ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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今日が何の日か知っていますか?
そう……switch2の発売日です!! ちなみに、自分は当選しませんでした!!
残念だが……暫くは通常のswitchで我慢するか……。

さて、今回のクロスオーバーは『天穂のサクナヒメ』。
去年アニメ化しましたが、原作は2020年に発売された和風アクションRPG。
インディーゲームでありながらニュースになるほどの大ヒットを記録し、令和の米騒動を巻き起こした。

作品のテーマはズバリ『稲作』。
通常の戦闘アクションを挟みつつ、米作りを通して主人公を成長させるという斬新なもの。
今回のクロスにおいても、話の流れの中で米作りをしていくつもりですが、そのせいで時間軸の流れがおかしく感じるかと思います。
アニメとかでたまにある『本来なら数ヶ月も掛かるようなことが一瞬で終わってた』みたいな感じです。

ちなみに、更新日を今日にしたのはSwitchのソフト『龍の国 ルーンファクトリー』が発売するからでもあります。
このゲームの無料ダウンロードで、なんとサクナヒメががっつり出演してくれるんですよ!!
 


天穂のサクナヒメ 其の①

『——令和の米騒動と騒がれる昨今、価格高騰が止まらない中……政府は備蓄米の放出を閣議決定しました』

 

 とあるニュース番組。

 その日、特集として取り上げられていたのは、日本の『米問題』に関してであった。

 

 米——紀元前から日本人の食料として栽培されてきた穀物。

 

 それまで主流だった狩りや漁、木の実採集などで日々の糧を得ていた時代から、『農耕』という文明が根付くことによって人々の暮らしは激変した。

 安定的な食糧の供給による人口の増加、集落単位での大規模な定住生活が定着するようになる。

 皮肉にもそれが土地に対する執着を生み、集落同士で争い合うことになるわけだが。戦いに疲れた集落が互いに手を取り合うことで、やがて『国』というものが誕生するきっかけにもなる。

 

 国として大きくなった政治機構は、国家を運営するのに必要な財政を民衆から税として徴収するようになり——それは『年貢』として米で納められた。

 米の収穫量は『石高』という単位で表されるようになり、その石高の高さこそがその土地を治める領主の力を示すことにも繋がった。

 明治以降、租税改革から米でなく現金により税を徴収するようになったが、日本人は変わらずに米を主食とし続けた。

 

 この国の歴史や文化は、まさに米と共に育まれてきたと言っても過言ではない。

 日本人にとって、米には単なる食物以上の意味合いが込められているのだ。

 

 ところが、その米の歴史が——途絶えてしまうかもしれない危機を迎えようとしていた。

 

『政府の迅速な対応で、少しでもお米の値段が下がればいいのですが……』

『しかし、それは根本的な解決にはならんでしょう?』

『ええ、米不足は今に始まった問題ではありませんからね……』

 

 その番組に呼ばれていた専門家たち、それぞれが米問題について様々な意見を口にしていく。番組自体の内容は、ここ最近になってよくよく見るようになったありきたりなもの。

 しかし専門家たちが指摘するよう、主食とされる米が不足し、その値段がここ最近になって高騰し始めているという問題——その根本となる原因は昨日今日に始まったことではない。

 

 パンや麺類といった、別の炭水化物を主食として消費するようになった食の多様化。

 農業従事者の高齢化、若年層の農業離れによる後継者不足からの農家の廃業。

 異常気象による猛暑や、台風といった自然災害の被害による収穫量の低下。

 

 これらが長期的に続くことで、日本の米不足はより深刻な問題となって日本国民の食生活を脅かすようになった。

 

『やはり、妖怪との戦争の影響も尾を引いてますね……』

『米以外も、軒並み高騰気味ですから……』

 

 最近では妖怪たちとの戦争、その被害が日本経済に打撃を与えたことによる物価高騰。その煽りを受けたことで、米の値段がますます吊り上がるという悪循環を生み出している。

 こうした悪循環を断ち切り、どうすれば人々の食卓に日本のお米を届けることが出来るのか。その対応策に関して、専門家たちが真剣な顔つきで議論を深めていた。

 

『——日本の米が食べられなくなったところで、大した問題などありませんよ!!』

 

 ただ一人、この問題を前に楽観的な意見を述べるものもいる。

 

『国内米が高いと感じるのであれば、安くて美味しい外国産の米を買えばいいんです!! わざわざ高いお金を払ってまで国産の食材に拘るなど……これは経済原則から見ても非効率と言わざるを得ませんな!!』

 

 傲岸不遜に言い放ったその男のネームプレートには、自身の名前と『経済評論家』という肩書が添付されていた。

 男はスタジオの空気などお構いなしに、己の自論を声高々に語っていく。

 

『実際、麦や大豆といった製品は外国産のものを輸入しているのですから、米もそれと同じようにどんどん輸入するべきじゃないんですかね!?』

『しかし……外国米の需要が高まれば、国内米が売れなくなってしまいます。米が売れなければ、日本の米農家の廃業がさらに加速化するのではないでしょうか?』

『ただでさえ、日本の食糧自給率は下がる一方なのです。これ以上減るのは……』

『日本にとって米は特別なものです。その生産を他国に任せるのはいかがなものでしょう?』

 

 そんな経済評論家の言葉に対し、他の専門家たちは即座に彼の自論の問題点を指摘していく。

 基本、他の専門家たちは経済評論家の言い分には反対なのだろう。自然と経済評論家との対立構造が浮かび上がっていく。

 

『やれやれ……これだから経済の仕組みが分からん素人は困る……』

 

