ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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『龍の国 ルーンファクトリ―』めっちゃ面白い!!
サクナヒメがゲスト出演するからと買いましたが……勝手良かったと思わせる良作です!!

ルーンファクトリーシリーズは毎回ではないですが、それなりにプレイしてきました。
今作は間違いなくその中でも屈指の名作となるでしょう。
和の雰囲気というのがまた良い! 四季の神様とか、とても風情がありますね!!


今回の『天穂のサクナヒメ』とのクロスオーバー。
話の都合上、稲作の流れをダイレクトで進めていくので時間の流れが早っ!!と思うでしょが、あまり気にせずに流してくれるとありがたいです。

尚、今回は話の流れ上、サクナヒメの主題歌『ヤナト田植え唄・巫ーかみなぎー』の歌詞が一部使われております。
一応、ハーメルンの規約に則った形で作品コードを記載しておりますので、問題はないと思いますが……なにぶん、初めて使ったものですから。
何か問題があるようならすぐに取り下げますので、よろしくお願いします。



天穂のサクナヒメ 其の②

『——田を返せぇ〜!! 田を返せぇ〜!!』

 

 降り注いだ通り雨で濡れた大地から、突如としてその姿を現した泥の巨人——泥田坊。

 上半身だけをズルズルと引き摺りながら、塞がれた左目は閉じたまま、開かれた右目の眼球だけでギョロリと眼下の人間たちを睨め付けていく。

 

「ひえぇ〜!? で、出たぁああ!?」

「逃げろぉぉおおお!!」

 

 これに田んぼで働いていた人々が鍬を放り出し、脱兎の如く逃げ出していく。

 彼らも泥田坊の話は噂か何かで聞いていたかもしれないが、まさか本物が出てくるとは思っていなかったのだろう、その顔は恐怖に歪んでいる。

 

「ちゃ、チャンス〜……みんな、逃げねぇと食われちまうぞ〜〜!! 今のうち、今のうち……」

 

 ただこれを好機とばかりに、恐怖する人々の不安をさらに煽りながら、ねずみ男が逃亡を図る。

 彼は泥田坊を相手にする恐怖よりも、この混乱に乗じればこの場から逃げ出せるという安堵の気持ちが大きかった。

 もとより、好き好んで農業に従事しているわけではなく、米を盗もうとした罰で働かされているのだから、そうすることに一切の躊躇いもない。

 

「これ貴様、何処へ行くつもりじゃ?」

 

 もっとも、ねずみ男の逃亡は彼にここで働くよう命じた彼女——サクナヒメによって阻止される。米泥棒などという蛮行を仕出かしたねずみ男を逃すまいと、サクナヒメがそのボロっちい布切れの端をガッチリ掴む。

 

「ちょっ!! 離せっ……って、つよっ!! ちからつよっ!?」

 

 サクナヒメの手から逃れようと、じたばた悪あがきするねずみ男だったが、思いの外彼女の握力が強く、全く振り解くことが出来ない。

 その幼い童女姿からは想像も出来ないほど、サクナヒメの膂力は凄まじいものがあった。

 

「おひいさま、もしやこやつが例の話にあった……」

「うむ、泥田坊とやらじゃな……」

 

 サクナヒメの隣では彼女と共にタマ爺が泥田坊の巨体を見上げていた。

 サクナヒメも、泥田坊という妖怪がこの地で暴れ回っていたという話を知っていたし、また神としてこうした怪物の相手も慣れているのか、そこに取り乱す様子はない。

 

 

 

「どうして、泥田坊が……」

「おいおい!! なんだってこんな……!?」

 

 一方で、泥田坊の出現に誰よりも困惑していたのが——ゲゲゲの鬼太郎と建設会社の元社長・黒須である。二人は泥田坊の、その復活の『早さ』に戸惑っていた。

 

「馬鹿な……いくらなんでも早すぎるじゃろう。あれからまだ一年も経っておらんぞ!?」

 

 目玉おやじですらも、驚きを隠せないでいる。

 妖怪は肉体が滅んでも、魂さえ無事なら何度でも復活出来るわけだが——失った肉体を復元するのにも、それ相応の時間が必要だ。

 実際、去年復活した泥田坊が蘇る際は、実に三十年という月日を必要とした。それが今回は、一年ほどの時間でほぼ完全に肉体を取り戻してしまっている。

 

 どう考えても計算が合わない。何かしら理由がなければ説明が出来ない事態であるが——。

 

「おひいさま……もしや、うつろいの玉のせいではないでしょうか? 

「ああ、なるほどのう……確かにあれなら、泥田坊とやらの復活が早まったのも頷けるのう……」

 

 その理由に思い当たる節があるのか、タマ爺とサクナヒメがどこか納得するよう仕切りに頷くく。

 

「うつろいの玉じゃと……それはいったい?」

 

 しかし、聞き慣れない単語に目玉おやじは首を傾げるしかない。

 サクナヒメたちが口にする——『うつろいの玉』とはいったい、なんのことだろうか。

 

「うつろいの玉……創世樹の枝先に生えるとされる、時の移ろいを促す実じゃ。この土地の自浄作用を早めるためにそいつを砕いて撒いたんじゃが……」

 

 サクナヒメ曰く、うつろい玉とは天上の最高神・カムヒツキの本体にして、世界を支える役目を負った創世樹——その枝先にしか自生しない、不思議な実のことだ。

 まるで宝石のように美しいその実を砕き、水に溶かして田畑へと撒くことでその土地の『時間を進める』ことが出来るという。

 

 元々、この地はかなり痩せ細っており、そのままではとても米作りどころではなかった。

 ただ、自然というものには『自分で汚染物質を浄化しようとする作用』があり、うつろい玉はその働きを助けるためにと、サクナヒメが良かれと思ってこの地に撒いたものだったが——。

 

「つまり、土地の時間が早く進んでしまったことで、この地に結びついている妖怪である泥田坊の復活までもが早まってしまった……ということなのでしょう」

 

 タマ爺はそれこそが、泥田坊復活を早めた原因。うつろい玉の効果は土地のみならず、その地に結びついていた泥田坊という妖怪にまで作用した。

 

 結果——泥田坊は僅か一年という時間で、再びこの地に舞い戻って来たのであった。

 

 

 

『田を返せぇ〜!!』

 

 そうして、再び蘇った泥田坊はこれまでと同じよう、この地を——自分の土地を好き勝手に弄くり回す人間たちに対する敵対行動を取り始める。

 田を返せ、田を返せと。決まりきった恨み言を吐きながら、その巨体で暴れ回っていく。

 

「待ってくれ、泥田坊!! 話を聞いてくれ!!」

 

 そんな泥田坊へ、ゲゲゲの鬼太郎が呼び掛ける。

 

「今までとは違う!! キミが望んだとおり、この土地は田んぼになる!! これ以上、キミが暴れ回る必要はないんだ!!」

 

 これまで幾度となくゴルフ場やらメガソーラー発電施設やらと、人間たちの都合で再開発されてきたこの土地だが、今回はこの地を『田んぼ』として有効活用しようということになった。

 人間側が泥田坊という存在に譲渡したと言ってもいいこの判断に、鬼太郎も中立的な視線から泥田坊の方に退いてくれと叫んでいた。

 

『田を返せぇえええええ!!』

 

 ところが、そんなこと知ったことか。これまでと同じよう、泥田坊は人間たちを追い出そうと暴威を振るう。

 

「泥田坊……お前……」

「こやつ……」

 

 決まりきった言葉を叫びながら暴れ回る泥田坊に、黒須や目玉おやじは静かに悟る。

 

 泥田坊という妖怪はこの地が自分以外の何者かに利用されている、その事実に憤っているのだ。この際、そこで何が作られているかなどは関係がない。

 あるいは、もはや目の前で作られようとしているのが田んぼだと、それを正しく認識することも出来ないほどに正気を失っているのかもしれない。

 いずれにせよ、相互理解など不可能。この土地に人間たちが居座り続ける限り、泥田坊はいつまでも暴れ続けるのだろう。

 

