年末は更新が無理でしたが、何とか一日には間に合ったので新年の御挨拶をさせていただきます。
さて、挨拶早々にあれなのですが……今回の話を区切りに暫くの間、ゲゲゲの小説をお休みさせていただきたいと思います。
作者が同サイトで連載している、『ぬら孫』の小説の方の更新が滞っていたので、暫くの間はそちらに集中したいと思います。
ゲゲゲの鬼太郎に関しては……寧ろ、6期のアニメ放送が終わり、設定が出尽くした辺りが本番だと思っています。
それまでは、アイディアを色々と温めつつ、クロス可能な作品を色々と探っていきたいと考えております。
というわけで、今回の話で清姫編は完結。とりあえずの話の区切りとして、どうか楽しんでいって下さい。
「――ん? なっ、なんだあれは!?」
お昼時。街を歩いていた通行人の一人がその異変に気付き悲鳴を上げる。
それは、一見すると周囲のビルと肩を並べるように燃え盛る青い炎に見えた。
しかし、よくよく見れば『それ』がただの炎でないことは明白。何故ならその炎の塊は明確な意思と形を持ち、生き物としての行動をとっていたからだ。
『――どこだ? どこに隠れた?』
その炎の正体は巨大な大蛇――あの小柄だった少女・清姫が怪物として転身した姿である。
かつて、人間だった彼女は安珍に嘘をつかれ、裏切られた絶望により人であることを捨てた。そのとき、安珍を焼き殺した姿こそが、この『青白い炎をまとった巨大な大蛇』である。
まさに伝承に伝えられているとおりの恐ろしい姿で、彼女は街中を闊歩する。
『隠れても無駄ですわ……観念して出てきなさい! この大嘘つきめ!!』
彼女がそんな姿になってまで、血眼になって捜しているのは一人の人間の男である。
清姫に心ない嘘をつき、彼女の安珍への愛を侮辱した探偵事務所の所長。その男を焼き殺さんと、彼女は周囲一帯を隈なく捜し回る。
「ひっ、ひぇぇぇぇえ……」
その所長は大蛇の死角、物陰にこっそりと身を隠し、なんとかやり過ごそうと必死だった。
軽い気持ちで清姫からお金を騙し取ろうとしたどうしようもない男。彼は突如怪物に変貌を遂げた清姫に何が何やら理解が追いつかないまま、命からがら逃げ出す。
そのまま息を殺し、見つからないでくれと普段は祈らないような神様に懇願する。しかし――
『――見つけましたよ!!』
「げぇっ! み、見つかっ――ひゃあっ!?」
清姫は物陰に隠れていた所長を難なく見つけ出してしまう。
もともと、蛇には獲物の体温を感じとる『ピット器官』なるものが備わっている。大蛇の妖怪と化した清姫にも似たような機能が備わっているのか。
清姫は所長を追い詰め、彼を焼き殺すために火炎のブレスを吐こうと、大きく息を吸い込んだ。
「た、たすけてくれぇぇぇぇえぇ――!!」
迫りくる『死』を前に泣き叫ぶ所長。
人型状態のときとは比べられぬほどの大火力。今の清姫の火炎など浴びれば、人間など瞬く間に炭クズとなってしまうだろう。
「――指鉄砲!!」
しかしそうはさせまいと、突如上空から妖気の光弾が撃ち込まれ、大蛇の身たる清姫を怯ませる。
「ひっ、ヒィいい、お助けっ!!」
彼女が怯んだ隙をつき、所長は全速力でその場から離脱していく。
『ぐっ!? 何者です、邪魔をするのは!?』
あと一歩というところで清姫は憎き相手を取り逃す。無粋な横槍を入れた乱入者に憎悪の矛先を切り替え、彼女は光弾が飛んできた上空を睨み上げる。
「そこまでだ、清姫!!」
そこには――幽霊族の末裔たる少年・ゲゲゲの鬼太郎が空飛ぶ反物妖怪・一反木綿に乗って颯爽と駆けつけていた。
×
鬼太郎がその場に駆けつけてこれたのは偶然ではない。
彼は数時間ほど前から一反木綿に乗り、清姫を捜して都内上空を飛行していたのだ。
そのきっかけは、砂かけババアが病院でねずみ男と一緒にいる清姫を目撃したところからだ。
