ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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当初の予定だと三話構成にするつもりだったのですが、更新頻度などを考えて四話構成にすることになりました。

というか、本日からfgoでレイド戦→冠位戴冠戦ライダー→冠位戴冠戦復刻。
などなど忙しくなるということもあり、とりあえず区切りの良いところで投稿させていただきました。

ちなみに、前話を最後まで読んで頂いた方なら分かると思いますが。
今作は『天気の子』と『天穂のサクナヒメ』とのクロスオーバーとなっております。
なので、前回やったサクナヒメとの話が地続きであることを、所々に匂わせております。

なんのこっちゃと思った方は、サクナヒメの方から読み返してもらえればと思います。


天気の子と天上の神々 其の②

「それにしても……まさか、東京がこのような事態になっていたとは……」

「そうですね、父さん。ここ最近は、米作りの方に掛かりっきりでしたから……」

 

 目玉おやじとゲゲゲの鬼太郎。

 二人は人気のない公園の休憩所・東屋で雨宿りしながら東京の空を見つめていた。

 

 もう一ヶ月以上、東京の上空を覆い尽くしている雨雲。

 鬼太郎たちは日本の首都が止むことのない雨風に晒され続けるという深刻な事態に、最近になってようやく危機感を抱き始めていた。

 

 というのもここ最近、鬼太郎を含めたゲゲゲの森の仲間たちのほとんどは、他県での米作りに関わっており、この地を留守にすることが多かったからだ。

 勿論、定期的にゲゲゲの森には帰ってはいたし、妖怪ポストに送られてきた手紙の依頼に応えたりと。全ての時間を米作りに費やしていたわけではない。

 

 ただ、家に戻ってくるときは田んぼ仕事で疲れ切った後であることが多く。

 あまり頭が回らない状態でもあったため、東京の空を眺めていても漠然と『なんとなく雨が多いな……』くらいの感想しかなかったのだ。

 

「これが妖怪の仕業でないことは調べが付いておるしのう……」

「ええ、それは間違いないと思うんですが……」

 

 とはいえ、決して何もしていなかったわけではない。

 雨が中々止まないという件について、実のところ妖怪ポストに何通かの手紙が送られてきた。人間たちの間でも、この異常気象が『妖怪のせいでは?』と疑いを持つものが出始めたのだ。

 だからこそ、鬼太郎たちは早い段階でこの天候の原因が妖怪にあるのかどうか、かなり念入りに調査した。

 

 そうして、調べた結果。

 少なくとも、鬼太郎たちが分かる範囲でこれは『妖怪の仕業ではない』という結論が出た。

 

 妖怪が関わっていないのであれば、この空もいつかは晴れるだろうと。

 鬼太郎も気を緩め、自然とそのときが来るのを待ちながら他県での米作りに勤しんでいたわけなのだが——。

 

「しかし、ただの雨にしては……あまりにも長過ぎる……」

 

 だがいつまで経っても雨は止む気配を見せず、これに目玉おやじも流石におかしいと感じ始めた。

 幸い、米作りが終わって手が空いたこともあり、もう一度本格的にこの天候について調べることにしたのである。

 

「ですが父さん、これ以上は……調べようが……」

 

 しかし一度は鬼太郎たちですら、妖怪の仕業ではないと結論付けたことだ。

 鯨の骸骨の妖怪・化鯨が海で暴れ回っているという話を聞いたことで、もしやと思い鎮めにも行ったりしたが、かの妖怪が影響を及ぼしていたのはあくまで『海』だけであり、『空』に関してはなんら関わり合いを持っていなかった。

 

 これ以上は鬼太郎たちも調べようがなく、正直言って手詰まり。

 何の方策も立てられないでいた。

 

 

 

「鬼太郎っ!! ちょっと、これ見てよ!!」

「どうかしたのか、猫娘?」

 

 そんなときだった。雨の中、猫娘が鬼太郎の元へと小走りで駆け寄ってくる。彼女は鬼太郎にとある動画を見るよう、自身のスマホを差し出してきた。

 

「ん……? これは……」

 

 一緒にスマホを覗き込んだ目玉おやじが怪訝そうな表情になっていく。

 

 その映像には一人の『少女』が映し出されていた。

 解像度が低いのか、少女の詳しい容姿などは判別出来なかったが、背丈から見て中学生〜高校生といったところか。

 彼女は止むことのない雨空に向かい、目を瞑りながら両手を組んで祈っていた。

 一心に祈るその姿は、それだけで一枚の絵画の題材になれそうな神秘性を感じさせた。

 

 そんな少女の祈りをまるで天が聞き入れるかのよう、次の瞬間——空が晴れた。

 空一面を覆い尽くしていた雨雲が、少女がいたその場所だけがパックリと割れたのである。

 

 割れた雲の隙間から、温かな陽射しが差し込んでいる。

 それは雨しか降らない筈の今の東京の街に、確かに晴れという時間が訪れた瞬間だった。

 

「ネットで少し前から噂になってたのよ。雨が止まないこの東京に……100%の晴れを届けてくれるっていう『晴れ女』の都市伝説が……」

「晴れ女? 天気を届けるっていうのは……?」

 

 猫娘曰く。その映像の少女は雨しか降らなくなったこの東京の空を、唯一晴れにすることの出来る力を持った『100%の晴れ女』として人々の間で噂になっているというのだ。

 

「これよ、これ!! このサイトの晴れ女っていうのが、この子のことらしいのよ!!」

 

 その噂の出所として、猫娘はさらにとあるWEBサイトを鬼太郎に見せる。

 

