まさかの『ぐだぐだ新選組ジ・エンド』でついに新選組が勢揃い!!
るろ剣の主人公、剣心のモデルである河上彦斎も女の子で実装!! でもうちのグランドアサシン候補はサンソンなの、ごめんね!!
『ハズビンホテルシーズン2』の配信がもう間もなく!!
新曲の『Gravity』が神曲過ぎて、日本語版で聴けるのがさらに楽しみになってきた!!
『デジモンタイムストレンジャー』がやりたい!! やりたいけど、プレイできる媒体を持ってないの!!
PS5も、Xboxも、Steamも持ってないの! Switch2ならあるのに!! Switch2ならあるのに!!
今回はかなりの難産でした。
群像劇みたいな感じで各キャラにスポットライトを当ててたら、文字数が増える増える!!
区切りのいいところまで書こうと、気づいたら過去最長クラスの長さになってしまいました。
急ぎ纏めたので、どこかミスがあるようなら教えて下さい……よろしくお願いします。
「はぁはぁ……夏美さん……どうか、無事でいて……」
雨の中、傘もささずに息を切らせながら東京の街中を走る少女——天野陽菜。
彼女は自分を逃すために体を張ってくれた女性、須賀夏美が無事であることをただただ祈るばかりであった。
「須賀さん……帆高も、私のせいで……私が、天気の巫女だから……」
夏美だけではない。陽菜は須賀圭介や、森嶋帆高といった自分のために身を挺した人々のことを思う度、胸の奥が締め付けられるような気持ちになる。
全ては自分が『天気の巫女』であるからと思うと、さらに罪悪感も募っていく。
陽菜は自分が天気の巫女であり、この東京の空を晴らすためには自分が『人身御供』にならなければならない、という事実を自覚していた。
実際、一度はその身を天に捧げたことで東京の空は快晴に包まれたのだ。世界のためを思うのであれば、自身が犠牲になる運命を受け入れることこそが、彼女の為すべきことなのだろうが——。
「嫌だ……消えたくないよ!! 帆高が……青空よりも私が良いって、言ってくれたんだもん!!」
しかし、もう無理だ。
一度はそれが世界のため、愛する人たちのためと。諦めるように全てを受け入れた陽菜だったが、今はもうそのように考えることが出来ない。
天気の巫女として空に捧げられた自分を、森嶋帆高は命懸けで迎えに来てくれた。
彼は東京の空が晴れるよりも、陽菜が良いと言ってくれた。消える筈だった陽菜の運命を真っ向から否定し、彼女に『自分のために願え』と言ってくれたのだ。
だからこそ、彼女は願った——『生きたい』と。
弟の凪や帆高たちと一緒に生きたいと。そう強く願ったからこそ、彼女はこうして人の世界へと戻って来れたのである。
「まずは、凪と合流しなきゃ……!!」
ならばこそ、今というこの瞬間を生きるためにも。夏美にも言われたとおり、まずはこの東京から離れなければならないと。
込み上げてくる涙を必死に堪えながら、陽菜は買い物に出掛けていた凪と合流すべく、馴染みのスーパーへと足を向けていく。
『——天野陽菜ヲ発見、コレヨリ確保ニ入リマス』
「——だ、誰!? えっ……? ろ、ロボット……?」
ところが、そこで陽菜は『それ』に——無骨な人型のロボットと出会してしまう。
夏美などは、ゲゲゲの鬼太郎が陽菜を付け狙う輩だと勘違いしていたようだったが、真に彼女を狙っていたのは彼ら——機巧兵である。
機巧兵はココロワヒメ——天上の神々の一柱、発明神たるココロワヒメの配下だ。
つまりは神様が——天の意思が陽菜が『贄になること』を望んでいるということだ。
「なっ……なにっ!? いったい、なんなの!?」
そのあたりの事情を、陽菜はまだ知らない。
知ったところで天気の巫女とはいえ、ただの少女に過ぎない陽菜に抗う術などある筈もなく。
『大人シク投降シテ下サイ、天気ノ巫女ヨ……』
電子音声を響かせながら、機巧兵は陽菜を連れ去ろうとその無機質な手を伸ばしてくる。
「——お嬢ちゃん!! そこを動くなよ!!」
「——えっ……?」
だが、そこへ何者かの叫び声が木霊する。
その声の主は、陽菜に動くなと警告を発する。言われるまでもなく、陽菜は突然のことで反応が出来ずにいたが。
そんな動けないでいる陽菜に向かって、一台の『自動車』が突っ込んでくる。
自動車はそのまま速度を緩めることなく、陽菜のすぐ目前まで迫っていた機巧兵を——跳ねた。
『————!!』
予想だにしていなかった方角からの衝撃に、機巧兵が勢いよく跳ね飛ばされていく。
勿論、跳ねた側もただでは済まず、正面衝突を果たした自動車はフロント部分が大きくひしゃげてしまっている。
「………………えっ? ぱ、パトカー……? って……警察!?」
突然のことで呆然としていた陽菜だったが、その自動車が特徴的な白黒のツートンカラー、つまりはパトカーであることに驚く。
「か、勘弁してくださいよ、警部!! いきなりアクセル踏み込むなんて……」
「悪かったよ。始末書は俺の方で出しとくから、勘弁しといてくれ……」
当然ながら、車の運転をしていたのは警察関係者である。
ハンドルを握っていた制服警官は、パトカーでの接触事故に青い顔になって隣の人物——助手席からアクセルペダルを無理やり踏み込ませた、自身の上司に向かって恨めがましい視線を向けている。
制服警官の上司——警部と呼ばれた老齢の刑事は、部下の苦情に申し訳なさそうに軽く頭を下げつつ、その視線は陽菜へと向けられていた。
「天野陽菜さんだね……怪我はなかったかい?」
「え……? なんで私の名前を……あれ? あなたは、確か……」
真っ先に怪我がないかを聞いてくるその刑事に、陽菜はどうして自分の名前を知っているのかとも思ったが——。
すぐに、その人物が見覚えのある相手であることに気付く。
「陽菜さん、無事でいてくれよ……」
その頃、森嶋帆高は人目を避けるよう東京の街を彷徨い歩いていた。
とりあえずの目的地として、彼は天野陽菜のアパートを目指していたわけだが、なかなか思うように先に進めないでいる。
「!! 警察……こんなところにまで……」
それというのも、警察官が街中のあちこちに配置されていたからだ。
少年鑑別所から脱走している帆高は、当然ながら警察から追われる身である。彼らに見つからないようにと移動しているため、目的地まで自然と遠回りになってしまっているのだ。
「多分、あのロボットたちを警戒してるんだろうけど……」
帆高は警察官たちが自分ではなく、あのカラクリ人形たち——機巧兵とやらのために動員されていることを、それとなく察していた。
道すがら、警官以外にも度々機巧兵たちを目撃することがあり、彼らを遠巻きに監視するように警官、あるいは刑事らしきものたちが配備されていたからだ。
「警察も……陽菜さんのことを知ったら……あいつらに協力するかもしれない……」
ただ、帆高の中には彼らに対する疑念——事情を知った警察が『機巧兵たちに協力するかもしれない』という不安が渦巻いていた。
機巧兵たちを指揮する彼女——神様・ココロワヒメの目的は『天気の巫女』である天野陽菜を贄とすることで、この空から『晴れを取り戻す』ことである。
それは森嶋帆高にとっては決して認められない、許し難い所業だが——大多数の人間にとっては寧ろ望むべきこと。
この空を正常に戻すためなら、少女一人の犠牲を『やむを得ない』ものとして受け入れ、神様に彼女を供物として捧げることを望むだろう。
警察も、結局はそういった大衆のために動くに違いないと。
彼らに対して良い印象がないためか、少なくともこのときの帆高はそのように考えていた。
「ココロワって神様や、警察よりも先に……陽菜さんのところに行かないと!!」
そうさせないためにも、帆高は誰よりも先に陽菜の元に駆けつけなければと。
慎重にならなければと思いつつ、その足は自然と早まる。
「よ、よーし……ここを一気に駆け抜ければ……!?」
急ぐためにも眼前の横断歩道を一気に渡り切ろうと、警察に見つかるのも覚悟で走り出そうとした——そのときだった。
帆高の目の前に、一台の自動車が突っ込んでくる。
自動車は巧みなハンドル捌きで彼のすぐ真横に停車し、すぐに扉が勢いよく開かれる。
「——見つけたぞ!! このクソガキ!!」
「——あ、あのときの……リーゼント刑事!?」
自動車から飛び出してきた人物は以前に帆高を逮捕・保護した男——リーゼントヘアが特徴的な若い刑事であった。
他の同僚たちから高井と呼ばれていたその男を前に、すぐに帆高の脳内で警鐘が鳴り響く。
——こいつ……陽菜さんを探しに行きたいって俺の話を、全然聞いてくれなかった……。
——きっと陽菜さんのことなんか……気にも掛けない!!