二人の奇妙な組み合わせに、これは何かあると睨んだ砂かけババアが直ぐに鬼太郎に報告。気になった彼が一反木綿と共に近辺を捜しまわっていた。
幸か不幸か嫌な予感は的中し、鬼太郎は公道で炎上する車を発見。その車の側には、ズタボロながらも危機一髪で脱出していたねずみ男がボロ雑巾のような姿で転がっていた。
鬼太郎は彼から事情を聞き出し、すぐに清姫の足跡を辿った。そして、さらに悪い予感は当たり、街中で突如火柱が上がる。
十中八九、清姫の仕業だと悟った鬼太郎はすぐさま一反木綿と共に急行。襲われている男性を助けるため、大蛇と化した清姫に指鉄砲を放ち、何とかギリギリで彼女の殺人を阻止することができた。
「ハァ~あれが清姫かいね? 何か話に聞いてたのと、だいぶ違う感じばい……」
清姫と初対面の一反木綿は、怒り狂う大蛇に転身してしまった彼女の姿に何やらがっかりな溜息を吐いていた。女好きな彼としては、可愛い少女の清姫の方を拝みたかったのだろう。
「ふむ……どうやら激昂するあまり人の姿を保てなくなってしまったようじゃ。一足遅かったか……」
本来であればこうなる前に清姫を止めたかったと、目玉おやじは悔しそうに呟く。
「清姫、落ち着け!! 怒りを鎮めるんだ!!」
だが鬼太郎はまだ間に合うと、なんとか怒りを抑えてもらうため、大蛇と化した清姫相手に説得を試みる。
『ゲゲゲの鬼太郎! 私の邪魔をするなら、容赦はしませんわよ!!』
鬼太郎の説得に怒り狂いながらも彼女は返事をした。蛇となってしまった後でも言葉を交わせるだけの知性、理性は残っているようだ。
それを一筋の光明と信じ、鬼太郎はさらに言葉を積み重ねていく。
「清姫っ! 嘘をつかれたからといって命まで奪う必要はないだろう!? そこまでで許してやるんだ!!」
詳しい事情を知らない鬼太郎は彼女が大嫌いな嘘をつかれ激怒したのだと察し、彼女に冷静になるよう言って聞かせる。
だが、もはやそんな言葉一つでどうにかなるほど、清姫の怒りは浅くなどなかった。
『黙れっ!! あなたに何がわかると言うんですか!?』
唸り声を上げながら、清姫の体はさらに激しく燃え上がる。
『もうたくさんだ!! もううんざりだ!!』
所長に安珍への想いを侮辱されたことが最後の引き金となって大蛇と化した清姫だが、彼女がここまで激怒するのはそれだけが原因ではなかった。
『なんなんですか!? 現代の人間どもは!? どいつもこいつも平気な顔で嘘をつき、人を欺き、騙し、傷つける!!』
清姫の脳裏に浮かぶのは、ねずみ男との仕事で通じて関わってきた人間どもの顔であった。
『何故そうまでして嘘をつく!? どうしてもっと正直に生きることができない!?』
誰も彼もが嘘をつき、その嘘を守るためにさらに嘘を積み重ねて清姫の追及から意地汚く逃れようとする人間たち。嘘を見破られ本質を丸裸にされた者の中には、逆ギレし「嘘をついて何が悪い!!」とばかりに開き直る者までいる始末だ。
人を騙していることに罪悪感すら抱かない厚顔無恥な現代人というものに心底失望し――そして清姫は悟った。
『それが人間社会だというのなら……それが人間だというのなら、もういい!! こんな嘘だらけの社会、私には必要ない!! 私の安珍様への愛を侮辱したあの男諸共、全て焼き払ってやりますわ!!』
この嘘だらけの社会を焼却するため、清姫は眼前に広がる都市――この町の全てを焼き払うことを宣言。
その体はさらに勢いよく燃え広がり、周囲一帯の建物へと被害は広がっていく。
「鬼太郎!! これ以上被害を出すわけにはいかんぞ!!」
「はい、父さん!」
辺り一帯に飛び火する清姫の炎を前に、目玉おやじと鬼太郎は一旦説得を諦める。今の彼女はまさに炎をそのもの。世の理不尽に怒り、燃え上がる憤怒の化身だ。