 そのサイトには、デカデカと太陽の絵が描かれており、さらにデカデカとカラフルな文字で『お天気お届けします!』などという宣伝文句が書かれていた。

 どうやら、晴れを届けることを対価にしてお金をもらっているらしい。一回につき三千四百円とあるが、これが安いのか高いのかは微妙なところ。

 どことなく胡散臭さが漂う商売ではあるが——そのサイトに対する評価コメントなどを見る限り、それがただの詐欺の類でないことだけは伝わってくる。

 

『晴れました、お見事です!!」

『晴れ女やばすぎ!! これで三千四百円は安すぎます!!」

『最高!! 久しぶりに太陽を拝んだよ!!』

『はれおんなさん、きてくれてありがとう!!」

 

 それらのコメントは、実際に晴れ女の力で晴天を届けてもらった人々の声だ。

 ネットの声ということもあり真偽のほどは定かではないが、少なくともそれらのコメントからは晴れ女への明確な感謝の気持ちが伝わってくる。

 

「今はもうやってないみたいね。試しに依頼を出してみたけど、返信がなかったわ……」

 

 猫娘の方でも、その晴れ女とやらに話を聞けないかとWEBサイトを通じてコンタクトを取ろうとしたらしいが、反応がなかったとのこと。

 どうやら今はもう、晴れ女としての仕事の依頼を受けてはいないようだ。

 

「晴れ女……雨しか降らなくなった東京の空を晴らすことの出来る子か……」

「う〜む、もしかしたら……この子なら何か知っているかもしれんな……」

 

 猫娘が持ってきた晴れ女の情報に、鬼太郎と目玉おやじも興味を示した。

 仮に、少女がどのようにして空を晴らしているのかが分かれば、この雨を止める方法を知ることが出来るかもしれない。

 

「みんなで手分けしてこの子を探してみよう。猫娘は、砂かけババアたちにこのことを……」

 

 さっそく晴れ女捜索のため、鬼太郎は他の仲間たちにも協力を仰ごうとする——。

 

 

「——へぇ〜……そいつは……良いことを聞いて……」

「——!!」

 

 

 一瞬、何者かの声が聞こえた鬼太郎が勢いよくその場を振り返る。心なしか、妖怪アンテナにも僅かに妖気の気配があった。

 

「……? どうした、鬼太郎よ?」

「……何かあったの?」

 

 しかし、目玉おやじや猫娘には何も聞こえなかったのか。突然振り返った鬼太郎に不思議そうに首を傾げている。

 

「…………いや、なんでもないよ……」

 

 二人が何も気づかなかったのならば、きっと自分の勘違いだろうと。

 実際、既に何の気配もなかったため、鬼太郎は先ほどのが自分の気のせいだと。

 

 

 とりあえず——『100%の晴れ女』の行方を探すことに意識を向けていくのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「……なあ、本当に大丈夫なのか……こいつら?」

「ま、まあ……直してくれるっていうなら……そうしてもらうしかないしな……」

 

 とある施設にて、それぞれ不安そうに顔を見合わせる人間たち。

 

『修復作業、進捗六十五%』

『残リ四十五分デ全テノ作業ガ完了シマス』

 

 彼らの視線の先では、等身大の人型ロボット——機巧兵と呼ばれたカラクリ人形たちが壊れた壁を修復する作業に従事していた。

 

 そこは少年鑑別所と呼ばれる施設。カラクリ人形たちの様子を不安そうに伺っているのは施設で働く職員たちや、通報を受けて駆けつけてきた警察官たちである。

 

 当初、突然起きた『爆発』に施設の職員たちの脳裏に『襲撃』という言葉が過った。

 ここで預かっている未成年者たちは、いずれも何かしらの罪を犯したものたちだ。あり得ないとも思ったが、収容された少年少女を解放しようと、何者かが過激なテロ行為に及んだのではと——そんな突拍子のない考えが一瞬だが浮かび上がってしまった。

 

 ところが実際は——それよりもっと信じ難い話。

 カラクリ仕掛けのロボットが、誤作動を起こして建物を壊してしまったんだとか。

 

 全くもって傍迷惑な話ではあったが、機巧兵とやらのあまりの精巧さ、頑強さを前に被害を受けた筈の人間たちはあまり強気な態度を取れず。

 おまけに、その機巧兵たちを束ねる立場——ココロワヒメと名乗った自称神様の少女は、自分たちの非を認め、壊してしまった建物の修理をカラクリ人形たちに命じたのだ。

 建物さえ直してくれるならと、人間たちも彼らの修復作業をハラハラしながらも静かに見届けるしかないでいた。

 

「そういえば……天気の巫女を贄にとか、なんか物騒なこと言ってたけど……?」

「さあ……というか、神様って…………本気?」

 

 ちなみに、ココロワヒメ自身は既にこの場から立ち去っている。

 なんでも『天気の巫女』とやらを探しているらしく、これ以上はここに留まっていても仕方がないと他所へ移動したようだ。

 人々は彼女の目的——天気の巫女を『贄に捧げる』という言葉に物騒なものを感じつつ、それがどこまで本気かどうか判断が付かないでいた。

 

 

 

「帆高。お前はここで大人しくしてろ……」

「でも、須賀さんっ……」

 

 ところが、森嶋帆高と須賀圭介。

 声を潜ませながら会話するこの二人だけが、ココロワヒメと名乗った少女の目的が世迷言でも、狂言でもないことを察していた。

 

「天気の巫女は陽菜さんなんです!! このままだと、陽菜さんが……」

 

 特に帆高はココロワヒメが口にした天気の巫女——それが間違いなく天野陽菜であることを理解してしまっている。

 

 

 本来なら、この東京の空を晴らすための『人柱』となっていた彼女を、彼岸から無理に連れ出したのが帆高なのだ。

 そのせいで東京は止むことのない雨風に晒され続けることになってしまったが、陽菜さえ戻って来てくれればそれで良かったと彼は安堵していた。

 しかしそれを良しとせず、陽菜を贄に捧げてでもこの空を正常に戻さなければと——そのために送られてきた『刺客』が、きっとココロワヒメなのだろう。

 

