとか空中に足場を確保できた。

 これにより、上空から地上がどうなっているのかより正確に把握出来るようになったが。

 

「ちょ、ちょっと……何よ、これ!?」

「地面が……ほとんど泥で埋まってしまったぞ!!」

 

 猫娘と目玉おやじが目を見開く。

 空から見下ろすことで、より絶望的な状況——周囲一帯がほとんど泥によって覆い尽くされていることが分かってしまった。

 ここが人気のない山中であることが幸いだが、これが市街地であったのなら——そう想像するだけでも血の気が引く思いである。

 

 

 

「光秀め!! わしなどより、よっぽど魔王っぽいことしおって!!」

 

 まさに魔王と呼ぶにふさわしい出で立ちとなった泥の巨人——明智光秀に、織田信長が少しだけ悔しそうな愚痴を溢す。

 彼女は飛翔する一反木綿の隣。どういう理屈になっているのか、空中に浮遊している火縄銃の上へと器用に立ち、眼下に広がる光景を睨みつけている。

 

「の、信長さん……無事だったんですね……」

「……? なにか、ぶら下がっとらんか?」

 

 間近で見る信長公に少し遠慮がちに声を掛ける鬼太郎。しかし目玉おやじは信長の足元、火縄銃に何かが引っ掛かっていることに気づく。

 

「すみません!! もう少し高く飛んでくれませんか!?」

「人斬り!! 貴様、何故わしの足場を掴んどるんじゃ!? さっさと降りんか!!」

 

 それは泥の巨人のレーザーで空中まで吹き飛ばされていた、沖田総司だ。

 本当なら地面に叩きつけられていたところを、浮遊する火縄銃を掴めたことで空中へ逃れることが出来たのだろう。

 

「いいじゃないですか、減るもんじゃないですし! 信長……ノッブは懐が狭いですね!!」

「おい、変な呼び名を付けるでないわ!! 弱小人斬りサークルの姫がっ!!」

 

 自分の火縄銃に便乗する形で相乗りする沖田に、すぐにでも降りるように信長が叫ぶ。

 だが沖田も遠慮がなく、降りるのを拒むどころか総理である信長に平然とニックネームなど付けている。

 戦国と幕末——本来なら関わり合いのない時代を生きる両者が、長年付き合った悪友のように言い合う姿は、なんとも不思議な光景だ。

 

「……!? 坂本さんはっ……!!」

 

 暫く二人の言い合う姿を漠然と眺めていた鬼太郎だったが、他に生き残っていた偉人たち——龍馬やお竜(ついでに以蔵)の姿が見えないことに気づく。

 そしてすぐにでも、ある可能性が頭をよぎり、鬼太郎の表情が悲観的なものへと変わっていった。

 

「まさか……この泥に呑み込まれて……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うぅ…………っ……」

 

 坂本龍馬が目を覚ませば、そこは窮屈な闇の中だった。ドロドロと体に纏わりつく、息が詰まるような感覚からそこが泥の中だと分かる。

 龍馬の脳裏に意識を失う前の、津波のように迫り来る黒い泥が自分やお竜、以蔵を飲み込んだ光景が思い出されていく。

 

「…………お竜さん……どこだ……」

 

 意識を覚醒させるや、龍馬はすぐにお竜の姿を探す。泥の中を掻き分けながら、暗闇の中を手探りになって必死に探し回る。

 

「…………」

「お竜さん!!」

 

 ややあって、意識を失っているお竜の姿を見つけた。とりあえず安堵の息を吐きつつ、彼女に向かって手を伸ばそうとする龍馬だったが——。

 

「!? この光は……」

 

 お竜がいる別の方向から、何かが光を放っていた。まるで自分を呼んでいるような感覚もあってか、視線をそちらの方へ向ける

 

「これは……天逆鉾……」

 

 泥の中で輝いて見えたものの正体——それは天逆鉾であった。

 以蔵に左腕を切り落とされた際、光秀が取りこぼしていたものだ。きっと龍馬たちと同じよう、泥の中に呑み込まれてしまったのだろう。

 既に半分に折れてしまっている鉾だったが、それが自身の存在を自己主張するかのよう、さらに強く輝きを放っていく。

 

「ボクに使えと……? この鉾で……あの巨人を倒せると?」

 

 天逆鉾が輝く理由を、龍馬は自然と『自分を武器にして戦え』という意味に解釈する。

 

 天逆鉾——天より降り注ぎ、大蛇たるお竜を地面へと縫い付けた鉾だ。

 きっとその鉾には魔を封じる、または討伐するといった力が宿っているのだろう。その力が魔性へと変じた明智光秀にも効果があると、天逆鉾がそのように主張しているように思えた。

 

 真の武器は持ち主を選ぶという。

 きっと天逆鉾は、一番最初に自分を引き抜いた坂本龍馬を真の所有者と認識したのだろう。

 

「…………」

 

 そうした、天逆鉾の意思を直感的に理解しつつ。

 龍馬は躊躇うことなく——天逆鉾の存在を『無視』し、お竜に向かって手を伸ばした。

 

「お竜さん!!」

「りょ、りょうま……」

 

 龍馬に手を掴まれ、ようやくお竜は目を覚ました。しかし自力で動くことが出来ないほど消耗しているのか。龍馬はお竜を力いっぱいに引き寄せ、自分の元まで彼女を抱き寄せる。

 お竜を助けている間にも、泥の流れに乗って天逆鉾が手の届かないところへと流れてしまった。仮に天逆鉾へと手を伸ばしていれば、逆にお竜を見失っていたかもしれない。

 

 お竜か、天逆鉾か。

 その二択を迫られた龍馬が——迷うことなくお竜を選んだ結果である。

 

「お竜さん……随分と寂しい思いをさせてしまったね……」

 

 しかしそのことに全く後悔はない。たとえこのまま泥の中で息絶えることになったとしても、龍馬はお竜を助けることを選んだ。

 今まで伝えきれなかった、自身の想いを彼女に伝えるためにも。

 

 

「ずっと言えなかったんだ……あの日、ボクが死んだ日……最後にお竜さんに言いたかった言葉を……」

 

 

 坂本龍馬は近江屋事件で暗殺され、志半ばでこの世を去った。しかし本人に自分を殺した暗殺者を恨む気持ちなどはない。

 あの時代は、誰も彼もが世の中を少しでも良くしようと、己の信じた道を突き進んだ。自分を殺した相手も、自分に出来ることをやろうとした結果、そのような行為に走っただけなのだ。

 

 たった一つ、心残りがあるとするならば——お竜に別れを告げることが出来なかったことか。

 龍馬が死んだ日、お竜は狩りをするといって席を外していた。彼女が戻る頃には既に龍馬は息を引き取っており、彼女に別れの挨拶を告げることも出来なかった。

 