前回の事件でも、この刑事は帆高の話など妄言とばかりに全く取り合ってくれなかった。
きっと今回も自分の言い分など子供の戯言と、全く聞き耳を持たずにただ捕まえに来たのだろうと。
「——っ!!」
瞬間的にそのような判断を下した帆高は、話すだけ無駄だとすぐにその場から逃げようとした。
「——待て、帆高!!」
ところが、その車には高井以外にも乗り合わせていたものがおり、その人物の呼び止める声に帆高の足が止まる。
「す、須賀さん!? なんで……警察の車になんか……」
そう、その刑事の車に乗り合わせていたのは——須賀圭介。
本来なら施設で大人しくしていなければならない帆高に代わって、天野陽菜に危機を伝えようとしていた彼が、どういうわけか刑事と一緒に行動していたのである。
「まさか……警察の味方を……」
目の前の現実に対し、帆高の脳裏に最悪な考えが過ぎる。
前回もそうだったが、帆高が警察から逃げ回っていた際にも、須賀は大人しく警察の下に戻るようにと説得しに来た。
それは帆高の将来を案じるのであれば正しい判断だったかもしれないが、彼を信頼していた帆高の立場からすれば『裏切り』でしかなく。
最終的には帆高を庇ってくれはしたが、あのとき感じたショックは忘れ難いものであり、それがトラウマのように再びぶり返してくる。
結局、須賀も警察の——大衆の味方に過ぎなかったのか。
この空を正常に戻すためなら、少女一人の犠牲もやむなしと受け入れるのかと。帆高の内側から失望、絶望といった感情が湧き上がってくる。
「大丈夫だ、帆高……!!」
「……!?」
だがそんな帆高の不安を解消するよう、須賀は言い聞かせるよう彼の両肩を掴んで訴えかける。
「…………」
帆高と須賀が話している間、二人の会話を邪魔しないようにと高井は沈黙を貫く。
以前までの彼なら、帆高が何を叫ぼうが問答無用で拘束していただろうが、ここで自分が出しゃばっても話が拗れるだけだと思ったのか。
説得は須賀に任せ、須賀も高井たち——警察の『立ち位置』を帆高に伝えることで、いらぬ誤解を生まぬようにと細心の注意を払っていく。
「——今は警察の連中も……陽菜ちゃんを守るために、力を貸してくれてるんだよ!!」
×
時間を少しばかり遡る。
「すぐに天野陽菜のアパートに!! 彼女を保護しなければ……」
天野陽菜が狙われている。その事実が判明した瞬間にも、刑事である高井は安井と共に彼女のアパートまで車を発進させようとした。
当然、そこに『陽菜を贄に捧げて空を正常に戻そう』などという考えは一ミリもない。
天野陽菜が誰に、どのような理由で狙われようとも。それを守るのが警察である自分たちの職務であると。既に安井とも意思確認をしていたため、彼の行動には一分の迷いもなかった。
「…………高井、お前は帆高くんの方を頼む。俺は他の連中と陽菜ちゃんのアパートに向かう」
ところが、そこに安井が上司として待ったを掛けた。
彼は高井に施設を脱走した帆高を確保、保護するよう指示を出したのである。
「えええ!? なんで俺があのガキを……今はあいつに構ってる暇はないでしょ!?」
これに高井が露骨に表情を歪めて抗議する。
何故この状況で、森嶋帆高のことを気に掛けなければならないのか。今は帆高のことより、陽菜を保護することが最優先ではないかと。
「彼は……俺たちが知らないことを知ってるかもしれん。それに帆高くんが大人しく保護されていると分かれば、陽菜ちゃんも安心するだろうしな……」
しかし、安井は帆高を保護することが結果的に陽菜を安心させることに繋がると。
加えて、帆高は天野陽菜が『天気の巫女』であることを知り、彼女を連れ戻すために尽力したと思われる少年だ。
自分たち警察も知らないような何かを知っているかもと、帆高との情報共有という意味合いも兼ねていた。
「それなら、安井さんの方が適任でしょ!! なんだって俺が……」
だが、それなら自分でない方がいいのではないかと。
高井は感情的な理由からも、合理的な観点からも。安井の方が帆高の説得に向いていると再度抗議する。
「お前にも……そろそろ学んで欲しくてな。ただ闇雲に犯人を捕まえるだけが、刑事として正しいやり方じゃないってことを……」
「……っ!!」
しかし、ここで安井から刑事としての『在り方』について語られ、高井は返す言葉を失う。
高井が警察官として必要不可欠な『正義感』を持ち合わせていることは間違いないだろう。
だが、その正義感や使命感というものが強過ぎるあまり、どうしても容疑者などに対して当たりが強くなってしまうと、高井自身もそれを自覚していた。
実際、前回帆高を確保した際も、彼の話を妄言だと決め付け全く聞く耳を持たずにいた。
そんな高井の高圧的な態度が帆高という少年の反感を買い、それが『脱走』などという彼自身の将来を台無しにしかねない手段を選ばせてしまったと、そのように捉えることも出来るのだ。
「刑事って立場上、弱みを見せるわけにはいかない。けどな……それ一辺倒じゃ通じない相手だっているんだってことを、お前にも分かって欲しいんだ……」
「安井さん……」
刑事である以上、犯罪者相手に下手に出るなどあってはならない。だがその一方で、威圧的な態度が過ぎれば容疑者からの反感を買い、要らぬトラブルを生むことにもなりかねない。
どちらにも偏らないようにするバランスが大事なのだと、安井はこんなときでも後進の育成に余念がない。
彼は自分が引退した後も大丈夫なようにと、高井への課題として帆高の説得を命じたのである。
「それじゃあ……そっちは任せたからな!! 陽菜ちゃんの方は、こっちに任せとけっ!!」
「ちょっ……安井さん!?」
これ以上は話している時間も惜しいと。
安井は高井をその場に残し、天野陽菜のアパートへと向かうのであった。
「…………どうしたもんかね……」
そうして、高井は単独で森嶋帆高の捜索をこなすことになった。
「ええっと……天野陽菜のアパートがここで、少年鑑別所がここ……公共施設の利用は避けるだろうから……だいたい、この辺りか?」
彼は刑事として培った経験を最大限に活かし、帆高のおおよその位置を割り出そうと試みる。
帆高が天野陽菜の身を案じ、彼女の元へ向かおうとしているのは自明の理。携帯や財布などが没収されている以上、目的地までは基本的に徒歩で向かうしかない。
ならば、そのルート上のどこかに彼はいると。高井はその近辺へと車を走らせていく。
「——ん? あれは……」
その道中だった。
帆高の姿を見逃さまいとハンドルを握りながらも、注意深く視線を彷徨わせていた高井の視界に『予想外の人物』が飛び込んでくる。
その人物は道路の端っこに、しゃがみ込んだまま項垂れていた。傘も差さずにずぶ濡れでいるその風体からも、無視するわけにもいかずに声を掛ける。
「ちょっと!! そこのあんた!!」
「…………ああん? あんたは……確か……」
高井の呼び掛けに、その人物は気落ちした様子ながらも反応を示して顔を上げた。
「須賀さんだったか? あんた、ここで何してるんだ?」
高井は車から降りてその男性——須賀圭介に歩み寄った。
彼もまた、帆高の件で顔を合わせることになった関係者の一人である。途中までは警察に協力していた筈だったのだが、どういうわけか警察の邪魔をし、帆高を庇ったことで逮捕された人物だ。
ちなみに、そのとき彼に手錠を掛けたのが高井だ。
「……ああ、なんて言ったらいいかな……全く、自分の情けなさに嫌気がさしてくるよ……」
ただ自分を逮捕した刑事を前にしながら、須賀は心ここにあらずといった調子だ。
彼は自嘲気味な笑みを浮かべながら、罪を告白する罪人のように己の身に起きたことを呟き始める。
『——天気の巫女について、貴方がご存知のこと……全て話して頂けますか?』
須賀圭介は少女姿の神・ココロワヒメから詰問されていた。
須賀が天野陽菜の知り合いであり、彼女の所在地などの情報を握っているかもと知るや、話を聞き出すためココロワヒメは機巧兵たちをけしかけた。
頑丈なカラクリ人形たちの手によって、成す術もなく拘束される須賀であったが——。
『けっ!! 誰が話すかよ!! 神様だからって、何でもかんでも思い通りになると思うなって!!』
機巧兵に羽交い締めにされた状態でありながらも、須賀は天に唾を吐くような勢いで解答を拒否する。
それは帆高や陽菜のことを思ってというのもあるが、それ以上に相手が『神様』であるということに対する、須賀の個人的な怒りも含まれていた。
須賀の連れ合いであった女性・須賀明日花は不幸な事故により亡くなった。
愛しい人を亡くした須賀の中には『何故、彼女が死ななければならなかったのか?』という疑問が常に渦巻いている。
あれから月日も経ち、ある程度割り切ることが出来るようになってはいたが——『神様』なんてものが目の前に現れたことで、再び『何故』という問いかけが湧き上がってくる。
神様は、人を救ってくれるものではないのか?
神様なのに、どうして彼女を助けてくれなかったのか?
神などいないと思っていた頃はそんなこと考えもしなかったが、神様を名乗るものがいる以上、その憤りの矛先がそちらへ向けられるのは、須賀からすれば当然のことであった。
『どうやら、素直に話すつもりはないようですね……仕方ありません……』
そういった須賀の神様への反感を察したのか、ココロワヒメの視線に鋭さが増す。
説得は不可能と判断したのだろう、彼女は視線で機巧兵たちに合図を送る。
『……っ! や、やるなら……とっとと、やりやがれ……!!』
その動きに須賀の脳裏に『拷問』といった発想が浮かび上がる。きっと情報を引き出すためなら、彼女は手段を選ばないだろう。
勿論、どれだけ痛めつけられようと口を割るつもりなどなかったが、これから始まる苦痛の時間をどれだけ耐えられるか。
もしかしたら耐え難い痛みにあっさりと屈し、何もかも喋ってしまうかもしれないと須賀は己の心の弱さを憂う。
『————』
『あっ!? 俺のスマホ……っ!?』
だが以外にも、機巧兵が取った行動は拷問などといった強硬手段ではなく。須賀から『携帯電話を奪い取る』という、比較的温厚な対応であった。
『その端末から情報を読み取りなさい』
『了解致シマシタ』
さらにココロワヒメが指示を出すと、機巧兵の指先からケーブルが伸びていき、それがスマホの端子へと接続される。
『情報ヲ読ミ取リ中、暫クオ待チ下サイ……………読ミ取リ、完了致シマシタ』
するとものの数秒で、機巧兵はそのスマホ内に内蔵されているデータを根こそぎダウンロードしてしまう。
『天気ノ巫女、天野陽菜ト思ワレル人物ノ画像データヲ解析……ネットノ情報ト照合シマス』
『……っ!?』
須賀のスマホには天野陽菜の連絡先などは登録されていなかったのだが、迂闊にも彼女の写真が画像データとして保存されていた。
それは以前、帆高たちがビジネスとしてやっていた『お天気サービス』を須賀が利用した際、彼が『娘』にせがまれて撮った記念写真である。
須賀は離れて暮らす娘・萌花との面会を叶えるため、喘息持ちである彼女の負担にならないようにと空を晴れにしてもらう必要があった。
そのサービスのおかげで須賀は娘との時間を楽しむことが出来たのだが、そのときに萌花は陽菜や彼女の弟である凪と交流を持つことになり、彼ら姉弟とも友達になったのだ。
萌花はせっかく仲良くなったのだからと、父である須賀に皆との記念写真を望んだ。
娘のお願いということもあり、須賀はスマホで写真を撮り、それを大事に保存していたのだが。
『……くそっ!!』
それが、まさかこのような形で利用されることになるとは。想定外の事態に思わず悪態をつく須賀。