 すると自分の意見が否定されたこともあってか、相手方の意見を小馬鹿にするよう経済評論家の男が肩を竦める。

 

『今の時代、日本人にとってお米が特別なんて考え方はナンセンスです!! そもそもな話……日本の限られた土地で日本国民全員の腹を満たそうだなんて……土台無理な話なんですよ!!』

 

 彼は日本人の米に対する想いも、食糧自給率が低下し続ける問題にも、まるで興味がないように鼻で笑い飛ばしていく。

 

『今や国際分業の時代ですよ? 日本は工業といった得意な分野に力を注ぎ、農業はアメリカや中国といった効率よく、安価に農産物を生産できる国に任せるべきでしょう。それが経済効率的に見て正しい考え方なのです!!』

『…………』

『…………』

 

 まるで自分の意見こそが絶対的に正しいと断言する、経済評論家の言葉にスタジオ全体の空気が冷え込んでいく。

 もっとも、そんな周りの空気など気にも留めず——。

 

『まっ! 私、主食はパン派なんで、米が買えなくなっても困らないんですけどね、はっはっは!!』

 

 米が買えなくなっても自分は困らないと、無責任な発言でお茶の間に不快感を撒き散らしていく。

 

 

 

 

 

「——なにが、経済効率じゃ!! なにが、国際分業じゃ!! かっこうのいいことばかり、ほざきおって……!!」

 

 そんな、映像越しから聞こえてくる経済評論家の馬鹿笑いに——『大きな女性』が口惜しいとばかりに歯軋りする。

 

 彼女は文字通り——『巨人』だった。その大きさは山にも匹敵するほどであり、その身は雲海と思しき場所の上で平然と立っている。

 その容貌は、見目麗しいという言葉で表現できる程度のものではない。纏う衣装も荘厳で煌びやかなものであり、背中には葉脈状に広がる光背を背負っていた。

 その身に纏う神秘性、その巨体さも相まって、見上げるもの全てが彼女の前では平伏するだろうし、それに見合う威厳のある声を響かせている。

 

「この国から稲作の伝統が失われることが……どれほど危険なことか!!」

 

 ただ、その威厳にも多少の翳りが見えた。

 どのような構造になっているかは不明だが、雲海の上に浮かぶ巨大なモニターから流れてくる映像——米問題を取り扱ったニュース番組に彼女は感情を爆発させている。

 

「これだから今どきの人の子らは……文明の進歩とやらで多少は便利な世になったやもしれんが……その愚かしさだけは、いつの世もどうにもならんものよ」

 

 彼女は人間——『人の子』たちが昔と比べ、あまり変わっていないと嘆きを口にする。

 その発言、その巨体からも察せられるだろうが、彼女が人間でないことは明らか。

 

 

 

「——さて、話は聞いておったな?」

 

 ひとしきり怒りを発散させた後、何とか落ち着きを取り戻した巨大な彼女は自身の足元——社らしき場所で跪いている、一人の女性に向かって声を掛けた。

 

「ははっ!! 全て……」

 

 その女性は、巨大な女性の言葉に平伏したままの姿勢で凛と応える。着ている衣装、その佇まいから彼女も位の高い貴人であることが窺い知れる。

 

「…………」

 

 彼女の隣には、何やら珍妙な犬らしき物体が浮遊していた。丸々と可愛らしい、角が一本生えたその犬は舌をベロンと出したまま、平伏した姿勢で巨大な女性へと畏っている。

 

「戦や飢饉で苦しんでいた頃に比べて、麓の世は豊かになったやもしれん……だがその分、人の子らは自らの手で稲を育む苦労を知らず、また知らずともよい生き方をするようになった……そう、かつてのお主のようにな……」

「お、お恥ずかしい限りです、カムヒツキ様……」

 

 巨大な女性は人の愚かさを説くと同時に、少し昔を懐かしむよう足元の女性へと意味ありげな言葉を掛ける。女性は自身の主・カムヒツキなるものの言葉に、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 二人の間にそれとなく、和やかな空気が流れかけるが——。

 

「だがこれ以上、この国から稲作の辛苦を知るものが減るのは望ましいことではない!!」

 

 しかしすぐに表情を引き締め直したカムヒツキは、日本という国から稲作技術が失われてしまうかもしれない未来について警鐘を鳴らす。

 それはこの国に住まう人間たちにとっても、彼女たちのような存在にとっても由々しき事態なのだと。

 これ以上問題が深刻化する前に手を打たねばと——カムヒツキは自身の配下である女性へと勅を下す。

 

 

「サクナヒメよ!! 麓の世に降り……今一度、稲作の何たるかを人の子らに直に叩き込んで参れ……これは主命である!!」

 

 

 主神たるカムヒツキのその命令に——。

 

 

「ははっ!! 武神タケリビの、豊穣神トヨハナの子であるこのサクナヒメにお任せくだされ!! その勅命、必ずや成し遂げて見せましょうぞ!!」

 

 

 主の期待に応えようと、彼女——サクナヒメが凛々しくも勇ましい表情で答えるのだった。

 

 

 

×

 

 

 

「いらっしゃいませ〜!! お一人様ですか?」

「一応、人が待っている筈なんですが……」

 

 とある喫茶店、店員は来店してきた少年に声を掛けた。少年は少し言い淀みながらも、待ち人がいることを告げながら店内へと足を踏み入れる。

 店の中に自分を呼びつけた相手が本当にいるのかと、キョロキョロと周囲を見渡していく。

 

「——おう、こっちだ……坊主!!」

 