 

「正直……俺はまだ天気の巫女の話を、完全に鵜呑みにしてるわけじゃねぇんだがな……」

 

 一方で、須賀の方は未だに今の状況や、天気の巫女の話を完全には受け入れられないでいる。

 妖怪なんてものが半ば日常化している今の世の中においても、神様なんて存在を直接目にする機会などほとんどない。

 確かにどこか尋常ならざる雰囲気を纏ってはいたが、ココロワヒメとやらが本物の神様かどうかなど、須賀に判別出来るわけもない。

 

 また天気の巫女に関してだが、須賀は晴れ女のことを一度は『オカルト雑誌』の記事にしようと取材したことがあった。

 というのも、彼の会社『K&Aプランニング』は小さな編集プロダクションをしており、須賀はライターという仕事柄、都市伝説といったものを追いかけることがままあるのだ。

 しかし長年、商売として眉唾なオカルトに関わってきたせいか。実物の妖怪などを目の当たりにするならともかく、噂や伝承だけで天気の巫女の存在が本当のことなどと、それを頭から信じることが出来ないでいたのだ。

 

「陽菜ちゃんには、俺から伝える……」

 

 だが、その全てを信じているわけでなくとも——天気の巫女とされている天野陽菜に何かしらの危機が迫っていることは、須賀にも察することが出来た。

 その危機を一刻も早く彼女に伝えるべく、須賀は急いで施設を後にしようとする。

 

「いいか、お前は大人しくしてるんだぞ!? これ以上下手なことしたら……今度こそ、少年院に放り込まれちまうかもしれねぇからな!!」

 

 その際、須賀は帆高にここで大人しくしているようにと念を押した。

 

 帆高は陽菜のため、一度は警察署から脱走までしている。

 今更そのことを責めるつもりはないが、今度という今度は大人しくしていなければ。せっかく実家での保護観察処分という寛大な処分で収まったのに、それが台無しになってしまうと。

 

 須賀圭介は一人の大人として、森嶋帆高という少年の将来を案じていた。

 

 

 

「——夏美、俺だ!! お前、今どこにいる!?」

『——な、なに? いきなりどうしたの、圭ちゃん!?』

 

 そうして少年鑑別所を後にした須賀は、雨の中を駆けずりながらスマホから電話を掛けていた。本当なら天野陽菜に直接電話をしたかったのだろうが、生憎と連絡先は知らなかったようで。

 代わりに須賀が連絡を取った相手は、須賀夏美(なつみ)という女性だった。

 

 苗字から分かるよう、夏美は須賀の親戚——彼の姪にあたる大学生の女性だ。

 須賀は、両親や兄といった家族とはあまり関係が上手くいっていないのだが、姪である夏美とは何かと馬が合うこともあり、アルバイトとして自身の会社で働いてもらったりもしていた。

 

『私、これから面接があるんだけど……!!』

 

 ただ今年で四年生ということもあり、現在の夏美は就職活動真っ只中だ。時期的にそろそろ内定の一つでもないと厳しいのだが、声音から察するになかなか苦戦しているようである。

 

「そんなの受けるだけ無駄だって!! この時期に警察の世話になるような学生をどこの企業が取ってくれるってんだよ!!」

『うぐっ……!』

 

 そんな夏美に、須賀は就職活動などやるだけ無駄だと言い切ってしまう。

 それというのも、夏美も帆高が警察から逃れる際に手を貸した一人であったからだ。就職活動というデリケートな時期に警察の厄介になったとあれば、企業側の心証が悪くなることは避けられない。

 実際にそういった空気を肌で感じているのか、夏美も返す言葉がない様子であった。

 

「心配すんなって!! もしものときはうちの会社でこき使ってやっから!!」

 

 ただ、それについては心配いらないと。

 須賀は就職活動が上手くいかなければ、夏美を自分の会社で正式に雇うと断言する。

 

 夏美は須賀の会社で経理を仕切ったり、取材や執筆などの仕事をこなしたりと。

 寧ろ、何故今までアルバイトだったのかというほどの仕事ぶり。須賀としても、夏美という人材を手放すのは惜しいと思っているのだろう。

 

「それよりもだ……お前、天野陽菜と連絡は取れるか!?」

『えっ……はっ……? 陽菜ちゃんと? いや……あの子、スマホ持ってないから……』

 

 それはそれとして、須賀は改めて夏美から陽菜に直接連絡を取れないかと問いただす。夏美も陽菜とは面識があり、年が近いということもあり、それなりに親しそうであった。

 ところが陽菜はスマホを所持していないとかで、夏美にも連絡先が分からないとのことだ。

 

「なら、直接家に行くしかねぇな……夏美も、俺よりも先に行けるようなら事情を……!!」

 

 電話が無理なら直接家に行くしかない。

 須賀は夏美の方が陽菜たちの家に近いことを考え、彼女に迫っているであろう危機について電話越しにでも伝えようとし——。

 

 

「——天野陽菜。なるほど……それが天気の巫女の名ということですね」

「——っ!?」

 

 

 瞬間、電話に夢中だった須賀の意識が耳に響いてきた肉声へと向けられる。

 雨の中、須賀が足を止めて恐る恐る声の聞こえてきた方へと振り返ると——そこに例の機巧兵と、その肩に座る少女・ココロワヒメの姿があった。

 

 ——な、なんで……こんなところにっ!?