 それこそ、坂本龍馬の未練とも言うべき唯一の心残りだ。

 本当なら反魂の術で蘇った、そのすぐ後にでも伝えるべきことだったのかもしれない。

 

 

「お竜さんも……ずっとずっと、龍馬に言いたかったんだ……」

 

 

 龍馬がそうであるように、お竜にも彼へと伝えるべきことがあった。

 

「ずっと謝ろうと思ってたんだ……守れなくて……ごめんって……」

 

 お竜はずっと悔いていた、龍馬を守ることが出来なかったことを。

 自分が彼の側を離れなければ、龍馬が志半ばで倒れるようなことなどなかっただろうと、あの日のことを後悔し続け、死ぬことも出来ずにずっと暗い海の底で眠り続けていたのだ。

 

「ずっとお礼を言おうと思ってたんだ……お竜さんを助けてくれて……お竜さんに名前をくれて……」

 

 だからこそ、今度こそはと。お竜は龍馬に謝罪と感謝を伝えていた。

 自分が彼という存在にどれだけ救われていたか、それを正直に告白することで自分の気持ちを届かせようとする。

 気恥ずかしくてずっと伝えられなかった、胸のうちに秘めてきた想いを——。

 

 

 そうして、二人は互いに全く同じ言葉を口にしていた。

 

 

 

「「——出会えてありがとうって……」」

 

 

 

 

 

「…………? なんだ……この光……」

「……天逆鉾? どうして……こんな目の前に……」

 

 互いの想いが通じ合った、まさにその瞬間。

 先ほど龍馬が放置した筈の『天逆鉾』が——まるで二人を祝福するかのよう、眼前にて星のような輝きを放っていた。

 

『——人というもの、本当に不思議なものだ』

「……!? 鉾から声が……」

 

 さらに錯覚ではない、今度は天逆鉾から直接何者かの声が響き渡ってきた。

 

『目の前に力がありながらも、それを無視してそのような異形の手を取るとは……』

 

 天逆鉾は、この状況で自分という『力』を求めることなく、ほとんど死に体であったお竜の手を取った龍馬の選択を愚かと断ずる。

 自分を手にすればいかなるものも敵ではない、こんな泥の中からも容易に脱出できたろうにと。

 

『だが、そんなお前のような人間だからこそ、この力を託すのに相応しいのかもしれない』

 

 しかしだからこそ、自分一人が助かるよりもお竜を想い、彼女に手を伸ばした龍馬だからこそ、力を貸すに値すると。

 天逆鉾は自らの意思で、坂本龍馬の元へと馳せ参じたのである。

 

『この天逆鉾の本当の役目は魔を滅ぼすことではない。いや、そもそも鉾ですらない』

 

 坂本龍馬に自分を使わせるためにも、天逆鉾は自らの『本質』を語る。

 

 天より降り注ぎ、魔たる大蛇を高千穂の地へと縫い付けた——天逆鉾。

 その醜さから地上へと放逐された、まつろわぬ神たるお竜。自身を捨てた神々への復讐心から天上を目指していた彼女は、その鉾によってその企みを阻止されてしまった。

 きっとその鉾は、お竜に天罰を下すために落ちてきたのだと——そう思われていた。

 

 だが実のところ、そうではなかった。

 

『天より逆落ちたるは、かの異形を新しき神として天へと迎えんがため……遥か昔に異形として忌み、天より流した我らの贖罪の証……』

「それって……お竜さんを迎えに来たってことなのかい?」

 

 天逆鉾の言わんとしていることを、持ち主に選ばれた龍馬は即座に理解する。

 

 つまるところ、天逆鉾はお竜を封じるための鉾ではなく、彼女を天へと昇らせるために放たれた『祝福』の一種であったのだ。

 きっとお竜を地上へと流してしまった『何者』かが、彼女を憐れみ、彼女への贖罪を果たそうと天逆鉾を地上へと遣わせたのだ。

 

『さあ、鉾を天へと向けよ! 今こそまつろわぬ神は、新しい神として新生せん!!』

 

 その正しい使用方法——正当なる持ち主に選ばれた・坂本龍馬の手で鉾はその真価を発揮すると。

 天逆鉾は数百年越しに、自らの務めを果たさんと力を振るう。

 

「お竜さん……」

「ああ、龍馬と一緒なら……」

 

 天逆鉾の言葉に導かれるまま、龍馬とお竜は二人で天逆鉾を握りしめ、それを天に向かって掲げた。

 

 

 刹那、目が眩むほどの閃光が二人を包んでいき——。

 

 

 

 

 

「駄目だ!! どれだけ攻撃しても……すぐ復元してしまう!!」 

 

 絶望的な状況下においても、鬼太郎は上空から飛び道具などで泥の巨人への攻撃を続けていた。

 しかし、いくらダメージを与えても、すぐに周囲の泥が傷口を補填するような形で再生してしまい、巨人そのものは全くの無傷で終わってしまう。

 

「さて、どうしたもんかのう……」

 

 その光景に織田信長も達観したような呟きを溢す。彼女の方でも、先ほどから火縄銃での攻撃を繰り返しているが、やはり効果はいまひとつだ。

 

『フハハハハハハ!! 貴様らも……私の前から消え去るがいい!!』 

 

 そんな無力な鬼太郎たちを嘲笑い、光秀は勝負をつけるべく巨人の眼球に再びエネルギーを集めていく。

 先ほども放った極太のレーザーを発射する気だろう。その収束具合から、先ほどとは比べ物にならない威力だということが分かる。

 

「避けるんじゃ、一反木綿!!」

「こ、コットン承知!!」

 

 これは不味いと、目玉おやじが一反木綿に回避行動を取るよう呼び掛けるが——間に合うかどうかはギリギリだ。

 

 もしも回避に失敗すれば鬼太郎たちも、信長たちもまとめて消し飛ばされてしまうだろう。

 果たしてどのような結末になるか——瞬間、その命運を分けるレーザーが照射される。

 

 

「——っ!?」

『——な、なんだとぉおおおおお!?』

 

 

 ところが、その直後——眩いばかりの光と共に泥の中から飛び出して来た『何か』が、泥の巨人が放ったレーザーを真正面から受け止めた。

 

 

『——ハァアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

 それは大気を震わせるほどの雄たけびを上げながら、凄まじい熱量の光線を最後まで耐えきり——次の瞬間にも、その荘厳なる姿を一同の前へと晒していく。

 

 

「——な、なんと……あの攻撃を防ぎおった!!」

「——し、白い蛇……いや、竜……?」

 

 

 巨人のレーザーを耐えきった、巨大な異形——『白い蛇』とも、『竜』とも呼べるような怪異に皆の視線が釘付けになる。

 

 全身から神々しさが溢れ出すその蛇の姿は、『恐ろしい』と不安を感じさせるよりも、『美しい』と見惚れるほどの感動を見るものに抱かせる。

 広げた翼はどこまでも遠くに、広い世界に向かって羽ばたいていけるような自由さを感じさせてくれる。

 