そんな状態の清姫にこれ以上言葉で語りかけても意味はない。人間側の被害を抑えるためにも、彼女自身のためにも一度弱らせ、落ち着かせてからまた説得する必要がありそうだ。
「仕方ない、髪の毛針!!」
戦うと決めた鬼太郎は牽制代わりに髪の毛針を何十発と打ち込む。鋭く高速で飛ぶ毛針。その全てが体に突き刺さればたまらず痛みに悶えることだろう。だが――
『はっ!! そんなもの!!』
体ごと炎と化している清姫には、そもそも毛針自体が刺さらない。全て本体に直接届く前に炎上する火炎にて焼き払われてしまう。
「っ! だったら、これならどうだ!!」
すかさず鬼太郎は攻撃方法を変える。一反木綿から跳び上がり、さらに上空へジャンプ。体内の妖力を電力に変換し、それを落雷の如き一撃に変えて清姫へと放つ。
鬼太郎の技の一つ『体内電気』である。
多彩な能力を多く持つ鬼太郎の技の中でも特に威力が高い一撃だが、これは同時に自分自身にも苦痛を伴う自爆技の一種だ。
相手に引っ付いてから直接電気を流し込むこともできるが、今の清姫相手に取りつくことなど自殺行為に等しい。威力が少し落ちるかもしれないが、やむを得ず遠距離から電撃を清姫へと浴びせる。
『ぐっ……この程度で!!』
しかし、この技でも少し怯ませることはできるが決定打にはならない。
『お返しです! はぁっ!!』
鬼太郎の攻撃を耐えきり、清姫はすかさず反撃に転ずる。彼女は空中で静止する鬼太郎に向かって容赦なく火炎の吐息を吹きかけた。
「くっ!!」
逃げ場のない空中で、鬼太郎は迫りくる火炎から身を防ぐため霊毛ちゃんちゃんこを脱いだ。先祖の霊毛で編まれたちゃんちゃんこは、鬼太郎を覆い隠すほどの大きさに広がり炎の直撃を防ぐ。
「うわっ!?」
だが、衝撃までは全て殺しきることができず、鬼太郎の体はビルとビルの隙間へと吹き飛ばされ、彼の姿は清姫の視界から消えていく。
『ふんっ! 他愛もないですわね!』
それで鬼太郎を排除できたと考えたのか、清姫は追い打ちをかけることもなく、その場から離れていく。
探偵事務所の所長が逃げ去った方角――人間たちが密集している地区へと移動を開始した。
×
「鬼太郎しゃん!!」
吹き飛ばされた鬼太郎が地面にぶつかる間一髪のところで一反木綿がその体を拾い上げ、その窮地から救う。
「すまない、一反木綿!」
自分を助けてくれた彼に礼を述べながら、鬼太郎はすぐさま清姫への対策を考え始める。
「父さん、どうしましょう。あの炎、かなり厄介ですよ」
鬼太郎が清姫と戦ってみて実感できたのは、彼女が身に纏う炎の恐ろしさである。
清姫の怒りを体現するかのように燃え上がる青い炎を前に、鬼太郎は彼女に近づくことができず、遠距離から攻撃するしかない。しかし、髪の毛針やリモコン下駄のような物理攻撃では炎で燃やし尽くされてしまい、彼女にダメージを与えることすらできない。
体内電気や指鉄砲は今のところ有効ではあるが、それらは乱発できるような技でもない。あと一、二発喰らわせたところで清姫を止めることはできないだろう。
今の鬼太郎の能力では、どうやっても清姫を押しとどめる明確なビジョンが浮かび上がってこない。
「水でもかけてみたらどうばい? 炎を消すんやったら、やっぱ水やら?」
迷う鬼太郎に一反木綿は安易な方法として水により、炎を消すことを提案してみる。
「ふむ、じゃが……ここは都会のど真ん中じゃ。あれだけの炎を鎮火する水など、どこから仕入れる?」
目玉おやじが渋るように唸る。
確かに炎を消すのに水は有効かもしれないが、あれだけの大火力の炎を消すのにどれほどの水が必要になるだろう。またそんな大量の水、いったいどうやって仕入れるのかと疑問を提示する。
こんな大都会で鬼太郎たちが出来る水攻めなど、せいぜい給水タンクを破裂させることくらいだ。
それなら、人間たちが消防車で水を浴びせる方がまだ効果がある。
「――急げっ!! 火元はこっちだ!!」