さらに機巧兵はインターネットとも接続出来るらしく、その画像データを元にネット上に散らばる真偽不明な情報から正しく天野陽菜に繋がるものを検索、彼女の個人情報を特定してしまったようだ。
ただその際、須賀のスマホが『ボンッ!!』と、小さな音を立てて爆発してしまう。
『これをすると、端末が負荷に耐え切れずに壊れてしまうものですから……あまりやりたくはなかったのですが……一応、これはお返ししますね』
どうやら、機巧兵がスマホから情報を抜き取ると端末が壊れてしまうらしく。
ココロワヒメは少しばかり申し訳なさそうに、何の役にも立たないガラクタとなったスマホを持ち主へと返却する。
『それでは……これで失礼させて頂きます』
『まっ!? ちょっ、待っ……』
必要な情報を得るや、もう用はないとばかりにココロワヒメは機巧兵を伴いその場から立ち去っていく。須賀は咄嗟に追い縋ろうと手を伸ばすも、すぐにその背中を見失ってしまう。
『…………ちくしょう…………』
それから、数歩ほど進んだところで須賀はその場に力なく項垂れてしまった。
結局のところ、須賀が覚悟など決めようが決めまいが、神様であるココロワヒメにとってそんなもの些事に過ぎなかった。
所詮自分たち人間は、神様の手のひらで踊らされるちっぽけな存在に過ぎないのかと。もはや出来ることなど何もないと、須賀は己の無力さに打ちひしがれていく。
そうして、彼が失意に暮れていた——そこに、高井が通りかかったという訳だ。
「なるほど、状況は概ね理解しましたよ……」
「なんだ、信じるのかよ……警察が、こんな骨董無形な話を……」
須賀の話を最後まで聞き終えた高井は、彼の身に起きたことを全て事実として受け入れる。
警察が神様なんてものが絡んだ話を信じるのかと、須賀はどこか小馬鹿にするよう鼻で笑い飛ばすが。
「天野陽菜さんが狙われていることは、自分たちの方でも把握していますから……今、彼女を保護しようと安井さん……別の刑事が向かっているところです」
今頃は安井が他の警察官にも応援を要請しているだろうから、警察は総意として彼女を保護する方向で動いている筈である。
「ふん……それで? 保護してどうするってんだ? 『この子を差し出すから助けて下さい!!』とでも、神様に泣きつこうってか?」
だが、警察が陽菜を保護した後——彼女を『どのように扱うのか』と、須賀は皮肉げな笑みを浮かべる。
天野陽菜について何も知らなければ、彼女は確かに守らなければならない一般市民だろう。
しかし陽菜が天気の巫女で、神様がこの国のために彼女の身を狙っていると分かれば。きっと警察はこの国を守るという大義名分の下、神への供物として彼女を差し出すだろう。
警察が少女一人のためにそこまで本気で動いてくれる訳がないと、須賀は彼らの在りようをそのように断ずる。
「勘違いしないで下さいよ……善良な市民を助けるのが警察の役割です。当然、天野陽菜さんが何者であれ……俺たちは全力で彼女を守り通します!!」
だが、少なくとも現場の警察官である高井は本気で天野陽菜を守ろうとしている。
もしかしたら警察の上層部、あるいは政府のお役人などが陽菜一人を差し出すことでこの国を救えるならばと、彼女を切り捨てる選択を取るかもしれない。
仮にそうなったとき——少なくとも、高井や安井は断固として抗議するつもりだ。
他の警察官の中にも、己の正義に殉じて戦ってくれるものがいると信じている。
「あんたも……!! そうやって腐ってる暇があるんなら、俺らに協力しろ!! 警察に喧嘩を売ってまで、森嶋帆高を助けようとしたあのときの威勢はどこにいったんだよ!?」
「……っ!!」
話しているうちに熱くなってきたのか。高井の言葉遣いが崩れ、須賀に喝を入れるような形でその胸ぐらを掴んでいた。
須賀圭介もまた、自身が罪に問われるのにも構わずたった一人の少年のため、警察という国家権力に反抗した男だった筈だ。
そのとき反抗された立場である高井が、そのときの根性をもう一度見せてみろと言わんばかりに須賀を激しく叱咤する。
「…………分かったよ……」
高井の本気の熱量が伝わったのか、項垂れていた須賀が顔を上げる。
「——こうなりゃヤケだ!! 神様だろうが何だろうが……とことんまで抗ってやるさ!!」
神様を相手に、須賀が自分など無力だと拗ねていたのは間違いない。
しかし、ここまで来たらやれるだけのことをやってやる。神様なんて傲慢な連中の鼻を明かしてやろうと、己を奮い立たせるのであった。
×
「そうなんですか……警察が、陽菜さんを……」
「…………」
森嶋帆高は刑事である高井が運転する車の中、大人しく須賀圭介の話を聞いていた。施設を脱走した彼相手に、高井も複雑な表情になりながらも手錠を掛けたりなどはしない。
今回は目的が同じ、お互いに天野陽菜の身を案じる以上、帆高が逃げ出す理由もないと分かっているのだろう。
「それで……陽菜さんは無事なんですか!?」
だが、肝心な部分——陽菜の安否について帆高はまだ何も知らされていない。
既にココロワヒメに陽菜のことが知られてしまった以上、早急に保護しなければ捕まるのも時間の問題だ。
果たして陽菜の行方は、今どこで何をしているのかと不安が尽きない。
『——こちら本部、各捜査員に通達』
そのときだ。警察の無線から現状を伝える報告が帆高たちの元へと届けられる。
『先ほど捜査員より、天野陽菜を無事保護したとの報告があった』
「陽菜さん!! よかった……」
どうやら警察の方で陽菜を保護できたようだ。とりあえず、彼女の身が無事であることに帆高はホッと息を吐く。
『尚、目的は不明だが……街中を徘徊する機巧兵なるものたちは、天野陽菜を狙っているとのこと。各捜査員はその動きに注意、場合によってはこれを撃退するよう、機動隊を派遣し——』
さらに捜査本部からは陽菜を守るため、機動隊を動員するという通達が送られてくる。
「陽菜ちゃんが天気の巫女だってことは……まだ報せてないんだな……」
「ええ……報せたところで、現場が混乱するだけですから……」
その際、須賀などは『陽菜が天気の巫女である』という情報が捜査本部とは共有されていないことにそれとなく気付く。
実際、陽菜を人身御供にして全てが解決すると分かれば——そうすべきだという声が上がることも予想しているのだろう。
少なくとも、現時点では警察内部で意見が割れることを避けたいと。高井たちも、陽菜が何故狙われているかという件については伏せていくようだ。
「……ん? 安井さんから……もしもし?」
と、ここで今度は高井のスマホから、上司である安井からの着信音が鳴り響いた。
運転中、そして帆高たちにもその音声を聞かせるという意味合いもあってか、高井はスピーカーモードにしてその通話に応じていく。
『高井、メール見たぞ!! よく帆高くんを保護してくれたな!!』
開口一番、安井は指示通りに職務を果たした高井に労いの言葉を送る。
既に帆高を確保した件については、安井や捜査本部にも伝わっていた。警察としても機巧兵に人員を集中したい今の状況で、帆高の件が無事解決したことは喜ばしいことだろう。
「あのっ!! 陽菜さんが保護されたっていうのは本当ですか!?」
だが警察を騒がせた当の本人、帆高は気が気じゃない様子で直接通話相手である刑事に陽菜の無事を問い詰める。
『帆高くん? ああ、そこにいたのか……丁度良い、今から替わるから……ほら、声を聞かせて上げなさい……』
「えっ……?」
すると安井は通話先に帆高がいると分かるや、すぐに他の何者かと電話を替わった。
まさかと思いながらも、その相手からの言葉を聞き逃すまいと耳を傾けるのであったが——。
『——馬鹿!! 帆高の大馬鹿!!』
「ちょっ!? いきなりっ!! って……その声、陽菜さん!?」
突然の罵声に耳を抑えつつも、帆高はそれが誰の声かをすぐに理解し表情を明るくする。
スマホから響いてくる少女の声音、それは天野陽菜のもので間違いなかった。
先の事件以降、顔を合わせることも、連絡を取り合うことも許されなかった二人の少年少女が、電話越しとはいえ久方ぶりに言葉を交わすことが出来たのだ。
涙を流して再会を喜び合っても良かっただろう。しかし、そんな感動に浸る暇もなく——。
『アンタね……自分が何をやったか分かってるの!?』
「っ……!? ちょ、陽菜さん……声が大きいって……」
電話向こうの天野陽菜は、森嶋帆高にめちゃくちゃ腹を立てていた。
「せっかく大したお咎めもなく家に帰れる筈だったのに、施設から脱走だなんて……もう、信じられない!!」
既に警察に保護されていた陽菜は、パトカーの後部座席で怒りの声を上げていた。
それは帆高がまたしても、自分のために無茶をしたという話を安井から聞かされていたからだ。丁度その帆高と連絡が取れたということもあり、陽菜はその怒りを直接本人にぶちまける。
『ひ、陽菜さんが危ないかもって思ったら……居ても立っても居られなくなって……」
「だからって、なんでそう無茶ばっかするの!? そんなことして、私が喜ぶとでも思ってるの!?」
帆高はあくまで陽菜のために奮闘したと言い訳をするが、だからといってそんな無茶をして良いわけがないと、彼女のお叱りが止むことはなかった。
「もっと……自分を大事にしてよ!! じゃないと……私、安心して帆高のことを送り出せないよ……」
『陽菜さん……その………ごめんなさい……』
だがそれも、帆高の身を案じればこそだ。
帆高が陽菜のことを心配しているよう、陽菜だって帆高のことを心配している。自分のせいで彼の将来や人生が台無しになったとあっては目も当てられない。
陽菜に言われて、帆高も自分の向こう見ずな行いがどれだけの人に心配や迷惑を掛けたか、それを思い知ったようで素直に謝るしかないでいる。
「まあまあ、そこまでにしてあげなさいな。男の子ってのは、誰だって女の子の前では格好をつけたいもんさ……それが好きな子相手なら尚更ね……」
「そ、それは……そんなこと……」
ここで二人の会話に安井が割って入り、やんわりと宥めるように声を掛ける。
安井の少年少女の気持ちを鑑みた言葉に、陽菜は気恥ずかさしから推し黙るしかなかった。
「帆高くんについては、俺の方からも上に話を通しておくよ……悪いようにはしないから、安心してくれ」
「本当に……ご迷惑をお掛けします……」
ついでに帆高の処遇について。本来なら厳格な処分が下されて然るべきだろうが、それに関しても安井の方で便宜を図るとのことだ。
事情を分かってくれる大人な対応に、帆高に代わって陽菜が申し訳なさそうに頭を下げていくのであった。
「高井、聞こえるか? 俺は今から陽菜ちゃんを連れて、捜査本部の方に向かう。あのロボット共から彼女を守るのに……俺たちだけじゃ、力不足だからな……」
『分かりました!! 俺もこのガキ……森嶋帆高を施設に送り届けたらすぐに向かいますんで!!』
電話の相手が高井へと戻り、安井は今後のことについて話を進めていく。
無事に陽菜を保護したはいいが、それで相手側が彼女のことを諦めてくれる訳ではない。きっと陽菜の身柄を抑えようと、警察が相手だろうとココロワヒメは機巧兵をけしかけてくるだろう。
あの機械仕掛けのカラクリ兵を相手にするのであれば、警察も本腰を入れる必要がある。
安井は警備が万全な捜査本部へと陽菜を連れて行き、そこで彼女を守り切ろうと考える。
「陽菜ちゃん、すまんが……帆高くんや弟さんとは、暫くの間別行動だ……むさ苦しい警備になるかもしれんが、そこは我慢してくれ……」
「いえ……二人を巻き込むわけにはいきませんから……」