「——やあ!! 待たせたね、鬼太郎くん!!」

「さ、坂本さんっ!?」

 

 果たしてその白い蛇がなんなのかと。疑問を抱いた一同の前に、大蛇の頭の上からひょっこりと彼が——坂本龍馬が顔を出した。

 泥の中に呑み込まれて生存も絶望的だった彼の元気そうな姿に、鬼太郎が驚きながらも胸を撫で下ろす。

 

「ちょっと待ってよ? アンタが一緒にいるってことは……そいつ……」

 

 そんな坂本龍馬と一緒にいるという事実から、猫娘は白い大蛇の正体を察して目を丸くする。

 

『——いぇーい!! お竜さんだぞ、ぴーすぴーす!!』

 

 予想通り、その白い大蛇の正体はお竜——先ほどまで黒い大蛇として、鬼太郎たちを苦しめていた怪物であった。

 だが、今のお竜には飢えで苦しむ様子も、我を失い暴れ回る様子もない。まるで何もかも満たされたような、悟りを開いたように落ち着き払っている。

 

「いったい、この短い間に何があったと言うんじゃ?」

 

 あれだけ禍々しい妖気を放っていた黒い大蛇が、まさに浄化されたように漂白された変わりように、何があったのか目玉おやじが泥の中での出来事を問い訪ねていた。

 

「そうだね……説明している時間がないから省くけど……」

 

 目玉おやじの問い掛けに、龍馬は言い淀んだ。

 それは眼前の脅威を先にどうにかしなければならないという焦りもあったからか。あるいは、その出来事をお竜と二人だけの秘密にしたかったからか。

 いずれにせよ龍馬は特に気負うこともなく、さりとて照れることもなく。

 

 

「——いうなら、愛の力かな」

 

 

 自分を奮い立たせる力の源が何であるか、それを躊躇いなく口にする。

 

「…………えっ?」

「なるほどっ……!!」

「う、うらやましかね~!!」

「あ、愛って……!?」

 

 その堂々たる返答に鬼太郎は目を丸くし、目玉おやじは納得するよう強く頷き、一反木綿は羨ましそうに、猫娘などは聞いているだけも照れくさいと顔を真っ赤に染めてしまう。

 

「うっはっはっは!! このような状況でそのようなことを宣うか!?」

「私には、ちょっとよく分からない感覚ですが……いいと思いますよ!!」

 

 信長は面白いと高笑いを上げ、沖田は分かりかねるという顔をしつつもその口元に笑みを浮かべる。

 

「さてと……それじゃあ、行こうか!! お竜さん!!」

『ああ……一緒に行こう、龍馬!!』

 

 そんな彼らの言葉を背に、龍馬はお竜と共に泥の巨人——明智光秀を止めるべく、立ち向かっていく。

 

 

 

×

 

 

 

『ば、馬鹿な……国喰いの怪物が……何故そのような姿にっ……!?』

 

 白き大蛇と対峙する明智光秀は、目の前の存在が国喰いの大蛇と正しく認識しつつも、何故そのような姿に変わったのか咄嗟には理解できないでいる。

 

「天逆鉾が本来の役目を果たした……貴方には、それで通じるんじゃないかな?」

 

 そんな光秀に、龍馬は少し挑発するように言葉を投げ掛ける。

 お竜を天へと迎え入れるため、彼女を新生せしめた天逆鉾の真価。お竜をまつろわぬ神と知り、その身を要石として利用していた『天海』であれば、もしかしたらそれを理解できるのではないのかと。

 

『まさか……天上の神々が、国喰いを迎え入れたとでもいうのか!?』

 

 案の定、天海として培ってきた知識が、今のお竜がどのような存在であるかを光秀に気付かせた。

 

『おのれぇえええ……!! 信長公だけでなく、神までもが私を否定するというのか!?』

 

 それゆえに、光秀は憤慨する。

 天上の神々が、まつろわぬ神であるお竜に力を貸し与えてまで自分の邪魔をするのかと。

 

「光秀公、貴方には感謝しています……」

 

 すると憤る光秀に、龍馬はこんなときでありながら彼への感謝を口にしていた。

 

「経緯がどうであれ、貴方がお竜さんを通じてボクをこの現世に蘇らせた……そのおかげで、もう一度お竜さんと巡り会うことが出来た……」

『おう!! お竜さんも感謝してやろう!!』

 

 反魂の術によって蘇ることが出来たからこそ、龍馬はお竜と再会できた。理由はどうあれ、そのことに関しては感謝すべきと龍馬は頭を下げ、お竜もハイテンションに礼を述べる。

 

「けど……どこまでいっても、ボクたちは過去の人間に過ぎない。ボクたちの都合に今を生きている人々を振り回すべきじゃない!! ボクたちは……あるべき場所へ還るべきなんだ!!」

 

 だがやはりというべきか。龍馬は自分たちが過去の人間だと、今という時代に関わるべきではないと強く主張する。

 結局のところ、それこそが龍馬にとって譲ることの出来ない一線なのだろう。

 

『黙れっ!! 今のような混迷する時代だからこそ、信長公の救いが必要なのだ!!』

 

 だが譲れないのは光秀も同じ。

 彼は織田信長という存在こそが万民を、この国を、世界を救うと信じて今日まで生き延びてきた。今更、その生き方を曲げることなど出来ないと。

 

 決して混ざり合うことのない思想と思想、それが形となって激しくぶつかり合う。

 

 

 

「おおっ!? 行ける……行けるぞ!!」

 

 泥の巨人と白い大蛇。

 互いにその巨体を振り回し、激突し合う光景はさながら怪獣映画のような迫力を帯びており、その戦いを興奮気味に見守りながら、目玉おやじは戦局が龍馬たちの方に傾いていることを感じ取る。

 

『——ウォオオオオオオオオオオオオ!!』

『——ぐぅうう……おのれぇええ!!』

 

 実際、龍馬とお竜の二人を前に泥の巨人が徐々に後退しているのが分かる。既に巨人の最大火力——レーザー攻撃が通じないのも証明済み。

 この勢いのまま戦いが続けば、きっと龍馬たちが泥の巨人を打ち倒してくれるだろう。

 

「ふむ、確かに優勢ではあるが……決定打に欠けるのう……」

 

 しかし同じように上空からその戦いを観戦する信長は、その戦いがすぐに決着のつくものではないと、若干の懸念を口にしていた。

 確かに、龍馬たちが優勢ではあることに間違いはない。しかし長期戦ともなれば、戦いの場が郊外であろうと人目に付いてしまう。

 そうなれば後処理も面倒だと、信長は早期での決着を望む。

 

「おい、小僧!! 鬼太郎とやら!!」

「は、はい!?」

 