 待ち人も少年の来訪に気づいたのだろう。自分が座っている場所へと少年を手招きする。

 

「久しぶりだな……坊主、いや……ゲゲゲの鬼太郎……」

 

 無精髭を生やした三十代から四十代ほどのその男性は、強面な顔つきに右目に眼帯を付けていることもあってか、『その筋の人間』と言われても信じてしまいそうな貫禄を備えていた。

 ただ服装が作業服で、ところどころの汚れが目立つのを見る限り、相当仕事に打ち込んでいる現場一筋の人間であることが察せられる。

 

「ええ、久しぶりですね……社長さん……」

 

 そんな男性に対し、呼び出された少年——ゲゲゲの鬼太郎は僅かに警戒心を滲ませながら彼と相対していく。

 

 

 

「いつぞやは世話になったな。泥田坊のときもそうだが、戦争のときも俺たち人間はお前に助けられてばかりだ……改めて礼を言うぜ……」

「礼を言われる筋合いは……」

 

 鬼太郎が席に座るや、彼から社長と呼ばれたその男性——黒須(くろす)は鬼太郎に頭を下げた。

 だが鬼太郎は彼からの感謝の言葉を素直に受け取ることができず、ずっと仏頂面のまま運ばれてきたコーヒーにすら口を付けない。

 

 

 ゲゲゲの鬼太郎と黒須というその男の関係は、なかなかに複雑なものであった。

 最初の出会いは三十年前。とある建設現場に『泥田坊』という妖怪が出現したことが始まりである。

 

 泥田坊(どろたぼう)——その名のとおり、全身が泥で出来た巨人の妖怪だ。

 元々その地に住まう農家の人間だった男が、自分が死んだ後、怠け者であった息子が子孫代々まで引き継いでいく筈だった田を台無しにしたことで、化けて出てくるようになった妖怪である。

 怪物となってまで『田を返せ』と宣うようになった泥田坊は、土地が他の人間たちの手に渡った後も、その地を好き勝手にされることを決して許しはしなかった。

 

 三十年前、その土地がゴルフ場として利用されることになった際、その工事を妨害するべくその巨体で暴れ回った。

 理性もなく暴れ狂う泥田坊は、最終的に鬼太郎の手で退治されることになったが、その過程で工事に携わる人間たちが大勢負傷し——死人まで出てしまった。

 

 その死亡した人間の中に、建設現場を取り仕切っていた社長がおり——その息子こそが、この黒須という男なのだ。

 当時少年だった黒須自身も右目を失い、その後、大人になった彼は死んだ父親の後を継ぐような形で建設会社の社長となった。

 

 

「生憎と、俺はもう社長じゃない……俺には人の上に立つ度量ってもんがなかったらしくてな……今は雇われの身でがむしゃらに働いてるよ」

 

 もっとも黒須は皮肉げな笑みを浮かべながら、鬼太郎の社長という呼び方に訂正を入れる。どうやら黒須の会社は潰れたらしく、今はただの一社員として一心不乱に働いているようだ。

 これも三十年越しに復活を果たし、再び暴れ回るようになった——泥田坊の影響である。

 

 

 去年のこと。父親の後を継いだ建設会社で、黒須は泥田坊が暴れたその地にて、再び工事を請け負うことになった。

 今度はその土地に、メガソーラー発電施設を建設しようとしたらしいが、そこで泥田坊の妨害を受けたのだ。

 

 肉体が滅んでも魂さえ無事なら復活できる、それが妖怪というもの。

 その例に漏れず、泥田坊も三十年という時間を掛けることで肉体を取り戻し、再び工事現場で暴れ回るようになったのだ。

 

 泥田坊の出現に社員たちは全員逃げ出した。

 ところが黒須は、たった一人になっても泥田坊と戦う道を選んだ。

 

『——人間の事情と妖怪の事情が並び立たない以上、引いた方が負けさ』

 

『——俺は未来を作ってるんだ』

 

 泥田坊に父親を殺された憎しみが、まるでなかったわけではないだろう。

 しかし自分の仕事が人々にとってより良い未来を作ることになり、それが自分の息子・大輝(たいき)のためになると信じ、彼は己の職務を全うしようとしたのだ。

 

『——勝ち負けの話じゃない』

 

『——中止しなければ死人が出る。それは貴方かもしれない』

 

 それに対して、鬼太郎は勝ち負けではない。死にたくなければ今すぐ工事を中止するべきだと訴えた。

 彼としては、田を取り戻したいと願う泥田坊の気持ちも理解できてしまい、率先して泥田坊を退治しようという気持ちにもなれず。かといって、黒須たち人間側を力で排除することも出来ず。

 妖怪と人間との間で板挟みとなり、鬼太郎の心は激しく揺さぶられる。

 

 だが紆余曲折ありながらも、鬼太郎は再び泥田坊を倒すことになってしまった。

 最後の最後、黒須や彼の息子の大輝が泥田坊に殺されかかったことで、それを放っておくことが出来なかった鬼太郎の手によって、泥田坊は再び深い眠りについたのである。

 

 泥田坊が消滅した後になって、工事を依頼していた市の方が開発の中止を決定した。

 それにより仕事を失った黒須。彼は最後、その土地の片隅に泥田坊の墓を立て——その地から立ち去っていったのである。

 

 

 

「それで……? 今日はどういった要件でボクを呼び出した……」

 

 そういったこともあってか、鬼太郎は黒須という男に若干棘のある態度を取りつつ『本題』について尋ねた。

 

