ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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ふぃ~……ようやく、ようやく書き切りました。
前回も長かったけど……まさか今回もここまで長くなるなんて……。
何度か話数を区切りことも考えたけど……今回だけは、何とか四話構成で収めたく……なんとかまとめさせていただきました。

予告通り、今回で『天気の子』『天穂のサクナヒメ』とのクロスは完結です!
活動報告の方でも呟かせていただきましたが……今年の更新はこれが最後になります。

来年以降も引き続き頑張っていきたいと思いますので……どうか応援、よろしくお願いします。




天気の子と天上の神々 其の④

 止むことなく振り続ける雨。

 空を覆い続ける暗雲を毎日のように拝み続ける、東京の住人たち。彼らの心は曇り空のように陰鬱としており、常に陰りを帯びるようになっていた。

 

 人間は陽の光を浴びていないと気分が沈みがちになるという。

 実際、日照時間の短い国などでは精神疾患を起こしやすく、自殺率も高くなるという研究結果が出ている。

 普段は意識していないかもしれないが太陽の光は人間にとって、あるいは他の生物たちにとっても、健全な肉体と精神を維持する上で欠かすことの出来ない要素なのだろう。

 

 だがそういった必要なものを欠かしながらも、人々は懸命に日々の暮らしを過ごしていた。

 

 

 

「ばあちゃん、調子はどう? 元気してる?」

「なんだい、タキ……また来たのかい? そう何度も様子を見に来なくてもいいってのに……」

 

 とある下町の日本家屋にて。

 まだ二十歳を迎えたばかりといった年頃の青年が、祖母と思われる老婆の元を訪れていた。

 

 青年が気にしていたのは祖母の体調。身体的な面においてもそうだが、精神面においても。振り続ける雨のせいで気分を悪くしていないかを心配し、ちょくちょく顔を出しているのである。

 

「まっ、元気にやってるさね……アンタが心配するようなことじゃないよ」

「そうは言っても……ほらっ、ここ!! また水浸しになってるじゃん!!」

 

 孫に心配かけまいと、老婆はこれといって問題ないように振る舞ってはいる。しかし振り続ける雨の影響か。家の所々に雨漏り、水漏れなどが確認されて青年がまたかと頭を抱えた。

 古い家ということもあるが、ここは立地的にも雨水の被害が受けやすい場所のようだ。今はまだ雨漏りくらいの被害で収まっているが、このまま雨が止まないようであれば引っ越しも考えなければならないだろう。

 

「……またあの子たちを呼んで、晴れにでもしてもらおっか?」

 

 ふと、青年の脳裏に先日顔を合わせた『お天気サービス』の少年少女たちの顔が浮かんだ。

 亡くなった旦那の初盆くらいは晴れにしたいという祖母の依頼を叶えるため、彼らは見事に空を晴らして見せた。

 また彼らに頼めるようなら、この雨による被害も少しはマシになるかもと思ったが——。

 

「よしなって……あの子たちも暫くは休業するって言ってたし……一時だけ晴らしてもらっても、効果は薄いだろうからね……」

 

 しかし、祖母は彼らに迷惑をかけたくないと首を横に振った。

 例のお天気サービスも今は休業しているらしい。そうでなくても彼女——『晴れ女』だという子の力も、そこまで長続きするものではないとのこと。

 

「なに、どんな雨でもいずれは止むだろう……もう少し、様子を見てみるさ」

「そうだといいけど……」

 

 老婆は達観したように止まない雨はないと、空を見上げる。

 祖母の言葉に青年もそうであればいいと頷きながら、やはり空を見上げる。

 

 いずれにせよ、空が晴れて欲しいと願う二人の気持ちは一緒であった。

 

 

 

「ちくしょう、碌な食いもんがねぇな……それもこれも、全部この雨のせいだ!!」

 

 路地裏。毎度の如くゴミ捨て場で食い物を漁っている——ねずみ男。

 彼もまた、この長続きする雨のせいで被害を受けている身だ。もっとも、彼の場合は残飯が湿気っているといった、なんとも言い難い理由で八つ当たり気味な怒りをぶちまけているだけなのだが。

 

「いい加減、そろそろ晴れろよ……」

 

 それでも、空が晴れて欲しいという気持ちは本物であり、その願い自体には一片の曇りもない。

 

 

 

「ありがとうございました!! またのお越しをお待ちしております!! ふぅ〜……」

 

 とあるショッピングセンター。

 ジュエリーショップの店員として働く、ネームプレートに『宮水』と書かれた若い女性店員。屋内で元気に働く彼女だが、窓の外を見れば振り続ける雨に自然とため息が溢れてしまう。

 

「そういえば、あの子……ちゃんと指輪渡せたかな?」

 

 ふと、特に理由もなかったのだが、彼女の脳裏に先日指輪を買いに来た高校生くらいの少年のことが思い出される。

 その少年は悩みに悩んだ末、一つの指輪を購入した。どうやら大切な人へのプレゼントらしい。どの指輪がいいかと、相手のことを想って真剣に悩むその姿が個人的にも好感が持てた。

 

「私も……あんな風に真剣に想われながら選んだ指輪を贈られたいな……なんて!!」

 

 女性としても、あんな風に自分を想ってくれる人からのプレゼントは嬉しいだろうと感じた。それが『特別』な意味合いを持った指輪であれば尚のこと。

 そういう相手がいない今の彼女では想像することしか出来ないが、不思議といつか『誰か』が、そんな素敵な贈り物をくれる確信が彼女にはあった。

 

「どうせ貰うなら……空も晴れてた方がいいよね」

 

 なんにせよだ。

 そういうプレゼントを貰うなら青空の下がいいなと、彼女も空が晴れることを望む。

 

 

 

「はぁああ〜……ようやく一区切り着いたよ!! ううん〜、ちょっと休憩っと……」

 

 調布市の住宅街。

 自室の机で問題集と向き合っていた犬山まなは、なんとか当初の予定通りまで問題を解き終え、一旦休憩しようと背伸びをしながら窓の外を見やる。

 

「はぁ〜……また雨だよ。明日は雅たちと出かける予定なのに……」

 

 中学三年生であるまなにとって、今年の夏休みは勝負のときだ。この期間にどれだけ努力出来たかで、今後の進路が変わるといっていいだろう。

 それはそれとして、たまの息抜きも必要だと明日友達と遊ぶ約束を取り付けていたのだが——。

 

「そろそろ晴れてくれないかな……? せっかくのお出かけなのに……これじゃあ、楽しさ半減だよ……」

 

 せっかくの休日くらい、晴れ空の下で過ごしたいと。

 この曇り空では望みは薄いだろうが、それでも明日が晴れになってくれることを願うのである。

 

 

 

 このように想いは人それぞれだが、東京に住まう多くの人々が空が晴れることを望んでいた。

 もう一ヶ月以上も雨が続いているのだから、そろそろ晴れてもいいだろうと楽観的に考えるものもいれば。

 この雨はおかしいと。もしかしたら、もう二度とこの地に晴れなんてこないんじゃないかと、不安に押し潰されそうになるものもいる。

 

 果たして、この地を巡る雨と天気の問題にどのような結末がもたらされるのか。

 その運命を決定付けるものたちの会合が——今まさに、都内にある廃ビルの屋上にて行われようとしていたことを、知るものは少なかっただろう。

 

 

 

×

 

 

 

「サクナヒメ……どうして君が……えっ?」

「サクナさん、何故貴方が…………えっ?」

 

 雨が降りしきる中、天気の子である天野陽菜の処遇を巡って、ゲゲゲの鬼太郎と発明神ココロワヒメが対立していた廃ビルの屋上にて、突如として姿を現した——豊穣神サクナヒメ。

 サクナヒメとは先日まで米作りで関わっていた鬼太郎は、意外にも早めの再会に驚いていたが——それ以上に驚きだったのが、ココロワヒメの反応だ。

 どうやら、サクナヒメはココロワヒメとも顔見知りだったようで。ココロワヒメの方も、鬼太郎の口からサクナヒメの名前が出たことに驚いていた。

 

「久しぶりじゃのう、サクナヒメよ……彼女、ココロワヒメとは知り合いなのか?」

 

 互いに顔を見合わせて驚く鬼太郎たちに変わり、目玉おやじが冷静にサクナヒメとココロワヒメの関係性を尋ねる。

 

「これはこれは……お久しぶりですのう、目玉おやじ殿……」

 

 するとその問いに答えるべく、サクナヒメが手に持っていた青銅色の鍬が丸っこい犬の姿へと変化した。

 サクナヒメのお付き、星魂の農具に宿る霊獣・タマ爺である。似たような立場故か、目玉おやじに対し親しげな挨拶を交わしつつ、先ほどの質問に答えていく。

 

「おひいさまとココロワヒメ様は幼馴染でしてな。天界でも、特に親しくさせてもらっておるのです」

「左様!! ココロワはワシの大親友じゃ!!」

 

 タマ爺によると、サクナヒメとココロワヒメは幼少期から友好を深めてきた間柄だというのだ。

 サクナヒメ自身も胸を張りながら、ココロワヒメとの関係を臆面もなく誇ってみせる。

 

「そんな、サクナさん……皆さんの前で、大親友だなんて……ムフ、グヒヒッ……」

 

 そんなサクナヒメの発言に、ココロワヒメは頬を赤らめながら笑い声を溢す。

 ここまで神としての威厳を見せてきた彼女が、初めて少女らしい素の表情を見せた瞬間である。それだけ、サクナヒメに親友と言われて嬉しかったのだろう。

 若干、笑い声が気持ち悪いが——そこには触れないでおこう。

 

「親友……ってことは、こいつも陽菜さんを……」

「…………」

 

 そのため、サクナヒメを見る森嶋帆高の視線は自然と厳しいものになる。

 ココロワヒメの魔の手から陽菜を守ろうとしている彼からすれば、サクナヒメも敵だと考えてしまうのは無理からぬことだ。

 

「さて、積もる話もあるが……まずは問おう、ココロワ……いや、ココロワヒメよ!!」

「……!!」

 

 しかし親しげな挨拶もそこそこに、サクナヒメは表情を引き締め直しココロワヒメと向き合う。

 登場時も『場を取り仕切る』と発言していたとおり、彼女がこの場の混乱を収拾すべくここへ来たことに間違いはない。

 ココロワ『ヒメ』とわざわざ敬称を付けて呼んだことからも、中立的な立場を貫こうとする姿勢が窺える。

 

「都の……天界の守りを任されている筈のお主が何故下界におるのだ? これだけの機巧兵を動員し、人間社会を騒がせてまで……どうして、その人の子にこだわる?」

 

 ただ、サクナヒメはココロワヒメが何を目的に下界へ降りてきたのかまでは知らない様子だ。

 

 

 というのも、サクナヒメがここへ来たのは自らの役目——『米作りのなんたるかを人々に教え広める』という使命の道中、機巧兵たちが街中を闊歩しているという話を聞きつけたからであった。

 機巧兵がココロワヒメの手によって造られた存在であることは、サクナヒメにとっても既知のこと。そして機巧兵とは、本来なら天上の世界にある『神々の都』の警備のため、配備されている筈なのだ。

 そんな彼らがどうして地上にいるのかと、気になって調査した結果——サクナヒメはこの件に親友であるココロワヒメが関与していることを知り駆けつけてきた、そういう次第である。

 

 

「その人の子が……この地で降り続ける雨と、何か関係がおありなのですかな?」

 

 ただ慌てて駆けつけてきたにも関わらず、タマ爺などはココロワヒメが狙いとする人の子——天野陽菜の身柄こそが、この東京の空を覆い尽くしている雨雲と何かしら関係性があるのではと、推測ながらほぼ正解を言い当てていく。

 

「それは……ええ、そのとおりです。天野陽菜を……天気の巫女を贄として捧げ……この空を正常に戻す……それこそが、私に与えられた使命なのです……」

「…………」

 

 タマ爺の正鵠を射た言葉に観念したのか、ココロワヒメは自らの使命について語る。

 絞り出すような声音、心苦しそうなその表情を見れば、その使命とやらがココロワヒメの本意でないことくらいは、狙われている当人である陽菜でも察せられることだ。

 

「使命……お主にそのような御役目を与えられるもの……それは、もしや!?」

 