「泥田坊……っ」

 

 その事実を理解した瞬間、鬼太郎の胸の奥から途方もない虚無感が込み上げてくる。

 倒しても倒しても、何度でも何度でも復活して暴れ回る泥田坊。人間と妖怪の土地を巡る争いに終わりなどないことを、思い知らされるかのようだ。

 反射的に泥田坊へと突きつけていた指鉄砲の矛先も力なく項垂れ、鬼太郎は茫然自失と立ち尽くすしかなかった。

 

『田を返せぇええええ!!」

「いかん!? 避けるんじゃ、鬼太郎!!」

 

 そうして戦意が折れていく鬼太郎とは対照的に、泥田坊の方は口から怪光線を放とうと妖気を充填させていく。

 今まさに放たれようとする攻撃に目玉おやじが危ういと叫ぶも、鬼太郎にはそれを避けようという気力すら湧き上がってこない様子だった。

 

 あわや、泥田坊の一撃が放たれようとし——。

 

 

「——やかましいわ!!」

 

 

 まさに、その直前。

 泥田坊の巨体に向かって飛びかかり、その図体目掛けて——サクナヒメが鍬を振り下ろした。

 

『——ぐぉおおおおおおお!!?』

「ど、泥田坊っ!?」

 

 その小さな体からは想像も出来ないほど強烈な一撃が、泥田坊の巨体を地に沈める。

 まさかのサクナヒメの先制攻撃に、鬼太郎は咄嗟に泥田坊の身を案じるようその名を叫んでいた。

 

『田……田を……返せぇえええ……』

 

 強烈な一撃に呻き声を上げる泥田坊ではあったが、肉体そのものは無事だ。泥田坊が執念で耐え切ったのか、あるいはサクナヒメが手心を加えたのか。

 いずれにせよ泥田坊は再び身を起こし、うわ言のように田を返せと繰り返す。

 

「返せじゃと!? なんとも図々しい奴よ!! ここの田起こしをしたのはわしじゃぞ!? つまり……ここはわしの土地ということじゃ!!」

「いえ、別におひいさまの土地というわけでも……」

 

 ところが『田を返せ』という泥田坊の言い分に対し、ここは『自分の田だ』とサクナヒメがこの土地の所有権まで主張し始める。

 実際、ここいら一帯の田んぼを耕したのは主にサクナヒメであるため、彼女がそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 

 ただし、ここがサクナヒメの土地でもないことはタマ爺が訂正を入れてくれた。

 少なくとも名義上、ここは市の管理する土地——つまりは『人間たちのもの』ということになってはいる。

 

「ま、待ってくれ!! サクナヒメ!! 泥田坊は……ただ自分の土地を……!!」

 

 一方で、鬼太郎は泥田坊のこの地を守り続けようとするその意志を汲み取り、この土地が彼の——『妖怪のもの』であることを訴えるのだが。

 

「だいたい……田を返せ、田を返せと、馬鹿の一つ覚えで言うがな……今の貴様に田を返したところで、いったい何が出来るというんじゃ?」

『…………?』

 

 しかし、ここでサクナヒメは泥田坊に田を返したところでどうするのか——彼に何が出来るのかということに言及し始めた。

 サクナヒメの言葉に泥田坊もピタリとその動きを止める。

 

「その腕で、その体で……稲の世話が出来るとは到底思えん。そんな貴様に田を返したところで……全て無駄になるだけじゃぞ!!」

「そ、それは……」

 

 サクナヒメは泥田坊の泥だらけの図体では田んぼの世話もままならないと。彼に田んぼを返したところで何にもならないという、現実的な問題を突きつける。

 これには鬼太郎も返す言葉がなかった。確かに泥田坊がこの地を取り返したところで、彼自身の手でこの土地を実り豊かな田んぼへと戻すことが出来るわけではない。

 

「貴様は失われた田を思うばかり、ただ暴れ回っただけで何も成しては来なかった!! それなら、この地を少しでも有効活用しようと試行錯誤を繰り返してきた人間どもの方が、まだ見所があるわい!!」

 

 それなら泥田坊よりも、人間たちの方がまだマシだと。

 人間でも妖怪でもない、『神』という第三者視点からサクナヒメがはっきりと物申していく。

 

『田を返せぇええ…………』

 

 それでも、泥田坊のこの地への執着が易々と消え去るわけもなく、しつこいまでの決まり文句を吐き出し続けるわけだが。

 

 

「——まだ分からんか!!」

 

 

 そのような分からずやな泥田坊を、サクナヒメが一喝する。

 彼女は今の泥田坊では何も出来ないだろうと、厳しい現実を叩きつけた。

 

 

「——その田を、貴様が望む光景をこのわしが……豊穣神たるこのサクナヒメが作ってやろうと言っているのだ!!」

 

 

 その上で——自分なら彼の『望み』を叶えてやれると、声高々に宣言するのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「…………人手が足りん!!」

 

 目の前に広がる広大な田んぼを前に、サクナヒメは途方に暮れていた。

 

「人間たちは……泥田坊に恐れをなしてしまいましたな……」

「全く情けない!! あの程度の相手に尻尾を巻いて逃げ出すとは……」

 

 タマ爺とサクナヒメが頭を抱えた問題は——単純な人手不足である。本来なら、この地で農業に従事する筈だった人々が、軒並みいなくなってしまったのだ。

 

 それもこれも全て——泥田坊が原因だ。

 この地に集まっていた人々は、田んぼさえ作っていれば泥田坊が暴れることはないだろう。そう信じていたからこそ、ここで働こうと思っていた。

 だからこそ、実際に泥田坊が出没したとあっては話が違うと、逃げ出してしまうのも無理からかぬことであった。

 

「しかし、あれだけ大見得切った手前、ここで辞めては神として示しがつかん。泥田坊の奴を納得させてやらねば……」

 

 無論、いくら人手がないとはいえ、サクナヒメに人間たちのように逃げ出すなどという選択肢はない。

 カムヒツキから受けた命を果たすというのもあるが、それ以上に泥田坊——かの妖怪に対し『望みを叶えてやる』と豪語し、その身を退かせた以上は果たすべき責任がある。

 

 そう、サクナヒメの啖呵に何かしら感じ入るものがあったのか。あの後、泥田坊は大地に溶けるようその姿を晦ましていった。

 ひょっとしたら、雨が止んだから消えたに過ぎないのかもしれない。基本、泥田坊は雨などの湿気が多い日にしか出没しないため、今のように晴れている日にその姿を現すことはない。

 

「早いうちに田植えを終わらせておきたいが……わし一人では流石にのう……」

 

 だからこそ、泥田坊が大人しくしている今の内にまずは田植えを終わらせたい。だが一人ではこなせる作業量に限界があることを愚痴りながら、サクナヒメは後ろを振り返り——。

 

「そこでお主の手を借りたいわけじゃ……のう、ゲゲゲの鬼太郎よ!!」

「……ええ、それは構いませんが……」

 

 そこに立っていた彼——ゲゲゲの鬼太郎に手を貸すように申し出ていた。

 そう、人間たちは逃げ出したかもしれないが、ゲゲゲの鬼太郎はその場に残っていた。泥田坊とこの地の行く末が気になるのだろう、サクナヒメの要請に対しても了承の意を示す。

 

「ですが、ボクも稲作は初めてで……父さんは?」

「ふむ……言われてみれば、わしも米作りはやったことがないかもしれん……」

 

 ただし米作りに関して、鬼太郎も目玉おやじですらも素人同然だ。

 二人とも多少の農作業なら経験はあるだろうが、稲作を本格的にやるとなれば勝手も違ってくるだろう。

 