その際、安井は帆高や彼女の弟である凪を一緒には匿えないことを詫びておく。
高井が電話でも話していたとおり、帆高はすぐにでも施設に戻らなければならない。また陽菜の弟である凪に関しても、既に別の警察官が保護しているとのことだ。
これには陽菜もきちんと理解を示してくれたし、弟の凪も渋々ながらも納得してくれたとのことだった。
×
「——そろそろ到着しますので、準備の方をお願いします」
それから暫くして、ようやく捜査本部が見えてきたと。パトカーを運転していた制服警官が安井と陽菜にいつでも降りられるよう準備をお願いする。
「それじゃあ、陽菜ちゃん……」
「…………はいっ!!」
安井も陽菜も、覚悟を決めて車から降りようとした——まさにその直後であった。
「っ!? や、安井さん!! あ、あれ……あれ見てください!?」
「どうした……!? そ、捜査本部が……!?」
運転手の制服警官が声を上げ、それに何事かと目を向けた安井にも衝撃が走る。
彼らが、今まさに向かおうとしていた捜査本部が設置された警察署。
機巧兵という常識外の存在を相手にするためにも、そこには機動隊という警察が持ち得る最大の戦力が控えていた筈だった。
そんな警察にとっても、最後の砦とも呼ぶべき場所。
その場所が——『壊滅状態』へと追いやられていたのである。
「——クソ、駄目だ……退避!! 退避!!」
「——応援を……自衛隊に協力を要請出来ないのか!?」
「——怯むな!! なんとしてもここで……う、うわああああ!?」
木霊する人々の悲鳴、逃げ惑う職員たち。
建物からは煙が上がり、銃声や爆発音が絶えず鳴り響いている。
既に捜査本部としての機能など果たしていない、まさに地獄絵図と化していた。
「なんてこった……まさか、あのロボットたちが!?」
「いえ……違います!! あれ……あれを見てください!?」
その光景を前に安井は機巧兵たちを束ねるココロワヒメが、先んじて仕掛けてきたのかと相手の強行姿勢に頭を抱える。
だがそうではないと、陽菜は事態の深刻さを物語るものを指差しながら叫んでいた。
『——戦闘続行不可能、三十秒後ニ全機能ヲ停止シマス……』
『——緊急事態発生、姫様ニ報告……姫様ニ報告ヲ……』
傷を負って倒れ伏す警察官たちに交じって、そこには『バラバラに破壊された機巧兵』の無惨な残骸が転がっていたのだ。
それらは明らかに人間の仕業とは思えないほど、完膚なきまでに破壊されていた。
微かに聞こえてくる途切れかけの電子音からも、機巧兵たちも想定外の被害を受けていることが窺い知れる。
「いったい、何が起きてるんだ……?」
まさかの事態に数多くの修羅場を潜り抜けてきた安井ですら、この場で起きていることを把握しきれないでいる。
ただ一つだけ確かなことがあるとすれば——警察にこれほどの被害を出せる相手が、現在進行形で暴れまわっているということだ。
「や、安井さん……ここはもう駄目です!! 早く逃げましょう!!」
既にここが危険地帯だと判断してか、運転手を務める制服警官がこの場からの退避を推奨する。彼とて警察官だが、流石に捜査本部がこのザマではもうどうにもならない。
「……何が起きてるか知らなきゃならん、お前は陽菜ちゃんを連れてすぐにここから離れ……」
しかし、何が起きているかくらいは把握しなければと、安井は車から降りて情報収集に乗り出すことを決意する。
無論、陽菜を危険に晒すわけにはいかないため、彼女のことを警官に託して一人でも渦中へと飛び込んでいく——そのつもりであった。
「——おらぁあああ!! 邪魔だぁああ!! ポリ公共がぁあああ!!」
刹那——凄まじい破壊音と共に警察署から『何者か』が飛び出してきた。
「ぐああああああ!!」
「うおおおおおお!?」
そいつは警察署の壁をぶち抜きながら、自分に群がる武装した警察官たちを軽々と蹴散らしていく。
『……ガガ、ピピ……プシュ〜』
さらにその手には、もはや意味のある言葉を発せなくなった機巧兵の頭部がガッチリと掴まれており、それを胴体ごと引き摺り回している。
どうやらそいつは、素手で機巧兵をねじ伏せるだけの怪力を秘めているようだ。そんな化け物では、警官が相手にならないのも仕方がないだろう。
「ひっ!? ば、化け物……妖怪っ!?」
その尋常ならざる力、『人型』ではあるものの明らかに人間ではないその異形を目の前にして陽菜が悲鳴を漏らす。
今のご時世、彼女も妖怪の存在くらいはとっくに受け入れているが、実物を目の当たりにするとやはり迫力や威圧感が違う。正体不明の化け物相手に、自然と体が身震いを起こしてしまっている。
「!! あいつは、確か……」
一方で、安井は警察署を襲撃している犯人——その妖怪に見覚えがあった。
現在、警察は政府の方針から安易に妖怪と敵対する法律——妖対法を行使できないでいる。
安井個人としても、妖怪と不必要に争っても被害が増えるだけだと考えているため、政府の方針とは同意する部分もあった。
しかし、そいつは——その特徴的な『赤い顔』をした妖怪だけは別だ。
それが警察にもたらした被害は、分かっているだけでも数十人。その妖怪の手によって殉職した警察官たちのことを思えば、そいつだけは野放しにすべきではないと。
討伐すべき対象として、その妖怪に対する敵意を隠すことなく叫んでいた。
「名前は、確か……朱の盆!!」
そう、その妖怪——名前が『朱の盆』であることは警察の間でも広く知れ渡っている。
何せ奴は先の大戦においても、明確な殺意を持って人間を殺害した妖怪だ。
そんな凶悪な妖怪が、何の因果かこのようなタイミングで警察署を襲撃してきたのである。
果たしてこれは偶然か、それとも必然か。少なくとも何かしらの目的があっての行動であることは間違いないだろう。
「っ……!! 急げ!! 陽菜ちゃんを連れて早くここからっ!!」
「は、はいっ!!」
いずれにせよ、あのような妖怪が暴れ回っていると分かった今、天野陽菜をこの場に留めておくわけにはいかない。
安井は車を出すよう指示を飛ばし、運転手の制服警官も慌ててパトカーを急旋回。すぐにでもその場から退避しようと車を走らせる。
「——ああん……? なに逃げようとしてんだよ!! テメェ!!」
ところが、その性急すぎる動きが返って朱の盆という妖怪を刺激してしまった。
背を向ける相手を追いかける獣の狩猟本能の如く、急発進するパトカーに向かって、朱の盆は手に持っていた鉄の塊・機巧兵を——思いっきりぶん投げたのである。
「——うああああああああああ!?」
「——きゃあああああああああ!?」
驚くべき腕力で投擲された機巧兵は、砲弾のような勢いで逃げるパトカーへと直撃。車両をあっさりと走行不能へと追い込んでしまう。
「なっ!? だ、大丈夫か!! おいっ!?」
車から降りていたために、難を逃れた安井。彼は自動車に乗っていた二人の無事を確認しようと、慌ててパトカーへと駆け寄っていく。
「はぁはぁ……わ、私は何とか……でも、運転手さんが……」
「う、ううっ………」
安井の呼び掛けに陽菜は何とか返事が出来た。だが、制服警官の方はハンドルに突っ伏したまま気を失ってしまっている。パトカーも完全に破壊され、もはや走れるような状態にない。
「……ああん? なんだって、お前みたいな小娘がこんなところに……」
機巧兵を武器として投擲した朱の盆は、そのままパトカーの方へと目をやり——その際、陽菜の姿を視界に収めて首を傾げた。
ガチガチに武装した警官ばかりだったこんなところに、非武装の少女が一人。それとなく感じた違和感に、それがどういう意味を持つかを理解したのか、その真っかな顔に笑みを浮かべる。
「ははん!? さてはオメェだな!? 鬼太郎たちが話してやがった……晴れ女とやらはっ!!」
「……っ!?」
驚くべきことに、朱の盆は天野陽菜が晴れ女——天気の巫女であることを知っていた。その際、彼の口から『鬼太郎』の名前が出たことに陽菜がハッと目を見開く。
——まさかこの妖怪……鬼太郎くんの、仲間!?
妖怪たちの事情に詳しくない陽菜は、眼前の妖怪が鬼太郎の知り合い——あるいは仲間だと勘違いしてしまう。
——そんな……じゃあ、夏美さんも……あ、あんな目に!?
朱の盆の暴虐を目の当たりにしたこともあって、鬼太郎から自分を逃してくれた夏美がここの警察官たちと同じような目に遭っていると戦慄する。
それは多分に誤解が含まれる考えではあったが、妖怪という未知に対して恐怖する今の陽菜がそのように考えても仕方がないところもあった。
「ラッキー!! 警察の連中が保護してるって聞いたのにいなかったから……騙されたのかと思ってたとこだったんだ!!」
「…………」
やはりというか、朱の盆の狙いも天気の巫女である陽菜にあったようだ。
彼女一人を奪うため、警察はおろ機巧兵——つまりは、神様であるココロワヒメにまで喧嘩を売ったことに、陽菜はもはや言葉も出てこない。
「知ってるぜ、晴れ女!! お前はおかしくなっちまったこの空を、どうにか出来る唯一の存在らしいな!!」
朱の盆は陽菜へと一歩ずつ近づきながら、彼女という人間がどのような立場にいる存在なのかを正確に指摘してくる。
だが、それを理解しているのであれば——どうして、朱の盆は機巧兵まで破壊したのだろう。
空を正常に戻したいのであれば、神様の命令で動いている機巧兵の手助けをすればいいだけなのに。
「逆に言えば……お前がいなくなっちまえば、この空はずっと晴れねぇってことだよな!!」
「……えっ?」
その答え——それは、朱の盆が空が晴れることを『望んでいない』ということである。
まさかの言動に思わず呆気に取られる陽菜だが、朱の盆が彼女の身を案じてそのようなことを言っている訳でないことは——朱の盆が発する、突き刺すような殺気から感じ取れた。
「おいっ!! これ以上、この子に近づくんじゃない!!」
朱の盆の狙いを察したのか。安井は陽菜を庇うよう立ち塞がり、拳銃を抜いた。
比較的温厚な彼にとって拳銃での犯人制圧など本当に最後の手段であったが、相手が凶悪な妖怪である以上はそんなことも言っていられず、その引き金に躊躇うことなく指をかける。
「邪魔すんじゃなぇよ、寂れたポリ公がっ!!」
「ぐわっ!!」
「刑事さん!?」
もっとも、拳銃一つでどうにか出来るような相手でないことは明白。朱の盆が邪魔だと軽く小突いただけで、安井は殴り飛ばされそのまま動かなくなってしまった。
陽菜は安井の無事を確認しようと、倒れ伏す彼に駆け寄ろうとするが——。
「へっ……人間どもの悔しがる顔が目に浮かぶようだぜ!! さあ、くたばっちまえ!!」
朱の盆はその進路上に立ち塞がり、問答無用で陽菜に向かって握り込んだ拳を叩き込む。
その拳には、華奢な陽菜など一発で殴り殺せるであろう殺意が上乗せされていた。
「あっ……」
あわや、少女の命が無慈悲な暴力によって奪われようとした——。
「——リモコン下駄!!」
「——ちぃっ!?」
まさにギリギリのタイミングで、自由自在に空中を飛来する『リモコン下駄』が、朱の盆の暴虐を阻止しようと迫る。
自身を狙い済ましたその一撃に朱の盆はしっかりと反応したが、陽菜への拳は阻止され、彼女とも距離を取ることになった。
「…………」
陽菜を助けるという役割を終えたリモコン下駄は、持ち主である彼——ゲゲゲの鬼太郎の元へと戻っていく。
「テメェ!! 邪魔すんじゃねぇぞ、鬼太郎……!!」
幾度となく自分の邪魔をしてきた仇敵、ぬらりひょんを自害に追いやったとも言える相手に朱の盆がますます殺気立っていく。
「そうか……あのときボクたちの話を聞いていたのはお前だったんだな……朱の盆!!」