 元より、サクナヒメもココロワヒメが闇雲に下界を騒がせたり、理由もなく人の子を追い回したりする神ではないことくらい承知済みである。

 

 彼女がそのようなことをするからには、それ相応の理由がある筈。

 案の定、彼女は『何者』かの命令に従い、その使命を全うしようとしていたに過ぎなかった。

 

 ココロワヒメ相手にそのような命を下せるもの——サクナヒメには一人しか思い浮かばない。

 

 

『——そのとおりだ、サクナヒメよ』

「——っ!!?」

 

 

 サクナヒメの考えを肯定するかのよう——その場に荘厳な声が響き渡る。

 

 

 

「今の声は……!?」

 

 突如として響いてきたその声に、鬼太郎は人知れず戦慄する。

 頭に直接響いてくるような透き通った声音、明らかに人のものではないと分かるのに、今この瞬間も妖怪アンテナは全く反応を示していない。

 つまりは人間でも、妖怪でもない。全く別の『何者か』がこの場に姿を現そうとしているということだ。

 

「き、鬼太郎!! あれを見てみよ!?」

 

 ここで目玉おやじが何かしらの異常を察知し、上空を指差した。

 指し示した先は『空』だ。本来であれば、未だ雨雲によって覆われている筈の空——。

 

 

 その曇り空に——ぽっかりと穴が空くや、そこから輝くような陽光が差し込んできたのだ。

 

 

「えっ……? う、嘘……」

「雨が……止んだ……?」

 

 これに空を晴らす役割を負った陽菜が、彼女が消えるくらいなら晴れ空などいらないと思っていた帆高が揃って唖然となる。

 

 それはまさに、天気の巫女である陽菜が祈ることで空を晴らしていた光景そのもの。しかしそれは陽菜が祈るよりも広範囲で、より力強く光輝く晴れ空をもたらしていたのだ。

 

 この瞬間、一同がいる廃ビルを中心とした世界は黄金色に包まれていた。

 

『————』

 

 そうして、陽の光が差し込む割れた雲の隙間から——巨大な何かが舞い降りてくる。天空より巨大なものが降りてくるその光景は、まさしく『降臨』という表現が相応しい。

 

 きっと大勢の人々が、その巨大な人——『神々しい女神』の姿を目撃したことだろう。

 

「き、きれい……」

 

 陽菜など、つい呆然と思ったことをそのまま呟いてしまったが、それも無理からぬことだろう。

 なにせ、サクナヒメやココロワヒメといった一見するとただの少女でしかない彼女たちとは異なり、それは誰もが一目見ただけで『神様』だと、納得させるだけの存在感を放っていたのだ。

 

 その見目麗しい容貌はまさに女神と呼ぶのに相応しく、纏う衣装もココロワヒメなどが着ているものより格段に位が高いものだと判断できる。

 そんな輝かしくも巨大な女神が——廃ビルの屋上に集まったものたちと視線を合わせるよう、その場に降り立ったのである。

 

「……っ!!」

「……!!」

 

 人間も妖怪も関係ない。その強大な神秘性、全てを見透かすかのような瞳に見つめられれば体が自然と身震いを起こし、息を呑むことすら忘れて立ち尽くすしかない。

 誰もが、その女神が何者なのかという問い掛けすら出来ずに口を噤んでいく。

 

「——控えなさい!! この方をどなたと心得ますか!!」

「——!!」

 

 暫しの静寂に包まれる中、発明神たるココロワヒメからの叱声が飛ぶ。

 見ればココロワヒメもサクナヒメですらも、その女神に向かって膝を折り、こうべを垂れていた。神である彼女たちがそうすべきほどに位が高い相手、それはつまり——。

 

「このお方こそ、この世界を支える一柱……日の本の主神・カムヒツキ様にあらせられます!!」

 

 そう、彼女こそ——ココロワヒメやサクナヒメに使命を与え、二人を地上へと派遣した張本人。

 この日の本、いや——世界そのものを支える創世樹の化身として、天界に聳え立つ神々の都を統べる女神。

 

 

 主神・カムヒツキ——この日の本に君臨する、偉大なる神の一柱である。

 

 

 

×

 

 

 

「カムヒツキ……宣教師が書き残した本にも、その名が記されておったのう……」

 

 突如として君臨した強大な女神の存在感に圧倒されながらも、目玉おやじは眼前のカムヒツキがいかなる神なのかを冷静に思い返す。

 その際に彼が思い浮かべたのは、とある宣教師が書き記したとされる一冊の『幻想旅行記』についてである。

 

 

 その本は主に、『神々の都から追放され、ヒノエ島という場所で暮らすことになった』サクナヒメと宣教師を始めとした人の子らの日々の生活、活躍を書き記したものとなっていた。

 その本において、カムヒツキという神は——『神々の都から離れることなく、サクナヒメに命を下したり、報告を聞くだけ』という役どころに留まっている。

 

 ヒノエ島に巣食っていた強大な悪神・大禍大龍との戦いにおいても、カムヒツキは自ら動くことなく、全ての戦いをサクナヒメに任せっきりにしていた。

 それだけ聞くと——『安全地帯から偉そうにただ踏ん反り返っているだけの神様』というイメージを拭い切れないが、これにはちゃんとした理由がある。

 

 カムヒツキは——『世界を支える創世樹の化身』だ。

 彼女が動くことは、世界が動くことに等しい。彼女が下手に戦場になど出陣するようなことになれば、それはより大きな混乱となって世界そのものを揺るがす事態へと発展しかねない。

 力が強すぎるあまり、直接その力を行使することが出来ない。どんなに強大な力を秘めた神様も、決して好き放題に力を振るえるわけではないということだ。

 

 

「父さん……あのカムヒツキという神様……あれは、幻の類でしょうか?」

「お前も気づいたか、鬼太郎……」

 

 事実、鬼太郎も目玉おやじも眼前に君臨するカムヒツキが『本人』でないことを察していた。

 よくよく見れば分かることだが、彼女の体は透明感を帯びていた。その巨体が明らかに周囲のビル群に重なっているのに、触れることなくすり抜けていたのである。

 

 そのことからも、それが実体のない幻——『立体映像』の類であることは明白だ。

 おそらく、本人は今も神々の都の奥深くに鎮座しているのだろう。自分の姿を映像として送りつける。カムヒツキにとって、それが自分自身が下界へと干渉出来る、ギリギリの境界線といったところか。

 

 

『——サクナヒメ、ココロワヒメ……二人とも、息災のようで何よりだ……』

「「——はっ!!」」

 

 しかし立体映像だけでも、カムヒツキが纏う神秘性は十二分に伝わってくる。

 彼女の口から発せられる神聖な響きからの呼び掛けに、ココロワヒメとサクナヒメ、二柱の神が揃って畏まる。

 

「…………」

「…………」

 

 帆高と陽菜の二人も、その神々しさを前には流石に押し黙るしかなく。

 気が付けばその場の空気は、完全にカムヒツキによって掌握されていた。

 

 

 

『サクナヒメよ。朕が命じた御役目……無事務めを果たしているようだな』

「勿体なきお言葉!! 未だ我が使命は道半ば……引き続き、人の子らに米作りの何たるかを指導していく所存でございます!!」

 

 カムヒツキは、まず最初にサクナヒメに労いの言葉を掛けた。

 彼女に与えていた御役目——『今を生きる人々に稲作を教え広める』という主命を、サクナヒメがしっかり果たしていると褒め称えたのである。

 これにサクナヒメも決して浮かれることなく畏まった姿勢のまま、まだまだこれからだとさらなる研鑽に励んでいくことを心から誓っていく。

 

 

『だが、ココロワヒメの御役目を邪魔するなど……あまり褒められたことではないな……』

「…………」

 

 

 だが一転、サクナヒメがココロワヒメの御役目の妨害をしていると苦言を呈し始める。サクナヒメは表情にこそ出さなかったが、動揺からか一瞬だけその小さな身体が揺れた。

 サクナヒメの悪い予感が当たってしまったようだ。ココロワヒメはカムヒツキの正式な命の下、天気の巫女である天野陽菜を贄に捧げようとしていた。

 

 それが本当なら、これはサクナヒメでも口出し出来ない問題だ。

 これが主神であるカムヒツキの意思であるなら、それに物申すなど無礼でしかなく、サクナヒメとてその方針には従うしかない。

 

「恐れながら、カムヒツキ様……何故、ココロワヒメ様にそのような命を?」

 

 だがここでサクナヒメ同様、畏まった姿勢を貫いていたタマ爺が口を挟み、カムヒツキからその真意を聞き出そうとする。

 

「人の子らが、天災を鎮めるために人身御供を立てるなど、確かによく聞く話ではありますが……その生贄を神自身が積極的に求めるなど……あまり聞いたことがありませぬが……」

 

 人身御供という文化が、人間たちの間で伝えられてきたことはタマ爺も知っていた。

 しかし、それは人間側の都合だ。生贄など捧げられたところで必ずしも神様がそれに応えるわけではない。

 寧ろ、神によってはそれを迷惑がるものもおり、贄として捧げられた人間をこっそり返したり、仕方なく自身の従者として仕えさせるなど、神側も対応に四苦八苦しているとのこと。

 

 それが今回に限っては、天界からココロワヒメという使者を遣わせてまで、天気の巫女を贄として求めた。

 果たしてそこにどのような理由が、意味があるというのだろうか。

 

『そうさな……何も知らぬままでは、お主らも納得は出来まい……』

「…………」

「…………」

 

 タマ爺の問い掛けを無礼とは断せず、カムヒツキは理由も分からないまま生贄にされるのは不憫だろうと。陽菜や鬼太郎たちへの説明を兼ね、タマ爺の問い掛けに答えていく。

 

 

 

『これは遥か昔、朕が今の座に就任する前……先代がお前たち人の子らと交わした契約に端を発しておる』

 

 そもそもの始まりは、カムヒツキが主神として君臨するより、さらに昔——『先代』の主神が人の子と交わした約束から全てが始まったという。

 

『その時代、人の子らは度重なる天災……嵐や洪水、長雨による飢饉によって苦しめられていたた』

 

 自然災害による被害。

 それはいつの時代もそこで暮らす人々を脅かす天災だ。しかも昔は、今と違って環境や設備が整っているわけでも、被害を受けたからといって補償を受けられるわけでもない。

 現代よりも天災の被害がダイレクトに影響し、大勢の民草が飢えや病いで苦しんでいた。

 

 強大な自然災害を前に、力弱き人間たちに出来ることなどなく。

 平身低頭。嵐が早く過ぎ去ってくれるようにと、ただ祈るだけの日々を送るしかなかった。

 

『そんな中……一人の巫女の天への真摯な祈りが、先代の胸を打った……』

 

 そんな祈りを捧げる人々の中に、一人の少女がいた。

 常日頃から神々への祈りを欠かせない。敬虔な巫女だった彼女の存在は、天上から地上の被害をただ眺めているしかなかった主神の目に留まった。

 主神はその娘の曇りなき願いに心を打たれ、彼女の前に『神託』という形で降り立った。

 

 当時は現代などとは違い、まだまだ神々が人の世に確かな影響力を及ぼしていた時代だ。

 神が人々の祈りに応え、何かしらの加護や力を授けることも決して珍しいことではなかった。

 

 そうして、少女は主神から『天候を自由に操れる力』を授かり、それを苦しむ人々のための行使するようになった。

 それこそ、後の世に『天気の巫女』と呼ばれるものが誕生した経緯である。

 

「それが……天気の巫女の……始まり……」

 

 今代の天気の巫女である陽菜も、一番最初に力を授けられたという巫女の物語に、真摯に耳を傾け続けていく。

 

『だが、天候を自在に操れると思い上がった人の子らは……やがてその力を己の私利私欲を満たすために使うようになっていった』

 

 しかし、この辺りでカムヒツキの口調が段々と厳しいものへと変わっていく。

 天気の巫女の本来の力は、ただ天気を晴れにするだけではない。天候を自在に操れるというその超常の力を、人間たちは全く別の用途で利用するようになったのだ。

 

 豪雨と共に稲妻を走らせ、賊や軍勢を蹴散らしたり。

 大陸から侵略者が押し寄せてきたときなど、神風を吹かせては敵船団を国外まで退かせた。

 