「安心せい!! わしが一から指導してやるわ!! 人間だろうと、妖怪だろうと……米作りのやり方に違いなどないのだからな!!」

 

 不安を隠し切れない鬼太郎たち。しかしサクナヒメは自信満々に胸を張っていく。

 

 

 

「……というわけで、みんなにも手伝ってもらいたいんだが……」

 

 だが、鬼太郎一人が加わっても人手不足であることに変わりはない。

 ゆえに、鬼太郎は仲間たち——ゲゲゲの森の住人たちにも声を掛け、共に稲作を手伝ってくれるよう頭を下げた。

 

「しょ、しょうがないわね……まっ、どうせ暇してたし、それくらい手伝って上げるわよ!!」

 

 鬼太郎の頼みにしょうがないと言いつつ、猫娘が頬を赤らめながら真っ先に了承する。

 彼に頼られることが嬉しいのにそれを素直に言葉に出来ない、相変わらず複雑な乙女心である。

 

「米作りか……懐かしいのう。昔はどこへ行っても見られた光景じゃが……」

「良い米が取れれば、良い酒が出来るじゃろう……今から楽しみじゃわい!!」

 

 砂かけババアは、昔の日本人がほとんど農民として暮らしていた光景を思い出しながら頷く。

 子泣き爺も、米から出来上がるであろう日本酒が飲めるかもと、期待を膨らませながらゴクリと生唾を飲み込んでいく。 

 

「ぬりかべ、頑張ってみる……」

「鬼太郎しゃんの頼みとあれば、この一反木綿に任せんしゃい!!」

 

 ぬりかべは、自信なさげながらも自分にも出来ることがあればと手伝ってくれるようだ。

 逆に一反木綿は自信ありげに、鬼太郎の頼みだからと二つ返事で了承する。ちなみに女好きの一反木綿も、童女姿のサクナヒメは流石に恋愛対象外なのか、特に口説くようなことはなかった。

 

「……くそっ!! なんで猫娘まで……これじゃあ、ますます逃げづらくなって……」

 

 そして当然だが、ねずみ男もそのメンバーの中に入っている。

 どうやら、最後まで逃げそびれたらしい。さらに猫娘という天敵まで加わってことで、脱走がますます容易ではなくなったと、その表情が絶望へと染まっていく。

 

「みんな、ありがとう……」

「済まんのう、皆の衆……恩に着るぞ!!」

 

 約一名を除いて快く承諾してくれた面々に、鬼太郎や目玉おやじが改めて礼を述べる。

 

「とりあえず、これだけおれば……まあ、何とかなるじゃろう!!」

 

 鬼太郎の頼みで集まった面々を見渡しながら、とりあえず当面はこのメンツでやっていくかと。

 

 かくして、サクナヒメと鬼太郎たちでの——『米作り』が始まったのである。

 

 

 

×

 

 

 

「よし!! まずは田植えじゃな!!」

 

 鬼太郎たちが行う、最初の作業は『田植え』だ。

 既に『田起こし』が終わっている田に水を張り、室内の育苗箱で大切に育てていた苗を移植していく。

 直接田んぼに苗を植えないのは、そのままだと他の雑草に生育で負けてしまったり、鳥に食べられてしまうからだ。

 二十日ほど成長させれば、野外の環境にも負けないほど立派な苗となり、田んぼに根を張ることが出来る。

 

「こうして、筆を持つときのように優しく丁寧に……」

 

 サクナヒメは皆に手本を見せるよう、率先して田植えを行っていく。

 その手際は流石の一言。長年の経験に裏打ちされた熟練の手捌きが、凄まじい速度で次から次へと苗を田んぼへと見事に直立させていく。

 

「なあ……田植え機とかないのかよ? 今どき人力で田植えなんてよ……」

 

 しかし、そんなサクナヒメの田植え作業そのものに不満を溢し始める、ねずみ男。

 彼はそもそも、田植えを手作業でやっていることに眉を顰める。実際、現代の日本でもほとんど田植え機が使われており、今どき人力で田植えをする農家などほぼ皆無である。

 

「人間の機械は複雑過ぎてわしでは扱いきれん。それに……そんなものを導入する金もないという話じゃ」

 

 だが、サクナヒメは自分にはそのような複雑な機械を扱う技術がないと首を振る。

 その上、この地を管理するべき市側も、財政難からそういった機械を導入する余裕がないというのだ。

 

「よくもまあ、そんなんで……農業始めようだなんて思ったわね……」

 

 こうした市の対応——必要な機械を揃えることなく、農業を始めようと考えたその無計画さに猫娘が呆れる。

 泥田坊を刺激しないよう、この地を田んぼにしようとする発想までは良かったが、現実的に農地として運営出来なければ意味がないだろうに。

 きっとサクナヒメがいなければ、例え泥田坊が出現していなくても、この地の農地化計画は途中で頓挫していたことだろう。

 

「そう言うわけでして……こちらも人海戦術でやっていくしかないのです……ささっ!! 早く取り掛からねば、日が暮れてしまいますぞ!!」

「そうじゃな……とりあえずやるしかなかろう、鬼太郎よ!!」

 

 だが愚痴ばかり言っても始まらない。まずは手を動かすべきだとタマ爺が皆に声を掛け、それに同意するよう目玉おやじも鬼太郎たちを鼓舞していく。

 ちなみに、タマ爺と目玉おやじの二人は田植えには不参加だ。四足歩行のタマ爺や、体の小さな目玉おやじでは苗を持つのも難しい。これはもう仕方がない。

 

「分かりました、父さん……さあ、みんな!!」

「はぁ……まっ、仕方ないか……」

「ちくしょう……絶対割に合わねぇって!! こんなやり方……」

 

 父親の掛け声もあってか、サクナヒメに続いて鬼太郎も田植えを始めていき、それに倣う形で猫娘やねずみ男といった妖怪たちが、一斉に田植え作業へと入っていく。

 鬼太郎と共に戦ってくれることが多い見慣れたメンバーたちだが、それが横一列になって田植え作業を行なっていく光景は、なんとも不思議な絵面であった。

 

 

 

 みんなで一斉に始めた田植えであったが、当然のことながらもその速度には個人差がある。

 

「ふぅ……まあ、こんな感じじゃろう!!」

 

 ダントツに一番早いのは、サクナヒメだ。

 彼女たちのような豊穣神は、天界においても自らの手で稲作を行なっているらしく、慣れた手つきで自分に割り当てられた分の田植えを早々に終わらせる。

 

「ほれそこっ、曲がっとるぞ!! もっと真っ直ぐ植えんか!! そこっ!! もう少し互いの苗の間隔を空けてだな!!」

 

 そして、すぐにでも他のものたちへの指導を行なっていく。

 その際、サクナヒメは田植えにおいてありがちな問題——苗の並びが斜めっていたり、前後左右の等間隔が不十分であることについて言及していく。

 田植えにおける稲の並びは、生育や品質の出来上がり具合に反映される重要な要素だ。

 まだ田植えの段階だからといって手を抜いたような仕事をすればどうなるか、それをサクナヒメは経験則で知っているからこそ、口うるさく注意してしまう。

 

「は、はいっ!! わ、わかりました!!」

「結構細かいわね……あのサクナヒメって子……」

 

 サクナヒメの稲作にかける並々ならぬ思い入れに、鬼太郎も素直に返事をするしかない。

 猫娘は鬼太郎よりも農作業の経験が豊富なためこれといって動揺もないが、意外にも細かいことに気を配るサクナヒメに呆気に取られていく。

 

「むむむ……難しいのう……もう、これでいいか?」

「こりゃ、適当にやるでない!! それ以上、雑に並べるようならチューするぞ!!」

 