 そう、今日鬼太郎がここを訪れたのは、彼からの手紙を受け取ったからだ。

 妖怪ポスト宛に届いたその手紙には黒須の名前と、待ち合わせ場所の記載があっただけで要件については何も触れられていなかった。

 正直、この男が自分に助けを求めることなど想像も出来ない鬼太郎だが、わざわざ呼び出すからには何かあったのだろうと。

 迷いながらも、ここまで出向いてきたのである。

 

「…………実は、例の土地に関することなんだが……」

 

 鬼太郎の問い掛けに、黒須は僅かに躊躇しながらも口を開き始めた。

 彼が話題にしたの、二度にもわたって泥田坊が暴れた例の土地——そこが今どのように利用されているかという話だった。

 

「まさかっ!? また何か作ろうっていうのか!?」

 

 黒須から詳細を聞かされるよりも先に、鬼太郎が珍しく感情を露わに叫ぶ。

 下手にあの土地に手を出せばどうなるか、それは人間たちも思い知った筈だろう。にもかかわらず、いまだにあの土地を何かで利用しようなどと考えているらしい。

 

 これでは泥田坊も浮かばれない。もしもかの妖怪が未だ健在であったのなら、怒り狂ってもおかしくはないだろうし、鬼太郎も今度こそ人間たちを見捨てることになったかもしれない。

 

「まあ……作ってるといえばそうなんだが……」

「……?」

 

 ただ、憤りを露わにする鬼太郎とは対照的に、黒須は少し困ったように言葉を濁す。

 彼は鬼太郎に何と説明すべきかと悩みながらも——現在、あの土地がどうなっているか詳細を語っていくこととなる。

 

 

 

 

 

「違う違う!! もっと腰を入れんか!! これだから最近の若いもんは……」

「はぁはぁ……何でこんな……今どき鍬で畑を耕すなんて……」

「耕運機も高いからね……節約出来るところは節約しないと……」

 

 晴れ渡る炎天下、男女問わず複数の人間たちが汗水垂らしながらの労働に勤しんでいる。

 彼らはその手に(くわ)を持ち、広大な土地を人力で耕していた。

 

「これは田んぼ……? まさか……」

「そう、米作りだとよ」

 

 その光景をその場まで連れて来られた鬼太郎と、彼をここまで案内した黒須が複雑な思いで眺める。

 

「この土地で泥田坊が……『田を返せ』って、叫びながら暴れる妖怪がいるって詳細がお偉いさんの耳にも入ったらしくてな。なら、最初から田んぼとして使えば……妖怪も出てこねぇんじゃねぇかって……そういう話になったんだとよ」

 

 黒須曰く。二度にわたっての工事の失敗から、この地を管理する市はここが泥田坊——田んぼを取り返さんとする妖怪の出没する場所だということを、ようやく理解したらしい。

 ならばと、市のお偉いさんの誰かが『田んぼとして再利用すれば、泥田坊が出てくることもないんじゃないのか?』と呟きを溢したことから、ここを『農地』として活用しようという話になったらしいのだ。

 もう放置しておけばいいのではという意見もあったらしいが、これだけ広大な土地を無駄に遊ばせておくのも勿体無いということで、その案は採用された。

 

「実は去年から農地転用の計画は進んでたらしくてな……今年になってようやく本格的に始まったらしい……」

 

 計画自体は黒須たちがこの地を立ち去った、しばらく後になってから動いていたらしく、それが今年になって本格的に稲作を始めようという流れになったとのこと。

 

「人材は……この間の戦争の影響で、職にあぶれた連中を集めたらしくてな。以前、俺のところで働いてたやつにも話が来たって……そいつから聞かされて、俺も最近になってここのことを知ったんだ」

「そうか……それでボクにその話を……」

 

 黒須も、ここが農地として利用されることをつい最近になって知ったらしく。その現状を、この地を気に掛けているであろう鬼太郎にも、教えてやろうと彼に手紙を送ったようだ。

 正直、鬼太郎としては懲りずにこの地を再利用しようとする人間たちに思うところもあるが、それが『田んぼ』という、泥田坊の意に沿うような活用方法であれば悪くないと、怒りも抑えられる。

 

 どのみち、泥田坊が再び肉体を取り戻すのにも、向こう三十年はかかるだろう。

 その地の変わりようを前に、かの妖怪が蘇ったとき何をどう思うか——それはそのときになれば分かること。

 

「いや……それもそうなんだが……」

「…………?」

 

 ただ、まだ何かあるのか。黒須は少しばかり歯切れ悪そうに、視線を田んぼで作業をしている人々の方へと向けていく。

 その視線の先に何かあるのかと、訝しむ鬼太郎であったが——。

 

「……………………ああ、なるほど……」

 

 何か見覚えのある人影を見つけるや、どこか納得するようため息を吐きながら田んぼに向かって歩き出していた。

 

 

 

「はぁ〜……ちくしょう!! なんだって、俺がこんなことを……」

 

 その男はやる気なさそうに愚痴を溢しながら、他の人間たちと一緒に畑を耕していた。

 そんな『ボロボロの布切れを纏った男』に、ゲゲゲの鬼太郎が呆れ気味に声を掛ける。

 

「ねずみ男……いったい何をやってるんだ?」

「何って、見てわかんねぇのか……って、鬼太郎!?」

 

 そう、そこで田んぼを耕していた男の正体——それはねずみ男だ。

 鬼太郎は、ねずみ男のらしくない姿に『またなんか企んでる?』といった気持ちで彼の名を呼んでいた。

 ねずみ男が黙って労働に勤しむなどあり得ない。しかもこのような地道な土いじりなど、全く彼らしくないと鬼太郎の疑いは当然のものだっただろう。

 