 巫女自身は、神様から頂いた力をそのような形で振るうことに抵抗感を示していたようだが、人々に頼られてしまえば断ることも出来ず。

 周囲のものに請われるがまま、力を行使し続けるしかなかったという。

 

「……っ」

 

 その話に帆高は、胸の奥にチクリと痛むものを感じた。

 彼自身も、陽菜の力を『商売』に利用したクチである。それは自分たちの生活を成り立たせるため、ある種仕方のないところもあったわけだが、それが本来の用途とは違うという自覚は彼にもあった。

 

『度重なる力の濫用は……空そのものに、大きな負担となってのしかかった』

 

 そうした、身勝手な力の濫用は『空』という領域に深刻なダメージとなって蓄積していく。

 巫女が不味いと気付いた頃には、もう手遅れ。自然回復ではどうにもならないほどに疲弊し、バランスを失った空が崩壊——空一面が、晴れることのない雲で覆われていくこととなった。

 

 そう、今現在——東京の空が抱えている問題もまさにそれなのだ。

 

『全ては人の子の浅はかさが招いた事態だ。先代は自らの手で空を修復し、二度とこのようなことが起きないようにと、巫女から授けた力を取り上げようとした。だが……』

 

 主神は人間に力を授けたことを後悔し、自らの手で過ちを正そうと全てを元通りにしようとした。ところが——。

 

『——全ての責任は私が負います!! ですから、どうか……この力を後世に!!』

 

 そこに、天気の巫女が待ったを掛けた。

 巫女は空を壊してしまった全責任は自分が取ると。その上で——天気の巫女としての力だけは、後世に受け継がれるようにして欲しいと懇願した。

 使い方さえ間違えなければ、この力はきっと苦しむ人々のためになる筈だと、畏れながらも神相手に直談判したのである。

 

『——良かろう。他でもない其方の願いだ。そのように取り計ろう……』

 

 主神は熟考の末、その願いを聞き入れた。

 その代わり、壊れてしまった空は『巫女がその身を捧げ修復する』という形でバランスを取る。

 

 そのような形で——人と神は『契約』を交わしたのである。

 

 こうして、代々天候を操れる人間——天気の巫女と呼ばれるものが輩出され、天気を操り、民衆を苦難から救う。

 その一方で、空が壊れてしまった際は、巫女がその身を捧げ責任を持って修復するという。

 

 

 そういう、循環の輪が出来上がり——それが今に至るということだ。

 

 

 

×

 

 

 

『——以上が、天気の巫女が生まれた経緯……そして、その役目を引き継いだ汝が果たすべき責任である』

 

「………」

「………」

 

 カムヒツキの口から語られた天気の巫女誕生にまつわる話に、陽菜と帆高の二人は暫しの間何も言葉が出てこなかった。

 

 初代の天気の巫女の選択が正しかったか、間違いだったか。それは二人にもわからない。

 彼女とて、きっと未来のことを想ってその力が受け継がれるようにと願ったのだろう。実際、その力のおかげで救われた人々が大勢いたのは間違いない。

 

「けど……そんな……昔の人が勝手に交わした約束で……どうして陽菜さんだけが、贄になんか捧げられなきゃならないんだよ!」

 

 だが初代の巫女が神様と交わした厄介な『契約』のせいで、今代の巫女である陽菜が窮地に晒されている。

 帆高はその事実だけはどうしても受け入れることが出来ず、言葉を詰まらせながらも必死に抗議を続ける。

 

『その台詞……それは天気の巫女に選ばれたのがその娘でなくても、同じことが言えたか?』

「えっ……?」

 

 しかし感情的に叫ぶ帆高の言い分を、神であるカムヒツキは平坦な口調で切り返す。

 相手の言葉の意味を咄嗟には理解出来ずに惚ける帆高。だが人間の戸惑いなど気にも留めず、神は平静に言葉を投げ掛けていく。

 

『其の方が天気の巫女の犠牲を必死になって否定するのは、その娘に個人的な好意を抱いているからに過ぎん。もしも天気の巫女に選ばれたのがその娘ではなく、其の方と何の関わり合いもない相手であったのなら……そのものを贄にすることに躊躇いこそあれど、結局は納得したことだろう』

「——っ!!」

 

 カムヒツキの核心をついた言葉に、帆高は息を詰まらせるしかない。

 

 そう、結局のところ、帆高がここまで必死になって陽菜を庇うのは——彼女に好意を抱いているから。

 世界などどうなってもいいから、陽菜に生きて欲しいと願うほど——彼女のことを好きだったからだ。

 

 しかしそれ以外の人間にとって、天野陽菜という少女はどこにでもいる『その他大勢』の一人に過ぎない。彼女一人がいなくなったところで、心の底から悲しめる人間が果たしてどれだけいるだろうか。

 

 故に世界のためならと、彼女が犠牲になることを容認する人間が大多数なのが現実だ。

 それは決して責めるようなことではない。誰もがそれぞれに大切な人がおり、その人のためならと、帆高のように世界を相手に戦うことを選ぶかもしれない。

 

『朕はこの日の本の主神、そして世界を支える創世樹の化身である。この世界の秩序を維持するためなら、それが誰であろうと切り捨てることに躊躇いなどない』

 

 しかし、神であるカムヒツキにその理屈は通用しない。

 彼女はそれがこの国のため、世界のためであれば迷うことなく、その犠牲を容認することも厭わない。

 

 それが主神として、神々の頂点に君臨する彼女の『責務』だ。

 たとえ何を犠牲にしてでも、カムヒツキには世界の秩序を維持する役割があるのだ。

 

 

 

「父さん、ボクはどうすれば……」

「鬼太郎……」

 

 一方で、鬼太郎もカムヒツキの言葉に納得しきれない様子を見せながらも、異議を申し立てられないでいた。

 彼自身、決して世界のために誰かを犠牲にするような考え方を認めるような人物ではなかったが、問題なのはこれが『人と神が正式に契約を結んだ』という点である。

 

 約束の重みを知る鬼太郎からすれば、その契約を一方的に破棄するなど褒められたことではない。

 昔の人が勝手に結んだ契約という、帆高の言い分も。時間感覚が人間と違う神からすれば関係がないことだと。妖怪側としては寧ろ、神側の言い分の方が納得出来てしまうため、人間側にそこまで肩入れが出来ないでしまっている。

 

 

 

『さあ……問答は終わりである。ココロワヒメ、サクナヒメよ。契約に基づき、天気の巫女を贄として捧げよ……邪魔だてするものは、力づくで排除することを認める』

「……はっ!! 承知、致しました……」

 

 そうして、話すべきことを話し終えたと、カムヒツキはココロワヒメたちに使命を果たすよう促していく。ココロワヒメの声音からは僅かに躊躇いのような感情が読み取れるが、主神から直接命令を受ければ動かざるを得ない。

 与えられた御役目に従い——天野陽菜を人身御供とすべく、彼女に向かって厳しい視線を投げ掛けていく。

 

「……っ!!」

「帆高……もういいよ……もう……」

 

 これにやはり最後まで抵抗を示そうと帆高が陽菜を庇おうとするが、それを他でもない陽菜自身がもういいと項垂れながら首を振った。

 もうこれ以上は抵抗も無意味。やはり自分一人が犠牲となることで、この空を晴らすべきだと。

 天気の巫女として運命に従うしかないと、陽菜は全てに絶望しながらも与えられた定めを受け入れようとする。

 

 

「——お待ち下さい!! カムヒツキ様!!」

 

 

 だが意外にも、そこで待ったを掛ける——サクナヒメの声が響き渡った。

 

「……サクナさん?」

「い、いかがなされました……おひいさま?」

「サクナヒメ、いったい何を……?」

 

 これにココロワヒメやタマ爺、鬼太郎ですらも戸惑った表情でサクナヒメへと目を向ける。

 だが周囲の視線にも臆さず、サクナヒメは揺るがぬ姿勢で膝をついたまま、毅然とした態度でカムヒツキに向かって物申していく。

 

「恐れながら……このサクナヒメに申し上げたき儀が御座います」

『ほう? 良かろう、申してみるがいい……サクナヒメよ』

 

 サクナヒメが何を進言するのか、カムヒツキは面白そうに微笑を浮かべながら彼女の言葉に耳を傾け始める。

 

 

 

「先ほどのお話を聞く限り……問題となるのは、先代が初代天気の巫女と交わしたとされる契約。その契約がある以上、この娘が自らの身を捧げるのは必定……それを守らせるため、カムヒツキ様がココロワヒメに御役目を与えたのも、当然の判断だったと言えましょう」

「…………」

 

 サクナヒメは人と神が交わした契約。それがある以上、天気の巫女がその身を捧げるのは当然だと。契約を履行させるため、カムヒツキがココロワヒメを地上へと派遣したことには何一つ問題がなかったことを予め申し伝えておく。

 それについては、もはや反論の余地もないため当人の陽菜も黙っているしかない。

 

「しかし……そのような手垢がついた古びた契約のせいで、カムヒツキ様がお手を汚し、人の子らから言われなき批判を受けるなど、このサクナヒメには我慢がなりませぬ!! どうでしょう? いっそのこと、ここで天気の巫女との煩わしい契約を、正式な形で破棄してはいかがでしょう?」

「…………えっ?」

 

 だが続く言葉——天気の巫女が力を得るきっかけとなった契約。サクナヒメは、それそのものを『破棄』すべきだと進言したのだ。

 まさかの提案に、陽菜の脳裏に『そんなことが可能なのか?』という疑問が湧いてくる。

 

「先代が交わした契約とはいえ、今代の主神であるカムヒツキ様と天気の巫女……互いの合意さえあれば、それを破棄することに何ら問題はない筈……さすればもう二度と、このような事態にわざわざカムヒツキ様が気を回す必要もなくなるかと……」

「本当に……そんなことが……?」

 

 どうやら双方の合意があれば、契約の破棄は可能らしい。

 元より天候を操るなど、人には過ぎた力だ。その力を失うことと引き換えに、生贄になる必要がなくなると言うのであれば、陽菜としても断る理由などないわけだが——。

 

『——サクナヒメよ……自分が何を言っているのか分かっているのか?』

 

 ところが、このサクナヒメの提案にカムヒツキはその顔から笑みを消す。声音からも、どこか怒っていることが伝わってくる。

 

『其の方の言うとおり……神と人が互いに同意すれば、契約そのものが破棄され……今後二度と、天気の巫女などと呼ばれる人間が誕生することもなくなるだろう』

 

 カムヒツキはサクナヒメの言っていることが、決して間違っているわけではないことは認めた。やはり契約の破棄、それ自体には何の問題もないようだが。

 

『しかしそれは、先の主神の選択が過ちであったと、声高々に宣言するようなものなのだぞ? 先代の顔を潰すような真似を……この朕にせよと言うのか?」

 

 一方で、それは神様としての面子に関わる問題だと、カムヒツキは渋い顔をする。

 カムヒツキ自身ではない。彼女の先代——人間と契約を結んだ主神の選択が間違っていたと、その顔に泥を塗るも等しい行為、あまりにも敬意を欠いているというのだ。

 その先代とやらがどのような神様だったかは分からないが——カムヒツキの反応からして、相当に威厳ある神だったのだろう。

 偉大な先達に対して不敬を働くわけにはいかないと、カムヒツキがサクナヒメの提案に難色を示すのも無理からぬことなのかもしれない。

 

「このサクナヒメ……カムヒツキ様から御役目をいただき、下界を降りて幾許かの月日が経ちました。使命を果たすためにも方々を駆けずり回り、見聞を広げてまいりましたが……一つ、どうにも納得出来ないことがあるのです……」

 

 するとサクナヒメ、ここで大袈裟な手振り身振りを交えながら、自分が下界を降り立ってからの日々について語り始めた。

 どこか芝居がかった口調で、彼女は納得出来ないという——とある事実について、声高々に叫んでいく。

 

 

「それは……当世の人の子らの間で偉大なる御身、カムヒツキ様の名がそこまで広く知れ渡っていない……ということです!!」

『むっ……』

 

 

 衝撃の事実とばかりに叫ばれたサクナヒメのその言葉に対し、カムヒツキはどこか不満げに口を尖らせる。

 

 

「…………そうなんですか、父さん?」

「ふむ……確かに、カムヒツキという神の名は……あまり有名とは言い難いが……」

 