 子泣き爺などは、細かいことを気にせず多少斜めになっても田植えを続けようとするが。

 砂かけババアはそれを許さず、適当にやるようならチューするぞと脅しを掛ける。

 

「あっ、ほいっと!! あっ、ほいっとな!!」

 

 意外なことに、他のものたちに比べて一反木綿が順調に作業を進めていく。常に浮遊し、腰を折り曲げる必要がないからか、体を痛めることなく楽々と田植えを終わらせていった。

 

「ぬりかべ〜……」

 

 その一方で、ぬりかべは誰よりも田植えが遅れている。その大きな体で誤って苗を潰さないようにと、慎重に作業を進めなければならずに悪戦苦闘しているようだ。

 

「しょうがなかね〜……ほれ、貸してみんしゃい!!」

 

 あまりに遅いのを見かね、一反木綿がぬりかべに手を貸していく。

 片や、ペラペラと薄っぺらいながらもその機動力や飛行能力で鬼太郎を手助けする、一反木綿。

 片や、寡黙ながらもずっしりと安心感のある、パワーと防御力で鬼太郎を守る、ぬりかべ。

 戦闘時においても互いに得意不得意を補う関係性の両者が、農業という作業を通じても互いの弱点をフォローし合っていく。

 

 

 

 

 

「ああああああ!! もうやってらんね!! 俺はもうやめるぞ!!」

「ちょっと、ねずみ男!! アンタとこ、全然終わってないじゃない?!

 

 その後も、淡々と田植え作業を進めていく一同であったが、ここでついに限界だと仕事を放り出そうとするものが出てくる。

 

 ねずみ男だ。

 強制労働を強いられている身でありながら、こんなことやってられるかと。猫娘という脅しがあるにも関わらず、仕事を放り投げて癇癪を起こし始める。

 

「うるせぇ!! だいたいなんで俺がこんなことしなきゃなんねぇんだよ!?」

「はああ!? アンタの場合は自業自得でしょ!? 米泥棒なんてやらかしたんだから!!」

「違う!! 悪いのは米の在庫を意味もなく抱え込んで、市場価格をつり上げてる奴らだ!!」

「こやつ……全く反省しとらんな!!」

「うう、喉が渇いてきたぞ……酒じゃ! 酒でも飲んでないとやってられんわ!!」

「ちょっと、ぬりかべはん!! 苗!! 苗を踏もうとしとるばい!!」

「ぬ、ぬりかべ〜……」

 

 するとねずみ男の癇癪を皮切りに、それまで淡々と仕事をこなしていた他の面々からも不平不満といったものが、堰を切ったように溢れ出してくる。

 皆、慣れない作業に少なからずストレスを感じていたのだろう、それがねずみ男の発言をきっかけに内側から零れ出してしまったという感じだ。

 

「みんな、作業に集中して……」

 

 鬼太郎はそんな一同を嗜め、作業に集中するよう口を開きかけるのだが——。

 

 

「植えよ〜、根付けよ〜」

 

 

 そのタイミングで、どこからともなく突然に『唄』が聞こえてきた。

 

「…………!?」

「な、なんだ……!?」

 

 いきなり聞こえてきたそれに、言い争いになっていた面々が一斉にそちらの方を振り返る。

 

「根付きの悪さよ〜、心根弱さよ〜」

 

「泥に足沈め〜、腰を折る〜」

 

「苗の細さよ〜、吾が身細さよ〜」

 

「空き腹で願う〜、黄金原〜」

 

 

 その歌声の主は、サクナヒメであった。

 自身の分の田植えを終わらせていた彼女が、まだ余っていた苗を手に取り、唄を口ずさみながら再び田植え作業へと没頭していた。

 その歌声は特別上手というわけでもなかったが、不思議と耳に残るメロディーで思わず聞き入ってしまう。

「おおっ!! 懐かしい、田植え唄じゃな!!」

 

 サクナヒメが何を口ずさんでいたのか、砂かけババアが昔を懐かしむよう声を弾ませる。

 

「昔はいたるところで、それが聞けたもんじゃが……」

 

 それは、所謂『田植え唄』と呼ばれる民謡である。

 昔は日本中の農家が、田植えなどの作業中に歌を唄っていた。各地方で細かい違いもあるが、唄の内容が『田んぼの神様に豊作を祈願するもの』であることから、似通った歌詞になることも決して珍しくはない。

 

「おうよ!! 稲作は根気との戦い……話し込めばついつい不平不満が出てしまうものじゃ!! グチグチと文句を言って体力をすり減らすくらいなら、唄って気を紛らわせた方が建設的というものよ!!」

 

 そしてサクナヒメが言うよう、それらの田植え唄は仕事中に唄われることで、人々の農作業に対する労苦から気を紛らわせるという役割を果たしていた。

  

「お主らも唄え!! 唄いながらやれば、いつの間にか終わってるもんじゃ!!」

 

 サクナヒメはその唄を妖怪たちにも勧め、田植えという根気が必要になってくる仕事をそれで乗り越えるようアドバイスを送る。

 

「…………まあ、どうせ言い争ってても、体力を使うだけだしね……」

「…………けっ!! わーったよ!! やればいいんだろ、やれば……」

 

 これに猫娘やねずみ男といった、激しく火花を散らしていた両者が肩透かしを食らったように大人しくなっていく。

 サクナヒメが言うよう、喧嘩していても無駄に体力を消費するだけ。それなら唄でもなんでも唄って、さっさと仕事を終わらせた方がマシだろうと。

 正直なところ、ヤケクソといった気持ちの方が大きかったかもしれないが。

 

「……その唄、ボクたちにも教えてくれますか?」

 

 鬼太郎もそれで作業が捗るならと、サクナヒメから田植え唄の内容を教えてもらい、その方法を実践していくことにした。

 

「よ〜し、では行くぞ!!」

「せーの!!」

 

 そうして、改めて横一列に並び直したサクナヒメと鬼太郎たちが、一斉に田植え作業を再開する。今度は田植え唄のリズムに合わせながら行うため、個人差による作業の早い遅いはない。

 

 

「照る日の強さよ〜、嫁ゴの強さよ〜」

 

「身重ながらに〜、昼間持ち〜」

 

「芽のいとしさよ〜、ややのいとしさよ〜」

 

「おこした土には〜、霊宿る〜」

 

 

 小気味良いリズムに身を任せて行う田植え作業は、余計な小言を口にする暇もないため先ほどのような揉め事も起こらない。

 それどころかどこか清々しい、なんとも心地よい気持ちにさせてくれる。その心地よさに身を委ねながら、さらに歌声を弾ませて田植えを続けていく。

 

 いつの間にか日は暮れ——気が付けば、その日の分の田植え作業が終わっていた。

 

 

 

×

 

 

 

 それからも、数日間に分けて田植えを行なっていき、全ての田んぼに苗を植え切り——。

 さらに数週間が経過する。

 

「おお!! なかなか立派に育ってきたのではないかのう?」

「そうですね……父さん」

 

 目玉おやじと鬼太郎は、目の前の風景に感慨深く声を上げていた。

 彼らの眼前に広がる光景——それはすくすくと成長し、青々と田んぼ一面に生い茂った『稲』たちだ。

 数週間前、鬼太郎たちの手で植えられたときは今にも倒れそうなほど細々としたものだったが、今ではしっかりと地に根を張り、たくましい稲へと成長を遂げてくれていた。

 

「これが……稲作……」

 

 そんな立派な稲の立ち姿に、鬼太郎の心中が不思議な気持ちで満たされていく。

 ここにきて鬼太郎は自分が稲作に関わっているのだと、それを初めて実感として受け入れていたのかもしれない。

 

 もっとも、これで稲作の全てが完了したわけではない。

 

「ふぅむ……今日の気温と水温から考えると……水の量はこんなもんかのう……」

 