 そのために必要なことなのか、信長の方から鬼太郎へと声を掛けてきた。

 いきなり名前を呼ばれたことに驚く鬼太郎だが、彼の戸惑いなど気にも留めずに信長は己の要件を伝える。

 

「もう一度じゃ、貴様の全力で泥の巨人を攻撃せい」

「そ、それは構いませんが……すぐにまた戻ってしまいますよ?」

 

 信長の要求は——鬼太郎に『全力の一撃を放て』というシンプルなものだ。

 その要求自体、鬼太郎に反対する理由などない。だが、泥の巨体は一部を吹き飛ばしたところで直ぐに復元してしまうと、効果が薄いことは既に分かり切っていることだが。

 

「構わん。その一撃で光秀本体を引き摺り出せればそれで良い」

「本体……ですか?」

 

 しかしそんなこと百も承知だと、信長は自身の狙いを鬼太郎に伝えていく。

 これは信長の見立てだが、あの泥の巨人はあくまで仮初のもの。その内部にこそ明智光秀本人——『核』となる部分が潜んでいるとのことだ。

 

「既にどの辺りに潜んでおるかは、わしの方で当たりをつけておる。そのために、火縄で奴の体中を穴だらけにしたのだからのう」

「何と!? そんなことまで計算に入れておったのか……」

 

 信長はその位置を特定するため、すぐに復元されると分かっていながら何度も火縄銃で攻撃し、探りをいれていたという。

 まさかそこまで先のことを見据えていたとは、信長の戦略眼に目玉おやじも感服する。

 

「本体が露出した後は……人斬り、貴様の出番じゃ!!」

「私ですか?」

 

 そうして、鬼太郎が本体を剥き出しにした後——そこで彼女の出番だと、今も自身の足元にぶら下がる沖田総司を呼びつける。

 

「わしが火縄で狙い撃ってもいいんじゃが……正直、射撃はそこまで得意ではないのでな。貴様が突貫した方が、多少は成功率が上がるじゃろう」

「つ、突っ込めってこと!? いくらなんでもそれは……」

 

 信長の言わんとしていることに、猫娘が正気かと声を荒げる。

 沖田にも手伝えという彼女の言い分は分からなくもないが、そのためにあんな巨大な敵に向かって突っ込めというのは、かなりの無茶ぶりだ。

 しかも地上は黒い泥によって覆いつくされている状態。成功しても、失敗しても沖田の身が只では済まないのではと不安にもなろう

 

「——ええ、構いませんよ?」

 

 しかし沖田本人は、信長の無茶な提案にもケロリとしており、寧ろ望むところだと刀を強く握りしめる。

 

「最後に残った新選組として、恥じない戦いをしなければ……地獄で土方さんに怒られちゃいますからね!!」

 

 沖田はこの場に最後まで残った新選組として、先に地獄に還った仲間たちに恥じない戦いをしなければと。笑顔で語りながらも、静かにその闘志を漲らせていく。

 

 

 

 

 

「では、行くぞ!! わしが合図したら仕掛けろ!!」

「ええ、分かりました!!」

 

 そうして、機は熟したと信長を先頭に鬼太郎たちが泥の巨人の元まで飛翔していく。

 

 

「坂本龍馬!! そいつを抑えておけ!!」

 

 一手目、信長が声を張り上げて坂本龍馬に指示を飛ばす。

 詳細を語れば相手に手の内を晒すことになるため、かなり曖昧な指示になってしまったが。

 

「!! 了解です……お竜さん!!」

『ああ、任せろ!!』

 

 それでも龍馬はすぐさま信長の意図を理解し、お竜に頼んで泥の巨人を抑え込んでもらう。

 

『何をするつもりだ……貴様らっ!?』

 

 相手が何か仕掛けてくると察知しながらも、白い大蛇に抑えられて身動きを封じられる泥の巨人。どこからともなく響いてくる光秀の声からも動揺が伝わってくる。

 

 

「そこじゃ!!」

 

 二手目、動きの止まった光秀の巨体へと信長が火縄銃を放つ。

 それは決して必殺の一撃というわけではない、信長が鬼太郎へと送る『合図』だ。

 

「鬼太郎、あそこじゃ!! あの位置じゃ!!」

「はい、父さん……指鉄砲!!」

 

 信長が放った火縄銃の着弾点——それをしかと見届けた目玉おやじの指示のもと、泥の巨人の間近まで接近した鬼太郎が、ありったけの妖力を込めて指鉄砲を放った。

 

「くっ……!!」

「なんねぇええええ〜!?」

 

 その威力は反動で自らが吹き飛ぶほどであり、鬼太郎の足場を確保していた一反木綿が踏ん張りきれずに後方へと流されてしまう。

 

「ぬうう……!! こ、この程度でっ……!!」

 

 そんな全力の一撃を受けて尚、泥の巨人自体は健在であった。

 だが指鉄砲によって泥の体が一部吹き飛んだ、その箇所から明智光秀本人の姿が見えた。露わになった彼の素顔は、精も根も尽き果てたほど憔悴しきっているように見える。

 

 

「——見えたっ!!」

 

 

 三手目、光秀本体が垣間見えた刹那を見逃すことなく、沖田総司がぶら下がっていた信長の火縄銃から手を離す。

 翼もない人の身では、そのまま真っ逆さまに落ちていくだけだが——。

 

「ノッブ!!」

「だからノッブと呼ぶなと……ええい!!」

 

 沖田が信長の名を呼んだ。すると空中に火縄銃が三つほど、等間隔で配置される。

 これは沖田からの要望だ。必殺の一撃を放つためには三歩分、足場を確保する必要があると要求し、それに信長が応えたのである。

 正直三つで足りるのかと普通なら思うだろうが、天才剣士——沖田総司ならそれで十分だった。

 

 

「一歩音超え……」

 

 一歩目、火縄銃を足場に加速——。

 

「二歩無間……」

 

 二歩目、さらに火縄銃を蹴って加速——。

 

「三歩絶刀!!」

 

 三歩目、最後の火縄銃を踏みつけた直後——沖田総司の姿が消失する。

 

 

「き、消えっ……!?」

 

 自分に向かって突撃して来た相手が消えたことに、光秀の混乱は最高潮に達する。

 見える相手であれば、迎撃する手立てもあったかもしれないが、見えない相手では対応しようもない。

 

「——取った!!」

 

 直後、光秀の眼前に沖田総司が姿を現す。

 

 これぞ沖田の超絶技巧、縮地と呼ばれる独特の歩法から繰り出される必殺の一撃。

 一瞬とはいえ消えたと思わせるほどの速度、『平晴眼』の構えから放たれる神速の平突き。

 

 

「——無明三段突き!!」

 

 