 

 須賀は既にどこかへ立ち去ったと思っていた相手が、まるで自分の後を付けてきたかのよう現れたことに驚愕するしかなかった。

 実際、ココロワヒメが須賀の前に現れたのは偶然ではなく。

 

「私が名乗ったときの貴方と、あの少年の反応が気になって網を張っていたのですが……よもや、天気の巫女と直接関わり合いがあったとは……なるほど、機巧兵のセンサーが誤作動を起こしたわけではなかったようですわね……」

 

 ココロワヒメは人間たち相手に自身の身分と、その目的を堂々と正面から明かした。

 大半の人間はその発言に疑問符を浮かべるばかりだったが、帆高と須賀だけは彼女の言葉の意味を察してしまい、それを顔に出してしまっていたようで。

 

 そういった表情の変化を——ココロワヒメは見逃さなかった。

 

『——天気の巫女は陽菜さんなんです!! このままだと、陽菜さんが……』

「っ!?」

「機巧兵に追加で搭載した集音機能が、このような形で役に立つとは思ってもみませんでしたが……」

 

 故にココロワヒメ自身、何も気付かなかった体で大人しく立ち去りながらも、建物の修理で現場に残っていた機巧兵たちに、聞き耳を立てるよう命じていたらしい。

 集音機能——帆高と須賀の会話音を拾い上げたのだろう。お見通しだとばかりに、録音したそれを須賀の前で再生してみせる。

 

 ——しまった!! ガキだと思って油断してっ……!?

 

 ココロワヒメの読みの深さに、須賀は己の迂闊さを嘆く。彼はココロワヒメの華奢な見た目から、彼女がただの少女だと完全に油断していたのだ。

 だが、見た目が少女のように見えていても——ココロワヒメは確かに『神』を名乗るだけの知謀、思慮の深さを備えていた。

 

「あの少年に直接問いただすことも考えましたが……子供相手に、それも大人気ないと思いましたので……」

 

 ただ未成年である帆高への配慮が垣間見えるところから、神とはいえ人並みの情があるのだろう。その甘さが、大人である自分にも向けられることを期待する須賀であったが——。

 

「——なので、代わりに貴方から問いただすとしましょう。人の子よ……貴方が知っていること、全て話して頂きますよ?」

 

 しかしそのような甘さを切り捨てるかのよう、ココロワヒメは剣呑な空気を醸し出しながら、指揮者のように手を振って機巧兵に指示を下す。

 

『了解、対象ヲ拘束シマス』

『目標ヲ拘束後、速ヤカ二尋問ヘト移行シマス』

 

 ココロワヒメの命を受け、血の通わぬ冷徹な戦闘マシーンが須賀へと迫っていく。

 

 

 

「…………」

『圭ちゃん!? 聞こえてる!? 何があったのよ……圭ちゃん!?』

 

 急に黙り込んだ須賀に、電話の向こう側で夏美が何事かと声を荒げていた。

 そんな夏美に対し、須賀に長々と状況を説明する余裕などあるわけもなく。

 

「悪いな……夏美……」

 

 手短に、簡潔に——姪である彼女に後のことを託していく。

 

「——陽菜ちゃんのこと、頼んだぞ……」

『——圭ちゃん? 圭ちゃん……!?』

 

 それっきり、通話は途切れた。

 そのスマホを通じて、須賀圭介の声が夏美の耳に届くことはなかったのであった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 一方その頃、少年鑑別所に取り残されることになった帆高はずっと思案に耽っていた。

 

 ——須賀さんは……ああ言ってくれたけど……。

 

 ——やっぱり……俺は陽菜さんが心配だな……。

 

 彼は須賀の言葉を冷静に受け止めた上で、それでも陽菜への心配が絶えず悶々としていた。

 

 一度は保身のため、帆高のことを突き放した須賀圭介だったが、先ほどの彼からは帆高のことを真摯に心配する『大人』としての責任感が滲み出ていた。

 今の彼ならば信用に値すると、彼に任せてしまうことが『子供』である帆高のすべきことなのだろうが——。

 

 ——守り切れるのか……? 

 

 ——神様……あんな、ロボットみたいな奴らから、陽菜さんを……?

 

 真偽はともかくとして、相手は神様を名乗る少女。しかも爆弾などを内蔵した物騒な戦闘ロボットを何体も従えているような相手だ。

 そんな連中相手に須賀一人では心もとない。もしも、陽菜を守り切れずに彼女が『贄として捧げられる』ようなことになれば——。

 

 ——陽菜さんが……消えるっ!?

 

 この地上から、天野陽菜は消えていなくなる。

 その代わりに空は晴れを取り戻すだろうが——そんなこと、帆高にはどうでも良かった。

 

 それどころか、帆高は『空が晴れてしまったらどうしよう』などと考えている。

 今の彼にとって空が晴れることは、大切な人がこの世から消えてしまうことと同義なのだ。

 

「——っ!!」

 

 気が付けば、森嶋帆高は走り出していた。

 

「あっ!? ちょっと……きみ!?」

「おい!! 誰かそいつを捕まえろ!!」

 

 突然駆け出した帆高に少年鑑別所の職員や、通報で駆け付けていた警察官たちが制止の言葉を投げ掛ける。

 しかし彼らの注意が機巧兵に向けられていたためか、咄嗟の対応に遅れが出てしまう。

 

「今なら……あそこからっ!!」

 

 そんな大人たちを尻目に帆高が走って向かうのは、機巧兵たちが壊してしまった建物の穴だ。

 流石に通常の出入り口からの脱走などは出来ないが、あそこからなら施設の外まで行ける筈だと脇目もふらずに走り抜けた。

 

『彼岸ヲ渡ッタ少年……』

『姫様カラハ手ヲ出スナトイウ命ガ……』

 

 建物の修復作業に従事していた機巧兵たちは、向かってくる帆高に対して何事かを呟いている。

 

 帆高は知らなかっただろうが、機巧兵はココロワヒメから帆高——『天気の巫女ではない少年には手を出さないように』という命令を受けていた。

 彼には彼岸から天気の巫女を連れ出した疑いこそあったものの、天気の巫女そのものでない以上、捕まえたところで意味はないと。

 