 寧ろここからが大変とばかりに、鬼太郎の隣ではサクナヒメが難しい顔で田んぼと睨めっこしながら、水嵩の調整などをしている。

 

 稲作において水の量をどうするか、その調節は米の出来栄えに直結する重要な要素である。成長時期や気候などによって適切な水量は事細かに変化していくため、その判断を下すのに素人ではまず無理だ。

 

 そのため、そういった田全体の管理は全てサクナヒメが一人で行なっていく。

 流石に豊穣神と言うだけあってか、彼女は田んぼを数秒凝視するだけで必要な水量などを把握出来てしまうらしい。

 サクナヒメがいてくれれば、水の管理に関しては何も心配する必要はないだろう。

 

 だが、だからと言って鬼太郎たちに仕事がないわけでない。

 サクナヒメが田んぼの大まかな管理で忙しい中、鬼太郎たちに課せられた主な仕事は——それは『雑草取り』であった。

 

「嘘でしょ……昨日引っこ抜いたばっかりなのに、またこんなに……」

 

 猫娘がとある田んぼの前で立ち尽くす。

 彼女がその田を覗き込めば、細々と小さな雑草が生えていた。雑草を放置しておくと、稲が得る筈だった土壌の養分が奪われるため、見つけるたびこまめに抜くの基本だ。

 だが、いくら抜いても気が付けば生えてくるのが雑草というもの。ちまちまと手で抜いているだけではどうやって追い付かない。

 

「なあ、これって……除草剤とか使わねぇのかよ……?」

 

 そんな雑草取りの作業にうんざりとした様子で、ねずみ男が除草剤の使用を提案してくる。

 昨今の農家ではほとんどの田んぼで除草剤を撒くのが基本だ。本来なら、ここいら一帯の田んぼにも撒くべきなのだが。

 

「人間たちの作る除草剤はきっついからのう!! 下手をすれば稲にも害が及ぶ、わしは好かん!!」

 

 サクナヒメは人間たちの作る除草剤では稲に薬害の恐れがあると、その使用を拒否している。

 

「一応、わしの方で薬を作って撒いてはおるからのう、効き目はある筈じゃが……」

 

 だが彼女とて、完全無農薬に拘っているわけではない。天界の米作りでも用いられる『妙薬』を、肥料と共に毎朝撒いているという。

 その妙薬であれば副作用の心配もないとのことだが、効き目に関しては人間たちが作るものの方が強いらしく、雑草や虫が湧いてくるのを完全には防ぎ切れていない。

 

 そう、雑草の他にも『害虫』が寄ってくるのも、稲作における大きな課題の一つだ。

 稲作においての害虫とは、主にウンカやカメムシ、イネツトムシなどがあげられる。これらの小さな害虫は雑草などとは違い、人の手で取り除くのはほぼ不可能だ。

 

「だからといって……この歳になって、カエル取りをする羽目になるとは……」

「まるで子供の頃に戻ったようじゃ……はて、わしに子供の頃なんかあったかのう?」

 

 そうした害虫対策として、サクナヒメが実践していたのは——『カエルを捕まえて田んぼに放つ』という、砂かけババアや子泣き爺といった老人妖怪たちですらも懐かしさを感じる、あまりに地道な作業であった。

 

 カエルは、農家の間では稲を食害する虫を食べてくれるありがたい生き物とされている。

 カエルだけではなく、蜘蛛やカマキリといった昆虫も益虫として。タニシといった水を綺麗にする浄化作用を持った生物も、稲作の助けになるということで大切にされてきた。

 

 田んぼとは、そういった生き物たちの宝庫だ。

 より良き田とは、多くの生き物たちが集まり、繋がる『食物連鎖』が正しく機能していることだと言えよう。

 しかし、昨今の稲作では効き目の強い農薬を使用しているせいか、害虫は当然のことながらカエルや蜘蛛、タニシといった生物までもがどんどんいなくなってしまっている。

 サクナヒメが人間たちの農薬を拒む理由もそこにあるのかもしれない。

 

「だけど……これじゃキリがなかとね〜」

「カエル……捕まえるの難しい……」

 

 とはいえだ、いくら生物の食物連鎖を利用するやり方が正しいとはいえ、それで全ての食害から稲を守れるわけではない。

 誰よりも素早くカエル取りが出来ている一反木綿からも、キリがないという苦言が。ぬりかべにいたっては、カエルを捕まえることすら苦戦している。

 

「わしんところでは合鴨を使っておるが……この辺りには、おらんようだしのう……」

 

 一応、他の対策としては合鴨のヒナを使った『アイガモ農法』などがある。合鴨のヒナを水田に放し飼いにし、害虫や雑草を食べてもらおうというものだ。

 合鴨は雑食性、尚且つ食欲旺盛だ。その駆虫効果は豊穣神であるサクナヒメのお墨付き、科学的にも極めて効果が高いことが証明されている。

 

 ただその場合、合鴨は害虫や益虫といった区別なく他の生き物を全て採食してしまう。

 それ以前に、この辺りには連れて来れそうな合鴨が生息していないため、そもそもこの方法は使えないと困ったように首を捻るしかなかった。

 

「…………要は、稲を害する昆虫を食べてもらえればいいんですよね?」

 

 すると、ここで鬼太郎が何かを思いついたのか——『とある提案』を口にしていく。

 

 

 

「……こやつら、本当に大丈夫なのか? 稲を食ったりせんだろうな……」

 

 鬼太郎の提案に対し、サクナヒメは不安な表情を隠し切れないでいた。

 彼女の視線の先、田んぼの中で蠢く黒い影。

 

「——カァア!! カァア!!」

 

 その正体——それはカラスであった。

 

 稲作に限らず、農業においてカラスは畑を荒らす害鳥、まごうことなき天敵である。

 本来であれば、あのような輩を近づけることを絶対に許さないサクナヒメであったが、あのカラスたちは鬼太郎の要請でやってきた心強い味方なのだという。

 

「大丈夫ですよ。彼らには、稲を害する虫だけを食べるようお願いしていますから……」

 

 というのも、鬼太郎はカラスたちと意思疎通を図ることが出来き、カラスたちも鬼太郎の頼みを聞き入れ、田んぼの中に巣食う害虫だけを採食してくれているとのこと。

 鬼太郎なりに考えた、アイガモ農法の代案がこれである。

 

「田んぼの中を……カラスが……」

 

 しかし、カラスという農業の天敵が勝手気ままに田んぼを出入りしているその光景は、サクナヒメにとってかなりショッキングなものなのか。

 落ち着きがない、ずっとそわそわとした様子でカラスたちの動向を見張るように眺めていくばかりだ。

 

 

 

「…………ん? 雨か……そろそろ降る頃だと思っていたが……」

 

 どれくらいの時間、そうしていただろう。

 ふと、ぽつりぽつりと雨が降ってきたことでサクナヒメがハッと我に返る。

 

 雨が降れば田んぼの水嵩も上がる。水温や気温にも変化が生じるため、それに対応して水量などを調節しなければならない。

 その管理こそが自分の仕事だとばかりに、忙しなく動き始めるサクナヒメであったが、その雨に呼応するよう——。

 

『田を返せぇええ……』

 

 再び、泥の巨人——泥田坊が姿を現す。

 

「泥田坊……」

「また出てきおったな、こやつ……」

 

 一度は引っ込んだ筈の泥田坊の再出現。しかし鬼太郎やサクナヒメにそこまでの驚きはない。

 

 というのもあれ以降、雨などが降る度に泥田坊はその姿を現すようになった。

 相も変わらず『田を返せ』の一点張りであったが、復活した当初のように暴れ回る様子はない。

 

『田を返せぇ……』

 

 田を返せ、田を返せと恨み言を繰り返しつつも、その恐ろしい形相は静かに鬼太郎たちを見下ろすだけに留まっている。

 もしかしたら、サクナヒメの『望みを叶える』という言葉に何かしらの期待を抱いているのかもしれない。

 