実際、既に消防車が何台か出動し、燃え盛る清姫に向かって放水を開始しようと叫ぶ声が鬼太郎たちの耳にも聞こえてくる。
ただの炎ならこのまま消防隊に任せてもいいだろうが、相手は大蛇と化した清姫だ。水など掛ける暇もなく、手痛い反撃を喰らって彼らの方が先に壊滅してしまう。
「どうする! 何か手はないのか!?」
鬼太郎は何か妙案はないかと、必死に頭を働かせる。
清姫を鎮めるのに時間を掛ければ掛けるほど被害は広がっていく。
人間と妖怪が憎しみ合うのを避けるためにも、それだけは何としても阻止したかった。
すると、そんな鬼太郎たちを見かね――
「――鬼太郎、ここはわしに任せてもらおう!!」
『彼女』が――その場に駆けつけてくれていた。
『――邪魔だぁああああああああああ!!』
清姫は眼前に立ち塞がる警官隊のパトカー、群がる消防車に向かって躊躇なく火球を放つ。清姫の炎を前に、せいぜい鉄砲でしか反撃できない警官など、成す術もなく蹴散らされていく。
「くそっ!! これでは消火活動に移ることもできん……どうすれば!!」
その光景にこの道二十年のベテラン消防隊長が悔しそうに歯噛みする。
清姫――あの燃え盛る大蛇が何者であるかなど彼は知らない。だが消防士として、現場に駆けつけて何もできないなどあってはならない事態だ。
既に燃え広がった炎は、周囲の建物に甚大な被害を発生させている。
これ以上の損害を出さないためにも、早くあの炎の大蛇をなんとかしなければならない。
「――清姫!!」
『――!?』
すると、手をこまねいている彼らの前に少年の叫び声が聞こえてきた。
消防隊員たちと清姫がその声に上を見上げる。
ビルの屋上に――ゲゲゲの鬼太郎が立っていた。
彼はそのままビルから飛び降り、炎の化身たる清姫の眼前に立ち塞がる。
「清姫! これ以上の被害は出させない。大人しくしてもらうぞ!」
『懲りない人ですね!! 今度は火傷程度は済みませんよ!?』
しつこく立ち塞がろうとする鬼太郎にうんざりと吐き捨てながら、清姫は再び障害を取り除こうと彼に向かって火球をお見舞いする。
「二度も同じ手は食わない。お返しだ――指鉄砲!!」
鬼太郎はその一撃をかわし、すかさず指鉄砲で反撃。
彼の放った妖気の光弾は清姫――――から大きく狙いを外れ、明後日の方向へと飛び去っていく。
『はっ! どこを狙って――』
鬼太郎の狙いの甘さを嘲笑う清姫。しかし、これも鬼太郎の作戦の内である。
彼の狙いどおり――放たれた光弾は建物の屋上に設置されていた給水タンクに命中。簡易的ではあるが、その場に大量の水飛沫を発生させる。
『ぐっ!?』
瞬間的に多量の水を浴びて怯む清姫。
「今ばい!! 水かけるとね! 水!!」
その隙に生じ、一反木綿が飛び回りながら大声で消防隊員たちに呼びかける。空飛ぶ布切れという摩訶不思議な存在に驚きこそしたが、消防隊長もチャンスは今しかないと直感したのだろう。
「は、放水! 放水開始!!」
消防員としての義務感を総動員し、隊員たちに大声で放水を指示する。
「く、喰らえっ! 化け物!!」
隊長の指示を受け、消防隊員たちが一斉に巨大な火元である清姫に対し消火活動を開始する。四方から勢いよく水を掛け、なんとか彼女の炎を鎮火しようと試みる。
だが――
『――小賢しいですわ!!』
今の清姫にとってその程度、焼け石に水でしかない。
彼女は水の勢いに負けまいと纏う炎の火力を爆発的に高める。その勢いは消防隊の放水を一瞬で蒸発させてしまうほどだった。
「なっ!?」
自分たちの放水が無力化される光景に呆気にとられる消防隊長。さらに清姫はその巨大な尻尾を振るい、周囲の消防車を蹴散らし、消防隊の消火活動を妨害。
鬼太郎たちは清姫の『炎』を止めるための手段――『水』を失ってしまう。
『はぁはぁ……悪あがきは終わりですか、人間……ゲゲゲの鬼太郎!!』