 それを三発——『全く同時』に放つという神業によって初めて成立する、まさに魔剣。

 妖怪の仕業でも、何らかの呪法でもない。これをただの人の身で成してしまうというのだから、沖田総司という剣士の底知れなさが垣間見えるだろう。

 

 

「——あああああああああああああああああ!!?」

 

 

 いずれにせよ、そのような絶技をまともに受ければどんなものでも只では済まない。

 必殺の一撃を受けた明智光秀の肉体にぽっかりと『穴』が空く。いかに光秀が人の身を捨て去ろうとも、心臓がまるごと消失されればそれで終わりだ。

 

 

 何百年と生き延びてきた男の人生に、今度こそ終止符が打たれた瞬間であった。

 

 

 

×

 

 

 

「うう……頭いたっ……まるで二日酔いの気分じゃ……」

 

 岡田以蔵が目を覚ましたのは、全てに決着がついてからであった。

 彼を呑み込んでいた泥は、術者である光秀が戦闘不能に陥ったことで全て残らず消え失せた。多少の破壊跡こそ残ったが、周囲一帯も元通りの景色へと戻っており。

 

「良かった……目を覚ましたんだね、以蔵さん!!」

『寝坊助以蔵め……あと数分目覚めるのが遅かったら、喰ってたところだぞ……』

 

 以蔵の視界には彼を心配そうに見つめる坂本龍馬と、白い大蛇へと新生したお竜の巨体が映り込んでいた。

 

「なんじゃ、龍馬か……って、おまん、もしかしてお竜か!? 何がどうなったらそんな姿に変わるんじゃ!?」

 

 意識をはっきりと取り戻した以蔵は、龍馬の無事な姿になんだかんだほっとしつつ、やはりお竜の変わりように驚く。

 

「まあ、色々あってね。それより、無事で良かったよ……以蔵さん」

「ちぃ……なんじゃ、一人でスッキリしたような顔しおって……」

 

 お竜の変化に関しては言葉を濁す龍馬だが、彼は以蔵の元気そうな姿に子供のように無邪気な笑みを浮かべる。

 そんな龍馬の笑顔に毒気を抜かれたのか。既に編笠も外れて素顔を晒していた以蔵は、その顔に呆れながらも穏やかな表情を浮かべている。

 

「よくやったぞ、鬼太郎……」

「お疲れ様、鬼太郎……」

「ああ、とりあえず……なんとなったけど……」

「ふぃ〜……肝が冷えたばい……」

 

 龍馬たちだけではなく、鬼太郎を始めとした妖怪たちも戦いを無事に終えた安堵感に包まれていた。

 

 

「——そんな……馬鹿な……」

 

 

 だが戦いに勝者がいる以上、敗者がいるのもまた必然。

 

「——何故……誰も彼もが邪魔をする……何故、何故、何故……」

 

 一人地面に転がっていたのは——体に大穴が空き、屍同然と化していた明智光秀だ。

 真っ当な人間であれば死んでいる状態にもかかわらず、いまだに生きていられるのは延命の術によるものか。

 

「私の三段突きをまともに受けて、まだ命があるとは……」 

「じゃが……流石にもう限界じゃろう……」

 

 しかしそれも限界が近いと、うわ言のように呟かれる言葉にまるで力がこもっていないことから光秀の死期を悟り、織田信長が憐れみのこもった目で光秀を見下ろしていく。

 彼にトドメを刺した沖田も、その最後を静かに見届けようと刀を鞘へと納めた。

 

「信長公……貴方がいれば……この国は……救われていた筈なのに……何故、どうして……」

「まだ言ってるわね、こいつ……」

 

 死の間際も、光秀の口からは信長への執着ばかりが吐露されていく。

 この期に及んでいまだに信長に縋る姿勢に、猫娘などから辛辣な言葉が吐き出されたが。

 

「なるほど……それが貴方の根底にあるものだったんですね、光秀公……」

 

 だが龍馬は、光秀がどうしてそこまで信長公にこだわったのか、ここに来てようやく理解した気がした。

 

 

「——貴方はずっと悔いていたんだ。信長公を殺してしまったせいで、自分がこの国の未来を変えてしまったのではないかと……」

 

 

 歴史にもしはない

 しかし、よく話題にされるもしもの話で——『織田信長が生きていたら日本はどうなっていたか?』という議論がある。

 

 光秀が信長を死へと追い込んでいなければ、天下を完全に統一していたかもしれない。

 そうなったら、あの時代の日本も今とは違う形で発展を遂げ——今という時代も、全く別のものに様変わりしていたかもしれない。

 

「その罪悪感に苛まれながら……貴方はずっと生きてきたんですね……」

 

 勿論、それも過程の話に過ぎない。

 信長公が生きていたとしても、結局何も変わらず日本は今のような歴史を歩んでいたかもしれない。

 だが少なくとも光秀は自分のせいで、自分が信長を殺したせいで、この国から永遠の平穏が奪われてしまったと、そう思い込むようになり。

 太平の世を取り戻すためにも、今回のような事件を引き起こしたのだろう。

 

「でも、それは貴方一人が責任を負うべきことじゃない……歴史はその時代を生きた人々が、懸命に生きた結果として紡がれていくものじゃないでしょうか?」

 

 しかしそのような罪悪感に引きずられる光秀に、龍馬は自分なりの見解を述べることで彼の妄執を少しでも晴らそうとする。

 

「ボクたちに出来ることは、未来が少しでも良くなると信じて……次の世代にバトンを渡していくことだけなんじゃないでしょうか?」

「それでも……それでは……私はいったい、なんのため……今日まで生きてきたのか……」

 

 しかしそんな龍馬の言葉を聞き届けながらも、光秀の胸の中には尚も無念が残る。

 龍馬の言い分をそのまま認めてしまえば、信長のために奔走してきた数百年という時間が無意味になってしまう。

 それこそ容易に認められない。光秀に必要なのは、そのような理屈ではないのだ。

 

「——光秀よ……お前は本当にクソ真面目なやつじゃのう」

「——信長公……」

 

 そう、明智光秀という男が望んでいたのは——いつだって彼女からの言葉だ。

 今際の際、織田信長がかつて自分を殺した相手へと最後の言葉を手向ける。

 

「そういうクソ真面目なところがお前のダメなとこじゃぞ……ときには肩の力を抜いて、それこそサルのような遊び心を……いや、やっぱあ奴の話はやめとくか……」

  

 その際、光秀の性分に関して秀吉を引き合いにダメ出ししそうになる信長だったが、流石に空気を読んでそれ以上余計なことを口にはしなかった。

 

「いずれにせよ、お前の人生はここで終わる……あれこれ考えず、今はゆっくり休むがいい……」

 

 最後くらいはただ単純に、これまでの明智光秀という家臣の苦労を偲びながら。

 

 

「——これまでの働き、まことに大義であった……」

 

 

 主君として、彼に向かってそっと微笑みかける。

 

 

 