「泥田坊……」

 

 今までにない泥田坊の変化に、鬼太郎の胸にも期待感が宿る。

 もしかしたらこのまま、彼と戦う以外の方法でこの地の問題に決着を付けることが出来るのではないかと。

 

「まだまだ!! もう少し時間が掛かるからのう……もう暫くの間は引っ込んでおれ!!」

 

 しかし、まだ『そのとき』ではないと、サクナヒメは泥田坊をしっしと追い返していく。

 

『…………』

 

 そんなサクナヒメの言葉に素直に従うよう、泥田坊はそのまま静かに大地へと還っていった。

 

 

 

×

 

 

 

 さらに月日は流れる。

 稲作において鬼太郎たちが行う仕事内容は、ここ数ヶ月間ほとんど変わりはない。

 

 雑草を抜き、カエルや蜘蛛などの益虫を田に放ち、合鴨代わりであるカラスたちの面倒を見る。基本はそれの繰り返しだ。

 それ以外の複雑な工程、肥料や水量の管理などはサクナヒメがやってくれるため、鬼太郎たちが難しいことで頭を捻る必要はなかった。

 

 とはいえ、それらの仕事も重労働であることに変わりはない。

 広大な田んぼ内で毎日のように増え続ける雑草を引っこ抜いて回るだけでも、かなりの時間と労力が必要となってくる。

 妖怪といえども、そういった作業を延々と繰り返すのは肉体的にも精神的にもかなりきついものがあった。

 

「はぁはぁ……もうダメ……本当に……もう無理……」

 

 日々の膨大な仕事量に、ねずみ男が本気で音を上げ始める。

 いつもであれば適当な理由で仕事をサボりたがる彼だが、今回は本気でこれ以上は働けないと目がぐるぐるになってしまっている。

 

「ふぅむ……ちと働かせ過ぎたかのう……?」

「これ以上、妖怪たちに負担を掛けるわけには……何か手を考えなければなりませんな……」

 

 いかにねずみ男が米泥棒という許されざる罪を犯した罪人とはいえ、流石にこき使い過ぎたかなとサクナヒメが反省する。

 タマ爺からも、これ以上今いる妖怪たちだけでローテーションを回していくのにも限界があるという意見が出てくる。

 

 さりとて人手がない以上、今いる人員でなんとかしなければならない。

 この問題をどう対処すべきか、頭を悩ませても答えなどなかなか出て来ないものだ。

 

「ど、ど〜も……」

「さ、サクナさん……いらっしゃいますか?」

 

 そんな中、サクナヒメたちの前に数人の人間たちが気まずそうに顔を出しに来た。

 

「なんじゃ、お主ら……戻ってきたのか?」

 

 その人間たちの顔を見るや、サクナヒメから意外そうな声が溢れる。

 彼らは、数ヶ月前までここで働いていた人間たちだ。サクナヒメと一緒に田起こしなどをしていた面々だったが、泥田坊の出現をきっかけに皆が恐れをなして一斉に逃げ出した。

 

「サクナさんが……あの化け物を押さえ込んでいるって聞いたから……」

「厚かましいお願いでしょうが……またここで働かせて頂けないでしょうか?」

 

 彼らは腰の低い姿勢で、サクナヒメにもう一度ここで働けないかとお伺いを立てに来た。

 どうやら、サクナヒメが泥田坊を大人しくさせているという噂を聞きつけ、ここが安全ならもう一度働いてみてもいいかなと、のこのこ戻って来たようだ。

 

「おお、そうか!! ちょうど人手が足りんと頭を悩ませていたところじゃ!! 馬車馬のようにこき使ってやるからのう、覚悟せいよ!!」

 

 だが、そんな調子の良い人間たちを必要以上に叱りつけることもなく、サクナヒメは諸手を挙げて彼らを歓迎する。

 今はとにかく人手が欲しい。この際逃げ出したことなどは水に流し、彼らが立派な米農家の一員になれるようにと、気合を入れて指導していくのであった。

 

 

 

 

 

「なるほど……そうやって稲と稗を見分けるのか……む、難しいな……」

「慣れれば簡単なもんよ……それより水草に足を取られないよう、注意しなさい」

「カエル取りとは懐かしい……子供の頃はこうやってカエルを取ったもんだよ……」

「うあああ!? だ、誰だ!! 俺の服の中にカエル入れたのはっ!!」

「おっと、こんなところにも虫が……こいつは、カラスに喰ってもらった方がいいやつか?」

「益虫も、害虫も……所詮は人間が決めつけたことさ……ふっ!!」

「ふぅ~、だいぶ人が集まって来たな……これなら俺が仕事しなくたって……」

「こらっ!! サボるな、ねずみ男!! サボって昼寝なんぞしたら、チューするぞ!!」

 

 その後も、稲作が順調に進んでいくにつれ『ここで働きたい』という人間たちが押しかけるようになり、田んぼが多くの人で賑わうようになった。

 

 あるものは、一度は泥田坊から逃げ出しながらもまたここで働きたいと。

 あるものは、サクナヒメという本物の神様が働いているという噂を聞きつけ。

 あるものは、今時珍しい機械を使わない伝統的な稲作に興味を持ったりと。

 

 そういった労働希望者の多くを、基本的にサクナヒメは受け入れた。

 無論、彼らを雇うのはあくまで市であり、ある程度はふるいに掛けられる。だが市としても、この地の農地化計画をなんとしても成功させ、実績にしたいという思惑があったのか。

 実質的な田んぼの監督責任者であるサクナヒメの要望を聞き入れるという形で、大勢の人たちを雇い、この地の農業政策を強く後押ししていく。

 

 結果、人間は勿論。妖怪である鬼太郎たち、そして神であるサクナヒメ。

 三者三様、種族という垣根を越えた皆が一丸となって、稲作という一大事業を成し遂げようと奮起するのであった。

 

 

 

「ここも……随分と賑やかになってきましたね、父さん」

「うむ、この調子であれば……そのうち、わしらの手助けも必要なくなるじゃろう」

 

 夕暮れ時、その日の仕事がほぼ終わった頃合い。

 田んぼの全体像が見渡せる小高い丘にて、鬼太郎と目玉おやじが感慨深げな表情を浮かべながら夕陽を眺めている。

 

 鬼太郎がそうしてゆっくり出来ているのも、それなりに人手が増えてきたからだ。

 最初はサクナヒメと鬼太郎たちだけで忙しなく管理していた田んぼも、気が付けば多くの人間たちの手によって綺麗に整えられるようになった。

 目玉おやじの言う通り、この調子であれば鬼太郎たちが立ち去った後も、人間たちの手だけで田んぼの世話を続けることが出来るだろう。

 一応、泥田坊の問題が解決するまではいるつもりなのか。鬼太郎は仲間たちと共にこの地に留まり、稲作の手伝いを続けていた。

 

「よお……こんなところでサボってていいのかよ、ゲゲゲの鬼太郎」

「黒須さん……」

 

 そんな鬼太郎と同じように、この地の行く末を気に掛けているものが他にもいた。

 泥田坊と因縁深い人間——黒須である。

 

「今日も来たんですね……お仕事の方は大丈夫なんですか?」

 

 黒須はここ最近、ほとんど毎日のように田んぼへと顔を出していた。本業の建設業が忙しいであろうに、仕事終わりや休みの日などに稲作の手伝いをしてくれているのだ。

 鬼太郎はそれで黒須の体力が持つのかと、働き過ぎではないかと彼の心配をするのだが。

 

「ふんっ!! これくらいどうってことねぇさ。現場の人間の体力舐めんなよ……」

 

 鬼太郎の心配を黒須は強気に突っぱねる。

 社長であった頃から、黒須は現場一筋の人間であった。故に体力的にはなんの問題もないと言うが——他に気掛かりでもあるのか、その顔はどこか憂いを帯びている。

 