 その話にいったい何の意味があるのかと思いながらも、鬼太郎はこっそり目玉おやじに尋ねる。

 

 実際、日本の妖怪や神々の伝承に詳しい目玉おやじからしても、カムヒツキの名はそこまで有名ではないとのことだ。

 少なくとも、目玉おやじが確認した限りでカムヒツキの名が明確に記されている文献は——例の宣教師が残した書物くらいだという。

 事実、それ以外では資料もかなり乏しく。一般の間では勿論。その筋の専門家たちの間でも、カムヒツキがどのような神であるのか、はっきりしておらず重要視もされていないとか。

 

 サクナヒメは、そんなカムヒツキの知名度の低さ——そこに『狙い』を定めた。

 

「カムヒツキ様がこの日の本に君臨する主神であることを……現代に生きる人の子たちはもっと知るべきなのです!!」

「御身の偉大なるお力を目の当たりにすれば……神を敬うことを知らぬ無知な人の子らも、きっとカムヒツキ様の偉大さを心から理解しましょうぞ!!」

「そのためにも、ここで先代の過ちを正し、全てをあるべき形へ!! 天気の巫女との契約を破棄し、その上でカムヒツキ様自らが空を修復すれば……その偉業に人も神も、妖怪たちですらも平伏するでしょう!!」

 

 異論を挟む隙間もなく、ここぞとばかりにカムヒツキの偉大さを讃え、力を行使するよう捲し立てていくサクナヒメ。

 

「なっ!? お主らも、そう思うじゃろ!?」

「……へっ? え、ええっと……?」

「それは……まあ、確かに……?」

 

 さらには陽菜たちや鬼太郎たちにも、ものすごい剣幕で同意を求めてくる。これには状況に追いつけていないでいる彼らも素直に頷くしかなく。

 

 気が付けば——その場の空気が、サクナヒメ一人によってかき乱されていた。

 

『しかしな……やはり先代の意向を蔑ろにするわけには……そもそも朕が直接下界に干渉するというのは……』

 

 それでも尚、カムヒツキを取り巻く様々な事情が彼女に力の行使を躊躇わせてしまっていた。

 だがおだてられて悪い気はしないようで、どこか浮き足立った様子でもある。

 

「よっ!! カムヒツキ様の!! ちょっといいとこ見てみたい!!」

「…………」

「…………」

 

 あとひと押しといったところで、サクナヒメは手を叩きながら掛け声をかける。

 しかしどこか古臭い、学生が飲み会でするようなコールに周囲の空気が急速に冷え込んでいく。

 

「おひいさま、流石にそれは露骨過ぎますぞ……」

「サクナさん……」

 

 タマ爺とココロワヒメの呆れるような反応に、サクナヒメも「しもうた……!!」と少し調子に乗り過ぎたかと、恐る恐るとカムヒツキの様子を伺う。

 

『はぁ……まったく其の方は……いつもいつも無茶苦茶なことを申しては朕を困らせおって……』

 

 カムヒツキもサクナヒメの狙い——自分を良い気分にさせ、いいように扱おうとした彼女の思惑を察したようだ。

 やれやれとため息を吐くカムヒツキ。だが呆れながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

『良かろう……今回は其の方の口車に乗ってやろう……』

「おおっ!! ではっ!?」

 

 寛大にも、カムヒツキはサクナヒメの思惑を理解した上でそれに乗ってくれるようだ。

 つまりは——。

 

 

『——天気の巫女との契約を正式に破棄し、朕の手で……壊れた空を修復してやろうではないか』

 

 

 全ての問題を神である彼女の手で、解決して見せようと豪語して見せたのである。

 

 

 

×

 

 

 

「……ええっと、それって……つまり?」

「陽菜さんが……人柱になる必要がなくなったってこと!?」

 

 暫しの間、カムヒツキの下した決断を理解しかねていた陽菜と帆高であったが、それが自分たちが願ってやまない結論であったことから、表情が綻んでいく。

 これで陽菜が犠牲になる必要もなくなり、それどころか空も元通りにしてくれるという。なんと良いことずくめであろうか。

 

 

『——だが!! それを実行するにあたり、二つほど問題がある……』

 

 

 とはいえ、それで「何もかも全て解決!!」とならないのが現実だ。

 カムヒツキは自分が手を貸すにせよ、決して避けては通れない問題があることを、浮かれる帆高たちに釘を刺すよう提示していく。

 

『一つ、朕の力を人界にまで届かせるには……人々の願いが必要だ。人の子らが、心から空が晴れることを望まねば、それを叶えてやることも出来ぬ……』

 

 一つ目の問題点——それはカムヒツキだけでは空を修復することが出来ないということだ。神である彼女がその力を発揮するためには、人間たちの祈りが必要不可欠。

 人々の切なる祈りを聞き届けてこその『神様』だ。信仰心が薄い現代で、果たしてどれだけの人の願いが集まるかどうか。

 

「それに関しては問題なかろう……きっと人間たちも、今は空が晴れることを望む筈じゃ……」

 

 もっとも、それに関しては心配いらないと目玉おやじが力強く頷く。

 もう一ヶ月以上も雨が降り続けている現状を考えれば、そろそろ晴れになって欲しいと願うのが人情というものだ。

 きっと呼びかければ、誰も彼もが晴れになって欲しいと真摯に願う筈である。

 

『二つ…………届かぬのだ……』

「……? どういう、意味でしょうか?」

 

 一つ目の問題については特に支障はないとされ、カムヒツキは二つ目の問題について語ろうとしたが、彼女の台詞——『届かない』という言葉の意味が分からず、鬼太郎が聞き返した。

 

『今こうしている瞬間も、朕は修復すべき空……彼岸に向かって手を伸ばしているのだが……どういうわけか、そこまで朕の力が届いていない……』

 

 直すべき壊れてしまった空、それは空の上の世界——『彼岸』にあるとのこと。本来であれば、贄として捧げられる天気の巫女が彼岸に留まり、その身と引き換えに空を修復するべきだった。

 それをカムヒツキが天気の巫女に代わって、その場所まで自身の力を伸ばすことで空を治そうとと試みているようだが——どういうわけか、それが上手くいかないという。

 

『朕にも詳しい原因は分からぬが……どうやら何者かが、朕の妨害をしているようだ……』

 

 これに困惑気味なカムヒツキ。

 原因として考えられるのは——彼岸に巣食う『何者』かが、カムヒツキの力が届くのを妨害しているからだという。

 これでは、カムヒツキの手で空を修復することは叶わず——やはり天気の巫女を捧げるしかない、という話に戻ってしまう。

 

「では、いったいどうすれば?」

 

 それではここまでの話が無駄になってしまうと、サクナヒメはどうすればいいかを率直に尋ねる。流石に何かしらの解決方法があるのだろうと、期待しながらカムヒツキの言葉を待つのだが——。

 

『直接出向くしかなかろう……勿論、朕が天界から離れるわけにはいかぬ故、代わりにサクナヒメ……其の方が赴くのだ』

「……へっ?」

 

 まさかの提案に思わず目が点になるサクナヒメ。

 しかしカムヒツキは当たり前だろと言わんばかりに、ジト目でサクナヒメを見下ろしながら、主神として命を下すのであった。

 

 

『——言い出しっぺは其の方であろう? ならば其の方が彼岸まで赴き、朕の邪魔をする不届きものを排除して参るのじゃ……これは、勅命である!!』

 

 

 

 

 

「やれやれ……面倒な話になってきたのう……」

「カムヒツキ様の意向に口を挟んだのですから……それくらいは当然でしょう」

 

 その後、カムヒツキは『後は任せる』と言い残すや、一旦その姿を消してしまった。

 彼女の主命に従い、『彼岸』へ出向かなければならなくなったサクナヒメは、不満そうにため息を吐くが、主神に意見した以上そうなるのも必定だとタマ爺は小言を溢していく。

 

「それで……お主も来るのか、鬼太郎?」

 

 だが既に気持ちを切り替え、サクナヒメは戦支度を整えていた。

 彼岸に何が待ち構えているか分からない以上、万全を期す必要がある。そこで彼女は同行を申し出てきた相手——鬼太郎にも、本当に手伝ってくれるのかと改めて意思確認していく。

 

「ええ、乗りかかった船です。ここまで関わった以上、最後まで見届けなければ……」

 

 正直なところ、鬼太郎にそこまでする理由はない。

 雨が降り続ける現状を変えなければならないのは当然だが、それなら天気の巫女一人を犠牲にすればいいだけの話なのだ。

 しかしそれでは後味が悪いと。鬼太郎も天気の巫女を捧げなくて済むよう、サクナヒメの手伝いを申し出たのである。

 

「そうか……まあ、お主とわしの二人が組めば、何が待ち構えていようとなんとかなるじゃろ、はっはっは!!」

「少々楽観的にも思えますが……鬼太郎殿が手を貸してくれるのはありがたいことです」

 

 鬼太郎がいれば心強いと、サクナヒメは快活な笑い声を上げる。タマ爺はサクナヒメが調子に乗っているとため息を吐くが、それでも鬼太郎の参戦を頼もしいと頷いていく。

 両者の戦闘力の高さは今更語るまでもない。この二人がいれば、確かに並大抵の相手など脅威にならないだろう。

 

「というわけじゃ……お主の御役目を奪うようで心苦しいが、ここから先はわしに任せてくれんか……ココロワよ?」

 

 と、ここでサクナヒメは後ろを振り返り、そこで待機する親友——ココロワヒメに目を向け、彼女に頭を下げる。

 本来なら、今回の御役目はココロワヒメがカムヒツキから承ったものだ。それを結果的とはいえ、横取りするような形で引き継いでしまったと、そのことに後ろめたさを覚えているようだった。

 

「いえ、私こそ……サクナさんに全てを任せるようになってしまって……私自身に、もっと戦う力があればよかったのですが……」

 

 しかし、それは余計な気遣いだと。寧ろココロワヒメは、自分が力になれないことを恥じるよう、俯いてしまう。

 発明神として機巧兵を率いるココロワヒメだが、彼女自身の戦闘力は決して高くない。肝心の機巧兵たちも、その大半がスクラップ状態であるということもあり、彼女はここで待機することになった。

 

「サクナさん……どうかご無事で……」

「おう!! 任せておくが良い!!」

 

 親友を送り出すしかないココロワヒメは、せめて無事に帰ってきて欲しいと手を合わせて祈る。その祈りに応えるよう、サクナヒメも笑顔を浮かべてみせた。

 

「あの……すみません……」

 

 そのまま「いざ行かん!」といった空気感であったのだが、そこで森島帆高がやや控えめに声を掛ける。

 一連の流れの中、サクナヒメがカムヒツキに意見してまで陽菜が生贄にならないで済むよう話を付けてくれたこともあってか、先ほどまで抱いていた敵意や警戒心を抑えつつも、彼は『とある疑問』について問いを投げ掛けてくる。

 

「本当に、陽菜さんも皆さんと一緒に行かなくちゃいけないんですか?」

「…………」

 

 そう、天野陽菜が——サクナヒメたちと一緒に『彼岸』へ行かなければならない、そのことについて改めて疑問を呈したのである。

 ココロワヒメ以上に戦いの場に向いていない彼女が、どうしてわざわざ彼岸まで赴かなければならないのか。それにはちゃんとした理由があった。

 

「先ほども申し上げましたが……ここから彼岸へと向かえるのは、天気の巫女だけです。貴方が彼岸へ赴かない限り……彼方への門が開くこともありません」

 

 ココロワヒメが前もって懇切丁寧に説明してくれたことを要約すると、こういうことになる。

 

 

 この廃ビルの屋上にある鳥居が『人の世』と『彼岸』を繋げる通り道であることに間違いはないのだが、その道は常に開かれているわけではない。

 それというのも、この鳥居から彼岸へと行けるのは、天気の巫女が彼岸に留まり、空を修復している間——その期間だけ、彼岸への道が開いているとのことなのだ。

 天気の巫女が不在であったり、完全に空が修復されてしまった後では、鳥居はその役目を終え、彼岸への道を閉ざしてしまうという。

 

 つまり——どうあっても天気の巫女である陽菜は彼岸まで赴き、門を開いておく状態にしておかなければならないのだ。

 そのまま贄として捧げられるか、それとも現世へ帰って来れるかどうかは——鬼太郎とサクナヒメが彼岸に巣食う『何者か』を排除できるかどうか、それにかかっていると言えよう。