 ココロワヒメなりの気遣い、彼を巻き込まないようという配慮がそこにあったわけだが——。

 

「よし……抜けた!!」

 

 幸か不幸か、その配慮のおかげで機巧兵たちも帆高を素通りさせ、彼は施設からの脱走を成功させてしまった。

 少年鑑別所からの脱走など、大問題になることは間違いない。保護観察処分という寛大な処分が、より重いものになるのは明白だ。

 

「陽菜さん……!!」

 

 しかしそんな自身の進退すらも、帆高にとってはどうでもいいことだった。

 

 たとえ、自分が重い罪で罰せられることになっても。

 たとえ、駆けつけたところで大したことが出来なかったとしても。

 

 ただ黙って待っていることなどできない。

 自身の人生、その全てを投げ打ってでも——彼には守りたい人がいる。

 

 その人のために、今はがむしゃらに走るだけ。

 森嶋帆高は天野陽菜のため、今一度騒動の真っ只中へと飛び込んでいく。

 

 

 

×

 

 

 

「こちら高井。今のところ、目標に不審な動きは確認出来ず……」

『了解。引き続き監視を続けてください』

 

 雨が降り続ける街中。車中から外の様子を覗き込みながら、リーゼントヘアの刑事・高井は無線で連絡を取り合っていた。

 無線の相手は、緊急で設けられた対策本部だ。何に対する対策なのか、それは彼らが尾行する相手を見れば分かることだった。

 

「安井さん……連中、いったい何が目的なんでしょうか?」

「分からん、分からんが……油断はするなよ、高井……」

 

 高井と共に『対象』を監視することになったベテラン刑事・安井は、対象の目的が未だに判明していないことに嫌な予感を抱いていた。

 ただでさえ、彼らの監視対象は『人間』ではない。それどころか、生物ですらない。表情から何を考えているのかなど、感情を読み取ることすら困難を極める。

 

『…………』

 

 そう、彼らの監視対象は機械仕掛けのカラクリ人形。ココロワヒメが引き連れていた機巧兵、そのうちの一体である。

 

 

 ココロワヒメと共に少年鑑別所に現れた機巧兵たちだが、あれらは全体の一部に過ぎない。

 機巧兵たちはココロワヒメの命令で、東京のあちこちに散らばっているのだ。

 

 彼らのような存在は当然人目を引く。彼らが何者なのかと、不信感を抱いた人々が警察に通報。

 それにより、警察は機巧兵たちが何を目的に街中を歩き回っているのか。遠巻きに彼らを監視することにしたのである。

 

 あくまでも監視に留まっていたのは、こちらから仕掛けない限りは機巧兵たちも大人しくしているからだ。

 逆に、その活動を邪魔しようとすると反撃してくるという報告も上がっているため、警察としても下手に動くことが出来ないでいたのである。

 

 

「ん? おっと……すいません、ちょっと電話が……もしもし?」

 

 そうして、機巧兵の一体を監視することになった高井と安井のコンビだったわけだが、その最中に高井のスマホが着信音を響かせる。

 無線ではなく携帯に電話がくるということは別件だろうと、高井は安井に断りを入れながら電話に出た。

 

『高井さん……今ちょっといいですか?』

「別に構わないが、張り込み中だから手短にな」

 

 電話の相手は同僚の刑事からだった。張り込み中ということもあり、高井は手短に要件だけを伝えるように言うのだが。

 

『実は例の少年……森嶋帆高くんなのですが……』

「……あのガキがどうしたって?」

 

 同僚の口から帆高の名前が出たことで、高井は一気に不機嫌になる。

 安井と帆高について色々と話をした後でも、やはり彼に関しては手を焼かされた記憶がほとんどで、思い出しただけでも苛立ちが募ってくる。

 

『先ほど施設から連絡がありまして……どうやら、彼……少年鑑別所から脱走したらしく……』

「…………はぁあああ!? またかよ!? いったい、何やってんだ、あのガキはっ!?」

 

 おまけに話の内容というのが、森嶋帆高が施設から脱走したという報告でもあったため、高井の中から再び彼への憤りが湧き上がってくる。

 

『それとですね……少年鑑別所の方にも、例のロボットみたいな奴らが現れたらしくて……』

「……なんだって……?」

 

 ただ帆高が収容されていた少年鑑別所に、まさに例のカラクリ人形たちが姿を現したともいうのだ。

 これに眉を顰める高井。しかしこの時点においては、高井も『帆高の脱走』と『カラクリ人形たちの出現』、この二つに因果関係があるなどとは夢にも思わない。

 

 

『——こちら本部。現場の各捜査員に通達する』

「——!!」

 

 

 そんなときだ、事態が動き出したのは。

 無線を通して対策本部から、現場の捜査員に対して重要な連絡事項が送られてきたのだ。

 

『——現在、東京中を騒がせているロボットたちを、今後は機巧兵と呼称する』

 

『——機巧兵は、ココロワヒメと名乗った自称・神様の少女によって統率されているとのこと』

 

「……機巧兵? それに神様って……いよいよもってファンタジーだな……」

 

 無線から流れてその内容に、数々の修羅場を潜り抜けてきた筈の安井が乾いた笑みを浮かべる。

 妖怪なんてものが現れるだけでも、十分現実離れしているというのに、そこへさらに神様なんてものまで出張ってくるようになったのだ。

 こんなものファンタジーだと、現実逃避したくなるのも無理はないだろう。

 

 

『尚、ココロワヒメと名乗った少女は、天気の巫女なる人物を捜索しているとのことで——』

「……っ!!』

 

 

 だが続けて開示された情報に、安井の口元から笑みが消える。

 