鬼太郎と人間たちの水攻めを乗り切り、勝ち誇ったように吠える清姫。
しかし、一度に大量の水を浴びせられたことと、無理に火力を高めたことで彼女は大分妖気を消耗してしまったらしい。傍目から見てもわかるくらいに息を切らしいる。
彼女の憤怒の炎を止めるのに、あと一歩といったところ。
そして、鬼太郎は――そのあと一押しを既に用意していた。
「今だっ! 砂かけババア!!」
『――っ!?』
鬼太郎が呼びかける先を見上げる清姫。
彼女の視線の先――ビルの屋上には砂かけババアが立っていた。
「ちんちんちなぱいぽ……」
砂かけババアはその手に壺らしきものを抱え、何かしらの呪文を唱える。彼女が言の葉を紡ぐ毎に、その身に尋常ならざる妖気が集まっていく。
「鎮まるがいい、清姫!!」
そして、砂かけババアは叫ぶ。荒ぶる清姫を鎮めるための大技を一気に解き放つために――。
「――砂太鼓!!」
放たれた言葉と共に、砂かけババアの抱えた壺の中から大量の砂が津波の如く押し寄せる。
これこそが砂かけババアの切り札――『砂太鼓』。燃え上がる清姫を鎮火するために放たれた最後の一撃だった。
『きゃあああああああああ!?』
下手をすれば洞窟一つを丸呑みするほどの多量の砂によって全身を包まれる清姫。彼女の燃え盛る体が砂の中に埋もれ、その姿が見えなくなる。
「……やったか?」
清姫を鎮めることに成功したかどうか、砂埃が晴れるまで明確には分からない。鬼太郎は目を凝らして清姫の様子を窺う。
「鬼太郎! あれを見るんじゃ!」
舞い上がった砂煙が晴れていき、目玉おやじは声を上げる。
彼が指さした先には――
「きゅぅ~…………」
なんとか砂山の中から這い出した、人間形態の清姫が目を回し倒れ込んでいた。
既に暴れるだけの体力もなく、その炎を完全に消し止めることに鬼太郎たちは成功したのだ。
×
「ふむ……とりあえず、一件落着じゃな」
あれから数時間後。暮れる夕日を背に、ビルの上から眼下の街並みを見下ろしながら目玉おやじは呟く。
街中では消防隊が決死の消火活動を続け、清姫の飛び火した炎を消し止めていた。それもつい先ほどようやく収まり、街には再び平穏が訪れる。
「助かったよ、砂かけババア。けど、体の方は大丈夫なのか?」
鬼太郎は今回、清姫を鎮めるのに貢献してくれた砂かけババアに礼を述べながら、彼女の体を気遣う。
砂かけババアの『砂太鼓』は威力こそ大きいものの、本人のかかる負担は他の技の比ではない。清姫を止めるためとはいえ、無理をさせ過ぎたかもしれないと、鬼太郎は彼女に頭を下げる。
「なに、乱用しなければ問題ないわい!」
鬼太郎の謝罪に、砂かけババアは何でもないことのように言ってのける。確かに砂太鼓は消耗の激しい技だが、連発しなければ問題ないと、彼女は快活に笑い声を上げた。
その笑みに釣られるように、鬼太郎も目玉おやじも、一反木綿も笑みを浮かべる。
「――何故……私の邪魔をなさるのですか?」
そんな中、沈痛な面持ちで落ち込む少女が一人。
鬼太郎たちとの輪から外れ、ビルの上から眼下の人間たちを虚ろな目で見つめる。
「どうして……あんな嘘つき共のために……あんな連中、助ける価値などないのに……」
清姫である。
彼女は何とか理性を取り戻し大蛇の暴走状態から抜け出した。しかし、それで人間たちへの怒りが収まる訳ではない。人間たちへの愚痴、自分の邪魔をした鬼太郎へと恨み言を力なく吐き捨てる。
「別に彼らの味方をするわけじゃない。けれど……君の行為は行き過ぎだ。黙って見過ごすことはできない」
鬼太郎は清姫から彼女が大蛇となる経緯を聞かされていた。嘘をつかれ、安珍への想いを侮辱されたことは確かに同情すべきかもしれない。
しかし、それでもこれはやり過ぎだと。それが彼女の暴走を止める理由だと毅然として答える。
「……どうして……なんで……この世界は嘘つきばかりなのです…………」