「——っ!! ああ……私に笑みを……」

 

 その笑みに、光秀の中の何かが満たされていく。

 もしかしたら、光秀が求めていたのは主からの労いの言葉と、その微笑みだったのではないか。

 

「……これで……ようやく…………」

 

 単純なものだが、それ故に彼にとっては得難い者であり。

 それを得られたという充足感を抱いたまま、数百年と生き抜いてきたその肉体が霞のように散っていくのであった。

 

 

 

「…………さてと!! 色々と苦労をかけたのう、お前たち!!」

 

 光秀の最後に、僅かに感傷的な顔をする信長であったが、すぐに表情を元に戻して龍馬や鬼太郎たちへと向き直る。

 

「光秀が死んだ以上、わしらも長くは留まれぬ!! これ以上、湿っぽい別れは性に合わんし……この辺りで失礼させてもらうぞ!!」

 

 術者であった光秀を討ち取ったことで、反魂の術で蘇った偉人たちは退去することになる。どうやら僅かばかりのタイムラグがあるようだが、消えるという事実はどうあっても変えられない。

 信長は、その最後の瞬間を鬼太郎たちの前で迎えるつもりはないのか。宙に浮かぶ火縄銃を出現させるや、それに飛び乗り何処ぞへと飛び去ってしまう。

 

「なんとまあ……最後までマイペースな総理じゃったのう……」

「そうですね、父さん」

 

 いきなり出てきて事態を引っ掻き回したと思えば、用が済んだらさっさと立ち去っていく。

 そんな信長の自由気ままな在り様にため息を吐きながら、鬼太郎たちは彼女の後ろ姿を見送っていく。

 

 

 

「それじゃあ……私も失礼させてもらいますね!!」

 

 次に沖田総司も、街に向かって歩き出していた。

 

「最後は市中見廻りでもしながら……お団子でも食べにいきますかね!!」

 

 彼女は新選組らしく街の見廻りをしながら、最後はお団子で締めようかと。

 さきほどまで殺し合いをしていたとは思えない、年相応の女の子らしい笑顔を浮かべてその場から立ち去っていく。

 

 

 

「な、なんじゃと!? そんな……それじゃあ、わしの官房長官の座はどうなるんじゃ!?」

 

 そして岡田以蔵だが、彼は一人だけ偉人内閣が終わるという事実に、思考が追いついていない。

 

『なんだ以蔵、まさか何も知らなかったのか?』

「はははっ……なんかごめんね、以蔵さん」

 

 そんな以蔵の慌てぶりに呆れかえるお竜。幼馴染の彼に変な期待をさせてしまったことに、坂本龍馬が苦笑いを浮かべなら謝っていく。

 

「じゃかしいわ!! こうなったら……消えるそのときまで、遊び倒したる!! 飯じゃ!! 酒じゃ!!」

 

 すると腹を括ったのか、以蔵は最後までこの現世を楽しもうと、街に向かって全速力で走り出そうとする。

 

「龍馬っ!! 言っとくが……わしはまだ、お前は許したわけじゃないき!!」

『なんだお前……本当に懲りない奴だな……』

 

 走り出す直前、以蔵は龍馬に向かって未だに自身の中に彼への遺恨があることを告げる。

 以蔵が龍馬を『裏切り者』と罵った件だ。未だ生前のことを引きずる以蔵の器の小ささに、お竜が盛大なため息を吐く。

 

「続きは地獄でやっちゃる!! だから、絶対に……逃げなさんなや!!」

 

 そして以蔵はその件を、地獄に還った後にでも追及してやると吐き捨てていく。

 

「以蔵さん……」

 

 それが実際に叶うかどうかは別として、地獄に落ちても尚、自分と関わろうとする以蔵の気質に龍馬は眩しいものを見るよう、彼の後ろ姿を眺めていく。

 

 

 

『龍馬!! 龍馬!! 以蔵なんかほっといて……龍馬はお竜さんと天に昇ろう!!』

「……っ!!」

 

 最後、白い大蛇となったお竜が浮かれた様子で龍馬へと語り掛ける。

 

『龍馬にはその資格があるんだ!! 天逆鉾に選ばれたお前は……ずっとお竜さんと一緒だ!!』

 

 そう、地獄に還らねばならないのが偉人たちの宿命だが、坂本龍馬だけは少しばかり事情が異なっていた。

 先の戦いにおいて、天逆鉾の力でお竜を新生させた龍馬は、彼女の『パートナー』として共に天へと昇る資格を得た。

 それを分かっていたからこそ、お竜は意気揚々と明智光秀を倒すことに協力したのだから。

 

「——ごめんね、お竜さん……ボクは、天には昇れないよ」

 

 しかし、資格を得ながらも——坂本龍馬はそれは出来ないと、お竜への謝罪を口にしていた。

 

『えっ……なんで? どうしてなんだよ、龍馬!?』

 

 龍馬の言葉に分かりやすくショックを受けるお竜。彼女のしょんぼりする姿に心を痛めながらも、龍馬は自身が追うべき『責任』についての話をする。

 

「今回のこと……しっかりと地獄で罪を償わないと……」

 

 そう、地獄に還った偉人たちには——『地獄を脱走した罪』『地獄からの追手に反抗した罪』による罰を受けなければならなかった。

 偉人たちの脱獄は、反魂の術者である明智光秀の仕業ではあったが、だからといって偉人たちの罪が全面的に許されるわけではない。

 

「ボク一人だけが、のうのうとその罪から逃れるわけにはいかないんだ……分かってくれ、お竜さん……」

 

 きっと偉人たち、それぞれが大なり小なりの罰を受けるだろう。そんな中、自分だけがその罪から逃れるなど、そんな無責任なことが出来る坂本龍馬ではなかったのだ。

 

『なら……お竜さんも地獄に行く!!』

「……えっ?」

 

 すると、そんな龍馬の覚悟に応えるよう、お竜も己の覚悟を見せる。

 

『龍馬と一緒じゃなければ……天になんて昇る意味もない!!』

 

 お竜が天に昇れるとウキウキになっていたのは、龍馬と一緒だと思っていたからだ。

 しかし龍馬が行けないというのであれば、彼女にとって『天上』とて『地獄』に変わりはない。

 

 彼女にとって、何が本当の幸せなのか。

 

『どこまでも一緒だ……たとえそれが地獄の底だろうと……そうだろ、龍馬?』

「お竜さん……」

 

 大切な人と一緒にいられる。それに勝る幸福などないのだと穏やかに微笑んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この椅子に座るのも、これが最後じゃな……」

 

 織田信長はこの国の宰相の座、総理の椅子に深々と腰掛けていた。

 そこで最後のときが来るのを待つつもりらしい。するとそんな彼女の元へ、訪問者が扉を開けてやってくる。

 