「……あのサクナヒメって嬢ちゃん、本当に泥田坊の奴を大人しくさせちまったんだな。俺が……俺たち人間があれだけ必死になって野郎と戦ってたのは……いったいなんだったんだろうな……」

「それは……」

 

 黒須がボソリと溢したそれこそ、彼自身が感じている『もやもや感』だった。その呟きに、鬼太郎も咄嗟に返す言葉がない。

 

 この地に居座り、人間たちを苦しめ続けてきた泥田坊という妖怪。

 人間はこの地を利用しようとし、その度に泥田坊によって多くの被害、犠牲者を出してきた。その犠牲者の中には黒須の父親も含まれている。

 きっと泥田坊と人間がこの地で共生することなど不可能。人間と妖怪、どちらかの都合しか成り立たないのだろう——そう、思っていた。

 

 だがこの度、サクナヒメは少々乱暴にだが泥田坊を説得し、この地を田んぼとして活用することを半ば泥田坊に認めさせた。

 きっと泥田坊の『望む景色』とやらを見せることが出来れば、いちいち恨み言を吐くために姿を見せることもなくなるだろう。

 

 まさに誰もが傷つかないで済む、問題解決だ。

 それを成したのが——『神様』というのが、なんとも皮肉が効いている。

 

「こんなこと言ってもしょうがないってことは分かってるがよ……神様とやらが全部解決してくれるんなら、どうして親父は死んだんだって……そう考えちまうよ」

 

 神様とやらが出張って何でもかんでも解決してくれるというのなら、初めからそうしてくれればいい。そうすれば自分の父親が死ぬこともなかったのではと、黒須としてはそう思わずにはいられなかった。

 

「仕方のないことじゃ……本来、天の神々が地上に降りてくること自体が普通ではないからのう……」

 

 黒須の気持ちを察しつつも、目玉おやじはそれがどうしようもないことであると諭す。

 そもそもな話——『天の神々がわざわざ地上まで降りてくる』それ自体がイレギュラーなことである。

 神はイタズラに地上に干渉しない。個々人の問題、それ一つ一つを解決してくれるわけではないのだ。

 

「左様、本来であれば……下界のことに関して、おひいさまのようなお方が過剰に干渉すべきではありませぬ」

 

 すると、そこへタマ爺がふわふわと鬼太郎たちの元へと飛んできた。

 

「稲作の歴史がこの国から失われてしまうこと……それは全ての豊穣神の在り様に関わることですじゃ。であればこそ、天の神々も重い腰を上げようというもの……」

 

 彼はサクナヒメが、本来であれば地上に降りてくるような神ではないと断りを入れつつ、今回が特例であると告げた。

 それだけ、稲作の歴史を天の神々が重要視しているということなのだろう。

 

「なるほどな……それに比べれば、俺の親父が死んだことなど大したことじゃねぇ……そう言いてぇわけか……」

「そんな言い方は……」

 

 それに対して、人間一人の生死——自分の父親の死など、神が動くような問題ではなかったのかと、黒須は静かに怒りを滲ませながらタマ爺を睨みつける。

 黒須の態度や言い様をそれとなく嗜める鬼太郎だが、彼の怒りももっともだと思った。

 

「……言い方は悪いですが……そういうことになりますな……」

 

 黒須の言葉をタマ爺も決して否定はしなかった。神に使える身として、タマ爺は神々が『どういう立場であるべきか』それをしっかりと理解しているらしい。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 全ては神様の都合、気まぐれといってもいい采配に黒須の表情がより一層険しくなる。拳を固く握りしめていることからも、己の中の怒りを必死に抑えているのが分かるだろう。

 彼の怒りを感じ取ってか、タマ爺は余計な言い訳を口にしなかったし、鬼太郎も不用意に口は挟まない。

 何とも言えない緊張感がその場に漂い始め——。

 

 

「——なんじゃ!! なんじゃ!! 揃いも揃って、辛気臭い顔しおって!!」

 

 

 そんな一触即発の空気を食い破るかのよう、話題の主である神・サクナヒメが、何故かふらふらとした足取りでやってくる。

 

「お、おひいさま!! こんな時間から飲まれるなど……!!」

「こ、こいつ……ガキのくせに酒なんか飲んでやがる!!」

 

 サクナヒメの千鳥足は彼女が酔っ払っていたから。彼女の手には徳利が握られており、盃に酒を並々と注ぎ、それを一気に呷っていく。

 タマ爺はまだ夕暮れどきにも関わらず酒を飲んでいることを、黒須はそもそも見た目が童女であるサクナヒメが酒を搔っ食らっていることを咎めるが。

 

「子供扱いするでないわ!! わしはこう見えても大人じゃぞ……ひっく!!」

 

 サクナヒメは自分を子供扱いする黒須に、自分が大人であることを酔っ払いながら強く主張する。

 確かに見た目こそ完全に童なサクナヒメだが、彼女は神として数百年の時を過ごしているのだ。酒の一杯や二杯、飲んだところで何の問題もない——筈である。

 

「明日も忙しくなるからのう、今のうちに英気を養わなければ……どうじゃ、お主らも一杯?」

「遠慮しておきます……」

「俺も車だからな……」

 

 さらにサクナヒメはその酒を、鬼太郎や黒須にまで勧めていく。

 しかし元より鬼太郎は酒を嗜まず、黒須も車の運転でここまで来ている以上、飲酒運転になってしまうとその誘いを断る。

 

「なんじゃ、付き合いの悪い奴らじゃのう……あれじゃろ? 人間たちの間では飲みにけーしょん? とやらが流行っておるのじゃろう? 同じ田んぼで働くもの同士……ここらで固めの盃でも交わさんと!!」

「…………その考え方も、だいぶ古い気がするけどな……」

 

 しかし、サクナヒメは酒を酌み交わすことが人間たちのコミュニケーション術だろうと、そんな知識を知ったかぶりな顔で披露する。

 もっとも、そういった考え方こそ今の人間社会では少数派だと、黒須から呆れたようなツッコミが入る。

 

「はぁ……そろそろ帰らせてもらうぜ。坊主も待ってるんでな……」

 

 そんな間の抜けたやり取りがあってか、黒須は拍子抜したようため息を吐く。

 先ほどの話、決してその全てに納得がいったわけではないが、過ぎたことをぐちぐち言っていてもしょうがない。

 

 それに今は彼自身が父親であり、家には一人息子の大輝が自分の帰りを首を長くして待っている。今は息子のためにも日々を精一杯に生きていくだけだと、決意を新たにする黒須であった。

 

 

 

「しっかし……こうしてしていると、昔のことを思い出すのう……」

 

 そうして黒須が帰宅したその後も、酒を飲み続けるサクナヒメであったが、ふと田んぼを眺めながら呟きを溢す。

 

「お疲れ様でした!! また明日もよろしくお願いします!!」

「うむ、また明日な……」

 

 彼女の視線の先では、仕事を終えた人間や妖怪たちが別れの挨拶を交わしていた。

 互いに帰るべき場所は別々だが、明日になればまたここへ来て共に田んぼ仕事をすることになる。

 

「あの頃も、あやつらと……人の子らと一緒に一から田んぼを作っていったもんじゃが……」

 

 そういった光景が、サクナヒメに懐かしい過去を思い起こさせる。

 どうやら彼女は過去にも、人間たちと一緒になって、稲作をしていたことがあるようだ。

 

「地上に戻っていた、あやつらは……いったいどのような生涯を送ったのであろうな……」

 

 サクナヒメはそんないつかの過去を思い返すよう、憂いを含んだ眼差しで遠く空を眺めていく。

 

「…………?」

 