「安井さん!! 天気の巫女って……まさかっ!?」

 

 電話で帆高の件に耳を傾けていた高井も、無線から聞こえてくる内容の方に意識を向ける。

 

 天気の巫女——つい数時間ほど前に『彼女』の件を話題にしていた二人には、それが誰のことを指しているのか、心当たりがあったからだ。

 仮にも神様なんて存在までもが、天気の巫女なる人物を本気で探しているならば。

 

 その目的は——。

 

「!? 見ろ、高井……!!」

 

 と、嫌な予感を覚えた安井たちの不安をさらに煽るかのよう、目の前の状況にも変化が生じ始める。

 

『————!!』

 

 高井たちの監視対象、先ほどまであてもなく街中を彷徨っているだけだった機巧兵が慌ただしく動き出した。

 もしかしたら、天気の巫女たる人物の情報を掴んだのかもしれない。目的に向かって真っ直ぐ突き進もうとする意図が、その動きから感じ取れる。

 

 

 

「安井さん……」

「ああ、どうやらそのときが来ちまったらしい……」

 

 刻一刻と変化していく現状に、高井と安井の二人の表情が強張ったものへと変わっていく。

 

 つい少し前に、冗談交じりで話していた内容が現実のものとなりかけている。

 きっと神様とやらは、この空を晴らすために天気の巫女を贄に——『人身御供』にすべく動き出したのだろう。

 

 非情な決断かもしれないが、それもまた世界全体のためを思えばこそだ。

 まさに神様らしい視点、考えに則った動きだと言えよう。

 

 なればそれに対し、自分たち『警察官』は何をすべきか。

 本来なら迷う場面だったかも知れないが、仮とはいえ『そうなったとき』にどうすべきかという話は、安井と高井の間では既に結論が出ていた。

 彼らは自らの責務を果たすためにも、現状の装備を確認しながら——。

 

 

「——高井、あの子の……天野陽菜ちゃんの住所、覚えてるよな?」 

 

 

 安井は天気の巫女に該当するであろう少女——天野陽菜の所在地について尋ねていた。

 

 

 

×

 

 

 

「——陽菜ちゃん!! 無事っ!?」

「——な、夏美さん!? どうしたんですか……そんな血相変えて……」

 

 年季の入った小さなアパート。

 そのアパートの二階に住んでいる天野陽菜は、突然訪ねてきた来客——須賀夏美を前に目を丸くしていた。

 

 中学生である陽菜から見て、大学生である須賀夏美はとても素敵な女性だった。

 美人で仕事ができ、誰に対しても気さくで明るい人柄。自分の年齢を大学生と誤魔化して背伸びをしていた陽菜は、まさに夏美のような大人な女性になれたらと思っていたかもしれない。

 

「はぁはぁ……」

 

 そんな彼女が、雨でびしょ濡れになるのも構わず走って来たのか。息を切らしながら自分の元を訪れてきたことに、陽菜は驚きを隠せないでいる。

 いったい、何が彼女をここまで焦らせているのだろう。

 

「こ、これで体拭いてください!! 風邪引いちゃいますから!!」

 

 疑問に思った陽菜ではあったが、夏美の体調を気遣いまずはタオルを差し出す。

 

「はぁはぁ……あ、ありがとう……あれ、凪くんは?」

 

 夏美は呼吸を整えながらタオルを受け取るも、ふと陽菜の弟である天野凪の姿が見えないことに気づく。

 

「凪なら買い物に……あの、何かあったんですか……?」

 

 陽菜は凪が買い物で不在であることを告げる。

 元より姉弟だけの二人暮らしだ。先の事件で危うく施設送りになるかと思ったが、また以前のような暮らしが許されたことは陽菜にとっても喜ばしい。

 

 

 ただ、出来ることならそこに彼が、帆高がいてくれればと思ってしまう。

 しかし彼は保護観察処分ということで、実家のある離島に戻された。今頃は本土からも離れているだろうと——彼が今どこにいるかを知らされていない陽菜は、ついついそのようなことを考えてしまう。

 

 

「それが……実のところ、私にも詳しいことは分からないのよ……」

 

 肝心な陽菜の疑問に対してだが、夏美も曖昧な返答をする。実のところ彼女にも何が起こっているか、詳しいことは何も分かっていない。

 

「圭ちゃんが……陽菜ちゃんのことを頼むって……それっきり、連絡が取れなくなって……」

 

 ただ彼女の叔父である須賀圭介は、天野陽菜に何かしらの危機が迫っているようなことを電話越しで伝えようとしていた。

 残念ながら、その内容を聞く前に通話が途切れてしまった。彼の身に何が起きたかも不明。今はただ彼が無事であることを祈るばかりであったが。

 

「もしかしたら……もしかしたらだけど……陽菜ちゃんを、その……天気の巫女として、狙ってる人がいるんじゃないかって……」

「…………」

 

 実のところ、心当たりはあった。

 夏美は陽菜が『何者かに狙われる理由』として——彼女が『天気の巫女』であることを理由として告げたのである。

 これには当の本人も顔を俯かせながら、どこか納得したような表情で黙り込むしかなかった。

 

 

 天野陽菜が天気の巫女であることは、陽菜自身も夏美も既知のことだ。

 そもそも、天野陽菜が伝承における『天気の巫女』であるという話は、夏美が陽菜に教えたことだった。

 

 夏美がアルバイトとして須賀圭介の事務所で働いていた際、雑誌記事の取材として『100%の晴れ女』の都市伝説を調べていたことがあった。

 その際、彼女はとある神社の神主から——天気の巫女にまつわる伝承を聞かされたのだ。

 神主曰く、天気の巫女とは『天と人とを結ぶ糸』『人の切なる願いを受け止め、空に届けることができる人間』だというのだ。

 