しかし、もはや鬼太郎の話など清姫の耳に届いていなかった。彼女は嘘をつく人間たち、嘘つきだらけの世界に絶望し、力なく項垂れている。
「……のう、清姫。『嘘』というやつは、本当にそこまでどうしようもないことなのかのう?」
そんな清姫に対し、何かを考え込みながら砂かけババアが声を掛ける。
「確かに嘘を多用するのはあまり褒められた行為ではないかもしれん。しかし、世の中には必要な『嘘』というものもあるのではないかのう?」
「……なっ!? 何を……仰っているのですか?」
すると、砂かけババアのその主張に清姫はムキになって反論する。
「必要な嘘!? そんなものある筈がありません! 嘘は『悪』です! 人も妖怪も皆、もっと正直に生きるべきなのです!! そうすれば、世の中はもっと素敵なものになる筈なのですから!!」
嘘など、この世界には不要。それこそ、清姫にとって絶対の価値観。
どこまでも頑なな彼女の意思。その意志を覆すことは決して簡単なことではない。
「……ついてこい。お前さんに見せたいものがある」
それでも、砂かけババアはその凝り固まった考えを改めてもらおうと。
彼女を――とある場所へと案内していく。
「? ここは……今朝の病院、ですか?」
そうして、清姫が砂かけババアに連れてこられたのは、午前中にねずみ男と共に訪れた都心の病院であった。夕方で既に診察時間も終わり、多くの人で賑わっていた受付も待合室もすっかり閑古鳥が鳴いている。
シンと静まり返る病院内。すると、そこには懸命にリハビリに励む、とある少年の姿があった。
「はぁはぁ……」
「ほら! あとちょっとよ、頑張って!!」
手すりに掴まり、看護師に励まされながら歩く練習をしているのは、今日の今朝方――『元のように走ることはできない』と、担当医師の隠していた嘘を見破った清姫により、残酷な真実を告げられたあの少年である。
普通の人間であれば、そのような事実を告げられ直ぐに立ち直ることはできないかもしれない。
しかし、少年は決して挫けず諦めず、再び自らの足で立ち上がろうと努力を続けていた。
「のう、清姫よ。お前さんの言った通り、あの子の足が治る見込みは薄いそうじゃ……」
今朝のやり取りを偶然見ていた砂かけババアは、その少年の容体に関して詳しい事情を聞いた。
元々、あの少年は将来の夢――陸上選手になるという目標のため、日夜練習に励んでいたとのこと。だが、オーバーワークでの練習に膝の靭帯を損傷。病院での入院生活を余儀なくされた。
医者の見立てでは少年の足が元通りになるのは難しいらしい。だがその事実を少年に伝えることは酷だと考えた医師は保護者だけに容体を説明。
少年本人には『きっと治る』と希望的な観測のみを伝えていた。
「じゃがのう……それはあくまで医者の見立てじゃ。それがそっくりそのまま『真実』になるとも限らんだろう?」
砂かけババアはその事実を踏まえた上で、医者の判断に対し自分なりの意見を口にする。
「寧ろ……治ると信じて努力すれば、たとえ『嘘』でも『真実』になる」
確かに医者は『治る』という嘘をついたかもしれない。しかし、『治らない』ことが真実だからといって、最初から何もかもを諦めさせるような真似はするべきではない。
「あの子の努力が、熱意が……また走れるという『嘘』をひょっとしたら『本当』のことにするかもしれんのじゃ。そう考えれば嘘というもんも、あながち悪いことばかりではないと思うがのう……」
そう言って、砂かけババアはチラリと清姫の反応を窺う。
「…………………」
清姫は砂かけババアの話を黙って聞いている。彼女なりに色々と考えてはいるのだろう。
だが、それでも――
「――それでも……私はその嘘のせいで傷つきました。それは……変えようのない事実です」
――ああ、安珍様……何故、何故嘘をつかれたのですか?