天野陽菜の危機に何とか間に合うことが出来た鬼太郎は、朱の盆がここにいる理由——彼が自分たちの話を盗み聞きしていた相手だと悟る。
そう、晴れ女である陽菜がこの空を元に戻せる可能性があると知り、朱の盆も彼女を標的として動き出したのだろう。
もっとも、穏便に事を進めたい鬼太郎たちとは違い、朱の盆は力づくで目的を達しようと、陽菜を守ろうとした警察にまでこれほどの被害を出してしまった。
朱の盆の横暴な振る舞いに、鬼太郎も臨戦態勢で彼と向き合っていく。
一方で解せないのが——朱の盆が天野陽菜の『命を奪おう』としたことである。
「朱の盆、何故陽菜ちゃんの……天気の巫女である彼女の命を狙う!! 彼女を殺せば、それこそこの空から永遠に晴れ空が失われてしまうかもしれんのじゃぞ!?」
目玉おやじも、朱の盆の行動を理解出来ないと叫んだ。
鬼太郎は自分を足止めしようとした須賀夏美の誤解を解き、彼女から天気の巫女にまつわる伝承を聞かされた。
「…………」
天気の巫女の悲しい宿命を知ってしまった今となっては、この空を元に戻すことにそこまで積極的にはなれないでいる。
一人の少女を犠牲に全てを解決するなど、鬼太郎にとっても気分が良いものではない。
しかし、朱の盆がやろうとしたことは、この空を晴れに戻せる可能性の芽すら摘み取ってしまう愚行である。
雨が永遠と降り続けることで被害を被るのは、人間も妖怪も同じだろうに。これは天野陽菜を贄にする、しない以前の問題の筈だが——。
「うるせぇ!! 知ったことかよ、そんなこと!!」
しかし朱の盆は全てを承知の上で、それでも尚、陽菜を仕留めようとその命を狙ったのだ。
何故そんなことをするのかという問い掛けに答えるよう、彼はヤケクソ気味に叫ぶ。
「ぬらりひょん様のいないこの国に……晴れ空なんか必要ねぇんだよ!!」
「朱の盆……お前……」
その叫びに、鬼太郎は朱の盆の想いを悟る。
朱の盆にとって何より大事だったのは——ぬらりひょんという存在だったのだ。総大将と敬っていた彼が妖怪の復権を唱えていたからこそ、朱の盆もそれに同調し、彼のためにと日々奔走し続けた。
ぬらりひょん亡き後もその志を継ごうと奮闘し、幾度となく妖怪騒動を巻き起こし鬼太郎と対立し続けてきたわけだが——やはり『ぬらりひょんがもういない』という喪失感には耐えきれなかったようだ。
もはや妖怪の復権もどうでもいいとばかりに、ただただ人間たちへの損害を大きくすることだけを考え、この晴れ空を永遠に奪おうと画策したのであろう。
「朱の盆、ぬらりひょんは……いや、もう何も言わない……」
そんな朱の盆に対し、鬼太郎は何かを言い掛けたが——もはや言葉での説得は不可能と判断。
「いいだろう、その憤り……全部ボクにぶつけて来い!!」
鬼太郎は朱の盆の怒りの矛先を自分へと向けさせ、真っ向から対峙する道を選ぶ。霊毛ちゃんちゃんこを腕に巻き、朱の盆の注意を向けさせるため、挑発気味に言葉を投げ掛けた。
「上等だ……吠え面かかせてやるぞ、ゲゲゲの鬼太郎!!」
その挑発にまんまと乗せられ、激昂する朱の盆。
もはや天野陽菜のことなど二の次だ。積もり積もった恨み辛みを晴らすべく、鬼太郎との直接対決へと身を投じていくのであった。
「ど、どうなってるの……これ……?」
鬼太郎と朱の盆のぶつかり合いに、陽菜は途方に暮れていた。
てっきり両者が仲間だと思っていた陽菜にとって、これは予想外の展開だ。いったいどうなっているのかと、思考が追いつかずにその歩みが止まってしまう。
「陽菜ちゃん……今のうちに、逃げるんだ……」
「刑事さん!?」
すると、ここで朱の盆に殴り倒されていた安井刑事が、なんとか意識を取り戻して陽菜に逃げるように告げる。
慌てて安井に駆け寄り、その容体を見る陽菜。命に別状はなさそうだったが、すぐに立ち上がれるほどには回復していないようだ。
安井は倒れ伏しながらも、陽菜だけでも逃げるようにと弱々しくも言葉を紡いでいく。
「あの朱の盆ってやつもそうだが……ゲゲゲの鬼太郎も……キミを、どう扱うかは分からない……あいつらが争っているうちに早く……!!」
「そ、そんな……」
あの妖怪たち——朱の盆は当然ながら、ゲゲゲの鬼太郎とて必ずしも味方とも限らない。
彼も天気の巫女である天野陽菜を生贄に、この空から晴れを取り戻そうと考えている輩の一人かもしれないのだ。
鬼太郎個人のことをよく知らない安井はそのように彼のことを疑ってしまい、陽菜にもそれは否定することが出来ないでいる。
どちらが勝ったとしても、陽菜の身に危険が及ぶかもしれない。
ならば両者が争い合っている今のうちに、ここから離れるのが賢明だろう。
「でも……どこに……?」
しかし、ここで陽菜の脳裏に『どこに逃げれば?』という疑問が浮かぶ。
大人しく警察の庇護下に入ろうと思った矢先に、このような強襲を受けたのだ。もはや彼らの元でも、絶対の安全が保障されるわけでないことが証明されてしまった。
寧ろ、陽菜のせいでこのような被害が受けてしまったと、警察も彼女の保護を考え直すかもしれない。
もはや自分の居場所など、この世界のどこにもないのではと。
そう思い知らされているようで、陽菜は行く先の見えない自身の未来に目の前が真っ暗になる感覚だった。
『——天野陽菜、天気ノ巫女ヲ確認……可及的速ヤカニ保護シマス』
「きゃっ!?」
そんなふうに陽菜が足を止めている、その隙を突くように彼ら——機巧兵が、ついに天野陽菜の身柄を確保してしまった。
鬼太郎と朱の盆が戦っている間に援軍がやって来たのだろう。陽菜を軽々と持ち上げ、そのままお姫様抱っこの状態で彼女を運んでいく。
『コノママ離脱スル、他ノ機体ハ当機ヲ援護セヨ』
『了解シタ。天気ノ巫女ヲ急ギ、姫様ノ下マデオ連レセヨ』
機巧兵たちは陽菜を丁重に扱い、彼女を無傷で主の下まで連れて行こうと細心の注意を払っていた。
しかしいずれにせよ、陽菜が人身御供として天に捧げられることに変わりはない。
彼女が天気の巫女である限り、どこにも逃げ場などないのだから。
×
「——確かなのか!? 捜査本部が襲撃を受けてるってのは!?」
『——は、はい……あのロボットたちではなく、妖怪が攻め込んできたとかで……詳細の方はまだはっきりしませんが……現時点でもかなりの被害が出ているとのことで……』
その頃、外で活動していた刑事たちの耳にも『捜査本部襲撃』のニュースが飛び込んできた。
高井も同僚の刑事たちと電話で連絡を取り合い、情報収集に勤しんでいる。
既に捜査本部とは無線での連絡が取れなくなっていたため、入ってくる情報は全て断片的なものに過ぎなかったが、それでも相当な被害が出ているであろうことが予想できた。
「そんな……それじゃあ……陽菜さんはっ!!」
「…………」
そんな高井の電話でのやり取りを、未だに彼と同伴していた森嶋帆高や須賀圭介も聞き耳を立てており、その表情を曇らせる。
予定通りなら、このあとすぐにでも施設に送り返される筈であった帆高。須賀もそれに付き添うつもりで、ついてきたわけだが——陽菜が巻き込まれている可能性があるなら話は別だ。
帆高は今すぐにでも、敵襲を受けたという捜査本部へ走り出したい気持ちでいっぱいだった。
「とにかく!! 動ける人間はすぐに捜査本部に向かうんだ!! 俺も……用事を済ませたらすぐに向かう!! …………言っておくが、お前は予定通り施設に戻れ……」
しかし高井は、電話で他の刑事たちにすぐにでも捜査本部に行くよう指示を出し、自分もすぐに向かうと宣言しながらも、帆高には大人しく施設に戻るようにと釘を刺す。
「お前が来たって、足手まといにしかならないんだ……これ以上、余計な手間を増やすんじゃない!!」
「……!!」
言い方こそキツイものがあったが、高井の言っていることは正論である。
武装した警察官たちですら大勢怪我を負うような危険地帯に、一般人である帆高を連れ立っていくわけにはいかない。
帆高は大人しく施設に戻るのが最善だということは、誰だって冷静に考えれば分かることだろう。
「そんなこと出来るわけがないでしょ!! そもそもあんたたち警察が頼りないから、こんなことになってるんじゃないのか!?」
もっとも、そのような正論で今更納得出来るような帆高ではない。
陽菜の安全を警察が保障できない以上、大人しく彼らの言うことを聞く必要もないとばかりに、帆高は警察への不満を容赦なくぶちまけていく。
「なんだと……テメェ、もういっぺん言ってみろ!!」
帆高の批判に捜査本部襲撃のニュースに気が立っていたこともあり、高井も憤慨し怒りのまま言い返す。
「お、落ち着いてくださいよ、刑事さん……帆高も!! ここで俺たちが争い合っても、なんの益にもならんでしょうよ!!」
そんな両者をなんとか宥めようと、須賀が間に割って入る。
このままでは前の事件のときと同じだ。互いの言い分に耳を貸さず、自分たちの都合だけで動いても碌なことにならないということは、先の騒動で嫌というほど分かっている筈なのだが。
「っ!! ……もしもし!?」
ただ言い争いが致命的な一線を越えるその手前で、とある一本の電話が高井に冷静さを取り戻させる。
『……高井……俺だ……』
「安井さん!!」
「!!」
「!!」
安井刑事からの電話だ。
陽菜を捜査本部に連れて行くこと言っていた彼なら、本部がどのような状況に陥っているか詳しく分かる筈だ。
何故か弱々しく言葉を吐き出す安井の声に、その場にいた全員が注意深く耳を傾けていく。
『済まない……例のロボットどもに……彼女を連れて行かれちまった……』
「!! そんな……陽菜さんがっ!?」
恐れていた事態——天野陽菜が機巧兵たちの手に渡ってしまったという知らせに、帆高は顔面蒼白になってしまう。
これで彼らの主であるココロワヒメが陽菜を贄として捧げれば、この空が晴れるのと引き換えに、今度こそ天野陽菜はこの世から消えていなくなる。
今のところ雨は降り続けているため、まだ彼女は無事な筈だが。
『高井……お前は連中を追え……陽菜ちゃんを、取り返すんだ……』
「安井さんは大丈夫なんすか!? 捜査本部の被害は……!?」
ここで、安井は天野陽菜の救出を高井に命じた。
それは捜査本部に行って被害を確認しようと思っていた高井にとって、思ってもいない指示だった。安井の声音が明らかに怪我人のそれであったこともあり、すぐにでも彼の元へ駆け付けたい気持ちに駆られたが——。
『そんなことより!! 今は陽菜ちゃんだっ!!』
「!!」
自分たち警察の被害をそんなことと言い切り、安井はあくまで天野陽菜の身を最優先に案じる。
その叫びから、彼の刑事としての信念が垣間見えるようだった。
「刑事さん…………」
これには帆高も警察への批判的な言葉を飲み込み。
先ほどまでは警察を信用できない、信じたのが間違いだと思っていたが、ここまで陽菜のことを考えてくれる人がいるなら。
もう一度くらい彼らを信じてみてもいいかもしれないと、そう思えたのだ。
『頼んだぞ……必ず、あの子を助けるんだ……』
「……っ! 分かり……ました……!!」
安井の熱意は高井にも伝わっただろう。必死に言葉を絞り出し終えるや、そのまま気を失うように安井との通話は途切れた。
尊敬する先輩が最後まで案じ続けた少女の身柄を必ず保護しようと、力強く頷きながら高井も覚悟を決めていく。
「しかしな……助けるといっても、いったいどこを探せば……?」
ただここで、陽菜がいったい『どこに連れて行かれたか?』という現実的な問題が残ると、須賀が困った顔で考え込むことになる。
今の混乱する捜査本部に、天野陽菜の行方を探すよう指示を出す余裕などないだろう。なれば高井は単独で、陽菜が今どこにいるのかを探らなければならない。