 

 

「う〜ん、そないに不安なら……わしが、ひとっ飛びして来よか? よく分からんけど……その彼岸ってのは、空の上にあるんやろ?」

 

 陽菜を彼岸まで行かせるのが不安な帆高の気持ちに対し、ここである人物が声を掛けてくる。

 ひらひらと宙を舞う布切れ、そう一反木綿だ。

 

「……お主、おったのか?」

「最初からおったわ!!」

 

 カムヒツキとの謁見の間、空気を読んで一言も口を挟んでこなかった彼の登場に「いたの?」と疑問を浮かべるサクナヒメだが、鬼太郎を廃ビルまで連れてきたのは彼なのだから、そこにいるのは当然だ。

 一反木綿は自分なら遥か上空——雲の上までひとっ飛びだと豪語し、鳥居などわざわざ潜る必要もないのではと首を傾げるが。

 

「彼岸は雲の上の世界とされていますが……単純に空まで行けばいいというわけではありません」

 

 しかしその考えは間違っていると。ココロワヒメは彼岸という場所が、そう簡単に辿り着ける場所でないことを語る。

 

 

 そもそも、『彼岸とは何か?』

 言葉通りの意味で捉えるなら向こう岸——つまりは『あの世』のこと。一説では空の上にあり、死者の魂が集まる場所とされている。

 しかし、神であるココロワヒメ曰く。彼岸とは『この世』でも『あの世』でもない、その境目にある世界だという。

 特にお盆の日などに、あの世からこの世へと死者の魂が戻ってくる際に使われる道なんだとか。

 

 そこは『天国』や『地獄』などと同じで、どんなに空高く飛ぼうと、地面をいくら掘り返そうと——物理的な手段では絶対に辿り着けない領域なんだとか。

 単純に『位層』そのものが異なるため、そこへ辿り着くためには決められたルートを辿る必要があるという。

 そして彼岸へ渡るためのルートが、廃ビルにある鳥居であり、その門を開くためにも——やはり天気の巫女の存在は必要不可欠とのこと。

 

 

「なら、陽菜ちゃんはわしが守ったるばい!! 大船に乗ったつもりでいればよかとね!!」

「え? は、はい……どうも……」

 

 ならばと、一反木綿は自分が陽菜の付き添いで彼女を守るんだと意気揚々に同行を申し出る。確かに護衛という意味であれば、陽菜には一反木綿に乗っていてもらえるのが安全なのだろう。

 だが、明らかに下心丸見えな一反木綿の態度に、陽菜は礼を口にしながらも及び腰になってしまう。

 

「……やっぱり心配だ!! 俺も一緒に行く!! 陽菜さんは……俺が守るから!!」

 

 一反木綿が陽菜にセクハラを働かないか——もとい、彼女の身の安全を心配し、帆高も彼岸までの同行を申し出てくる。

 

「帆高くん、キミは……いや、言って聞くようなら、最初からこんなところにまで来てはおらんじゃろう……」

「……そうですね、父さん」

 

 そんな帆高を静止しようとした目玉おやじだが、一人の少女のためにここまで食らいついてきた帆高の決意を悟ってか。

 説得は無理だろうと諦めたように首を振り、父親の判断に同意するよう鬼太郎も苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

 

「——よし、では行くとするか!!」

 

 最終的にサクナヒメとタマ爺、鬼太郎と目玉おやじ。

 天気の巫女である陽菜と、彼女を守るためにと帆高が付き添い——二人を乗せた一反木綿で鳥居を潜っていき、一同は『彼岸』へと赴くのであった

 

 

 

×

 

 

 

「ついた……!? って、きゃあ!?」

「陽菜さん!? っ……!!」

 

 鳥居を潜り抜けたと思ったその瞬間にも、陽菜と帆高の二人は空の上の世界——彼岸の洗礼を受けた。

 

 荒れ狂う暴風雨。

 空気が凍てつくように冷たく、雨粒が叩きつけるように彼らの体を打つ。不思議なことにその雨、一粒一粒が魚の形をしているように見えた。

 眼下に目を向ければ、巨大な雲の帯が大樹のように絡み合い蠢いている。かと思えば、雲の帯の一本が突然巨大な竜となり、陽菜と帆高を呑み込まんと迫ってくる。

 

「——二人とも、しっかり掴まっときんしゃい!!」

 

 陽菜と帆高だけであったら、立ちどころにその雲の龍に食われ、荒れ狂う暗雲の中を成す術もなく流されることになっていただろう。

 だが、二人を背に乗せている一反木綿であれば、そこから逃れることも可能だ。雲の龍を巧みに躱し、凄まじい嵐の中を怯みながらも突き進んでいく。

 

「本当に戻ってきたんだ……彼岸に……」

「うん……」

 

 そんな不可思議な気象現象を目の当たりにし、帆高と陽菜は自分たちが彼岸へと戻ってきたことを実感する。

 本来なら、天気の巫女たる陽菜はこの地に縛られ続け、その身が力尽きるまで壊れた空を修復することに勤めていなければならなかっただろう。

 しかし、もうそうはならない。必ずもう一度現世へ戻ってやると、二人は離れ離れにならないよう、互いの手をぎゅっと握り合う。

 

「嵐を抜けるばいよ!!」

 

 そんな二人を乗せたまま、一反木綿は荒れ狂う雲の中をなんとか突き抜けていく。

 

「この雲さえ抜ければ……!!」

 

 帆高は経験上、ここを抜けさえすれば静かな空域。どこまでも穏やかな青空が待っていることを知っていた。

 あと少しの辛抱だと、吹き抜ける嵐を堪えながら、ようやく雲の中を抜け——。

 

「!? な、なんなだよ……これ……」

 

 ところが、嵐を抜けた先で帆高たちを待ち構えていたもの——それはさらに混沌とした空であった。

 

 青空が広がっている筈の空域が、真っ暗な闇夜によって支配されていた。

 雨風は止む気配もなく吹き荒び続け、空を引き裂くような雷鳴が絶えることなく鳴り響いている。

 

「そんな……前に来たときは、ここまで荒れてなかったのに……」

 

 明らかに以前来たときとは違う、空の世界の荒れ模様に困惑する帆高。

 

「これって……私が空を治す役目を……放棄したから?」

 

 一方で、陽菜は彼岸のその荒れようこそが、天気の巫女としての役割を放棄した自身の不始末だと思ったのか。責任感からその表情が陰りを帯びていく。

 

「だ、大丈夫だよ、陽菜さん!! きっと……鬼太郎と、あのサクナヒメって子がなんとかしてくれる筈だから……」

 

 落ち込む彼女を励ますためにも、帆高は鬼太郎たちの名前を出した。

 今回の件はすでに人間である自分たちの手を離れ、妖怪や神様である彼らの手に託された。自身の無力さには帆高も歯痒い気持ちがあるが、こればかりは仕方がない。

 

「そういえば……その鬼太郎くんと、サクナヒメって子は?」

 

 そこで陽菜も鬼太郎たちのことを思い出し、彼らがどこにいるのかとその姿を探す。

 彼らも陽菜たちとほぼ同じタイミングで鳥居を潜り抜けたため、そこまで離れたところにはいない筈なのだが。

 

「あっ、鬼太郎しゃんや!! お〜い、鬼太郎しゃん!!」

 

 すると一反木綿が鬼太郎の姿を捉え、彼の姿が見えた方向へと一直線に飛翔していく。

 

 

 

「ここは……」

「…………」

 

 そうして、一反木綿が降り立った場所——そこは分厚い雲の上であった。

 摩訶不思議なことに、そこには青々と植物が生い茂っていた。地上では見たこともない草木による、美しい草原が広がっていたのだ。

 一反木綿から降り、その草原に足を踏み入れる帆高たち。彼らは雲の上に立てることを疑問に思うよりも、その場所こそが空を修復するため天気の巫女が留まる場所。

 天野陽菜を縛り付けていた地であったことに、動揺を隠しきれないでいる。

 

「無事だったとね、鬼太郎しゃん!!」

 

 だがそうした個人的な感傷に気付いた様子もなく、一反木綿は先にその地に降り立っていた鬼太郎と、その隣に立つサクナヒメの元へと駆けつける。

 

「…………」

「…………」

 

 両者共に、荒れ狂う雲の中を単独で突破してきたようだ。だが、二人の間に無事目的地に辿り着けたという安堵感はなく。

 その視線は雲の草原の真上——そこに居座るように留まっていた『ドス黒い巨大な球体』を油断なく見据えていた。

 

「タマ爺、もしやこれが……」

「ええ……カムヒツキ様の仰っていた……この地に巣食う何者かでしょう……」

 

 サクナヒメは肩に担いだ星魂の農具——タマ爺と言葉を交わす。

 二人は眼前に浮かぶその黒い球体こそ、カムヒツキの言っていた邪魔者——彼女の力が彼岸まで届かないでいる原因だと理解する。

 

「それにしても、なんとも邪悪な妖気じゃ……」

 

 その正体までは流石に分からないサクナヒメだが、その球体からひしひしと伝わってくる『邪悪な妖気』から、それが悪しきものであることを察した。

 父親から武神としての側面を色濃く受け継いだ彼女を持ってしても、思わず身構えてしまうほどに凄まじい威圧感をそのドス黒い球体は発していたのだ。

 

 いったい、それが何者だったのか。

 その答えは——鬼太郎の妖怪アンテナが指し示していた。

 

「まさか……そんな……」

「どうした、鬼太郎? まさかお主、これがなんなのか……心当たりがあるのか?」

 

 鬼太郎の動揺が声音からも伝わってきたため、サクナヒメはそれがなんであるかを問い掛ける。

 だが、今の鬼太郎にその問いに答える余裕はなく。彼は妖怪アンテナから感じ取れる『波長』が何かの間違いだと首を振るうしかない。

 

 しかし鬼太郎がいくら否定しようと、それが間違いでないことは——それが発する怨嗟の声が雄弁に物語っていた。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!! き……たろう……!? ゲゲゲの鬼太郎!!』

 

 

 ドス黒い球体から鬼太郎の名が叫ばれた。

 瞬間——ギョロリと、その巨大な一つ目が鬼太郎の姿を捉える。

 

 

『許さん……許さんぞ!!』

 

『貴様が守ろうとした、この地に災いを!! この国に災いを!!』

 

 

 一つ目の巨大な球体。

 それは鬼太郎への憎悪から、この国に災いをもたらそうとこの地に巣食っていたのだ。

 

 しかし、それが憎んでいたのは鬼太郎だけではない。

 自分を利用し、謀った憎き相手を鬼太郎と同列に扱いながら、それは心底から恨み言を吐き捨てていく。

 

 

 

『——許さんぞ、鬼太郎!! ぬらりひょん!!』

 

 

 

「まさか、こやつ……!?」

 

 その絶叫の内容と、巨大な球体の一つ目というフォルムから、目玉おやじも眼前のそれが何者であるかを理解した。

 

 しかし何故、何故——『奴』がここにいるのだと。

 目玉おやじの表情にも動揺が浮かぶが、目の前にいるそれが確かに『本物』であることを認めるよう、そのものの名を呟くのであった。

 

 

「——バック……ベアード!!」

 

 

 

×

 

 

 

「えっ……? バックベアード……って、確か……?」

「東京の街を吹き飛ばした!! デッカい一つ目のお化け!?」

 

 その名は、人間である帆高や陽菜たちにも聞き覚えがあるものだった。

 

 

 バックベアード。

 西洋妖怪の親玉にして、鬼太郎たちと幾度となく死闘を繰り広げた宿敵。

 しかも妖怪同士の抗争だけに留まらず、奴は人間たちを相手に真っ向から宣戦布告し——大都市の一部を文字通り、消し飛ばしてみせた怪物だ。

 日本妖怪であるぬらりひょんと妖怪大同盟なるものを結成し、第二次妖怪大戦争を巻き起こして日本全土を恐怖と混乱に陥れたのが記憶に新しいところ。

 