「助けてくれよ、鬼太郎!!」

 

 だが、ねずみ男は鬼太郎の顔を見るや、持っていた鍬を放り捨てて彼に擦り寄っていく。

 

「俺は嫌だって言ったんだよ!! なのにこんなところで、無理やり働かされて!!」

「なんだ、お前の意思じゃないのか……?」

 

 心の底から助けを求めてくる彼の態度に、鬼太郎はこの労働がねずみ男の意思に反するものであると理解する。てっきり何かを仕出かす前準備かとも思ったが、どうやら違うらしい。

 

「冗談じゃねぇ!! なんで俺が農業なんて、こんな割に合わない仕事を……」

 

 本人も、こうして黙々と働くことなど性に合っていないと声高々に不満を吐き出す。

 

 

「——貴様、稲作を……米作りを野良仕事風情と馬鹿にしおったな!?」

 

 

 するとその発言に怒りを滲ませるよう、ねずみ男に向かって声を荒げるものがいた。

 

「キミは……?」

 

 その人物がいきなり現れたように見えて目を瞬かせる鬼太郎だったが、すぐに彼女が他の人間たちの影に隠れて見えていなかっただけだと察する。

 

 それくらい、彼女は小さな女の子だった。

 鬼太郎と同じくらいの背丈、鮮やかな黒髪を美豆良(みずら)という日本最古のヘアスタイルに整えた、凛々しい顔つきの少女。

 頭には日焼け防止の角笠を被っており、その身は古めかしい軽装の和服で包まれていた。

 その格好は明らかに令和という世にしては時代錯誤なものであったが、その出立こそ当然とばかりに、彼女は慣れた様子で青銅色の鍬を担いでいる。

 

 彼女は鬼太郎という、自分と同じように時代錯誤な格好をした童に向かい、己が何者なのかという問いに堂々と答えていく。

 

 

「——我が名はサクナヒメ!! 頂の世からお前たちに稲作の何たるかを教授しに参った……日の本を支える神の一柱である!!」

 

 

 

×

 

 

 

「ほれ、粗茶じゃが……」

「おおっ!! かたじけない……うむ、美味い!!」

 

 場所は変わって、ここはゲゲゲの森のゲゲゲハウス。

 ひとまず森へ戻ってきた鬼太郎は彼女——神を自称する少女・サクナヒメをゲゲゲハウスへと招き入れた。

 一応は客人である彼女に砂かけババアがお茶を淹れ、サクナヒメはその茶を美味そうに啜っている。

 

「鬼太郎……この子、本当に神様ってやつなの?」

 

 砂かけババア同様、その場に同席する猫娘がサクナヒメに対して疑いの目を向けていた。

 彼女は自らを『神』と称したが、見た目はただの人間の童女だ。彼女が本物か、あるいは神を自称するだけの『イタイ人』なのか、その真偽のほどは確かめてみなければ分からない。

 

「ああ、確かに人間じゃない……かといって妖怪とも違う……この感じは、間違いないと思う」

 

 そのため、鬼太郎は妖怪アンテナでサクナヒメの気配を探る。

 それにより鬼太郎はサクナヒメが人間ではなく、それでいて妖怪とも違い気配——所謂『神気』の類を纏っていることに気付いた。

 それも『土地神』や『付喪神』といった、神か妖かと曖昧に混同されるようなものとも違う、正真正銘——本物の神様であると。

 

「うむ……しかしお主、頂の世といったか? それはつまり……神が天界から直接降りてきたと?」

 

 ただ目玉おやじは彼女の発言、サクナヒメが『頂の世から来た』という言葉に耳を疑う。

 それはそこが『どういう場所』か、理解しているからこその戸惑いであった。

 

 

 この世界は、大きく分けて三つ——『天地人』の三界で構成されているという話がある。

 

 人間が我が物顔で暮らし、妖怪たちがひっそりと隠れ潜む今の世の中。

 生あるものの地上世界——これを『人界』と呼ぶ。

 

 死んだ罪人たちが送られるあの世、世にも恐ろしいものたちが跋扈する地獄。

 亡者や悪魔が蠢く、冥府魔道の世界——これを『地界』と呼ぶ。

 

 地獄とは対をなし、生前に良き行いをしたものだけが留まることを許された極楽浄土。

 神や仏、天使が住まうとされる天上の世界——これを『天界』と呼ぶ。

 

 

 地界に位置する『地獄』であれば、鬼太郎たちでも行くことは可能だ。黄泉比良坂や妖怪バス、幽霊電車などの移動手段を用いれば、生きたままでもその地を訪れることができる。

 だが天界、所謂『天国』に位置する界層に、鬼太郎たちは未だに足を踏み入れたことはない。そもそも、そこに至る道筋すらも詳しいことは分かっておらず、本当に実在するのか存在そのものを疑うものも多い。

 ただ『頂の世』とは天界の別の呼び方であり、そこから来たということは——サクナヒメが天上に住まう神々であることを意味している。

 

「確かに古の昔……この国は天より降りてきた神々の手によって治められたというが……」

 

 神が天上から降りてくるという話自体、なくはないことだと目玉おやじは自身の知識にサクナヒメという少女の存在を照らし合わせる。

 

 その昔、混乱する地上世界を治めるべく、天上から神々が降りてきた。

 その神たちの中心となったのは瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)——ニニギという、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫とされる神だ。それゆえ、かの神が地上へと降り立ったこの逸話は『天孫降臨』と呼ばれている。