 傍から聞いている鬼太郎からすれば、サクナヒメが何を言っているのかさっぱりだったが、彼女がその『人の子たち』の行く末を本気で案じていたことだけは伝わってきた。

 きっと数百年という年月の中で、彼女も様々な経験をし——今のような立派な豊穣神へと成長することが出来たのだろう。

 

「おひいさま、少し飲み過ぎでは? それ以上はお体に障りましょう、早めにお休みになりませんと……」

 

 そうやって昔を懐かしむサクナヒメに、タマ爺は少し酔い過ぎだと。彼女が体を壊さないよう、早めに休むよう進言する。

 

「うむ……そうじゃな。久しぶりに飲んだせいか……どうにも感傷的になっていかん……」

 

 サクナヒメ自身も、自分が酔っていることを自覚していたのか。素直に酒をしまいながら、就寝のため自身の寝床へと戻ろうとする。

 

「ゲゲゲの鬼太郎!! 稲作はここからが大変じゃ……心しておくが良いぞ!!」

 

 帰り際、サクナヒメは明日からも稲作が大変だと、鬼太郎に気合いを入れさせるためはっぱを掛ける。

 

「ええ……こちらこそ、よろしくお願いします……」

 

 彼女の言葉に、ここまで苦労しながら稲作に携わってきたこともあってか、寧ろ望むところだと鬼太郎も返事をしていく。

 

 既に気持ちの上では、鬼太郎も立派な米農家だ。

 このまま最後まで、収穫まで漕ぎ着けたいところであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ちくしょう!! 何で……何だってんだよ、これはっ!!」

「——こんな……ことって……」

 

 とある農家が管理する田んぼにて。

 長年、その田んぼで米を育ててきた米農家の人間たち。彼らは眼前に広がる、かつて見たこともないほどの惨状に打ちひしがれていた。

 例年通りであれば、出穂した稲たちが収穫のときを今か今かと待ちかねるよう、青々と生い茂る光景が見れる筈であった。

 

 しかし、彼らが丹精込めて育てきた稲——そのほとんどが色を失い、倒れ枯れ果てていたのである。

 

「坪枯れが……何でこんなに……」

 

 それは所謂——『坪枯れ』と呼ばれるもの。

 害虫の中でも特に厄介なウンカが、稲の葉や茎から汁を吸い上げ、枯らしてしまうという恐ろしい病気である。

 だが坪枯れ自体、どんな田んぼであれ大なり小なり起きてしまうものだ。坪枯れが起きた場合、その箇所の稲を刈り取り、無事な稲に被害が出ないようにと対処すれば事足りる問題であった。

 

 だがその田んぼでは、ほぼ全ての稲が——たった一夜にして『全滅』していたのである。

 

「こんなの……もう、どうしようもないじゃないかよ……」

 

 昨日までは確かに無事であった稲たち。それが、朝起きたら全てが坪枯れを起こしていたという、あまりにも理不尽な現実を前に立ち上がる気力もない農家の人々。

 

 いったいこの田んぼで何が起きたというのか、彼らにはそれを推測する余力すら残っていなかった。

 

 

 

 

 

「——ぐっふっふっふ!! ざまあみやがれ、人間どもが!!」

 

 そんな絶望する米農家を遠目から眺め、嬉しそうに高笑いするものがいた。

 

 大きな赤い顔をした妖怪ーー朱の盆である。

 

 先の大戦で死んだとされる、ぬらりひょん。その側近を務めていた彼は妖怪の復権のためにと、人間たちに害を及ぼすような悪事を考え、それを日々実行に移していた。

 

 今回、彼が思いついた悪事は——『日本から稲を、米という掛け替えのない主食を消し去ってしまおう』という、それなりに大それたものだった。

 無論、彼一人でそんな壮大な計画を実行に移せるわけもない。朱の盆はその計画を実現するため、『とある妖怪』の封印を解いていたのである。

 

「しっかし……これなんて読むんだ? み……み……なんとか虫?」

 

 ただ、頭の良くない朱の盆はその妖怪が何という名前なのか。その妖怪を封印していた札に書かれていた名前も呼べず、少しばかり困惑していた。

 

「…………まっ!! なんだっていいか!! 奴のおかげで人間どもが苦しんでるのは間違いないんだからっ!!」

 

 しかしすぐに名前などどうでもいいことだと思い直し、お札をその辺に捨てながら、朱の盆はその視線を上空——そこに滞空している、『黒い砂嵐』のような物体へと目を向ける。

 

 それは、よくよく目を凝らせて見れば、砂嵐などの気象現象ではない。

 小さな、極小の——何千何万という夥しい数の『虫』の集合体であることが分かる。

 

 その虫たちの正体は——ウンカだ。

 ぶううううんと耳障りな羽音を鳴らしながら、ウンカたちが一つの意思によって統一されているかのよう、上空に留まり青空を覆いつくしていた。

 

 そして、そのウンカたちの群れの中央に——十メートルほどの巨大な虫がいた。

 まさにウンカをそのまま巨大化させたような、見るも悍ましい禍々しい怪虫。

 

『——キシャアアアアアア!!』

 

 怪虫が獣のような奇声を上げる。

 その鳴き声が合図だったのか、周囲を埋め尽くしていたウンカたちが一斉に地上へと飛んでいき、青々と生い茂る田んぼへと殺到する。 

 一斉に稲へと群がるウンカの群れは、瞬く間に養分を吸いつくし、一瞬でその辺り一帯の稲を全て枯らしてしまう。

 

「へぇ……本当に稲以外には何もしないんだな……こいつはいいや!!」

 

 その光景を目撃しながら、朱の盆はその辺から採ってきた木の実を美味そうに頬張る。

 彼の言う通り、虫たちは他の植物には全く興味を示さず、ただひたすらに稲だけを食い荒らしていた。

 

 

 何故そうなのか、それはその妖怪の成り立ちにこそ理由があった。

 

 

 その昔、合戦にて非業の死を遂げた一人の武将がいた。

 その武将は勇猛果敢に敵を倒し奮戦していたのだが、その戦いの最中——彼の騎乗する馬が、稲の切り株に足を取られ、落馬してしまうというアクシデントが発生してしまう。

 倒れた武将は起き上がる暇もなく、敵将によって討ち取られ——憐れ首手柄にされてしまう。

 

 そのような最後から、その武将は『稲』を恨んだ。

 馬が稲につまずかなければ、そもそも稲などというものが存在しなければ、自分がこんな惨めな最後を迎えることもなかったのだと。

 その怨念が、その武将を稲を食い荒らす害虫へと変じさせてしまったのだろうか。

 

 その武将の名は——斎藤(さいとう)実盛(さねもり)

 それ故、その怪虫には——実盛虫(さねもりむし)という名が付けられた。

 

 

『——キシャアアアアアアアアアアアア!!』

 

 長きに渡り封じられていたところを、朱の盆によって解き放たれた実盛虫。

 しかしその虫には知性もなければ、理性もない。

 

 ただ恨みのまま、目につく稲を食い荒らすことだけが行動理念の怪虫。

 視界に映る稲を片っ端から食い荒らし、無数のウンカたちと共に次なる得物を求めて一斉に移動を開始していく。

 

 

 その進路の先に——サクナヒメや鬼太郎たちの田んぼも待ち構えていたのであった。

 

 




人物紹介

 実盛虫
  今回のゲスト妖怪枠、その②。
  最初は泥田坊との話で終わらせるつもりだったのですが、それだと味気ないと思い。
  純粋な敵妖怪として、稲作における障害として登場してもらうことになりました。
  妖怪というよりは、ウンカといった害虫の異称です。
  それを今回は『巨大な怪虫』といった感じでアレンジを加えてみました。
  元ネタはサクナヒメの外伝小説『ココロワ稲作日誌』に登場する虫鬼から取ってます。


 次回で完結予定です。今回は流石に三話で綺麗に終わるだろう……。
   
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