 だが、バックベアードはぬらりひょんとの騙し合いに敗れ、毒を盛られて消滅しかけた。

 最終的には自らを爆弾と化すことで、日本諸共自分を謀ったぬらりひょんを吹き飛ばして一矢報いようとする。

 しかしその最後の企みまでもが、鬼太郎に阻止され——最後には日本上空で爆発四散、肉体を失うこととなった。

 

 

 そのバックベアードがどうして。それも魂だけとなってこんなところにいるのかと、疑問に思うのは当然のことだっただろう。

 

「そうか、ここは彼岸……死者の魂の通り道じゃ!! 魂だけとなった奴が、ここへ流れ着いても不思議ではない!!」

 

 だが冷静にも、目玉おやじはバックベアードがここにいる理由をすぐに理解する。

 そう、ここは『彼岸』——死者の魂が集まる場所だからこそ、魂だけとなったバックベアードもここへ辿り着くことが出来たのだと。

 

「魂だけになって尚、これだけの影響力を及ぼすとは……伊達に西洋妖怪の帝王を名乗ってはおらん!!」

 

 だが本来、魂だけの妖怪などほとんど無力だといっていい。

 にもかかわらず、バックベアードは肉体があった頃のような姿形を維持し、この彼岸の地に巣食うことで空の修復を妨げるだけの影響力を発揮し、この日本を呪わんと怨嗟の声を上げ続けている。

 その怨嗟は、きっと降り続ける雨そのものにも、おかしな作用をもたらしていることだろう。

 

 実際、海坊主なども『この雨に嫌な感じがする』と不安を溢していたり。

 ココロワヒメの機巧兵が雨に濡れた影響で不具合や暴走を起こしてしまったりと。現時点においても様々な弊害が起きてしまっている。

 きっとこの先も、バックベアードの怨念の影響を受けた雨が降り続ければ、さらに大きな厄災となってこの国を脅かすことになるだろう。

 

「そうまでして憎いのか……ぬらりひょんが……ボクのことがっ!!」

 

 バックベアードの執着、並々ならぬ憎しみを知り、鬼太郎が拳を固く握りしめる。

 最後まで相容れない相手だったとはいえ、まさか魂だけとなってまでも自分やぬらりひょんへの恨みを果たさんと、こんなことを仕出かすとは。

 どこまでいっても対立し合う定め。絶対的に分かり合うことの出来ない相手がこの世には存在するのだと。

 厳しい現実を突きつけられ、憂鬱な気分が重くのしかかるようであった。

 

 

 

「なんとも傍迷惑な話じゃが……此奴をこの地から立ち退かせればいいのじゃろう? どのみち、やることに変わりはないわ!!」

 

 もっとも、バックベアードとの因縁がないサクナヒメにこれといって思うところはない。

 寧ろ、分かりやすい元凶——立ち退かせるべき敵が明確になったことで、彼女はやる気を漲らせていく。

 

「油断めさるな、おひいさま!! 相手は西洋妖怪のトップ……魂だけとはいえ、何か奥の手を隠し持ってるかもしれませんぞ!!」

 

 しかし油断は禁物と、タマ爺は相手がバックベアードであることに警戒を促す。

 そう、腐っても相手は西洋妖怪の帝王——魂だけだからといって、その底力は決して侮れるものではない。

 

『オオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!』

 

 実際、肉体がないため全盛期ほどの実力を発揮出来ないでいるバックベアードだったが——この彼岸へと流れ着いた彼の魂は、予想外の方向で進化を果たしていた。

 

「な、なんじゃ……この風は!?」

「っ……これは……!!」

 

 突如、バックベアードを中心に嵐が巻き起こる。

 爆発的に発生したハリケーンは周囲のもの全てを吹き飛ばす勢いで荒れ狂い、その風の威力には鬼太郎やサクナヒメですら立っているのが精一杯。

 

「きゃああああ!?」

「うあああああ!!」

 

 人間であるある陽菜や帆高にいたっては、立っていることすら困難だ。その場で四つん這いになることで、辛うじて突風をやり過ごしかなく。

 

「危なか〜、今助けたるけんね!!」

 

 危うく吹き飛ばされそうになっている陽菜を(下心ありきで)助けようと、一反木綿が彼女の元へと飛んでいくのだが——。

 

「これは……雪? いや、雹か!?」

 

 ふと、その突風の中に冷たいものが混じる。最初は雪かと油断していたところに大量の氷の弾丸——雹が降り注いできたのだ。

 

「冷たっ……って、痛だだだだ!?」

「一反木綿!? 大丈夫か!?」

 

 その雹の弾雨をまともに浴びてしまった一反木綿は、体中に穴が空いてしまう。仲間の安否を気遣い、叫ぶ鬼太郎。

 

「な、なんとかね〜……けど、暫くは飛べんとよ〜……」

 

 鬼太郎に呼び掛けに対し、弱々しい声ながらも一反木綿は返事をした。

 過去にはバラバラに切り裂かれたところからも、一から体を再生することができた一反木綿のことだから、そこまで心配する必要はないのだが、流石にすぐに飛び回れるほどには回復出来ないのか。

 これにより、鬼太郎たちは一反木綿によりもたらされる制空圏を失うこととなる。

 

「気を付けい、鬼太郎!! 次が来るぞ!!」

「なっ……!?」

 

 そこへ容赦なく次の攻撃——バックベアードが発生させた嵐から、眩い閃光と共に稲妻が迸ってきた。

 直撃など受ければ黒焦げになってしまうだろう雷撃。サクナヒメと鬼太郎は雲の上の草原を駆けずり回りながら、なんとか回避していく。

 

 

 

「まさか……奴は天気を自在に操れるようになったとでもいうのか!?」

 

 度重なる天候の変化を目の当たりにし、目玉おやじはバックベアードが身に付けてしまった能力に戦慄する。

 どうやら、バックベアードはこの彼岸に巣食うことで『天候を自在に操る能力』を獲得してしまったようだ。

 その力は、まさに天気の巫女——かつて、嵐や雷で大軍すらも追い払ったとされる初代天気の巫女の力を彷彿とさせるものであった。

 

「これじゃ、近づくこともっ……!!」

 

 バックベアードを中心に巻き起こる嵐は、さらに激しさを増していく。吹き付けてくる突風が北風の如く向かい風となり、鬼太郎たちの接近を拒んでいく。

 

「っ……髪の毛針!!」

「これなら、どうじゃ!!」

 

 それでも吹き付けてくる嵐に負けじと、なんとか攻撃を試みる鬼太郎とサクナヒメ。

 鬼太郎は髪の毛針を飛ばし、サクナヒメも鍬を振り下ろした際に発生する衝撃波——『高波返(たかなみがえ)し』で、遠距離からバックベアードを攻撃するのだが、その程度では本体に届くことなく吹き付ける風に掻き消されてしまう。

 

「これならどうだ……指鉄砲!!」

 

 ならばと、鬼太郎は持ち得る技の中でもっとも火力がある指鉄砲を放つ。

 

『無駄な足掻きォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 しかし、過去に幾度となくバックベアード相手に効力を発揮してきた指鉄砲ですら、風の勢いで大きく威力が減衰してしまい、まるでダメージを与えることができない。

 

「おのれ!! 近づきさえすれば、わしが渾身の一撃を叩き込んでやるものを!!」

「この風がさえなければ……!!」

 

 自分らの攻撃を無力化されたサクナヒメは、接近戦に持ち込めばと悔しそうに地団太を踏む。

 鬼太郎としても、この風さえなければとそう思わずにはいられない。

 

 

 

 そう、この突風さえ止まればと。

 そう考えていたのは——鬼太郎たちだけではなかった。

 

 

 

「……? なんじゃ……急に風が……!?」

「風向きが……変わった?」

 

 不意に、柔らかな風が吹く。

 それは、バックベアードから吹き殴ってくるような向かい風ではない。逆方向から自分たちを後押ししてくれるように吹く、力強い追い風であった。

 鬼太郎たちが風が吹いてくる方向に目を向ければ、その場で必死に手を合わせて祈りを捧げる——天野陽菜の姿があった。

 

「まさか、この風……」

「キミが起こしているのか……天野陽菜!!」

 

 陽菜が何をやっているのか、彼女が天気の巫女であることを考えればすぐに分かることだ。

 

 今まで幾度となく空を晴らしてきた天野陽菜だが、天気の巫女が持つ本来の力はその程度に留まらない。

 寧ろ、天候を自在に操るのは天気の巫女の専売特許。バックベアードに出来て彼女に出来ない道理などないとばかりに、相手が巻き起こす風に、彼女の方からも風を巻き起こすことで対抗しようとしているのだ。

 

「……っ!!」

「駄目だ、陽菜さん!! それ以上、力を使ったら……!!」

 

 しかし、それも長くは続かないと陽菜の体——彼女の半透明になりかけている肉体を見てしまったことで、帆高はそれ以上の力の行使を辞めるように叫んだ。

 

 元より、天に捧げられることを運命付けられている天気の巫女。その運命は力を使えば使うほど、その代償を支払えと言わんばかりに色濃くなっていく。

 以前もそうだったが、彼女は力を使い続けることで空との繋がりが強まり——最後には空へ捧げられる人柱となってしまった。

 

 あのときと同じことを繰り返そうとしていると、帆高は気が気じゃない思いで陽菜の肩を縋るように掴んでいく。

 

「大丈夫……大丈夫だから……」

 

 だが帆高の不安を分かっていながらも、陽菜には力を使うことを止めるわけにはいかない理由があった。

 

「これは私の責任だから……私のせいで、こんな化け物が空に……」

 

 自身が天気の巫女としての役割を放棄してしまったという後ろめたさは、陽菜の心に消えることなく残り続けていた。

 その罪悪感は、バックベアードという怪物が彼岸で幅を効かせてしまっていた光景を目の当たりにしたことでより一層強まった。

 

 実際、バックベアードの魂が彼岸に侵入して来れたのも、壊れていた空——その割れ目から入り込んだからに他ならない。

 陽菜が巫女としての役目を果たし、空を修復さえしていれば——少なくとも、バックベアードが彼岸に巣食うなどという事態は防げていたことだろう。

 

「けど、消えるのはもう嫌……だから、側にいて……帆高っ!」

 

 しかし、その責任感から自分の身を捧げてでも——という考えを起こしたりはしない。

 もはや、陽菜の中で『帰りたい』という気持ちは揺るぎないものとなっていた。限界ギリギリまで天気の巫女の力を行使するかもしれないが、寸前のところで留まれるようにと、帆高に側にいて欲しいと願う。

 

「!! うん……分かったよ、陽菜!! 絶対に……離さないから!!」

 

 陽菜のその想いに応えようと、帆高は祈りを捧げる彼女の手を包み込むように握る。

 この窮地を共に乗り越え、無事に地上へと帰る——それは二人の間で、絶対に叶えなければならない願いとなっていた。

 その強い想いから、陽菜の天気の巫女としての能力は最大限にまで引き出され——それがバックベアードの巻き起こす嵐を、押し返すほどの力となって発揮されていく。

 

 

 

『おのれぇえええええ!! 人間如きがぁああああああ!!』

 

 自分の力に対抗し得る、天気の巫女の力にバックベアードは発狂した叫び声を上げる。

 人間という見下してきた相手の抵抗に、そんな足掻きなど正面から捻り潰そうと。自身の力を限界まで絞り出し、嵐の勢いを強めていく。

 

 だが、バックベアードが獲得した能力の方こそ所詮は付け焼き刃、借り物の力に過ぎない。

 徐々にだが確実に、バックベアードから吹き付ける風の勢いが弱まっていき——ついには、天気の巫女から放たれる風の勢いに押し返されることとなる。

 

 天候を操るという点においては、やはり天気の巫女の方が本家本元。

 彼岸における天候の主導権争いは、完全に天野陽菜がその支配権を奪い返した。

 

 

「——今じゃっ!!」

 

 

 そうして風が弱まった、その隙を逃すまいと彼女——サクナヒメが勝負に出た。

 

 

「——ぶっ飛べぇええええええ!!」

 

 

 陽菜の巻き起こす追い風に乗って、一気にバックベアードへと急接近。必殺の間合いへと詰め寄った瞬間、手にした鍬を思いっきり振り抜く。

 

 これぞ——『胴貫打(どうぬきう)ち』。

 サクナヒメが扱う稲作殺法の中で最も基本となる技。もはや技と呼ぶかも怪しいほどに単調な攻撃手段であったが、それはシンプルであるからこそ確かな威力を秘めていた。

 