 ニニギというその名には『天地が豊かに賑わう』という意味があり、ニニギは地上に『稲作』をもたらしたとされる。

 ニニギと同様に、サクナヒメも稲作を教え広めるため地上へ降りてきたということだろうか。

 

「じゃが、それも神話の世界じゃ……今の時代、天の神々が地上に降りてまで人間たちに教えることがあるとは……」

 

 しかし目玉おやじは、今という時代に天の神々が直接地上に教えを広めに来たことに違和感を覚える。

 神代の時代はとうに過ぎ去り、今や地上は人間たちが支配者を気取っている。そんな人間たちに神が何か教えを説いたところで、それが広く受け入れられるとも思えない。

 それ以前の話、天界に住まう神が地上に直接影響を与えるようなことをしていいのか、という疑問もある。

 

「——それについては、私の方から説明致しましょう」

 

 そうした、目玉おやじの疑問に答えるものがいた。

 それはサクナヒメのすぐ横をふわふわと浮遊する、犬のような何か。それがただの犬でないことは言葉を話すことや、その額の一本角からも理解できるだろう。

 

「何者じゃ、お主?」

「お初お目にかかる……私、タマ爺と申します」

 

 目玉おやじが何者かと問うと、礼儀正しい言葉遣いでその犬——タマ爺は自ら名乗りを上げる。

 

「幼少の頃よりサクナヒメ様にお仕えする星魂の剣……いえ、農具に宿った霊獣にございます」

 

 そのタマ(じい)は、自身を『星魂(ほしだま)の農具』に宿る霊獣と答える。

 確かに先ほど畑を耕していたサクナヒメの手には、青銅色の輝かしい鍬が握られていた。その鍬がいつの間にか犬の姿に変化し、彼女の側を寄り添うよう浮遊しているのだ。

 星魂という大層な呼び名からも、かなり歴史ある道具に宿る付喪神の類であることが窺い知れる。

 

「幼少って……今でも子供に見えるけど……」

 

 ただタマ爺の自己紹介よりも、猫娘は『サクナヒメに幼少の頃から仕える』という言葉に違和感を抱く。幼少の頃もなにも、目の前のサクナヒメは今も子供の姿なのだが。

 

「誰が子供じゃ!? わしは立派な大人じゃぞ!! 最近では身長も伸びてきて……」

 

 これに反発するよう、サクナヒメは自身が子供でないことを大声で主張しようとしたが。

 

「おひいさま……大人だというのであれば、そのようなことでいちいち荒ぶらないでいただきたい。これからタマが詳しく説明いたしますので……」

「う、うむ……そうか……」

 

 話の腰を折ったおひいさま——サクナヒメにタマ爺が静かにするようにと意見したのだ。

 仕える身であるタマ爺からの苦言に、主であるサクナヒメは何か言いたげながらも大人しく引き下がった。

 どうやらこのタマ爺、サクナヒメにただ仕えるだけの従者ではないようだ。幼少の頃からという言葉どおり、タマ爺は彼女にとって『親』のような役割も果たしてきたのかもしれない。

 

「そうですな……事の始まりは、カムヒツキ様がこの国の稲作文化の衰退に危機感を抱いたところからでした……」

 

 そうして、タマ爺はサクナヒメが天上から降りてきた理由——彼女が主であるカムヒツキから仰せつかった『使命』について語っていくこととなる。

 

 

 

 カムヒツキ——それは天界の神々が暮らす都を統べる、偉大なる神の名であるという。

 

 かの神は『創世樹(そうせいじゅ)』という、世界を創造したとされる巨木の化身であり、今日において『天地人』の三界が混ざり合うことなくバランスを維持できているのは、その創世樹が世界という土台を支える役割を果たしているからだという。

 ちなみに創世樹は日本のみならず、世界中に点在していて、それぞれが世界を支えるという大役を果たしているとか。

 

「カムヒツキ……サクナヒメ……はて、どこかで聞いた覚えが……?」

 

 そうした神々の名を聞かされながら、目玉おやじが何事かを思案し始める。

 カムヒツキやサクナヒメ、地上ではあまり一般的とは言えない神様の名前だが、目玉おやじはなんとなく聞き覚えがあるらしい。だがすぐには思い出せない様子。

 日本には『八百万(やおよろず)』の神々が住まうという。それだけ神様がいれば、名前をすぐに思い出せないような神がいても仕方ないだろう。

 

 だが地上での知名度がどうであれ、天上に住まう神々にとってカムヒツキという神が最上の存在であることに変わりはない。

 そんな文字どおり、雲の上に立つほど巨大で偉大な存在から、サクナヒメに命が下された。

 

 

『——国内米の生産量が年々減少してきておる……何とかしてくるのじゃ!!』

 

 

「…………えっ? 本当にそんな感じで言ったの? その……偉い神様なのよね?」

「あとで言い直されていましたが……概ねそのような内容でしたな……」

 

 それは猫娘が思わず聞き返してしまうほど、思った以上に俗っぽい口調での命令だった。

 勿論、それでは最上神として体面を保てないということで、もっと畏まった形式に則って勅令を下したというが。

 

「まあ、カムヒツキ様も大概いい加減なところがあるからのう……」

 

 主神の命に素直に従うサクナヒメですら、彼女のいい加減さに苦笑いを浮かべる。

 

「じゃがそれだけ、カムヒツキ様にとって……わしのような豊穣神や、他の神々にとっても五穀豊穣(ごこくほうじょう)……豊かな米の実りが大切だということよ」

 