「んっ? おお、よく来たな!! 今回の件、貴様が流した情報のおかげで懐かしい顔と会えた……礼を言うぞ、はっはっは!!」

「…………」

 

 信長は上機嫌でその人物に労いの言葉を掛ける。しかし当の本人にそれを喜ぶ様子はなく、どこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

「なんじゃ、当てが外れたか? おおかた、わしが坂本龍馬を裏切り者と処断し、偉人内閣が続くことを期待していたのだろうが……残念だったのう」

 

 信長はその人物の狙いを理解し、それが思惑通りにいかなかったのだろうと。

 その人物に向け、意地悪な笑みを浮かべてみせる。

 

 

「——のう、元総理よ?」

「………………」

 

 

 そもそも、どうして織田信長が『龍馬と光秀との争いの場に顔を出せたのか』。それは元総理代理であるこの老人が、信長に情報をリークしたからだ。

 

 龍馬と鬼太郎との仲を取りもち、龍馬の思想に共感したかのように協力関係を築いていた彼だが、その実——裏では織田信長とも繋がっており、龍馬たちから得た情報を彼女にも流していたのである。

 

「そうだね〜。ボクはてっきり、貴方が偉人内閣存続のために動いてくれると思ってたんだけど〜……」

 

 それというのも、全ては——偉人内閣を存続させるため。

 彼は元総理代理という立場から、偉人たちに政治を任せた方がこの国の利益になると、それを第一に行動していたのである。

 

「お主も悪よのう!! その腹黒い立ち回り、どこかタヌキを思わせおるわ……」

 

 そんな元総理代理の腹黒い一面に、気を悪くするどころか嬉しそうな信長。彼女は目の前の老人にタヌキ——徳川家康と似通った部分を見出す。

 

「へぇ〜……かの家康公と……それはとても光栄なことだね〜……」

 

 自分程度の政治家が徳川家康と並び称されることを光栄だと口にしつつも、その声音には隠しきれない疲労の色が濃く見えた。

 

「結局、その苦労も水の泡になっちゃったね〜……これからまた代理政権を立ち上げなきゃならないと思うと……今から気が滅入っちゃうよ……はぁ〜……」

 

 元総理代理は偉人内閣が総辞職した後のことを考え、今から頭を悩ませる。

 政治的空白を作らないためにも、すぐにまた暫定政権を結成しなければならない。それは妖怪との大戦が終結した後にもやったことであり、それが二度目ともなれば流石にうんざりするしかない。

 

「はっはっは、すまんのう……詫び代わりと言ってはなんだが……ほれっ!!」

 

 そんな眼前の老人の苦労を思ってか、信長は置き土産と称し、総理のデスクから一冊のファイルを取り出して投げ渡す。

 

「? なんだい、これは……」

 

 それが何であるか皆目検討も付かず、元総理代理は純粋な疑問を浮かべながらパラパラとファイルを捲っていく。

 

「っ……!! こ、これは……ま、まさか!?」

 

 だがすぐに、そのファイルの意味を察し、老獪な老人の顔に驚愕が浮かび上がる。

 それがいったい何であるか——。

 

 

「ああ、わしがダーオカに——殺すように命じていた連中のリストじゃ」

 

 

 その瞳に『業火』を宿しながら、魔王と呼ばれた織田信長が獰猛な笑みと共に答えていく。

 そのファイルには元総理代理が日本の政治改革を進めるにあたって、障害になるであろうと考えていた人物たちの個人情報が記載されていたのだ。

 

 強大な力を持った裏社会のフィクサー。

 経済界を掌握しようと企む政商。

 政界を裏から操ろうとするカルト教団の教祖。

 成り上がるためなら手段を選ばない汚職政治家。

 

 そして、そういった人物たちの写真に『赤く×印』がされている。

 おそらく、それはキルマーク——つまりは、暗殺を終えた後ということだ。

 

「何人か逃げられてしまったがのう……全く、本当に半端な仕事ばかりしおるは、ダーオカの奴め……」

 

 もっとも、その全てを始末することは出来なかったと。暗殺の実行役として動かしていた岡田以蔵の怠慢ぶりに信長はため息を吐く。

 

「じゃがこれで、少しは邪魔な連中も減って、貴様も仕事がやりやすくなるのではないか……ん?」

 

 だが、それでも国益にならないものが何人も陰ながら葬られたことに変わりはなく、それにより少しは政治が安定するだろうと信長自らが太鼓判を押す。

 

「……………………」

 

 そんな信長の呼びかけに答える余裕もなく、総理元代理は呆然と立ち尽くす。

 まさかこの令和の世にこのような手段で政権の安定を図ろうとは、彼ですらまるっきり考えも付かなかったことだ。

 

 やはり彼女は戦国の覇者——織田信長。

 伊達や酔狂で魔王を名乗ってはいないと、その冷酷非道さに戦慄するしかなかった。

 

 

 

「ときに尋ねるが、貴様……歳は幾つになる?」

「……は、はい?」

 

 元総理代理が呆然となる中。唐突に、織田信長が彼の年齢について言及する。

 

「も、もうすぐ七十になりますけど……」

 

 ファイルの衝撃もあってか、聞かれるがまま正直に答える総理代理。

 

「そうか、思っていたより歳食っとるようじゃが……」

 

 元総理代理の年齢に素直な驚きを見せつつも、信長はどこか達観したような顔で——とある『歌』を読み上げる

 

『——人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』

「!! その歌は……」

 

 それは織田信長が本能寺で討たれる直前、炎の中にて最後に舞ったとされる敦盛——辞世の句として残された歌であった。

 意味は——『人の世の五十年間など、天界の時間に比べれば、夢幻のように儚いものだ』と解釈されている。

 

「わしらの時代、五十年も生きれば上等なもんじゃったが……今は人生百年時代とも言われておるらしい」

 

 信長の生きた時代、人は五十年も生きれば長生きだと言われていた。だが今はその倍、百年もの時間を生き、生涯を全うしなければならないという。

 

「見たところ、貴様もまだまだ現役を貫けそうじゃし……いっそ、行けるところまで行ってみるのも一興じゃぞ?」

 

 そんな今の常識に照らし合わせるのなら、元総理代理の年齢でもまだまだ活躍する時間はあると。

 彼が一時は引退を考えていたことを察してか、そのような言葉を投げ掛ける。

 

 

 

「おっと、そろそろ限界か……」

 

 と、そのような話をしている間にも、偉人たちがこの世にいられるタイムリミットが訪れた。信長の肉体が、光の粒子となって消え去ろうとしていることが見て取れた。

 

「——では達者でのう。貴様がどのような日本を形作るか、楽しみにしておるぞ」

 

 最後、元総理代理へ期待を掛けるような言葉を残していき——織田信長は現世から消え去っていった。

 

「……全く好き勝手言ってくれちゃって……」

 