――私のことがお嫌なら、正直にそう仰って頂ければよかったのに……。
人間だった頃の記憶を清姫は振り返る。
運命の人と恋慕った相手につかれた残酷な裏切り――『嘘』。
それこそ、清姫最大のトラウマであり、彼女が嘘をどうしても許せない理由である。
この記憶がある限り、彼女が嘘を許すことは一生できないだろう。
たとえ、そこにどんな思いやりがあろうとも……。
「――君が……嘘を嫌うことはよく分かったよ……」
砂かけババアの問い掛けにも『否』と答えた清姫に、彼女たちの側でその話を聞いていた鬼太郎が近寄ってくる。彼は清姫の意思に一定の理解を示しながらも、嘘をつく人間たちの事情も察する。
「だけど、人間は本当のことだけで生きて行けるほど強い生き物じゃない。ときには嘘や誤魔化しで体裁を整えないと、心の方が先に壊れてしまう。皆が皆、正直に生きれるほど……優しい世界じゃないんだ」
人間たちの依頼に応え、彼らの手助けをしてきた鬼太郎も人間のつく嘘に何度も騙されそうになったことがあった。嘘をつかれたときの屈辱、悔しさ。清姫ほどではないにせよ、鬼太郎にも経験があることだ。
だからなのか、鬼太郎は清姫に優しく語りかける。
「けれど……君までそんな世界の流儀に染まる必要はないんじゃないかな?」
「……えっ?」
その言葉に沈ませていた顔を上げる清姫。鬼太郎はそんな彼女をしっかりと見据えて言葉を紡ぐ。
「他人の嘘なんかに一々腹を立てる必要もない。そんな連中の相手をしても君が傷つくだけだ。君は自分自身に正直に生きればいい……きっと、その生き方に理解を示してくれる人は見つかる」
誤魔化しでも慰めでもない。心の底からそのように思いながら、鬼太郎は清姫に優しく手を差し伸ばす。
「――少なくとも……ボクは君に嘘なんかつかない、絶対にね……!」
「――――っ!!!」
鬼太郎の言葉に清姫は心打たれる。
彼の「嘘をつかない」という台詞。そこには一片の嘘も含まれていない。
鬼太郎は――正直な気持ちで清姫には嘘をつかないと言ってくれた。
それは、嘘だらけの世界に触れてばかりだった清姫にとって、何よりの救いとなり――
また彼女の魂に――とある『結論』を抱かせるほどに、十分な衝撃を含んだ言葉であった。
「……見つけ……ましたっ!!」
清姫は差し伸べられた鬼太郎の手をガッチリと両手で包み込む。
いきなりの清姫の行動に面食らう鬼太郎だが、続く彼女の言葉に彼は目を丸くするしかなかった。
「こんなところに……いらっしゃったのですね――」
「お会いしとうございましたっ!! 『安珍』様!!」
「――――えっ?」
×
「――鬼太郎いる? に、煮物作ってみたんだけど…………」
清姫が街で大暴れした騒動の数日後。ゲゲゲハウスに猫娘が手製の煮物を持参で訪れていた。
大好きな鬼太郎の為に作った手料理。素直になれない彼女はたびたび「作りすぎたから……」「腐らせちゃうの勿体ないし……」などと言った嘘をついて、鬼太郎に自分の料理を食べてもらおうとしていた。
しかし、わざわざ手料理を持参した今日という日に限って、猫娘以外の先客が鬼太郎の隣に陣取っていた。
「はい、鬼太郎様。あ~ん♡」
「…………」
その女は我が物顔で鬼太郎の側に寄り添い、手料理らしきものを鬼太郎に「あ~ん」と食べさせていた。
「き、き、き、鬼太郎……!」
その光景に絶句する猫娘。思わず持参した手料理を床に落として台無しにしてしまう。
「やあ、猫娘……はぁ~」
猫娘が来たことに気づいた鬼太郎。彼は疲れた表情で溜息を溢し、渋々といった様子でその女の行為に身を委ね、手料理を口にしていた。
「いかがです、この清姫の肉じゃがは? おいしいですか?」
幸せそうな笑顔で鬼太郎に手料理の感想を尋ねる、清姫と名乗る女。彼女の質問に暫し考え込んだ末、鬼太郎は覇気がない声で答える。
「ちょっと味が濃いかな。もう少し薄味の方がいいとは思うけど……」
「あら、そうですの? では、今度はもう少しお醤油の量を減らしてみますね……ふふふ!」
鬼太郎に手料理のダメ出しをされたにもかかわらず、清姫は嬉しそうな笑みを溢す。すぐさま鬼太郎のコメントをメモ、レシピの修正をノートに書き加えていく。
「ちょっ! 鬼太郎!! なんなのよ、その女!? い、いったい、何がどうなって――!!」