 しかし、カムヒツキが危惧した『国内で取れる米の収穫量が減っている』という問題は、鬼太郎たちが思う以上に深刻なものだと、サクナヒメは事の重大さを理解しているのからこそ、その表情を引き締める。

 

「米は単なる食物ではありませぬ。神が人々に与えた恵みの象徴……神と人とを結ぶ、絆そのものなのです」

 

 タマ爺も、より真剣な声音で米の何たるかを語り聞かせる。

 

 先ほど目玉おやじが自らの知識から引っ張ってきたが、米を育む稲作文化は天孫降臨にて地上へと降りてきた、ニニギの手により教え広められたものだ。

 ニニギは人間たちに稲作を教える際、天照大神から直接下賜された稲を地上の人々に分け与えた。

 神から分け与えられたその恵みを、人々は自らの努力や知恵によって広げ、地上は豊かな実りでいっぱいとなった。そうして得られた恵みに感謝するべく、神社では米や酒を神様への献上品として捧げるのだ。

 

 まさにこれこそ、神代の時代から続く——『人と神との絆の証』。

 稲作文化を後世へ伝えるということは、恵みを授けてくれた神への感謝の気持ちを後世へと繋いでいくことでもあるのだ。

 もしも、万が一にでも日本国内で米を作らないなんてことになれば、それは恵みを与えて下さった神様への裏切り行為も同然。

 この国の民を、天上の神々は真の意味で見捨てることになるかもしれない一大事なのだ。

 

 

 

「米作りとは、そこまで大切なことだったんですね……」

 

 サクナヒメやタマ爺の話を聞き終え、鬼太郎は米作りがいかに大切なことかを知る。

 正直なところ、米がなくても人間は生きていけるだろうと思っていた。米以外にだって食べ物はあるのだ。

 鬼太郎自身、水や木の実などでも十分に腹を満たすことが出来るのだから、そこまで米に執着する理由も正直なかった。

 

 しかしそうではない、日本の米は単純に飢えを満たすためだけのものではない

 

 神から分け与えられた米という恵みを直接育てることで、人は神々の恩恵を身近に感じてきた。  

 米作りを通じて、この国の人間たちはその精神性を育み、自然に感謝するという感性を培ってきたのである。

 

「そのとおり!! 米作りを通じ……人の子らは大事なことを学んできた筈じゃ!! その大事なことを現代人たちが忘れてしまったというなら、それを思い出させるために……わしが来た!!」

 

 しかし、そういった米への感謝が忘れ去られようとしている。今の人間たちの間で、米が特別なものではない、ただの産業製品として扱われていると。

 その現状に危機感を抱いた主神・カムヒツキ。その想いに同意したからこそ、自分が地上へと降りてきたのだと——サクナヒメが勢いよく立ち上がる。

 

「まあ、正直ちょっと面倒ではあるが……わしは日の本一の豊穣神じゃからのう!! カムヒツキ様がわしをご指名されたのも当然のことっ!! わしの手にかかれば、人間たちに稲作を教え広めることなど容易いことよ……わはっはっはっは!!」

 

 尚、サクナヒメは面倒くさいという本音を漏らしつつも、自分がこの大任を仰せつかったことは必然だと。己こそが日本一の豊穣神であると調子の良い高笑いを上げていく。

 

「ず、随分と自信ありげじゃのう……」

「……大丈夫? 人選ミスってない?」

 

 見た目が子供であることもあってか、本当にサクナヒメで大丈夫なのかと砂かけババアや猫娘が思わず心配事を口にしてしまう。

 

「おひいさま……あまりお調子に乗らないように……」

 

 これにはサクナヒメに仕える立場のタマ爺も、彼女があまり調子に乗らないようにと釘を刺していく。

 

 

 

 

 

「——というわけじゃ!! お主もこの地に思うところがあるようじゃが……ここはわしに任せておくがいい……ゲゲゲの鬼太郎とやらよ!!」

「そういうことであれば……」

 

 それから、サクナヒメとの話を終えた鬼太郎は彼女と共に先ほどの場所——泥田坊が眠っている土地へと戻ってきた。

 豊穣神が直々にこの地に恵みをもたらそうというのであれば、鬼太郎もそれ以上は何も言うまい。

 

「ああ!! 戻ってきた、戻ってきた!!」

「サクナちゃん!! ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

 サクナヒメが留守の間も、真面目に田んぼで働いていた人間たち。戻ってきた彼女の姿を見かけるや、すぐに分からないことを質問してくる。

 

「まったく、これだから人の子は……なんぞ申してみよ!!」

 

 サクナヒメは人間たちが自分を頼ることに、しょうがないなという空気感を作りつつ、彼らの呼び掛けにはきちんと応じていく。

 既にこの地の人間たちと、それなりに友好を築いているのだろう。サクナヒメと人々の間には確かな信頼関係が見て取れた。

 

「よお、鬼太郎。戻ってきたか……」

「黒須さん? まだここにいたんですね……」

 

 そんな中、サクナヒメではなく鬼太郎に声を掛けたのが——黒須であった。

 普段は建設会社で働いている彼だが、今日は休みとのことで鬼太郎たちが戻ってくるまで手伝いをしていたようだ。

 

「まあ、少しだけな……それと、こいつを見張ってるよう、頼まれてたのもあったからな……」

「とほほ……」

 

 ついでに、黒須の横ではねずみ男が疲労感を見せつつ、休むことなく鍬を振り下ろし続けている。強面な黒須が隣で睨みを利かせているため、サボりたくてもサボれないのだ。

 