 

『——オオオオオオオオオオオオ!?』

 

 

 サクナヒメ渾身の一撃は、バックベアードを景気よく吹っ飛ばし——その巨大な魂を雲の草原の上から弾き飛ばしていく。

 吹っ飛ばされて無防備となったバックベアードにトドメを指すべく——鬼太郎が指先へと妖気を一転集中。

 

 

「——指鉄砲!!」

 

 

 先ほどは吹き付ける風の影響で大きく威力を落とした指鉄砲であったが、今度の一撃は陽菜の追い風の影響もあり、威力も速度も段違いだ。

 もはや悪あがきする暇もなく、神速の速度で撃ち出された指鉄砲がバックベアードの魂を撃ち貫く。

 

 

『よくも、よくもぉオオオオオオオオオオォォオオオ!!』

 

 

 二度ならず三度までも、鬼太郎によって自らの目的を阻止されたバックベアード。

 最後のその瞬間まで、その魂は鬼太郎という怨敵への憎しみに染まっていた。

 

 

「これで、今度こそ本当に終わりだ……バックベアード……」

 

 

 鬼太郎自身、幾度となく自分を苦しめてきたバックベアードに対する複雑な思いを抱きながらも、今度こそ彼との決着がついたことを悟り、別れの言葉を告げる。

 

 

 

「——鬼太郎オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!』

 

 

 

 最後、極限まで膨れ上がった憎しみと共に——バックベアードの魂がこの世から完全に消滅したのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「これできっと…………カムヒツキ様!!」

 

 バックベアードの終焉を見届けるや、サクナヒメは主神であるカムヒツキの名を叫んだ。

 彼岸に巣食っていた元凶を退けた今、これでカムヒツキの力がこの地まで及ぶようになった筈だ。

 天気の巫女を人柱とせずに、東京を覆う暗雲を晴らすことが出来るかどうか——あとは偉大な主神がサクナヒメの進言通り、力を貸してくれるかどうかにかかっていた。

 

 

 

「——来たか、随分と待たされたものだが……」

 

 天上の世界、神々が住まう都の深部。その都を治める主神カムヒツキは、サクナヒメたちが彼岸に巣食う何者かを排除する、そのときを待つしかないでいた。

 主神である彼女本人が直接彼岸へ赴くわけにもいかないため、こればかりはサクナヒメたちに頼るしかなかったが——どうやら無事使命を果たせたようだと、彼岸まで自身の力が行き届いたことを感覚で理解し、とりあえず安堵の息を溢す。

 

「さて、では見せてやるとするか……」

 

 サクナヒメが御役目を果たした以上、それに応えてやらねばとカムヒツキも重い腰を上げていく。

 

「今の時代を生きる人の子らに……このカムヒツキの名を知らしめてくれる!!」

 

 そこには自身の名前を広めたいという、ちょっとした打算も含まれてはいたが。

 日の本の神の一員である以上、彼女にもこの国をより良きものにしたいという想いもあった。

 

 しかし、信仰心の薄れた今の時代。天上の神々が人界に対し確かな影響力を発揮するには、地上で生きる人間たちの強い願いが必要だ。

 

 人々が、空が晴れることを望むかどうか。

 それが心からの願いであるかを問うためにも、カムヒツキは再び自身の姿を地上へと映し出していく。

 

 

 

『——聞くがいい、人の子らよ』

「「「「————!?」」」」

 

 

 

 東京上空。

 突如として浮かび上がった『神々しい巨大な女性』の幻影に多くの人間たちが驚愕し、空を見上げただろう。

 空からは未だに絶えず雨が降り続けているが、雨音も気にならないほどに凛々しいその女性のものと思しき声が人々の脳内へと鮮明に響き渡る。

 

『我が名はカムヒツキ!! この世界を支える創世樹の化身にして、日の本の神々を束ねる主神の一柱である!!』

 

 カムヒツキ——そう名乗った女性の巨大な立体映像は、東京に住まう多くの人々に目撃された。

 ただその名乗りを聞いただけでは彼女が何者で、いったいどのような理屈で巨大な姿を宙に浮かべ、自分たち一人一人に声を届かせているのかなど。

 大半の人間は、それらを正しく把握することは出来なかっただろう。

 

 

『地上の人間たちに朕は問う。この雨が止んで欲しいと思うか? この空を覆う暗雲を晴らし……もう一度、晴れ空を拝みたいと願うか?」

「「「「「————!!」」」」

 

 

 しかし、彼女の口から発せられた問いかけの意味だけは通じたのか、多くのものたちがハッとした表情でその視線を一心に空へと向ける。

 

 この東京の地で、もう一ヶ月以上も振り続けている雨は未だに止む気配を見せない。

 きっといつかは晴れるだろうと楽観的に考える一方で、もしかしたらもう二度と晴れなど訪れないのではと、心のどこかで不安を抱き続けているものも大勢いただろう。

 

 だがもし、本当にこの雨が止むというのであれば。

 もう一度、晴れ空の下を歩くことが出来るというのであれば——。

 

『ならば祈れ!! 汝らの願いが真に心からのものであれば、朕はそれを叶えよう!! 神として、汝らの声に耳を傾け……そうあれかしと、壊れかけた空に語りかけようぞ!!』

 

 祈るだけで何が出来るだろうと、神を信じぬ人々は吐き捨てるだろう。

 しかし祈ることこそが、神である自分に声を届けることが出来る唯一の方法だと。主神たるカムヒツキは、人々の祈りに応えてみせようと声高々に宣誓する。

 

 

 

「…………晴れて、欲しい……」

 

 

 

 気が付けば、その願いは人々の口から自然と溢れ落ちていた。

 

 

「晴れて、お願い!!」「空を……晴れにしてください!!」「晴れてくれ、頼む!!」「またみんなと……お外で遊びたい!!」「いい加減、晴れてくれよ!!」「お願いします……」「晴れろ!! 晴れろ!!」「もう嫌だよ……晴れて欲しいよ」「晴れ空が……見たいです!!」

 

 

 雨が駄目というわけではない。

 雨は天からの恵みだ。雨が降らなければ作物は立派に育たず、ダムに水が溜まらなければ人間社会は深刻な水不足に悩まされてしまうだろう。

 

 しかしずっと雨だけでも、晴れだけでも人間とは気が滅入るものなのだ。

 身勝手かもしれないが、少なくともこの日、この瞬間だけは——この地で暮らす人間たちのほとんどが、空が『晴れる』ことを願ったのである。

 

 

「——お願い、晴れて!!」

 

 

 そうして、統一された人間たちの願いが——カムヒツキという主神の元へと届けられる。

 

 

『——認める。其の方らの願いを、汝ら人の子らの切なる祈りを……朕は認めよう』

 

 

 人間たちの願いを神であるカムヒツキは聞き届けた。ならば、あとはそれを叶えるだけだと。

 主神としての権限を持って、カムヒツキは彼岸に向けて命じるように唱える。

 

 

 

『——空よ、晴れよ』

 

 

 

 瞬間、カムヒツキを中心に輝く光が空全体へと広がる。

 その輝きは、吹き抜ける風となって東京の空を覆い尽くしていた暗雲を消し飛ばしていく。

 

 

「…………っ……眩しい……?」

 

 

 その光景を間近で目撃していた人間たちも、いったい何が起きたかをすぐには理解出来ず、茫然と空を見つめていただろう。

 しかし確かな事実として、先ほどまで確かに存在していた雨雲は綺麗さっぱり消え去り。

 

 人々の視界いっぱいにまで広がっていたのは——雲一つない晴天。

 眩いほどの陽光によって照らされる、遥か彼方まで見通せるような晴れ渡った青空であった。

 

 

「す、凄い!! 本当に……晴れた、晴れたよ!!」

「おおおおお!! すげぇええええ!!」

「ありがとう!! 神様、ありがとう!!」

「神様……ううん、カムヒツキ様!! ありがとう!!」

 

 

 久方ぶりの青空に向かい、テンション高めに歓声を上げる人々。

 一部の人間たちは、その奇跡を起こしたであろう神様——カムヒツキの名をありがたそうに讃えていく。

 

 

『………………ふっ……』

 

 

 その賞賛に、満更でもない様子で口元に笑みを浮かべるカムヒツキ。

 超然とした存在でありながらも、内心では『これで少しは知名度も上がったかな〜』などと、案外俗っぽいことを考えている、割といい加減な神様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか……本当に晴れるなんて……」

「私なんかが祈るより……全然、凄い……」

 

 色々とあったが、彼岸から無事現世——廃ビルの屋上へと帰還してきた帆高と陽菜は、清々しいほどに晴れ渡った空を前に茫然と立ち尽くしていた。

 本当に陽菜が人柱にならずとも空が晴れるのかと、少しばかり不安だった彼らの心配を吹き飛ばすかのよう、空は見事に青空を取り戻していた。

 

 しかもその晴れは、一向に翳りを見せる様子がない。

 これが天気の巫女の力でもたらされたものであれば、晴れ空を長時間維持することも困難なのだが、カムヒツキが晴らした空には再び曇るような気配もない。

 

『神である朕と人間である其の方では、力の大きさからして違うのだ。朕が手ずから空を修復した以上、生半可なことで再び空が壊れるようなことなどない』

 

 しかしそんなこと当然だと。再び廃ビルと並び立つよう、自身の姿を帆高たちの前に投影したカムヒツキは自らの力で空を晴らした以上、それがすぐに荒れ狂うような状態にはならないと自信たっぷりに言い放つ。

 神である自分の起こす奇跡が、人間である天気の巫女が起こすちょっとばかしの奇跡と比較になる筈がないだろうと、さりげなく己の神としての力を持ち上げる。

 

 

『だが、それでも……この空の安寧も永遠というわけではない』

 

 

 もっとも、この晴れがずっと続くかと言われれば、そうはならない。

 もとより、天気とは天の気分。主神であるカムヒツキですら、毎日のように空模様を変えることなど出来るわけではないし——するつもりもない。

 

『今回、朕が力を貸してやったのも先代の尻拭い……いや、サクナヒメの口車になってやったに過ぎぬ』

 

 そもそもな話、神であるカムヒツキがこのような形で奇跡を起こすこと自体、あまり褒められたことではない。今回は様々な事情が重なったからこその、例外的な措置に過ぎないとのこと。

 

『天気の巫女の契約を破棄すれば……人の手で、天候を操ることも出来なくなろうよ』

「——!!」

 

 さらに天気の巫女としての契約を破棄し、人々の間でその力が継承されなくなれば——今度こそ、人の手で天気を操るいった芸当も出来なくなるのだ。

 

 それは、どんなに荒れ狂う雨や嵐が来ようとも。

 為すがまま、されるがままに受け入れるしかなくなる、ということである。

 

『それでも尚、その力を手放すべきだと申すか? 天気の巫女という立場を捨て、只人へ戻るというのか?』

 

 故に、本当にそれでいいのかと。

 カムヒツキは再度念を押し、本当に契約の破棄を望むかどうかを問い掛ける。

 

 神と人が交わした契約は、双方の合意の下でのみ正式な破棄が可能となる。

 しかし一度契約を破棄すれば最後、もう一度結び直すなどといったことも容易ではない。

 

 未来のことを、大衆のことを思えば——それこそ初代の巫女がしたよう、天気の巫女という存在は存続させた方が世のため、人のためになるかもしれない。

 だが、それでも——。

 

 

「はい……私は、普通の人間として……大切な人たち生きていきたいんです……」

 

 

 天野陽菜は、只の人間としての生——ありきたりな人生を望んだ。

 それがたとえ自分勝手な選択。陽菜一人が人身御供になれば、天気の巫女という存在が存続していたかもしれないのにと。

 その力を望む人々から非難されることになろうとも、陽菜は大切な人たちと一緒にこの世界を生きるため、神様との契約を破棄することを選んだ。

 

「陽菜さん……うん!! それでいいんだよ!! 俺も陽菜さんには……生きていて欲しいから!!」

「ありがとう、帆高……」

 

 陽菜の中にも多少の迷いはあっただろうが、誰よりも陽菜の存在を肯定してくれる帆高が側にいるおかげで、彼女は自分自身の選択に自信が持てた。

 

 