時間を掛けるわけにもいかない以上、当てもなく闇雲にあちこちを探している暇はない。ある程度、捜索範囲を絞る必要性があるわけだが。
「……俺、心当たりがあります……陽菜さんが連れて行かれた場所に……」
帆高は、陽菜がいるかもしれない場所に心当たりがあるという。
「俺も……連れてってください。絶対に……足を引っ張るようなことはしませんから……お願いします」
そしてその場所を教えるから、自分も連れて行けというのだ。
やはり大人しくしているつもりはないようだが、これまでと違ってあくまで冷静な態度で自身の同行を促してくる。
どうやら帆高も、安井の熱量が感じられる言葉に覚悟を決めたようだ。刑事である高井に心からの協力を求めようと、深々と頭を下げていく。
「…………はぁ……分かったよ……」
そんな殊勝な帆高の態度に、高井の方も毒気を抜かれてしまった。
子供である帆高が矛を収めた以上、大人である自分の方が喧嘩腰のままでは格好が付かない。
「それで……いったい、どこに向かえばいいんだ?」
高井は帆高たちを乗せたまますぐに車を走らせる。帆高の提案を受け入れたということだろう、ハンドルを握りながら向かうべき目的地を尋ねてくる。
高井の問いに、帆高は陽菜がきっとそこにいるだろうと、ある種の確信を持ってその場所を指し示していく。
「——例の廃ビルです。きっとあの鳥居から、陽菜さんを彼岸へと送るつもりなんだと思います」
いくつか真新しいビルが立ち並ぶ中、その古びた雑居ビルだけは時代に取り残されるようにポツンと聳え立っていた。
既に廃墟と化した、今にも崩れそうな危険地帯。実際、数か月後には取り壊し予定だと立ち入り禁止の看板まで立っている。
特に後ろ暗い用事でもなければ普通の人間はまず近寄らないであろう、そんな廃ビルに『彼ら』はいた。
『——以上ナシ、現時点デ問題ハ起キテイマセン』
『——了解、引キ続キ警戒ヲ続ケヨ』
ココロワヒメ率いる機巧兵たちだ。
かなりの数のカラクリ人形たちがその廃ビルの周囲に配備されており、監視の目を光らせている。
「どうやら、ここで間違いないみたいだな……」
「まさか本当に……帆高の言った通りじゃねぇか……」
物陰からこっそりと廃ビルの様子を観察することで、高井と須賀もここが天野陽菜がいる、あるいは連れて来られる場所なのかもしれないと、帆高の推理にも頷くことが出来た。
「ここで陽菜さんは空と繋がって……晴れ女になってしまったって……」
というのも、この場所こそが全ての始まり。天野陽菜が『天気の巫女』に選ばれるきっかけになった場所だと帆高は言うのだ。
そもそもな話、陽菜は生まれたときから晴れ女としての能力を有していたわけではない。
一年ほど前、彼女はこの廃ビルの屋上にある小さな祠に向かって空が晴れることを望んだ。それは病気の母親、もう次の瞬間にも臨終の時を迎えようとしていた彼女に晴れ空を見せたい。
晴れ空の下、弟を含めた家族三人で一緒に歩きたい。そんなささやかな望みを叶えてほしいと、神様にお願いしたのだ。
残念ながら、母親は回復することなく亡くなってしまったが、それ以来だ。
陽菜は深く祈ることで空を晴れにする——『天気の巫女』として目覚めることとなった。
「俺、陽菜さんからその話を聞かされて……陽菜さんが消えたときも、ここに来れば彼女がいる彼岸に渡れると思って……」
「だからここに……確かに、彼女が保護されたのもこの場所だったが……」
帆高は陽菜からその話を聞かされていたため、彼女が消えてしまった際も、この場所から彼女が捧げられた天に——空の上にあるとされる別世界『彼岸』へと渡ることが出来ると思い、彼女を迎えに行ったのだ。
高井は未だにその話に懐疑的であったが、警察を脱走した帆高がこの場所を目指していたことや、実際に行方不明だった陽菜がこの場所で保護されたことを思い返す。
加えて、機巧兵たちが集まっていることからも、ここが特別な場所であることは間違いない。
もしも、彼らが天野陽菜を天に捧げようとしているのなら。この場所から彼女を送り出すのかもしれないと。
他に手掛かりがなかったこともあり、帆高の推理に従って一同はここに来ることになったわけだが。
その推理は間違っていなかった。
「……? おい、何か廃ビルに近づいて……」
未だに雨が降り続けている中、一体の機巧兵が廃ビルへと近づいていく。
その個体は丁重に、一人の女の子を運んでいた。気を失っているのか、彼女は機巧兵の腕の中で眠るように横たわっている。
「…………」
「あれは……陽菜さん!?」
遠目からだが、帆高はそれが天野陽菜であることを確信する。
彼女を連れて今し方到着した機巧兵を、他の機巧兵たちが歓迎するように道を譲っていく。
『天気ノ巫女ヲオ連レシタ』
『既ニ姫様ガオ待チダ、急ギ儀式ノ準備ヲ』
やはり、この場所から彼女を彼岸へと送るつもりのようだ。
既にココロワヒメもこの場所で待機しており、必要な準備も終わっているということだろうか。
「っ……!!」
そのまま廃ビルへと連れ込まれていく陽菜を追おうと、帆高が飛び出そうとする。
彼女の姿を前に、一度は冷静になりかけていた帆高も落ち着いてはいられないようだ。
「待てっ!! 今俺らが飛び出したところで、袋叩きにされるだけだ!! 素直に応援を待て!!」
もっとも飛び出したところで出来ることはないと、焦る帆高を須賀が押し留めた。
今この場にいるのは帆高と須賀、高井の三人だけだ。ここに来るまでの道すがら、高井が他の警察官の手を借りられないかと連絡を取ってくれていたため、時間さえあれば戦力が集まる可能性もあるが。
「そんなの、待ってられませんよ!! あの鳥居をくぐられて、陽菜さんが彼岸に渡ってしまったら……!!」
しかしそんなものを悠長に待っている時間はないと、帆高は陽菜が『鳥居』から彼岸へと送られてしまうことを恐れる。
そう、廃ビルの屋上にある小さな祠。そこに静かに佇む『鳥居』こそが、彼岸へと渡るための入口だと帆高は考えていた。
実際、彼もその鳥居をくぐることによって空の向こうにいた陽菜の元へと辿り着き、彼女をこの地上へと連れ戻すことが出来たのだ。
しかし、あんな奇跡のような出来事がもう一度都合よく起こせるとは思っていない。
出来るなら陽菜が彼岸に送られるよりも先に彼女を助け出したいと、帆高は焦燥感に駆られていく。
「俺が囮になる……その隙に、あんたたちは廃ビルに突入しろ……」
「えっ……?」
すると意外なことに、ここで高井からの助け舟が入った。
彼は自身の装備である拳銃の弾の状態などを確認しながら、驚くほど冷静に自分が一人で囮になるという策を提案してきた。
「あの配置……外の警備に重点を置いている分、内部の防衛は手薄な感じだ……まっ、勘の域をでちゃいないが……このまま何もしないよりはマシだろう」
高井は刑事としての経験から、廃ビルの周囲こそ監視が厳重だが、内部の警備はそれほどではないと予想する。
無論、それが絶対とまでは言い切れないようだったが、どちらにせよやることに変わりはない。
「ああ、無茶だってのは分かってるさ……けど、今ここで動かなきゃ……俺もお前も後悔する。そうだろガキ……いや、森島帆高……」
「……っ!!」
これまで帆高のことを、常にガキ呼ばわりしていた高井が意識して彼の名前を呼んだ。それは帆高を一人の人間として頼り、戦力として信用するということを意味していた。
「安心しろ……他の刑事たちが来たら、すぐにお前たちの救援に向かわせる。お前は天野陽菜を助けることだけを考えろ……出来るだろう?」
勿論、何もかも帆高に任せるというわけではない。高井は警察の応援部隊が来ることを前提に、こうした作戦を立てているのだ。
自分たち警察が全面的にバックアップしてやるのだから、必要最低限——陽菜の救出くらいやってみせろと、帆高に向かって挑発気味な言葉を投げ掛ける。
「あ……ああっ!! やってやるさ!!」
これに初めは動揺しながらも、帆高がまんまとやる気を見せる。
もとより、自分一人だったとしても陽菜を助けるためならば死地に飛び込む覚悟まで決めていた。今更、こんなところで二の足を踏む理由など帆高にはないのである。
「ああ、もう……どうなっても知らねぇからな!!」
大変なのは、そんな帆高の面倒を見なければならない須賀だろう。
だが、彼も神様相手に抗ってみせようと啖呵を切った身だ。仕方ないと言いつつも、その口元には笑みが浮かべられていた。
結局のところ、こういうところはみんな『男の子』ということだろう。
ときより馬鹿なことをしたがる性分は、たとえいくつになっても変わらないということだ。
「警察だ!! お前ら……全員スクラップにしてやるぞ!!」
そうして、作戦は始まった。
まずは予定通り、高井が囮役となって廃ビルの周囲を警備していた機巧兵たちの意識を一手に引き受ける。
そのための、高井はわざとらしく声を張り上げながら、機巧兵に向かって拳銃を躊躇なく発砲していく。
『敵対行動ヲ確認! 敵性勢力ヲ速ヤカニ無力化セヨ!!』
『脅威レベルハ低イト判断、シカシ油断ハ禁物!!』
『万ガ一ニ備エテ増援ヲ要請スル! 増援ヲ要請スル!!』
すると機巧兵たちは高井を大した脅威ではないと判断しつつも、過剰なまでの戦力を投入してこれを制圧しようと躍起になる。
これはつい先ほどの騒動で多くの機巧兵を、朱の盆によって破壊されたことが要因であった。
その被害が想定以上のものだったこともあり、どんな相手であろうと敵対する以上、油断なく対応するようプログラムが更新されていたのである。
「っ!! そうだ、もっと来やがれ!!」
機巧兵の予想以上の食いつきに驚きながらも、高井はしてやったりとばかりにそのまま彼らの注意を惹きつけ続ける。
正直、どこまで時間を稼げるかは不安しかなかったが、これで少しでも帆高たちの手助けになれればと奮闘する。
「あとは任せたぞ……」
高井がそこまでするのは、警察官としての使命感か。
あるいは、あのとき——森嶋帆高の天野陽菜を『好きな子を探しに行きたい』という切なる願いを妄言と決めつけ、信じてやれなかったことに対する罪悪感か。
いずれにせよ、自分に出来るのはここまでだと。後のことを帆高に託していく。
「とりあえず、上手く行ったな……まじで中の警備は手薄なんだな……」
「急ぎましょう、須賀さん!! あの人がロボットたちの注意を惹きつけている間に、陽菜さんをっ!!」
作戦通り、高井が機巧兵たちを誘導してくれたおかげで廃ビルの内部へと潜入できた帆高たち。
須賀は高井の見立て通り、内部の警備が手薄であったことに驚いていたが——実のところ、これも朱の盆が暴れ回った結果である。
朱の盆によって機巧兵たちが何体も破壊されてしまい、兵力が圧倒的に不足してしまったため、内部にまで警備の手が回らないでいたのだ。
だがそれでも、動ける兵力はまだいた。
『侵入者発見、侵入者発見!! 速ヤカニ拘束スル!!』
「げっ……見つかった!?」
廃ビル内を守っていた数少ない機巧兵の一体が、侵入者である帆高たちの存在を捕捉する。
狭い室内で追い立てられれば、たちまち逃げ場など失ってしまうだろうと、須賀の表情に焦りの色が浮かび上がる。
「須賀さん、屋上です!! 陽菜さんは屋上にいる筈です、急ぎましょう!!」
もっとも、どんな危機的状況に追い込まれようと、帆高の頭の中にあるのは陽菜のことだ。
彼女が連れて行かれたであろう屋上に行くため、須賀と共に外階段に通じる道へと一気に駆け出していく。
「うおっと!? 危ねぇ……足元に気をつけろよ、帆高!!」