呆気に取られていた猫娘はようやく我に返り、鬼太郎にこれはどういった状況なのか問い詰める。
清姫の騒動にノータッチだった猫娘にとって、目の前の光景は何もかもが意味不明なことばかりであった。
あの騒動の後、何がどういうわけか清姫は『鬼太郎こそが安珍の生まれ変わりである』という、結論を出してしまった。
嘘により傷ついた清姫に向かって『嘘をつかない』と断言し、慰めたことが要因だったのか。
清姫はあれ以降、鬼太郎をしつこく付きまとうほど、彼にべた惚れになってしまったのだ。
自分に好意を寄せる清姫に、鬼太郎は何度も「ボクは安珍の生まれ変わりじゃない」と正直に告げるのだが、清姫はそれを「まだ前世のことを思い出していないだけ」と、まるで気にした風もなく、彼へのストーキング行為を止めようとはしない。
いつかきっと、自分のことを思い出してくれると。安珍――鬼太郎への愛を日々育んでいく。
「どこから説明したものか……」
詰め寄る猫娘に、こうなった経緯をどこから説明すべきかと頭を悩ませる鬼太郎。彼自身、いったい何故清姫が自分のことを安珍と思い込むようになってしまったのか、よくわかっていないところがある。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんですこと……」
言い淀む鬼太郎に代わって、清姫が猫娘と向き合う。
猫娘を見つめる清姫の視線には、明らかに敵対心のようなものが混じっていたが。
「いいんです。清姫は理解のある女ですから。妾の一人や二人くらい……ええ、認めて差し上げますとも」
「め、妾っ!?」
清姫の発言に顔を真っ赤にする猫娘。そんな彼女に見せつけるように、清姫はさらに鬼太郎に肩を寄せていき。
「私を一番に愛してくださるのでしたらそれでよいのです。だ・ん・な・様♡」
そうやって、猫娘に『正妻』として牽制を入れていく。
「!! ちょっとあんた、鬼太郎から離れなさいよ!! 鬼太郎もっ! されるがままになってじゃないわよ! そんなにその女がいいわけ!?」
清姫の挑発に当然、猫娘は大激怒。清姫のスキンシップに抵抗しない鬼太郎にまで怒りの矛先を向け、化け猫の表情で爪を伸ばして唸り声を上げる。
「まあ!! 私と旦那様との仲をその爪で引き裂こうというのですか!? この泥棒猫!!」
清姫も清姫で、猫娘の敵対行為に真っ向から対抗。その身から炎を迸らせる。
意中の殿方を巡る――女同士の熾烈な争いが、こうして幕を開けたのだ。
「…………父さん」
彼女たちの闘争を目の当たりにしながらも、鬼太郎は動かない。
彼はここ数日、ずっと清姫にストーキングされ、すっかり精神をすり減らしていた。余計な体力を使うのも億劫で、彼は父親である目玉おやじにボソリと愚痴を溢す。
「…………なんじゃ、鬼太郎?」
茶碗風呂に浸かりながら、目玉おやじもやや疲れたように息子の愚痴に付き合ってやる。彼も清姫のストーキング行為を間近で見てきた。息子の心中を誰よりも察してやれている。
「安珍さんが……どうして嘘までついて清姫から逃げようとしたのか……少しだけ、分かるような気がします」
安珍と清姫の伝説を聞いた時、鬼太郎は安珍のことを酷い男だと思った。
清姫の想いを断るのならはっきりと断ればいい。彼女を傷つけてまで嘘をつく必要もなかっただろうにと、憤る気持ちを抱いていた。
しかし今なら、清姫に四六時中付きまとわれ疲弊した今なら、安珍の気持ちが分かると。
鬼太郎は逃げ出した末に焼き殺された、イケメン坊主に同情の念を抱く。
「鬼太郎よ。早まった真似はするでないぞ……」
そんな心情を吐露する鬼太郎に、目玉おやじは早まった行為に走らないように念を押す。
せめて安珍の二の舞にはなってくれるなと、彼は息子の未来が平穏であることを願うばかりであった。
FGOの清姫に関しては、『大蛇』というより、『竜』であるという説明がなされていますが、本小説では色々と紛らわしいので、彼女を一貫して『大蛇の妖怪』として書かせてもらっています。
次回予告
「友達と共に池袋の街に遊びに来たまな。彼女はそこで『謎の黒バイク』に遭遇する。
父さん、その黒バイク。噂では――首がないとのことですが……?
次回――ゲゲゲの鬼太郎『デュラララ!!』 見えない世界の扉が開く」
それでは、また次の機会によろしくお願いします。