『——今の発言を持って合意と見なす。今代の主神・カムヒツキの名の下に、ここに天気の巫女との契約を破棄することを宣言する』

 

 

 そんな陽菜の選択を聞き届けるや、カムヒツキもそれに同意する旨を宣言した。

 

「あっ……」

 

 瞬間、陽菜の中から『何か』が抜け去っていく。

 天気の巫女として常に感じていた空との繋がり、天候を操ることができる力の源——それが完全に、陽菜という人間の中から消え去ったのである。

 

『これで其の方は只人となった……好きなように、思うがままに生きるがよい……』

 

 もはや天気の巫女でなくなった陽菜に向かって、カムヒツキは突き放すような、それでいてどこか慈愛を感じさせるよう、彼女に人としての生を全うするようにと告げていく。

 

「今まで……力を分けてくださり……ありがとうございました……」

 

 最後、天野陽菜は人の身に過ぎた力を使わせてもらっていたことを、歴代の巫女たちを代表し、深々と礼を述べていくのであった。

 

 

 

『さて……サクナヒメ、並びにココロワヒメよ』

「「ははっ!!」」

 

 天気の巫女との契約を無事破棄したカムヒツキは、次にサクナヒメとココロワヒメに目を向ける。

 

『両名共に此度の御役目……誠に大義であった。ココロワヒメは天界へと戻り、都の警備に戻るがよい……多忙な中、わざわざ下界まで遣わせて済まなかったな……』

「いえっ!! 私の方こそ、最後まで私自身の手で御役目を果たせず……己の未熟を恥じるばかりであります!!」

 

 カムヒツキは本来なら都の警備が主な役目のココロワヒメに、わざわざ天気の巫女を贄とする御役目を与えたことを悪いと思っていたようだ。

 もっとも、ココロワヒメは自身の手で最後まで御役目を全う出来なかったと、カムヒツキの労いにも恐縮しきった様子で平伏するばかりである。

 

『サクナヒメよ、其の方は引き続き……本来の御役目に戻るがよい。この国における稲作の重要性は……今更、其の方に説くまでもないな……』

「心得ております!! このサクナヒメ!! カムヒツキ様から賜った御役目、最後まで全力を尽くす所存でございます!!」

 

 一方のサクナヒメは『今を生きる人々に稲作を教え広める』という本来の使命を果たすために精進していくことを、改めてカムヒツキに力強く誓っていくのであった。

 

 

 

『ゲゲゲの鬼太郎よ……其の方の活躍は朕の耳にも届いておる。この国を救ったこれまでの功績、此度の働き……日の本の主神として改めて礼は言うぞ』

「……!!」

 

 それから、カムヒツキは鬼太郎の方にも目を向け、彼に対して礼なるものを口にした。

 鬼太郎がこの国を幾度となく救ってきたことは、天界に住まう彼女の元にも届いていた。

 カムヒツキ自身、どんなにこの国に危機が迫ろうともそう簡単には動けない立場であるが故に、鬼太郎の行動に助かっているところもあるという。

 

「いえ、礼を言われるようなことは……バックベアードがこの国に災いをもたらそうとしていたのも……ボクに責任がありますから……」

 

 しかし、神様からの有り難い言葉に鬼太郎は微妙な表情で答える。

 

 今回の件、鬼太郎には関わりのない話かと思いきや——バックベアードの魂なんてものが出てきた。奴はぬらりひょんと、鬼太郎への憎しみからこの国を呪わんと怨嗟の声を叫び続けていたのである。

 それは決して鬼太郎に否があるわけではないのだが、それでも彼の性格上、どうしても責任を感じてしまっていた。

 

『バックベアードか……まさかあのような輩が、彼岸に巣食っていたとは……往生際が悪いというか、何というか……』

 

 既にバックベアードのことを聞き及んでいたカムヒツキは、忌々しいとばかりにその表情を歪める。

 彼女の立場からすれば、バックベアードは西洋からこの国を力で支配しに来た侵略者、神をも恐れぬ不届き者である。

 

 『しかし、今回の一件で奴の魂は地獄へ落ちた。今頃は閻魔に……いや、あの有能な補佐官にこってり絞られているであろうよ』

 

 もっとも、今回の件でバックベアードの魂は現世から消滅し——地獄へと落ちることとなった。

 同じあの世の住人として地獄とも付き合いがあるカムヒツキは、その魂が閻魔大王の裁き——正確には、彼の優秀な補佐官に裁かれることを期待し、ほくそ笑んでいく。

 

 

 

『以上……では、さらばだ……』

 

 そして、言うべきことは言ったとばかりに。

 カムヒツキは自らの姿を投影するのを止め、地上からその姿を消し去っていくのであった。

 

 

 

 

 

「では、一反木綿よ。陽菜ちゃんと、帆高くんのこと……くれぐれも頼んだぞ?」

「任せときんしゃい!! しっかり送り届けてやるばい!!」

 

 そうして、今回の天気の巫女を巡る騒動は——人柱という生贄を立てることなく、無事解決という運びとなった。

 その後の後始末として、目玉おやじは一反木綿(雹で穴だらけになっていた体も無事修復した)に陽菜と帆高の二人をあるべき場所へと送り届けるように頼んでいた。

 

「帆高、施設の人や警察の人にはちゃんと謝っておきなさいよ!!」

「わ、分かってるよ……」

 

 その際、陽菜は帆高に迷惑を掛けた人たちへの謝罪をするよう言い聞かせていく。

 忘れているかもしれないが、帆高は保護観察処分——本来なら、実家のある離島へと帰らなければならない立場にあったのだ。

 にもかかわらず、陽菜を心配して施設から脱走。その安易な行動がきっと多くの人たちに迷惑を掛けたことだろう。

 

「保護観察期間が終わったら……また会いに来てくれればいいからさ……」

「うん、大丈夫……また絶対、会いに行くから……」

 

 しかしそれで帆高に愛想を尽かす、なんてことにはならない。

 天気の巫女の宿命から解放されたこともあり、陽菜はただの一人の少女として。

 

 

 いつの日か、彼と晴れ空の下で再会できる日を楽しみにしていくのであった。

 

 

 

「ゲゲゲの鬼太郎……力を貸してくれてありがとう!!」

「サクナヒメさんも!! なんてお礼を言ったら……」

 

 立ち去り際、帆高と陽菜は鬼太郎とサクナヒメにそれぞれお礼を述べていく。この二人がいなければどうなっていたか、きっとこのような結末には至らなかっただろう。

 そう考えればこそ、彼らへの感謝の念は絶えない。

 

「いや……ボクはそんな……」

 

 そんな二人の礼を、鬼太郎などは謙虚に受け止める。

 彼としては、やれることをやっただけ。寧ろ、最後の方にバックベアードなんてものが出てきてしまったため、自分の方こそ迷惑を掛けてしまったのではと思ってしまうのが何とも彼らしい。

 

「…………」

「ど、どうなされましたか……おひいさま?」

 

 一方でサクナヒメは何とも言い難い、しかめっ面を浮かべていた。

 タマ爺が何事かと目を剥く。彼女の性格上、人の子に感謝されようものなら「はっはっは!!」と、もっと有頂天になってもいいだろうに。

 何を思ってか、サクナヒメは神妙な面持ちで人の子たちに声を掛けていく。

 

「人の子らよ……ココロワのこと、あまり悪く思わんでやってくれ……」

「えっ……?」

「さ、サクナさん……!?」

 

 どうやら、サクナヒメは自分だけが礼を言われ、ココロワヒメに対して人の子が何も言わないでいることが気に入らなかったらしい。

 陽菜たちの立場からすれば、ココロワヒメは終始自分たちを人身御供にしようとした相手であるため、礼を言う必要がなかっただけなのだが。

 

「ココロワも、カムヒツキ様の命を全うしようとしただけじゃ……決して、人の子を犠牲にして良しとするような神ではないことは、知っておいてほしい……」

「それは……はい……」

 

 しかしサクナヒメとしては、親友である彼女が悪者扱いされているようで納得いかなかったのか、ココロワヒメの名誉のためにも弁解の言葉を紡いでいく。

 勿論、陽菜としてもココロワヒメが苦渋の決断の末、自分を贄にしようとしたこともちゃんと分かっていた。今更、そこを責めようなどとは思わない。

 

「そうか……であれば良いのじゃ!! ココロワも、今回は損な役回りであった……さぞ、辛い思いをさせてしまったじゃろう……」

「サクナさん……!! いえ、私はそのようなことは……」

 

 ココロワヒメが悪いわけでないことをちゃんと分かってもらえたようで、サクナヒメは今度こそ笑顔を見せた。

 そんなサクナヒメの笑顔、純粋に自分の心情や立場を心配してくれるその気遣いにココロワヒメは嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうに頬を染めていく。

 

 

 

 

 

「天野陽菜よ。どうか……祈ることそのものは忘れないでくれんか?」

「えっ……?」

 

 最後の別れ際、サクナヒメは陽菜に向かって『ちょっとしたお願い事』を口にしていた。

 

「天気の巫女でなくなったお主に、もはやこの国の天気を背負って祈るような義理はないかもしれん。しかし祈りとは、人の子が我ら神に願いを届けるための行い……神と人との絆を繋ぐ糸と言えよう……」

 

 天気の巫女が、空を晴らすために行っていた『祈る』という行為。

 たとえそれ自体に何の効果がなくなったとしても、その行為だけは続けて欲しいと神としての立場から願い出たのである。

 

「今の時代、わしら天上の神々が地上の治世に大きく関わることは出来ぬが、だからといってその繋がりが絶たれるようなことになれば……わしらも寂しい……」

「……!!」

 

 それは神として、地上の人間たちに忘れて欲しくないという、まるで子供のような感情から出た願いだった。

 カムヒツキの説得などで、どことなく神としての威厳を見せてくれたサクナヒメだったが、童女姿の見た目に違わぬ寂しさは持ち合わせているようだ。 

 それが、陽菜という少女の母性をくすぐったのか。

 

 

「うん、私も……今日という日のことを忘れたくないから……」

 

 

 サクナヒメという神様のお願いに応えるためにも、今日という日の記憶を忘却の彼方へ沈めないためにも。

 

 

 天気の巫女でなくなったその後も。

 天に祈る——ただそれだけは、毎日欠かすことなく行うようになるのであった。

 

 




人物紹介

 東京に暮らす一般人の皆さん
  冒頭部分。東京に暮らすモブの反応として、犬山まなやねずみ男。 
  さらに名前こそ直接的には書きませんでしたが、とある人物たちも。
  原作の『天気の子』でも登場したサプライズゲストを出演させてみました。

 カムヒツキ
  前回の『天穂のサクナヒメ』でも登場した、サクナヒメの上司。
  今回の話の結末として、『天気を晴らす役目』として登場してもらいました。
  実際、原作ゲームでも頼めば「認める」という笑顔と共に天候を操作してくれます。
  アニメだと終始大物感があるけど、ゲームだと結構いい加減な神様です。

 初代天気の巫女
  話の流れ上、天気の巫女という設定を本作独自の成り立ちで語らせてもらいました。
  未来のためにと、天気の巫女というシステムを作ってしまった張本人。

 カムヒツキの先代
  遥か昔、初代天気の巫女の願いを聞き届け、彼女との間に契約を結んだ神様。
  今回の件で天上の神々が出張ったのも、それが神と人との契約の問題であったから。
  原作でも『先代のカムヒツキ』というワードが何度か出てきますが、詳細は不明。
 
 バックベアードの魂
  まさかの登場。魂になって尚、日本を呪わんと彼岸に巣くっていた怪物。
  今回の話でバックベアードとは完全に決着が付いたとします。
  魂は地獄に落ちたため……あとは鬼灯様がなんとかしてくれるでしょう。


次回予告

「父さん、まなが母方の実家に帰省するとのことです。
 沢田家……まなに『真の名』と名付けた曾祖母の実家だそうですが……何やら不安な気配がします。
 いったい、あの家で何が起きているのか……今のボクらには、それを知る術すらありません……。

 次回——ゲゲゲの鬼太郎 『モノノ怪』 見えない世界の扉が開く」

 
 来年一発目は、久しぶりにまなが主役の回から始める予定です。
 彼女の実家を本作の独自設定で描いていこうと思いますので……お楽しみに。

 


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