そうして、外階段に出られた二人であったが、揺れる足場に須賀が悲鳴のような声を上げる。
この建物自体、かなり老朽化が進んでいたこともあったが、それ以上に外階段はその一部が既に崩れていたこともあり、ふとしたきっかけでさらに崩壊が進みそうな不安定さを孕んでいた。
しかし、この外階段こそが屋上に辿り着くための唯一の直通ルートなのだと。
屋上へと通じる道がここしかないと知っていたため、帆高たちは危険を承知でこの階段を駆け抜けていくのである。
『警告!! コレ以上先ヘ進ムノナラ、実力行使モヤムナシト判断シマス!!』
外階段を駆け上っていく帆高らを、機巧兵が追いかけてくる。
彼らにとってもここは最後の防衛戦。主人であるココロワヒメがいる屋上へと近づけまいと、威嚇するような大音量で警告音を発してくる。
『警告無視ヲ確認……コノヨリ対象ヲ排除シマス!!』
だが、立ち止まるわけにはいかない帆高たちは当然のようにその警告を無視して進む。
帆高たちの行動に、ついに機巧兵は実力で侵入者を排除しようと。口をあんぐりと開け、内蔵されている装備である爆弾を放出する。
「——わわわっ!?」
次の瞬間、凄まじい爆発音と共に——外階段が盛大に崩壊を始めた。
爆弾の威力に耐えることが出来なくなった足場の崩壊に、もはやこれまでかと足をもつれさせる帆高であったが。
「っ……おおおおおお!!」
それでも進もうとする意思が、彼の足を突き動かした。崩壊する足場をなんとか駆け上り、ギリギリのところで見事に階段を登り切ったのである。
「はぁはぁ……須賀さん? 須賀さん!?」
一歩間違えれば転落していたなどと考える余裕もなく、激しく乱れた呼吸を整える帆高だったが、そこで彼は自分の後方を付いてきている筈の須賀のことを考え、後ろを振り返る。
帆高のすぐ後ろに既に足場などなく。屋上へと続く外階段は、もはやほとんど原型を留めることなく粉々に粉砕されてしまっていた。
もしやこの崩落に巻き込まれ、須賀は地面に叩きつけられてしまったのかと——。
「生きてるよ……くそっ、マジで死ぬかと思ったぞ……」
「須賀さん!!」
帆高がそう思って顔を青くした矢先、須賀からの返事があった。外階段が崩壊するその瞬間、急ぎ建物の中へと避難することでなんとか事なきを得ていたようだ。
とりあえず彼が無事であったことに、ホッと胸を撫で下ろす帆高だったが——これで完全に退路は断たれた。
これでは警察の応援が駆けつけることも、仮に陽菜を助け出したところで逃げることも出来なくなってしまった。
「行け、帆高!! 陽菜ちゃんのところにっ!!」
「……っ!! はいっ!!」
それでも、須賀は帆高に陽菜の元へ行くよう叫び、帆高も後ろを振り返ることなく先を急ぐ。
ここで後先のことを考えているようなら、元よりこんな場所にまで来てはいない。
たとえこの先、どんな障害が立ち塞がろうとも——絶対に陽菜を助ける。
彼女が天気の巫女としての役割を押し付けられるよりも先に、彼女の元へ駆け付けなければと足を突き動かしていく。
×
「……ん……ここは…………はっ!?」
「目が覚めましたか、天気の巫女……いえ、天野陽菜さん……」
いつの間にか気を失っていた天野陽菜は、意識を取り戻してすぐに見たこともない少女に声を掛けられた。
腰まで長く伸びた美しい黒髪、輝かしい冠に雅な和装、佇まいからも明らかに高貴な身分であることが伝わってくる気品ある少女だが、彼女がただの人間でないことはその背後に浮かぶ『巨大な歯車』から分かるだろう。
おまけに彼女の両側には、その身を守護するよう陽菜をここまで連れ去ってきたロボットたち——機巧兵の姿があった。
その時点で、少女が味方でないことは陽菜にも理解できてしまった。
ただ、少女の陽菜に向ける眼差しはどこか申し訳なさそうであり、その瞳は今にも涙が溢れ出しそうなほどに揺らいでいた。
「あ、あなたは……?」
「ココロワヒメと申します。発明と車輪を司る神として、日々勤めを果たさせていただいたおります」
少女は優雅な礼をしながら、陽菜の問いかけに答える。
ココロワヒメ——神様を自称する少女の存在は、自分を保護してくれていた安井刑事からも聞かされていたため、驚きは少なく済んだ。
「ここって……」
ここで陽菜は周囲を見渡し、自分が今いる場所が例の廃ビルの屋上。
自分が天気の巫女として目覚めた場所であることを把握する。視界の端にあの小さな祠や、空の向こうの世界——彼岸へと繋がっているであろう鳥居が見えたことで息を呑む。
「貴女には、天気の巫女としての役目を果たしていただきたいのです……」
ココロワヒメは陽菜に、天気の巫女としての役割を果たさせるためここへ連れてきたことを語った。
言葉遣いも丁寧で、陽菜を気遣っているようにも感じ取れたが、結局彼女を人身御供とすることに変わりない以上、そのような配慮に大した意味などない。
「どうして、神様がこんなことを……? 私が、天気の巫女としての役割を放棄したことは……そんなに罪深いことだったんですか?」
陽菜は目の前の神様を名乗る少女に、何故と疑問をぶつける。
世界や、そこに生きる人々のために一度は人身御供になることさえ受け入れた。しかしそれが嫌だと、彼女に生きていて欲しいと帆高は陽菜を連れ戻してくれた。
世界よりも自分を選んでくれた帆高の選択に、陽菜は涙を流しながら喜び、彼と共に人の世へと帰る道を選んだ。
しかし神様は——ココロワヒメはそんな陽菜たちの選択を許さず、彼女を再び天に捧げようと直接に出向いてきた。
少年少女が苦悩の末に選び取った選択が、神という存在からすれば全て間違いだったのか。
自分たちには最初から『選択』する自由すらなかったのかと、陽菜は憤りすら覚える。
「……何を言ったところで、貴女には理不尽に聞こえるでしょう。事実、貴女は何も悪くない……ただ単に、星の巡り合わせが悪かっただけなのです……」
陽菜の問い掛けに、ココロワヒメは明確な理由は語らなかった。
何を言ったところで、これから贄として捧げられる陽菜にとっては理不尽でしかないことを彼女も理解しているのだ。
「許してくれとは申しません……存分に恨んでいただいて結構です……」
しかし神様なんて雲の上の存在でありながらも、人間である陽菜の苦悩を感じ取り、ココロワヒメは心の底から申し訳なさそうに謝罪する。
「…………」
正直、謝られても許せる筈もないのだが——少なくとも、目の前の小さな少女に対しては、陽菜もそれ以上は何も言うことが出来ずに押し黙るしかなかった。
「何か……人の世に言い残すことがあれば、今のうちに……」
最後に、ココロワヒメは陽菜から遺言めいたものを聞き届けようとした——そのときだ。
「……? 下の階が騒がしいようですが……」
「…………?」
何やらビルの下が騒がしいと、屋上まで伝わってくる喧騒に何事かとココロワヒメが眉を顰める。全てに諦め気味であった陽菜の耳にも、その騒がしい何かが聞こえてくる。
ココロワヒメは自身の目で、何が起きているかを確かめようと身を乗り出そうとした、その直後——凄まじい爆発がビル全体を激しく揺らす。
「なっ……!? 不用意に火薬を使用するなと、あれほどっ!!」
ココロワヒメは、それが機巧兵に搭載されていた爆弾による衝撃だと察したようだ。
使用を控えるように言い聞かせていた武器が使用されたことに、大変ご立腹な様子。
「っ……!?」
だが、爆発音の後——すぐに階段を駆け上る足音が響いて来たことで怒りを引っ込める。
それは明らかに機巧兵のものとは異なる軽やかな足音で、その人物が迷うことなくこの屋上へと向かって来ていることが分かる。
いったい何者かと、ココロワヒメと陽菜の二人が揃って緊張感に身を固めていく。
「——陽菜さん!?」
「——帆高っ!?」
そこで陽菜は目にした。
屋上へとたどり着いた一人の少年——自分の名を叫ぶ、森嶋帆高の姿を。
どうして彼が、などとは思わなかった。
いつだって、彼は自分が危機のときにこそ駆けつけてくれる。
今回もきっとそうなのだ。陽菜を守るためなら、彼は神様を相手にだって喧嘩を売るのだろう。
そんな向こう見ずな行動力に呆れもするが、それ以上に嬉しい気持ちで満たされていくのであった。
「陽菜さんを返せ!! 彼女はもう、天気の巫女なんてやらないんだ!!」
「貴方は……!! なるほど、天気の巫女を彼岸から連れ戻した少年……ですか……」
帆高の方も、陽菜の無事な姿にとりあえず安堵しつつ、すぐに今回の騒動の大元とも言える相手——神様であるココロワヒメに向かって啖呵を切った。
ココロワヒメも森嶋帆高の姿を改めて目にし、やはり彼こそが過去に天野陽菜を彼岸から連れ出した少年であることを再確認する。
最初は子供と、ココロワヒメなりの慈悲によって捨て置いていた相手なのだが、こんなところにまで来てしまった以上、対処しないわけにはいかない。
「人の子よ……只人である貴方に語ることはありません!! 痛い目に遭いたくなければ、すぐにここから立ち去りなさい!!」
ココロワヒメは帆高を追い払おうと、冷酷な言葉を吐き捨てる。
帆高の視点からすれば彼女は冷徹で、生贄にされる人間の気持ちなど全く鑑みない傲慢な神様に見えていただろう。
「……っ」
しかし、先ほどまでココロワヒメと話をしていた陽菜には、それが見せかけの虚勢であることが丸分かりだ。
間近で見れば分かるが、ココロワヒメが拳を握り込むその手は震えていた。彼女もまた『陽菜に役目を果たさせる』という使命に、己を押し殺しているに過ぎないのだ。
「……機巧兵!! その少年を摘み出しなさい!!」
『了解致シマシタ』
『任務ヲ遂行スル』
機巧兵に指示を飛ばし、力づくで帆高を排除しようとするその言動からも、出来るだけ帆高を傷つけたくないという意思が垣間見えるようだ。
「くっ……くそっ……」
とはいえ、帆高にとってココロワヒメが許せない存在であることに変わりはなく、やるせない怒りをその瞳に込めて彼女を睨み付ける。
しかしどれだけの怒りを込めようと、立ち塞がる機巧兵相手では帆高には成す術もない。
せっかくここまで辿り着いたのにという、己への無力さから血が滲むほどに拳を握り込むばかりであった。
「——体内電気っ!!」
『——ッ!?』
だがそんな帆高の味方をするよう、空から一条の稲妻が天罰のように降り注ぎ、機巧兵のボディを貫いた。
精密機械でもある機巧兵は、その雷の一撃にプスプスと黒い煙を上げ、そのまま機能不全を起こしてしまう。
『警告!! 新タナ敵勢力ヲ確認、速ヤカニ排除ヲ——』
「霊毛ちゃんちゃんこっ!!」
正体不明の襲撃者。
残るもう一体の機巧兵が早急に対処しようと動くが、空から舞い降りて来たその人物の方が先に拳の一撃を叩き込む。
『ガガ……戦闘続行不可能……機能停止……プシュ〜』
勢いよく殴り飛ばされた機巧兵は、その一撃で戦闘不能へと追い込まれその機能を停止させる。
「……なっ!? こ、子供……?」
その乱入者の活躍により危機を脱した帆高。
しかし、瞬きの間に機巧兵を戦闘不能へと追いやったその人物が子供——ちゃんちゃんこを纏った、下駄を履いた少年であることに呆気に取られる。
「貴方は……」
「げ、ゲゲゲの……鬼太郎くん……?」
機巧兵二体をあっという間に倒してしまった襲撃者に、ココロワヒメも目を丸くして驚く。
驚いたのは陽菜も同様だったが、彼女にはそれが何者なのかすぐに名前が出て来た。
「…………」
そう、ゲゲゲの鬼太郎。
陽菜が行く先々で何度も出会した相手だ。その動きから、天気の巫女として陽菜を狙っていたと思われる彼が、帆高たちの窮地に手を貸してくれたのであった。
ゲゲゲの鬼太郎が、廃ビルの屋上に辿り着くまでの経緯は以下の通りだ。