 信長が去った後、元総理代理は彼女への愚痴を溢しつつ、その顔にそれまでの彼にはなかった『野心』を漲らせていく。

 

「いいとも……せいぜい派手にやってやろうじゃないか。どうせこちとら、墓場に片足突っ込んだ爺だからね……!!」

 

 信長に発破をかけられ、邪魔者を掃除するというお膳立てまでされたことで、とうの昔に枯れ果てたと思っていた政治的野心が再熱する。

 

「もう誰にも、元だの……代理だの呼ばせない……!!」

 

 元総理代理としてではない、本当の意味でこの国にトップに立ってやると。

 七十にもなろうという老人が、寿命を迎えるであろうその瞬間まで、政界を生き抜いてやると決心する瞬間であった。

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 偉人内閣が突如解散したというニュースが報道され、世間が慌てふためく中。

 鬼太郎と猫娘は、とある神社に向かって手を合わせていた。

 

 基本、鬼太郎は神頼みなどほとんどしない。なまじ神様が存在していると分かっているからこそ、それに縋るようなことはせず、何とか自分の力でやり抜こうと努力するのだろう。

 

 ただ神へ祈りを捧げることこそ稀だが、死者を悼むために祈ることは多い。

 今回、鬼太郎はその神社に祀られている——偉人たちに向かって手を合わしていた。

 

 そう、そこは都内某所にある神社であり、歴史に名が残る数多くの偉人たちを祀っている場所でもあり——その中には『坂本龍馬』も名を連ねていた。

 

「結局……坂本龍馬は地獄へと還ったらしいが……」

「ですが父さん、彼らの罪がそこまで重いものにならずに済んで良かったです」

 

 あの後、地獄へ還ることを決意した坂本龍馬。

 地獄に戻れば龍馬も含め、偉人たちには獄卒たちからの罰が待っているという話だ。具体的に彼らの処遇がどうなるのかが気になってしまい、鬼太郎は閻魔大王に話を聞けないかと地獄へと赴いた。

 

 だが、鬼太郎の心配は杞憂で終わる。

 というのも今回の一件、基本的に地獄から強制的に呼び戻された偉人たちにそこまでの罪はなく、刑罰の方もそれなりに軽いもので済むというのだ。

 

「なんか、自分たちの怠慢がどうとか……鬼灯とかいう補佐官がずっと不機嫌だったわね……」

「うむ、何故か閻魔大王の顔色も悪かったが……」

 

 寧ろ、偉人たちの脱獄を許してしまった地獄側の管理が問題だと。出張から戻っていた閻魔大王第一補佐官が、終始額に青筋を立てていたのを猫娘が目撃。

 閻魔大王の方も、何故だか知らないがずっと冷や汗を流していたことを目玉おやじが不思議がる。

 

「流石に光秀公には、それ相応の罰が下されるらしいですが……」

 

 その代わり、今回の件を企てた黒幕——明智光秀にはそれなりの罰が下されるとのこと。

 彼がやったことを考えればそれも当然であり、それに関して鬼太郎たちも口を出すつもりはない。

 

「けど彼の罪も……こうして誰かが手を合わせることで、少しは和らぐんですね……」

 

 ただ、いわゆる『偉人』と呼ばれるものたちの、地獄での扱いはかなり特殊なものらしく。

 

 彼らの墓や、彼らが神として祀られている神社などで、人々が彼らに祈りを捧げると、その分ほんの僅かではあるが、その罪が軽減されるというのだ。

 明智光秀は大謀反人として知られる人物ではあるが、彼の大名としての善政を知る地元住人の間では大変慕われており、彼を神様として祀る神社も存在するという。

 

「こんな何気ない参拝でも、どこかで誰かの罪が許されている……祈るという行為にも、ちゃんとした意味があったんですね……父さん」

「そうじゃな……」

 

 そういった仕組みを理解することで、こうした行為がただの神頼みでないことを改めて知ることが出来た鬼太郎が、とりあえず龍馬の罪を少しでも軽くしようとこの神社に訪れていたわけだ。

 

 

 

「そういえばお竜……獄卒としての仕事、張り切ってたわね……」

 

 それから、猫娘がお竜についての話題を振る。

 天へと昇る資格を得た白い大蛇・お竜だが、彼女は龍馬が地獄に還るならと、彼の後を追う形で地獄まで赴くこととなった。

 黄泉比良坂を通じて、お竜を地獄まで案内したのは鬼太郎たちだ。彼女は地獄で、どうやら獄卒として働くことになったらしい。

 

「なんでも、地獄も万年人手不足だとか……いい人材が入ったとかで、鬼灯さんも喜んでいましたね……」

 

 お竜の存在に地獄の住人たちは、意外にも歓迎ムードであった。

 彼女のような人材はいくらいても助かると、閻魔大王第一補佐官の一存でお竜は地獄の一員として迎え入れられたのだ。

 

「きっと近いうちに、罪を償い終えた坂本さんと……再会できるでしょう」

 

 いずれは罪人としての刑期を終えた龍馬が、お竜を迎えに行くだろうと。

 二人の再会がそれほど遠い未来ではないことに、鬼太郎たちの胸にも希望が宿るのであった。

 




人物紹介

 明智光秀
  皆さんご存知、織田信長に反旗を翻した謀反人の代名詞。
  秀吉との戦に負け、落武者で命を落としたとされているが、実は天海と名前を変えて生き延びた説がある人。
  fgoにおいては信長の厄介ファン。ヤンデレ、メンヘラを拗らせたあまりに暴走。
  今回の黒幕として、最後まで頑張ってもらいました。 
   
 天逆鉾
  人物ではないが、龍馬とお竜を救うことになるキーパーソン。
  今作における天逆鉾の描写は、fgoにおける天逆鉾のイベントを作者なり解釈した結果です。
  ゲームでの描写を見る限りは、鉾が喋っているというよりは、鉾の向こう側に誰かがいるといった感じ。
  

次回予告

「父さん、最近……お米の値段が上がったと猫娘がぼやいていました。
 ボクもお米は好きですが……気軽に食べられなくなってしまうんでしょうか?
 そうなったとき、この国の人たちは……何を主食に生きていくのでしょうか?

 次回――ゲゲゲの鬼太郎『天穂のサクナヒメ』見えない世界の扉が開く」

去年アニメ化した、作者も大好きな作品!!
毎日のようにニュースで見る、米問題に関して触れていこうと思います。

前々から呟かせてもらいましたが、そろそろ『中国妖怪編』を視野に話を進めていきたいと考えています。
そのため、今やっている『日本復興編』を終わらせる、残りの話数をここに載せておきたいと思います。

『天穂のサクナヒメ』
『〇〇の〇』
『〇ノ〇〇』
『〇〇〇〇〇』
『〇〇〇の〇〇〇』

ほとんど伏字ですが、これらのクロスをやった後――中国妖怪編をスタートしたいと思ってます。

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