「そういえば……なんでねずみ男はここで働かされてるんだ?」

 

 瘦せこけた顔のねずみ男に、今更になって彼が強制労働まがいの扱いを受けている理由を問い尋ねる。

 いかにねずみ男とはいえ、それが理不尽なものであれば鬼太郎も物申していただろう。

 

「それがこの男、米を不当に売り飛ばそうと、農家の倉庫に盗みに入ったもので……それに激怒なされたおひいさまが、この男に罰を下されたのですじゃ……」

 

 だがねずみ男がこのような扱いを受けているのにも理由があると、タマ爺が懇切丁寧に説明してくれる。

 

 どうやらねずみ男、世間で米の値段が釣り上がっているのをいいことに、米を盗んで販売するという悪辣な商売に手を出そうとしていたようで。

 まさに全農家の敵。絶対に許されない所業に手を染めようとしたその現場を——サクナヒメによって取り押さえられたという。

 

『——おのれ、ねずみめ!! 米作りがどれだけ大変か……その身で味わうがいい!!』

 

 サクナヒメは米作りの苦労を理解させようと、盗みを働こうとしたねずみ男にこの地でのタダ働きを命じたのである。

 

「なんと……相変わらず、罰当たりな奴め!!」

 

 これに呆れてものも言えないと、鬼太郎に付いてきていた目玉おやじが憤慨する。

 

「……暫くの間は、ここでこき使ってもらえ……」

 

 鬼太郎もねずみ男を庇う理由がなくなり、つっけんどんに彼を突き放していくのであった。

 

 

 

 

 

「それじゃ、ボクたちはそろそろ……」

「そうだな、俺も帰るとするか……」

 

 それから暫く、それとなく農作業を手伝っていた鬼太郎と黒須であったが、これ以上は長居しても迷惑だろうと。それぞれが自分たちのあるべき場所へ帰ることにした。

 

 そんな、帰り際のことである。

 

「む……雨か……?」

 

 突然、小降りながらも雨が降ってきた。

 少しすれば止むであろうくらいの通り雨だ。仕事そのものにさしたる影響はないだろうと、人間たちも作業の手を休めることはなかった。

 そこへ響いてくる、まるで地の底から亡者が這い上がってくるかのような声——。

 

 

『——田を返せ〜』

「——っ!?」

 

 

 その不気味な恨み言が聞こえた瞬間にも、鬼太郎がすぐ後方を振り返る。

 それが鬼太郎一人の空耳でないことは、彼の隣で「まさか……」と驚愕している黒須の表情からも分かるだろう。

 

 

『——田を……返せぇええええ!!』

 

 

 次の瞬間、鬼太郎たちの眼前で大地が動き出す。

 雨によって湿り気を帯びた地面から——『泥』の塊が浮かび上がってきたのだ。

 

 泥は徐々に形を成していき——それが上半身だけの巨人となるのに、さほど時間は掛からなかった。

 

「うわああああああああっ!?」

「なんだ!? なんだ!?」

 

 その巨人の実物を初めて目の当たりにする人間たちは、いったい何が起きているのか理解できずに困惑するばかり。

 しかしそれが何なのかを知る鬼太郎は、その名を疑問と共に吐き出していく。

 

 

「泥田坊……なんで…………」

 

 

 そう、上半身だけで地面を這いずり回るように出てきたその巨人こそ——妖怪・泥田坊。

 本来なら、復活に何十年もの時間を要する筈の怪物が、経った一年という短い期間で肉体を取り戻し、三度この地に姿を現すこととなったのだ。

 




人物紹介

 サクナヒメ
  天穂のサクナヒメの主人公、通称『メスガミ』。
  物語当初は家柄に胡座をかく、ジジイ口調で喋る生意気なクソガキニート。
  それが稲作を通じて成長して、立派に豊穣神としての責任感に目覚めていく。
  今話のサクナヒメは、原作からさらに数百年くらい経過しているので、それなりに落ち着いているイメージ?
  
 タマ爺
  サクナヒメに仕える霊獣。星魂という剣に宿っていたが、物語後半では鍬として打ち直される。
  両親が子供の頃から行方不明だったサクナヒメの親代わりを務める。
  見た目は完全に犬。真面目な話の中でも時々舌をベロンとしているのがなんとも愛らしい。

 カムヒツキ
  サクナヒメの上司。作品内で最も身分の高い最高神。創世樹と呼ばれる巨木の化身。本人もかなりのデカさ。
  アニメ版だと結構な人格者というイメージだが、ゲーム版だと割と俗っぽい思考を持ってる。
  中毒米に熱を上げたり、その恥ずかしい事実を隠すために部下を許したりと、結構いい加減な性格。

 黒須社長
  鬼太郎6期の54話『泥田坊と命と大地』に登場するゲストキャラ。見た目は強面でヤクザっぽい。
  この手の社長ってだいたいセコいやつが定番だったが、自分なりの信念を秘めている芯の通った男。
  鬼太郎に指鉄砲を突きつけられても、全く微動だにしなかった。
  大輝という一人息子がいる。奥さんは亡くなってるのかな?

 泥田坊
  巨大な泥の巨人……なんか前話で大暴れしたミッチーとキャラ被りしてる?
  ほぼ全期の鬼太郎に登場する定番のゲスト妖怪。6期ではかなりシリアスな話で登場。
  今回、何故泥田坊が短い期間で復活したのか、その辺の理由は次回に説明します。


 今回、世界観についてサラッと解説が入っていますが、今作における独自設定であることをご了承下さい。
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