鬼太郎は朱の盆の相手をすべく、警察署に残って奮闘していた。
知謀や策略といった点においてこそ、ぬらりひょんに遠く及ばない朱の盆だが、単純な戦闘力という点では鬼太郎に迫るものがあり、二人の実力はほぼほぼ拮抗していた。
「……くっ!!」
「……このっ!!」
単純な力比べでは互いに決め手がなく、他のことに意識を向けている余裕もないような状況であった。
「た、大変じゃぞ、鬼太郎!! 陽菜ちゃんが連れて行かれてしまう!?」
故に、天野陽菜が機巧兵によって連れ去られるところを目玉おやじだけが目撃し、それを鬼太郎へと伝えていく。
この時点において、鬼太郎たちはあのロボット——機巧兵が何者なのかなどはまったく知らず、連れ去られていく陽菜がどのような目に遭わされるかも分からなかったため、急いで追いかける必要があった。
「ですが、朱の盆が……くっ……」
だが、朱の盆の相手でそれどころではない鬼太郎。
ここで彼が戦いを放棄して離脱などすれば、朱の盆は行き場のない怒りを、その場の人間たちへとぶちまけるであろうことは目に見えていた。
朱の盆の怒りを受け止める者が必要だと、鬼太郎は自身がそれを成すべきだと考えていたが——。
「——だったら、ここは私たちに任せておきなさいよ!!」
ここで鬼太郎の援護をすべく、心強い味方が駆けつけてくれた。
「ニャアアアア!!」
「……ちぃっ!?」
「猫娘!!」
鋭利な爪の一閃にて朱の盆をたじろがせたのは、猫娘である。
鬼太郎の代わりにこの場を引き受けるつもりなのだろう、朱の盆へと果敢に戦いを挑んでいく。
「おぎゃ!! おぎゃ!!」
「ぬりかべ!!」
「これでもくらえ!! 毒砂じゃ!!」
勿論、彼女だけではない。
赤子のように泣き叫びながら石化する腕を振り上げる、子泣き爺。
その巨体で朱の盆の眼前に立ち塞がる、ぬりかべ。
毒素を含んだ砂で確実にダメージを与えていく、砂かけババア。
鬼太郎の仲間たちが一丸となって朱の盆の相手をしようと、続々と駆けつけてくる。
「クソがっ……引っ込んでろ!! 鬼太郎の腰巾着どもが!!」
「はっ!! ぬらりひょんの腰巾着だったやつに言われたくはないわよ!!」
わらわらと集まってくる鬼太郎側の戦力に対し、朱の盆は忌々しげに暴言を吐き捨てるが、吐いた言葉はそのまま彼自身にも適用されるだろうと、猫娘に言い返されてしまう。
「う、うるせぇ!! 全員まとめてぶっ潰してやらぁああ!!」
やはりと言うべきか、頭の方はあまり良くない朱の盆。
口喧嘩で勝ち目がないと悟るや、力ずくで猫娘たちを蹴散らそうとする。
「動きが単調なのよ、アンタはっ!!」
だが、朱の盆がいくら強いといっても——彼は独りぼっち。
猫娘たちも単体では鬼太郎に劣るかもしれないが、多彩なチームワーク、巧みな立ち回りでうまい具合に朱の盆を翻弄していく。
「みんな……済まない、ここは任せたっ!!」
自分の代わりに朱の盆の相手を引き受けてくれた猫娘たちに、鬼太郎は僅かに逡巡しながらも礼を述べ、すぐにその場を駆けだしていく。
朱の盆の憤りを受け止めるつもりであったが、やはり天野陽菜を放っておくわけにも行かない。
彼女を連れ去ったあのロボットたちの目的がなんであれ、まずは彼女の身の安全を優先しなければならない。
「乗りんしゃいな、鬼太郎しゃん!!」
「一反木綿!!」
ここで一反木綿と合流することで、鬼太郎は制空権を得ていく。
地上では陽菜のことを見失ってしまったが、上空から機巧兵たちの動きを追跡することで、彼らの本拠地がこの廃ビルにあることを突き止める。
上空から注意深く廃ビルの屋上を見てみれば——そこに天野陽菜の姿も確認できた。
「——なっ……爆発!? ……彼は、いったい!?」
そのまま急いで彼女の元まで舞い降りようかと思った矢先、鬼太郎はビルの爆発や階段を駆け上っていく少年——森嶋帆高の姿を目に止める。
上空からであったため、彼が何者で、どのような立ち位置にいるかなどは分からなかったが——機巧兵たちに取り囲まれそうになるその光景は、決して放置できるようなものではなく。
「仕方ない……体内電気!!」
まずはその少年を助けるべく、体内電気を放ちながら廃ビルの屋上へと舞い降りる鬼太郎であった。
「さて……どういう状況は分からぬが、油断するなよ……鬼太郎よ」
「はい、父さん……」
そうして、機巧兵たちを沈黙させた鬼太郎であったが、目玉おやじの言う通りその場の状況を全て把握しているわけではない。
少年に危害を加えようとした機巧兵を見過ごすことが出来ずに撃退してしまったが、果たして彼らが何を目的としているのか。
まずは状況の確認をと、周囲の反応に目を光らせていく。
「——流石はゲゲゲの鬼太郎……私の機巧兵をこうも容易く打ち倒すとは……」
緊迫するその場にて、最初に口を開いたのは——ココロワヒメであった。
彼女は自身の手持ちの戦力が倒されたにも関わらず、表面上は冷静さを取り繕っていた。それどころか鬼太郎のことを知っていたのか、彼の実力のほどを素直に称賛する。
「キミが彼らの主人なのか? いったい、何が目的でこんなことを……?」
明らかに異質な彼女の存在感を感じ取ったのか、鬼太郎はココロワヒメに何者か素性を問うのと同時にその目的についても探りを入れていく。
「私はココロワヒメと申します。この日の本において、発明と車輪を司る神……此度は天野陽菜を、天気の巫女たる彼女を贄にすべしとの使命を果たすべく、天上よりこの地上へと舞い降りてきました」
鬼太郎の問い掛けに、ココロワヒメは非の打ちどころのない所作にて自身の名と目的を告げた。
「やはり、天気の巫女絡みか……」
「…………」
ココロワヒメの返答を半ば予想していたと、目玉おやじが難色を示す。
鬼太郎も、ここに天野陽菜がいる以上、目的がこの雨を晴らすため——彼女を人身御供にすることだということはある程度察しが付いていた。
もっとも、その相手が『神様』だということには彼らも驚きを隠せないでいる。
「どうして、天上の神々が……これは貴方たちが首を突っ込むような問題なんですか?」
鬼太郎はココロワヒメを『本物』とあっさり認めた上で、わざわざ神様が出張るような問題なのかと疑問を投げ掛ける。
基本的に、よほどのことがない限り、彼女たちのような神に類するものが天界から地上へと直接出向いてくることなどほとんどない筈だ。
事実——『人間と妖怪の戦争』という、とんでもない事態においても、神様が手を貸してくれることはなかった。
例外的に『人と神との絆』——この国の文化・信仰の根幹に関わる問題に関しては、出張ってくる神様がいることは鬼太郎たちも知ってはいたが。
いずれにせよ、止むことなく振り続けるこの雨が、そういった問題に発展するのかという疑問が残る。
「これは、神々と人々との間で交わされた約束……契約の問題です。妖である貴方が口を挟む問題ではありません……早急に立ち去りなさい」
案の定、ココロワヒメにもそれなりの事情があるようだ。
しかし、それは『人と神との問題』だと、妖怪である鬼太郎の出る幕ではない。この件に関わるなと苦言を呈してくる。
「それで……『はいそうですか』と、納得できるわけがないでしょう? 全てを話してくれませんか? 勿論……天野陽菜さんにも、全てを説明する義務が貴方にはある筈です」
しかしそれで納得できる訳もないと、神たる彼女には説明責任があると鬼太郎も食い下がっていく。
「…………」
「…………」
鬼太郎とココロワヒメが互いに一歩も引かぬその光景を、帆高と陽菜の二人は固唾を呑んで見守っていた。
両者の話している内容に関して、正直なところ二人は付いていけないでいる。しかし彼らの話し合いがどのような結論になろうと、陽菜が人身御供にされるのに変わりないのではと。
不安を募らせる帆高などは、彼女を逃がせるような隙が生まれないかと、機を窺っていた。
『——敵対勢力ヲ排除シナケレバ……』
ところが、ここでアクシデントが発生する。
鬼太郎の体内電気で機能停止に追い込まれていた機巧兵が、突如として再起動し始めたのだ。
『排除排除排排ハイハイ灰二……全テヲ灰二……』
しかし壊され方が不味かったのか、明らかにおかしな挙動・言動を取り始める。
『——自爆装置作動シマス』
「「「「——なっ!?」」」」
そしてまさかの機能——その場にいた全員、機巧兵の製作者であるココロワヒメも含めて驚愕する。
「待ちなさい!! 誰もそのような許可はっ!!」
これには体裁を整えることも忘れ、機巧兵に止めるようにと命令を飛ばすココロワヒメ。
『爆発マデ五秒前……三……二……』
しかしココロワヒメの叫びも虚しく、無情にもカウントダウンが進んでいく。
『……一……』
「——っ!!」
もはや止める術もなく、誰も彼もが次の瞬間には訪れるであろう、破壊と爆音に身を屈めようとする。
「——ぶっ飛べぇぇええ!!」
まさにその刹那だ。
『何者か』が爆発寸前の機巧兵を躊躇なくぶっ飛ばし、廃ビルの外へと追いやった。
『——0』
瞬間、カウントが0になった機巧兵は予告通り大爆発を起こす。
「きゃあああああ!?」
「陽菜さん!!」
爆風の衝撃に悲鳴を上げる陽菜。彼女を守ろうと即座に駆け出していく帆高。機巧兵という邪魔者がいなくなった今、二人の接触を邪魔するものはなく。
「大丈夫!! 何があっても……俺が守るからっ!!」
「帆高……うん!!」
帆高と陽菜の二人が、ようやく互いに触れ合える距離まで辿り着くことができた。
「っ……!!」
「くっ……!!」
爆風の衝撃に、鬼太郎とココロワヒメもなんとか耐え切ることが出来た。しかしこれも、何者かが機巧兵を吹っ飛ばしてくれたからである。
もしも屋上で自爆など許していたら——この廃ビルごと、何もかもが消しとばされていたことだろう。
「——ふぅ……やれやれ、なんとか間に合ったようじゃな……」
機巧兵を吹っ飛ばした当の本人も、ギリギリのタイミングであったのかホッと胸を撫で下ろし——手にしていた『青銅色の鍬』をそっと地面へと下ろしていく。
「なっ……何故、貴女がここに?」
「キミは……!?」
その人物——自分たちの窮地を救ってくれた相手が誰なのかを理解するや、ココロワヒメと鬼太郎の二人が揃って驚愕する。
そう、彼女——美豆良の髪型をした少女とは面識があったのだ。
「——全員、矛を納めよ」
しかし、既知の間柄への挨拶よりも先に、その場の混乱を収めるべく。
彼女は『神様』としての威厳、権威を示すかのように自らの名を名乗るのであった。
「我が名はサクナヒメ!! 父より、武神としての力を!! 母より豊穣神としての権能を引き継ぎし、日の本の神である!! この場はワシが取り仕切る……異論はあるまいな!!」
ココロワヒメに続く、もう一柱の神。
人々に稲作のなんたるかを教え広めるため、下界へと舞い降りていた豊穣神がその場に姿を現したのである。
人物紹介
朱の盆
というわけで、鬼太郎たちの話を盗み聞きしていたのは彼でした。
前回の話では妖怪を復活させるくらいの暗躍でしたが、今回はがっつり大暴れ。
アニメ本編でもガドリングで機動隊を撃ち殺してるから、警察署くらい余裕で襲撃するでしょう。
サクナヒメ
『天穂のサクナヒメ』の主人公、前回に引き続き今回も登場。
今回は豊穣神としてより、武神としての側面を出していきたいです。
ココロワヒメとの百合百合な関係が尊い……でもお二人とも仕事中ですのでイチャイチャはお控え下さい。
とりあえず、次話で完結予定。
ようやく主要人物たちが一箇所に集結、ここからは話を一筋に纏めていくので……流石にこれ以上は長引かない、筈です。