 その話を聞き、晴れ女の力を直接目の当たりにしたことで、夏美はまさに陽菜こそがその伝承にある天気の巫女であると確信した。

 そして、その伝承の内容を陽菜に語った——語ってしまったのだ。

 

 

「……夏美さんは……この空が、晴れて欲しいと……思いますか?」

 

 だからこそ、陽菜は自分の力でこの空を晴らすため、天気の巫女としての力を——責務を果たすべきかと夏美に問いを投げ掛けていた。

 

「馬鹿なこと言わないでよ!! そんなことをしたら……陽菜ちゃんがっ!!」

 

 しかし陽菜の言葉を熟考する間もなく、夏美は天気の巫女の力を行使させることを真っ向から否定する。

 

 

 神主から天気の巫女にまつわる話を聞いていたからこそ、夏美は彼女たちが辿ることになる『悲しい結末』についても知っていた。

 天気の巫女と呼ばれるものたちは、それまでの歴史の中に幾人もいた。

 彼女たちは天気を晴れにするためにその力を振るうが——その果てに待っているのは、自身の『消滅』だ。

 

 そう、空を正常へと戻すことと引き換えにその身を天に捧げる。

 それが天気の巫女の運命、彼女たちに訪れる悲しい結末なのである。

 

 この空が晴れることを望むということは、今代の巫女である天野陽菜が犠牲になることを肯定することでもある。

 故に夏美は陽菜を贄になどさせないと、心底から彼女の身を案じて叫ぶのであった。

 

 

「夏美さん……」

 

 夏美の言葉に陽菜は目に涙を溜める。

 彼女は自分が天気の巫女であると分かった上で、そう言った言葉を投げ掛けてくれる人が帆高以外にもいたことが嬉しくて涙を流す。

 

 帆高も、陽菜が犠牲になることを良しとせず、彼女を『彼岸』から連れ戻してくれた。

 しかし、そのせいで東京は止むことのない雨風に晒されるようになってしまったと、そのことが天野陽菜の中で罪悪感として残っていたのだ。

 もしも今からでも、自分が犠牲になることで空が元に戻るのなら——そういった考えが、陽菜の中には常に存在している。

 

「大丈夫だから!! 陽菜ちゃんのことは、私が守って……っ!!」

 

 そんな陽菜の気持ちを察してか、少しでもその罪悪感を和らげようと夏美は力強い言葉を投げ掛けようとするが。

 

 

 ピンポーン、と。

 そのタイミングで彼女たちのアパートに訪問客を告げる、インターホンが鳴り響く。

 

 

「だ、誰だろう……もしかして、須賀さんかな?」

「待って、陽菜ちゃん……私が確認するから……」

 

 このタイミングでの訪問客に、もしかしたら連絡が取れなくなった須賀かなと、陽菜が玄関に出ようとする。

 しかし夏美は陽菜を庇うよう、まずは自分が確認すると。玄関扉の覗き穴から、扉の向こう側に立つ相手が誰なのかを確かめる。

 

 

「——留守でしょうか、父さん?」

「——う〜む……人の気配はあるんじゃがのう……」

 

 

「ま、まさか……!!」

 

 瞬間、玄関先の人物が何者かを理解した夏美は静かに息を呑む。

 

 扉の向こう側に立っていたのは——黄色と黒のちゃんちゃんこに、下駄という時代錯誤な格好をした少年。

 取材を通じて都市伝説を調べ回ることが多い夏美は、一目でそれが噂の妖怪少年——ゲゲゲの鬼太郎であると悟った。彼の頭にちょこんと乗っているのは、彼の父親・目玉おやじだろう。

 

「どうかしましたか、夏美さん?」

 

 夏美の顔色の変化に、誰が来たかを知らない陽菜は不思議そうに首を傾げる。

 一方で、夏美はまるでこの世の終わりのような絶望的な表情で、その脳内に最悪の事態を想定していた。

 

 

 ——まさか……鬼太郎くんがっ!! 陽菜ちゃんを狙ってっ!?

 

 

 それは大いに誤解の伴った結論であったが、夏美がそのように考えてしまうのも無理からぬことであった。

 

 夏美は須賀圭介から『陽菜を頼む』とだけ言われた。

 焦ったような彼の声音から、『何か』から陽菜を守れといったニュアンスこそ伝わりはしたが、いったいどのようなものから彼女を守ればいいかまでは分からない。

 夏美は、まだ機巧兵の存在を知らないわけなのだから——そこで陽菜を付け狙う相手が『妖怪』であり、それが『ゲゲゲの鬼太郎』だと誤解してしまっても仕方がなかったのだ。

 

 ——けど、鬼太郎くんは人間の味方だって話で……。

 

 ——いや……この空を晴らしてくれって、誰かから依頼を受けたのかもっ!?

 

 ——この国を救うためならって……陽菜ちゃんを切り捨てるかもしれない!?

 

 普段であれば、もっと冷静に様々な可能性を考えることができたかもしれない。

 だが今の夏美は、実の叔父である圭介からの連絡が途絶えてしまった事実に内心ショックを受けており、どうしてもネガティブなことばかり考えてしまう。

 

「——すみません!! こちらは晴れ女……天野陽菜さんのお宅で間違いありませんか?」

「——っ!!」

 

 夏美がどうしようかと迷っていると、扉の向こう側から鬼太郎は中にいるであろう住人への呼び掛けを始めた。

 鬼太郎の立場からすると、ここが本当に『天野陽菜の家かどうか?』を確かめたかっただけ。

 しかし鬼太郎が『晴れ女』のことを知っていたこともあり、夏美にはそれが鬼太郎からの『隠れても無駄だ』といった類の脅しに聞こえてしまっていた。

 

「こ、子供……? 夏美さん……出た方がいいんじゃ?」

 

 陽菜はその呼び掛けから訪問客が少年であることを知り、とりあえず扉を開けるべきではと夏美にお伺いを立てる。

 

「駄目よ! 相手は妖怪のゲゲゲの鬼太郎……いったい何をされるか……」

「えっ……鬼太郎って、あの鬼太郎くんですか?」

 

 しかし、すっかり疑心暗鬼に陥ってしまった夏美は声を顰めながら扉を開けようとする陽菜を静止する。

 ここでようやく陽菜も訪ねてきた相手がゲゲゲの鬼太郎であることを知り、その顔に困惑の表情を浮かべていく。

 

 

 

「…………陽菜ちゃん。私が囮になるから、その間に……ここから逃げるの、出来る?」

「な、夏美さん!?」

 

 色々と悩んだ末、夏美は陽菜を鬼太郎の手から逃すための行動を取ることにした。

 彼女の中では、もはや鬼太郎が天気の巫女を狙いに来た『刺客』であることはほぼ確定事項となっている。

 夏美の突然の提案、覚悟が決まったその表情に陽菜はただただ戸惑うばかりだが。

 

「ここから無事逃げおおせたら、凪くんと合流して……とにかく東京から離れるの! これ、少ないけど持っていって……!!」

 

 ここで問答している時間すら惜しいと、夏美は自身の財布をそのまま逃走資金として陽菜に押し付け、凪と共に東京から逃げるようにと指示を出していく。

 

 

 今現在、雨雲に覆われ続けているのはあくまで東京都に限られている。

 他県にさえ逃げおおせれば、あるいは公的な機関に保護してもらえるかもしれない。

 

 それで絶対の安全が保証される訳ではないが、それでも東京に居続けるよりはマシだろう。

 少なくとも、東京都の人間でない限り——『天野陽菜が天気の巫女』であり、『彼女が人柱にならなければならない』などと、『その事実を大真面目に信じて実行に移そうなどと考える人間』、そうはいない筈なのだから。

 

 

「圭ちゃんも、帆高くんも……陽菜ちゃんを守るために頑張ったんだから、私も……お姉さんらしいところ見せなくっちゃ!!」

「夏美さん!! 待っ……!?」

 

 夏美は天野陽菜を守るために体を張った男性陣。帆高や須賀圭介のことを思いながら、自分も彼らのように体を張らなければと、覚悟を決めて玄関へと飛び出す。

 

「ええいっ!!」

「えっ……?」

 

 扉を開けてすぐに、夏美は玄関先で立ち尽くしていた鬼太郎の動きを封じるため、彼に覆いかぶさった。

 ただ夏美と鬼太郎の身長差からして、それは『大人なお姉さんが、いたいけな少年をぎゅっと抱きしめる』などといった構図になってしまうわけだが。

 

「はっ……? えっ、ええ……!?」

「うわっと!? なんじゃ、なんじゃ!?」

 

 これに思いっきり困惑したのが鬼太郎と目玉おやじである。

 

 聞き込みや砂かけババアのハッキング技術などから、天野陽菜の住所を割り出した彼らは、晴れ女である彼女に『どのようにして東京の空を晴らしているのか?』それを聞きに来ただけだ。

 この時点では鬼太郎も、天気の巫女の悲しい運命のことなど何も知らず。もとより、陽菜を人柱にしようなどと考えてもいなかった。

 

「早くっ!! 急いで、陽菜ちゃんっ!!」

「け、けど……夏美さんっ!!」

「??????」

 

 だからこそ、夏美と陽菜の二人がどうしてここまで悲壮感を漂わせ、自分から逃げようとしているのか、その理由が全く見当も付かず。

 さりとて夏美を振りほどくため、乱暴に力を振るうわけにもいかず。

 

「いいからっ!! 早くっ!!」

「夏美さん……っ!!」

 

 そうこうしている間にも、陽菜も覚悟が決まったのか。

 自分のために体を張ってくれる夏美に対する感謝や申し訳なさといった表情を浮かべながら、その場から全速力で駆け出していった。

 

 

 

「あっ!! ちょっと待ってください!! 話を……」

「行かせないっ!! 絶対に……行かせないからっ!!」

 

 そうして逃げていく陽菜に慌てて手を伸ばす鬼太郎であったが、依然として夏美に抱きつかれたままで身動きが取れない。

  

「父さん……これは、どうしたらいいんでしょうか?」

「う、ううむ……とりあえず、少し落ち着くまで待つしかなかろう……」

 

 事情を呑み込めないでいる鬼太郎たちは、とりあえず相手が大人しくなってくれるのを待つしかなく。

 気まずい雰囲気の中、ただただ玄関先で立ち尽くすしかなかったのである。

 




人物紹介

 須賀夏美
  須賀圭介の姪。叔父である圭介の元、アルバイトで働いている女子大生。
  圭介の会社では取材や執筆、経理までこなしている才女。
  所謂出来る女性なのに、何故だか就職活動は苦戦中。
  今作では亡き圭介に代わり、陽菜を鬼太郎の魔の手から守ろうと奮闘する。
  (ちなみに須賀圭介は死んでいませんのでそこはご安心下さい)

 
今作の勢力図
  話の構成を組み立てていくと、なんだか自然と群像劇みたいな形になりました。
  ちなみに今作では。

  1、東京の空を晴らすため、色々調べ回る鬼太郎たち。
  2、空を正常に戻すため、陽菜を贄に捧げようとするココロワヒメ。
  3、陽菜を逃がそうと奮闘する、帆高や圭介、夏美たち。
  4、警察官としての責務を果たそうとする、安井と高井。
  5、鬼太郎たちの会話を盗み聞きしていた、謎の妖怪。

  主にこういった勢力図が入り乱れることになりますので、よろしくお願いします。

 
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